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◆ 猿ヶ京小学校 2006/10/31(火)
日本から帰ってきてようやく通常の戻ったウラジオストク事務所、一週間分の仕事が山済みになっ大忙しだったようです。この日を待っていた女性会員もおり、夕方はメールを出しに女性会員が複数訪れ、特に忙しかったようです。 日本から家に戻って「家の照明が暗い」と感じたそうです。 今週からサマータイムが終わり時計が一時間遅れ、日本との時差は+1時間。ほぼリアルタイムでやり取りできる時間帯です。 1時間ゆっくり出勤できるように思えますが、慣れるまでは1時間遅くまで働いているように感じるようです。 日が短くなっているので、あと半月もすれば朝は夜明け前に出勤するような光景になります。 ウラジオストクではバスの運行路線は全て番号がふられており、何番のバスに乗れば自分の行きたいところにいけるのかわかるシステムです。なれない身には何番のバスがどこに行くのか皆目検討がつかないので、私もとんでもないところに行ってしまったことがあります。 日本の場合はバスの到着先なので、「○○経由」によっては途中のバス停が異なります。これに苦労したそうで、しかも地名が漢字で書かれていると、地元の人でもなければ読み方がわからない表現もあります。 料金も乗るときに払うバスもあれば降りる時に払うバスもあります。 バスの行き先や乗り方で随分戸惑ったそうです。 私達がウラジオストクに行って、周り中日本車だらけなので、ついつい右を見ながら道路を横断して、左からいきなり自動車が来てびっくりすることがあります。 同様のことを彼女らも日本で経験したようです。 ”今日はハロウィンだけど、何かパーティーでもあるの?”と聞くと、「あれは西側の習慣で、私達の年代の人は関係ありません。若い人たちのパーティーの口実です。」 猿ヶ京小学校のマラソン大会で、交通整理に出かけました。 全校でこれだけしかいません。 ![]() 15年ほど前に木造の校舎を新築したばかりですが、来年度一杯で統合されてしまいます。子供の数が激減することはわかっていたのに、何でこういう無駄なことをするのか? さらにばかばかしいことに、統合されたときの新しい校舎を建設中です。合併特例債の予算で。 ![]() この季節に学校の周辺にパトカーを先頭にこれだけ大人が集まると別のことを想像してしまいます。 ![]() ![]() 都会なら「いじめで自殺?」などと思い浮かべるでしょうが、山奥は違います。 こんなのがでたとか? ![]() 私もこの小学校の卒業生ですが、昔は今の季節になると集団登校で、空き缶を鳴らしながら学校に通ったものです。今は遠方はスクールバスです。 遠いところですと6-7km離れた地域から通学する子供がいましたが、警戒していたこともあって熊を見かけたという話もあまり聞きませんでした。今の熊は人馴れしてしまったのでしょうか? スクールバスの登場で、足の速い子供の勢力図が変わりました。昔は遠くから来ている子供達が圧倒的に早かったのですが、今はスクールバスが行かない近い地域の子供のほうが早くなりました。 私の1年下に元小結の琴稲妻がいましたが、毎日2kmほどの距離(しかも山道)を通学していたので、巨体のわりに早かったと記憶しています。 昨年行った新巻小学校では成績上位者の記録を読み上げただけですが、猿ヶ京小学校では3位まで表彰状が出ていました。 私が通っていた頃は地元の農家が米や大根、白菜などの野菜や、炭などを賞品として寄贈してくれたので、私も1年生の時に3位に入賞して麦飯の圧ペン麦をもらったことがあります。家で麦飯を食べながら誇らしかったものです。 ![]() 県道を使ってのマラソン大会で、昔から比べると走る距離も短くなりましたが、私の時代はまだ道路が舗装されていませんでした。トンネルが開いて水上の町へと繋がったので、自動車の通行量もぜんぜん違います。 校庭以外平らなところがまったくない山坂道のマラソンです。 生徒総数はこれだけでしたが、母親はもとより爺さん婆さんまで応援に来るので、観客はたくさんいました。 ![]() 00:00 |
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◆ サル 2006/10/30(月)
