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たけくらべ

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 早朝、英国に住んでいる友人から電話があり、今夜NHKアーカイブスで樋口一葉の「たけくらべ」を辻村ジュサブローの人形で演じた番組が再放送されるから、録画して送ってくれとの依頼です。日本を紹介するのに使うそうです。
 数年前にジュサブロー風の人形を作ったところ、彼女の周りの人々がとても興味を示したそうで、チャンスがあったら日本の人形劇を紹介したいとチャンスをまっていたそうです。

 「たけくらべ」は粋で活発な娘美登利と、慎重で思い切れない信如の淡い恋の綾取りを題材にしていますが、案外現代日本の男女に重なるような思いもして、明治の東京の庶民の様子を紹介するにも、日本人の恋愛感を紹介するにも深い題材かもしれません。
 大人になることがつまり、美登利は郭へ、信如はお寺に修行に行くことで、心とは別に一本の線が惹かれてしまう。本来、いたたまれない悲劇の結末ですが、この歳になるとそう感じさせないノスタルジーのようなものを感じてしまいます。 

 11月から5000円札の顔は樋口一葉です。

 サマータイムも終わり、ロシアでは1時間時間を戻します。ウラジオストクの時差は日本の時間にプラス1時間です。
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心配

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 夕方、雨の中、関越自動車道を東京方面に向かって赤色等をつけた消防車の集団が通っていきました。母子3人が埋まった現場に行っていたレスキュー隊の人たちでしょう。

 地震から一週間、でかけるときや寝る前にプロパンガスのバルブを閉めるのが当たり前になってしまいました。
 私はトラクターに乗っていて気がつきませんでしたが、こちらでは27日の10:40分頃の地震の方が被害が大きかったようです。
 沼田市方面の揺れは大きかったようで、私の母校の沼田高校では授業中に起こったこの地震でガラス30枚が割れ、生徒たちは校庭に避難したそうです。現在の校舎は昭和5年に建設された鉄筋コンクリートの校舎ですが、躯体には異常はなかったようです。
 それよりも新しい沼田女子高でもガラスも何枚か割れたそうで、やはり強い揺れがあったのでしょう。

 地震でなくてもガラスが大量に割れたのは数年前の私の村の中学校で、生徒と教師の対立で校舎や体育館の窓ガラスが大量に割られて逮捕者も出ました。
 悪ガキを担任が殴ったことに端を発していますが、田舎なのでこの程度の事は体罰などと問題にしない風潮があります。ところが殴られたことのない大人が切れると歯止めが利かなくなるようで、顔面がはれ上がって目が見えなくなるほど殴りつけてしまい、それを学校ぐるみで隠蔽しようとして生徒たちが暴走してしまいました。
 保身一辺倒の校長はじめ事なかれ教員たちの嘘が事態を深刻化させてしまったのですが、心を持たない人間が社会的な地位をかざすだけで心を持つ人間を引っ張って行けると勘違いしているのは、社会経験が乏しい証左だと思ったものです。
 
 阪神泡時代震災と比較して新潟の地震は被災者が少ないものの、震源が浅かったことや大きな余震の連続で規模は大きいようです。
 外国人被災者の話を聞かないのでどうなっているのか気になります。

 日本で活躍しているウー・ファン(伍芳)と言う上海出身の古筝奏者がいます。彼女は神戸で震災を経験し、このときに姉をなくしています。その姉を偲んで作った「重逢」と言う曲は名演です。

 ハルビンの女性会員の家族が日本の地震のことを知って、何回も電話をかけたもののつながらず、ようやく北京にいる西郷ドンに連絡が取れて、メールで問い合わせてきました。
 今回の震災とはまったく縁がない地方に住んでいるので、まさか家族が向こうで心配しているとは会員さんも奥さんも思っていなかったそうです。向こうの両親が電話のかけ方を間違えていたために、何度日本に電話してもつながらなかったようです。奥さんは両親に、万一の時には夫を連れて中国に非難してきなさいと言われたそうです。
 非難するためにはどうやって新潟空港まで行くかが難しい問題です。

 29日には親子三人でハルビンに向かった会員さんがいますが、無事空港までたどり着けたかそちらが心配でした。

 新幹線も上越線も高速道路も徐々に回復していますが、一番被害の大きかった地帯をどうやって通過するのかが問題です。まだしばらくかかることでしょう。
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ロシア男性

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 昨日ウラジオストクに帰国した女性会員は日本での日々がとても楽しかったと向こうのスタッフに話してくれたそうです。
 新潟の地震で帰国が遅れて心配していましたが、喜んでもらえてほっとしています。

 ウラジオストクとは日本女性とロシア男性のカップルに関して現在話が進んでいます。この組み合わせの場合、結婚後日本に住むかロシアに住むかの問題が大きくなりますが、ロシア在住の日本女性は独自にネットワークを持っているので、精神的にはロシア女性よりはるかにタフネスな日本女性なので、たとえロシアに住んでもたくましく生活することでしょう。

 他人の芝はなんとやらで、外国で結婚生活している日本女性は「こういう人が日本を離れるとは国家的損失だ」ともったいなく思う逸材が多いです。もちろん、そういう人材だからこそ残れるのでしょう。

 ロシア男性はだらしないですが、いざと言うときには背筋が伸びているので心強い一面を持っています。で、なければ男ではない国ですから。
 
 ロシア女性も同じですが、ロシア人は必要以上の干渉を嫌うので、いかに相手のプライバシーに土足で踏み込まないかの距離感が難しいことでしょう。

 日本的な意味での「家庭」感覚になると、中国人は日本人と近い部分が多いので楽だと思います。特に夫の家族に対しての気遣いは日本人も舌を巻きます。

 困った時はお互い様で、私の村で新潟の地震での被災者受け入れをするようで、私の実家も受け入れるようです。
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肩痛

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 地震の影響で、福島経由で新潟空港まで女性を送っていった会員さんから無事に帰宅したメールが来ました。

 11月に向こうに行く会員さんは空港までのアクセスルートについて毎日情報収集していますが、昨日の余震でまた復旧も遅れそうです。

 自動車ごと土砂に埋まってしまった母子は、残る一人の女の子の死亡が確認されて、本日の救助作業が終わりました。男の子が一人生き残ったことさえ奇跡的なことですが、単身赴任で地元にいなかった父親は悔やまれてならないことでしょう。

 レスキュー隊の人たちが余震と落石のなか必死に救助活動をしていましたが、自分たちの身が危ない中の長時間の作業、よく無事でひと段落できたと感心しています。

 1983年5月26日昼ごろに日本海中部地震と言うのがありました。この地震のときは津波による被害が大きく106人の方が犠牲になりました。遠足に来ていた小学生が津波に飲まれた地震でした。
 この地震のときに私は谷川岳の一の倉沢で岩登りをしていました。早朝から南稜フランケダイレクトという高難度のルートを登り、降りてきてからまだ時間があったので、もう一本登ろうと凹状岸壁と言うルートに取り掛かり3ピッチ目(1ピッチはだいたい40m)でした。私は下でザイルを確保していたのですが、揺れを感じてびっくりしました。トップを登っていた人も慌ててクライムダウンして来ましたが、凹角の場所なので上からの落石が集中して、生きた心地がしませんでした。落石と言うとあのときのことを思い出します。

 救助現場の状況を考えると、自分たちが建っている岩が浮いている状態のようで、あんな場所にいることさえいつ二次災害になってもおかしくない状態です。昨日は亡くなっていたお母さんをヘリコプターが引き上げる光景をテレビで見ていましたが、ヘリコプターの音や風で崩れても不思議ではない場所です。
 もし崩れてきたら、自分ならどう逃げようかと考えながら見ていましたが、土砂と岩が混ざっているので足場も悪いでしょうし、上から落ちてくる岩や泥が集中しそうな凹部で逃げ場を見つけるにも苦慮しそうな地形です。
 レスキューの皆さん無事で娘さんの遺体を回収できることを願っています。

 昨夜は0度近い冷え込みでしたが、今夜も冷え込んでいます。六日町の友人宅の納屋で地震の後片付けをしていたときに肩に痛みが走ったのですが、昨夜はそれがひどくなって熟睡できませんでした。無理してスジでも痛めたのかな?と思いますが、今頃になって疲れが出てきたのだろうか?

