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早稲田

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 もうすぐ来日する女性会員のVisaが無事発給されたとウラジオストク事務所から連絡が入りました。
 ロシア当局による日本漁船への発砲事件があったり、今日もまた日本に雇われたと思われる漁船が領海侵犯して拿捕された、なんてニュースが飛び交っていましたので、関係ないほうに飛び火しないことを願っていました。
 まずは一安心。

 北方領土問題がある限りに日露平和条約は締結されませんでしょうし、ビザなし渡航もありえない国同士であることには変わりありません。
 ロシア人にとって日本は最も入国しにくい国の一つですが、それでも、USAや英国に比べれば入国しやすい国だといわれています。

 最近の北海道に行ったことがないのでわかりませんが、ロシア船員が多く滞在する土地なので、標識や看板にロシア語が書かれていたり、電気店の店員がロシア語を喋ったり、ロシア語に馴染みが深い土地と聞いています。

 私がキリル文字に初めてお目にかかったのは、高校時代に教育実習に来ていた高校のOBの北大生に「第二外語をとるならロシア語だ。生涯使うことも無い言語だから、名前さえかければ単位がもらえる。」とアドバイスされたことがあります。第二外語にロシア語があるのは北海道の大学か早稲田くらいのものでしたが、"誰がこんな役に立たない言葉なんぞ勉強するものか!"と思ったものです。
 
 ラブレターを書きたい一心で30代後半になって勉強し始めたロシア語ですが、今回の漁船襲撃事件で一人自画自賛していたことがあります。
 テレビにロシア側のインタビューが出る時、同時通訳や字幕スーパーよりも一瞬早くロシア側の喋っている言葉が理解できた時で、"勝った!”と一人悦にいっている自分を発見しました。

 午前、前橋に行ってお昼に朝鮮料理店に行ってカルビクッパを食べてきました。このところ夏風邪で食欲ダウンしあっさりしたものばかり食べていたので、刺激的な辛いものを食べようと立ち寄りました。
 店はランチタイムで混んでいました。相変わらず声がかすれたままで出ないので、写真入りのメニューからカルビクッパの文字を指差して注文しました。
 私の隣のテーブルでも数人の若者が、メニュー指差して注文していたので"こいつらも夏風邪か?”と、ボケーっとしたまま料理を待っていると、隣のテーブルはワイワイ会話している。しかし、なにを喋っているのかわからない?"ついに耳まで使えなくなったのか!"とヒヤリとしました。
 日系ブラジル人でした。

 群馬県は全国的に見てもブラジル人在住者が多い土地ですが、役場のパンフレットなどにはポルトガル語を見かけるものの、看板や標識でポルトガル語を目にすることはまずありません。
 観光地の案内看板なども英語、中国語、ハングルが併記されるようになりましたが、ポルトガル語などブラジル人在住者が多い太田市や大泉町にでも行かなければほとんど見かけることもありません。
 そう考えてみると、北海道の人たちはロシア人を大切にしていると思えてなりません。

 帰りに高山村を通ってきました。
 県立の天文台。ここでオーロラが観測されたことがあります。
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 水金地火木土天海冥。太陽系の惑星は9つありましたが、この夏のプラハの国際会議で冥王星が惑星からはずれ8つになってしまいました。
 その1−2日前の報道では惑星が11-12に増えるという話でしたが、定義が変わったら冥王星が外れてしまいました。
 茶番劇みたいですが、歴史的な事件にリアルタイムで接していると思います。
 山の上に見えるのが天文台。
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 この山の中腹に"群馬パース大学"というのがあります。
 天体とは関係なく理学療法や看護士の大学ですが、人里離れた山の中にポツンとあります。
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 傾いた慟哭の青春を感じさせるような橋の名前。早稲田というだけあって一面田んぼです。ちなみに橋の下を流れる川は名久田川で、7月21日の日記で紹介した中之条町の赤坂へ流れています。
 上流に見える橋が早稲田橋でしょうか?足をのばせばよかった。
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 この環境下で屈折していたら村八分になって朽ち果てるだけなので"早稲田文学"は異なる方向に向かっていたに違いありません。
 田舎では勝ち馬に乗らなければ踏み潰されてしまうので、"在野精神"も"テーゼ"が"アンチテーゼ"を庇護してくれる前提の上に成り立っているすねかじりの戯言と、田んぼの畦から見抜いています。
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 ちょっと思い出だしましたが。
 私が学生だった頃に、商学部の入試漏洩事件というのがあり、親が裏ルートで早稲田大学の入試問題を事前に入手して、子供に「これが出るからしっかり勉強しておけ」と手渡した事件。
 同じ頃、パリではオランダ女性を殺して食べてしまった佐川某の事件がありました。

 少女連続誘拐殺人事件の宮崎勤事件の時に、佐川某が出てきて解説していたのを見たことがありますが、猟奇犯が野放しになっているんですね。
 佐川某は名家の生まれだったと聞いていますが、この事件の時、彼の父親は責任があると職を辞しています。
 ところが同じ頃起きた早稲田大学商学部入試漏洩事件では、コネを使って入試問題を事前に入手してきた父親達は職を辞することも責任をとることも無く、なんだかわからないまま親から手渡された試験問題を手にした子供達は将来を閉ざされました。
 親の責任はどちらが重かったのだろう?

 そういえば両親を金属バットで殴り殺してしまった受験生、一柳某の事件もこの時代で、「世の中狂っている」と漠然とした不安を感じたおぼえがあります。
 はたして、その「漠然とした不安」の時代をすごした若者が親の世代になった現在、一柳事件など日常茶飯事、佐川某事件などあっても不思議ではない事件。「漠然とした不安」もなく、猟奇の思惑がかしこにちりばめられている娑婆を、運を天に暮らしているような時代になっていました。
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聖火リレー

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 新潟、富山、関西空港(10月半ばまで)、今年の夏だけ北九州の空港からウラジオストクに飛行機が就航しています。
 日本人観光客があふれているのか?と思えばそんな様子でもなく、観光客の場合ウラジオストクを経由して、他の地域に行く人も多いようです。
 ウラジオストクの北の大森林地帯シホテアリニ山脈は世界遺産。黒澤明監督の映画「デルス・ウザーラ」は1910〜1920年代にかけてウラジミール・アルセーニエフがこの一帯の調査をした手記を元に作られています。
 シホテアリニでのアドベンチャーツアーも人気のようで、世界各国から野生動物観察から、ゴムボートでの川下りなど大自然を満喫に来る人たちで9月一杯ごろまで賑わっているようです。

 ウラジオストクを訪れる人々で増えたのは、ビジネスで来る人たちで、かつては鉱物資源や木材の買い付けでしたが、今は石油やガス関連の人たちが増え、通訳の友人はその方面の専門用語を真剣に勉強しています。
 遠からず、パイプラインでシベリアの石油が日本に運び込まれるようになることでしょうが、その先を見越しての投資が始まっているようです。

 オリンピック承知の国内候補地が東京に決定しました。2009年に最終的な決定が出ますが、東京のライバル候補地と目されているのが、ロスアンジェルス、サンフランシスコ、リオデジャネイロなどですが、今までのパターンからすると日本が招致活動をするとすぐ韓国や中国が名乗りを上げてくるので釜山あたりが突然出てきそうな気もしますし、中国だって上海なんて言い出しそうな気もします。
 ごたごたしているうちに南アフリカなんてこともありそうで気がぬけません。

 昭和39年の東京オリンピックの時、聖火リレーが新潟から峠を越して群馬に入り、湯宿温泉で一泊しました。金田屋旅館の前に聖火台が作られ、峠のトンネルから地元の若者が聖火をリレーして持ってきました。
 子供心によく覚えています。父は「救護班」とかで、林業会社のトラックの荷台乗って、聖火ランナーや併走者に病人が出た時に医者のところに運ぶため、朝から三国トンネルへ行きました。
 祖父は神棚にお参りし、お墓参りをして、朝風呂に入ってから紋付はかまに着替え、花を生けて、一句書き連ね、ステッキを持って山高帽子をかぶり、祖母に火打石でお払いしてもらい出かけていきました。この日のために髭も伸ばして気合を入れていました。で、何をしていたのかと言うと、写真の橋の近くで、「観衆誘導員」というたすきをかけて、観衆が道路に入らないようロープ持って立っていただけ。
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 今なら蛍光色のジャンバーと帽子でも支給されればそれまでですが、国家の一大事のような行事でしたから、紋付はかま姿のおじいさんたちが「休憩所」や「臨時便所」なんて看板持って立っていたり、入れ込み方が違いました。
 オリンピックがどんなものか?なんてことはまったくわかりませんでしたが、アベベ選手という名前は知っていたので、「どの人がアベベ選手だろう?」と見たおぼえがあります。
 あの盛り上がり方は異様でした。昭和というよりも戦前を感じました。一説には天皇陛下が見に来るなんてとんでもない噂も流れ、大方の人たちがそれを期待していたというおめでたさもあいまって、私の3歳上の先輩などめがねをかけた年寄りがみんな天皇陛下に見えたと言ってます。

 聖火台に点火された灯は、ランプとカイロに移され、その灯を消さないよう消防団は寝ずの番。そのときの分団長は近所の75歳の人ですが、万一火を消すようなことでもあれば切腹しなければならないと、その晩は飯も喉を通らなかったそうです。
 不逞のやから(そのものズバリ”アカ”と言っています)が聖火を消しに来るかも知れぬ、と、地元も二重三重で一晩中見回り。この地区には12年前まで”火の番”という夜回りの制度がありましたが、夜、拍子木鳴らして鉄の棒引きずってとおりを歩きます。これが2時間おきくらいに朝方まで出ていました。さながら戒厳令の夜でした。
 翌日何事もなく聖火リレーは下に向かって出発しましたが、なんだかわからないけれど、ものすごいことが起きた一日でした。

 現代人は醒めてますから、こんなばかげた盛り上がり方はしないでしょうが、子供達に体験させるのも悪くはないと思います。

 中之条町の真澄さんが県民会館での天満敦子さんのコンサートに行って来て、"望郷のバラーダ"の入ったCDを買ってきました。
 コンサート会場に時折出現するブラボーおじさんと呼ばれる馬鹿がいたそうです。演奏が終わって余韻を楽しむ時間もまたコンサートの醍醐味ですが、演奏が終わるや否や「ブラボー!」を連発し一人スタンディング・オヴェーション。こういうのを「フライングブラボー」といって、単なる雑音、演奏妨害です。最後には周囲の人たちに怒られていたそうです。”ブラボー”ではなく”ブラーヴォ”と叫ぶべきだと思います。イタリア語も語形変化があり、クラシックのときは使い分けるのがマナー。
 天満敦子さん一人の演奏だったそうで、この状況で”ブラーヴォ”は失礼極まりないこと。女性に対しては”ブラーヴァ”がマナー。いくら容姿が…。
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 男性一人に対して、”ブラーヴォ”、女性一人に対して”ブラーヴァ”、男性複数に対しては”ブラーヴィ"、女性複数に対しては”ブラーヴェ”、複数の男女に対しては"ブラーヴィ”。
 使い分けが難しいなと思ったら、余計なことを言わず笑顔で拍手すればいいだけのことです。
 それにしても似てると思う。
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 夏風邪の体調は徐々によくなっています。本当はゆっくり寝られれば良いのですが、そこは貧乏暇なしで、のんびり寝ているまもありません。
 代わりに寝ているのがいますが、ロシア人以上によく寝る種族なのでやたら健康です。
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ルパシカ

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 夏休みシーズンも終わり、学校に通う子供を持つお母さん達がロシアから戻ってくる時期も終盤です。
 友人の日露カップルは子供達だけロシアから戻ってきて、お母さんは月一杯まで美術教室で修行しています。何か手工芸を思いついたそうで、内職がてら手工芸を作り、フリーマーケットなどに出展して「子供の学費を捻出する」そうです。

 ルパシカはロシアで"シャツ"を意味しますが、独特の着心地を持っています。体にぴったりではなくダボダボしていますが、これはボタンがないためで、体にフィットさせるために、頭からすっぽりかぶるシャツなのに、腹の部分に帯をまいたり、袖口をヒモでとめたりします。
 上半身が大きく見えるロシア男性のシルエット作りにも大きく影響しています。
 だぼだぼなシャツは農作業で汗をかいたときなど、紐を解いて風通しよくできますし。これはこれで機能的です。


 問題は、ロシア人がルパシカを着るとロシア人ですが、私が着ると大黒様や大国主命のようなシルエットになってしまうことでしょう。
 ロシアママさんが作るルパシカなんて面白いと思いますが、裁縫が得意な女性って意外と少ないですね。



 あまり興味がなかったUSAのジョン・ベネちゃん殺人事件の犯人逮捕の事件。FBIの誤認逮捕だったようですね。アリバイ証明と、DNA鑑定が一致しなかったそうです。
 世界一警察に不利な法律を持つといわれる日本の警察機構のように、地道な証拠を積み上げて間違いない状態で逮捕する方法は手間隙かかったり、事件から時間がかかるのが難点ですが、DNA鑑定にしても事前に調べてから逮捕なので、逮捕状が出る時はまずも違いない状態になっているものです。USAなどはおおむね「黒」と断定したら逮捕して後から証拠をつき合わせるので、今回のような間違い逮捕が出やすい問題点があります。

 これが中国だったらとっくに裁判も終わって容疑者はすでに死刑になっていることでしょう。日本がやったことは60年70年たってもとやかく言いますが、自分たちの負の歴史に対してはとてもおおらかなので、誤認逮捕で死刑になっても「名誉は回復された」で終わりでしょう。


 私の夏風邪の経過ですが、一進一退の攻防が続く早稲田実業と駒大苫小牧のような状態で、声は相変わらず出ませんが、熱が下がったと思ったら、耳が聞こえなくなってしまったり、昨日は1日何も食べず、ポカリスウェットだけで生き延びたので、今日は会員さんに「大根おろしが良い」と薦められたので、お昼に大根おろしとポン酢でうどんを飲み込みました。腹に何か入ると随分調子が良くなりました。
 
 夕方、地区の会議に顔を出しましたが、声は出ないし左耳は聞こえない、頭はいつものようにボケーっとしている。
 「なんか、日に日に元気がなくなっていくけど、夜な夜な牡丹の灯篭持ったお露さんと女中が訪ねてきてるんじゃねえか?」と区長が心配していました。
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 フーム。牡丹灯篭ですね。元々は中国の昔話です。
 日本では新三郎とお露さんですね。「新三郎様窓を開けておくんなまし。お札をはがして入れておくんなまし。」
 お露さんならお札で防げるが、お露西亜奥さんからはどうやって身を守れば???
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鐘の鳴る丘

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 台風並とまでは行かないけれど、昨日のウラジオストクは強い風を伴った雨だったようです。
 男性スタッフは休日をダーチャで過ごす予定でしたが、「ダーチャの花や野菜は風で倒れてしまっただろうな」と案じながら、そのまま家で寝て過ごし「26時間眠りました。とても気持ちよいです。」

 ロシア人は寝貯めができるのだろうか?、何もやることがなければひたすら寝続けますし、気合が入れば徹夜が続いても平然としている。集中力の違いなんでしょうか?昼間寝すぎれば、夜眠れないと思いますが、「気持ちを集中すると眠れます。」