日本から戻ったウラジオストクの女性スタッフ。携帯電話に電話したら声がガラガラでした。日本で雨の中を飛び回って風邪気味だそうです。明日には仕事に戻れる模様ですが、この夏、私が風邪をこじらせて1ヶ月近く声が出なくなってしまったことを目の当たりにしていますから、「日本の風はロシアの病院で治るのだろうか?」と気にしているようです。ウラジオストクで留守番をしていた男性スタッフ(留守番と言うけれど、事務所にはおらず、海に釣りに行ったり山に狩りに行ってた)の言うところでは、「日本でカラオケに行って声が出なくなった」。 富山にはロシア人向けのカラオケがあるようです。 ウラジオストク事務所のスタッフは日本語堪能で日本をよく理解していても「気を使いました。」言っていましたから、なれない外国に来てナーバスになる人がいても不思議なことではありません。 それが誰のせいというわけでもなく、こちらでの生活に向き不向きと安易に判断できるわけでもなく、つまるところ自分自身の問題なのですが、ある意味「真面目」といわれる人ほど神経をすり減らすようです。 あの大雑把で緻密さのかけらもないように見える彼女らが「日本はミステイクが許されないので、”失礼”がないように気を使った。」というのですから、窮屈だったのだろうか? 自分の日常から環境が変わるということはどこでも窮屈感や違和感はあるもので、そうでなければ旅行に出たまま帰ってきません。 近所の農家は正月の煮豆に使う花豆を作っていますが、サルが一つ残らず摘み取ってくれたそうです。 摘み取った豆の殻をむき、天日干しして、袋につめて持ってきてくれればありがたいのですが、そんな芸当ができるような連中ではありません。 ![]() サルと人との果てしない知恵比べは続いていますが、どうやってサルの命を奪わずに山奥に帰ってもらうか?と、一応、人には倫理がありますから難しい問題です。 核兵器を持つ連中より我々農民のほうが高い民度を持っているようです。 これだけサルが大量にいると観光客なら大喜びでしょうが、野生を知ってる人にとっては恐いですよ。 ![]() とは言え、自分の身の回りからサルの姿が見えなくなってからOKかといえばそうではなく、冬になると山の木々の皮をむしって食べるので木がかれてしまいます。つまりは増えすぎたわけです。 ![]() 自然の生業で増えすぎれば淘汰されていくしかないのですが、それを無責任な「情」で曖昧にするから、最終的にはもっと悲惨な結果をもたらすように思えます。 牧草の種や牧草の間に潜むイナゴなどを食べているのなら害は少ないのですが、それだけですまないから困ります。 ![]() 野生のサルの生息北限は青森県の下北半島で、ロシアなどサルも住めない土地です。野生のサルでも目にしようものなら大喜びです。 ![]() 郊外のダーチャで自分たちが作った農作物を盗みにくる奴がいると、ウォッカに毒を入れてダーチャにおいていくような人々が、サルに毒入り饅頭食わせるなどと言えば烈火のごとく怒ります。 人間は悪意があって作物を盗むのだから毒入りウォッカを飲ませても当然だが、サルは「善」の意識も「悪」の意識もないから毒饅頭などとんでもないという理論。 クマ、イノシシ、サル、のみならずネズミやカラスやハトにまで脅かされる自然との共存生活。極めて脆弱な基盤の上に成り立っています。 00:00 |
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◆ ドラゴンドラ 2006/10/29(日)
苗場スキー場のドラゴンドラに乗って、苗場山の山中に行ってきました。全長5481m世界一の長さを誇るゴンドラだそうですが、近場なので「いつでも行ける」と一度も乗ってみたことがありませんでした。土曜、日曜の混雑した時に行くのは嫌なので、先延ばしにしていましたが、雑多な忙しさと天候のかみあわせで、今日行かないと紅葉が終わってしまいそうなので、曇り空でしたが出かけてみました。 ![]() 山の上と下を結ぶゴンドラと言うよりも、苗場エリアと田代エリアのスキー場同志を結ぶゴンドラなので、横につながるゴンドラと言う感じでした。一直線に登っていくのではなく、登ったり下ったりの連続で、下る時の視界はなかなか壮観です。 谷をいくつか越えていきますが、これもまた快感で、谷を越えるごとに紅葉の色合いも違います。 ![]() この沢の流れが清津峡を通って、十日町市で信濃川に合流します。 ![]() 田代の一帯は苗場山の裾野の湿原地帯で、ここにスキー場ができるまで、それらしい登山道もない秘境でした。写真は二居湖。 ![]() ロープウェイの田代側の駅前にあるレストラン。 ![]() これから雪が降り、スキー場のゲレンデになります。時折雨が風と共に舞う天気でした。 ![]() 田代湖と呼ばれる人造湖。かつてはこの下に三俣ダム建設計画があり、三俣と言う集落が一つ湖底に沈むはずでした。ロープウェーで山の上のスキー場に向かう三俣スキー場も湖に沈む予定で、その上流に田代スキー場が作られました。 ここで貯めた水を山脈を貫いて利根川を使って関東側に流し込み、東京方面の水不足を補う計画だったようです。 