 ハルビンから街のガソリンスタンドの写真が送られてきました。そのうち紹介します。ハルビンではレギュラーガソリン1ℓが3.5元、だいたい55円程度です。日本の半分以下。
 原油高の大本の中国ですが、販売価格は安いですね。それでも彼らの収入から比べれば高価です。
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一人で生きて?

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 10時40分頃に震源地では震度6弱の揺れがありました。
 私は畑に行ってトラクターでプラウ(畑を掘り起こす機械)をかけていて、揺れたことにはまったく気がつきませんでした。
 10時に近くの炭焼き小屋でお茶をもらって飲み、作業を再開した直後でした。プラウ耕は掘り返した溝にトラクラーの右前後輪を落とし、前の溝に沿って新たな溝を作っていくような作業なので、トラクターが右に偏った形になります。
 炭焼き小屋から見下ろしたら、私の乗ったトラクターが横転しそうになっているように感じて、炭焼きのおじさんは慌ててこちらにすっ飛んできました。「震度4か5の強い揺れだったぞ!」と言われましたが、トラクターが揺れていたのでまったく気がつきませんでした。

 午後、村内の老人ホームに入っている山岳会の重鎮の顔を見に行ってきました。
 もう既に私の顔も思い出せなくなっており、毎朝失禁している状態になっていました。この老人の家が山岳会のたまり場で、私は高校時代柔道部だったのですが、写真や油絵を教わりに山岳会のたまり場に足を運んだものでした。

 温厚な人がらでしたが、生涯独身主義で人に迷惑をかけたくないと言う淡々とした人でした。ぼけてしまっても絵は達者です。地震のことなども気にせず、画用紙に黙々と山の紅葉の光景を描く毎日です。
 ちょうど私が行っているときに土砂崩れで生き埋めになった母子の、男の子が4日ぶりにいきて救出され、テレビを見ているお年寄りから歓声が上がっている中、何事もないように黙々と画用紙に絵を描いていました。
 食欲は旺盛で体は元気ですが、心は既に…。はたして、これがかつてこの人が望んでいた生き方なのだろうか?と、今更ながら複雑な思いです。その場にいて辛かったです。
 これから先、孤高の人の末路と向かい合うことになるのでしょうが、一人で生きていくということも難しいようです。

 ウラジオストクでは今頃になって、富山県(だったとおもう)で民家に野生の熊が入りこんで、冷蔵庫を開けて中の食べ物を食べたニュースが話題になっているようです。
 家で寝ているだけの日本の男性よりも熊の方が立派と厳しいことをいうご夫人もいますが、熊はよほどの危機でなければ人を襲いませんが、ロシア妻は機嫌が悪いと夫を襲います。

 ロシア的常識と日本的常識の相容れないトラブルはしばしばあるもので、理詰めで追い詰めると感情が先立って見境なくなるので、言い合うときにもどこかに逃げ道を作ってやらなければなりません。
 通常、ロシアの男性は言われたことに対して反応しないので、敏感に反応する日本男性には腹が立つようです。言いたいことを言わせておいて、ころあいを見計らって、「こうした方がいいんじゃないの?」と提示するとだいたい納得してくれるものです。

 夜、知り合いの日露カップルから夫婦喧嘩戦況報告がありました。ロシア軍の空爆を必死に受け止め、大本営からの講和条約に向けてのインターバルの電話でした。
 第二次大戦終戦直前に参戦して北方領土強奪したくせに、日露戦争では出し渋った国民です、大幅な譲歩は期待できませんが、右手で握手左手でげんこつ、良い妥協案があることを期待します。

 明日帰国する女性会員のことで会員さんに電話したら、台風と地震を経験したにもかかわらず、日本の家族ともすっかり打ち解けて気に入ってしまったそうです。家族と打ち解けているので安心して仕事にも行けるそうです。
 彼女は帰国後イルクーツクに出かける予定があったそうですが、急遽変更し、来月また日本に来たいと喜んでいるようです。

 やっぱりにぎやかがいいですね。
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安全

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 今朝、日露カップルの友人から電話がありました。奥さんが驚いていることだろうと思ったら、チェチェンのテロよりはましと開き直っているそうです。モスクワにいる彼女の親戚は爆破事件に巻き込まれてなくなっているそうです。
 テレビで被災地の様子を見て、「泥棒はいないの?」ときわめて現実的な疑問をぶつけてきたそうです。もしロシアならホームレスなどが寄ってきて、一夜明けたら家財道具など何もなくなってしまうだろうから、そちらが心配で避難所などにいられないだろうとのこと。

 そういえばロスアンジェルス大地震のときも、日ごろからの確執があったとはいえ、韓国人街を中心に暴動がおきています。

 阪神淡路大震災のときには韓国のメディアが「恐ろしいほどまでに冷静で秩序がある」と日本の被災地の人々を評価していてましたが、私たちにとって当然のことが、外国の視線からは脅威に見えるようです。

 日曜にウラジオストクに帰国する予定だった女性会員のことで、男性から電話がありました。落ち着いていて驚いている様子もないと言うことで一安心です。
 どうやって空港まで行くのか、復旧状態を注目しなければなりません。

 彼女の家族からウラジオストクの事務所に「大丈夫か?」と言う問い合わせもあったようですが、「日本人は日ごろ危機感がないが、こういうときには落ち着いて良くまとまるのでむしろ安全だ」と答えたそうです。さすが元軍人さんは日本人をよく研究しています。

 こんな状況にもかかわらず、午後からは叔母達の大正琴の発表会で、私も被害者になるためにお付き合いです。
 新潟方面の和楽器や邦楽倶楽部との交流もあったので、大正琴のメンバーたちは「地震の被災地に行って演奏したい」などと言っていますが、被災地に方々にこれ以上の苦痛を与えてどうする気だ!と言いたい気持ちを抑えて、午後からは一日お手伝いです。
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余震

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 朝6時前大きな揺れがありました。畑に行って大根や白菜などを軽トラに積み、大鍋とダルマ薪ストーブを積んで六日町の友人のところに行ってきました。
 友人宅は建物はまったく異常がなかったようですが、中の家具が倒れて、それでも昨日はもっと被害のひどかった隣の十日町市に手伝いに行ってきたそうです。
 小千谷方面に行くトラックに、どこかの非難地で炊き出しに使ってもらうようたのんで、野菜と薪ストーブと鍋を積んで持っていってもらいました。
 昼過ぎまで、友人宅の納屋の片づけを手伝ってきました。

 夕方から村の交通指導員の練習があったので、慌てて帰路につきましたが、遅れそうなので役場に電話すると、担当者は支援物資を運ぶために新潟方面に行っているので、今日の練習は中止になったそうです。時間的に運転中だった私が携帯の電源を切っていたので通じなかったようです。