 来日予定の女性会員が日本領事館にビザ申請。この1年ほど招待状での来日に対して厳しいので、面接の練習などをして出かけていったものの、面接もなくあまりにもあっさり手続きが終わってしまったそうです。招待する男性の職場にも確認の電話がかかってくることもあるので、会員さんも気を張っていたようですが、それもなかったようです。

 夏休みシーズンが終わりと言うこともありますが、手続きがスムーズで一安心です。

 週末にメールを出せば週明けに日本からのメールが来ているので、夕方は事務所に女性会員が顔を出してにぎやかだったようで、最後のメールが来たのがこちらの6時過ぎですから、向こうの時間で8時過ぎまで女性会員が事務所に来ていたのでしょう。
 日本で一般的な食材について紹介してほしいと言われたので、そのうちデジカメ持ってスーパーで写真を撮ってこようかと思っています。

 ♪緑の丘の 赤い屋根 と んがり帽子の 時計台 鐘が鳴ります キンコンカン メイメイ小山羊も 鳴いてます 風が そよそよ 丘の家 黄色い お窓は おいらの家よ ♪
 "鐘の鳴る丘"の主題歌”とんがりぼうし”と言う歌です。太平洋戦争後の日本にあふれた戦災孤児はガード下や橋の下などに住み着き、”浮浪児”などと呼ばれていました。こうした子供達を収容する施設が各地にでき、昭和22年NHKのラジオドラマ"鐘の鳴る丘”で広く知られるようになったそうです。
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 鐘の鳴る丘の作者菊田一夫さんは北海道の役場の高楼にあった鐘をモチーフに"鐘のなる丘"を思いついたそうで、映画は長野県の安曇野方面で撮影されたそうです。
 大胡町(現在は前橋市)に養護施設"鐘のなる丘"が作られたのは昭和28年で、戦後8年後でしたが戦災孤児の施設として大きな役割を担っていました。
 一頃は少年犯罪者の更正施設のような役割をしていたそうですが、現在は養護施設になっています。
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 昔はこの近くを通れば高台に赤いとんがり屋根がどこからでも見えましたが、周囲に家が立ち並び住宅地の一角になってしまいました。
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 ウラジオストクに行くたびにホームレスチルドレンのことが気になりますが、会員さんも「日本にも昔は"鐘の鳴る丘"というのがありましたね」と、この話題が持ち上がりました。
 最近はロシアも経済状態も良くなったので、徐々に受け入れ態勢もよくなっているようですが、一度野放図な生活に踏み込んでしまった者は、なかなか通常の社会生活になじめないようです。
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コプリン

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 今年の日本の秋は暖かい秋になりそうな気配です。例年6−7月の梅雨よりも9月の秋雨のほうが降水量が多いそうで、台風一発で降水量など大きな違いが出てしまいます。

 昨年の夏は家の周囲に蜂の巣が多く、我が家だけで7−8個除去しましたが、今年は一個だけです。他の場所にもハチが少ない。
 台風が少ないのだろうか?と期待はしているものの、雨が多く湿った秋も嫌なものです。

 今日はウラジオストクは雨。キノコ取りシーズンが始まっていますから、雨でキノコが出てくれれば。
 もちろんロシアにも毒ギノコはありますし、彼らも注意しながらキノコを採っています。日本ではキノコの毒抜きをしてまで食べることはめったにありませんが、ロシアでは毒キノコの種類によっては毒を抜いて食べる方法もあります。
 そこまでしても…と思いますが、私達はよく食べるタケノコだってあく抜きを知らない国では毒の野草です。

 桐生の森産業の博物館に行くと世界のキノコの研究資料がありますが、人命に関わるほどの毒をもったキノコはごく少数で、食べておいしくないキノコまで毒キノコに分類されているそうです。

 普通に食べれば問題のないキノコでもアルコールが入ると毒ギノコに変わる種類があります。コプリンという成分を含有したキノコで、ヒトヨタケやホテイシメジなどがその類です。アルコールは体内でアセトアルデヒドと言う物質に形を変えますが、コプリンはアセトアルデヒドを酢酸に分解するのを妨げるために悪酔いした状態になります。コプリンを含んだキノコを食べた後、1週間はアルコールを控えたほうがいいでしょう。

 10年少々前の祇園祭の片付けの時、ヒトヨタケが大量に見つかりました。「松本零士のパンツにはえるサルマタケはこれがモデルだ」などと、少し上の世代がはしゃいでいて、片付けの後に煮て食べていました。当然、ヒトヨタケとアルコールが相性よくないこと知って試す者もおり、例外なくもだえ苦しんだようです。
 ヒトヨタケ


 私が子供の頃は大酒飲んで酔っ払って暴れる亭主がかしこにいましたが、毎晩酔っ払って女房や子供に当り散らす息子に見かねた母親が、酔っ払ってクダを巻く息子にホテイシメジ食わせた事件がありました。
 当然息子は良いがさめず苦しみますし、母親もとんでもないことをしてしまったと思ったのか、近所の人をたたき起こし、医者に往診に来てもらい、なんだかわからないけど3−4歳の私もその現場を見に行っていました。
 近所の男達に両手両足を押さえつけられ、うなっている男に、祖父達が馬乗りになって何か飲ませてていました。その横で泣いている母親と奥さんと子供達(私より上です)。修羅場のような光景でした。

 かつての酒乱もその面影もなく今や80過ぎたじいさんですが、あの事件以後呑んで暴れたと言う話しは聞かないようです。
 昔の田舎では周囲が共同体のようなものだったので、周りの目がありますが、最近は家の中のことは外にわからないので、世間体が逆に陰湿な事件に育ててしまうような気もします。

 アルコール問題の宝庫ロシアではこうした話は尽きないだろうと思いますが、「キノコは男性が料理することが多いので、先に男性は毒を抜きます。」家庭生活のみならず軍隊経験でキノコ料理も憶えるようです。
 ホテイシメジ。
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 昼時、ソバの種と野沢菜の種を買いに行きました。
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 オートバイのそばでぐったりしているライダーがいました。まさか、インド料理を食べたのだろうか?話しを聞いたら、日光から金精峠を越えてここまで来て、ぐったり疲れが出たそうです。
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 どうせ風邪で体調もおかしくなっているから、と、インド料理でお昼にしました。
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 インド人のオヤジさんが作る500円のカレーライス。具は鶏肉でした。「辛さどうする?」と聞かれたので、ガラガラ声で「辛くしてください!」
 風邪の影響で味覚が麻痺していて、辛いのか辛くないのかもよくわからない。ただ、食べているうちに汗が噴出してきたから辛かったのでしょう。量はたっぷりありました。
 デザートのアイスクリームも甘いのかよくわからないけど冷たかった。
 自動車に戻ってから、ドカっと疲れが出てきて、しばらく横になってから帰りました。
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青いハンカチ

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 土曜日でしたが来月ウラジオストクを訪問する会員さん達や、来日する女性会員の準備で、女性スタッフは半日事務所に来ていました。
 声が出ない時の電話はつらいのですが、「火曜日よりも声がでるようになりましたね。」と言われました。
 薬剤師の会員さんに漢方薬送ってもらって服用していることを言うと、彼女のママもこの会員さんに漢方薬をもらって喜んでいるそうです。
 「日本の漢方薬は安心ですし、とても良く効きます。」と大絶賛。

 ところが、その他の日本の近代的な医薬品は「効かない」とあまり評判が良くありません。
 万一誤用しても危なくないように市販の薬は効力を弱めているからですが、ロシアで用いられる医薬品は強烈です。
 風邪薬などほとんど強力な眠り薬のようなもので、一粒余計に飲んだら一生目が覚めなくなるかもしれません。
 胸焼けの胃薬など、飲んだ後にゲップで胃がはちきれそうになります。


 今年の夏の甲子園はほとんど気にしていなかったのでよくわかりませんが、優勝した早稲田実業の斉藤投手の青いハンカチがブームになって、品不足なのだとか。
 ♪君に逢う嬉しさの胸に深く、 水色のハンカチを潜める慣わしが、 いつの間にか身に沁みたのよ ...♪ 
 青いハンカチではないが水色のハンカチを歌った「水色のワルツ」なんて歌があったな。なんて思っていたら、作曲者の高木東六さんが昨日102歳で亡くなりました。

 ハンカチは粋な贈り物だと思いますが、ロシアでは"涙を吹く道具"として贈り物として不吉な一品の代表です。

 20日のみなかみ祭りの会場のバザーで、起毛タオル生地の青いハンカチの手作り物が販売されていました。100円程度だと思いましたが、売れているようでもありませんでした。後2−3日遅ければ爆発的ヒット商品になったことでしょう。


 塩ビパイプを使って笛を作っているおじさんがいました。
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 尺八や横笛などいろいろありましたが、初めて吹いたところで、簡単に音はならないようです。製作者のおじさんは軽々と音を鳴らして見せましたが。
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新学期

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 日本ではロシアの国境警備が北海道の漁船に発砲した事件が、ロシア関係のニュースとして大きく取り上げられていますが、16日に神戸でロシア女性が酔っ払いに刺し殺された事件についてはあまり知られていません。
 実は、私もロシア側から指摘するまで知らなかったのですが、調べてみると神戸の害パブで、ダンサーのロシア女性を47歳の日本男性が刺し、自分も腹を刺して重態と言う事件がありました。前からしつこく言い寄っていた客だったようです。
 ロシアでは何回も放送されていたり、紙面でも取り上げられているようです。また猟奇的な日本人の評判が広まりそう。

 国辱的事件!と情けない限りですが、殺害された女性の名前は出ているのに、殺した犯人の名前が出ていない。これは逆では?ロシアでは犯人の実名も顔写真も出ているようです。
 まともに恋愛できない人間だから、遊びと本気の区別もつかず、こうした身勝手極まりないことをするのでしょう。

 こうした手合いの店は狸とキツネの化かしあい、権謀術数飛び交う低俗なお化け屋敷みたいなもの、金払ってだまされてやるのが遊ぶ側の"粋"で、そこに"純"を持ち込むのは無粋では?
 「わては他のお客と違いまんねん」と気取ったところで、銭金支払っての主従関係で成り立っているのだから、自分主演の人生劇場に酔っているだけ。

 家族を養うために領海侵犯して、威嚇射撃の流れ弾に当って死ぬ若者と、スケベ心で一方的に入れあげた女を殺してハラキリするオヂサン。死ぬ者と生き残る者が間違えている。

 私が若い頃にも手練れの夜の蝶に弄ばれて貢がされる若者はいましたが、泣き面をしたところで「人生勉強」で片付けられたものです。
 最近の中学生のほうがよほど手練れているかも?


 金曜なのでウラジオストクの事務所にメールを出しに来た女性会員が多い日でしたが、一人の猟奇的犯人が全ての日本人像なんて考えず、しっかり目の前の相手を見てくれるので気が休まります。
 

 今日は小中学校の始業式、2学期が始まります。朝の通学路に立ちました。
 地区の若手が私のことを「石ちゃん」と呼ぶもので、いつの間にか子供たちにまで「石ちゃん」と呼ばれるようになってしまいました。
 ほんじゃまかの石塚さんに似ているとかで"あんなに醜く太っていないぞ!”と思っているのですが。親が私のことを「石ちゃん」なんて呼ぶから子供が真似するんだ。
 4年生の女の子に「石ちゃん夏風邪ひいたんだって」と言われ、声を絞り出して”暑いから布団蹴飛ばして寝たら風邪引いちゃったんだ”と言うと、「夏風邪は馬鹿がひくんだよ」「プール当番の時、暑いからって自分が一番長く水の中にいたんだもんね。」と、このあたりは身に覚えがあることですが、「石ちゃんはマイウーって何でも食べるから病気になった!」「苗場の雪でかき氷を食べていた!」。やってねえぞ!
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 「雪国は夏休みが短いんだなぁ」と通学する子供達を見て驚いていたのが、朝の散歩の温泉客。
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 夜、夏の恒例地元在住同級生の飲み会、昨年は8月28日でした。
 今年は沼田の結婚式場ディランのビアガーデン、2980円飲み放題食べ放題が会場。送迎バスも出ました。
 今年の2月18日に、近所の娘さんの結婚式をやった場所です。

 6:30にバスが来るので数分前に家を出ましたが、家を出る時に"雨が降るかな?"と怪しい天気でした。でも傘は必要なさそうだと、国道に出て程なくバケツをぶちまけたような雨が降ってきて、シャツからズボンまでビシャビシャになってしまいました。

 飲み放題のビアガーデンと言うのが、とんでもなく冷房が効いている部屋で、寒くてビールを飲むこともままなりません。"考えたなぁ"と感心しつつも、こちらはただでさえ濡れ鼠のところにクーラー直撃ではたまったものではありません。ロビーに出て起毛のソファーにゴロリと寝転がって服の水分吸い込ませ、体が温かくなってから冷蔵室の中に戻る繰り返し。
 寒いからお客も長居しない。なるほど手法もたくみです。
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 今はディランと呼ばれていますが、昔は迎賓館と呼ばれた結婚式場でした。従兄弟の結婚式のときの入場のBGMがHouse of the Rising Sun(朝日の当る家)。「朝日の当る家」と言う屋号の娼婦館の哀歌です。題名だけしか見ていないのだろうな、それにしてもすごい選曲するもんだとあきれました。

 ここでMJQ(モダンジャズカルテット)のコンサートが開かれたこともありました。その前に東京公演を見てきていましたが、思い切り手を抜いた演奏をしていました。特にドラムのコニー・ケイなどひどいもんでした。NYならブーイング物です。
 ジョン・ルイスもミルト・ジャクソンもあの世に行ってしまいました。最後の生き残り、ベースのパーシー・ヒースも昨年彼岸の向こうに行きました。"ジャンゴ”のベースラインは傑作です。

 2月の結婚式の時には気がつきませんでしたが、階段にケネディ夫妻のポスターが飾られていました。
 夫は暗殺され、妻は大金持ちと再婚でしたな。
 結婚式場なんだけど。
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漢方薬

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 未曾有の原油高で好景気のロシアですが、パリクラブから借款していた220億ドル(2.5兆円)の債務を前倒しで返済してしまいました。パリクラブは日本を含むG8の他にヨーロッパの国11カ国が加わった19カ国で作られています。
 エリツィン時代の経済混乱期はロシアに対する債権が多いドイツやフランスなど"大変だろうな"と眺めていましたが、ロシアは大国のプライドで前倒し返済。
 日本からの債務が多い中国などいまだにODA要求してくるので、植民地根性にどっぷりつかっているのでは?とこちらのほうが心配になってしまいます。

 BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)の台頭といわれていますが、日本では中国以外にはあまり注目されていないような気もします。しかるべき企業はしっかり抑えているので心配していませんが。
 
