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初日

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 ウラジオストクの女性スタッフは「ママの誕生日なので今日は早く仕事を切り上げます。」とお出かけモードでした。
 パパの誕生日は?と聞くと「お祝いすることもあるけど、しないほうが多い。」  男の居場所は?……
 男性スタッフの子供は男の子が二人。"誕生日などお祝いするの?"と聞けば、「男の子はそうしたことに全然興味がない。僕の奥さんの誕生日は重要ですが、僕は問題ではありません。」 男の居場所は……

 地域の祇園祭初日です。国道を片側通行止めにして神輿と萬灯が通行するために、毎年警察や交通指導員が出ての大仕事になります。
 昼間、準備仕事の合間に従姉妹のところに行ったら、今年高校を卒業した長男がガールフレンドを連れてくると言うので戦々恐々としていました。”来年の今頃はおばあちゃんになっているのかな?”と言うと「物騒なこといわないでよ!」とカリカリしていました。自分だって結婚して半年もしないでその長男が生まれたのに。

 渋川に住んでいる従兄弟が今年生まれた子供を連れてきていました。生まれたころの写真を見せてもらったときは2800gと小さかったこともあり、かわいらしい女の子だと思いましたが、半年でえらいものになっていました。首がない!
 私の姪と甥が同級生になるわけですが、姪も太りすぎて1歳の誕生日に歩けなかったほどで、デブ娘コンビになりそうで将来を案じています。母乳のほうが太るのだろうか?女の子の方が太るのだろうか?甥はひょろひょろです。
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 お祭り本番中は道路で交通整理なので、カヤの外です。交通指導員と交番の警察官には地元のすし屋さんで夕食が出るので、唯一の役得です。
 田舎なので、やることが大雑把。握りずし一つの大きさが回転寿司の3倍ほどの大きさなので、一人前食べるのも大変です。
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 今日は"白装束"といって、今年成人を迎えた者や、結婚した者、子供が生まれた者が神事として神輿を担ぐ日で、従兄弟もそのためにやってきました。
 ところが過疎地の悲しさで、年々担ぎ手は減るばかり、数年前から近隣の神輿好きを募集して何とか運営しています。今年は女性も担ぎ手として加わっています。神事もへったくれもなくなりました。
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 交通整理しながら写真を写したのですが、どうしても女性のほうにカメラが向いてしまうようです。
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 萬灯は大正時代に作られたものですが、3年前に大改造をしました。私の同級生の大工さんが改装しましたが、昔の大工との知恵比べだったようです。「木の収縮まで計算して作ってある。」と感心していましたが、次に改装する時は孫の代だろうから、迂闊な仕事もできません。
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 毎年のこととはいえ、このお祭りが終わると一年が半分終わったような気になります。あと1日。
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割れ鍋閉じ蓋

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 Каков Ананья, таково у него Маланья. どんなアナニーヤもそれなりのマラニーヤがいる。日本で言うなら「割れ鍋に閉じ蓋」。
 どんなカップルでもお互い足りないことを補い合っていて、それが「お似合い」で調和が取れているものです。
 ところが集団になるといざこざが起こることはよくあるもので、今までの鬱憤のようなものが出てしまうのでしょうね。一対一なら相手の足りないところを補えばよいと柔軟に馴れますが、「男性対女性」と大枠になると「男性は・女性はこうあらねばならない」と図式で考えてしまうこともいさかいの原因でしょうか?

 31日8月1日が地元の祇園祭のため、朝から地区住民が出てその準備でした。
 今日は中学の野球部の県大会の試合があったので、その応援に行った家庭も多く、出てきた人の数は少なかったです。
 さらに、世渡りのうまい連中はこの日に合わせて家族で海水浴に行くので、さらに人手不足になりました。
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 昨年から婦人会が「邪魔はしないからやりたければ自分達でやれ!」と反旗を翻してしまったために、見るに見かねて細かいことを手伝ってくれるご婦人方は多少いるものの、ほぼ男達だけで準備をしています。
 ことの始まりは、祭りで「女性が男性に酌をするのは解せない!」とご婦人方が主張したことで、神輿の休憩場所にはお神酒や冷たい飲み物が置かれ、飲みたい人は自分で飲む自主性重視になったこと。
 「誰かに酌してもらわないと遠慮して飲めない。」と主張する男性がいれば「甘ったれるな!」とご夫人方は反論。泥沼化しています。
 私はお祭り真っ只中では外に出されて道路で交通整理なので、"どうでもいいじゃないか”と冷ややかに見ています。

 神輿の飾りつけは"神事"ということで、男性だけでやります。
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 縄の細工は年配の人たちの腕の見せ所。「女房を甘やかすからこういうことになるんだ!」とお小言を言われますが、かなり譲歩しないと嫁が来ない嫁不足の土地柄。昔のように亭主が亭主でいられなくなりました。
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 家庭よりもこうした付き合いを優先したがる男の見栄も良くないと思いますが、イベントのたびに軋轢が起こっています。
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 午後からはバーベキューでしたが、ご婦人方は別の場所でカクテルを飲みながらのバーベキュー。
 家庭が崩壊しているわけではないので、個々の家庭はうまく行っているのでしょうが、集団化すると意見が対立。これもまた時代の端境期かな?と思いもしますが、これもこれで息抜きになって良いものです。
 今回はマトン(羊の肉)でバーベキューです。
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 ジョッキで生ビールにしてしまえば酌がどうこうという問題もありませんし、飲みたければ自分で出して飲めば良い。無理やり飲まされることもない。合理的だと思います。
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 こういうことをするから嫌われるのか?嫌われるからこういうことをするのか?タマネギのように見える大きなニンニク。小さいニンニクよりも臭みが少ないそうですが、それでもすごい匂いになっていました。
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 紅一点。1歳半のお嬢さんが爺ちゃんに連れられて来ていましたが、交換用の紙おむつを持ってきていなかったので、オシッコを大量に吸い込んだ紙おむつが、その重さでだんだん下に下がってきていました。
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ブーム

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 ハルビンの西郷ドンは新しい仕事のことでラオスに出かける計画を立てています。より安価な労働力を求めて、中国からベトナムやラオスなどにシフトが始まっています。
 私の村に住むベトナム人が行っていましたが、中国人とベトナム人は基本的に仲がよくないというのか、ベトナム人が中国人を嫌がるのも歴史的な国取り合戦があったから。
 中国と取引するときには、北の中国人を間に挟むほうがうまく行くのだそうです。北と南の中国人はまったく別の民族と彼は言っていました。確かに容姿も違いますし、何より言語まで違います。

 ハルビンの張さんは衣料品の卸を本業にしていますが、福建や広東とはトラブル続きだそうです。「越南(ベトナム)人のほうが信頼できる」と言っているほどです。こうしてパワーシフトしていくのも流れなんでしょうね。

 朝、スーパーレディーおばさんの真澄さんが先日貸したビデオテープを持って私の村にやってきました。
 ビデオを貸してくれたお礼にとボージョレー・ヌーボをもらいました。ボージョレー・ヌーボの解禁は11月16日だと思ったので、その日が来たら蓋を開けます。2004年物ですが。
 一頃、ボージョレー・ヌーボがやけにもてはやされたことがありますが、ブームなんて去ってしまえば惨めなものです。
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 昨夜、我が家に停まっていった友人と近くの共同浴場に行きました。
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 せっかく若山牧水ゆかりの湯宿温泉の風呂に入ったのだから、今日は法師温泉に連れて行くことにしました。
 ちなみに下の写真は湯宿温泉の共同浴場。
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 法師温泉は国鉄のフルムーンのポスターで有名になりましたが、このポスターで命運が変わった温泉かもしれません。
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 有名な木枕の風呂は底に玉石が敷かれ、その下からお湯が自然にわいているので、4つある湯船それぞれの温度が違います。
 二つの湯船には別の源泉が入っているので、湯船ごとにそれぞれ違う特徴を持っています。
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 天然の温泉は川のほとりに湧き出ているものですが、温泉地と川は一対のようなものです。
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 物事の価値観は変化しているもので、私が幼少のころはすこぶる評判が悪かった旧館の宿泊施設が、今が古いが故に評価され、新刊よりも旧館のほうが値段が高く人気もあります。
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 良いものだからこそ古くなって真価を発揮してくるもので、付け焼刃はそれまででしかありません。
 各自治体がやたらめった温泉をボーリングしたことで、温泉ブームは財政破綻と共に去ったように思えますが、よければ残る、悪ければ消える。冷ややかなものです。
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 深夜、フジロックフェスティバルの会場の苗場スキー場から猿ヶ京温泉の旅館に帰る客を乗せるシャトルバスの運転手に行ってきました。
 写真では良くわかりませんが、深夜と言うのに若者が大量に街を埋め尽くしていました。私の運転するバスの出発時間は夜中の1時でしたが、まだ半分以上の客が会場に残ってイベントを見ているようです。
 ブームで終わらず文化になって根付いてくれれば良いのですが。
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歯磨き

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 会員さんのロシア訪問のさい、航空券やホテルの手配にいつも尽力してくださった旅行会社の担当の女性が7月一杯で退社されるそうです。"寿退社かな?”などと思いもしましたが、急な予約や日程変更などの無理なお願いにも柔軟に熱心に対応してくれた人でしたので、転職でったにしても、この人ならどこに行っても良い仕事ができることでしょう。

 ロシアでは転職は自分を磨くチャンスと、次々と会社を買えながらキャリアアップしていく人材も多く、仕事は国から与えられていたソビエト時代には考えられなかったことかもしれません。
 一本のラインしかなかった職業の道が、実は多用な道があった。こうした概念が最近の日本でも当たり前になってきました。一つの職場を貫くことも尊いことなら、職場を変えながら自分を延ばすことを模索することも尊いことで、どちらか?という二者択一ではないと思います。
 スペシャリストとゼネラリストでは転職後の身の置き場が違うので、一概には言いにくいものですが、環境が変わることで今まで出なかった芽が出ることも往々にあります。

 家庭を持つことも転職以上に大きな環境変化だと思います。別の人生を歩んできた者達が一つ屋根の下で生活するのですから、これはこれで安易な道のりではないと思います。
 それゆえに結婚もまた人を磨いてくれると思います。

 数年前までウラジオストクの街中で販売されていた歯磨き粉は北朝鮮製のものが多く、強力な研磨剤が含まれているので歯が削られてなくなってしまうと言う噂が流れたことがありました。
 1999年に行った時に私も買って来て試してみましたが、普通の歯磨きと変わらなかった気がします。ただ、昔の歯磨きのように、歯を磨いたあともしばらくは磨き粉の匂いが消えず、刺激で舌が麻痺して味がわからない状態が続く代物でした。

 ホテルの部屋に有料の歯磨き粉や歯ブラシなどが備え付けられており、およそ市場価格の何倍もするので誰も手を出さないまま机の上に置かれています。
 先週ウラジオストクに行ってきた後輩は、土産代わりにホテルの部屋に備え付けられた歯磨き粉を買って持ってきたそうです。北朝鮮製ではなくロシア製だったようで、使ってみると日本のものとたいして変わらないように感じたそうです。
 「ロシア語は良くわからないけれど、製造されたと思われる2003と言う数字があります。製造された年でしょうか?賞味期限でしょうか?」
 どちらにしても古いと思うけれど…。
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 夏休みで幼稚園が休みになって、近所の家に娘さんとお孫さんが帰って来ました。カブトムシを捕るんだ!と虫網を持って張り切っていましたが、最近、カブトムシもクワガタも見かけなくなりました。
 近くにナラの木などクワガタが寄生する木がなくなったことが大きな原因ですが、時代のベクトルが雑木林を見直すようになってきて、杉やヒノキから雑木へと方向性が変わっています。何十年かすれば昔のような雑木の森が戻ってくるでしょうが、それまで昆虫が生き延びているだろうか?
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 夜、富山から奥さんとお子さんをウラジオストク行きの船に乗せた友人が訪ねてきました。奥さんは子供達で手一杯なので、船に大量の荷物を運び込んで献身的にがんばっていたら、船の乗員が哀れに思ったのか?「めしを食わせてやるから来い」と誘われたそうです。
 今日は日本人の乗客は数人で、それもオートバイを積んでいたので、シベリア横断するツーリストのようです。あとは全員ロシア人。
 このところの原油高で航空運賃は上がる一方。船も決して安いわけではなく日に日に値上がりしているようですが、日本の船会社が原油が安い時期の値段で買い押さえしていたチケットが手に入ったので、多少は土壇場で買う人よりも安く船に乗れたそうです。片道300ドル程度だったそうです。
 今日の夕方出航し、明日1日は海の上、明後日の朝ウラジオストク入港。この間の食事代も含まれるので考えれば高価ではありませんが、この通産三日の時間をどう考えるか?ですね。
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 今の季節、船は里帰り御用船です。
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沼地

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 昼ごろウラジオストク事務所に電話をしたら、「今日の最高気温は23度、熱くも寒くもない気温です。」
 23度では海水浴に寒かろうと言うと、「このくらいの気温なら問題ありません。」
 最近は日焼けによる健康への害悪も気にするようになったそうで、曇った日は日焼けの心配がなく日光浴できるそうです。

 秋田とウラジオストクの間にも貨物船が就航するようになるそうで、日本海を挟んでの日露中韓の交易も増えてきています。
 日ソ共作の映画「オーロラの下で」はシベリアに移り住んだ秋田のマタギの話ですし、毛皮猟で一攫千金を狙って日本から猟師がわたった時代もありました。ウラジオストクとのかかわりは深い地域です。

 シベリアの名前はモンゴル系の言葉で「シビリ(沼地)」を意味していますが、モスクワもモスク(沼や沢)とヴァ(水)でできた名前で、同じ意味を持つ地名です。
 沼地の多い平坦地に人が住み着いたのでしょう。

 苗場スキー場ではフジ・ロックフェスティバルが始まるので、新潟方面に向かう自動車の数が多くなりました。ほとんど知らないアーティストばかりですが、今年は加藤登紀子さんも来るので、これだけは見てみたいけれど入場券が買えません。

 話はやや戻って、映画「オーロラの下で」の主演は役所広司さんですが、小栗康平監督の映画「眠る男」にも主演しています。
 「眠る男」のロケは私の村から中之条町につながる大道峠にある、旧小学校跡で主に撮影されました。今その学校跡は伊参(いさま)スタジオと呼ばれています。
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 映画で使われた家は、この学校の行程の隅にある家です。
 多分、学校の教員住居だった家で、昔は僻地教育のために市街地から赴任してくる教職員がいたので、私の通っていた小学校にも学校の近くに教職員用の住居がありました。
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 周囲を見渡せば山ばかりです。
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 昔は伊参小学校という名のバス停だったと記憶していますが、今は希望が丘と言う名前に変わっています。希望って言ってもこのバス停の近くに民家など2−3件しかないし、こんなところでバスを降ろされて一人たたずんでも希望は見えてこないと思うけど。
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乱気流

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 「乱気流で飛行機が揺れて、彼女が恐がっていました。」と、ハルビンに奥さんのお出迎えに行ってきた会員さんから電話がありました。初めての飛行機で乱気流を体験してしまうと恐怖心が残るでしょうね。
 遊園地と飛行機では別物でしょうが、ディズニーランドのことをまったく知らない女性だそうで、来日したら連れて行ってびっくりさせようと計画していますが、アトラクションのスリルで驚いてしまうのではなかろうか?

