2002
12/31
〔Tue〕
00:00:00
◆大晦日

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今年は1月5日まで正月休みの会社が多いためか、年末の帰省ラッシュも分散しているようです。
今日帰省して来た同級生に会いましたら、高速道路はほとんど混んでいない快適な状態だったそうです。
家の近くを走る国道17号線も普段の日より少し交通量が多いかな?といった程度でした。
ゆっくり5日まで故郷で正月を過ごしていくのかと思ったら、混雑を避けるために3日には帰るそうです。
午後、年越しそば打ちに挑戦しました。近所のおばあさんにヤマゴボウの葉をつなぎに使ったそば打ちを教えてもらったのですが、師匠の見本と比べるとお粗末極まりないものになってしまいました。
年に一回思いついたようにそば打ちする程度では越えられない壁です。
とろろ芋をつなぎに使ったそばはなかなかよくできました。
日々の繰り返しで、年が明けたときに何が変わるというものでもないでしょうが、何かを変えるきっかけになればそれで素晴らしいことです。
良いお年をお迎えください。
2002
12/30
〔Mon〕
00:00:00
◆三十日

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今朝、先週婚姻された会員さんのお父さんから電話がありました。とても喜んでくださいいていて、家族そろって新婦の来日を歓迎してくださっています。
早速ハルビンスタッフにも連絡して新婦に伝えてもらいました。
年の瀬にとても良い仕事ができたと喜んでいます。
昼、冷蔵庫の掃除をかねて雑煮を作って食べました。今や、元旦さえのぞけばスーパーが営業している時代なので、正月食材などと買い置きする必要もなくなりました。
明日は年越しそばの日なので、石臼を持っている農家を訪ね、そば粉を作ってきました。明日はそば打ちです。
早いもので明日は大晦日。
2002
12/29
〔Sun〕
00:00:00

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朝、父から電話があり、新潟に魚を買いに行ってきました。せっかくだから拉致事件で注目された柏崎に行こうという話になり、吹雪の中を出かけました。
帰省ラッシュで大混雑を予想していましたが、道路はすいていました。
海のないハルビンに冬の日本海や魚屋の写真など見せてやれると、デジカメを持って写してきました。
海沿いは思った寄りと言うより全く雪がなくて驚きました。気温も温かいし溶けるのも早いのでしょう。
シケと呼ぶにはばだおとなしいそうですが、海もそれなりに荒れていて、白いしぶきが舞い上がるいい写真がとれました。
2002
12/28
〔Sat〕
00:00:00
◆幾山河は越えたれど

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12月29日(日曜)・30日(月曜)の夜、1ch・NHKアーカイブスで、1979年に放送された「幾山河は越えたれど」が再放送になります。
渥美清が古賀政男の生涯を演じた名作です。
当時私は寅さんのイメージが強かった渥美清が古賀政男を演じることに「なんで?」と思ったものですが、晩年の古賀政男を演じる時に渥美清の顔がそっくりなことに気がつきました。
たぶん骨格が似ているのでしょうが、化粧を施したら実によくしていた記憶があります。
是非ご覧になってみてください。
2002
12/27
〔Fri〕
00:00:00
◆怪我の功名

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ハルビン会話倶楽部の女性会員リストに掲載されている女性と結婚された男性から、「なぜうちの妻がお宅のHPに掲載されているのだ?」とクレームがきました。
その方はハルビンに仕事で往来していてその女性会員とであって結婚されたそうです。ハルビンスタッフも彼女が結婚したことを知らなかったので、こちらの情報不足でご迷惑をかけてしまいました。
その男性といろいろ話しているうちにお互い共通の懸念事があることがわかりました。偽装結婚・失踪花嫁、あるいはそれから派生する中国人犯罪について。
あるいはおおかたの日本人には興味本位の新聞ネタかも知れませんが、国際カップルにすれば自分の配偶者がそうした一部の無法者と同じまなざしで見られていることにことさら神経質になります。他人の視線よりも、パートナーの社会的信用まで脅かされます。
どうすればそうした無法者が日本に来ることを防げるか、また、無法者を手引きする日本人がいることも事実で、こうした連中をどうすれば取り締まれるかなど話合いました。
ことに最近は黒龍江省人がらみの事件も増えています。私がハルビン会話倶楽部を立ち上げた頃は、ハルビンを扱うエージェントは少数でしたが、昨年の福建省ビザ取り消し問題あたりからハルビン関係が急増してきました。その男性が調べたところでは、福建省から家族ぐるみでハルビンに籍を移すものもいるそうです。元より海に面していた福建方面は外国に出ることを苦にしませんし、世界のチャイナタウンの多くは福建、広東、四川など歴史的に移民を排出してきた地域です。
黒龍江省の場合もう一つ大きな問題は日本人在留孤児二世三世の暗躍なのだそうです。日本に行けば大金が手にできると絵に書いたもちのような話でも、在留孤児の二世や三世が言うと説得力が違いますし、日本の事情にも精通しています。こうした在留孤児の子供達がブローカーとなって、甘い言葉を餌に法外な入会金を女性からとって日本に送り込むわけです。女性は法外な入会金を親類縁者などから借金しているわけですから、日本に来れば稼がなければなりません。失踪してでも働かなければなりません。残留孤児の子供という立場も日本で非難されにくい特典があります。人の情を踏みにじむどころかここまで利用するか、と怒りを覚えます。
残留孤児のお子さんでも立派な方もたくさにらっしゃいますし、私が知る限りでは尊敬してやまない方ばかりです、しかし、そのような方々の威光を笠に暴虐をする連中がいることも事実です、これは線引きで区別すべきではなく、一人一人の個人の「素質」の問題なので、法を設けることも難しい問題です。
一ついえることは金銭目的で日本に来ても、日本は彼女らに安息の地ではないことは事実で、家畜のごとき暮らしを強いられることは間違いないでしょう。
ハルビンの女性会員向けのHPには日本に来て非業の死を遂げたハルビン女性の記事なども掲載して、「それでも日本に行きますか?」と問うています。
女性蔑視ととらわれようが、結婚して子供を産んで家庭を造り守る以外の目的を持った女性会員は必要ないと考えています。
魚心あれば水心ありといいますが、やましい気持ちを持たなければ怪しい人間も近寄ってこないはずです。それでも、人の善意にしゃぶりつく亡者のごとき連中は後を絶ちません。
正直なところ私自身この仕事に「女衒」をしているような後ろめたさを常に持っているので、それだけにハルビンやハルビンの女性たちを貶める人たちや行いには激しい怒りを覚えます。最近教条的になりすぎている自分に気がついてはいるのですが、このところ中国人がらみの悪いニュースが多くて気が気でありません。
私自身が表から裏からとハルビンを見て、人々を見て、強い愛着を感じているからかもしれません。
こちらの手違いからその後夫妻には不快な思いをさせてしまいましたが、おかげで真剣に家庭作りに没頭されて、ハルビンや人々のことを深く愛して下さっている人に出会えて喜んでいます。まさに怪我の功名です。
知恵を出し合って邪悪な野心を持つ人たちを排除して、安心して結婚生活が送れるような方法を探しましょうとエールの交換ができました。
2002
12/26
〔Thu〕
00:00:00