 それにしても、ロシア語人気の低さと言うのか需要がないからか?NHKのロシア語会話は番組枠も減ってかつての放送の再放送ですし、神田のロシア書籍専門店のナウカは破産してしまうし、名作と言われた小説などの絶版になってばかり、ロシアが忘れられていくようで、どうなってしまうのだろう?
 ちなみに、"ナウカ"というのは"文化"を意味します。日本の文化の問題でしょうね。
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 相変わらず声が出ない状態には変わりませんが一時期よりがずいぶんよくなってきたと思います。
 朝、知り合いの酪農家が牛乳を持って顔を出してくれました。見舞いか?と思ったら「牧草の刈り取り手伝ってくれ!」。長梅雨のおかげで収穫の予定がずれて重なったり、農家は生産計画が狂ってあわてています。
 例年ならそろそろ終わるキュウリの収穫が今が最盛期で、キュウリ農家など「そろそろ秋野菜の作付けしなければならないけれど、畑があかない」とあわてていました。
 病人でも動けるやつは使っちゃえと「こっちの手伝い終わったら入院でも何でもしてかまわないから、何とか仕上げてくれ!」

 ありがたいことに薬剤師の会員さんに気管支の疾患に効く漢方薬を送っていただきました。”麻杏甘石湯”。
 ウラジオストクでも漢方は人気が高く、漢方医も存在します。「漢方薬は日本のものが一番効く」と言われています。もちろん材料の多くは中国から輸入していますが、正直に加工していると言うことに他ならないでしょう。
 漢方薬は金属のやかんと相性が悪い薬もあるので、ハルビンで買ってきた陶器のやかんを用意していたら、粒状になってそのまま使えるタイプでした。
 漢方薬は即効性よりも体質そのものを変化させていく療法ですから、このチャンスにしっかり直しておこうと思っています。
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ロシア・ソビエト

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 ウラジオストクの事務所は現地時間で夕方6時まで営業していますが、多くの勤め人が仕事が終わるのが5時、それからメールを出しに来る時間を考えて6時としています。
 実際、女性会員が「いまから行きます」といわば向こうの時間で7時8時まで事務所をあけていることもあります。
 今日も7時過ぎに来る女性会員がいたので、女性スタッフは帰らずに待っていました。曰く「ソビエトとロシアの違いです」。

 この違いがわからず、時代に取り残されているロシア人も少なくありません。
 ロシアのお役所もソビエト時代よりは随分親切になったと言われていますが、ソビエトそのもののような応対です。向こうのお役所体験をしてくると、日本の役所がとても親切に思えてしまいます。

 「ソビエト時代のほうが暮らしやすかった」と言うのは40代半ば以上の世代で、国からあてがわれた職場に通っているだけで生活が成り立ちましたし、自分の仕事が社会にどう役立っているなんてことは考えないほうがむしろ身の安全でした。

 
 昨夜は冷え込んだために何日ぶりの心地よく眠れました。咳き込んで夜中に目が覚めることもありませんでした。
 今日も1日、声が出ない状態には変わりがありませんが、喉をやられたわけではないので喉に痛みはありませんし、何か飲み込むのに支障もありません。
 それより肺と気管支が熱を持って、どこかに膿が発生しているようで、咳き込むと胸の奥から白い練乳のような痰が出てきます。

 数日までは咳き込むと頭がくらくらしましたが今はそれもなくなりましたが、咳き込むと腹筋がこむら返りのように痙攣することがあります。

 風邪気味の時には酸っぱい木の実?要はビタミンCを補給しろと言うことなんでしょう。ビタミンCは無味無臭、酸っぱく感じるのはクエン酸です。



 山仕事をしているオヤジさんが面白い情報を持ってきてくれました。最近は薬局で携帯用の酸素ボンベを売っているそうで、息切れした時や山仕事で疲れてときに酸素を吸うだけで全然違うそうです。
 こういうところで仕事をするときには酸素ボンベはありがたいそうです。
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 山仕事の人たちは意外と最先端に敏感で、私の村では携帯電話が山仕事の人たちから広まりました。1995年まで携帯電話普通地帯でしたが、山の上に上がると近隣の町のアンテナにアクセスできました。矢まで事故があったときのため、山仕事の人たちから携帯電話が普及し始めました。
 スポーツドリンクを広めたのも山仕事のおじさんおばさんたちで、中高生が根性で水を我慢している時、もっとハードな山仕事の人たちはスポーツドリンクの吸収力のよさや、生水と違い、飲んでも疲れないことなど実体験しています。
 どこにトレンドが潜んでいるかわかりません。
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停電

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 夏休みシーズンも終盤と言うこともあり、ウラジオストクを離れてバカンスに行っていた女性会員からのメールが増えてきました。
 事務所のデジカメで写真を送ってくれる女性会員もいますが、海に行ってきた女性会員など日焼けして「どこの国の人ですか?」と男性がびっくりすることもあります。

 数年前と比べて紫外線を気にするようになったものの、元々日照に恵まれない北の国ですから、日光浴は健康のためにとても重要。海ばかりではなく、休日のダーチャでも水着になって日光浴をしている家族は珍しくありません。

 日本人と比べて直射日光に対して目が弱いのか?サングラスは不可欠です。そのため、顔が奇妙なツートンカラーになった写真が送られてきて、男性が「これ当人なの?」と絶句するのも夏の風物詩。。


 私の喉は昨日よりももっと声が出にくくなってしまいました。夕べの寝苦しい暑さで、汗をかいては布団を蹴飛ばし、咳き込んで目が覚めての繰り返し。風邪で体温が上がっていることもあって余計に汗も出るのでしょう。
 今日はロシア式に暖めた牛乳に蜂蜜を入れて飲んでみました。

 交通指導員の出動に関する問い合わせが役場から着ましたが、担当者が私が喉を痛めていることを知って、気を使ってメールで問い合わせてくれました。
 いよいよ声が出なければ!と、昔通った手話教室のテキスト引っ張り出してきて見直しています。

 夕方、南の空が雷で休むことなく光っていました。"これはすごい夕立が来るぞ!"と覚悟しつつ、8時から12chの"奥様は外国人"を見ていたら、程なく番組が出なくなってしまいました。
 10chに変えて"本当は怖い家庭の医学"切り替えたら、こちらも程なく出なくなり、8chで"本当にあった恐い話!を見ていました。
 福島県の幽霊が出るスーパーマーケットの再現ドラマを見ていたら、急に部屋の明かりが暗くなり、電気は消えテレビも消え、停電になりました。近くに落雷があったようです。

 "蝋燭に灯をともさなくては”と蝋燭を手にライターを探していると、携帯電話に着信のランプが灯っていました。日露カップルの友人からで、電話をかけなおしてみたものの、声が出ない。
 停電の部屋でろうそく灯してスカスカの声で電話をする己が姿を想像したら、こちらのほうがホラーに近いのでは?
 停電は十数分で回復しましたが、また落雷がありそうなので、テレビもつけず、パソコンも電源を切って過ごしました。

 地元のプール。昭和40年ごろ、地区の人たちが勤労奉仕で出て作ったもので、村で最初のプールでした。毎年夏休みに川で流される子供がいた時代だったので、水の事故予防に大きな役割になうはずでした。
 ところが、時代は急激に変化し、水の浄化施設もなくただ、沢の水を引き込んだプールは防火水槽並みの扱いになってしまいました。
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 一応表向きはプールではないわけですが、夏休みは大活躍しています。子供を吸い込む危険な給水口もありません。
 沢からゴムパイプで流れてくる消毒されていない水なので、水温が温かくなると藻が繁殖します。周囲の雑木林から枯葉が飛んでくるし、魚が泳いでいることもあります。塩素で髪の色が抜ける水よりは健康的だと思いますが、雑菌、バクテリアに負けない丈夫な体の田舎の子供です。
 夕方プールを掃除して水を入れ替え、今週一杯でプールは終わりです。
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舞踏派

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 夏風邪のピークは過ぎたと思いますが、昨日よりも喉の調子はさらにひどくなり、声らしい声がでないような常態になってきました。
 昨夜も寝ていて1時間おき程度に咳こんで目が覚め、また布団に包まって寝ると、そのうち熱くなって布団をはいで汗が冷えて咳が出る。この繰り返しでした。

 普通に声を出すと音もでませんが、だみ声を出す用量で声帯をつぶすように発生すると何とか声が出せます。「鳳啓介でございます。ポテチン!」と真似していると。このトーンで話ができることを発見しました。
 「一枚が二枚、二枚が三枚…」筑波のガマの油売りの真似や、田中角栄の真似で声は出せますが、その後、喉がひりひりしてたまったものではありません。

 7月に大量に生姜をもらったので、冷凍して保存した生姜で生姜湯を作って飲んでみたり、いろいろ対策をしては見ますが、喉の痛みがなくなると、「まあね、私が提唱する日本列島改造論。実現したらね、皆さんの暮らしが良くなるんですよ。」と物まねして喉が痛くなる繰り返し。

 ウラジオストクの事務所から電話があり、「途切れ途切れに言葉が聞こえます。」別に電話回線がおかしいのではなく、私の声が途切れ途切れにしかでないだけです。
 夏休みでウラジオストクを離れていた女性会員が戻ってきたことなどを、メール交換中の会員さんに報告してくれるようにと電話で言われました。

 「その声ならボロージャ・ヴィソツキーの歌を歌えますよ。」と言われてしまいました。ウラジミール・ヴィソツキーはソビエト時代の反体制バルド(シンガーソングライター)で、ギターをかき鳴らし、だみ声で叫ぶように歌う歌手でした。謎の死を遂げています。

 夏の甲子園決勝は延長15回結末つかずの末、今日再試合。
 フラダンスをやっている近所のおばさんから「これからみなかみ祭りで踊るんだけど、ビデオ撮ってもらえない?」と頼まれ、午後でかけました。とうちゃんは甲子園の再試合を見るので、かあちゃんの道楽にお付き合いできないそうです。
 舞踏派の宝庫と言うのか、山奥で娯楽がないからなのか?呼ばれればすぐ真に受けて喜んですっ飛んでいくので、ステージイベントは村の衆の独壇場のようです。
 
 昨日は蒸し暑くてうんざりしましたが、今日は昨日よりはいくらか気温は低いものの、いつ雨になってもおかしくない雲行きでした。
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 七福神の大黒様やエビス様ではなく、フラダンスの衣装です。
 1960年代に日本でもハワイアンブームがありましたが、およそハワイアンミュージックとはかけ離れた、薄気味悪い男性のファルセット演歌で、誤解された音楽分野だと思います。本場のハワイアンミュージックはからっと爽やかです。
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 10年ほど前に温泉センターのイベントで、ドリフターズの高木ブーさんが来て、このあたりからハワイアンダンスが村で流行りだしたようです。
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 一番左の女性はフィリピン女性です。決めのポーズが一人だけずれていますが、彼女の踊りのほうが違和感なく感じました。右のおばさんなど決め方が空手です。
 何が違うのだろう?と眺めていて感じたのは、足のステップで、フィリピン女性は方を気にせず自然にリズムに乗っているように感じました。日本のおば様方は腕の動きと腰の降りに神経が行ってしまっていて、堅苦しく感じました。
 やはりフィリピンのほうがポリネシアに近いのだろうか?と感じました。
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 フラダンスは日舞と違って発表する機会が少ないそうで、虎視眈々と発表のチャンスを狙っているのか、息子の結婚式にこの一団が踊りに来たなんてこともありました。
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 こちらは近所の自動車屋さんのおばさん。民謡です。
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 我が家の界隈では民謡踊り、日舞、フラダンスが出ていたようで、他にも長唄、津軽三味線、大正琴、百人一首などのグループがいます。
 昨日も感じましたが会場は旧月夜野町ですが、イベントに出場している役者があらかた私の村の顔ぶれなので、来ている観客も村の衆。"お祭り乗っ取ったなぁ"と傍観。
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 フラダンスのおばさんたちが怪獣ショーの青年達に冷たい飲み物を持ってきたので届けに行ったら、悪の組織の怪人が受け取りました。「ありがとうございます。機会がありましたらまた読んでください。」とメチャクチャ礼儀正しい悪の怪人でした。
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 熱射病予防に水分補給。ステージの横に置かれていました。地酒です。
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 83歳です。
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 芝の上を大喜びでハイハイしている赤ちゃん。
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 ガールスカウト。町場の子供だなぁと感じました。こういうのは村の子供達には似合いません。
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みなかみ祭り

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 蒸し暑くて寝疲れない夜が続いたためなのか、数日前から突然咳き込むようになりました。夏風邪と言うのか、肺炎のような状態になっているようで、胸の奥底からの響くような咳と、肺が焼けるような熱さ。
 寝ていると汗が出てきて布団をはぐ、汗が冷えてくると咳き込む。この何日か熟睡できない状態でした。
 咳き込みだすとバルタン星人の笑い声のような音が肋骨の中から響いてきます。

 朝、ウラジオストクから電話がかかってきて出たものの、声が出ない!。ノドの奥からハスキーな声を絞り出して向こうのほうが驚いていました。ロシア人なら足のウォッカ塗って治しちゃいますが、私はか弱い日本人。

 冬のインフルエンザなら布団に包まって寝ていれば何とか回復するでしょうが、布団に包まろうものなら熱くて眠れません。
 開き直って朝からお風呂。ポカリスウェット持って共同浴場に行き、腰まで風呂に使ってじっくりと汗を流しました。

 9月から新しい英語教師が村に赴任してきますが、ベトナム系カナダ人と聞いています。もうこちらに来ているはずだけどどうしたものか?と役場職員宅に話しを聞きに行ったら、今まで歴代英語教師が使っていた宿舎が山奥過ぎて嫌だと泣き出したそうです。それで町場のほうに日本で言うところのマンションと呼ばれるアパートを借りて、そこに住ませることになったそうです。
 「近くにベトナム人も住んでいていいじゃないか!」と言う人もいますが、ボートピープルとなって海外に出た家庭出身にとって、ベトコンの家族の出身者が近くにいてはむしろ気になるのでは?
 今までこうしたトラブルがなかったことが不思議ですが、長年続いてきた英会話教室もなくなるかもしれないとおば様たちは噂しています。

 第一回みなかみ祭り。午後から開催で、明日の晩に花火があります。
 昨年町村合併して三ヶ町村がそれぞれやっていた役場主催のお祭りが一箇所に集約されることになりました。
 私の村には猿ヶ京湖上花火大会というのが36−7年前から行われていました。当初は猿ヶ京温泉の旅館組合中心で行っていましたが、大手旅館が相次いで倒産し、役場に任せたのが運のつきでした。
 水上温泉にもおいで祭りと言うお祭りがありましたが、それもなくなってしまいました。

 町が勝手に決めたお祭りに反発が強いこともあって思ったほど人は集まっていません。私も自分の役目がなければこんなものに顔を出す義理もありません。駐車場の案内係に行って来ました。
 会場は高校ホッケー部のグランドだそうで、芝のグランドです。
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 土地勘のない場所なので、どこに駐車場があるのかも良くわからず、誘導もままなりません。

 土地勘を養うために、合間に会場を見て回りました。
 紙芝居のボランティアだそうです。
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 こちらはガールスカウト。30代が「若い!」と言える悪夢のようなガールスカウト軍団です。"日本のピオニール(ソビエト時代の共産主義少年団)”とロシアに紹介しようか。
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 猿ヶ京の和太鼓。小学生中心で和太鼓クラブがあり、よく活躍しています。
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 猿ヶ京の詩吟の回の詩吟で剣舞。群馬女子大4年生で、県大会の優勝者だそうです。遠目に背筋の伸びた青年がいると眺めていましたが、女性でした。
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 我が家の近所にも花見で剣舞を十八番とするシベリア帰りの元上等兵がいますが、知らない人が見れば酔っ払いが刀振り回して暴れているようにしか見えない舞です。
 さすがにチャンピオンはぜんぜん違います。動きの一つ一つが"美しい!"と目を奪われますし、決めもしっかり決まります。
 ロシアのイベントではハチャトゥリアンの剣の舞がよく演じられています。小学生くらいの子供が躍ることが多く、ほとんど空中に飛び上がっているような激しい舞です。でも、日本の剣舞の美しさもロシアでは十分わかってもらえるだろうと思います。”しな”というのでしょうか?ロシア人にはできそうにない日本人独特の柔らかな動きの"間"は美しいものです。
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 私の村にはない太鼓のリズム。町村合併しなければ他所の文化。
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 出てきたのは”笑福”と呼ばれる踊り。バイオリンを忘れた天満敦子さんではありません。お面をかぶっています。
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 私が子供の頃は上方神楽とか商人の踊りなどと呼ばれていて、農村地帯ではなく町場のお神楽だった気がします。こんな神楽を継承していた地域があったんですね。
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 オーストラリアのアボリジニのような風貌ですが地元の女性です。ダーリンは本物のオーストラリア人。子供はお兄ちゃんも妹も髪の毛の色がパパに似ています。
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 子供が集まってきて何事か?と思ったら、怪獣ショーでした。
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 いきなり悪の組織が出現してお祭り会場をのっとりました。悪の親玉はマイク片手に侵略を宣言していました。
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 そこへボウケンジャーがやってきて、悪の組織を根絶しお祭りを救いました。できればついでにもっと性悪な町長を退治してもらえると町が救われます。
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 夜の部の交代要員が来て自分の役も終わったので、さっさと帰りました。
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宿題

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 「夏休みの宿題?何でそんなものが必要なの?」と驚かれる習慣の違い。6月後半から8月いっぱいまでたっぷり夏休みがあるロシアの学校ですが、夏休みの宿題がない!
 大方の学校は9月1日から新学期が始まりますが、日本で言うなら4月の新年度。新しい学年が始まります。日本の春休みに宿題がないようなもので、9月になれば次の学年に行く生徒もいれば、今の学年に留まる生徒もいるし、さらに跳び越して上の学年に行く生徒もいるので、宿題なんて意味がない?

