2005
04/30
〔Sat〕
18:16:15
◆金週間

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お忍びと言うわけではないのでしょうがハルビンの市長が来日しているようで、新潟や山形を訪問しているようです。友人の日中カップルは新潟行きを同行してきたそうです。
ハルビン市長と言うのは親日的な人ですが、向こうでは中央からのお目付けが始終そばにいるのでなかなか親日的なことも言えないようです。
中国も日本同様金週間で長期休暇の季節です。
5月4日に何が起こるのだろう?しきりに中国側が気にしているようです。
このところ中国人に対するVISAが厳しくなっていますが、これは日本に限ったことでは内容で、ヨーロッパなども中国人に対してVISA薄給をしないどころか、在留している中国人を国に帰すよう仕向けているようです。いよいよたまりにたまった膿が爆発するのだろうか?と懸念してしまいます。
中国在住の日本人が言うには、万一の事が起きたらどこの領事館に逃げ込もうかと言う問題で、日本領事館に逃げ込む事は「自殺行為」だとか。
領事館や大使館への暴動のとき、中国公安が投石などを黙ってみていたのは、領事館がもぬけの空だったからで、人が残っていればもう少し本気で警護しただろうといわれています。領事館職員はホテルに逃げ込んでいたようで、当然この間は仕事にならないのですからVISA取得に来る人たちは災難です。
反日暴動から中国政府がインターネットに規制をかけてサーバーをストップさせたりしているようで、向こうに送ったメールが帰ってきたり、向こうからこちらに送れない。中国の日系企業が自分の会社のHPにアクセスできないなど不具合が多くなっているようです。
ウラジオストクではこのところ日本人と結婚したロシア男性をメインに候補者を探してもらっています。
ロシア人は日本人よりはるかに移動を苦にしない民族ですが、女性と比べて男性は異国に出ることに対してしり込みしやすいようで、これは日本人・ロシア人の問題ではなく男女の違いなのかもしれません。
どんなところでも住み着いて存在感を示すのは女性の方で、そのたくましさには敬服してしまいます。
違いといえばたぶん女性の方が自分に素直だからだと思います。男性はどうしても自分自身で生み出した「意義」や「権威」にしがみついてしまうものです。
中国など日本の学期制に合わせて4月から留学生を受け入れる学校がありますが、日本と同じ時期に連休があるために、5月病ではありませんが今頃の季節になると、日本に帰ってきてそのまま中国に戻らない留学生が続出します。
最初の夏休みが終わると日本人留学生の三分の一がいなくなるそうです。
自分が外国で生活したら?と想像すると、日本で暮らしている外国人は一目おく強さがあると思います。
2005
04/29
〔Fri〕
00:00:00
◆ギャラントリー

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ウラジオストクではメールサーバがダウンして送信も受信もできない状態になりました。予備のメールもありますが、会員さんのメールはFAXで送りました。
夕方には何とか復活しましたが、復活する前に「今日は帰ります」と早じまいしたようです。
ビジネスで上海に行ってきた車椅子の友人は「ギャラントリー」を痛感してきたそうです。
向こうでフィンランド・ノルウェー・ドイツ・ロシア人のビジネスマン連合軍に会ってきたそうですが、今まで体験したこともない「弱者に対する心配り」が「圧倒的に違う」と痛感したそうです。
「ギャラントリー」については4月20日の日記の末尾にちょっと書きましたが、中世騎士道の精神の一つで女性や弱者に対する心遣いで紳士の尺度がわかります。
アメックスのプラチナカードを持っているような人たちだったこともありますが、「気高さの違い」を見せ付けられたそうです。
ビジネスに対しては厳しいが、プライベートでは頭が下がるほど細かな心配りをごく自然にしてくれるし見下すような事はしない、意識も責任感も高い人たちで、「権威をかさに来て威張るような民族とは全然違う」と勉強になったそうです。
「ロシア人と言うのは野蛮な人たちだと思っていたけど、全然違うんだね。あんなにエレガントで紳士的な人たちだとは思わなかった。」としきりに感心していました。
たまたま彼が出会ったのがハイソサエティーの人たちだったこともありますが、「なるほど人格が尊敬を集める事はこういうことだったのか」と良い勉強になったと言っていました。
社会的地位が人がらを作るのか人がらが社会的地位を押し上げるのか、それぞれ別物ですが、優れた人物はどちらも持ち合わせているものです。
世界から学ぶ事はたくさんあります。
2005
04/28
〔Thu〕
00:00:00
◆新漫画トリオ

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昨年はバルト三国のEU加盟やグルジアの政変、ウクライナの大統領選など、旧ソビエト構成国が次々とロシアを離れ西側よりに移ろって行く年でした。
キルギスでも今月始めにアカエフ大統領が逃亡先のモスクワで辞任を宣言するなど、混乱の様相を見せています。
アカエフ大統領といえば横山ノックに似ていたので、もっとふしだらな引退を期待していたのですが、亡命先での辞任と言う形でした。

このところの世相を見ていると、ロシア自体がUSAよりになっているので、EU対USAの対立構造になってきているように見えます。
中国が必死にEUに取り入っているのも兵器の輸入以外にEUの持つUSAへの発言力にすがっているようにも思えます。
命からがら亡命しているアカエフ元大統領の顔で遊ぶのも申し訳ありませんが、それにしてもこのひょうきんな顔、眉毛などクレヨンしんちゃんのようで妙に愛嬌があります。横山ノック+クレヨンしんちゃん。共通しているのはおねえさんへのだらしなさ。
「パンパカパーン!今週のハイライト!おねえはんピーマン食べれまっか?タマネギはどないでっか?わてら話が合いそうでんな!」という印象。
アニメ大国の日本。”クレヨンしんちゃん”も海外に輸出されているようで、現地で録音された
♪スペイン語のテーマソング♪や
♪韓国語のテーマソング♪などもあります。
アカエフ大統領にはハングル語のしんちゃんのイメージがあいそうですね。かつて一国の大統領が亡命生活を送っている中、クレヨンしんちゃんは漫画のキャラクターでありながら”春日部市民”の住民票まであるそうで、現実の娑婆の世の中の方が厳しいようです。
2005
04/27
〔Wed〕
00:00:00

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昨日は雨で寒いと思っていたら今日は夏のような暑さ。燕の姿を見かけました。もう日本に渡ってきているようです。
この3月に新しくかけ変わった国道の橋。現在古い橋の撤去作業をしています。この古い橋は毎年燕が巣を作っていた橋で、昨年は新しい橋の建設作業をすぐ隣でやっていたものですから、燕が巣を作りませんでした。
それでは近所の軒先に作っていたのか?と思うとそうでもなく、どこに巣を作っていたのかはよくわかりません。例年よりも燕の姿を見かけないので、妙な不安を感じた事がありました。
この漠然とした不安がどこから来るのか思い起こしてみたのですが、良くわからないまま1年が過ぎました。
今日、たまたま燕を見て思い出したのは30年前に話題になった小松左京の”日本沈没”で、日本が沈没する年に燕がわたってこなくて不安を感じる人の話がでていた事を思い出しました。
台風・大雨・地震。昨年はいろいろありました。はたして燕が本当にわたってきていなかったのか、私が気になった地域だけ工事の影響で見かけなかっただけなのかはともかく、今年は燕の姿を見て一安心しています。
4月になってからウラジオストクではインフルエンザでも流行っているのだろうか、今月になってメール交換中の女性会員が4人大きな風で寝込みました。
暖かくなったり寒くなったりが激しいので、仕事で疲れた体にはきついようです。
もうすぐパースハ(ロシア正教の復活祭。ロシアでは旧暦で祝う)のシーズンです。
パースハを過ぎると新緑の季節を迎え急激に温かくなるように感じます。「熱い寒いも彼岸まで」は日本のことわざですが、ウラジオストクはそんな季節です。
2005
04/26
〔Tue〕
00:00:00

