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祇園祭の晩

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 地元の祇園祭が始まりました。今日はなえばスキー場で開催されているフジロックフェスティバルの最終日なので、東京方面に向かう道路が大混雑することは予想されました。
 祇園祭の山車と神輿は一部区間国道17号を片側通行止めにして通過させるため、大渋滞を起こすのではなかろうかと懸念していました。
 警察官4名が手伝いに来てくれたので、何事もなく無事一日目が終わりました。天気は土砂降りで、雨合羽を着ると暑くてまた濡れるの合羽河童なしでびしょぬれになって道路に立っていました。
 牛乳一本ときゅうりの漬物3切れで、きわめて責任の思い役割を冷静沈着にこなさねばならないのが、毎年の私の役目。


 私の先輩の説によると、4−5歳になった娘がお祭りの化粧をした時に、ぞくっと背筋に電気が走り、「この娘は絶対嫁なんかに出さないぞ!」と愛おしくてたまらなくなったそうです。それから20年、さっさと男の元に走っていきましたが。
 ビデオやカメラを持って娘の姿を必死に追いかけているのは大体父親で、その姿が妙に切ないものです。

 そんなことまったく考えないで「どうやって結婚しようか」とそればかりに集中しているからこそ、世渡りのうまいやつらはさっさと結婚できるのでしょう。
 ある程度無責任になれることも、若いうちは重要なんだなと思う今日この頃です。
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 父親が神輿狂いしているもので、娘たちまで神輿狂いしてしまったすぐ近所の先輩。
 「男ができたら神輿担がせてどこまで根性が座っているか見届けてやるんだ!」と申しています。こういうタイプはロシアにもいます。
 夫婦関係、親子関係など道路の外から眺めていました。
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 いろいろ規制が多かった昔なら”祭り”なんてものは垣根が外れる日で、ロマンスの一つ二つ生まれたものでしょうが、今のご時勢、毎日が祭りのようなものです。
 自分の仕事を終えて事務所に行ったら、ご婦人方が噂話をしていました。休みでこちらに帰ってきたどこん家かの娘さんがいい男を見るとすぐに声をかけていたとかで、数人の男性に声をかけている光景を見ていたそうです。
 私に声をかけるのは「いつまで待たせるんだバカヤロー!」と交通規制でいらだつドライバーくらいのもので、それらしき女性など見かけませんでした。
 「いい男だけって言ったでしょう!」と強調されてしまいました。
 ふんどししてケツ出して、これがいい男の条件なのか?と笑いがこみ上げてきました。

 とあるロシア人にはきわめて評判の悪いふんどし姿です。
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祭りの準備

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 日記のサーバーがダウンして接続できませんでしたが、ようやく回復しました。
 31日からの祇園祭の準備に追われました。何年かに一度役が回ってくるのでこれも「想定の範囲内」です。
 今年は戦後世代が地区の大方の役を占めていますが、世代交代したんだなと歓ぶ反面、ご婦人方のクーデター勃発です。
 私の場合お祭りの最中は外の国道に立って交通整理で中の方は良くわからないのですが、神輿に随行して休憩所でお神酒を配る例年の仕事をご婦人方が拒否、区長以下地区三役の奥様方が打ち上げの料理を作る例年の慣わしも拒否!と、植民地からの独立宣言をしたものですから、常任理事国(年配者)はご機嫌斜め。
 封建制打破大いに結構と私など喜んでいましたが、ご婦人方の反乱の口実に、私や○さん(奥さんフィリピーナ)なんかが区長になったらその奥さんが作った料理なんか食べられるの?と国際カップルをだしにお偉方に民主化を迫ったもようで、「ものすごく説得力のある言い分」と感心しつつ、「バカヤロー女房の至らぬ部分は亭主が補っているんだ!てめえらのボンクラ亭主と一緒にするな!」。でも怖い奥様ばかりなのでいえません。


 毎年神主さんが来て祝詞をあげる祠なので、神道のものだということはわかっていましたが、八坂神社の祠だとはじめて知りました。ただ、酒飲んで酔っ払っているだけのお祭りだと思っていたら、やっぱり神事でした。
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 山車は大正末期に作ったものですが、昨年骨格はそのまま外装など張り替えました。改造を担当した大工さんは同級生なのですが、先人との知恵比べをしたようだったと語っていました。木の使い方や習性の見抜き方などの巧みなことに頭が下がると言っていました。
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 バザー会場。樽酒など観光客に無料で配布します。
 あの壮大な博多どんたくもご婦人方の影の支えがあって成り立つそうですが、どっかのご婦人方のように威張るのだろうか?

 一部の獰猛なご婦人方が手巻き寿司パーティーで前祝をすると言うので、何かいい口実を作って逃げ出したいと願っていたところ、神奈川の会員さんがこちらにゴルフに来るというので、これ幸いに「お客様と会わなければならない」と逃げ出すことができました。

 夜、沼田のファミレスで会員さんと長いことウラジオストクの話や、ロシア女性の話などをしました。今ウラジオストクに行っている会員さんとも面識がある方なので、いい時間を過ごせればうれしいですねなどと期待していました。
 アンコ型というよりもミシュランタイヤのキャラクターのような太った女性は近くのテーブルにいて、「ロシアにはあれほど太った人はいない。」「ロシア人が日本人は太ると言うのもうなづける」など日露カップルならでわの話題です。

 ファミレスに入ったときには雨が降り始めていましたが、それがやむどころか雷を豪雨になり、とても外に出られるような状態ではなくなり10時ごろまでファミレスに居座っていました。
 家に戻ってみると近くで落雷があったようで、ADSLは安全装置が作動してつながらなくなっていましたし、落雷の影響で一部の地域では水道のポンプが止まって断水していると防災無線が放送していました。
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 こちらではオンビラと呼ぶ神事の飾り物。稲妻を象ったものです。稲妻が発生すると稲が実るのだそうで、豊穣への願いを託したものです。
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名産

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 ウラジオストクに行った会員さんたちが日本への土産を買う場合、何があるのだろうか?と市内を見回しても名産品といえばマトリョーシカなどの木工物産かウォッカ程度しか見当たらないようで困るようです。
 自分で加工したり細工した木工製品などを路上で売っている職人などもおり、探すと結構面白いものがあるのですが、「ロシアの特産」であっても「ウラジオストクの特産」と呼べるものがなかなかないのも実情です。

 親しい共に手作りの品物を贈ってくれるのもロシア流で、「これはいくらぐらい?」と貨幣に換算して価値を定めるような無粋なことだけはしてもらいたくないです。

 ロシアの男と来たら感性が違うのでとんでもない手作りを土産にくれることもあります。軽機関銃の弾丸(もちろん火薬は入っていません)を鎖でつないでネックレスにしたものをもらったことがありましたが、出国の時の荷物検査で没収されました。書類まで書かされて。
 
 名産品なんていっているうちは幸せなほうで、所帯持ちは実家がつけたピクルスや手作りジャムなどを土産に持たされるようになります。これがカバンの中で割れた日にはすごい匂いですぜ。
 050729a.jpg 群馬県ではお祭りなど人が集まる場所に必ず出てくる焼き饅頭。こちらでは味噌饅頭と呼んでいますが、串にさした饅頭を焼いて、甘く味付けした味噌をぬった名産品です。この味噌をコッペパンの中に入れた味噌パンなるものも存在します。甘党ロシア人には評判が良い名産品です。

 草刈で汗をかいて暑いお茶を飲んでいたら、なんだか焼き饅頭を食べたくなったので、たくみの里の焼き饅頭やさんに買いにってきました。

 苗場スキー場でフジロックフェスティバルが始まったので、奇抜な服装をした若者が峠方面にたくさん移動しています。コンビニに行ったら出演者なのか観覧車なのかわからない派手な服装をした連中であふれていました。

 最初の頃はニール・ヤングなどの大御所も来ていましたが、最近は国内のバンド盛りだくさんで、出演者の一覧を見ても「おじさんにはさっぱりわかりません」状態です。

050729.jpg 台風の時は寒いくらいでしたが、台風が去れば土用の暑さが蝕みます。

 暑さボケするよりも夏休みボケしているロシア人のほうが健康かもしれません。
 暑さで集中力が途切れがちなので、お気をつけください。
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大遠征

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 夜、会員さんから電話があり、ウラジオストクの交際中の相手に絵葉書を送ったときに、以前コラムで紹介した「君知りて」”Зачем тебя я, милый мой, узнала ”の詞を書き写して送ったところ、予想を上回る熱烈なラブレターが帰ってきたそうです。
 あの胸を引き裂くような恋の詞を送られれば向こうも感動するでしょうが、絵葉書に書いたと言うことは国際郵便の検閲の人たちや郵便配達の人も見てしまったことでしょうから、次回ウラジオストクに行ったら思わぬ恋人が出てくるかもしれませんね。と、楽しい話題になりました。
 次回はチュッチェフの詩「あなたに会ったことがある」”Я встретил Вас”で行きましょう。ロマンチックにとろけさせて、真夏のアイスクリームにしてしまいましょう!が私のアドバイス。
050728c.jpg 今日、新潟からウラジオストクに向かう会員さんがいたので、予定の確認や天候について電話をしたら、この何日か天気が良くないそうです。