 長い夏休みに宿題がなくて子供達は勉強を忘れるのでは?と問うと、「それは当人の問題。自分が必要だと考えれば自分で勉強するし、自分で学ばなければ身につかない。身についたことは忘れない。」
 言われてみればもっともです。

 我が家から山を一つ越えた苗場スキー場では塾の合宿とやらで、1500人の子供がプリンスホテルにこもって受験勉強しているそうです。月曜に1500人は帰宅し、また1500人新たな合宿が来るそうです。

 年明けになって「今年の試験はこういう方針で」と試験の審査内容を変えてしまえば水泡に帰す勉強では困りますが、思えば受験のテクニックなんて砂上の楼閣のようなもの。それで決まるほど人生安っぽくないでしょう。

 学びて思はざればすなわち罔(くら)し、思ひて学ばざればすなわち殆(あやう)し。 學而不思則罔,思而不學則殆。

 人生経験の中で学んだことが立体的になってくると思いますが、人生経験の場が少ないのは過保護の影響だろうか?


 台風一過のフェーン現象か、我が家の界隈で33〜4度もある熱い一日でした。私の村の小学生と奄美大島の小学生の交換留学と言うのがあり、小学校5年生の従姉妹の娘が参加しています。17日の台風の最中に出かけていきましたが、無事到着してイベントに参加しているようです。
 どう考えてみても冬こちらに来る奄美大島の子供が不憫だと思いますが、「こっちだって台風の中行くんだから、雪が少しくらい降ったって逆にいいんじゃない?それが本当の勉強だと思うよ。」立派な母親です。
 まあ、確かに究極を体験することはいいことだと思います。雪だってこの程度のものですし。
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 水の良くない中国では。夏の飲料水代わりにスイカやナシやモモが食べられます。これも安全に水分補給する知恵だと思います。
 夏の中国の道端では巨大な楕円形のスイカが売られていますが、ウラジオストクも同じ楕円形のスイカが並びます。日本のまん丸のスイカが逆に「珍しい」と言われます。
 ダーチャで楕円形の巨大なスイカを作っている家庭もあります。味が良いとはいえませんが、水代わりに使うには最適ですし、野性味が強いのか丸いスイカよりは病気に強いようです。
 以前、日本のまん丸スイカの種を持っていったことがありましたが、うまく育たなかったそうです。
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 近所でスイカをご馳走にりながら、「今年は夕立らしい夕立がなかった」と話題になりました。
 8月初旬から半ばまで、夕方にドカーンと夕立が来るものですが、ムシムシ熱いだけで夕立と呼べる雨は降りませんでした。
 それでも7月から雨が豊富だったので山が水をたっぷり含んでおり、水は豊富です。
 10年前なら間違いなく「水不足」と騒いだと思います。水害対策と称してダムがいっせいに水を払ってしまい、水不足だからダムを作ると言う意図が見え見えでした。
 田中元長野県知事の「脱ダム宣言」は無駄ではなかったと思います。
 水害対策と称してもダムの下流で大雨が降れば意味がないのに。

 ダム建設のために建てた事務所。まだ調査も行われない段階でしたが、こんな建物だけが先に出来上がりました。いつの間にかダム建設の話も雲隠れし、意味もなく建物が残っています。
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蒸し暑さ

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 日本の暑い夏を避けてロシアに里帰りする女性は少なくありませんが、ウラジオストク友人が言うには「彼女らは夫が日本人だから安心して日本に残して自分たちはロシアに帰れる」と言います。
 「ロシアで夫をひとり残して妻が長期間家を空けたら、ロシアの男はすぐに浮気します。日本の男性は仕事が忙しいからそんなことしないでしょう。」

 男は浮気するものと思っているロシアの奥様のチェックは厳しいですから、小遣いは必要最低限、定期的もしくは抜き打ち的に電話を入れる、家に帰ってきている時間を見計らって電話をかけてくるので、外で一杯やっていてタイミングよく出られないと大変なことになります。
 
 ある会員さんはこの夏、奥様がウラジオストクに里帰りしたので、自分もお盆は郷里の実家に里帰り。実家で両親や兄弟と談話していると、例によってロシアから浮気予防の電話が携帯電話に入ってきて、「女性の声がするけど誰?」と強い語調。"僕のお母さんだよ。お話しますか?”と聞くと、急に声がトーンダウンして「お話したくありません。」。やっぱり姑は煙たいようです。


 台風10号は「北北西に進路をとれ!」と九州を着き抜け朝鮮半島からウラジオストクあたりまで風雨を撒き散らしそうな気配ですが、こちらは1日蒸し暑い曇り空でした。今年最高の不快指数ではなかろうか?と思えるほどどんよりした蒸し暑さでした。

 イヌワシが営巣して子育てが終わるまで立ち入ることができなかった地域の巡視路の草刈に行って来ました。里山で谷の中なので風が当たらない場所です。
 夏の肉体労働に霊験あたらかなポカリスウェット500mlボトル2本持って山に入りましたが、程なく飲み干してしまいました。
 あまりに汗がたっぷり出て最後には頭が痛くなってきました。

 ブナの木陰で一休みしましたが、座れば山ヒルがいるし、木の枝からも降ってくるし、動かずにじっとしているとアブが周りを飛び交うわで、休憩らしい休憩なしでした。
 昨年はブナグリ(ブナの木の実)が豊作だったので野鼠が増えたと言われていますが、クマも増えたようで、山の斜面を駆け上っていく熊を見かけました。
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 早めにポカリを飲み干してしまったので、沢に出るまで水がない。ようやく沢に出ましたが、昨夜の雨の影響か水がいくらか濁っていました。濁っていたにせよローム層の赤土が少々流れ込んだだけです。
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 沢に頭から顔を突っ込んで水をがぶ飲み。いっそのこと、このまま泳いでしまおうか!と思うほどの蒸し暑さ。
 熱射病対策には水分補給が不可欠ですが、水は飲んだ後疲れが出てきます。作業が終わって軽トラまで戻ると、ザックの中に粉末のポカリが入っていました。すっかり忘れていました。
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 私が小学校の頃、材木を運ぶワイヤーが切れて、ワイヤーにはじかれて5人の死者が出た事故がありした。この近くの集落の人たちで、私の一級上と、一級下にこの事故で父親を亡くした子供がいました。
 私の同級生の父親もこの事故のときに現場にいましたが、間一髪で難を逃れました。
 事故があったのは2月頃だと記憶していますが、授業中先生達に緊急会議の召集があり、自習になった記憶があります。
 当時は冬になると出稼ぎに行く家庭が多い中、冬の貴重な仕事でした。
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 山から戻ってくるとヤマヒルがたっぷりたかっていました。手首と首とわき腹をヒル食いつかれていました。
 ヒルに吸い付かれた後は血液が凝固しないので血が止まりません。首に吸い付いた後からは絶えず血が流れていたので、シャツの襟の周りが血で真っ赤になっていました。

 ヒルが悪い血を吸いだしてくれるなんてのはでたらめもいいところで、皮膚のちょっとした後を吸うだけですから、体の奥の悪い血なんて吸いだせるはずもありません。
 赤十字だって献血のあとはオレンジジュースとバンドエイドのセットをくれますが、ヤマヒルは何もくれません。
 「ヒルのエキスは脳溢血や動脈硬化の予防になるって言うから、そう思ってあきらめろや。」と一緒に行ったご老人言われました。
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王室

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 昼頃、ウラジオストクの事務所に電話をしたら、新しい女性会員が面接に来ているようで、女性スタッフとのやり取りが聞こえました。
 なんか面接と言うよりも言い争っているように聞こえましたが、男性スタッフ曰く。「女性同志の争い。男性は黙ってみているだけ。」

 夕方もう一度電話をすると女性スタッフの鼻息が荒い。「もう、頭にきて怒鳴りつけてやったんですよ!」
 日本男性との結婚を自分の異なる思惑に利用しようと考えていた女性だったそうで、入会はもちろんお断り。

 日本男性がどれだけ大変な思いをして、結婚のために真剣に向かい合っているのか目の当たりにしているので、「あんな女はロシアの恥です!二度と顔も見たくない!」と憤慨していました。

 国際結婚に対する考えの甘い女性には、”甘く考えると苦労するだけだ”と諭して、真剣に向かう気持ちがなければこの時点で当人が「やっぱやめておきます」と言うようですが、今日の入会希望者はふてぶてしいにもほどがあるタイプだったそうです。

 貝殻島近海でロシア当局による日本の漁船への銃撃のために死者が出てことについて聞いてみたら、「こちらでは大きなニュースになっていません。」日本でも決して大きなニュースになっていないような気もしますが、「亡くなった日本の若者は頭を撃たれた、銃声を聞いたときに身をかがめなかったのだろうか?」
 胴体よりも頭を狙うことははるかに難しいそうで、ましてゴムボートの上からなら威嚇で高い位置に撃った弾丸の方向がそれることはあるそうです。

 私もUSAで経験がありますが、食堂でハンバーガーを食べていたら銃声が聞こえ、アメリカ人はテーブルの下などにかがみこんで、両手で頭を抱えて低くしゃがみこんでいました。
 私は"何があったの?"ときょろきょろ見回してしまいましたが、近くにいたアメリカ人が私の手を引っ張ってくれたので、そのまま伏せましたがうっかりすると立ち上がりかねませんでした。
 銃の暴発だったようで、程なく普通の状態に戻りましたが、"この神経もすごいな"とすごいと思いました。

 新潟市の東港近くではコンテナーの中から外国人男性の腐乱死体が見つかったそうで、ロシア人のようです。
 つい一週間前に長岡の山口組系暴力団が新潟市の高利貸しを2名殺害して、私の村の橋の上から投げ捨てて行った事件があったばかり。
 北朝鮮の船が来なくなって新潟県警も一安心だろうと思っていましたが、ややこしい事件は続いているようです。

 皇太子ご夫妻がオランダに静養の旅行に出発されました。宮内庁支配を逃れて羽を伸ばされてこられることを願っていますが、子供ができるのではないかなと期待しています。
 まさか、オランダの女性との間に日本の皇太子の子供ができたりして。それもいいんじゃない???

 帝政ロシアの最後の皇帝ニコライ二世の王妃は英国王室から嫁いできましたが、今でも王国が残っているヨーロッパの王室は各国で婚姻関係にあって、王室が一つのコミュニティーのようになっています。
 フランス革命でギロチン台にかけられたマリーアントワネット王妃はオーストリアの王女でしたが、マリーアントワネットの母親のオーストリア女帝マリアテレジアは16人の子供がいました。夫はフランツ一世でドイツの皇帝。

 マリアテレジアと言えば「純潔規定」と言う法律を作り、売春を徹底的に取り締まり、婚前交渉の禁止、同性愛の禁止、不貞行為の禁止を徹底させました。違反者には市中引き回しや、公衆の面前での清掃作業などの罰則があったり、市内には密偵が見張っていたので自由恋愛とはおよそかけ離れた世界になった時代があったそうです。
 シモの人格は別物とばかりに、いくら取り締まっても効果がなかったようです。

 サルスベリは漢字で百日紅と書きます。日本では木の幹が滑らかでサルが登ろうにも滑って登れないことからサルスベリ、中国では開花期が長く100日間も赤い色をたたえているから百日紅。とらえ方が違います。
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 百日紅といっても、一つの花が3ヶ月以上咲いているわけではなく、同じ房で小さな花が咲いては散り、咲いては散って選手交代しているだけですが、長いこと赤い花が眺められて楽しめる花です。
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 標高の高い山では蔓イチゴがまだ残っていました。
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 よく、クマやサルにやられずにこの時期まで残っていたものだと驚きもしますが、クマもサルも山の天然物に目をつけずに、里の畑を荒らしているのだろうか?そのうち自ら作物を作り出したりして。
 蔓イチゴの実
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 こちらはバライチゴ。
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拿捕

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 隣接する国と諍いがあることは世界の常識で、そうでなければ国境なんてできません。
 ヨーロッパなんか王の荘園争いや近隣諸国と悶着が歴史でした。
 シチリア島などイタリアとフランスの争奪戦に苛まれてきた島でした。
 13世紀、シチリアがフランス領だったときに、婚礼間近の娘がフランス兵に強姦され、そのショックで死んでしまった事件があり、人々が叫んだスローガン"Morte alla Francia, Italia anolla!(全てのフランス人に死を、これがイタリア人の叫びだ!)"と叫んだそうです。この頭文字をとってMAFIA(マフィア)と言う言葉ができたそうです。

 映画ゴッド・ファーザーでいちやくポピュラーになったマフィアと言う言葉ですが、無頼漢の代名詞のように扱われています。でも、元々はフランス人を皆殺しにしろ!と言うニュアンスが含まれています。

 民間営業の無頼漢はマフィアですが、国全体が無頼漢国家はたくさんあります。まだロシアなどわきまえがあるほうだと思いますが、大きな事件が起きました。

 北方領土付近で日本のカニ漁の漁船がロシアに拿捕され、その際、銃撃を受けて1名亡くなったニュースが流れました。
 ソビエト時代に日本の漁船が拿捕される事件はよくありましたが、人が死ぬような事件は50年ぶりだそうです。