 空路のみではなく海から行くこともできるウラジオストクなら船を使う人も多く、片道二泊三日の長旅になりますが、船なら沈むことはっても落ちることはありません。
 ハルビンの場合、飛行機が嫌なら神戸から上海へ船で、そこからは…飛行機かな?しかも日本より遠い。


 今日、ウラジオストクの事務所にすっぴんで顔を出した女性会員。夏の陽ざしで日焼けしたと言っていたので、デジカメ写真を送ってもらいました。
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 下の写真が昨年9月のデジカメ写真。化粧や日焼けの影響もありますが、髪形が変わっただけで、まるで雰囲気が変わってしまいます。
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 里帰り中に髪の毛でも染めてこられたら、誰なのかわからなかったなんてことは良くおこりがちです。

 外国人に限らず、日本人でもよくあることで、祭りや体育祭などのイベントで顔を合わせる近所の奥様が、普段着ですっぴんで歩いていて挨拶されてから”誰だっけ?”と首をひねることもあります。髪形を変えただけでわからなくなることがありますから、目なんていい加減なものです。
 そういえば、男性でも髭を伸ばしたりすると別の顔に見えてしまうときがあります。
 こうした"錯覚?"は一瞬で、その後は雰囲気で"変わっていない"とわかるものですが、私など体型で人様に記憶されているのか、服装を変えようが髪形を変えようがすぐわかるそうです。

 女性が女性を見る視線はどこか違うのか?髪の毛の色を変えても化粧を変えてもそれほど違わないと言います。見分けがつかないのはおかしいと言われ、目の付け所が違うのだろうか?と考え込んでしまいます。

 人の顔を良くおぼえられる人はその人の特徴的な部分を把握して、それで覚えていると言われますが、外国人の顔が同じように見えてしまうのは、髪の色や堀の深さなどの日本人とは一見して異なる部分で把握しているのかもしれません。同じような人が出てくればわからなくなってしまう。
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 特徴的な線を集約した絵に描いてみれば違いなんてないことがわかるでしょう!と言われても、やっぱり思い込みに左右されてしまいます。
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 夕方スーパーレディーおばさんの真澄さんのところにビデオを届けに行ってきました。埼玉からお孫さん二人が夏休みで来ていてにぎやかでした。

 真澄さんはバイオリニストの天満敦子さんが世に広めたホルムベスクのバラーダにはまっているそうです。ある日天満さんの元にバラーダの譜面が送られてきて、その送り主を探してルーマニアを旅するNHKの番組を録画してあったので、真澄さんにそのことを話したら「是非みたい」と言われ、バラーダに関する他のビデオも持って届けに行ってきました。
 日本では"望郷のバラード"という名で出ています。ヒット曲になったらしいのですが、クラシック系の音楽がヒットする日本もすごい国だと感心しています。
 こちらのホームページで試聴することができますが、10分近い演奏です。

 日本ではド演歌クラシックなどと揶揄する向きもありますが、背景に背負っているものが多くてとても気楽に聞くことができない名曲です。東欧やロシアには、商業主義に染まらない人生を背負ったような重たい曲がたくさんありますし、それを受け止める人々の心も「陰」の部分で共感があるのではないでしょうか?

 ”深く愛することのできる者のみが、また大きな苦痛をも味わうことができるのだ。”by レフ・トルストイ

 天満敦子さんはそのまま縁日の太太神楽に出て踊れるような顔ですが、バラーダの持つ重量感をしっかりと受け止められる深みのある演奏をするバイオリニストです。
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 確か、天満さんの師匠はガダニーニの偽鑑定書事件でお縄になった海野義雄教授だと思いましたが、あの事件の時「フレッピー」と言う言葉がよく聞かれました。
 フレップスクールというお坊ちゃまのための進学学校からハーバード大学に進む人たちをからかったUSAのスラングで、「苦労知らずのお坊ちゃま」と言う意味らしいです。
 エリック・シーガルのLove Story(ある愛の詩)で、ジェニーがオリバーを「フレッピー」と馬鹿にするシーンで印象に残っていた言葉です。
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川鵜

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 週末や土日になると、メール交換のお相手に写真を送ってくださる会員さんが多く、週明けになれば事務所に来てお住まいの街などの写真を女性会員が見ます。
 今年は梅雨の曇り空が多いのでどこも同じように景色の背景は灰色の空です。

 私個人としては”ロシア的憂鬱””ロシア的な妖艶さ”には薄曇の空のイメージがあります。またそれがヨーロッパのイメージに近いのですが、ウラジオストクに行くとヨーロッパらしさを感じない要因に日差しの明るさがあります。もちろん天気が悪くなってくれば霧がわいてきてよれがロシア的な美しさをまとい、引きずるようなスラブ系音楽の揺らぎが似合います。
 ものは言いようだな?と同時に、同じことを感じているのだなと感心したことに、日本の梅雨空の沈うつさを”ヨーロッパのような雰囲気がある”と評した女性会員がいました。
 緯度が低いので日差しは強い日本ですが、梅雨の分厚い雲はそれをさえぎっています。もし梅雨がなければ?本来一番日照時間が長い時期なので気温が上昇、土地は乾燥、砂漠化の道を歩むかもしれません。


 4月19日の日記で私の住む地域に川鵜はいないと書きましたが、ついに出現しました。 
 鮎つりをする人から川鵜らしき鳥がいるとは聞いていましたが、そのものズバリの川鵜がいました。
 大雨で川が濁っていて鮎つりはできませんが、カワウは生活をかけて魚を捕まえていました。
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 下流の沼田あたりは既に川鵜が住み着いており、先輩の養魚場などヤマメやイワナの稚魚の池が川鵜の襲撃を受け全滅になってしまったそうです。「愛地球博で名古屋に行った時、川鵜の糞で真っ白になった名古屋城を見てひどいもんだと思ったら、自分のところまでやられるとは思わなかった。」と嘆いていました。
 景観を脅かすどころか生活まで脅かされるのもたまったものではありません。
 イヌワシや熊鷹などの大型猛禽類にがんばってもらわなければなりません。
 鮎を3匹捕まえたら1匹ショバ代に持ってきてくれるような心がけなら川鵜との共存も考えられますが、貪欲に食い尽くすので厄介です。
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 7月8月は何かと忙しいのですが、一度も見ないうちに大相撲が終わっていました。
 ご当地力士がいないこともあって、最近あまり大相撲に興味がないこともあり気にしないものの、だいたい場所中の2週間に2−3回はテレビを見たりダイジェスト番組を見ているものですが、今年は大相撲もプロ野球のオールスター戦もまったく見ることがありませんでした。
 白鵬は綱取りに失敗したんですね。ウランバートルに行った時、白鵬のお父さんを見かけたことがあります。モンゴル相撲(モンゴル人は相撲よりレスリングに近い誓いと言っています)の往年のチャンピオンでムンフバートル(永遠の英雄)と言う名前でした。その当時のチャンピオンのバットエルデンと一緒に高級車から出てきて、周囲の人たちが歓声を上げていました。
 当時のチャンピオンのバットエルデンは日本に相撲の世界大会で来たこともあり見たことがありましたが、ムンフバートルはそのとき初めて知った人でした。私の通訳・ガイドだったムンフジェロガロさんが「私と同じムンフの名を持つ人なので、とても親しみを感じます。」と言っていました。ちなみに彼女のお父さんはモンゴルの外務大臣を歴任した人でした。
 ロシアも相撲が盛ん?
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 7月16日の日記で紹介した真澄さんの家でもホームコンサートのCDができました。日曜の朝、真澄さんが私のところに届けてくださいまして、ごたごた忙しく聞く暇がありませんでしたが、今日、ようやく全部聞くことができました。
 私は写真を撮る役目もあって目を凝らしていたので、一挙一動が音と共に思い出されます。
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 真澄さんが「読んで内容を咀嚼して教えて」と置いていった本。「日露戦争を演出した男 モリソン」。そろそろ読み始めようかと思っていますが、上下二巻の長編物です。
 日露戦争の背景には様々な国の思惑と裏事情がありましたが、モリソンについては名前は知っているものの、どんな人物なのかほとんど知識がないので、読み終えたらHPでも紹介しようとおもっています。
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category日記

土用

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 ウラジオストクの事務所の壁には日本地図が張られています。向こうのテレビでも日本の大雨による洪水の様子が放送されているので、事務所にメールを書きに来る女性たちが、洪水の起きた地域と自分のメール交換相手の住む地域を見比べては胸をなでおろしているそうです。
 放送によっては漠然と「日本で大雨による被害がでた」としか言わないようで、国土が狭い日本全域が大雨になっているように思えてしまうようです。

 今年の大雨は梅雨前線によるものですが、雨季とは縁のないウラジオストクでは台風による大雨と思われています。
 梅雨前線の強いころの台風は台湾から中国本土に向かいますが、中国本土も平坦地ゆえに大雨に弱い土地です。

 役所が堤防や排水施設の建設を計画する時は過去の一番大きな降雨量や増水量を参考に建設しますが、人智の予想を超えるのが自然の恐ろしさです。
 
 ロシアの道路には排水施設が整っていなかったり、周囲よりも道路が低いことも多く、大きな雨が降ると道路が川になります。
 雨が上がってから泥だらけになった道路は滑りやすく、自動車も跳ね上げた泥でとんでもない汚れ方になります。
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 どこの国の子供か分かりますか?と送られてきた写真。日露カップルの子供だろうか?と思ったら、カザフスタン系の子供だそうです。
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 こちらはシベリア北部に多く住んでいるヤクート人の子供。日本人のようです。アジア系の子供は肌が切れと言われています。確かにコーカソイド系の人たちの肌の用にソバカスも少ないし、滑らかで柔らかく感じるかもしれません。
 多民族国家なので、日本人との結婚に対して中央アジアやシベリアのアジア系民族と結婚する延長のような感覚だから違和感が少ないのだろうか?
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 単身赴任で大連に行っている下の弟の娘は4月に1歳になりましたが、ブクブクに太りすぎて自分の体重に負けてしまい歩けるようになったのは14ヶ月。
 すぐ下の弟の息子はひょろひょろですが男の子だけに筋肉質で、10ヶ月で歩き出しました。

 水泳用の紙おむつがあるのだそうで、水を吸って重くならないそうです。この水泳オムツを持って海水浴に行ったものの、雨で海に入れず、海岸をドライブして帰ってきたそうです。
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 今年は土用の丑の日が2回ある年で、昨日は一回目の丑の日でした。次回は8月4日。
 土曜に入ると梅雨が明けるものですが、西日本では今週中に明けそうです。
 このところ気象庁も混乱するような気候が多く、梅雨が明けてしばらくしてから「実は既に梅雨はあけていました」なんて年もありました。
 梅雨が明けたら台風シーズン到来ですが、今年は家の周囲で蜂の巣をあまり見かけないので”台風が少ないのかな?”と期待しています。
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農地

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 ハルビンの奥様を迎えに行く会員さんから電話があり、農業の経験がないので、奥さんの実家の農業を手伝ってみたいと言っていました。日本の田畑と違って、行けども行けども延々と広がる広大な耕作地なので、やりがいがあることでしょう。
 案外はまって移り住んでしまうかも?
 農作業も一人でやるのと二人でやるのでは効率が大違いで、一人で黙々とやっていると、だんだん気持ちが萎えてきて、意外と進まないものです。ところが二人いると緊張感を保てるのか二倍以上の仕事をこなせてしまうものです。
 
 中国農業も機械化が進んでいますが、トラクターも導入できない田舎に行ったときに、馬に鋤を引かせて畑を掘っている農民を見ました。果たしてこの労力でどのくらいの耕作地を耕せるのかわかりませんが、水の少ない土地だったので大豆やアズキを作るのだろうと察しました。中国の経済発展、近代化の反面取り残されたところは徹底的に取り残されていて、大豆やアズキもUSAからの輸入物に価格で太刀打ちできずさらに沈むのが現状です。

 中国の人民公社やソビエトのコルホーズなど、社会主義的農業形態は終焉し、個人が自分の裁量で農地を持ち耕作出来るようになりましたが、国際的な競争にさらされるのも現実。
 ロシアの農業が中国からの安価な農産物に追われ、中国はアメリカ大陸からの農産物に追われ、農民はそのパワーゲームの渦中にいます。
 少ない労働力で少しでも多くの土地を作付けしたいのは農家としては当然のこと。しかし、結果的に大量生産によって相場が下がれば、人一人の稼ぎは変わらないのも現実。
 みんなが不作で、自分だけ豊作と言うのが一番嬉しいのですが、皮肉な話です。
 
 レフ・トルストイの小説、「人にはどれだけの土地がいるか」は、農地をたくさん欲しい農民が、朝から日没まで歩いて戻って来た分の土地をもらえる国に行った話です。
 少しでも多くの土地を望む農民は遠くまで歩いていき、日没間近に出発点まであと一息で戻れるところまで来ます。ここで日没を迎えてしまえば土地はもらえないので、必死に出発点に向かって走って戻りますが、そのゴール直前で力尽きて死んでしまいます。
 最後に本当に必要だった土地の大きさは自分のしかばねを埋める穴の大きさだったと言う話です。

 立って半畳、寝て一畳といいますが、物質としての人間の大きさはその程度で、後は生きている中で培った物が人を大きく見せているだけなんでしょうか?


 午後、ボランティアのブナの苗畑の草刈りに行って来ました。一人でやればたっぷり半日かかる仕事ですが、数人で取り掛かったら長い休憩を入れても2時間弱。
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 木が育っていくことは嬉しいものです。
 林業=伐採と思われがちです。伐採した木を売って生活の糧にしているので誤解されがちですが、森を育てるのも林業のもっとも大きな仕事です。ただこれが収入にならないことが大きな問題で、林業の後継者不足は深刻です。
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 作業の後はバーベキュー。
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 活発な論議が飛び交い面白かったです。
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電車男

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 木曜に私の後輩が戦艦マニアの仲間を引き連れてウラジオストクに出かけています。軍人さん御用達グッズを買いあさったり、戦車や戦艦を見て歓声を上げているようです。幸運なことに、通訳の友人のコネで戦艦の中に入れてもらえたそうで、大喜びしているそうです。
 私は戦艦に興味はありませんが、聞き捨てならない情報は、彼らの一人が常態の良いZENITのカメラを入手できたそうです。ZENITはマニア憧れのソ連製のカメラで、ソビエト崩壊のころはよく出回っていましたが、最近は常態の良いものが少なくなっています。
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 通訳の友人曰く「彼らは”電車男”の団体です。」”電車男”という日本語が出てきたときは驚きましたが、日本のテレビドラマのビデオを見たそうです。
 私は写真撮影に行く時は動きやすいのでリュックを背負って歩いていますが、昨年、地元の夏祭りを撮影した時友人達に「電車男!」と言われ、何のことかわかりませんでした。後に秋葉原に行った時”なるほどこのファッションセンスのことだったのか”とわかりました。

 ニコンのバッグにキャノンの一眼レフとパナソニックのデジカメ。ロシアの電車女?
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 最近はロシアでもデジカメ機能付きの携帯電話が一般化しているのでもはやデジカメも珍しくありません、と、言うよりも、一気にデジタル化しているようです。
 携帯電話のカメラは元の画像が小さいので、2倍にすると画像が荒くなりますね。
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 密かにZENITやFEDなどのソビエト製カメラがまた放出されるのでは?と期待をしているものの、フィルムが入手できなくなるのでは?と不安もあります。

 この季節のロシアに行ったら広大な自然を満喫してもらいたいです。
 ゴムボートで川下り。


 こけた。
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 祇園祭が近くなり、夕方から自分の組の飾り付けをしました。昨年は私が組の伍長でしたが、いつ飾り付けをするかは天気が大きく左右するので気が気ではありませんでした。
 紙で作ったオンビラは雨にぬれると切れて落ちてしまいます。オンビラは元々雨が降って田畑が実るようにと稲妻の形をまねたものだそうで、雨が降って切れるのは祈願が成就したことになるそうです。
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 今年は私の住む組が一番先に飾り付けをしましたが、日曜の朝に飾り付けをする組が多いようです。
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 土曜の夕方飾り付けをするのは、私の組が作業の後の一杯があるためで、これも恒例行事。
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category日記

