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夕日

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 夜中?明け方?たまたま4時ごろ目がさめて、サッカーの日本ードイツ戦が放送されるはずだ!とすぐにテレビをつけました。

 ちょうど国歌斉唱をしているときで、”なんだろう?”と気になったのが、君が代を歌う着物姿の歌手。見たことのない女性歌手で、着物が妙に似合っていない。どこの国の人だろう?ハルビンの太陽島の日本庭園で着物の着付けをしてもらったロシア人観光客のようでした。
 着付けやしぐさが、日本人の真似をしている外国人みたいで、イメージとしてはゲイシャガール。妙に違和感がありました。吹奏楽の君が代が流れ”あれ?歌わないぞ?”と思っていたら、演奏が終わってから歌い始めました。君が代は短い曲なので、こういう演出なんだろうか?歌いはじめを間違えて、演奏が終わってからアカペラで歌い始めたのだろうか?

 ドイツ国歌を歌った歌手についてはオペラ歌手と解説していましたが、君が代斉唱した歌手については解説者も何も触れませんでした。
 何者だろう?不思議だ!考えると眠れなくなりそうだ!と考えつつ、キックオフして程なく眠ってしまいました。

 夢かまどろみの中で高原がゴールを決めたアナウンサーの声を聞いた覚えはありますが、もう一度目がさめたらテレビがつけっぱなしで、消して寝てしまいました。結果は皆さんご存知のとおり、2-2の引き分けでした。


 マイクロバスの運転をして埼玉県の熊谷市に行ってきました。熊谷に到着したのが14時ごろ。30度を超える気温で真夏並の暑さでした。
 明日から衣替えで半袖になるのですからそれなりに暑くなって当然ですが、曇り空で風もなく蒸し暑い気温は梅雨時のものです。

 帰りは一般道を通り、赤城山の中腹をぬけてきました。6:30頃、榛名山の西側に夕日が赤く見えました。湿度の高い霧が上空にあるために、霧ににじんで太陽の形が妙に大きく歪んで見えました。
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 久しく夕日を眺めたことがなかったので、自動車を停めて夕日を眺めました。周囲がネギ畑なので独特の匂いが立ち込めていました。
 ウラジオストクは時計が2時間進んでいるので夜の8時半ですが、日本よりも西にあるので、ここよりもっと太陽が高い位置にあります。今なら向こうの時間で9時過ぎまで明るい季節です。
 携帯で、ウラジオストクの友人に電話したら、仕事帰りに郊外のダーチャに行って畑を作っている最中で、日没になったら市内に戻ると言ってました。
 ウラジオストクは「朝は雨が降っていましたが、夕方からは天気も良くなっていい夕方になっています。」と言ってました。「忙しい日本人がのんびり夕日を眺めるなんて珍しいですね。」と言われました。

 榛名山に並んだ夕日のアップ。
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 背後(東側)の赤城の山。山頂は霧にかすんでいました。赤城山もそろそろレンゲツツジが咲くころです。霧に似合う花です。
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まんてん星の湯

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 奥さんの里帰りに付き合ってハルビンに行ってきた会員さんから聞いた話ですが、空港から郊外の奥さんの実家に行くのに、向こうの家族が自動車(ハイエースのライトバン)をチャーターしてくれて、それに乗って空港から実家へ向かいました。

 地平線の見えるどこまでも平坦な大地は一面畑で、その真ん中を突っ切るように道路は走っています。
 運転手は”大丈夫か?”と不安になるほど速度を目一杯上げて、突然ギアをニュートラルにしてエンジンをストップ。惰性でしばらく走って2-30kmに速度が落ちるとギアを入れてエンジンをかけ、そこからまた加速してニュートラルにしてエンジンストップ。
 原油高の影響で中国でもガソリン入手が大変なので、これが彼らなりの省エネルギーみたいです。

 自動車を運転される方はおわかりだと思いますが、最近の自動車のブレーキにはマスターバックという油圧を強める装置がついています。エンジンがかかっているときはマスターバックが油圧を送り込んで軽い踏力でブレーキが効きますが、エンジンを切ると油圧の補助がないので、ブレーキが効くのは油圧が残っている最初の一発だけで、後は硬い岩を踏みつけているようなものです。
 中国では大方の自動車がマニュアル車ですからギアを入れればエンジンがかかりますが、オートマチックなら大変なことになります。

 中国に省エネ意識があるのか?と思っていましたが、彼らなりに防衛しているようですね。

 雨の中の田んぼ仕事も終わり、町民50円で入浴できるカードを持って猿ヶ京温泉の”まんてん星の湯”に行ってきました。
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 5箇所ある町営温泉で一番新しく設備も良い温泉センターで、通常3時間で650円。例によって50円ではいるのも忍びないので、一緒に来た田んぼ仲間と生ビールを飲んでから入りました。
 この温泉センターに来るのは3回目ですが、岩の露天風呂とタイル張りの露天風呂があり、半月程度で男女入れ替わっているようです。今まで来た時は男湯が岩の露天風呂ばかりで、タイルの露天風呂は今回初めてです。
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 ジャクジーなんて温泉には邪道なんですが、これも時代の要求みたいです。
 で、ジャクジーで何をしていたかというと、泡で浮力が弱くなり船が沈むバミューダー海域の謎、とばかりに、洗い場から桶を持ってきて、どのくらいお湯が入っていれば泡に浮力を消されて沈むか?なんて実験してみました。
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 昔はこの場所に見晴館という大きな旅館がありましたが、倒産してしまい村がその跡地を買い取りこの温泉センターを作りました。地元にとっては民業圧迫以外の何物でもなく、国道沿いに何件かあった日帰り入浴できる民営の温泉センターが2件店を閉めてしまいました。

 民営とは設備も雲泥の違いですし、村営の温泉を使っているので民営では大胆なこともできません。以前はスキー客の駐車場に困っていた民営温泉もこれができてからは換算としています。しかも、ここまで民業苦しめて、平日は客が少なく黒字にならないというのですから困ったもんです。
 露天風呂からの展望。
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 昔ここにあった見晴館のお坊ちゃまは同級生で、いい友達でした。格差社会なんていいますが、私が小学校の頃はすごいもので、山間の林業の家など、冬は両親が山の中に炭焼きに入ってしまい、里で子供だけで生活。弁当持ってこられなくて先生や父兄が交代で弁当作ったなんて例もありましたし、ここのお坊ちゃまのように家庭教師つきで、女中番頭呼び捨てなんて家もありました。
 私なんか中学の時に買ったSEIKOファイブアクタスを30年以上使っていますが、ここのお坊ちゃまなんかRADOの腕時計でした。一級下の元小結琴稲妻が当時としては画期的なSEIKOの電光表示のクォーツを持っていて、どっちがえらい?なんて時代でした。
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 お坊ちゃまは銀行員になってこちらにはいませんしその家族もこちらにはいません。
 こちらに来ると顔を出してくれたり、時折電話をくれますが、子供の頃わがままに育ったので、社会に出て苦労したそうです。

 昔はここにプールがあって、この景色を眺めました。
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 私が子供の頃には温泉がわいているところには露天風呂があって、屋根も東屋もないので雨や冬の脱衣が大変で、内湯のほうがいいと思っていました。世間が騒ぐので露天風呂がいいのかな?と思いもしますが、冬寒い、秋は枯葉で掃除が大変と、外から眺める視線とは異なる感覚があります。
 内湯の大浴場。奥にサウナと水風呂が見えます。
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 水風呂。これは自慢できるのではなかろうか?と思っていますが、何しろ水源地ですから水が冷たいんです。あまりに冷たいというのでいくらかお湯を入れて温かくしているようですが、ロシアのサウナで水風呂や雪に飛び込む経験をするともっと冷たいほうが嬉しいです。
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 サウナは5月20日に紹介した遊神館同様遠赤外線式サウナで、温度は75度〜80度と低いけれど、油っぽい汗が出ます。
 できた当初はサウナ室のヒノキの匂いがきつすぎて目が痛くなりましたが、今はそういうこともありません。
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 サウナ室から外が見えます。


 温泉利用の看板。英語、ハングル、中国語2種類(台湾・香港用と人民中国用)で書かれていました。
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文化の違い

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 インドネシアの地震の犠牲者が5000人を越えました。簡単に数字で被害規模を想像するのも忍びない思いがしますが、各国から届いた救援物資が被災者の届いていないと報道されていました。
 ジョグジャカルタにはムラビ山という、この春から火山活動を再開した活火山があるのですから地震が少ないとは思えないのですが、世界遺産の仏教遺跡ボロブドールやヒンズー教寺院群プランバナンも今回の地震で被害を受けました。石を積み上げて作ったような建物です。

 ウラジオストクの魚市場に並んでいたカニ。こうやって腹を出して並んでいると”宇宙人”のように見えなくもありませんが、魚介類になじみが薄いアメリカ映画では宇宙人のイメージがシーフード系です。
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 「これは海の生物ですか?」と聞かれてがっくりしてしまったのが広島風お好み焼きの写真で、言われてみると貝かカニの一種に見えなくもありません。
 でも、やはり誰がどう見たって焼きそばを生地でくるんでおたふくソースをかけたおいしそうなお好み焼きだと思うのですが、文化の違いだろうか?
 大阪風でも、広島風でもお好み焼きを食べれば絶対ロシア人の味覚にあうと確信を持っていますが、奇妙な食べ物に見えるようです。
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 文化の違いと言うわけでもありませんが、山育ちで海産物には疎いものですから、貝類は食わず嫌い。食べられるのはアサリとシジミだけでした。
 アワビを初めて食べたと意識したのは数年前のハルビン。中国では貝類を干して食べるので、太陽の恩恵で味が濃厚になります。
 炒め物に干したアワビが入っていて、私はキノコだと勘違いしました。なんて味の濃いキノコだ!と感動してしまいました。
 西郷ドンが、これは海の貝ですといいますが、何言ってんだ、キノコだろうと笑っていました。後で市場に行った時に「あなたがおいしいといっていた貝です」と見せられ、アサリとシジミ以外の貝を食べられる自分を発見しました。

 今日は馬刺しをいただきましたが、またへんな誤解受けそうなので紹介しようかな?やめておこうかな?と考えています。
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 文化の違いといえば、最近年配の方々が電車やバスの中で化粧をする若い女性について批判しています。
 私などあまり気にならないので、「時間を合理的に使えてよいのでは?」と思いますが、こうしたものは人前で見せるものではないそうです。
 化粧の濃いロシア女性も、食事の後に口紅を直す程度ならまだ許せるが、それは心を許せる人の前だけで、見ず知らずの公衆の面前で化粧を始めるのはデリカシーにかける行為だ、はだかで人前を歩くようなものだと快く思えないようです。
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 のろまだ!まぬけだ!と何かと物笑いになっている我が家のネコは15歳。機敏な動きとは無縁です。
 昼寝していたらカラスがそばに来て、カラスも間抜けそうなネコなのでからかおうと思ったのか、近寄ったとたん、突然襲撃されて羽を残して逃げ去りました。こんなに早く動けたのか?と感心しました。さすがはネコです。

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初期の日本車

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 2年前の春先に金沢に行った時、自動車博物館に行きました。そのときの写真を外国向けのページに掲載しましたが、「中国の田舎の農家が使うトラック」とウラジオストクで盛り上がったのがオート三輪。


 ハルビンなどでは早朝に市場へ農産物を運ぶオート三輪がまだ走っていますし、走っているどころか、まだ生産しています。
 
 私が子供の頃はミゼットのオート三輪に乗っていた農家がいましたが、田んぼの畦でころりと横転して、また簡単に起き上がる光景を見ました。道の狭い東京の路地など小回りがきくオート三輪など便利だと思いますが、これで高速道路を走るのはオートバイよりも恐い気がします。
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 こうしてみると屋根つきオートバイのようでもあります。この時代、まだ敗戦の痛手から立ち直る最中で、上を見ることしかなかったような日本ですが、追いつけ追いつけと精一杯作っていたんでしょうね。いまや世界の日本車ですが、こんなところから出発しています。
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 中国の田舎に行くと活躍している三輪タクシー。冬は寒いけれど夏は暑い。でも、バイタリティーの塊のようなタクシーです。
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 博物館にあった1950年代のトヨタのトラック。ボンネットと乗車スペースで荷台などわずかばかりですが、今の若い世代にはアメリカ映画に出てくるトラックに見えるかもしれません。ロシアなら軍用トラックですね。
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 私達には”懐かしい”思いであふれている代物ですが、「世界の日本車」しか知らないロシア人にとって、胎動している頃の日本の自動車を見ることは「日本にもこんな時代があったのか?」と新しい発見のようです。
 ウラジオストクで誰もが知っているクラウンだって。初代はこんな自動車だったんです。
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 沼田に行ったら元関脇栃赤城の家の前を通ったので写真を撮ってきました。
 1970年代末から80年代にかけてサーカス相撲で名をはせた力士でした。高校の柔道部の先輩になり、私が高校に入ったころ十両に上がり、群馬で何十年ぶりの関脇と騒がれましたが、程なく名も知られなくなった気がします。早稲田大学に進学が決まっていましたが「柔道でめしは食えない」と、突然各界に入門してしまった人です。

 元横綱栃錦の春日野親方にかわいがられていたので、幕下に落ちた後も各界にいましたが、その間にお兄さんが亡くなり父親が亡くなり、春日の親方が亡くなって廃業して戻ってきていました。

 1997年8月18日、元栃冨士の草分親方たちと草津でゴルフをしている最中に急性心不全で亡くなりました。43歳でした。
 この家の前には滋賀ナンバーのベンツ500SELがいつもありましたが、おなじみの雄琴のお姉ちゃんの自動車だったようです。
 宵越しの金は持たない性格の上、タニマチと呼ばれるパトロンが大嫌いな人だったので、こうした付き合いがないために年寄株も買えず、廃業後は実家の洋服屋を手伝っていましたが、あまりに無残な死に様にスポーツ選手の引退後についてメディアで論議になったことがありました。
 廃業後に何回か顔を合わせましたが、糖尿病を患っていたこともあり、私よりも小さく見えました。身長も私より低いので、頭のてっぺんが薄くなっていることが目に付きました。
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 お母さんも亡くなり家は途絶えたと聞いていますが、いつも軽自動車がとまっているので、誰か親戚が管理しているのでしょう。
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犬猫

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 今朝、インドネシアのジャワ島で地震が発生し、夜の段階で3000人の死者が出たといわれているので、阪神淡路大地震並みの犠牲者が出るかもしれません。インドネシアといえば記憶に新しい津波を心配しましたが、津波が起きたという報道はされていません。
 最近は中国からインドネシアなど東南アジアへ生産拠点がシフトしている日本企業ですが、こちらから技術指導や管理に行ってるビジネスマンも多いので、こうした工場に影響が出ないことを願っています。
 
 今のところ、日本人の被害者は怪我人1人と報道されていますが、インドネシアはロシア人もよく観光に行く土地で、成金は自家用飛行機でジャカルタに乗り込むような土地です。