 水不足の心配がなくなって結構なことではないかと言うと、水があろうがなかろうが水道システムが老朽化しているので、どこかしらで断水はあるようです。

 サンクトペテルブルグに夏休みの家族旅行に行った男性職員は今日帰ってくる予定でしたが、明日、朝に到着する飛行機で戻ってきて、そのまま仕事に出るようです。

 050728b.jpg 友人の奥さん一家も家族でサンクトペテルブルグに出かけているようですが、行きは飛行機でサンクトペテルブルグへ、それから列車で観光しながらウクライナのハリコフへ、帰りはハリコフからウラジオストクに列車で1週間。
 およそ夏休みの家族旅行というにはスケールが違いすぎる旅行で、こういうのは大遠征と言うのですが、これがロシア人感覚?
 シベリア鉄道の東の出発点ウラジオストクからモスクワまで9288km。ハリコフはさらに距離が長いのですが、ウラジオストクから直行便が出ています。

050728.jpg 地元の祇園祭の提灯飾り。区民全員でおこなう準備と、10組ある組ごとに分担して行う飾り付けがあります。

 夕方から私の組の飾り付けをしました。今年は組の訳なので、作業終了後の振る舞い酒など、飾り付け以外もいろいろ準備もしなければなりませんでした。

 18件ある大きい組ですが、20代一人、30代一人、40代一人あとは50代以上という組なので、こうした作業も年々大変になってきます。
050728a.jpg 猫の手も借りたいと言うことで、近所の猫が手を貸しに来てくれました。
 注連縄を張ればそれに噛み付いてじゃれまくり、飾り付けにもじゃれついて、はしごに登ればあとにくっついてくると、「仕事しなくてもいいから邪魔しないでくれ!」とお願いしたくなるほど、猫の手は大いに活躍してくれました。

 作業終了後の清めの一杯の時もしっかり参加して、珍味のアジをかじっていました。
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停電

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050727.jpg 昨日の台風の雨は思ったよりも少なく、川の増水もたいしたことはありませんでした。

 ウラジオストクの事務所は午後から予告なしの停電。
 「ウラジオストクの電気を中国に売っているのでしょう。」市民から電気量取るよりは外貨を稼げ!でしょうか?
 一昨日も停電があったのですが事務所のあるフロアだけで、他の階は通常に電気がついていたそうで、毎度の停電なのでそれに気がつかないまま半日「またいつのも停電か」とのんびり復旧を待っていたようです。ブレーカーが落ちていたそうです。

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 写真は停電になって交差点の信号が作動しなくなってしまい、警察官が交通整理に出ている光景です。

 主だった交差点には警察官が立って手信号で交通整理をしています。最近の日本では警察官の手信号で道路を渡ることがあまりなくなりましたが、動作は日本も同じようなものなのでわかると思います。

050727c.jpg 電気がなければ信号機だって作動しません。

 最近は日本も発光ダイオードを使った信号機が出始めてきましたが、ウラジオストクは早くから発効ダイオードの信号機が出ていました。

 発光ダイオードなら少ない電気ですみますし、逆光でも電球よりは見えやすい、それぞれが発光体なので電球が切れて全部が使えなくなることはない。何しろ日本発祥の技術です。

 日本は天下り業者の仕事確保のために信号機の発光ダイオード化が遅れてしまいました。

050727b.jpg  停電になるとパソコンも使えないので、メール交換中の会員さんに弊害が出てしまいます。電力が復旧したら送ってもらうことにして、メッセージの概略を電話で読み上げてもらって、それをメモしてこちらでメールに打ちかえる作業になってしまいました。

 停電になってエレベーターに閉じ込められるなんてことはありうることなので、少しぐらいの階段なら歩いてしまうのも生活の知恵。
 エレベーターが止まって閉じ込められたときはどうするのかと言うと、動くまで待つのだそうです。いつ動くかわからないけれど、そのうち動き出します。長くても半日です。
 先日の東京方面の地震では、安全装置が働きエレベーターが止まって大騒ぎになっていたようですが、ウラジオストクなら「日常」です。
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台風

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 大型台風7号が関東地方直撃というので、朝5時に危険箇所の見回りに行ってきました。
 まだ雨も本格的なふり方ではないので、川の水も増水しているもようはありませんでした。翌日どうなっていることやら?

 こちらは風も吹かず雨も思ったほどではありませんでしたが、夕方東京方面の知り合いから電話があり、バケツをぶち巻いたような雨で道路は混雑して自動車がぜんぜん前に進まないと言っていました。

 北京から障害者の交流団体の代表が来日して東京にいるそうですが、来日していきなり震度5の地震に見舞われ、今日は大雨と強い風。
 こんな恐ろしいところに住んではならないとビビリまくっているそうです。

 先週、取引先のイタリアのお嬢様の東京見物のお供をさせられた大学の後輩。日本人だって知らない日本の名店巡りをさせられたようで、「よく調べてきている」とびっくりしていました。
 仕事はいい加減で、ロシア人があきれるのもわかるような連中だったそうですが、余暇の過ごし方は実に良く下調べをして日本に乗り込んできているそうで、妥協を許さぬ余暇の過ごし方に感心するやらあきれるやら、「いい経験になりました。」そうです。

 今までが理論整然としたゲルマン人ばかり相手にしてきたために、フィーリング第一の民族に接する機会が少なく「何を考えているのかわからない」と戸惑ったようですが、「何が楽しいかを感じている」人たちです。卑屈に考える人たちはローマ帝国の時代に淘汰され、楽天的な人たちばかりが生き延びてきたんだと考えればあきらめもつきます。

 イタリア台風令嬢は公私共に日本で活躍されご帰国なさったそうですが、また秋ごろ来ると言われて、あの気まぐれにつき合わされるのかと冷や冷やしているようです。

 そういえば、ロシア人の行き当たりばったり、思いついたら吉日的無計画な行動に気持ちが滅入ってしまう日本人は多いものですが、ロシア人の目から見れば「プランを組んでそれをなぞるだけの行動のどこが面白いの?」。
 何が起こるかわからないから「楽しい」と、何事もなくて「良かった」の発想の違いでしょうか?
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 山岳会の理事長で恐妻組合会長でアル中の詩人のお父さんのお葬式に行ってきました。肩書きはすごいけれど高校の二年先輩で、年中顔を出しているのでお父さんとも古くからの顔見知りでした。アル中の詩人のお父さんなのでアル中の父と呼ばれていた人です。
 トイレで倒れてそのままだったそうです。急な話にびっくりしました。
 金曜日に家の前を通った時、庭で犬の世話をしている姿を見たのが最後でした。くしくも今日が誕生日だったそうです。

 それこそ「菊次郎とさき」の現実版のようなおやじさんで、いつ顔を出しても酔っ払ってとぼけたこをやっていて、お母さんが職人のおかみさんの手本のような家庭でした。

 大学を出て報道関係の仕事をしている息子に、家業の畳屋を継がせるために左官屋をたきつけ「おやじさんはガンの末期であと1年はもつまい。」と言わせて、せがれはあわててこちらに戻ってきて家業を継ぐ羽目に。

 娘の結婚式ではあまりの寂しさに号泣して「だめだったらいつでも帰って来い!」。
 アル中の詩人の結婚式でもご両家代表の挨拶で息子の嫁と自分の妻の名前を間違えて「○○子さん。馬鹿な息子ですがよろしくお願いします。」

050725.jpg サルのことを「エテ公」と呼ぶ人だったので、アル中の詩人が子供の頃、動物園にってサルを見たとき「母ちゃん、このサルエテ公に似てるね。」と大きな声で言われておふくろさんは顔から火が出るほど恥ずかしかったなんて話を、以前聞いたことがありました。

 緊張する関では必ず何かをやらかす人だったので、告別式も何か起きないかなと皆さん期待していたようですが、当人が鬼籍に入ってしまうと厳粛なだけでした。

 喪主アル中の詩人の奥さんはおそらく私の知る限り最も強い奥さんで、アル中の妻と呼ばれています。
 「たまには外で飲んで気晴らししてきなさい」と野に放たれた夫は、山岳会の事務所で酔っ払っては憂さ晴らししています。まだ父親を超える芸を持っていないのでただの酔っ払いです。
 それでも、酔いつぶれてグテングテンになっても奥さんが迎えに来るとシャキっとするのですからたいしたものです。

 今だからいえますがアル中の詩人が結婚するとき、私がおやじさんからスパイとして送り込まれ、嫁さんがしばらくは夫の両親と別に暮らしたいと願っていることがわかりました。アル中の詩人はそれを切り出せず悶々としていたのですが、
 「これからこの家は俺と母ちゃんが二人でしっとりと暮らすんだ。お前らなんか邪魔だからこの家には住ません。3畳一間のアパート暮らしから初めて、一緒に苦労しててめえの力で家を建てろ!それが所帯ってもんだ!」と息子夫婦を突っぱねた粋なおやじさんでした。
 「野暮」がまかり通って「粋」が軽んじられる今のご時勢です。
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バス

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 池袋発ウラジオストク行きの高速バス?なんてことはありません。かつて西武鉄道で使われていたバスがウラジオストクで再び活躍している姿です。

 ウラジオストクでは自動車は右側通行ですので、右ハンドルのバスでは出口が左側のために道路の真ん中よりで下車する形になります。

 乗り降りする時の危険はあくまでも乗客の責任。

 日本で散々使い古したバスでも、日本製なら長持ちするし故障も少ない。maid in Japan の信頼は大きいです。
050724a.jpg こちらは韓国製のデーウ自動車のバスです。
 もちろん韓国で使い古されたバスです。

 10年ほど前なら韓国製乗用車も良く見かけたのですが、耐久性がないということで、今ではほとんど見かけなくなってしまいました。

 韓国は左ハンドルなので、路線バスなどには向いています。大型のバスやトラックなら構造も複雑ではありませんし、修理点数も少ないので、市内を走る路面電車として韓国製バスは良く見かけます。