 帰ってきてウラジオストクに電話すしている最中に揺れを感じ、「揺れた揺れた!」と声を高くしてしまいました。昨日帰国予定だった女性会員も空港に行くのを諦めて、しばらくこちらに滞在することになりそうですが、帰ってきたら地震の話を聞きたいようです。

 1999年4月初旬にウラジオストク沖の海底で大きな地震があり、日本には津波注意報が出たことがありました。ところがウラジオストクではまったく揺れも感じなかったそうで、私から話を聞いて初めて知ったと言っていました。
 カムチャッカ出身のスタッフは地震を何度か経験しているようですが、冬の寒さの方がはるかに恐ろしいと言っています。国後、択捉での地震被害は記憶に新しいところですが、ロシアには地震に対する備えがあるとはいえません。

 来月はウラジオストクに行く会員さんも多いので、早く復旧してくれるとありがたいのですが、まだしばらくは余震警戒が必要みたいです。
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一夜明けて

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 昨夜の地震から眠れたような眠れないような状態のまま朝になりました。まだ、一日中小規模な揺れが群発しています。

 朝のうちに近所の被害状況を調べたりお年寄り家庭を回ってきましたが、せいぜい棚の上の荷物が落ちた程度で大きな被害もありませんでした。お墓の石が倒れた家が1件あり、昼過ぎに手のあいた人たちが出てきてなおしました。思ったよりお墓が強いことに驚きました。
 新潟のほうでは「萬霊塔」と掘られた屋根付きの大きなお墓を見かけますが、頭が重いので倒れたのではないでしょうか。

 今日帰国する女性会員のことで会員さんから電話がありました。上越線や関越自動車道はダメなので、福島経由で磐越自動車道を使ってみてはどうかとアドバイスしました。来日中に大型台風に大地震を経験させてしまい、日本を恐がらないか心配ですが、あとは火山の噴火も経験してもらわなければなりません。

 関越自動車道は昨日から通行止めにもかかわらず、家の近くを走る国道17号は通行料がほとんど変わりません。自衛隊や救援隊は福島か長野経由で新潟に行ったのでしょう。

 ハルビンの会員さんからもメールが入り皆さん無事のようです。冬前に里帰りしていた奥さんたちも何人かいて、ご主人の方がほっとしているようです。今月末に家族三人で里帰りする会員さんもいますが、空港までいけるだろうか?と心配しています。

 実家では昨日から弟夫婦は県の南の嫁さんの実家に行っており、地震はそちらで経験したようですが、こちらより震源地から距離が遠いにもかかわらず大きく揺れたようです。
 実家には父が一人でしたのでなにかのときにネコの手をと、ネコを置いてきました。昼過ぎ、弟夫婦が帰ってきてしまい、昼寝中のネコが甥にフォークで刺されて被害にあいました。
 夕方、弟から玉子焼きとけんちん汁を大量に作ったから食べに来てくれと電話があり、地震で冷蔵庫の中がやられていたのかと出かけていきました。犯人は甥で、冷蔵庫を開けてタマゴを落っことし、ボールに入っていた豆腐を手でぐしゃぐしゃにしたようです。この春にはお兄ちゃんになるのですが、野生の赤ちゃんです。

 ウラジオストクは地震とは縁のない街です。急な斜面にどうやって建てたのだろうと思えてしまう様なアパートが、丘を包むようにして建っています。ここで地震が起こったら、間違いなくアパートが滑り落ちて海に飛び込むでしょう。
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震度5

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 すごい揺れでした。こちらは震度5弱でした。

 昨夜、新潟の六日町の知り合いからレタスとほうれん草があったら分けてくれといわれ、早朝から畑にあるレタスとほうれん草を全部引っこ抜いて六日町に持って行きました。
 食べて死者続出で話題になっているキノコのスギヒラタケをもらってきました。夕方こちらに戻ってきて、もらってきたキノコを天ぷらにして食べようかと考えながら、テレビで浦和レッズと鹿島アントラーズのサッカーを見ていました。

 6時ちょっと前、グラグラと揺れたので、10月6日のようにまた筑波のガマガエルが暴れたか?とのんびりしていたらだんだん揺れが強くなり、前回とは比べ物にならない揺れでした。「こりゃただ事ではないぞ!」と身構え、テレビに釘付けになって待つこと2−3分。長い時間でしたが、まだ揺れが続いていました。

 震源地は新潟県の中部と言うのにも驚きましたが、震源地近くの震度6強はただ事ではありません。
 こちらも震度5弱を示していましたが、地震計の地点よりも震源地に近いのでもっとあったと思います。
 すぐ六日町の知り合いに電話をしたら、家の中の棚のものが落ちてきたり、大変な揺れだったそうです。

 まだ揺れている最中、地震に関係ありそうな地域の会員さんにメールを書いていると、また大きな揺れがきました。

 その後も頻繁に揺れが勃発しており、少し遅れてテレビの地震速報が流れています。

 40年前の新潟地震は記憶にありますが、立っていられない様な揺れでした。それ以来の強い地震です。

 新潟県は豪雪地帯なので、建物の骨格などもがっちり作っていますし、積雪や除雪のために建物の間隔や道路も広く、雪崩の危険のあるような傾斜地に住む人も少ないので、今回の大規模な地震でも被害を抑えるのに役立っているのでは?と思います。
 この7月の洪水のときもそうですが、地方で生活する人たちはこうした天災でも落ち着いて行動する人たちが多いので表面には見えにくいのですが、実際はかなりの被災をしていると思います。

 現在関越自動車道が通行止めなので、国道17号を通過するしかないのですが、あまり自動車も通っていません。

 地域の老人だけの家庭の様子を見に行ったり、あわただしかったです。消防団も小屋に待機するようです。

 明日帰国する女性会員がいますが、どうやって新潟空港まで行ってもらえばいいのか、テレビの情報にかじりついています。

 こうして日誌を書いている30分足らずの間に2回有感地震がありました。
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紅葉

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 昨日、富山県の伏木港で台風23号の高波で転覆したアントニーナ・ネジダノワ号の話題でウラジオストクは盛り上がっていたようです。
 波であおられて護岸に横っ腹をぶつけ、亀裂が入ったところへ水が浸入し傾いたそうですが、元海軍将校が言うには甲板の上に中古車をたくさん積んでいたから重心が高くなって不安定になったとか。
 傾いた際にせっかく買い付けた中古車が海に落ちて、人生真っ暗な船員も多いことでしょう。

 日本の台風の様子などもウラジオストクのテレビで放送されたそうです。

 台風一過の好天を予想して、私は早朝から尾瀬ヶ原にハイキングに行ってきました。天気も良く気温も暖かく快適でした。台風の影響でもっとハイカーが少ないと予想していましたが、意外なほど多いので驚きました。
 尾瀬の紅葉は終わりの時期ですが、今年は日照が少なかったのか赤い色が今ひとつ良く出ていません。
 カメラは持って行ったもののフィルもを忘れてしまったので、湧き水でお茶を飲んでから昼前に鳩待ち峠に戻ってきて、夕方には水上経由で家まで戻ってきました。

 紅葉は例年ほど鮮やかではありませんが、台風の影響で沢の水が豪快だったり、滝の水の量が多くてこれもまた楽しめました。
 台風で樹の葉もずいぶん落ちてしまいましたが、色の良い落ち葉を何枚も拾ってきたので、本のしおりにしようかと思っています。

