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弓道

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 「自民党をぶっ潰す!」と総理大臣になった小泉総理。民主党をぶっ潰してしまいました。
 偽メール事件で執行部総辞職になってしまいました。

 町村合併に伴う町議会議員選挙が4月末にありますが、民主党から出ている労組系の現職議員がいて、昨年の夏は「民主党の公認があるから合併後の選挙なんか気にしていない」と豪語していました。が、今朝、出馬の挨拶に来て、「今回は本当に厳しいんですよ」とえらく謙虚な態度でした。

 アメリカ人の友人が初めて日本に来て、東京の街を見て驚いたことは、日本にはホームレスがいないと聞いていたのにあちこちにいたことだそうです。さらに驚いたのは、そのホームレスが新聞や雑誌を読んでいたことで、「この人たちは何者なんだ?」と不思議に思ったそうです。
 最近彼がまた驚いたことは、日本にはいないと思っていた女性のホームレスが増えてきたことと、その女性ホームレスが、汚れて汚いけれど良質なコートを来ていたり、ブランド物のバッグを持っていることで「いったいこの国はどうなっているんだ?」とさらに不思議に思っているようです。

 私のかつてロシアで毛皮のコートを着たホームレスを見たときは驚きました。

 あの寒さですから、毛皮でも着ていなければ厳しい冬を乗り越えられないでしょうが、ゴーゴリの小説「外套」を思い出しました。セコセコした暮らしをしている役人がやっとの思いで買った外套を来て街に出たら、物取りに外套を奪われ殺されてしまいます。ところが元々セコイ役人ですから、自分が殺されたことよりも外套を奪われたことのほうが悔しくて、夜な夜な化けて出る喜劇です。
 毛皮のホームレスは稀で、大方のホームレスはコートを持っているにしても羊毛のコートです。


 外国向けの日本紹介のページに日本の弓道を紹介したら思った以上に注目されてしまいました。国際的になることは自分の足元を見直す機会が多いものです。


 何かしら日本の伝統文化を一つ身につけていたら国外に出た時に随分評価が違うでしょうね。
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 日本人は背中を丸めて姿勢が悪いと言われますが、背筋が通って凛とした潔い姿はやはり美しいものです。
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 弓を射る前の張り詰めた姿が美しくてシャッターを押したら、デジカメなので微妙なタイムラグがあるために、弓が手を離れた画期的な瞬間が写っていました。
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印鑑

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 オートセンターに自動車のオイル交換に行きました。作業終了後に「ここにサインしてください」と作業項目のカードを差し出されてサインしましたが、1cm強の真四角の枠で印鑑を押す程度の署名スペース。
 日本人なら二文字か三文字で書き込めますが、横に長い外国人だったらどうするのだろう?

 捺印からサインへと次第に変化していますが、宅急便の受け取りも書留郵便の受け取りも基本的に印鑑のスペースです。

 国際カップルがまず困惑するのが、日本の婚姻届の署名捺印の欄。婚姻届の用紙の下のほうにあります。
 外国人の場合サインだけでよいのですが、”どうすればいいのだ?と困った方も少なくないと思います。

 印鑑文化が世に出たのは織田信長の時代だそうで、合理主義の織田信長が花押(かおう)の代用として普及させたそうです。それまではその人にしかかけない独特の文様(梵語のように崩した文字)花押を書いていましたが、「そんなめんどくさいものやめちまえ」と印鑑が取って代わりました。
 
 日本に印鑑をもたらした中国でさえとっくに印鑑からサインに乗り換えていて、いまだに印鑑を用いるのは日本・韓国・台湾くらいのものだと言われています。

 ソビエト崩壊直後のロシアの路上で、古い蝋印を売っているのを見かけて買おうかな?と迷ったことがありました。蝋をたらした上に押すスタンプで、古いヨーロッパを描いた映画に出てきます。
 封筒を閉じた口に蝋印を押した手紙なんて粋でよかろうと思いましたが、どこかの役所の蝋印だったようで、買わずに帰ってきてしまいました。
 日本で使う分にはどうせロシア語なんてわからないのだから買っておけばよかったなと今になって思っています。

 公的には印鑑を用いなくなった中国ですが、印鑑を作る店はたくさんあります。ご禁制の象牙の印鑑も見かけますが、そんな危ないものを使わなくても、面白い印鑑が作れます。

 ハルビンの空港右に並ぶカウンターは国内線の受付で、国際線は奥のガラス張りの部屋になります。


 見送る女性はこのガラスの中には入れないので、手続きを済ませて奥の廊下に消えていく愛しい人を涙ながらに見送ります。
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 空港内には多様な売店がありますが、以前はレイアウトなどほとんど考えず、ゴザを広げて路上販売の延長のような店ばかりでした。最近は商品が綺麗に見えるよう演出しています。
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 日本行きの飛行機が出る時間は朝早いのでまだオープンしない店もありますが、飲み物など出国手続き後の免税店で買うより、空港の中のほうが安いときもあります。
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 午後、人事異動で勤務先が変わる交番の警察官に挨拶に行ってきました。辺鄙なところだけど、また来てくれることを願っています。

 交番の指名手配のポスターを見て思い出したのが、昨年高校の同級生が私のところに尋ねてきたときに、交番で場所を聞いてやってきました。このとき、応対に当たったのが駐在の奥さんで”どこかで見た顔だな?”と思い、指名手配のポスターを見るとオウムの平田何某によく似ている。これは大変と夫に連絡し、後から警察官が様子を見に来たことがありました。
 言われてみるとその容疑者の似顔絵のポスターによく似た顔をしていましたが、犯人は身長183cm、私の同級生は165cmと小柄です。
 彼自身も似ていることは自覚していて、昨年だけで4回通報されたそうです。最初の1-2回は驚いたり腹が立ったようですが、今では慣れっこになってしまい怒る気にもならないそうです。
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 こちらはロシアの指名手配。写真が鮮明でなかったり、複写機でコピーしたものだったり、よくわからないものが多いです。
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閑話休題

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 昼時、クリス君ご夫妻が我が家に来てお茶を飲んで話をしていると、ハルビンから無事帰国した会員さんから、順調に手続きが終わりましたと電話が入りました。

 これから日本での婚姻届や在留資格申請などの事務手続きが残っていますが、これがまた一苦労です。
 それでも、やがて在留資格の切り替えの時に「相手が外国人」を感じる程度で、いつの間にかどこの国でもない「1人の人」として相手を認識するようになります。早くそんなカップルになっていただきたいと願っています。
 しばしば私達は国や仕事などの枠組みで個人を判断しがちですが、集団の持つ特性と、個人の持つ個性は別物ですから、使い分けは大切だと思います。

 月曜に雪が降ったり冬に戻ってしまったウラジオストクですが、今日は比較的天気が良かったようで、男性会員さんにメールを出しに来る女性会員が多かったです。
 ”こちらは今朝雪が積もってとても寒いですよ。”と言うと、「あなたが住んでいるところは日本のシベリアですか?」と言われてしまいました。
 アメリカ人のクリス君とは「ここは日本のカンサス」と話していたのですが、近隣の市町村からは日本のチベットといわれています。
 環境的にそこまで行かなくても住んでいる人間は近いものがあります。

 数日前、カラシをたっぷり入れた鍋を作って食べたら、翌日から胃がもやもやしています。
 個人的には辛い物が好きだったのですが、数年前ハルビンで朝鮮料理店に行って、スタッフととてつもなく辛いキムチを食べる競争をして、帰国後何ヶ月も医者がかりになったので、それ以降控えるようにしています。ハルビン側が辛いものにメチャクチャ強い朝鮮族の娘さんを刺客に連れてきたので大変でした。
 が、最近、中国物のカラシが手に入ったので辛いものをまた食べ始めました。胃の中のピロリ菌を殺したる!と、その前に自分が殺されそうです。
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 西郷ドンとハルビンの食材市場でカラシを買いに行ったことがあります。いろいろな種類のカラシがあって、味見して好みのカラシを選びますが、2-3個味見すれば後は全部似たようなもので、口直しに桃や梨を食べてもカラシの味にしかなりません。
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 晩秋になるとハルビン市内でもカラシを山のように積んだ農家のトラックを見かけます。これがまた赤い色が美しいこと。中国の国旗の赤い色はからしの色では?
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 夜、英会話教室で一品持ちよりのパーティがあり、日本食を持ち寄るというテーマがかせられていたので、とてつもなく辛いものを持って行ったやろうと目論みましたが、カラシを見たたけでうんざりしてしまい、刺身の盛り合わせを買って持って行きました。
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 ここは女性陣の料理の腕の見せ場になっているので、難しいことは女性たちにお任せして、男性たちは壁の花となるのが一番です。
 それにしても、おば様方はよく喋ります(日本語で)。よく話題が尽きないものだと感心しますが、せっかくの英会話教室なのにおば様方の会話には英語をあまり耳にしません。
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 クリス君宅で二次回になり話題となったのが、彼が村のATLで英語教師をしていた頃の教育委員会の局長のこと。偉い人ですが、「ビザ(VISA)」と「ピザ(PIZZA)」が一緒になっているので、「クリス君ピザはとれたの?」と聞かれ「ピザ?注文してないよ!」。何を言い出すのだ?と考えてみると在留資格のビザのことだった。
 ピザ(PIZZA)は20分で届かなければお代は要りませんが、ビザ(VISA)は何ヶ月も待たされた挙句却下されることもあります。随分違います。
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 「それやけど あれやねぇ」寡黙な日本人の中で最もよく喋る大阪のおばちゃんがダベリの合間によくいれるフレーズ。
 そこから何の脈絡もない話題にワープし、しばらく立つと、「それやけど あれやねぇ」。また別の話題に切り替わって「それやけど あれやねぇ」いつの間にかもとの話題に戻って「それやけど あれやねぇ」。
 文字にするなら”閑話休題”に近い意味合いだろうか?

 ロシア女性同士の会話でよく出てくるのが「スモートリッシ」。意味からすれば「見る」という意味ですが、「ほら」「さあ」に近い話のつなぎ言葉としてよく出てきます。
 肥満体と呼ばれるこの体に「スモートリッシ」の響きが妙に突き刺さります。
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夕食会

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 婚姻手続きのためにハルビンにっていた会員さんが無事結婚式も終えたとハルビンから連絡が入りました。
 長い道のりですが、まだまだ道の途上。日本での生活や、子供が生まれたり、お子さんを連れての里帰り、いつの間にか普通のおじさんとおばさんになっていてようやくスタートかな?と、構えていますが、今日の感動を大切に育んでいただけたら嬉しいです。

 ウラジオストク事務所は今日はお休み。良い休日になっただろうか?

 交通機関の発達は国と国との距離を狭くしましたが、情報機関の発達は人と人との距離を縮める道具であって欲しいものです。しかしながら、個人と個人の間には安易に踏んではならないがあるもので、それが「個性」だと思いますし。尊重すべきことだと思います。

 国際化は国境や民族の垣根を取り払うと同時に、自分の属する国や民俗について根を張る相反する矛盾が介在しているものですが、面白いもので、自分の国や民族にしっかりと根を張っている人ほど、妙な偏見や差別意識を持たずに「他」を見ることができると思います。

 国際カップルがその後に発見するのは自分が日本人であることやあるいはロシア人や中国人であることで、異なることを発見しては良い落としどころを模索することの連続だと思います。


 4月に新しくオープンする交番を見に行ってきました。「間に合うのかな?」と眺めていたら、駐在さんが来て、「新築の匂いっていいですね。こういうところに勤務するチャンスに恵まれて幸せだと思いますよ。」と、喜んでいました。
 ”それにしてもこの建物、蕎麦屋みたいだね”なんか、中央のガラス張りのスペースで手打ち蕎麦の実演でもすれば絵になりそうです。
 駐在さんは「勘弁してくださいよ!」と笑っていましたが、蕎麦屋のオヤジが似合いそうな顔つきでした。



 夕方、クリス君の家の夕食会に呼ばれました。クリス君が自ら作ったグリーンカレー(タイ式カレー)やインド風カレーをご馳走になりました。
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 国がどうのこうの、人種がどうのこうのと枠で捕らえない人たちが集まって、結果的に”コスモポリタン”ってこういうことではなかろうか?と思いました。

 ベトナム人の青年とアメリカ人がベトナム戦争について話していましたが、言語は日本語です。
 クリス君は村で英語教師をしていたときにベトナム旅行に行っていますが、ベトナムの文化や歴史について詳しいので驚きました。
 村には二人のベトナム人が住んでいますが、私も彼らと接する機会があってからベトナム人に対する印象が大きく変わりましたし、尊敬できることもたくさん見つけました。
 今日、面白い収穫だなと思ったのは、私達が西洋人を見てまず先に米英人だと思うように、ベトナムでは西洋人を見るとまず先にロシア人だと感じるそうです。
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 ロシア人は簡単にベトナムに入国できるので、バカンスシーズンにベトナムに出かける人も多いですが、海軍軍人だったウラジオストクの友人はベトナムやエジプトや南アフリカやキューバなどにパスポートもなしに行っています。軍艦で。

 教授が、クリス君の奥さんがアルフォンス・ミュシャの絵に描かれる女性に似ていると言う話になり、話が盛り上がりました。
 ミュシャの絵は与謝野鉄寛の文芸誌「明星」の表紙を飾っていた絵で有名ですが、私が実物のミュシャの絵を見たのは与謝野晶子の出身地、大阪の堺市の文化会館でした。
 ダメ亭主を支えながら家庭を支え、歌人としても活躍した与謝野晶子。このあたりもにてるかも?
 訪ねくる 永井本陣戸を開き あかりをよべば 通う秋風
 与謝野晶子が私の村で読んだ歌です。
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 ご先祖様がタイ出身のシャムネコのモン吉。今日はご機嫌斜めでした。その理由は画家のミュシャの話で盛り上がったために、名前が似ている白黒ネコのミーシャばかり注目されてしまったこと。
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 ネコはやきもち焼きです。
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 夜、ハルビンの西郷ドンからメール。婚姻手続きに行っていた会員さんが無事手続きを完了した知らせが来てほっとしました。
 2-3年前なら役所周りでそれこそ一週間仕事でしたが、今は事前準備さえしっかりしていれば一日で手続きが完了します。便利になりましたが、これも先人達の努力の結果だと思います。

 いくつもの壁を乗り越えなければならないので、お互い相当な意欲がなければ国際結婚なんて成り立たないものですが、こうして一つ一つ問題をクリアして行くから相手の大切さが身にしみてくるものだと思います。


 困難を乗り越えている?日米カップルのクリス君家に行ってきました。札幌に預けていた荷物とネコを受けとりに行ってしばらく留守でしたが、向こうの友人の自動車を借りて戻ってきたようです。
 クリスの家でお昼をご馳走になりましたが、私が箸を正しく使えないことを指摘されました。
 それでもネコよりは日本のマナーに基づいた食事ができているようです。