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北京では、今年の12月は積雪が続いて記録的な大雪だそうです。逆にハルビンでは例年より雪がないようです。
北京では除雪を行う会社が人海戦術で融雪剤(塩化カルシウム)を撒き、その後、発注元の政府当局による検査があり、仕事に対しての合格不合格が下されるようで、手抜き仕事ができないようになっています。
ハナから人のやることなど信用していないからこそなせる技ですが、評価や規則など人間関係でどうにでもなる国です。北京は中国国内でもずば抜けて自家用車の所有率が高い地域なので、除雪がしっかりできていないと交通麻痺が起きますし、乗用車を持っている人たちは階級が違う人たちです。除雪が悪いと黙っているはずもありません。
2002
12/25
〔Wed〕
00:00:00

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夏には子供が生まれる弟夫婦が妊婦の検診に行ったところ、とんでもない母親にあったそうです。
待合室で待っていると、2−3ヶ月の赤ちゃんを連れた母親が来て、「夜鳴きして困っているので、赤ちゃんに睡眠薬を処方して欲しい。」と言ったそうです。受付の看護婦さんが怒ってその母親に淡々と説教したそうです。
いいかげんな若い母親かと思ったら、20代後半から30代前半の上品なお嬢様タイプの母親だったそうです。
以前、何かの読み物で困った母親のことを読んだことがあります。
オムツのコマーシャルではわかりやすいように青く着色したミズをおしっこに見立てて、オムツの給水力をアピールするコマーシャルをしています。自分の子供のおしっこの色がおかしいと子供を連れてきた母親が、子供のおしっこは青い色だったと思い込んでいた話。こういう母親は緑色の血でも流れているのでしょうか?ちなみに竹を主食にするパンダのウンコは青いそうです。
夜鳴きを治す薬を注射してくれ、夜尿症を治す注射をしろ、子供のウンコが臭くならないように消臭効果のあるペットフードを食べさせた母親、グズって言うことをきかないから薬でナントカして欲しいと頼み込む母親。バカにつける薬はないようです。
心身ともに母親になる準備のできていない若い娘がこうした壊れた母親になるのかと思ったら、そうでもないようで、高等教育を受けた社会的にも認められたような大人の女性でも珍しくないのだそうです。
育児書にかかれていなければ何もできない、子供が危険信号を送っていても気がつかない、感性の壊れた親。
少子化政策の悪影響で、過保護にされたが故に、人間関係を作れず、自立心のない若者が親になる時代を中国は迎えました。おそらくその子供達は感性の壊れた親になることでしょうから、その子供は?日本を見ていれば答えが見えるかもしれません。
2002
12/24
〔Tue〕
00:00:00

