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村の最終日

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 ウラジオストクの事務所に電話をしていたら、今日帰ってきた会員さんから無事空港に到着したと電話がありました。儀国旅行になれている会員さんですがロシアは初めて、今までとは勝手が違うだろうと最初はとてもしんっぱいになっていたようです。
 「ロシアは怖いと思っていたら、みんな心優しい人ばかりでした。」ロシアを気に入ってくれたようで「もう一つ故郷ができましたね」と喜んでくれました。

 お相手の女性に気に入られたことや彼女の両親にとても歓迎されたそうです。ウラジオストクのスタッフから女性のお母さんが日本からアイに来てくれた会員さんに会った時、娘をよろしくお願いしますと涙を流したと言う話を聞いていたので、ご家族にも歓迎されていたんだと嬉しく思っていました。

 「向こうのお父さんが何度も何度も握手を求めてきて、その力が強いことにびっくりしました。」と言っていました。私も経験したのですが骨太なロシアの男性の腕の力と言うのは半端ではありません。丸太のような腕に掌が分厚くでかい。こんな腕で首を絞められてはたまったもんじゃないぞ!と怖くなります。

 元船員さんのたくましいお父さんですが、娘が交際相手を連れてきたと言うので手料理を作ってくれたそうです。最高の歓迎です。
 質素ですが温かい家庭で育ったことがわかりましたと、彼女が育ってきた生活を目の当たりにして感じ入るところが多かったそうです。


 10月1日から町村合併でみなかみ町になってしまうので、今日が新治村の最後の日。
 と言うわけで、記念に住民票をとりに行ってきました。

 役場の課長にあったので記念の住民票をとりに来たと言ったら「この忙しい時にそんバカなこと思いつく住民はお前だけだ」と言われましたが、若手職員数人が「それいい発想ですね」と自分も住民票をとっていました。



 25日に行われた閉村式は功労者だけで一般村民は関係なかったので、最終日の今日、役場の屋上で村民主体の閉村式をすると急遽決まったようです。参加者が少ないので着てくれといわれて出かけてきました。
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 夕方5時からの式だったので、いつの間にか役場の看板はかけかえられていました。
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 式の後に村の旗に記念の寄せ書きをすることになり、会議場にその準備がしてありました。
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 こういう現場に立ち会えるのは一生に一度あるかないかなので、とても貴重な経験だと思います。中学生が中心になって寄せ書きが進みました。
 10年後に展示会を開きそのときにこの旗を出す予定です。
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 私は自分の名前を残すのも恐れ多いので、財政破綻で身売りするような村を皮肉って”国破れて山河あり”とメッセージを書きました。ところが、その上に中学の音楽の先生が下に書かれたメッセージを見ないで自分の名前を書いてしまいました。
 これではこの教員が皮肉を書いたようで、そんなことして憎まれても知らないぞ!と思いつつも、あくまで私が先に書いたことをここに宣言しておきます。
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中学のマラソン

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 地元の中学のマラソン大会の手伝いに行ってきました。明後日には町村合併してしまうので村単独の交通指導員の仕事としては最後です。

 マラソン大会の順位に点数がつき、クラス対抗の団体戦も兼ねているので生徒は必至です。それは良いとして、怪我をしている生徒まで「クラスのために」と無理に出ようとしているので教職員PTAが無理してはいけないと彼女を説得する場面がありました。結果、走れるところまで走ったら「完走」とみなしてクラスに得点を与えると言うことで合意してもらいました。


 
 枯れ木も花の賑わい?順位は関係ありませんが生徒以外の一般の人も何人か混ざって走ります。
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 最初に女子がスタート。距離は4.5kmです。女子は2年生になると肉付きが良くなるので、だいたい2年生が優勝するのですが、今年は1年生がぶっちぎりで優勝でした。
 近所の中三の娘さんも走っていましたが、後半にゆっさゆっさとやってきました。
 怪我をしているのに出た少女も折り返し地点までがんばりドクターストップさせました。
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 一般人は真ん中から後にゴールするので穏便に済ませられるのですが、おととしは村のマラソン倶楽部のランナーがぶっちぎりのトップで走ってきてしまい、優勝した中学生の面子丸つぶれになってしまったため、トップランナーの参加は見合わせてもらっています。
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 男子になるとスピードが違ってきます。距離は7kmですが、トップがゴールして数分たって「アンカーただいま折り返し地点を通過」。
 先頭が記録的に早く走ってくれるよりもラストが少しでも早くゴールしてくれるほうが待つ身にはありがたいです。
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 集団が通過するまでは道路を全面通行止めにします。
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 スタートからこの状態の生徒もいますが、良く行く食堂の息子さん。3年間最後尾でしたが、いつもゴール直前で追い抜くのでラストになったことはありません。今年もゴール直前でさして後ろから二位でした。遅ければ遅いなりに「人よりも長い時間走ることもえらい!」。
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 マラソン大会の最中、”いい旅夢気分と言う番組のロケで昔水泳の選手だった女優の木原みち子さんと小川知子さんがたくみの里の取材に来ていました。マラソンのスタートが終わってT字路の交通整理の最中だったので、目の前を通ったのに気がつきませんでした。
 PTAのお母さんが「小川知子さんがいた。きれいだった!」と言うので、そちらのほうを見たらテレビカメラを担いだ一行が取材をしていました。
 取材が終わってからなのでしょうが、ロケバスが私の前を通過する時、窓を開けて木原さんが交通整理していた私に向かって「ご苦労さんです」と声をかけて通り過ぎていきました。


 昨夜のことですが、お江戸から帰ってきて日記を書いていると、14歳になる我が家のネコのウンチ君が外に出たいと玄関先でニャーニャー呼ぶので、外に出しました。
 そろそろ寝ようと思い、玄関を開けてウンチ君を呼ぶと、その後ろに黒っぽい大きなネズミのようなものがくっついてきます。
 何だ?と思って玄関の電灯をつけてみると、子猫がくっついてきていました。

 あのさぁ、なんでネコが捨て猫拾ってくるわけ?ペットがペット飼ってどうすんだよ?

 それにしても衰弱していてあまり元気もないので、このままでは死んでしまうだろうと思いました。
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 猫の缶詰を開けて食べさせてみたら、ものすごい勢いで食べ始め。腹が膨れたら先ほどの衰弱しきった様子はどこへやら、やたら元気になり飛び回るわ狭いところに入り込むはニャーニャー騒ぐわ、寝ていれば足に噛み付くわとんでもないギャングネコでした。
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 子猫を拾ってきたウンチ君は”後はお任せします”とばかりに老後のニャン生を満喫する趣味に生きるネコを決め込んで面倒を見ようともしません。今日など近づこうともしません。それどころか自分の餌を食われたと怒ってこちらに文句を言いに来ています。
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 無責任なネコだとは思っていましたが、自分で拾ってきた猫なんだから何とかしろ!と言いたいです。
 ”とても立派なことです。ロシアではこういう行いをすると必ず良いことがあります!あなたとウンチ君は幸せになれます”と言うだけで何もしないロシア人!無責任なこというな!
 ”ネコはバカだから常識はずれなことばかりするので困ります”と己を省みないで言うロシア人。お前らだって同類だろう!

 足元で噛み付くわ引掻くわ、落ち着いて晩飯を食べていられないので、食事中は靴下に突っ込んで吊るしておきました。
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 今、私のズボンの裾の中にもぐりこんで寝ているのですが、どうすりゃいいんだ?
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国際福祉展

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 東京ビックサイトで開催中の国際福祉展に行ってきました。昨年い引き続き私が関わっている会社が新製品を展示しているので、責任者の一人として行ってきました。
 今年は新開発の折りたたみ式電動車椅子や、消臭・抗菌・汚れ落としのケミカル製品を新しく出しました。

 ビックサイトのある場所は、私が江戸にいた頃にはなかった土地なので、土地勘がまったくありません。今回は電車で出かけました。



 山手線の女性専用車両がどんなものなのか見てやろうと思ったのですが、混雑する時間帯を外れていたせいか見当たりませんでした。
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 山の手線の車窓から見える町の景色はあまり変わっていません。昔より静かになったかな?と感じるほどです。
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 「新橋から”ゆりかもめ”に乗ってくれば一直線だ」と言われていたのですが、いつの間にか新橋にモノレールの駅ができていたんですね。この6月に新橋駅を使ったのですが、気がつきませんでした。
 運転手のいない自動運転のモノレールだと言うことは知っていたので一番前に乗って写真を撮ろうと思ったら既に満員でした。
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 お台場と騒いでいるのはフジテレビくらいのものですが、こんな広大な埋立地を作ったのなら、原子力発電所でも作って東京の電力をまかなえばよいのにと思ってしまいます。
 埋立地ですから地下でメタンガスが発生しているようですが、ガスを採掘すると地盤が沈下してしまうようでこれもままならないのだそうです。
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 先日済州島に行った時、観光の看板などハングルはもちろん、英語、中国語、日本語で書かれていたので、観光地として努力しているのdなぁと感心しました。日本も努力しているようです。
 会場内は撮影禁止なので、自社製品しか写す事ができません。
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 岐阜県あたりをさかいに東は左側、西は右側に並ぶのがエスカレーターや歩く歩道の慣わしのようです。私はいつも左肩にカバンを下げているのでついつい右側に寄ってしまうのですが、後ろからエスカレーターを歩いてくる人の邪魔にされます。
 昨年の国際福祉展の来場者は3日で13万人。今年はそれより多いそうです。
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 外の休憩所から見える国際展示場近くの光景。他の会場ではコンビニの展示会のようなこともやっていました。
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 実は既に来年の新製品のプランはできているのですが、初出場の昨年よりもずいぶん注目されるようになったと思っています。
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 上海で生産管理をしてくれている会社の社長も来ていました。まだ20代の女性です。
 ”中国では髪の上に書いた約束事は所詮紙の上でのこと”と言った話題になったとき、彼女が言うには、「紙に書いた約束は死んだ約束と言います。大切な約束はその人の気持ちの中にあります」
 なるほど、死んだ約束と生きた約束かと納得していたら、「でも最近は中国でも書類の上での約束を魔持つようになって来ています」と言うので「それでは面白くないんだよ。普通の国になっちゃうじゃないか!非常識だからこそ面白いんだよ!」と日本側が言うもので、目を丸くしていました。
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男の役割?女の役割?