 そのネコですが、シャムネコがモン吉、白黒ネコがミーシャという名前。爪が伸びっぱなしなので引掻かれると血が出ます。
 モン吉の名前の由来は西遊記の三蔵法師のお供だった孫悟空にちなんだそうです。が、シャムネコと言ったらタイ出身。タイにはパトカイ山脈と言う山脈があります。パトカイとは八つの戒めすなわち八戒。
 孫悟空にちなむよりも猪八戒にちなむべきだったのでは?体型的にも。
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 シャムネコは宮廷の中で侵入者を引掻いて追い払う番をしていたと言われますが、飼い方の問題か人に飛び掛ってくるわ引掻くわのギャングネコです。
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 昨日は野放しで野生児に育っている甥と姪と遊んだので、今日はすぐ下の弟の箱入り息子と遊んできました。
 ぶくぶく太った姪よりも体はひょろりとしていますが、男の子だけあって骨もがっちりしているし脚力も強く、やることもダイナミックです。このくらいのうちから違いが出るのだろうか?
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 昨日は離乳食に入った甥と姪にスプーンを買って持っていったのですが、右手にスプーンを持って左手で食べ物をつかんで食べています。
 綿指示しに津ごろから箸で食べられるようになったのか?憶えていませんが、箸が使えなかった幼い頃は箸で食べるのが嫌でスプーンで食べていた記憶があります。
 幼稚園で箸と鉛筆を左利きを強引に右に直されたのですが、これがまた苦痛で、右手ではいまだに正しい箸の持ち方ができません。

 欧米外国人は箸など使ったことが人が多いものですが、ぎこちないまでも使っているうちに何とか使えるようになります。
 そういえば私も小学校の家庭科の授業でナイフフォークの使い方というのを学びましたが、緊張して食った気がしませんでした。
 英国の貴族ではあるまいし、そんなにかしこまった食事をしている庶民はいません。後にチャップリンの映画を見て、ホームレスの紳士を演じるチャップッリンの食事姿の美しさに感心しました。
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 ナイフ・フォークだっていきなり使えるわけではなく、2-3歳頃からスプーンやフォークを使って食事ができるようにしつけて行きます。それまでは片手にスプーンを持って手づかみで食べるのは同じようなものです。
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 3月27日は唐人お吉(本名・斎藤きち)の命日だそうです。
 お吉は米国の初代総領事ハリスの待妾(じしょう)として奉公に出され、ガイジンさんのお手付け女とさげすまされた時代のあだ花です。
 芸妓となって流浪の果てに下田へ戻り、船大工鶴松と暮らし始めるが破局し、失意と貧困のはてに1890年のこの日に下田の稲生沢川に身を投げて亡くなりました。享年51歳。

 今では国際結婚も当たり前の時代ですが、こうした礎の上に今日があることも、謙虚に忘れてはならないでしょう
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柴犬

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 サマータイム制度が導入されているロシアでは時計が1時間進んで、ウラジオストクと日本の時差は+2時間になります。
 日本が8時なら、ウラジオストクは10時。西にあるウラジオストクのほうが時計が進んでいるのはおかしな感覚かもしれませんが、日照時間を有効に使うためにはこのほうが都合良いのでしょう。

 今日帰国する会員さんがいるので、ウラジオストクのスタッフの携帯に電話したら、出国手続きも終わって飛行機の遅れもなく帰国できるだろうと言っていました。

 ウラジオストクの男性スタッフは、「彼は堂々としていて判断力もよく、同じ目線で応対してくれるので本当に嬉しいです。僕は個人的にも良い友達ができたと思います。」と喜んでいました。
 このところのウラジオストクでは日本人の人間性を問われるような出来事が続出していたので、それだけに嬉しかったようです。

 到着後、その会員さんから手荷物を待つ間に「無事到着しました」と電話がありました。
 
 時間的にも入れ違いのようにハルビンに行く会員さんがいて、こちらも空港から搭乗手続きの順番を待つ間に電話がありました。前夜遅くまで仕事の調整をして寝不足状態で出かけるそうで、「機内食なんていらないから2時間たっぷり眠りたいです。」と、既に海外旅行から生活路線へと頭が切り替わっています。
 近くで子供の泣き声がするので、”子連れの里帰りが多いみたいですね。”と聞くと、「春休みのせいか、学生が多いですよ。」と言ってました。

 ハルビンの西郷ドンに「搭乗手続きも終わってもうすぐそちらに行きますよ。」と伝えると、西郷ドンもバス停で女性会員が到着するのを待っているところでした。

 春の来ない冬はないといいますが、嬉しい話を耳にすると気持ちもやわらぎます。


 一番下の弟の子供、甥と姪と遊びました。この7月末に3歳になる甥は体重17kg。私が小学校1年の時の体重が18kgですから随分大きいです。
 アンパンマンになって空を飛ぶので、持ち上げて空中遊泳させるのに大汗をかきました。
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 来月1歳になる姪はもくもくとひたすらに羊羹を食べていました。最近風邪を引いて39度の熱が出たそうですが、それでも食べていたようです。よく食べることで体力があるためか丈夫です。
 ほっぺたが真っ赤で鼻水たらして、どう見ても田舎の子供の風体になってきました。
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 すぐ下の弟のところでは半年になる息子を「寒いから外に出さない」と、箱入り状態。母親の子育て姿勢の違いなんでしょうが、がさつに育てているのと、大切に育てているのではこの先どう違いが出てくるのか?


 朝、近所の柴犬が我が家の玄関前にいました。首輪が外れてしまったようです。
 私になついていて逃げるようなことはないので、まだ一昨日の怪我で足が痛かったのですが、その家まで歩いていくと後をぴったりくっついてきました。
 この家では有能なセッターという犬も飼っていますが、この柴犬は技も芸もなく愛想もない、しかも雑種のダメ犬ですが、妙に憎めない犬です。
 この家の主は冬になると猟をするので、鳥猟のためにセッターを飼っています。柴犬を連れてきたときは、いよいよ熊犬でも育てる気か?と思ったものですが、子供が就職して夫婦だけの生活になったので、奥さんがこの柴犬の担当だそうです。
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 野良犬の処分などをする県の施設が、年に何回かイベントを開き、処分される犬やネコなどの飼い主を募集します。
 この柴犬もここで引き取られてきたのですが、もし引き取られていなければ毒殺です。
 そんな自分の命運など知ってか知らずかのんきな犬ですが、防犯には大いに役立っています。
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寒気団

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 天気予報を見ていたらシべリア上空に-36度の寒気団が南下してきています。寒くなりそうです。
 明日ウラジオストクから帰国する会員さんがいるのでウラジオストク事務所に電話をしたら、明日はまだ天気がもつので問題ないといっていました。
 ウラジオストクのよりも先にこの寒気団の影響を受けたハルビンでは時ならぬ大雪が降ったようです。


 明日はハルビンに婚姻手続きに行く会員さんもいます。下準備が済んでいるのですが、複数の役所を移動しなければならないので、雪でタクシーの運行に支障が出たら?などと老婆心ながら心配してしまうのは日本的な部分でしょうか?


 今までは何日もかかったハルビンの婚姻手続きも、今は余計な検査や手続きが少なくなり、1日で終わるようになりました。
 
 ハルビンもウラジオストクも国際結婚を望む女性が少なくなってきた実情もありますが、社会的な雰囲気も随分変化しています。10年一昔どころか、1年ごとに変化しています。

 結婚相手に望むものも随分変化してきました。年々同じ目線での結婚が成り立つようになって、日本男性にとっては壁が高くなってきていますが、「結婚」本来のあり方からすれば、正常な状態になってきていると思います。

 コラムでロシアのソーセージのことを紹介したら、ハルビンにもソーセージの専門店があると連絡が来ました。
 中国のソーセージはニッキの香りがきついのですが、ニッキを使っていないソーセージもあるそうです。それでも、日本のように人口着色料を使っていないので、色は生々しいですが、今度訊ねてみようかと思っています。
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 昨年の町村合併に伴い4月に町議会議員の選挙があるため、このところ周囲が騒がしくなっています。
 昨日、共同浴場に行く石畳で転んで生爪をはがしてただでさえ足が痛かった上、この先、当分土日はのんびり休めないので今日はゆっくり寝て過ごそうと思っていたのですが、朝から玄関のチャイムがなって候補者が「よろしくお願いします」と挨拶に来たり、電話が鳴って「おめ絵、誰推してるんだぁ?」。
 昼過ぎに顔を出した候補者に足と切れたサンダル見せて「あの石畳何とかしてくれねえかい。」とお願いしました。
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 冬、雪解け水が石畳の石に染み込み、明け方凍結して石が割れる。こうして少しずつ石が欠けて大きな穴ができます。そこに足をつっこんし間いました。
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石畳

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 ウラジオストクの事務所に電話をしたら事務所に会員さんが来ていて話すことができました。ウラジオストク事務所の男性スタッフは「ジェントルで素晴らしい人。良い友達になれました。」とこの会員さんがとても気に入っているそうです。

 昨日ウラジオストクに着いた会員さんが言うは、空港に出た時は寒さを感じたそうですが、今日は暖かくて問題になるような寒さではないそうです。このところ暖かくなってきているようですが、土曜には天候が崩れるみたいで、お出かけに差しさわりがないといいのですが。

 その頃事務所に新しい女性会員が面接に来ていました。ベラルーシ系の女性です。
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 「日本人が好きになるタイプでしょう!」と女性スタッフが申していました。

 ハルビンでは来週結婚式に行く会員さんの下準備で、西郷ドンが飛び回っています。以前より婚姻手続きが簡素化されて、悪名高い健康検査(名ばかりの健康検査で、政府の収入のためのようなものだった)もなくなりました。
 ハルビンはこのところロシアから春物衣料の買い付けに来る人が増えているようです。輸入商社もいれば個人で買い物に来る人もいます。
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 ハルビンにはロシア料理店やロシア雑貨の店もあります。
 ロシア料理店の店先。ロシアの男性と女性の力関係を象徴するような人形ですが、この男性の人形、よく見ると藤岡琢也さんに似ています。食堂”幸楽”の主ですね。”渡る世間は鬼ばかり”でしょうか?
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 20から21日にかけて仙の倉山(2026m)で2名が死亡した山岳事故について、村の山岳会の重鎮と話しました。
 新潟側から登って、新潟側に降りる計画だったそうで、新潟県警が事故を受理したので山向こうに事故扱いになりましたが、こちらの役場や山岳会も待機していました。
 リーダーは刑事責任問われるのでは?と言っていましたが、確実に刑事責任が問われそうな事故です。
 3年前に私の所属する山岳会で1名死亡した雪崩事故でもリーダーは刑事責任を問われましたが、不起訴でした。
 ”連れて行ってもらう”か”自ら行く”か、意識の違いは随分大きなものです。眺めると見るくらいの違いがありますし、本を読むこととテレビを見る違いも似ていると思います。要は”自分ならどうする”という問いかけの有無の問題だと思いますが、場合によってはその積み重ねが命を左右するのですからおざなりにはできません。
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 「山屋なんてろくなものはいない。周りのみんなが死んでも自分だけ生き残ったときのことを考えている。」よく我々登山仲間が口にする言葉です。

 私の住む地域によく見かけられる緑色凝灰岩。グリーンタフなどと呼ばれている岩石です。火山灰が堆積して変成を受けてできる岩石と聞いています。2000万〜500万年前に堆積した火山灰だそうです。温泉が出る場所はこの岩石が見かけられます。
 この岩盤の近くでは食塩泉などしょっぱい温泉が多いのが特徴です。
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 緑色凝灰岩の石切り場。柔らかく加工しやすいので石細工などに使われます。
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 ざらざらしたフリクションがよいので石段にすれば滑りにくいし、加工しやすいので仏像を作るのも向いています。
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 私の住む湯宿温泉では通りを緑色凝灰岩の石畳にしています。見るとそれなりに良いものですが、自動車で走るよただ単にでこぼこ道ですし、車椅子は走れない、雪が降るときれいに除雪ができない、アスファルト剥がしてまでこんな道路を作って何のメリットもありません。
 夕方共同浴場にサンダルはいて温泉に入りに行ったら、石畳につま先引っ掛けて生爪を剥がしてしまいました。
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中ロ交流

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 国際会議でインド人を黙らせて、日本人が喋るようならその会議は大成功と言われるくらい、インド人は自己主張が強いと言われています。
 
 ハルビン女性と結婚して3年目になる会員さん。奥さんが日本語教室で知り合ったインド人の奥さんと親しくなり、家族ぐるみの付き合いをしているそうです。
 「中国人がおしゃべりだと思ったら、インド人もよく喋りますよ!」と電話で言っていました。顔を合わせると、お互い日本語で延々と喋り続けているそうですが、「だんだんメチャクチャな日本語になってくるんだけど、言葉の意味なんて考えないで雰囲気でやり取りしているんじゃないかな?」と言ってました。
 後で何について話していたの?と奥さんに聞くと「よくわからない」。
 意思の疎通としての会話よりも、一緒にいる間を楽しむ会話なんでしょうね。

 午後、ウラジオストクに向かう会員さんが新潟空港から「搭乗手続きが無事完了しました」と電話がありました。旅なれている人なので心配はありませんが、ウラジオストクの街や人も含めて気に入ってもらえると嬉しいです。
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 今年のウラジオストク行きの少ない冬でしたが、3月になって雪が降りました。このところは暖かいようです。
 そろそろ中国方面から砂塵も混ざった風が吹く頃で、街全体が埃っぽく自動車が砂埃で白くなります。
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 プーチン大統領が北京を公式訪問してこのところ接近している中ロですが、ハルビンはロシアが作って日本が育て今は中国になっている街です。
 中ロの交流は民間レベル(主に貿易)で盛んです。
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 こういう遊びを持ち込むのはロシア人ですね。ハルビンスタッフいわく「ロシア式水泳」。水泳競技が冬季オリンピックに移行したらロシアの圧勝だそうです。
 水は0度で固体になるので、いくら混ざり物(不純物)が多いハルビンの水でも凍結していないだけ外気よりは暖かいはずです。
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 それにしても、中国女性にも肉付きの良い人が多くなりました。
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 ロシアのサウナでぐったりするほど温まって、冷たい水に飛び込むとこれほど気持ちよいものはありません。
 田舎に行くとサウナを持っている家庭があり、薪を燃やして燻製になるほど中は湯気と煙に包まれて楽しいです。暖まったら外に飛び出て雪の中に飛び込むのですが、気分は最高です。
 サウナと関係なく冷たい水に飛び込んで喜ぶおじさん達もいます。
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 こちらはキリスト教の洗礼の光景だそうです。水のバプティスマですね。
 ロシア正教の場合、幼児洗礼が行われるので、私の親戚の子供は生後半年で洗礼を受けたら風邪を引いて大騒動になったそうです。
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こより絵

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 路面電車のスベトランスカヤ駅の地下道。海側には革命戦士広場があり、山側は商店街の目抜き通り。
 大きな通りを横断する地下道があり、地下道の中には衣料品店やパンの店などが数件あります。

 地下道の階段を下っていく途中の踊り場に、子連れのホームレスがいつも座っていました。1999年に私が初めてウラジオストクに行った時はまだ生まれて間もないような子供でしたが、行く度に子供は大きくなり、母親はみすぼらしく性格も荒くなっているような気がしました。
 「その場限りの同情は彼女らのためにならないから見てみぬふりをすべき」と言われても、旅人の気楽さと幼子が不憫で、下のパン屋でパンと牛乳を買ってきては与えていました。
 子供よりも先に自分がパンに食らいつくので「コノヤロー」と思ってはいるのですが、厳しい冬を数年乗り越えてきたことは事実です。

 3−4歳の物心つくまでに育った子供が母親のそばを離れず、畳2枚少々の踊り場がのこの世界。まだ今ならこの子供だけでも何とか独り立ちできると思いながら眺めました。
 ウラジオストクの事務所のスタッフも向こうの友人もドア・トゥ・ドアで自動車で移動するのでめったにここを通りません。最近見かけなくなったと聞いて、施設にでも入ってくれればと期待しています。
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 負の遺産やこれから改善されていく問題はどの国にもあるもので、それを取り立ててどうこう言うのは思い上がりもいいところで、それよりも精一杯生きている人たちと出会って自分の活力にしたいです。