ダム計画が軒並み廃止になり、三椏ダムの計画もなくなりました。ダム計画があったころは今年のような雨の多い年でも「水不足」になっていましたが、「ダム建設のため」に意図的に水不足にしていたことが明確です。ダムを作っても管理もできないのならムダです。 ![]() 田代のロープウェイの山頂駅付近から見た湖の光景です。田代スキー場ができたのは昭和56年ごろだったと思いますが、混雑もせずゆったり過ごせるスキー場で、急な斜面が少ないのでカップルばかり来ていました。 ![]() 元々は雑木の森だったのでしょうが、伐採すると真っ先に出てくるのが白樺で、地中で眠っていた種が日照を受けて芽吹きます。成長が早いので、伐採してそのままにしておくと先に白樺が林を作ります。 ブナは陰木から陽木へ変わる木で、苗木のころは日陰で育ち、成長すると日照を必要として高く伸びる木です。 この白樺林もそのままにしておけば、やがてブナやナラが伸びてきて、葉が茂ると陽ざしをさえぎり熊笹が衰退することでしょう。100年200年の世界です。 ![]() 田代ロープウェイの山頂駅。この時期は動いていません。山の下に見えるのは二居の集落。国道17号もこの集落を通っています。 ![]() 田代ロープウェイ山頂から見た湖。1413mです。前回ここに来たのが昭和59年頃スキーに来た時ですから、20年ぶりです。 ![]() 先ほど紹介したレストランアルムの中。あったかいココアを飲んできました。420円。 ![]() 暖炉。火が萌えているのが見えるのは楽しいでしょうが、この方式の暖炉は熱効率が悪いのでこれで温めようとすれば大量に薪を使います。 ![]() 下りのゴンドラからの眺め、右側の黄色がかった色を出し始めた林は唐松の林です。 ![]() 苗場スキー場のゲレンデに点在しているこれなんだかわかりますか?苗場スキー場ではカシヤマと呼ばれているスノーマシーンです。 巨大な霧吹き機のようなもので、ここから噴出した霧が外気にさらされて凍り、雪になります。12月になれば稼動し始めます。 ![]() 17:11 |
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◆ サッカリン 2006/10/28(土)
昭和40年代中頃だったと思いますが、人口甘味料のチクロが人体に有害だと使用禁止になった時代がありました。ジュースなどは甘みのために砂糖を使用していることを強調するために「全糖」と表示されていました。確か、チクロ問題が取りざたされ始めた時に、最初から人口甘味料を使わずに全糖だったのはバイヤリスのオレンジジュースなどいくつもなかったと記憶しています。 チクロが禁止された後もサッカリンはしばらく使用が認められていました。 駄菓子など子供のお菓子などに人口甘味料が使われていたので、独特の甘みはおぼえがあります。 中国では今でもサッカリンが使われているようです。北京でアンズを漬物にしたような菓子を食べた時に「人口甘味料の味がする」と感じたことがあります。 当時北京に留学していた弟はチクロ問題以降に生まれているので、人口甘味料の甘さを知らず、「独特の甘みがあるでしょう」と称していました。 ソビエト崩壊の時にロシア市民が行列に並んだのはパン、肉、ハムの他に砂糖がありました。90年代のロシア人は甘いものに飢えていた様なイメージさえあります。 食品にサッカリン使用を禁止されてはいないようですが、ピクルスを漬けるのに使っていたことがあるようです。 最近、中国から入ってくる加工食品のサッカリン使用について市民の目が厳しくなり、ついでに自分たちもサッカリンを使わなくなったようです。 サッカリンは樺太のサハリン(Sakhalinskaya)に名前がにているので、ロシア発祥と思われますが、1879年にアメリカのレムセンが発見した合成甘味料です。 ちなみに、ロシア語で砂糖はサハール。 砂糖がなければウォッカも造れません。 ![]() この木曜日、埼玉県の寄居町で神社に子熊が出没し、木の上に篭城する事件がありました。クレーンまで出動し、翌日ワイヤーを引っ掛けて捕獲した様子をテレビで報道していました。 見物者でもいなければ猟銃でズドーンで片付くだろうに、と眺めていたら、野次馬の一団に見たことがある顔が双眼鏡を構えていました。叔父でした。20kmくらい離れた場所に住んでいるので、もしかしたら出没するかも?と思っていましたが、予想通りでした。 捕獲した子熊は体力の回復を待ってまた山に解放するそうで、心温まる話です。 ![]() その頃、こちらではどうなっていたかと言うと、刈り取って天日干ししている稲を熊に食われてしまって”ぶち殺す!”と私がカリカリしていました。 まだ北風も吹かず、脱穀もできないのでもうしばらく干さなければなりませんが、例年は近くの田んぼの持ち主がこの時期だけ田んぼに犬をつないでいるので熊にやられることがありませんでした。その番犬がこの夏フィラリアで亡くなってしまい、後釜がいないところをやられました。 今日は電牧を借りてきて設置しました。バッテリーが自動車のバッテリーなので、毎日充電しなければなりませんが、なんとか一矢報いようと他にもトラップを仕掛けました。 22:19 |