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 今日、ウラジオストクに出陣する会員さんに空港から「搭乗手続き完了しました」と電話をいただきました。
 交際相手が相手が外国人となると、嬉しさと同じくらい苦労もあるもので、ご家族に伝えるのに気を使ったそうです。

 飛行機がフライトした時間を見計らってウラジオストクの事務所に電話をすると、メール交際中の女性会員が事務所に来ていて、歓声を上げる声が聞こえました。女性もまた不安であることに変わりはありません。

 ある女性会員が行っていましたが、メールのやり取りの中で何回も写真を見ているのに、空港の出口から出てくる日本人がみんな「彼」のように見えたしまうそうです。ようやく当人が出てきて、写真で見た顔と一致すると安堵感が湧き出てくるそうです。そのまま素直に心のままに接すればよいのですが、ロシア女性はすかしてクールを装いたがるので綾が生まれてしまいます。
 こういうときにアドバイスしてくれるのが通訳のスタッフです。

 夜、細木数子さんのトーク番組を見ました。女子高生達に鋭くポイントをズバリ指摘して説教するのですが、「男女平等」がゆがんだ形で定着してしまっているのだなと言うことを細木さんのトークの中でしみじみ感じてしまいました。「男女は平等ではない!」とはっきり言われると爽快感もありますが、「社会的な平等」と「家庭の中での平等」は異なるものだと思いました。

 女性が男性を選ぶと思い込んでいる女子高生に「そんな女として基本的なこともできないあんたにまともな男が寄ってこない!」「仮に結婚できたとしてもすぐに捨てられる!」
 同じ女性にここまで言い切られると、さすがの厚顔無恥もたじろぐようです。古いとか新しいとかではなくて「基本」の問題なんでしょうが、その基本を踏まえないで結果を同じにしようとしていることに無理がある今のご時勢でしょう。サッチャーと土井たか子を比べると歴然です。

 「社会」の基本は「家庭」なんですね。やっぱり。

 女の役割、男の役割とは関係なく甥を風呂に入れるのはかわいいからで、弟と二人で今月1日に生まれた甥を風呂に入れました。それもタライではなく温泉に。
 湯上りに哺乳瓶でポカリスウェットを飲ませて服を着せていると気張りだしたので「大」のようです。湯上りに気分が良くなるとウンコをやらかすので、「中でやられなくて良かったなぁ」と服を着せてから、「後の始末は生産者に」と女の役割も作ってあげました。 


 夜、近所の従姉妹の所に先週くも膜下出血の大手術をした叔母の様態を聞きに行きました。手術後病院に行ったら高圧酸素タンクに入っていたのですが、入ったり出たりしているそうです。体力が落ちているので肺炎が怖いそうです。
 昨日、従姉妹が面会に行き、呼びかけると目が動くのだそうですが、わかっているのかいないのかは不明です。

 この叔母も「女の基本は家政だ!」と従姉妹は子供の頃から家のことをやらされていたので衣食住に関しては何でもできますが、今日顔を出したら小学校4年生の娘に雑巾を縫わせていました。「こんなの教育じゃなくて、その前のしつけ!」だそうです。
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ヨーグルト

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 いつの間にか大相撲は終わっており、優勝したものだと思っていた琴欧州は決定戦で朝青龍に敗れてしまいました。
 今日のワイドショーを見ていたら琴欧州の故郷のブルガリアの様子などが出ていました。街中の看板などロシアと同じくキリル文字を使うので書かれている文字などは読めますが、意味はわかりませんでした。
 琴欧州の本名はカロヤン・ステファノフ・マハリャノフ。髪の毛が濃くなりそうなカロヤンが彼個人の名前で、ステファノフはお父さんの名前、マハリャノフはファミリーネームでしょう。


 ブルガリアはトルコの影響を強く受けた国ですから、中東風の濃い顔つきが多いです。
 ブルガリアと言えばヨーグルトとばかりに明治乳業の看板になっているようです。
 思えば日本にナチュラルヨーグルトを広めたのはブルガリアヨーグルトの出現以降からでしょう。本来のブルガリアのヨーグルトと日本でその名を用いられているブルガリアヨーグルトはずいぶん違うものと想像しますが、砂糖を入れずに酸っぱいままで食しているのではなかろうかと想像します。
 ウラジオストクでも郊外に行けば農家が道端で自家製のヨーグルトを売っていますが、日本で言う「飲むヨーグルト」状態のものもあれば乾燥して粉状になったヨーグルトもあります。これが酸っぱいのなんのって、砂糖も入れずに飲んでいます。
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 風呂上りに冷蔵庫からおもむろにナチュラルヨーグルトを出してガバガバと食べていますが、もちろん砂糖なし。それでいてコーヒーにはドロリとするほど砂糖を入れるのですから「よくわからない味覚だな」と眺めています。
 私は酪農農家に行って牛乳もらってきて自家製ヨーグルトを作りますが、ちょっと発酵して酸っぱくなり始めると固形化する前に景気よく飲んでしまいます。

 騎馬民族の乳腐(ヨーグルト)を真似して中国人が大豆を代用して考え出したのが豆腐で、日本では醍醐味の「醍醐」はヨーグルトのことだそうです。

 モンゴルで遊牧民の家にホームステイした時、毎日粉状にしたヨーグルトを食べていました。慣れてくると酸っぱさも心地よくなりますが、帰りに土産にもらってザックに入れたら、中で袋が破れて粉状ヨーグルトが流出してしまいとんでもないことになったことがありました。

 個人的な印象ではヨーグルトと言えばモンゴルなのですが、今回の大相撲はヨーグルト対決でした。健康のためにの発酵食品。このところ日の当たらない日本力士も納豆食って粘ってもらいたいです。

 小・中学校で私の一学年下に大相撲で小結になった琴稲妻がいました。今は粂川親方として佐渡ヶ獄部屋の部屋付き親方になっています。
 大相撲では小兵力士でしたが、子供の頃から見上げるほど大柄でした。一緒に遊んでいて雑貨屋に行くと、私達が10円の魚肉ソーセージを買って食べる中、彼は50円の太いハムを買って食べていました。
 中学の柔道の大会で出かけたときもわれわれがラーメン食っている時に彼はカツカレーとラーメン。食べる量も違いました。
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 私が大学の時に十両に昇進した彼に会って、バイトの給料が入ったばかりだったので「ラーメンおごってやるよ!」と出かけたら「いくら先輩でも貧乏学生におごってもらうわけにはいかない」とキャバレーに連れて行ってもらいました。後にも先にもキャバレーに行ったのはこれきりでした。
 
 温泉街のストリップ劇場の子供で、親が「馬鹿にされないように」と小遣いはたくさん持たせていたので金はぶりは良かったのですが、家庭的に複雑な中でさびしい思いをしながら育っていたので、人柄も温厚で気配りができる男でした。
 下の写真は琴稲妻が子供の頃住んでいたストリップ小屋の残骸。
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 ロシアで活躍するブルガリア人といえば”百万本のバラ”を世に広めた大御所アラ・ブガチョワの現在の夫フィリップ・キルコロフで、最近でこそロシア語の歌を歌っていますが、ロシア国内でブルガリアの言葉で歌っていた歌手でした。
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閉村式

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 10月1日に町村合併で消滅する村の閉村式に御呼ばれしました。新治村は明治41年に湯の原村と久賀村と言う二つの村が合併してできた村で、97年めにして終焉を迎えます。
 町村合併と言っても財政破綻で合併特例債目当てに身売りするようなもので、あまり村民に利益のない無計画な公共投資は、軍備拡張で破綻したソビエトのようなものです。
 それでもソビエトよりは20年少々長持ちしました。



 先日、中学の後輩で役場の主任に、宴会で酔っ払ってコンパニオンに吸い付いている写真を持っていったら、出かけていていなかったので課長に渡しておいたのですが、当人の手に渡ったようです。「有難すぎて泣きたい位です」と、とても喜んでくれてお礼を言われました。よほど記念になったのでしょう。喜んでいただけて私も嬉しいです。

 功労者と村の職員だけのひっそりした閉村式でしたが、私が功労者の末席に入るくらいですからよほど呼ぶ人がいなかったのでしょう。私の父など「村を駄目にした功労者になりたくない」と辞退していました。
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 ほとんど客が入ることのない村の芝居小屋で閉村式が行われました。国からの補助金と村の借金で作った芝居小屋。利用率は低いくせに使用料が高く、一般の人がイベントに使うには敷居が高い会場です。
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 芝居小屋ですから、こうした旅芝居の一座が来て1ヶ月程度の公演をやっていきます。これはこれで人気があります。
 普通の村人が何か催すにはなんたら協会を通して、とか、どの団体に所属してなど手続きがややこしいのが難です。
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 公園の合間に俳優さんがこの姿で歩かれると、いきなり目にしてびっくりします。
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 ずらりと並んだ黒塗りの車。腹の黒い連中が来ているのがわかります。一番奥の中古のセルシオが村長の自家用です。
 県知事が来るような話がありましたが、実際に来たのはこの地区担当の県の課長でした。
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 フラッシュ禁止!ビデオ撮影禁止!の横でビデオまわしているのは役場の公務。今回は美辞麗句の演技は要求されても演劇ではないのでとりあえず撮影OK。
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 頭部からフラッシュを発光しているのが村長で、この村長になったとたん村の財政はガタつきだしました。そんなことは気にせず、合併特例債の使い道を前向きに模索しています。
 やり手村長と言われましたが、今回の衆議院選挙で足元すくわれた亀○静にべったりくっついて、国から補助金引っ張り出してきて、およそ民間では発注できない高額な見積もりで事業を受ける業者は親亀シンパの大手ゼネコン。
 私財を食いつぶす歴代村長の中で在任中に家を新築して私財を成したただ一人の村長です。
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 沼田の市長が来ていました。本来は沼田と合併するわけでしたが、合併特例債の取り分でもめたのか、この村の村長が突然寝返って合併の枠組みが変わってしまいました。
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 功労者代表の授賞式。小学校の時の恩師は定年後の自然教育、体育指導などの功労で受賞しました。
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 福祉方面での功労で受賞した近所の民生委員さん。日舞の先生もしています。
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 どういう関わりかわかりませんが、アトラクションの時間にバイオリニストが来て演奏しました。
 最初はクラシックを演奏していましたが、後半は”宵待ち草”や”故郷”など一連のニッポンの歌になったとたん、会場の様子が一変しました。
 来客一同がバイオリンの演奏に合わせて歌いだしたので、一瞬バイオリニストがたじろぎました。バイオリンソロ用にアレンジたので、シンコペーションやらポルタメントやらグリッサンドやらオカズをたくさん盛り込んで格調高く編曲してきたのに、もはや盛り場流しのバイオリン弾き状態です。
 村から町へ変わっても、音楽が流れれば嬉しくなり、知ってる歌なら歌っちゃうこの村人たちの素朴さは変わらないでしょう。この素朴さに悪党がつけこみます。
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 中学生による合唱。ひとクラスかと思ったらこれが一学年だそうで、私達の時代の三分の一です。
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 最後は村旗の収納。村長と、反村長を掲げて立候補したものの、娘が役場に就職してすっかり思想転向した村議会議長が出てきました。
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 こうして私の村は終わったのでした。
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 台風前で一日雨降りでした。
 図書館に行く用があったので、3日前にくも膜下出血の大手術をした叔母の病院に行ってきました。高圧酸素室に入っているとかで面会できないのはわかっていましたが、叔母の家族も家に戻っているようでした。
 病院で隣の街の顔見知りの男性に会いました。こちらはお母さんが脳内出血で手術の最中だそうで、頭に直径数センチの穴をあけて出血した部分の修復手術だそうです。
 「昔ならそのままお陀仏だよな。」と、そんな話になりました。

 帰りに山脈のほうを見ると、まるきり雲の中で、遥かに手前の山が霧をまとっていました。



 稲刈りをしたのではなく、倒伏した稲を刈り取って天日干しをしている光景です。足腰の弱いコシヒカリは雨が続いたり強い風が吹くとすぐ倒伏するので、窒素の調整が難しいです。
 この稲は出荷用ではなくて自家用になるのでしょう。コンバインで刈り取って乾燥機で強制関すおするよりはアジが良いと思います。
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 一昨年の11月の写真です。この年は脱穀しようと思っていた矢先に大雪が降りました。
 コンバインなどの文明の利器を持っていないのから原始的に天日干しをしているので、新米を食べるのは11月初旬になります。
 北風が吹いて来たら脱穀と言うのが慣わしですが、北風が雪まで持ってきたものですからこの有様でした。この状態の田んぼを見たとき言葉は出てきませんでしたが、情けなくて笑いが出てきました。
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 稲の周りの雪をどかして風通しをよくして、軽トラが田んぼには入れるようになるまで除雪だけで2日かかりました。田植えよりも、稲刈りよりも、一番重労働は雪かきでした。
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 なかなかいい味を出している米だと思うのですが、米文化の違うロシア妻いわく「味がしない!」
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オハギ

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 秋分の日。これから12月中ごろまで日照時間が日増しに短くなっていきます。
 台風17号がまた雨を降らせそうな天気ですが、日本の年間降水量の四分の一は台風がもたらすそうです。
 ロシアの水はこれがもたらしています。
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 近所のフィリピン人の奥さんがおはぎを作って持ってきてくれました。「こんなことまでできるようになったんだ!」と感心しました。アンコは近所のお饅頭やさんで買ってきて、それを裏ごしして、自分の大好きな黒ゴマをあえて作ったそうです。この世代の奥さんで、お彼岸におはぎなど作る人などいったい何人いるだろうか?
 来日当初は頭を悩ませることが多い人でしたが、年月と言うのはすごいものです。
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 日照が短くなれば日焼けしたジェーブシカ達も元の色白なロシア人に戻りますが、肌の露出が多い夏にそれとなく見ていると肩などにソバカスのようなシミが見えて、コーカソイドの中では肌がきれいと言われているロシア人でも、アジア人の肌の決め細やかさにはかなわないなと思えてしまいます。
 数年前までジーンズをはく人をほとんど見かけませんでしたが、最近はジーンズ姿も違和感がなくなりました。
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 ウラジオストクのタクシーと言えば白タクでしたが、最近はタクシー専用車も増えています。もちろん日本の中古車ですが、一頃、トヨタのクラウンコンフォートと言う車を探しているロシア人がいました。
 トヨタのタクシー専用車両で、中古車はメーカーが引き取ってしまうのでほとんど中古市場に出回らない自動車だそうです。
 タクシー向けに作っているので室内も広く何より耐久性が良いのだそうです。

