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ホタル

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 今日来日する予定の女性会員が無事新潟空港に到着したと電話を入れたら、ウラジオストクの事務所では明日来日する女性と、入会面接に来た女性がいて電話の向こうがにぎやかでした。
 私が日本はバーニャ(ロシアのサウナ)のようにものすごく蒸し暑いと伝えているものですから、彼女らもインターネットで東京の気温などを調べたようです。ロシアの内陸では夏40度になることも珍しくないので、32-3度の日本の暑さなどと笑っています。
 そこに湿気が加わるとどうなるか、体験してみないとわからないでしょう。
 体験から学ぶことはものすごく多いです。
050630e.jpg 日本人の奥さんの里帰りに同行して日本に来ている友人(ロシア人)、奥さんを実家に残し野放しロシア人となって名古屋、大阪と一人で放浪しているようです。
 お中元?が届いたので「やっぱ、日本人の奥さんはしっかりしてるなぁ」と感心しつつ、亭主の手綱の緩め方と閉め方をしっかり把握していることの感心しています。
 友人は百円ショップとバッタ屋で不可解なグッズをトランクひとつ買いあさったそうです。
 ロシア人は感性が違いますから「何に使うんだろう?」と思うようなものに興味を持ちます。どうやら逆もまた真なりで、ウラジオストクで買い物をする時にはいつも彼に同行してもらうのですが、「何でそんなもんに興味を持つの?感覚ずれてるんじゃない?」と笑われます。お互い様のようです。

 初めてウラジオストクで彼に会った時、自慢のニコンF2もっていたんですけど、「古いカメラですねぇ。軍隊の払い下げですか?」とからかわれ、ズームつきのコンパクトカメラの自慢をされ、悔しくて眠れませんでした。
050630.jpg 地元の古刹泰寧寺にホタルを見に行ってきました。高圧鉄塔の右下に見える青い光がホタルです。
 デジカメを持っていったものの三脚を持っていかなかったので、橋の欄干にカメラを置いてファインダーを見ないで撮影しました。

 今日は朝から雨降りで寒かったこともありますが、ホタルの数も少なく、大きなゲンジボタルばかりでした。もう少し暑くなってくるとヘイケボタルがでてくるので数も多くなりますが小粒になります。
 050630a.jpg 写真右のほうにホヨホヨと流れているのがホタルです。

 ホタルの発光体は常時光っていて呼吸をする時に幕が下りて光をさえぎるので、ホタルが呼吸するタイミングに合わせてシャッターを押しているつもりなのですが、ただでさえワンテンポ遅れるデジカメでストロボを強制停止にしているために、忘れたころになってシャッターが作動します。

 できれば道具をそろえてきて近くで写したいのですが、雨で沢が増水していてうかつに淵に近づけません。ちなみにこの沢の名前が白狐沢、いわくありそうな名前でしょう!どこぞのロシア人妻は夢中になってホタルを追いかけ沢にはまりました。
 あたり一面真っ暗で、デジカメのモニターの明かりでさえびっくりするような光方に見えるような場所です。
050630b.jpg ホタルが写っている自信がなかったので話題作りのためにお寺のアジサイを写して来ました。長い石段の土手には方丈様が手入れしたアジサイが群生しています。
 このお寺のアジサイの枝をもらってきて、挿し木にして根付かせた分身が我が家のお墓に咲いています。挿し木の季節は花が終わってからです。

050630c.jpg 別のアングルからアジサイを写した写真です。
 この写真ですとよくわかりませんが、「??」と思う物体が右上のほうに写っていました。
 左下の写真はそれを拡大したものですが、やはりこの大きさだとよくわかりません。
 丸いお月様のような球体が写っていました。

 ここはお寺ですから、何が写ろうが驚くほどのこともありませんが。
050630d.jpg それにしても、何でしょうねぇ。子泣きジジィの顔のようにも見えますし、月の裏側でしょうか?

 先月、弟の子供たちをデジカメで写した時、背後にあった仏壇に似たような光が映っていました。母が孫の顔を見に来たんだろうという話になりました。

 大槻教授に言わせれば「ストロボの光がレンズで乱反射したんだでしょう。」になることでしょう。
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異常気象

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 明日来日する女性会員のことについて、ウラジオストクから新潟の大雨のことにで問い合わせが来ました。日本のBSを見たのかと聞いたら、日本の新聞社のHPを見て知ったようです。
 日本は今雨季で耐え切れないほど蒸し暑いから着替えだけは余分に持ってくるよう伝えてもらいました。

 近所の人と「今年は異常気候かね」と話題になったのですが、毎年雨が降っては異常気候、降らなくては異常気候ですから、これが正常な気候になってしまったんではなかろうかという話題になりました。
 中国の大洪水の映像が日本のテレビでも流れましたが、ちょっと激しい降りになればすぐにも洪水が起こるのが平坦地中国の弱点です。
 先週、伯母の葬儀で東京に行ったとき荒川の周辺を散策したのですが、どう見ても水位より低いところに家々が立ち並んでいます。これで洪水にならないのですから日本の堤防技術が優れているのだろうか?逆に中国の河川が大きすぎるのか?
050629h.jpg ニッコウキススゲの花が咲いていました。
 近所のおばさんが何年もかけて増やした苗を分けてもらって植えたものですが、昨年は花がつきませんでした。
 元々寒い高山の植物なので、この暑さで大丈夫なのか気になってしまいます。

 今夜はホタルの写真でも写してきて紹介しようかと思っていたのですが、夜になったら雨が降り始めてきて”赤い疑惑”最終回が始まってしまいました。
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銀座

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050628.jpg ITの講習を受けに六本木ヒルズに行ってきました。
 朝、新潟方面から来る新幹線が大雨のために4分遅れてきました。私が東京に行っている間こちらも大雨になったようですが、戻ってきてニュースを見たら北陸方面が洪水になっているので驚きました。
 東京では山手線の目白駅で人身事故があったとかで、駅のアナウンスが山手線が遅れることを告げていました。

 昼飯タイムもなく教室に缶詰になってみっちり講習を受けました。
 予定では休憩時間にウラジオストクに電話を入れるはずだったのですが、その間もない状態でした。
 今日はビザが出る予定の女性会員がいたり、来日を控えた女性会員、女性からの返事を待つ男性会員など多忙な日でした。
 IT講習なので、インターネットにつながっているわけだから合間にメールを受けようと画策していましたが、それもできないほどみっちり講師がつききりでした。050628a.jpg ようやく講習会も終わり自由の身になってウラジオストクに電話を入れたら、すでに事務所が閉まった時間でした。

 講習会で知り合った人たちと打ち上げをしようということになり、銀座に繰り出しました。
 今までエアコンのきいた屋内にいたものですから、地下鉄から外に出たとたん壁のような蒸し暑い大気にさらされました。
 暑いというより狂おしいまでに蒸し暑い夕方で、地下鉄銀座駅から有楽町方面に行くまでに汗だくになりシャツはツートンカラーになり、汗でズボンが重くなる感じさえしました。

 北海道から講習を受けに来ている女性がいましたが、「この暑さで今日覚えたことをみんな忘れてしまいそう」と言っていました。050628b.jpg 講習生の中に英国女性と結婚している中年男性がいました。「何でもかんでも自分で決めて、こちらのことなどお構いない、自分で考えたことが何でも実現するものだと勝手に思い込んでいる」と評していました。「ロシア女性のような英国女性ですね」というと、北海道から来た女性が「私だって同じように自分中心に考えているけど、それを態度に出せないだけだ」と申していました。

 店を出てから東京駅で新幹線に乗るまでにまた汗が噴出してきて、なるほど北海道のお姉さんではないが覚えたことをみんな忘れてしまいそうでした。

 新幹線の車内放送では湯沢から直江津方面に向かうほくほく線が大雨で運転していないことや、柏崎方面が不通になっていると、新潟方面の大雨を伝えていました。
 傘を持っていったのに東京では使う機会もなく、ただ単に蒸し暑いだけでした。050628c.jpg 家にたどり着いたのは8時少し前。ウラジオストクからメールが入っていました。VISAも無事にでたようですし、ほっと一息といいたいところ、気になることについてメールが入っておらず、向こうの女性スタッフの携帯に直接電話しました。

 「今何時だと思ってるんですか?こちらは夜の10時ですよ!日本人は仕事とプライベートの区別もつかないんですか?」と怒られてしまいました。てめえらだって遊びと仕事の区別がついていねぇじゃねえか!と言いたかったのですが、洋の東西を問わず女性を怒らせて天岩戸に閉じこもられては話になりません。
 ただでさえ男性スタッフが長期夏休みを取る中、自分は休みなしで働くのでご機嫌が悪いところに、私もうかつに仕事優先のような言い方をしてしてしまったものですから気分を害したようです。感情が先立つと道理が通じないのは世の女性の欠点でもあり、特典でもあります。
 明日は機嫌が悪いだろうな。と予想はしているのですが、明日は明日の風が吹いてくれることを祈っています。
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七夕飾り

