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祇園祭

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台風が四国を襲撃してる最中、今日・明日は地元の祇園祭です。朝から神社の飾りつけなどを手伝ってきました。

 近所のおばあさんたちが私が作っているボタン杏を分けてくれと言うので、木に登って実をとっていました。今年の夏は暑いこともあって、いつも酸っぱいだけのボタン杏に甘みが入って赤くなっています。
 「ここん家のボタン杏が甘くなる夏はよく年寄りが死ぬんだよなぁ。」と木の下ではおばあさんたちが話をしています。「前に赤くなって甘くなった年は○○じいさんと、○△婆さんが死んだんだっけ。」「その前のときは×△さんからぶっ続けで3人死んだっぺや。」「今年も■○のじい様が死んでるしなぁ。」
 呪いのボタン杏か!といいたくなるような辛らつな話をしておりました。

 杏の花を楽しむために植えているので、実をつけるための手入れはしていないのですが、確かに、何年かに一度たくさん実をつけて、甘くなります。夏の暑い年のことなので、夏を乗り切れなかったお年寄りが亡くなるのはわかりますが、日ごろ敬老会にいじめられているからと、私がボタン杏に呪いをかけているわけではありません。
 それならもう一つ秋には呪いの富有柿もあります、気温が低いので富有柿が甘くならないのですが、こうした夏の暑い年には甘くなることがあります。
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組織改革?

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 強力な台風10号西日本に襲来しています。のんびり進む台風のようなので、水害を未然に防ぐためにも身近な排水溝にゴミなどがつまらないよう見かけたら取り除いて置いてください。

 お父さんの病気治療のために北京にいる西郷ドンから、前途は厳しいようです。西郷ドンは当分北京に残るようなので、今月一杯でハルビンのHPは一時閉鎖します。もしかしたらベリョーザのほうで北京の女性を紹介することになるかもしれません。

 ベリョーザのほうはウラジオストクの義姉の協力で女性会員を集めてもらっていますが、義姉も本業の方が忙しくなってきてフォローも大変だと言うので、8月以後はオリエントスターがメインになる予定です。

 大幅な組織改革になると思いますが、生活に密着した結婚と家庭作りのお手伝いは今後も続けて行きます。
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困ったもんです

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 夕方、ウラジオストクに電話しました。テレビをつけていたので夕方4時からの水戸黄門のテーマソングが聞こえたようです。
 「あ、この歌知っています。サムライとニンジャのドラマです。ミタ コーマンです。」
 ロシア語はアクセントのない「O」を「ア」と発音しますが、「ミタ コーマン」と言われて、返答に困りました。少なくも女性が声を大にして言う言葉ではありません。
 「あのね、ミタ コーマンはかくかくしかじかで、このドラマはミト コーモンと発音するんだよ」と「ミタ コーマン」と言われると日本人はどう連想するか教えると、今度は向こうが言葉を失っていました。
 日本語の壁はまだまだ高いようです。
 
 夜、隣の水上温泉の”おいで祭り”に行ってきました。昼間は雨が降っていたのですが、夕方からは雨もやみ花火が見られそうになったことや、弟の息子のお祭りデビューもかねて連れて行きました。
 甥を乳母車に乗せて歩いていると、話には聞いていましたが、このガキ若いお姉さんを見るとすぐに愛嬌ふるまいて声をかけるので困ったもんです。それもケバいお姉さん好みですからさらに困ったもんです。
 後二日で一歳になるのに歩こうという気力のかけらもなく、お姉さんに微笑みかけられれば抱っこしてもらおうと手を伸ばすありさま。

 肝心の花火は目の前に巨大なリゾートマンションが立ちふさがり、ほとんど見えませんでした。しかも窓に明かりもほとんどともっていない真っ暗で廃墟のようなリゾートマンションは異様でした。

 帰りに新潟県境の山のほうを見ると、山向こうが明かるく輝いていました。明日から三日間、苗場スキー場でフジ・ロックフェスティバルが開催するため、今夜は前夜祭だそうです。この騒ぎで山の中のサルが群馬側に来て農地を荒らすことでしょう。
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ドスン

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 深夜三時ごろ、ドスン!という音がして「また交通事故でもあったのだろうか?」窓から外を見ました。人の話し声は聞こえましたが、国道にそれらしい様子もありませんでした。
 自動車がぶつかる音とは違った音質で、木の箱を蹴飛ばしたような音だったので、交通事故ではなさそうだと思えました。

 ちょうどお祭りの山車が完成して、地元の若手が一杯飲んでいたので酔っ払って箱でも蹴飛ばしたのだろうと思ていました。

 十分ほど過ぎ、救急車の音がしたので「やっぱり交通事故だったのか?」と、赤色等を用意し、救急車が患者を運び出すまで道路の交通整理でも手伝おうと支度をしていたら、救急車がこちらに向かって上がってくるではありませんか。
 しかも、救急車が我が家の前で止まったので「私に何かあったのだろうか?」とびっくりしました。

 我が家の下の段の家で怪我人が出たようで、入り口がわからずここまで上がってきてしまったようでした。
 その家まで救急車の誘導をし、様子を見に行きました。

 画家の夫妻の別荘兼アトリエになっている家で、我が家のネコがたびたびお邪魔しては煮干をご馳走になっています。
 小屋裏納戸のような屋根裏のアトリエがある家ですが、はしごで上り下りしています。奥さんがそのはしごから転落したそうで、頭を切って骨折もしたようでした。

 意識はしっかりしており、救急隊員の応急手当を受けながらご主人に必要なものがどこにあるのかなど指示していました。歳の差カップルの優しいのんびりしたご主人ですが、動揺してしまっていてそれさえ手がつかない様子でした。
 近所の人たちも驚いてでてきてくれましたが、みんな心配になったのは怪我人よりもそのご主人のほうでした。怪我をした奥さんは元々地元の出身ですが、ご主人は横浜方面の人なのでこのあたりの地理にも明るくなく、病院がどこにあるのかもわからない有様です。

 後から自分の自動車で入院に必要な荷物を持って追っかけて行くと言うので救急隊員が病院の名を告げると、「妻が知っていますから大丈夫です。行けます。」と言っていました。その妻が救急車で運ばれていくのに。
 もし向こうで事故にあったら?同じような状況になるかもしれません。
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ナージャの村