赤坂の夜は更けて

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 ハルビン市内では全国的な大きな会議があるようで、会議そのものにでる人の何倍ものスタッフや報道陣が押し寄せるので、空港やホテルがにぎやかだそうです。奥様のお出迎えに行く会員さんがいますが、ハルビンスタッフが早めにホテルの確保をしたので問題がありませんでした。
 農民の暴動や労働者のデモなど騒々しい中国ですが、落ち着いて会議が開ける場所となると、こうした世情から遠いハルビンは最適かもしれません。
 
 ウラジオストクからハルビンへはウラジオストク航空の定期便が出ていますが、いつも満席状態で予約をとるのも難しい路線。
 夏休みシーズンはウラジオストクからハルビンへ買出しや旅行に出かける市民も多く、ウラジオストク駅からハルビン行きの直行列車も出ています。
 ウラジオストクのホテルも中国人旅行者に席巻されているので、シーズンによっては航空券の確保よりも難しい時があります。

 このところの原油高で航空料金は上がったままですが、船の料金も日によって違うほど流動的。富山から船でウラジオストクへ里帰りするロシアの奥様方はロシア的に予約なしにいきなり船に乗り込んでチケットを買って帰るのが常ですが、船会社に料金を聞くと日によって言って来る値段が変わるので、当日行ってはどんな値段を吹っかけられるかわからないので、日本の船会社を通じて客船のチケットを買うのが今年のやり方。

 毎年のことですが、夏休みシーズンは飛行機とホテルの予約に肝を冷やされます。

 外国旅行に行ったことがない人にとって、馴染みのないハルビンやウラジオストクに単身乗り込んで行くことは不安が大きいと思いますが、誰もは一人で通過しなければならない出入国の手続き以外は、手馴れた現地スタッフが世話してくれるので思うほど何回でもありません。何がなんだかわからないうちに指定されたメニューをこなす団体ツアーと違って、自分の足で歩いて、自分の目で見る街は親しみがまったく異なります。


 田舎に住んでいるものですからいつも田舎の紹介しかできませんが、今日はアーバンなアンニュイが心地よいオトナの香り漂う街、赤坂を紹介します。
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 ”コモエスタ赤坂”なんて歌がありましたが、”コモ エスタ”は”ごきげんよう””こんにちわ”の意味なので、スペイン語ネイティブが聞いたらこの題名をどう思うのだろう?
 これをパロって所ジョージが”コモエスタ オホーツク”と言う歌を作り、ソビエトのことを”出れば凍るよ デルコラソン”と歌っていました。
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 赤坂のメインストリート。ラベンダーが咲いています。ちなみに赤坂があるのは港区でも私の村でもなく、小渕さんの故郷中之条町です。この町には太田、五反田、青山なんて地名もありますが、ストレートにその名のとおりの場所です。
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 赤坂のショッピングストリート。シャネルやルイ・ヴィトンのような水商売御用達のショップはございませんが、地元でしか手に入らない地酒の貴娘はここでも買えます。
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 ♪今頃どうしているのかしら♪40年ほど昔、西田佐知子さんが♪赤坂の夜は更けて♪なんてジャージーな歌を歌っていました。
 鈴木道明作詞作曲の名曲ですが、子供心にモダンで都会的な曲だと感じたものです。私の記憶にある当時の東京の夜は、今のように華やかで明るくありませんでしたし、夜は子供が足を踏み入れられない怪しい世界、しいてはそれがオトナの雰囲気を漂わせていました。
 私的イメージですが、4ビートのリズムが都会的に思えたものです。最近の東京の街に4ビートのリズムのイメージは似合わず、16ビートに他のリズムを複合させたジャングルと言うリズムや、逆にズンチャカズンチャの演歌が似合う印象が強いです。
 鈴木道明のようなクールな作家がいなくなったこともあるのでしょうが、あの時代のほうが洗練されていたようにも思います。
 今のウラジオストクの夜のほうが4ビートが似合いそうです。
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 こちらの赤坂で”赤坂の夜は更けて”と言ったって、街灯の一本もありませんからただ単に真っ暗なだけです。孤独なロンリー・カウボーイが牛を連れて歩いているのは昼間だけ。朝、早く起きて搾乳しなければならないので夜は早く寝ます。
 夜道を歩けば、田んぼに落っこちるかもしれませんし、熊に出くわすかもしれません。赤坂の夜はデンジャラスです。
 赤坂の夜は子供を寄せ付けないオトナの世界どころか、人類を寄せ付けない魑魅魍魎とムジナの世界。こちらの赤坂の夜道で海兵隊にぶら下がっているお姉ちゃんなんぞいません。背中にこの世のものではないなにかを背負ってきてしまいそうなぬばたまの夜の闇に包まれます。孤独な夜は霧を伴い谷間を降りてきます。

 トウモロコシ畑。左の背の高いトウモロコシは家畜の飼料用のデントコーンで、人間様用の右の背の低いトウモロコシはピーターコーンです。右のトウモロコシ畑の下には青いネットが張られていて、これはタヌキやアナグマ(こちらではムジナと言います)が入り込まないようにネットを張っています。ムジナはトウモロコシを盗み食いします。
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 そういえば、東京の赤坂からそう遠くはないロシア大使館のあたりの地名は狸穴(まみあな)と言うのだそうです。

 久し振りに中之条のフォーク喫茶の”ふうらい坊”に顔を出してきました。
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 店長のサヨちゃんに「変わってないわねぇ。」と言われましたが、ここに顔出すメンバーは変わった人が多いので、変わりようがないのかも?
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 地元のフォークグループがコンサートをやったり、フォークシンガーを呼んでミニコンサートを開いたり、地元の青年達が人形劇の公演をしたり、文化の下支えをしている大切な店ですが、当人は趣味の延長線上と権威ぶらないのが心地よいです。
 久し振りに来たら壁に昔懐かしいフォークギターが飾り付けられ、楽器店のようでした。
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 長谷川きよしさんがこの店でコンサートをしたとき、私は一番前の席でわずか1m程度の真正面で聴くことができました。すごい迫力でした。
 ”Historia de un amor”日本では”ある恋の物語”と呼ばれているパナマ実業家カルロス・エレータ・アルマランが作ったボレロでこのときの長谷川きよしさんのコンサートは幕を開けました。
 1955年に発表された歌ですが、メキシコのトリオ・ロス・パンチョスの歌で紹介されて日本でも馴染みがある曲です。
 個人的な考えではロシアのメロディーもラテンのメロディーラインもロマ(ジプシー)のメロディーが根底に流れるので、双方心の琴線に触れるのではなかろうかと思います。先立った妻をしのんで歌う美しいメロディーはロシアでもとても好まれていて、Guiterladyという女性シンガーがスペイン語でカバーしています。 ♪ここをクリック♪
 かぶりつきで食い入るように長谷川きよしさんのギターのテクニックを見ながら聞き入ってしまいました。ギターは足利の田邊雅啓さんが作った物を使っていました。
 ”リベルタンゴ”で知られるアルゼンチンタンゴの巨匠アストル・ビアソラの”忘却”を、ギター一本で歌ってしまったり、忘れえぬコンサートでした。

 コンサートの時にステージになるスペースです。
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 今日はサヨチャンが紙で花を作っていましたが、常連さんにはハンドクラフトの名人も多く、店内では常連さんが作った販売の販売もしています。
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 そういえば長谷川きよしさんが東京の西荻窪から群馬の新町に移り住んだ時、都会と田舎の中間点を求めて引っ越してきたと言っていましたが、人が暮らすに心地よいバランスはそれぞれあるものです。
 その話しを聞きながら、便利、不便だけではなく、自分の存在感も重要なことだと考えました。人の中に埋没して得る孤独は厳しいものです。
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飯ごう

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 6月18日の日記でも紹介した軍事おたくの後輩がまたウラジオストクに行ったようで、今回は事前に連絡がなかったのでウラジオストクから情報が入りました。今回は仲間を連れて4人でウラジオストクに出現したようで、明日あたりは軍人さん御用達のマーケットであれこれ買い込むことでしょう。
 考えてみれば、大学の山岳部の後輩ですが、彼が山に行った記憶はまったくありませんし、トレーニングに出ているすがたも見たことがありませんでした。部室で地図をトレースして山行計画を作っていたり、登山道具を改造するのに夢中になっていたり、それが生業になって家電の開発をしているのですから、理にかなっていはいます。それ以前に、なんでこんな文明的でイン・ドア派が、およそ野蛮で原始的な連中しかいない山岳部なんかに入ってきたのか?そちらのほうが不思議です。
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 ロシア軍の装備品に飯ごうがあるのを見たときは驚きましたが、米を煮炊きするするわけではないので、飯ごうなど必要か?と思いましたが、手に入るものを煮て食べるのも有事の心得。
 以前ハルビンで人民解放軍の移動を見たことがありましたが、食事は個人管理ではないみたいで、食料担当の兵士の背中に背負われていたのは亀の甲羅のように大きな中華なべ。”これだけ大きければ弾除けにも使える”と言ったら、西郷ドンが「そんなことをしたら鍋に穴が開いて料理ができなくなってしまいます。それは大勢の兵士の命に関わることです。兵士はたくさんいますが、鍋がなくなれば彼らも生きられません。」
 そういえば、1950年代の毛沢東の大躍進運動の時代、国の要は鉄!と鍋釜ばかりか鋤や鍬まで供出させて坩堝で溶かして兵器をつくり、その裏で国民は餓死していたんだっけ。

 小学校4年生の夏、祖母が沼田市の国立病院に入院していた時期がありました。この病院は元は軍隊の駐屯地の跡に建った病院で、一部は当時の軍隊の木造の建物を試用していました。
 母が泊り込みで祖母の付き添いに行っており、学校の休みに私も付き添いで泊まるぞ!と意気込んで行った時、看護婦さんが恐〜い話をしてくれました。

 軍でいじめにあった兵士がおり、仲間が意地悪をして装備品の飯ごうを兵舎の便所に捨ててしまった。飯ごうをなくしてしまったその兵士は、「陛下からの賜り物をなんと心得る!」と上官に叱られ殴られ自殺してしまい、今でも夜になると病院のトイレから「飯ごう〜飯ごう〜はどこだぁ〜」と声がする。ロシアの軍隊では今でも起こりそうなことです。

 夜、見舞い品のカルピスやジュースなどを景気よくいただいたものですから、当然トイレに行きたくなります。
 これがまた昔の建物ですから、別棟にあって20W程度の薄暗い裸電球がポツリとあるだけで不気味なこと。
 恐いから病院の外に出て、今はモスバーガーになっている畑に小便たれて振り返ると、病院の赤いランプが夜の闇に浮き上がり、これまた不気味なこと。救急病院でもあったので当然ですが、赤いランプの奥の病院玄関にうっすらと灯る裸電球も薄気味悪いものでした。この中に吸い込まれたら再び生きて戻れぬ”よもつひらさか”の入口のような赤いランプ。
 中の廊下を通っていくと看護婦さんに見つかって叱られそうなので、外から病棟に入ろうと建物にそって暗い軒下を忍び足で歩いていると、自転車置き場に白い影と、すすり泣くような声が…。
 看護婦さんと医者が白衣のままちちくりあっていました。スクリーン不要の”愛染かつら”良い子が見てはいけないR指定?

 長く続いた雨もひと段楽して、今日は曇りでした。明日の午後からまた降り出すようです。
 田んぼの用水兼砂防の水路からとてつもない量の水が噴出していました。
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 今日で学校も終業式で明日から夏休み。今朝は通学の小学生が集まったときに川はもちろん沢や水路に絶対近づかないように言い渡して送り出しました。
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 気温が20度にも届かない肌寒い一日でした。
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犬のうた

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 昨年、HPのコラムでロシアの農村詩人セルゲイ・エセーニンの”犬のうた”を紹介しました。この中で作曲者のワジム・ロツキンが自ら歌う犬の歌を紹介しましたが、先だって来日したウラジオストクの知人が持ってきてくれたアンナ・レズニコワのCDにもワジム・ロツキンが作曲した犬の歌が入っていました。
 女性が歌うバージョンも胸に響きます。
 ♪ここをクリック♪ (mp3)

 エセーニンがこの歌の中で母犬に見立てたのは名もなきロシアの人々で、飼い主は国や地主。
 生まれたばかりの子犬を池に放り込まれ、道を歩けば人々に石を投げつけられてからかわれ、それでも飼い主についていかなければ食えない母犬。
 ロシア人が「涙なくしてこの詩は読めない」と語る言葉に共感します。「無情」がわかる人たちなんですね。

 ロシアの有名なワークソングに”ドゥビヌーシカ”と言う歌があります。ドゥビヌーシカ”は棍棒を意味する言葉です。
 戦後、シベリア抑留から帰還した日本人達によって日本に持ち込まれ、”仕事のうた”という名前で歌声喫茶などから広まりました。
 本来は悲しい失恋の歌の”トロイカ”が日本では雪原を駆け抜ける馬橇の爽やかな歌になってしまったように、”仕事の歌”と”ドゥビヌーシカ”も若干日本とロシアでは中身が違っています。
 ロシアの歌詞にはなくて、日本語の歌で歌われている歌詞に”イギリス人は利口だから水や火などを使う、ロシア人は歌を歌い自ら慰める”という歌詞が出てきます。北京原人でもあるまいし、ロシア人だって火くらい使いますが、抑留された日本人には無知で粗野なソ連兵が一日の仕事を追えて焚き火を囲んで物悲しい歌を歌う姿がそう見えたのかもしれません。


 ”ぬばたまの夜さり来れば巻向の 川音高し嵐かも疾き” 柿本人麻呂
 人麻呂が奈良の巻向川の近くに住む恋人を訪ねたとき、耳に入る川の音の高さに「こりゃ嵐が来るかもしれないぞ」と察し、足早に帰り道を急いだと言う歌です。
 川の音から気候の変化を感じ取る。その感性の豊かさ、自然観には敬服します。

 耳を澄ませば川の音が聞こえてきて、「こりゃ嵐が来たぞ!ただことではないぞ!」と嵐が過ぎて川が増水してからわかるあたりが人麻呂と自然観が微妙に違うところです。

 こちらは台風並みの大雨ではなかったものの、中程度の雨が止むことなく3−4日降り続いたものですから降水量は莫大です。大雨ではなかったが故にあまり気にしていませんでしたが、休むまもなく地道に降り続ける雨の猛威を目の当たりにしました。
 いよいよ山の保水力も限界に来たのか、あちこちから湧き水が噴出し始めました。
 我が家の玄関前の排水溝も水を吸い込めないほどです。
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 昨日の夕方、地元の排水路を見回っておいて正解でした。水路の曲がり角では壁にぶつかった水が飛び上がっています。
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 川の水位は警戒水位ぎりぎり。台風が来てもここまで水位が上がることはめったにありません。今月2日に区民で川の周囲を掃除したばかりですが、掃除前に戻りそうです。
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 区のプールは、先週掃除したばかりですが、プールに川の水が入りそうです。村で最初にできたプールですが、浄水施設がないのでプールとしては認められていませんが、夏休み中は子供達の遊び場になります。夏休み中にプール当番が2−3回回ってきますが、川の水が覆ってしまえば今年は運営がないかなと、よからぬ期待をしつつも、緊急招集がかかってプールの底の泥さらいをすることを思えば「沈まないで欲しいな」と願うだけ。
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 上流を見た写真。この川の左側に戦時中疎開してきた小泉総理の一家が住んでいました。
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 通学の時間帯になると雨が小降りになってきます。小学校は明日が終業式。立ち止まって橋から川を見て「すごい水だぁ!」と驚いていました。川の水が減るまでは絶対近づいちゃダメだよ。と言うと「アヤカちゃん(秋田の母親に川に投げ込まれた少女)みたいになっちゃうもんね。」と小学生が言っていました。
 ”早く渡らないと橋が流れちゃうぞ!”
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 雨の日にクラシックカーに乗るのも大変でしょう。日本で作っているクラシックカーモドキだそうです。
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サミット