 このところの原油高でロシアは経済成長していますが、景気がよいのはモスクワやシベリアの油田だけ。ウラジオストクではガソリンの値段だけが値上がりしているだけです。
 今まで自家用車で通勤していたり出かけていたところをバスなどの公共輸送に切り替える人も多いようです。
050724b.jpg 最近、ウラジオストク政府の方針で露天が次々と姿を消しています。かつては路面電車やバス停の近くにはキオスクのボックスがあり、タバコや雑貨を売っていたり、花を売る店がありましたが、今ではこうした商店もだんだんと姿を消し大型スーパーマーケットが各地にできています。

 「日本のようになって面白くない」。ウラジオストクに行きつけている人たちはそういいます。

 デパートにほとんどものがなかった時代から、個人輸入での個人販売。仕入れ販売技術を持った大型店舗の出現。日本が何十年もかけて歩んだ道を10年少々で再現しています。
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揺れた

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 夕方、関東一帯で大きな地震がありました。こちらでも大きな揺れを感じましたが、昨年の新潟の地震から比べれば小さなものでした。

 やっぱりなぁ〜と眺めてしまったのが奥菜恵の離婚報道。IT実業家と結婚したものの1年半でこの有様です。
 打算の行き着く先なんてこんなもんなんでしょうが、薄っぺらな人たちに思えてしまいました。

 050723.jpg ガソリンスタンドに行ったら、懸賞の当選者発表の名簿が張られていました。
 今、サンクトペテルブルグに里帰りしている奥さんの名前がありました。
 しかも、しっかり名前を間違えています。イリナが正解なのですが、名前を聞いて書き込んだスタンドのお姉さんの耳にはエレナに聞こえたそうです。
 耳で聞いてカタカナにならない発音も多いので、その人の聞き覚えのある名前になってしまうんでしょうね。
 イリナがエレナになることも良くあれば、イリエナになっていたなんてこともあるようです。

 愛を意味するリュボフィの呼び名は「リューバ」ですが、これを日本式に発音すると、ロシア人の耳には「魚」を意味する「ルイーバ」に聞こえるようです。

 モンゴルでホームステイをしたときのことですが、日本にはない発音だらけで自己紹介で名前を言われても聞き取れないと言うのか、認識できませんでした。ナラントンガラクだとか、ムンフツェツェグだとか、文字でははこのような名前になりますが、耳で聞くとどうにも聞き取れず困惑しました。
050723a.jpg 昨日ウラジオストクから帰ってきた友人から送られてきた写真に、向こうの友人が写っていました。
 しばらく見ないうちに髪の毛がすっかり薄くなっていてびっくりしました。日本からの土産には「ワカメの味噌汁」と髪の延命を心がけているようですが、効果ないみたいです。
 ウラジオストクのオフィスとの噂話でも「最近急激に髪が薄くなった」と言われていましたが、たしかにここにきて急激に薄くなっています。
 彼のお父さんを見れば将来がわかるのですが、髪が豊富だった在りし日の姿を思い出して偲んでいます。
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戦後処理

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 近所に住むおじいさんのお葬式に行ってきました。戦前、開拓団で満州に行っていた人です。満州の話などをいろいろ伺ったことがある温厚なおじいさんでした。

 戦後満州から引き上げてきた人ですが、引き上げの最中に奥さんと子供を亡くし(現地の中国農民に襲撃されたそうです)、ソ連兵の機関銃に当たってしまったがために抑留されずにすんだそうです。
 家族が亡くなって独りぼっちになったときに、同じように夫をソ連兵に殺されて幼い子供を抱えて逃げ延びてきた女性と会い、帰国してこの土地に住み着き、その女性と結婚して息子を育ててきた人です。

 20年前に引き上げの苦労を共にした奥さんをなくし、4年前にその奥さんの息子さんをガンでなくし、残った息子の嫁と孫たちのために黙々と働き続けてきました。
 こうしたエピソードは地元でもあまり知られていませんし、葬儀もそんな話しは出ずに終わりました。まだ20代の孫が喪主をしていましたが痛々しかったです。

050722.jpg 夜電話がかかってきて、蚊の鳴くような声で♪今日も暮れ行く異国の丘でぇ〜♪。
 花壇の領有権をめぐってウラジオストクの実家に里帰りしている奥さんと国際電話にE−メールで遠距離夫婦げんかしている友人からです。

 花壇の国境稜線問題の講和のために行っていたウラジオストクから帰ってきました。
 家庭内日ソ不可侵条約はたびたび一方的に破棄するくせに、こちらが里帰り中に花壇の植木を移植すると奇襲攻撃、パールハーバーと激怒ですから、歴史の勉強になります。日露戦争の奇襲攻撃は世界的に評価されましたし、時代が変わり真珠湾攻撃の時は宣戦布告していたのにアメリカの日本領事館がパーティーを優先してそれを米国政府に届けなかったのが原因です。歴史的な大失態をした外務省職員たちは、戦後それぞれ大出世しています。

 北方領土問題が60年たっても進展しないように、花壇の領有権問題もまったく進展がなく、このまま次世代にまで引き継がれるのだろうか?心配になります。
 ウラジオストクの奥さんの実家に抑留中に”恐妻主義”の再教育を受け、思想転向してインターナショナル歌いながら帰ってくるのではないかと懸念していましたが、かろうじて日本人の面目は保たれています。

 奥さんの実家の家庭菜園で強制労働をしてきたようですが、異国の丘を歌いながらダーモイ(帰還)の日を乗り越えてきたようです。

 領土問題に関しては、奥さんのむちゃくちゃな要求に対して、向こうのお父さんが助け舟を出してくれると期待していたようですが、ロシアの男は寡黙です。激高する娘を尻目にいつの間にか逃げ出して見ざる言わざる聞かざるを決め込んだようです。男の結束なんてそんなもんさ。
 ベラルーシ系友人が停戦合意に向けて仲立ちしたようですが、所詮はロシアの男です。

 ロシアで”大帝”の称号を持つのはピョートル大帝と大帝エカテリーナ二世しかいませんが、21世紀に各家庭に出現した大帝は強者です。大帝・ツァーリッツィナ”と呼ぶぶんにはまだ良いのですが、「現代によみがえったスターリン」と言ったら怒られたそうです。
 領土問題はもとより、キャットフードを食べたい猫達からの陳情も却下され、チェチェンの悲しみを見る思いです。

 帝国としては国体(家庭)の護持が最優先ですから、ポツダム宣言より過酷な停戦合意を突きつけられて帰ってきました。

 戦後の処理をめぐって戦中に密談があった吉田茂の軽井沢会議以来になるだろう、停戦後の合意条件についての密談をしました。

 腹を決めて、「あなたとはやっていけないから離婚したるさかい、友達でやさしく美人の女性を紹介してください。」と離婚届突きつけて奥さんに頼んだらどうだろう?同じ名前の人と再婚すればご近所だってわかりゃしないさ…そんなことしたら抑留されている邦人(子供達)が帰還できなくなる。
 いっそ日米安保条約(夫の実家との関係)解除して東側につく…経済的に破綻する。
 花壇にベルリンの壁を作る…肥料がなくなって亡命する作物が相次ぐ。

 専業主婦で一日中家にいるので、ストレスもたまり、その刃先が夫に向かうのは国際カップルに限ったことではないと思います。人間は社会的動物ですので、他の人との交流も大切なことです。
 子供を預けてパートでも何でも外に出て自分の交流世界を持てば、ストレスも解消されるし、他人の中でもまれればもう一歩踏み込んで勉強になるだろうと言う話になったのですが、家庭にどっしりと根を張ってしまっているそうです。
 
 戦争で難しいのはイラクを見てわかるとおり戦後の復興ですが、その縮図は夫婦喧嘩の中にもあります。
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菊次郎

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 ついに中国が元の切り上げに踏み切りました。2%台と小規模ですが、段階的に切り上げていくようになるでしょう。
 へそくりの中国人民元の価値が上がります。
 テレビ朝日系で北野武の”菊次郎とさき”が放送されました。

 2年前にコラム「ロシア的父」で紹介したサンクトペテルブルグ方面出身のロシア男性が、自分の子供の頃を思い出して「涙なくして見られない」と絶賛したドラマのテレビ朝日版です。

 私の幼少の時代にも殺伐として、かつ、妙に情に満ちた光景というのはどこにでも垣間見られました。
 都会化すること、新しい時代に向かうことは、人間的な「情」の不確かさを切り捨てることも要求されるようです。

 「感情」と「感情」で人が向かい合えなくなって、それが「エボリューション」だと思っているとしっぺ返しを食らうような旗がします。

 一昨日の日記で紹介した遠距離夫婦喧嘩を繰り広げている日露カップルの菊次郎。奮闘の様子など報告ないのでわかりませんが、お互いの感情がかみ合わなければ夫婦喧嘩もできません。
 愚かしいことほど夫婦にとっては尊いものです。

 もっとも厳しい宣告は「興味ない」です。

 ツルゲーネフは「父と子」の中で「ニヒリズム」を世に広めましたが、妙に「無感動」「無関心」なニヒリストがロシアにもいます。
 向こうの友人が言うには「自分の無能を隠すために彼らはニヒリストを気取る」のだそうです。
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日本再発見

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 関東地方も梅雨明けしたようで、これからは蒸し暑さも少しは和らぐでしょう。

 北京にいる西郷ドンは北朝鮮脱北者が逮捕される瞬間を目の当たりにしたそうです。食堂で昼食を食べていたら公安が踏み込んできて、従業員と店の奥や上の階から10人前後が連行されていったそうです。
 前々から漢民族ではないと判っていたものの安くておいしいのでよく食事にいっていたそうですが、このドサクサで食事中の中国人は全員店の外に出され、結果的に、合法的食い逃げをしたようです。

 不法入国や不法就労は中国の大きな問題だと西郷ドンは言っておりますが、中国に入ってくる北朝鮮人のことだろうか?他の国に出て行く中国人自らのことなのだろうか?

