お父さんの病気治療で北京にいる西郷ドンから久しぶりにメールが来ました。村上春樹の小説に夢中になっているようです。村上春樹はロシアで絶大な人気を誇る作家ですが、中国でも好まれているようです。
「時間」の浄化能力によって美しくなるとはいえ、過ぎた時代というのはどうしても殺伐として思えてしまうもので、「何であの時」と思い起こしては同じ失敗を繰り返しています。
誰もがそんなことを忘れて20世紀も終わるころ、同級生の女性がそのことを思い出し、タイムカプセル探しをしました。
この時代に会えて地元の材木を使って木造校舎を建てたにもかかわらず、幼稚園は数年で廃止になり統合。小学校ももうすぐ統合されてなくなります。
ウラジオストクのやり取りのなかで、ピアノマンの話題になったのですが、ロシア人という説も出ているというと、「あの容姿はロシア人ではありません。スカンジナビアかイングランドの顔つきです。」と言っていました。
もうすぐ2歳になる私の甥もアンパンマンに夢中で、日々アンパンマンボケの生活をしています。”アンパンマン”という言葉が発音しやすいのか、喜怒哀楽を”アンパンマン”の強弱で表現しています。
姪はこの2−3日、一人三交代24時間勤務で夜中に起きているようで、弟夫婦は振り回されています。
昼過ぎ、隣町のパリ・ミキにめがねを作りに行く途中、利根川でラフティングをしている一段を見かけました。
10年ほど前ですが、風倒木をチェーンソーで削ってカヤックを作り、湖の上流の川に浮かべて実験をしました。
昼間は友人と一緒に今日はこのあたりいったいを散策したのですが、大学教授宅のロバを写真に収めていました。
早朝、大雨が降りそうなので田んぼの水を減らしに行きました。ところが、あぜの草で足を滑らせてドボンと田んぼの中に落っこちてしまい、びしょぬれの泥だらけで、近くの沢に寝転がって泥を洗い落としました。
一頃はUSAからもずいぶんと鶏肉が輸入されていたようですが、最近はブラジルものが多いようです。
パソコン環境を少々改造しまして、ロシア語のキーボードと日本語のキーボードが使いやすいようにしました。
ウラジオストクではキーボードに貼り付けるキリル文字のシールがあり、日本や韓国から持ち帰ったノートパソコンなどにはキリル文字のシールを張って使う人も多いです。
畑のあぜ道の雑草。よくみると一面ペパーミントです。
鎌で一抱え刈り取ってきて風呂に入れてミント風呂にしてみる予定です。
今日は写真マニアの地元のお年寄りのお供で赤城山に行ってきました。標高1400mの沼ですのでまだ早春の様子でした。平日なので人気も少なくのんびり過ごせました。
ついにここまで来たか!とおどろいたのは、80歳になろうとするおじいさんが一眼デジタルカメラのキャノンイオスキッスを持ち歩いていることで、「マイクロドライブよりコンパクトフラッシュの方が書き込みがスムーズで良い。」などと話題にしていました。
昼飯を食べて帰ってきただけですが、このところ連日なので家に帰るとぐったりしました。帰ってきたら田んぼの稲の様子を見に行く予定でしたが、雨も降ってきたので「後日、日を改めて」になりました。
出演していたカップルの外国人男性が、「気が会うと言うことも大切だけど、間が会う事がもっと大切」と言っていました。
10年先、20年先、どんな夫婦でいられるか長い道のりですが、気があう、間があうなどお互い作り上げていかなければならないことでしょう。
昨日迎えに行ってきた埼玉県の川口のお客さんを送って再び埼玉県に行ってきました。
雨は降らなかったものの無視暑い日で、もとよりこちらから下界に下りると暑さでぐったりしてしまいます。
何のキャンペーンかわかりませんが、ぬいぐるみも登場していました。周囲に何もそれらしきプラカードもパンフレットもなかったので、ただ単にぬいぐるみが出ていたのでしょうか?この熱い中大変な仕事です。なんか、妙に疲れてだるそうなぬいぐるみたちでした。
フリーマーケットのバザーもやっていました。目が行ってしまったのは仏具の展示販売で、高速道路のサービスエリアで手作りの仏具を売るなんて、すごい発想だと感心しました。万一の事故のときに木魚を、高速道路はスピードを出しますから備えあれば???