 ところで、屋根の上の青谷分団ってなんだろう?
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観察

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 台風17号が小笠原方面を襲撃しているようで、関東方面にやってきそうな様子です。USAではまた大きなハリケーンが被災地を再び襲いそうで、荒れる天気が続いています。

 昨日、くも膜下出血の大手術をした叔母ですが、今日は小康状態で意識が戻るのはまだ先になることでしょう。
 救急車で運ばれていったので、近所中皆知っていますし、共同浴場で話は伝わっています。
 約1名、私が倒れて手術を受けたと勘違いしていた人がいました。

 朝から雨が降ったりやんだりの天気でしたが、早朝キノコ採りに行ってきた知り合いは大きな舞茸を採ってきました。「連休になると人が大勢押し寄せるから、今日が一番のチャンス。」と出かけてきたようです。

 最近我が家の周辺にアナグマやタヌキとは異なる動物出現しているようで、以前、夜にちょこっと見かけたときはテンに似た動物に見えました。
 最近は夜中に近所のイヌが吠えるので、何かしら野生の動物が出ているようです。
 もしかしたら新種の動物かもしれないし、そうなれば学名に私の名前を入れるチャンスもあります。

 カメラを設置して確認してやろうと、野生動物の研究をしている人に道具一式借りてきて餌を置いて観察しているのですが、写っているのは我が家の下の家のお婆さんが飼っている猫ばかりでした。
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 仕掛けなどしなくても人が近くに行っても逃げもしない人なれした猫で、昼間は我が家の猫と日向ぼっこしています。
 せっかく大掛かりな仕掛けを作って待っていたのですが、ただたんにこの猫に餌を食い逃げされただけでした。
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くも膜下出血

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 朝、近所に住む叔母から「稲荷寿司作ったから取りに来い」と電話があり、皿を持ってもらいに行ってきました。
 山形に住む一番下の叔母と北海道に旅行に行っている父が、昨日この叔母のところにカニを送ってよこしたそうで、そのお礼の稲荷寿司を私が頂戴しました。
 元々この叔母の家が父の実家で、長男の父が家を出たので、妹夫婦が後に入ったのですが、庭に昔からある稲荷様の祠があり、彼岸の季節だから稲荷寿司をお供えするので作ったそうです。

 お昼に稲荷寿司を食べて、その昼過ぎ、来週ウラジオストクに行く会員さんから電話があり、持って行くものや着ていくものについて相談をしました。
 この季節、暑い日と寒い日が極端で、昨日メールを書きに来た女性会員は肩丸出しのシャツを着た新しい写真を送ってきました。先週メールを書きに来た女性会員は寒い日だったので毛糸のカーディガンを着ていました。

 電話の直後救急車が来て、サイレンの音が近くで止まったので出てみると叔母の家の近くで、どう見ても叔母と思しき女性がストレッチャーに乗せられているので、ぶったまげてサンダルを脱いで手に持って走っていきました。
 大正琴の教師をしており、自宅での稽古中に頭が痛くなってそのまま倒れてしまったそうです。


 脳神経外科の病院に担ぎ込まれ、くも膜下出血、緊急手術ということになりました。

 6月に亡くなった母の姉も10年前にくも膜下出血で倒れましたが、このときは血管からカテーテルを通して血を抜く手術でした。
 4−5時間かかるかもしれないなと予想したのですが、ムンテラではそんな程度の状態ではなく頭蓋骨を切っての大手術になるとのこと。
 父の兄弟衆が皆集まる中、長男(父)と末の妹はのんびり北海道旅行中。何とか連絡は取れたものの、どうにもまりません。居心地の悪い雰囲気の中何とか無事手術が終わることを祈るのみ。

 2時から手術が始まり、予定では手術の終わりが夜の10時。それまで患者の体力が持つのか、そちらのほうが心配でした。
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 私の母も17年前にくも膜下出血で亡くなっており、その翌年には父が脳閉塞になっているので、自分自身にもとても気になる病気で、昨夜も「たけしの本当は怖い家庭の医学スペシャル」を見て「こりゃまずいわ!」チェックしていました。

 待つ時間の長いこと長いこと。
 血管のクリップが終わって、これから頭蓋骨をかぶせて縫合するとナースが報告に来たのが9時過ぎ、あと1−1.5時間かかるとのこと。

 人間の緊張感とはこんなものかと思ったのは、手術当初は沈うつだった親戚一同も数時間過ぎるとだんだん話が明るくなり、無論、自ら気を紛らわせるために明るい話をしているのですが、当初は楽天的な話などできないような雰囲気が次第に和らいで、話は明るいほうに向かっていきます。
 暗闇の中で手探りで明かりを探しているようなもので、それもまた心中を察すると厳しいものです。よくなってほしいと言う願いと、駄目でも十分手を尽くしたと言う諦めが、気体の薄い明るい話を口にできるようになるのだろうか?と眺めていました。

 手術室の入り口の壁に酸素や窒素などの供給バルブのボックスがありました。その中に笑気ガスのバルブが。
 笑気ガスと言えばボブ・ホープの「腰抜け二丁拳銃」で、歯医者のボブホープが治療をするとき、患者に笑気ガスを吸わせてげらげら笑っているうちに歯を抜くシーンが思い浮かんでしまいました。
 きっと、手術が駄目で激高する患者の家族達にかがせるに違いない!などと気を紛らわしつつ、ひたすら待ちました。
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 手術が終了して説明が始まったのが夜の11時。よく持ちこたえたなと感心しつつ、突然の急患で9時間にも及ぶ手術をする脳外科医の体力と精神力にも感心しました。

 とりあえず手術はうまく行ったが、まだ安心できる状態ではなく、これから術後の第二第三の危険が訪れることを覚悟しておけと言う話でした。

 17年前に母が同じ病気で亡くなったとき、どうあがいてもなす術はなかっただろうと言われていた病気ですが、今では何とかなる病気になったのですから、医療技術や医薬品の進歩は着実に進んでいます。
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ペチョンキナ

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 ウラジオストクから、テニスプレーヤーのマリア・シャラポワについてメールが来ました。
 彼はテニスに興味がないこともあって、シャラポワについてはまったく知らなかったのですが、ようやくどんな人物か理解できたそうです。
 ウラジオストクにもテニスコートはありますが、お金のかかるスポーツらしく一般市民にはあまり普及していません。

 実は私もCanonのコマーシャルで「ダブルOK!」と変身する女性がシャラポワだと知ったのは2−3日前なのですが、ハリウッドの女優さんかと思っていました。

 彼が言うには「シャラポワよりもユリア・ペチョンキナのほうが素敵な女性だと思います。」
 ペチョンキナ?もしかしてヘルシンキの世界陸上の400mハードルの金メダリスト?どこが?どこが?そういえば彼は昔陸上競技のハードルをやっていたんだっけ。
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 「シャラポワよりもペチョンキナのほうが美人だと思います。」と言われて、びっくりしつつもロシア的な感覚ではそうかもしれないと思いました。
 「ペチョンキナが走ることはロシアの名誉につながることで、シャラポワが勝っても彼女にお金が転がり込むだけで、ロシアの名誉にはあまり関係ない。」そうです。

 ペチョンキナの夫のペチョンキンは110Mハードルの選手ですが2次予選で敗退。
 ペチョンキナは400Mハードルをダントツで優勝、その後USAやジャマイカなど競合がそろう4×400Mリレーの決勝に第一走者として出場し、ダントツのトップで第二走者にバトンを渡しました。
 ロシアがぶっちぎりで優勝でした。この競技は自信を持っているようで、4×400Mリレーはソビエト時代の記録が未だに破られていません。

 ウラジオストクでソビエト時代の体操の代表選手だったおばさんにあったことがありますが、ブルースの女王のような体型になっていました。

 20年後のシャラポワがどんな体系になっているか興味ありますが、比率からすると日本人のほうがロシア人より太りやすいと思います。
 坂の多いウラジオストクは港町。比較的魚を食べるロシアでも魚を多く食べる土地。
 シベリア内陸の筋肉質な人たちと比べると小柄な人が多いです。
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ハクビシン

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 彼岸も近いのでお墓の草刈をしておこうと出かけたら、近所の大工さんのトラックが止まっていてました。
 「ムジナ轢いちまったぃ。」というので覗いたらぺしゃんこになっていました。「狸かな?アナグマか?」と聞かれました。
 このあたりではタヌキ、アナグマ、ハクビシンなどをまとめてムジナと呼ぶので轢かれた遺体をよく見たらハクビシンでした。
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 ハクビシンはアナグマよりも顔の白い部分がはっきりしています。何より前足の指がハクビシンは5つ、アナグマは4つなので見分けがつきます。
 タヌキはイヌ科、アナグマはイタチ科、ハクビシンはジャコウネコ科なので、元来、種族が違います。
 上の写真はハクビシン、下の写真はアナグマです。
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 「それで、どうやって食うんだ?」と言うので、食う気か?とあきれつつ「鍋でしょう。」
 トラックの荷台にポンと投げ込んでそのまま行ってしまいました。

 確か中国のSARS騒動の時、ハクビシンを食べた人からSARSが発生したと言われていましたが、この村から第二のSARSが勃発したら元凶はハクビシンということになるでしょう。

 ハルビンで西郷ドンが究極の鳥のスープと言うのをご馳走してくれたことがありましたが、鍋のふちからニワトリの足がばっちり見えていました。中を見たらとさかのついた頭が浮かんでおり、ゆでられた目は真っ白になっていました。その他、漢方薬多数。
 思い切り腰が引けたのですが、せっかく頼んでもらったものです。

 ロシア女性なら人に料理を取り分けてくれるような気の利いたマネはしませんが、中国女性は心配りができます。スープの具を取り分けてくれるのですが、貴重な部位は客人に出すのがおもてなし。小皿にニワトリの頭と足がしっかり入っていました。”小さな親切大きなお世話”。

 何でも、頭は一羽のニワトリから一つしか取れず、足も二本しかないそうで、大変貴重な部位なんだそうです。これを食べれば滋養強壮にもなるそうです。虚弱で病弱だっていいから誰か食べて!と李小姐に食べてもらいました。

 どうもスーパーマーケットのパック詰めに慣れてしまったことがありますが、本来はなまめかしいものです、肉食は。
 ロシアでも市場に行くと丸ごとそのままのウシから「この部分」と切り取ってもらって肉を買います。
 ロシアのおかしらつきローストチキン
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 日本だって魚に同じことしていますからいえた義理ではありません。
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中秋

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 今日は中秋節。ハルビンの張さんや北京にいる西郷ドンからお祝いのメールが来ました。今時の日本では中秋の祝い事などしないので、あまり実感がありません。
 最近ではススキが少なくなっているようで、鎌を持った見かけない人がこのあたりのススキを刈り取っていました。 
 中秋の名月。今夜は満月です。
 月見をしようと望遠鏡を持って外にいたら藪蚊に顔や足を刺されてかゆくてたまりません。



 奥さんの里帰りに付き合って(荷物もち)ハルビンに行ってきた会員さんから電話がありました。
 空港の周辺の畑がわずか三日間の間にきれいに収穫が終わってしまったそうです。収穫を終えて中秋の休みになるのでしょう。すっかり向こうの家族に受け入れられているので、なじみの親戚や近所の人たちと毎晩飲み歩いていたようです。
 10月には奥さんのお兄さんが結婚するので、またハルビンに出かけて、結婚式に参列したり奥さんを迎えに行くそうです。
 