 住宅事情や文化の違いもあって、日本ではペットを飼える集合住宅はまだ多くありません。都心で暮らす知り合いの日露カップルなどペット禁止のアパートで、息を潜めてネコを飼っているようですが、黙認されているような状態だそうです。

 ペットが家族同然のロシアでも独り者のうちは定着していないようなものですから、近隣との付き合いも少ないでしょうし、家を留守にすることも多かったり、仕事次第でどこに行くかもわからないので、ペットを飼いたくても自分の生活が落ち着くまで我慢することも多いです。

 一見、ストレスなど感じないかのように生活しているロシアの人々ですが、当人達が気がついていないだけで、孤独やストレスを感じながら生きているのかもしれません。ペットはこうした生活の重圧を緩和してくれる”癒し”になっていることでしょう。

 犬を飼っている家庭では朝や夕方に犬を連れて散歩するのが日課で、アパート群の周りには時間に関係なく犬を連れて人たちがいるものです。人を噛んだら淘汰されるのが慣わしなので、平均温厚な犬が多いのですが、およそ日本では屋内で飼うことがない大型犬ばかりです。ボルゾイやマスチフなど”襲われたらひとたまりもないな”と腰が引けるような大きな犬たちや、飼いならした狼までいます。
 尻尾をだらりとたれたままなら狼と言われますが、一目見て頭の大きさや骨格のいかつさが違うのでわかります。犬ほどじゃれ付きませんが、じゃれ付かれたら恐いです。

 ネコは家からほとんど出ることがなく、アパートの中だけで生活していることが多いのですが、恋の季節(ネコは年3回あります)は要注意で、帰宅して玄関を開けた瞬間に外に出てしまうこともあります。
 かくして未婚の母になるわけです。


 ネコや犬の子供がまたかわいいんです。まだしっかり歩ける前、亀が泳ぐように這う姿や、目が開かず耳も立たない乳飲み子の姿など見たら、ロシア女性でなくとも”手放したくない”と思うものですが、貰い手探しも大仕事です。

 我が家のネコは去勢したカストラートですが、近所でネコを飼っている家に子猫が生まれ、その中に茶トラがいたので「おめえんとこのネコの子供では?」と疑いをかけられたことがありました。

 レトリバーは犬臭さがないので屋内で飼うのに向いていますが、ウラジオストクで見かけることがまだ少ないです。
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 ネコは向こう気が強いので犬と仲良くできないものですが、こうして小さな頃から接してると喧嘩もしなくなるようですね。
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 そういえば、毎年4月頃にある復活祭のパスハ。この日は食肉禁止ですが、復活祭の季節にウラジオストクの男性スタッフと森のバーベキューサイトに行ったら賑わっていました。
 「パスハに肉を食べていけないといっても、どこの家庭でも犬やネコを飼ってるでしょう。ペットは僕たちの残り物を食べるのだから、僕たちが食べないとペットは死んでしまいます。」
 素晴らしい論理でした。

 日本のロシア正教徒の大叔母が言うには過ぎ越しの祭りから40日間は肉類を食べていけないのだそうです。年度末年度初めでいろいろ付き合いも多い季節なので、家の外ではとやかく言わないそうですが、私の村のロシア正教徒はこの間家庭での食肉は控えているようです。復活祭の日は完全に肉なしで、静かにお祈りをして過ごすのだそうです。本元のロシアではバーベキューしていますが。
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共産主義者

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 「この人たちは誰なのかわかりますか?」と、送られてきた写真を見て、メーデーの光景だなと思いました。その実態は?
 まだロシアに現存する共産主義者たちだそうです。共産党がまだ残っており、一定の支持者もいますが、中には前時代的な共産主義者もいます。「きっとソビエト時代に要職についていた人たちだと思います。人々を苦しめた人たちです。」
 私が子供の頃にまだ残っていた軍人の残党のようで、時代の波に乗り遅れて不憫に思えもしますが、年配者の中には「あのままソビエト時代のほうが良かった」と懐かしむ人も多いです。
 「自由」を手に入れたものの、その「自由」が当たり前になって見えなくなったこともあるのでしょうが、今のロシアは中国ほどではないにしても格差が極端についた社会です。


 どこのアパートにもその昔は「密告」で名をはせたうるさ型のおばさんがおり、妖しい人物が入ってくるのを厳しくチェックしているものです。私もとっ捕まって尋問されたことがあります。体格が大きく身なりもみすぼらしいこともあり、日本人だといっても信用して貰えず、困ったものですが、このうるさ型のおばさんも防犯には役立っていると思います。
 最近、毎日報道で流れる子供達が巻き込まれる事件を見ていて、腹立たしい思いがしてなりませんが、怪しい人物がいたときに声をかけられるか?というと、なかなかその気力はわきあがってきません。小学生の通学に同行して抑止の真似事にはなっていると自負しているものの、うるさ型のおばちゃんたちのように「ちょっと!そこの兄ちゃん!」の一言は出しにくいものです。
 私が小学校の頃に大久保清事件や連合赤軍事件があり、このときも大人たちが通学に付き添ってくれましたが、鉈や鎌などを携帯していました。今はそんなことしたらこちらが怪しい人物になってしまうので困ったものです。
 地域や大人たちが子供を守る。ウラジオストクではそのあり方の見本を見る思いがするものですが、子供立ちも小さい頃から「危険の中に自分がいる」ことを認知しているので、無謀なことはしません。
 ロシアでは「悪人」は当然存在するという前提に成り立っています。日本では「皆良い人だ」の大前提があるので「怪しい」では動けず、「危ない」になるまで待たなければなりません。それでは遅いことも多いのですが、65年間戦争がなかった反動かもしれません。
 メーデーや軍事パレードにはつき物のうるさ型のおばちゃんたち。
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 前々から読みたかったスウェン・ヘディンの「さまよえる湖」が手に入って喜んでいます。幻の都楼蘭、どこにあったのかわからなかったロプノール湖が実は砂漠の砂の移動で場所が変わる移動する湖だったことを発見した探検家の手記です。
 今読もうか、秋の楽しみの取っておこうか、迷っています。
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日常

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 6月、7月はウラジオストクから来日する女性会員が多いので、「もっと日本の生活を紹介してください。」言われていますが、あらためて見直すと”なにがあるだろう?”と考え込んでしまいます。おかげさまで日常を見直すことは慣れているのですが、さらに何が必要?「畳の生活」と言われて、どう切り込もうか?と頭をひねっています。

 会員さんが「そちらではこんな光景は見られないでしょう」と通勤ラッシュの写真を送ってくれたので向こうに紹介してみようと思うのですが、スシ詰めの列車を見て”大変な思い出通勤している。立派!”と思ってくれるのか?”なんて生活してるの?”と驚いてしまうのか?ウラジオストクでも渋滞はありますし(渋滞多発地帯)、通勤時はバスも路面電車も満員になるので、共感を持ってもらえれば。

 私にとっては日常の光景ですが、日本では既に非日常的な光景かも?



 夕方、スーパーでサンクトペテルブルグから来た奥さんと会いました。「こんにちわ」と声をかけられ、”あ!ガイジンさんだ!でも、見たことあるような???”と、隣にいるご亭主を見て誰なのかわかりました。
 一昨日身欠きニシンを買いに行った時に会った時はシルバーブロンドだったのが、今日は濃い紫色の髪になっていたのですぐに気がつきませんでした。
 ご亭主もわからなかったようで、「昨日帰ったら髪の色が変わっていたので、一瞬女房の友達が来ているのかと思って、いらっしゃいといっちゃいましたよ。」
 ロシアでは女性が髪の毛を染めることは当たり前で、写真の髪の色が当人の元の髪の色と異なるなんて日常的ですが、今まで彼女が髪の毛を染めた姿を見たことがなかったので、何か心境の変化でもあったのか?と聞いてみました。
 スーパーで私と顔を合わせた後、小さな子供に「おばちゃんはおばあさんなの?」と聞かれて大ショックを受けたのだそうです。シルバーブロンドは白髪に見えなくもありません。それで、昨日意を決して髪の色を変えたのだそうです。
 髪の毛を染めるのは2度目で、最初に来日した頃は日本人の視線が気になって黒く染めたことがあるそうです。

 「本当は黒い髪の毛に生まれたかったんです。」と彼女は申しています。私なんか黒い髪に生まれましたが、今では黒く染めないと黒い髪になりません。「染められる髪があるだけ幸せじゃねえか!」という友人もいますが。

 最近、このスーパーでロシア人らしい女性を見かけたという話になり、私もそれらしいカップルを見ました。60歳ぐらいの年配の日本男性と30歳中ごろの小柄なスラブ系女性のカップルで、瞬間、ウクライナ人!と思いました。ウクライナのフィギュアスケートメダリストのオクサナ・バイウルに似た感じだったからです。
 「ロシア人のようだけど、ロシア人とは少し感じが違う」と意見が合いました。
 年配の男性は東京方面のナンバーのソアラに乗っていて、観光客だろうか?と思っていたのですが、その後も3回ほど見かけています。

 近くに外国人教授達が住む集落があるので、いわゆるガイジンさんを毎度見かける店ですが、なんかそれらの人たちと雰囲気が違います。
 こちらのリゾートマンションか別荘生活者だろうか?リタイアして田舎暮らしでもしている人だろうか?

 城跡の牡丹畑。満開になったら行ってみようと思っていましたが、花も終わりそうです。そろそろ。
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 牡丹の散り際と桜の散り際、どちらも潔くていいではないか?と思っていましたが、花びらが絨毯のようになる桜と違い、牡丹はもっと潔く首から落ちるので、なるほどなまめかしく思えました。風に舞う牡丹の散り際なんてやはり不気味かも?
 10年ほど前にこの地域では地区をあげて各家庭でボタンを育てていますが、ようやくそれがさまになるようになってきました。何事も育むことは手間隙と年月がかかるものです。
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君影草

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 Ландыш майский ランドウィッシ マイースキー、ロシア語でスズランを意味します。日本同様毒草で、子供が食べると大変だからとダーチャで作る人はいないようです。
 これからの季節、森に入ればどこにでもある花ですが、こよなく愛されている花です。赤い花をつけるスズランもあります。清廉や潔白を意味するスズランですが、赤いスズランには悲恋の物語がロシアにはあるようです。
 基本は日本と同じ白い花です。スズランは白樺の森の中などに一面に広がっています。

 「ウラジオストクでスズランといえば核廃棄物処理施設の名前ですよ。」と言われ、何とまあ、無粋なものにランドウィッシの名を冠したことか。
 核廃棄物所履践の名前がランドウィッシ(スズラン)。今まで密かに海底に投棄していた液体放射性廃棄物を処理する船だそうで、原子力潜水艦の解体をしているボリショイ・カメーンあたりに停泊して、安全な外海に持ち出して処理しているといわれています。


 以前、北海道のスズランを見たときにこちらのスズランと花が違うなと気がつきましたが、北海道のスズランのほうがか弱く女性的に感じたものです。それよりもロシアのスズランのほうが女性的に感じます。
 スズラン(鈴蘭)にはもう一つの和名があって。「君影草」。美しい名前ですね。葉を男性に見立ててそれに寄り添うように咲く花(女性)。なんて柔らかな観察眼で、日本的で風情のある表現だろうと魂を抜かれる思いです。

 スズラン=核廃棄物処理のイメージが焼きついてしまったので、君影草と呼ぼうかと思うのですが、あまりに美しい言葉に無粋な自分が恥ずかしくて言葉に出せません。
 年配のかたがたがさりげなく言う君影草の響きがきれいなこと。人生経験がまだまだ足りないようです。
 
 我が家のお墓に咲いている君影草は骨太のドイツスズラン。
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 入梅宣言は出ていないのに久しく青い空を見ない日々が続きました。今日は久し振りに青空が出ていましたが、遠くから雷の音が鳴る晴天という変な天気でした。県境の山は雪になっているかもしれません。
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 不惑の40代、不安の50代?一緒に田んぼつくりをしている友人はもうすぐ51歳になります。
 最近、NHKの「功名が辻」を見て主役の山之内一豊よりも織田信長のほうに興味があるようで、「人生50年と言いながら、俺よりも若いのにあれだけのことをなしえたんだからたいしたもんだなぁ。最近、自分の人生がこれでよかったのか?と自信がなくなってきた。」
 織田信長のような人間ばかりだったら人類はとうに滅びていたでしょうが、比べる対象がスケールが大きくていいです。
 「なにか、俺でなければなしえなかった!ってことをやりたい。」というので、私が田植え機で稲を植えた後の手直しと、田植え機が入れない手植えの田んぼの田植えをやってもらいました。


 山のミズキの花が咲いていました。ハナミズキも同じ仲間ですが、葉の上に向いて花が咲くので高いところから眺めないと花が良く見えません。
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 例年、このハナミズキが咲くころには田植えなど終わっているのに、今年はまだ終わっていません。
 寒い冬の後は暑い夏が来るのが例年ですが、今年に冬は雪こそ多かったものの、寒さは昨年のほうが厳しかった気がします。
 冷夏になるのだろうか?
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 今日の発見。
 一昨日、またまたセルゲイ・エセーニンについて紹介しました。エセーニンの妹の名前シューラはロシアではあまり耳にしない名前でしたが、サレクサンドラの呼び名の一つだそうです。アレクサンドラといえばサーシャが一般的で、小さな子供にはサーシェンカなんて呼び方もします。シューラやシューラチカという呼び方もあるそうです。HPに追記しておこう。
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ニシン

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 我が家の界隈では今頃の季節になるとワラビやタケノコやフキを煮物にして食べます。このときに欠かせないのが見欠きニシンです。スーパーの鮮魚コーナーには見欠きニシンの箱が山積みになります。
 ニシンはロシアの国民色といわれるくらい、広く出回っている魚ですが、ロシアでは塩付けにしたニシンが樽につめられてシベリアの奥地にまで流通しています。ウラジオストクも魚の市場はもとより、キオスクの冷蔵庫にも漬物ニシンが並んでいます。これを生のままスライスしてそのまま食べますが、オリーブオイルをかけてもおいしいです。内臓が発酵して塩辛のようになって、これもまた美味です。
 今のところで見欠きニシンを見たことはありません。

 今日、煮物に遣う見欠きニシンを買ってきたらナホトカ産でした。向こうで干物にしたのか?こちらに魚だけ持ってきて干物にしたのか?
 焼いて醤油をかけて食べてみました。ニシンは油が多いのですぐにこげるし、煙がものすごいので焼き魚さえ敬遠する最近の日本では食べる機会が少なくなっているような気がします。
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 ロシアではニシンを食べつけているわりに、見欠きニシンの焼き魚は苦手が多いようで、代わりに比較的評判が良いのはサバミソ。我が家ではファッションブランドネームに引っ掛けてミッソーニと呼び、私もサバを買ってきて煮物を作りますが、高圧の釜で煮た缶詰は骨まで柔らかくなっているので、輪切りにしたきゅうりと和えてサラダにもできます。
 缶詰のミッソーニは時折山椒の香りがきついものがあり、私は山椒が苦手なのでおなじみの缶詰しか買いません。写真は山椒の香りがするミッソーニ。平均的に女性はこの香りに強いですね。