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 深夜放送の映画「ナージャの村」を見ながら、日露カップルの友人とメールのやり取りをしていました。
 チェルノブイリ原発事故の風下の納車能汚染されたベラルーシ村に残った人々の生活風景をつづったドキュメント映画です。
 原発・放射能と言うと血なまぐさい話になりそうですが、美しい季節の移ろいと村人の素朴な生活を映し出しているだけで、十分胸をかきむしられる映像です。
 
 放射能汚染を除けば、ロシアの田舎の生活も似たようなもので、「本来彼女らもこんな生活していたんだろうな」と番組を見ながらリアルタイムにメールでやり取りして、「それにしてもロシア人は奥深い」と感慨深いものがありました。
 日々の生活、季節の移ろい、西と東では慣れていますが、ウラジオストク近郊の農村の生活などを思い浮かべながら、機会があったら出かけてみたいと、メールのやり取りをしながら、映画を堪能していました。

 国から見捨てられらのではなく、国を見限って放射能に汚染された大地に残り、土地を耕してただ「生きる」人々で、「電気」を作る発電所の爆発でこんな目にあったのに、その電気さえ来ていない村。
 人間が日々の営みの中で築いたものと比べると文明なんて薄っぺらです。

 同じような境遇に落とされたのが日本人だったら?中国人だったら?おそらく嘆き節と○○運動になってしまうでしょう。
 お上に歯向かう気力もないソビエト農民ではなく、「そんなもの知ったこっちゃない。俺たちは自分たちの気づいた生活をするだけ」と、「死」を受け入れて「生きる」農民の底力が、素朴な生活の映像に感じられました。
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女性

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 夕方思いがけない電話がありました。以前ハルビンのHPよもやま話のの「悲運の美女」のコラムに、「毒婦」と題して私の村で生まれた「高橋お伝」と言う女性について紹介したことがあります。惚れた男のために番頭を殺して、最後の斬首刑になった人です。その語、演劇や小説で脚色され、現実とは随分かけ離れた話が世にまかり通っているので気になっていました。
 たまたま私のHPで高橋お伝の写真を掲載したことから、出版社などから何回か問い合わせが来たことがありました。そのたびに、巷に伝えられているような猟期事件ではなく、時代と人々の冷遇に翻弄された不憫な女性であることを見失わないように説明してきました。
 その親戚関係の人など顔が見えるのでこういうコラムを書くときは神経を使います。

 今年の6月14日の日記には、天皇陛下の先導をして道順を間違えて、責任を取って自ら首を切って死のうとした本多重一と言う警察官のことを紹介しましたが、私の同級生のおじいさんで、知っていても口にしないのが地元の慣わしのようになっていました。先日の同窓会で会って、おじいさんのことを私のHPで紹介したけど問題ないか?と尋ねたところ、気にしなくて良いといわれ随分楽になりました。

 今日、電話を下さったのは都会に住む高橋お伝の親戚筋の年配の方で、私がHPに掲載した写真ははじめてみたそうで、驚いていました。高橋お伝の研究をされている方で、興味本位に歪められ一人歩きしてしまった物語や、処刑後の警察の不当な人権無視した遺体の扱いなどについての話を聞くことができました。
 女が男を殺すと言う当時の日本ではあまりありえなかった事件だけに話だけが一人歩きして、事実がないがしろにされてしまい、もとより悲運な女性にさらに覆いかぶされるような悲運が見舞った感があります。

 先日の同窓会のときに千葉大の助教授をやっている歴史学者の同級生が、今度この村の歴史の本を作る手伝いをすると言っていたので、高橋お伝について別の側面からも見て評価しなおして欲しいと頼んでおいたところです。

 友人の日露カップルが女性兵士の友人がいるから日本男性を紹介させたいと以前言っていました。冗談半分に聞いていたのですが、マジで今チェチェン紛争に出兵しているそうです。医者や看護婦の衛星部隊ではなく、そのものズバリのアーミーです。
 未婚だから優先的に戦場に引っ張り出されたそうですが、生き延びれば9月には帰還してくるそうです。
 女性ですから最前線には行かないでしょうが、かつて第二次大戦のスターリングラードの攻防ではソ連の女性兵士の機銃攻撃にドイツが辛酸をなめています。
 根底の部分で男女平等ですから、日本の男女平等など甘ったるく思えてしまいます。
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ソバ

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 正午過ぎ、昨日の日露カップルがまた来てくれて、一緒にざるソバを食べに行きました。昨夜は苗場プリンスホテルに泊まって、今日はゴンドラで山の上まで行ってきたそうです。

 結婚して5年目になるカップルですが、奥さんは日本語はおろか、日本に関する知識もほとんどないままに日本に来てしまったそうです。
 この奥さんも行政の主宰する日本語教室に通って言葉の勉強をしましたが、日本語を覚えたのは日常生活の中で、日本語教室は同じ外国から来た人たちとの交流の場だったようです。各国からの人々が来ているので当然共通語も日本語になり、そんなに一生懸命勉強したわけではないのに、いつの間にか言葉もおぼえていたそうです。

 やはり、他の日本人、特に男性から変な目で見られる嫌な思いは経験されているようで、彼女が来た頃はロシア女性=外パブと言う偏見がまだ強かった頃だけになおさらでしょう。ロシア語をしゃべる日本男性=外パブ通いという偏見も持ったそうです。
 
 男性女性関わらず日本人から「きれいですね」と言われることに次第に抵抗を感じるようになったそうです。それしか見ていないのか!ともっと自分のほかの部分を評価してもらいたいと言う憤りを感じるそうです。

 後日まとめてコラムにしようと思っています。

 ざるソバを好きなロシア人と言うのも珍しいのではないかと思います。もちろんロシアでも蕎麦を食べますが、これはとても貧しい食べ物なのだそうで、麺にして食べたりはしません。味覚的にもざるソバは「味がない」と感じるようです。
 私の村のアメリカ人英語教師もソバ嫌いですが、田舎に住んでいるとご自慢料理でソバを薦められる事が多いです。ソバアレルギーと言うことにしたら誰も薦めなくなったそうです。
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順応性