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050627.jpg 七夕商戦の一環なのだろうか、幼稚園、保育園の子供たちが作った七夕飾りがお目見えしていました。
 殺伐とした物語が多い中国伝承の中でも七夕物語は異例にしっとりした話です。

 七夕物語といえば、元祖遠距離恋愛。
 遠く離れていて心がつながっていることは難しいもので、自分自身に疑心暗鬼が自分の首を絞めてしまうものです。
 「結婚」と文字に解してしまえば二文字ですが、その影には牽牛と織姫に負けぬ艱難辛苦を味わって絆を深めているものです。
050627a.jpg
 以前、ハルビンの西郷ドンが言っていましたが、中国では日々あわただしい生活をしているので、七夕のときくらいは現実を離れてなつかしい思い出などを思い出してみるのだそうです。
 
 かく言う西郷ドンもその昔、好きだった女性を日本人にさらわれてしまったことがありました。日本語の教師をしていた女性でした。「彼女は日本人と結婚したほうが幸せなんです」と、私と出会ったころはそれでやけになっている時期でしたが、はたしてそうだったのだろうか?煮え切らないお前さんのだらしなさに、泣く泣く日本に行ったのかも知れないよ。と冗談半分に言ったら涙ぐんでしまったので戸惑ったことがあったものです。
 チュウゴクハ旧暦の七夕ですから8月ですが、昔の彼女のことなどを思い出して過ごしているのでしょう。

 今だからこそ言えるけど、李小姐なんか会員さんに惚れてしまい、その会員さんがお見合いして結婚して、お相手が来日するまで「他の人には任せられない」と仕事に徹して献身的にお世話していました。
 結婚した女性会員が来日して、無事到着と私が電話したとき、彼女は自棄酒の最中で「どうなってるんだ?」とぶったまげたものです。
050627b.jpg 短冊に書かれた子供たちの願い事は素朴で心地よいものです。それに比べると正月明けのお寺の境内の絵馬など現実的でメルヘンのかけらもありません。

 わたしもメルヘンが欠落しているのか「うさぎさんになれますように」が「うなぎやさんになれますように」に見え、「あいすがほしい」が「あいがほしい」と見えてしまい。ずいぶんひねた保育園児がいるんだなと見入ってしまいました。わたしがひねていました。
 
 昼間、駐在さんが私のところを尋ねてきました。昨日目つきのおかしな不審な人物が二人、私の家を交番に訪ねに来たそうで、駐在さんの奥さんが私の家を教えてから不安になり、今朝そのことを話してこちらにすっ飛んできたそうです。
 不審な人物?目つき顔つきがおかしい?すぐに思い出したのは昨日私をたずねてきた高校の同級生で、なるほど!あの顔なら不審人物になっても当然だとすぐにわかりました。

 新興宗教にはまり込んでいるヤツで、昨日はその布教とやらで私を訪ねてきて、数十分話をして帰っていきました。
 悪い人間ではないのだけれど、自分で物事を考えられない、決められない人間なので、こうした団体にはまるタイプでした。
 私も10年ぶりくらいに会いましたが、目つきが行っちまってるなと感じたものです。
 宗教団体の集まりに行くときに交通事故にあって入信していたときに見舞いに行ったのですが、「信仰が命を救ってくれた」と馬鹿なことを行っていました。信仰に行くために事故にあったのに。

 それにしても、ひと目で不審な人物と察した駐在さんの奥さんはたいしたものです。
 不審人物が私の同級生ということで駐在さんは恐縮していましたが、大いに奥さんをほめてあげてくださいと絶賛しました。実際、思考がこちら側にない不審人物ですから。
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サクランボ

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 友人と作っている介護用品製作の会社では、ハルビンや上海の工場で品物を作っています。朝、新潟空港から電話があり無事空港に到着し、搭乗手続きも済んだと報告がありました。
 一行が向こうにいるうちに改良点の図面を作って転送しなければなりません。

 昼時、救急車が我が家の上の山に向かって走っていきました。林業関係の人たちがバーベキューをしていたのですが、けが人が立たそうです。
 谷間で携帯電話が通じない場所だったので、下まで降りてきて消防署に電話したそうです。
 山道を下りてくる救急車を写真にとって紹介しようと家にデジカメをとりに行っている間にけが人を乗せて行ってしまいました。
050626.jpg 昨日、ついに姿を消したアンテナの番線の野ざらしの蜂の巣ですが、蜂は別の場所に巣を作り始めていました。
 我が家の窓のサッシの中で、当然、そんなこと許しておくわけには行かないのでアースジェットひと噴きで、あえなく蜂のマイホームの夢はついえました。私が蜂にとっての自然の猛威になりました。

 蜂は蜂で農作物のためにもいてくれなくてはならないもので、写真の蜂は花粉の受粉には適していませんが、畑の害虫などを食べてくれる虫です。
050626c.jpg いま、サクランボが最盛期で、観光バスが横付けしていました。
 サクランボの季節はわずか2週間、サクランボ専業農家はこの短期間で1年をまかなうのですから、寝てもいられない毎日です。

 長いこと山形県が独占していた佐藤錦が世にでるようになり、こちらで作っている品種は佐藤錦とナポレオン。
 どちらも単独での受粉は難しいので、受粉ように高砂やマドンナの瞳といった種類を作ります。実は、この受粉用の品種も実は小さいもののなかなか美味で。漁夫の利ならぬ農夫の利があります。
050626b.jpg 雨があたると実が割れてしまうサクランボにとって、雨が降らないとありがたいのですが、今日はこちらも30度を超える気温だったので、農園の人も大変だったようです。

 地域のホームページ作りのためにインタビューに行ってきたのですが、写真だけ写して話はシーズンが終わってから聞こうと思っています。
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日本製

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 とんでもなく暑い一日で、我が家の寒暖計も29度まで上がりました。夕方、雷がなって雨が降り出しましたが、道路が濡れた程度で、蒸し暑さが増しただけでした。

 金曜のハルビン行きの飛行機で里帰りした女性会員が2名いたようで、奥さんの見送りに空港まで行った会員さん同士が顔を合わせたそうです。お土産の「日本製」の文字を求めて皆さん苦労しているようです。
 この暑さを逃げられるだけでもうらやましい限りですが、中国は南のほうでは大洪水、ハルビンなどの北は水不足になりそうな気配です。

 午前中、ヤマダ電器にプリンターのインクカートリッジを買いに行ったら、ひと目で中国人とわかる3人がデジタルカメラを買っていました。
 服装がどう見ての中国の農村の人が着るような安物の布地で、日本では逆に目立ってしまいます。このあたりでは農業や工場で中国人の研修生が来ているのですが、夏休みに帰るときの土産だろうか?
 展示してあるデジカメの底の部分を覗き込んではいろいろ相談しています。Maid in Japanを確認しているんですね。
 パナソニックのデジカメなど漢字で「日本製」「中国製」と書かれていましたし、メーカーによってはMaid in Japan / assembly in Chinaと日本製の部品を中国で組み立てている製品もありました。
 結局この3人が買っていったのはペンタックスの小さなデジカメで、水深1.5Mまで大丈夫という代物でした。安くはありませんでしたがMaid in Japanと刻印されていました。この刻印で3台売れたのですから霊験あらたかです。大気中に細かな砂塵が含まれる中国では、防水性のあるカメラの密閉性は長持ちさせるためのグッドチョイスかも?
050613b.jpg 6月13日の日記で紹介したテレビアンテナの針金に巣を作った蜂の巣ですが、ついになくなってしまいました。
 21日に確認したときはまだ番線に蜂の巣があり、親蜂が巣の世話をしていましたが、今朝見たら蜂の巣ごとどこ何なくなっていました。
 鳥につつかれたのだろうか?夕立ちで落ちたのだろうか?
 見晴らしはよかっただろうけど風雨にさらされる場所なので、立地条件を考えないで作るとこうなります。050625c.jpg 蜂の巣がなくなって針金だけが残っています。
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山のロザリア

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 昼間から何回かウラジオストクに電話をしましたが、回線の異常で通じませんでした。ウラジオストクが異常だったのか、ロシアとの国際回線に異常があったのか?夜になったら通常に通話できるようになりました。