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12月10日にハルビンから新年のグリーティングメールが届いてしまったのですが、今日はロシアの友人からクリスマスのグリーティングメールが届きました。
12月24日にクリスマスのお祝い状が届いても何の不思議でもないのですが、ロシア正教では1月7日がお祝いの日です。まさかこれも間違えて早く送信されたのだろうか?などと必要以上に深く考えています。
ロシアの郵便事情はガタガタでいつ届くかわからない代物です。私が送った絵葉書が6ヶ月かかって届いたことがあります。来年からロシア女性の紹介も計画していますが、いろいろクリアしなければならない問題も山積みです。
昨夜ハルビンスタッフから一報があり、人情の手違いで冷や冷やものだったとか。
中国語で「人情」とは「コネ」や「ツテ」があることを意味します。今回婚姻に行った会員さんの書類手続きがスムースに運ぶようにと、ハルビンスタッフが担当の役人に「人情」を作っておいたのですが、役所に行ってみたらいつもの役人さんがいない。昨日付けで急遽配置換えになったのだそうです。
あわてて旧知の役人に電話をかけて書類作成を早くしてくれるように手を回したそうです。
役人の腐敗体質そのものなのですが、伝統文化になってしまっています。法があっても機能していない部分が随所にあります。
年々クリスマスの華やかさもあせてきているように思える日本ですが、テレビでもクリスマスのための特別企画がほとんど見られなくなってきました。
一昔前ならイブの晩にホテルの部屋は満館だったのですが、最近は空き部屋も目立つとか。ただ単に不景気ばかりが原因ではな異様な気もします。
2002
12/23
〔Mon〕
00:00:00
◆クリスマスシーズン

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「乾いた氷は滑らない!」ヨコハマタイヤのスタッドレスタイヤのCMコピーです。
ハルビンも雪や氷に覆われていますが、気温が低いので氷雪をは思ったほど滑りません。平坦地がほとんどで坂道も少ないこともあって、ノーマルタイヤで走っている自動車も多いです。それでも、市内には立体交差も多く、そうしたところでは滑って動けなくなる自動車をよく見かけます。
せめて人を乗せるタクシーやバスなどはスタッドレスタイヤの装着を義務ずけてほしいものです。
今日は郊外の県に婚姻に行く会員さんがいたので、朝四時半ごろこれから出かけると一報が入りました。早朝は道路が思い切り凍結しているので滑らないと思いますが、婚姻手続きや実家訪問して帰る頃には、日が高くなり気温も上がるので道路の凍りも解けてきますし、交通量も多くなるので気がかりでした。無事ハルビンまで帰ってきたようです。
ハルビンはクリスマスシーズン。レストランも賑わっているようですが、客のほとんどは家族連れで日本のように社用族とカップルは少ないそうです。家族と恋人では家族が優先されるようです。
新婦は映画のようなクリスマスだと大喜びしているようです。
2002
12/22
〔Sun〕
00:00:00
◆ビビビ

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中国では(も)評判の悪い松田聖子が二回目の結婚をした時に、相手の男性にはじめてあった時に「ビビビッてきました」と名言を吐いたことがあります。そのわりに、サササと分かれてしまいましたが。
「ビビビ」かどうかは別にして、「この人こそ 運命の人」と感じた瞬間はあることでしょう。私も数回ありましたが、結局「こんなもんかな?」が結論でした。
昭和55年だったと思いますが、東京の中央線で田中裕子さんと会ったことがあります。つり革につかまって隣に立っていました。
名前を知らなかったので「テレビの人ですヨネ」と尋ねると「田中裕子です」と答えてくれました。彼女は四谷で降りて駅の中に消えていきました。「お岩さんのお参りにでも行くのだろうか?」と思いながら後姿を見ていました。
このとき、きっとこの後私たちはもう一度会うだろう。そして結婚するだろう。と確信にも似た予感がしました。あれから22年過ぎましたが結婚どころかまだ再会もかなっていません。あの予感は何だったのだろう?
2002
12/21
〔Sat〕
00:00:00

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フジテレビ系で「中国からの贈り物」の完結編が放送されました。
日本で生きる留学生をテーマにドキュメントを作った張麗玲のドキュメントという形の番組でした。この番組については別にコラムを設けて語ろうかと思っています。中国版プロジェクトXでした。
進んでいるとか遅れているとか、どっちが上だ下だなどという了見の狭さは恥ずかしいことだなと感じます。
ふと、長いこと忘れていた詩を思い出しました。
20代のころ今ごろの季節になると足を踏み入れていた剣岳の早月尾根の取り付きに碑があります。
試練と憧れ
ピッケルの高鳴るところ
胸の高鳴るところ
苦しさをひるまず
高きを求める者に
その頂への道は開かれる
2002
12/20
〔Fri〕
00:00:00
◆インド人

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USA在住のインド人の友人が来日したので、久しぶりに東京に行ってきました。せっかく大騒ぎして修理したのだからと軽トラで高速道路を走ってきました。壊れないで無事帰ってきました。
国際会議でインド人を黙らせて日本人に喋らせることができたらおおむね成功だといわれています。
ほとんど自己主張しない日本人と180度対極にいるインド人ですが、確かに私の知り合いのインド人もおとなしいほうですが、人の話など耳も貸さないでよく喋ります。
インドにはカースト制度という好ましくない階級制度が因習としてありますが、実際に行ってみると言語も民族も違う多民族の集まりで、カーストで秩序が保たれている感じもしてしまいます。
インドはお見合い大国なのだそうです。これにはカースト制度が深く関わっているのですが、結婚相手は身分相応の階級でなければならないので、恋愛は恋愛、結婚は結婚、それぞれ持つ意味が違います。そのために悲恋物語も後を絶たないとか。
ちなみに、友人の奥さんは年上の日本人です。
食事など禁忌が多くて大変だろうと思ったら、奥さんは自分で好きなものを作って食べているようです。
この家庭においては日本人の妻を黙らせて、インド人の夫に喋らせることができたらたいしたものです。日本女性恐るべし。
2002
12/19
〔Thu〕
00:00:00