 私もテキサスで不法入国のメキシコ人が連行される光景を見たことがあります。
 宗教弾圧で英国を逃げ出したピューリタンがメイフラワー号で新大陸に乗り込んできてUSAの歴史は始まるのですが、この人たちこそ不法入国の元祖ではなかろうか?
 仏陀は申しております。「因果応報」
050720.jpg 地元の祇園祭のお囃子の練習が毎晩行われています。少子高齢か著しい土地なので、年々子供たちがいなくなり、近隣の地区からも借りてきています。

 今年は中学生の神輿がなくなりました。地元の中学生の男子は3年生が一人だけになってしまったので、潔く中止しようと言うことになりました。

 私は国道で交通整理しているだけなので、中の様子がどうなっているのか実感がありませんが、みんな腹のそこでは「維持するのが難しいからもうやめよう」と思いつつも、誰が猫の首に鈴をつけるか互いの顔をのぞいているとったところでしょうか?
 「日本の祭り」と外国人に評判が良いので複雑な思いがします。
050720a.jpg 私が幼少の頃は笛や和楽器など「格好悪い」と感じたものでしたが、最近はこうした和楽器への偏見もなくなりましたし、ようやく誇りを回復して普通の国になってきたのかなと思えるようになりました。

 海の向こうでピアノが上手に弾けようが、ギターが上手に弾けようが、和楽器も注目度と比べれば雲泥の差です。
 「国際化」は「グローバル」と同時に、相反する「日本」を問われることで、その使い分けができる人ほど尊敬されるものです。

 国際結婚のおかげで脂汗かきながら日本再発見をさせていただいています。
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異国の丘

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050719.jpg ウラジオストクに里帰り中の奥さんと、電話とメールで夫婦喧嘩を始め、”遠距離夫婦喧嘩”と言う新しいジャンルを開拓した友人が、今日、関空から敵地本土決戦に乗り込んで行きました。

 自宅の庭の花壇の領土問題という、いまだ解決せぬ日露の宿命的な争点の解決に向かって勃発した夫婦喧嘩だけに、厳しい折衝が待ち構えております。北方領土四島一括返還を一歩も譲らぬ日本のゆるぎなき姿勢を、花壇領有権問題を通して広く露国の民人に流布せしめんことを願ってやみません。

 北にばかり気を取られて警戒を怠っていると隣の家の植木の根っこが、境界線を越えて地下資源を掠め取る尖閣列島問題も懸念されますし、一国(家庭)を維持することは大変なことです。

 夕方、ウラジオストクの空港から電話があり醍醐味を味わっているようです。
 「空港に誰も迎えに来ていない!」。奥さんの実家には自動車がないので、友人に空港まで迎えを頼んだのですが、地球環境の変化で日本海に日付変更線ができたようで、のんきなロシア人は明日来るものだと思っていたようです。

 「空港も業務を終了して空港職員が次々帰っていきます。あ!入国手続きの係員が今帰っていった。タクシーもみんないなくなった。」と広い駐車場に土産の果物を手に持って立ちすくんでいるようです。
 空港の周囲には見渡す限り何もありません。ただ草原が広がっているだけで、時折、牛がいるだけです。

 「今から歩けば日没までに日本人墓地に行けるから、そこで沈み行く夕日を眺め♪今日も暮れ行く異国の丘で〜♪と、”異国の丘”誕生の地で歌えるぞ!今夜はそこで英霊たちと眠りなさい!」

050719a.jpg ウラジオストク日本人墓地で異国に眠る英霊の御霊に”不戦の決意”と”恐妻党独裁政権壊滅、家庭内民主化の実現”を誓い、”異国の丘”を歌ってから太平洋艦隊との決戦に挑むことでしょう。
 当人も”困難な交渉が待ち構えているでおます。日露国境策定交渉のため、サンクトに向かった、幕末の遣欧使節団、竹内下野守や遣露使節団、小出大和守の心境でおます。”と不退転の決意の程を語っております。
 旭日旗がはためくか、アムールスキー湾にむくろが漂うか?
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寝台車

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 とてつもなく暑い一日でした。館林市では37度もあったそうです。
 
 案内の仕事で川の水源地に行ってきました。おかげさまで暑さよりも涼しさに恵まれましたが、ヒルに吸い付かれて血まみれになって帰ってきました。
 木の上からポタポタとヤマヒルが降ってくるのには辟易としました。
 ヒルの唾液は血液を凝固させない成分を持っているので、ヒルが離れた後はいつまでも血が止まらないのでこまります。何でも、この血液を凝固させない成分が血栓などの治療に使われるそうですが、かゆみはないのだろうか?
 HPでシベリア鉄道の話題を出したので、日記では中国の長距離鉄道の話題にします。

 中国東北のハルビンから上海への列車です。ハルビンから上海まで30時間の旅です。
 ロシアの列車と比べると近代的ですが、決して早い列車ではありません。
 中国は敵が外から鉄道で乗り込んでこないようにと、列車の線路の幅を狭くしているのですが、そのわずかなトレッドの違いが乗り心地に大きく影響しています。
 中国の軌道からロシアの幅広い軌道に変わると急に揺れが少なくなったように感じるものです。
050718a.jpg ハルビン駅も新しく改装されて、伊藤博文が暗殺された場所とは少し離れた場所がメインになっています。

 上等の客車に乗る客とそうでない客車に乗る客とは待合室まで違います。乗客は待合室からすぐホームに出られますが、そうでない客は大回りして歩かされます。

 瀋陽の日本領事館にビザを取りに行く女性会員は夜7時ごろの列車に乗り、翌朝の早朝瀋陽に到着します。北朝鮮亡命者が駆け込んだら中国の考案が治外法権の領事館の敷地内に入ってきて逮捕した、あの門の前に並んでビザ申請の順番を待っています。
050718b.jpg 壁とドアで仕切られたコンパートメントになっている寝台車は軟臥と言い、一等客車です。写真のコンパートメント車両など快適な新型車両です。

 硬臥ですとカーテンもない三段ベッドで荷物を抱え込んで眠るなんてことも当たり前。

 おしゃべり大好きで黙っていられない中国人。誰でも捕まえては大声で話し込んでいるのでにぎやかでやかましいです。

 こうした旅の中での人との出会いも楽しいもので、外から眺める「観光」にはない実感を得られます。
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 3連休中日の今日、ウラジオストクに帰国する女性会員。帰りの飛行機のリコンファームをしていなかったので大丈夫かなと気にしていました。不通なら心配ないのですが、ウラジオストク−富山航路の客船が就航したり、就航しないでアルバイトに行ったりで船が当てにならないと空路に切り替える人も多いようで不安でした。
 もし搭乗できないようならウラジオストクの空港に迎えに来るスタッフに連絡しなければなりません。
 会員さんが空港から電話を下さり、無事チェックインできたと聞いてほっとしました。

 半月少々良い時間をすごせたようで、次回はこちらがウラジオストクにもう一度出かけるようです。

 友人と作っている介護・福祉用品の会社の倉庫のことで汗だくになって飛び回りました。極限の安さでできるだけ広い倉庫をと考えているので、なかなか良い物件がありません。
 最悪、空き地を借りて廃品となったコンテナーを並べて倉庫に事務所を作ろうかと考えていますが、台風が来て飛ばされはしないかそれも気になります。

050717.jpg  コーカソイドと呼ばれる人種の中で、ロシア人は肌がきれいなほうだと思いますが、それでも日本人のような肌の決め細やかさはありません。
 日本から戻った女性たちが、日本から帰ったら肌がきれいになっていたとよく言います。

 いろいろ要因は考えられることで、この季節なら蒸し暑く汗をかくことで皮膚の代謝が進むこと。もう一つは柔らかい水の影響かもしれません。
 
 私は汗かきなのですが、日本人と比べてロシア人は汗をかかないなとは感じます。
 
 ウラジオストクに行く時になることですが、自動車の排ガスのにおい。有鉛ガソリンがまだ使われているので、ソビエト製の自動車が通った後には昔なつかしい排気ガスのにおいが残ります。
 日本から入ってくる中古車は年式が古いと税金が高くなり、古い自動車は排ガス対策が未熟だと言っています。ところが、今でも現役バリバリで走るソビエト時代の自動車など、有鉛ガソリンを使っており、通り過ぎるとなつかしい独特のにおいが残ります。
 この排ガスも肌に良くないと思うのですが、その風下にあるのが日本ですから他人事ではありません。環境問題は世界的な視線で考えなければなりません。
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イタリア人

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050716c.jpg
 都合のいい男から都会のいい男への転進を目指して苦難の道のりをなんとなく歩いている後輩の男性。出張と言う名の島流しinドイツから帰ってきたかと思ったら、今度は接待と言う名のイタリアの大御所のわがまま娘の子守を仰せ付けられて、都合のいい男から抜け出せないでいます。
 