川口、浦和と何箇所かまわって乗客を下ろし、あとは国道17号バイパスに乗れば家にたどり着けると気が楽でした。
このところカーナビに頼り切っていたので、地図や方向の感覚が鈍くなっていました。
とんでもないところに迷い込んでしまったと四苦八苦していると携帯がなり、停めて電話に出たくても停車できる場所もない。
なんとかやっと東松山までたどり着き、高速に乗って家に帰る事ができました。
猿ヶ京の旅館にマイクロバスの運転を頼まれて埼玉県の川口市に行ってきました。
中学のときに学校の映画鑑賞会で”キューポラのある街”を見て感動した事がありました。私が生まれた頃の話ですが、吉永小百合演じるジュンが自分と同世代で、貧困と進学の狭間で苦悩し自分の生き方を作り上げていく姿に頭が下がる思いがしたものです。
ここから今の日本がスタートしているんだなと感心し、北朝鮮が地上の楽園に思えたのは時代のいたずらで、「ここにいるよりは」と思わずにいられない息苦しい時代があったんだ。と、さらに感心。
写真はロシアの戦車です。
写真はこの冬のウラジオストクの大雪のときの新聞の切り抜き。
ある日、イギリスの海辺に一人の男が流れ着いてくる。彼は記憶がまったくなく、自分が誰なのかさえもわからない。しかし彼はバイオリンが得意で・・・近々公開されるこんな映画があるそうです。
さすがヨーロッパだなと感心したのがこの男が英国で保護されながらもイタリア人だ、フランス人だ、いや、スウェーデンの国旗を書いたのでスウェーデン人だろう!と諸説入り乱れることで、これが日本ならいくら見てくれが似ていても中国人、韓国人、モンゴル人くらいは判別できそうな気がします。
朝、田植えの稲を運んでたくみの里を通ったときに「ションベンしって行こう」と公衆トイレに立ち寄りました。
水周りは確かに建設費用は高くなりますが、水道はすぐ近くに本線が通っていますし、下水道も数mのところにある。
冬になるとロシアから流氷に乗って北海道にやってくるキタキツネはビザなしでやってきます。人間は厳しい手続きをへてロシアと日本を往来しなければなりません。
ロシアの昔話にもキツネはよく出てきますが、そのほとんどが狡猾で悪役キャラとして登場しています。
スズランが咲く季節になりました。スズランはロシアでも多く見られる植物ですが、今までロシアでその花を見た事がありません。スズランの花が咲く季節にも出向いていたのですが、目にする機会はありませんでした。
私の植木の師匠はまだ三十代半ばですが、毎年見事に花を咲かせます。庭木の花なんて1年のわずか2−3週間のために他の日々があるようなもので、私など花の季節になると手入れせねばと思うのですが、花が終われば「自然のままたくましく育って欲しい」と方向転換してしまうのが毎度のこと。それでも咲くときは咲くのですから、まあいいかと思っています。
たくみの里ウォークラリーに交通指導員で行ってきました。
私は最初のポイントにいたのですが、参加者が道路を横断して全員通過するまで時間がかかったので、次に私が受け持つポイントまで1kmを走って移動、到着して1分も立たないうちに最初の横断者が来てしまいました。
昼時、駐在のおまわりさんと食事をしながら、私の村よりさらにはるかに田舎の駐在にこの春移動になったおまわりさんの話題になりました。
こうした田舎が肌に合う人なら最高の環境なのでしょうが、自分で楽しみを作り出せる人でなければ難しいでしょう。
あまりにものんびりしていてそれが逆に不安になるようで、日ごろ仕事で街に出ている男たちはそんな事を感じなくても、日々家にいる女性は自分自身で思い込みが雪だるまになって自滅するようです。
昼から"いきもの村"と言う施設で”赤谷川プロジェクト”の集まりがあり参加して来ました。林野庁や、日本自然保護協会、地元のおっさんおばちゃんなどで作られているモデル地区で、村内1万平米(簡単に言うと10km四方)の国有林で新しい時代の森林のあり方を模索するプロジェクトです。 関東森林管理局のHP
地域内の植生や地質や動物を調査する人たちや、植林をして里山の保全をする人たち、山の中で遊びたい人たちなど、それぞれ目的は違いますし、私のように野生児もいれば研究目的の学者もいたりで、面白い顔ぶれが集まりました。