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年末から年始は婚姻手続きや、お見合い、来日する女性会員などでハルビンスタッフが忙しくなります。
中国では年末年始と言う概念はなく、1月1日の元日が国民の休日になっているだけで、役所を含めて通常に営業しています。
旧正月にあたる陰暦の正月の前後1週間は日本の年末年始の賑わいなど比ではないあわただしさになります。
祭りの賑わいは抑圧と反比例するといわれていますが、何かのイベントのたびに大騒ぎをして楽しむ彼らを見ていて、「純朴だ」「民族性」などと思う以前に、抑圧からの解放だと考えてしまうのは、喜ぶ気持ちさえ抑圧している日本人の冷ややかな目なのでしょうか?年末の忘年会の波状攻撃を受ければ、もはやこの上お祭り騒ぎなどと思えてしまいます。
中国人の多くは同じアジア人の日本でも旧正月はにぎやかに祝うものだと思っているようですが、日本ではいつが旧正月なのかもわからないほど忘れ去られています。
今はクリスマスで街が賑わっているようです。先日、ある女性会員から日本ではクリスマスがあるのか?プレゼントの交換をするのか?前日は日本の皇帝の誕生日だが、国民に贈り物があるのか?と言った質問がわたしに寄せられました。
何をおっしゃるウサギさんクリスマスの馬鹿騒ぎは日本発祥だといいたい気持ちです。キリスト教の聖なる日を性成る日と読み違えて各地で繁殖行為にいそしむ日本の若者ですが、そのわりには人口が増えません。
昭和23年12月23日「我ゆくもまたこの土地にかへり来ん」と辞世の句を残して、巣鴨プリズンで東条英機が戦犯として処刑されます。昭和天皇ではなく、あえて次の天皇の誕生日に行ったGHQの思惑もあってこの日になったそうです。ちなみに巣鴨プリズンは現在の池袋のサンシャインビルになっています。ビルの中を軍服姿の軍人が… どうでしょう?
北朝鮮だって偉大なる将軍様の誕生日には食糧の配給があるのに、日本の皇帝陛下のお誕生日には囚人に恩赦が出ればいいほうで、国民は何にももらえません。負けて悔しいと思わないのだろうか?
あ、休日がもらえましたね。
2002
12/18
〔Wed〕
00:00:00
◆キャブ2

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昨日、軽トラのキャブ交換のために、部品取りの廃車から取り外したキャブを分解掃除したら、組み立てができなくなってしまいました。今日は、修理工場の技術者がいたので教わりながら組み立てしました。
軽トラの具合がどう悪いのか聞かれたので、症状を言うと。「あぁ、そりゃぁキャブじゃねえぞ!点火ポイントがずれてるんだ!」
と、軽トラのエンジンを数分いじりまわしたら簡単になおってしまいました。圧縮頂点に達する前に点火してしまうのでノッキング起きたり、パワーがでなかったのだそうです。
私の二日間の苦労はなんだったのだろう?気分的には充実した時間であったのですが。
2002
12/17
〔Tue〕
00:00:00
◆キャブ

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軽トラックのキャブの調子が悪かったので部品交換するつもりでいたら、同じ型の廃車が出たので、部品だけ取り外して付け替えることにしました。
修理工場の一角を借りて取り外した部品を分解掃除しました。今までトラクターは何回もやったことがあるのですが、自動車は初めてでした。
「精密機械だな」「これを加工し組み立てる工業技術はたいしたもんだ」と感心してしまいました。
部品作りを始め、中国も自動車作りに乗り出しています。工作機械が作るものなら機械がよければ何とでもなりますが、人の手が及ぶものならどうだろう?
物作りのみならず、マスプロからは生まれてこない、人から生まれ出てくるものこそ重要なことだと感じています。
そう言いつつ、分解清掃したキャブの組み立てがうまくできず非常事態に陥っているのですが、明日、プロに見てもらうことにしています。
2002
12/16
〔Mon〕
00:00:00
◆氷雪資源

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ハルビンは氷点下15度の世界に突入しましたが、まだ冬の序の口です。氷点下30度の世界に突入してようやく冬です。
積雪の量(冬季の降雨量)は日本と比べ物にならないほど少ないのですが、雪や氷となって蓄積されますのでこれが貴重な水資源になります。
中国の水問題は深刻で、干ばつが吹き荒れる黄河では北京まで数十キロのところまで水のない川が迫ってきています。
逆に長江流域では雨のたびに起こる洪水が深刻になっています。
中国の水問題は森林資源の乱伐に起因する人災なのですが、森林の復活には百年単位のものさしで見なければなりません。
黒龍江省は中国一の森林を有する省ですが、飛行機の窓から眺めると決して森林が豊富とはいえません。ただ、冬の間降り積もった雪が表土を覆い、表土蛾風で飛ばされるのを防ぎ、土壌を肥沃にしてくれています。
ハルビンでは冬の間に蓄えた氷を冬活用する研究をしています。地下に巨大な氷を蓄え、これを地域冷房に活用する試みです。エアコンの電力は石炭を燃やしていますし、排出される熱がヒートアイランドを招きます。
氷も一つのエネルギーであることに着目した試みですが、成功してもらいたい研究です。
2002
12/15
〔Sun〕
00:00:00