 ダイヤルすればすぐにつながるのが当たり前になっているのでそのありがたみがわからないものですが、昔はずいぶん待たされたものです。
 1975年に母の一番上の姉が亡くなったときに、アルゼンチンのブエノスアイレスに住む母の兄に電話を入れたのですが、電話を切って待ってくださいとオペレーターに言われて待つこと2時間半、ようやくつながり数分の会話でした。
 先週母のすぐ上の姉が亡くなった晩もブエノスアイレスとマルセイユに住む従兄弟に電話をしましたが、電話代はロシアと大して変わらないし、すんなりと通じるのでありがたかったです。できれば当人が受話器を取ってくれればもっとありがたかったのですが、日本語ができない子供が電話を取ったものですから冷や汗が出ました。
050625.jpg 40年以上も前から活動しているスリー・グレイシスというゴスペルグループがいます。一時結婚して活動を休止していましたが、いまもゴスペルシンガーとして活動しています。
 ”黄色いさくらんぼ”を歌ったグループで、宣伝がてら言わせてもらうといま私の村ではさくらんぼのシーズンです。今年は温度が低いためかいまひとつ甘みが乗らないようです。

 スリー・グレイシスはアニメ魔法使いサリーのテーマソングも歌っていますし、ミツワ石鹸のCMソングも裏で歌っているのは彼女らではなかったかといわれています。

 日本ではコーラスや、山の歌の定番となっている♪山のロザリア♪を世に広めたのが彼女らでした。
 
 ”山のロザリア”はロシア民謡とありながらも、ロシア人でもほとんど知る人がない曲です。
 ロシアに持っていって聞かせてみたら「聞いたことはないけれど、ロシアの曲だ」と言われました。つながる感性があるんでしょうな。050625a.jpg ”山のロザリア”はワルツなのでロシア民謡とは言いがたいので、ソビエト時代に作られたものかもしれません。

 もともとはアレクサンドロフスキーという名のダンス曲だったそうです。
 ”ハクション大魔王”や”高校三年生”を作詞した丘灯至夫さんが歌詞をつけたもので昭和31年に”牧場のロザリア”の名前で出たものの売れず、”山のロザリア”と名前を変えて昭和36年9月にスリー・グレイシスに歌わせたところ、登山ブームや歌声喫茶ブームの背景もあって瞬く間に知られるようになったそうです。

 歌詞の光景がどう考えてもロシアっぽくないのは当然のことで訳詞ではありません。でも叙情的なロシアのメロディーラインは日本人の心にしみます。
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酔っ払い国会

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 ウラジオストク事務所の男性スタッフは7月から夏休みでサンクトペテルブルグに家族で行きます。彼の奥さんはバスでちょっとフィンランドまで足を伸ばしてくるようです。
 ウラジオストクの女性スタッフがその話を聞いたのは私から、「休暇願いなんて出していないわよ!」と見る見る声色が変わってきました。「まったく、ロシアの男ときたら遊ぶことと仕事をサボることだけは一生懸命で腹が立つ!」経営者の彼女には夏休みがありません。私に言わせれば土日休んでいるだけ日本より恵まれている!ですが、日曜はダーチャで畑仕事をしています!と威張っていました。

 この男性スタッフは昨年の今頃は家族でトルコに行っていました。トルコといっても決して皆様のご想像なさっているようなところではなく、黒海の南にある歴史ある国で、かつてはロシア帝国と何回も戦争を繰り広げた国です。
 トルコは家族に不評だったそうで、理由は「暑い!」「夏に来るとこではない!」。今年はウラジオストクより涼しいサンクトペテルブルグになったようです。

 日本の国会で議員が酒を飲んで議会に出てきた問題がロシアにも知られたようです。「ロシアなら問題になるような事件ではない」というのも道理で、エリツィンなどひどいものでした。
 日本では1948年に泉山三六蔵相が酔っ払って女性議員に今で言うセクハラ事件を起こし、酒を飲んで国会にきてはいけないということになっています。

 戦前の国会なんてもっとすごいものでした。民政党代議士の生方大吉という議員は酔っ払って野次を飛ばすのが仕事のような議員で、あまりの野次のひどさに昭和天皇が「何者だ?あの無礼な男は?」と注目したほどでした。

 生方議員の最後もめちゃくちゃで、泥酔して国会の会議中に議会場で立小便をしてやめてしまいました。
050623.jpg 写真は生方大吉議員の家。つまり、私の村の村民だったんですね。この困った代議士が。

 この一角は名物が多い土地で、生方家のはす向かいは塩原太助という人物が出て、馬のアオを松の木につないで江戸に家出した農民です。江戸で炭問屋に住み込みで働き、店の婿になり事業を大きくして「篤志家」として活躍した人で、その出世物語が演劇になって有名になりました。
 その200mほど先では高橋お伝という女性が生まれており、これも仮名垣魯文の脚色された脚本の演劇で有名になった感がありますが、日本で最後に斬首刑になった人物です。演劇では面白おかしく書かれてしまって現実と異なる部分が多い悲劇の毒婦です。

 名物地帯の住人、生方大吉代議士と変わり者同士で仲が良かったのが「刺青代議士」の小泉又次郎。小泉総理のおじいさんです。
 変わり者つながりで、戦中小泉一家は私が住む湯宿温泉に疎開して2年過ごしています。

 子供心に野次将軍生方大吉という人物を覚えているのですが、ちょんまげを結った爺さんで、いつも威張って怒鳴っているおっかない爺さんでした。
 昔はなんだかわからないけれどいつも怒っている近寄りがたい頑固な年寄りがいたものですが、この元代議士などその際たるもので、偉業をなした人だったのだと私がわかったのは亡くなってずいぶんたってからでした。
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ドイツ

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050622.jpg 恋に焦がれて鳴く鳥よりも、鳴かぬホタルが身を焦がす。ツンテンシャン チントンシャン。
 粋な都都逸などを口にしながらドイツに出稼ぎに行っている大学の後輩から絵葉書が来ました。
 かつての西ドイツの暫定首都ボンの絵葉書です。Bundesstadt Bonn(連邦市ボン)と絵葉書に書かれていますが、口の悪い西ドイツ人は本当の首都はベルリンで、ボンはあくまで暫定の首都。と皮肉ってBundesdorf(連邦村)などと呼んでいた時代もありました。ベートーベンやシューマンの生まれ故郷です。

 日本を出発する前夜に電話があり、仕事の合間に今ドイツで開催されているコンフェデレーションカップを観戦してくると言っていました。ケルンで行われる試合のチケットが手に入ったそうで、日本の試合ではありません。050622a.jpg それにしてもこの書き方でよくここまで届いたなと、郵便局のかたがたが苦心した様子は宛名の下に鉛筆で書かれた文字でわかります。「379-14利根郡新治村調べ」とありました。はがきのかけ線と文字が重なって微妙に違う文字に見えてしまう上に、文章はドイツ語。
 日本人なんやからあて先くらい日本語で書いたってや!局員さんが苦労するやんけ!

 彼はこのところ女難の相に祟られていて、かかわりがあるのはへんな女性ばかり。都合のいい男から都会のいい男への変身をとげて、ドイツでは舞姫に祟られて帰ってくる予定になっているのですが、舞姫はいたのだろうか?
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ハリストス

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050621.jpg 私の村にはロシア正教の教会があります。戦前から戦中にかけては髪の毛が真っ白なドイツ人のお婆さんが住んでいて教会の手入れなどをしていたそうです。
 司祭様は行事があると神田のニコライ堂や、遠くは一関のハリストス教会などからいらっしゃるようです。

 10年ほど前にハーレーに乗ったひげもじゃのヒッピーのような男がやってきてこの教会に入ろうとしていたので、とっ捕まえたら司祭様でした。
 鍵がかかって中に入れなかったので、信徒の人たちが来るまで教会の近くのベンチでホカホカ弁当を食べていました。身なりが身なりなので、コンビニの残り物を食べているホームレスのようにしか見えませんでした。
 随分ぶっ飛んだ司祭がいる宗教なんだなと驚きましたが、儀式用の衣装を着るとひげ面もそれらしく見えました。

 ロシア語はもとよりヘブライ語やラテン語、ギリシア語まで身につけた司祭様だそうですが、とてもそんな風には見えませんでした。

 ロシア正教徒の娘と結婚した私の従兄弟はいつの間にか天照大神からハリストスに宗旨替えしており、何か思うことがあったのかと聞いたら「この方が家庭が円満に行くから」と、思想のない回答がかえってきました。

 日本人は宗教に対してよく言えばおおらか、悪く言えばいい加減ですが、ロシア人も似たようなところがあり、日本に来てロシア正教に固執する人はあまり聞いたことがありません。

 あるロシア人は「最悪の宗教(社会主義)に70年も苦しめられたから、他人の思惑で人生を棒に振りたくない」と語っていました。
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レンゲツツジ

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050620.jpg 赤城山のレンゲツツジが満開ということで見に行ってきました。
 平日だから観光客も少ないだろうと期待していたのですが、駐車場が満杯で、自動車を置く場所を探すのに困るほどでした。