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昨日の列車事故のニュースは世界中に流れたようです。ウラジオストクからもメールで問い合わせが来ました。
オーバーランして送れた時間を取り戻そうとしての速度超過が原因ではなかろうか?との意見が大方になってきています。
ウラジオストク市内には市民の足として路面電車やトロリーバスが走っていますが、時刻表はありません。時刻表がないと言う事は遅れることもない。
いつ来るのかわからないバスや路面電車をひたすら待っているのはイライラするものですが、彼らは苦にしていません。
ウラジオストク-モスクワ間9300kmを一週間かけて走るシベリア鉄道。一応時刻表があります。
時刻表はあっても時刻より早く来る事はなく、必ず遅れてくるようです。遅れてくるからこそ乗り遅れる人もいないのだそうで、発想が違います。
シベリア鉄道は地域ごとに電力の形態が違うので、直流の機関車であったり、交流の機関車であったり、管区ごとに牽引する動力車を連結しなおさなければなりません。
そのため、機関車を交換する駅では1-2時間から数時間かけて切り替え作業をするので、ここで時間の調節ができるのだそうです。
この機関車の切り替え時間の最中、駅の周囲の散策などもできるのですが、いつ出発するのか分からない。時刻表があるのだから係員に聞けばわかるだろうと思うと、「出発するときが来たら出発する」と絶望的なまでに的確な答えが返ってくるだけ。
出発前に機関車が汽笛を鳴らすので、その音が聞こえたら慌てて走って戻ったものです。それでも、列車は動き出さず、忘れた頃に動いていました。
ロシア人との付き合いの中で、感覚の違いに困惑する事は多いのですが、時間に関する感覚の違いには戸惑うことばかりです。
以前東京の遊園地に出かけるとき新幹線で行くことになったのですが、毎度のごとく寝坊した挙句、長々化粧をして、さらにテーブルに座り込んで朝飯。こちらは座席指定券を取っていたので時計を見ながらあくせくしているのに、「乗り遅れたら1時間待てばいいじゃないの」。
あんたが遊園地で遊ぶ時間を一時間早く切り上げたら激怒するだろう!と、はらわた煮えくり返る思いでせかしてギリギリ新幹線に乗り込めました。
何事も行き当たりばったり民族なので、以後、時間を指定するような事はできるだけ避けていますし、思いきり時間に余裕を持たせて出発するようにしています。
重戦車のようなものなので、動き出すまでは大変ですが動き出すと勢いがあります。
ウラジオストク情報ではトヨタがサンクトペテルブルグでカムリを製造するそうです。
シベリア鉄道に乗って左ハンドルのトヨタがウラジオストクに来るのも間近でしょう。
2005
04/25
〔Mon〕
00:00:00
◆列車事故

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兵庫県の尼崎で大きな列車事故が起きました。
事故のニュースを知って最初に思い浮かんだのは、今話題の「反日運動家」による線路への置石でした。
メディアはこの列車がその前の駅に停車する時にオーバーランして戻ったために1分半遅れ、その埋め合わせに速度を上げすぎたのでは?と考えているようです。
日本の電車はコンピューター制御されているので速度なども勝手に制御してくれるものと思っていましたが、まだ全てに最新設備が行き渡っていないようですね。
列車事故といえば昭和63年12月5日に東京の東中野駅で列車の追突事故がありました。死者は2名だったと思います。
この年は十二指腸潰瘍を患ってしまい、この日は月曜だったと思いますが、朝から荻窪の病院に検査に行っていました。
10時半近かったと思いますが、レントゲンの順番を待っていたら病院内があわただしくなり、救急車が何台も来て怪我人が大量に運ばれてきました。
こちらは急を要する事態ではないので、事態が落ち着いた頃また来ますとキャンセルして帰りましたが、そのまま今日まで検査をしていません。
パリ郊外ではバスの事故があり日本人二名がなくなったそうです。海外旅行保険はお忘れなく。
列車事故のニュースはロシアでも流れるのだろうなと思っていましたが、リアルタイムで流れていたようです。
友人のところでは彼が電車に乗って通勤しているのを知っているモスクワのロシア人が心配して、留守電に何回も電話をくれたそうです。
日本中の列車が一斉に事故を起こしたわけではありませんから、およそ方角も違う電車に乗っているはずもないのですが、電話が留守電のままでは不安になるようです。
こちらからかけなおしたら安心して電話の向こうで泣いていたそうです。こうしたロシア人の素朴な「情」がなんともいえぬ「ありがたい」ものに感じるときがあります。
2005
04/24
〔Sun〕
00:00:00
◆小泉演説

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朝から県境の峠十数キロのゴミ拾いに行ってきました。やはりこの冬は新潟地震の影響でスキー客が少なかったのか、ゴミが昨年と比較して少なかったです。意識が変わってゴミを捨てなくなったと言うのなら良いのですが。
昨年奥さんとダンスを踊っていてアキレス腱を断裂し、参加できなかった同級生、今年は元気に参加していました。
日中カップルのご亭主が来ていましたが今年は奥さんが参加していませんでした。中国の父親の具合が良くないと言うことで先週から帰っているそうです。
亡くなったら葬式に行くのか聞いたら、連休明けなら行くそうです。このところの中国に反日暴動でキャンセルが相次いでいる中国旅行ですが、「チケットの値段は安くなっていねぇんだよ。」
中国政府が反日デモを控えるように呼びかけていることもあって、この土日で反日デモが少なくなったようですが、こんなことでおとなしくなると言う事は「デモをやれ」と影で煽っていたのは中国政府ではないかとまた疑わしくなります。
アジア・アフリカ首脳会議で小泉首相が「村山談話」を引用した謝罪スピーチをしたとテレビなどでそればかりを報道していますが、外務省のHPを見るとそんなのほんの一下りで前向きに未来志向の演説になっています。
小泉首相の演説は追記のページに記載しました<続きを読む>をクリックすれば移動します。
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御列席の皆様、
半世紀ぶりに、アジアとアフリカの諸国が一堂に集うこの歴史的会議に出席することはこの上ない光栄であり、会議を主催頂いたインドネシア及び南アフリカの両共同議長に深甚なる謝意を表します。私は、この50年間我々を結びつけてきた強い絆を改めて実感し、我々が共に歩んできた道を振り返るとともに、21世紀においてアジアとアフリカの国々が世界の人々の安寧と繁栄のために何をなすべきか率直に議論するために、この会議に出席しました。
(過去50年の歩み)
50年前、バンドンに集まったアジア・アフリカ諸国の前で、我が国は、平和国家として、国家発展に努める決意を表明しましたが、現在も、この50年前の志にいささかの揺るぎもありません。
我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、我が国は第二次世界大戦後一貫して、経済大国になっても軍事大国にはならず、いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決するとの立場を堅持しています。今後とも、世界の国々との信頼関係を大切にして、世界の平和と繁栄に貢献していく決意であることを、改めて表明します。
(アジア、アフリカ支援の実績)
議長、
過去50年の我が国の発展は、日本国民の不屈の努力の賜でありますが、国際社会の支援があって初めて実現できたものです。日本はこのことを忘れません。戦後の荒廃から立ち上がった国民とその世代の代表として、私は生活の向上へ向け、額に汗をし懸命に働こうとするアジア・アフリカの人々と共に歩んでいきたいと思います。
我が国は、こうした考えに立って、アジア・アフリカ地域の開発のために人づくりやインフラ整備、水・感染症対策といった保健衛生分野の支援に力を入れるとともに、貿易・投資環境の改善に努めてまいりました。
(将来に向けての平和的な国際協力の遂行への決意)
本日、私は、今後我々が手を携えて進めるべき3点、すなわち、第一に経済開発、第二に平和の構築、第三に国際協調の推進に絞って発言します。
我が国は、貧困との闘いや開発におけるパートナーシップの強化を重視します。国造りのためには、自らの意思と努力により発展を実現しようとする各国自身の決意が何よりも重要です。我が国はこのような努力を尊重し、支援します。ミレニアム開発目標(MDGs)に寄与するためODAの対GNI比0.7%目標の達成に向け引き続き努力する観点から、我が国にふさわしい十分なODAの水準を確保していきます。また、後発開発途上国の自立を支援するため貿易面でも、これらの途上国産品に対する市場アクセスの拡大に努めます。
アジアは過去50年、大きく前進しました。しかし、開発格差の是正、経済連携の推進、先のスマトラ沖大地震及びそれに伴う津波の経験に基づく防災対策、海賊対策など、重要な課題が山積しています。具体的施策を打ち出し、アジアにおける新たなパートナーシップを構築していく考えです。防災・災害復興対策については、アジア・アフリカ地域を中心として今後五年間で25億ドル以上の支援を行います。
本年は「アフリカの年」です。我が国は、これまでTICADを通じて、アフリカと国際社会の連帯による対アフリカ協力を進めてまいりました。この場を借りて、2008年にTICAD IVを開催すること、今後3年間でアフリカ向けODAを倍増し、引き続きその中心を贈与(grant aid)とする考えであることを表明します。
この場に最もふさわしいテーマは、アジアとアフリカの間の協力強化です。我が国は、そのため、アジアの若者がアフリカの青年と出会い、交流し、未来に向けた人づくりを推進するアジア青年海外協力隊の創設を提案します。また官民を挙げてアジアの生産性運動の知見をアフリカに活かすための支援を実施します。こうした取組を通じて、今後4年間でアフリカにおいて1万人の人材育成への支援を行うことを表明します。
第二に、平和の構築が重要と考えます。平和と安定こそが経済発展の不可欠な基盤です。我が国は、これまで大量破壊兵器等の拡散やテロの防止に力を注ぐとともに、カンボジアや東チモール、アフガニスタン等において平和の構築のために努力してまいりました。今後、中東和平推進のためのパレスチナ支援や、平和に向けてダイナミックな動きを示しているアフリカに積極的な支援を行ってまいります。無秩序な兵器の取引の防止、法の支配や自由、民主主義といった普遍的価値の普及は我々すべてが積極的役割を果たすべき課題です。
第三に、我が国は、グローバリゼーションを迎えた世界が新しい国際秩序を模索する中、我々アジアとアフリカとの一層の連帯を図りつつ国際協調を更に進めていく考えです。国連は引き続き国際協調の中心的役割を果たすべきですが、今日世界が直面する諸問題に効果的に対処するためには、国連、特に安保理を今日の現実を反映した組織に改革することが必要です。アナン国連事務総長が提案しているように、九月までに安保理改革について決定を行うため協力します。
(文明間の対話)
アジアとアフリカの連携を強化する上では、文明間・文化間、そして人と人との対話によって経験と知見を共有することが何より大切となります。我が国は、伝統を維持しつつ近代化に取り組む各国の経験を共有すべく、七月に世界文明フォーラムを開催します。
(結び)
議長、
昨年のノーベル平和賞はアフリカの女性として初めてケニアのマータイ女史が受賞しました。植林活動を通じて持続可能な開発に貢献したことが評価されたのです。マータイ女史は、現在日本で自然の「叡智」をテーマに開催されている愛・地球博の開会式にも出席され、日本語の「もったいない」という言葉を引用して、資源の有効利用と環境保全の重要性を訴えられました。物を大切に使おう、使える物は出来るだけ使っていこう、再使用しようという「もったいない」の精神を理解してくれたのです。アジアとアフリカは豊かな自然に恵まれ、大きな可能性を有しています。科学技術の進展によって、環境保全と持続的発展が両立する活気のある力強い社会を創り出すことは可能と信じます。我が国は、そのための努力を惜しまない決意をここに表明し、結びの言葉と致します。
御静聴ありがとうございました。
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2005
04/23
〔Sat〕
00:00:00
◆better