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 モスクワで開催されたG8先進国首脳会議も閉幕しました。
 ロシアと日本の関係については、日本では北朝鮮のミサイル問題に絡む制裁についてのロシアの協力についてが取りざたされていましたが、ロシア側ではこの問題はほとんど注目されず、日本海への石油パイプライン建設における日本の協力についてが日本がらみでは大きく取り上げられていたようです。
 この原油高や石油の確保が大変な時期に、将来を見据えれば一番大きな問題だと思いますが、日本ではパイプラインに問題についてはあまり注目されていません。
 いつ頭の上にミサイルが飛んでくるかと言う時に、石油よりも防衛と言うことなんでしょうが、これもまた真理だと思います。
 もし北朝鮮問題がなければ北方領土問題(ロシアではクリル諸島と呼んでいます)のことがメインになったことでしょうが、こういた問題も現地と日本では大きな温度差があります。
 靖国問題が中華圏で取り沙汰されますが、大方の中国人は靖国神社なんて知りませんし、中国に日本がその神社を作って持っていると勘違いしている人も多いです。
 ロシアにおけるクリル諸島問題も似たようなもので、なぜ北方領土がソビエト領土になったのか?その正当性について知る人は少数ですし、その前にクリル諸島がどこにあるのかさえ知らない人がほとんどです。


 秋篠宮紀子さまの出産は帝王切開になるとニュースで報道していました。もう男の子か女の子かわかっているのでしょうが、どちらだろう?
 4月27日の日記で、「出産が夜中になるから」と医者の都合で危うく帝王切開にされそうになった会員さんのことを紹介しましたが、もうすぐ3ヶ月になります。順調に育っているそうですが、日本にはロシア語の育児書などないので、ロシアから本を送ってもらったり、夫婦で”ひよこクラブ”を読んで子育ての手探りをしているそうです。

 今週ハルビンに行く会員さんは土産にコンニャクを持っていこうと計画していますが、西郷ドンにコンニャクについて「食べ方を知っているか?」と聞いたら”what is 蒟蒻 ? I do not know 蒟蒻 at all.”
 中国人には未知の食べ物のようです。
 ある日露カップルはウラジオストクの奥さんの実家にたくあんを持ち込んで、家族がパニックになったと言ってました。

 コンニャクは英語で”Amorphophalus konjak”という言い方もあるそうですが、以前国際交流でUSAの中学生が村に来たとき、コンニャク畑を見て何の畑だと聞かれ、コンニャクを”Dragon tongue jelly(竜の舌のゼリー)"と紹介したことがありました。もちろん彼らには何のことかわかりませんでしたし、コンニャクを作っている工房を見せたり、試食させてもわからなかったようです。
 ところが、その中学生達が持っていたダイエット用のサプリメントのパッケージに”mannan(マンナン)”と書かれていました。

 コンニャクのグルコマンナンは腸内で脂肪などを取り込む作用があるので、、中性脂肪やコレステロール値の低下に最適です。油で炒めた料理が多い中国の食事には有益な食べ物だと思います。


 夏の交通安全週間が始まりました。朝7時から国道に出て小中学校の通学の街頭指導です。
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 朝から雨で、”親が自動車で送っていくかな?””傘指して学校に行くのかな?”と微妙な降り方でしたが、何人か自動車で通学した子供はいたものの、ほとんどの子供達は傘を差して歩いてきました。
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 長袖を着るような肌寒い朝でしたが、雨合羽を着て外に出ていると、合羽の中で蒸れて服がぬれてきました。昔なら藁で作った蓑を背中に背負って雨の中で作業したことでしょうが、このスタイルのほうが通気性が高いので、合羽で群れるよりも快適に作業ができたかもしれません。
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 夕方は、災害対策委員で排水路の見回り。大雨になる予報は出ていませんが、この季節は草刈を下草などが雨で流れて、道路の排水溝や側溝につまっていることが多いので、見回りしながらそれを取り除くのが仕事。
 テレビのバラエティー番組に出演したゴルバチョフ元ソビエト大統領が、日本の道路は世界一良いと絶賛していました。雨の多い国なので排水をよく計算して、施工制度も高く作られていますが、手入れも良いことはあまり気がついていません。
 我が家の近くを走る国道は一級国道ですが、国土交通省が道路わきの雑草を刈り取ったり、道路わきにたまった泥や枯葉を取り除いたり、頻繁メンテナンスをしています。
 行政に予算のない田舎では住民がこうした作業をしています。

 草ぼうぼうだった昔と比べると公共の場をきれいにするように、住民の意識も変わってきていると思います。
 ”日本はきれいで清潔だ”と外国から言われることは嬉しいことですが、民度が成熟している証だと思います。

 この上流にダムを作る計画があったころは、今年のように雨が良く振る梅雨時でも今の季節にダムは空でした。8月になると東京方面の水不足が叫ばれました。
 ダム計画が中止になったとたん、いつも八分目以上に保っているので、雨が少ない年でも水不足がなくなりました。人間が管理するとこういう馬鹿なことが起きるものです。
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白波

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 今日のウラジオストクは曇り空だったものの雨は降らなかったそうで、メールを出しに来る女性会員が多かったです。仕事の帰りに事務所に立ち寄り、それから家に戻り外を散歩したり、習い事に行くようですが、今の季節は夜9時ごろまで明るいので、家の窓に明かりが灯るのが9時半頃だそうです。日本より2時間時計が進んでいるので、9時半と言えば日本の7時半ですが、緯度が高い分夏の日照時間は長くなります。

 日本は「海の日」で休日でしたが、日本海側では大雨に見舞われ、石川県では大きな被害が出た模様です。
 梅雨明けも近い季節になりましたが、本格的な大雨は台風が襲うこれからの季節です。

 昨夜、音楽会から帰る道で大道峠と言う峠道を越えてきましたが、峠の上から私の村を見ると、山を波のような雨雲が包んでいるのが見えました。このところ夜な夜な雲が覆うので月がどんな形をしているのかも見えませんが、雲の背後から月が照らし出す雲でした。
 ”風吹けば 沖つ白波たつた山 夜半にや君が ひとり越ゆらむ” 伊勢物語二十三段に出てくる有名な歌ですが、”沖つ白波たつた山”の山を覆う雲の白波とはこんな雲の状態だったのではなかろうか?と思ったものです。

 はたして、季節はいつごろだったのだろうか?と、本を引っ張り出してきて読み返してみましたが、季節については記載がありませんでした。雲が白波のように立つ季節。嵐の前でしょうから秋だったのだろうか?
 季節を調べたつもりが、二十三段の”梓弓”についつい目が行ってしまいました。”梓弓”は男女の思い違いからお互い好いていながらも、タイミングが悪く結ばれない悲劇の悲恋物語ですが、短い物語ですし、若かりし頃に読んだ時にはそれほど興味をそそられませんでした。歳をとったら綾がわかるようになったのか、短い文章のやり取りの間にある物語が想像できるようになったのか、こりゃすごい物語だわ!と考え込んでしまいました。
 伊勢物語は平安初期に編さんされたと言われる、今で言うならハーレクイーン・ロマンスのようなラブストーリー集。1200年前の人たちと現代の人たち、感情は変わっていませんし、同じことで悩んだり道を間違えたりしていたのだと感慨深いものがあります。さらに、洋の東西を問わず共感がある普遍的なテーマ。

 昨夜、雲の白波が沸きあがっていた山。
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 昼間この場所でカメラをかけるとあらぬ誤解を受けかねません。なぜなら、下の谷底に露天風呂のある温泉センターがあります。実際は超望遠レンズでもなければ見られませんが、畑帰りの村のばあちゃん達が入っています。
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category日記

コンサート

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 6月30日の日記で紹介したスーパーレディーおばさんの真澄さん宅でクラシックのコンサートがありました。それもピアノとコントラバスの演奏と言う珍しい組み合わせ。
 ベースはピアノと同じくらいポピュラーな楽器ですが、ほとんど表に出て主張することはありません。ロックバンドだってベーシストがリーダーのバンドは多いのに目立たず、ベースで注目されたのはビートルズのポールマッカートニーやKISSのジーン・シモンズなどわずかでしかありません。ドリフのいかり長介さんもベーシストでした。
 クラシックとなればなおさらで、必要不可欠なパートにも関わらず協奏曲は少ないし知られていません。ロックやジャズの影響でベースと言えば指で弦をはじいて弾くピッチカートが主流で、弓で弾くボウイングの音を聞く機会も少ないので、素晴らしいチャンスに恵まれました。


 元々は市民のオーケストラとして発祥した群馬交響楽団。NHKの「プロジェクトX」で取り上げられたこともありますが、クラシックと言っても簡単にコンサートに人が来るわけでもありませんし、運営に苦しむ時代もあったそうです。そこで群馬交響楽団が編み出したのがオーケストラの学校回り。私達が子供の頃は毎年群馬交響楽団が各地の学校を回り演奏をしてきました。文化流布の草の根運動です。おかげさまでクラシック音楽に対するかしこまった権威主義と無縁に接することができます。
 コントラバス奏者は岩木春彦さん。群馬交響楽団で活躍しています。
 伴奏のピアノは作曲家・編曲家の仲岡零さん。
 開幕前の音あわせの光景。
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 真澄さんは娘さんがピアノの練習用に使っていた部屋をを改造して演奏会ができるホールを作ってしまいました。
 肩書き用の習い事にピアノなどを習わせる親は多いけれど、自分で音楽が好きになってここまでのめりこめる人は少ないです。しかも、耳が肥えているのですごい演奏家を見つけ出すことに長けているスーパーレディーおばさんです。

 正装を決め込んで出かけるクラシックも良いけれど、息遣いが聞こえる間近で接する音は一味も二味も違います。
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 クラシックの音楽会と言えば、パンフレットにメニューが並び、余計な解説が淡々と書き連なり、演奏者の肩書きが長々と書かれているもので、観客は演奏の最中にそれを必死に読んで暗記して、聴いてきた様な気分になるものです。
 上の写真のように余計なことは一切書かれていません。余計なことよりも音楽そのものを楽しむ。あえて曲の成り立ちなど書き連ねなくても子供の頃からオーケストラの演奏が学校に来ていろいろ聞いています。
 演奏の前後にはフォークコンサートばりの面白い話があり、ここで説明が聞けます。
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 演奏はいきなりチェロの名曲として知られるサン・サースの「動物達の謝肉祭」の中の名曲「白鳥」で始まりました。通常なら演奏の最後やアンコールで用いられてもおかしくない名曲です。
 HPのコラムでもちょっと触れたことがありますが、サン・サースの「白鳥」はロシアの名バレリーナのアンナ・パブロワによって「瀕死の白鳥」として知られるようになり、バレエ「白鳥の湖」でもおなじみの足を細かく動かすパ・ド・ブレはこのときに世に広まっています。

 ロシアのラフマニノフの名曲「ヴォカリーズ」、バッハの「G線上のアリア」フォーレの「夢の中へ」、ブルッフの「コル・ニドライ」と続き、”これをコントラバスで弾いちゃうのか?”とびっくりするようなメニューでした。
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 仲岡さんのピアノソロで「ラ・カンパネラ」。バイオリンの巨匠パガニーニの名曲を、リストがピアノ用に編曲した難曲です。
 作曲家や編曲家はピアノができて当然ですが、ピアノを演奏することのエキスパートのピアニストではありません。「ラ・カンパネラ」を弾きこなせる作曲家は少ないそうです。
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 私はロシアのキーシンが信じられないようなスピードで「ラ・カンパネラ」を弾くのを見て、”こんなものに手は出せない”とあきらめましたが、仲丘さん曰く「49歳の時に突然弾けるようになった」そうで、私でもまだ挑戦する月日があります。最初の8小節程度は私でも弾けますが。
 リストは「超絶技巧」などの難解な曲がたくさんある作曲家ですが、メロディーも素晴らしいので、耳で聞くのと目で見るのとでは大違いの曲があります。
 超絶技巧の「鬼火」なんて曲は弾いている姿を目にするととんでもなく難しいことがわかりますが、音だけを聞いていると美しいメロディーです。ただ単に難しい近年の難解技術物とはわけが違います。
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 休憩、ティータイムを挟んで後半はシューベルトのアルペジオーネ・ソナタ イ短調D.821.チェロの名曲ですが、これをコントラバスで演奏です。第三楽章まで演奏すれば20分を越える曲なので、チェロリストだってめったやたらに手を出せるような曲ではありません。主催者の真澄さんのリクエストだったみたいで、酷なお願いをしたものです。
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 私が高校時代に受験シーズンになると群馬テレビで「本日の大学合格者」の字幕放送があり、県内高校出身の合格者の名前が字幕で出て、そのバックミュージックがピアノソロでシューベルトの「ます」。いまだにこの曲を聴くと受験時代を思い出して不安な感情がわきあがってくるのですが、アルペシオーネのピアノ伴奏にも「ます」に似たフレーズが出てきて、一瞬冷やりとしました。

 後半にはコントラバスの岩木さんのお嬢さんがバイオリンで飛び入り参加。桐朋学園の高校生です。
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 お父さんと二人でチャイコフスキーの「優雅で感傷的なワルツ作品56第6」を演奏。18歳の女の子がこんなに艶っぽい音を出せるのか?とドッキリするような19世紀のロシアンロマンスの香りが漂いました。
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 圧巻はモンティの「チャルダッシュ」。ジプシーバイオリンの名曲です。最初は妖艶で物悲しく引きずるように踊るメロディーから入り、突如激しい炎の舞のごとく盛り上がる曲ですが、いともたやすく淡々と弾きこなしていました。
 さすがコントラバス奏者の娘さんだなと感心したのは、低音の安定感で、バイオリンの低音側のE線とG線は音が暴れるので特にG線を鳴らすのは難しいのですが、きれいな甘い音を出すので感動しました。
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 スラブ系、ジプシー系のメロディーが似合う少女だな、曲の個性に負けていないな、将来頭角を現してくるぞ!と期待しています。高校卒業後は日本の音大は金がかかりすぎるので外国に出してしまおうとお父さんが言っていましたが、こうした経験が身になりそうな心を持った少女なのでたのしみです。
 桐朋の3Kと言うのを教えてもらいました「計算ができない」「漢字がかけない」「結婚できない」だそうです。
 コントラバスとバイオリンの岩木親子の演奏でエルガーの「愛の挨拶」でコンサートは終了。
 終了後、ピアノの仲丘さんの譜面を見せてもらいました。譜面台の限られたスペースに乗せるために、縮小に縮小を重ねた小さな譜面でした。
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 コンサート終了後は居間で座談会。演奏者と膝つき合わせて話ができる機会などめったにありません。
 音大目指している女子高生が進路相談をしていました。日本のクラシック会の師弟関係の義理人情と親分子分の裏話など聞かされていました。
 ショパンのノクターンの話題が出て、仲丘さんがピアノ室に行って追加公演。「戦場のピアニスト」に使われた曲です。
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 その一方で、私とコントラバスの岩木さんと盛り上がっていたのは、今日のコンサートに来ていた真澄さんの友人で、テレビの司会やイベントの司会などで活躍していたマドンナの女性の結婚を巡って。
 絶対結婚しないだろうと噂されていたのに、8年前に突然結婚してしまいました。私より年上の女性ですが、今でも美しくエレガントです。岩木さんも彼女のファンだったようで、恋敵だったんですな。
 「あなたのように美しくてエレガントな女性が何で結婚してしまったんだ」「永遠のマドンナが普通のおばさんになってしまったじゃないか!」と二人で問い詰めていました。
 「なんで私が結婚しただけで責められるんですか?」「あなたが美しいから!」
 やはり、10年前に人間国宝か特別天然記念物にでも指定しておくべきでしたが、当時は総理大臣が一年と持たないような日本の混乱期でした。国がしっかりしていれば今頃世界遺産になっていたかもしれないのに、美人の結婚は国家にとって損失。俺達の青春を返せと騒いでいる横で、岩木さんの娘さんが「おじさん二人がいい歳して何馬鹿なこといってるの?」とあきれてました。
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 お開きになったは夜中の11時過ぎ。マドンナと一緒に仲丘さんと岩木さん親子を見送り、私も峠を越えて家に戻ったのが12時過ぎでした。
 得がたい経験ができた一日でした。
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渡来