 いたるところにカメラマンが三脚に大きなカメラを備えて陣取っており、邪魔でなりません。「こんなもの、誰が写したって同じ写真にしかならないんだからさっさとどこかへ行け!」とぼやく私も、三脚二台とバッグに645判のカメラに35mm一眼レフを入れ、首からはデジタルカメラをぶらさげて撮影場所を探していました。梅雨時ということもあり、見る見る霧が周囲を包んできて、これはこれで美しいのですが、撮影は難しくなるし、カメラが濡れるのも嫌なので、結局、デジカメで数枚スナップしただけでした。
050620a.jpg いいアングルだ!と感じる場所には必ず誰かしらがカメラを備え付けて陣取っていて、カメラなら撮影したら移動するだろうと期待できますが、イーゼル立てて油絵を描かれては当分移動しそうにもありません。

 どんな絵をかいているのだろうと覗きに行ったら絵をかいていたのは私の村の元学校の先生でした。思わぬところで顔を合わせてお互いびっくりしました。
 趣味が同じでいつもいっしょにいる奥さんを見かけないので、今日は一人で来られたのかと聞いたら、奥さんは沼のほうで絵を描いているとのこと。絵画の仲間と一緒に来たものの、レンゲツツジの周囲は人が多いので、この先生一人残して沼のほうに行ってしまったそうです。050620c.jpg ♪湖畔の宿♪の舞台になった榛名山は女性的な山で周囲にもナイーブな雰囲気が漂っていて、竹久夢路がアトリエを構えたようなところです。山ツツジの濃い赤が口紅のように映える景観を持っています。
 赤城山は男性的で荒々しい雰囲気を持った山で、ごつごつとした岩がいたるところに顔を出しています。
 レンゲツツジの淡い赤が殺伐とした光景をやわらげてくれます。

 この数年、レンゲツツジの時期に来ることができなかったので、久しぶりに堪能してきました。
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 梅雨時なので当然なのですが、雨が降っています。うっとうしいけれど降るときに降ってくれなければ困ります。6月よりも7月のほうが降水量としては多いのですが、これからは雨も貴重な水になります。
 3月以来日曜日に休むことがなかったので、今日は一日寝ていようかと思いましたが、蒸し暑くて寝ていられませんでした。

 ウラジオストクには梅雨はありませんが、友人のアパートでは老朽化した水道が壊れて、水道の水が止まったまま一週間になるそうです。
 毎日どこかしらで停電か断水があるのは日常的のこと。
050619.jpg この冬は市内各地で水道の断水があり、日曜日ともなれば家族総出動で給水車の列に並んだそうです。
 蛇口をひねれば水が出る。ごく当たり前のことが実はとても”ありがたい”ことでした。
 日本が簡単に左の写真のようにならないのは、雨が豊富なことや、管理ができていること、森林や田んぼなど水を調節する役割など、小さな努力が重なって成り立っています。
 日本は人口当たりの降水量にすれば決して多くはありません。「空気と水はただ」といいつつも、みんなが努力して水を管理しています。

 我が家は利根川の水源地なので、冬に積もった雪解け水がまだ川に流れ出ています。
 来週あたりから関東平野の二毛作地帯は田植えの季節になりますので、ダムの水を放流して農業用水に使ってもらいます。
 夏の台風出の増水に備えて水量を管理する季節になります。
050619b.jpg かつてダム建設が推進されていたころは梅雨時にダムを完全に空にして、台風が来てもたまった水をすぐに放流して、常にダムを空にしていました。
 まるで、東京方面を水不足にして、ダムの必要性をアピールするようにさえ思えました。水量を人工的に管理する試みは尊いことですが、管理する側が馬鹿では話になりません。

 ダム建設の廃止が決まったとたん、放流を必要最低限に抑えて水不足がなくなりましたし、ダム管理の事務所も若手に代わりました。
 なるほど、管理しようと思えばできないことはないのだな?と感心していますが、管理能力がないぶら下がりがこの国をおかしくした縮図がダム管理にもみえました。050619a.jpg 水源地ということもあり、極力水を汚さないように、化学洗剤や塩素系漂白剤などを極力使わないようにしようと皆で申し合わせて生活しています。
 こうした水源地の努力をどのくらい評価されているのか社会的にはわかりませんが、ホタルが頻繁に見られるようになったり、見かける川魚の種類が増えたりと、効果は実感しています。

 隣町がホタル祭りをやっているので見に行ってきました。今年は気温が低かったためかホタルの数は少なく、まだこれからです。
 昼間は川で鮎釣りをしている人たちを見かけました。鮎釣り名人に聞いたら。まだ水が冷たいようで、やはり鮎もまだ小さいようです。
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ハードな一日

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050618b.jpg 伯母の葬儀も終わり、ようやく落ち着けそうです。

 昨夜はお通夜で東京に行き、江古田の斎場に泊まりました。母方の親戚はそれぞれ独自の生き方をしている個性の強烈な人間が多いものですから、それはそれはにぎやかでした。
 夕食は斎場の外に出て居酒屋で夕食でした。私は江古田駅前の180円のラーメンに興味があったのですが、ついに食べられませんでした。

 湿度のせいなのか、冷房の聞いた部屋で寝たためでしょうか、ひざの古傷が痛くなり朝早く目が覚めてしまいました。
 せっかくだから朝の街を散歩してみよう、少し運動して血行が良くなれば痛みもとれるだろうと、カメラを持って痛い足を引きずりながら街を歩いてみました。
050618a.jpg 新聞配達が仕事をしているような時間帯でしたが、犬を連れて散歩している人や、ジョギングをしている老夫婦などを見かけました。

 ゴルフバックを担いで環七通り方面に歩いていく人を3人ほど見ました。迎えの車が来て乗り合わせてゴルフに行く人たちだろうか?と眺めていましたが、天気はいつ雨になるかわからないような様子でした。幸い東京方面は降らずに持ちこたえました。

 東京というところはなんでもありの土地なんだなと感心してしまったのは葬儀のときで、お寺が和太鼓を持ち込んで太鼓叩きながらお経を読んでいる光景に驚き、さらに別の会場では拍子木打ち鳴らしてお経を読む宗派がいたようで、それぞれ別の会場で営まれている葬儀の和太鼓と拍子木の音が妙にマッチして興味深かったです。
 050618c.jpg 葬儀の後、伯母の住んでいたアパートに行きました。部屋は3Fで、窓からはペンタックスの本社が良く見えました。

 夕方に親戚を池袋の駅まで送っていくと、交差点や横断歩道などいたるところに警官が出ていました。なにか事件でもあったのだろうか?偉い人でも来るのだろうか?と話しながら駅に到着しました。
 混雑や渋滞とは無縁の土地に住み慣れてしまうと、いつまで待っても先に進めない信号の連続は精神的に苦痛になってしまいます。

 心身ともに疲れた一日でした。
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アジサイ

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 現在北京にいる西郷ドンは日本の梅雨のことを”雨季”と呼んで意います。
 ”雨季”と表現されると亜熱帯地域のように思えてしまい、感覚が少々おかしくなってしまいます。

 ハルビン女性たちが驚くのは日本の梅雨の蒸し暑さです。夏の気温は数字の上ではハルビンのほうが高いのでしょうが、大気が壁のように重く包み込む日本の梅雨は体験してみないとわからないようです。
 ハルビンは乾燥しているので汗をかいてもすぐに乾いてベットリ感がありませんが、黒いシャツなどからだの塩分が白く浮き出て、汗を大量にかいたことがわかります。
 大気の良くないはルビンでは汗をかくと空気中の砂や汚染物質でひりひり肌が痛くなることもあります。

 人種が違うのだなと感じるのはロシア人。私たちほど汗をかかないように感じます。体臭がきついのは汗で流さないからかもしれないなどと思ってしまいます。

 日本人の肌がきれいなのは夏の蒸し暑さで大量に汗をかいて、肌が乾燥していないからだと我が家では定説になっていますが、私のような肥満体にとってはこれからが厳しい季節です。
050617.jpg 昨日お江戸で庭先に咲いているアジサイを見つけました。寒冷地とされる我が家の周辺ではまだこれから咲く花ですが、東京ではすでに花盛り後半といったところです。
 梅雨の花アジサイは学名「ハイドランジャ・オタキサ」。
 私たちが見かけるアジサイの多くはオランダから来たハイドラ種という種類ですが、もともとは日本にあった山アジサイを極東貿易をしていたオランダが持ち帰り、向こうで品種改良して日本に逆輸入されたものです。
 「ハイドランジャ・オタキサ」の名付け親はドイツ生まれの医者シーボルトで、東インド会社の医師として来日し楠本タキという日本女性と結婚しています。このときシーボルト28歳、おタキさん16歳でした。「オタキサ」はつまり「おタキさん」です。

 シーボルトは日本の地図を持ち出そうとして国外追放になりますが、妻のタキと娘のイネを連れて行きたいという願いはかなえられず、妻子を日本に残して帰ります。娘のイネは後に日本初の女性医師となります。

 日本に置き去りにしてきた妻や娘への思いが「オタキサ」にこめられているのでしょう。アジサイは日本で「おたくさ」などと呼ばれますがこれもその学名から由来しています。シーボルトは「おタキさん」とうまく発音できなかったようです。

 会いたくても会えない妻を思って名をつけたアジサイの学名のことなどを思いながら眺めてみると、本当にいい花だなと感慨深いものがあります。最近では学名が「ハイドランジャ」だけになってしまい「オタキサ」が使われなくなる傾向にあるそうですが、この失われつつある名前の背後に含まれた”心”に価値があると思います。

 土壌のペーハーによって花の色が変化するアジサイの花言葉は”心変わり”などですが、元来日本にあった山アジサイはオランダで品種改良されたハイドラ種ほど土壌変化で色を変えるようなことはしません。おタキさんは一途なのです!