自然科学の分野を「理念」でどうこうしようとすると必ずしっぺがえしが来るものですが、最近流れが変わってきたなと思うのは、「まず理念ありき」と言う人が少なくなってきて、こうして柔軟に受け止める事ができる人が増えてきたように思えます。
発掘現場の写真ではありません。炭焼き窯の製造途中です。
観光目当ての人寄せをしようとすると、どうしても不自然なものになりかねませんが、そこに来た人たちが楽しんで過ごしていれば「面白そう」と人はよってくるものです。
一昨日に引き続き村で生活するベトナム人研修生のところにパソコンの修理に行っていました。
彼の部屋の中にベトナムの掛け軸が掛かっていたので写真を写させてもらいました。
今日ウラジオストクに向かった会員さんが新潟空港から電話をくれました。連休明けなのに混んでいて、ハングル文字が書かれた箱をたくさん見かけたそうです。
年々増えているのは韓国からの便で、日本−ウラジオストク間はウラジオストク航空の独占ですが、韓国便はコリアンエアラインも就航しています。
土曜の晩、NHKスペシャルで「望郷」と言うドキュメンタリードラマが放送されました。私は花見があったのでビデオに録画して昨日見ました。
朝から薬師様のお祭りでした。昨日の雨で準備ができなかったので、早朝から地域住民総出で掃除や飾り付けをして、夕方4時には撤収でした。
修験道の法院様が薬師如来の祭りをしますが、写真を写したときは山のあちこちにある12の神様の祠をおま入りしていた最中で、世話役が一人でお茶を飲んでいました。
婦人会がバザーをして、うどんやおでんなどを販売し、婦人会の運営に当てています。婦人会は老人会に次ぐ巨大組織でご機嫌を損ねると大変な集団です。
手作りダンゴの販売コーナー今年の新商品はオカラダンゴ。
子供たちは灯篭の絵を描いて、これを灯篭に貼り付けてコンテストをします。灯篭の数が限られているので、昔はここに出せるだけでも名誉なことでしたが、いまや灯篭の数より子供が少なくなり。近隣の地区の子供たちにも協力してもらっています。
投票で選ばれた今年の最優秀作品。3位はお菓子の詰め合わせ、2位はお菓子とジュース、1位はなぜがビールひと箱で子供たちにはすこぶる評判の悪い商品でした。
最近はテレビゲームのキャラクターや、アニメのキャラクターの絵が増えました。今年は小学校で流行っているためかセサミストリートの絵が多かったです。
ヨッパライ注意!の標識。もちろん遊び心ものですが、日本にも欲しい標識です。
早朝から地区の道路清掃で、その後、明日の薬師祭りの準備だったのですが、朝から雨。道路清掃は中止!祭りの準備は明日行う!と嬉しい決定が出ました。
ロシア人もことあるごとに屋外でパーティーを開きますが、日本人のように徹底的につぶれるまで飲んだりはしません。酒癖にひと癖あってアルコールを飲まない人はジュースで問題ありませんし、「俺の酒が飲めねえのか!」とアコギな押し付けはしないので、飲まない人にとって気が楽な面もあります。
ロシア人は日本人よりもはるかに個人主義的な傾向が強いと感じますが、仕事や地域のコミュニティーなどは尊重する人々で、地域コミュニケーションで厳しい時代を乗り越えてきた経験があります。もちろん、その地域コミュニケーションが時としてKGBの手先だったなんてことも多々ありますが、戦前日本にも「隣組」と言う組織があり、お互いを監視しあう時代がありました。
電動車椅子の走行試験のテストドライバーをしてきました。
雪の多い土地なので、市民の足として地下鉄ができれば便利なのにと思うのですが、坂が多すぎて難しいようです。それでも地下鉄の駅はあります。
ようやく桜(ソメイヨシノ)が散り、八重桜や大山桜の濃いピンク色が花開き始めました。
我が家ではシベリアの日本人墓地の近くの街路樹から、枝をかっぱらって持ち帰り挿し木をした白いライラックの花が咲きました。淡いピンクの花が咲く木もあります。
今年、ロシアはパースハ(復活祭)とが重なりました。
左の漫画は「アーニャの仕事」だそうです。
この冬はブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」を読んだのですが、物語はパースハの前の数日間の出来事です。