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 弟から子供を明日海水浴に連れて行きたいから水中カメラを貸してくれと電話があったので、水中カメラのニコノスを持っていったら、家の外でビニール製のプールにお湯を入れて海水浴の練習をするところでした。
 最初は嫌がって水に入りたがらなかったのですが、数分で慣れたようで、ビニールプールの中でおおはしゃぎしていました。
 海水に浸かればオムツかぶれも治ることでしょう。

 午後、知人の日露カップルがドライブがてらに訪ねてきてくれました。この暑さでロシア人妻たちが片っ端から里帰りしているのに、日本に残っているとは立派なものだと感心しましたが、妊娠6ヶ月だそうで、長旅の無理は禁物です。ましてこの奥さんの実家はモスクワからバスで何時間も揺られる田舎町だそうです。

 4歳になるお子さんがいますが、既にロシア語と日本語を使い分けています。ダブルの子供は言葉をおぼえはじめるのが遅いといわれていますが、おぼえ始めれば早いものです。
 「もうすぐ両親のロシア語と日本語のボキャブラリーを抜くと思うよ」自慢していました。
 このもの順応性の速さは素晴らしいものです。
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いろいろあらぁな

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 朝、昨夜の放浪のホームレスの様子を見にバス停まで行ってみました。既に歩き出したようで、念のために新潟方面へ車を走らせて見ると4-5km先を歩いている姿を見かけました。もう既に新潟県に入っていることでしょう。

 桐生市で散歩中の女性が熊に教われる事件があったばかりですが、北海道の富良野では線路を横断中のヒグマが電車にはねられ即死する事故がありました。
 本州のツキノワグマと違い、北海道のヒグマは肉食で危険なために、ハンターが来るまで確認作業もできないまま列車はストップしていたそうです。
 私はキノコ採りに行って熊にひっかかれたことがあります。多分私が山に入ってきたので驚いたツキノワグマが木の上に上がったのでしょうが、木の枝が折れて私の上に落ちてきました。一撃ひっぱたかれて熊はそのまま走り去って行ったのですが、そのときに負った右肘から手首までの引っかき傷は26年たってもまだ大きく残っています。

 ウラジオストク空港では帰国の搭乗手続きで手荷物を巡ってトラブルがあったようです。というより、気まぐれ担当官の餌食になったようです。
 「涙のお別れをして、チェックインをしたらなんと、荷物が20Kgを越えてしまった。ひとつを機内に持っていこうとしたら、ウラジオ航空の鬼婆スタッフが1000ルーブルを払えと言ってきた。一つは機内に持っていく、もうひとつは20kg以内だといったら、この鞄は大きいから機内に持っていけないと言いやがった。この鞄は国際的にキャビンサイズで、エールフランスは機内にもって行くことが出来た。と言ってもただ、大きい金を払えの一点張り。入管の行列待ちをしている日本人らしい男性も同じような鞄のほかに二つ荷物を持っているので、あの人はどうなっているのか。と言って5分ほど粘ったが、ダメでした。差別をするなといってやりたかったが、単語が出てこなかった。」

 私も同じようなトラブルを経験しています。機内預けの手荷物と機内持ち込みの荷物の両方の重量を計られたら20kgを思いきり超過して、超過料金をふんだくられました。その横を、誰がどう見ても私より大きな荷物、私より思い荷物を担いだロシア人がスイスイ通っていくので、なぜ彼らは良くて私は悪いのだ!と問うと、「ノルマだから仕方がない」。
 スピード違反でつかまって、その横をはるかに速い速度ですっ飛ばしていく自動車を見る思いでした。

 レギュレーションが頻繁に変わるのではなく、そのときの担当官の気分で左右されているのだと思うと腹も立ちますが、ここで意気込んでお縄になっても仕方ないので、泣くこと何とかにはと諦めるしかありません。
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世捨て人

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 福祉作業所作りの会議に行ってきました。能力に合わせた仕事を作るアイデアを出し合いました。工芸品の製作など物つくりはもちろん、行政や地域などから請け負って通りの花の手入れなどいろいろ案を出し合いました。
 
 地元の小麦を使って天然酵母のパンを作れないかと言う話になりました。既にこれは実験済みで可能なので、面白いかもしれません。
 ちょうど喫茶店を開くと言う計画もあり、手作りパンを出せるではないかと話は脱線し、村のロシア正教の境界の近くなので、ロシア料理も面白いと言う話になりました。
 新しい動きがおきそうです。

 夜11時ごろ、会員さんと電話で話をしていたら、近所のおばあさんが尋ねてきました。今時何ごとか?と思って出てみると、家の納屋に変な男がいると気味悪がっています。
 取り急ぎ、懐中電灯と鉈と鎌と金槌を持って行ってみました。懐中電灯で顔を照らすと無精ひげの干からびた老人が寝ていました。
 東京でホームレスを営んでいる人だそうで、東京が暑くていられないから新潟方面に向かって歩いてきたそうです。
 何も悪い事はしないから朝までいさせてくれといわれて困ったので、おばあさんに残り物で握り飯を作ってもらい、それを持たせて近くのバス停の待合小屋に連れて行って、そこで寝てもらうことにしました。
 もしかしたら、著名な画家と言うこともありえるので、絵を描くのか尋ねましたが、絵なんぞ描いたことがないと言っていました。

 毎年季節の変わり目になるとこういう手合いが街道を往来していますが、西行法師のような歌人なんぞいたためしがありません。

 バス停に向かう道すがら、もっと前向きに目的意思意識を持って、世のために役立つ建設的な世捨て人になるよう心がけろと説教しながら歩いたのですが、すごい匂いで家に帰るなり服を洗濯機に放り込んでシャワーを浴びました。
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土用丑の日

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 ウナギの受難日土用丑の日です。

 相変わらずの猛暑で山梨の甲府では気温が二番目になる40.6度を記録したようです。
 その最中、夏風邪をひいたようで下界の気温よりはるかに低いものの体温37.6度を記録しました。鼻水は止まらない、くしゃみは止まらない、目が渋くて開けていられない、きつい一日でした。

 夕方小包が届きました。隣街の知人からで、韓国に行って来た土産でした。戦中、今の北朝鮮北部で生まれ、満州に移り住み、戦後、もう一息で中国残留日本人孤児になりそうな紙一重の状況の中日本に戻ってきた女性です。
 60の手習いと始めた歴史の勉強で中国・朝鮮の歴史に夢中になっていて、年に2−3回歴史の旅に出かけているようです。