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 大方のロシア人は自分の血液型など知りません。必要な時は医師がその場で調べればよいのですし、なまじ患者の言うことを真に受けて検査しないなんてことは事故の元ですし、ありえいなことです。
 日本の場合、新生児の段階で血液型がわかりますが、たしか、胎盤の血液を採取して検査すると聞いています。しかし、稀に出産時の母親の血液が混入して間違えるときがあるそうで、「生まれたときはA型だったのに、O型になった」なんて事が起こるそうです。
 これで父親がAB型だったりすれば「赤い・・・」シリーズになってしまいます。

 血液型など知らなくても日常の生活になんら支障はありませんが、女性の血液型がRH−で、男性がRH+の場合、出産の時に気になることがあります。最初の子供は問題ありませんが、もし最初の子供がRH+だった場合、母親に抗体ができるので、二人目の子供を身ごもった時にこの子供もRH+だった場合流産する可能性が高くなります。
 まさに、案ずるよりも産むがやすしで、今は医学が発達しているので、このようなことが事前にわかりますし、対処法もたくさんあるので、必要以上に気にする事はありません。

 昔の日本は「嫁が来たけど子供ができない」「男の子が生まれない」と三行半突きつけられて追い出される女性もいました。
 RH−、+の問題で子供が産まれないことなんてほとんどの人が知らないので、原因の一部になっていたかもしれません。
 出産せずともRH+の子供を身ごもった時点で抗体はできますし、妊娠初期の流産など当人でさえ気がつかないことがあります。昔の農家などは激しい肉体労働と粗末な食事でしたから、女性の体にも負担が大きいので、「いつもと違う周期で月のものが来た。」「いつもより出血が多い」程度に思っていたものが、実は初期流産で、このときしっかり抗体ができていればその後の妊娠が困難になります。

 多民族国家のロシア人はRH−が多い民族で、旧ソビエトだったアルメニアはRH−大国です。特にスターリン時代に強制移住させられた者達が多いウラジオストクなど、三代も遡ればどこかしらにウクライナやコーカサスなど周辺民族の血が入っています。


 秋、ウラジオストクの郊外の森の中で見つけた赤い実のなる草。サトイモ科の植物で日本ではヘビノコシカケなどと呼ばれるマムシグサです。茎の状態から察すると、ムラサキマムシグサで、日本の山林に生えているものとなんら違いがないものがロシアにも自生していました。
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 今の季節なら下の写真のような形をしており、見かけることも多いと思います。蛇に腰があろうはずもなく、鎌首をもたげた蛇のような容姿からヘビノコシカケなる別名がついたのでしょう。
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 ロシアにもヘビノコシカケが自生していることには驚きました。ヘビノコシカケの花は奇妙な生態を持ち、食虫植物のように花の筒の中に虫を陥れます。虫は這い上がろうとして花粉をつけて筒の中を這い回りますが、受粉を終えたらそのまま死んで飲み込まれてしまうようです。
 ヘビノコシカケという毒々しい別名や、湿った薄暗い森に不気味な花を咲かせることからあまり気持ちよい植物ではありませんが、我が家の界隈では秋になると上の写真の赤い実を食べる人がいます。痔に効くのだそうで、痔主はこの身を収穫してそのまま食べたり、干して保存しています。

 マンナンライフの蒟蒻畑。コンニャクも同じサトイモ科でヘビノコシカケの仲間です。群馬県はコンニャクイモの産地なので私達は見慣れていますが、コンニャクの花はもっと毒々しい不気味な花です。同じ仲間にはミズバショウやザゼンソウもあります。
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 コンニャクの原産地はインドネシア方面だそうで、薬用として日本に持ち込まれ独自に品種改良されてきました。飛鳥時代には既に渡来していたようです。
 一説には縄文時代には既に渡来してきており、飛鳥時代には食用として栽培されていたと言う説もあります。
 縄文時代と考えると、2000年以上前に日本は海を越えた交流があったことを意味しています。縄文遺跡から米の花粉が見つかっているので、この時代に交流があったことは実証されています。

 3−4年コンニャクイモを育てて出荷しますが、南方の植物なので秋に掘り出して冬は凍らないように保管しなければなりません。デリケートな作物なので、雨が降ると消毒、風が吹くと消毒、雨が降らなければ水を撒く。手間隙かかるので私のような堕農には手が出せない作物です。

 コンニャクイモからコンニャクを作る作業ときたら手間隙かかるもので、この食べ方を考えた日本人の知恵はたいしたものです。日本以外の国でコンニャクが食用になり得なかったのは、食べられるように加工する方法がなかったからです。
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 ノンカロリー食品として欧米でも注目されるようになったコンニャクですが、最近はコンニャクに含まれる成分のセラミドが注目されるようになり、お肌のお手入れ用品がコンニャクから作られたり、やけどの人工皮膚にも用いられるようです。
 摩り下ろしたコンニャクイモなど触ろうものなら痒くなっていられたものではありませんが、それが肌のために役立つ製品の元になるなんて。わからないものです。
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お城

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 メール交換中のお相手にこまめに写真を送ってくれる男性は皆さん評判が良いものです。
 どんなところに住んでいるのか?どんな生活をしているのか?自分の生活を見直すきっかけにもなりますし、発見も多いです。
 「相手に聞く前に自ら語れ」これは人付き合いの基本だと思います。

 具体性にかける質問ほど答えに困るもので、テレビなどを見ていると良く見かける光景は、外国からの俳優やアスリートが来日したインタビューで「日本をどう思いますか?」「日本についてどのくらい知っていますか?」などの質問が出たときで、あからさまに不快感を顔に表す人さえいます。同様の事を自分が聞かれたらどう答えればよいのだろう?
 当たり障りのない問いかけのつも嫌悪不信感をもたれることになりかねません。
 こうした意味不明の問いかけをしてくる手合いほど自分で勝手に”こんな風に答えてくるだろう”と、返ってくる答えを勝手に思い込んで想定して質問しているもので、突拍子もない答えが返ってきてあたふたするものです。

 「私はこうだけれど、あなたはいかがですか?」と答えやすいように導くのも、こちらの語りかけが大切だと思います。

 夜、電話で大笑いになった話題があります。自分の実家の写真をメールでウラジオストクに送った会員さんですが、私達が見れば地方の白壁の土蔵がある農家で、日本の伝統的な家屋です。
 今日、ウラジオストクから来たメールには「彼の両親はお城を持っているのですか?」
 白壁の土蔵がお城に見えたようです。

 「えらいことになっちゃいましたねぇ。」と大誤解に笑い転げていましたが、白壁の土蔵とお城の区別もつかないのかと勉強になったそうです。

 子供の頃、兵庫県の母の実家に行くと近くに明石城というお城がありましたが、あまり大きなお城ではありませんし、やや高いところにあったものの目立つような白ではありませんでした。
 初めてお城を意識してびっくりしたのは岡山城で、子供心に”桃太郎が住んでいるのはこのお城に違いない?”と見上げたものです。

 7月10日に日露カップルの友人にもらった新ショウガ。
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 甘酢を作って、スライスをしてガリを作ってみました。これがなかなかご機嫌な味わいになりました。生姜の先っちょの赤い芽の部分を色づけ用につけて赤みを出しました。味噌漬けも作っていますが、まだ漬けこんでいる状態です。
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 ロシアのお袋の味はキュウリの酢漬け。甘酢に漬ける家庭もあれば塩味きつめに漬ける家庭もあります。キュウリもロシアのママのように大きくしてから食べるのが一般的で、若い娘の状態の日本のキュウリを見て「何でこんな味のない状態で食べてしまうの?」と不思議にかんじるのも文化の違い?
 キュウリの酢漬け。ロシアのスピリチュアル・フード。ウラジオストクから帰るときに必ず持たされます。しかもガラス製の瓶詰めで。機内で割れたりしたらパニック間違いなしですから、着替えに持って行った服で割れないように二重三重に包んで衝撃が及ばないようにバックの中央に入れて持ち帰ります。
 酢が天然物に近いので香りがぜんぜん違います。
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 生姜の甘酢が良くできたので、これにキュウリを入れて作ってみようか?などと画策しています。

 浜松では38度と驚異的暑さだったようですが、何より苦しいのはこの湿気。畑から戻ってくるとシャツもズボンも汗でびっしょりで、雨の日に作業したってこんな状態にはなりません。
 着替え持って共同浴場に行って温泉で流してから昼食を食べ、午後、1時間ほど残りの作業を済ませてまた風呂に入って着替えするほどでした。

 祇園祭ごろに咲くキキョウがもう咲いていました。お盆のころにキキョウとオミナエシが咲くように植えておいたものですが、オミナエシもつぼみが日に日に大きくなってきており、お盆のころには花が終わるのではなかろうか?と心配になってきました。
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 ブルーベリーも色が着き始めました。
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バカンス

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 夏休みシーズンになると日本からロシアに音楽の勉強に行く子供達が見受けられます。そういう意味ではウラジオストクは近くて便利なところですが、音楽教育機関はあまり有名ではありません。ロシア中から優秀な音楽家が集まるサンクトペテルブルグやモスクワが中心で、ウラジオストクも有能な演奏家の卵はモスクワやサンクトペタルブルグに勉強に行くことが多いです。
 隠れた音楽の名所はエカテリンブルグで、特に交響楽に対して市民の耳が肥えています。ここで認められればロシアはおろか世界で通用するといわれています。
 ベルリンに行ったエリツィンは、酔っ払ってコンダクターのタクトを取り上げて自ら指揮棒を降ってしまった事件がありましたが、エリツィンはエカテリンブルグ出身です。

 今日ウラジオストクから来日したピアノ講師はエカテリンブルグ出身。ウラジオストクの音楽学校で講師をしていますが、夏休みのアルバイトで日本でピアノ教室の講師をするようです。

 職場によっては勤務成績で1ヶ月の夏休みは珍しくないので、リゾート地に保養に行く人や外国に行く人も珍しくはありませんが、もう一つ隠れたバカンスはアルバイト?
 ある女性会員は今日から夏休みを取って一ヶ月カムチャッカでアルバイトをするそうです。元々カムチャッカから出てきた人ですが、両親がキャンプ場で店を開いていて、バカンスシーズンは大忙しなのでその手伝いをしてくるのだそうです。

 彼女の実家はサケ漁を生業としていたそうですが、カムバック・サーモンの掛け声の元に日本がやたらにサケの稚魚を放流するようになってから、日本のサケにロシアの天然サケが駆逐され漁獲高が減っているそうです。
 元々利根川あたりがサケの南限で、それより南で放流したところで自然とは縁遠い行為ですが、河川の汚染からの離脱の象徴にしたものの結果的に生態系のバランスを崩しているのですから考え物です。
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 日本の隠れた名産品。河童橋などで売られている料理のサンプルの蝋細工。浅草に訪れた外国人が土産に買っていくことも多いそうです。
 外国人を連れて外食する時に便利なのは写真入りのメニューを持つファミレスや、店先に料理の見本が展示されている食堂。これだけで随分気持ちが楽になります。
 
 夏休みシーズン、ロシアを観光で訪問する人も多いことでしょうが、レストランでメニュー見せられてもどんな料理なのか?困惑することは多いものです。
 英文で書かれたメニューを持ってきてくれるレストランもありますが、今まで写真付きのメニューと言えば中国料理の店と韓国料理の店と日本料理の店でしか見たことがありません。ロシア人客は文字だけのロシア料理のメニューで決められるのは当然ですが、その他の実のロシア人が外食しなれていないので「どんな料理なのかわからない」と言われると困ります。
 料理見本など作らせればロシアにもすごいアーティストがたくさんいることでしょうから、こういった技術を学べばヒットすると思うのですが。
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 昼間、農道を走っていたら目の前を灰色の巨大な影が横断しました。あわててブレーキを踏みましたが、もう少しで特別天然記念物をはねてしまうところでした。
 カモシカも驚いたのか田んぼの真ん中を横切って走り去っていきましたが、カモシカが走りぬけた後は稲が倒れて逃走ルートがラインになっていました。
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飛行機、船旅

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 それにしてもロシアの国土の広さときたら。ウラジオストクからモスクワまで列車で7泊8日。9000km。
 来月男性会員さんとパリにデートに行く女性会員の場合、ウラジオストクからモスクワまでフライト時間が9時間少々、モスクワからパリまでが4時間弱。その4時間弱の間にポーランド、ドイツ、ベルギーを越えていくのですから驚きます。
 
 新潟からウラジオストクに向かうと空港を飛び立って1時間前後で日本海を渡りきってしまい、これが音速の戦闘機ならこの半分以下の時間で日本海を越えてしまうと思ったことがありました。

 ウラジオストク線の1時間半弱の時間は機内食や書類の書き込みで結構忙しく、もう着いたの?と思えるような時間ですが、4時間5時間となると時間をもてあましてしまいそうです。

 日露カップルの間でも極東ロシアとヨーロッパ側のロシアでは感覚が違うわけです。ハバロフスクやウラジオストクなどフライト時間が1時間半から2時間半ですが、モスクワですと11時間近いですし、サンクトペテルブルグの奥さんの里帰りなど、モスクワは国際線と国内線の乗換えが不自由なので、フランクフルト経由で帰る人が多いです。
 意外なところではウズベキスタンのタシケント経由で里帰りのパターンも最近は良く耳にします。タシケント経由は価格が安いこともありますが、ロシアは国内線の運行時間が遅れることが頻繁なので、エカテリンブルグやノボシビリスクなどシベリア西部の空港へはタシケント経由で行ったほうが確実なんだそうです。

 知り合いのウクライナ女性はクリミヤ半島の人ですが、ウィーン経由でキエフ、そこから国内線に乗り換えてセバストポリに行くと言っていました。
 直行便一発、1時間半で往来できるウラジオストクは極めて便利な場所だと、よそ様を見て思いますが、自分の身の上に降りかかると、なかなかねぇ。

 日本で生活するウラジオストク出身者の里帰りで人気は船便で。夕方富山を出航し、丸一日海の上で過ごし、翌々日の早朝ウラジオストクの港に到着します。列車や船の旅は椅子に縛り付けられる飛行機と違って、自由に動けますし、いろいろな人と出会えて話す機会も多いので退屈はしません。
 価格的に安上がりなことや荷物をたくさん持ち込めることが人気の要因ですが、仕事を持つ夫たちにとって船上で3日も費やすことは受け入れがたいので、奥さんと子供を船で帰して、休暇を取って飛行機で顔を出しに行くのが定石。

 昨年の夏は旅行会社がクルージング用に船を借り切ったために、日本への定期便が予告なしに半月ほど休航になるとんでもない事態がありましたが、この夏もやらかすのだろうか?