 ロシア産ハイドラ系の嫁は先ほどまで機嫌がよかったと思えば、すぐに不機嫌になり、怒っていたかと思えば突然甘えだし、その変化の原因が何なのか未だ科学的な解明はされていません。
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江古田

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050616a.jpg 昨日癌で亡くなった伯母の葬儀のことで東京に行ってきました。
 伯母の希望で遺体は病理解剖に回り、リンパ腫や肝臓、腎臓を病理研究用に提供し、夕方、江古田の葬祭場に遺体を運びました。
 遺言では葬儀なし、遺体は研究用に献体でしたが、さすがにそれも残された者たちが忍びなく最低限の葬儀をすることにしました。
 伯母の夫婦別姓主義につき合わされ、三十数年間入籍しなかった夫は先週自分の母親がなくなったばかりで、母親の葬儀の翌日自分の妻が亡くなる悲惨な状態でしたが、長いこと看病し続けて腹が決まっていたこともあって、諦めがついていたのか穏やかでした。050616e.jpg 母の兄弟たちも”このまま黙って死ぬような性格ではない!”とまだ何か仕掛けているのではなかろうかと疑心暗鬼でしたが、本籍をとんでもないところに移転しており役所で死亡届を出すときにひと波乱ありました。
 まだ、二の手、三の手を仕掛けているような気がします。

 私の性格が伯母に似ているのでかわいがられていたということで、母の兄弟衆に「お前ならどんな罠をしかける?」と聞かれ困りました。私なら自分が死んだ後の親族の困惑を予想して手紙に残しておくことでしょうから、明日神戸から各駅停車乗り継いでくる母のいとこたちが持ってくる「預かり物」がそれに違いありません。
050616b.jpg 江古田の駅前通りを久しぶりに歩いてみました。武蔵野音大や日大芸術学部があるので防音設備のあるアパートが多い街だったので、気兼ねなく楽器の練習ができそうなので、学生時代に住みたいと思ったことがありました。
 
 自動車に乗ろうなんて思わなければ、迷路のような狭い路地も猥雑さも生活観があって面白そうでした。

 何年ぶりだろう?喫茶店に行ってみました。あんなこと、こんなこといろいろ思い出せてなつかしかったです。
 最近ウラジオストクではカフェブームと耳にしていますが、喫茶店でコーヒー飲んで意味もなく語り合うことも決して無駄な時間ではないのだと思えました。
050616c.jpg 斎場の近くに銭湯を発見しました。高い煙突が見えたので駅前に火葬場もあるのか?と見に行ったら銭湯でした。400円です。「ずいぶん高くなったなぁ」と驚きましたが、さらに400円出すとサウナもあります。

 ウラジオストクやハルビンから東京の写真を見たいという要望が以前からあったので、この庶民臭を伝えたいといろいろ撮影しました。
050616d.jpg 180円のラーメン屋を発見しました。さすが、学生街です。
 
 カード電話で携帯からウラジオストクの事務所に電話をしてみました。ちょうど、今日ビザが出た女性会員が来ていて、航空券の予約も終わったと聞きました。 
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ナナカマド

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050615.jpg 玄関先のナナカマドの花が咲いていました。冬には赤い実をつけますが花は白い花です。七回かまどにくべても燃えないことからナナカマドというと聞いていますが、焚き火にナナカマドの枯れ枝をくべたらよく燃えました。

 ナナカマドはロシア語でリャビヌーシカといい、ロシアの歌の中にも良く出てきます。
 日本では「ウラルのグミの木」として知られる「グミの木」も、ロシアの原作ではナナカマドで、原題は”ウラルのナナカマド”です。ナナカマドよりグミのほうが日本語の歌詞に語数が良かったのでしょう。
 ナナカマドは女性をイメージしていて、日本語訳の歌詞に中に♪巻き毛のグミよ 白い花よ♪と歌われているのは写真のナナカマドの花で巻き毛のように見えるでしょ。グミの花は白いけれど下に垂れ下がる花で、ナナカマドのように華やかな花ではありません。
 ささやかな花がたくさん集まった綿毛のような花で愛らしい花ですが、ナナカマドは寒さにめっぽう強い木です。暖かいところには向かず、我が家のあたりが暖かさの限界のようです。

 秋に赤く紅葉し初冬に赤い身をつけたらまた紹介します。

 知り合いの奥さんの幼馴染に軍人さんの女性がいます。奥さんは日本人と結婚させて日本に住まわせたいようです。昨年チェチェン紛争に出兵して最近戻ってきました。
 戦地に出兵すると手当てが出るようで、その手当てで自動車を買ったそうです。戦地から帰ってきたかと思えば、今度はサンクトペテルブルグに行き、トヨタの工場建設の現場で働くのだとか。それも軍隊の夏休みを利用したアルバイトだとか。ロシアの夏休みは勤務状態によっては1ヶ月どころか2ヶ月3ヶ月とれますから、それにしても、すごい女性です。

 先週東京に何度も往復することになってしまった入院中の伯母ですがいよいよ息を引き取りました。
 腹内のリンパ腫が急激に成長してしまい、先週予定していた開腹手術ができない状態でしたが、状況から判断すると悪性腫瘍です。
 死後は病理解剖して患部を摘出して研究の材料にという遺言の元遺体はそのまま冷凍保存され、明日病理解剖の後お葬式の準備になるようです。
 意を決すると女性のほうが潔いようで、枠に縛られていないと安心できない男の弱さを見せ付けられるおもいです。
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連休明け

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 ウラジオストクとの電話で、今日サンクトペテルブルグでトヨタの工場の起工式があり、「モーリさんが来ます。」と聞きました。
 さすが天下のトヨタだな宇宙飛行士の毛利滋さんを呼ぶんだと、驚いたり、宇宙関係に強いロシアですからきっと何か他の技術交流でもあるのだろうか?と、期待していました。
 夜のニュースを見たら、起工式に参加したのは毛利さんではなく森元首相でした。050614.jpg 日本よりも日本車が多いウラジオストクですが、maid in Japanであることが重要でサンクトペテルブルグ製では信頼が・・・と彼らは言います。

 現在日本に来ている友人がいますが、名古屋界隈に出没している模様で、中古車を探しているのかもしれません。

 昨日まで三連休だったロシアなので、日本領事館も三連休でした。今日ビザ申請に行った女性会員は領事館が混んでいてずいぶん待たされたようです。
 今週中にビザが出る予定の女性会員もいますが、はたしてこの混雑で今週中にできるのだろうか?とウラジオストクのスタッフは心配していました。
 「何で領事館は日本の祝日に休んで、ロシアの祝日にも休みになるのか?」日本のロシア領事館も同様です。両国の良い部分を取り入れた結果、祝日に休むのでしょう。
 それにしても、6月は祝日のない日本で、うらやましい限りです。
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蜂の巣

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050613a.jpg テレビのアンテナを支えている番線に蜂の巣を発見しました。
 こんな場所に巣を作ったら雨風にさらされるようなもので、天気がよければ直射日光にさらされ、太陽の熱は番線を伝わってくることでしょう。立地条件としては最悪の場所と思いますが、ハチにもセンスの悪いのがいるんですね。

 いつもなら竹ざおで落としてしまうところですが、今後の成り行きも気になるのでしばらくそのままにしておいて観察しようと思います。
050613b.jpg 昔、「ハチは一度刺したら死ぬ」と愛人の不正を暴露して「ハチの一刺し」と騒がれた榎本なんたらさんという女性がいました。一度刺したら死ぬどころか、その後ますますご活発になり「ひょうきん族」にまで出ていました。
 一度刺して死ぬのはミツバチなどの小さなハチで、人の命を奪うこともあるスズメバチなど刺したときに針がスムーズに抜けるので何回刺しても死にません。たちの悪いヤツは生き残ります。

 二子山親方の協会葬を見で離婚した奥さんの憲子さんを見ていたら「ハチの一刺しおばさん」を思い出してしまいました。

 それにしても不仲といわれる若高兄弟、年齢などまだ30代前半です。私などよりはるかに年配に感じてしまいますが、「年寄り」と呼ばれても、この若さの青年に年配者と同様の分別を期待するのは酷なような気がします。
 私などこの年代のころなんかひどいもので、およそ社会人としてのわきまえも備えていなかったと振り返ってしまいます。