 1221年後鳥羽上皇が起こしたとされる承久の乱は、天皇が鎌倉幕府に対して起こした反乱のようなもので、世界的に見ても奇妙な事件だと思います。時の鎌倉幕府を実際に牛耳っていたのは北条政子。
 
 後鳥羽上皇は隠岐島に流され、その子供の順徳帝は佐渡に流されます。
 佐渡に来た順徳帝は草ぼうぼうの庭に咲く紫色の野菊を見つけ、紫の色は京都の色、可憐な小さな花が都の栄華を忘れさせてくれる。と、その路傍の花を眺めて心を癒したといわれています。”都忘れ”のいわれです。
 今年はあまり見かけないなと思っていたら、都忘れの花が咲き出しました。初夏の夕暮れに心和む花です。
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 都忘れの上にはオオデマリが満開でした。
 春先に咲くコデマリとは別の種類で、花が似ているからオオデマリ、コデマリと呼ばれているようです。
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 オオデマリはバラ科の植物で、生命力が強いです。この枝を一輪もらって刺し木にしたものが50cmほどの背丈に育ちました。来年あたりには花をつけるのでは?と期待しています。
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 高崎の北にある自衛隊の相馬が原駐屯のトラック。空挺部隊で、今イラクにも行っています。
 ウラジオストクの友人にこの写真を送ったら、「サスペンションがインディペンデント(四輪独立懸架)ですね。走破性の高そうなトラックです。」
 悪路を走る四輪駆動には対地キャンパーが0度になるリジットアクセルが良いといわれていますが、常識はやがて非常識になるもので、USAのハマーなど四輪ダブルウィッシュボーンのインディペンデントアクセル。自衛隊の車両も進化しています。ロシアでは相変わらずの四輪リジットアクセルで、乗り心地や高速性能なんか関係なく、頑丈といえばこちらでしょう。
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三社祭

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 この土日は浅草の三社祭があったようで、ウラジオストクから言われて気がつきました。「日本の大きな祭がテレビで報道された。おとなしい日本人が大暴れしているので驚きました。」と言うので、暴れるお祭と聞いて博多のドンタクや岸和田のだんじり祭りを連想してしまったために、この時期にやっているはずないのに?と怪訝でした。
 夕方、写真館に行ったら浅草の三社祭があってシニアの皆様がカメラ担いで行ってきた事を耳にしました。

 東京に住んでいた頃に行った唯一のお祭りは浅草のほおずき市の祭りで、7月のはじめだったと記憶しています。情緒があっていいお祭りだなあと気に入った数少ないお祭りの一つですが、梅雨のうっとうしさがこんなにも憂いを持つものだったのか?と、蒸し暑ささえ「情」を持たせてしまう叡智に感心した祭りでした。
 傍らに浴衣を着た女性がいると、いないとでお祭りの後の反動が大きく違います。特にほおずき市のようなロマンチックな祭りに1人で行くと孤独にさいなまれます。

 元来、祭りなど浮かれて騒々しいことが大嫌いなので、絶対に行かない主義でしたが、お祭り大好きロシア人のおかげで軽く信念を曲げ、随分変わることになりました。
 ウラジオストクやハルビンの女性会員に閲覧してもらっている日本の写真のHPも祭り関係はおおむね好評で、日本人の持つ「赤い」色使いがとても鮮烈だと言われます。
 人が集まる大きな祭りは嫌いなので、小さな村祭りを中心にこの1年ほど歩いています。おかげでこの歳になって発見する日本が多いこと。田舎の村祭りに似合うのは幼い子供を連れた若夫婦や、孫を連れた爺さん婆さんです。


 この週末、ウラジオストクの女性スタッフはダーチャで「日本のシャシリク」に挑戦したそうです。簡単に言えばヤキトリですが、彼女が日本に勉強に来たときにスーパーマーケットで買って食べてすっかり気に入ってしまった料理で、タレの作り方はわからないので、塩で食べているようです。
 焼き鳥のにおいや醤油がこげる匂いはロシア人も食欲を誘われるようで、ヤキトリも興味を持つ料理の一つだと思います。
 塩で味付けしたシャシリク(シシカバブー)を食べなれていることもあって、最終的にタレよりは塩のほうが口に合うと思います。ネギマ、鳥皮、レバーは評判よくありません。鳥の正肉か手羽の塩焼きが無難です。
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 シャシリクは豚や羊を串焼きにした中央アジアの料理です。はじめに強火で表面をカリカリに焼いて中を遠火でじっくり。味付けは塩コショウで肉本来の味わいを食べる料理です。カリカリの表面の歯ごたえも心地よいです。
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 ロシアでは豚が少ないので牛肉より豚肉のほうが高価ですし、鶏肉にしてもブラジルなどから輸入されたものです。

 肉料理は表面をカリカリにしたものが好まれる傾向があります。レアなんてもってのほか。




 小学校から下校する集団にすれ違ったので、立ち止まって”お帰り!”と挨拶しながら過ごしました。1年生の女の子がいたので”○○ちゃん、小学校には慣れましたか?”と尋ねると、「先生がね、よそのおじちゃんとお話しちゃいけないって言いました!」とくるりと背を向けて行ってしまいました。
 ”一本とられたな”と嬉しいやら切ないやら、一ヶ月も登下校に付きあわせておきながらこの仕打ちか?と反面、学校もしっかり指導しているし、子供達も素直でいい子が育っているなと嬉しかったです。
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峠の清掃

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 先週末、日本から行った川釣りツアーにウラジオストクの男性スタッフが同行しました。トラやクマなどの野獣がいるので、ライフルを持って釣り人の警護がメインだったそうです。
 金曜の晩には野営をして、ワイルドな体験ができたと日本からの釣り人は大喜びしてくれたそうです。
 アウトドアブームに乗って釣りをしている人たちではないので、マナーもしっかりしていますし、環境にダメージを与えるようなことをしない人たちなので心配はしていませんでしたが、ゴミなどの心配りにロシア側が驚いたようで、「誇り高い紳士と出会えて嬉しかったです」と褒め称えていました。

 新潟空港から無事到着した電話をいただき、「素晴らしい光景で十分満喫できました。たくさんの人に来てもらいたいけど、本音を言えば、あまり人に知られないで密かに楽しみたい場所ですね。」と語っていました。複雑な心境は良くわかります。

 この冬、スキー雑誌か登山雑誌で、凍結した間宮海峡をスキーで横断する記事が出ていたようです。間宮海峡を氷上横断するのは天候が安定した3月初旬の2週間程度が適していますが、氷がとけ始めた季節にやってきて、強引に「渡らせろ!」とごねる日本人がいたそうです。友人が通訳で同行していましたが、説得に苦慮したそうです。
 こういうことをする日本人はだいたい、年齢や風体など想像がつきますが、何年登山やってるとか、スキー暦何年だとか威張る類でしょう。氷や雪の状況天候を予想して判断できないのならその年数は意味を持たないのですが、流行に身を任せることはこういうことかもしれません。。
 登山の先輩に、「山に連れて行ってもらい考えで行くなら山なんか行くな?自分で判断できないなら山に入るな?」と教えられてきた意味が良くわかる思いです。氷踏み抜いてカニの餌になるのも世のためかも?

 自然なんて360度死の誘惑に取り囲まれた世界で、たまたま運よく生きていられるだけのこと。母親のように甘えられるなんて思ったら大間違いで、気分次第でひと吹きすれば人間なんてひとたまりもありません。それが自然への畏敬だと思いますが、人が驕った時に自然は死の鉄槌を食らわします。
 こうした畏敬を「竜神様」「山神様」「海坊主」などに例えて一線を引いていたものです。天災の多い日本人の持つ自然観と、圧倒的な冬を経験しているロシア人の自然観は似ていると感じることはよくあります。


 三国峠のゴミ拾い。毎年4月の20日頃の日曜に行われますが、今年は町議会議員選挙があったり、残雪が多く1ヶ月遅くなりました。消防団の大会が行われていたり、日程が1ヶ月ずれ込んだら集まった人たちも昨年の半分ほどでした。


 スキーがブームになり、マナーが悪くなったなぁと嘆いていたら、やがてスノボがブームになると、自動車の屋根にスキーを積んでいない連中が要注意になり、スノボもブームが去ったので、身勝手な連中が減って髄分良くなったと思います。
 集まった任数も少なかったけれど、この冬の大雪でスキー客もあまり来なかったこともあって、拾い集められたゴミも例年の半分以下でした。ゴミのポイ捨てに対するマナーが良くなってきたと思いたいのですが、そうあって欲しいと願っています。
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 参加者は社会福祉協議会が旗を降っていることもあって、毎年恒例の顔ぶれも多く、今年は赤谷川プロジェクトで東京や神奈川から炭焼き体験や林業体験に来る顔ぶれも参加してくれました。
 
 峠の上と下に分かれて拾い歩くので、歩く距離にしても6-7km弱ですが、私と一緒に歩いていた50代のおじさんが「ゴルフならこの倍歩いてもぜんぜん疲れないのに、この作業はやけに足に答えるなぁ」とボヤキながら、昨日は18ホール回ってきたそうです。

 ブナの林から水が湧き出している滝
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 峠に出没するサルの群れが近くにいることは、気のざわめきや鳴き声ででわかりましたが、新緑の気の歯に隠れて姿は見えませんでした。サルよりもゴミ拾いの団体のほうが数が多いです。
 条例でサルに餌を与えてはいけないことになっていますが、罰則がありません。
 冬の間、木の皮をむしって食べるので、表皮がなくなった木は枯れてしまいます。猿害の一つです。
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 どうすればこんなものを捨てていく気になれるのか?毎年大掛かりなものが出てきます。
 一緒にいた交番のおまわりさんに聞いたら、不法投棄は現行犯でも注意警告するのが精一杯で即逮捕や拘束できないそうです。県などから以来があって、調査をして証拠がためして法的な手続きを踏んでようやく犯人逮捕が現実だとか。

 昨年はがけ下に大型の冷蔵庫を捨てていった不届き物がおり、後日有志がクレーンを使って引き上げましたが、今年は崖の途中に洗濯機が2台ありました。担ぎ上げました。
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 そういう人が、何で捨てていったのか?消火器が大量に捨てられていました。2002年や2003年に製造されたもので、我が家の消火器など20世紀に買ったまま中身の詰め替えもしていないので、こちらのほうが上等です。
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 一個もらってきちゃいました。
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大豆

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 昨夜テレビを見ていたら、大豆を巡る攻防について報道していました。世界最大の大豆輸入国中国の台頭で、世界の大豆相場が動くことや、アマゾンの密林を切り開いて大豆生産に乗り出すブラジルのことを紹介していました。

 ハルビンの郊外、黒龍江省は大豆の産地で、大豆や小豆農家もたくさんいますが今は苦境に立たされています。もちろん外国からの輸入の影響です。貿易はしばしば自分の国の産業を弱体化させてしまうもので、弱肉強食といってしまえばそれまでですが、日本の農村なんてその代表かもしれません。中国にも貿易の障害は現れています。

 最近、中国農民も危機を感じたのか遺伝子操作した大豆に対して関心が集まっているようです。
 中国から農産物を仕入れるウラジオストクも似たようなもので、中国産農産物の残留農薬を気にしています。友人は果物の甘みを調べる糖度計で残留農薬が調べられると思い込んでいて、何とか手に入れてくれというので、以前私が使っていた糖度計を、ウラジオストクにデートに行く会員さんに持っていってもらいました。
 絶対こんなもので農薬など検出できるわけないのに、何を規準にしているのか?糖度計で野菜や果物の汁を計測して「安全な食材だ」と納得しているのですから、この人たちはどんな環境でも生き抜けるに違いない。
 血圧計や体脂肪計など「計る」道具を預けると夢中になるロシア人の民族性。血圧計が一番喜ばれます。
 余計なこと言わなければ良かったのですが、糖度計で自動車のラジータークーラントの凍結温度がわかると言ったら、また夢中になってしまい、余計なおもちゃを与えたと後悔しました。ラジエターのクーラントはエチレングリコールで凍結を防いでいて、これに甘みがあるために糖度計で濃度が測れるだけのことです。そういえま昔ワインに甘みを出すためにジエチレングリコールを添加した事件がありましたね。

 日本よりも遥かに多くの大豆を食べる中国の食生活。バイキング形式が多いホテルの朝食には必ず大豆を使った料理が並びます。中国料理は大量の油を使うので大豆に限らず、ひまわりや落花生も大量消費します。

 大豆の根には根粒菌と言う菌がおり、これが土壌の窒素を固定し土壌を豊かにしますが、この菌のために連作はできません。
 私は休耕する田んぼや畑に大豆を蒔いて土地を休ませ養分をたくさえるために利用して、間作としての大豆を作っています。余った大豆は豆腐や味噌、納豆作りに村の農村公社で買い上げてくれますが、地元の大豆は不足しているそうです。

 大豆は雑草に弱いので草むしりが大変ですが、意識して無農薬で作っているわけではなく、農薬買うと採算が合わないだけのことで、自分の身体能力を超えるほどの大豆を作れば、除草剤も必要になってくる。難しい選択になります。

 先日町から配布された町内5箇所の公営温泉センターの利用カードを持って遊神館という温泉センターにいてきました。本当に入湯税の50円だけで入れました。それだけでは申し訳ないのでざる蕎麦を食べてきました。
 村人は見栄っ張りなので入館料なくしてもそれに見合うことをしていくと言う役場の読みはたいしたもので、風呂の中でも「ビールの一杯も飲んでいかないと居心地が悪い」などと話が飛び交っているので、値上げよりも遥かに効力がある値下げの一例かもしれません。
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 奥平温泉と言う温泉で、私が子供の頃からあまり熱くないお湯が出ていて、一軒だけあった旅館が立ち退いてから温泉はそのままになっていたところを当時の村役場が買い取り、10年ほど前に日帰り温泉センターにしました。
 前の所有者はねずみ講を作り出した男で、いわくつきで誰も手を出せない温泉で、村が間に入るまではそのままお湯は川に捨てられていました。
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 通常2時間400円ほどする温泉センターですが、お湯は湯冷めの早いお湯で私はその効用をあまり評価していません。遠赤外線方式のサウナがあり、これが気に入っているので時折来ます。
 休憩所の広間では旅芸人の演劇が公演されたこともありました。
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 廊下には地元の絵画クラブの水彩画が飾られていました。この温泉センターができたときには私も油絵を飾らせてもらいました。
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 中国式の漢方マッサージ。もともとのマッサージの師匠はハルビンから来ていましたが、今は地元に住む中国人の多くさんがその師匠に学んだ技術で営業しています。
 評判もよく遠くから来るおなじみのお客さんもいるようなので、腕は良いのでしょう。彼女が独立開業を目指してマッサージの勉強を始めたとき、「できっこない」とやっかみのような白眼視する人は多かったものですが、ご亭主もそうした声に耐えて「だめもとでやってみろ」後押ししていましたし、何事もなせばなるで、最近では「たいしたもんだ」と誉め言葉を耳にすることも多くなりました。
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 須川川は上流の山から鉄を含んだ水が湧き出ているために魚が棲めないとされています。川に流れ込む沢には魚がいますし、水の量が多いときには魚を見かけることもあります。県境の山を隔てて反対側の新潟県では苗場スキー場下に流れる三国川で、この川も鉄が流れていて魚が棲めないと言われているので、同じ水が太平洋側と日本海側に流れ込む分水嶺です。
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幽玄