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14日北京で開かれた全国計画会議で、来年度の中国農村部の純所得が4%上がると発表されました。
どう捕らえてよいものやら考えあぐねています。
農村部の人口が莫大なだけに、金額の総額としては大きくなることでしょうが、元々低いところにきてわずか4パーセントです。
政府は農村に国際投資をしていくようですが、こうした予算があちこちから抜き取られうやむやになってしまうのは日本と同じようです。
日本と違うのは競争力の強い農作物を持つ地域から優先的に投資されて行くようで、勝てる奴が生き残れと言っているようなものです。
農村も採算性が高く、競争力のある作物栽培に農家自身が取り組んでいかなければならない時代になりました。
2002
12/14
〔Sat〕
00:00:00
◆皮ジャン

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冬になるとハルビンでは皮ジャン姿の男性が目に付くようになります。
実はこの皮ジャンを中国に広めたのはほかならぬ高倉健さんで、映画「君よ憤怒の川を渡れ!」が大ヒットした時に高倉健が着ていた皮ジャンが流行したのだそうです。
以前ハルビンで買ってこようかと思いましたが、本物の皮のジャンバーは意外に高いのでやめたことがあります。
意外な日本映画が中国では人気だったりするのですが、安定的に人気があるのは山口百恵の映画だそうです。
中国男性に山口百恵と松田聖子のどちらが人気があるかといえば、圧倒的に山口百恵なのだそうです。
人気絶頂の中で結婚を選びあっさりと姿を消してしまった「潔さ」は中国男性にも好印象だそうです。
松田聖子の場合、下半身のだらしなさと自分のゴシップまで売り物にしてしまう、厚顔無恥な生き様が嫌悪の対象なのだそうです。
中国女性も日本では見かけなくなってしまった「古風」な考えを持っている女性が多いです。
2002
12/13
〔Fri〕
00:00:00
◆泥酔事件

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昭和23年12月13日 第二次吉田内閣の時代です。
国会内でベロンベロンに酔っ払った泉山三六大蔵大臣が山下春江代議士に抱きついてキスをしてしまい、国会は騒然となりました。怒った野党は退席し、泉山三六大蔵大臣は翌日辞職しました。国会泥酔事件とか国会キス事件と呼ばれています。
恥ずかしく情けない事件ではありますが、国会議員が本能に忠実で元気のよかった時代もあったんですね。
一党独裁専制主義の中国全人代では上からのお達しを受け止めるだけなのでありえない話ですが、議会制民主主義の台湾では議員の殴り合いは良くあることです。台湾議会には一割ほど暴力団関係者が議員になっているといわれていますが、国会は戦場さながらです。台湾の圧巻は女性議員同士の殴りあい。
高市早苗と福島瑞穂の殴り合いなんてのも見てみたい気がしますが。
日本人と比べてほとんどの外国人は手足が長いです。これはディフェンスに大きな影響があります。
夫婦喧嘩の場合夫は手を上げられないという不文律があるので、もっぱらディフェンスに専念しなければなりません。ところが国際カップルの場合相手の手足の長さから、見切ったと思ってもかすってしまうことがあります。これが意外に効きます。
脱税問題で揺れているK1ですが、技巧派のチャンピオン、アーネスト・ホーストのディフェンスを見ていると、かわすばかりではなく、ガードしたままあえて半歩踏み込んでいくことで衝撃を緩和しています。
なるほどこういう防御法もあったのかと感心しています。が、その技巧派のディフェンスもボブ・サップの怪力には通用しませんでした。体重170kgもある嫁さんなどあんまりいないでしょうから、気にすることはないでしょう。
2002
12/12
〔Thu〕
00:00:00

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昨日、和歌山の砒素入りカレー事件の容疑者に死刑の地裁判決が出ました。たぶん、最高裁まで争うことになるでしょうから、まだまだ先がありそうです。
中国なら死刑判決が出たらそのまま刑場へ行って執行してしまうことも十分考えられます。
チリの女性に10億も貢いだ千田容疑者には10年の刑。これも中国なら死刑でしょう。貢がせた女性も相手が日本人ですからのうのうとしていられますが、中国人だったら刺客が放たれているかもしれません。
北京などでは死刑囚を檻のついたトラックで市中引き回しをすることもあるそうです。犯罪抑止のためです。
それでも犯罪がなくならないのがあの国の裏の実情です。
伊豆大島で座礁した北朝鮮の貨物船「チルス」の中では21人の乗組員が生活しているそうです。上陸を拒否して船内での生活を選んだのだそうです。
貨物船は傾斜が17度、今にも横転しそうな状態になっています。傾斜17度といえばかなりの傾きですが、どうやって食事の煮炊きをしているのだろう?
国が傾いているからと言って、物理的な傾きは別物ですが、かれこれ1週間も耐えています。
2002
12/11
〔Wed〕
00:00:00
◆油断大敵