 仕事で来るのだから週明けに来日するのかと思えば、しっかり土日にプライベートタイムを満喫するためにいきなり来日して、休日も振り回されているようです。
 成田からいきなり鎌倉見物、それから銀座と滅茶苦茶なプランを立てて来日しているようです。日本のイタリア料理もボロクソだそうです。”そんなの浅草の仲見世に連れて行って、もつ煮を肴に電気ブラン飲ませて成田から強制送還だ!”と腹が立つこと。
 
 あのロシア人が”イタリア人の感覚はずれている!”と言うくらいだから相当ひどいか、逆にまともかどちらかなんでしょうが、前者のようですね。

 新約聖書の”ローマ人への手紙”も”ローマ人”だから重みがあるので、”イタリア人への手紙”だったら腹が立って読めなくなるとか。

 それにしても、どこで勉強してきたのか日本のことに妙に詳しいイタリア人だそうで、方角距離感は滅茶苦茶ながら行き先などもプランを作っているそうです。
 もしかしたら私たちも外国では「あいつらどこで観光情報仕入れているんだ?」と無軌道な観光計画立てて名所めぐりしているのかもしれません。
050716a.jpg 私の幼馴染の女性(一学年上の女ボス)は十数歳年下のイタリア人を夫にしています。夫にしていると言うよりペットに飼っているような有様にしか見えませんが、10年近く夫婦生活が続いているのですからわからないものです。里帰りすると、夫を見せびらかしに顔を出してくれます。
 アブノーマルなカップルだなと喉まで出掛かっているのですが、人様のことを言える立場ではないので。

 フィレンツェ出身の彫刻のような男性ですが、神社の神楽のおたふくのお面のような女性とのカップルも不思議と違和感がなくなりました。慣れたせいでしょうか?
 フィレンツェにも美的感覚がおかしい人材がいたのかと感慨深い思いはしますが、仲の良い夫婦です。
050716b.jpg ちなみに、写真はとりあえずイメージ程度と言うことで。

 「日本の男の人って、愛情に対して愛情で答えてくれないのよねぇ」とその女ボスは申していましたが、”お前が強すぎて相手のことを考えないで一方的に物事を進めるからだろう!”と思いつつも、逆らうと怖いので「そうですね。”心”と言うのか、原始的な部分での表現が苦手ですね。」と相槌をうっております。

 日本男女問わず国際カップルに多い意見なのですが、照れくさい部分が外国人だと開き直れて表現しやすい時もあります。
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世代

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 ウラジオストク事務所の社長は29歳の女性。この冬こそ2週間の休みを取って北京に行ってきたものの、夏休みもなく仕事の毎日。45歳の男性職員は3週間の夏休みを取って旅行中。
 「彼はソビエトの男性。私はロシアの女性。仕事に対する考え方が違います。」

 最近のロシアや中国で、がむしゃらに働くのは20代の若い世代。「新人類なんだな」と感じます。
 よき時代を体験した成功体験がないだけに取り組み方が違います。

 「あの人たちは昭和の人間。私たちは平成の人間。」と若い世代に言われるのだろうか?これもまた楽しい思いもします。

 先日、東京の友人が仕事帰りにビアガーデンで一杯やっていたら、平成生まれの青年が生ビールを飲んでいたそうです。「平成生まれが飲むようになったのか。」と感慨深く思ったそうですが、後で考えるとどう計算しても平成生まれが20歳になっていないことに気がついたそうです。
 昨日、たくみの里に県道のバイパスが開通しました。
 近くに工場があったり、学校もあるので、県道と村道が交差する交差点が危険だと言うので朝から交通指導員の出動でした。今まで直線だった村道が、この交差点では県道優先のために一時停止になりました。それになじむまでしばらく交代で交差点に立たなければなりません。

 朝7時にでたのですが、異様に蒸し暑い朝で、通勤の自動車が落ち着く9時ごろまで汗でびっしょりになりました。
050715b.jpg 早朝は雨が降っていたので、涼しくなるかと期待していたのですが、気温は思ったほどではなかったのですが、一日むんむんするような暑さで、家の中の湿度は80パーセント。エアコンの除湿をかけて過ごしました。
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浴衣

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 期待していたスペースシャトルの打ち上げは延期になってしまいました。
 ウラジオストクの友人はソビエトは宇宙ステーション・ミールを作り現実にそこに人を送り込んだが、USAが月に着陸したのは本当かどうか疑わしいと言っています。なぜなら、その後誰も月に行っていないからだそうです。

 1970年の大阪万博の時、月の石に長蛇の列ができ、1時間以上も並んで見られたのは1分少々でした。21世紀には月旅行ができると期待したものですが。

 リニアモーターカーもまだまだ先が見えてきませんし、メタルカラーから石と土の生活にだんだん戻ってきているような毎日です。
050714b.jpg 地元の祇園祭の準備が始まりました。子供たちは太鼓の練習にいそしんでいます。
 私は毎年道路で交通整理なのでお祭り本番の蚊帳の外ですが、準備と片付けだけは引っ張り出されます。

 浴衣を着て会議に顔を出す人もいました。蒸し暑い日本の夏には浴衣姿は理にかなっています。
 いろいろ賛否両論あるクールビスなんて中途半端な半そで姿よりも、浴衣のほうが涼しいしょう。日本人なら浴衣でしょう。
 通勤ラッシュの山手線から浴衣姿でぞろぞろ出てきたら爽快でしょうね。浴衣姿でかばんを持って、内輪片手に頭にはハット。このスタイルで国会では郵政民営化論議でもよさそうな気がします。

 私の体型で浴衣を着ると「名古屋場所に行かなくていいの?」などと必ず言われるので、着る人を選ぶ衣服です。
050714a.jpg 地元の陶芸家とお弟子さん。こういうのもいいなあと見いってしまいました。
 洋服姿だと妙に怪しげな師匠も、作務衣姿だと渋くてさまになっています。
 やはり日本人には和服だなと思うのですが、手足の長いガイジンさんが着るとこれもまた絵になってしまいます。

 余計なエネルギーを消費しないで、快適な夏の過ごし方を模索しなければ。
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釣り人

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 奥さんの里帰りに付き合ってサンクトペテルブルグに行った知人からメールが来ました。
 サンクトペテルブルグにはモスクワを使わずフランクフルト経由で行く人が多いのですが、このカップルもそうでした。
 週末には単身帰国するようですが、毎回日本に戻ってくると時差ぼけで体調がおかしくなると書いていました。
 ウラジオストクと日本の時差は+2時間。時差ぼけはあまり感じませんが、ウラジオストクから新潟へ出発すると、出発した時間よりも到着した時間のほうが早いので妙な感覚になります。

 奥さんの友人たちは夏休みでトルコ、フランスやギリシアなどに出かけた人や、これから出かける人たちばかりで、夏休みにサンクトペテルブルグに帰ってくるほうが奇妙だそうです。
 ウラジオストクオフィスの職員も夏休みをとってサンクトペテルブルグに行っていますが、サンクトペテルブルグの市民は違う場所に行く、民族移動の季節です。
 定年後にこちらに引っ越してきた年配の男性、この季節は毎日近くの川原で鮎つりに没頭しています。
 今年は気温が低いこともあり水温が上がらないので鮎も小ぶりです。
 鮎釣りをしている100mほど上流で、私は漬物樽を洗っていました。梅干つけるもので。

 釣りの達人は気配を感じさせないので、近くにいてもいることを忘れさせるような不思議な人が多いです。私など雑念の塊ですからあれやこれやと余計なことばかり考えていますが、こういう人たちって「無心」になれるのだろうか?
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ウナギ

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 脳内出血で急死したプロレスラーの橋本真也さんに関する報道がそれぞれのテレビで流れていました。
 脳内出血と聞いててっきりプロレスの試合で頭でも打ったのかと思ったら、生活習慣病の延長にある病気でした。私など体型的に近いものがあるので他人事のように眺めてもいられないので、血圧計を引っ張り出してきて計ってみました。上116下68。正常と言うところでしょう。

 中国では脳溢血が多いことが食事の油を控えるように国を挙げてキャンペーンしています。野菜をいためる時に大量に油を使いますし、揚げ物も多い国です。
 日本では塩分が取りざたされていますが、最近は食事も油っぽくなった思いがします。
 ロシアはヨーロッパの中ではあっさりした食事をしているほうですが、日本人から見ればかなりこってりしています。脳溢血、心筋梗塞、ロシアも多い国です。

050712a.jpg 那須にドライブに行った会員さんが新調したコンタックスのデジカメで写した写真を送ってくれました。
 こってりしたものを食べてきたようです。

 実は先週私も新しい小型のデジカメを買ったのですが、このコンタックスにしようか1.5Mの水中でも使えるペンタックスのWPにしようか迷った挙句、6月25日の日記にも書いたようにMaid in Japanの神通力でペンタックスになってしまいました。
 さすがコンタックス。ドイツの名門カール・ツァイスレンズの描写力です。最近まで那珂川を泳いでいたウナギの末路を見事に描写しています。

 学生時代、ウナギの加工所でアルバイトをして以来、ウナギのにおいで食べられなくなってしまったのですが、さばいたウナギを蒸す釜のにおいがものすごいにおいで、これで参ってしまいました。そろそろ土用のシーズンですね。土用にウナギは平賀源内がなじみのウナギ屋の宣伝のために考えたキャッチコピーのようなものだそうですが、夏の暑さで失ったビタミンを補給してください。