 漁業協定の中で、日本側の漁業操業が認められている地域だそうですが、カニ漁は認められていない地域だったそうです。ゴムボートが突然現れ、接近してきて発砲だったそうです。
 当然、日本政府はロシア側に抗議していますが、「密猟を見逃した日本も悪い!」と銃撃に対してロシアは非を認めていません。
 大韓航空機撃墜事件の時も、同様でした。抗議を受け入れるような国はありませんし、それを政治の取引の道具に使うようなことにも屈さない国です。
 メディアが安全なところで騒いでいる靖国問題より、よほど大きな事件だと思っています。

 なんとも腹立たしい事件ですが、これが世界の標準ですし、これが国境の実態です。
 もし漁船を装ったテロリストだったら?この理論で全てが解決してしまいます。

 ロシアでは死刑制度がないので、凶悪犯でも逮捕されれば収容所送りですが、逮捕前に射殺も少なくありません。
 「当局に目をつけられないこと。」が一番です。大らかで曖昧なロシア人も実は、厳しい環境下で生き抜いています。

 「このくらいなら許されるだろう」とこちらの打算は当然通用しませんし、引かれた一線を越えないことは自立した個人同士の付き合いでも求められるものです。

 ソビエト末期からロシア諸島にかけて極東方面にはモスクワからの物資が来なくて困窮した時代があり、「ロシアから独立宣言して、日本に宣戦布告し、その日のうちに降伏して日本の領土になろう!」と、ジョークが飛び交ったこともあったそうです。

 ロシア極東は地理的にモスクワから遠いだけに、中央から送られてくる指導者は強硬な人物が多いようです。

 
 30度近い蒸し暑い一日でしたが、夕方雨が降ってきました。蒸し暑い定期と川の冷たい水の間に霧が発生し、利根川の川面を霧が覆い、きれいな光景になりました。
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 もっと真っ白に霧が川面を覆っていましたが、雨がおさまるのを待っているうちに温度差が少なくなり、霧が薄れてしまいました。
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電力

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 「東京が大停電になりました。日本で停電は珍しい。」とウラジオストクの友人からメールが来ました。
 ごたごたと忙しくて、この一週間テレビも新聞もあまり見ていませんが、落雷で山手線がストップした事件と、クレーンが高圧線に接触して、舞浜方面で大停電があったというニュースは知っています。
 現代日本人は停電慣れしていないので、停電用の蝋燭や懐中電灯など用意していないことでしょうが、この季節の東京方面なら冷房がストップして大変だったことでしょう。

 以前、ハルビンの事務所で家事を出したことがありますが、このときは停電の後で、急激な電流が流れたために事務所のコンセントから発火してパソコンやFAXなどが燃えたそうです。
 ウラジオストクは頻繁に停電がありますが制御システムがしっかりしているのか過電流が流れて火災になったという話はあまり聞きません。

 日本では一番電気の消費量が上がるのは、冷房が大量に電気を消費する夏の昼間と言われていますが、お盆休みのこの時期は都心から灯とがいなくなるので電力消費は随分少なくなるでしょう。その代わりガソリンを大量に消費すると思いますが。

 小泉首相が膏薬通りに8月15日の靖国参拝をしましたが、これはもう日中韓のできレースなのでメディアが何を言おうとも盛り上がらない思いがします。
 武道館では全国戦没者追悼式が行われ、天皇陛下も列席していました。花で飾られた祭壇に「天皇陛下」と看板が立っていたので、献花代をいくらか包んだのでしょうね。缶詰や果物などが上がればもっと目だったでしょう。
 
 皇太子ご夫妻はオランダ王室の招待で静養に行かれるようですが、もしかしたらこのご静養で宮内庁の圧力から解き放たれてご解任なんてこともありそうな気もします。
 

 これからのシーズンになると山道の道端に咲く白い花。山ウドの花です。
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 ”ウドの大木”などとダサい例えに使われるイメージを持った植物ですが、見た目はダサくても可憐な花を咲かせます。
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 ロシアにも山ウドは自生しています。彼らが山ウドを食べると言う話しは聞いたことがありません。
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 実家に行ったら生後11ヶ月の甥が仏壇の鐘を鳴らすことを覚えたようで、隙あらば仏壇に行って悪さしようと狙っていました。お供え物にスリッパが乗っていたり、アンパンマンの人形が仏壇に突っ込まれていたり、小坊主が供養をしているようです。 
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 ”おやすみ"どころか、昼寝もせずにはつらつとしていました。
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category日記

薮入り

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 日本に接近せずそのまま西に進み中国大陸を直撃した台風8号で、中国福建、浙江、江西で400人前後の死者行方不明が出ています。中国大陸に接近した時には既に勢力は衰え、台風ではなく熱帯低気圧になっていたはずですが、めったに台風が来ない土地だけに対策をしていなかったのでしょう。

 昨日はやけにパトーカーが飛び回っているので、”お盆で自動車が多く峠で事故が多発しているのだろう”と眺めていましたが、新潟県の長岡の山口組系暴力団が高利貸し二人を殺害し、わざわざこんなところに持ってきて三国峠の橋の上から70m下の沢に死体を投げ捨てた事件があったそうです。
 毎年春には村民が三国峠のゴミ拾いをしますが、空き缶空き瓶捨てていくだけでも腹が立つのに、冷蔵庫や洗濯機などどうやって持って来たのだ?とあきれる大きなゴミまで捨てていきます。ついに人まで。


 春の三国峠清掃にはこの死体投棄事件の現場も必ず通るので、来年の峠清掃は嫌な思いがします。


 落語の人情噺に「薮入り」と言う名作があります。この話の中では正月の薮入りだったと記憶していますが、奉公人は盆と正月の薮入りの日だけ休みをもらって田舎の実家に帰れた時代の話でした。
 奉公に出た息子が薮入りになって休みをもらい一日だけ田舎の両親のもとに帰る。立派になって帰って着た息子に両親は驚きもしますが、息子が分不相応な金を持っていることに気がつき、”こいつはなにやら悪さをしたのではあるまいか?"と、理由を確かめずいきなり息子を殴ってしまう。その頃街ではネズミが増えており、息子はネズミを捕まえては交番にもって行きご褒美のお金をもらい、それを使わずに貯めておいた。「ネズミだけに”忠”の話でございます。」

 薮入りの日は奉公人が休みをもらって実家に帰る日でもあり、嫁が嫁ぎ先から実家に帰る日でもありました。
 ある意味、嫁と奉公人が同じように扱われていた時代なのか?と思いもしますが、こんなことでもなければ嫁ぎ先から実家に帰れないほど「結婚」の制度が力を持っていた時代だったのでしょう。

 お盆の語源は仏教用語の「盂蘭盆(ウランバナ)」で、ウラバンナとはサンスクリット語で(逆さ吊り)を意味するそうです。
 お釈迦様の弟子の目連尊者(もくれんそんじゃ)の母親が地獄で逆さ吊りになっており、どうやって母親を救えるのか?とお釈迦様に相談したら「夏の修行が終った7月15日に僧侶を招き、多くの供物をささげて供養すれば母を救うことが出来る」と言われ、そのようにしたら母親は地獄から解き放たれ極楽往生した話しから来ています。
 いきなり"地獄"と言うのがすごい話ですが、あの世で地獄の苦しみの中にいる家族をから救い出す行事が盂蘭盆のはじまり。

 お彼岸は勝手に霊のほうがこちらに来てくれますが、お盆はこちらから迎えに行かなければなりません。相手は地獄にいるのですから。
 薮入りもお盆に帰る霊に例えて、お盆のとき(正月の時)は地獄(仕事や嫁ぎ先)から開放されて、生家の家族と過ごす昔の習慣だったのでしょう。
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別荘

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 夜、ウラジオストクの男性スタッフに電話をしたら、会員さんと一緒にいるところでした。
 今日は男性スタッフの仲間のダーチャに行って過ごして来たそうで、面白い経験ができたと、とても喜んでいました。

 このくらいの家ならロシアの男達は自分で建ててしまいます。バルセロナのサグラダ・ファミリア教会ではありませんが、いつもどこかしら建設の途中で、そのうち壊れる部分が出てきてまた修繕、いつまでも完成しない男達の遊び場でもあります。
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 たびたびでてくるダーチャとは郊外の菜園付き別荘で、ロシアの都市部に住む人たちは平日は都市で働き、休日はダーチャで畑を作ったり花を育てたり、森と親しみながら過ごすのが日常です。
 日本的な感覚では別荘を持っているなんて!と驚きますが、ロシアでは普通のことです。しかしながら、家が安いかというとそうでもなく、家賃の高騰でモスクワが東京の物価を追い抜いて世界一の物価高の都市になったように、もっと土地の狭いウラジオストクも家賃は高額です。
 とは言え、日本と比べて上から下への格差も大きいし、裏に裏があるものです。日本は土地を投機対象にしたがために全国にバブルの余波が襲いましたが、ロシアはまだそこまでは行っていません。

 別荘と言うと、昨日行って来た軽井沢などその象徴でしょうが、この街こそバブルの土地投機ブームで踊った街かもしれません。
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 本来の別荘地としての軽井沢とは通称"旧軽井沢"と呼ばれる地域で、文明開化後に宣教師が保養地として見つけ、文化人や華族などが別荘を持った地域です。
 軽井沢では全ての別荘に番号がつけられていますが、1000番以下の3桁代の番号が昔からの別荘地だそうです。
 旧軽井沢はうっそうとした森の中です。
 こういう光景を見ると"愛人でもつれてきているのだろうか?”などと勘ぐりたくなりますし、”そして、殺人をして池に沈める”とサスペンス劇場気分になってやっかみを紛らわします。
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 ロシア人相手に"ダーチャです"と紹介すれば、自分たちでも簡単に手に入れられると思い込んでとんでもないことになりかねません。我々が考える別荘と、彼女らが考えるダーチャの違いはあまりに大きく、値段を教えたところで理解してくれません。
 ”芸術家でも住んでいるんじゃないの?"とか、”あ!あんなところにサルがいる!"などと話を別の方向に向けなければなりません。
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 それにしても旧軽井沢に「売地」の看板が目だったことには驚きました。旧軽井沢は元々企業の保養寮なども少ない地域ですが、10年前よりももっと少なくなった気もします。
 本来、旧軽井沢はオーディナリー・ピープルが来る土地ではないので、企業の保養寮に来た人が別荘オーナーと見比べられては不憫ですし、落ち着かないでしょう。

 国の重要文化財の旧三笠ホテル。1906年に建設された日本人設計による西洋式の建物で、軽井沢の鹿鳴館と言われました。1970年にホテルとしては廃業しています。
 髭の変な指揮者として「おっきいことはいいことだ!50円とはいいことだ!」と森永エールチョコレートのCMにも出ていた山本直純さんのおじいさんの山本直良がこのホテルを作りました。山本直良は明治製菓の重役だったはずですが、孫は森永のチョコレートでいちやく有名になりました。
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 15年前に結婚式に呼ばれて軽井沢に来たとき、時間つぶしに入館料払って中に入ったことがありますが、6月後半の梅雨の真っ只中でかび臭かった記憶があります。
 周囲を見渡せば旧軽井沢は高い木に囲まれた森の中なので、湿りけはそう簡単に抜けないでしょう。
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 見た目には格好のロケーションですが、梅雨時はあまり心地よくないと思います。樹木が空を覆っているので夏の陽ざしは妨げられるでしょうが、湿気対策とサル対策をしっかり設計しなければならないでしょう。
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 南アルプスや八ヶ岳に登山に行く時に北軽井沢から旧軽井沢をぬける有料道路を何回も通っていますが、白糸の滝には一度も行ったことがありませんでした。
 ついでに観光してきましたが、道路から2−3分歩いた場所でした。思ったよりも小さな滝でした。岩の壁から水が引き出しているのが名物だそうです。
 昨年行った済州島の滝を思い出しましたが、よく似ています。済州島はハルラ山という火山によってできた島で、島全体が玄武岩でできていました。
 軽井沢も活火山の浅間山の裾野なので似たような地質を持っているようです。
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category日記

やまぼうしコンサート

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 英国のテロ未遂阻止事件で空港での検査が厳しいために、今日ウラジオストクに行く会員さんの乗る飛行機がスムーズにでるのか気になっていましたが、携帯メールで
 「搭乗手続完了。警戒厳重。ロシア人多いです、ロシア語飛びかっています。曇り空。ロシア行き邦人もムチャ多いです。」
 「航空機に搭乗します。イビキかいて、ロシア人のオジサン寝てます。」と、途中経過の報告があり、順調に搭乗できたようです。
 ウラジオストクは2度目で、空港で待っているスタッフとも親しい間柄なので、後は安心です。女性スタッフのママの糖尿病療養の指導をするとサプリメントなどを土産に持っていった模様です。

 夕方6時から軽井沢で親子弦楽トリオ「やまぼうし」のコンサートがあるので、午後からでかけました。
 7月16日の日記で紹介した群馬交響楽団のコントラバス奏者の岩木春樹さんと、ビオラ奏者の長男保道君と、バイオリン奏者の長女美樹ちゃんの親子三人のコンサートです。
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 お盆と言うこともあり、おなじみの顔ぶれがほぼ全員行けない中、スーパーレディーおばさんの真澄さんが行けるので、隣町の真澄さん宅によって一緒に出かけました。

 北軽井沢だ、南軽井沢だ、奥軽井沢だと、昔の名前を捨てて軽井沢が次々に増殖するので、そのうち高崎が極東軽井沢、練馬が軽井沢入口と地名が変わるのではかなろうか?などと話題になりました。
 戦後満州引揚者達を中心に浅間の裾野を開墾した酪農地帯が今では"北軽井沢"。昔は開拓地とか応桑なんて呼ばれていましたが、群馬県長野原町にあります。オウムの軽井沢サティアンがあったのが応桑で、オウム事件の時は"北軽井沢"の地名を用いずに"応桑"と呼んでいました。
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 軽井沢の別荘地の写真などは写真のネタがないときにでも紹介します。