 通りの山側は路地裏にキオスクが立ち並ぶプチ商店街で、ソビエトを生き抜いてきたおばちゃんたちが、雑貨や花などを売る小さな店コンテナーボックスの店が並んでいました。
 どうもこうした小店舗にも政府の手が入るようで、かつてファッションストリートだったフォキナ通りは店が全て撤去されアルバート通りと名前を変え、公園風の通りになりました。
 かつてソビエト崩壊時の物流混乱から生活を救った自由市場はその役目を終え、大規模な店舗がそれに変わる時代になりました。国が運営しているか民間が運営しているかの違いで、大店舗が崩壊するとまたソビエト崩壊時と同じ現象になるでしょうが、新しい芽は次々出てきます。
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 「こより絵」と言われても何のことかわからないと思います。昔からなじみのうどん屋のおかみさんが、こより絵仲間の展覧会をやっているので顔を出してきました。
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 折り込み広告や雑誌を糸をよるように、クルクルとひも状にして、この色合いをマチエールとして使う絵で、山下画伯の貼り絵が点で成り立っているのに対して、こより絵は線で描かれる絵画です。
 週2回ほど新潟から先生が教えにきているそうで、沼田の公民館でこより絵教室なるものが始まってまだ9ヶ月だそうです。
 それにしても見事な色使いで、ディティールのしっかりした絵が飾られていたので驚いたのですが、顔ぶれを見たらうどん屋のおかみさんたち切り絵のベテランや、著名な華道のお師匠様など、元々高い感性を持っている人たちでした。
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 これから足を踏み入れる人も多くなると思いますが、この分野は女性が強いと思います。まず、画材に使うこよりを手間隙かけて作り出す段階で、大方の男性は値を上げることでしょう。
 それを模様にあわせて貼り付けていく。気の遠くなるような作業です。
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category日記

茂左衛門

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 WBC、日本が10-6でキューバに勝って優勝してしまいました。
 二次リーグ1勝2敗のときは、もはやこれまでと思ったものですが、あきらめない気持ちはつくづく大切だと思います。
 縁日に行っていてリアルタイムで見られなかったのですが、縁日のお寺のお札売り場で携帯テレビを見ている檀家さんがいて、リアルタイムで情報が入っていました。6−5になったとき”逆転負けするのかな?”といたたまれなくなり、出店まわりに行きました。

 昨日、谷川連邦の仙の倉山(2026m)で神奈川の登山パーティが事故を起こし1人行方不明、1人重態と言うニュースが流れました。
 県境の山で「新潟県の」とい報道していたので、新潟県警が受けた事故だなと判断しましたが、遺体回収などこちらの山岳会などが出ることもあるので、一応装備だけは整えておきました。2名が亡くなりヘリでおろしたようです。凍死だそうです。
 凍死に至る場合、衰弱して徐々に死んでいくように思えますが、その前にパニックになってとんでもないところを歩いたり、目標を見失って奇妙な行動をとるものです。結果的に体力を消耗して死ぬのですが、じっとその場で耐えて待つことはものすごい苦痛です。凍死死体は往々にして登山道から外れた”なんでこんなところにいるの?”と、とんでもないような場所で見つかるものです。
 パーティーから外れてパニックになったんでしょうね。通常、一番強い人が最後尾を歩くものですが、そのセオリーを無視して「ベテラン」と言うのはどうしたものだろう?ハイキングの延長だったんでしょうね。
 仙の倉山。なだらかな山です。
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 高齢者登山の典型的な事故で「遭難」とはいえません。昭和30年代の登山ブームの時、仙の倉では5月に凍死事故も起きています。同じ日に谷川岳の一の倉の衝立岩で横浜蝸牛山岳会が宙吊り事故を起こし、遺体回収ができず、自衛隊が射撃でロープを切断する事件が起こりました。
 今日はその一の倉でも身動きできなくなった登山者を県警のヘリで救出する事件がありました。ともあれ、無事で何よりです。
 縁日のお寺から谷川岳はよく見えるのですが、今日は強い風と雲のカナで見えませんでした。多分現場は吹雪だったでしょう。


 春分の日と秋分の日は月夜野の茂左衛門地蔵尊の縁日です。
 江戸時代に藩主の悪政を農民が幕府直訴に成功した礼は2件しかありません。千葉の佐倉惣五郎と、沼田藩の杉木茂左衛門です。
 佐倉惣五郎の物語は斉藤隆介さんが「べろだしチョンマ」と言う物語にして、広く日本中で読まれています。

 町村合併のおかげで9月の縁日から私の村からも交通指導員がでることになってしまったので、いつ駐車場整理のお呼びがかかるのかわからなくなります。のんびり縁日回りするのも最後です。


 茂左衛門の縁日と言えばかつては上越線に臨時列車が出たほど賑わった縁日でした。
 参道を境内に上がっていくと線香を売っているお婆さんがいました。
 1960年代末まではこの場所には傷痍軍人がいて、アコーディオンを弾いたり、軍歌を歌ったり、ハーモニカを吹いてお金をもらっていました。
 戦後25年になろうとするのに、こういう人がいるのだな不憫だなと思いつつも、自分の負傷を商売の道具にしていると子供心に思ったものでした。
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 このあたりでは比類がないほどで店が立ち並ぶ縁日でしたが、何の縁日か?なんてことはまったく考えていませんでした。
 ここがお寺だったことを知ったのが高校生の時です。それまで、何にも考えないで出店見たさに来ていました。
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 茂左衛門の縁日に行って有り金みんな使い果たして、帰りのバス代も使い果たして十数キロの道のりをを家まで歩いて帰ってくれば一人前!というのが我々の小学校時代の慣わしでした。
 ”どれだけ遠くまで歩けば 大人になれるの?どれだけ金を払えば 満足できるの?”
 ボブ・ディランが「風に吹かれて」で歌い多くの若者の共感を得ていた時代。私達カギ共はすってんてんになって、茂左衛門の縁日から風に吹かれてながら歩いて家まで帰ることでその答えを知っていました。
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 お寺があって縁日があって出店あるのではなく、出店が全てでしたから、お寺が縁日に出てきていると考えていたのが子供の頃です。
 賽銭のお金と線香を買うお金ももらってくるのですが、そんなもん、すぐに腹の中に入ってしまいました。おでんがコンニャク、さつま揚げ、ちくわが10円、玉子が20円の時代でした。玉子は高くて買えませんでした。
 お寺の近くには居酒屋の売店があり、戦争に行って死に損ねた中年のおじさんたちが酔っ払っていきまいていたり、喧嘩していたり、大人と子供の距離ははるかに遠いものでした。不満が渦巻いていることは今の時代も変わりないのでしょうが、はけ口が多様化しているだけ今はよいのでしょうか?
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 子供の頃はここでおみくじ売っているのもテキ屋のおっさんだと思っていました。このお寺の檀家の代表ですが、どうも胡散臭く見えてしまいます。知らないおじさんは怖いと言うのが私の子供の頃の身の安全。そういえば今年の初詣は私も旦那寺の檀家代表でおみくじ売っていたっけ。
 この売り場のおじさんがお風呂で見られる小型テレビを持ってきていて、お札売りながらテレビを見ていました。日本が急場に勝った試合終了のときは、出店回りしていましたが、こちらで歓声が上がったのでわかりました。
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 おみくじで花が咲いています。シベリアに行くと願いを書いた布を木に結びつける風習があります。ロシア人のものではなくモンゴル系民族の習慣ですが、道の辻などの木に色とりどりの布が結び付けられています。モンゴルではオボーと呼んでいたと記憶しています。
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 絵馬が奉納されていましたが、こちらで絵馬が一般的になったのは比較的最近のことだと思います。
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 ここで杉木茂左衛門は貼り付けになったといわれています。その後沼田の領主真田伊賀の守は解任、おとりつぶしになり、真田支配は終焉します。真田の後沼田の藩主は松平になりました。
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 こちらは太平洋戦争の戦没者を祭った忠霊塔です。高校生が2人たこ焼きを食べていました。
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 「かならずあたる」金額に見合わないへんなものが当たるだけですが、昔は「スカ」なんて出て何ももらえない詐欺のような出店がありました。こういうのも私が小学校の頃に法改正で何かしら渡さなくてはならなくなりました。
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 鍛冶屋さんの直売。昔は農家もこういうところで農具を買ったものですが、今は農協が民業圧迫?しています。
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 来て早々に鍬を買い込む年配者夫婦。鍬を担いでこれから参拝みたいです。結婚の到達した姿はこれが理想だと思うのですが。
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 「んけゃぢばそ焼」なんだ?新種の料理か?と思って覗きに行ったら広島風焼きそば。「焼そばぢゃけん」でした。
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 リンゴ飴。蒸かしたリンゴの表面を水あめでコーティングし冷やしたもの。中国にもアンズ飴と言う似たのようなものがあります。子供の頃は焼きリンゴと言うのがあって、蒸かして暑いリンゴに甘いシロップをかけたもので、とてもおいしかった記憶があります。紅玉と言う酸味の津世リンゴを使って作るものでしたが、今はその紅玉が幻のリンゴになっています。
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 こちらのほうが中国のアンズ飴に近いですね。
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 水を入れて鳥の鳴き声を出す笛。私が子供の頃は陶器でしたが、やがてプラスチックになり、最近はガラス製です。
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 山なので、海産物は貴重品でした。こちらの縁日に海産物はつき物です。
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 イカのくちばしイカトンビ。炭火で焼いたものを試食したらあまりにもおいしかったので買ってしまいました。
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 ブロマイド売りなんてまだあったんですね。しかも、ほとんど知らないタレントばかり。かつてはブロマイドと言えば写真でしたが、今はポスターです。写真館のラボでプリントされるのか印刷工場かの違いです。
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 売ってるオヤジは怪しそうな顔をしています。最近、一目見て人相の悪いオヤジが少なくなりました。
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 最近こちらのお祭などでよく目にするようになったトルコ料理のドネル・ケバブ。トルコ人のお兄さんが売っています。
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 世界三代料理は中国料理とトルコ料理が双璧。残りの一つをイタリアとフランス料理が争っているそうです。
 ところで何の肉だろう?豚肉ってことはないし、牛でもない、ってことは羊?
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 物珍しさもあって客が並んでしました。やはりこうしたものは日本人が売るよりもその国の人が売ったほうが本物っぽく見えます。
 ところで、彼の就業ビザはテキ屋の親分さんが保証人になって取得したのだろうか?などと余計な勘繰りをしてしまいます。
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 金魚すくい。。最近は見かけなくなりました。
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 ミドリガメすくい。このオヤジ昔はひよこを売っていたオヤジです。孵化場で鑑別師がオスを判別したヒヨコだけ二束三文で買って行き(おスのヒヨコは買い手がいないと豚の餌です)、メスと看板立てて売っていました。鳥インフルエンザでヒヨコも姿を消しました。
 子供の頃はここでヒヨコを買ってきて、半年後の縁日の頃には鍋なっていました。ヒヨコは羽が生えるまで自分で体温調節できないし、米など硬い餌を消化する力もないので、孵化して一月程度までは手間がかかります。それを知らずに買って死なせるのがよくあるパターンです。
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 型抜き。まだこんなものが存在していたんですね。私が小学校の頃は一回10円でした。手持ちの小遣い(3〜500円くらい持って来ていました)が少なくなると、型抜きにバス代を託します。うまく削りだせても、「ここが悪い」とかいちゃもんをつけ、ひどい時には自ら手で欠いて「割れてたじゃねえか」と踏み倒すテキ屋のおっさん達。
 信用できる人とできない人がいるということをこういう場で学んでいました。
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 茂左衛門地蔵は子供の守り神なので、子供が主役です。「良い子になりますように」と子供たちがお参りに来る縁日ですが、娑婆の厳しさを学んで子供がずるくなる場でもありました。
 恐い連中(中学生が多かった)もいたので、小学校高学年になるといじめられることがあるので、手ぬぐいに石を入れてズボンのベルトにぶら下げて自衛していました。楽しい場所と恐い場所が紙一重だった気もします。

 4歳下の弟が生まれたとき、父とこの縁日に来て弟の記念樹に富有柿を買って来たおぼえがあります。柿木は今も健在ですが、こちらでは夏の積算気温が低くて富有柿は甘くなりません。40年たってこの柿が甘くなったのはたったの3回で、記録的な猛暑の年でした。
 柿が甘くなるようなところには住めないとしみじみ思う山岳民族です。
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 こちらでは5月中ごろに咲くクルメツツジ。今うっかり植えては木が弱ってしまいます。
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 自分が生きてきた人生はそれほど変化していないように感じていますが、久し振りにこうしたところに来て振り返ると、世の中や人の考え方も変化しています。振り返ると、今のハルビンやウラジオストクに自分の幼少期の雰囲気が多分に残っていると思います。素朴なのか発展途上なのか?一概には言えませんが、たくさんある魅力の一つかもしれません。
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category日記

白髪染め

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 「金髪女性は馬鹿?」今には始まったことではありませんが、ロシアでは馬鹿を語るときに金髪女性がよく出てきます。
 ロシアではゲルマン民族のように金髪が多くありませんし、大方の女性は髪の毛を染めているので一見しただけではわからないものです。
 日本ではいやらしい目で見られるからと、髪を黒く染める女性も少なくありませんし、最近は黒い髪が流行っているようです。

 ハンガリーでは1-2年前に”金髪女性を馬鹿にしてはいけない”と言う法律を作ろうと言う運動があったそうです。採択はされなかったようですが、「私達は馬鹿ではない」とプラカードを引っさげた金髪女性たちがデモ行進をしたそうです。ところ変われば…面白いものです。

 ハンガリーの「ハン」はフン族を意味していて、モンゴル帝国が西に勢力を伸ばしたときに作った国です。モンゴルの血を引くハンガリー人(マジャール人)はヨーロッパなのに日本人と同じ蒙古斑民族です。フィンランドのフィンもフン族ですね。

 ハンガリーの話をしていて、「ビェングリヤー」と言われて何のことかわかりませんでした。ハンガリーをロシア語ではこう呼ぶのだそうです。
 ロシア語は”H”の音を発音しないので、ハンバーグがガンブルゲ、ハワイがガワーイ、オランダ(Holland)がゴーランドニャになるなど「ハ」が「ゴ」になるので、その法則からすればハンガリーはガンガリャーかと思っていたら、ビェングリヤーでした。

 暇を見て自分で白髪染めをしようと思っているのですが、白黒入り混じったゴマシオ白髪頭なので部分染めができません。
 思い切って全面的に染めてしまおうと、ホームセンターに行った時、よくわからないけど白髪染めなんてなんでも同じだろうと思って、テレビのコマーシャルで名前を聞いたことがあるギャッツビーを買ってきたのですが、白髪を染めるどころか白髪に染めるようなブリーチと呼ばれる脱色剤でした。しかもはこの隅に小さく「白髪用ではありません」マンダム。と書かれていました。
 使おうか使うまいか思案中です。

