近所に住むおじいさんのお葬式に行ってきました。戦前、開拓団で満州に行っていた人です。満州の話などをいろいろ伺ったことがある温厚なおじいさんでした。
戦後満州から引き上げてきた人ですが、引き上げの最中に奥さんと子供を亡くし(現地の中国農民に襲撃されたそうです)、ソ連兵の機関銃に当たってしまったがために抑留されずにすんだそうです。
家族が亡くなって独りぼっちになったときに、同じように夫をソ連兵に殺されて幼い子供を抱えて逃げ延びてきた女性と会い、帰国してこの土地に住み着き、その女性と結婚して息子を育ててきた人です。
20年前に引き上げの苦労を共にした奥さんをなくし、4年前にその奥さんの息子さんをガンでなくし、残った息子の嫁と孫たちのために黙々と働き続けてきました。
こうしたエピソードは地元でもあまり知られていませんし、葬儀もそんな話しは出ずに終わりました。まだ20代の孫が喪主をしていましたが痛々しかったです。

夜電話がかかってきて、蚊の鳴くような声で♪今日も暮れ行く異国の丘でぇ〜♪。
花壇の領有権をめぐってウラジオストクの実家に里帰りしている奥さんと国際電話にE−メールで遠距離夫婦げんかしている友人からです。
花壇の国境稜線問題の講和のために行っていたウラジオストクから帰ってきました。
家庭内日ソ不可侵条約はたびたび一方的に破棄するくせに、こちらが里帰り中に花壇の植木を移植すると奇襲攻撃、パールハーバーと激怒ですから、歴史の勉強になります。日露戦争の奇襲攻撃は世界的に評価されましたし、時代が変わり真珠湾攻撃の時は宣戦布告していたのにアメリカの日本領事館がパーティーを優先してそれを米国政府に届けなかったのが原因です。歴史的な大失態をした外務省職員たちは、戦後それぞれ大出世しています。
北方領土問題が60年たっても進展しないように、花壇の領有権問題もまったく進展がなく、このまま次世代にまで引き継がれるのだろうか?心配になります。
ウラジオストクの奥さんの実家に抑留中に”恐妻主義”の再教育を受け、思想転向してインターナショナル歌いながら帰ってくるのではないかと懸念していましたが、かろうじて日本人の面目は保たれています。
奥さんの実家の家庭菜園で強制労働をしてきたようですが、異国の丘を歌いながらダーモイ(帰還)の日を乗り越えてきたようです。
領土問題に関しては、奥さんのむちゃくちゃな要求に対して、向こうのお父さんが助け舟を出してくれると期待していたようですが、ロシアの男は寡黙です。激高する娘を尻目にいつの間にか逃げ出して見ざる言わざる聞かざるを決め込んだようです。男の結束なんてそんなもんさ。
ベラルーシ系友人が停戦合意に向けて仲立ちしたようですが、所詮はロシアの男です。
ロシアで”大帝”の称号を持つのはピョートル大帝と大帝エカテリーナ二世しかいませんが、21世紀に各家庭に出現した大帝は強者です。大帝・ツァーリッツィナ”と呼ぶぶんにはまだ良いのですが、「現代によみがえったスターリン」と言ったら怒られたそうです。
領土問題はもとより、キャットフードを食べたい猫達からの陳情も却下され、チェチェンの悲しみを見る思いです。
帝国としては国体(家庭)の護持が最優先ですから、ポツダム宣言より過酷な停戦合意を突きつけられて帰ってきました。
戦後の処理をめぐって戦中に密談があった吉田茂の軽井沢会議以来になるだろう、停戦後の合意条件についての密談をしました。
腹を決めて、「あなたとはやっていけないから離婚したるさかい、友達でやさしく美人の女性を紹介してください。」と離婚届突きつけて奥さんに頼んだらどうだろう?同じ名前の人と再婚すればご近所だってわかりゃしないさ…そんなことしたら抑留されている邦人(子供達)が帰還できなくなる。
いっそ日米安保条約(夫の実家との関係)解除して東側につく…経済的に破綻する。
花壇にベルリンの壁を作る…肥料がなくなって亡命する作物が相次ぐ。
専業主婦で一日中家にいるので、ストレスもたまり、その刃先が夫に向かうのは国際カップルに限ったことではないと思います。人間は社会的動物ですので、他の人との交流も大切なことです。
子供を預けてパートでも何でも外に出て自分の交流世界を持てば、ストレスも解消されるし、他人の中でもまれればもう一歩踏み込んで勉強になるだろうと言う話になったのですが、家庭にどっしりと根を張ってしまっているそうです。
戦争で難しいのはイラクを見てわかるとおり戦後の復興ですが、その縮図は夫婦喧嘩の中にもあります。