 そんなわけで会場となったギャラリー"森の妖精"にたどり着くまでは大変でした。いわゆる南軽井沢と言う地域にあり、ほとんど群馬県の下仁田町(井森美幸の出身地)と紙一重の場所でした。
 北から南の軽井沢に行くので、軽井沢の中心横断しなければなりません。お盆初日です。
 混んでいること、人と自動車が多いこと、車道のど真ん中をタンデムの自転車が走っているわ、車道を観光客がのんびり歩いているわ、きっと今頃東京の都心のほうが閑散としているに違いありません。市街地の写真は撮っていません。
 余裕を持って出かけたのに道路が渋滞していたために、やっとこたどりつきました。
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 コンサート会場は"森の妖精"という美術品のお店の別館のギャラリー。
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 店のほうではグリルでバーベキューをしていました。
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 壁には絵画が飾られていて"音楽を聴きながら絵画を眺められるぞ!"とうきうきしてきました。
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 さりげなく絵の下のカードを見ると、「え?」。一、十、百、千、万、「え?、え?」。120万円。
 去年私が描いた油絵は某旅館のおやじさんがもらってくれましたが、その謝礼は上寿司二人前とビール2本でした。
 恐いから壁側に陣取るのはやめました。絵の具のことを考えると、ストロボも使えないな。スローシャッターで手振れとの根競べになりますので、三脚は大げさにしても、一脚を持って来るべきでした。
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 ギャラリーにはグランドピアノが備えられています。たびたびコンサートが開かれているのでしょう。
 それにしてもこの古いピアノ、どこのピアノだろう?
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 覗き込んでびっくり、今や幻のピアノと言われるイースタインのピアノ。著名なピアノの調律師だった杵淵直知のアドバイスを浮け、宇都宮で手作りで作られていたピアノで、1990年に会社は倒産して跡形もなくなくなってしまいました。なくなってから"銘記だった"と話題になったピアノです。
 今流行のきらびやかな金属音ではなく、古風な温かい木の音がするピアノです。
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 弦を一本一本アグラフという穴に通して固定し、フレームに金属の響版などつけていないので余計な共鳴はせず、打弦した一つ一つの音が聞ける構造になっています。
 実は私が幼少の頃、我が家にもイースタインのピアノがありました。今にして思えば柔らかくていい音でしたが、昭和44年に現代風の音がするヤマハに買い換えてしまいました。
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 開演までの時間、隣のJAZZ喫茶サッチモでコーヒーを飲みました。サッチモと言えばルイ・アームストロングのことですが、"聖者の行進"は有名です。
 最初、ビリー・ホリデイのブリージーな歌が流れていて、気になって仕方がありませんでした。一応クラシックのコンサートに来たもののジャズもいいものです。
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 気になるのなら足を運べばよい。開演時間まで20分あったのでコーヒー飲みながらJAZZ!
 2003年に亡くなったニーナ・シモンがピアノ弾き語りで歌う”Black is the Color of My True Love's Hair”が流れていました。
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 店の名前は”サッチモ”ですが、どんより重いブルースばかり流れていて。これが夕暮れの景色に調和していました。
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 開演時間になりギャラリーに入りました。中央に並ぶ料理は休憩のときの食事です。なんでも、ギャラリーのオーナーのサービスだとか。
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 ピアノ伴奏は田部井美和子さん。”やまぼうし”のコンサートのおなじみの助っ人だそうです。
 器楽の伴奏としてのピアニストは大変な仕事です。ソリストなら自分を中心に周りが合わせてくれて当たり前ですが、伴奏はソリストを際立たせなければなりません。組む相手の個性や音の特徴を把握して演奏しなければなりません。弦楽器や管楽器のソリストにはいつも決まった伴奏者がついているものです。

 前半はコントラバス、ビオラ、バイオリン、それぞれの演奏でした。
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まずは岩木さんのコントラバス演奏でブルッフのコル・ニドライからスタートしました。チェロで演奏されることが多い曲ですが、これをコントラバスで演奏するのは大変な難曲です。
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 次にでてきたのが長男の保道君。現在スロベニア放送交響楽団首席奏者として活躍しています。親子トリオは保道君が夏休みで帰省したこの時期にしかできません。

 スロベニアと言えば旧ユーゴスラビアで、オーストリアの南、イタリアの東です。南スラブ地方などとも呼ばれ、ロシア人と近いスラブ系民族が多く住む国です。
 ビオラのソロを聞くのは初めてでしたが、これがまた素晴らしく甘美な音色で、バイオリンの透明感とチェロの温かさを足したような音でした。
 ビオラはバイオリンとチェロにはさまれてあまりなじみのない楽器ですが、両方のポテンシャルを持っているような楽器でした。
 調弦はC-G-D-Aでチェロの一オクターブ上、バイオリンの低音弦3本に4度低い弦を一本加えた形になります。
 日本でもっとも有名なビオラ奏者は?皇太子殿下でしょう。
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 3人目はバイオリンの美樹ちゃんで、バッハの無伴奏ソナタで始まりました。最後の曲では譜面が見つからずドタバタするハプニングがありましたが、譜面を探している最中はお父さんがトークでカバーしていました。
 器楽演奏はカルテットに始まってカルテットに終わるそうで、一人で演奏するよりも二人のほうが厚みが増す。3人になればさらに深みが増す。4人で演奏すれば重厚感とバランスが取れるそうですが、それより増えると音を合わせることが難しくなったり個性が埋没してしまう。4人が一番バランスが良いそうです。
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 ピアノの田部井さんがショパンの華麗なるワルツとノクターンで前半は終了。
 久し振りのイースタインのピアノの音色が懐かしかったです。音がキラキラしているピアノではないのでショパンよりもベートーベンのメロディーのほうが似合うかな?などと思いましたが、箱が鳴るような柔らかい音なので弦楽器の伴奏にはとてもあっていると思いました。

 演奏の最中、壁の絵を眺めては、それぞれこのメロディーにはどの絵が合うだろう?と考えてみました。事前に値札を見てしまったものですから、そちらばかり気になってしまい、絵と曲を重ねるとメロディーに値段をつけるようで無礼に思えてしまいました。

 前半終了後、7:30まで用意していただいた食事を食べたり、岩木さんたちと談話をしたり、楽しい時間でした。
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 この地域で花火大会があるようで、外は騒がしかったのですが、気になることもありませんでした。
 外に出るとバラの香りがするので、どこに咲いているのだろう?似た香りがするハーブでも植えられているのかな?と探してみたら、蝋燭から香りが漂っていました。
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 後半は岩木さん親子のトリオで映画音楽を中心の演奏が続きました。映画の解説も面白かったです。太陽がいっぱい、慕情、ポルタメントたっぷりにシェルブールの雨傘などが演奏され、チャップリンのライムライトは感動物でした。
 前半よりもリラックスして演奏していましたが、いつも家族で映画音楽を楽しんでいるのだろうなと感じましたし、楽器の歌わせ方が巧みな理由が分かったような気がしました。

 クラシックではサン・サースの白鳥をビオラがリードを弾き、本来ハープが演奏するアルペジオをコントラバスとバイオリンがピチカートで担っていました。
 美樹ちゃんの個性爆発のチャルダッシュもまた聴くことができました。バイオリンのG線から始まる最初の4つの音が何回聞いても圧巻です。流浪の民のさだめのようなバイオリンの泣かせ方をします。
 ロマ(ジプシー)の踊りは一見激しそうに見えますが、実はゆったりと動きが少なく、目つきや指の動きで激しく踊っているように見せてしまう妖艶さがありますが、それを持っているような天性を感じさせるので楽しみです。
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 アンコール曲では"パリの空の下セーヌ川は流れる"と"酒とバラの日々"でした。イベット・ジローやエディット・ピアフの創唱によるシャンソンとしても知られていますが、岩木さんのピチカート双方によるコントラバスがスウィングして、ジャズ風に演奏していました。

 音楽っていいもんだなあと満喫して充実した一日でした。
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CCTV

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 英国でUSA行きの飛行機に爆発物を持ち込もうとしたテロリスト集団を事前に逮捕し、事件を未然に防いだ報道が世界を駆け回りました。
 手荷物検査や機内持ち込みの荷物の規制などで、ただでさえ混雑する空港は大変なことになっているようです。明日ウラジオストクに行く会員さんがいるので、スムーズにフライとしてくれればと気になりました。

 テロリストたちが持ち込もうとしたのは、液体製の爆発物だったようで、英国の空港ではシャンプーや歯磨き粉の果てまで没収されてしまうそうです。
 免税店で売られているウイスキーなどは良いのだろうか?と首を傾げていますが、明日は日露間の空港でウォッカと日本酒の没収合戦があるのだろうか?

 007の英国の諜報機関は有名ですが、事前にテロリスト側の情報を全て把握して捕まえるタイミングを計っていたのでしょう。
 
 CCTVと呼ばれる小型カメラが開発されて、防犯用災害対策用など様々な場面で活躍していますが、英国は街頭に300万台を超えるCCTVを設置している監視社会です。今回のテロリスト達はイスラム系テロリストでしたが、アイルランドにからむIRAなどの国内?の問題もあり、監視システムを構築したようですが、落書きやゴミの不法投棄などが監視されるならまだしも、扱い方によっては誰がどこに行ったなんてことまで見られているようで気が気ではないでしょう。


 目の回るような暑さでした。実家に行ったら甥は裸族になって飛び回っていました。
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 午後から6日に亡くなった元村長の葬儀に行って来ました。このあたりでは名家の一つなのですが、晩年、偉くなって天狗になったがために思ったほど参列者がいませんでした。私と同級生の娘など親子断絶状態だったこともあり、自分の親なのに葬儀に来ていませんでした。
 区の全戸にお告げが回ったにもかかわらず、平日と言うこともあり、列席したのが4分の1程度で、私が香典を頼まれただけでも7件ありました。
 しかも、この炎天下、弔辞だけで9人も来るものですから、長いこと長いこと。焼香が始まる頃にはあらかたの列席者が姿を消していました。私もタイミングを見計らって引き揚げたかったのですが、場所取りが悪く逃げるに逃げ出せず最後まで炎天下の外に立っていました。
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 葬儀で村内に住む同級生と顔を合わせました。唇の周りが腫れているのでどうしたのだ?と聞いたら蚊に刺されたと言うので、”もしやデング熱では?”。「あれは発症して唇が腫れるんで、俺のは唇を直接蚊に刺されたんだ!」と弁明していました。
 今年は南のほうではデング熱が出ているようです。ネッタイシマカなどが媒介するそうですが、一応日本には生息していない蚊です。ところが、以前は生息していなかった台湾に現在は生息しているようで、飛行機などに乗って運ばれてきたのでしょう。
 今日の暑さを思えば日本でも生息できるのでは?と不安になります。

 暑い日が続いているので氷点下30度のハルビンの冬の写真を楽しんでください。
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category日記

オートフォーカス

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 ニコンの元研究員が軍事転用可能な赤外線をロシア人スパイに売り渡したと逮捕される事件が報道されました。
 赤外線技術はオートフォーカス式のカメラにも用いられており、その制度の高さは日本の独壇場。赤外線でミサイルや戦車の熱を瞬時に察知し攻撃できる技術に転用できるそうです。

 東西冷戦の時代はココムという規定がありましたが、今やどんな技術がどこで軍事転用されるかわからない時代です。ソニーのテレビゲーム、プレイステーション2のマイクロコンピューターなど、諸外国の進行衛星に搭載しているコンピューターより高速演算できる性能を持っているそうで、一頃は輸出規制されていました。

 ソ連製のナイト・スコープは安くてよく見えると野生動物の観察や公園の男女の繁殖行動を観察するマニア垂涎のようですが、こんな素晴らしいローテクの技術を持っているのだから、日本の赤外線技術などに頼らなくても良いのでは?

 1999年にウラジオストクに行った時、入国の税関審査で「GPSは持ってきていないか?」と聞かれました。GPS=カーナビの認識程度しかありませんから、何でそんなもの?と思いましたが、ウラジオストクはかつては軍港。軍事施設が各地に点在しています。これをGPSで性格に場所を特定されたら?と言う懸念だったのでしょう。
 そのGPSも腕時計に組み込まれるご時勢です。
 
 JRのリニアモーターカーの技術だって空母のカタパルトに応用できるので、カタパルト技術を持たない中国など何とか手に入れようと躍起になっているようです。

 中国へまた円借款をしているようですが、日本が貸し付けた「円」が兵器に化けるのですから、これも「軍事転用できる」として輸出禁止にしてはいかがなものか?

 写真は山しか写したことがなかったので、オートフォーカスのカメラなんて10年前までは見下していて、あんなもの目にガタが来た老人が使うもの!とオートフォーカスはおろか自動露出までも"女子供が使うもの!"と拒否していました。
 ところが、子供を写すようになるとチョコマカチョコマカ動くので、機械の手助けなしにとても手におえる被写体ではありません。オートフォーカスのお世話になっています。

 今月7日に昭和40年代に製造された旧式のカメラで花を写してみました。
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 古くなってファインダースクリーンが曇ってきているので、ピントも最後は感でした。同じ被写体をデジカメで写したものを8月4日の日記に掲載しています。見比べるとデジカメとフィルムカメラの色合いの違いなどがわかると思います。
 まだ咲き始めのオミナエシ。
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 アジサイはもう色がぬけ始めて花が終わるところです。
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 白いキキョウ。
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 フィルムに関する面白い話題。
 テレビのドラマは早くからビデオが主流になりました。写してすぐ確認できるし、ダメならすぐに取り直せる。ラチチュードと言う光の陰影の差にも強いので、あまり光に気を使わなくても良いなどの利点があります。
 が、そんな中、時代劇だけはフィルム撮影にこだわっていました。ビデオですと明るく写りすぎてしまうので、独特の重圧感が出しにくいこともありました。ビデオ出ると陰影が少ないので平面的に写る傾向も時代劇には嫌われたのでしょう。時代劇がビデオ撮影になるのは90年代半ばだと思いますが、妙に臨場感に欠けて感じたものです。
 今、夕方再放送している東野英治郎時代の水戸黄門はフィルム撮影なので、違いがわかるかもしれません。

 堀の深い顔立ちのロシア人。陰影が印象を大きく左右します。
 日本人の顔は平面的ですが、黒い髪とのコントラストがあるので写真で見るとはっきり見えますが、ロシア人特にブロンド系は色合いで見ると平面的に見えてしまいます。デジカメで正面から写すと意外と難しい被写体です。
 ラボで大掛かりな加工をした写真でないかぎり、写真よりも当人がはるかに美しく見えるのがロシア女性。皆さんそう言います。
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水の上で歌う

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 台風7号が関東地方に接近。東京のど真ん中では土砂崩れのニュースが流れる中、私の住む界隈は雨の一滴も降りませんでした。
 台風関東接近の報を受け、昨日の夕方に地区の災害対策委員に集合がかけられ、排水路の確認や河川の確認がありましたが、青空の良い天気でした。やはりこのあたりは関東地方じゃないのでしょうか?
 午後にはどんよりした雨雲と青空がコントラストをなしていましたが、雨は降りませんでした。
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 大雨などで川が増水して海に流れ込むと、川の周囲の海水の塩分が下がり、ビブリオ菌が繁殖しやすくなり、そのビブリオ菌が人食いバクテリアになるのだとテレビで放送していました。海水浴はお気をつけて。

 昭和49年8月に海水浴に行って以来31年海には入っていませんが、ロシア女性を日本のプールや海に連れて行くと心臓によくありません。
 温かい季節にウラジオストクの海岸を歩けば、女性はこれでもか!とぎりぎりの水着。トップレスまでいるのでありがたいことはありがたいのですが、周囲がみんなそんな状態ですからたいして気にもならなくなります。ところが、日本にその姿で出現されると穏やかではありません。
 「日本の男性は考え方が卑猥だ」と言われても、そういう姿をするほうが悪いのだ!と水辺で水掛け論です。見てみぬふりができるほど日本人はさばけていないんですよ。
 水着のヒモパンは当たり前で、日本のお祭りのふんどしは「いやらしい」です。


 昔、私の村の村長をしていた人が亡くなりまして、数世代にも渡る付き合いですし、私の同級生の娘がいることもあって、今朝、出棺の見送りに行ってきました。
 元村長は数年前までは冬になるとイノシシを追いかけて山を飛び回っていました。
 私が雪の山をカメラを背負い山スキーはいてペタペタ歩き回っているものですから、ただでさえ間違えられそうな顔と体型しているからと、蛍光のベストをもらったことがあります。土地境界のことや水利権のことで大喧嘩になったことがあったので"目印に撃たれるんじゃねえか?"と疑いながらも使わせていただきました。