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3.4.5月の土日は村や地区の用事で何かと忙しいのは例年のことですが、今年は区費や簡易水道費、共同湯維持費などの徴収をしなければならない役なので気が休まりません。週末になると区長が山のように配り物を持ってくるので、自分の受け持ちの地区を配り歩かなければなりません。田舎暮らしの大変な部分です。因習の蜘蛛の糸にがんじがらめです。
日ごろ呼んでいる名前や屋号と戸籍上の名前が違うので、かしこまった名前の通知が来ても「はてな?誰だったっけな?」と首をひねることもしばしば。”あんちゃん”とか、”おちゃらさん”とか日ごろ通っている名前しか印象にないものですから名前と顔が一致しなくて、配ったあと「間違いなかったよな?」と不安です。
以前、フィリピーナと結婚した近所の人が言っていました。
「他所は奥さんが協力してくれるけど、国際結婚者は嫁の手を借りる事ができないので、結局自分ひとりでやらなければならない。」
確かに足を引っ張っても手伝いになるなんてこれっぽっちも期待していません。こちらの期待する半分もできれば拍手喝さいくらいの気持ちでいれば、できるできないは別にして嬉しいものです。
至らぬ部分を否定をする事はたやすいことで、「ダメだ」の一言ですむことですが、そこからは何も発展は生まれません。
「それよりもどうすればよい」この提案が要求される事は多いものです。どうすればよいか提案ができずに「ダメだ」と言うほうがつまり既に思考停止で「ダメ」になっているので、より良い方向に向けるよう努力する事は何事にも不可欠だと思います。
国際カップルに限らずどうすればよりよくなれるか皆それぞれ苦心しているもので、安っぽいBestを求めるよりささやかなBetterの積み重ねの方が大きく重いものです。
2005
04/22
〔Fri〕
00:00:00
◆ブログ

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2002年から続けてきた日記を今流行のブログにしました。写真が貼り付けられるので、これから写真なども貼り付けて紹介して行きます。
旧日記は少しずつこちらに移し変えてきます。
ホリエモン以降ブログと言う言葉が広く知れるようになりましたが、ウェブログの略語だそうです。
流行ると言う事はやがて廃れると言うことで、来年の今頃、一帯いくつのブログが残っているのか興味深いものです。
それでも、外に向かって自分を表現する事は重要なことですし、このような「場」ができるのもインターネットの面白さです。
ロシアではまだ家庭にパソコンが普及していませんし、ブログのような表現環境を持つ人は一部のコンピューターマニアでしょうが、遠からずロシア人の語る日常生活を読める機会も増えることでしょう。
知り合いのロシア人留学生にWEBで日本生活で感じた日記を書けと薦めているのですが、完璧な日本語ではないからと固辞し続けています。完全な日本語でないから味わいがあるのに。
2005
04/21
〔Thu〕
00:00:00
◆しっぺ返し

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昨日、バチカンのコンクラーベも集結し、ドイツ出身の法王が誕生しました。ベネディクト16世。
ウラジオストク事務所に来る会員に見てもらうために日本を紹介するHPを作っていますが、写真のHPでは主に私の生活件を中心に紹介しているので、高層ビルや都会の光景などまったく出て来ません。
「本で見た光景と違うがどちらが本当なんだ?」と質問した女性会員がいたそうです。もっと都会の光景も紹介してくれといわれてしまいました。
お江戸にでも出たときに写真を写してこなければなりません。
昨夜は村の駐在が人事異動でメンバーが変わったために歓送迎会をして、帰宅したのは夜中の12時過ぎでした。
今日は村の社会福祉協議会の所長入れ替えの歓送迎会。私は飲まないので運転手をしていましたが、1次会が終わり2次会になったので、私は1次会だけの人を送って帰ってきました。
退任した前所長も私の車に乗っていましたが、当人は2次会に行くつもりで、私の車に乗り込んでいました。「全員2次回に行くから」と言われこちらに乗せられたようで、つまりだまし討ち。
後で悔しがって「俺の送別会なのになんで無視するんだ」とカンカンになっていましたが、誰からも嫌われていたので運転しながら笑いがこみ上げてなりませんでした。
私は一介のしがないボランティアですから風当たりは強くありませんでしたが、役場を定年退職した天下りのような身分のくせに威張りまくるので職員に評判もよろしくなかったようで、最後の花道でカタキをとられたようです。
私にとって不運だったのは引退した所長と、2次会のカラオケで盛り上がっている協議会の会長がご近所だということで、2次会に行きたければ素直に「もう一度戻ってくれ」といえばいいのにくすぶって悔し泣きしているので、家まで送ってお茶を飲みながら愚痴を聞いてきました。
その最中素晴らしいタイミングで「2次会盛り上がっているから、あんなの送り届けたらすぐに戻って来い!」と携帯がかかってきて、まさかこの状況の中で「じゃあすぐ行くね」とは言えません。
「あそうですか、今所長さんのところに上がってお茶ご馳走になってるところ。アそれじゃあ皆さん気をつけてお帰りください。」(この状況読み取れよな)
ボランティアの仲間内ではしばらくこの話題で盛り上がりそうです。
2005
04/20
〔Wed〕
00:00:00
◆ピオニール

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福岡方面でまた大きな地震がありました。たまたま福岡に出張中の会員さんがいて、先日のメールでは「先月大揺れしたばかりなので、もうゆれないだろう」などとやり取りしていました。
携帯からメールが来て、無事でほっとしましたが、今日は帰れそうにないので福岡に泊まるから、女性からのメールをいくつかに分けて携帯に送ってくれとあったのでまた一安心。
ウラジオストクの事務所に来たある女性会員。家族の乗っている自動車の話題になりました。
「父がマツダのピオニールに乗っています。」「???」そんなの自動車あったっけ?
トヨタ・セフィーロやセドリックがニッサンのクラウンといった表現は聞いた事がありますが、また新しい表現が出てきました。
話を聞いていたら「ピオール」とは自動車の中についているパイオニアのカーステレオでした。
これを自動車の名前だと勘違いしたようで、お父さんが乗っているのはマツダの自動車。でも自分は免許を持っていないし自動車の運転も興味ないから車種なんて気にしていない。そういえば、ダッシュボードに「ピオニール」って書かれていたなと思い出し、これが自動車の名前だと思ったそうです。
ホンダのケンウッドとか、スバルのアゼストとか、スズキのパナソニックなどいろいろな車種が登場しそうですね。
社会主義時代コムソモリスク(共産主義青年同盟)の下部組織にピオニールと言う組織があり、日本で言うなら小中学生に当たることもたちを教育する組織でした。ピオニールの意味はパイオニアと同じです。
日本でも都市部に行くとボーイスカウトがありますが、ロシア人にはこれがピオニールに見えるそうです。ボーイスカウトには政治的な意図はないのに。
ピオニールではさまざまな教育を受けますが、困っている人がいたら手を貸す、お年寄りには席を譲るなど昨今日本で問題になっているマナーについても教育されます。
ロシアは日本よりも個人主義の世界ですが、公共道徳については厳しく教育されるようです。
日本的な「個人主義」のとらえ方「誰にも迷惑かけていないじゃん」「俺の勝手だろう」式の「個人主義感」を持った人もいますが、「私」に重きを置くばかりに「公」が見えなくなった人は、冷ややかに社会からドロップアウトされてしまいます。
ピオニールのような教育組織がなくなって「自由」が増えた反面、公共道徳の低下は今のロシアでも起こっているようです。
「個人」「公」「国家」それぞれの思惑や利害が異なる事はあるものですが、バランスをとるのは人の英知。All or nothingの幼稚な理論は通用しません。
中世騎士道には「ギャラントリー」と言う精神がありましたが、女性に対する丁寧な行動や、弱者に対する手助けなどもこうした精神が基本にあるそうで、強さとギャラントリーを兼ね備えてのジェントルマンです。
行動は人格を表現してしまいますので気を使いたいです。
2005
04/19
〔Tue〕
00:00:00
◆シートベルト