 今年は夏暑かったので、山の木の実も豊富かと思っていましたが、意外なほど少ないような感じがしました。これでは熊が里に降りてくるのもわかります。台風ばかりのせいではなく、実がならない年まわりだったのかもしれません。3−4年前にはこちらではブナグリと呼ぶブナのみが豊作だったので、くまなどが増えるだろうなと思っていましたが、今年は春から花粉も少なかったように思えます。例年ならブナの花粉で山の林道青くなるのに、この春はそんな光景を見ませんでした。

 アマチュアカメラマン(それも年配ばかり)がたくさんいましたが、デジカメの一眼レフを持ってきて撮影している人たちも多く見かけました。あんな重いものを持ってくる体力もすごいと思いますが、最新の機器を使いこなせる頭の柔軟さも大したものです。
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出来事 神風

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 ウラジオストクのサッカーチーム”ルーシ”は2部リーグで1位になり、1部リーグへの昇格が決まっています。海浜公園の近くにサッカースタジアムがありますが、老朽化していることもあり、新しいスタジアムができるそうです。

 サッカーにあまり興味のないウラジオストク女性たちの大方の意見は、そんなものにつぎ込む予算があるなら水道の水を何とかしてくれだそうで、まだ市内各地で断水があったり、お湯の配給が止まっているそうです。ウラジオストクの水道設備は老朽化の極みになっていますが、まだ回収費用を巡って国との駆け引きを続けているようです。

 秋たけなわで上海蟹の季節ですが、上海蟹の名前で市場に出せるのは陽澄湖でとれたカニだけなのだそうです。
 偽物の大国の中国ですから、すぐに偽物が出回るのはカニの世界でも同じです。
 陽澄湖の近くには♪無錫旅情♪で有名な太湖と言う大きな湖がありますが、ここで取れたカニまで”上海蟹”の名前で出ています。

 本家の陽澄湖も偽物と区別をするために頭をひねっていますがいたちごっこです。今年はカニのはさみにタッグをつけているそうですが、市場に行けば既にそのタッグの偽物も出回っており、お客の希望でいくらでもつけてくれるとか。

 ブランドをまねることしか目がなかった中国で、自分がブランドになったときにようやく事の重大さに気がついてきているようです。

 昨夜、台風23号の強風と高波で富山県の伏木港に停泊していたロシアの客船アントニーナ・ネジダノワ号が岸壁にぶつかって浸水し70度傾き、乗務員、乗客あわせて112人が非難したそうです。
 ウラジオストクー富山を就航している客船で、大量の土産を持って里帰りする奥様に人気の船です。

 あのモンゴル帝国の元寇でさえ駆逐した日本の神風です。ついにロシア太平洋艦隊も蹴散らしました。
 旭日旗を掲げて日露戦争勝利の提灯行列をしたいところですが、金沢で開催されている会議でロシアの代表がシベリア油田のパイプラインを中国が主張する大慶ではなく、日本の主張するウラジオストクへ引くことに決まるだろうというロシア側の配慮がありましたので、「ネジダノワ号大変だなぁ」と思っています。
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冷凍食品

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 超大型の台風23号は日本に上陸したときは大型台風に精力を落しましたが、依然として猛威を振るっています。秋雨前線と台風のダブルパンチで、こちらも今日は一日強い雨が降っています。
 来日中の女性会員が台風に驚かないか心配ですが、明日には天気が良くなることを期待しています。

 先ほど知り合いの日露カップルから電話があり、食欲の秋で食べ過ぎた奥さんが月曜から断食ダイエットのハンガーストライキに突入したそうです。
 ダイエット中の女性が神経質になるのはどこも同じなので、ハンガーストライキの最中の食事は仕事帰りに近くの定食食堂で食べてくるそうです。「国際結婚して初めて和食のありがたさを感じるようになった。」と申していました。

 昨夜、働く日本男性の心のよりどころ、プロジェクトXでは冷凍食品に挑んだ男たちの話を放送していました。
 冷凍食品なんて、と思っていたのが一転し、番組終了後にはいつも忌々しく思っている冷凍食品が無性に食べたくなって、冷蔵庫をのぞいたらピザと食べかけのソバメシがあったそうです。
 実は私も昨夜その番組を見て冷蔵庫をあさってカトキチのうどんを食べてしまいました。冷凍食品がこんなにもありがたいものだったのか!とテレビ見て感動していましたからおいしかったです。
 彼は音を立てないように台所で静かにソバメシとピザを食べていたそうですが、ハンガーストライキの奥さんの嗅覚は鋭く台所に現れると、私が我慢して何も食べないのにあなたって人は…と怒り出したそうです。
 結局、ダイエットはあえなく挫折し、その後二人でファミレスに行ったそうです。

 これから街全体が天然の冷凍庫になるウラジオストク。ペリメニなど作って、窓から吊るしておくだけで簡単に冷凍できます。
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料理

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 また台風が上陸する模様です。超大型の23号で、それでは10年に一度の大型台風といわれた前回の22号はなんだったのだろう?もう十年経ったのだろうか?まだ10日しか経っていないような記憶の新しさです。
 今年はこれで10の台風が上陸です。あと六つでアテネオリンピックの金メダル獲得数に並びます。

 日本に生活体験に来ている女性会員も元気でやっているようで、ボルシチを作ってくれたと会員さんからメールが来ました。

 実は、日本に来てすぐに料理を作ってくれるロシア女性の話はあまり聞いたことがありませんので、いい人が来てくれたなと感心しています。
 通常、まずは食材の違いで戸惑い、次にコンロ(ロシアの家庭の多くは電気コンロ)の違いで戸惑うようです。
 調味料などもロシアでは見たこともないような調味料が日本にはたくさんありますが、何より素材そのものに味がない(よく言えばクセがない)のも料理する上で感覚が違うようです。
 日本の同世代の娘さんたちを思えば、料理など満足にできなくても不思議ではないことで、これから身につけていけば良いことです。

 誉めて育てろ!これが一番の基本です。あら捜しすればきりがありませんが、良いところを見つけて「こうした方がもっといいよ!」と育てる事は大切です。
 私の場合、誉められておだてられて食事を作らされています。

 ハルビン女性と結婚した男性会員さんがよく言われることですが、「できるできないは別にして一生懸命やっているよ!」
 これがロシアと中国の経済の勢いの違いではなかろうか?と思うこともあります。
 ロシア人は完全な形を求めすぎるのかもしれません。が、本国では食事には手をかけずそこにあるものを食べているだけなので、食べることへの探究心が中国人と違うのかもしれません。
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寄宿制

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 スコットランド人男性と結婚して英国に住む学生時代の友人から時々電話が来ます。この夏、たまたまインターネットでこのHPを見つけて「もしかしたら?」と思ってしばらく様子を見ていたそうです。そのうち私だと確信して電話をしたそうですが、HPに記載している電話番号がIP電話なので国外からこの電話番号ではかけられなかったそうで、先月、携帯に電話がかかってきました。

 時折電話やメールをもらっては向こうでの暮らしの苦労話を聞かされています。結婚して15年もたつのに「もうやってられない!日本に帰ってやる!」と腹が立つことなど頻繁にあるそうです。

 娘さんと息子さんがいるそうですが、二人とも寄宿制の学校に入れているそうです。寄宿制学校といわれても日本にいては良くわかりませんが、ハリーポッターの魔法の学校ようなものでしょう。