050712b.jpg サンクトペテルブルグ300周年記念式典があったのが2003年の5月29日でした。
 このうなぎ屋さんも創業300年だそうで、ピョートル大帝も、大帝エカテリーナ2世も、ナポレオン戦争も、アンナ・カレーニナも、ロシアの歴史のほとんどが、代々続くウナギのたれの中に入ってしまう歴史の深さです。
 アメリカなんかまだ240年の歴史しかありません。その頃すでに2代目か3代目がウナギを焼いていたのでしょう。

 さりげなくすごい歴史を持つ日本です。
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済州島

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 ウラジオストクでは週末から男性スタッフが夏休み。月末までサンクトペテルブルグに旅行です。サンクトペテルブルグ滞在中にフィンランドまで足を伸ばしてくるそうです。旅行中の日程や行動は全て奥さんが決めるので、「ボクは黙ってついていくだけ」と語っていました。

 夏休みシーズンはどこの会社も人手不足で忙しくなるのですが、「ロシアの男なんて、いても当てにならないのだから休みを取ったって影響ないですよ。」と厳しい評価をされていました。
 ロシアで女性が活躍できる時は平和な証拠ですからこれでいいのかもしれません。
 フォークシンガーとロシアの男は戦争でも起きなければ儲からない?
 やっぱり生活環境が違うのだなと感じるのは、何が危険で、何が安全か察する感覚はロシア男性ははるかに優れており、街を歩いているときでも、ふと目つきが変わったと思ったら、路地の角などの危険なほうに自分の身をおいて、さりげなく女性を守っていたりするもので、「一本とられたなぁ」と思うことは良くあります。
 またこの2−3日は雨続きの日になりそうです。自動車洗ってワックスかけたばかりなんですけど。

 夏の交通安全週間が始まり、1週間と短い期間ですが、今週は新しく開通する県道があり、しばらくは県道と村道の交差点で交通指導員が立たなければなりません。出動の時だけは降らないでほしいものです。

 村の交通指導員の会議がありました。毎年3月に行く旅行が町村合併のために9月に来り上げになりました。
 行き先は北海道か済州島で、これはもうカニかカルビのどっちの料理ショーなのですが、カルビに決まりました。ハングル語の勉強せにゃなりません。

 みんな消防団などの旅行で韓国や台湾など行きつけているので、万博見て京都に乗り込んで舞妓さんと会いたいと言う意見もあったのですが、費用がかかりすぎるそうです。
 てっきりこの旅行で愛知万博に行くものと思っていたのですが、当てが外れてしまいました。この冬の写真展にも舞妓さんをテーマにした写真を出そうかともくろんでいたのですが。
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草刈り

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 パソコンを強制終了したらメールボックスの受信トレイのデータがぶっ飛んでしまいました。
 ブナ林の下草刈に行ってきました。ここで育てたブナを杉を切った跡に移植して、広葉樹林を復元させるプロジェクトの一環です。

 町場の人はブナを環境保護のシンボルのように考えているけれど、ブナは単一の林を作らず、他の樹木と共生して生きている木で、ブナばかりの林というのは違和感があります。それに標高の高いところに生える樹木ですので、暖かいところでは虫食いなどが心配です。病害虫がでると単一林はもろいものです。
 ブナに特化せず、楢やクヌギなども植えて雑木林の復元が好ましいです。
050710b.jpg 水の保水性、傾斜地の土砂流出の防止、コンクリートで固めるよりも大きな役割をなすのが樹木です。
 私の村など水と酸素の供給地何ですが、誰も目を向けてくれません。それでも木を植えて育てるのは代々続いたDNAのなせる業かな?

 今この大きさのブナが役割をなすには30年40年の月日がかかります。下草刈が必要なくなる大きさに育つまであと14-5年ですね。先の長い話です。
050710d.jpg 山仕事は体力的に厳しくてきつい仕事ですが、都会からスポーツ感覚で汗を流しに来る人たちもいます。
 金もらったってやりたくないようなことを金はらってやるのですから世の中わからないものです。

 真理はこうやって育っていくことを学んでもらえることはうれしいですし、逆にこちらがフィードバックを受けることのほうが多いような気がして有意義ですが、汗びっしょりになって疲れました。

 昔は一面が雑木林で木炭の生産などが産業でしたが、昭和30年代になり、健在につかえる杉の木を植林するようになり、それが育って世に出るころには材木なんて二束三文のたたき売り、杉など花粉症の原因と継子扱い。
 何十年も先を見通すことは難しいものです。
050710c.jpg ホタルブクロの花が咲く季節になりました。最近見かける機会が減った山野草のひとつです。

 草刈の一団と村の温泉センターで打ち上げをして、二次会のスナックにたどり着いたのが9時ごろ。
 カラオケが始まったのでそろそろ帰ろうと一足先に店を出て、自宅まで10kmの道のりを歩いて帰りました。
 自動車に乗っているとまったくわからないのですが、暗い夜道を歩いているとホタルが頭上を飛び交っています。
 そろそろゲンジボタルからヘイケボタルに切り替わる季節ですが、これがもう美しいもので、いっせいにホタルが飛び立つ光景ときたら暗闇に光が湧き上がるような光景で、歩いただけの価値はありました。
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結婚式

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 近所の先輩の息子の結婚式で高崎に行ってきました。東京方面に出ているせがれなのであまりなじみがないのですが、新婦の出身も前橋と言うことでこちらで結婚式をすることになりました。

 ロンドンがテロ事件で大変な中、英国もどきの結婚式場です。高崎に来た時に何回かロンドンタクシーやロールスロイスのオープンカーを乗っている奇妙ないでたちの青年を見かけていましたが、この結婚式場の自動車でした。

 ロンドンタクシー。いいですねぇ。日産のエンジンを使っているそうで、日本製なら壊れないですね。
050709b.jpg 12:30に迎えが来ると言われていたので、昼飯を食べないで行きましたが、3:00から教会で結婚式。4:30にようやく飯にありつけました。

 余計な余興もなく3時間近い披露宴でしたが、近所の人たちと関係ない話で盛り上がっていましたので、新婦の名前もおぼえられないまま帰って来ました。

 結婚式はキリスト教の結婚式でしたが、英国国教教会式のチャーチになぜか牧師様はバプティスト系の牧師様。それもフニャフニャの日本語を喋る外人さん。でも、新約聖書のコリント人への第一の手紙13章の朗読は良かったです。私はヨハネの黙示録読みながら聴いていました。
050709c.jpg 式の始まる前、教会の外で一服していたら、燕尾服の男性がステップを練習していました。余興でダンスでも披露するのだろうか?と眺めていましたが、そのうち、ベンチに座って背もたれに顔をつけて泣き出していました。
 新婦のお父さんでした。
 教会で花嫁を花婿に引き渡す練習していたんですね。

 先輩にその話をして「先輩!どう見てもこちらが加害者ですぜ。」。新婦のお父さんはこの春に上の娘を嫁がせ、今度は下の娘が嫁ぐのでずいぶん落ち込んでいたそうです。「俺もだんだん後ろめたくなっちまってさあ。」と先輩も心苦しそうでした。
050709f.jpg 英国各地から集めてきた調度品で館内を飾っていましたが、ピアノは古いアメリカのボールドウィンやフランスのプレイエルがありました。
 英国はロイヤル・ジョージ・フェルトという有名なピアノのハンマーを作っているのですが、ピアノメーカーについては耳にしません。

 バーにはロッド・スチュワートやデボッド・ボーイ、エリック・クラプトンのサインが飾ってありました。イギリス人ですね。
 私は見ていないのですが、王室のアン皇女のサインなんかもあったそうです。英国王室を商売に使うのか!と感慨深いものがありましたが、日本の皇室をこんなことにしたら大変なことになるでしょう。
050709e.jpg 披露宴の席で泣いていたのは新婦の父親と新郎だけで、和気藹々と3時間に及ぶ宴は完了しました。
 新婦のお母さんは気さくな人で、すっかりこちらの人たちとも仲良くなってしまい、今月末の祇園祭には泊りがけで来るそうです。「もうひとつふるさとができたと思って気軽に来てください。」と歓迎されていました。

 
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アスファルトの男

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 最近、ブロードバンドで韓流ドラマと言うのを良く見ています。小手先に頼った新しい手法ではなく、わかりやすいストーリーや正面きって愛を語る度胸のよさが、煮え切らないことが多い今のご時勢心地よく思えます。
 妙に日本に似ていて、街の作りや、靴を脱いで座敷に上がる家庭の光景や家族観など錯覚してしまいそうですし、心情が日本に近いものがありますから感情移入もしやすいです。

 韓流ドラマに「留学」と言う言葉が良く出てきます。それは時としてステータスを裏付ける言葉として、ある時は国にいられないような事情ができた時の手段として、「留学」と言う手段が出てきます。
 日本にも似通った感覚がるのでしょうが、日本人には言いにくい部分をずばり韓国ドラマはついてくるので面白いです。

 そんなことを考えながら、面白いなと思いながら見たのがイ・ビョンホン主演の「アスファルトの男」と言うドラマです。ストーリーは米軍基地のある街でどん底の貧しい生活をしていた家庭の青年が、苦労しながら世界に通用する自動車を作り上げる物語で、突っ込みを入れるとチグハグなストーリー構成や時代考証の粗はあります。が、見下げて見えるのは自己満足だけで、見上げると興味深いことが見えてきます。
 最初はイタリア映画の雰囲気を真似ているなと思いながら見ながら見ていたのですが、1960年代の日本を振り返るような思いに変わってきました。
050708a.jpg イ・ビョンホンの演じる主役はは貧しい家庭で育ちながら一家の夢を背負い自動車デザイナーとを目指す青年で、デザインコンテストで優勝して米国留学を目指している青年。