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東京ジョイポリスの遊具で乗客が転落死したニュースが昨日報道されていました。あまり興味がなかったのですが、今日、新聞で読んでみると、転落死した男性は胴回りが太くてシートベルトが装着できず、上半身を押さえるハーネス・バーだけで乗っていたそうです。
胴回りが太くてシートベルトが装着できない。他人事ではありませんのでついつい考えてしまいました。
1999年にウラジオストクに行ったときのこと、新潟空港で飛行機に乗り込み、いよいよフライト。シートベルト着用のランプがつき、シートベルトをしようとしたら、バックルが壊れていて着用できません。
当人の名誉のために、シートベルトの長さは十分足りました。ロシアにはもっとすごい男女がいますから。
バックルをはずすときの押しボタンが食い込んでいて、それが装着の邪魔になっていました。
巨大なアナグマのようなパーサーに違う席に変えてくれと頼んだのですが、シートベルトの両端を私にしっかりと持たせて、両肩に力を入れるジェスチャーをして、爽やかに立ち去っていきました。
ウラジオストクに到着し友人に「ひどい目にあったよ」と話すと、「問題ない。飛行機が墜落するときはシートベルトをしていても死ぬだけです。大切なのは運です。」爽やかに言われてしまいました。
そうだよね!それが基本だよね!
ウラジオストクも自動車はシートベルト着用が義務付けられているようで、誰も守っていません。
交通警察が検問をしていると慌ててベルトをかけますから、一応罰則でもあるのだろうか?
自動車は右側通行、されど日本車の中古車ばかりですからハンドルは右。助手席に乗っているとセンターラインよりです。しかも飛ばすので着用するなといわれてもシートベルトをつけたくなります。
ひでぇなぁと感心したのはハルビンのタクシー。ワーゲン・ジェッタのタクシーに乗ったら運転席のシートベルトがないので「どうしたの?」と聞くと「邪魔だから取り外した」。
13億とも14億とも言われる巨大な人口。一人くらい交通事故で逝っても微動だにしない?
中国の交通事故死者数は日本の十数倍だとか。
2005
04/18
〔Mon〕
00:00:00

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日本人とロシア人、考え方の違いも多々あり、お互い良かれと思ってやっている事が相手にとっては好ましくない事がよくあるものです。
交際中トラブルでも、お互い相手のためにと思った事が、逆の結果を招いてしまうことなど良く起こるものです。
日本男性もロシア女性も自分の考えに対して思い込みが強いのですれ違いは良く起こるものです。
最も友好的な対処法は第三者になる友達を作っておくことです。日露カップルの集まりなど機会があれば参加して、気の合うカップル仲間を作っておくことです。
ところが、ここにも似たもの同士の勘違いがあるもので、「問題は自分たちだけで解決したい」という思い込みが案外日露男女双方にあるものですから、なかなか同じカップル仲間の輪に打ち解ける事ができません。
どこか一つ突破口ができればなんと言うこともないのですが、「社交下手」の要因は自分に対して素直になれないからかもしれません。
ロシア女性は気の聞いたお世辞の一言も言えない人が多いので、深く付き合ってみないとなかなか人がらのよさがわかってきません。
こうした社交術は日本女性は長けています。相手の気持ちや間を汲み取る事が上手です。
ロシア女性と日本男性のカップルが内に内にこもってギクシャクする中、日本女性とロシア男性のカップルは日本女性が外へ外へと引っ張り出すので、周囲に溶け込むのも早く感じます。
日本男性もちょっと意識を変えてロシア女性と一緒に外へ出るよう意識すれば、お互いのストレスも晴れて気分よく接しられるものです。
2005
04/17
〔Sun〕
00:00:00
◆グルジア料理

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桜の花など咲く気配もないのに地元の奥様方が花見をすると言うので、午前中お手伝いに行ってきました。
花見のシーズン、おじさんたちはあちこちで花見をして飲んだくれていますので、ご婦人方のガス抜きをしておかないと爆発して集団ヒステリーになり、中国の反日デモのようになりかねません。
やはり考え方が男性と違うと感じたのは、男性陣の花見なら夕方からで、飲んで家に帰って寝るで完了ですが、女性陣は、夕食の支度やなんやらを考えて昼に花見です。花はレンギョウの黄色い花が満開です。
グルジア料理のシャシリクをご馳走すると以前から約束していたので、肉屋さんにヒツジとブタの肉を注文しておきました。
なんて事はない金属の串にヒツジ肉や豚肉やタマネギを刺して塩を振って焼くだけですから、「シシカバブーじゃない」といわれればそのとおりです!
表面を強火で焼いてカリカリした歯ごたえを出してやれば喜ばれるのがコツといったところです。
塩は先月会員さんにもらった中国の岩塩を砕いて使ってみました。
バーベキューグリルの炭の上にダッジオーブンを置いてピザを焼いてみたり、グルジア式のナム(パンのようなもの)を焼いてサラダを巻いて食べてもらいました。
このナムが評判良かったのですが、実はグルジア式どころか、このあたりでジリ焼きと呼ばれる料理そのものにアレンジしたもの。味噌と細かく刻んだふきのとうを混ぜて焼きました。こんな食べ方などあちらにはありません。
やはりこのあたりの味覚なんだなと感心しました。
2005
04/16
〔Sat〕
00:00:00
◆親子連れ

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雨が降りそうだったので午前中に野良仕事をしておこうと田んぼに出ていました。昼近くになって、山仕事のおじさんが降りてきて、「沢の向こうに親子連れの足跡があった。子供は2歳くらいだな。」
親子連れとはクマの親子連れのことです。今年は寒くてまだ山も芽吹く気配もありませんが、クマは穴から出てきているようで、里近くに来たのでしょう。
イノシシがでるところにクマはあまり出ないのですが、この1−2年鉄砲打ちがイノシシを追いかけていたので、イノシシの被害のあまり話を聞かなくなりました。今度はクマに荒らされるのだろうか?
サル、クマ、イノシシに畑をあらされても、バブルの頃に首を長くして持っていた地上げ屋さんはあらしに来てくれませんでした。
ロシアがいなくなったら日本が入り込んできてその後は人民中国が入り込み、中国経済好況の波も押し寄せない旧満州東北三省のようなものです。
夕方隣町のスーパーに行ったらサンクトペテルブルク出身の奥さんに会いました。マスクをしていたので「あれ?」と思いました。
日本人なら風邪をひいた人がマスクをしますが、ロシア人はそんな配慮はしません。うっかりマスクをして外にでれば過激派に間違われます。
珍しい光景だと感心しましたが、話を聞くと花粉症になったそうです。
「ついにあなたも文明人の仲間入りですか。おめでとう」と言うと
「ピーチェルはウラジオストクよりもはるかに都会です!」と威張られてしまいました。
それほどひどい症状ではなさそうですが、何しろ日本人と違って顔は小さくも目鼻は大きいので大変そうです。
もうそろそろ花粉の時期も終わりですが、彼女は鼻がでかいので、影響があるのだろうか?
2005
04/15
〔Fri〕
00:00:00
◆WAR