 日本で言う小学生の頃から、自立させるためにと寄宿制の学校に入れているそうですが、よく幼い子供をそんなところに入れる気になったものだと感心してしまいました。が、彼女は今で言うなら帰国子女で、USAで寄宿制の女学校に行っていたとかで、子供の教育は寄宿制に限ると言い切っています。

 「あなたの子供もこちらの寄宿制学校に入れなさい!紹介するから」と無茶苦茶なことを申しておりました。
 きっと猟奇的な森の奥深い石造りの学校で、森の外には魑魅魍魎及びチェーンソーを持ったジェイソンが駆け回り、背中の曲がった顔にやけどのあとがあるおじいさんが始業の鐘を鳴らし、アテネオリンピックの女子マラソンを途中棄権したラドグリフのような妙にいっちゃっている先生に英国中世史の講義を受け、日本から送ったEMSはフクロウが配達し、黒いマントを着て変な帽子をかぶり、手には杖を持ってホウキにまたがって空を飛んでいる自分の子供の姿など想像しがたい話です。暴走行為で補導され教護院と言うならありえそうで話もわかりますが。
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ねんりんピック

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 年配者の国体と呼ばれるねんりんピックの今年の開催地は群馬県です。私の村はオリエンテーリングの会場で、今朝は早朝6時から大会の手伝いに行ってきました。

 選手が県道を横断するときの交通整理が私の役目で、早朝から会場入りしたもののレースの開始が10時なので、ほとんど観光客の道案内係のようなものでした。

 開会式には来賓が来るので、偉そうな人が来たら専用の駐車場に案内してくれといわれていました。だいたいこういう人たちは選手と違って背広を着てきたり、黒塗りの立派な自動車で来るのですぐにわかると思っていました。ところが、村の火葬場で火葬があり、豪華な彫り物を施した屋根を積んだ黒塗りの自動車や、黒いダブルのスーツを着た人が乗った自動車が来るものですから厄介です。しかも、その一団にまぎれるような形で衆議院議員が乗った自動車が来てしまったものですから、そのまま火葬場のほうに誘導してしまいました。途中で秘書が気がついて引き返してきたそうです。
 選挙や年明けなら屋根に看板乗せてスピーカーで某○でございますとやるのでわかりますが、そんな時だって当人など乗っていないのですから顔を見ることもありません。こんなときになっていきなりやってきてものぼり旗でも立てて行進して来るか、当人からあっしが議員でござんすと言って貰わなければ、火葬場に最後のお別れに来たのか大会の挨拶に来たのかわかったものではありません。
 枯れ木も花の賑わいのようなものなので、選手がスタートした後になって会場のほうで挨拶して帰ったそうですが、役場の職員かナメコ汁作りに来たボランティアのオバちゃんしか聴いていなかったでしょう。

 私の立っていた背後は蕎麦屋さんで、昼が近くなるといい香りがしてきてすきっ腹にこたえるので辛い場所でした。自分では嗅覚は鋭くないと思うのですが腹が減ったせいもあって、外に漂う香りがそばつゆの香りはおろか、カツ丼の香り(ちょっと醤油の香りが強い)まで区別がつきました。てんぷらの香りも最初は「あ!てんぷら揚げてるな」だったのが、「これはえびのてんぷら、今度は舞茸のてんぷら」までわかるようになりました。
 私が歩行者の誘導を一生懸命やっていたと大会関係者が誉めていましたが、別に一生懸命やっていたわけでなく、腹が減った身に蕎麦屋の香りがあまりにも酷なので気晴らしに体を動かしていただけなのですが。

 3日前から紙おむつを持ってママの実家に泊まりに行っていた1歳3ヶ月の甥は。昨日、親戚の子供が通う大間々町の保育所の運動会に行きました。
 運動会のアトラクションでパラグライダーで保育園の運動場に着地するはずだった62歳の男性が、飛行中にバランスを崩して民家の屋根に落ち、足を骨折するアクシデントを目の当たりにしてきたそうです。
 当人はわけがわからないからパラシュートが家の屋根に落ちるわ、救急車は来るわ、年上のおねえさんがいっぱいいるわで大喜びだったようです。

 中国ではこの15日、四川省大英県の農家に中国が打ち上げた回収式の人工衛星が墜落し、家をめちゃめちゃにしたそうです。死傷者はでなかったようですが、安全のためには「上を向いて歩こう」ですね。
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故郷

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 昨夜随分寒いと感じていましたが、今朝、谷川だけをはじめ上越国境の山々は白く雪をかぶっていました。
 太った身の上には過ごしやすい季節が来ます。

 この一週間、2名の女性会員候補がウラジオストク事務所に訪れたそうですが、およそ外国で暮らすことへの決心も希薄なら、その能力もなさそうなので入会を認めなかったそうです。

 夕べも会員さんとの電話の中で、東西冷戦の頃西側諸国に亡命などで出て行った人たちはどうしているのだろう?と言う話になりました。
 日本に戻ってきた中国残留日本人孤児のことなどが思い浮かびました。同じ日本人であっても浦島太郎になってしまっては決して快適な生活ではないのですから、他人の芝が青く見えるからと言って外国に出たところで真っ当に生きていけるはずもありません。

 以前、ロシア的話題でサハリンに残留した佐々木正子さんについて書きましたが、生まれ故郷の日本に戻ってきたものの、結局は孤独感から友達のいるウラジオストクに戻りました。

 物質的に生活が恵まれていることと、精神的に豊かである事は別問題で、目に見える部分だけを全てと思い込んでいると手痛いしっぺ返しが待っているものです。
 外国に出たもののそこの生活に馴染めなくて戻ってくる人はロシア人に限らず、あの中国でさえいます。韓国に逃げ延びた北朝鮮人でさえおしおき覚悟で戻る人もいるそうです。

 作家の森敦は、自分の魂が帰りたがっているところが故郷で、旅とはそのときに自分の魂が帰りたがっているところへ帰るための道のりだといっていました。
 心が落ち着く場所が住むにふさわしい場所で、心が踊る場所は遊びに行くところなのかな?と思います。

 「関白宣言」と言う歌の中で♪今日から俺がお前の家♪と言うフレーズが出てきますが、彼女の心が住みやすい家になるよう心も磨かなければなりませんね。
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サマータイム

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 ウラジオストクでは10月31日午前三時でサマータイムが終了し、時計の針を一時間戻します。現在ウラジオストクの時間は日本よりも2時間進んでいますが、10月31日から時差は+1時間になります。
 ロシアのサマータイムは3月の最終日曜日から10月の最終日曜日までです。

 緯度の高いヨーロッパでは夏冬の日照時間の差が大きいのでサマータイムの意味は大きいけれど、緯度の低い日本ではサマータイムをやったところであまりメリットがないそうです。戦前一時期日本もサマータイムを導入したことがあるようですが、すぐに取りやめになりました。

 こうした生活をしていると日本時間とロシア時間が頭の中で常に同時進行しているので、時差を考えることもあまりなくなっていますが、向こうに電話するときなど1時間の時差は大きいです。
 2時間の時間差があると、こちらは夜10時でも向こうは夜中の12時。電話をするのをためらってしまいます。
 私にとって夜の10時ごろが一息できて一番電話しやすい時間帯なのですが、寝ているところを起こすのも気がひけます。
 冬時間になると日本の時間帯に近くなるので気分的に随分楽になる思いがします。
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女性の活躍