 髪の毛と言えば美容室。
 自動車で通り過ぎながらこの電工式の看板を見たとき「ちゃんこ」と読めてしまいました。
 きっとちゃんこ鍋の店でもできたのだろうと思い、いつかチャンスがあったらちゃんこ鍋を食べに行こうと思っていました。
 一見普通の住宅で、きっと廃業した元相撲取りがちゃんこ鍋を作りながら住んでいるのだろうと思っていました。


 ある日、この前を通りがかったら、電工看板には「美容室」の文字が。
 あれ?もうちゃんこ鍋屋さんはつぶれちゃったのだろうか?と車を止めて土手の上の店を見たら、ちゃんこ鍋屋ではなく、美容室「ちゃりんこ」と言う名前でした。電工看板をよく見ると、確かに「ちゃんこ」ではなく、「ちゃりんこ」でした。
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 このちゃんこ鍋美容室の裏山に結婚の森という場所があります。獄林寺というお寺が所有する杉と松の山を開放して、新婚カップルにツツジやコブシなどを植林してもらっています。
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 このところ建材としての杉の単価も安く、スギ花粉症が流行るようになって、決してありがたい樹木ではなくなりました。さりとて意味もなく伐採しても山を荒らすだけですし、植林するにしても将来の経済性のことを考えると杉やヒノキを植えることになる。
 林業で生きるものにとって杉やヒノキの林を雑木林にすることはとても抵抗があることです。
 どうやって杉山を上手に雑木林に変えられないか?そんな中で生まれた里山の知恵です。
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 適度に杉や松を間伐して、新婚カップルに苗木を買ってもらい、記念樹を植林してもらう。
 植林した木が育ってきたら、また少しずつすぎや松を伐採する。
 こうして何十年かたつうちには、杉の山が徐々に雑木の山に更新されていくことになります。
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 山(林)を育てることは3世代先を見て育てなければなりません。私達が植えて木を切るのは孫の世代です。
 時代は常に動いているので、今は毛嫌いされている杉山がいつまた注目されるかわかりません。かつての雑木がそうであったように。
 
 結婚の森からは赤城山がよく見えました。やがて木々が育てば葉の落ちた冬しかこの景色を見られなくなるでしょう。
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category日記

慢心

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 WBC,やはり、徴兵免除のご褒美獲得でモチベーションが下がったのか?棚ボタ準決勝進出の日本が6-0で勝ちました。
 1次リーグから全勝で勝ち進んできた韓国がわずか一敗で姿を消し、3勝3敗の勝率5割で這い上がってきた日本が決勝進出。やはり人生ゲームです。
 何があるかわからないから不安になるのか?何があるかわからないから期待するのか?ピンチとチャンスは紙一重です。

 多分、実力的には大リーガーで選手を固めたUSAが一番だったでしょうが、慢心したほうが足元すくわれるんですね。
 思えば日本チームにしても一次予選の韓国戦(をさして言った言葉ではないが)で「30年は勝てないと思わせる」と、大リーグ式に余計なことを言ったイチロー選手の談話が火をつけたようですし、二次リーグの韓国戦でも「彼らはあれが精一杯だった」とまだ見下ろしていましたが、今回ようやく韓国を見上げる目線で試合をしたような気がします。
 見下して手玉にとるより、圧倒的な力の差を見せ付けてもなりふり構わないで真剣に向かい合えば、結果はどうであれ尊敬が生まれると思うのですが、惨めさも成長促進剤です。

 USAにしても野球の本場で大リーガー相手にプレーできれば外国人も喜ぶだろう。どうせ、選手は大リーグに自分を売り込みに来るのだろうと見下した思いがあったんでしょうね。そうでなければ審判問題にしても金銭問題があったとはいえ、マイナーリーグの審判なんか出したりしません。
 これで優勝したチームが次回の開催国になる権利がある。なんて話になれば、みんな本気になって大変なことになるでしょう。

 東京オリンピック柔道で神永選手がオランダのヘーシクに負けて日本は金メダル独占ができませんでしたが、この敗戦が世界に「柔道は外国人でも勝てる競技だ」と印象付け、メキシコ五輪では外れていた柔道がモントリオールでオリンピックに再び戻ってきました。
 大リーグの敗退で、野球はUSAだけのスポーツではないと知られれば、もっと普及するきっかけになるかもしれません。身体能力の高いオランダやブラジルが伸びてくると大変なことになると思いますが。

 WBCのゲームが雨で中断した間に友人の日露カップルの家に行きました。春休みの奥さんがお子さんとロシアに帰るので、持って行って貰いたい物を渡しに行きました。
 そこで再開後の試合を見ていました。本当は午前中に手渡してゆっくりWBCを見たかったのですが、今日は消防団の訓練があるとかで帰ってくるのを待ってから出かけることにしていました。国際大会で3位以内に入れば徴兵免除の韓国と違って、わが町は国際結婚で国威発揚しても消防団の免除がありません。
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 「このぐらいで満足してくれているだろうと、こちらの腹の内をことごとく見抜くので恐いと思うときがありますよ。女の感ってやつですかねぇ。」そのわずかな隙を攻められるので、上っ面だけきれいに装うことは通用しないと言うのはどこの家庭も経験されているようです。
 日本女性ならこうした男の甘えや打算を掌で転がしますが、ロシア女性はプリミティブですから正面きって接しないと怒るだけです。

 傍目には仲良く過ごしてきたカップルのように見えましたが、些細な喧嘩で奥さんが実家に帰り、向こうの両親に「もう別れなさい」と突きつけられ、あわててサンクトペテルブルグまで頭を下げて迎えに行ったこともあるそうです。
 「慢心ですよ。慢心ほど恐いものはありません。」
 夫婦生活が求道者のごとき国際カップル。

 求道者と言えば彼の家の近くの修験道のお寺で、山伏の火渡りの儀式がある頃だなと思い出し、帰りに立ち寄ってみました。
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 私の村の修験道のお寺と同じ一派で、昨年の11月11日の日記で紹介した箸供養にはここの法院様も来ています。
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 火渡の前の水行の期間に入っている様で、深夜に水ごりをしているようです。そして、今夜は雪です。
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 4月6日の夕方から火渡りがあるようです。年度末、年度初めの余波は私のような物見まで及んでいますが、来ることができたら紹介します。
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category日記

鳴かぬカラスの声

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 「一生懸命働いていい成績上げたら消防団免除してくれるって言ったら、がんばるけどなぁ。」と地元の30代の男性がスポーツ新聞眺めながら言ってました。
 徴兵制のない日本ですが私の住む村などは、懲役二十数年にも及ぶ消防団があります。若手が少なくなったので一度足を踏み入れたら抜け出せない無期懲役並みの長さです。
 私など交通指導員の空きができたときにそちらに移ったので早く消防団を足ぬけしましたが、消防団よりも交通指導員のほうが定年の年齢が高いので、任期が来たら早めに若手をたぶらかして代わりを押し付けようとねらっています。

 ワールド・クラシック・ベースボール。準決勝に進んだことで韓国選手の中の11人は徴兵を免除されるそうです。これでモチベーションが下がるのではないでしょうか?
 「国のため」「国民の義務」と言いつつも「徴兵免除」を本音で大喜びしてしまう本音。わからなくもありません。
 学生時代韓国からの留学生もたくさんいましたが、留学中は徴兵が免除されます。卒業後は大学院に行くなり他の国に行くなり、兵役免除の年齢まで逃げる策を考えなければならないと男性たちは必死でした。


 椎茸のホダ木を運び出す仕事を請け負って、トラックに乗って月夜野に出かたら、後閑駅の裏で面白い看板を発見しました。日本人が書いた文だろうか?


 「あなたは神様大先生」と持ち上げておきながら、その神様大先生に「学んでみませんか?」と言うのはおかしな話で、「教えてください」と言うべきでしょう。「瞑想」って漢字で書かないと”迷走”に思えてしまいます。
 味があるのか?下手なのか?読み取れるだけ私の書く字よりはましでしょうが、自分自身を深く追求しすぎちゃって周りが見えなくなっているような人がでてくるのだろうか?まさかオウムじゃあるまいな?
 こういうのが出て来るのも、季節の変わり目ですね。

 長徳寺城跡。こんな城跡があったことをごく最近まで知りませんでした。高校時代毎日通過していた隣町が、昨年の合併で同じ町になったので、丸太運びに行ったついでに散策してきました。

 城跡の下に長徳寺と言う禅寺があるのでこういう名前になったようですが、14世紀に建てられた城で、高台の上の城跡は農家の畑になっています。
 どこがお城だったの?と探しているとお堂がありました。
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 水子地蔵尊が祭ってありました。長徳寺と言うお寺は曹洞宗の禅寺で、檀家を持たない修行寺のようなボロボロの山寺で、私も最近知りました。これはまた機会があったら紹介します。
 水子地蔵尊などは真言宗や天台密教の範疇だと思いますが、こうした人々が作ったものを引き継いだのでしょう。
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 水子地蔵尊と言うのですから、昔ひと減らしに間引きした子供を祭っているのかな?と思ったのですが、新しい地蔵様やお供え物がありました。

 地蔵様の頭上に掲げられた板に梵字で書かれているのは「カ」と発する音が三つ。地蔵菩薩(クシティガルバ)のマントラは「オン、カカカ、ビサンマエイ、ソワカ」ですから、そのマントラの「カカカ」を意味しているのでしょう。
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 水子地蔵尊をまじまじと見る機会は今までありませんでしたが、なんともやるせない気持ちになります。地蔵様のしがみしがみつく嬰児も哀れなら、その地蔵様にぶら下げたすすけたお供え物の人形がなんとも胸をかきむしります。地蔵様の左手には嬰児が乗っていて、天の後輪に向かって手を伸ばしているのですが、これがなんとも苦しくなるほど悲しいです。
 侘び寂びの悠長ではなく、もっと現実に即した逃げられないような情けなさが漂っています。
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 お供えした人には相応の事情があるのでしょうが、なんて悲しい祭どころだと思いました。将来への祈願のためではなく過去への謝罪のためのお堂ですから、そこには沈うつしかないのですが、お参りされるほうもするほうも”不憫”です。
 後ろめたい思いがあるから供養するのか?後ろめたくないから供養するのか?人工中絶して苦にしない女性が増えた昨今ですが、そんな不心得者が全てではないと思いたいです。
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 新しく建立された地蔵。ロシアでは言い訳のかかれていない墓石はないと言われますが、表記の少ない日本の墓石でもいつ生きいつ死んだと書かれているものです。
 生きた証がなく死んだ事実だけがあるのが嬰児です。誰が、誰のためにいつ建てたのかも書かれない地蔵墓石。この位置から見てようやくなんでこんな人里離れた薄暗い林の中にあるのかわかる気がしました。誰がお参りしたのかもわかりませんし、わかってもいけないのです。
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 唯一どこの県の人が建てたのかわかるような堀込みがありますが、頻繁にお参りに来ることもないでしょうから、どれが自分が立てた地蔵か識別する時に使う程度でしょう。
 嬰児を日本語では”みどりご”と読みますが、声に出してみるとドロドロした生き物の血を感じるような言葉に思えました。
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 おそらく、世に出ない子供の供養をする国は多くはないと思いますが、”供養”という言葉を含めて日本人特有の情感を見た思いがします。
 お供えするものを何も持ってこなかったので、一度自動車に戻り、ダッシュボードにあった半分溶けかかった飴をお供えしてきました。蟻が地中に運んでくれるでしょう。

 「闇の夜に鳴かぬ烏の声聞けば 生まれぬ. 先の父(母)ぞ悲しき」臨済宗の禅問答に出てくる有名な意味不明の歌ですが、闇の世に黒いカラスは見えませんし、鳴かないカラスの声を聞くこともできません。生まれる前の父や母を自分が生まれもしないでどうして悲しむものでしょうか?と考え集中し禅の境地に達するのだそうです。
 帰るとき、この歌のことが頭に浮かびました。

 不思議なのか?”深い”のか?考えることが多い出会いのあった一日でした。
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棚ボタ

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 「人事を尽くして天命を待て」といいますが、何事もあきらめてはいけないのだなと、野球のワールド・ベースボール・クラシック大会を見て思いました。

 我々観衆なんて結果だけしか見ていませんから、このところ人気が下がり気味のプロ野球が世界の大会で負けたところで、「今まで思い上がってきたからだ」とか「所詮この程度のもの」と冷ややかですが、やってる選手にすれば必死です。
 1勝2敗で万事休すの中、USA大リーグがメキシコにまさかの敗戦。日本の準決勝進出が決まりました。

 2敗になって準決勝進出が絶望的の中、まだUSAに残って結果を待つのもつらかったことだと思います。
 もし自分が選手だったら韓国に負けて2敗になった時点で「やってられるか!」と帰ってしまったかもしれないと恥ずかしながら思えてなりません。あの重々しい雰囲気に耐えられなかったでしょう。
 ”耐える”ことと”あきらめる”ことの使い分けは常々必要だと思っていますが、やはりトップアスリートは精神力が違うと思います。

 案外WBCは面白いかもしれないと思えるようになりました。準決勝・決勝は一発勝負のトーナメント。
 アジア予選から負けなしで勝ち進んできた韓国でもたった一度の負けで終わりです。勝ったり負けたりしながら何とか勝ち進んできたキューバとドミニカに、他力本願ではあったがやっとこ滑り込んできた日本。
 これで日本が優勝するようなことがあれば”人生ゲーム”のようです。

 定石どおりに行かないから面白いのですし、時代は常に変化しています。日本のサッカーが台頭してきたとき、韓国の人たちは驚いたことでしょうが、野球ではその逆の現象が起きています。見下ろすところに進化はないのでしょうね。
 
 イリナ・スルツカヤではありませんが"That's life!"これが人生さ!
 話は変わりますが、トリノ五輪では3位だったスルツカヤですが、こうしてみると銅メダルが金メダルに見えますね。
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 勝鬨の名乗りを上げるものと名門は別物であることはよくあることで、ここで負けても大リーグは大リーグです。ただ、その名に恥じない態度であったか?それが問われると思います。

 野茂投手が大リーグのロスアンジェルス・ドジャーズに移籍して活躍した頃、野茂投手が始めてヒューストンで投げる試合があり、在住日本人や日系人がたくさん球場に出向きました。
 この日は敗戦投手。味方のエラーや振るわない打線など野茂投手にとって不運はありましたが、野茂投手が試合後の日本人会の歓迎会でそのことをチラッと口にしてしまったことから「野茂は卑怯だ」と何年も語られるようになってしまったことがありました。「負けたら負けたでかまわないから、ベストを尽くせばよいだけのこと。見苦しい言い訳をするな」と言うのが異国で暮らす日本人の意見でした。
 力を出し尽くしても、勝つときもあれば負けるときもあり、それはその時点での結果です。大切なのはそこからどうやって次につなげていくかと言うことなんでしょうね。安泰なんて胡乱かもしれません。


 家電量販店の閉店セールに行ってきました。プリンターのインクカートリッジを買いに行ったのですが、タッチの差で半額になっていた最後のカートリッジを持っていかれてしまいました。
 私のプリンターに使えるカートリッジが3個残っていたことを確認した後、他に掘り出し物ないだろうか?とうろうろしている間に他のお客にさらわれてしまいました。
 もしかしたらこの次に来たらもっと安くなってるかも?と言う打算が頭をよぎりましたが、これが失敗でした。"That's life!"
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 せっかく出向いたのですし、パソコンのデータをバックアップしたかったのでDVD-Rを2枚買ってきました。10%引きでした。
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 春一番と呼ぶにはいかがなものか?と恐くなるほどの強風でした。
 昨夜、深夜に雷が鳴って目が覚めました。地響きみたいで窓ガラスがガタガタ揺れたので地震が来たのか?と思いました。
 一晩中風のうなる音がやまず、台風が来たようでした。
 強風のため手動はわかるのですが、基本的に自動ドアで重たい上に、指がひっかかる凹みやスペースがなくて、ぴったり閉まっていると開けるのが大変でした。
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 昨日ウラジオストクは暖かかった、そのうち日本も暖かくなるでしょう。
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忍者