 このご夫婦はご主人のほうは藍染に夢中になって工房を作ってしまったり、奥さんは歴史の旅にはまっていて、お互いの領域を荒らさないように配慮しているのか毎日別行動ですが、これもまた飄々として絵になるカップルです。
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灼熱

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 記録的な猛暑になりました。千葉県では40度を突破したそうです。我が家の玄関の寒暖計も12時の時点で33度と画期的な熱さを記録していました。

 太った体には厳しい暑さですが、水出し番茶を飲んで水分補給しながらの汗まみれでした。

 夕べ、ウラジオストクの友人に納豆を買ってきて欲しいといわれ、ウラジオストクに行く友人に依頼しました。納豆を食べられない日本人が多い中、納豆が好きなロシア人がいるのも面白いものです。ロシア人はネバネバしたものが苦手と言っていますが、例外もいるようです。
 以前、友人の奥さんが里帰りのさい、納豆とタクアンをウラジオストクに持って帰り、実家がパニックになったと言う話を聞いたことがありましたが、こちらの方が正常のような気がします。

 彼が日本からの土産に頼んだものは納豆に抹茶に焼きソバソースに味噌汁の元にとだんだん日本人化しているようです。そのうち髪の毛が黒くなるぞ!と言うと「その前に毛がなくなりそうです」と言っていました。ワカメも必要でしょう。
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家庭才媛

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 ウラジオストクのオリエントスターオフィスの電話や電気関係が正常に作動するようになりました。早速電話して女性会員募集のお願いをしました。
 日本語で「カテイサイエンの女性を集めるよう心がけます」と言っていました。
 「カテイサイエン?」「家庭菜園のことかな?」ダーチャで農作物作っている女性かな?
 「家庭才媛」と言う日本語はないので、気持ち的には「才色兼備」や「良妻賢母」と言うニュアンスを言いたかったのだろうと思いはしましたものの惑いました。

 家庭的で才媛なら「家庭才媛」と言う言葉も悪くないなと納得してしまいました。

 先週何人か応募があったそうですが、女性スタッフ陣が考え方が不純だ!と切り捨てたそうです。

 ハルビンでも経験しましたが、女性が女性を見る目は厳しいです。女の下心を鋭敏に見抜くと言うのか、容赦ないと言うのか、どうしても男性ですと曖昧にしてしまうことを良しとしないので、女性スタッフの目は重要です。

 八方美人と言うのは胡散臭いものですが、他人から評判のよい女性というのは自分自身を抑えることを知っているので、環境が変わっても打ち解けることが早いようです。
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事件

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 インドネシアで再会を果たした曽我さんとその家族が日本に帰ってきました。後はジェンキンスさんの病気が早く治って米国政府の寛大な配慮を祈るばかりです。
 同じ拉致被害者の横田夫妻が嬉しそうに曽我さん一家の帰国報道を見ていたのが印象的でした。ご自身のことを思えばいてもたってもいられないはずですが、立派な人物だなと頭が下がりました。

 曽我さん報道の陰に隠れてしまった感がありますが、今度は福井で堤防決壊の大水害です。突然の増水だったことでしょうから、現場に居合わせた人たちは恐ろしかったことでしょう。
 本来梅雨で降るはずだった雨が一気に日本海側に集中してしまったような今年の雨です。

 1998年の那須大水害の日に私の住む地域も水害がありました。
 夕方から降り始めた大雨で倒れて流れてきた樹木が川をふさいだために通りにあふれてしまったのですが、深いところでは1mを超える床上浸水がありました。幸い我が家は高台なので難を逃れましたが、河川敷では堤防決壊直前で、その周囲の人々は非難しました。

 たまたまその日、私は近所で配り物をしていて突然の雨に雨宿りをさせてもらっていましたが、バケツをひっくり返したような雨が延々降り続きました。川があふれていると言う声を聞いて半信半疑のまま、消防団の連中が来るまで手伝ってやればよかろうと、現場に行ったのですが、見る見る水かさが上がって歩けるような状態ではありませんでした。恐ろしい体験でした。

 水が引けた後は一面が赤土をかぶった泥だらけ、浸水して家は床をはぐと床下に泥がたまってすごいものでした。洪水よりもこの後の片付けの方がよほど大仕事でした。
 以後、大雨や台風の情報が入ると排水溝などの見回りをするのが私の役目になっています。

 夜、新潟県の水害復旧の手伝いに行ってきた親子が帰ってきて、私のところに軽トラを返しに来ました。ゴミ運びなどを手伝ってきたそうです。本当はもう一日手伝いたかったそうですが、自分の体調が悪くなったために無理して迷惑をかけないように帰ってきたそうです。立派な判断です。
 しばしばボランティアには「自己満足」を勘違いして押し付ける人がいますが、自分の足元をしっかり踏まえておく事は大切です。
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時差

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 女房子供がウラジオストクに里帰りしている隙に、イギリスをレンタカーでのんきな一人旅している友人から電話がありました。ロンドン郊外のホテルでトラブルがあったようで通訳してくれとのこと。最近英語とご無沙汰で言う事は言えても、聞き取れないそうです。
 ダブルブッキングがあったようで、ナイトマネージャーが言うにはホテル側で別のホテルを用意しているので、朝7時になったらクロークが出勤してくるので、そちらと相談してくれと言う話でした。

 朝7時といわれても、我が家の時計は午後2時半、ちなみにウラジオストクは夏時間なので午後4時半。時差などウラジオストクと日本しか考えたことがないので、ロンドンも時差があることなどすっかり忘れていました。

 朝7時まで彼はどこで待てばよいのだ?と聞くと、ロビーで待っていればよいと言う返事。ロビーで夜明かしさせるのか?一晩ロビーに寝かせて翌朝別のホテルなんて人をバカにしたことをしないで、今すぐ違うホテルに連れて行け!と、なんてひどいホテルだ!と憤慨してしまいました。

 「朝7時にクロークが来て、別のホテルの手配なども全てやってくれると言っていますが、それまでロビーで待てとメチャクチャなことを言っているよ!」と告げると、そのまま待つと言うので「どこで寝るのだろう?」と聞こうとしたとき、時差があることを思い出しました。
 「ところで今何時?」「ロンドンは朝の6時半」