 昨日、船橋の伯母が来て、土産に崎陽軒の焼売を持って来ました。40年間、いつもこの土産と決まっているのですが、そのためなのか、私には焼売が中国の料理と言う感覚がありません。東京の名産と思えてしまっています。もっと明確に言うと、焼売と文明堂のカステラは上野の名産品だと思っています。
 昔北京に行った時にこれまたおいしいエビ焼売を食べたのですが、「へえ、中国でも焼売を食べるのか」と思ったものです。あの時は黒酢に砂糖を混ぜたたれに焼売をつけて食べましたが、やっぱ焼売は洋ガラシに醤油です。
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 小学校の頃、弁当のおかずに崎陽軒の焼売をもってくれば都会から親戚が来たか、もしくは家族が都会に行ってきた証拠物件で自慢できたものです。
 わざわざ目に付くように弁当の蓋の上に焼売をのせて、見せびらかしながら最後に食べることがステータスでした。

 さらに浅ましいことに焼売についてくる陶器の醤油さしは文明に遭遇した証なので、弁当のおかずに関係なくそれに醤油を入れて持ってくることが「偉い」行為でした。今はゴムのふたですが、当時はコルクの栓が蓋になっていて、このコルクがぼろぼろになるまで使い古すのがステータスでした。
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 なんとまあ、情けない田舎暮らしのなせるわざと惨めな思いもしますが、日本だってそんな時代があったんです。まだまだ道の途上です。

 里帰りする奥様方が持ち帰る土産を、向こうでどんな思いで使っているかと想像すると、単純に喜んでもらえることがこちらにとってどれほど嬉しいことか。
 素朴なところに大切なものはあります。
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写るんです

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 小学校の運動会。朝だけ交通整理を頼まれて出かけてきました。本来私が出動する順番ではなかったのですが、朝いきなり電話で頼まれて、あわてて出たので制帽とホイッスルを忘れて行ってしまいました。デジカメは忘れなかったけど。



 言われた時間に行ったら、既に大方の家族は来ており、ビデオカメラを待って撮影場所の取り合いで、こちらのほうに交通整理が必要なくらいでした。
 国際カップルが少なくない村ですが、どこの学年にもその子供が一人二人いるようです。こちらに来たときは生活習慣の違いから何かしらトラブルを起こした女性たちも、母となって子供が小学校に上がるようになるとすっかり地元のおばさんになってしまっています。
 国際カップルの子供は平均体格が良いようです。
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 先月ウラジオストクに行った男性が、向こうで写してきた写真を郵送してくれました。
 「写るんです」を持っていったというので、大丈夫かな?と心配していましたが、これがまたよく写っているのでびっくりしました。
 夕暮れのウラジオストクの港をバックに女性とツーショットで写っている写真など、ストロボをスローシンクロさせたようなすばらしいできばえで、大きく引き伸ばして飾っておくような写真になっていました。夕暮れの色も、日本ではなかなかでない色でした。
 写るんですとデジカメで写真の世界が変わったなと実感してしまいました。

 早速写真をエアメールで送ったそうですが、写真を大切にする人たちなのでよい贈り物です。
 
 ロシア女性の写真を写すのは難しくて、顔の堀が深いからちょっとした光の加減で影ができるとまったく別人のように写ってしまいますし、髪の色も光の当たり具合でぜんぜん違うように見えてしまいます。
 特にブロンド系の人は真正面から強い光が当たると髪の色がすっ飛んでしまって、眉も金色ですからのっぺらぼうのように写ってしまうこともあります。
 場所を変えて写しただけで「別人だ!」と思えるほど違って見えるのですが、彼女らに言わせれば「同じように写っている。」
 日本人はわりとコントラストの強いはっきりした画像を好みますが、ロシア人は輪郭が強調されない淡い画像を好むようにも感じます。
 街の中を歩いていて色使いの違いを感じますが、着るものの好みは正反対で、派手な色使いを好む人たちです。
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イモ焼酎

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 すっかり秋の気配が漂う涼しい季節になってしまいました。ウラジオストクも今日は寒いくらいだと言っていました。
 ハルビンの張さんは先週北京に行って西郷ドンと会ってきたそうですが、北京からハルビンに戻ると寒さに驚いたそうです。ハルビン郊外は今収穫の季節。この1−2週間で大方の畑から作物が消えます。

 保険証に書かれた住所の番地が間違えていたので村役場に行ってきました。来月から町村合併で隣町の役場が本庁になるのでその引越しの準備が始まっていてあわただしい様子でした。
 なんと、5年も前から保険証の番地記載が間違えていたままだったのですが、「気がつかなかったんですか?」と聞かれ「気がついたらとっくに来ていたよ。」
 今月はじめにかかった産婦人科医院で指摘されて初めて気がついたしだいです。
 10月には新しい町の保険証に切り替わるからそれまでこのまま持っていてくださいということになりました。

 祇園祭の反省会を地元の旅館でやりました。例年なら8月中にやるのですが、今年は最後の村民体育祭の練習を毎晩やっていたので延び延びになっていました。
 この一年、婦人会の造反、老人会対婦人会の嫁姑団体の確執に翻弄されていますが、家庭円満のためには親より嫁の言うことが大切です。「婦人会が来るなら俺達はいかねえ」とお年寄りが言うので、じゃあ、老人会のイベントがあるときに反省会をやろうと今日になりました。
 親と一緒に暮らしてくれる嫁と言うだけでも「人助け」になってしまったような昨今ですが、因果応報、やがて自分の身に降りかかることだと思います。


 婦人会重鎮達のご機嫌をとっておかないと自分の嫁がいじめられるので皆さん結構気を使います。こいつら嫁いで来た時からふてぶてしかったけど。
 「ハモを食べたい」の一言で冷シャブがメニューに。すごい女性たちです。
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 なんだかんだとかあちゃんを持ち上げて働かせて、男達は好き勝手に遊ぶと言うのが”上州のかかぁ天下”の実態です。

 この2−3年地元で流行っているのが薩摩のイモ焼酎。それも”宝山”という焼酎。誰かが鹿児島に旅行に行って見つけてきたもので、わざわざ鹿児島の酒屋さんから送ってもらっています。これもとうちゃんたちの道楽の一つです。
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 お湯割りで飲むにも流儀があって、焼酎にお湯を注ぐのではなく、先にお湯を入れてから焼酎を注ぎ込むのだとか。
 もちろん、酌なんぞしてくれるご婦人なんていませんが、手酌にしたらこれもまた気が楽で、自分で飲みたければ飲めばいいのですし、飲みたくない人に無理強いをさせることもない。合理的です。
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民営化?

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 会員さんがEMSで送った月末に来日予定の女性会員の招待状がまだウラジオストクの事務所に届かず、いくらなんでも今日あたりには到着するだろうとスタッフに夜遅くまで待っていてもらったのですが、今夜は到着しませんでした。
 先週来日した女性会員へのEMSは早々に届いたのですが、今回はやけに遅いです。

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 EMSの追跡調査をしてもモスクワから先はわからないのがロシアの状況。中国も同様で、EMSの追跡は大連まで。「確実に届く」以外はまだまだ改善の余地があります。
 ウラジオストク事務所に電話して、そちらから追跡調査できないのか聞いてみたのですが、無理だだそうです。
 郵政が民営化したらこういった問題も解決策ができるのだろうか?

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 ウラジオストクの市内では大方の家庭は郵便局に私書箱を持っていて、郵便物は局にとりに行きます。アパートの入り口に集団の郵便受けはありますが、イタズラされたり、どこが誰の郵便受けなのかわからないのであまり信用されていません。
 EMSは各家の玄関まで運んでくるそうですが、エアメールなど郵便受けから誰かが持って行ってしまうこともあります。
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 昼間、韓国へのエアメールを出す用があり郵便局に行き、局長に郵便番号のことを聞きました。私の住む”湯宿”は現在大字が”新巻””布施”と二つあり、住所としての”湯宿”は存在していません。
 来月の町村合併で”湯宿温泉”と言う地名ができるのですが、郵便番号も新しく変わります。
 新しい郵便番号がどうなるのか聞いたところ、10月1日の合併以降でなければ公表できないとのこと。たぶん、379-1409になるのでしょうが、そこを何とか今教えてと局長に迫ったのですが、「国家機密だから駄目!」と教えてもらえませんでした。

 私がロシアにエアメールやEMSを出す時は、いつも国名のRussia以外はあて先をキリル文字で書くので、「本当に届いているの?」と逆に心配されてしまいました。
 今日もって行ったエアメールも韓国に出すものだったのでKorea以外はハングル文字であて先を書いて送ったのですが、「こんなんで届くんだろうかね」と言われてしまいました。

 ウラジオストクの中央郵便局は2Fに窓口がありますが、キオスクのような売店があり、そこで切手を買います。たぶん個人商店になっているのだと思いますが、売店には便箋や封筒やグリーティングカードも売っています。ソビエト時代の記念切手も売っているのでコレクターの方は足を運んでみるといいでしょう。
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 それだけなら当たり前ですが、シャンプーや石鹸の果てまで売っています。
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 インターネット環境も日本と大きく異なり、各家庭にパソコンは普及していませんが、市内各地の郵便局ではインターネットルームがあり、そこでメールのやり取りができるためにメルアドを持っている人は多いです。

 E-メールのやり取りはもとより、郵便物の受け取りまで郵便局に出向かなければならないロシア。当たり前のように感じている宅配さえ、本当は便利でありがたいことだと思えます。

 なんてことを局長と話していたら小包が搬入されてきて、友人が私の誕生日に送ってくれた小荷物がちょうど入ってきたので、「ついでに持って帰れ」と宅配してもらえませんでした。
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トルマリン

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 最近奇妙なニュースが気になっています。一般家庭にサソリが出現したり、イグアナが出現したり、ニシキヘビを散歩に連れて行って逃がしたり、それらしき蛇がビンにつめられて駅で見つかったり。このところ熱帯化している日本では冬を越してしまいそうですから怖いです。
 こうして発見された動物?は”所得物”扱いになるのだそうです。落とし主が現れない場合は拾った人のものになるのだろうか?「引取りに来てください」と言われても困るだけですが。
 さらに気になるのは外国から輸入したクワガタ虫が野に放たれているようで、国際結婚勧めていながらこんなこというのもなんですが、昆虫は理性がありませんから、日本の在来種と混血化したり。樹木に悪い影響が出るのではと懸念しています。

 ペット大国ロシアではどこの家庭でも犬や猫がいて、家族と一緒に生活しています。変り種では熊を飼っている人もいますが、蛇や
サソリなど飼っている人は…いるんだそうです。

 友人が言うには,アパートでニシキヘビを飼っている家庭があるそうです。「ロシアの冬は寒いから逃げても大丈夫、すぐ死にます」と簡単に言いますが、下水道などにもぐりこんだら暖かいと思います。
 冬は発電所から暖房のスチームが供給されているから、こんなところに棲み付いたら冬を越すだろうと言うと、「たびたび停電やスチームのストップがあるから、そのときに死んでしまうでしょう」とのんきです。
 冬にたびたび暖房が止まってしまうようなアパートでどうやってニシキヘビを飼っているのか気になります。

 朝、農作物の作り方などを教えてもらっている農家に韓国土産を持っていきました。主の姿が見えないので、畑にでも出ているのかと聞いたら、アルバイトに行っているのだとか。
 そのアルバイトとは、今問題になっているアスベストの除去作業。宇宙服のような防護服を着ての完全武装で汗だくになりながらアスベストをはがすそうですが、日当が良いのだとかで喜んで出稼ぎに行っているようです。
 「このブームが細く長く続いてくれるといいんだけどねぇ。」と、夫の健康のことなどこれっぽちも考えていない奥さんの言葉。健康よりも生活が優先の現実的な言葉です。