 引き際を誤ったと言うのか、村長引退後の晩年、悪い取り巻きに持ち上げられて温泉乗っ取りを企てて名声を下げてしまったこともあり、娘達も大手を降って帰ってこられない状態でした。最後に評価されるのは人徳なんだなぁと思いながら見送りました。
 奥さんが長いこと病に臥せっていてその看病疲れでそううつ気味になっていたこともありますが、奥さんが亡くなってからは気持ちが楽になったのか、明るくなって公の場にも出てくるようになりました。が、既に地元では悪評が強くなっていたのでほとんど相手にされず煙たがられていました。

 河川敷の様子を見に行ったついでに、カブトムシを探してみました。昔はこのあたりの木にクワガタやカブトムシがいたものですが、山そのものにいなくなったこともあり見かけませんでした。
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 昔、この川原で蝋燭を立てた灯篭船を流した記憶がありますが、河川にゴミを流すようなものですからこのイベントもなくなってしまいました。当時のこちらのお盆は9月で、キリギリスやコオロギが鳴いていました。

 三途の川をはさんでこの世とあの世が分かれているように、日本人の死生観に川は面白い役割をなしています。苦しみから解放された彼岸と苦しみの最中にある此岸。

 水と死にまつわる絵画で大好きな絵があります。英国のジョン・ウィリアムス・ウォーターハウスが1888年に描いた「シャーロット姫」と言う絵です。
 アーサー王の家臣の騎士ランスロット卿に恋したシャーロット姫ですが、騎士は独身を誓っているので結婚は望めない。失意のシャーロット姫は小船に乗って死への旅路に出てしまう。アルフレッド・テニスンの詩を元に描かれた絵です。
 夕暮れ時、船の舳先に蝋燭のともし火を灯したシャーロット姫の乗った船が岸を離れるまさにその瞬間で、眉間のひそみとでも言うのか、表情がとても艶っぽく、今まさにこの世との最後のつながりを意味するロープを放す直前の右手が印象的です。
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 この絵を見ながら思い浮かべるのはシューベルトの歌曲"♪水の上で歌う♪"で、作詞したのはドイツの詩人シュルトベルグ。
 シュルトベルグが新婚旅行で新妻に捧げた詩にシューベルトが曲をつけたと言われています。
 新婚旅行の詩と、死へ赴くシャーロット姫はまったく逆なのですが、「この世で結ばれぬものならば・・・」の近松的概念を持つ日本人ならではの感性でしょうか?絵と詩が妙に似合うんですね。

 シュルトベルグの詩は「続きを読む」をクリックしてください。

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湯船

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 高温多湿な日本の夏に熱い風呂。私達の間では常識的ですが、外国人にはなかなか理解しがたいことのようです。
 暖房設備が貧弱な日本において唯一の全身暖房が風呂とロシア人は皮肉を言いますが、湯船でたっぷり汗を流して爽やかになる。「暑い夏になんで熱いお湯なの?冷たい水が一番。」わからないのかなぁ?

 ソビエトが生んだ偉大なピアニストのウラジミール・アシュケナージ。アイスランド人女性と結婚して1963年に英国に亡命しています。
 1955年のショパンコンクールで2位、1962年のチャイコフスキーコンクールで1位、この二つのコンクールでこれだけの成績を収めた演奏家はいまだに出ていません。
 当然、ソ連としては亡命されては困るので監視つきで、彼が外国に演奏旅行に行くとソビエト政府からのお目付け役が始終付きまとい、ホテルまで同室になります。
 彼がUSAに演奏旅行に行った時ついてきた役人は、政府支給の普通のアパートに住んでいるためにシャワーしかない生活をしていました。ところがUSAのホテルに入ったらバスタブ付き。
 役人は大喜びで毎日1時間も風呂に浸かっている。アシュケナージが演奏後の汗を流したくても、役人が風呂から上がってくるのを待つしかない。さらにトイレも我慢しなければならない。そんな経験をしたそうです。

 湯船からお湯があふれ出す光景が好きな日本人。外国のホテルのバスルームは防水加工していないので、ついつい湯船にたっぷりお湯を入れて、ドボンと浸かって下の階の天井が水浸し。気をつけたい文化の違いです。

 久し振りにモンゴル人の友人からメールが来ました。ウランバートルに里帰りしているようです。
 私がウランバートルに行った時にホテル代わりに泊まっていた家庭があり、その真上の階に彼が住んでいました。
 日本で初めて顔を合わせ、私がウランバートルに行った時の話をしたら、まさか同じアパートの上と下とにいたとは…「世界は狭い」と驚いたものです。

 北京空港経由でウランバートルに帰ったそうですが、北京からウランバートルに向かう機内に元力士のような大柄な男性たちがいたようです。このところ大相撲はモンゴル勢が大活躍ですから、スカウトマンが柳の下のドジョウを探しに行ったのでしょう。

 千葉県の山林で猟銃で撃たれた女性が発見されました。神棚に飾る榊を採りに行ってイノシシと間違われて誤射されたようです。
 そんな折、友人からイノシシカレーが送られてきました。富山県産です。
 新潟県の長岡のホテルニューオータニでは山本五十六の出身地にちなんで五十六カレーなるものを販売しています。
 インドカレーの時代からローカルなご当地カレーの時代が到来した思いです。
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 原油高の影響であらゆるものが値上げになりそうな時期になってきました。昨日のニュースでは砂糖が値上がりしていることを報道していました。なぜ原油高で砂糖?と言えば、ブラジルなどではサトウキビからエタノールを作り、それをガソリンに混ぜて自動車を走らせているからで、アルコールを作るための糖蜜の重要が増えて、食料に回す砂糖の需要に追いつかないのだとか。
 
 ハイブリット化に遅れたUSAでは植物から作られるエタノールとガソリンを混ぜた燃料に力を入れる方向のようですが、これにハイブリット技術を加えることだって可能です。
 考えてみれば糖分など光合成の結果に生まれるもので、太陽の日照と果物の甘さに密接な関係があります。
 植物の糖分と酵母菌があればエタノールはいくらでも作れます。こういうことならアパートの外の物置で偽造ウォッカを作っているロシアのおじさんたちの腕の見せ所だと思います。砂糖がなければパンの耳から、パンがなければ歯磨き粉や靴磨きのクリームからもウォッカを作り出した人たちです。しょうもない技術が役立つと思うのだけれど。
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 蜂蜜だってエタノール作りの原材料になりますが、高価な燃料になることでしょう。
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 以前から沼田市にある看板。中古自動車屋さんが掲げた看板です。
 わき見運転しようにも、この界隈で美人を見かけたことなどないばかりか、人さえ歩いていません。時折畑帰りのおばあちゃんが一輪車押して歩いているだけです。
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土用終了

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 「今日はこちらもとても暑いです。気温は28−29度はあると思います。」
 昼間ウラジオストクに連絡した時の様子です。

 女性スタッフはモスクワから妹が来たので、早めに仕事を切り上げましたが、「モスクワはウラジオストクよりもっと熱い!」と言われたそうです。
 冬はモスクワのほうが気温が低いのですが、夏は内陸特有の乾燥した強い日差しにさらされて気温が上がるばかりか、最近は自動車や建物の空調などが発するインフラの熱でさらに熱くなったそうです。

 同じ大きな都市でもサンクトペテルブルグは海と接していますし、緯度がさらに高いのでウラジオストクよりも気温は低いそうです。

 3日連続で30度を超えた我が家の寒暖計。
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 昼過ぎサンクトペテルブルグ人の奥さんを持つ男性との電話の中で、「彼女らの中で日本の夏をフルタイムで体験した人は一帯どのくらいいるだろう?」と話題になりました。
 夏になると里帰りするロシア奥様は多いので、この季節日本で暑さに耐え忍んでいるロシア奥様のほうが少ないかもしれません。

 寒さに強く暑さに弱いロシア人というのは思い込みで、日本人のほうがはるかに寒い環境で生活しています。外気は確かにロシアのほうが格段に寒いけれど、屋内は半袖で過ごせるような温かさになっています。それに引き換え日本の冬は家の中が寒い。
 家を建てるなら夏を規準に考えろといったのは"徒然草"を書いた吉田兼好で、確かに盆地特有の蒸し暑さの京都では夏をどうやって快適に過ごせるかが課題だったのでしょう。

 夏は極力涼しいこの村から離れたくないので、8月のウラジオストクに行ったことがありませんが、7月と9月のはじめに行った時、昼間は暑くてぐったりしました。
 海辺で湿度が高いといっても日本よりはからっとしているので、汗はすぐに乾きますが、木陰の涼しさが身にしみました。

 今日で土用が終わりなので、暦の上では8日が立秋。
 夜、月を見上げると満月に近い丸さになっていました。
 この時期になるとウラジオストクの森の中にはキノコが出始めます。

 来年の写真連盟の展覧会のテーマが"花"なので、夕方カメラを持って、オミナエシの花を撮影してきました。花はまっすぐ咲いているとは限らないので、ベローズという蛇腹の装置を使って、アオリという技法を使ってレンズの角度を花に直角にしてゆがみを減らして撮影しました。汗でベタベタになって撮影したので失敗したかもしれません。
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 日が暮れそうになってきたので、カメラを片付けていたら、モモンガが頭上を跳び越していきました。街灯に寄ってくる虫でも狙っているのだろうか?

 昨年はブナの実が豊作だったそうで、こうした年の翌年にはリスなど木の実を餌にする動物も増えますが、野鼠も増えます。
 私の実家ではネズミが床下に住み着いてしまい、我が家のネコのウンチ君が週3−4日送迎つきで実家にパートタイムのネコに行っています。猫がいるだけでネズミが姿を消すようです。バイト料としてアジの干物を食べて帰って来ますが、贅沢に慣れるとキャットフードを食べてくれません。

 我が家の周辺では夜になるとフクロウが鳴いていますし、昼間は上空をノスリが飛び回っているので、野鼠などを餌にする鳥たちやキツネなどが増える年だと思います。やがて野鼠も少なくなれば肉食の鳥や獣も減る、こうした周期があります。

 日本のリス(本土のリス)は人に近寄ってくることはありませんが、ウラジオストクの森に住むリスは人をおそれません。
 USAでも大きなリスが人の近くによって着ましたが、ロシア極東も、新大陸も人が入り込んだ歴史が浅いからリスも人をおそれないのでしょう。
 森に出かけるときリスの餌に松の実をもって行き、掌に乗せてリスの前に差し出すと食べます。
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原爆記念日

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 広島に原爆が投下されて61年。広島で行われた被災者の慰霊祭に各国の大使が参列しましたが、核保有国で参列したのはロシアだけだそうです。

 ヒューストン郊外のテキサスA&M大学の一角にブッシュ記念館なる博物館があります。ブッシュ大統領のおやじさんの記念館です。
 毛沢東や金日成だって生前に自分の偉業を見せびらかす記念館など作っていません。
 大型バスがやってきては車椅子に乗った老人が戦争のノスタルジーに浸るために来る記念館で、およそ年寄りばかりやってくる俗悪な記念館でした。

 日本は唯一の核爆弾被爆国ですが、唯一核爆弾を使用した国はUSAです。被害者のほとんどは非戦闘員の民間人です。


 昨日に引き続き猛暑に見舞われた一日でした。熱くなる前にと、朝のうちに田んぼの草むしりをしてきましたが、既に朝から熱かったです。
 結果的無農薬米と私は呼んでいますが、要は高尚な理念がないだけのことで、よそ様が農薬を買って済ますことを元手がないから手間をかけているだけのことです。
 来週あたりが稲の花が咲いて結実する重要な一週間になると思いますが、稲の花が咲くこの一時期だけ気温が上がってくれれば、あとは涼しくなっても影響は少なくなります。
 それにしてもよそ様の田んぼは良く茂っています。


 たっぷり汗をかいたので、町営の三峰の湯に行ってきました。
 源泉のそばに小屋を建ててただけの設備で、五ヶ所ある町営の温泉センターで一番ちゃちな設備ですが、余計な設備がないから逆に風情があって気に入っています。
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 内湯から見た露天風呂。
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 勝手に湧き出ている天然の温泉と違って、ボーリングして掘り当てたお湯をポンプでくみ上げていますが、加熱はしていませんし、かけ流しです。
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 効能と言う意味では猿ヶ京や湯宿温泉には遠く及ばないと思いますが、気取らないで行ける温泉としてとても気に入っています。
 風呂場の明かりはこの裸電球だけでこれがまた風情があって気に入っています。
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 内湯から露天風呂には湯船の上にかけた気の渡り廊下を歩いていきます。元々内湯だけだったのに後から露天風呂を増築したために、露天風呂に行く通路を作るスペースがなかったので、湯船の上に木の橋をかけたのだそうです。
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 露天風呂の外はナラやクヌギの木が茂る森。これが気分良いです。
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 熱くなるとアブが出てくるので、露天風呂に入りながらハエ叩きでアブを叩き落しながらの入浴です。急ごしらえの露天風呂なので湯船が深く、湯船の中に沈んでいる丸太の椅子を持って気に入った場所で入浴です。
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 露天風呂も源泉かけ流し。猿ヶ京や湯宿温泉のように触れないほど熱いお湯ではないので、46−7度のお湯が景気よく出ています。
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 今は冷房が効いていて、近所の農家のおじさんたちが湯上り後にここで昼寝しています。
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沼田まつり