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昨夜、知り合いからハングル語の新聞記事を翻訳してくれと頼まれて、「おらぁ田舎のヨン様って呼ばれてるんだ。任せなさい!」と安受けあいしたら、数時間に及ぶ格闘になってしまいました。ハングル語などまともに取り組むのは15年ぶりだったので、辞書をひくことさえままならない有様でした。
考えてみれば学生時代に惚れた韓国人留学生にラブレター出すために勉強したのですから、ロシア語と同じきっかけです。私の場合外国語習得法の条件はこれですね。ホント「好き」こそ物の上手なれですね。
ハングルで書かれていたのは中国の公開処刑や民族虐殺に関する記事で、ラブレターには出てこない言葉ばかりで面食らいました。日本人は中国人の名前を日本の漢字の読みで理解しますが、ハングルでは音で拾うので音の名前と読みの名前がかみ合わなくて、中国語の辞書で調べるなど苦労しました。
どうにも心配なので、先月帰国した韓国人留学生にメールで手直しをお願いしたのですが、ほぼ間違いなく訳せていると言われほっとしました。
あと15年はやりたくない仕事です。
昨日の日記で、東西冷戦の狭間を微妙な立場で泳いでインドネシアの独立を保ったスハルト元大統領の事を書きましたが、かつてインドネシアに元の侵略を武器にほぼいまのインドネシアの領土まで勢力を広めたラーデン・ヴィジャヤと言う王がいた事を思い出しました。
二度の日本侵略に失敗したフビライ・ハーンは三度目の侵略の準備をしていましたが、突如目標を南に向けます。
その時代、ジャワにはシンゴサリ王朝が強大な勢力を持っていましたが、クーデターで国が崩壊しました。そのドサクサの時期に元が乗り込んでくるのですが、ラーデン・ヴィジャヤはその元の勢力を利用してジャワ島を平定してしまいます。その後、今度は元をジャワから追い出して1293年「マジャパヒト王国」を作ってしまいます。
この話はロシア人に教わったのですが、ロシア人はインドネシアによくバカンスに行きます。一般人はもちろん、自家用飛行機を持ち込んでやってくる富豪もいるそうです。
歴史認識など立体を平面で語るようなものなので、同じになろうはずがありません。正解の反対は不正解ではなく、正解の反対もまた正解があるのは人文科学の面白いところではなかろうか?
ロシア人の歴史認識だって日本人と違いますし、それが取引の道具になると思っていないだけです。
USAの子供向けアニメで、恐竜たちがいい争いをしてお互いが「俺たちが正しい!」と譲らず、唾のかけあいをします。
「俺たちが正しい!」「We Are Right!」の頭文字をとって、この喧嘩を「WAR」と呼ぼう!と恐竜たちは「War(戦争)」と言う言葉を作り出します。
大笑いしながら見てしまいましたが、ズバリ本質をついていると感心したものです。
2005
04/14
〔Thu〕
00:00:00
◆プライド

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バチカンでは次期教皇を決めるため、117人の枢機卿が集まってコンクラーベの最中です。日本ではいままでに5人の枢機卿がいます。投票権がある枢機卿は年齢80歳以下だそうです。今回のコンクラーベには日本からも二名の枢機卿がバチカンに行っています。
投票のごとに投票用紙は燃やされ、その煙は外部に法王が決まったかまだなのか知らせることになります。法王が決まった場合は投票用紙に試薬を塗って煙に色をつけて外部に知らせます。
先週オーストリアでおこった事件。ニュージーランドで開催されていた地域首脳会議に出席したパプアニューギニアのソマレ首相が、オーストラリアのブリスベン空港を経由して帰国する際、保安検査で係員に靴を脱げと問い詰められ、もちろん靴の中には何も危険なものなどなかったのですが、首相は大激怒!
オーストラリア政府からの謝罪がない限り、オーストラリアからの支援受け入れを凍結すると国際問題に発展しています。
敬意を失した行為に対して「支援をもらってやらない!」。これも一国の主としてのプライドの一つでしょう。
「支援をもらってやらない」とごねた国がもう一つあり、金さんの国です。これはただ単にゴネるためにゴネているようなもので、「死んでやるから」と狂言自殺もできない夜の蝶のようなものです。
金日成の祝日に愛人連れてデヴィ夫人が行っています。
デヴィ夫人の夫だったスカルノ大統領といえば、西と東の狭間を上手に泳ぎながらインドネシアの独立を保った国で、北朝鮮と国交があったからこそジェンキンスさんと曽我さんの娘さんたちはインドネシア経由で日本に来る事ができました。
スカルノ大統領といえばソビエト訪問し、女を抱かされKGBにその光景を隠し撮りされる、ソビエトスパイの常套手段に被害に会いましたが、「貴重な映像ありがとう!今後の励みになります。」と切り替えして、ソビエトのゆすりに屈しなかった人物です。
そのしたたかさがあればこそ、インドネシアが冷戦の最中東西バランスを上手にとって独立を保てたのでしょう。
毎年夏休みになると中国にのこのこ出かけていく日本の議員、妙に中国にべったりの高級官僚。一体あちらで何をしてるんでしょうね。
産業などの展示会があると、どういうわけか政府の招待状で来日する中国の民間企業の役員。どういうからくりになっているんでしょうね?
パプアニューギニア首相の大人気なさが立派に思えてしまいます。
2005
04/13
〔Wed〕
00:00:00

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2月11日に日記に北朝鮮問題に絡めてニッコロ・マキャベリの「政略論」を引用しました。
「次の2つのことは絶対に軽視してはならない。
第一は、忍耐と寛容をもってすれば、人間の敵意といえども溶解できるなどと、思ってはならない。
第二は、報酬や援助を与えれば、敵対関係すらも好転させうると、思ってはいけない。」
ODAの予算の大半をつぎ込んだ中国が日本に対してこの態度ですから、これも国家予算の無駄遣いでしたね。
その予算を南米やアフリカに向けていればこれらの国が日本の国連常任理事国入りに対して中国に同調することもなかったと思うのですが、今後は予算を使わず存在感をアピールするよう努力してもらいたいものです。
外国に無駄にばら撒く予算があれば、新潟や福岡の地震の復興に費やしてもらいたいものです。
今日の読売新聞に、中国浙江省東陽村で公害問題に抗議した農民たち3万人のデモがあり、武装警察と衝突して2人が警察車両に踏み潰されて死亡する事件が記載されています。
このところ中国の農村部ではこうした農民が暴動する事態が続発しているようです。
環境問題といえば水の都蘇州など町を流れる水路や沼に藻が群生しています。これを取り除いたところで、一晩立てば元に戻っていると言う有様。リン酸過多です。生活廃水の浄化はおろか、工業排水もこれから先自分たちを蝕んでいくんでしょうね。
ウラジオストクに訪れる外国人は中国人が圧倒的で、中国人観光客が落としていく外貨はばかになりません。
中国人観光客は集団で行動する事が半ば義務付けられているので、個人でフラフラ歩いている人はあまり見かけません。
中国人団体客が宿泊しているホテルの窓の下はゴミだらけになります。窓といっても天窓が拳が出る程度にしか開きませんが、そこからゴミを外に捨ててしまうんですね。ホテルの掃除のおばちゃんがぶつくさ言いながら下を掃除していると、上からまたゴミが降ってくる。
なるほど、公害の根源は日々の生活にもあると思えてしまいます。
それではロシア人は?家の中は徹底的にきれいにしますが、「公」の部分は無頓着です。
日本のゴミの分別もなかなか理解してもらえません。日本が細かすぎることもありますが、私の住む村でさえ金属の缶、アルミの缶、ガラス類、生ゴミ、燃えるゴミ、発砲スチロール類、etc。ペットボトルなど本体と蓋は別です。
最近はウラジオストクもパック売りが出始めたのでゴミも増えるでしょうが、日本の生活でゴミが大量に出ることには彼女らも驚きます。さらにそれを出す側が分別するのまた驚きます。
「ウラジオストクなら北朝鮮の出稼ぎにゴミの分別させるのに。」
2005
04/12
〔Tue〕
00:00:00

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一人暮らしの男性でアイロンをもっている人は少ないことでしょう。
ロシア女性との生活の中でアイロンは必需品です。洗濯物には下着の果てまでアイロンをかけるのがロシア流。それもけっこうな時間をかけてアイロンかけをしています。
最近はスチーム付のアイロンも1000円前後でありますし、コードレスだってそれほど高価ではありません。アイロンとアイロン台はそろえておくべきでしょう。
最近は徐々に良くなりつつありますが、日本と違って衣料品の素材が良くないこともあって、色落ちの日本ではほとんど気にする事がない色落ちが良くおこります。
色落ちだけならまだしも、落ちた色が白い物と一緒に洗うと付着するのも曲者です。これが今度は色おちしない。
そのため、色物と白いものは別々に洗うことになります。
以前、洗濯機が回っていたので自分の白いワイシャツを放り込んだのですが、後になって大目玉を食らった事がありました。向こうから持ってきた彼女のシャツの色が移ってしまい、薄いピンクのワイシャツになってしまいました。
半そでのワイシャツだったので、上にブレザーを引っ掛けることもできず、普段着になってしまいました。
ウラジオストクのアパートでよく見る洗濯機は欧州式の横のドアを開けて洗濯物を入れるタイプで、日本のように上から洗濯物を入れるタイプよりも小さくできています。一見日本の乾燥機に見えます。
バスルームなどに洗濯機を置くスペースがあればよいのですが、それが狭いと台所に洗濯機を置く家庭もあります。
冬は暖房で乾燥しているので屋内に干してもすぐ乾きますし、洗濯物も保湿に一役買っています。夏は窓やベランダから外に出して干しています。
ホンコンの集合住宅のように。窓から棒を外に突き出して、そこに洗濯物を通して干している家庭も見かけます。
若い女性がいれば外に干したりしないといわれますが、恥ずかしいんでしょうね。
水の質の違いもあって、洗濯石鹸などはかなり強力なものを使っているようです。
日本のように一度きたらすぐに洗濯をしないのは、乾燥していて汗を書く事が少ないこともありますが、水質や洗剤の違いで衣服が風化してしまうことも大きいようです。
昨今はあちこちの断水で洗濯も大変です。
2005
04/11
〔Mon〕
00:00:00
◆ダーチャ