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 ハルビンのロシア料理店に西郷ドンが行って見たところ、ロシア人の客が数人きていたそうです。
 西郷ドンはロシア語がわからないので、ウェイトレスの胸につけている名札になんて書かれているのか聞いたら、オクサーナやリュドミラなどロシアに名前で、もちろん彼女らは生粋の中国人。
 以前、西郷ドンとドイツ料理の店に行った時も、従業員が西洋風の名前の名札をつけており、アンソニーだとかミシェルなどおよそドイツらしくない名前で笑ってしまいました。
 日本料理店に行った時には普通の本名の名札をつけていたと記憶していますが、日本人の名前など名乗りたくないでしょう。と、思いきや、「日本人の名前の名札をつける日本レストランもありますよ。」なんか、急にオミズに見えてしまいました。

 李小姐が言うには、大学の英語の授業で先生が洋風の名前をつけてくれて、授業ではお互いをその名前で呼び合うのだそうです。ところで、あなたはなんて名前?と聞いたら「恥ずかしいから教えません。」李なのでビビアン・リーなんて言ったら笑えますが。



 急な坂道が多いウラジオストクでは地下鉄を作って市民の足にすることは難しいでしょうが、モスクワの地下鉄は防空壕を兼ねて作っているので、ウラジオストクの上の居住地域と、下の市街地ほどの高低差があるそうです。
 日本のエスカレーターが止まって見えるほど、ものすごいスピードで登るエスカレーターが客を運ぶので、わずかの時間で地上まで上がってしまいます。
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 そうか、海辺は地上を走りそのままトンネルに入り、駅から上に高速エスカレーターで人々を運べばいいわけか、と、話を聞いてから考えました。
 問題はそこからどうやって日比谷線に接続するかで、新潟駅からウラジオストク駅までは初乗り料金160円で行けるとものすごく便利になると思います。ロンドンでは地下鉄の初乗り料金が3ポンド、1ポンドが210円前後ですから、600−650円です。
 ロシアの地下鉄車内。
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 例年、5月の今頃はからっとした晴天が続き、風が吹くと畑の土が砂埃になって舞う季節です。日差しが強いので外にいると一番日焼けする季節で、温泉センターに行くと農家はすぐにわかります。薄着や半袖で過ごす夏と違い、まだ長袖なので、首から上と手首から先が極端に日に焼けて黒くなり、ツートンカラーになっています。
 夕方、霧がわいてきて里が隠れるととても幻想的な景色になりました。
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 日本というより、雲南省や四川省の少数民族の土地みたいで、こんな写真を西郷ドンが見たらまたあらぬ誤解をするだろうな。彼は私には何かわけがあって政府が人里離れた山奥に追いやったと疑っています。文化大革命の反共分子ではないのだけど。
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 レンゲツツジです。ツツジよりも大きな花で淡くかつ鮮やかな色をしています。赤城山がレンゲツツジの名所ですが、赤城のレンゲツツジは6月中ごろでしょう。
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 霧に良く似合う花です。
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言われて見ると

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 個人的には肉類は好きで強いほうだと思っていますが、2食連続で肉が出て来るとさすがに疲れてしまいます。30,35,40と5年ごとに日本在来種の食生活に回帰していくような思いがします。
 「ミャーサ?イーリ ルィーバ?」”肉がいいの魚にするの?”と聞けばほぼ間違いなく「ミャ〜サ(肉)」と言って来るロシア女性ですが、脂身を好む人は少ないようです。血の滴るレアなんて絶対に食べません。

 ロシア人よりも遥かに肉食に偏った生活をしてるUSAに行って気になったことですが、歯の矯正をしている少年少女が多いこと。歯並びが出生や信頼にまで影響するそうですからそれも文化ですが、あごのラインが細いことも気になりました。
 ロシア人は固いパンを食べつけているので、見た目よりもがっちりしたあごと首を持っている人が多いです。カルシム分が多い食事というよりも、日本の食事にカルシウムが不足しすぎているようですが、骨格同様に歯もしっかりしている人が多いです。

 ウラジオストクの街中でよく売られているロシア製のするめイカ。皮をむかないでそのまま天日干ししたものですから、硬くて容易に噛み切れません。これをコリコリとかじっているのですからたいしたものです。

 歯の悪い人は仕事ができないそうで、もちろん病院通いで仕事に差し障ることもありますが、しっかりはを食いしばれないということは仕事にも良い影響が出ないということです。
 歯が悪い、よく噛めない、胃が悪くなる、腰に影響が出る、太る原因になるなどロシアでも言われていること。
 

 健康検診の日でしたが、このところ雨の中の田んぼ仕事などが祟って、腰が痛くてならないので、こんな状態のときに健康検査をするとろくなことにならないので、検診車の来ている場所まで行ったものの、後日あらためて健康状態が良いときに受けることにしました。
 実は、昨夜、晩飯代わりにチーズをたっぷり乗せたピザを作り、冷たいウーロン茶を飲みながら食べていたら、胃の中の様子がおかしくなりました。もしかして冷たいウーロン茶のおかげで腹の中でチーズが冷えて固まったのではあるまいか?寝ていても胃もたれのように違和感がありました。


 日本紹介のページで、ウラジオストクから問い合わせが来た写真ですが、OLが外で弁当を食べている日本ではありふれた光景です。
 何で、こんな路上で食事をしているのだ?人に見られて恥ずかしくないか?何かのデモか?
 森や公園の中でお昼を食べていれば納得できるのでしょうが、会社の玄関前でこんなことをしていれば何かの抗議行動に見えるのでしょうか?
 ウラジオストクの公園のベンチで、路上販売のピロシキを食べていると、大きな犬を連れた年配者が通りがかり、犬が目の前でウンコしてそのまま立ち去ってしまう。なかなか迫力ある光景です。
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 さもありなん?誰が見ても成人式の光景です。「お祭りの女性たちですか?」「日本のホステスですね。」
 浴衣と着物、振袖と留袖の違いなどわかりませんし、「何で顔を白く塗らないのですか?」と聞かれても、何でだろうねぇ?今度調べておくね。としか答えられませんでした。
 昔からそういうもんだ!ということを質問してくるので、日本の紹介は気が休まらないです。
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 言われてみると、どういうときに顔を白く塗るのだろう?何でここまで真っ白に塗るのだろう?
 昔、暗黒舞踏と呼ばれる舞踏集団が路上で奇妙な踊りを披露していたこと、髪の毛も眉毛もそって全身真っ白に塗った舞踏家たちを目にしましたが、こうなると誰が誰なのか個人の区別もできかねるほど、人間は似ているものだと思いました。
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 神道の結婚式、花婿さんが外国人であることに注目してほしかったのに、「先頭を歩いているのは韓国の民族衣装ですか?」
 言われてみると、”チャングムの誓い”に出てくる宮中女官や役人の服装が似ていることを思い出しました。色使いが違うので、似ているなとは思っても細かな違いを見て別物と思うように見ていましたが、外から見ればどちらも同じようなものなんでしょう。
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在留資格

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 ロシア人と結婚してロシアに暮らす日本人は、どういった在留資格で滞在しているのだろうか?
 ある意味、ロシアは外国人にとって日本よりも居住権が取得しにくい国かもしれません。
 友人の日露カップルの場合、1年間有効のビジネスビザで奥さんはロシアに滞在しています。毎年ビザが切れる前に新しいビジネスビザの申請をして日本に帰り、新しいビザが出るとロシアに戻ってきます。
 別のカップルの場合、奥さんはロシアの居住権を取得し、5年毎に居住権の更新をします。こちらは申請に必要な書類の数が多く手続きも難解なので、比較的簡単に1年間滞在できるビジネスビザを選ぶカップルは多いようです。ビザの切り替えに里帰りもできます。

 このところの経済発展で物価が高騰するロシア、ビジネスビザの申請料金も値上がりし、友人のカップルも書類をそろえて5年のロシア在留資格を取得しようかと検討中だそうです。

 ナホトカで漁師をしている日本人にあったことがあります。奥さんはナホトカの女性で、ロシアでの生活を選んだ男性です。
 ウラジオストクで生活する日本男性もいると聴いていますが、個人的に出会ったことはありません。
 将来石油のパイプラインや、ロシアへの企業進出がふえてくれば、ロシアでの生活を選ぶ日本人も増えることでしょうが、在留資格の手続きと言う難解な問題も待ち受けています。

 ハチの抗体検査を受けに前橋まで行ってきました。送電線の下草刈仕事を受けるために3年に一度この検査を受けなければなりません。
 あえて検査を受けなくても私はハチのアレルギーを持っていて、今までにもアナフィラキシーショックを起こしています。刺されてみないとわからないほとのための検査でもあります。
 ハチに刺された時に自分で腕に注射器を刺して対処できる携帯用の薬品も出ていますが、日本の場合法律で注射を打つことへの規制があるので情備品として携帯できません。官僚か政治家がハチに刺されてショック死するようなことがあればすぐにでも認可されると思うのですが、そういえば肝炎ウィルス検査が健康検診で受けられるようになったのも、河野元外務大臣が生体肝移植を受けたことがきっかけだったように思えます。
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 町役場から面白いカードが配布されました。住民一世帯に一枚ずつ町内の町営温泉センターの無料利用権が配布されました。無料といっても、入党税の50円は支払わなければなりませんが、今まで4−500円払っていた温泉センターが気軽に利用できるようになります。
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 旧私の村には温泉センターが2箇所ありましたが町村合併したので5箇所に増えました。毎日温泉に入っているので何で温泉センター?と言われると、サウナがあるから行きます。
 温泉センターの広間を会議に使うこともありますが、風呂に入るわけでもないのに入館料支払う理不尽を感じていました。50円ならまぁいいかになりそうです。値下げによる景気回復作戦でしょうか?
 このカード一枚で家族全員使えるわけですが、世帯構成員を自分で書き込むところがミソですね。なんか問題が起きそうな気もします。
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 牡丹の花が咲き出しました。昔は妙に景色になじまない色合いで辛気臭い花に思えて好きではなかったのですが、最近は少しずつこの花の良さがわかるような気がしてきました。日本人が桜をめでるように中国では牡丹が国を代表する花です。
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 牡丹の肌色のような花の色が、高揚した女性の肌のようで卑猥に思えた時期があり、こうした色の濃い花のほうが「許せる」思いがしていましたが、最近は淡い色が心地よく思えるようになってきました。濃い色のほうが絵にするには楽だと思っていましたが、コントラストの弱い淡い色合いが周辺ににじむ感覚も好きになって来ました。
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 まだ花びらが開いていない淡い色。バラにも似たような色があります。
 首が落ちるように花がポトリと落ちるからと、牡丹や椿は武士に嫌われましたが、桜だって華々しく散るではありませんか。バラの花は花びらが一枚一枚はがれるように落ちていって、これはこれでまた違う散り際の美学があるように思えます。
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奥様は外国人

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 ロシアの銀行キャッシュカードは日本で使えるか?なんでも、日本に中古車を買い付けに行く人たちが、現金を持っていかず、ロシアの銀行のキャッシュカードを持って行って円を引き出して買い物をするとかで、耳新しい情報が入ってきました。
 こういうことを日本在住の奥様方に「どうなの?」と聞いても、半分浦島太郎になっているようなものなので、キャッシュカードが普及していることさえ本気にしないことさえあります。

 1999年4月にウラジオストクに行った時はキャッシュディスペンサーなどどこにもありませんでしたが、9月に行ったら中央郵便局に新設されていました。今はあちこちにできています。

 12chの「奥様は外国人」を見ていたら、予告ではロシア女性となっていたのに、リトアニア生まれでウズベキスタン育ちでモスクワに住んでいた女性で、今の国籍はウズベキスタン、何人なんだろう?ソビエト市民と言うのが一番正解かもしれません。
 ウラジオストクもウクライナはベラルーシなど、現在は独立した旧ソビエト圏から来た人たちが大多数なので、ルーツを示すのか現在を示すかでとらえどころが変わりますが、みんな一様に「私はロシア人です」と答えるでしょう。

 番組の中でその女性が中学生の息子さんのことを「男性に必要な気の強さがない」と心配していましたが、日本で言う温厚で優しそうな少年でした。彼女の男性に必要な言う気の強さとは凛とした潔さのようなものだと思うのですが、喧嘩しながら身につけていくものもおおいです。
 日本的な「気の強さ」の中には「向こう気の強さ」も含まれますが、だいたいハッタリかます人ほど脆く弱いもので、気の強さとは逆です。こういうのは女性の領分で、男性がノイジーでは女々しいだけです。

 番組の最後にこの女性が不思議に思う日本について質問が出ていました。「なぜお風呂に一緒に入るのか?」
 特に娘が父親と一緒にはいることを嫌がっていました。
 これも日露カップルの間でよく起こる問題で、娘が男性の前で肌を出すことに抵抗がなくなるから父親と娘が一緒に風呂に入るのは良くないとロシア人はよく言います。
 ぜんぜん気にしないで娘をお風呂に入れるのはパパの役目と言う日露カップルもいますが。

 小樽でロシア船員の風呂のマナーの悪さに、出入り禁止にしたら「人種差別だ」と問題になったことがありますが、日本人もホテルのバスルームでお湯をあふれさせてトラブルを起こします。


 送電線の下草刈の下見と、倒木の処理に赤谷湖の上流に行ってきました。
 八重桜が満開でした。
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 マガモの家族がいました。マガモご一行様は既にシベリアに帰っているので、入管式に言えば不法残留ですが、この土地で繁殖するのだろうか?
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 カルガモとマガモ、メスはよく見ないと見分けがつきませんが、マガモのオスは首が青いのですぐにわかります。人になれているのか?近寄っても逃げません。
 冬の渡り鳥はシベリアから来ると言われますが、マガモなどカムチャッカやアリューシャン列島など真北の方角から来る集団が多いようです。
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 そのまま夏もすごすマガモはよく見かけますが、コブ白鳥がいたのでこれにも驚きました。白鳥が飛来してくることなどめったにないのですが、今年は白鳥が湖にいると言われ半信半疑でした。
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 一羽だけなのか?他にもいるのか?わかりませんが、このくらい大きな鳥になると獣や猛禽類にもねらわれないのでしょう。
 この近くで冬の雪で倒れた木を切っていたのですが、チェーンソーの音にも驚かず悠々としていました。
 山仕事をしていると野生動物や猛禽類に影響が及ぶからとチェーンソーやエンジン付きの草刈機を使わせない地域がありますが、よく見ていると、近くで土木作業していようがブルの音が鳴り響こうが野生動物は特に変化がありません。
 それより視線に対しては過敏で、バードウォッチャーなどが覗く望遠鏡のほうがよほど脅かすようです。特に鷲や鷹など視線に対して過敏に思えます。
 カメラでもファインダーを覗き込むと逃げ出すので、胸の位置に構えたまま2m程度まで近寄って写しました。
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 カヌーとカヤックに乗っている人たちがいました。駐車場にあった自動車のナンバーが熊谷ナンバーだったので、埼玉県から来た人たちでしょう。
 視線に敏感な人たちで、カメラを構えるとポーズをとるので、視線を向けないで艪をこいでいる姿を写しました。
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 この湖で毎年カヌーの大会を開催しているので、おなじみの顔ぶれが来るようになった常連さんですから、無茶もしませんし、汚していくようなこともありません。
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 釣り人もいたので、チェーンソーでガーガー大音量を響かせることを申し訳なく思いましたが、私たちが作業をして白鳥やマガモを見て帰るまでの間、移動することもなくその場に座ったままでした。
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 湖のほとりのテニスコートの周囲に咲く八重桜の道。
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春?