 国際カップルの場合二桁の年齢差は当たり前ですが、若い外国人相手に日本の常識を期待するのも酷なことで、相手と同年代の日本人と見比べると良くわかることだと思います。
 身近にいるとついつい自分と同じように思えてしまうものですが、「何でこんなこともできないんだ!」と腹立っても、「まあまあ、こんなものでしょう」と腹の虫を収めることも大人の余裕。

 外でぼんやり気分転換していると蜂の巣だって見つかります。
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各駅停車

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050612a.jpg 母方の親戚が神戸からくるので駅まで迎えいにいってきました。このところ、駅というと新幹線ばかりでしたので、在来線の駅は久しぶりです。

 この人たちも変わり者なので、神戸から各駅停車に乗り継いで東京に来て、昨日は入院している伯母を見舞い東京に泊まって、今日改めて各駅停車でこちらまでやってきました。

 定年後で時間があるとはいえこの時間感覚はロシア人並みです。
050612c.jpg 新幹線ができてから在来線はめっきり本数が減ってしまい、かろうじて無人駅にはなっていないものの日曜ということもあって、乗客の姿を見かけませんでした。
 昔は駅の前には旅館の旗を持った番頭さんが並んでいたものですが、今は通学・通勤客がいなければ静かなものです。

 下り電車は二つ先の水上駅で終点なので、乗客が少ないのはしかたありませんが、おばあさんが一人ホームに歩いていきました。
 この駅のそばのアパートで武田鉄矢 の「刑事物語・やまびこの歌」の撮影が行われ、まだ無名だった鈴木保奈美と賀来千香子が姉妹役でそのアパートに住んでいるという想定でした。
 折を見て、ロケ現場を紹介したいと思っています。
050612d.jpg 列車がホームに入り込んできて人が乗っている気配でもなかったので不安でしたが、降りてきてほっとしました。

 昔は母の実家に行くときには東海道本線を特急”ツバメ”に乗って一日たっぷりかかってかえったものですが、今は新幹線で日帰りも不可能ではありません。

 慣れの問題なのかウラジオストクのほうが神戸にいくよりよほど近いと感じています。
 ウラジオストクからモスクワまで片道1週間の列車の旅なら苦にならないでしょうが、神戸まで各駅停車で行く気にはなれません。この国のオーラそのものが時間を惜しんで急がせるのかもしれませんが、日本では時間が早く進んでしまうような気がしてなりません。

 ロシアは12日が”ロシアの日”で祝日。1990年の6月12日にロシア連邦が主権宣言をした日です。モスクワ郊外のチェチェン自治区近くでで列車事故があり、チェチェンゲリラの仕業か?と疑われているようですが、純粋な事故のようで、死者は出ていないようですがけが人が多数出た模様です。
 明日のロシアは振り替え休みです。
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橋梁

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050611.jpg 我が家から少し離れた国道にこの3月に新しい橋が完成し、古い橋の撤去作業をしていました。
 「どうやって運び込んだのだろう?」と驚くほど大きなクレーン車がきて作業をしていました。何でも、解体して持ってきてこちらで組み立てたのだそうです。
 予定では新しい橋が完成直後にこのクレーンが来る予定だったそうですが、新潟の地震から向こうで使っていたので搬入が遅れたのだそうです。

 今日たまたまこの橋を通りかかったら、いつの間にか巨大クレーンがなくなっていました。昨日解体してもっていったそうで、楽しみにしていたのに見られませんでした。

 撤去された橋は毎年ツバメが巣を作る橋で、4月27日の日記でも紹介しました。
050611b.jpg 関東地方も入梅したようで、蒸し暑くなります。蒸し暑い中ご苦労さんなこってすと蒸し暑く見えるのはやっかみでしかありません。

 夜になって大学の後輩から、「明日からドイツに出張」と電話がありました。「魔性」のコラムで紹介した女難の相に祟られている男で、そういう波に入っているのかこのところ縁談話や結婚を感じさせる話が舞い込んできていろようです。それもみんな一癖ふた癖ある相手ばかりだそうですが。

「ドイツに行って舞姫に取り付かれないように気をつけるんだよ。」とアドバイスしました。100年も遡れば森鴎外がドイツで無礼なことをやらかしています。

 ドイツ人ときたら日本人が几帳面なんてものではありませんから、彼の仕事のスケジュールなども5分単位で刻まれているそうで、それも事前に何回も確認の電話やメールが来たそうです。
 メールも受けたら30分以内に返事を出さないとうるさく言ってくるような人たちです。

 ポーランドを挟んで西と東ではなんでここまで違うのかと不思議なくらいロシア人は行き当たりばったりで計画性がありません。
 ドイツで働いているロシア人も多いのですが、日本以上に何事にも理詰めで厳格なあの国に、ロシア人が何でなじめるのだろう?と不思議に思えますが、生活習慣などが近いからでしょうか?あるいは日本人ほど細かに個人のことまで詮索したり押し付けたりしないからなのだろうか?

 今年はNHKのドイツ語会話にテニスの伊達公子さんが出ているので、毎週見ながら勉強しているのですが、ロシア語同様文法はややこしい言葉です。
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変身

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 先々週日露カップルの友人が訪ねてきてくれたとき、ウラジオストクの友人宅に電話をしました。
 そのとき、日本語通訳をしている女性の友人の話題になりました。彼が言うには「今、みんながウラジオストクに来て彼女に会っても誰も気がつかないと思う。もう、昔の面影はないです。ぜんぜん違う人になりました。」

 どういう風に変わったのかというと、昔の面影が見当たらないほど太っちゃったそうです。
 「彼女は食欲旺盛だったからね。とうとう太っちゃったのかぁ。」と感慨深く言うと、「ロシアでも珍しい太り方です。」といっていました。彼はロシア人よりも「日本人のほうが中年以降に太る」と思っています。

 今日、ウラジオストクの事務所に電話していたら、その太った通訳が事務所に来ていました。声だけは、声だけは昔のままでした。「当人は少し太ったかもしれない」と言っていました。テレビ電話でなくて良かったですね。
 事務所のスタッフに「本当に少しだけ太ったの?Aは別人のようになったと言ってたよ。」と質問すると「当人の前で言えませんよ。」というのですから、太ったようです。
050610.jpg 自然のまま変身する(太って)人がいると思えば、人工的に変身する人はもっとたくさんいます。

 日本では「化粧をして楽しむ」事が否定的に受け止められがちですが、社会心理学や臨床心理学的に見ると化粧や服装で外見を変えることは精神的なケアをする重要な方法だそうです。
 遠くない将来「化粧」が介護福祉の項目にも入るかもしれません。
 そういう意味合いもあって化粧や服装のことなどとやかく言わないようにしていますが、出掛けになっていつまでも化粧しているんじゃない!何きたって同じなんだからあるものを着ていけ!と煮えくり返る腹のうちを押さえて「よく似合っているよ」といわねばなりません。

 私は化粧に興味ありませんし、服装も無頓着なおじさんですが、12年前、人形劇で「泣いた赤鬼」の赤鬼の役をやりました。黒子の衣装を着ての人形劇ですが、赤鬼役の私は直接顔に赤いどうらんを塗って演じました。
 幼稚園や保育園を掛け持ちで回ったので移動の際も衣装変えなしです。他のメンバーは黒子の頭巾を脱げばよいのですが、私は赤鬼の顔のまま自動車を運転して会場を移動しました。
 信号待ちのときに並んだ車や、すれ違う車の表情が快感で、一瞬目が合うと皆「ヤバイ目があった!」と違う方向に顔を背けました。あの快感。危ない世界に引き込まれそうでした。
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病院

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50609.jpg 伯母危篤の報を受け日大病院まで行ってきました。東京と千葉に住む母の兄と姉も駆けつけました。万一に備えて礼服までもって行きましたが、とりあえず今回は必要ありませんでした。
 日曜に見舞いに行ったときにはまだ自力で食事を食べいましたが、もう水分でさえやっと飲んでいるような状態になっていました。

 当人も意識が戻ったりなくなったりですが、担当の医師からムンテラがあり、もう手の施しようもなくあとは危篤時の延命処置をするかしないかの状態だと説明されました。当人も自分の状態を知っているし、延命処置を望んでいないというのでそれでよいかという確認のようなものでした。
 まるで死刑宣告の陪審員のような思いでした。ふとブラート・オクジャワの「三人姉妹」の詩を思い出しました。

 伯母の夫は温厚で淡々とした人で存在感の薄い人ですが、つききりで世話をしていました。
 子供がいないので二人とも趣味に生きているような夫婦で、「夫婦別姓」論者の伯母に付き合っていまだに籍もいれていません。今日、そのことを聞いたら「僕たちがすごしてきた歴史の重みに比べたら、そんなことどうでもいいことなんですよ。」と付き添っていました。
 「彼女が死んだ後のことももう話し合って決めているんですよ。」と淡々としていましたが、これもまたすごい度胸だと思います。
50609c.jpg 見舞いの合間に病院の周囲を散策してきました。
 解体作業をしているドーム型の奇妙な建物を見かけました。