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 今月10日、岡山県倉敷市の主婦貝畑和子さん(51)がサンクトペテルブルグからウラジオストクまで7ヶ月かけて走破し、昨日日本に帰ってきました。
 ウラジオストクの友人は自動車で移動中ゴールに向かって走る一行とすれ違ったそうです。なんだったのかわからなかったようですが、後でニュースを見て知ったそうです。世界一周を目指すデンマーク人とロシア人のランナーが貝畑さんと一緒に走っていて、この二人には気がついたけれど、その時は貝畑さんには気がつかなかったと言っています。後でテレビを見て「小さな男の子が一緒に走っていたな」と思い起こしたそうで、それが貝畑さんだったようです。

 彼が言うには、今年はチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で上原彩子さんが一位になったのを皮切りに、大統領選挙にはイリーナ・ハカマダ、オリンピックのマラソンで野口選手、どういう脈絡かわからないけど最近彼が気に入っている中島みゆき、このたびの貝畑さんと、日本人は女性ばかりが目に付くと言っていました。
 「日本の男性は何をしているのでしょうか?存在感がありません!」と彼は言いますが、「お前らだけには言われたくない」気持ちです。

 彼いわく、ロシアは男性がどんなに努力しても「それが当然」と認められない国ですし、「男には自由よりも義務ばかり求められる国です。」と嘆いていましたが、日本男児にとっては日本だって同様です。ただ、飲む・打つ・買うの三拍子に走りがちか、自分の世界に引きこもってしまうかその傾向は民族性の違いでしょう。

 昨日のニュース番組では自宅で妻の帰りを待つ貝畑さんのご亭主が出ていました。ほっとした反面なんてことをやらかしたんだと困ったような面持ちでした。
 その表情たるや、日露カップルのパーティーで活気付き意気揚々の妻たちと相反するかのごとく、部屋の隅で「これでしばらくはご機嫌も良いでしょう」と安堵する夫たちのようでした。
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牛めし復活

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 牛めしの松屋で中国産の牛肉を使っての牛めしが販売されるそうで、2月に姿を消して以来久しぶりの復活です。
 中国は口蹄疫(こうていえき)という伝染病の発生地なので、牛肉の輸入など禁止されていたはずです。なんでも、向こうで加熱調理してから輸入しているのだそうです。

 狂牛病と違って、口蹄疫ウィルスは人間にはまったく影響がありませんが、牛、豚、羊などの偶蹄類には危険なウィルスです。
 USAで発生したときは時の大統領が発生地の半径100km範囲の家畜を全て廃用にして感染拡大を防いだほど家畜にとっては恐い病気です。
 数年前、日本でも口蹄疫が出たのですが、あの時はおかげさまで和牛を安く食べられて嬉しかったです。

 中国では豚肉が主体で、牛肉はあまり食べる機会がありませんでした。ハルビンでは西郷ドンがシャブシャブ大好きなので、羊の肉は良く食べました。ハルビンではシャブシャブを蒙古料理と言っています。

 まだ日本に牛丼が存在していた頃ロシア妻が牛丼大好きでよく食べに行きましたが、私は堅実な日本人なので、最初に下の汁かけご飯を食べて、最後に上の牛肉を食べることを楽しみにしているのですが、国が5カ年計画にことごとく失敗したばかりか、個人的にも計画性に乏しいロシア妻は最初に牛肉だけ食べて、残ったご飯と私の虎の子の牛肉を交換しろととんでもない不平等条約を突きつけてきます。
 「だって牛肉嫌いなんでしょう!」と、嫌いならわざわざ牛丼屋などに来るものですか。結局、北方領土と引き換えに牛肉を取られ、汁かけ飯とタマネギに紅しょうがしか食べられないので、牛丼屋には一人で行きたいものです。
 牛丼は一人さびしく食べるところに日本男児の詫び寂があると最近は思っています。
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連休明け

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 会員さんがこちらに遊びに来てくれて、奥利根水源のほうまでドライブに行ってきました。
 今年は紅葉が早く感じていましたが、思ったほどでもなく、紅葉はまだこれから先です。
 連休明けでしたが観光客も多く(年配者が多かった)、台風が連続したにもかかわらず、川や湖は濁っていませんでした。

 サハリンの南部トマリの町長選ではニシヤマ・ソウキチ氏(59)という日系人が町長になったそうです。前回の大統領選挙ではイリーナ・ハカマダという日系女性が候補になって注目されましたが、町とはいえ首長に日系人下選出される事は珍しいそうです。

 ハルビンから新会員女性の写真と街を走る路面電車の写真が届きました。3ヶ月前からハルビンにも路面電車が走るようになっています。

 山の先輩から著名な言語学者を紹介してもらえることになりました。著書もたくさんあり、私も何冊か読んだことがある学者で、現在は赤城村に住み林業の草刈などを手伝いながら一人で生活している高齢の博士です。
 「とにかく奇妙な人だからその世界を追い出された人だけに、お前と話が合うだろう!」と先輩が言ってました。
 蔵書の一部を山岳会の事務所に寄贈してくれたそうです。
 ちなみに「日本語の年輪」と言うベストセラーを書いた人です。
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豊穣の女神

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 昨夜、山仲間から電話があり、愛知の山岳連盟に同行してアンナプルナ(8091m)に登っていた前橋山岳会の名塚秀二さん(49歳)が雪崩に巻き込まれたと知らせがありました。ポストモンスーン期なので新雪の表層雪崩はよく起こりますが、軽い雪であればと期待をしていましたが、その後電話がまたあり「どうも絶望的だな」。今朝の新聞にも2名死亡と書かれていました。後に入った情報では、雪崩が去った後、上半身雪の上の出た遺体が見つかったそうで、雪による圧死でしょうか。

 ヒマラヤには14座の8000m峰があり、ラインホルト・メスナー以降14座全てに登頂した人は現在は何人もいます。日本ではマッキンリーで死亡した山田昇さん(沼田山岳会)の9座12峰(エベレスト3回、ダウラギリ2回登頂しています)が最高で、山田さん亡き後のエースとして名塚さんが今回登頂成功すれば10座めになるはずでした。

 私にとって山田さんは年齢も離れていましたし、高校や山岳会の先輩後輩と言う関係もあって一歩も二歩も引かなければなりませんでしたが、名塚さんは群馬岳連という大きな枠組みでのかかわりでしたし、遊び仲間に近い感覚でしたので同じ目線で馬鹿を言い合える人でした。
 面白いエピソードもたくさんあって、川場スキー場建設のときの積雪調査で、ひと冬山にこもって積雪調査すると200万円と言うおいしい仕事が舞い込んできて、名塚さんと三枝さん(山田さんに次ぐ当時No2のサミッター、マッキンレーで山田さんと一緒に遭難)が山ごもりしていました。
 途中三枝さんが事故でリタイアし、一人で山の中で生活していました。我々が酒を持って様子を見に行ったら、久しぶりに人が来たと大喜びして、泥酔して便所の窓ガラスを突き破り、ガラスで腕を切る怪我をしたことなど思い出しています。

 奥さんとの出会いには私が絡んでいて、山岳連盟の雪上講習会で滑落停止技術を教えるとき、群馬登高会(高崎の山岳会)の新人だった奥さんの担当が私でした。が、「おめえが女に教えるなんて100年早い!」と、自分が教える予定だった貧乏学生を私に押し付け、新人女性をかっさらっていきました。旅館の婿取りで後とり娘だったのでまさか結婚はと思っていましたが、世の中どうなるのかわからないものです。後に夫婦でマナスルに登山にも行きました。
 ちなみにそのとき私が教えた貧乏学生の小林君は、冬季アンナプルナ南壁登頂に成功し、下山途中足を滑らせて転落死しています。私が滑落停止技術を教えたから助からなかったんだと、名塚さんが言っていました。
 このアンナプルナ南壁のときに愛知岳連所属の斉藤安平さんが参加して、小林君の事故の直後に登頂後の転落死をしていますが、以後、山岳連盟の壁を越えた合同登山が始まるきっかけだったと思います。

