
До свиданья, друг мой, до свиданья.
Милый мой, ты у меня в груди.
Предназначенное расставанье
Обещает встречу впереди.
До свиданья, друг мой, без руки, без слова,
Не грусти и не печаль бровей,-
В этой жизни умирать не ново,
Но и жить, конечно, не новей
さようなら 友よ さようなら
なつかしい友 きみを忘れない
定められた別れの時
それが ぼくらの再会を約束している
さようなら 友よ 手もにぎらず 言葉もかわさないけれど
哀しまないでくれ 眉もひそめないでほしい
この世で死ぬなど ことあたらしくはない
けれど生きることも むろん ことあたらしくはないはずだ
1925年の今日、詩人セルゲーエセーニンは自らの血でこの詩を書き残して自殺したと言われています。
あれから80年。秋にロシアでは
セルゲイ・エセーニンの死の謎に関する連続ドラマが放送され人気だったようです。
1985年ゴルバチョフ政権の時代、ある大佐の元にエセーニンの死体の写真が届くことから、エセーニンの「死」が政治的な意味を持つ他殺だったのではないかと言うミステリアスなドラマだったそうです。
”According to film it was manslaughter, but it is not a historic fact.
Actually we don't know exactly was he killed or has committed suicide.”
夢中になってこのドラマを見ていたウラジオストクスタッフの意見です。エセーニンのことになるとことさら熱くなるロシア女性は多いです。プーシキンやチュッチェフのように熱いラブロマンスを語る詩人ではありませんが、農村詩人と呼ばれモスクワに出て行きダダイズムにかぶれ自堕落に陥り、そんなナイーブさが女性には受けているようです。
ある女性は”fragile”、(もろく壊れやすい)とエセーニンを評していました。母性をくすぐるのでしょうか?
私の肋骨骨折から一週間、おかげさまで痛みも引いてきました。病院からも毎日来なくてもよいと言われ、今年はもう一回行けばすむ状態になりました。
ツララが頭の上に落ちてきまして、氷も割れれば鋭い刃物のようなものなので、頭のてっぺんを切ってしまいました。で、結局、年内は毎日医者通いということになりました。
これから正月を迎えると言うよりも、節分間近と言うような雪の状態。道路の両脇には雪の壁です。

こんな天気と度重なる怪我もあって、ボランティアの忘年会は辞退していたのですが、夜になって介護ヘルパーのおば様たちが鼻息が荒くなって手に負えないから手伝いに来いと呼び出され、二次会の運転手でお付き合いしました。
ストレスがたまるのはもちろん、我慢の連続の仕事なので、たがが外れると不満が爆発します。仕事そのものの不満と言うより、一緒に組んで仕事をする相手への不満、あの人は好き、この人は嫌いの人事問題なんでしょうが、男性と違い仕事は仕事と割り切れないのが女性。しかも、家に帰れば妻であり母であり嫁でもある。重圧を担っています。
生きがいのための仕事がいつの間にか自分を追い詰めているようです。
甘いよ、ロシアの女性はこんなことひっくるめて家計まで背負って淡々と働いているよ。と思いつつも、環境が違いすぎるのですから比較してはならないことです。
”がんばる”意気込みと現実のままならぬ有様にいらだっているようで、おば様たちの愚痴の聞き手に徹して家に送り届けました。