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 もうすぐ来日する女性会員とウラジオストクのスタッフが日本領事館にVISAの受け取りに行ってきました。
 いつもは朝一番に行ってビザを受け取ってきますが、今日は事務所を出るのが遅れ、お昼近くなったので”午後に出直しかな?”と半ばあきらめて行ったら、昼時間なのに係員が残っていてすぐにパスポートを出してくれたそうです。

 日本領事館のVISA審査は厳しくなったけど、応対は親切でよくなったとウラジオストクの事務所は言ってます。

 私がウラジオストクのオーヴィルに外国人登録に行った時は、係員がお昼休みの最中で、そのまま列に並んで待たされたことがあります。整理券でも配ればよいのにと、半日つぶされた思いがしました。

 今日は朝の通学路の信号に立つ日だったので、7時から赤色灯を持って国道の信号に立っていました。
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 7時半ごろには交番のおまわりさんも来てくれて、一緒に通学を見守っていました。
 3人ほど顔を見かけなかったので、家に電話したら1人はおなかを壊して休みで、2人(兄弟)は寝坊しておじいちゃんが自動車で送っていったと言うので、全員無事通学。
 この春市街地から赴任してきたおまわりさんなので、「誰が通ったかなんて、みんなの顔を覚えているんですか?」と驚いていましたが、人数が少ないしいろいろな行事で子供たちとも年中顔を合わせています。
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 自動車よりも人間のほうが恐ろしい時代になってきたので、通学時間帯にはパトカーも巡回してくれています。
 ウラジオストクでは親が学校まで子供を送り迎えすることは当たり前で、その時間帯に仕事を抜け出すことも認められている会社が多いと聞いていますが、日本では働く場所と住む場所が離れているので難しい問題です。

 顔見知りの集まりの田舎では不審人物は目立ちますし、行政や相談員など地域ぐるみの連携もできているので、プライバシーは低い反面、安全性は高いかもしれません。
 安全は協力し合って作り上げていくものなので、ストーカーや脅迫電話などがあったら生活安全課や交番に気軽に相談してください。

 いつも遅刻ぎりぎりに学校に行く中学二年生が最後に通過して、朝番は終了。
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 「よくこの冬を生き延びたもんだと自分を誉めたくなるよ。」と。豪雪に見舞われた今年の冬を振り返って年配者の声を耳にします。一緒に田んぼつくりをしている友人も、今日はしみじみそんなことを言いました。親戚が屋根から落ちる雪の下敷きになって亡くなっているので言葉にも重みがありました。

 この冬、肋骨骨折して満足に動けなかったこともありますが、私でさえ、雪の一番厳しい時期は”こんなところ出て行きたい”と思ったこともあります。そのつど”泣き言を言っても始まらない”と、見る角度を変えたり、自問自答しながら”決して口に出すまい”と、その言葉を飲み込んできました。

 この冬は雪につぶされた家や小屋をいくつも目にしましたが、ようやく片付けや改修が進みはじめました。
 天災からの復旧は外から見るほどたやすいものではなく、一昨年の新潟の自身を見ていても、保険などの問題もありましたが、まずは自分の気持ちが立ち直らない限りどうすることもできないのが現実です。
 ”もうだめだ”とあきらめない限り道は必ず開けてくるものですが、落ちるところまで落ちた気力をそこまで戻すのは並大抵の強さではないと思います。あらためて神戸や新潟の人たちの強さに頭が下がる重いです。
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 雪も溶ければただの水なんですが、春が永遠に来ないのではなかろうか?と不安になるほど、雪に閉ざされることで長く暗く重い気持ちにさせられていました。

 身動きままならない長く重い冬。ウラジオストクもハルビンも雪こそ少ないもののそれは同じで同じで、なるほど、明るく楽天的に考えることも特効薬と思います。
 彼らが弱音や愚痴や泣き言を言わないのはただ単に言葉が通じていないからではなく、一年の半分は厳しく重い雰囲気にのしかかられて鍛えられているので、逆境に強い人が育つのかもしれません。

 元小結琴稲妻(現・粂川親方)の生家。今は別の場所に家を建て、この建物は物置のようになっていましたが、それだけに屋根の雪落としがまにあわず、屋根が抜け落ちてしまいました。
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 先月の町議会議員選挙で同級生の候補者の応援に粂川親方が来たときに、自分の生家の有様を見て言葉を失っていたそうです。
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category日記

バイタリティー

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 男女問わず、中国やロシアから日本に来て日本で生活し活躍している人はたくさんいます。逆に、日本からロシアや中国に行って生活していける人はどれだけいるだろう?と考えると、心細くなってしまいます。
 外国で生活する日本人も多いのは事実ですが、日本の企業などの母体があって、そこから派遣されている人たちがほとんどで、自分でその土地の人間になって生きていけることはすごい能力ではなかろうか?と尊敬してしまいます。

 もし自分が単身中国に行って、勤めるなり自営するなりして生活できるか?と問うと、言葉の問題を抜きにしても難しいと思います。あのスピードと変化の早さにはついていけない気がします。
 ロシアでは?何とか生きていけるだろうか?と自信があるようなないようなところです。
 そう遠くない将来、日本からロシアに仕事を求めていく人も増えるとにらんでいますが、大切なのは若さでしょうか?バイタリティーでしょうか?

 このところそれなりの年代の男性には厳しさを増すばかりの日本の社会事情ですが、日中カップルの場合「日本でダメなら中国でやり直せばいいじゃない」と強気でしりを叩く奥様方が多いので、気落ちしてはいられないようです。
 ロシア女性はその前に男性の気落ちや人に寄りかかろうとする甘えを許さないところがあるので、弱気の片鱗も見せられません。
 張り合いと重荷は解釈次第で紙一重かもしれませんね。

 夕方、教えを請いたいことがあって中学時代の恩師の家に顔を出したら、息子さんが来ていました。私が中学生だった頃はまだ幼稚園か小学校に上がったばかりで、恩師の家が中学校から近かったこともあり、部活の時間になると学校に遊びに来ていて、私達のおもちゃにされていた子供でした。
 今は東京で弁護士をしていますが、連休中は休むまもなく、ようやく休暇が取れてこちらに顔を出せたそうです。

 彼はこの冬、仕事で高知に行った時に徳島の祖谷村に行って、かずらで作ったつり橋を体験した話を聞きました。私も7−8年前に行った時に渡ってきましたが、通行料4−500円とられたと記憶しています。
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 こんな橋を作れないものだろうか?と言う話題になりました。
 6月になれば送電線の草刈が始まりますが、その山道には何箇所か私達が通行するために作った危なっかしい橋はあります。
 この冬の大雪で、あちこち道が崩れたり雪で流された橋などがあり、土木の人たちが修繕している最中です。

 祖谷に行った時、”変わらないこと”と”変われない”ことは随分違うのだけれど、良いものは時代を経て評価されるようになるのだな?と考えたものです。
 それが即、生活のための金銭にならないのが現代社会で生きるうえでの厳しさですが、快適で近代的な生活を望む”そこに住む人たち”と、変わらないで懐かしさをたたえたままでいてほしいと”よそに出た者達”は同じ故郷を共有していてもギャップが生まれます。
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 海とはまったく縁遠い土地で生まれ育っているので、若かりし頃は離れ小島で生活してみたいと思ったものですが、職場で嫌われ島流しが現実でした。
 勝手の違う海での生活にどれだけ順応できるか?と、想像すると、ほとんど無理ではなかろうか?とあまり好ましい思い付きが浮かばないのですが、どんな環境下に嫁いでも順応してしまいそうな女性はメンタルの面では男性よりはるかに強い下地を持っていると思えてなりません。
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 地元の春の薬師祭。3月3日のざる観音の祭に始まる地域の春祭りもこの時期が最後になります。
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 本来は昨日準備をするはずでしたが雨のため、今朝、住民総出で飾り付けをしました。私は田んぼ仕事があるので途中抜けさせてもらい、片付けにまた戻ってきました。
 薬師祭は5月と10月の第二日曜と決まっているので、昨年の春祭りは5月8日でした。
 子供達の描いた灯篭。


 この周辺に10ヶ所の石仏が祭られており、春5箇所、秋5箇所、法院様が周って供養します。
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 忠霊塔もあるので、戦没者の遺族もやってきます。
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 この2−3年、婦人会が「私達は地域や家庭に従属しているのではない!」と、イベントのたびに反乱を起こすので、そこをなんとかとお願いしてバザーを開いてもらっています。
 昔はこうしたお祭ごとでは男性が一杯飲んで酔いつぶれ、女性が片付けなど裏方仕事でしたが、こうした甘えも通用しなくなっています。
 私達は、昔からのことだからで済まそうとしますが、もはやこうした”伝統?”が通用しないのも現代女性。女性のバイタリティーの源ってなんだろう?
 今のところ、非常にギクシャクして険悪な男性陣と女性陣ですが、そのうち世代交代すれば女性達の主張が常識になっていることでしょう。
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category日記

画家

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 11日、サハリン沖で日露合同化以南救助訓練の最中、ロシアのヘリコプターが海に不時着水し、合同訓練に参加していた日本の海上保安庁の巡視船などに救出されたものの、ロシア人パイロットが1人亡くなりました。
 もし亡くなったのが海上保安庁の職員や自衛隊員だったら日本のメディアは蜂の巣をつついたような騒ぎになったことでしょうが、妙に静かなのでその無関心が気になります。

 映画「ダ・ヴィンチコード」の影響なのか、このところレオナルド・ダ・ヴィンチに関するテレビ番組が多く見受けられます。それもオカルティックな目線で。

 ダ・ヴィンチが描いたモナ・リザの絵が、パリのルーブル美術館から上野の国立博物館に来日したのは1974年の今頃の季節だったと思います。担任の先生が上野まで行って長蛇の列に並んで見てきた話を聞きました。「人と人との隙間からちょこっと見えただけだった」と残念がっていました。

 この来日でモナリザの一大ブームが起こり、日本でも広く知られるようになった気がします。その前年に郷ひろみが「モナリザの秘密」を歌ってその名前が知られるようになっていたと憶えていますが、「秘密」とダヴィンチやモナ・リザの絵が持つ「謎」が人々の関心を引いたのかもしれません。私達は「本物を日本に持ってきたのだろうか?よくできたニセモノを持ってきたのではなかろうか?」などと噂したものです。
 タイガースも「モナリザの微笑」歌っていましたが、そのときは絵はあまり感心もたれなかったような気がします。

 それまで美術の本でもなければ目にすることがなかったモナ・リザの絵がいたるところで見かけられるようになり、文字や数字でモナリザの絵を描くことで、コンピューターがその性能を見せ付けました。

 何度も紹介しましたが、日本でもよく知られている「百万本のバラ」は元々はラトビアの作曲家のライモンド・パウルスの曲に、ラトビア人の作詞家のレオン・ブリディスが歌詞をつけた「マーラが与えた人生」と言う歌でしたが、ラトビア語だったために、ヴォズネンスキーがロシア語でまったく違う歌詞をつけてヒットしました。

 グルジアの放浪画家のニコ・ピロスマニをモデルに「百万本のバラ」の歌詞は書かれました。
 実際に町中のバラを買って送ったのかは定かではありませんが、ピロスマニが酒場で踊る踊り子に入れあげたことは事実らしく、その踊り子をモデルに書いた絵があります。
 女優マルガリータ
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 昨年の愛・地球博のコーカサス館にこの絵は飾られたそうですが、グルジアでは国民的画家ニコ・ピロスマニの絵は門外不出なのだそうで、精巧なレプリカを作り、それを日本で展示したそうです。

 農村公園公社で作っている地元の大豆を使った納豆。他にも地元の大豆を使って豆腐や味噌を作っています。しかも私が作った大豆もその中に紛れ込んでいます。
 「今作ってる納豆はお前さんが作った大豆を使ってるぞ。」と言われ、どんなものなのか?と、買ってきました。
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 大豆の種類は決められていたものの、大粒の大豆なので、味噌か豆腐に使われているものだと思っていましたし、納豆にはむかない大豆だと思っていたので、納豆になっているとは意外でした。個人的には小粒の納豆が好きなので、何で豆腐か味噌にしてくれなかったのだ?と納得できない思いでした。
 食べて見たら、はっきり言っておいしくない。釈然としない思いですが、細かく轢きわり納豆にして味噌ラーメンに入れてみたらひき肉のようで、おいしく食べられました。
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category日記

和服

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 昨日、予想より大幅に早く在留資格認定証明が出てしまったハルビンの会員さん。女性のほうも日本語学校に通っている最中で、嬉しい悲鳴です。勉強にも力が入ります。
 
 ロシア女性と違ってハルビン女性は来日までの間に料理を勉強したり、裁縫を勉強したりいろいろ準備をするもので、家庭観が日本と近いのでこういうことも珍しくありませんが、最近の日本では絶滅の危機に瀕している「妻」の姿を持っているような気もします。

 日本を紹介するHPに京都で舞妓さんや芸子さんを写した時の写真を掲載していますが、着物の色柄の美しさに女性たちが大喜びしてくれるようです。
 「みんな視線が違うところを見ていますが、舞妓さんはカメラを見ないのですか?」と鋭い質問をされてしまいました。