 日本で買ってきた中古車はウラジオストクで陸揚げされ、モスクワなどから買い付けに来る人たちもいます。一般的なのはシベリア鉄道に乗せて運ぶ方法。一番好まれるのがウラジオストクの空港からアントノフなどの貨物飛行機に乗せる方法で、路面電車の車両さえ入ってしまう大きな飛行機です。これは運がよくないと自動車を積むスペースが確保できないそうです。
 夏なら北極海経由でサンクトペテルブルグなどに貨物船が運航していますが、「安いけれど絶対乗せたくない!」理由は甲板に野ざらしなので、海水や海水の混ざった湿気が車体を傷めてしまうそうです。
 

 本来青い花が咲くアジサイが。今年は赤い色になっています。”そのうち青くなるだろう”と思っていましたが、日に日に赤が濃くなっていきます。アジサイが赤くなるのは土壌がアルカリ性を意味していますが、雨が降るたびに赤くなるので”酸性雨はどうしちゃったのだろう?”と気になっています。
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 ホタルブクロ。一頃急激に見かけなくなりましたが、最近はまた目に付くようになりました。多年草なので、草刈の時に刈り取らないように残すようにしていますが、この花が咲く頃になると梅雨が明けます。
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 南天の花。冬に赤い実をつけます。雪に赤い実が心地よい色使いなので、南天とナナカマドを育てていますが、昨年はナナカマドが身をつけませんでした。この晩秋には両方赤い実をつけることを期待しています。
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エアポケット

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 ウラジオストクは今日も雨。メール交換中の男性にメールを出すために事務所に来た女性会員達もいましたが、「雨が降るとバスの本数が減るような気がする。」と言っています。

 バスに時刻表はなくだいたい一杯になったら始発点からスタート、途中で客を降ろしたり乗せたりしながら終点に向かいますが、途中のバス停で待っていても、満員ですと降りる客がいなければ停まりません。
 冷房車と冷房のないバスでは値段が違いますが、こんな雨の日は除湿している冷房車の方が快適です。でも、わずかな料金の差は大きなもので、冷房車は空いていても冷房のないバスは大混雑でさらに蒸し暑くなります。

 自宅にパソコンを持っている人はまだ少ないので、事務所近くに勤務時手いる人は仕事帰りに立ち寄れますが、バスで何十分もかけて出てくる女性もいます。メール一つでも大変な思いをしています。
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 事務所とはイルクーツクの飛行機事故の話題になりました。来月会員さんとパリでデートする女性会員がおり、モスクワ経由でパリに行きます。「イルクーツクを経由しない直行便ですから大丈夫です。」と言っていました。
 元軍人さん説によるとイルクーツク近辺は近くにバイカル湖があるから気流が乱れやすいのだとか。高い高度を飛んでいるなら問題ないが、高度が下がると気流にもまれることがあるとか。
 
 新潟やウラジオストクからハルビンに向かう時、ハンカ湖と言う大きな中ロ国境の湖を越えていきます。ハルビンに向かう時は高い上空からはるか下に眺めますが、ハルビンからウラジオストクに向かう時は高度が下がるので気流の影響を受けます。
 私も経験しましたが、湖を越えたあたりで巨大なエアポケットに入ったように、というのか、エレベーターで下るように一気に垂直に機体が下がって行き、湖から遠くないアルセーニエフ(だと思う)の軍の基地や山が見る見る迫って来るようで、窓の外を見ていて恐ろしかったです。数秒間の出来事で、乗務員は平然と装っていましたが、悲鳴を上げる女性客がいました。
 その後機体がもう一度上昇したので、エアポケットに入って落ちたんだなと思いましたが、たいして上昇しないでウラジオストク空港上空についてしまいました。この湖で体勢を崩してウラジオストクの市街地に墜落する可能性も十分あると思いました。

 スタジオジブリでグウィンの「ゲド戦記」がアニメ化されているそうで、「もう日本で見られますか?」と聞かれました。ゲド戦記はロシアでも人気小説だそうです。トルーキンの「指輪物語」、ルイスの「ナルニア国物語」と並んで三大ファンタジースペクタクルと言われていますが、どれもまだ本で読んだことはありません。

 「千と千尋の神隠し」「もののけ姫」などジブリのアニメ映画はロシアでも人気が高く、ウラジオストクのスタッフは「もののけ姫」を見て日本人とロシア人の「自然観」や「シャーマニズム」に対する感性が似ていると感じたそうです。
 「ほたるの墓」もDVDで出ているようで、自分達が終戦直後に満州に入り込んで開拓団にどんなことしたか、戦後シベリア抑留者にどんなことをしたか。そんなことはまったく考えないで、「アメリカは日本に爆弾を落として一般市民や子供をひどい目にあわせた。」と涙しているようです。
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 「戦争は地獄だが、平和を維持することは地獄から遠くはない」北朝鮮のミサイル問題で北京訪問中の米国のクリストファー・ヒル国務次官補の言葉です。


 今年の1月に結婚した先輩の息子さんに子供が生まれたので、新おじいちゃんにお祝いを持っていきました。今7月で、結婚したのが1月なので、7-1=6ヶ月。昔は十月十日と言ったもんですが、最近は妊娠期間が短くなったんですねぇ。と感心していたら、「俺の時なんか7月に結婚して9月に長男が生まれたんだ!2ヶ月だぞ!たった2ヶ月!」と威張っていました。
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着物

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 九州に被害を与えた台風三号は朝鮮半島を直撃したようですが、ウラジオストクもその影響で強い雨と風の一日だったようです。緯度が高いウラジオストクに台風が到達するまでには勢力が衰えて熱帯低気圧になのが通常です。ロシアなのに同じ台風の影響下のウラジオストク。既に台風4号が発生しており、これも朝鮮半島に向かうようです。

 ウラジオストクは船員が多く住む港町なので、他のロシアの地域よりも気象情報に敏感だといわれていますが、日本で買いつけた中古自動車の入港待ちをするする人たちにとってこの天気は不安です。
 台風がウラジオストクに近づくような時は出航を遅らせたり、高波を懸念して港に入らず外の海で1日2日待つこともあります。
 今はうっかり外の海で待っていると北のミサイルが飛んできるやも知れませんから穏やかではありません。

 今朝、目が覚めてあわててテレビをつけたらPK戦が始まるところでした。イタリアはPK船が鬼門なので、要所でジダンがPKを決めてフランス優勝かな?と見ていたら、ジダンの姿がありません。「途中交代したのかな?」と思っていたら、ジダンがレッドカードで退場?
 後10分早く目が覚めていればリアルタイムで見られたのに。

 結果はイタリアの優勝。セリエAの八百長問題もうやむやになってしまうのだろうか?

 ハイライトのビデオを見ると、イタリアもフランスも同じラテン系民族と思っていたら、ラテン系イタリアと多民族軍フランスの一戦に見えました。
 2000年前のローマには既に国民軍とは別にやとわれた傭兵が出現していますが、いまや傭兵といえばフランスです。サッカーの活躍が移民との融和に大きな意味を持つというのですからただのスポーツに留まっていません。
 唯一PKをはずしてしまったフランスの選手も移民組のようですが、トラブルが起きなければ良いのだけど。

 モスクワでは和服姿で誰でも写真を撮れるスタジオがあるのだとか。着付けを学んだスタッフまでいるそうです。
 顔を白塗りにしたらゲイシャスタイルと言うそうですが、芸者は留袖、舞妓は振袖が原則だったような気が…、振袖で裾を流すと花魁のいでたち?でも帯の留め方は…細かいことはいいか。
 振袖着て日本刀は違うのではないか?とさらに突っ込みつつも、着付けから化粧して200ドルの値段は、物価が東京より高くなったモスクワを考えれば高くはないと思います。
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 多分、普段着の写真だったらかなりの美女だと思いますが、和服になると目鼻のパーツがはっきりしすぎていてなじみません。特にアイシャドーが。
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 ロシアの民族衣装のルパシカを持っていますが、これを着て外に出る勇気はありません。
 その昔、群馬県には大久保清という少女誘拐殺人事件の何人がおりまして、ルパシカにベレー帽にマツダのロータリーで画家を装って女性を誘拐して連続殺人。ルパシカ=大久保清のイメージは根強いです。


 玄関前の草にホタルがたかっていました。昼間だから光っていませんが、この界隈も昔は団扇であおいで落とすほどホタルがいたものです。
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 日露カップルの友人から生姜を大量にもらいました。魚や肉の匂いが苦手なので生姜は良く使いますが、チューブ入りの練りショウガが一本あれば半年は持ちます。
 甘酢で漬け込んですし屋のガリ風の漬物を作ってみようかと思っています。根生姜は冷凍しておけば使うときに必要な分だけ切って解凍すれば使えるので無駄が出ません。
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三大料理

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 シベリアのイルクーツクでモスクワ発のエアバス機が墜落し120人を超える死者が出た模様です。

 イルクーツクで飛行機墜落は今回ばかりではなく、1994年1月にも墜落し、日本ではあまり騒がれませんでしたが、翌年イルクーツクに行った時にその現場近くを通ったことがありました。市街地からちょっと離れた農場の中でした。
 記憶に新しいところでは1997年に空軍の大型輸送機アントノフが市街地に突っ込んだ事故がありました。
 経済混乱があった90年代ロシアは整備不良から飛行機事故が相次いだ時代でした。

 エカテリンブルグからウラジオストクに向かう飛行機が墜落したのは5年前の今頃だったと記憶していますが、このときはその直後にモスクワに行った友人がおり、無事到着できるか?などとからかったものです。

 広大な国土を持つロシアですが、イルクーツクは給油のための拠点にもなっています。5年前のウラジオスオク航空などたどり着く前に燃料切れで墜落したとも言われていますが、必要ぎりぎりの燃料でフライト。もしかして今回のエアバスも燃料切れ?原油高ですから。

 原油高が国民に苦難を強いていますが、ロシアの国はホクホクで、ロシアの通貨ルーブルを国際通貨にしようという動きが出ています。90年代のインフレ時代は一晩で紙くず、物の値段をドルで表示し当日のレートでルーブル決済する時代でしたが、立ち直りが早いです。
 ルーブルの「R」をモチーフに$、€、¥のようなデザインを作っている最中だそうです。

 数字の上では世界4位の経済大国になった中国ですが、「元」は固定レートですし、粉飾決済や遠からず起こるだろう金融破たんで国際通貨への道はまだ遠いようです。

 ハルビンでは西郷ドンがもうすぐ来日する奥さんの航空券を買いに航空会社に行き「北朝鮮のミサイルのことを日本側が気にしている」と話したら、「中国の飛行機に当たる事はない。そんなことをしたら北朝鮮はなくなる。」
 近海にミサイルが落ちたロシアでも「国土に落としたら北朝鮮は消滅する」と強気。

 彼らの恐ろしいところは平常を装いながらしっかり危機への防備を固めているところで、「危機」と叫ぶだけで具体的に何をして良いのかわからない日本と違います。
 その代わり、日本人は地震への対応なら自信を持てます。地震の時日本人ほど冷静に対応できる国民はいないかも。

 ワールドカップサッカーの3位決定戦は開催国ドイツが3-1でポルトガルに勝利しました。正ゴールキーパ争いに敗れたオリバー・カーンが出場していたので、嬉しかったです。前回の日韓ワールドカップでドイツは2位でしたからなんだかんだ言われても強い国です。

 オリバーカーンは37歳、今回はジダン(34歳)やフィーゴ(33歳)など往年のベテランの活躍が目立つといわれていますが、ベテラン、年配と言われながら私よりも10歳以上若いのですから、トップアスリートの世界は熾烈です。

 今夜はイタリア−フランスで決勝戦。ピザやスパゲティはよく食べますが、エスカルゴも舌平目のムニエルも食ったことがありません。
 世界の三大料理は中華料理とトルコ料理の二つが決定で、残りの一つをイタリアとフランスが争っているといわれていますが、トルコ料理というのも、ドネル・ケバブしか食ったことがありません。それも縁日の屋台で。
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 イスラムの国ですから羊の肉なんでしょうが、羊の肉はあまり日本ではなじみがありません。
 ウラジオストクの肉屋さんで羊の肉を売っているのを見ましたが、牛肉より安かったような気がします。ロシアでは牛肉より豚肉のほうが高いので、お国変われば異なるものです。

 日本人なら感動物のウニ・イクラもロシアではあまり喜ばれません。イクラは元々魚の卵を意味するロシア語ですから、ロシアでも食べますが、独特の匂いを嫌う人も多いです。
 ウニはほとんど食べたことない人ばかりでしょう。独特の匂いで嫌いな人が多いですが、最近異変が起こってウニを食べられる人が増えてきているようです。
 日本食ブームの影響?というより、ナホトカなどのウニが日本に高額で売れるために、ロシア人も「何でこれが高価なんだ?日本人がうまいって言うのだからうまいのかも?」と食べるようになったと友人は言っています。
 日本でウニの味を覚え、休日に郊外の海でウニを採って食べ放題だったのが、最近はライバルが現れるようになったそうです。
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 回転寿司に行くと100皿のネタがロシア人の好みに多いのですが、日本に慣れてくると複雑な模様の皿のネタも食べられるようになるので恐いです。
 山育ちの私などウニやイクラの味がわかるようになって、食べられるようになったのは40歳過ぎてからで、貝類を食べられるようになったのはまだ1−2年ですが、3年やそこらで順応されても嬉しいやら困るやら?
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寺子屋大学

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 九州方面は台風の影響で大雨のようですが、こちらは蒸し暑い一日でした。

 富山に寄港した貨物船乗りの友人からCDが送られてきました。アンナ・レズニコワという歌手のCDで、私が大好きなセルゲイ・エセーニの「犬の歌」の詩にワジム・ロツキンが作曲したあの名曲を、ピアノ一つで歌っています。これもまた涙なくして聞けない素晴らしい創唱で、機会があれば紹介します。
 彼はもう、富山を出発したようですが、以前横浜に寄港した時ディズニーランドに行って、帰りの電車がわからず苦労したそうです。アクセントのない”O”を”ア”と発音するロシア人。ヨコハマがヤカガマになります。「ヤカガマ行きはどの電車ですか?」こう聞かれてすぐに答えられる日本人はいません。
 ニャーガータ(新潟)、トーヤマ(富山)はわかりますが、ヤカガマはちょっと。今はヨーコハマと言えるようになった様で、これならわかると思います。

 夕方から泰寧寺での寺子屋大学「ほたる鑑賞の夕べ」に行って来ました。お茶講や、邦楽を聴いたり演劇家による朗読、書画の展示、いろいろ勉強になります。駐車場整理の手伝いをして、いったん家に戻り夕食を食べてからまたお寺に戻りました。


 今年の朗読の出し物が芥川龍之介の「羅生門」聞き逃すわけには行きません。
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 駐車場整理の間はまだ明るかったので、文庫本を読み返して、自分なりに”このせりふをどう読もうか”などとと考えていました。
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 筝と尺八の前半の演奏が終わり、朗読になったら少しは外に出る人がいるかな?と思っていましたが、増えるばかり。
 本堂の中に入りきらず外まで人があふれていました。
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 さすが劇団の役者さんですから、本を読むだけでもぜんぜん言葉の説得力が違います。御伽噺を聞く子供ではありませんが聞き入ってしまいました。
 中西礼さん小説「満州の赤い月」や作田和幸さんの「小説・ハルビン物語」のイメージが強くて、屍に貧民が群がる終戦直後のハルビン道外区の貧民が羅生門と重なってしまい、どうにも息苦しい思いがぬけなかったのですが、今日は純粋に「羅生門」として楽しめました。