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 「今日はとても暖かい一日でした、気温も10度です。」今日はウラジオストクのほうが私の住むところより暖かいようです。この気候は少し遅れて日本に来るので、そのうち暖かくなることでしょう。

 このところ連絡がなかった日本語通訳をしている友人は、シベリア鉄道のツアーに同行してモスクワに行ったようです。
 7泊8日の列車の旅に行ったのは日本の大学生で、10人前後の大学生引き連れて列車の旅を率いてモスクワまで行き、赤の広場や演劇鑑賞などをして日本行きの飛行機に乗せれば任務完了。空路ウラジオストクに戻ってくるようです。

 風呂もないシャワーもない着の身着のまま車内で過ごす8日間。サモワール(ロシア式湯沸し機)は石炭を燃やしているので車内は石炭の匂いと塵が蔓延しています。
 列車から降りて最初に入る風呂のなんと爽やかなこと。帰国後の洗濯で洗剤の泡が立たずどんよりした水のなつかしいこと。
 列車の車内で一週間もどうやって過ごすのだ?と思うでしょうが、これが瞬く間に過ぎてしまい、しかも一分一秒の時間の密度が濃くて忘れえぬ経験になります。人間っていいもんですよ。
 若いうちにぜひ体験してもらいたい列車の旅です。
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 「忍者は何のためにいて、何をして生計を立てているの?」とものすごく現実的な質問をされて答えに困りました。
 諜報部員と言うのか、昔の日本のKGBとでも言ったほうが良いのでしょうが、KGBが人々のためになっているなんて市民は誰も思っていませんし、KGBなら悪役です。
 武士は今で言うなら公務員ですから俸禄と呼ばれる給料が出ていましたが、忍者は公的な仕事ではありませんから今で言う機密費のような予算から給与が出ていたのでしょう。
 しかし、その多くは自衛手段を持った山間民族だったと思います。

 関が原の合戦のときに徳川秀忠は真田軍との合戦が長引き遅参しましたが、真田の戦術などは今で言うならゲリラ戦法。
 川原などで対峙して両軍がまみえる見えるのではなく、山間地で木の上から襲撃したり、枯葉の中に潜んでいて突然襲撃するなど地の利を生かして奇襲攻撃が、武士達には特別な術のように見えたのかもしれません。


 私の住む近くに伊賀野と呼ばれる土地があります。
 伊賀忍者の伊賀は三重県ですが、何でこの土地に伊賀の名前がついたのかと言うと、江戸時代に伊賀から赴任した山役人が住んでいたからなどと言われています。今で言うなら三重県出身の森林管理事務所職員の住宅があった場所と言ったところでしょう。
 子供の頃、伊賀忍者はここから出てのだとばかり思っていました。
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 伊賀野になぜか甲賀屋敷と呼ばれる場所があります。
 ちなみに忍者の甲賀は今の滋賀県です。甲賀から来た材木商の家があった場所だそうです。
 当然、子供の頃は甲賀忍者もこちらから出た忍者だろうと思っていました。
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 後は和歌山の根来から何か引っ張ってくれば忍者村感性ですが、およそ忍者の体術とは縁のないのほほ〜んとした人たちが住むのどかな場所です。
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野球

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 野球と言うスポーツを知っているロシア人はほとんどいないほど、一部の地域を除いて野球はマイナーなスポーツのようです。
 野球がどんなスポーツかは知らないが、USAが審判を巻き込んで勝ったと、一昨日の誤審のニュースはウラジオストクにも流れているようです。
 日本のテレビ放送を見た友人は例のタッチアップシーンが流れるのを見たようですが、タッチアップどころかルールも競技も知らないので、何がおかしいのかまったくわからないのに、「アメリカ人のジャッジはおかしい。」と言っています。
 知らないと言うことはすばらしいことで、野球の得点はプレーの見た目で採点する競技だと思い込んでいるようです。

 野球は知られていないものの、ロシアはあらゆるスポーツでUSAとぶつかり合う国ですから、日本以上に疑惑の判定を身にしみています。

 いつも谷川岳を写す場所に通りがかったら先客がいました。


 高崎から撮影に来ている年配の方で、いろいろ話してみたら同じ場所で四季を通して撮影をしている人でした。
 次回は田植えの頃に来てみたいというので、この一帯で田植えが始まったら一報してくれと頼まれました。田植えの頃は私も田植えをしているので、田植えの写真など写している暇もないのですが、田植え機ではなく、手で田植えをしている姿を撮影したいそうです。
 機械の入らない辺鄙な田んぼでもなければ手植えなどお目にかかれません。山間にでも行かなければ難しいでしょう。
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 ガソリンスタンドに行ったら売店に洋もく(輸入タバコ)がありました。中国物だから安いのだろうと思ったら、ひと箱290円と国産よりも高価でした。
 ニセモノ大国中国ですが、こうしたタバコの偽物も存在しています。日本のように統一価格ではないので、店によって値段がまちまちですが、当然安物なのでわかるそうです。
 中国の結婚式にタバコは欠かせない小道具で、引き物がタバコとチョコレートと言うのは常識。結婚式の儀式の中にタバコの回し飲みもあります。
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 夜は退役する交通指導員の送別会に行ってきました。人数は3人減りますが、イベントなどで出動する機会は増えるだけで、この先何もいいことがありません。この冬は通学路の雪かきに追われたので、まるでその慰労会の用でした。
 県警が言うには、この冬は大雪でスキー客も少なかったので例年よりも事故が少ない冬だったそうですが、3月に入って峠での事故が増加しているそうです。3月と言えど、山の上は道路が凍結していたり雪も降るので要注意ですが、ノーマルタイヤでやってきての事故が急増しているそうです。これから降る雪が曲者です。
 通学路の危険箇所の見直しなど重点的に取り組んできたのですが、今年の大雪でまたいくつか検討することも出て来ました。
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冬再来?

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 この土曜日曜は天気が悪かったウラジオストクですが、−10度まで気温が下がったそうです。その余波は1−2日後に日本に来るので昨日は日本全国各地で雪が降りました。
 例年今頃になると湾内に張った氷が緩み始め、気をつけて歩かないと海のドボンと言うことになりかねませんが、今年はまだ氷の緩みが来ていないようです。
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 太平洋ではエルニーニョの反動のラニーニャ現象が起きているようですから、この夏は暑くなるかもしれません。
 日照も長くなってきましたし、この一週間で随分気温が暖かくなるはずです。とウラジオストクのスタッフは予測しています。
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 先週近所の80代のお婆さんが「この冬をよく生き延びられたと自分自身で感心している。」と昨年末から1月の大雪を振り返ってしみじみ言っていました。
 「この冬はあんまり雪が降るもんだから、土を見ねぇで死んじまうんだなぁと思ったもんだけど、春が来りゃ雪も溶けるんだいなぁ。」
 こんな言葉が今年は随分重く感じます。

 私自身、昨年末に肋骨骨折して、一番雪のすごい時期に満足に動けない状態だったこともありますが、本当に厳しい冬だったと思います。
 私など愚かしいことを繰り返しながらも、何とか生きていけるのも皆様のおかげだと感謝しています。

 寒かったけど雪のすくなかっらウラジオストクと比べて、ハルビンは寒さは例年よりやや寒い、雪は多い冬だったようです。
 市街地には大して雪が積もりませんが、郊外に行くとそれなりの雪が積もっています。
 雪が積もっているところは冬の強風で表土が運ばれることはないので、土地も肥沃ですし黄砂の原因にもなりません。
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 氷雪祭のモニュメントは既に撤去され、松花江の河川敷は凧揚げをする家族が多く集まるようになっているようですが、まだ氷は溶けていないようです。
 昨年の吉林省の工場爆発で流れ出した有害なベンゼンはすでにアムール河にたどり着き、一説には流氷となってオホーツクから北海道に流れつくと懸念されていますが、およそ離れたこんな川の水が巡りめぐって日本に来るのですから、中国の環境破壊も他人事ではありません。
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 中国の冬の風物詩のアンズ飴。果物を水あめでコーティングしたシャーベットアイスのような飴です。
 これがお目見えするのは冬だけ(夏はアイスクリームのショーケースで売られていることがあります)。
 工場で生産されるのはほとんどですが、路上で売っているものは自家製のものが多いといわれています。衛生上の問題はさておき、味が微妙に違うそうです。
 北京では冬のアンズ飴売りはウイグル系の人が多く見受けられました。ハルビンでウイグル人を見かけることは稀ですが、ハルビンでは漢人が売り歩いています。
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 ただでさえ年度末であわただしい3月の日本。暖かかったり寒くなったり、機構の変化も急激です。お体に気をつけて春を待ってください。
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ザゼンソウ

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 ”先送り”ロシア人のルーズな一面にそう感じることがありますが、向こうに言わせると、「ロシア人はどうでもよいことはあわてないが、日本人は重要なことほど先送りする」ように見えるらしい。一理あるかな?と言う気もします。
 日本人の”先送り”の原因に日本の試験制度がよく取りざたされます。難しい問題は残しておいて、できる問題から先に解き、試験時間の有効活用にもなっています。
 面接試験の多いロシアではどうでもよいことに数多く答えても、肝心な問題ができなければ意味を持ちません。
 
 テレビのクイズ番組で「ファイナルアンサー」とピリピリした瞬間が流れる番組がありますが、これも日本的な「間」かもしれません。

 朝、日本代表対USA代表の野球を見ていました。外野フライからのタッチアップで妖しいミスジャッジがあったことが問題になりましたが、残念ながらこのシーンを見前に出かけてしまいました。温厚な王監督が怒っていたくらいですから、明暗を分けたミスジャッジだったのでしょう。
 ロッテにいたリー選手の息子が清水投手から同点ホームランを打ったシーンでテレビを消してしまいましたが、この前にも”おかしいな?”と思える審判の行動がありました。
 清水投手がボールにツバをつけることを審判が注意したのですが、審判団が集まって”何事か?”と思えるほど大きなことに見えてしまいました。要はマウンドの外でやれば問題ないことだったのですが、この審判の注意以降、清水投手が動揺してリズムを崩してしまいました。

 USAでタイガー・モリの異名をとった森寅雄と言うフェンシング選手がいました。桐生市出身です。元々は剣道の達人で剣道の普及のために渡米しフェンシングを勉強し全米フェンシング大会で準優勝しています。このときの試合は森選手がどんなに打ち込んでも審判はポイントを取らず、一方的なえこひいきの試合だったそうです。それでも耐えるしかありませんでした。
 この後の大会でも同じことがありましたが、そこはフェンシング選手。審判のアメリカ人びいきのえこひいき判定に相手選手が審判に講義をしたそうです。

 スポーツマンスピリッツよりも勝って何ぼのスポーツになった現在ですから、誤審であろうが勝ちは勝ち。汚い勝ち方でも恥ではない実利優先のUSAです。
 今まで頻繁に自分有利にレギュレーションを変えるヨーロッパはひどいと思っていましたが、レギュレーション変更以前に疑惑の判定でも勝つのがUSA。そういえば審判の判定問題が取りざたされたのもソルトレークのオリンピックでした。
 野球ならお山の対象でいられたけれど、ベースボールとして世界の海にようやく漕ぎ出したところ。こんな不可解判定はまだ序の口でしょうから、僅差で辛勝ではなく、圧倒的に差を見せ付けて勝つくらいの気迫がないと勝ち抜いていけないんでしょうね。


 松につく寄生虫のおかげで松林がことごとくかれている赤城山に、松くい虫にやられて枯れた松をもらいに行ってきました。薪にする予定ですが、松はヤニが強いので煙が出てあまり良い薪にはなりません。
 富士見村のザゼンソウ群生地を通りがかったので覗いてみたら、杉林の中の沢沿いに花が咲いていました。


 黒い頭巾をかぶった僧侶が座禅をしているように見えるからザゼンソウの名がついたそうです。紫の頭巾は仏炎苞(ぶつえんほう)とよばれています。不気味な紫色です。
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 鼻の形が似ているミズバショウなどもザゼンソウと同じサトイモ科の植物ですが、ザゼンソウは湿った場所を好むものの、水の中には咲きません。
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ガラス祭り

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 手吹きガラスのガラス工場のビードロパークでガラス祭をやっていたので出かけてきました。


 いきなりすいとんのお出迎え。冷たい雨が降っていたので温かい物は嬉しいです。100円出して買いました。町の商工会や観光協会婦人部が出しているバザーでした。
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 お昼時だったのでテントの影ではおば様たちがすいとんでお昼です。
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 こんな大きな鍋で作っていたようですが、寒かったので売り切れ。
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 こちらは焼きそば。これも100円。
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 100円くじ引きのコーナー。
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 何が当たったかな?地べたに座ってあけてみる?
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 こちらは綿アメに風船つりコーナー。
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 絵付けキャンドルランプのコンテストをやっていました。キャンドルランプ用にグラスを買い、自分で絵付けしてコンテストに出します。
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 こうして並べてみるとけっこう荘厳です。
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 こちらはガラス細工の展示販売コーナー。
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 定番製品の特売コーナー。コップ一つで500円します。
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 こけももジュースやブルーベリージュースの下の段にみそのジュース?サラダドレッシング用に加工したみそだそうです。
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 こちらはコンニャクアイス。
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 ドブリーデンの中では室内音楽カルテットによるミニコンサートが行われていました。
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 使われている楽器はこのガラス工場で職人さんが吹きガラスで作ったガラス製のバイオリンやビオラ。ピックアップをとりつけて、エレキバイオリンのようにして使っています。
 素材がカラスなので音が硬いのはしかたないにしても、楽器の指板までガラス製なので弾きにくそうでした。
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 それにしても、4人ルナかでいつもチェロにばかりスポットライトが当たっていました。カルテットの中では地味なパートなんですが。
 確かにバイオリンやビオラよりも大きいだけにガラスを拭いて胴体を作るのは大変でしょうが、そればかりではなく、照明係の好みの問題だってんでしょうね。チェロ奏者が一番美人でした。
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 こちらはガラス細工のオーケストラ。
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廃墟

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 「私ってきれい?」とマスクを取ると、口が耳まで裂けた女性が迫る!口裂け女の噂が口伝に中高生に伝わったのは1970年代だったと思います。口裂け女は整形手術に失敗してふた目と見られぬ顔になったと言われていました。
 西郷ドンが北京で同じ話を聞いたことがあるようです。日本に来た留学生から広まったのか、日本からの留学生から広まったのか?どちらにしても日本から伝わった都市伝説でしょう。
 西郷ドンは一応科学者なのでマスクをして実証してみたところ、マスクでは耳まで裂けた口が隠せないことを発見しました。マスクの外側に口が見えればすぐにわかる?