 舞妓さんがこちらを見ないのではなく、私が臆してしまって写せないだけです。視線が会うとカメラから目を離してそちらを見つめてしまうもんですから”言い寄られたらどうしよう?”とドキドキしてシャッターなんか押せません。
 手練れた爺さんカメラマンは臆するどころか、ポーズまで要求していますが、そんな大胆のことは私にはできません。
 人様が足を踏み入れない山の中や、苛酷な自然環境に出向いて写真撮るのは得意ですが、人間を撮り慣れていないのでどうにも腰が引けてしまいます。

 シャッター押せなくておどおどしているうちに通り過ぎて背後から写すというのは得意なんですが。


 無礼を承知で、着物を着て真っ白なドウラン塗りたぐっても元の素材が…と言える芸子はんも稀にいるもので、こうなると親しみがわいて近寄れますが、美しい舞妓はんと野生動物は遠くから望遠レンズで写すのが流儀?
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 日本人の体格も良くなって、着物も身長の高い人が見栄えがするように思えますが、やはり、オリジナルのニッポン女性と並ぶと、妙にバタ臭く感じます。
 
 歩く姿が雲泥の差があるのは致し方ないにしても、何が違うのだろう?と考えると、肩のラインなんですね。
 最近は肩パットを入れてまで肩のラインを強調する女性が増えていますが、着物の場合、なで肩のラインが美しいのではないでしょうか?
 なで肩はうなじのラインが美しく見えるようで、これが日本的な艶やかさではなかろうか?
 それと、ニッポン女性は正面で構えないんです。微妙にどちらかの肩が前に出て、足は反対側に向くので、体のラインが見えない着物でもそのくねったからだが艶やかなんですね。
 なで肩が多い日本人は背広を着こなすのに苦心する現代ですが、着物にはなで肩が似合いますね。
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 スタイルと言う意味では訪米人や中国人のほうがはるかに良いと思いますが、派手な顔つき体つきが派手な衣装にかき消されて、なるほど日本人の地味な顔つきが着物と相乗効果を持つのか?
 などと考えながら、お願いだから着物買いたいなんていわないでね。と願っています。
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 それと、この尻の大きさ。帯止めの幅よりも大きい。
 膝から上が長いので足が太くなっていることにも気がつきにくいのですが、近場によって見ると高い位置に巨大なお尻が、ドカーンとそびえています。身が絵がして美しいことは美しいのですが、艶っぽさがないんです。
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 このバタ臭さ、浅草の仲見世で外国人向けに売っている浴衣のようで、「和の真髄」から縁遠いものですが、これがまた喜ばれます。
 浴衣を土産にウラジオストクにもって行った会員さんがいますが、女性のお母さんが大喜び、もちろん着付けなど知りませんし、会員さんも和服の着付けなんて知りません。が、お母さんは家の中で着る屋内着として、独自のアレンジで和服を着ているそうです。
 「それがまるで遊郭の女郎のような着こなしで、もちろん襟の合わせは右上。」
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category日記

水車

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 日本のゴールデンウィークや、ロシアの戦勝記念日の休みがあるので、日本領事館のVISA審査も時間がかかるだろうと、連休前に急いで来日の査証申請した女性会員のVISAが発給されました。
 「たくさん申請が出ていましたから、きっと時間がかかるでしょう。」とウラジオストクの事務所が言っていたので、来週ごろになるだろうと予想していましたが、随分早いので驚きました。
 「日本領事館は日本の祝日は休んでも、ロシアの祝日は働いている。」とウラジオストクの事務所は言っていましたが、日本の役人なら休日を優先して開店休業するに決まってる!と私は主張しましたが、領事館はロシアの休日にも休まず仕事をしていたんですね。

 夜、ハルビンの会員さんから、奥さんの在留資格認定証明書が届いたと電話があり、こちらも早かったので驚きました。
 案件の多い東京入管ですから、早くても夏ごろになるだろうと、会員さんものんびり構えていましたが、予想外に早く認可が出てしまい。「まだ新婚生活の準備もできていない」とあわてていました。嬉しい誤算です。
 夏休みを利用してハルビンに出迎えの訪中に行くと言っていました。

 予想外のことが、いい一日だったなぁ。


 もずが枯木で鳴いている おいらは藁を たたいてる 綿びき車は おばあさん コットン水車も 廻ってる
 みんな去年と 同じだよ けれども足んねえ ものがある 兄さの薪割る 音がねえ バッサリ薪割る 音がねえ
 兄さは満州に いっただよ 鉄砲が涙で 光っただ もずよ寒いと 鳴くがよい 兄さはもっと 寒いだろ

 サトーハチローの”もずが枯れ木で”です。小学校の時に満州帰りの先生に教わりました。後に、フォークの神様岡林信康が最も静かな反戦歌とよんでいます。

 ソ連の戦勝記念日でこの歌のことを思い出してしまいました。満州に行った兄さはきっとその後ソビエト兵に捕まってシベリア抑留されたに違いない。などと、思うと、戦勝記念日とは何たるものか?と思えてきます。
 でも、勝った者が正しい力の正義がこの世にはあり、その前ではいかなるいいわけも人情も負け犬の遠吠えでしかないこともまた現実です。
 国と国、国と個人、個人と個人、それぞれ付き合い方が異なって当然で、これがずべて同じだとしたら独裁政権下の住民達のようなものです。
 
 コットン水車とはどんな水車だろう?水車でコットンと鳴るのは水車小屋の中の粉ひきの臼や機械の音でしょう。でも、あれはコットンなんでのどかな音ではなく、ドカン、ギギギーに近い音です。
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 我が家の界隈では簡素化した水車でコットン水車と言うのがあります。水車の車をを作るのは高い木工技術が必要ですが、もっと簡単に二枚や四枚の羽で水車を回す方法があり、これをコットン水車とよんでいました。
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 原理は回転する獅子おどしで、獅子おどしは筒先に水がたまり、その重量で筒先が下がり、水を排出して戻る時にコーンと鳴る反復運動ですが、コットン水車はそれを円運動に換えたものです。
 車型の水車と比べると力がなくて、大きな機械は動かせませんが、水の少ない沢でも動かせるし、簡単に作れるので小さな集落にむいていました。
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 一昨年、コットン水車の粉挽き番のばあちゃんにお願いしました。1時間くらいかかると言われ、後で受け取りに行き、300円でした。時給300円?手ごわい仕事です。
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アレルギー

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 男性には理解できないことですが、女性は妊娠すると体質が変わるようで、食べ物の好みなども妊娠をきっかけに変わることも多いそうです。
 体質が変わると言うことはアレルギーなどもなくなってしまうことがあるそうで、妊娠をきっかけに花粉症が治った、アトピーが治ったという話を聞くことはよくあります。

 少子化問題で賑わう昨今、「子供を産んで花粉症を治しましょう!」なんて宣伝すれば少しは出生率が上がるだろうか?

 私事ですが、私の母は虫に刺されると膿む体質だったそうですが、私が生まれてからその体質が治り、代わりに私がその体質を引き継いでしまいました。
 男は妊娠で体質を変えることができないのでどうにもなりません。毎年温かくなって蚊やブヨが出て来るとこの体質のおかげでつらい目にあいます。
 昨年の8月末にはヒルが足に吸い付き、つま先が膿んで腫れてしまい歩くのも難儀な状態になりました。弟の嫁さんが出産してお祝いに行った産婦人科病院で、足を切開して膿みを出してもらうという非常に情けない経験をしました。


 郵便局にい行ったら近くの民家の藤棚がきれいな花をつけていました。藤色と言えば淡い紫色ですが、珍しく真っ白な藤の花です。甘い藤の香りが一面に漂っていました。
 写真を写そうと家に戻ってデジカメを持って来ました。
 この季節。花の周りには必ず奴らがいます。クマンバチ。
 肉食のスズメバチの用に凶暴なハチではありませんし、花から花へと花粉を運んで、結実にはなくてはならない虫の一つですが、こんなのが頭上を飛び交っていると気持ちが良いものではありません。
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 熊にひっかかれたり、イノシシに突っ込まれたり、マムシにかまれたり、ロシア妻に殴られたり、野性の猛威を経験してきた傷だらけの人生ですが、ハチだけはアレルギーを持っていて、アナフィラキシーショックを起こしてしまいます。

 過去に3回ほどハチ(スズメバチ)のおかげで意識がなくなる経験をしています。2度目3度目とだんだんその時間が短くなってきています。
 目や指先がかゆくなり始め、音がカラオケスナック並にエコーがかかって聞こえるようになり、周辺がだんだん暗くなって目が見えなくなり、息をするのに肺が膨らまなくなってきます。

 病院でインシュリンを打たれるとなんということもなく収まってしまいますが、そこから復活する時も苦しいもので、全身の皮膚の表面にサバの模様のような凸凹ができ、何がつらいと言われても意識がなくなっているときに医師や看護師さんに話しかけられて意識を戻すときで、「このまま眠らせておいてもらいたい」と思いつつ応答する時です。

 この藤棚の藤の花はブロック塀を超えて、歩道の頭上に覆いかぶさっています。
 小学校と中学校の間の通学路で、ハチのことをちょっと心配しています。2年前に新しい道が開いて、この界隈の子供しか通らなくなりましたが、通学途中の子供がハチに刺されたという話も聞きませんし、花にh地が飛び交うのも1−2週間のことです。「危険だから」と隔離してしまうよりは、日常に危険があることを意識させることももっと重要かも?
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 実はこの藤棚の信号付近は、見通しの悪さから交通事故がよくおきる場所で、朝の通学時間帯に交通指導員を立たせようという話がありました。新しく道ができて通学する人数も減ったので「いらない」と言うことになりましたが、ハチが飛び交う場所に立つ身としては”助かったぁ”と思っています。
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戦勝記念日

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 ロシアは戦勝記念日の休日。第二次世界大戦でドイツとの戦争が終わった日です。
 以前、日本語で「日本の戦勝記念日は8月15日ですね。」と聞かれたとき、「戦勝記念日?どちらかと言うと敗戦記念日では?」と一瞬思ったものの、戦勝記念日のほうが心地よい響きですし、できればそうあってほしかったからこう答えてしまいました。
 「そのとおりです!」

 9日と10日はウラジオストクの事務所は休みで、スタッフはダーチャに行って家族とゆっくり過ごしています。

 12ch系列で時折2時間番組で国際カップルを取り上げていましたが、この春から定番番組になったようで、こちらでは毎週火曜日夜8時から「奥様は外国人」と言うタイトルで国際カップルを紹介しています。
 今週は日露カップルは出なかったようですが、来週は日露カップルが取り上げられるようです。

 来週の火曜日(16日)はNHKでも夜10:30から「急増。キャリア女性の国際結婚」と言う特集があるようです。

 もはや国際結婚も特別なことではないと考えていますが、あと2−3年したら当たり前になりすぎて、こうした番組も成り立たなくなるような気がします。そうなってもらいたいものです。
 
 ウラジオストクから帰ってきた会員さんから写真をたくさん送っていただいたので、ウラジオストクの人たちの生活などのエピソードを入れながらHPのコラムで紹介していきます。

 
 夕方のニュースを見ていたら39500枚もの印刷ミスした1000円札が出回ってしまったとのこと。どこが違うのかはわかりませんが、日銀が発行した本物の紙幣だから特に回収することはしないそうです。
 収集家の間ではミスプリントした切手やお札にはプレミアがついて取引されることがあります。
 興味ない人にとっては自販機で使えない不便な札でしかありません。

 昭和20年夏、敗戦色が濃厚になってきた日本では、密かに大蔵省が大手印刷会社を総動員してお札の印刷をしました。
 戦後賠償で多額のお金が必要になることを見越して、空っぽの国庫に急ごしらえのお札を印刷してインフレ状態にして溜め込んでおきました。
 驚いたのは戦後に乗り込んできたGHQでもはや日本に余力はないだろうと国庫を除いたらお札が大量に残っていたことで、戦後賠償のだまし討ちのようなものですが、これもまた”したたかさ”です。意外と知られていませんが大蔵省のお手柄だと思います。


 名胡桃城の城跡の改修工事をしていました。豊臣秀吉の時代、名胡桃城は真田の領地、利根川を挟んで、沼田城には北条領地でした。川を挟んで北条の動きを監視するのには都合の良い場所でした。
 先ほどの大蔵省のように役人が国の隠れた功労者になることもあれば、大蔵省出身のなんたら議員のように手柄をあせって偽メールつかまされ、党ががたがたになってしまう例もあります。

 16世紀末天下人となった豊臣秀吉ですが、関東は北条氏が関東管領として牛耳っていて、まだ天下統一といえる状態ではありませんでした。
 この界隈も豊臣方の真田氏と北条方が川を隔ててにらみ合いをしている国境地帯でした。
 
 北条氏の沼田城代猪俣邦憲と言う殿様は「いっちょ北条の殿様に誉めてもらおうか!」と、真田真之の名をかたった偽の書状を名胡桃城代の鈴木主水に送りつけました。
 鈴木主水偽の書状にまんまと騙され「真田の親分に呼び出された」と出かけていった留守の間に猪俣はこの名胡桃城を乗っ取ってしまいます。

 ところが、これを聞いて激怒した秀吉は北条氏政に宣戦布告し、ついに北条を滅ぼし天下統一を成し遂げます。北条は豊臣と争う腹積もりはなかったようですが、部下の軽率な行動が「北条討伐」を招き、身を滅ぼしてしまいました。元祖偽メール事件の大舞台はこんな田舎のつまらない城取り合戦から勃発し、時代を変えてしまいました。
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 昨日も紹介したリンゴの花。戦乱の口火を作った城跡の周辺は、国道を隔ててリンゴ畑です。
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 リンゴの花の香りは甘く爽やかでいい香りです。これからリンゴ農家は摘花の仕事が始まります。枝にふさわしい実を残していきます。
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 例年ではまだ咲いていない山ツツジも咲き出しました。
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 モンゴル帝国800年を記念して、日本とモンゴルの合作でヂンギスハーンの映画「青き狼」が作られるようです。
 反町隆史がヂンギスハーン役で、記者会見で「ヂンギスハーンのお墓参りをして…」と語っていました。
 ヂンギスハーンのお墓がどこにあるのか?いまだに歴史のなぞなのですが…
 さらにつり好きで有名な共演の松方弘樹と「モンゴルで釣りでもして…」と語っていました。 
 モンゴルでは地域によっては魚は神の化身だから食べるなんてもちろんご法度、魚を釣ってはいけない湖や川があちこちにあるそうです。
 大丈夫だろうか?ヂンギスハーンは源義経だったなんて言い出して、モンゴル人の顰蹙を買ったりしないだろうか?
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リンゴ

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 「脳卒中や心筋梗塞(こうそく)など、重大な生活習慣病を引き起こす危険性が高い「内臓脂肪症候群」(メタボリック・シンドローム)とその予備群が、40〜74歳の中高年世代で2000万人近いことが、厚生労働省の調査で分かった。」

