昨日は風邪気味で体調が最悪でしたがおかげさまで、今日は多少良くなりました。自分の回復力で治すしかないので、風邪薬は飲まずビタミンCとEの錠剤を数粒飲んだだけです。
「文化」や「伝統」について、元々あったものだからそうなのかな?と思いたがりますが、あらためてそれがどういうものだったんだ?と掘り起こすとわからない事だらけです。
時代にそぐわない、上からの押し付け、誰も興味がなくなったと廃止したイベントを、時を経て復活させて見ると大変な労力です。
「そういうものだ」と受け継いできた人たちも、時を経てあらためて問われると、その意味もわからぬままなぞってきただけだったことに気がつきます。
あらためて自分達の手で掘り起こしてみると、古の人たちの知恵との格闘でした。
このところ春祭りめぐりが続いていますが、今日は地元の熊野神社の縁日でした。この神社も伝統的な神楽がありましたが、担い手がいなくなったり、時代にそぐわないからといつの間にかなくなり、縁日にのぼり旗が立つだけの時代が20年少々続きました。
上からの押し付けに反発して反旗を翻した人たちがいて、当時とすれば「便利」「不便」で伝承のしがらみから解き放たれたかったのでしょう。「合理的」「近代的」な都市への幻想だったのかもしれません。
世代が代わり、外から内側を見る目を持つ若者が増えると、自分達は何か?と「歴史」や「伝承」の持つ重さに気がつき、それが逆手に取れることに着目します。
微細なしがらみを取り払って復刻できないものだろうか?微細なしがらみとは「権威」。
「俺達が楽しくやっていれば、誰かがついてきてくれる」と復活した祭です。
私も参拝者に甘酒を配る役があったので、風邪気味でも顔を出さないわけには行きません。

私が子供の頃はこの界隈では比較的大きな祭典だったのでテレビの取材が来たことがありました。昭和44年だったと記憶していますが、NHKが取材に来て、何とかテレビに映ろうと追い掛け回したものです。地方の風土記を紹介する番組だったので、インタビューを受ける人たちもたくさんいました。その背後で我々はテレビに映ろうとワイワイやっていましたが、自分が写るのを期待しながら番組を見たら、見事にカットされていました。
私達には”熊野神社”といわれてもピンと来ません。地元では須川の森と呼ばれています。

甘酒は麹を使って作ったものです。
火のそばで温かい仕事だと思っていたら、背後は真っ白な仙の倉山が(2026m)見える風通しのよいところで、法被だけでは寒くていられないような有様でした。

例年、このお祭のころは梅の花やコブシの花が咲いていますが、今年はそんな気配もありません。昨日は雪が降ったようで、里山の木も白くなっていました。
手作りの甘酒はあまり甘くありませんが、この寒さのおかげで喜ばれました。私は風邪のおかげで口が麻痺していて、甘酒の味がよくわかりませんでした。

こちらは焼きそばやおでんなどを販売するコーナー。人材不足のおかげで、神楽を舞う人たちがその合間に交代で店番しています。

先週の日曜に紹介した八幡宮の神楽は町の重要文化財扱いになっているので後継者も充実していますが、こちらは土着のお祭のままで、一時は消えかけたものを、今の40代、30代の若い連中が決起して文化保存会のようなものを作って残しています。
上の世代は「権威」に反発しながらも、”なんたら文化”のような「権威」がつくとなびいてきますが、それがなければ冷淡なので、人数こそ少ないものの若い連中がいろいろ掘り起こしてくるのでこれもまた楽しみです。
ばあちゃんたちが手押し車を押して終結し、その場に座り込んで買い物です。背後のシートがあるだけで風がさえぎられるので随分温かいです。

全体的に子供が少なくなっているので、年配者ばかりが目立ちますが、寒い中来てくれるだけでもありがたいです。
ばあちゃん達が甘酒を造ってくれました。

太太神楽で昔から各地区ごとに踊り手が決まっているものでしたが、今や人材不足で村全体で一つの集団になって、持ち回りで神楽回りをしています。
全体の流れは先週紹介した八幡宮と同じですが、こちらは一般公募の若い衆が集まっての付け焼刃の神楽なので、代々受け継ぐことができた八幡宮の氏子さんたちのように上手ではありません。
世代的に20年ほど空白ができてしまったので、復刻も大変です。神社の氏子さんばかりではなく、お寺の檀家もいれば、ロシア正教徒もおり、ベトナム人もいれば、「協力しないと定期預金解約するぞ!」と引っ張り込まれた信金職員までさまざま。

天岩戸に隠れてしまった天照大神をおびき出すためにアメノウズメノミコトが舞を舞う神楽。飛び跳ねる激しい踊りになりますが、最後のほうでは足がつってしまい、足を引きずりながら踊っていました。
毎年、参加者も増え、少しずつ良くなっています。

強い風が吹いて、お面のかぶさっていた髪の毛が吹き上げられると。”千と千尋の神隠し”の顔なしのような状態になりました。

スサノウノミコトのたびかさなる暴力に腹を立てたアマテラスオオミカミは天岩戸にこもってしまい、地上は真っ暗な世界になりました。
どんな力持ちでも天岩戸の扉を開けることができなかったので、神々は集まって知恵を出し、岩戸の前で宴会を開き、ウズメノミコトが神話史上初となる今で言うところのストリップを披露し、大いに盛り上がることでアマテラスが「何事か?」と顔を覗かせたところで岩戸の扉を押さえて昼を取り戻しました。
面白いことやっていれば「何事か?」と棲みつく人が来るのではなかろうか?と淡い期待をしている過疎の村です。