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国連核査察団が入っているイラク情勢もきな臭い動きを見せています。
かつて満州国時代にリットン調査団が東北三省を訪れ、必死に証拠隠しをした関東軍の謀略がうまくいき「問題なし」の判断が出たにもかかわらず、結局は戦争に突入した前例があるので油断大敵です。
「油断大敵」という字を見たら中国人は別の意味を思い込むでしょう。「油断」は油が途絶えるです。「油が途絶えたら敵になる」というのが中国語的なニュアンスです。
かつての日本も石油のストップから第二次大戦に突っ込みました。
北朝鮮は冬を迎え「油断」状態です。
産油国のイラクも石油の輸出がストップされて逆の意味で「油断」中です。
なるほど「油断大敵」なんだなと世情を眺めております。
2002
12/10
〔Tue〕
00:00:00
◆12月10日

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ハルビンから新年のグリーティングメールが来ました。時代の移り変わりが激しい昨今の中国ですが、もう年が明けたのでしょうか。さすがせっかちな中国人です。
実は、今申し込んでおくと一月一日に配信されるグリーティングメールなのだそうですが、申し込んだ瞬間に配送されているようです。コンピューターなんて所詮このザマなんだなと妙に親近感を覚えました。
元旦に一斉に配達される日本の郵便局の年賀状システムは秀逸だと誇りに思っています。
このところ中国の郵便事情がおかしくなっているようで、会員さんが送った写真や手紙のエアメールが3ヶ月たっても配送されなかったり、受取人不在で戻ってきたり、重要な郵便物はEMSで送るように薦めています。
夕方、在留資格待ちの会員さんに会ったのですが、昨年よりも審査時間が長くなっているようです。
私も経験しましたがこの在留資格待ちの時期が一番つらく不安でした。忘れたころに送られてきたのですが。
小柴・田中両氏のノーベル賞授賞式の話題で、このところ北朝鮮の拉致被害者に関する報道が隠れて来た感があります。
それにしても、日本のメディアはこの二人の研究に対する説明や紹介もほとんどなく、下世話な質問ばかり繰り返しているように思えます。
両氏の共同記者会見やスピーチなど興味深かったのですが、英語のレベルがどうだとか、原稿を見たの見ないの、もう少し科学的な専門知識をもったジャーナリストを送り込まないと日本の文化レベルが疑われる思いです。
2002
12/09
〔Mon〕
00:00:00

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東京方面も雪で交通機能が麻痺しているようです。ニュース番組で見る限り、積雪と呼ぶに値しない程度の雪ですが交通機能が麻痺したようです。
羽田や成田空港も積雪のために欠航が出たり、到着が遅れるなど被害が出ているようですが、空の上で除雪待ちしている飛行が燃料切れを起こしたらどうなるのだろう?とよからぬ想像をしています。
東京方面では雪で転んで怪我をした人もずいぶん出ているようです。靴に気を使えば避けられることなのですが。
ハルビンでもファッショナブルなブーツが販売されていますが、靴底を見ると密着性の良い軟らかいゴムを使うなど、滑らないような工夫がされています。
雪や氷の上で滑るということは溶けた雪や氷の水膜がハイドロプレーニング現象を起こすためです。
ハルビンの場合は気温が低いので雪や氷の上でも日本のように滑りません。案外彼らが日本に来てあまりにも滑るので驚くかもしれません。
そして、気温の割合に寒く感じる湿度の嫌らしさを知ることでしょう。
2002
12/08
〔Sun〕
00:00:00
◆愛心活動

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ジョン・レノンの命日です。
ハルビンの街中に張られているスローガンで「愛心活動」という言葉を何回か見かけたことがあります。日本で言うなら「奉仕活動」といったニュアンスです。
「奉仕」といっても国家のための奉仕や地域社会のための奉仕なのでしょう。個人から個人への「奉仕」へと意識が向くようになればすばらしいと思うのですが。
これからの季節ですと小学生達が歩道の雪かきなどを学校ぐるみでやっています。
「ボランティア」というのは「自主的にやる」「志願する」という意味なので、社会や組織から背中を押されてやることをボランティアと呼ぶのはどうかと思います。
照れや他人の眼を気にすることもあるのでしょうが、日本人は「善意」の行為をアピールすることが苦手です。これ見よがしに良い行いをすることに対して、後ろめたい思いさえするので、さりげなく立ち去るのが美徳です。
国際カップルの場合、恥ずかしがらずに積極的に手本となる行動を示した方がパートナーのためにも良いと思います。
パートナーの立派な行いにたいしては周囲を気にせず大いに誉めてやることが大切だと思います。
それこそ愛心活動ではないでしょうか。
2002
12/07
〔Sat〕
00:00:00