 何の建物だろうと近くの八百屋さんに聞いたら、水道水のタンクだそうで、このあたりは都内でも標高が高いところなのでこのタンクの水圧を利用して各地に水を送っていたそうです。

 老朽化したので取り壊しているのだそうですが、同じ形のタンクは中野の哲学堂などにもあるのだそうで、戦前からのタンクです。

 昔のデザインには良い意味での無駄(遊び)がありましたが、今の「無駄」は建物そのものが無駄な公費という感があります。
50609b.jpg 人がすれ違うのがやっとという狭い路地を発見しました。その奥に民家がありますが、周囲を歩いてみてもこの路地から建材を運びこんで建てたとしか考えられません。
 建築基準法42条で新築の家は4メートルの道路に面していなくてはならないのが今の基準ですから、建て替えは難しいでしょう。

 「都市計画」なんて概念ができる前に生まれた町並みなのでしょうが、狭い路地や密集する家も、たまに田舎から出てくると「都会情緒」を感じました。

 山には「里山」というのがあり、人々が営みの中で木を切り木を植えて作り上げたものです。全体を見通す計画があったわけではなく、自分の土地をはぐくんだ結果生まれたのが里山です。
 こうした町並みも営みの中で生まれてきた街で、意図的な計画で作られたものではないでしょう。
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ワールドカップ

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 サッカーワールドカップアジア予選、北朝鮮に2-0で勝って日本のワールドカップ出場を決定しました。
 勝利が濃厚になったのでビールとベビースターラーメンを用意して乾杯の準備をしていたら大黒選手の2点目が入りました。

 ちょうどタイミングよく電話が鳴ったので、サッカーファンの会員さんからかな?と「おめでとうございます!」と電話に出たら、船橋に住む伯母からの電話でした。
 日曜に私が見舞いに行った東京の伯母の病状が急変し、危篤状態になったようで、おめでたくなくなってしまいました。お江戸に飛んで行くことになりました。
 伯母の夫は親戚など合わせたい人がいたら呼んでくれといわれたそうです。日曜に私が行ったときは「亭主が日曜にごろごろしているな」と言われ釣りに行かされたようですが、状況は大きく変わりました。

 高速道路でお江戸も遠くなくなりましたが、礼服を持っていくべきか、持たずに行くべきか微妙なところです。

5608.jpg 今日の話題として用意していたんですけど、30年ほど昔に大人気だった”赤い疑惑”がリメイクされて6月15日から放送されるようです。
 不治の病といわれた白血病もいまや問題になるような病気ではない!と書く予定でしたが、伯母が今それで危篤ですから話の腰が折れてしまいました。

 ふと思うのですが、山口百恵世代を境に男と女の役割といったものがずいぶん変化してしまったように感じます。山口百恵以後は男が男でいられない、女が女でいてはいけない奇妙な時代になってしまったと思います。

 今こうしたドラマが注目されるのも、韓国ドラマのノスタルジーばかりではなく、もはやひとつの潮流が限界に達して次の時代のステップを模索しているのかな?と思います。
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カモミール

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50607b.jpg 日本の国の花は山桜、中国はボタン、ロシアはカモミールです。このか弱い花のどこがロシアとリンクするのか良くわかりませんが、ロシアの民間療法には風邪気味のときにカモミールを茹でてその湯気を吸ってのどの痛みを和らげたり、カモミールティーで風邪を予防する方法があるなど、生活に深くかかわっています。

 カモミールには多年草のローマンカモミールと一年草のジャーマンカモミールがありますが、ロシアでは”ローマシカ”と呼んでいるのでローマンカモミールを言うようです。

 日本ではカミツレ草と呼ばれ、カミツレ・エッセンシャル・オイルなど化粧品やシャンプーなどに使っている製品もあります。
 私は蚊に刺されたときにカモミールの葉や、昨日紹介したレモンバームの葉を揉んで患部にすりこんで使っています。
50607a.jpg 我が家の前を通りがかった観光客がコデマリを写真に収めていました。この時期にまだ咲いているのが珍しいといっていましたが、このあたりではコデマリは入梅のころまで咲いている花です。田植えの目安にもなります。
 バラ科の生命力の強い植物なので日陰に植えておいたのですが、ひょろひょろした育ち方をしています。

 下界のほうではコデマリが八十八夜のころに咲くので、コデマリの花を見ると新茶が出てくる季節だなと感じるとその観光客が言っていました。八十八夜は5月連休のころですね。

 花言葉はあまりなじみがありませんが、日本では花や植物の姿と人々の生活が密接に関わっていることを思いました。「○の花が咲くころは」、「△の実がなるころは」こうして季節を織り込んでいます。
 ロシアの春と秋は日本ほど明確で長くはありませんが、花で季節を感じさせる手法を彼らも持っています。
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フェンネル

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 モデムの故障だったネット環境もようやく元に戻りました。ADSLが不具合の間久々にダイヤルアップで接続していましたが、ピポパポ…ジーーーの呼び出し音も”コンピューター!”という感じでよかったです。
50606a.jpg 夕食にロシア風のクリームシチュー仕立ての魚料理を作ったので、付け合せのフェンネルの葉っぱを取りに行ってきました。
 魚料理の臭みを取ってあっさりさせるハーブで、ロシアでは細かく刻んでボルシチの薬味としても使われています。

 どこで採ってきたかというと昨日草刈掃除に行った川の土手で、いまや雑草となってたくましく茂っています。フェンネルは別名ウイキョウと言って、このあたりでは昔、薬草として栽培していましたが、種が飛んで自生しています。
 ウイキョウは植え替えを好まないし、種もよく発芽しないのですが、勝手に生えると強力な雑草になります。
50606b.jpg 雑草化するハーブは5月24日に畦に群生するペパーミントを紹介しましたが、その仲間のレモンバーム(メリッサという別名もあります)も強力な生命力を持っています。
 写真は山の蕗の間に勝手に生えているものです。雑草かどころか山菜化しています。

 レモンバームはその名の通りレモンの香りがするハーブで、私はお茶に入れて飲んだり、束にして自宅の風呂に入れて風味を楽しんでいます。
 葉っぱをすりつぶして部屋の芳香にしてみたりといろいろ使っていますが、すぐに増えるので使い減りしません。
50606c.jpg セージの花です。使うこともなかったので植えた覚えはないのですが、いつの間にか我が家の周囲に自生していました。ハーブとしては使っていませんが花を楽しんでします。
 ここにスペアミントがはびこってきて、今年あたりスペアミントとセージの縄張り争いが始まりそうです。

 ハーブもそのような視線で見ない限り単なる雑草でしかありません。価値観なんておかしなものです。
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見舞い

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 早朝から地区の河川敷の草刈に行きました。川べりに生えている草つきのコケにホタルの卵を発見しました。
 まだホタルの季節には早いのですが、もう産卵している早熟なホタルがいるそうです。草を刈ってしまうとホタルの卵に直射日光が当たってしまうので、刈らないことにしました。
 そうなると全ての草むらにホタルの卵がありそうで、「草刈なんかしないほうがいいのでは?」「そうだ!自然はありのままが良い!」「後は来月の当番に任せよう!」と話が変わってきます。おかげで朝8時過ぎには作業完了になってしまいました。ホタルのおかげです。

 作業が速く終わったので、伯母の見舞いに行くために10時過ぎに東京に向けて出発しました。病院の面会時間は1時過ぎからですが、午後になると道路が混むだろうから早めに出かけました。
 日曜の都内は道路がすいているので、思ったよりも早く日大病院についてしまいました。平日に来れば満杯の駐車場も簡単に駐車できました。都会に来るなら休日が一番です。

 伯母は17年前に亡くなった私の母の一歳上の姉ですが、母が生きていたらこんな姿になっていたのだろうか?と思ったほど老けた姿で病室にいました。
 変わり者ですので、病気のことなどまったく苦にしていませんし、毎日生きていることがもうけものと淡々としていました。
 昔自分が勤めていた病院に入院しているので、後輩のナースの世話になることが歯がゆいそうですが、「病になっても病気になるな」はこの伯母の口癖で、「これからは病と共存する」と言っていました。
565.jpg 病院に行った帰りは練馬のインターチェンジが混雑しそうだったので、川越街道をそのまま進み所沢インターチェンジから高速道路に乗りました。
 日曜の夕方ですので、対向車線は行楽地から帰ってくる自動車で長蛇の列。

 所沢インターチェンジなど料金所の外も渋滞なら、高速道路の本線も大渋滞。
 こちら車線は走行する自動車も少なく快適そのものでした。人様の逆を行く変わり者のメリットかも。
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ノータイ