 夫の健康などこれっぽっちも気にしていないけれど、自分の健康には熱心なようで、トルマリンのブレスレットをしていました。
 最初、縁日で売っている暗闇で光る腕輪のようなものをしていたので、孫がお祭りで買ってきたおもちゃか?と思ったのですが、トルマリンが練りこんである腕輪なのだそうで、枕やシーツもトルマリン入りの寝具を使っているそうです。風呂にもトルマリンを入れているそうで、湯冷めをしないそうです。「磁気ネックレスなんぞよりよっぽど効き目がある。」体調がよくなるそうです。
 トルマリンは基本的には「石」で、どうして人体によいのか良くわかりませんが、何かしらの「触媒」の役割をしているのでしょう。
 「なんつったて、おめぇ、体が丈夫でなきゃぁ。それがなによりの財産だんべな。」と、夫をアスベストはがしに送り込んでいます。
 男は強し、されど夫は弱し。
 
 ウラジオストクから船で帰ってきた奥さんを富山まで迎えに行ったか弱い夫が、携帯電話のカメラでこっそり写してきたあまり目にできない船の写真。
 給水をしている現場写真。水だけは日本の水を積んでもらいたいものです。



 船の塗装を補修している光景。
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 船に乗り降りするタラップ。港は広いので陸に下りたら自転車で移動するのでしょう。
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 ようこそ富山伏木港へ!日本語、英語、ロシア語で書かれています。船から下りると真っ先に目に付く看板だとか。
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墓地

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 済州島の郊外に出ると、畑や草原の各所に下の写真のような塚が見えます。お墓です。9月の20日ごろに旧暦のお盆を迎えるので草刈をしてありました。
 生きて生活する土地よりも死んでから入るお墓のほうが面積が広いと皮肉られているそうですが、人が亡くなると、占い師がお墓の方角を決めて、その方角に埋葬するのだそうです。そこが他人の土地であっても交渉して埋葬するようです。
 一人ひとりお墓を作っていたら土地がいくらあっても足りないので、火葬して共同墓地へという方向に政府は持っていこうとしていますが、住民が言うことを聞かないようです。

 夫婦や家族でもそれぞれお墓が違います。
 日本なら夫婦が一つ同じ墓に入るのが当たり前ですが、ところ変われば夫婦と言えどお墓が異なってしまいます。
 写真のお墓など滝を望む橋のふもとで、観光客が集まる場所です。日本なら墓の撤去を強制的にでもやってしまうでしょう。お墓の下は切り立った崖でお参りするのも命がけですが、わずかばかりの土の下はすぐ岩盤なので、そんなに深く埋まっていないかもしれません。



 昔ソウルに行った時にお寺やお墓が市街地にないことに気がつきましたが、中国でも同様のことを感じたものです。
 広大なロシアでもウラジオストクなど墓地不足でお墓までアパート形式なっています。
 
 韓国は日本異常に出生率が低い国ですが、2004年の統計ではひと組のカップルに子供が1.19人。日本が1.29人でした。
 少子化の影響で子供の姓にも変化が出ています。夫婦別姓の国ですが、例えば、朴さんと李さんの子供なら朴李、張さんと金さんの子供なら張金などの姓が認められるようになったのだそうです。
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 少子化の原因は女性の社会進出にもあるようですが、子供を育てるための負担が大きいことも要因だそうです。
 今回の衆議院選挙でも子育て支援のことを取り上げる政党がありましたが、結婚や子育てなんて地を這うような泥臭いもので、対面上かっこよく勝手に生きたいスタイリストには本来なじまないものです。社会制度を整えたところで、受精卵移植シングルマザーのようなステイタスや世間への見栄のような子供が増えるだけにも思えてしまいます。税金対策のために生まれた子供なんてことになったら「俺は空領収書と同じか」とぐれるかも?
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 バブル崩壊の金融危機からIMF管理下にあった韓国ですが、その間に大掛かりなりストラクチャーをしました。
 その結果、民間企業で活躍できるのは30代までで、力のない人間はどんどん切られていく厳しい制度になってしまったそうです。
 元々えらくなるとそっくり返って何もしないというのが伝統でしたが、えらくなって何もしないとやる気のある上り坂の世代に足元をすくわれるご時勢になっています。
 そのため、企業に勤務したら結婚や子供よりまずは仕事と、若い世代は競争にさらされています。

 次世代がいなくなればのんびり死んでもいられそうにありません。
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済州島最終日

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 二泊三日の済州島旅行も最終日。朝はホテルの朝食ではなく、あわびのおかゆを食べに行きました。そこでいきなり心が熱くなるメニューを発見。
 もちろん、日本人観光客を大切にしてくれているのでありがたいことですが、楽しませることも忘れていない?
 右からあわびスープが”あわびス1プ”。あわびあんかけご飯が”あわびあんかはご飯”。あわび鍋ご飯が”あわび錫こ飯”。なんか、朝からとてもうれしくなってしまいます。



 テレビなどのマスメディアはすぐ”日本の永遠のライバル”と韓国に対してあおりますが、国力などを考えると韓国側がずいぶん背伸びしているようなもので、ちょっと無理があるのではなかろうか?と思うことはよくあります。
 日本が”十六茶”なら韓国は”17茶”。こんなところで張り合うなよ!とまたまた喜んでしまいました。
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 見たことがあるなぁと感じることは多いのですが、ベンツもどきのこの自動車もよく見かけます。最初はCクラスのベンツが多いなぁと感じたのですが、横や後ろを見るとぜんぜん違います。でも、ハッタリがきく車です。
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 城山日の出峰へ朝から登山です。韓国で一番早く日の出が見られる高台です。歩いて20分ほどで峰の上に出られます。
 中国人集団と台湾人の集団と一緒に「加油!加油!(がんばれ!)」と励ましあいながら上まで歩きました。
 「時代だな」と感じたのは、中国人や台湾人みんな持っているのがオリンパスやキャノンのデジタルカメラ。「写るんです」を持って歩いているのはわが仲間たち。
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 上から町を見下ろせば屋根に白いライン。これも景観条例で定められているようです。
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 峰の上は大きなくぼ地がありました。東側に海が広がっていますが、かすんでいて水平線までは見えませんでした。
 上っている最中は風もなくひたすら蒸し暑いのですが、上に抜けたとたん風が吹きつけて心地よいこと。
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 かつては新婚旅行のメッカだった済州島ですが、最近は外国に出かける新婚が増えているようです。
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 岩の上が白くなっているのは景観条例とは関係なく、かもめや海鳥のフンです。
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 こちらも景観条例とは関係なく、立ちションです。朝からビール飲み過ぎて途中でバスを止めてススキに肥料をやっています。ちなみにブドウ園の息子。
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 民家の周囲は玄武岩の石を積んで風除けの壁を作っています。元々は漢撃山と言う火山の噴火で出来上がった大地で、玄武岩の岩盤の上にわずかばかりの土が堆積してできた島です。どこもかしこも石ころだらけで、家や畑などの石を積み上げて石垣を作っています。
 玄武岩そのものがざらざらした岩なのでただ積み上げても崩れません。
 日本では鉄骨や鉄筋コンクリートの集合住宅のことをマンションと言いますが、韓国では写真のような一戸建てがマンション。高級な集合住宅をアパートと呼びます。どちらにしても誤解を招く表現です。
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 民族村に行きました。観光目的で作ったのではなく、そのまま土着の生活している場所を民族村に指定しただけの施設です。
 政府からの援助ではなく、地元の人たちが運営しているそうで、五味子と言う独特の発酵させた伝統のお茶を独占権をもらって製造販売しています。
 済州島では馬を殺す頃は許されていませんが、この民族村の人たちには馬の屠殺権が認められており、五味子の製造権と馬の肉などの販売権を与えられて生活の糧にしています。馬の骨で作った薬も売っていましたが、骨粗しょう症などに聞くそうです。値段も高かった。
 ガイドのお姉さんもこの村の女性で日本語がぺらぺらです。着ている服は柿の渋で染めた済州島名産の服です。
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 本当に人が住んでいて、家の中にテレビがあったり、FAX付の電話もありました。
 済州島は水はけの良い大地なので田んぼが作れません。韓国本土では稲わらの屋根が多いのですが、済州島ではかやぶきの屋根です。
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 トイレです。もちろん現在は外に水洗トイレがあってそれを使っていますが、昔は(29年前まで)こうしたトイレを使っていたそうです。外側に人がしゃがめるだけの穴がありそこをめがけて発射するそうですが、、豚がしたから顔を出してお尻に噛み付くので、豚の頭をつつく棒までありました。
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 済州島は三多(石、風、女性が多い)、三無(物乞い、泥棒、門がない)、三麗(打つ駆使心、自然、果物がある)の島と呼ばれてきました。
 泥棒がいないから門は必要ないのですが、実は門がありました。
 子供達が結婚すると親とは別の生活になります。同じ敷地内に家を建て、地面に写真のような岩を並べて境界線になります。
 子供の家族と親の家族が喧嘩をすると、この境界線に石をおきます。仲が悪いほど石をたくさん積み上げてやがて石垣になります。この状態を周囲の人たちも見ていますから、石垣が高くなった家庭にはできるだけ近づかなくなくなるそうです。
 予断ですが、離婚が多い韓国にあって済州島は特に離婚が多い土地だそうです。原因は女性が働き男性が怠けるからだそうで、ロシアに似ています。
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 現在、毎週土曜の夜NHKで放送している”オールイン”のロケ地に行ってきました。日本のおば様たちがたくさんいました。
 韓国では”冬ソナ”よりもはるかに評判が高かったドラマだそうです。
 いきなりヒロイン、ソン・ヘギョの写真の看板。はとが豆鉄砲食らったような口と目も、こうした写真にすると違いますね。こういう清楚さが最近の日本の女優にはないんですね。
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 この教会が撮影に使われましたが、元々あった教会ではなく、このドラマの撮影のために作られたものだそうです。本来建設禁止になっている土地なのだそうですが、済州島政府の観光政策の一環で許可になったようです。
 ドラマでは孤児院を兼ねた修道院でした。
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 このあらぶる海の光景もよくドラマで用いられていました。台風が来ていたこともありますが、波の荒れ模様がこれまた感動的でした。
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 イ・ビョンホンとソン・ヘギョのキスシーンの看板の前には日本のおば様方陣取っていて、なかなかどいてくれないのでずいぶん待たされました。
 日本にはおばさんしかいないのか?と思われてしまうほど、中年以降のおば様ばかり来ていました。
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 ドラマの中に出てくる礼拝堂です。教会の建物の中は”オールイン”の博物館のようになっていて、撮影に使われた資材や撮影の光景の写真などが展示されています。
 ここも日本のおばさまたちが陣取っていて、写真を取り巻くっていました。
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 ドラマの中で使われたウェディングドレス。イ・ビョンホンはわりと小柄のようで、私には着られそうにもないサイズでした。
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 カジノを舞台とした映画だけに、地下には模擬カジノがありました。私が行った時にはバカラと言うゲームをやっていました。もちろん客は日本のおば様たち。ディーラーが日本語でゲームを説明していました。もちろん、賭けはありません。
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 帰国の飛行機は夕方6時15分に出発。時間をつぶすのも大変でした。私は入国の時に2万円両替したのですが、まだ8千円近く残っていました。ウォンのレートはほぼ円の10分の1なので、8千円と言うと8万ウォンです。妙に大きな金額に思えて使いにくくなってしまいました。
 途中でキムチと明太子と岩のりを買ってほぼ使い切りました。

 空港の国際線はほぼ同じ時刻に台北行きと関空行きがあるので混雑していました。
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 空港の中にヨン様がいました。身長私より少し高いかな?でも薄っぺらでした。
 ここでも日本のおば様方がヨン様とツーショットで「写るんです」の残ったフィルムを使い切っていました。
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 空港の免税品店は一つ。ロッテです。
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 街中の免税品店で買った商品は空港で受け取ります。市内には二つの免税品店があり、新羅とロッテです。
 ブランド物ばかりで誰も買わなかったので、こんなところで受け取る奴がいるのかと思っていたら、ずいぶんたくさんいたので驚きました。しかも、免税品店の引換所で受け取った山のような荷物を機内に持ち込んでくるのですから、中国に生活用品を買い出しに行くロシアの飛行機のようなものです。
 4万も5万もするようなカバン買ってどこがうれしいのだろう?と言う仲間がいたので、一晩4万で女買った人が言う言葉じゃないよと釘をさしておきました。
 機内の座席後列はブランド物が山になっていました。
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 来る時はタラップを降りましたが、帰りは通路を使ってそのまま乗り込めるようです。ちなみに写真は関空行きの飛行機でした。
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 登場する時に日本の新聞もあったようですが、見落としてもらってきませんでした。読売新聞やスポニチが読まれていました。やはり話題は昨日の選挙。旅行に来たメンバーは全員不在者投票をしてきました。
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 機内食は寿司でした。韓国で作っているんでしょう。実質的なフライト時間は1時間50分。成田に着陸してから時間がかかり、機内から出るまで20分かかりました。
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 さらに時間がかかったのが成田からの帰り道。外環道が工事中だったために。練馬に出るまで2時間半。自宅に着いたのは夜中の1時半でした。
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済州島 その2