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モナコのモンテカルロで開催された博覧会国際事務局総会は現地時間の3日、投票を経て2010年の万国博覧会開催地に中国の上海が選ばれました。中国での万国博覧会開催は始めて。
他には韓国、ロシア、メキシコ、ポーランドなどが招致申請していました。
万博がいつどこで行われているのかあまり伝わってきませんが、5年に一度開催されているようです。2005年には愛知万博が開催されるのですが、開催が近くなれば盛り上がってくることでしょう。
1970年の大阪万博は二回ほど見に行きました。世界各国のパビリオンよりも三菱館、住友館などの企業のパビリオンの方が電機仕掛け満載で子供には衝撃的でした。
アメリカ館やソ連館は前評判どおり力が入ったものでしたが、ソ連館のレーニンやスターリンがやたら賛美されている展示物を見ても何のことやらさっぱり分かりませんでした。
記憶に残っているのはペルー館で、6畳くらいのささやかな展示場でした。ちょうどそのころペルー大地震があってなおさら印象深かったのですが、ペルーに日本人が移民していることを知ったのはそのとき初めてでした。親戚にブラジルとアルゼンチンに移民した人がいましたが、それまでペルーなどどこにあるのかさえ知りませんでした。
この年にタイムカプセルというのが流行りました。私も学校で21世紀になったら開けるタイムカプセルに将来への自分当てに手紙を書いて入れました。当時、30年先など想像もできない未来のことでした。
数年前、このタイムカプセルのことを思い出した同級生がいて、どうなっているのか調べに行きました。30年の月日というのは恐ろしいもので、校舎改装の時にタイムカプセルを埋めたあたりの土砂を取り除いてしまった事がわかりました。
今ごろ、どこぞの埋立地で文字通りのタイムカプセルになっているはずです。「古代人の文献発見!」と出現するのは何千年先だろうか?
2002
12/06
〔Fri〕
00:00:00

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痴漢の濡れ衣を着せられた男性が2年かけて無罪を勝ち取りました。
電車の中で痴漢行為が被害者の女性にあったことは確かですが、被害者の女性が関係のない男性を加害者と勘違いしてしまったのが事件の発端です。
加害者に間違われた男性は職も失ってしまいました。これは、ただ単に警察の捜査に手落ちがあっただけでは済まされない問題ではないでしょうか?間違えた女性にも相応の責任はあるはずです。
事件のおきた駅が西武新宿線の鷺ノ宮と聞いて嫌なことを思い出しました。
学生時代私も西武新宿線沿線に住んでいました。私の利用していた駅は各駅停車しか停まらないので、鷺ノ宮駅で急行か準急に乗り換えて高田の馬場に出ていました。
西武新宿駅で降りる人は先頭車両が出口に近いのでそちらに多く人が乗りますが、高田馬場で降りたり乗り換えには中央のから後ろの車両が出口に近いため中央以降が混雑します。
朝、通学するのにいつものように鷺ノ宮で乗り換えるときでした。今思えば、もう一つ後ろの車両に乗っていればよかったのですが、出口が近いほうがいいので混雑する人の並みの中にいました。
急行が来て、乗り込むときに後ろから押されたためにバランスを崩し、足が車両とホームの間にひっかかりつんのめってしまいました。
溺れるものは藁をもつかむといいますが、つんのめって転がる瞬間につかんでしまったのが、車内にいた女性のスカートでした。
はたして、スカートの布地が切れたのか?ただ単にずり落ちたのかは定かではありませんが、私がつかまってしまったがためにその女性のスカートがずり落ちてしまいました。
「何すんのよ!」と彼女の悲鳴が飛びましたが、ごらんのとおりのありさまです。コリャまずい見てはいけないと思って顔をそむけたのですが、視線はスカートの中身にくぎ付けになっていて、濃いベージュの下着でした。
翌日の新聞の見出しが頭をよぎり、人生が音を立てて崩れていく思いで周囲を見れば、ドアのそばの座席では、とんねるずの木梨のりたけが黒ぶちに眼鏡をかけて背広を着たようなおじさんが、日経新聞広げながらこちらに向かって嬉しそうに「よくやった!青年!」と言わんばかりに親指出して微笑んでいました。
人が痴漢に間違えられそうな泥沼にいるときにこのやろう!と腹も立ちましが、こちらは列車とホームにはさまった足が抜けずに四苦八苦。
通勤客に手を貸してもらって足は抜けたのですが、そのドサクサに電車は走り去っていきました。
さすがにその日は高田馬場まで電車に乗っていく勇気もなく、一つ手前の下落合で降りて痛い足引きずって学校に行きました。
しばらくはそのお姉さんに会うのではないかとびくびくしながら電車に乗っていました。
2002
12/05
〔Thu〕
00:00:00
◆年の瀬

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だんだん年の瀬の賑わいを感じるようになってきました。
あのうっとうしい「第九」と「忠臣蔵」のない穏やかな年の瀬を待ち望んでいるのですが、今年は赤穂浪士決起300年なのだそうです。
忠臣蔵は毎年さまざまな見地からドラマ化され、実際の史実がわかりにくくなる思いです。史実を元に物語が一人歩きをしたことでは「三国志演義」に似ています。その時々の庶民の願望を組み入れ英雄達が違った角度から描かれるとすれば、それはそれで面白いものでしょう。
ただ、季節の風物詩で年が明けたらすっかり忘れ去られる「忠臣蔵」は、もうそろそろお引取り願いたいです。
薄給の楽団員の年越し資金作りに始まった年の瀬の「第九」ですが、このところポップスの芸能人が唄って注目を集めるようになりました。
変わったところでは以前、落語家の桂三枝(中国語ではキンモクセイの三つの枝という意味)が大阪弁で「第九」を歌ったことがあります。
♪もうかりまっか〜ぼちぼちでんな〜大阪好っきやねん〜♪
2002
12/04
〔Wed〕
00:00:00
◆カルピス