 日本が午後3時過ぎ、ロンドン時間では朝7時、クロークの女性が電話に出て、いきさつなどの話をし、今日はそのホテルが満室で空き部屋もないことや、別のホテルはすぐにチェックインできるので、荷物を持っていけることなど話がまとまりました。

 外国で予約を巡っての思わぬトラブルは私も経験しています。冬のシベリアで予約していたホテルが閉鎖になっていて野宿したことや、イベントと重なって予約したホテルが勝手にキャンセルになっていたこともありました。
 ハルビンから日本に帰る満席の飛行機では私と同じ席がダブルブッキングと言う信じられない事件があり、早い者勝ちで私が先に座っていたので席は譲りませんでした。座席を確保できなかった中国人はパーサーのコーナーに陣取って日本まで来ていました。
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多忙

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 午前中、ウラジオストクの新しいオフィスに電話が通じました。昨日は午後から事務所の電気設備が壊れて停電状態だったそうで、朝から電気工事をしていて、外から電線を引いて一時的に使えるようになっているだけだそうです。前に事務所を使っていた人たちがメチャクチャな電気配線をしていたようで、それを改修しなければならないようです。

 前の幽霊ビルよりも市街地に近くなり、便はよくなったと言っています。幽霊ビルはトロリーバスの停留所のまん前でしたが、今度のオフィスは路面電車の駅と駅の中間になってしまいます。メール交換に来る女性会員には少々余計に歩いてもらわなければなりません。

 午後、交通安全週間の街頭キャンペーンで、ティッシュやパンフレットを配ってきました。

 学校帰りの小中学生がゴミ袋を持って、道に落ちているゴミを拾いながら下校している目の前で、私達が渡したパンフレットを窓から投げ捨てて去っていくライバーもおり、釈然としない思いがしました。

 三連休を利用して水害にあった新潟方面にゴミや土砂片付けの手伝いに行く人たちがいるので、私は軽トラを提供しました。また雨になりそうな空模様ですが、早い復興を願っています。

 夜は地区の祇園祭の打ち合わせで、神輿と山車が国道を移動する区間があるので、県警の方に来てもらい一般通行規制の時間や注意事項などの打ち合わせをしました。

 山車は古く小さなものであちこち痛んでいるために、現在大工をやっている同級生が修理をしています。大正末期に作られたものだそうで、外枠をばらしてみるとケヤキで作った骨組みは狂いもなくビクともしていないそうです。
 大工一同が「先人との知恵比べになっちまった」と闘志を燃やしているようです。
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洪水

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 新しい事務所に引っ越したウラジオストクオフィスに電話をしたのですが、電話回線の状態が悪かったのか音声が途切れ途切れでした。音声が途切れるばかりか、インターネットにも接続できない状態でした。

 ウラジオストクにも新潟大洪水の情報は伝わったようで心配していました。
 「水に沈んだ自動車はたくさんありますか?」と気にしていたので、この夏は水没自動車を安く買いに来る中古車売買のロシア人が新潟に集結するかもしれません。
 友人は長良川の洪水で水没した自動車を買ってきて乗っていますが、ミッションやクラッチなど細かな部分も自分でオーバーホールしたそうです。兵役の影響もあり、機械いじりが上手な男性も多いですが、ほとんど女性主体の家庭にあって男性がその存在を見せ付けるのはこうした機械や日曜大工のときなどだそうです。

 ウラジオストクが洪水に見舞われたのは3年前の夏でした。道路を流れる水を排水する設備が貧弱だったために道路そのものが川になり、あちこちに大きな穴をあけたり、土砂崩れを招きました。
 土砂崩れで上水道が破損し、市民も出てきて復旧作業をしました。

 自然の猛威の前では人智など脆いものです。
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梅雨明け

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 関東地方も昨日で梅雨が明けました。

 ウラジオストクの事務所は今日が引越しでした。仲間内では幽霊ビルと呼ばれている戦前からある古いビルから、比較的古いビルへ移りました。

 早朝、田んぼの様子を見に行くとフィリピン女性を妻に持つ地元の男性に合いました。フィリピン人ならこのくらいの暑さは苦にしないでしょうと問うと、「それが、意外に根性なくてさぁ、家でぐったりしているよ」。この何日か暑気あたりで食欲もなく、そうめんを少々食べているだけだとか。
 熱い国だから辛いものが強いのか?と思っていたら、からい食べ物も少ないし、辛いものは苦手と言うのですから、ロシア人と変わりません。
 「うちのは太っているから熱いのはダメなんだ。おかげで、フィリピンにも帰りたがらないけどね。」寒さに弱いロシア人は多いいですが、暑さに弱いフィリピン人もいるようです。

 そういえば、今月に入ってから私の身の回りのロシア人妻たちが片っ端から里帰りしています。先日もサンクトペテルスブルグに奥さんを送り出した知人から、「ロシア妻が里帰りする年は猛暑になるという伝説ができそうですね。」と言っていました。

 既にウラジオストクに里帰りした家族の元に行く友人が空港から電話をくれました。一人旅の気楽さもあって、10日間の休みを取ってパリ・ロンドン経由でウラジオストクに行くと言うふざけた男でして、今頃はパリにいる頃でしょう。
 英国とUSAはロシア人にビザがおりにくい国なので、一緒に行くには難があります。友人の日露カップルは新婚旅行でロスアンジェルスのディズニーランドにいって来ましたが、ロシアのアメリカ領事館でVisaをとってから日本に来ました。
 この二カ国と日本をのぞけば、ロシア人の入国が難しい国はそれほどないと思います。
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復興

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 ハルビン会話クラブのサーバーダウンが一日半ぶりに回復しました。
 昨夜の焼きソバ作りでおったやけども、胸や腹にぽつぽつ水ぶくれができた物の回復に向かっています。
 
 先週奥さんと一緒にハルビンに里帰りし、単身日本に帰ってきた会員さんから電話がありました。
 ハルビンから新潟に帰ってきてそのまま佐渡に渡り一泊し、昨夜は新潟市のホテルから「ものすごい雨が降っていますよ」と電話がありました。こちらはポツンポツンと降った程度だったので、そのうち本降りになるかもしれませんねなどと話し、話題は雨から新潟ラーメンに変わっていました。