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 前夜はホテルに戻ってくるなりそのまま寝てしまったので、朝5時ごろ目がさめてしまいました。部屋のテレビをつけるとNHK−BSも見られるので、今夜は選挙速報が見られます。


 総勢9名の旅行ですが、前夜、良い子で過ごした模範囚は私を含めて4人。後の5人は何をしたかというとナニをしたわけで、少なくも私の部屋の両隣は今一人で寝ていないことは確か。
 一晩4万円も払う価値があるのか?と、壁でも蹴飛ばしてやろうかな?と思いつつも、朝の散歩に出かけました。

 雨が降ったばかりなので道路はこんな状態。まだ6時少々回った時間なので誰も歩いていません。
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 信号は4つランプがあり、赤、黄色、直進と左折用の緑と、右折用の緑です。
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 街中の一戸建て民家の様子。台風がよく来る場所でもあるので家の作りも風に強く作ってあります。
 家の造りで発見したのは屋根の形状について。年間降水量1800mmと雨の多い土地ですが、屋根からの雨を受けるトヨがありません。雨は直接下に流れてきます。もう一つは、屋根の軒の出がほとんどないこと。雨が壁を濡らすのではなかろうか?と懸念しますが、台風の時に軒下に巻き上がった風が屋根を吹き飛ばずことを考慮して軒の出が少なくなっているようです。
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 コンビニといえばファミリーマートで、島のあちこちに見かけることができます。貸し本屋や化粧品店などがコンビニ化したような店で、コンビに以外にもそれぞれの店の専門的な商品があります。
 冷房が効いてるコンビニはありませんでした。コンビニの外にはテーブルとイスがあり、カフェテラスになっている店も多く、ところ変わればです。
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 中国人観光客の貸し切りバス。中国人観光客は大集団でやってくるので島にとってはありがたい収入源です。
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 中国人観光客に、どこから来たのか聞いてみたら、上海の北のほうの町だそうです。それにしても最近の中国人は服装で見分けることが困難になりました。

 散歩から帰ってくると、この中国人集団と前後するように、いかにもそれとわかる女性が5人出てきました。「こいつらだ!」とわかったのですが、組み合わせまではわかりませんでした。そこまで探るのもゲスですが、余力があるならかみさんに奉仕してやれよ。
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 本日の午前中の行動は、島の南のほうに行き、カジノに行くグループと、射撃に行くグループと、一人でふらふら好きなところに行く私とに分かれました。
 当初はゴルフと言う話もありましたが、韓国は日本よりもゴルフ場が高いので誰もやらないことになりました。
 カジノグループはロッテホテルのカジノ。鉄砲のグループは丘陵地帯に上がった射撃場で、その後は乗馬に行く予定です。
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 とりあえず最初は射撃グループにくっついていきました。
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 なんか奇妙な言葉遣いですね。
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 私はもっと生活臭のする光景を見たいと思ったので、一人でタクシーに乗って海辺に降りました。
 海女さんという職業が存在するのは日本と済州島だけで、海女さんが取ってきた魚介類を浜辺で直接販売しています。
 茹でタコを買って食べました。1000円ほどしました。ワサビしょうゆを出してくれたのですが、ワサビが日本のものと違いピリリとした突き抜けるような辛さがありません。
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 すごいのはこのおばちゃんたち、中国語と日本語を巧みに操り、観光客に海産物を売り付けています。マルチリンガルな海女さんです。
 タコのはらわたなどを集めてカニを釣るのだそうで、それも見たかったのですが、時間がないのでタクシーを捕まえて集合場所に急ぎました。
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 集合場所のロッテホテルに行ってみたら、まだ射撃グループは帰ってきておらず、乗馬の最中でした。カジノグループも出てきません。
 写真は土曜の夜NHKで放送している”オールイン”のロケに使われたホテルの一角です。宿泊客ではないのでこのアミューズメントの中に入れてもらえませんでした。
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 ロッテホテルの免税店。こんなところにもヨン様がいて、日本のおばちゃんたちをいざなっています。ヨン様は済州島に特にゆかりはないはずですが、日本のおばちゃんを捕まえるにはこれでしょう。

 ”オールイン”は済州島が舞台ですし、BSで木曜に放送している”チャングムの近い”も済州島でロケが行われています。
 地元の人気はなんと言っても”オールイン”。”冬ソナ”のチェ・ジウよりもチャングム役のイ・ヨンエのほうが美人だそうです。チャ・ジウの顔は作られた顔(整形美人という意味でしょうね)。イ・ヨンエの美しさは天然の美しさだとか。イ・ヨンエは慎ましいレディだそうです。
 いろいろ話を伺ってみて面白いのはイ・ヨンエやイ・ビョンホンは名門家系から出ている俳優だそうで、こんなものにこだわるのか?と驚くと共に、「家系」と言う概念が日本人よりはるかに重みを持っていることに感じました。
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 午後は海で遊覧船に乗ることになり、また海へとバスで降りてきたら、ワールドカップの会場になったサッカー場がありました。中国・ブラジルの一戦が行われた会場です。建設途中に台風で屋根が吹き飛んだのだそうですが、ワールドカップには間に合いました。
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 海とは縁遠い群馬県人たちですから、遊覧船で大喜びです。下のデッキにいると波が自分の高さに見えるのですから感動的です。
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 遊覧船の背後から漁船が追い抜いていくと、漁船が出す波で左右に大きく揺れます。そのたびに大声出して喜んでいるのは、群馬県人と中国人観光客です。
 海面に大きなクラゲがうようよいました。食えるのだろうか?
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 海の表面が西陽を受けて光っていてスッゲェーと大喜び。
 岩でできた島は荒波で削られてどこも切り立った絶壁。この島に打ち付ける波がしぶきを上げてこれまたすごいのです。
 火山が爆発してできた済州島は一面が黒い玄武岩の大地で、浜辺もそのほとんどが岩浜で、砂浜は少ないです。
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 途中、岩浜近くで船が止まり、ダイバーが写す海底の映像をテレビ画面に映し出しました。ダイバーが海底で採って来たサザエなどの販売もありました。
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 遊覧船を降りて港を歩くと、ペンキ職人が建物の壁に絵を書いている光景に出くわしました。このペンキ塗りの女性、美人でした。
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 本日の夕食は海鮮料理。座敷で食べると言うのがなんとも日本的ですが、畳ではありません。
 床の上に上がって、直に座って食事をする。日本と韓国の共通文化です。
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 日本で海鮮料理といえばワサビにしょうゆですが、韓国はコチュジャンをつけたり、ごま油に塩を入れて刺身につけたり、ニンニクをはさんで食べるなど食べ方が違います。ワサビもどんよりしたキレのない辛さ。このあたりの事情に詳しいメンバーが日本からワサビとしょうゆを持ってきました。
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 ヒラメの刺身です。刺身のつまは大根のように見えますが、実は白い海草です。ヒラメの骨と頭はこの後、スープになって再び出てきました。このスープにキムチやコチュジャンを入れ、さらにご飯を入れて食べます。
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 サザエの刺身。コリコリして心地よい歯ごたえです。
 サンマは日本と同じように焼いているように見えますが、はらわたをかきだしてそこに辛し味噌などをつけてありました。辛い秋刀魚を食べるのは初めてです。
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 すぐこういうことをやるんですね。わが村の男達は。辛子の一気食い。店のお姉さんたちもあきれていました。
 からしを生のまま一気に食べてビールをかきこむ。こういう馬鹿なことを順番にやります。おかげで、食後に汗が止まらなくなり、皆ホテルに戻るなりぐったりしてしまいました。
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 BSで日本の選挙の開票経緯を見ながら、いつの間にか寝てしまいました。
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済州島

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 村の交通指導員の旅行で済州島に行くことになり、役場前の出発はなんと夜中の3時。
 明け方成田空港近くのサービスエリアでいまどき珍しいデコトラを見ました。和歌山ナンバーでヨンサマ。



 空港で見かけたシンガポールエアラインのパーサー達。これが細いのなんのって、人種が違うんだなぁとしみじみ感じてしまいました。骨太なロシア人ばかり扱っているせいか、驚きのスリムさに感じられました。
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 済州島は成田から2時間。大韓航空が就航しています。台風15号が台湾に向かっていることもあって、天気は良くありませんでした。台風が近いわりには蒸し暑く風もないどんよりした天気でした。
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 いきなり見つけた不思議なもの「鬼屋」。日本で言うならお化け屋敷ですが、妖怪と子供が仲良くしている看板。
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 下り坂なのに上り坂に見えるトケビの売店で見つけた奇妙な食べ物。スジ肉のおでんように見えましたが、練り物をフライにしてまた煮たものだそうです。
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 いきなり初日から免税店。プラダだのヴィトンだの、シャネルだの。誰も何も買いません。
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 しかしながら、免税店の周囲は面白い光景の宝庫でした。
 マッサージではなく、”マッサーヅ”。
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 ”東京マッサージ”日本語で書かれているのだから日本人客を目当てにしているのだろうけど、何で”東京”なんだろう?
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 電光掲示板。笑いのツボを心得ています。”ソープラソト”。こういう看板を大々的に出すのもすごければ、あからさまに日本人客が来るのを指し示しているような看板。ちょっと勘弁してもらいたいです。
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 ”日本式パチンコ”。インド式パチンコとかエジプト式パチンコとかあるのでしょうか?”日本式”は何が違うのだろう?
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 外パブなんだろうか?ブラックロシアン。ロシア系黒人が出てくるのだろうか?
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 飲む・打つ・買うを男の甲斐性とみなしていない人間にはけったくそわるくて腹が立つカジノ。でも、飲み物が無料なんです。
 お仲間がスロットルやルーレットにつぎ込んでいる間、カウンターバーでコーヒーにアイスクリームにコーラ飲んで時間をつぶしました。
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 夕食は焼肉。テジカルビという豚のカルビです。済州島では牛肉が高いために豚肉のほうがメイン。
 食べてみるとこちらのほうがご飯にマッチしています。
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 済州島に来て人とすれ違う時、妙な体臭を感じたのですが、ニンニクの匂いでした。焼肉にはもちろんニンニクが不可欠です。
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 これが韓国式焼肉の醍醐味?骨付きカルビを鋏でチョキチョキ刻んでしまいます。
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 どこの店でもキムチ類はお変わり自由の食べ放題。これは常識。焼肉を包んで食べるサンチェの葉っぱも無料でいくらでも出てきます。
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 韓国に最後に行ったのが昭和の時代でしたから、実に18年ぶりに来ましたが、済州島は初めてです。半島と違って妙に日本的で違和感の少ない場所に感じられました。

 行く先行く先看板にハングル、日本語、英語、中国語と4種類書かれていて、ありがたいような面白くないような気もしましたが、観光地として力を入れている証拠でしょう。
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格闘技

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 柔道の世界選手権大会が始まりました。体重別ではありますが、体格の違い骨格の違いを選手は体験していることでしょう。
 ロシア女性の骨格など日本男性並にしっかりしているので、なるほど同じ土俵で戦って簡単に勝てる相手ではないなと感じます。
 昨日も重量級の宗田選手が決勝でロシアの先週に片手で一回転されてしまいましたが、ロシア男性の腕の太さと来たら棍棒のようです。
 総合格闘技のチャンピオン、エメリヤエンコ・フョードルはじめロシアは格闘大国です。
 ロシア人に言わせれば東欧や北欧の人間などもっと骨太で、ロシア人は貧弱なほうなのだとか。
 人種が違うな、と言うのは当たり前で、同じ人類だろうか?と感じることもあります。