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早朝地震を感じてテレビをつけました。このところ地震を感じるとにになるのは震度いくつより、北か南かで、今日は南の千葉・茨城県でした。震源地近くでは震度6前後の大きな地震だったようです。
ウラジオストクのスタッフは土日にダーチャで畑仕事をしてきたようです。
最近はお母さん方が野菜よりも花を作って楽しむようになってきたそうですが、今年はガソリンが高いので、食費を浮かせるために野菜を多く作るそうです。
友人宅ではウラジオストクを離れた親戚のダーチャをもらって今年は野菜を作る家族がいたり、ウラルの油田に働きに行っている知り合いのダーチャの畑を借りて、作付面積を増やす人もいて、兼業農家を楽しんでいるようです。
中国の反日デモが日に日に大きくなっています。「反日」はきっかけで基本的に人民の鬱積した不満なので、あの国の歴史のパターンからすると、このまま放置していくと「黄巾の乱」似なることでしょう。
各地の大金持ちが襲撃されるようになると、次は中国政府になるような気がします。
第一次天安門事件は周恩来の葬儀に、帽子を脱がず横柄に立っていた江青女子に対して「江青帽子を脱げ!」と誰かが叫んだ一言から始まりました。
昨今の中国の貧富差、原油高原材料高のコストアップを労働者の賃金を下げることで埋め合わせたり、輸出するよりも高額な価格での国内販売などたまっていた鬱憤に火がついたようなものですが、「日本が叩かれるぶんには関係ない」と中国政府がしらばっくれていると、歴史が動くようなとんでもない方向に行くような気配を感じています。
反日暴動よりも各地農村で起こっている暴動を鎮圧するのに忙しいのでしょう。
大方のデモの参加者は欲求不満の捌け口に暴れているのでしょうが、案外、渋谷のセンター街にたむろしている着ぐるみ娘やヤマンバ娘やだらしない格好をしているダラシナ系なども同様の鬱憤を持っていて、その表現方法が勘違いした個性と娑婆への甘えか、暴動する外に向けたエネルギーになるかの違いではなかろうか?
中国の国そのものが落ち着いて安定していれば、反日集会に集まつような連中は繁華街で着ぐるみきて真っ黒な顔してふらふらしているような連中かもしれません。
本来なら戦前日本に押さえられていた東北三省が一番過激な反日反応をするはずなのですが、こうした動きが起こらないのはなぜだろう?彼らが言うほど日本が悪辣な事をしていたのなら、東北三省こそ動き出すはずなのに、そうではなかった証左のように思えます。
実体験は虚像に勝るんでしょうね。
そのうち教科書問題の春、靖国問題の夏と季節の風物詩になることでしょう。
2005
04/10
〔Sun〕
00:00:00
◆下半身の人格?

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早朝、英国在住の友人から電話が来ました。ネットで日本のニュースを見ていたら、日本ではイギリスに旅行にいった人たちからの献血に対して、BSE感染の危険性からできなくなった事を知って、どのくらい大きな問題になっているのか問い合わせてきました。
私も頭の隅に「そんな話があったな」程度にしかおかなかった問題で、ほとんど騒がれていないのではなかろうかと答えました。
英国でも現在それほど騒がれている問題でもないので、今頃になって日本で問題視されることに疑問を感じたそうです。
それより、チャールズ英国皇太子と不倫相手カミラ嬢の結婚式はどんな評判だった?と聞くと、彼女の周りでは相手にされていないようで、「英国王室の恥をさらしたようなもの」と言っていました。
「ところであんたチャールズ皇太子の公式な称号知っている?」と聞かれ、「チャップリンか?」としか答えられませんでした。
”His Royal Highness Prince Charles Philip Arthur George, Prince of Wales, KG, KT, GCB, OM, AK, QSO, PC, ADC, Earl of Chester, Duke of Cornwall, Duke of Rothesay, Earl of Carrick, Baron of Renfrew, Lord of the Isles and Prince and Great Steward of Scotland.”
私など湯宿9組伍長の役で配り物と回覧場持って四苦八苦しているのに、これだけわけのわからない役職が並ぶと、なるほど性格ゆがむわなと感じました。
2人のウィンザー城での結婚式は王室が許可しなかったそうです。
ウィンザーといえば伊達男ウィンザー公爵(エドワード8世1894〜1972)。ネクタイの結び方ウィンザーノッチの元になった人です。離婚歴のある人妻アメリカ女性シンプソン夫人(1896-1986)との結婚のために王位を捨てた事件がありました。
どちらも好き者だったようで、カルティエなど物も者もシンプソン夫人お気に入りだったとか。
この下半身のだらしなさと節操のなさ。キリスト教が2000年かけて一夫一妻制を説き続けているにもかかわらず。ウィンザー公爵など英国国教の首長になる予定の人物だったのに。
宗教を冒涜する気は毛頭ありませんが、京都の「聖神中央教会」牧師の金保(日本名永田保)と言う男が「信仰」をたてに、女性信者にセクハラをしたり、少女に暴行を繰り返していた問題が取りざたされています。
紀元前7世紀頃に書かれたといわれる旧約聖書の「申命記」にはみだらな性行為や不倫に対する戒めが書かれています。その罰は「石打の刑」。
22章の22-27節。「22:23 ある男と婚約している処女の娘がいて、別の男が町で彼女と出会い、床を共にしたならば、22:24 その二人を町の門に引き出し、石で打ち殺さねばならない。その娘は町の中で助けを求めず、男は隣人の妻を辱めたからである。あなたはこうして、あなたの中から悪を取り除かねばならない。22:25 もしある男が別の男と婚約している娘と野で出会い、これを力ずくで犯し共に寝た場合は、共に寝た男だけを殺さねばならない。22:26 その娘には何もしてはならない。娘には死刑に当たる罪はない。これは、ある人がその隣人を襲い、殺害した場合と同じような事件である。22:27 男が野で彼女に出会い、婚約している娘は助けを求めたが、助ける者がいなかったからである。」
街中でレイプされた場合は大声を出して助けを求めなかったのだから男女ともども死刑!町の外の荒野でレイプされた場合は助けを求めても誰もいなかったのだから、女は無罪。男は死刑!と解釈できます。
状況によって刑を分けているのはさすがだと感心しつつ、どちらにしてもこの金保牧師の行く末は「石打の刑」です。卑しくもキリスト教の一派の牧師なんですから、聖書に従って刑を受けねば示しがつかんでしょう。
加茂の川原に引っ立てて信者たちに石をぶつけられる。「頭は狙うなよ。頭は最後の止めだ!」と宗教的儀式。「むごいでっせぇ〜」。などと残酷な事を思い浮かべてしまいましたが、非難されそうなので書かないことにしています。
「申命記22章」といえば、先の項目の一つ前の22節には「22:22 男が人妻と寝ているところを見つけられたならば、女と寝た男もその女も共に殺して、イスラエルの中から悪を取り除かねばならない。」
浮気の現場を取り押さえられたら双方死刑!とすごい戒律が書かれています。それでも浮気はなくならないヒトの浅ましさ。へそから上と下は人格が別?困ったものです。
2005
04/09
〔Sat〕
00:00:00
◆反日デモ

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昼時、村の防災無線のサイレンが鳴り、民家で火事があった事が放送されました。消防団は既に引退していますが、観光客の誘導もあるので出かけていきました。
私がついた頃には既に鎮火していて、消防署と担当の分団以外はすぐに解散になりました。
私も家に戻ってきて、昼飯の続きをと思っていたら、またサイレンが鳴り、今度は別の地区でビニールハウスが火事です。
山火事になる可能性もあるので、スコップを持って出かけていきました。これも私が到着した頃には鎮火していました。
このところ乾燥していて要注意とは思っていますが、花粉で空気が青く見えるような状態です。
昼過ぎ図書館に行ってきました。こちらの図書館になくて県の図書館に依頼していたセルゲイ・エセーニンの詩集とフランダースの犬の原語版が届いたと連絡があったので受け取りに行ってきました。
県立図書館の巡回図書車がこちらにも来るので、そのときでもよいと思っていましたが、早いにこした事はありません。
夕方ニュースを見ていたら、北京で大規模な反日デモがあり、日本大使館や公邸に集団が押しかけ、投石などをしたようです。
中国の日本大使館といえば中国べったりの、中国の出先機関とまで言われている機関なので、ここに投石などしたら中国側が困ると思うのだけど。
こうした暴動を中国政府が抑えられなくなったことには大きな意味があると思います。自己の不満をナショナリズムに転化していると、やがて「反日集会」の名で集まった人民の不満が、中国政府自身に向けられることでしょう。
新聞を見たらバチカンでのローマ法王の告別式?の記事が出ていました。
1998年3月16日だったと思いますが、ローマ法王庁はナチスドイツのユダヤ人虐殺について、、「キリスト教徒がユダヤ人虐殺を黙認したことに対して、良心の呵責を覚える。」と発表しました。
バチカンが初めてユダヤ人虐殺を認め謝罪したと日本のマスコミは評価したと記憶しています。
「認めた」事は事実でも、「謝罪」したとは思えませんし、「黙認」じゃなくて「実行」ではなかろうか?と思ったものです。
大航海時代、「布教」の名目でローマカトリックが世界各地を植民地化する片棒担いだ罪は大きいと思いますが、「赦し」と「和解」によってローマカトリックはしたたかに今日を生きています。
日中関係は「タカリ」と「贈答」の繰り返しで、一種の商取引ですから、どんな結果になってもわだかまりは残るものです。
2005
04/08
〔Fri〕
00:00:00
◆パスハ