 昼ごろ列車の中から「土砂降りがやまずに、信濃川が大洪水になっている」と電話があり、こちらは雨も降らす暑い一日なので、まさかと思っていましたが、テレビを見ていたら新潟平野が未曾有の大洪水になって、自衛隊が災害出動している模様です。
 新潟の河川敷と言えば田中角栄一派が思い浮かんできますが、真紀子さんも大打撃でしょう。

 真っ先に気になったのが「田んぼは大丈夫だろうか?」と米のことで、昨年のは冷害、今年は洪水で2年不作が続いたら農家はたまったものではありません。
 川の土砂が流れ込んだ田んぼを元に戻すにも大変な手間暇がかかります。復興が気がかりです。

 新潟地震のことを思い出しましたが、確か今頃の季節の暑い日だったと記憶しています。私の村を新潟に向けて自衛隊の車が何台も通ったのを思い出しますが、今は高速道路で一直線です。

 インドネシアの曽我さん一家、ジェンキンスさんの体調が予想以上に悪いために日本での治療を進めるために、今週中にも一家が日本に来ることになりそうです。
 USA政府の出方が気になりますが、強制送還や逮捕なしに、USA大使館からの訴追と、執行猶予ですめば日本政府の外交交渉は賞賛されるべきだと思います。
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やけど

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 ウラジオストクに電話をしたら、「日本は総理大臣が交代するのか?」と質問されました。日本の参議院選のことを放送しているのか聞いたら、インターネットで日本の新聞社の記事を読んだそうです。

 インターネットの出現は世界の距離を短くかんじさせてくれるものだと改めて感じました。
 かつては片道二週間のエアメールも、E−mailなら瞬時です。が、そこはロシア人の悪い癖でのんびり返事を書くので遅々として仕事が進のんびりしているのか?どちらにしても両極端な民族習慣かもしれません。

 ウラジオストクの友人が来週ウラジオストクに行く人に焼きそばのソースと抹茶を持ってきて欲しいとメールが来ました。
 「やきそばねえ!」食器棚の中にサンヨー食品のアラビアン焼きソバがあったので、夜食に食べようと突如思いつき、雨の中、畑に行ってキャベツ引っこ抜いてきて焼きそばを作りました。
 シャツが雨で濡れたので上半身裸で焼きソバ作りをはじめ、キャベツを炒めて焼きそばを蒸らす水をフライパンに放り込んだとたん、油が水で飛び散って胸や腹にやけどをしてしまいました。
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参議院選

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 午後からハルビン会話クラブのサーバーがダウンしたもようです。
 8月からベリョーザに統一しようと計画していたので、これを期にHPも改造しなければと考えています。

 参議院選の投票に行ってきました。こちらではあまりにぎやかではなかったので、どんな候補者が出ているのかさえ気にしていませんでした。

 テレビで東京地方区の選挙速報を見ていたら連舫が出ているので驚きました。いつ日本国籍になったのだろうと首を傾げてしまいました。たしか彼女は台湾国籍だったと思うのですが、「私は日本人ではなく中国人だ」と中国国籍だったか台湾国籍だったか、向こうの国籍を選択したと記憶しています。
 夫婦で北京大学に留学していて、同じ頃に私の弟も向こうに留学していました。ご亭主は人柄の良い人だったそうですが、彼女は中国人であることを鼻にかけて日本人を見下すような嫌なおばさんだったと言っていました。確かに、町場のPTA会合でヒステリックになっているタイプのおばさんになっていますが、なんで民主党から出ていたのだろう?もっとふさわしい政党があったろうに、やはり打算で選んだのだろうか?

 早朝から近くの川原のゴミ拾いの勤労奉仕に出ました。最近は川原で遊ぶ人も少なくなったのでゴミも少ないのですが、手紙の入ったペットボトルを発見しました。「なんだこれは?」とペットボトルを切り裂いて手紙を取り出して見たら、先週あたりに500mほど上流に住む小学生が流したものでした。
 「この手紙をひろって読んだ人は連絡してください。」と書かれていましたが、まさか目と鼻の先でひろわれたと言うのも不憫です。しかも、地元なものですからおばあさんがこのゴミひろいに参加しています。
 たまたま神奈川から里帰りしてきてゴミひろいに引っ張り出された人がいて、こういう夢を手伝ってやりたいので、彼が持ち帰って手紙を書いてやると言うので手渡しました。
 利根川を下ったペットボトルがどうやって太平洋を南下して神奈川県に到達し、しかも川をさかのぼって届くのかと考えると非常に難しい話になりますが、「アザラシだってやってきたのだから、なんとかなるべえ」と言うのでお任せしました。ところで、アザラシの玉ちゃんは今どうしているのだろう?このところテレビにも出てきません。
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抱擁

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 やはりと言うべきか、新聞の第一面は曽我さんがジェンキンスさんと口付けをしている写真が大々的に出ていました。

 ウラジオストクから帰国するとき、空港の出発ロビーで、熱い別れの口付けを交わしているロシア女性と日本男性の姿を見かける事は良くあります。冬でもその一角だけは熱くなっています。

 以前、見かけたカップルでしたが40代と思われる日本男性と20代後半のロシア女性と6−7歳の男の子が別れの抱擁をしていました。子連れの女性と結婚の約束でもしたのかな?と眺めていました。
 搭乗手続きのX線のゲートを超えて振り返り、見送る女性と子供を見たとたん、その男性が突然泣き出してしまい、むくつけきロシア男性係員が付き添って、搭乗手続きや出国手続きをしていました。

 私も出国の出納記録を書き終えて手続きに入ろうかと思っていたのですが、ドアの外では涙ながらの母子が立ちふさがっていますし、ドアの中は重苦しい気配が漂っていて足がすくんでしまいました。

 しばらく間をおいて搭乗手続きに入りましたが、女性係官がもらい泣きしたのか、アイシャドーがとけて流れていてパンダのような顔になっていました。

 待合室では先ほどの男性が土産にもらったのだろう白樺の木で作った壁掛けをじっと見つめていました。いい家庭だできるだろうなと思いました。

 知人が見た光景では、50代の日本男性が20代前半のロシア女性にくちびる突き出して迫っていた光景で、拒否されていたようです。

 向こうが慣れて、こちらも海千山千になってくると迎えにも見送りにも来てくれないので寂しい限りです。
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再会