 こんなニュースが日本を駆け巡りました。私など、あえて医師の診断を仰がなくても一目見て内臓脂肪症候群予備軍とわかる体型なので、慎重に受け止めるべきか、仲間が2000万人もいると喜ぶべき?
 40〜74歳までの女性の5人に1人、男性は2人に一人が内臓脂肪症候群予備軍だそうです。
 私達が”歳をとると太る”と思っているロシア人が「私達よりも日本人のほうが太っている」と言うのもうなづけます。

 昨年の夏、肥満大国USAで知り合いだったトレーシーと言う女の子が、数年でトレーラーのような体型になり、ダイエットから来る拒食症で亡くなったという知らせを受けました。
 気にして気を病むよりも、健康で明るい肥満人生をと言いつつ、昨年から1年かけて体重を10kgほど落としました。
 農作業で腹が減る上に、このところあちこちでおよばれしているので、一週間で4kg増えてしまい、また節制です。

 健康のためにも熊の肉!と昨日もらってきた熊の肉の下ごしらえをしました。熊の肉と一緒に調理方法のメモをもらいました。こんなの料理の本にも出ていませんから、参考までに。
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 ウラジオストクに行った時、我が家のネコの土産にネコ缶詰を買ってきました。缶詰の銘柄は日本でもネコの餌でおなじみのKalkanですが、その種類がビーフの缶詰にウサギの肉の缶詰で、日本のネコの定番の魚の缶詰はありませんでした。

 ネコと言えば私の実家にネズミが出没するようになったため、今日から我が家のネコは送迎付きのパートタイマーのネコをしています。15年のニャン生で捕まえたネズミは片手で足りるようなネコですが、ネコがいるだけでネズミが逃げ出すようです。
 夕方迎えに行ったらアジの干物を食べて寝ていました。

 ”林檎と梨の花が咲いていた 川面に霧が漂いはじめた 
岸辺に立つカチューシャ 高く切り立った岸辺に”

 ロシアのもう一つの国歌と言われるほどロシア人に歌われている♪カチューシャ♪。今頃の季節の歌です。
 カチューシャ(エカテリーナの愛称)と言う少女が国を守るために兵役に出た恋人を思い、彼もまた、愛しいカチューシャからの手紙を励みに国を守ると言う歌です。
 リンゴの花です。
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 ウラジオストクのダーチャ(郊外の家庭菜園)にリンゴの木を植えている家庭は多いですが、大きな実がなるリンゴではなく、手間のかからない小粒の原始的なリンゴで、乙女リンゴを少し大きくしたようなものが多いです。
 
 リンゴと縁が深いヨーロッパ。旧約聖書の創世記でイブが食べてしまった禁断の果実はリンゴ。
 1307年オーストリア大守の無慈悲な命令で、わが子の頭に乗せたリンゴを打ち抜いた弓の名手ウィリアム・テル。スイス独立のきっかけを作りました。そして、1661年、英国のニュートンは木から落ちるリンゴを見て万有引力の法則に気がつきました。
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 リンゴや梨の花が咲くころ、川面に霧が浮かぶ光景を紹介しようかと、川原に行って見ると、桃の花が咲いていました。
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 春が遅く夏が早く来たようなこの何日ですが、まだ、菜の花やチューリップも咲いています。
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category日記

熊の肉

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 連休最終日は朝から雨になりました。一緒に組んでい田んぼ作業をしている友人は明日から勤めがあるので、朝から雨の中わらの傘をかぶって田んぼ仕事でした。

 中国南部からベトナムにかけて、雨の多い地域で似たような傘の帽子を頭にかぶりますが、これが意外にも優れもので、雨で頭場ぬれないのはもちろん、帽子のように蒸れもせず、通常の体格の人なら雨は傘の端から下に落ちて、体がぬれることもない。傘のふちが広いので日焼けも少ない。雨の多い土地に住む人たちが日々の暮らしの中で編み出した知恵は偉大です。
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 田んぼのクロ塗りをしていたら携帯電話が入りました。ハルビンの家族の元に里帰りに行ってた会員さんが新幹線からかけてくれた電話でした。
 混雑を予想していたので、新幹線は立って乗ることを覚悟して自由席に乗り込んだら、先に座席を占領していた学生らしき若者の一団が、小さなお子さんを抱えている奥さんの姿を見て「どうぞご家族でお座りください」と席を譲って別の車両に行ってしまったそうです。
 「日本の若者も捨てたもんじゃないですよ。本当に将来が楽しみになってきました。子供がこの光景を覚えているといいのだけど。」と発車前の短い時間に嬉しそうに報告してくれました。

 いい話と言うのは他の人まで力をわきあがらせてくれます。うっとうしいと思っていた雨の中の作業も楽しく感じてしまいました。張り切ったおかげで昼過ぎには腰が疲れて足にまで響きました。
 おなかから上に肉と脂肪がたっぷりついていますし、その思い上半身を支える腰も雨で冷えてます。
 年配の人たちは少ない体力で延々と同じ作業を続けられるのですから、力の種類が違うのでしょうね。

 背筋を伸ばして歩く中国では、食事にもカルシウムが豊富なこともあって、腰が曲がったお年寄りが少ないのですが、時折腰を曲げて杖のお世話になるお年寄りを見かけます。
 腰が悪いから太るのか?太ったから腰が悪くなるのか?平均、肉付きの良い人が多いです。
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 午後、農作業を終えて温泉に行く途中、ウラジオストクから帰って来た会員さんから電話が入りました。有意義な時間を過ごしてこられたようです。
 仕事が忙しく、向こうにノートパソコンもって行って、デートの合間に仕事の続きをする予定だったそうですが、あわてていたためにACアダプターを忘れ、急遽ウラジオストクで使えそうなアダプターを探して少々改造して代用できたそうです。
 とりあえずその場をしのげるよう改造するロシア人のたくましさに感心したそうです。明日電話でそんな話をしたら、きっとこうクールに言い返すでしょう「僕たちは軍隊でその場にあるものを使って対処する訓練を受けています。このくらいのことは当然のことです。」
 向こうのスタッフと一緒にダーチャを体験してきたそうで、ロシアの人たちに受け入れられていると嬉しく思っています。

 夜、会員さんから送られてきた写真にロシアのシンボルクマの写真が。
 肉食のヒグマではなく、ツキノワグマです。
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 熊や狐を飼っている郊外のレストランの写真かな?と思いつつ、食肉となってしまったツキノワグマの成れの果てが私の手元にあります。

 夕方、パソコンの設定を直してほしいと年配のご夫婦に頼まれて出かけました。連休に来たお孫さんが設定をいじってしまったそうで、どうにも使い慣れた形に戻らないというので手直しを手伝ってきました。

 帰りしなに、わざわざ足を運んでもらって申し訳ないと、熊の肉をお礼にいただきました。
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 報酬熊の肉で働くシステムエンジニアなんて世界でも唯一の存在かもしれません。
 酪農家のコンピューターがおかしくなった時は牛乳20リットルもらってきて、バターを作りました。キジをもらってきたころもあります。コンピュータと噛み合わない異文化コミュニケーションかも?

 この熊の肉は新潟の親戚にもらったと言っていましたが、新潟は比較的簡単に有害鳥獣駆除の認可が出るのか、この季節に八海山などの越後の山に登ると、雪の山の中で猟師と出くわすことがよくあります。

 ウラジオストクでは熊をペットに飼う人もいるので、それを散々笑いものにしつつ、自分は熊を食っていては説得力がないとわれながら思います。。
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立夏

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 東京の表参道の地下鉄入口に白昼堂々自動車が突っ込む事件が報道されていました。酔っ払い運転でバイクに追突した後地下鉄にもぐりこんだようです。
 歩行者がいなかったので幸いでしたが、よくあの狭いスペースに自動車を突っ込めたものだとあきれました。何かの弾みで歩道スペースに乗り上げてそのまま突っ込むようなところではなさそうですし、酔っ払い運転だったものだから逃げようとして意図的に飛び込んだのではなかろうか?

 テレビでその自動車が引き上げられる光景を見ました。シトロエンでした。フランスのタクシーのアクション映画”Taxi”を思い出してしまいました。あの映画はシトロエンではなくプジョーでした。
 ”Taxi2”では日本の防衛庁長官なる人物が出てきたり、日本の防衛庁長官を出迎えるフランスの警官たちが「こにしょ〜わ〜」と不思議な日本語で挨拶の練習していたり、出てくる日本人がこれまた「表参道ではどうかは知らないが、日本にはこんな日本人はいないぞ!」と言いたくなる様な変な日本人ばかりで、カーアクションよりもこちらのほうが面白かったです。あの映画では悪役が乗っている自動車はなぜか三菱でした。

 ウラジオストクのスベトランスカヤ通りを横断する地下道。途中に防寒用のドアがあるので、そこから先は自動車では進めません。
 街灯が曲がっているのはビル工事の時の作業車がぶつかったときいています。鉄塔は曲がったままで壊れた街灯のランプ部分を交換しています。
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 地下道を自動車で降りる猛者はいませんが、はす向かいの州政府のビルにジャンプして突っ込む自動車はいるようです。
 跳躍力の違いというのか、体力の違いというのか、見事なジャンプです。
 昼ならテロ扱いになったかも?
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 フランス映画といえば、ウラジオストクの女性たちの間では”ロシアン・ドールズ”という映画が話題になっているようです。バルセロナが舞台で、スペインの青年とロシアの女性が結婚する感動的なラブロマンスだそうで、サンクトペテルブルグも舞台になっているようです。

 感動的なラブロマンスとは関係なく、怠惰に田んぼ仕事をしていると「おじさーん、こっちむいてぇ」と呼ばれました。
 振り向くとカメラでカシャ!おじさんと呼ばれて頭に来る歳でもありませんが、どう見ても50代後半から60代のおばさんに言われたので歯がゆい思いがしました。
 野良仕事も観光振興の一環と思って笑顔で応対しましたが、笑いながら怒る技術はロシア女性のおかげで身につきました。

 「純日本的な光景ねぇ」と言いながらこのおばさんは感心していましたが、私の背後の畑で背中丸めてきゅうりの苗を植えていた奥さんはロシア人ですし、私の目の前を通り過ぎていったトラクターはマクセイ・ファーガソンで英国車です。
 周囲を見渡しても大型トラクターはジョン・ディアやフォードなど舶来物ばかりです。イタリアのランボルギーニだってトラクターを作っています。
 田植え機などの田んぼ関係は日本製の独壇場ですが、畜産関係などオランダのニューホーランド、スイス・ラピッド、ドイツ・ファールなどヨーロッパ製品が圧倒しています。
 林業のチェーンソーだって、ドイツのスティールやスウェーデンのハグスバーナ、カナダのマッカラーなど舶来物が幅を利かせています。
 トラクター買うのにドルやユーロのレートに気を配るのが現代農業の一面です。
 「おばさん甘い!物の見方が甘い!」とつぶやきながら借り物のクボタのトラクターで代掻きしてました。



 ロシアでもハルビンでも街路樹として街を彩るライラックの花。我が家の玄関前のライラックも花が咲きました。
 寒いところには強い木ですが、温かいと害虫にすぐにやられてしまいます。ロシアやハルビンでは害虫がつかないように幹に薬を塗っていて、人の背丈ほどの高さまで幹が白くなっているのですぐにわかります。
 私も頻繁に木酢をかけて害虫予防しています。
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 梨の白い花も美しいもので、花を楽しむために梨を植えました。このあたりでは梨には温度が少なくて甘くならないので、実ができたら漬物のだしに使っています。
 梨の花の白は輝いてとても華やかな彩りです。今日は立夏なので梨の花はそろそろ終わる頃ですが、今が最盛期です。リンゴの花もそろそろ見え始めたので、週明けがいいかもしれません。
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 例年5月半ばごろに咲くクルメツツジがもう咲きました。いつもなら今頃咲く花桃がようやく花を見せ始めたのに、順番がメチャクチャになっておかしな年です。
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こどもの日

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 朝、突然山形から叔母が襲撃してきてあわてました。この春から娘が前橋に引っ越したので孫の顔を見に来たついでに、昨年くも膜下出血で大手術をして入院中の叔母を見舞ったり、私の弟の息子の初節句のお祝いを持ってきました。

 4年前に3階建ての家を建てたばかりなのに、一昨年、息子は栃木に転勤になり、今年は娘が前橋に引越し「夫婦2人きりなら居間と台所があれば十分だ」とか。「年寄りが若手の邪魔をしてはならない」といいつつ、暇を弄んでいるのでしっかり監視に来ています。
 叔母の孫娘は幼稚園の時、夏休みをこちらで過ごしていましたが、バレエを習っているというので「山形の子供なら花笠音頭を学ぶべきだ!」と、私が花笠音頭を教えました。これがまた良い子なのでおぼえがよかったこと。「お前のおかげでバカはうつるし、デブはうつるし、困ったもんだなぁ。」。
 バレエなんて親を見れば将来が知れますが、「小柄で細い子供には教える側の熱意が違う」そうです。

 日本のバレエなど親の道楽の一環のようなものですが、バレエの本場ロシアでは国を背負うことにもなりかねないので、才能を見込まれた子供は親元はなれてモスクワやサンクトペテルブルグで生き残りをかけて勉強します。
 
 弟夫婦は「格安で旅行にいけるから」と息子をANAかJALのパイロットにしようと目論んでいますが、現時点では夜中になると元気になる非行赤ちゃんです。


 
 暑い日と寒い日が交互に来ているよなこの数日で、今日は蒸し暑い一日でした。
 暦の上では5月6日が立夏で夏の始まりですから暑くなっても仕方ないのでしょうが、観光客も半袖です。
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 こどもの日ということもあって、子供を連れて歩く観光客が目に付きました。
 昭和22−23年ごろを境に子供の数は下降線をたどりますが、このベビーブームの頃に生まれた人たちがもうすぐ定年退職を迎えます。
 ベビーブームの頃は、このまま人口が増えれば大変なことになると、子供を作ることを控えるよう政府が働きかけたそうです。今になって子供が少なくなった大変なことになると逆のことを言い出しています。
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 夕方、休みで帰ってきた同級生に会いに行ってきました。亀田兄弟のボクシングを見ながら、「まあ、一杯」とやっているうちにいつの間にかKOしてしまい、肝腎の瞬間を見られませんでした。
 亀田弟の試合から亀田兄の試合までだらだら時間調整の映像が流れ、その間野球にチャンネルを切り替え「そろそろ始まるのでは?」とボクシングにチャンネルを切り替えたら、こちらも既にKOで終わっていました。結局、どちらもリアルタイムで見られませんでした。
 兄弟合わせて10分弱、これで2時間の番組枠ですから、「今頃テレビ局はパニックになっているんじゃないか?」とそちらの話題で盛り上がりました。

 そのうち、総合格闘技のプライドが始まり、またそれで盛り上がってなんだかわからないうちに目が覚めたら朝になっていたので、とぼとぼ歩いて帰ってきました。
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のぼり旗