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 ロシアの格闘技サンボは日本の柔術から発生しています。
 ロシア人がなぜ格闘技がすきなのか?と以前聴いたことがありますが、「ロシア人はスポーツが大好き。特にハードなスポーツは大好き。でもお金がかかるスポーツはできない。格闘技は道具も必要ないし、護身にもなる。」そうです。最近はプロになる道も多い格闘技なので力が入っています。
 
 シャラポワはじめロシア女性の活躍著しいテニスですが、以外にもウラジオストクでは盛んではありませんし、あまり知られていません。設備が少ないことと、冬できないからだそうです。

 女性会員の中にもサンボや合気道や空手をやっている人がいます。もちろん、健康のためで、大晦日に埼玉アリーナへなんてことは考えていません。ご安心を。

 日本の武道は精神修養も含まれているので高く評価されています。この勉強のために格闘技教室に通っている人もいます。「武士道」精神を問われると困ってしまいますね。
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 男子90キロ級の泉浩選手。すごかったですね。3回戦に韓国選手に肩固めと言う近時手を使われて右手を負傷しながら残り3試合勝ち抜いての金メダル。
 泉選手の出身地の青森県の大間町には1992年5月25日にバイクで行ったことがあります。切り立った岸壁の途中にあるような町で、お金をおろしに郵便局に行ったらストーブをたいていて、お茶までご馳走になってしばらく温まらせてもらいました。
 前の晩は隣の脇野沢という町に泊まっていたのですが、温泉センターがあるので行ってみたら、地元の人たちが大相撲見ながらお金をかけていました。後に話題になる相撲トトカルチョでした。
 個性的な性格の人が多かったので楽しい土地でした。泉選手のマグロ一本釣りのお父さんも強烈な個性を持っている人材です。

 それにしても、アテネ五輪金メダリスト、世界選手権3連覇を目指す上野選手が緒戦で負け、敗者復活戦でも負けてしまう紙一重の実力の世界。メダリストという成功体験が逆に重荷になるのですから、モチベーションを維持することは大変なことなんですね。

 「結婚」という形を満たしてからも更なるエネルギーを費やさなければならないのですから、勝ってかぶとの・・・も重要なことですね。
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復調

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 台風一過で暑い一日でした。ウラジオストクの社長も風邪をこじらせて寝込んでいましたが、今日は社会復帰しました。声がハスキーになっていました。先週は連夜夜遅くまで仕事をし、雨の中バス通勤をしたのが風邪の原因だそうで、「ガソリンの値上がりのせいです!」と威張っていました。
 日本なら濡れネズミになって帰ってきても、一風呂浴びて寝ることができますが、停電でお湯が出なかったり、断水があったりで、お風呂の効用を知らない人たちです。

 私の肺炎も、昨日の点滴がきいたのか、今日は声こそがらがらですが、呼吸が苦しいこともなく、普通どおりに生活できました。まだ時々サーもすたっどが壊れるようで、汗をかきながら寒さを感じますが、おおむね健康になってきています。
 診療所の待合室で50代の知り合いの男性に「もう若くないと感じます。」と言うと、「そんなことを言っていられるうちはまだ若い証拠で、そのうち”歳とったなぁ”って感じるようになるよ。」といわれました。

 診療所で役場の職員と会いました。連日の過酷な労働?で、胃と腸がおかしくなったそうです。
 10月には町村合併を控えてただでさえあわただしいようですが、消防団担当なので、連夜、村内10ある消防の分団説明会議や合併する町の会議に行かなければならないので大変です。ただでさえ消防団は若いし体育会系です。会議の後が大変なんです。
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 ”肝臓も調べてもらったほうがいいんじゃない?””こういう場合は労働災害が適用されるの?”とからかうと、「勘弁してくださいよ、ただでさえうるさい時期なんですから。」


 ウラジオストクの昼ごろの気温は24度。この時期にしたら暖かいようです。
 港に停泊していた日本や韓国の舟は台風を懸念して外海に出ていたようですが、ロシアの船は湾内に残っているものが多かったそうです。理由は、「燃料が高いからでしょう。」
 アメリカのハリケーンの影響でさらに原油価格は高くなりそうです。

 原油高の一番大きな影響を受けているのは中国でしょう。都市によっては給油の制限もあるようです。
 90年代前半にシベリアに行った時も燃料不足の時代で、流通が麻痺していたのでガソリンの入手に事欠くタイミングの時に行きました。ガソリンスタンドではなく、商店の裏からポリタンで運んできて給油していました。

 ほぼ一日晴れてよい天気でしたが、新潟県境の山脈は北と南では明暗を分けるような空模様。
 山の山頂にいれば新潟方面に広がる雲海を見られることでしょうが、ちょっと雲が動けば雨と霧で一寸先も見えない状態でしょう。三国山脈は左右非対称尾根なので、新潟側にはなだらかな斜面、群馬側は切り立った崖が多い地形です。

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肺炎

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 こちらでは思ったほどの影響力もなく台風14号は通り過ぎていきましたが、まだ北海道に上陸の可能性があります。また、すでに15号が出ているようです。一応台風にもアジア名があるのだそうで、猛威を振るった14号はナービー。台湾を襲撃しそうな15号はカヌーンだそうです。

 14号の影響を受けそうなウラジオストクの友人に様子を聞いたら、強い風もなく雨が降ったりやんだりといっていました。
 強風や高波が予想される時には湾内の船を沖に出すのに、港にはそのまま停泊しているそうで、たいしたことはないと考えているようです。

 朝、37.4度の熱があり、あまりにも体調が芳しくないので近くの診療所に行ったら肺炎になっていました。肺炎。なんて都会的で文明の香り漂う病名。
 「復元された白骨死体だってもっと健康そうな顔色をしてるぞ。」と医者に言われたほどですから、よほど病人顔だったのでしょう。

 昨夜は悪寒が走り、寝るのに寒くて毛布を体に巻きつけて寝たのですが、汗びっしょりになってしまいました。息をすると咳き込むような状態で、顔にはマスク代わりにタオルを巻きつけました。
 昨日は食事もとらずポカリスウェットを飲んで過ごしていましたが、これが霊験あたらかで山仕事など大汗をかくときに水代わりに飲んでいると、腹が減ってのシャリバテがなくなります。風邪などで食事が食べられない時にはありがたい飲み物です。

 点滴を受けているうちに寝込んでしまったのですが、時間にして十数分だったでしょう。その間でずいぶん体が温まり、呼吸も楽になったのですから不思議なものです。
 目が覚めたとき、看護婦さんから「意識が戻った?」と聞かれ、ただ単に居眠りしただけですが、日常とは違うアーバンな感じがしました。

 夜、風邪気味のことを気遣って、会員さんから特効薬に関するメールが来ました。ありがたいことです。
 「以前、私も風邪を引いてだるい時に、ユンケル皇帝液(少し値段の高い物)をお酒のお燗と同じように温め、マムシの粉と一緒に飲むと数時間後には、体のだるさがとれますよ。マムシの粉の変わりに風邪薬でも良いそうです。ひとつ試してみてください。」
 効きそうです。
 今年はマムシを2匹ほど捕まえましたが、みんな蒲焼にしてしまいました。こんどは日干しにして用意しておきます。

 行政に頼らず、自分達のことは自分でやる地方住民の意地のおかげで、雨の中、何回も側溝や沢の見回りに行かされたのも体調を悪化させる大きな要因だったと思いますが、とりあえず何事もなくてよかったです。

 午前中は横になっていたのですが、昼過ぎには体調も復調してきたので田んぼの様子を見に行ってきました。めったに病院がかりなどしないのですが、たまに注射を打たれるとずいぶん効くものです。
 倒伏に強いあきたこまちやひとめぼればかりなので倒れている稲もなく、それほど強い風が吹いた様子もありませんでした。



 沖縄に行ったときに台風の直撃を経験したことがありますが、風のものすごさと来たらヒマラヤの6-7000m並みでびっくりしました。地元の人が言うには「普通の規模の台風」だったようですが。

 夜、台風が直撃した九州方面の会員さんから電話がありました。あちらの台風は桁外れに強烈なので心配していたのですが、会員さんもご家族も何事もなくほっとしました。
 台風慣れしているのか冷静に分析していましたし、台風の東か西かで影響が違うことなどを教わりました。経験値が違うなあと勉強になりました。

 渇水した四国の早明浦ダムが一夜で満杯になったそうですが、その2倍の雨が宮崎方面に降って、その降水量たるや東京の1年分の雨が2−3日で降ったことになるそうです。歴史的な大雨です。
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放流

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 九州方面に上陸した大夫14号が大雨で甚大な被害を与えています。
 こちらは午前中は晴れ間が見えたり雲がわきあがってきたりの天気でしたが、大きな雨は今のところ降っていません。

 ウラジオストクの事務所に何回電話してもつながらないのでまた停電か?と携帯に電話したら、社長は風邪で寝込んでいるとかでハスキーボイスになっていました。
 気温が急激に寒くなったり、天候も良くないので体調を崩したようです。

 今週来日する女性会員がいたので、ウラジオストクの台風の影響を気にしていたのですが、日曜日に変更になったと聞いてほっとしました。

 私も昨日から鼻水と咳が止まらず、目を開けているのも渋くてつらい状態が続いています。今朝も寝汗が冷える感覚で目が覚めました。
 妙にけだるい一日でしたが、体育祭の綱引きの疲れではなく夏風邪の影響のほうが大きいようです。

 これからの大雨を懸念して昨夜からダムの放流が始まっています。


 昨日一時的に大雨が降ったので、山から水が押し寄せているので、放流しているにしては水位が下がっていません。
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 放流の現場を真上から除くとこうなりますが、全開で放流しているわけではありません。ここから下流でも支流から水が流れてくるので、川の水位は警戒水位近くまで上がっています。
 本格的に大雨になったら放水をとめるのでしょう。
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 この上流にもダムを作る計画があったのですが、中止になったとたんしっかり管理をするようになりました。
 それまでは夏には無理やりダムをからにして、水不足の状態を無理やり作っていたようにさえ思えました。

 ダムを放流する前には管理事務所の自動車が巡回したり、ところどころにつけた屋外スピーカーで放送があります。
 津波ではありませんが、突然川の水位が数十センチ高くなって押し寄せてくるので、逃げ遅れて中洲に取り残される事故などが起きるのもうなづけます。
 今回のように大きな雨が降るときなども支流から合流した水で急激に川の水位が高くなるので要注意です。
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通行止め

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 「私に電話してください」と、早朝にウラジオストクの友人から電話があり、こちらから電話をかけなおすと、台風のことを聞いてきました。
 大型台風14号は2−3日後にはウラジオストクにも勢力を及ぼしそうで、日本の状態がどうなのか聞かれました。私も今朝のニュースで東京方面で床上、床下浸水があったことを知りました。台風の直接の影響と言うよりも秋雨前線を台風が刺激して局地的豪雨になったようです。
 ウラジオストクでも日本のBSテレビを見られる人は、この状況をつかんでいます。

 ウラジオストクに余波が及ぶ頃にはずいぶんと勢力も弱くなっていることでしょうが、元々大雨に強い街の造りをしていませんので、道路が陥没したり多いな被害も出かねません。
 強い風が懸念される時には湾に停泊している船は、湾の外の海に出て嵐が過ぎるのを待つそうです。
 


 新潟県境の三国峠が雨のために通行止めになりました。国道を走る自動車も少なくて静かです。
 夕方スーパーに行ったらやけに店の中が閑散としていました。台風の影響で入荷が少ないのだそうです。
 「まだ台風の影響は何日も続きそうだから買いだめしておいたほうがいいよ!」と言われましたが、昨夜の祝賀会のビンゴゲームで日清のアラビアン焼きそばを一箱引き当てたので、当分は食いつないでいけます。

 峠を越えて苗場スキー場方面に勤めている人たちは、湯沢まで下って高速道路で帰ってきたり、開き直って向こうに泊まってしまうようです。毎年冬には吹雪で通行止めになることがありますが、夏の台風や大雨で通行止めは久しぶりです。