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 ジャカルタで曽我さんと北朝鮮の家族が再会しました。これからが大変でしょうが、嬉しい出来事でした。
 夫ジェンキンスさんの祖国USA訴追問題はまだ不透明ですし、米兵によるイラクでの捕虜虐待が表面化している現在、状況は厳しいいか義理だと思います。ある意味、国や政府に翻弄される国際結婚の一番厳しい部分を背負ってしまったような家族にも思えます。

 ジャカルタに到着した飛行機から曽我さんの家族が降りてくる光景で、曽我さんが真っ先に夫のジェンキンスさんに抱きついて口付けした光景が印象的でした。日本的な感覚ではまず子供たちだと思うのですが、一目もはばからず夫に駆け寄る姿が感動的でした。

 ウラジオストクにデートに行ったときに空港のロビーに出たらいきなり抱きつかれて慌てたことがありました。まさか迎えに来ているとは思わなかったものですから。恥ずかしいけれど「なんてかわいいんだ」といとおしく感じる瞬間でした。でも、荷物は持ってくれませんでした。

 夜、ハルビンスタッフの西郷ドンからメールが入り、しばらく北京滞在になるそうです。昨年の今頃西郷ドンのお父さんが脳溢血で倒れ、回復の見込みもないままに1年過ぎました。
 ようやく北京の病院にお父さんを行かせる目処が立ち、西郷ドンも北京の親戚の家に厄介になりながらお父さんの看病に付き添うそうです。
 子が親の面倒を見ることにかけては中国人の右に出る民族などいないと思いますが、長い戦いになると思います。
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雷雨

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 私の住むあたりでは気温30度を超える日は年間10日程度しかないのですが、連続して30度を超えています。今日も32度ありました。
 蒸し暑いだけで何日も雨が降らなかったので、午前中は畑に水をまきに行ってきました。地面が乾きすぎていて土が水を吸わないほどでした。

 夕方、西の空が奇妙な青さになり、蒸し暑さの中ジリジリ重い空気が漂っていたので、こういう天気のときは雷になって、その前にもしかすると大気中の電子がヒトダマになることもあるので、6時過ぎにカメラを持って畑のほうに行って様子を見ていました。以前その場所で狐の嫁入りと呼ばれる現象を見たことがある場所でしたが、今日はお目にかかれませんでした。

 暗くなってから露天風呂に行って湯船に使っていると、雷と雨のショーが始まりました。暗闇で雷が光るたびに周囲の山が浮き上がり見事なものです。
 落雷があったようであたり一面停電になり、女風呂のほうはパニックになっていたようですが、たかが明かりが消えたくらいでこんな壮大な自然の営みを楽しまないのはもったいないことです。
 暗闇の中物が見えるのは雷の光ったときだけです。激しい雨が涼しい風とマイナスイオンを撒き散らし、1時間ほど露天風呂の中で雷を見て楽しみました。
 この数日間の蒸し暑さも吹き飛んでしまうような壮大な光景を見てご機嫌でした。

 雷が光るたびに露天風呂の生垣に咲いている紫陽花の花が、今まで見たこともないような彩で目に飛び込んできて見事でした。どこでも見かける普通のハイドランジアの紫陽花ですが、闇に浮き立つ光景があまりにも見事だったので、枝を2本ほど手折ってきて家に持ち帰り、挿し木の細工をしました。挿し木には時期的に少し遅いので根が出てくれるといいのですが。
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七夕

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 記録的な蒸し暑さが続いています。日露カップルのご主人から電話があり、暑さ続きで奥様のご機嫌がよろしくないようです。「ロシア女性は30℃を超えると機嫌が悪くなりませんか?」とたずねるとたずねると、その後家庭も同じようです。
 「日本人と違って汗をあまりかかないから、言っていました。

 日本で生活すると肌が綺麗になると言うロシア女性もいますが、水や食べ物ばかりではなくこの高温多湿の蒸し風呂状態が効能を持っているのではなかろうか?などと持ったりもします。

 ロシア女性に限ったことではありませんが、この蒸し暑い中でカキ氷を食べられる女性はたくましく思えます。私など腹がおかしくなります。しかも、宇治金時白玉入りなど、私にはとても耐えられる代物ではありません。

 振るのかふらないのかわからないただ単に蒸し暑い一日でしたが、天の川など雲に隠れて見えません。
 現代の七夕物語のようになってしまった佐渡の曽我さんがインドネシアで家族と再会のために東京に行っています。
 いろいろ興味はありますが、できるだけ静かに過ごせるようマスコミも気を使っていただきたいです。
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発見

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 昨日背中をハチに刺されて腫れがひかなかったために、夕べは仰向けになって寝れませんでした。深夜に何度も目を覚まして、たまたまテレビをつけたら「赤い衝撃」を放送していました。
 三浦友和との結婚を反対された山口百恵が卒業式の後羽田から飛行機で沖縄に向かうラストシーンを見ていました。
 山口百恵が運転していた自動車が一瞬ソ連製のラーダニ見えましたが、その元になったフィアットでした。
 更なる大発見をしました。沖縄に向かう前は卒業式で短く整えた髪形でしたが、沖縄についたら卒業式前の長い髪になっていました。JALの飛行機が写っていましたが、何ヶ月かけて沖縄までたどり着いたのだろう?

 当時大人気の山口百恵でしたので、きっと忙しいスケジュールの合間をぬって撮影していたのでしょうが、二重数年前には気がつきもしなかった大発見をした思いです。

 山口百恵人気の高い中国では、山口百恵は中国人の末裔と言う説が噂されていますが、どう見ても日本的な顔だど思いました。
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ハチ刺され

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 家の軒下にアシナガバチが巣を作ったので取り除いたら、報復にあって背中を刺されてしまいました。
 スズメバチにはアレルギーを持っているので、過去三回ほどアナフィラキシー・ショックを起こしていますので、嫌な予感はしたのですが、刺された部分がすぐに腫れ出したので大丈夫だろうと様子を見ていました。