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ロシアのお盆に当たるパースハは、今年の場合5月1日のメーデーと重なるようです。
ロシア正教のイースターといえばイースターエッグで、タマゴに絵を描いて飾ります。
お墓参りには行くけど教会にミサにいったりイースターエッグを描く家庭は少なくなってきているようです。日本だってお盆にナスやキュウリで仏様が乗ってくる牛や馬を作る家庭は少なくなっているように。
私の村のロシア正教のイースターではイースト菌で発酵させていないパンとタマゴを教会に持って行って清めてもらう儀式をしていました。
このミサがある日は一切の仕事をしてはならないそうですが、そんな悠長な事を言っていると一生仕事をしなくて良くなってしまうので、朝のミサの後それぞれ職場に行くようです。
ロシアで守られている儀式は「仕事を休むことだけ」???
昨夜から今朝にかけて強い枷が吹き荒れ、朝、玄関の前は杉の葉っぱが吹き黙っていました。
この風で花粉症の元も抜き飛んだだろうと思いましたが、そうでもないみたいです。
昼頃になったら自動車の色が違って見えるほど花粉が降り積もっていました。このところ雨のお湿りがないのでそれも影響しているようです。
20年ほど昔ですがブナの花粉の中を歩いた事があります。道路一面が緑色で、下の土が見えないほどの花粉でした。
このあたりではブナ栗といいますが、ブナの実が豊作でこういう年には熊をはじめ山の生き物が大量繁殖します。これがまた木々を食い散らかし、木々が枯れ、やがて自分たちが餓死していくのが自然の摂理です。
化石燃料の枯渇で今の文明がどうなるかなってみないとわかりませんが、この原油高で少しは持ちながらえるのだろうか?
今日、ストーブの灯油を20ℓだけ買ってきましたが、先月よりも120円余計に支払いました。暖かくなってきてよかったです。
2005
04/07
〔Thu〕
00:00:00

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暖かい一日で、天気予報では5月下旬の気候だそうです。下界ではサクラが一斉に咲きそうですが、こちらは梅が咲いています。
今日から地元の小学校の新学期で横断歩道に立っていましたが、「花粉症が心配」と親が自動車で送っていくものですから、横断歩道を渡った児童はわずか3人でした。
我が家の周囲は杉林なので、昼時外に出たら自動車の色が変色したか?と思えるほどスギ花粉が降り注いでいました。
幸いなことに私はまだ花粉症になっていませんが、今年はインフルエンザになって文明人になってしまったものですから、花粉症を対岸の火事と傍観してもいられません。
杉の木そのものが見当たらないウラジオストクでは杉花粉症はありませんが、アレルギーを持つ人はいます。
我が家でもこちらで生活していると肌のカサカサ治るようで、水のせいなのだろうか?温泉の効果?などと考えています。
市内を出て郊外の農村に行ったときは治ったと言うので、たぶん水の違いだろうなどと当たりをつけています。
HPの写真でウラジオストクの水道水の写真などを紹介しましたが、生水は飲まないまでもあの真っ赤な水を飲んで大丈夫なわけはないと思います。
パイプラインの老朽化、濾過システムの問題などウラジオストクの水道は問題山積です。
世界の淡水の三分の一はバイカル湖にあるといわれるほど、数字の上ではロシアは水が豊富な国ですが、一極集中しているだけです。
酸化チタンを使った触媒に興味を持ってこの半月ほど勉強していますが、濾過システムとしては無理でも、除菌に使えないものか考えています。
2005
04/06
〔Wed〕
00:00:00

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朝7時に下の弟から電話があり、陣痛が始まったので嫁さんの病院に行くので、留守の間の仕事の手伝いを頼まれました。
9時過ぎに無事女の子が生まれたと電話がありひと安心しました。
弟は嫁の実家の葬式と出産のダブルパンチでずいぶん疲れたようですが、葬式よりも出産の方が後だったから気がまぎれたようです。
この何日か振り回されましたが、明日からようやく通常の生活に戻れそうです。
日本人同士のカップルの場合出産には奥さんの実家と言う強い味方がありますが、国際カップルの場合夫にのしかかる重みが違います。
奥さんがロシア人なら招待状を作ってロシアから母親が来ることも多いのですが、VISA取得がもっと難しい日中カップルだとそれもままならないので、奥さんの精神的な支えは夫だけになります。この厳しい状況もまた絆を深める大切なチャンスになるものです。
近所の日露カップルは出産のときに母親が来ましたが、二人目の子供のときは出産が早まったので出産が終わってからお母さんが到着しました。
それでも、身内が来る事は心強いそうで、やっと安心して眠れると言うような事を言っていました。
夕方ウラジオストクに電話したら、ガソリンの価格が高騰して大変だと言う話になりました。産油国のロシアは今回の原油高の影響で潤っているはずですが、一部の人たちだけです。市民の財布は苦しくなるばかり。
みんなが自動車に乗らなくなれば交通渋滞も緩和されただろうと問うと、渋滞は年々ひどくなるばかりだとのこと。
渋滞の間のエネルギーロスは大きな問題ですが、長時間の渋滞ならまだしも短時間ではいちいちエンジンを泊めることもできません。
休暇のシーズンになるとロシア人は何千キロも離れたリゾート地に出かけますが、こうしたときは列車や飛行機で行きます。
航空運賃は既に値上がりしましたが、またドサクサ紛れの値上げをするかもしれません。
2005
04/05
〔Tue〕
00:00:00
◆ジャンポン

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一昨日亡くなった下の弟の嫁さんのお婆さんのお葬式でした。
朝、弟が礼服を着て出かけて行くところだったので、着替えを持って行った方がいいのではないか?と言ったのですが、葬式の後の七日のご苦労ぶるまいが終わったらすぐに帰ってくるのでこのままでいいと礼服のまま出かけていきました。
今月末に二人目が生まれる弟の嫁さんは大きなおなかをしています。
緊張が長いこと続くと、生き物は自分の身を軽くして逃げやすくする摂理があるので、妊娠しているとPGF2プロスタグランジンが分泌され、子宮の収縮など出産の兆候を起こしやすくなります。
臨月に入った牛の扱いには気を使ったものです。
「人間だから大丈夫だよ」と弟はのんきに出かけていきました。
夕方弟から電話がかかってきて、葬儀も終わり、ご近所親戚でご苦労振る舞いをしていたら、弟の嫁さんの具合が悪くなり、お産の兆候が出始めたので急遽入院したそうです。
「見ろ!哺乳動物の生理機能は似通ったものだっただろう!」
予定の三週間前なので、無理して生ませてもあとの手間が大変だから、牛ならプロジエステロン系のホルモン投与で持ちこたえさせるか、乳牛の場合後の牛乳にホルモンの影響が出るから投与せず出産させることでしょうが、「人間だ」と怒られるので黙っていました。
ホルモンの作用は突如現れる事が多いので、畜産の技師をしていた頃はずいぶん振り回されたものです。状態から察すると牛なら早ければ明日、遅くても今週中に生まれるのではなかろうか?
礼服しか持って行かなかった弟は嫁に付き添って礼服のまま産婦人科に乗り込んでいったようで、後から親戚が代わりの服を持って来てくれたそうです。
先月末の検診では2500g程度に育っていると言うので、多少早く生まれようが心配はしていませんが、やはり、人間の場合も男のよりも女の子の方が小さいようです。
牛の出産に立ち会ったとき、出てきた前足をつかんだ瞬間その骨の太さに「オスだぜ」と言うと、畜主の顔が曇る光景を何回も見たものです。
私の地元では結婚式などの祝い事と、葬式などの忌み事が重なる事を「ジャンポン」と言います。「ジャン」はお祝いの音で、「ポン」は葬式の木魚の音だとか。
思いがけない事はいろいろ起こるものです。何事も良い方向へ向けようと努めていけば良くなるものです。
2005
04/04
〔Mon〕
00:00:00
◆再利用