 彼には姉と弟がおり、姉は米軍基地の米兵とねんごろになり、子供まで作ってしまい家族を終われるようにアメリカに行きます。アメリカに移住することが目的の結婚ですが、夫は飲んだくれの酒乱で子供にまで暴力を振るう男。
 姉は最後には米国で死んでしまいますが、米兵と結婚してまでアメリカに行きたい理由は「こんな国(韓国)にいたら腐っちゃうのよ!」と、韓国にいてはもう行き場がない閉塞感を叫びました。

 イ・ビョンホン演じる主役の弟は、粗野ですぐにぶちきれる暴れ者。暴力事件を起こし服役し、家族に迷惑がかかるからと姉を頼ってアメリカに移り住みます。
 アメリカに行っては見たものの言葉もできず、見世物格闘技で生計を立てているのですが、なぜかレーサーになって韓国に戻ってきます。

 イ・ビョンホン演じる主役はアメリカに留学する資金を、事件を起こした弟の示談金で使ってしまい、韓国の自動車会社に勤めます。韓国製の自動車を作るのが夢だったのに、会社が選んだ方針は日本の自動車のノックダウン生産。しかもホンダ・ミラージュという不思議な自動車。突っ込んでみてもドラマですが。
 最終的には会社を辞めて自分たちの自動車を作り上げる物語です。

 イ・ビョンホン初出勤の時の時の父親の言葉がすごいです。「一番早くに出社して、一番最後に帰れ」「貧乏に見られるな・みんなで食事に行ったらおごれ!貧乏人には冷たいから・・・」
 バブル以前に日本人の魂だなと感慨深いものがありました。

 あの民族主義の塊の本音には外国に対する憧れがあることは意外ですが、「幸せになるために国の外に出たい」心情はわからなくもありません。

 そこには「異文化」と言う大きな壁が存在するのですが、こいつにはずいぶん苦しめられています。
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粉挽き

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 日中戦争の口火を切った盧溝橋事件から68年目の記念日です。
 昨日オリンピック開催が決定したロンドンでは爆破テロ事件が起こり犠牲者が多数出た模様です。
050707.jpg 群馬県の平野部では秋から初夏にかけて麦を作り、麦の収穫が終わり次第米を作る二毛作が行われています。
 冬が長く寒冷なこちらとはずいぶん気候も違います。二毛作地帯の米ははっきり言っておいしくありませんが、小麦は真っ白ないい小麦が取れます。

 今年取れた小麦を分けてもらい村の水車小屋で粉挽きをして見ました。
 これがまあ、時間がかかること手間がかかること。「水車の音がのどかだね」と言っていられるのは観光客の視線で、実際に使ってみると「まだ終わらないのか?」と文明の利器になれた身にはきついものでした。水車小屋の石臼を眺めながら、そのスローモーな有様、単純な構造「ロシア人のようだな。不安になるほど悠長だ」とかんじました。
 050707a.jpg 井上靖の「おろしや国酔夢譚」を思い出しました。大黒屋光太夫の一行にイルクーツクの粉引き小屋の未亡人と恋仲になり、日本へ帰国せずロシアに残る若者がいました。
 そういえば、ヨーロッパの物語や映画に粉挽きを生業とする未亡人がよく出てくるけど、何か社会の仕組みでもあるのかな?と興味がわきました。
 ミレーの名画”落穂ひろい”で落穂を拾っているのは未亡人か外国からの移民で、聖書にこうした人々の権利として落穂ひろいが認められている風習が背景にある絵です。
 さてさて、粉挽きはどうしたものだろう?なにか発見したら紹介します。

 日本では四国に”祖谷の粉挽き節”という踊りがありますが、こうした大きな粉引きではなく、家の軒先で手で回して挽く石臼です。粉にされていたのは蕎麦でしょう。

 農協に持っていけばダイヤルをまわすだけで好みの粒子の粉になるのですが、こうして角材でできた機械と思い切りと対話しながら粉を作るのもたまにはいいものです。
 粉が挽き終わる頃には、これから粉をこねてうどんをつくろうなんて気持ちはさらさらなくなっていました。
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写真展

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 オリンピックは大本命のパリを破ってロンドンに決まってしまいました。確か、前回もパリは北京に破れています。
 ウラジオストクとの電話の中でモスクワが立候補していることについて聞いてみたら、「無理に決まってる」と冷ややかでした。それでもニューヨークよりは支持を得られるだろうといっていましたが、モスクワは最下位だったようです。

 新女性会員の写真とプロフィールが送られてきて、思わず「彼女ロシア人ですか?」と質問してしまいました。日焼けしてまっかな肌でした。
 これからのウラジオストクは日本人より黒く日焼けした真っ赤なロシア人の季節になります。
 健康のための日光浴か、皮膚ガンが怖いから日焼けしないか、双方意見が分かれているようです。

 今朝、柔道の先輩から電話があり、マムシをもらったのでさばいてくれと呼び出されました。
 行ってみると、2.7リットルの焼酎のペットボトルの中に大きなマムシが入っていました。このままマムシ酒にしてしまえばよいのにと言いつつも、怖い先輩の申しつけです。

 どうやってビンからだそうか?と逆さにしたら尻尾がちょこっとビンの口から出たので、そこから一気に引っ張り出して、そのまま口を引き裂いて皮をむきました。

 横から先輩が「マムシの習性を知っていれば怖いことではない」とか「マムシの毒ったてめったに人が死ぬようなことはない。あいつなんか二回かまれてまだ生きている。」などと奥さんに解説しているのですが、だったらてめえでやれ!と腹立たしく思いながら、マムシの黒焼きの仕込をして帰ってきました。

 この先輩夫婦こういうゲテものが好きなくせに子供は3人で抑えています。

 奥さんは”冬ソナ”はじめ韓流ドラマのDVD買い込んでどっぷりとはまっています。
 夢は長女にペ・ヨンジュンのような婿を、次女には少しワイルドにイ・ビョンホンのような婿。息子にはチェ・ジウのような嫁もをもらって、3人連れてスーパーに買い物に行って見せびらかすことだとか。まあ、何をどう思おうが自由ですが。
 あの思想のない達磨大師のような夫はどうするんだろう?
050706a.jpg 午後から連盟写真展に行きました。今回のテーマは”川”。
 深い題材だと感慨深くうなづいたものの、怠けて一枚も写真を撮っていません。どこに行くにもデジカメはもって歩いているのですが、この日記のネタようで、銀塩写真での作品作りはずーっと怠けています。

 今回は皆さんリバーサルフィルムで作品作りしていて、私の場合モノクロですから逆に目立ったかな?と思いました。
 一番若い部類の私が一番古い作品を作るので、最近のお年よりはトレンディーに敏感です。
050706b.jpg 70代後半のベテランカメラマンからデジスコの話を聞きました。
 野鳥などを見るスコープにデジカメを連結して超望遠の写真をとる手法で、デジタル・スコープのこと。これがなかなか楽しいそうです。パイプを自分で加工してスコープとデジタルカメラを接続する連結器を作ったそうです。

 デジスコで撮影したイワヒバリやキビタキなどの野鳥の写真を見せてもらいました。

 この年代の人たちは太平洋戦争最前線の世代ですが、豊富な発想やバイタリティーの豊かなことに感心してしまいます。
 この創意工夫が戦後の復興を支えたんだなとしみじみ思いました。
category日記

ミーハー

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 ウラジオストクの事務所は今日は空っぽで、仕事で郊外の町に出かけました。郊外と言っても300kmほど離れたところだそうです。

050705.jpg 北京にいる西郷ドンから日本で「血疑(日本題・赤い疑惑)」がリメイクされたことについて問い合わせが来ました。
 ヒロインの石原ひとみちゃんが山口百恵さんの娘だと仲間内で語り継がれているようです。
 三浦友和さんと山口百恵さんのお子さんはたしか男の子が二人だと思いましたが。
 山口百恵=楊貴妃の末裔説などとんでもない話が中国から湧き上がってきます。まだ現役で10代だと思っている人もいるようです。

 韓国から電話が来ました。プサンの北の町からです。冬ソナの話題で盛り上がりました。最近は中国でも冬ソナが放送されたり、将軍様のところでも放送されているようですが、日本からの観光客が増えたと言ってもこの田舎町は蚊帳の外で何もご利益がないそうです。

 最近、冬ソナのメインテーマ曲”最初から今まで”をピアノで弾いて発見したことがあります。二十数年前に雅夢が歌った”愛はかげろう”とコード進行が似ていますし、メロディーラインも似ているので、冬ソナの伴奏で愛はかげろうが歌えます。
 そのうちアレンジして”最初からかげろう”でも作ってみます。
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思い通りには行かない

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 何事も思い通りには行かない。深い言葉だなとしみじみ感じるのはこの天気で、一週間前には渇水でテルテルボウズを逆さにして雨乞いしていたと思ったら、今度は大雨。そんなニュースを見ながら、望みどおりになることよりもあきらめることのほうが多いものだなと考えました。

 降水量○ミリで水問題が解決されるかといえばそういうものではなく、ジンワリと降った雨がジンワリと地面にしみこんで、ようやくそれが湧き出てくるわけで、一気にドカンと降ったところで表面を流れて土砂災害を起こすだけ。

 なんだか、人間関係のようなもので、仲たがいや急接近を繰り返しながらお互いの信頼が出来上がっていくようなもので、何かのきっかけに颯爽とええかっこして点数稼いだところで所詮は砂上の楼閣。
 「思い通りにならないな」と工夫したりあきらめたり、時にはぶちきれて気持ちは絆を深めていくもので、人付き合いが苦手な人はこうした細かな諍いが怖いのでしょうね。

 ウラジオストクやハルビンとのやり取りも「仕事」という共通目的があるから何とかなるものの、意見の食い違いや考え方のギャップで四苦八苦することはよくあるものです。
 今日はなんか歯車があわなかったなぁと言う日はよくあります。今日もそうでした。
 
 「まあ、こんな天気だししょうがねぇか。」と雨に責任おっかぶせて気を紛らわして次なる手段を考えています。
 「まあ、いいか」を許してはいけないと小学校の時に先生が行っていましたが、世の中その妥協ばかり強いてくるもんです。赤は赤、黒は黒で単純に生きられればよいのですが、現実はもっと深いものなんですよ先生!