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 ホリエモンの騒ぎはいつだったっけかな?とずいぶん昔のことのように思い出してしまったのは、今話題の省エネルックのニュースを見たときでした。
 ネクタイしてこないから無礼だ!とつい最近まで騒いでいたのに、ネクタイもスーツもやめてカジュアルに省エネルギーと政府がやっているのですから、のどもと過ぎれば何とやら。
 スーツを着用しなければエアコンの温度が2度違うのだそうで、蒸し暑い日本の夏にはスーツもネクタイも不要ということがようやく着目されるようになったのかな?と感心しています。
 私はただでさえ首が太く暑苦しいので、ネクタイはどうにも苦手で夏場など汗だくになってしまいます。

 夕方、船橋に住む伯母から電話があり、東京に住む伯母が癌で入院していると知らせがありました。話の内容では末期癌だそうですが、当人もそのことを知っており、先日見舞いに行ったら気にした様子もなく、開き直って好き勝手に振舞っていたと言っていました。もともとナースですから自分の末路がどうなるかはわかっているのでしょうが、こういうことを隠さない時代になったんだなと感じました。
564a.jpg 見舞いのことで弟のところに相談に行ったら、いつもは寝ている姪が起きていてしばらくあやして遊びました。
 牛の場合ですとオスとメスとでは生まれてきたときから骨格などの太さが違いますが、人間も同じみたいで、ずいぶん華奢に感じました。

 昼間、雷で停電になりまして、ちょうどパソコンを使っている最中でした。書き込んでいた文章が消えてしまったのはまた書き直せばよいのですが、昨夜ようやく使えるようになったADSLのルーターがまたおかしくなってしまいました。
 月曜にNTTの修理が来るそうですが、それまで「かろうじて」ながら使っていこうと思います。

 東北方面の会員さんからメールが来て、以前私が紹介したカード式電話を使ってみたそうですが、快適だそうです。地方に住むものにとってカード式電話の難点は国内の通信ポイント(主に東京や大阪)までの通信料金のほうが高かったことで、IP電話の普及で国内の電話料金が安くなり苦にならなくなりました。
 交際電話代金が浮くことは国際カップルにとって家計への影響も大きいです。

 追記
 中国の天安門事件から16年目の今日、マスコミは何かしら起こるのではなかろうかと期待していたようですが、何事もなく一日が過ぎそうでした。
 夜になって、オーストラリアの中国大使館員がオーストラリア政府に亡命申請をしたニュースが飛び込んできました。
 こういう形での亡命申請などソビエト崩壊以後ずいぶんご無沙汰でした。しばらく騒がれそうですね。
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高速回線

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 ハルビンの事務所では光ファイバーでインターネットにつないでいるので安定した高速回線ですが、しばしばプロバイダーの様子がおかしくなるそうです。インターネットに政府の規制が入るのでその影響のようです。
 ウラジオストクでは56のモデムでダイヤルアップ。ADSLも出回ってきているようですが、通信量に制限があるのでまだ様子を見てから導入を検討しています。

 我が家の頭上と道下には光ファイバーが走っていますが、いつBフレッツが実現するのかめども立っていません。
 HPをUPするのに少しでも高速回線をと47MのADSLに切り替えたのですが、モデムが故障でインターネットにアクセスできない状態になってしまいました。のみならず、電話まで通じないありさまで高速回線どころではありませんでした。
 結局古いモデムを引っ張り出してきて何とか接続できるようにしました。目新しいものには落とし穴があるものです。
563b.jpg 古いものを手直しして使う。ロシアの日常生活の知恵です。

 最近は戦前の建物の壁などを塗り替えてリニューアルするビルも多く、ウラジオストクの事務所もそうしたビルのひとつです。
 第二次大戦後、世界に先駆けてソビエトが普及させたプレハブ工法の中・高層ビルは、基本的な作りが良くないのでリニューアルするのも難しいそうで、近代的も手間隙かけたものにはかなわないようです。
 「新しいものはいくらでも作れるが、古いものは作ることができない」ロシアは決して歴史の古い国ではありません。

 古い建物を壊して超高層ビルを乱立しながらも入居者がいなくてゴーストタウンになっているハルビン、幽霊が出そうなビルを改装して明るく作り変えるウラジオストク、アジア的な感覚とヨーロッパ的な感覚の違いのようにも思えます。
563a.jpg 「使い捨て」という概念が出現したのは昭和40年代だと思いますが、21世紀になって使い捨てをしているところが使い捨てられ、消費社会といっていると消費されるような時代になったと思います。
 そういう意味では時代はロシアに当たっていると思うのですが、残念なことにロシア人がそれに気がついておらず、どこかの国のグローバルスタンダードを後追いしているような愚かしさを感じるときがあります。
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放浪者

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 帰国する女性会員を見送りに空港に行った会員さんからメールが来ました。同じように女性を見送りに来たもう一人の会員さんとも空港で顔を会わせ、帰りの新幹線でいろいろ話しながら帰って来たそうです。やはり話題はロシア女性。
 こうした交流が広がってくれることもうれしいものです。

 午前中は肝臓の検査に行ってきました。健康検査の数値が気がかりだったので再検査です。ややフォアグラになりかけているようです。

 家に戻る道すがら、自転車を押して新潟方面に向かっているひげぼうぼうの謎の人物を目撃しました。毎年今頃になると現れるさすらいの放浪者の一人です。
562a.jpg 夕方、我が家の近くのバス停にさすらいの放浪者の自転車を発見しました。意外にも新しい自転車です。
 さすらい人の姿は見かけませんでしたが、このバス停はトイレもありますし、小屋になっているので寝泊りもできます。おそらく今夜はここに泊まっているのでしょう。

 夕方で子供たちはいませんでしたが、小学生の通学路なので、明日の朝はバス停近くの信号に立ってそれとなく様子を見ようと思います。

 高校2年のとき、夏休みに90ccのバイクで四国に行き88ヶ所のうち52ヶ所を回りました。全て野宿だったので変に見られているだろうなと後ろめたさを常に感じていたものでした。

 できるだけ偏見を持たずに見ようと思ってはいますが、何しろ身なりが身なりでどう見ての旅人ではないので、著名な画家かな?と期待もしていますが、何事もなく早く立ち去ってくれることを願っています。
category日記

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 明日は二人の女性会員がウラジオストクに帰国しますが、一人は家族が空港に出迎え、もう一人はウラジオストクのスタッフが出迎えと帰国後の条件が違います。
 ウラジオストクのスタッフはこの春8人乗りのマツダMPVを買ったので大勢乗せられるのがご自慢です。

 ロシアのワゴン車といえばUAZ(ワズ)があります。11人乗れます。
 50年間変わっていないシーラカンスのような自動車ですが、ほしいとは思いませんが一度は乗ってみたい自動車です。
 会員さんが日本でもUAZを輸入している会社がある事を発見しました。
 http://www.uaz.jp/ 
 走るガチャピンのような顔つきが注目を引くこと請け合いです。
561a.jpg 村の芝居小屋で今日から1ヶ月近く旅の芝居一座が講演をします。毎日出し物が違います。
 観光協会の青年部が主催での後援です。

 文学座や芸術座のような高貴な劇場で見る演劇も良いのですが、旅芝居のわかりやすさもこれまた楽しいものです。
 役者が登場した時点でどれが悪玉でどれが善玉なのか一目でわかりますし、ストーリーもマンネリどころか始まったとたんにわかるようなお決まりの展開ですが、これもまた面白いものです。

 私が子供のころは普段共有の農機具置き場にしているような小屋が各地にあって、こうしたところで旅芝居や巡回映画などが来たものです。
561b.jpg 幼少のころから時折変な夢を見ました。ちょんまげが解けて真っ白な顔をした落ち武者に追いかけられる夢で、理由はわかりませんが、3−4歳のころから見ていました。
 旅芝居などすでに昔の話で何でこの夢を見るのかわからないまま育ってきましたが、たまたま最近になって地元の温泉で旅芝居を呼ぶようになり、それが根付いて芝居小屋までご立派なものができるようになって、ようやくトラウマの元がわかりました。

 幼いころ祖父母と旅芝居を見に行って、演劇が終わると役者一堂が玄関に並んで挨拶していましたが、その中に切られて倒された敵役が、ちょんまげの解けた姿で並んでいました。役者の真っ白な顔など間近で見たら化け物のように見えたのでしょう。
 役者さんを目の当たりにしたときに「これだ!」と長年の疑問がきるとともにその夢も見なくなりました。

 旅芝居の女優と絵描きの恋物語がモチーフになって生まれたのが”百万本のバラ!です。
 青年部の若い衆に「バラ百万本は無理だけど、ジャガイモの花なら今咲いているから集められるぞ!」と、背中を押したのですが、「きれいに見えるのは女形の役者ですよ!」といわれました。
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