 そんな都市伝説に頼らずとも不気味なのはハルビン駅の西側で、戦後ソビエトが入り込んできて日本人達が軟禁されていた地域です。
 戦前からの古い建物が並んでいて、オフィス街なので、夜は人の気配もなく街灯も薄暗い。
 民間人がソビエトへいにたくさん殺された地域なので、子供を抱いた日本女性が歩いていたとか、日本の娘の泣き叫ぶ声がしたとか妙な噂が流れるところです。
 天気の良い昼間に見るとレトロな街ですが、夜歩くのは恐いです。


 沼田の図書館に行ったら書家の米倉先生の展示会があったので覗いてきました。お寺の生まれで書道教員だった方です。直接教わったことはありませんが、私の小学校の時の書道の先生は米倉先生のお弟子さんでした。

 入口で、「よろしかったらご記名を」と記帳したのですが、迂闊に”ハイ”と言ってから後悔しました。
 こういう展示会に集まるのは書道をされている方ばかり。しかも、著名な書道家だったので記帳されている名前が書道の先生やお寺の方丈様など達筆な方ばかり。さらに、置いてあったのが筆と硯。記帳されている字を見ると当然レベル違いの見事な文字が並んでいます。
 自分で書いた字が自分でわからなくなるほどの悪筆ですから、字が下手というのはこういうときに情けないものです。


 入口ですっかり気持ちが萎えてしまって、”出るときに記帳すればよかったなぁ”と思いつつ書を眺めてきました。
 私が書を見ている間に和服を着た女性や陶芸家の先生などが来たのですが、ちらりと記帳帳簿に目をやると帳簿の中央部に私のへなった文字だけが妙に浮き上がって見えました。
 フーテンの寅さんが旅先から”反省の日々を送っています”と、葛飾のとらやの皆様へしたためた葉書の文字のように妙に情けない文字に見えました。
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 昨年春からドイツ年で沼田市とドイツのフュッセン市が姉妹都市で何かイベントでもあるのかな?と期待していたのですが、何もないまま1年が過ぎようとしています。
 フュッセン市と姉妹都市提携をした頃に奇妙な建物ができ、高速道路からもよく見えました。新種のラブホテルか?と思ったらドイツ村という話でした。
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 赤城山の中腹にドイツ村があり、やっているのかやっていないのかわりませんが、イベントののぼり旗が立っているので営業しているようです。この時代はこうしたテーマパークがあちこちにできてことごとく失敗しています。役所がらみの第三セクターですから。

 沼田のドイツ村もそのうち行ってみようと思っているうちにいつの間にか閉鎖になっていました。
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 今日、通りがかったら閉鎖どころか売りに出していました。
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 地元の人でさえ行く人がいなかったので、何をやっていたのかわかりませんが、ハムを作ったり地ビールを作っていたそうです。
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 ナチス軍侵攻後のユダヤ人街みたいです。
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 チーズなどの乳製品でも販売していたんでしょう。廃墟と化して不気味です。
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 ハーブでも売っていたんでしょう。悪がきどもがスプレーであちこちにイタズラ書きしたようです。
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 よくこの近くを通って、目にしてはいたけど、行ってみようと言う気持ちにはなれないテーマパークでした。
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 人が頭を絞って作り上げた観光地としてはディズニーランドが最高峰でしょうが、大方の観光地は人の営みの中でその自然を利していつの間にか出来上がったものです。
 観光地に役所が作った意味のわからない施設は各地にありますが、ことごとくがたが行ったばかりかそれが民間の足まで引っ張って自滅の導火線になっています。
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おにぎり

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 12chで”たけしの誰でもピカソ”を見ていたら”おにぎり”を取り上げていました。
 今日のお昼はおにぎりでした。朝飯の残りのご飯をおにぎりにして、中の具は先月の結婚式の引き物の鰹節を醤油でつけて入れました。
 我々には当たり前すぎても外国人には知られざる日本食です。

 お米は味がないというロシア人も、塩をつけただけのおにぎりを食べておいしいと不思議がります。

 米を食べる中国人。ハルビンでもうるち米はありますが、米を蒸かしてしまうのでベタ付がなくおにぎりができません。そのためおにぎりと言ってもどんな食べ物かわからない人が多いです。
 新潟駅のスーパーマーケットで新潟米を使ったおにぎりが売られていますから、お土産に持っていくと喜ばれると思います。
 
 この番組でフィンランドのヘルシンキを舞台にしたおにぎり屋「かもめ食堂」と言う映画の宣伝もしていました。原作は群ようこさんの「かもめ食堂」ですね。


 まだ完全に引越し作業が完了していないクリス君と奥さんは札幌の友人宅に預けてきたネコと荷物を取りに出かけました。新幹線の駅まで送っていきました。
 ”日本人だなぁ”と感心したのは奥さんで、上越新幹線から東北新幹線、八戸から在来線で札幌までの列車の乗り継ぎプランを作ってきて切符を買っていました。指定席のこともあるので、これがまた手間のかかること。窓口のお姉さんが奮闘していました。
 クリス君はこういうことにはアメリカ的であまり細かく考えていません。
 アメリカ人よりはるかにおおらかなロシア人に時刻表入りの計画表など無意味もいいところで、何度苦汁をなめさせられたことか。だいたいいこんな予定でと構えるのが一番です。
 ロシア人は空港に国際線の予約もせずに現れて、何とか乗り込んで帰っていくような人たちなので、満席で乗れなかったらそのときになって考えるような一面があるので、先のことで悩まないです。

 日本人は逆境になると北に旅をするようで、日本人の遺伝子の北方民族の地が北へ呼び寄せるだろうか?なんて話を聞いたことがあります。
 ”いいなあ、駆け落ちするみたいだな”とクリス君たちが切符を買っている姿を見て思いました。駆け落ちするなら新幹線なんて無粋なものを使わず、在来線で日本海側経由で行くほうが絵になります。
 早朝の列車の中に高校生が乗り込んできて、やがて生徒達が降りると妙な静けさが車内を漂い。行李を背負った市場帰りのお婆さんがいるくらい。都昆布をおかずにおにぎりを食べながら海に降る雪を眺めて、BGMに森田童子が流れてくるなんてのがいいですね。
 駆け落ちの光景。”どこへ行こうが、2人で手を取り合って幸せに暮らすんだよ”「何いってるんですか!すぐに帰ってきますよ!」



 山の貯木場。昔はここに大峰分校と言う分教所がありました。私の同級生も1人この分教所に通っていました。
 戦後、引揚者が切り開いた大峰開墾と言う土地があり、森を開墾して酪農をしたり、その木を切って林業をしていましたが、私が知るようになってからは離農して出て行く人たちが増える時代でした。今、残ったのは10件足らずです。
 小学校4年から本校にくるのですが、本校までは標高差で6-700m降りてくるのですから、毎日登山をしているようなものです。足の速いことときたら、当然かもしれません。
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 貯木場には杉の干ばつ材がつまれていました。まだ若い杉なので、離農した農家の農地に植えた杉の木でしょう。杉林や、雑木林の中を歩いていると、かつて開拓民が住んでいた家の跡や建設ブロックを積み上げて作ったサイロの跡などに出くわします。
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 最近は杉の木を切ってそのままにして雑木を自然に生やすような流れになっています。農業は10年先を見ながら計画を立てるものですが、林業は10年、3代先を見て木を植えるような仕事です。
 木材輸入の自由化は昭和三十年代に起こっていますが、私など林業が破綻して死んでいく村を見ながら育ってきた世代だと思います。
 以前、NHKの番組に出ていた日露カップルの友人は北海道の炭鉱町の生まれですが、彼が”自分が生まれた頃には既に炭鉱は斜陽化していて、炭鉱町が死んでいく姿を見ながら育った”と言っていましたが、林業も同様でした。
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 森林は隠れたエネルギーです。砂漠化の進んだ中国のほうがこのことを身近に気がついていると思います。
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電話

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 ウラジオストクは雪。厳冬期の雪とは違い、湿った雪で、寒さが一段と厳しく感じる雪のようです。この冬は気温は低いが雪が少ないウラジオストクでしたが、降雨量はどこかで元を取るので、1-2月に少なければ3月に降るのは日本も同じです。

 この季節の雪はさすがのウラジオストクでも湿気を含んでいるので、降った雪が体の上に落ちたり顔の当たると溶けて水になり体温を奪います。
 「とても外を歩けない」とウラジオストクの事務所が言うように、こうした湿った雪の日は外に出るのもつらいですし、海風が強く吹き付けるので耳が引きちぎれるような痛みを伴います。
 悪天の中、メールを出しに事務所に来た女性会員もいました。自宅にパソコンが普及していないロシアではメール一つ出すにも労力が違います。当然それだけ、思いも深いものです。


 夕方、IP電話に電話がかかってきました。出て見ると子供がアーウー言ってます。???としばらく聞き耳を立ててしまいましたが、電話の奥で、ロシア語で女性と小さな女の子が会話している声がします。外国からIP電話へはつながらないので、国内からです。
 友人の日露カップルからだとすぐにわかりました。きっとお父さんが一歳になったばかりの息子さんを電話に出させて驚かせようと言うのでしょう。策は読めたぞ!いきなり受話器に向かって大きな声で「オー!」と叫ばれた時はびっくりしました。
 ”座敷童はおるか?そこに隠れておるのはわかっとるぞよ!はよ出てまいれ!”とゲゲゲの鬼太郎の目玉オヤジの声を真似して喋ると、キャッキャキャッキャ息子さんが笑う声がします。
 ”ワンワンワンワンワン!ニャンニャンニャンニャンニャン!”と連発すると、また「ケケケケケ」と笑い声がし、ドカーンと受話器が何かにぶつかる音がしました。

 そろそろお父さんが「驚きましたか?」と電話に出てきそうなものですが、まだ出て来ません。”腕を上げたな”と感心しつつも。ママが娘さんにロシア語で何か教えている声が先ほどよき大きく聞こえるようになっただけで、お父さんはまだ出て来ません。
 また息子さんが受話器をとったのかア〜ウ〜と声がし、受話器をどこかにぶつける音がしたり、ピッポッパとボタンを押す音がしました。
 おかしいな?と思っていたら電話が切れました。

 どうやら息子さんが電話をイタズラしているうちに短縮ダイアルに登録してあった私の電話番号につながってしまったようです。
 私の近所にはプッシュホンの使いかたがわからず今だにダイヤル式の電話機を使っているおばあさんもいるのに、今の若い者は短縮番号まで使ってしまうのですからたいしたもんです。
 そのうちロシアの実家にも電話をかけることでしょう。将来楽しみです。
 この家庭では母子の会話はロシア語だと言うことも判明しました。本当に将来楽しみです。


 リンゴ畑にロバの親子がいました。除草剤代わりにリンゴ畑の雑草を食べ、化学肥料代わりに有機肥料をひねり出します。
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 こちらはドイツ文学教授が飼っている悩めるロバ。いつも何か思い込んでいるようなはつらつとしていないロバです。
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 リンゴ畑のロバは教授宅のロバとは種類が違います。背中に十文字の模様を背負っていて、アメリカ生まれです。
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 こちらは私がUSAで厄介になっていた家のロバ。このロバの兄弟が日本に来て、このリンゴ園で働いています。
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 研修を終えて帰国する時に土産にロバをくれると言うので、そんなのもらったって困るに決まってます。このリンゴ園のオヤジさんが飼って見たいというので、検疫などの手続きをして日本に輸入しました。無礼を承知で言えば、あの手間隙を考えるとロシア人の在留資格をとるほうがはるかにたやすかったと今になれば思えます。
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 中国を始め世界各地でロバは使役の家畜として活躍しています。そのほとんどは荷物を運ぶきつい労働で、さらにロバは馬鹿にされる象徴の用に物語などにも出てきます。
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 USAでガキどもの下品なスラングで「Kiss my ass!」と言うせりふを何回も耳にしました。直訳すると「私のロバに口付けを」で”なんだこいつ悪そうな顔してロバがすきなんだ!”と好意的に受け取ってはいけません。”ass”はロバを意味するスラングですが、ケツの穴とか間抜けなど侮蔑語で、良い子が使ってはいけない言葉です。「Kiss my ass」はケツにキスしろのほうが近く。喧嘩言葉に近い侮蔑後です。
 ロシア語の「カシマール(サイテイ!)」のほうがはるかに上品なスラングです。
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 むっつりしたままもくもくと働くロバ。日本人に見えなくもありません。
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お茶

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 今日は国際粉婦人デー、女性の日です。ウラジオストクでは一般的に女性のみ休日になる日ですが、ウラジオストクの事務所では「今日は婦人デーだから、妻を食事に連れて行く。」と朝から男性スタッフが休暇を取り、事務所は女性だけ働いていました。
 「こういうところだけはロシアの男性の知恵が働くところ。」と怒っていました。

 ハルビンの西郷ドンからは今月に婚姻に行く会員さんのご家族のことで、女性の家族が男性のご家族への土産に何を用意したら良いか?と考え込んでいると連絡がありました。
 西郷ドンの思いつくハルビン土産と言えば漢方薬、朝鮮人参、鹿のチンチンetc。
 たまたま昼過ぎに会員さん当人から電話があり、そんな話をしたら、前回行った時にお茶のお土産をご両親がとても喜んでくれたと言うので、早速ハルビンに連絡しました。
 向こうのご家族もお茶なんてあまりに身近すぎて思いつかなかったようです。ハルビン方面はジャスミン茶が主流ですが、2-3年前に日本で話題になった中国緑茶もありますし、南のほうのお茶だったウーロン茶もハルビンで手に入るようになりました。
 そういえば私もウラジオストクには必ず日本のお茶を買って行きます。

 早朝、マイクロバスを運転して伊勢崎まで行ってきました。ものすごく強い空っ風が吹いていて、畑の土が砂塵となって巻き上がり前が見えないほどでした。バスを運転するのが恐かったです。
 吹雪なら馴れていますが、砂嵐は別物です。

 幼稚園の課外授業なのか、県道を幼稚園児が集団で横断していました。


 信号のない見通しの悪い交差点でしたが、全員無事に渡りきりました。
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 集団は赤城山方面に向かって歩いていきましたが、強い風が吹き出したのはこの少し後からでした。
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 帰りに立ち寄った子持村の道の駅。草津方面から強く冷たい風が吹きつけていました。
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 中は農産物直売所になっています。時期的にほうれん草が多いです。今日乗せてきたお客さんにほうれん草とサトイモをたっぷりもらったのでここでは買いませんでした。
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 ほうれん草とサトイモでお昼にすいとんを作ろうかとうどん粉を買ってきました。
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 そろそろハウス苺が出回りだしたので値段を見たらひとパック400円。最盛期になれば無人の露天販売所にクズ苺が二束三文で並ぶので、ジャム作りです。5月末には我が家の畑でもニョホノカ(女峰ととよのかを作っていたのですが、1年手入れを怠ったら混ざってしまいどれが女峰でどれがとよのかなのかわからなくなってしまった)が実をつけます。
 ロシア式に苺ジャムで紅茶を楽しんだり、ハーブと一緒に紅茶を楽しむ季節になります。
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 青梗菜の漬物。水気が少なく炒め物に良い中国野菜ですが、漬物にしてもおいしいです。野沢菜に似た味がしますが、野沢菜ほど繊維が強くなく柔らかく食べられます。
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 野沢菜の風味がしき菜人には青梗菜の漬物もお薦めです。緑茶とよく会います。野沢菜のない季節はこの漬物が代用です。
 無作法ではありますが、熱い番茶の入った湯のみに野沢菜の漬物を放り込んで飲むのが好きなのですが、この楽しみ方には青梗菜は繊維質が少なくてむかない気がします。
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ダブルスタンダード

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 ”年度末”日本ではどこでも通じる”忙しい”の代名詞のような言葉ですが、外国に理解してもらうのは難しい習慣の一つかもしれません。

 日本との付き合いの長いハルビンの西郷ドンも、4月から新年度でお祝いがあるのか?と旧正月を祝う中国感覚です。
 爆竹鳴らして新入社員を歓迎し、社長は屋上で凧揚げをし、会議室で餃子食べながら新年度祝いのパーティーをやるかって?