 マイクが壊れて肉声での朗読だったので、みんな静かに聞き耳を立てていました。
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 庫裡から本堂を見た景色。北側の中庭です。「羅生門」の朗読満喫して庫裡でお茶をよばれました。
 駐車場が一杯になるので、私は寺子屋大学のときはいつも遠慮して山の上の火葬場に自動車を置いて歩いてきますが、副住職に「良くあんなところに自動車置いてこられますね。帰るときに恐くないですか?僕なんか不気味で夜近づけませんよ。」
 好き好んで置いているわけじゃないんですが、お寺にそんなこといわれたらどうすりゃいいんだ?
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 本堂の中の仏像。ステージからはこの仏像に語りかけるように対峙しています。
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 筝の後半の演奏準備。最近は琴といわないで筝とよぶことが多くなりました。
 以前はフルートやクラリネットの演奏家も来ましたが、音の反響が少ないお寺の本堂では洋楽器の音は通りません。紙と木の家といいますが、和楽器はアタックの音が強かったり微妙に音が暴れるので反響が少ない場所でも良く聞こえます。
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 普通の十三弦の筝と、低音を重視した十七弦の筝。この二台で宮城道雄の”せせらぎ”を演奏していました。
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 準備中に本堂の中を写しました。須弥壇と欄間は重要文化財になっています。デジカメのシャッターラグの間に通り抜けた怪しい人影。筝の演奏家で足が付いています。
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 この絵も重要文化財です。
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 観音様?この絵には何も解説がなかったのでわかりませんが、水辺が描かれているのでヒンドゥーの神様のサラスバディだと、私は思っています。学問と芸術の神様なので、こうした催しにはぴったりです。サラスバディは日本では弁財天とよばれています。見とれてしまいました。
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 筝の演奏が始まりました。十三弦と十七弦で宮城道雄の”せせらぎ”。
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 尺八が入り古典音楽を数曲。演奏の最後は意表をついて「男はつらいよ」のテーマソングでした。
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 最後は尺八と筝の演奏で日本の同様をみんなで歌うので、そろそろと人が帰って行き、空席ができるようになります。
 人が多かった本堂の中は畳があって座布団が敷かれていても蒸し暑いので、空席ができても本堂の中より、隙間風が入る廊下の板の間のほうが快適でした。
 本堂の外の人だから「外人さんなのか?」と新たな真理を発見しました。勉強に来た甲斐がありました。
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 帰りはみんないっせいに帰り混雑しますし、下の沢でホタルを眺めてから帰るので思い切り時間差を作って帰るほうが得策。お寺の中で時間をつぶしました。
 深い言葉だなと感心しました。葬儀屋さんの広告ですね。
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 山椒の木で作った擂粉木。こうしてあらためて考えるとありがたいものです。
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 本堂は仏様の場所で庫裡は生活の場なので、お寺でも神棚があります。
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 庫裡では茶器の展示もありました。お宝鑑定団が喜ぶような器がありました。茶の湯の師匠たちがたむろしているので私など落ち着けません。
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 このふすまの絵は二十数年前に韓国の女性画家がこのお寺に泊り込んで描いたものです。描かれている山は須弥山だと思います。
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 演奏を終えた筝の演奏家たちがお茶をいただいてくつろいでいるところ。
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 真っ暗な中、懐中電灯で足元を照らしながら火葬場まで自動車をとりに行きました。こういうときに限って先ほど聞いた「羅生門」の朗読が思い浮かぶ上、お寺の世話役のご老人に「今日はいい話しを聞いたから、火葬場のガラスに羅生門の婆さんみてえな人影が写るかも知れねえな。まあ誰しも一度は焼き場の厄介になるんだから気にするな。」などと脅かされ、次回からは人様の邪魔になっても近場の駐車場に駐車しようと決めました。
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魅力

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 今年の5月に56歳で亡くなられたロシア語通訳の米原万理さんのエッセイ「真昼の太陽」にこんなエピソードが出てきます。
 小学校時代に父親の仕事の関係でチェコのプラハにあるソビエト学校に通っていた彼女が日本に戻ってくると、吉永小百合の大ブームで、美人の代名詞になっていました。ところが、米原さんにはどうにも吉永小百合が美人に見えない。特に歯並びの悪さがなんとも不気味。
 日本人の感じる美しさと、プラハで身につけてしまった感性の違いが浮き出てしまったそうです。

 以前、日本の俳優の写真をHPに掲載して、ウラジオストクの事務所に来た女性会員に誰が一番素敵か?アンケートをとったところ、高橋克典、唐沢敏明、江口洋介などに人気が集中し、西田敏行やホンジャマカの石塚、なぎら健壱などまったく票が集まりませんでした。当たり前すぎて腹が立ちました。
 ある女性会員が選んだのも人気集中の3名でしたが、「もし私が結婚するなら彼らを選ぶことはないでしょう。なぜなら、彼らのようなハンサムな男性には近寄ってくる女性も多いから、私は安心して家庭を作れないでしょう。私は心の安定した男性を望みます。」この言葉に救われた思いでした。

 美意識の共通認識が世界に広まったのはマケドニアのアレキサンダー大王の東征で、アレキサンダー大王の軍についてきた兵士は征服した土地に住み着き、ギリシア彫刻的美学がその土地に根付き、インドでは仏教彫刻にその影響が入り込み、遠く日本にまで伝わったと言われます。
 均整の取れた、端正な、これが美の基本なんでしょうが、個性とはその均整のどこかが崩れたところに生まれるものです。

 日露カップルの集まりなどに行くと美女と野獣のコンビが多いので、美意識がずれている女性が多のか、人間性の結びつきなのかと自分のことを棚にあげて見てしまいますが、国際カップルは個性的なカップルが多く、それぞれ独自のフィーリングをかもし出していますが、それぞれの個性が良く調和しています。

 太っている、髪の毛が薄い、まぶたが一重、男性も自分自身のフィギュアが気になるものですし、ロシアにも稀にこうした容姿を嫌う女性もいますが、私達が思うほど男性の容姿について気にしないものです。
 ロシア女性に限ったわけではありませんが、上手にリードできる男性は当然好かれますが、上手なリードはプレゼンテーションの豊富なことで、選択肢の道筋の多さ、柔軟な考え方だと思います。
 自分の長所だと感じていることを延ばしたりアピールすることがとても重要だと思います。

 国際カップルに限らず結婚してから魅力的になる男性は多いものですが、自分のどこが魅力かということを把握できるのも自信から生まれることなのでしょうか?この自身が慢心に変わると「私はこれで会社を辞めました」と小指を突き出すことになるのでしょうが、国によっては姦通罪で別荘暮らしです。


 スーパーで本マグロの解体ショーをやっていました。メキシコものの本マグロ。大きなものではありませんが5万円。青森の大間の本マグロならいくらになるのだろう?
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 魚を三枚におろすのは日本の独特の調理法。中国なら大きな包丁でぶつ切りでしょう。
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 「残酷〜」とつぶやいている奥様がたがいましたが、それを刺身で食ってるんだろうが!最近の日本の若い娘さんたちは魚が切り身のまま泳いでいると思っているおめでたい方も多いようです。
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 ウラジオストクなど肉屋に行くと皮を引ん剥いた牛が丸ごとつるされていて、「この部分」と切り取ってもらって買ってきます。
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 海から遠い私の住む村でマグロが日常的に買えるようになったのは昭和50年からで、それまでは旅館に出入りする魚屋に注文して買うものでした。いまやマグロの解体ショーです。
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category日記

七夕講

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 北朝鮮のミサイル発射問題で揺れる日本ですが、自分の国から14kmのところにミサイルが着弾したロシアはたいした動揺もなく、太平洋艦隊も動き出す様子もなく冷静です。
 「ロシア政府は北朝鮮がミサイルを撃つことを事前に了承していたから騒がない」とウラジオストクのスタッフは予想しています。

 夏休みシーズン、ウラジオストクから北朝鮮へバカンスに行っている人たちも少なくありません。列車で行けるそうで、ロシア国境に近い経済特区のような町がロシア人の保養地になっているようです。

 数年前、ウラジオストクに修学旅行に来た中学生くらいの一行を見かけたことがありますが、一目見て「これはただ者ではない」とわかる軍人らしき男性が複数同行いていました。多分政府高官の子女でしょう。
 180cm超級の大柄な男達でしたが、目つきも厳しく、坊主頭で耳はつぶれてタコになっていたので柔道の寝技のようなトレーニングを受けていたのだろうとわかりますし、手の甲にもゴツイタコができていて、テコンドーや空手のような武道をしていたのだろうと察しましたが、子供あちにあごでこき使われて、荷物持ちをしていました。こんなものに襲い掛かられたらひとたまりもないぞ!と恐ろしい雰囲気を漂わせていました。こんなものが日本にせめて気たらと思うとゾッとします。できれば兵隊は韓国に攻め込んでもらって、日本には美女軍団に来ていただきたいです。

 北朝鮮の兵士にはハルビンの氷祭りでも遭遇したことがありました。氷祭りの会場に軍服を着た兵士の一行がおり、西郷ドンが「彼らは北朝鮮の軍人です。人民解放軍との交流に来たようです。」と教えてくれましたが、氷の滑り台で遊んでいました。
 ロシアや中国は北朝鮮と交流が深いのは納得していましたが、実際目にすると不気味です。


 兵力の予想なんて蓋を開けてみなければわかりません。誰がイタリアとフランスで決勝を争うなんて予想していたでしょうか?イタリアサッカー連盟などワールドカップ前は汚職問題でごたごたしていましたし、フランスもヨーロッパ予選を含めてやっと予選を勝ち抜いてきたような有様。本当に紙一重の力の差や、一度のチャンスを逃したか手に入れたかの違いです。時の運を味方につけることの重要さを感じます。強さってなんだろう?と考えると恒久的なものではありません。


 恒久的に強いわが村の野放しご婦人方は七夕祭りです。女性には女性の付き合いがあるのだからそれを尊重して妨げるような野暮なことをしてはならないのですが、毎度のごとく”都合のいい男”として利用されています。”都会のいい男”とは待遇が随分違います。
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 七夕祭りと言えばイタリア料理?ご婦人方は今夜はたらふくワインを飲むからと、私は毎度のごとく運転手です。運転手の男性二名(入り婿なので苦労が素晴らしい人格を作っている人です)は肩身の狭い思いをしながら「暴れないでねぇ。飲んでもいいから暴れないでね。」と息をひそめて祈るだけ。
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 スパークリングワインで乾杯でした。
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 それにしても、外人さんのファッションセンスは奇抜で、意表をつかれます。
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 最初に出てきたのは椎茸とひき肉とオリーブの実とニンニクをオリーブオイルで炒めてパンに乗せた料理。
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 次に出てきたのが銀ダラの料理。魚の皮が美味でした。
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 座敷で箸で食べるイタリア料理というのもすごいけれど、これと七夕がどのような関連を持つのかは定かではありません。

 ご婦人方の話題でNHK大河ドラマの「功名が辻」の話題が出て「うちのお父さんなんか”山内一豊の妻って言うけど”こんな美人で機転の利く女房に恵まれたら、俺だってもっと偉くなってたんさぁ。なんて言うから、言ってやったんさぁ。あたしだって上川隆也みたいないい男と結婚してたら頭を使ってらぁ。って。」  う〜ん、あのおやじは今でこそ布袋様のような風体だけど、中学時代はスレンダーでかっこいい先輩だったんだよ。

 ロシアで言うならカーチャ、イタリアではリゾット、日本ならおかゆ(おじや)。
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 農家の野放し奥様達が中心ですからよく食べます。話の話題がかみ合っているのかどうかはわかりませんが、延々と喋り続け、料理が出てくるとシーンと静まり返り、手際よく小皿に分けると「おいしいわねぇ〜」。そしてとめどない会話が始まります。
 私に回ってくる前にピザはなくなりました。バジルのピザだったのに。
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 最近この田舎でもイタリア料理店が目に付くようになりましたが、ご婦人方が盛り上げているんでしょうね。行政でやっているイタリア料理教室は人気沸騰で、すぐに定員一杯。我が家にハーブをもらいに来る人も増えました。
 イタリア料理といえばスパゲティ。
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 「イタリア料理っておいしいわねぇ。フランスとイタリアはイタリアが勝つんじゃないの?」世界三大料理は中国、トルコともう一つをイタリアとフランスが争っていますが、料理のことではありません。ワールドカップサッカーの決勝をスパゲティの味で予想しています。案外当たったりするので恐いのですが、「フランスのジダンってタバコのことでしょう。フランス語で煙草のことをジダンって言うんだよね。」ジダンはジプシーのことだってば。タバコはTabac。
 1月5日の日記で紹介したギニア→ガーナ→ロッテと話が吹っ飛ぶ姑さんたちに徐々に近くなっています。将来楽しみです。

 とどめにローストした牛肉。ソースはくるみのソースです。付け合せのジャガイモが美味でした。ジャガイモと紫たまねぎのオリーブオイルサラダをたっぷりいただきました。
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 私が食べてもボリューム満点できついくらいでしたが、さらに追い討ちをかけるようにケーキが出てきて、私は食べられませんでした。でも、誰かが食べたようです。

 2500円会費で貫禄の親分方が計算中。予算が余ったので2次会!とまた話が盛り上がってきました。
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 二次回たるや税込み300円のファミレスのドリンクバー。しかもドリンクバーオンリー。男にはできない荒業です。「心臓強いなぁ〜」と男二人別のテーブルで肩をひそめました。
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 で、七夕はなんだったのか?七夕パーティーなのにそんな話題はまったく出てきませんでしたけど。「まぁ、いいんじゃねえの?一年に一度父ちゃんたちが母ちゃんから開放されるのが現代の七夕って考えれば。」
 昔は二十二夜講や二十三夜講と言って、夫人達が集会所に集まって過ごす夜があったそうですが、こうして慣わしを学んだり、家庭からはなれて息抜きをしていたんでしょうね。七夕講と言ったところでしょう。
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category日記

ミサイル

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 朝、ワールドカップサッカーのドイツ、イタリア戦はどうなったのだろう?とテレビをつけると、北朝鮮がミサイルを発射したニュースを報道していてびっくりしました。

 どこに着弾したのだろう?何発打ち込んだのだろう?テレビのチャンネルを変えては見入っていましたが、正確な情報が入っていないらしくミサイルの数もそのつど違っていましたし、日本を跳び越して太平洋の着弾したと言う報道まで流れていました。

 昼近くになってミサイルの数が6発、日本海の北西に着弾したことやその場所の地図が出ていましたが、日本海の北西と言うよりもロシアの近海。ナホトカの沿岸です。

 ウラジオストクに電話して”そちらはどうなの?”と聞くと、「こちらの報道では新潟の近くと稚内の沖に落ちたと報道されています。」
 新潟の近くどころかウラジオストク付近で、貨物船や漁船で賑わう海域です。

 先週からウラジオストクにはUSAの第7艦隊が交流のために停泊していて、街中に米兵がたくさん出ているそうですが、第7艦隊の兵士も特に変わった様子もなく、今日も街を歩いていたそうです。木曜にカムチャッカに向けて出航すると聞いていますが、今回のミサイル事件で変わるのだろうか?
 米兵がウラジオストクの街を歩いているなんて信じられない話ですが、世の中変化しています。

 元海軍将校の男性スタッフは興味津々で毎日第七艦隊の戦艦を見に行っているようで、「戦艦の構造は大体わかりました」と言っていました。彼の目線はどこに砲弾打ち込めば船が沈むかですから、視線が違います。

 ちょっと西にずれればロシア本土直撃でしたが、「もしもミサイルがロシアに落ちたなら、今頃北朝鮮は地上から消えていますよ。」と不敵に笑っていました。彼の読みは政府が軍部を掌握できなくなっていて、軍の暴走と言う話です。

 北朝鮮がミサイルを設置したと言われたころには、既にウラジオストクの防空壕のような施設を軍が点検しているので、備えはできています。戦争慣れ?しているのかこういうときには冷静です。

 心配なのはウラジオストクやハルビン行きを控えている会員さんたちで、もうすぐハルビンに奥様をお迎えに行く会員さんなど、「ミサイル着弾点の上空を飛んでいくのだから大丈夫かな?」と気にしていました。
 他人事ではない問題です。

 一戦交えるにしても中国交えての対戦になることでしょうから、朝鮮半島の西側でやってくれればと思うのですが、考えてみれば私の弟が今週から大連に赴任しているのでこの海域で一戦あれば穏やかではありません。


 雨で草が水を吸って重くなっているので草刈には最適。ビシャビシャになりながら畑の畦の草刈をして、町営温泉センターの遊神館に駆け込みました。
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 雨が降った時の露天風呂も快感です。最初は雨が冷たく感じるものの、温まったら雨で冷やしてまた入る。
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 霧で見えないものの頭の上を米軍や自衛隊の戦闘機が飛び交う音だけが聞こえました。北朝鮮で何かあると訓練飛行をかねて私の村の上空を戦闘機やヘリが飛び交いますが、露天風呂の中から空を見上げていました。
 戦争経験のある年配者の話では、砲弾が飛んでくるときの音でどちらに着弾するかおおよそわかるそうです。現在の北朝鮮から吉林省あたりまで出兵で行ったことがあるそうですが、山の多い北朝鮮の地形は簡単に攻略できない地形だそうで、平坦地の民族中国大陸がが2000年間に400回朝鮮侵略を企ててもその地形を攻略できなかったと言う話になりました。
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 露天風呂から見た内湯。サウナ、打たせ湯、大浴場、ジャクジー、薬湯などがあります。
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 ドイツワールドカップにちなんで、この期間はドイツの薬湯を提供していますが、今日は黒イチゴ湯。
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category日記

淳仁天皇

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 日曜に大阪であったJICのパーティーで、日本国籍を取得するための日本語試験について、奥様方の話題が盛り上がっていたそうです。
 2−3年前なら話の種にもならなかったでしょうが、メンバーのほとんどが母親になると考え方も変わってきます。
 
 ロシアは日本人が最も入国しにくい国の一つで、招待状がないとビザが取れません。観光旅行ではホテルの発給するバウチャーがその代役になりますが、ホテルにチェックインするとパスポートはお目仕上げになり、一晩内務省(警察)にあずけられチェックされます。
 親族や友人の招待状でロシアに行くと2日以上の滞在の場合はオービルという役所で外国人登録の手続きをしなければならないなど厄介な手続きはたくさんあります。

 北方領土問題が解決しない限りビザなし渡航は難しいでしょうが、招待状制度は見直される傾向にあるようで、里帰りの障壁も少なくなります。

 日本国籍を取得しない奥様方の理由で多いのが、両親が生きているうちはロシア人でいたいという意見。自分が生まれ育った国を捨てるということはたやすいことではありません。
 日露カップルの子供の場合、18歳までは二重国籍でいられます。もし自分の子供が「ロシア国籍を選択したい」と言ったら素直に喜べますか?