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 長期連休となった今年のゴールデンウィークは既に東京方面に戻るラッシュが始まりました。
 ウラジオストクにデートに行く会員さんがいて、新潟空港から「時間通りのフライトになりそうです」と電話をいただきました。
 木曜はピョンヤン行きの飛行機がウラジオストク空港にリンクする日で、そちらに乗る人たちが先に下りるので、数が多いと到着してから時間がかかります。

 ハルビンの西郷ドンは明日郊外の女性会員のところに行きますが、中国もゴールデンウィークなので混雑確実。
 日曜から夫婦でハルビンに里帰りしている会員さんがいて、西郷ドンは挨拶の電話をいただいたと喜んでいました。


 連休の真っ只中、消防団は点検のために集まっていました。町村合併に伴い分団の数も減ったので、人員確保も随分楽になったようですが、各分団の受け持ち範囲も広くなりました。


 三つの町村が合併して起きた問題の一つは、消化栓のジョイントの口径が違う町があること。この問題は阪神淡路大震災でも取り上げられたのに、10年間何をしていたのだろう?
 幸いなことに消防車の仕様も、ホースの口径も一緒なので合同で消火活動ができるようです。
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 薪を背負いながら本を読む二宮金次郎は何を読んでいるのだろうか?無礼を承知で背後から覗いてみました。
  てっきり金次郎は「論語」を読んでいるものだと思ったら意外でした。

 一家仁一國興仁一家譲一國興譲 一人貪戻一國作亂 其機如此(いっかじんなれば、いっこくじんをおこす。 いっかじょうなれば、いっこくじょうをおこす。 ひとりたんれい なれば、いっこくらんをなす。 そのき、かくのごとし。)中国の古書「大學」の中に出てくる言葉です。

 ”一人ひとりがいつくしみ思いやる心を持てば みんながこの心になり、一人ひとりが驕らぬ謙虚な心を持てば 皆がその心になる 一人ひとりが身勝手のことをすればみんなが混乱し争うごとになる これは世の中の基本だ”。

 小学生の時に何の言葉なのかわからないまま金次郎像の下で暗唱させられたことがあり憶えていました。二宮金次郎像が読んでいる本に書かれていた言葉だったのかとこの歳になって初めてわかりました。もっと早くこの意味がわかっていれば、もう少しましな人間になれたような気もしますが、少年老いやすく学なりがたし。



 昔は端午の節句になると、男の子がいる家庭では鯉のぼりと、子供の名前を入れたのぼり旗を立てました。
 鯉のぼりでさえ立てない家庭が多くなり、のぼり旗などほとんど見かけなくなりました。
 この地区では各家庭に眠っている端午ののぼり旗を地域で一括して掲げています。
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 少子化どころか若者も少なくなり、のぼり旗を建てる家もほとんど見なくなり忘れかけていましたが、若手と呼ばれる3−40代の連中が一念発起して、のぼり旗を持っている家は貸してくれと、地域で一括して立てるようになったら、年々貸し出してくれる家が増えてきました。
 今年は予想よりも集まったり、孫が生まれたからと新しく新調した家もでました。
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 何事も行動を起こしてみると道ができます。
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憲法記念日

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 ウラジオストクの事務所から中古車輸入の契約書の翻訳を頼まれ、軽い気持ちで引き受けたら予想以上に難航して大仕事になってしまいました。
 ”こういう意図なんだな”とはわかるものの、それをどう表現すれば良いのか適切な日本語(業界用語)が出てきません。別世界の日本語がありました。
 ”憲法記念日”ということもあり、法にのっとった表現をせねばと、JA共済の定款などを参考に日本語探しが大仕事でした。 

 あの大まかでいい加減な人たちがこんな細かなことまで取り決めするのか?と感心しつつも、聖書が神様と人との契約ですから、契約文化が違います。
 「ムスリムの皆さんの契約のほうがもっと細かで厳しいですよ。」というくらいですから、まだ生易しいほうなのかもしれません。

 書類翻訳で大仕事だったのはこの冬、ロシアと中国の商取引の契約書を中国語に訳してくれと頼まれたときで、中国語に訳したものをハルビンに送って西郷ドンに添削してもらったのですが、西郷ドンから「中国との取引にはこれも追加したほうが良い」といくつも条項が付け加えられ、それをロシア語にしてウラジオストク事務所に手直ししてもらいました。
 しかも、「中国では紙の上の約束事は紙の上でのこと、法律はあっても人情優先だから、必ず法的拘束力のある機関に公証承認してもらうこと。」とアドバイスされました。もちろん。ロシア側もこのあたりは百も承知です。
 よく考えればウラジオストク事務所と西郷ドンが直接やり取りすれば私はまったく手を煩わせる必要がなかったことです。

 このときは西郷ドンも法律の勉強をしたようです。「中国で法律の勉強をする人は悪いことをしようと計画している人。」彼は日ごろ言っています。
 特に公安(警察官)が法律を勉強する時は必ずサイドビジネスが関わっているそうで、法を守ることが任務の警察官が法律知らない法が良いとはどんな秩序なんだ?
 中国で日本で言うところの風営法に関わる業務にはほぼ間違いなく警官が関わっていて、経営者が警官なんてことは珍しくもありません。上への上納金が出世と権力への条件ですから。
 そういう目線で見ると、こんな光景も下心があるのでは?と勘ぐってしまいます。
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 日本でしょうか?中国でしょうか?と送られてきた写真。
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 中国でしょう、と、言うよりも、日本であって欲しくはないような不可解な絵と文字です。襟が右あわせなので日本ではないでしょう。
 呉服の「呉」は現在の上海の西、蘇州などの地域にあった「呉」の国から渡来した衣装という説もあります。

 チャイニーズドレスと呼ばれる衣装は、元々は北方の騎馬民族の衣装で、馬にまたがるために横に大きなスリットが入っていたり、冷たい風が入り込まないように肩口で襟を合わせる様式になっています。
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 戦前の中国なら、女性はこの衣装で、男性には丸いサングラスが映画などで知られる中国のイメージでしょうが、毛沢東時代には退廃的な文化の象徴として消された衣装です。
 80年代に入ると中国から日本へ胡弓などの音楽家がやって来るようにになりますが、女性演奏家が外国で始めてチャイニーズドレスに遭遇し「こんな恥ずかしい服を着て演奏するの?」と面食らった話はよく聞きました。

 いつの間にかチャイニーズドレスのモードを取り入れたシャツなどが世界的に注目されるようになると、文化の逆輸入というのか、こうした衣装を着ることに抵抗がなくなってきました。
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 結婚式で西洋のウェディングドレスと並んで必須アイテムになっています。
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優勝予想

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 サッカーワールドカップ開催まで38日となりました。ロシアは今回出場権を獲得できませんでしたが、ウラジオストクの友人達の間では優勝候補のナンバーワンはオランダ。次がチェコ、ドイツ、スウェーデンだとか。
 ブラジルもアルゼンチンも入っていないところがヨーロッパの国民だと感じ入るところですが、みんな開催国ドイツの近隣の国ばかりです。ホーム、アウェイで考えればホームチームです。

 彼が言うにはサッカーも身長が高く体格が大きいほうが有利なのだそうです。日本人のイメージには大柄な人が多いように感じられるロシアですが、多様な民族が混ざったアメリカ大陸や、元々長身が多いゲルマン系民族などと比べると決して大柄ではありません。ロシア男性の平均身長は175cmといわれています。
 なるほど、候補に挙がったのは体格が大きなゲルマン系民族の国々です。

 「日本は得点力が低いので一勝もできないでしょう」と厳しいことを言われました。
 国の威信をかけて試合に挑んでくるので、今までの交流試合など参考にならないそうです。

 彼らの予想では「アジアで予選を勝てるチームはイランしかありません。」
 まさか、プレイステーション使って予想しているのではあるまいか?と勘ぐりたくなりますが、ヨーロッパの強さは彼らのほうがよく知っています。

 日本人で一番期待している選手は「松井です」と言われたとき、”ヤンキースの?メッツの?”と思わず笑ってしまったのですが、フランスのル・マンで活躍する松井選手というのがいるのだそうで、私は存じ上げていませんでした。

 「こういう仕事を日本では何と言いますか?」と送られてきた写真。包丁を研ぐ研ぎ師です。
 ハルビンではアパート街にこうして自転車でやっくる研ぎ師がいます。日本では主に鍛冶屋さんや刃物師がやることはあっても、家庭用の包丁を研ぐ仕事というのはほとんど見かけません。昭和末期に川崎の住宅街で見かけたことがあります。この人は刃物をよく使う畳屋さんで、仕事が暇な時にやっているだけだと言っていましたが、包丁一本研いで2−300円だったと記憶しています。
 ウラジオストクでなんでも修理屋などこういう仕事をするのは朝鮮系の人や不法滞在の中国人などアジア系の人たちですが、この写真もそんな感じがします。日本では砥石を固定して包丁を動かして研ぎますが、包丁を固定してシャープナーで研ぐのはこちらと違いますね。
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 昨日はこちらも蒸し暑い一日でしたが、今日は冷え込む一日でした。我が家の界隈は昨夜大雨でしたが、県境の山は雪が降って白くなっていました。不安定な天気です。

 ウラジオストクやハルビンの会員に見てもらうために日本の生活紹介のページを作っています。今年は祭りや季節の花を積極的に紹介してみようと、目を凝らしています。

 サクランボの花が咲いていました。例年ならまだ咲かない花です。本来なら桃の花が先に咲くのですが、今年はまだ桃が咲きません。
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 ”この花が咲き出したらこの作業、この気が芽を吹いたらこの種を撒く”と野山の木々や花を農作業の指標にしていますが、今年に限っては順番がメチャクチャで指標になりません。
 「種や作物はが自分で選んで芽を出して育ってくれるのだから、余計なことを考えずに作物の声を聞け!」と農業の大ベテランは言います。それができれば堕農なんて言われていないのに。
 
 我が家の玄関前のムラサキモクレンのガールマグノリア。これは例年通りに花が咲き、玄関を開けるとモクレンの香りが漂います。
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 土手や荒地に勝手に増えるヤマブキ。花を楽しんだら鎌で刈り取ってしまいます。
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モスクワは涙を信じない

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風は冷たく 素肌にささり
人はときに傷ついても
モスクワは言葉を信じない
ただ、愛だけを信じてる
雪が降り積む 冬の日も
緑がもえる 夏の日も
道行く人をゆくもりで
木々を大地で支えてる
見てごらん アレクサンドラ
この街は 君と僕の街
君の笑顔に 街は歌い
僕の悲しみに 街は涙する
苦しみに 心砕けても
この街の愛は優しい
今 その愛に包んで
君に贈る この銀の指輪

 2年前にコラムで紹介した”モスクワは涙を信じない”のテーマソング♪アレクサンドラ♪の歌詞です。

 1981年度アカデミー外国映画部門でオスカーを受賞した映画で、この年ノミネートされた映画には黒澤明の「影武者」がありました。


 日本に留学していたウラジオストクの友人が、ルームメートのハバロフスクから来た留学生と一緒に、なんということもなくこの歌を歌っていたら、思うに任せない日本での生活の歯がゆさや、遠くはなれて暮らすボーイフレンドのことが思い浮かんできて、懐かしさや悔しさなどがあふれ、いつの間にか女二人肩を抱合って泣きながら歌っていたそうです。
 つらくても負けてなるものか!って気持ちなんでしょうね。

 映画で流れるこの歌を歌っているのはロシア夫婦デュオ、ニキーチン夫妻です。
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 外国に出て行くロシア人に限らず、地方から都市に出る者達、故郷を離れる者達にとって、この映画の主題歌”アレクサンドラ”は応援歌のようなものでしょう。
 日本的な傷をなめ合うような郷愁ではなく”モスクワでは皆それぞれに不幸を背負っている。モスクワは強いもののためにある。”と厳しく語る歌でもあります。

 5月連休に里帰りしてそのまま戻らない若者も少なくないそうですが、住み慣れたところを離れて暮らすと、今までと違う生活や景色、人によっては耳慣れない言葉、なにより恐ろしいまでの孤独感。こうした魔物と向かい合わなければなりません。

 故郷から離れた土地で打ちのめされる人に共感はありますが、同情しても何も解決しないので「強くなれ!」としか言えません。逃げ腰になると「魔物」の餌食ですから。逃げ帰った落ち武者を温かく迎えるほど娑婆はお人よしでもありませんし、自分で立ち上がろうとしなければひたすら落ちていくだけです。

 私が”モスクワは涙を流さない”をビデオで見たのはウラジオストクで、当然字幕スーパーもなく、横から解説入りで見ました。
 今日、友人が日本語字幕付のDVDを貸してくれたので、久し振りに見たら、いい映画でした。

 最初に出てくるのは1958年のモスクワで、フルシチョフ政権の頃です。この頃日本ではどんな生活をしていたかと考えると、文明でははるかにソビエトのほう先を行っていたわけで、あらためて時代背景などを考えながら見て感心しました。

 映画の中では1970年代のモスクワになり、工場の管理職として出世したエカテリーナにこんな意見を言うものが出ます。
 ”労働者が結婚しないことは生産性が下がる要因でもある。独身は仕事に対して責任感が薄く、彼らは仕事中に別のことを考えてしまう。結婚することによって仕事の能率も上がる”
 今の日本に当てはまりそうな言葉だと思いますが、なるほどなぁと感心しながら見てしまいました。

 ロシア的心情を垣間見るシーンもありますので、連休中、レンタルビデオでご覧になってはいかがでしょうか?

 夜8時過ぎ、湖のほとりに夜桜の写真を撮りに行きました。今日一日異様な蒸し暑さで、例年なら今頃が旬の桜の花が散り始めました。遅いのか早いのかよくわからない年です。
 年によっては連休前に田植えをすることもありますが、今年はようやく稲が芽を出したばかりで田植えまであと1週間は待たされそうです。
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 雪解け水がいい気になだれ込んできるので、これからしばらくは湖の水が白っぽい緑色になるはずです。
 土曜の晩に写真仲間がこの夜桜の写真を撮りに来たら、自動車が一台停まっていて、中で繁殖行為に励んでいるカップルがいたので、こんなところをカメラもってうろついていたらあらぬ誤解を受けるので、写真も撮らずに退散してきたそうです。ちょっぴり期待していましたが、駐車場で焼肉を焼いている家族がいただけでした。
 花見客でも人の気配があれば心強いもので、人気のないこの景色で、若い女性が1人で歩いていたら、足があっても恐いものがあります。
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 雪解け水が豪快な勢いで流れています。利根川を下り、関東平野の飲料水になって、太平洋に注ぎます。
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 万里の長城に行ってきたロシア人に友人曰く。「万里の長城は国境なので、この国境から北はロシア、南は中国。」
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 モンゴルはどうなるんだ?

 こうして作った城壁も、北方騎馬民族がその気になったら、いともたやすく打ち破って入ってきました。何もしないで安心なんてできないんですね。
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