 エベレストは高度こそ高いものの、バリエーションルートを選択しない限り技術的な難易度は低く、一般人をツアーで募集しても登頂できますが、アンナプルナは技術的に難易度が高う魔の山です。
 群馬岳連のヒマラヤ登山はアンナプルナ4峰から始まっていますが、このときアンナプルナに向かうキャラバンの途中、拠点となるネパールの都市ポカラの奥の村で腹が減ってぐったりしている日本人に出会います。歌手の川島英吾さんです。
 パキスタンのフンザでは朝鮮国籍だったパスポートの問題で川島さんがアフガン国境近くでゲリラにつかまり、トレッキングに行っていた群馬岳連の人たちに助け出される事件などもありました。

 こうした時代を見てきた仲間がいなくなるのはさびしいものです。

 ちなみに、アンナプルナはサンスクリット語で「豊穣の女神」と言う意味があります。ロシアに多いアンナと言う名前にも「豊か」と言う意味があります。
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10月10日

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 昭和39年に東京オリンピックが開催されたことを記念して、10月10日が「体育の日」になったのですが、現在では10月の第二月曜日が体育の日になり、3連休になるように組まれています。
 10月10日にオリンピックの開催日を持ってきたのは、この日が雨になる確立が少なかったからだといわれていますが、今日もこちらでは小雨が降っていました。

 ウラジオストクの友人はこの土日を使って、中国のスイフンヘイに冬物の衣料品を買いに行って来たそうです。安い服などを手に取ってみると、メイドインベトナムやメイドインラオス。なんだか騙されたような気になると言っていました。
 モスクワに行って東洋人と言うとベトナム人と言われるほど、旧ソビエトとベトナムは結びつきが深かったのですから、直接ベトナムから持ってくれば随分安くなるのではなかろうか?

 ハルビン会話クラブ時代の女性会員で、ベトナムとの衣料品の取引のビジネスを始めた女性がいました。ベトナムに行って買い付けてハルビンまで持ってきて売っているようです。案外彼女が絡んでいるような気がしていかしな思いでした。

 ウラジオストク空港のあるアルチョム市には縫製工場があって、このところ稼働率も良く忙しいと言う噂を聞いたことがあります。
 衣服の流行の移ろいは早いですし、女性は他人と同じ色柄の服を着ることを嫌うので、少量の多様化生産です。規格大量生産が得意な中国で作り、関税を払って持ち込むよりよりコストも抑えられるとか。
 昨年あたりの日本の工業界も似たような傾向が始まっています。
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台風通過

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 関東地方を直撃する台風としては10年ぶりの強い勢力と言うことで、朝から大雨の中、昨日刈残した稲を刈り取りに行きました。
 バインダーは田んぼに水がたまっているので使えない。かっぱを脱ぎすて、ゴム長も脱ぎ捨て、雨の中稲刈り全てを完了しました。
 風呂から上がって各地の大雨や強風の様子をテレビで見ていました。夕方、雨がやみ、そろそろ風が出て来るはずだと外の音を気にしていました。

 結局、雨がやんだだけで風も吹かず、ただ単に雨の中稲刈りをしただけで終わってしまいました。

 明日は地区の薬師如来の祭りで、早朝から道路清掃などがあります。台風のために中止と期待していたので何の準備もしていません。予定が狂ってしまいました。

 台風の影響はあまりありませんでしたが、朝から一日救急車がよく出動する一日でした。私が気がついただけでも5回です。雨が降ると上越県境の峠で事故が続出するので警察消防は忙しくなります。
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稲刈り半分

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 今回の台風22号は10年に一度の強い勢力を持つ台風だと天気予報で言っていましたが、今年だけで何回この「何年に一度」の台詞がでたことだろう?いっそ「何日ぶりの強い台風」の方があうと思います。

 雨の中、明け方から稲刈りをはじめ、夕方までには八手がけまで終わらせてしまいました。とりあえず自分たちの食べる分の米は確保でき、残りは台風が去ってから日を改めてやることにしました。
 今年のように雨が多い年で刈り取った後暖かい日が続くと稲が発芽してしまうことがあるので、できればもう少し先に伸ばしたかったのですが、倒伏してしまうと後が大変です。

 夕方ウラジオストクに電話したら、来日する女性会員がビザをもらって領事館からの帰りに事務所に立ち寄っていました。電話の向こうでスタッフと日本語の練習をしている声が聞こえました。

 ウラジオストクでは新しい女性会員候補から問い合わせがあったそうで、月曜に面接をするそうです。

 最近ウラジオストクの事務所では村上春樹の小説が流行っているとかで、それぞれ本を買ってきては交換して読んでいるようです。もとよりロシアでは人気がある作家です。
 私は初期の頃の鼠三部作と呼ばれる「風の歌を聞け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」とベストセラーになったがゆえに古本屋に山積みされた「ノルウェーの森」しか読んだことがないのですが、少し読んでおかないと足元をすくわれそうです。
 村上作品を読むとなぜか気分が1970年代の四畳半フォークにタイムスリップするので、かぐや姫や井上陽水などを聴きたくなります。
 あの時代、日本の女性は優しかった?などと考えてしまいます。
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また地震

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 日本の良くないニュースはウラジオストクにも伝わります。昨夜の地震のことを問い合わせてきました。ウラジオストクのスタッフは日本に来た事はありますが地震を経験したことがありません。経験すれば絶対驚くはずです。
 1999年4月にウラジオストク沖の海底で地震があり日本では報道されましたが、ウラジオストクの街はまったく揺れず、地震のことさえ知りませんでした。

 今夜も10時過ぎに地震を感じました。茨城の鹿島灘が震源でそちらの震度が3ですから、私の住むあたりでは震度2か1なのでしょう。相変わらず地震を予知するネコは熟睡していました。

 また週末にかけて台風が来るようで、上陸すれば今年9回目になります。台風前に稲刈りをしたかったのですが、田んぼの中が乾かないので手がつけられません。無理して明日やろうか思案中です。
 台風・火山の爆発・地震と天災が多い年です。

 地元の幼稚園の先生の電話番号と我が家の電話番号が似ているために、朝7時から7:30頃にかかってくる電話のほぼ9割は間違い電話です。昨日今日だけで「風邪気味なので幼稚園休ませてください」と6件かかってきました。このところ雨と寒さが続いていたので体調を崩した子供が多いようです。
 幼稚園の先生は私の柔道の先輩の奥さんなので、ころあいを見計らって今日は誰と誰が休むと一報入れていますが、おかげで幼稚園の子供たちの名前だけは随分おぼえられました。
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揺れた!

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 夜11時40分。日記を書こうとしたら突然地震が起こりました。1分近く揺れていました。私の感覚では震度4強。
 すぐにテレビNHKに変えて待つこと3分、異様に長かった気がします。
 NHKが言うには私の住むあたりは震度3でした。「これが震度3か?」と納得できない気もしますが、強いところでは震度5弱もあったようです。地図を見ると筑波山の下あたりが震源のようです。筑波といえばガマの油ですからガマガエルが暴れたのでしょう。
 地震のあった地域の会員さんに無事なのかとメールを出しました。

 この最中、我が家のネコは座布団の上で熟睡していました。ネコは天災を予知する能力があると言う人もいますが、本当に災害予知能力があるのだろうか?