 私の村の宮原という土地にある奇妙な看板。この看板の前を何回も通りながら読む機会がありませんでしたが、6月30日の日記でも紹介したスーパーレディーおばさんの隣町の真澄さんに「どういういわれなの?」と問われて、また謎が一つできてしまいました。
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 第47代天皇だった淳仁天皇(733-765)がこの地で没したという看板です。淳仁天皇といえば女帝の孝謙天皇の後を受け、若くして天皇に即位したものの、藤原仲麻呂に陰で操られていた天皇で、失脚し淡路島に流され33歳で淡路島で没したとされています。何で関東のこんな山奥に来るのだろう?
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 淳仁天皇は藤原氏の流れを汲む初の天皇だったようですが、このあたりも藤原氏の影響があった場所ですからわからなくもありませんが、ヤマトタケルノミコトだって前橋あたりまで来て泣きながら逃げ帰ったような土地なので、8世紀にはまだ日本に組み込まれていなかったのでしょう。もし淳仁天皇がこの地に来ていたとすれば、政治的亡命です。

 思いをはせると淳仁天皇の時代は興味深い時代で、中国の唐は玄宗皇帝が楊貴妃に骨抜きにされていた時代で、遣唐使で唐に赴いた阿倍仲麻呂(淳仁天皇を陰で操った藤原仲麻呂とは別人です)は中国の科挙となり、李白や王維と交流し、ついに阿倍仲麻呂はついに日本に帰ることなく唐で没しますが、この時代(755年)に藤原氏ご一行様の遣唐使使節団と一緒に日本に帰ろうとしましたが、暴風で船がベトナムに流され帰れませんでした。
 唐では楊貴妃に取り入っていた胡人の安禄山が安史の乱(756-763)を引き起こし焼け野原になった長安を見て杜甫は「国破れて山河あり」の名詩を残します。以前、コラムに楊貴妃について書いたことがあります。
 この混乱に乗じて藤原仲麻呂は淳仁天皇をけしかけて新羅討伐を目論見ますが、これも淳仁天皇失脚廃帝の要因だったようです。

 源義経ヂンギスハーン説ではありませんが、破れた側にも伝説は生まれるものです。眉唾っぽいけど、興味深いのでこのことも調べてみます。
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 畑の境界に残しておいた桑の木が実をつけていました。こちらではドドメと呼びますが、マルベリーとかララベリーなどと呼ばれる洋名も桑の実です。基本的にお蚕様が葉っぱを食べるために植えられた木ですから、後になって実がならない木が重宝された時代もありました。
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 この勢いで枝から落ちた桑の実が道路を着色しています。もいで食べてみましたが、甘みも酸味もいまひとつで、昔はこんなものがおいしいと感じたのだろうか?と思いましたが、懐かしい味でした。
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 山アジサイの花。実はこのあたりの土着の山アジサイではありません。7年前に某ところの山に行った時に咲いていた山アジサイの花がちょっと変わっていたので、枝を手折ってきて水耕栽培で根を出して育ててきました。
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 アジサイの学名については昨年の6月17日の日記で書きましたが、漢字の紫陽花は唐の白楽天の詩から用いたもので、紫陽花はアジサイとは別の花です。
 万葉集には「味狭藍」「安治佐為」といった表記で出てくるので、純日本語です。「あづさあおい」あるいは「あずさあい」が語源ではないかと言われ、藍色が集まったと言う意味らしいです。
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航空券

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 ウラジオストクから新潟まで800km、ウラジオストクからモスクワまで9000km。つくづく広大なロシアです。

 ウラジオストクの女性スタッフの妹はモスクワで働いていますが、最近、彼女らの両親がモスクワまでの航空券を買ったら往復で1000ドル移譲したそうです。日本へ行く飛行機よりも高いの?と驚きましたが、距離は10倍です。
 数年前はシベリア鉄道で一週間かけていくと、その間の食事の値段などを考えれば飛行機のほうが安くつくと言っていましたが、今は飛行機の一方的な価格高騰。
 原油高で潤うロシアですが、航空機の値段は高騰する一方。20世紀はアエロフロートが唯一の航空会社でしたが、それが分裂したものの価格競争もありません。アエロフロートはヨーロッパに行くには安い航空会社として日本では知られていますが、国際線の価格競争を国内線でまかなう気でしょうか?
 「ウラジオストクからモスクワまで直接行くよりも、ウラジオストクからソウル経由でモスクワに行ったほうが安いかもしれません。」そうかもしれない。

 先週、北海道から飛行機で羽田に帰ってきた友人は、格安チケットで1万4千円で、列車よりも安上がりだったそうです。羽田ー千歳空港も、新潟ーウラジオストクも郷里は似たくらいですから、ウラジオストク便はずいぶん高いなぁと思いましたが、国内便より国際線のほうが高いロシアもなかなかのものだと思います。
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 1976年(昭和51年)の9月5日、ウラジオストクの北の小さな町チュグエフカを出発した戦闘機ミグ25が函館に降り立ちました。
 ベレンコ中尉亡命事件です。世界最高性能を持つ戦闘機といわれていたミグ25の現物を手に入れることができた自衛隊と米軍はミグ25を解体調査し、超音速戦闘機なのに、チタン合金ではなく普通の鉄板を使っていたことや、景気や機器類にICのような集積回路ではなく、音楽マニアにはたまらない真空管を使っていたことなどがわかりました。
 このころ私は”ラジオの製作”を片手にトランジスターラジオ作りに夢中になっていた頃でした。

 ベレンコ中尉はその後USAに亡命し、現在は不動産会社の社長をしているようです。

 1983年(昭和58年)8月31日にはソビエト空軍による樺太上空で大韓航空機撃墜事件がありました。アラスカのアンカレッジからソウルに向かう大韓航空機が香呂をはずれ再三ソビエトの領空を侵犯したために、スクランブル発進したソビエト空軍が撃墜してしまった事件です。
 ソビエト崩壊後に出てきた資料では、乱気流を避けるために自動航法から手動に切り替え、そのまま戻し忘れて自動航法のつもりでソビエト領空に突入してしまったようで、ソビエト空軍は狙撃する前に威嚇射撃をしたものの、大韓航空機が気がつかなかったか無視したか、ついに撃墜され、269人が亡くなりこの年はカニが豊漁だったそうです。

 今はそのカムチャッカ半島のど真ん中を北回りの飛行機が突っ切ってきます。あの時代はなんだったのだろう?
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 私の一番下の弟は今日から妻子を残したまま大連に単身赴任。「3ヶ月の出向って言われたけど、半年はかかりそうだ。」と言っていました。
 戦前、大陸浪人などと呼ばれた日本で食いつぶして旧満州や中国に行き、ふらふらしたいる日本人がいましたが、最近は平成の大陸浪人が中国本土で人を騙すようなことをしているようです。
 中国に限ったことではありませんが、外国で出会う同じ国の人間には要注意です。


 サッカーの中田ヒデ選手が引退宣言しました、ワールドカップ以降の所属チームも決まっていなかったので、引退かな?と言う予感はしていました。世代交代の時期ですから、自分が三浦カズ選手にとったような態度を今度は自分が受けることになるだろうと思っていましたが、その前に足抜けするようです。

 行く川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず。世相も人も常に変化しているので立ち止まっては淀みのうたかた。
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お片づけ

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 今日は大阪のJIC旅行センターが主催する旧ソビエト圏の人たちのパーティがあったそうで、友人の日露カップルが参戦してきたそうです。おなじみの顔なじみのメンバーが集まるようですが、いつの間にか子供が増え幼稚園状態になっていたそうです。少子化が叫ばれる昨今、嬉しい話です。
 女性が3人寄ると姦しい(かしましい)と言いますが、子供のほうが顕著だと思います。子供二人ではおとなしく遊んでいますが、3人になると走り回るわ、叫び回るわと急激にうるさくなります。

 20年後にはこの子供達の中からワールドカップの選手が出ているかもしれませんし、世界的なアーティストが出ているかもしれません。漫才師も出るかも?親しくなっておけばサイン入り色紙がもらえるかもしれません。

 まさかとは思っていましたが優勝候補筆頭のブラジルがフランスに負けてしまい、ドイツ大会のベスト4はヨーロッパ勢になってしまいました。
 
 その前に行われたイングランド・ポルトガル戦もPK戦にもつれ込むすごい試合でした。ポルトガルは出場するたびに優勝候補と言われながら予選落ちでしたが、ポルトガルほどの国でも40年ぶりの予選突破。私達が考えるほど簡単ではないようです。
 ポルトガルはその前のオランダ戦でレッドカードで出場停止の選手が出ましたが、この試合の主審はロシア人。好景気に沸くモスクワ経済のごとくレッドカード、イエローカードを連発しました。「どこの国の審判だ?」と注目してしまいましたが、ロシア人だったので”それもあるだろう”と納得。

 フジテレビとのいさかいで放送されなかった昨日の総合格闘技プライドでは藤田がバンダレイ・シウバ(ブラジル)にKO負け、吉田秀彦もミルコ・クロコップ(クロアチア)にTKO負けしてしまったようで、歯がゆい週末でした。

 先週から沼田市のグリーンベル21で開催していた連盟写真展が終了し、片付けに行ってきました。
 定年退職した学校の先生が中心になっていることもあり、その人脈で集められた教え子達は、三歩下がって師の影を踏まずで「お手伝いさせていただきます」と顔を出さねばなりません。


 私の作品ではありませんが、不届きな客がいたようで、ペン先のような鋭いもので写真を傷つけられていました。
 25日の午後に私が来たときには既にこの傷があったので、犯行はこの日の午前中だと思います。
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 片づけが終わるとたい焼きとジュースで「来年のテーマは」と話し合いになりますが、そこは元学校の教師が多いので事前に決めてきての事後承諾。うっかり異を唱えれば「おめえ恩師に逆らう気か!」と厄介なことになるので黙っています。
 それより、何でいつもたい焼きで、それもアズキのアンコではなく青いウグイス餡なのか?常々疑問に思っていましたが、会員の一人(これも元教師)がウグイス餡が大好きだから、いつも自腹で買ってきてくれている。それだけの理由でした。「色彩が…」なんて理由を期待していたのですが。
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category日記

プラハの夏

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 夏休みを取ってチェコのプラハに旅行に行っていたウラジオストクの男性スタッフがもどってきました。
 「プラハは物価がロシアの半分でとても安く過ごせる街です。街並みも美しくて素晴らしいところです。」
 プラハはからサンクトペテルブルグの奥さんの親戚の家に行き、ロシアの物価高にうんざりしたと言っていました。

 「何でこんなにいい街がロシアにならなかったんだろう?」と、とんでもないことを言ってますが、1968年8月にワルシャワ機構軍で軍事介入しているじゃありませんか。
 某おっかさんなんかベルリンの壁作りで有刺鉄線張りしてからドレスデンに移り、その後、モスクワに戻ってからプラハに赴任。軍事介入前にはモスクワに戻っていますが、きな臭い活動をしていたのでしょう。チャフラフスカと一緒に写した写真を宝物にしています。当然ソビエト側の見解なので、「私達は西側がプラハを侵略するのを防いだ」と言っています。

 クンデラの小説「存在の耐えられない軽さ」が映画化され、ワルシャワ機構軍がプラハの町に軍事侵攻して来ると、市民がいっせいに鍋やカップをスプーンで叩いてブーイングしながら音を鳴らすシーンが出てきます。この行動にどういう意味があるのか興味を持っています。

 チェコのウチェルスキー・ブロットと言う町との姉妹都市で使節団が来たときに交流会に行ったことがあります。チェコといってもプラハから遠く、スロヴァキア国境のカルパチア山脈の麓ですが、彼らが言うには「ウィーンに近い。」
 私達が東京近郊と思っているのと対して変わりません。

 姉妹都市交流でチェコのピルスナービール作りを導入して地ビール作りをきっかけに、ドブリーデンと言う町営のレストランがありますが、当初はチェコ風の料理を作っていました。


 今はビールのつまみに十割そばが売れ線です。
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 もちろん、西洋風の料理もありますが、西洋の田舎料理ではなく、田舎の西洋料理と言うところがポイントです。
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 チェコとの交流会の時はこのレストランでパーティーがありましたが、ロシア奥様軍団とチェコから来たキャンペーンお姉さん軍団の間には冷ややかな距離感がありました。
 「何でこんなところにロシア人がいるの?」と言う表情のチェコ側と、「あたし達には挨拶なしなの?」と憮然とするロシアの姉御たち。お互いを無視するかのごとく冷ややかな空気が漂っていました。が料理は良く食べていました。

 国際交流の拠点の場となる施設も、アイスクリームとコンニャクが異文化交流しているだけです。
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 昨日の夜からの雨で川が増水して、ゴムボートの川下りは大満足みたいです。
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 私はまだ試したことはありませんが、一度味わうと病みつきになる楽しさだそうです。
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 橋本元首相が亡くなりました。先ほどのウラジオストクとの電話の中で、「さきほど、日本のテレビで見ました。日本の大統領だった人が死にましたね。」と言われ、宮沢元首相か中曽根元首相かな?と思っていたら、橋本元首相でした。
 早速中国政府が弔意を表すメッセージを送ってきたので、やっぱ女スパイに寝物語で国家機密ばらしていたんでしょう。


Con ezperanza o con pena
en los campos de acheral
yo he visto a la luna buena
besando el cañaberal
胸はずませてかしおれてか、アチェラルの野を行ったころ、見上げたもんだよトウモロコシ畑、口付けしているやさしい月を。

 アルゼンチンの吟遊詩人、アタワルパ・ユパンキの”トルクマンの月”の一節。
 アルゼンチン、PK戦の末にドイツに負けてしまいました。今回のアルゼンチン代表はタンゴの国と言うよりも、フォルクローレの故郷のような顔つきが多く、妙に親しみをおぼえていました。
 大柄なドイツ選手に取り囲まれた小柄なアルゼンチン選手を見ていると、文明に蹂躙される原住民みたいで応援してしまいました。

 お祭りムードだった日韓ワールドカップの時に感じられなかった”国を背負って”の悲壮感をひしひし感じるトーナメントです。
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