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 沼田祭り最終日。パレードの交通安全のキャンペーンに参列するために沼田市に出かけました。
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 県警のブラスバンドを先頭に、交通安全や暴力追放、不法就労追放などののぼり旗を立てたそれぞれのグループが続いて長い行列になりました。
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 我が家を出るときに玄関前の寒暖計の気温が32℃。沼田はそれより2−3℃暑いはずです。アスファルトからの照り返しもあって、およそ健康に良いとは思えない炎天下の死の行軍でした。
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 子供達に風船配る振りして日陰の歩道に逃げようにも、昼時で太陽が真上にあるため日陰らしいものもありませんでした。
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 国際交流協会からはこちらの工場に研修に来ている中国女性たちが参加して「不法滞在、不法就労追放運動」のキャンペーン。
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 チャイニーズドレスは日本側で用意したようです。「中国でも着たことがない」と言う女性もいました。パレード前はチャイニーズドレスの横に入ったスリットをしきりに気にしていました
 手前の浴衣姿三人は日本人。チャイニーズドレスの隣の浴衣姿は中国人です。
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 中央の薄紫の浴衣姿。妙にだらしなく吉原炎上のような浴衣の着こなし。一目でわかる中国人。この隊列行進のような歩き方。着物の歩き方ではありません。歩き方が違うから着物がずれてくるんでしょうね。
 ハルビンの太陽島の日本公園に行くと和服の着付けサービスがあり、こんな着方をした女性たちが公園を歩いています。
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 やっと途中の休憩所にたどり着き、県警のブラスバンドの方に"仕事とはいえ、こんな暑い中パレードさせられて大変ですね。"と言うと。「何いってるんですか!前橋や高崎の暑さと来たらこんなもんじゃないですよ。沼田なんか風が吹いて涼しいですよ。」と言われてしまいました。
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 ミス沼田だそうです。昨日か一昨日、ミス沼田の撮影会があったそうです。昔は夏目雅子さんが来て着物の撮影会をやったことがあったものですが、年配の写真マニア達は「スエちゃん(夏目雅子さんのお母さんで沼田市出身)の娘はきれいだったよなぁ。」といまだに語り継いでいます。
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 同級生が言っていましたが、幼稚園や小学校に入った娘がお祭りの衣装を着て唇に紅を差した姿を見たとき、そのあまりの愛らしさに「絶対に嫁にやるものか!近寄る虫はパパが退治する!」と父親の決意が芽生えるそうです。
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 パレードで呉服屋のおやじさんと一緒になったので、弟の一家が今夜祭りに来る予定で、生後11ヶ月になった甥に祭りの法被を探しているが、小さいのが見つからないと言うと、店にあるというので、パレードの後に店によって買って帰りました。
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 早速弟のところに持って行くと、まだ少し法被が大きいくらいでしたが、お祭り姿で出かけていきました。
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 夜、こちらから神輿担ぎに行った人たちの迎えのバスを運転してまた沼田の須賀神社に出かけました。交通安全のパレードに参加して、酔っ払い運転をさせるわけには行きません。
 夏目雅子さんのお母さんの実家はこの近くだと思います。
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 有料の桟敷席があり、ここからは境内を回る神輿が良く見えます。
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 どうでもいいけど早く終わらないかな?と境内をカメラ持ってうろうろしていると「よお!おやじさん元気か?」と声をかけられ、振り返ると衆議院議員の尾身幸次さんでした。父と同級生です。
 隣にお嬢さんの朝子さんがいました。まだインターネットが電話回線利用で電話料金がかかっていた頃、早く諸外国のようにインターネット繋ぎっぱなしやIP電話の実用化などが実現するようお願いに行った時、その道の専門家ですから、親身に対応していただきました。私と同年ということもあり気さくにものが言えたので、随分無理なことを言ってしまったかな?と後になって思いましたが、今その恩恵にどっぷり浸かっています。
 「来年の参議院選挙に私も出ますからご協力ください。少子化対策にも力を入れていますからご意見ください。」と言われたので、「その前に9月の総裁選挙に出ませんか!」と言うと大笑いしていました。
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 神輿が終わってそのままこちらへ帰るグループと、打ち上げをしてそのまま泊まって来るグループがあり、私の仕事は神輿終了後戻る人たちを村に連れ帰るだけです。
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 終わるのが11時前後になるために、山車の子供達が次々と帰り、代わりに大人たちが囃子をします。
 子供達が残っているうちにと、山車で太鼓を叩く少女達を写真に収めていたら、「ちょっとお兄さん、こっちも写しなよ!」と山車の上から声をかけられ、年配の娘さんも写真に収めてきました。
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へんな夢

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 毎年のことですが夏休みシーズンは気をもむようなことが起こります。一番厄介なのはロシアの長い夏休みで、人によっては1ヶ月以上の休暇をとることもあります。
 メール交換の申し込みがあっても夏休みで出かけていて長期間不在。しかも連絡が取れないなんてこともよくあることです。
 事前の計画性がないロシア人ですが、職場によっては年明け早々に夏休みの計画を出す職場も少なくありません。公的機関などは冬の間に夏休みの調整をしています。
 仕事は計画通り進まないくせに、なんで夏休みは計画通りに実行できるのか?そこが不思議なところです。

 昨日は私が沼田市の祇園祭に顔を出していた頃、郊外の国道で一家7人が乗ったワゴン車が橋の脇から20m下の川に転落する事故がありました。幸いなことに命が大丈夫だったそうです。

 2日の夜にウスリースクという街で、中国人観光客30人が乗った観光バスが側溝に落ちて横転し、13人の怪我人が出る事故がありました。
 ウスリースクはウラジオストクから2時間程度の街ですが、中国から陸路国境を越えてくる時の通過点です。ウラジオストクから帰るバスだったのか、ウラジオストクに向かうバスだったのかはわかりませんが、中国からロシアへ国境を越えてそのままバスで乗り込んでこられます。「中国人の運転手は危険を考えないでスピードを出します」とあまり評判はよくありません。ロシア人は田舎人でのんびりしていますが、中国人は都市型なので隙があれば割り込んできますし、相手もこちらの動きに気をつけている前提で走るので、中国人運転手の無謀な運転が事故の原因になることが少なくないそうです。


 ロシア人はネコを家族の一員として飼っていますが、ネコを忌み嫌う文化を持つ国も少なくはありません。
 ネコはプライドが高く犬のように人に忠実ではありませんし、飼われているという概念ではなく、人に世話をさせてやっているような態度なのでどこかのお国の女性のようです。
 へんな夢を見るときには腹の上に猫が乗って寝ていることが多く、胸が押し付けられるから心地よく眠れるはずがありません。なるほど、昔の人は猫が悪い夢を運んでくるから「悪魔の化身」などと思ったのでしょうか?
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 変な夢で目が覚めたとき。もう外は明るくなりかけていました。
 昨年亡くなった伯母が出てきて、「あんたのことを知っているという人が尋ねてきたよ。」と連れて来たのが昔のガールフレンド。まだあっちの世界に入っていないはずですが、…まさか、行ったのかな?
 妙に打ち解けて、やっぱり、この人と結婚しておくべきだったのかなぁ。とご機嫌でいたら、18年前に亡くなった母が出てきて、「お墓の花に蔓が絡んでいるから、引っこ抜いて取り払っておけ。」と言われ、そろそろお盆も近いから掃除がてら草刈をしてこようと、私が出かけると壁からニョキっと手が出てきて「まだ行くこたぁねぇ。」と父の声が。ちなみに父はまだ存命中。
 びっくりして目が覚めました。またウンチ君(ネコの名前)が腹の上で寝ていたのか?と、起き上がると、ネコはベッドの下で寝ていました。こんな蒸し暑い日に腹の上では寝ないわけだと思いましたが、左側を下に横向きに寝ていたせいか、自分の内臓が心臓を圧迫したのか胸が苦しく、起き上がると体の中を温かい血液が流れる感触がありました。

 悪い夢。へんな夢と言うのもまんざら無意味なものではないようで、あのまま寝ていたら心臓が圧迫されて変死でもしていたのだろうか?と考えてしまいました。
 それにしても、亡くなった伯母と母と一緒に出て来た昔のガールフレンド。何でこの人が今頃になってでてきたのだろう?平穏に生活しててくれれば良いのですが。

 気になったのでお墓に植えた花の様子を見に行ってきました。
 おみなえしの花にヤマイモの蔓が蒔きついていたので根元をたぐって引っこ抜きました。
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 キキョウは今年の春植え替えた時に白い花と紫の花の球根がごちゃごちゃになってしまったため混在して咲いていました。
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 むくげの花は八重咲きの花で、最近になって咲き始めたようです。
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山車

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 「カムチャッカの津波のニュースは日本でも報道されましたか?」と聞かれ、いつあったの?インドネシアで最近また津波が起こったことは報道されていましたが、カムチャッカのことは初耳でした。
 7月30日の日曜にカムチャッカ沖で地震があり、津波の警報が出たために、海岸の村の人々はすぐに非難し小さな小屋がいくつか流されたものの、人には被害がなかったそうです。

 カムチャッカは日本と同じ千島火山帯で地震が多い地域ですが、ここで大きな地震があれば日本にも影響が及びかねません。
 「ウラジオストクにはカムチャッカやサハリンから移り住んできた人も多く、彼らは地震に慣れています。」と言ってますが、大方のウラジオストク市民は地震を体験していないので、日本で地震に出くわすと面食らいます。

 夏休みシーズン。タイや香港、ベトナムに旅行に出かけるロシア人は多く、特にベトナムは今大人気のリゾートスポットになっているそうです。ウラジオストクからこうした地域に行くにはソウル経由で行くそうです。「ソウルは物価が安い」ウラジオストクは物価高です。
 
 午後、沼田市に行く用があったので、沼田の祇園祭を見てきました。
 沼田の名物の天狗神輿。担ぐのは女性です。


 初日なので祭りの始まりを告げる山車が街を練り歩いていました。
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 市内には10の山車があり、それぞれの地区ごとに衣装のデザインが違います。
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 沼田の祇園祭のころは必ず夕立が来るうえ、駐車場もないので数年前まで来たことがありませんでした。と、言うより、祭りそのものが大嫌いなので、行くこともなかったのですが、ハルビンやウラジオストクに日本を紹介するHPで祭り物は喜ばれるので、取材してきてはいわれや歴史などを紹介しています。
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 今年初めて発見したのは、このお祭りには須賀神社と榛名神社という二つの神社が関わっていることで、昔は二つの神社での喧嘩神輿もあったそうです。
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 今は神輿の担ぎ手も新聞で募集していますし、山車の太鼓叩きも地元の娘達では人数不足で、近隣の町村から助太刀が来ているそうです。

 銃砲店のおやじさん。死んじまったんですね。
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 中学校の英語教師だと思います。
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 それにしても、こういうところ出顔を合わせるカメラマンは、どうして同じような服装で、黒いシャツにだらしない作業ズボンはいて、リュック背負って、腹が出ているのだろう?
 ほとんど同じ服装だったので「仲間だと思われたくない!」と思いました。
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 山車のUターンの現場です。意外と小回りが利きます。
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 こうやって横から見ると平安貴族が乗る牛車のようです。
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 Uターン完了。
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二世

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 ハルビンスタッフの西郷ドンは今日からラオスに行きました。彼の主な仕事は衣料品や木材の買い付けだそうです。と、言うよりは取引先との信頼関係を作ることが第一歩でしょう。

 中国の繊維工業は既にベトナムやラオスにシフトしており、中国製の衣料品が日本に輸出され、自分たちはもっと安価なラオスやベトナム製品を輸入して着ている訳で、彼らにとって「中国製は高級品」の部類になってきたのでしょうか?

 森林の乱伐で砂漠化している中国では、木材伐採が厳しく規制されていることもあり、木材関係の産業はロシアや東南アジアからの輸入を加工するのが現状。いわば砂上の楼閣のような産業です。

 秦の始皇帝の時代に始まった万里の長城建設は明の時代が工事の最盛期でいたが、建設に使う大量のレンガを焼くために森林を伐採しています。巨大すぎていまだに発掘が終わっていない兵馬俑も土で作った人形を焼き上げて作ったもので、大量の木材が燃料として使用されています。
 メソポタミヤもエジプトも砂漠化することで巨大な文明は消滅しましたが、2000年とも3000年とも続いた黄河文明が砂漠に飲み込まれる姿を、私達はこの現代にリアルタイムで見ることができるのかもしれません。
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 夕べのお祭りで神輿担ぎに精を出したギニアの婿さんですが、周囲に期待されているのは「早く男の子作ってサッカーの選手に育てよう!」。
 今年のワールドカップのアフリカ勢の身体能力の高さを見たら期待してしまいます。
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 国際カップルの子供はとんでもない才能を開花させることが多いので、ロシア人との間に生まれた子供ならフィギュアスケートかな?中国人だったら卓球か体操かな?と期待していますが、アスリートになるかどうかは別にして、お父さんの小遣いが激減することは確実です。

 ロシア人に言わせると日本人の赤ちゃんはまん丸でかわいらしいと言いますが、私達の目にはロシア人の赤ちゃんのほうがほっぺたがふっくらしていてまん丸に見えます。
 幸いなことに私の知るかぎり、日露カップルの子供は均整の取れた目鼻立ちをしている子供が多く"お父さんに似なくてよかったね"と胸をなでおろしています。
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 日本では夏になると怪談話のシーズンですが、ロシアでは冬を舞台にした怪談話が多く、特に季節は関係ないようです。
 ロシアの心霊写真?家具に母子の姿が写っただけです。
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 我が家のすぐ下にある道祖神。こちらの道祖神は夫婦の道祖神ばかりです。観光客が「コケの色合いが素晴らしいですね。」と写真を写していました。
 言われて見るとそのとおりです。この界隈の道祖神や石仏の写真も撮りためていますが、あまりに近すぎて、そこにあったことさえ忘れていました。
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千秋楽

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 ハルビンの西郷ドンは明日からラオスに出かけます。長期滞在になるようですが、面白い写真や土産話に期待してます。

 この日曜日に海水浴に行ってきたウラジオストクの女性会員が日本人らしき男性とロシア女性とその子供の家族を見かけたそうです。7−8歳の男の子が母親とその周囲のロシア人とはロシア語で喋っていたが、父親とは日本語と思われる言葉で会話をしていたそうです。多分、その子が父親とロシア人との通訳もできるだろうと言っていました。
 
 子供は適応力が高いので、友人の日露カップルの近くにも、ウクライナから7歳で母親に連れてられきた子供がいるそうですが、1年で日本語がペラペラになったそうです。

 11ヶ月になった私の甥。母親がフランス語専攻だったこともあり、バイリンガルにするんだと、ママとはフランス語で会話、パパとは日本語で会話するように育てられていますが、「マンマ」しかいえません。
 運動神経のほうはやたら発達しているので、チョコマカ走り回っていますが、親の言うことなどききません。最初はママがフランス語でなんだかんだと諭していましたが、そのうちぶち切れて「このチビ!いい加減にしなさい!」とママが滑舌の良い日本語で言ったらおとなしくなりました。
 やっぱ、日本人ですね。
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 祇園祭も千秋楽。ご婦人方はご婦人方だけで打ち上げをするそうです。ご婦人方はビールや焼酎なんて野蛮な物はお飲みにならないので、各自ワインやカクテルを買って持ち寄りだそうです。
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 近所の親戚の婿さんも見越し担ぎに参加しました。このリズムと躍動感はアフリカにもあい通じるものがあるそうで、大喜びしていました。
 ”形式を受け継ぐ”目に見えることばかりが「伝統」ではなく、メンタルな面で「輪」を崩して"誰でも温かく迎える"「伝統」も有りだと思います。故に日本は「和」の国ですから。
 私は祭りの最中は制服着て交通整理なので祭りの衣装も持っていませんが、ギニア人の婿さんはしっかり一式そろえて持っています。アフリカの民族衣装にも似たようなものがありますが、「最初はムスリムの民族衣装かと思いました。」と言っていました。
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 ギニア(コナクリ・ギニアというそうです)はフランス語圏ですが、同じギニアの国名がついてもギニア・ビサウ共和国はポルトガル語、赤道ギニア共和国はスペイン語が公用語です。植民地時代に統治していた国の言葉が公用語になっています。
 アフリカではフランス語圏の国が多いのですが、北部はアラビア語だったり、英語やポルトガル語圏の国もあります。日本でそれらの国の人たちと喋る言葉は?「日本語です!」。
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 祭り広場では旅館の泊り客に地酒が振舞われるので、旅館の浴衣姿の観光客で賑わっていました。毎年顔を合わせる泊り客もいます。
 昼間、子供達がマスのつかみ取りをやりましたが、旅館のお客に振舞って、と自分たちが捕まえたニジマスやヤマメを寄付してくれたので、急遽焼き魚のコーナーができたそうです。
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 交通整理がひと段楽し、従姉妹の娘が萬灯の太鼓たたきをしているので、写真を撮りに行ったら、山車から降りて焼きそばを食べていました。
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