 大切なことは絶対卑屈になって捨て台詞のようなことを言わないことで、一歩引いて柔よく剛を制すです。うまく相手の意見を受け止めながら最終的にはこちらの思うようにしてしまう。この狡猾な駆け引き。直球一本やりの人たちですから結構楽なんですけどね。

 上海に介護製品作りの指導に行っている人たちも苦心しているようです。頭から押さえつければ反発しますし、こちらの肩書きや地位なんて屁みたいな物どころか、客を客とも思わない技術者相手ですから、論理明確にやり込めたところで感情的な対立になるばかり。

050704b.jpg キムチの世界一の生産地は日本なのだそうで、農産物直売所に地元の家庭で作ったキムチが並んでいました。

 30年も遡れば、このあたりでキムチなんか食べる人などほとんどいなかったと思うのですが、いまや各家庭で独自のキムチを作っているご時勢。
 最近この界隈ではチンゲン菜のキムチが流行っています。
 
 韓国人にとっては民族の誇りが、なぜか世界では「日本の名産?」と思われているのかもしれません。
 思い通りには行かないものです。
050704a.jpg 二十数年前、私の登山の先輩はウチョウランとりで小遣いを稼いでいました。
 並の人間では取り付くこともできない急峻な岩間に生えているランの一種で、登山家でなければこんな場所で採取などできません。

 ところが、成長点培養の技術の進歩と一般化で、ゼリーに埋め込んだ成長点を遠心分離機でぶん回してコンペイトウのように芽を出して簡単に増やせるようになりました。

 かつてはウチョウランの密猟でジムニーを買えたビックサイドビジネスも今では科学の進歩のおかげでお陀仏。

 もうひとつの副業の舞茸採りもいまや工場生産の舞茸に席巻され、副業の目を詰まれてしまった先輩は「思い通りにいかねぇなあ。」と本業の国家公務員に専念しています。
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炭焼き窯

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 放浪の野放しロシア人になっている友人から、今日、奥さんの実家に戻ると電話がありました。
 彼に言わせると私も放浪の日本人なのだそうですが、私は一人でウラジオストクの市外に出るようなことはめったにしません。それにウラジオストクには悪い友達がたくさんいて引っ張りだすからで、その筆頭があなたでしょう。
 奥さんの実家にいづらい気持ちはよぉ〜くわかります。
050703a.jpg 赤谷川プロジェクトの一行が炭窯作りに再挑戦しているので手伝いに行ってきました。
 前回は見栄えのよい炭窯を作ろうとしたために、炭窯には向かない石と粘土を使ってしまい失敗に終わりました。今回は地元のベテランの指導をあおいで実用になるものを作っています。

 ほとんどの人が東京方面から来ているのですが、遠路はるばる泥作業に来るとは奇特なことです。
 童心に帰って泥遊びを楽しんでいました。

 炭焼きという仕事に対して私などは明るい印象や思い出がないのですが、時代の流れとは面白いもので、脚光を浴びるようになりました。こんなものも移ろっているんですね。
050703b.jpg 流行のもは廃れますし、ブームという社会現象は断末魔の最後の輝きのようなもの。DCブランドなんてどこに行ってしまったのだろう?

 自然回帰や環境を振り返ることは大切なことですが、それが免罪符になってはならないものだと思います。
 大切なことは、何かのためと肩に荷を背負うよりも、自分が楽しいと感じることで、そのベクトルが環境や自然に向かっていることで、人間が脳みそで考えられることなんてたかが知れています。

 面白いものでこうして作業している人たちが日に日に地元のおじさんおばさんになってきていることで、赤土を運ぶ女性陣などもはや地元の農家のおかみさん化しています。
050703c.jpg 
 ロシアで言うならダーチャ、ドイツで言うならクラインガルテン。郊外に小屋つきの農園を持ち、休日はそこで畑や花を作って過ごす。日本から見れば優雅な趣味にも思えます。

 ひところウラジオストクでは”金持ちはダーチャを持たない”時代がありました。食料品を金で買えるからダーチャで作る必要がないということです。
 最近はダーチャのその家族のライフスタイルによって変化しており、土いじりなどイヤという人はダーチャを売ってしまうし、畑で何かを作ることが楽しいという人はダーチャライフを楽しんでいます。

 何かひとつの流れが起こるとそこに皆便乗してしまうのが日本の”ブーム”で、中国も似たようなところがあります。USAだってもっとゆったりはしていますが”潮流”という流れになって時代を動かします。
 ロシアは個人主義が徹底しているせいか、大きな動きは見せませんが、”みんなで渡れば”精神はかつてソビエトで大失敗をしています。

 今のウラジオストクは伝統的な部分とポストソビエトの部分がバランスよく共存していると思うのですが、やがて俗化されてしまうのでしょう。
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横のつながり

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 昨日お相手が来日した関西の会員さんから神奈川の会員さんカップルが訪ねてきたとメールが来ました。お相手の女性同士がご近所同士で、知り合いだったそうです。
 
 いろいろと戸惑うことが多い異国の生活や、異文化との遭遇、横のつながりができることはといろいろ情報交換ができるのでうれしいことです。特に男性にとっても心強い仲間ができることはありがたいものです。いろいろ交流の輪が広がってくれるとうれしいです。

 国際カップルに限ったことではありませんが、自分たちだけだとどうしても見えない部分や、思い込みから来る誤解が生じてしまうものです。違うカップル同士のやり取りの中で発見することもお言いですし、何より気持ちの浄化ができるものです。

050702.jpg 健康ブームで森の中を散策してくれる人が増えるのはうれしいのですが、年配の人が多いので逆に心配になります。
 来週の日曜はブナの森の手入れに引っ張り出されることになってしまいました。手入れされるということはもう原生林ではないのですが、もともと人が住んでいるところから見える範囲はすでに何かしら手が入っています。

 このところ東京に行く機会が多かったのですが、あの大都市にして森がたくさんあるので世界でも珍しい都市だと思います。が、そのほとんどは人が立ち入れない場所です。
 最近はこうした都会の森にホームレスが住み着いて、森の民になっています。贅沢な連中です。

050702a.jpg ウラジオストクに潜伏している工作員から、市民の生活を切り抜いた写真が送られてきました。さすがKGBの国です。

 単なる盗撮ですが、すごく勉強になる写真でした。夫婦で日光浴しているようで、奥に男性が写っています。

 これから8月末にかけてまっかに日焼けしたロシア人が市内を席巻し、ロシア人=色白という概念を覆します。
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雨降り

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 日本各地で水不足が伝えられる中、朝から大雨でした。

 今日は関西国際空港に来日する女性会員がいたので朝からウラジオストクとやり取りしていました。
 市内から空港までは自動車で4−50分で、フライトの2時間前には出かけてもらっています。
 空港まで送っていく担当者は出国手続きが全て終わって出発ロビーの中に消えていくのを見てから戻ってきます。当然、行く時と同じ時間で市内に戻ってくるはずなのですが、なぜか帰りは2−3時間かかるようで、日本に到着したと連絡すると見送った職員は「まだ空港から戻ってきていない。またどこかで遊んでいるんでしょう」。
 なんでも空港から市内に戻る途中時差の変更線があるそうで、まっすぐに戻ってきているのになぜか夕方になってしまうとか。
 
 昨日お中元を贈ってくれた友人夫婦にサクランボを送りました。奥さんの実家にいづらいのか、野放しロシア人となった友人は名古屋を経て大阪に行っていました。彼の携帯に電話すると、2-3日うちに奥さんの実家に戻るとかで、「風店のロシア人が帰ってくる前に食べちゃえ」とメッセージをいてました。
 奥さんは里帰りしてみて、常識を逸脱したことばかり繰り返すロシア人の夫に慣れてしまっている自分を発見して驚いているそうです。
 彼は数年前に大阪に研修に来ていたことがあるのですが、知らない人に「ロシア人」というと馬鹿にされそうなので、かといって英語は得意ではない、そこで「フィンランド人」と偽っていたそうです。
 日本でロシア人が低く見られていることを感じている、というより、そう感じさせるこちらが恥ずかしかったです。切ない思いも体験しています。ただそれが行動に反映していないだけのことです。
050701.jpg 雨の中、村の花時計の花の入れ替えをしていました。不要になったパンジー花をもらってきて家の周りの土手などに植えました。
 パンジーは一世代高配で、こぼれ種からはあの色とりどりな大きな花はさかず、原種の質素でささやかなスミレの花が咲いてしまいます。化粧のはげたお姫様みたいでこれもまた感慨深い思いになります。
 春先に雑草の合間に姿を見せるかつて華やかなパンジーだったスミレもまたいとおしいものです。
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