 ただでさえ記録的な蒸し暑さで汗が止まらない一日でしたが、ハチさされの痛みもあってやっとの思いで過ごしたような一日でした。

 夕方、ハルビンの会員さんからメールが来て、夫婦で七夕の飾り付けをしたそうです。近所の家の玄関先に飾ってあった七夕飾りに興味を持ったそうで、旧暦の7月7日が七夕の中国と違い、今ごろ七夕をやることが興味深かったそうです。ホームセンターに行ったら七夕飾り用の竹を売っていたので色紙なども買ってきて、この土日は七夕飾りをして過ごしたそうです。

 ハルビンでは日本のように短冊に願い事を書いて飾るような習慣はないので、クリスマスツリーのようだと楽しんでいたそうです。
 飾り終えてみると、短冊の色使いがどことなく中国的で、他所の家庭とは少し異なる雰囲気になったようです。

 7月7日の夜空がどうなるのかはわかりませんが、「K−1 MAX」がある日なので、夜はテレビでしょう。
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鉄くず

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 トラクター修理の部品を探しに解体屋に行ってきました。昨年末軽トラの修理の部費を探しに来たときは山のように積まれて、雑草が生えていた鉄くずの山がすっかりなくなっていました。
 中国で鉄の需要が高まり、相場が高騰したので一気に売ってしまったのだそうです。
 「バブル崩壊で建材の需要が少なくなって、もはやこれまだかなと諦めていたけど、世の中なんてわからねえものだなぁ」と主も感心していました。

 くず鉄をスラッジにして山積みしたコンテナートラックが毎日国道17号線を新潟方面に向けて走って行きますが、中国の製鉄工場で坩堝に入れられ新しく生まれ変わっているのでしょう。
 
 鉄くずはもとより、アルミや古紙の回収率が極めて高い日本が隣国にあることで、中国の需要過多が自然界に与えるダメージを随分緩和させていると思うのですが、国際的に評価されてもよさそうなものです。

 ある会員さんは分別ゴミを「中国のためになる行為だ」と奥さんに教えたそうで、これもまた的を得た答えだと思います。

 毛沢東の「大躍進政策」時代、国の要は鉄だ!と、鍋釜や農具の果てまで溶鉱炉に叩き込んで国が疲弊し、一時的に毛沢東が失脚したことがありました。
 中国で必要以上にたくさんある戦闘機や戦車や潜水艦も溶鉱炉に入れて鉄筋にすれば、環境問題はもとより、世界平和にも大きく貢献できると思うのですが・・・
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暑い!

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 田んぼの草取りをしました。水が冷たいので他所様の田んぼと違って水草や藻の類が育ちにくい田んぼですが、ついでに稲も育たない田んぼです。今年は暖かいのか、世間並みの田んぼになったようです。

 日本では1992年の夏は冷害に見舞われ、翌1993年の夏は猛暑と旱魃に見舞われた年でした。
 今年の梅雨は暑いけれど、雨が降っていますし湿度が高い梅雨で、あるいは、例年通りの夏なのかもしれません
 あの干ばつの年は7月にバングラデシュに2週間ほど仕事で行っていました。ダッカで暑い思いをし、経由地のバンコクでも暑い思いをし、成田に着いたらもっと暑かったのでびっくりしたものです。

 台風が九州南部に押し寄せているのでまた天気が荒れるのか?と懸念していましたが、今度の台風は日本海側に向かうようで、ウラジオストクに達するかもしれません。それはいいのですが、途中に将軍様の国があるので、雨が降れば土砂崩れ、河川の氾濫などの被害がでることは確実でしょう。
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里山

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 マイクロバスの運転手で足尾銅山に行ってきました。銅山の鉱毒汚染で下流の渡良瀬川の水生生物が自滅したり、働く人たちに鉱毒による病気が蔓延したり、日本の闇の歴史を背負った土地です。
 
 この何年かに何回かこの町を通った事はありましたが、まじまじと眺めてみるのは20年ぶりです。昔は鉱山開発で岩肌がむき出しになっていて、岩登りの練習に来たり、冬は氷壁登攀の練習に来たことがありました。今は植林した樹木が育ち、あの頃の殺伐とした山の姿が嘘のようです。この植生のたくましさが日本のパワーだと感じました。

 日光周辺は現役の活火山地帯なので、森林の上体や植生を見ると土地や土壌の状態が良くわかるのですが、強酸性の白濁したお湯が吹き上げる付近にも植物が生えていたり、その水が流れ込む川に生息する魚がいたり、なんと素朴でなんと力強い命なのか感慨深い思いでした。

 日光から群馬県側にでて日光白根山を見ると、原生林と伐採した後に復活した樹林の違いが良くわかります。もともとの原生林にはアオモリトドマツの樹林で、伐採後の森には、地表に太陽の光が当たるとダケカンバが生えてきます。ダケカンバは成長が早いので復活したアオモリトドマツが育つまで森の主役を務めています。ダケカンバが多く見当たる森は、伐採の手が入ったことがわかります。
 土壌や気候の違いもありますが、わずかばかりの距離で私の住むあたりの森とは異なる形態を見せるので面白かったです。

 私の住む上越国境の山では、日光連山よりもはるかに低い標高で植生限界がおきていますので、こちらの方が自然環境が厳しいようです。

 住む場所を選べないように思える植物ですが、自分の生態にあわない環境なら負けて朽ち果てていくだけのことです。
 人の手の入った山を里山といいますが、山仕事の達人はこうした樹木の持つ特性をごく自然に利用して森を作り上げています。始めに「森を作る」と気張るのではなく、いつの間にか森に育てているです。
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二十歳の原点

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 旅館の送迎バスの運転手で栃木県の西那須野に行ってきました。
 日露戦争の乃木希典縁の地として知られる西那須野ですが、私の大好きな「二十歳の原点」の高野悦子の出身地です。
 現地にむかえいに行く時間が朝9時だったこともありますが、昨夜遅くにこちらを出て深夜に現地に着き、車内で寝泊りし、朝は町の探索をしました。

 「二十歳の原点」は高校三年の1月に古本屋で見つけて読んで以来、すっかり魂を抜かれてしまいました。
 以来、高野悦子の出身地西那須野は何回か訪れたことがある町です。

 最近、諦めることが日常で、とげとげしさがなくなり自分の神経が図太くなったとは感じているのですが、親の世代になってしまいました。時間を作ってもう一度「二十歳の原点」を読み直してみようかと思います。

 「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」 一人であることも未熟であることも許されなくなったおじさんたちの原点はどこにあるのでしょう?
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