 数日前から風邪気味でしたが、今日になっていよいよ症状が悪くなりました。鼻水が止まらずくしゃみの連続。熱は36.8とやや高い程度ですが、体育祭の疲れと風邪の症状でけだるい一日でした。

 1日に息子が生まれた弟のところも、今日めでたく病院を出てきました。夕方、軽くお祝いをやるから来いと、出かけていったものの、風邪気味なので甥を抱くのは遠慮しました。
 嫁さんも健康で、お産も軽かったので「これならもう一人行ける」と元気でした。子供が生まれて最初に出た言葉が「ビール飲みたい!」だったそうです。
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 昨日、一番下の弟家族が病院に来たそうですが、4月に生まれた姪が目も当てられないほど太ってボンレスハムのようになっていて、そちらのほうが気になったようです。
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三連覇

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 強大な勢力を持つ台風14号が南大東島に接近!そんなニュースを見ながら外の雨を眺め、今日の村民体育祭は中止、疲労のない健康的な生活、と内心喜んでいたら、6時過ぎに雨がやんでしまいました。
 
 交通指導員の制服に着替えて7時に会場に行くと関係者が集まって準備が始まっていました。来月には町村合併で村がなくなってしまうので、今回が最後の村民体育祭。



 私の住む地区は3連覇の偉業がかかっているために先月から連夜の練習が続き、体はガタガタ。スポーツで体を鍛えるよりも、怠惰な日々のほうが健康的ではなかろうか?スポーツなんて絶対に健康に良くない。

 自分が出場する綱引きは午後2時からなので、それまでは蒸し暑い国道に立って歩行者の横断や、出入りする自動車の誘導など汗だくになってやっていました。
 綱引きの時間が近くなったので運動着に着替えて地区のテントに行って見ると、ほとんどの競技が1位か2位で独走状態になっていて気は楽になったのですが、綱引きの選手団まで「絶対に1位になる」とやたら盛り上がっており、おかげで決勝まで勝ち進み、腕はパンパン、足は筋肉がひっくり返るような状態。

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 合併で村が消滅し、ドサクサにまぎれて優勝カップを地区の財産にいたがいてしまおうという腹積もりがあるので、今回の住民の力の入れようはものすごく。何で優勝カップに執着するのかと言えば、これでことあるごとにビールの一気飲みをするためです。
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 祝賀会が始まる頃には大雨が降り始めて恒例の大宴会が始まりました。何気にご婦人方が飲んでいた缶ジュース。よく見るとカクテルパートナーでそれも多種多様なカクテルを飲み比べていました。
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 衆議院選挙は刺客も来ない静かな状態になっていますが、今月末から始まる新しい町長選挙で意見が2分されるのは必至の状態で、すでにその余波が現れているために「あいつが行くなら、おらあ行かねえ。」とうるさ方の御仁達が双方警戒して来なかったので、和気藹々とした祝賀会でした。

 近年の婦人会の反乱で一杯飲んで威張りたがるコンサバティブなおじさん達には居心地の悪い環境になりつつあるようで、夫の存在感も変わってきたなという感じがします。結婚すれば形式的に夫や亭主になれた時代ではなくなりました。
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子供

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 父が「孫の顔を見に行きたい」と言うので、私も昨日切開してもらった傷口の手当てもあって、今日も病院に行って甥に対面してきました。
 
 看護婦さんに産婦人科で男性が治療を受けるのは珍しいでしょうと聞くと、案外そうでもないようで、奥さんの出産に立ち会って卒倒してしまう夫がいたり、奥さんの付き添いできてついでに自分の風邪等の治療をする男性もいるそうです。どちらにしても男性にとって居心地が良くないことには変わりません。



 今日は保育室から出て母親の部屋に来ていました。抱き上げてみたらまだ骨と皮のような状態で、誕生後2−3日は体重が減ってこれから肉がつきだします。

 病院で近所のお寺の娘さんに会いました。同じ1日に男の子を出産したそうで、お寺の子供でも仏滅に生まれるんだなと感心してしまいました。近所の同級生で喧嘩しながら付き合っていくんだろうな。
 
 実はこのお寺は婿取りで、長女はアメリカ人と結婚。次女は床屋に嫁入り、三女が婿をとって最初の子供は女の子でした。婿殿住職もこれで一安心でしょう。

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 過疎の村の道理といってしまえばそれまでですが、毎月出生が1−2人で死亡が8−10人。これで人口が増えるわけもありません。
 今月早々に二人ですから幸先が良いと共に。10月にはこの村が合併でなくなってしまうので、村でうまれた最後の子供たちになってしまいます。
 
 この子供たちが育って、どんな時代を作り上げていくのだろう?それを見ることができないのは残念ですが、希望だけは託したいです。
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カザフスタン

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 先月末の山の草刈で、左足の指の付け根を山ヒルに吸い付かれ、その跡に雑菌が入ったのか、腫れ上がって靴もはけないような常態になってしまいました。
 
 昨日男と子を出産した弟の嫁さんの見舞いに行くのに、サンダルを履いて出かけました。
 痛くて病院のスリッパも先っちょだけ引っ掛けて歩いていたら、看護婦さんが「ちょっと見せて」と言うので傷口を見せたら、すぐ治療しましょうと言うことになり、産婦人科で傷の手当というなさけない事態になってしまいました。
 ただでさえ居心地の良くない場所で、妊婦の視線を浴びながら診察室に連れて行かれ、足の指から甲にかけてたまった膿を切開して搾り出してもらいました。ひねり出したり帝王切開なんてのはお得意分野なんでしょうが、何でわが人生はこうした惨めなことばかり起こるのだろう?と切なかったです。
 足から先はカーテンで見えませんでしたが、分娩台の上で治療したのではないことは、当人の名誉のために言っておきます。
 消毒してもらって、化膿止めの薬をもらって飲んだら、夕方には腫れも消えて普通に歩けるようになっていました。

 保険証に○○産婦人科と書かれてしまったことが情けないやら恥ずかしいやらですが、こんなことなら先に近所の診療所で治療してから行けばよかった。

 結局、甥の顔も見ることができず、弟夫婦にピザの差し入れ持って行っただけでした。ここまではかっこよかったのですが。

 未曾有の原油高でバブル景気に沸き立っているロシアですが、それも一部の人たちだけ。ウラジオストクの庶民にとってはガソリンの値段が高騰しただけです。
 この夏休み、遠方に出かける人たちにとっても航空機の値上げは大きく響いたようで、例年よりも遠くに出かける人は少なっかたのでは?とのこと。

 輸送コストは石炭の価格にまで反映しているようで、この冬を乗り切るだけの石炭の確保が難しいのでは?と懸念している市民もいます。石炭が不足すれば暖房を切ったり停電をして消費量を調整するので心配ない?

 ウラジオストク事務所の女社長は通勤のガソリン代金も大変ということでバスで通勤しているようですが、この一週間は毎晩10時、11時まで事務所で仕事が続き、両親に自動車で迎えに来てもらっていたようです。
 「この原油高はいつまで続くのでしょうか?」と、原油高の恩恵を受けているはずのロシア人に言われても皮肉に聞こえてしまいます。

 「ウラジオストクは何の資源もない」といらだっているようですが、冬でも凍らない海があることがウラジオストクを支える資源です。

 カザフスタンから自己紹介のメールが入ってきました。こういうHPを立ち上げていると良くあることなのですが、カザフスタンからは初めてです。



 カザフスタンといえば大陸を駆け巡ったコサックの末裔。ソビエト時代に民族シャッフルしてしまったので、元々どうなのかはわかりませんが、この人はアジア系でも日本人に近い顔つきです。一瞬感じたのはブリヤートモンゴル人でした。
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 HPで紹介するかどうかしばらくやり取りしてみて決めようかと思っていますが、Do it Yourselfになると思いますし、精神的な体力が必要になることでしょう。
 見た目はアジアでも生活や考え方はロシアに近いでしょう。
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新年度

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 9月1日、ウラジオストクでは一斉に学校に新学年が始まる日です。大方の国の教育機関は9月が新年度なので、4月が新学年になる日本が特殊です。
 6月ごろから始まった夏休みシーズンも終わりと思いきや、今月一杯まであるようで、遅い夏休みをとる人たちはこれからです。
 この夏、黙々と働いたウラジオストクの知人は週末から3週間の夏休みを取り、ウクライナのヤルタの保養所に行くようです。

 今年からロシアの冬休みは2週間に増えましたが、冬休みは一斉に休みになるのでわかりやすいのですが、夏休みはそれぞれが異なるので大変です。

 インターネットも夏休み?とばかりに不具合が続いているのがウラジオストクの事務所。月末、月初めになるとインターネットの具合がおかしくなったり、停電が起こったりです。
 今日はメールサーバーのダウンと停電のダブルパンチで、FAXも使えない状態でした。昨日は事務所の道路を挟んだ反対側が停電だったようですが、今日は午後から停電が道路を渡ってきました。

 毎度こういう事態で思うのですが、日本人なら長時間の停電など人智が関与したことに対してヒステリックになりパニックを起こしますが、ロシア人はきわめて冷静で諦めが良いものです。
 考えてみると、停電のみならず戦争も人智が関与しているので、彼らは冷静でいられるのだろうなと思います。
 ところが、地震や大雨の天災に関しては日本人のほうが諦めが良いというのか、冷静でいられるようです。
 災いの歴史が人災だったのか、天災だったのか、経験の違いかもしれません。
 

 8月の28日が出産予定だったすぐ下の弟の嫁さんが、今日の夜無事に3200gの男の子を出産しました。
 昨日の夕方、弟が会議で出かけるので夕食を作ってくれと頼まれて晩飯を作りに行った時には、カレンダーを眺めながら「明日は仏滅だから生まれないでしょう」とのんびり構えていましたが、今朝あたりから陣痛の間隔が短くなり、仏滅に産まれてしまいました。

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 なんだ?と思うでしょうが、カーチャ(ロシアのおかゆ)の元です。大麦やライ麦をつぶしたもので、これをよく煮ておかゆにして食べます。
 シベリア抑留を経験した日本人がいうお湯のようなおかゆは、きっとこの大麦などがあまり入っていないおかゆだったのでしょう。
 ロシアでは離乳食にも使われていますが、母親の母乳の出が悪いと、このおかゆを飲ませて子供を育てることもあるそうです。

 USAでも今回のハリケーンの被害にあった地域などでも、奴隷の母親の乳が出ず、大麦や麦芽のミルクで子供を泣きやませている光景を歌ったララバイやブルースがあります。

 少なくも40代から上の日本人だって生まれ育つ頃の日本は決して豊だったわけでもなく、大変な思いをして育てられているはずです。物質的な豊かさが「親の情」を希薄にさせているとしたら、これは人類にとって「善」なのか「悪」なのか本末転倒のような気もします。

 私の世代など「昔は物がなかった。お前らは恵まれている」と親に言われてきた世代ですが、「その恵まれた中でさらに伸びなければならない俺たちはどうすればいいんだ!」と腹が立ったもので。「こんなことで満足しちゃならねえ」と思ったもんです。

 ソビエト崩壊後の流通混乱で、パン一つ買うにも長蛇の列を並ばなければならなかった時代がありました。
 家で親たちが並んで買ってきたパンやハムを待っていた子供が結婚適齢期になり、列に並んでいた親たちが私たちと同じくらいの世代です。その頃こちらはバブル景気に酔っていたんですよ。

 そう考えるとね。重みが違うんですよ。地を這いつくばる親の背中を見ていた重みが。だから彼らは強いんですよ。
 権威なんて無責任で脆弱で、硬いものは脆く、弱者は足手まといという現実を実体験してきているんですよ。きれいごとで着飾る者の汚さを見抜いています。
 だから本気でぶち当たっていかないと、本音で受け答えなんかしてくれません。それが醍醐味でもあると思うのですが。

 「艱難汝を珠にする」もしくは「艱難汝を駄目にする」。当人の気持ちの持ち方しだいでしょうし、その後の磨き方しだいです。
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