 今日は何を書こうか考えていたのですが、グラグラとしたところですっかり忘れてしまいました。
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今日も雨でしたが

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 この春ハルビンから奥さんが来日した会員さんからご懐妊の嬉しい知らせが来ました。早速北京にいる西郷ドンにメールで一報しました。
 ハルビンカップルの子供は今まで全て男の子なので、今度は?と期待してしまいますが、何より健康で無事に生まれて欲しいものです。

 このところ雨の日が続きました。今年の秋は暑いか寒いしかなく、涼しいと言う感覚があまりありません。
 懸念していたのですが、昨夜は膝の古傷が痛み出し、夜中にサポーターにホッカイロをしのばせて寝ました。10代の頃の柔道での怪我に40歳過ぎて苦しめられています。
 冬は気温は低くても乾燥していたり体も慣れていることもあって、それほど古傷の痛みはないのですが、この季節の雨時や梅雨時には痛み出すことが多いです。

 夜、会員さんから面白い本があったと電話がありました。「オニババ化する女たち」(光文社)疫学者の三砂ちづるさんが書いた新書本です。
 最近、酒井順子さんが書いた「負け犬の遠吠え」など、女性が昨今の日本女性の問題点をえぐる本が評判になっています。
 ジェンダー問題やフェミニズムを取り違えたまま今日に至ったことに気がつき出したのでしょうが、こうした視点が認められるようになったのも進化なのかもしれません。

 秋の夜長の共に読書を。
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暖房

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 ウラジオストクには冬が押し寄せていますが、まだ暖房が入っていないようです。ウラジオストクは火力発電所の熱で作ったスチームを地域暖房に使うセントラルヒーティングの都市ですが、アパートの風呂で使うお湯もこの発電所で作ったお湯を供給しています。

 昨年末の水不足(設備の老朽化問題が大きい)以降お湯の供給も途切れ途切れで、あるときはお湯が出る、あるときは出ない状態が続いています。

 給湯の水にことかくぐらいですから、暖房のスチームまでまわるのかこの冬のことが心配です。
 友人の説では給湯・暖房の料金は各家庭が支払っているのですが、その集金は集金専門の業者が行っているそうです。ところが、集金した業者が発電所に代金を滞納しているので、結果的に発電所は給湯配給を見合わせなければならないと言うとんでもない事態になっているようです。

 「この冬は暖房ないかもよ」と言っていますが、地下の暖房配管の周囲で生活しているストリートチルドレンはこの冬どうなるのだろう?と問うと「凍死するでしょう」と爽やかな答えが返ってきました。

 今年はウラジオストクの市長が変わったので、まだ前市長一派とのごたごたが続いているようです。影響を受けるのは市民です。

 暖房のスチームが入るのが例年11月頃なので、これからの一月少々がウラジオストクのもっとも寒い季節です。
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マラソン大会

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 小雨が降る中、早朝からたくみの里マラソンの手伝いに行ってきました。3km(小学生)6km、11kmのコースでレースがあります。
 スタートは男女一緒ですが、女性のトップのランナーも男性の中に混ざると第三集団に入るのがやっとのようです。男性と比べて女性の記録は縮まる傾向にありますが、まだまだ男性とのフィジカル的な格差はあります。

 毎年、夫婦で参加しているランナーも多く、今年はいつも仲良く一緒に走って、ゴール直前に奥さんに先に行かせるご夫婦が、男性だけの参加でした。レースの後話を聞いたら、8月に女の子が生まれたばかりで、現在奥さんは育児休暇でレースに出なかったとのこと。
 出産・育児は仕事のみならず、趣味にまで大きな負担がかかります。

 最高齢は73歳の男性でしたが、軽々と11kmを走りきりました。この人も奥さんと一緒に参加していたようです。奥さんは6kmのほうに出ていたようです。

 昨年と比べて変わってきたな感じたのは、ランナーや大会の様子を写真に取る人たちで、半分以上がデジカメでした。
 今年は上位入賞者はゴールの瞬間をデジカメで写して表彰式にプレゼントするなど、この村も近代化してきています。

 ハルビンから新しい女性会員の写真が送られて来ましたが、デジカメ写真はぶれてしまって失敗したそうです。どうやらマニュアルモードで写したらしく、ピントがまるであっていませんでした。スキャナーで読み込んだスナップ写真が送られてきました。
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ストライキ

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 イチロー選手がついに大リーグ年間最多安打の記録を塗り替えました。ゴジラ松井選手が所属するヤンキースが地区優勝を決めました。
 そんな中の昨日、中日ドラゴンズがセリーグ優勝を決めましたが、今朝、新聞を読んで初めて知りました。

 日本のプロ野球界は球団合併新設問題と選手のストライキの印象が強くなりすぎてしまい、その後の試合のことなど印象が薄くなってしまいました。

 今の20代以下の世代になるとストライキなど経験がない人たちもいるようです。昔は年中行事のようなものでしたが、この何年も話題になるようなストライキなどなかったことに気がつきます。
 あのマハトマガンジーが”抗議の断食”として世に知らしめたハンガーストライキにしても「ハンスト決行!」と看板を掲げて交代で食事に行くローテーションを組んでいるストもあるくらいですから、形骸化しすぎてしまって忘れ去られてしまった行為かも知れません。

 ロシア嫁のハンガーストライキを経験されたカップルは多いことと思います。主に、ヘルスメーターへの数値引き下げを要求するためのハンストで、簡単に言えばダイエットの断食ですが、腹が減ると怒りっぽくなるので接し方には神経を使わなければなりません。応援のつもりでワルシャワ労働歌を流すようなことをするとひっぱたかれます。
 ハンストの反動でいつもより余計に食べるのですぐにヘルスメーターの数値は元に戻るのですが。

 数年前まではロシアでもストライキをよく耳にしました。発電所のストや、列車の労働者のストなどで、強度のインフレで混乱している時期でもありましたが、給与の遅配、無配が相次いでいた時期でした。ストライキと言っても仕事に行かないで家でゴロゴロしていただけです。
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高速道路

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 モスクワ−サンクトペテルブルグ間600kmに有料の高速道路が建設されるらしい。
 ウラジオストクでは有料道路などないので、日本に来て高速道路に乗ってから驚きます。またその料金を聞いて二度驚いていました。
 モスクワ−サンクトペテルブルグ間は900ルーブルの予定だそうです。1ルーブル4円と換算しても3600円、それで600km走れますから日本の高速道路のなんと高額なこと。

 ウラジオストクは日本から中古車が入ってくる拠点なので、人口に対しての自家用車所有率がロシアでもトップクラスの街です。
 ただ、街のつくりが自動車の交通を考慮して作った街ではないので、都市計画や信号整備の見直しをすれば少しは渋滞も解消されることでしょう。
 自家用自動車で移動が始まったばかりのこともありますが、駐車場が少ないことも気がかりです。あまり遠くに駐車すると自動車部品泥棒がうようよしているのでスモールランプなど盗まれるのは日常茶飯事。自動車そのものまで盗まれかねません。何しろ、日本の中古車を使ったパトカーまで盗まれたと言うのですからとんでもない話です。

 大方の自動車は警報装置がついているのでうっかりさわるとやかましくブザーが鳴り響きます。友人など無線付きの警報装置をつけており、キーホルダーが鳴りだすと慌てて自動車の方に走って行きます。

 最近は日本でも自動車の盗難が増えているので笑える話ではありません。
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