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TA(英語教師助手)のアメリカ人が日本に来て最初に驚いたことは、役場の教育委員会に顔を出した時にお茶代わりのカルピスを薦められた時だそうです。
「カルピス」が「Cow Piss(牛の小便)」と聴こえたのだそうです。
まさか?と思ったので「CowPiss?」と聞き返したら、役場の職員には「カルピス」と聴こえたようで嬉しそうに笑ってうなづき、みんな飲んでいる。
「日本人とはなんと奇妙な名前を付けて喜ぶ連中なのだろう?」と思いつつも飲んでみたらうまかったそうです。
後日、Calpisというつづりを読んで、なるほど、カウピスと聴こえたのは日本の訛りだったのか。と、納得したそうです。
アメリカに里帰りする時にカルピスを土産に買って行って、「これ、日本では牛の小便って言うんだぞ」と紹介したそうです。
2002
12/03
〔Tue〕
00:00:00
◆大化の改新

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「日本」という国号をはじめて用いたのは中大兄皇子(天智天皇)だそうで、その記念すべき日は大化一年(645年)の12月3日なのだそうです。
中大兄皇子といえば、聖徳太子亡き後天下を思うままにしていた蘇我入鹿を殺し、天皇中心の中央集権国家を作った人物で、その事件を「大化の改新」と呼んでいます。
豪族が支配していた土地や人民を国が直接支配する「公地公民」や、戸籍を作り耕地を公民に分け与え、死ぬと国に帰す「班田収授の法」、全国を国と郡・里に分けた「国郡制度」。
口分田の広さに応じて稲を納める「租」、労役の代わりに一定量の布を納める「庸」、その土地の特産物をおさめる「調」の「租庸調の税制」など律令国家としてのスタートを切り、701年の大宝律令の下地を作りました。
天地天皇の時代、朝鮮半島では唐・新羅の侵略を受け、百済(現在の韓国前羅道あたりにあった国)が日本へ出兵を依頼してきます。日本は応じて出兵したのですが唐に大敗をするのが「白村江(はくすきのえ)の戦い」です。
その後、唐の報復を懸念した天智天皇は667年に都を近江の琵琶湖のそば大津京に遷都します。
遣唐使が唐から文化を学んでくる反面、政治的には脅威となった隣の大国の影響を、良くも悪くも大きく受けた時代でした。
2002
12/02
〔Mon〕
00:00:00

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昨夜東京12chで日本で暮らす外国人妻のスペシャル番組をやっていました。山形の銀山温泉のアメリカ人女将も出ていましたが、子供達に話し掛ける日本語に所々山形弁が混ざっていました。
外国人が話す日本語に方言が混ざっていると親しみがあります。
中国も方言が多様な国ですが、方言というよりもまったく別の言語ともいえます。ただ、方言は漢字の読み方が違うので、耳で聞く会話として成り立たなくても、漢字で表記すればそれなりに意思は通用します。
蒋介石一族が支配していた台湾国民党でしたが、蒋介石の息子で後継の総督だった蒋経国が死に、李登輝が総督になった際、アメリカにいる蒋介石未亡人の宋美齢(100歳を超えてまだ生きています)に挨拶に行きました。
李登輝の進める民主化が気に入らない宋美齢は、李登輝に対して蒋一族とその一派に敬意を払って言うことを聞けというようなことを言います。
一計を案じた李登輝は名案を思いつきます。宋美齢の話す言葉は上海語、台湾生まれの李登輝はこれが分からないふりをします。台湾のビン語は福建語に近い言葉です。日本語的なニュアンスではこんな会話がされました。
「わしは京都大学ば留学しちょったけん、関西弁ばわかりよっとですが、上海の言葉ば喋られよってもあんたが何ば言いよっとかなあんもわからんとです。漢字で書きよったらほんなごつ良くわかりよう思うとですたい、ここば書きてもらえんとですか?」
とメモとペンを渡します。書にしたためるということ言うことは証拠として残ることになります。
元総督未亡人が現役の総督に指示書を出したなどとということになれば大問題です。それを察した宋美齢は
「ワテの独り言でんがな。なんでもおまへんねん、気にせんといてぇな。」 こういわざるを得ませんでした。
2002
12/01
〔Sun〕
00:00:00

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12月になってしまいました。
季語で12月を師走といいますが、師走の「師」は医者なのか習い事の師匠なのかなどと考えておりました。
ある説では師走の「師」はお寺の和尚様のことなのだそうです。現在ではお盆に檀家を回るお寺ですが、昔は年末にもまわって先祖供養をしていたのだそうで、寒い中檀家まわりをするお坊様に感謝の意をこめての師走という言葉なのだそうです。
中学時代に先生に聞いた話では、英語で12月をDecember、11月をNovemberというのは、12月は年の瀬で出費がかさみ銭が出て行くからデッセンバーで、11月は年末の資金のことで頭を抱えるからノーベンバーなんだそうです。
ついでに、1月Januaryは子供がお年玉もらって銭があるからゼニアリーなのだそうです。
どこが英語なんだ?