 サンクトペテルブルグの友人から、日本の日露カップルは日本式の育てるのか?ロシア式に育てるのか?と質問が来ました。
 それぞれの家庭によって異なるので一概には言えませんが、ダブルスタンダードを身につけながら、子供の方が自分で成長すると言ったほうが正解かもしれません。
 家庭内ではロシア風であっても友達のところに行けば日本の「常識」に突き当たるのですし、多少の戸惑いはあっても人との関わりの中で付き合い方は身についてくるものです。
 あまり脳みそで考え込むと滋賀県の幼稚園児殺害事件のようなことが起こりかねない気もします。

 幼稚園や保育園で純日本人との接触はカルチャーショックがあるでしょうが、子供は順応性が驚くほど高いです。

 幼児用のCD。日本で暮らすロシア人ママさんは子供の教育のために童謡やアニメのテーマソングなどのCDや絵本を里帰りに行っては仕入れてくるものです。本はお父さんのロシア語の勉強にも使えますが、童謡などは歌詞に幼児言葉が使われていたり、聞き取りにくくて、およそトレーニングには使えません。


 こんなのを物心つく前から聞かされていれば聞き取れるようになるのでしょうが。

 ダブルの子供は言葉を覚えるのが遅いといわれますが、幼稚園から小学校になれば両親の間で通訳ができるようになっているものです。
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 最近自動車つくりに情熱を傾けている中国でもハイブリッドカーを作るのだそうで、この分野ではダントツの日本の技術協力なしには難しいでしょう。

 以前、方正県の日本人墓地に訪れた時、現地に向かうバスが途中でエンストしてしまったことがありました。バッテリーがおかしくなったのかセルも回らず、下り坂で押し掛けすればエンジンがかかるかもしれないのに、見渡す限り平坦地で坂もない。
 乗客が降りてみんなでバスを押してエンジンの押しがけをしたのですがついにエンジンはかからず、当時はまだ携帯電話も一般的ではなくポケベルの時代でしたので、通りがかった自動車に頼んで迎えのバスを差し向けてもらいました。

 乗客が降りてバスを押した話を西郷ドンにしたら「それが中国式のハイブリッドカーです。」
 それならこれはロシアのハイブリッドカー?
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 この冬の雪で倒れた大木をもらったので、来年の薪を作っています。毎年のことですが春が近くなったら次の冬の準備です。こういうのも日本のスタンダードでしたが、いまやロシアの田舎のスタンダードかもしれません。
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シベリヤ・エレジー

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 「日本では女性の日はまだ定着しませんか?」ロシアでも中国でも3月8日が女性の日で、職場では女性だけ休みだったり半ドンだったり。
 バレンタインデーは老若男女関わらず贈り物の交換をしますが、女性の日には男性から女性へのプレゼントの日です。花一輪であったりメッセージカードであったり、大切なのは「感謝を伝える」ことですが、なかなかそれだけですまないのも現実です。

 贈り物はあっても「感謝」の気持ちがなくなってしまえば空虚なものです。
 男性→女性→質屋→男性→男性→女性→質屋→男性……と輪廻転生を繰り返すティファニーグッズを作っている職人さんは腹立たしいだろうなと思います。


 昨日、クリス君の家でプチ火事がありました。話を聞いて様子を見に行ったら片付けの最中でした。
 事の発端は引越しの荷物を片付けてでたゴミを裏庭で燃やしていたことから始まります。
 隣の板金屋(私の同級生)が余計なおせっかいで、もっと大きな火にしないとゴミが燃えきらないと、木の切れ端や段ボール箱を持ってきて燃やし、空き缶の入っている段ボール箱まで燃やしてしまったそうです。
 クリス君は「それは空き缶で、カセットコンロのボンベも入っているから燃やさないで」と言うと、「鉄なんてものは高温で熱すれば溶けちまうんだ!ガスは燃えれば二酸化炭素と水になるのさ。アッチャアネェ(大丈夫)。唇に歌を心に炎を!燃えてるかい!」と火の中に。

 「大丈夫かな?と思ったんだけど板金屋さんが言うんだから大丈夫だろう?と思っていたんだけど、そのうちミシミシ音がしてガスボンベが破裂するのを感じた。」
 危ないと思った彼は奥さんを非難させ、様子を見ていたようですが、板金屋のおやじはさらに燃えるゴミをもって火の中に放り込む。

 ドカーンとすごい爆発音がして、燃えるゴミが周囲に広がり、枯れた雑草に燃え移ったり家の屋根にまで飛び散る。
 しかもこの重大な局面に仕事の電話が入ってくる。電話片手に「今火事の最中なので手短にお願いします!」と仕事の話をしながら。竹箒であちこち燃え移った炎を消す。

 夫婦であわてて竹箒をもって火を消していると、爆発第二段がドカーン!!!奥さんは火のついた竹箒を持ってアタフタし、クリス君は物置にあった甕を炎の中に放り込んだそうです。前住んでいた人が置いていった腐ったぬかみその入った甕でした。
 これがまたこの世のものとも思えない匂いをかもし出し、すごいものだったようですが、とりあえず炎は小さくなりました。

 板金屋おやじが消火器を持ってきて燃え残った炎に消火材をかけてひと段落。
 したと思ったら、突然三つ目のボンベが爆発! ぬかみその甕は割れて飛び散り、当然、ぬかみそも飛び散る。板金屋のおやじはぬかみそまみれ。すごい有様だったようです。

 現場跡。雪をかけて完全消火。


 自動車の屋根にへんなものが乗っています。
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 爆発のさいに飛び散ったぬかみその甕の残骸。10mほど離れた場所においてあったそうですが、飛んできたようです。
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 一夜明けてもものすごい匂いが周囲を漂っていました。
 奥さんいわく、大阪では吉本や松竹の劇場でしか見られない光景が、ここでは日常生活に起こっており、しかも自分が出演者。
 住んでみてよかったでしょう。

 飛び散った火の粉が木の板を焦がすのを見て、「これだ!」と表札を作ることを思いついたそうです。
 奥さんがゴム手袋をして昨日の後片付けをしている最中、クリス君はタバコの火で表札を熱心に作っていました。
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 100円ショップのダイソーに行ったらこんなCDを見つけました。”シベリヤ・エレジー”。伊藤久雄さん(イヨマンテの夜などすごい歌を歌った歌手)が歌っていた曲です。
 お〜っと手にとって見たのですが、100円無駄になりそうなので買わないで帰ってきました。家に帰ってきてから、買ってくればよかったかな?と思っています。
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 終戦直後は面白い題名の歌が流行ったもので、”パラオ恋しや””オロチョンの火祭り”とか、シベリア抑留経験を持つ三波春夫が”ハバロフスク小唄”。それがまた、妙におおらかです。
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レトロ

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 ロシアの友人が博物館で見かけたクラシックカメラの写真を送ってくれました。ロシアのものではなくてドイツのものらしいと言ってましたが、その通りフォクトレンダーと言うドイツのカメラです。1756年に創業された歴史ある光学メーカーですが、現在は存在していません。写真のフォクトレンダーは戦前のプレスカメラでしょう。アラビアのロレンスにもこんなプレスカメラが出てきます。
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 実は現在このフォクトレンダーのブランドネームの権利を持っているのは日本の長野のコシナで、コシナによって10年ほど前からフォクトレンダーは復活しています。ちなみに私のフォクトレンダー。
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 GERMANYとあっても日本製です。底蓋には真実が。ロシア人はこのmaid in Japanを見て「大丈夫だ」と思うようですが、原則的にこのてのクラシカルをまったく評価してくれません。最近はこの「日本製」でさえ珍しくなっていますが。
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 時代に逆行するように全てマニュアルで、画角を決めるファインダーと距離計のファインダーが別、露出計以外は電池が要りません。これがまた不便で使いにくくて面白いのではまります。
 俳優の佐野史郎さんはこのカメラ持ってアジアを旅して撮りまくっているようです。
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 セブン・イレブンに行ったら「沖縄黒糖入りロシア」と書かれたパンを見つけたので”なんてすごい商品名だろう!”買ってきました。
 沖縄・ロシアどうにも結びつきませんが、黒いパンとロシアはなんとなくわかります。
 およそロシアのパンと違って柔らかい日本のパンですが、おいしいです。


 こちらは本家ロシアパン。黒いのは精製していないライ麦のためらしいのですが、白いライ麦パンもあります。硬くて顎の筋肉が衰えていると食べられないパンですが、慣れてくると、パンのおいしさがなんとなくわかるようになりました。
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 ウラジオストクでは砂糖と言えば黒砂糖とザラメが中心で、白い砂糖はあまり見かけません。
 最初は黒い砂糖やザラメの持つカラメルのような独特の癖と風味になじめない感じがしたのですが、慣れてくるとこの風味がまたたまらなくよいものです。洗練されていない泥臭さのような魅力がわかるようになったのだろうか?
 最近は我が家でもコーヒー紅茶のみならず、料理にもザラメを使うようになりました。
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 子供の頃、家族が結婚式によばれると、引き物には鯛の形をした紙のパックに上白糖が入っていて、それの白い色がなんとも都会的に思えたものですが、時代とは面白いものです。

 昼過ぎ、1人暮らしのおばあさんから電話があり、「水道の水の出が悪いんでちょっと見てくれねえか?」
 見に行ったら。外に出ているパイプが凍って割れていました。冬の最中は凍結しないように水を出しっぱなしにしているのが、このところ暖かくなったので夜は水を止めて寝ていたようです。この何日か夜は氷点下5度前後にまで下がっていたので、凍ってはねたのでしょう。
 「見てくれ」と言われたので「見ました」ですまないところが日本語の奥ゆかしいところです。
 エルボー2個にジョイント2個、16mmの塩ビパイプの切れ端ならどこでもたくさんある。部品だけで150円程度だからちょっと直してやろうと、部品を買ってきて道具を持って修理に行ったのですが、元栓のバルブが老朽化して空回りするだけで水が止まらない。
 沢の湧き水をそのまま引いているので、その先にバルブもなく止めようもありません。
 パイプから噴出す水でビシャビシャになりながら何とか応急修理を完了しました。

 「昔じいさんが引いてくれた水道だからできるだけ昔のまま残してくれ」と言われ、必要最小限のところだけ修理しました。この家のおじいさんは平成に入ってまもなく亡くなったのですが、こんなものにも愛着がわくのですね。夫婦って面白いですね。

 ロシアではこうした仕事は男の役目。夫が死んだり追い出したりすると、家の大工仕事などやってもらえなくなります。以前テレビでモスクワの老人のことを報道していて、1人暮らしや女性だけの家庭に「夫サービス」の仕事があり、つまり日曜大工や力仕事屋さん。年金生活の男性が修理一回いくらでやっているようです。日本なら”何でもや”と言う表現になるのでしょうが、「夫」を仕事にたとえると便利屋さんというのはなんとも切ないです。
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FM

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 尾篭な話ではございますが、ロシア人の屁は臭いと言う議題について。先日話したクリス君(彼のお父さんはNASAのエンジニア)がヒューストンで日本人宇宙飛行士の毛利さんの座談会に行った時に出た話題を紹介します。
 無重力状態の宇宙では大小便を掃除機のようなバキュームホースで吸い取るそうで、そうしないと空間に漂ってしまうそうです。空間に漂っているだけならまだしも、帰還して重力を受けたとたんベチャっとなって後が大変です。
 赤ちゃんの必需品のパンパースの高分子吸収シートも宇宙での排便の研究の過程で誕生しました。

 さて、液体固体のほか人体から排泄させるものにガスがあります。これも宇宙ではバキュームホースで吸い取りますが、米ロの宇宙ステーションで、横着なロシア人宇宙飛行士がはなった屁がそのまま空中を漂っていたそうです。そこへ米国の宇宙飛行士が顔を突っ込んでしまいました。
 空気中に拡散されてもあれだけのにおいがするガスです。純度の高い混ざりけなしのガスの臭さはいかばかりか?
 顔を突っ込んでしまった宇宙飛行士いわく「この世界のものとは思えない臭さだった。」この世界と言っても現場はこの世界から離れた宇宙です。屁をまともにかぐと気絶する人もいるそうですから侮れません。
 以後、NASAではロシア人の屁はこの世のものとは思えないほど臭いという話になっています。


 地元のFM放送に出演することになり、ロシアで買ってきたCD持って出かけてきました。アラ・プガチョワの♪百万本のバラ♪とアルスウの♪冬の夢♪の2曲を紹介しました。


 本当はロシアの音楽についてもっといろいろ紹介したかったのですが、持ち時間が14分しかないので簡単な紹介しかできませんでした。消化不良です。
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 持ち時間14分に対して待ち時間は1時間半。字は似ていますが随分違います。ちなみに2曲で11分使うので、私の話なんか3分弱。しかも紹介やらなんやらで、ただ歌手の名前と曲名を言っただけ。なんだったんだ?