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昨日、スタッドレスタイヤからノーマルタイヤに変えたら、朝起きたら雪が降っていたのでびっくりしました。幸い積もるようなこともなかったのでほっとしています。
気温の低いロシアの雪は乾いているので思ったほど滑りません。が、今頃の季節になると氷が解け始めて滑りやすくなります。
スタッドレスタイヤにしておくと心強いのは発進やブレーキはもとより、わだちなどで横滑りしにくいことです。
ウラジオストクを走る自動車のほとんどは日本の中古車です。スタッドレスタイヤなら一年中それを履いています。そんなここしてもったいないと思いますが、あまり気にしないようです。
ウラジオストクは中古車のみならず、日本から中古タイヤまで運ばれてきます。
以前シベリア鉄道の貨物列車数両に渡って中古タイヤが山積みされていました。シベリアの奥地まで日本の中古タイヤが運ばれて再利用されているそうです。
ウラジオストクの半島の東側にゴミ捨て場があるのですが、自然発火していつも煙が出ています。フィリピンのスモーキーマウンテンのようなものです。
半島の東側はまだ湾の中ですが、より日本海に近くなります。
シベリア内陸の炭鉱は露天掘りで石炭を掘った大きな穴がたくさんあります。炭鉱跡の穴は日本列島が簡単に入るほどの体積があるそうで、日本のゴミをシベリア鉄道で運んでその穴に埋めたらいいビジネスになるといったロシア人がいました。
何年も過ぎてゴミが沈静化してきたらそこが鉱物資源の宝庫になるだろうと話していました。
地球の鉱物資源が枯渇したら東京湾の埋立地が資源の宝庫になるのだろうか?
2005
04/03
〔Sun〕
00:42:46
◆源氏物語

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日本時間では今朝、ローマ法王が亡くなりました。これから次期法王を決めるコンクラーベが始まりますね。
昭和56年2月だったと思いますが、亡くなったローマ法王ヨハネパウロ2世が来日したときの事をおぼえています。
羽田空港のタラップを降りてくる法王の姿がテレビで流れ、カトリック教会の人が法王にキスをしていました。
どういうわけかそこに日本の議員先生たちがいて、毎度おなじみの名刺を法王に手渡していた姿が滑稽でした。議員の一人が何をとち狂ったか法王にキスしようと唇突き出して近寄っていってスルリとかわされる光景が映っていました。
この年の5月にローマ法王が狙撃される事件が起こりました。その前にレーガン狙撃事件もあったと記憶しています。その前の年の12月にジョン・レノンが射殺される事件があったので、狙撃と言うとこの時代を思い浮かべてしまいます。
中国残留日本人孤児が始めて来日したのもこの年でしたし、今は亡きダイアナ妃がチャールズ皇太子と婚約したのもこの年でした。25年経つんですね。
今朝、下の弟の嫁さんのおばあさんがなくなりました。2月に嫁さんの母方のおばあさんが亡くなり、今度は父方のおばあさんです。臨月の大きなおなかをしてあわただしく動いているようです。
地区の役員引継ぎがあり、今年は組の伍長がまわってきたので老人会の役は交代してもらいました。
老人会は今月末に明治座に「源氏物語」の朗読劇を見に行くそうで、うらやましいやら悔しいやら。しかも明治座です。うらやましい。
瀬戸内寂聴口語訳の源氏物語「須磨・明石」のくだりだそうで、末摘花や朧月夜の君が出て来るいい部分です。
母の実家が明石なので、このあたり一帯を散策した事があり、いろいろ物語の光景を思い浮かべたものでした。
老人会も予習を兼ねて源氏物語を勉強しているようです。
今までは五代夏子だこまどり姉妹なんてところが老人会のお得意だったのに、こういうのが好きな人が亡くなって会長が変わったとたん高尚になってしまいました。
年寄りがうらやましい。
2005
04/02
〔Sat〕
00:00:00
◆死生観

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ローマカトリック教会の法王ヨハネパウロ二世が危篤状態だそうです。
世界中のカトリックたちの祈りは法王が元気になることから、おだやかに天国に召されるようにと変わったようで、もはやこれまでなのだろうか?と言う思いで見ています。
2月16日の日記にファティマの予言のシスタールシアがなくなった事を書きましたが、今度は法王の番でしょうか。
私の村にはカトリック教会はありませんが、ロシア正教の教会では意外なことに信者が集まってミサをしていました。
ユーゴ問題ではでカトリックシンパのNATOがイスラムと手を組んでまで東方正教会のセルビアをせめた事をロシア人は快く思っていないので、およそ本国のロシアではこんなミサは開かれないでしょう。
日本人の良いところなのかもしれません。
法王がなくなると次の法王を決めるコンクラーベと言う選挙があります。バチカンで枢機卿たちが集まり、全員が同じ人物を書くまで投票を続け、時として何日もかかる根競べです。
法王が長くないことは知られていたので事前にこうっは絞られているようですが、パウロ6世が亡くなって、その後に法王となったヨハネパウロ1世が好くに亡くなってしまい、現法王が選ばれるときには一回目のコンクラーベで決定せず、決選投票をして決まったと記憶しています。1978年の10月でした。
ポーランド出身の外国人法王として騒がれた事を記憶しています。
近々あるであろうコンクラーベもまた歴史的な出来事ですので、注目してみたいです。
外国の映画や小説に末期を迎えた人に対して、遺族や友人が一人一人部屋に入って最後の会話をしたりお別れを言うシーンがよく出てきます。レフ・トルストイの「戦争と平和」にも出てきますし、マーガレットミッチェルの「風と共に去りぬ」にも出てきます。
最後に一番重要な人が会って「ご臨終です」とお決まりのパターンですが、そう都合よく行くものなのだろうか?
以前、末期ガンの親戚の臨終によばれた事があり、医師が「よろしいでしょうか?」とスイッチを切る瞬間に立ち会いました。こんなことで命が終わるのかと眺めていましたが、スイッチを切っても自発呼吸して生きていて驚かされました。「こりゃ死なないな」と解散して帰路についたのですが、家に戻ってきたら「亡くなった」と連絡が来て、死ぬ間際でも一杯食わされたと思ったものです。
ウラジオストクでは見込みがない場合は患者に率直に告知するようです。
日本人との死生感の違いはしばしば感じます。
2005
04/01
〔Fri〕
00:00:00
◆失敗力

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年度替りの日です。人事異動や所属部署の移動などであわただしいことだと思います。
勤め人だった頃、私の場合は人事異動=左遷で都落ちから廃止直前の外郭団体まで王道を突き進みましたが、おかげさまでいろいろ見させて経験させていただき、面白かったです。
早朝、今日から新天地に異動になった友人から電話がありました。好ましい異動ではなかったようです。真面目で地道な男なので、それが災いしてしまったのだろうか?
「一生懸命つくしてきたのに」と納得がいかないようでしたが、「いいチャンスだから、これから開き直って自分のやりたいようにやれば勤め先への貢献になるのじゃなかろうか?」と、眠かったけど励ましました。
中国の「水滸伝」と言う小説ははみ出し物が集まった「梁山泊」が天下を揺るがす物語で、痛快な物語です。ただ末路は現実的で、上り詰めた後はお互いのつぶし合いになるので「中国の実像だ」と面白く読みました。
マーガレット・ミッチェルの「風とともに去りぬ」に出て来る名言「明日には明日の風が吹く(Tomorrow is the another day)」。
新天地に赴かれる方、気苦労も多いかと思いますが、開き直って気持ちを切り替えて新しい自分を生み出してください。
ロシア人や中国人を見ていると大雑把な意味で楽天的だと感じます。あの激動の共産主義、弾圧の嵐の中を生き抜いてきたのですから、マイナス思考では生き延びれるはずもありませんが、明日は、将来はより良くなると思い込んでいることもあって、こちらが元気付けられ、救われる事があります。(そのくせ、現在をないがしろにしているので腹が立ちますが)
日本人のマイナス思考やネガティブな弱気は嫌われるので、彼らと付き合うには常に前向きな姿勢が問われます。「どうして」ではなく「どうすれば」と先へ先へとステップを昇らされるので、これもなかなか気が重くなるものですが、常に先に進まない人間は取り残されていくんですね。
3月のはじめ、ハイブロー武蔵と言う人が書いた「失敗力」と言う本を読みました。勇気付けられ、なかなか面白い本です。
「人はなぜ失敗するのか。それは、人生に夢を持ち、希望を持つからである。夢を持ち、目標を立てるからである。こういう人生を歩むんだと決め、一歩を踏み出していくからである。
だから失敗は、まさに手応えの始まりなのだ。私たちは失敗に学び失敗を研究し、失敗をエネルギーに、自分の目指す人生の実現と最高の報酬を手に入れられる。だから「失敗力」を身に付けよう、ともに学んでいこう。」
失敗力とはすごい言葉だなと驚きましたが、最近では「失敗力」が学問として成り立っているのだそうです。
「失敗」を分析して「改善」を探り出す事はかつての日本のお家芸でしたが、上り詰めた後の下り坂はこうした基本も忘れていたようです。「失敗」は「成功」の元が山積している宝庫だそうです。
どう見ても失敗から学ばず同じ失敗を二度三度繰り返しそうなロシア人ですが、一応失敗から学んでいるようで、「ソビエトに戻ろうなんて思わない!」そうです。