 待ち時間1時間半、1時間半あれば飛行機なら新潟からウラジオストクに到着してしまいます。
 図書館に行って雑誌を眺めたり、あちこちふらふらしながら時間をつぶしました。
 いつも裏から入るので気がつきませんでしたが、図書館の玄関に籾山三穀先生の彫刻がありました。10年ほど前に亡くなっていますが、高校の先輩で、私が在学中に80周年記念式典があり、下足番をおおせつかったことがありました。
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 こちらは彫刻ではなく木工です。
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 3時過ぎからテレビで総合格闘技のプライドがあったので早く帰って見なければならないと、FM放送中(生番組でした)も”どうせCDかけるだけならこれだけ置いて帰りたい”と、心は総合格闘技。
 十分間に合うぞ!と、余裕で帰路に着きましたが、我が家の3km手前に悪魔が待っていました。

 スーパーの駐車場からのほほんとした国際カップルが出てきました。クリス君と奥さんです。外は寒いし、荷物は一杯。彼らの家までは4km。こりゃかわいそうだと”乗ってくか?”。
 クリス君はこの村を追われれば他に住むところもないだろうし、今さらアメリカに帰ったところで日本人化したために英語も忘れているから、多少粗末にしても出て行くことはないでしょうが、奥さんは大切にしないと大阪に帰ってしまいます。「クリスなんかどうでもいいから、彼の奥さんを大切にしよう」がこところの動きです。

 「困った時には不思議と出現してくれますね。」などといわれながら、「たまねぎ買い忘れた」と言うので、彼が以前住んでいた近くの雑貨店に行きました。
 かつてよく買い物に来ていたアメリカ人が、今度は嫁さんつれて戻ってきたとおかみさんもご主人も息子さんも大喜び。
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 ようやく家に帰ってテレビをつけたらメインイベントの西島洋介山がダウンして介抱され、勝ったマーク・ハントがマイクを持って挨拶しているところでした。

 総合格闘技は見られませんでしたが、ロシア人の屁は臭い話を聞けたので、まあまあ良かったのではないでしょうか?FM放送でこういう話もしたかった。

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ざる観音

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 今日は日本再発見の紹介。

 ざる観音の縁日に行ってきました。


 村で最初に始まる春祭りで、これから各地で縁日が始まります。例年奈良の東大寺のお水取りのニュースが流れると「もうすぐざる観音だな」と思い起こすのですが、今年は永田議員のニセメール騒動に目を向けていたらお水取りのニュースを見逃してしまいました。
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 こういうお祭ですから年配の方が多く、それもまた絵になるものです。
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 おばあちゃんと一緒に来る小さな子供もいます。私が小学校の頃は、学校から帰ると真っ先にこの縁日にかけつけたものですが、露天が店じまいするような時間でした。おでんや焼き鳥などの残り物を破格で買って食べたものです。女の子達はひな祭りでした。
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 達磨のような顔のお婆さんが達磨を手に、アンパンマンのような顔の子供がアンパンマンのわた飴を手にしていました。小さい子供を見かけなくなったのは少子化ばかりではなく、こうした縁日が注目されなくなったことも大きいでしょう。
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 例年このお祭の頃は暖かく感じる季節になっているはずですが、今年は今年は2-3日前から冷え込んで寒い縁日でした。
 寒さに負けず元気の良い子供もいました。鼻水たらして、服は真っ黒でウラジオストクのストリートチルドレン並み。今時珍しい野生児ですが、近所の子供でばあちゃんと来ていました。これが人なつこくて妙にかわいい。
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 靴下なんか履いていない。この寒空、靴下履かないでここに来ているのは私とこの子供くらいのものでしょう。これが土着民のあるべき姿です。
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 山伏が来て祈祷をあげていました。”観音”というのですから当然でしょうが、ざる観音と言いつつずっとここが神社だと思っていました。というより、儀式のほうはぜんぜん気にしていませんでした。
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 昨年のだるまです。ここで供養してもらう人たちもいます。後ほど護摩をたいてだるまが灰になります。
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 こちらは新しいだるまの販売。高崎から来ていました。だるまや招き猫が並んでいましたが、最近では安いものは中国製。達磨大師も山東省の少林寺の修行僧でしたから元々向こうですが。
 日本製の達磨は古新聞と石膏で作っています。昔からリサイクル製品です。燃やすと燃え残りが少ないので日本製のほうがよいのですが、エコマークでもつければいいのに。
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 新しい達磨を買って、ここでご祈祷してもらいます。500円です。
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 この写真を撮る直前には香呂から焔が立っていました。炭が一つ置いてあってそこに線香を供えるのですが、線香の束を束ねている紙に引火し、いっせいに燃えてしまいました。どこにも線香の販売がなかったので、みんな自宅から持ってくるようです。
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 ざる観音の裏が旧村役場の庁舎なので、昼休みになると役場職員が来ます。柳沢浩君が来ていました。サリドマイド被害者で手が肩からちょこっと生えているだけですが、アルペンスキーでノルウェーの障害者オリンピックで4位入賞したり、北アルプスの槍ヶ岳の槍沢滑降などもしています。ちなみに学校は違いますが同級生です。
 彼の前年に私も1人でスキーかついで槍沢登ってスキーで降りてきたのに誰も注目してくれませんでした。中学のスキー県大会では彼は既にヨーロッパ遠征などにも行っている格の違う選手で、私達の前走で滑ってくれたのですが、ゴールした私に「醤油ダルが降ってきたのかと思ったらお前か!」の一言でスキー関係者から「滑走する醤油ダル」の名をつけられて30年。面白い男です。
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 お神酒。飲みたい人は勝手についで勝手に飲んでくれと置いてあります。私も一升お供えしました。
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 お祭には焼き饅頭。こちらではみそ饅頭と呼ぶのですが、県内では焼き饅頭のほうが定着しているために、最近は焼き饅頭の呼び方がこちらでも一般的になりました。お祭でこれ以上のご馳走はないと子供の頃から思っていますが、見ると食べたくなります。ひと串200円でした。
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 ざる観音の名の由来は、この縁日でざるの売り手が多く集まったことから。農業や山仕事が始まる季節の行事なので、生活用品などを売る露天が多く立つ縁日でした。冬のあいだに農家が作ったざるなどを売ってお金に変える市場でもあったようです。
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 おひかえなすって、手前生国と発しますは…と仁侠映画のまねをしているのではなく、ざるを買ったようです。私も竹製のご飯のシャモジを買いました。
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 ふるいや木製の鍋シャモジなどもあります。まげ輪っぱなどもありました。こうした木工をする人を木地師などといい、かつては天皇の免状を持ちどこの土地でも木を切って木工ができる権限を有していました。歌手の小椋圭さんの小椋と言う姓は木地師に多かった姓で、発祥は今の滋賀県のほうだと言われています。
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 現代版のざる。うどん用のざるですね。
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 昔は農家の軒先ではお婆さんがこうしたざるで大豆の選別をしたり、椎茸が並べて干してあったり、日常生活に欠かせないものでしたが、今では民芸品に近くなってきています。
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 ざるのほかには刃物屋さんが来ていました。
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 鉈ですが、このあたりの鉈とは形状が違います。山仕事用というよりは家で薪を扱うときに使うタイプの鉈です。
 左側の細い鉈は竹用の鉈です。中央の先に曲がりがついているのは薪割り鉈です。
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 こちらは剣鉈。このあたりでは剣鉈は使いません。秩父タイプの鉈です。これを使うのは猟をする人たちで、山仕事では使いません。秋田に行くと普通に剣鉈を使っているようですが、銃刀法の規制にひっかかるので私達は使いません。
 一番左の鉈などコヨリと呼ばれる鉈に近いのではなかろうか?と思います。狩猟から木工までこれ一つでこなすタイプの鉈で、戦前まで日本にいたサンカと呼ばれる漂白の民が使っていた鉈もこのタイプだと思います。
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 トラバサミ。狩猟甲種免許がなければ使ってはいけないことになっています。
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 包丁です。
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 こちらは蕎麦切り包丁。蕎麦やうどんを切るために真上から直接力を入れたれるよう、包丁の真ん中まで手が届くように作られています。
 巧みの技は手にして見ないとわからないものだそうで、こうした技術の伝承者育成も日本の課題ですね。
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 かつてはソビエトの国旗のもあしらってあった鎌。量産タイプの鎌と鍛冶屋が手作りで作った鎌では値段がまるで違います。
 3年前、ここで土佐鋼鉄を使った左利き用の鉈鎌を注文して1ヵ月後に届いたのですが、10000円でした。砥石で研ぐと物の違いがわかります。もったいないから普段は1200円の鎌を使っています。
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category日記

観劇

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 夕方、日本テレビの取材班の方から電話があり、最近外務省のHPで注意を呼びかけている問題についていろいろ質問を受けました。
 そのうちニュースで特集が出ることでしょうから、被害にあわれた方は日テレに報告してみてはいかがでしょうか?

 いい人もいれば悪い人もいるのは世の常で、どちらなんだと言う決め方は幼稚だと思います。こういった言い合いになると、日本人にひどい目に合わされたロシア女性も多いのでどっちもどっちと言うことになってしまいます。ウラジオストクの新聞でも日本人と結婚してつらい目にあったロシア女性がでていることもあります。
 馬鹿なロシア人のおかげでロシア人が蔑視されることはつらいことですし、無責任な日本人のために冷ややかな目で見られることも悲しいものです。

 国際カップルはこうした世間の偏見を常に感じながら生活しているものです。

 苦言を言えば、簡単に結婚できる白人女性という考え方は大いなる間違いで、皆さん苦労して信頼関係を作り上げて結婚に歩みを進めているものです。
 
 常々言うようにただのおじさんとおばさんになるのが結婚の行き着くもっとも幸せな形ではなかろうかと思います。結婚は山あり谷ありで涙あり笑いありの愚かしいものですが、その愚かさを受け入れる心構えがないのなら選択すべきことではないと思います。
 選ぶまでは慎重に、決めたら清濁併せ呑む度量がなければ、国際結婚でなくても結婚なんて成り立たないと思います。就職の面接感覚で条件だけで成り立つと思っている御仁も少なくありません。日本人なら相手の社会的地位で結婚が成り立つでしょうが、最近の熟年離婚にはその末路が感じられませんか?ロシア人はもっとプリミティブで「情」と「情」のぶつかり合いです。金銭や条件で成り立つとしたら疑ったほうがよいでしょう。

 日中カップルは年間1万組前後誕生していますが、日露カップルはその1パーセントの100組前後です。
 ロシアでも中国でも、まともな女性なら向こうだって慎重ですから、簡単に結婚なんてしないと覚悟したほうがいいと思いますし、必ず交際中にひと波乱ふた波乱あります。生活習慣も文化も違うのですから当然のことです。すんなりいくカップルだって結婚後にひと波乱ふた波乱来るものです。波乱を乗り越えてこそ信頼が作られるものですが、困難にあって逃げ出すくらいなら手を出さないことです。
 厳しかったかな?

 先週末ウラジオストクには寒波が押し寄せ、久し振りに雪が降りました。「2-3日でこの寒さが日本にも届きます。」とウラジオストクの事務所で言っていたとおり、寒い日が続いています。
 ひな祭りの季節ですが、こちらでは梅の花が咲くのはもっと先で、できれば4月になってから咲く梅が好まれます。その理由は、梅の花が咲いた後に寒波が来ると実がつかないからで、梅の実は農家の大切な農産物です。
 今日の谷川岳。低い山の樹木がまた白くなりました。こういう気象ですとある程度の標高では霧氷が見られるはずです。
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 沼田の郵便局に行って気がついたのですが、こんなところにも二つ口のあるポストがありました。東京では23区内と他の地域のような分け方をしていますが、こちらでは国際郵便は右側に出すようです。
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 最近演劇を見に行く機会も少なくなって、何か劇場で観劇したいなと思っているのですが、黒柳徹子さんが演じるキュリー婦人のコミカル演劇の上演があるようです。ただ、この演劇鑑賞会は左がかっていて演劇鑑賞以外の余計なことまで押し付けてくるので足が遠のきます。
 最近、旅の一座のわかりやすい演劇、否、芝居を見るようになってから、評論家じゃないのだから理屈抜きに演劇を見て楽しもうと言う姿勢になってきました。実は今一番見てみたいのは曽根崎心中。観劇して感激しなければ損損!
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 ウラジオストクでは何回も演劇を見に行っていますが、言葉がわかるわからないを通り越して面白いです。
 ブレヒト派演劇の演出者と言うのが私の近くに住んでいますが、これがまた面白くない演劇で、ブレヒト派の演劇そのものが一切の感情を廃して論理の構築で成り立つ手法ですから、マシンガンのように出てくる言葉を楽しむのでしょうが、ブレヒトがソビエトシンパの象徴だったことから、これがロシアの演劇だと勘違いされている方が少なくなりません。

 沼田の図書館に飾られている関口コオさんの切り絵。この画集を買ってロシアに土産に持っていったら、ものすごく喜ばれたことがありました。日本人にもなつかしい日本の光景ですが、自分が日本人だと言うことを再認識させられる思いです。
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 日本とロシア・中国の間で、あっちの視線に立ったり、こっちの視線に立ったりしながらむるように心がけていますが、日本っていいなぁ。と言うモードに最近入っています。
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先ほど、ある会員さんからメールで
 ”たった一度の人生なので、「ロシアに住んでみるのも悪くないなぁ。」と、考えちゃったりしています。そんなことを考える私って変ですか?

 泥沼にはまっていますが、私もしばしば同じことを考えます。
 実はこれ、すごく有効な言葉です。「あなたのことが好きだからロシア(中国)に移住したい!」と言って尻込みするような相手なら他に目的がある証拠です。

 ただ気をつけなければならないのは相手の家族がそれを聞いて大喜びしている場合で、「いつハルビンに来るんだ!お前一人くらいならなんとか食わせて行けるから、早く孫を連れてこっちに移り住め!」と奥さんの両親にせっつかれている会員さんもいます。
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シベリア

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 先週、仕事でシベリアに行ってきた友人から「冬のシベリアの象徴的な写真です!HPで紹介して」と送られてきたのが下の写真。
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 お礼に、冬の日本の象徴的な写真を送ってやりました。
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 日本のほうがお肌がきめ細やかですね。

 “There are some things a man just can't walk away from.”
 「男には逃げ出せないこともあるんだ!」映画「駅馬車」でジョンウェインが演じるリンゴー・キッドのせりふです。
 この2週間、ガセネタメール騒動で民主党の永田議員の進退が注目されていますが、その騒ぎの最中、陰に隠れるように明日予算案が衆議院通過です。

 最近、日本からウラジオストクを訪れる観光客が増えて嬉しいことですが、航空券の確保も難しくなっているので、訪ロを考えている方は早めに行動を始めるようお願いしています。
 先週ウラジオストクに行ってきた会員さんからの話では、レストランで酔っ払って醜態をさらしていた日本人観光客がいたそうです。しかも売春婦連れて。
 同じ便でウラジオストクに行き、同じホテルに泊まっていたために、レストランで酔っ払って話しかけてこられて、気分が悪いので早めに店を出たそうです。
 その晩からホテルでも帰りの飛行機でも見かけなかったそうで、”逃げ出せない場所”に収監されたのではなかろうか?と言っていました。
 ご丁寧に名刺までいただいたようで、名のある企業に勤務されている管理職のおじさんでした。飛行機の座席確保も大変でしょうから、できればそのまま美しい白銀のシベリアの奥地で余生を送っていただきたいものです。

 ウラジオストクの本の市場に行くと人気があるのが推理小説。最近に限ったことではなく、推理小説やSF、ハーレクイーンロマンス系の恋愛小説の単行本が売れ筋で、ゴーリキーやドストエフスキーなどのロシアの名作小説が少なくなったどころか置いていない店さえあります。
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 日本の推理小説を元にしたような物語も多く、「日本人は発想が豊かです。」と、こういう方面では評価されています。
 ロシアのアガサ・クリスティーと呼ばれているのがボリス・アクーニンと言う推理小説作家。本名はГригорий Чхартишвили グリゴーリイ・ チハルチシヴィリ。グルジア系の姓ですね。
 ペンネームのアクーニンの由来は日本語の”悪人”で、彼はモスクワ大学で日本文学を研究しています。
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 日本の推理小説は複雑でスリリングで面白いそうで、先ほどの友人も最近、横溝正史の「犬神家の一族」と「八つ墓村」のロシア語版を読んで夢中になっているようです。

 西村京太郎の「シベリア鉄道殺人事件」は数年前にテレビドラマになって放送されましたが、ロシアでは電車の時刻表で推理小説を作るのは難しいです。運行時間が「このくらいの時間」から「このくらいの時間」で運行されているので、一週間の日程でウラジオストクからモスクワへ運行しているシベリア鉄道など数時間の誤差なんてよくあります。遅く来ることはあっても早く来ることはまずありませんが、飛行機だって国内線なら半日遅れなんて日常茶飯事です。ウラジオストクの路面電車など客が集まったら動き出すようなもので、時刻表がないから遅れることがありません。
 ロシアで時間を証拠に用いた推理小説は難しいかもしれません。
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 昭和30年代後半から日本各地の観光地に出没した、旅姿の顔だけ抜いた変身ボード。日本ではフィルムメーカーがフィルム販売促進の一環として各地に設置したために股旅姿の足元にはSakuraや冨士フィルムのメーカー名が入っていました。
 数年前招待したロシア人を日光に連れて行ったらこのボードがまだ存在していて、ちょんまげ姿のボードから顔を出して写真を写して大喜びしていました。
 ロシアでも同じものがあるようです。
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