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◆ 安宿 2006/10/27(金)
現在、富山に行っているウラジオストクのスタッフ、買い物も終わり残りの日程はゆっくりすごす模様です。楽しみにしていた100円ショップはMaid in Japanにこだわりを持っていたので「面白くなかった」そうです。「私達は日本人が日本で作ったものが欲しいのです。」一通りの「物」はある家庭なので、「日本製」が重要なポイントなんでしょうね。 分刻みの予定を立て名所旧跡を通る日本式の旅行と違って、行きと帰りの飛行機以外は予定なんてあってないようなロシア人の旅行です。知り合いのところを泊まり歩いているので、宿泊費はかかっていないようですが、「日本は物価が安い」と言っています。 ウラジオストクのホテルは価格が高くて困ります。入国のバウチャーの確保と寝るだけなんですから、設備なんてよけいなものはいらないから寝られればいいと言うと、安い宿はチェチェン商人やグルジア商人が多いので「危ない」そうです。 以前NHKの深夜番組で、東京の南千住のある地域(山谷)の格安の宿泊所に寝泊りする外国人バックパッカーのドキュメンタリーを放送していました。こういう宿泊所は労務者の住処でしたが、いまや外国人旅行者が定宿に使っています。宿の受付も英語が堪能でした。 番組に出ていた外国人旅行者は、夜になると六本木などのディスコに繰り出し、朝、労務者が仕事の列に並ぶ時間に宿に戻ってくる。奇妙な光景でしたが、先入観がなければ不思議でもない景色なのかもしれません。 だいぶ冷え込むようになってきました。灯油が高いので、石油ストーブはもう少し我慢をして、コタツを出しました。早速ネコがコタツの中に住み着きました。 ![]() 紅葉がそろそろ始まっていますが、まだ本格的な色は出ていません。来週あたりから色づくと思いますが、昨年はこの時期の日照が不足して赤い色が出ませんでした。 ![]() 今年は昨年よりも色がよく出そうな感じがしますが、8日の強風で葉が落ちてしまいました。 ![]() 1歳2ヶ月の甥の子守をしてきました。動きがやたらに早いので最後は足がつってしまいました。 毎日夕方になるとNHK教育テレビのワンワンとウータンを見ているとかで、この時間帯だけはおとなしくテレビを見ているそうです。土日はその番組がないので、ビデオに録画したものを見せるようですが、親のほうが子供番組のキャラクターに詳しくなっていました。 ![]() 00:00 |
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◆ 出る杭は 2006/10/26(木)
ウラジオストクの属する沿海州地方にダリネゴルスク市という人口5万人程度の街があります。日本海から30kmほど内陸に入った街で、郊外には611高地と呼ばれるイズヴェストコヴァヤ山があります。 10年くらい前の1月頃のことですが、夜8時頃この山に謎の光る物体が飛び交う様子が目撃され、UFOではないかと話題になったそうです。赤い光が山の上を飛んでいたそうです。 この街出身の女性会員もいますが、仕事から家に帰る途中のお父さんが、この謎の光球を目撃したそうで、そのときはUFOなどとまったく気にもしなかったそうです。 近くには空軍施設があるチュグエフカがあり、(最新式のミグで函館に亡命してきたベレンコ中尉もこの基地から飛び立っています)新型の飛行機か?程度にしか思わなかったそうです。 その後、大勢のソビエト軍が街に入ってきて、この山の捜索をしたり、街の出入りも封鎖され、「アメリカ軍が入り込んだらしい」と噂が流れたそうです。 こうなるとうっかり「謎の光を見た」などと口にすれば当局に疑いの目を向けられるので、だんまりを決め込んで普通の生活を装っていたそうです。 やがて、噂はアメリカ軍から宇宙船になり、「もしかしたら宇宙人がこの街に市民の姿で住んでいる。」などと人々の間で噂が流れたものの、いつの間にか話題にもならなくなったそうです。いまだにあの光はなんだったのかわからないそうですが、日本人が抑留されたテチューヘの収容所のあった街ですから、無念の死を遂げた日本人の怨念が光の球となって… 今月の19日、再びダリネゴルスク市が注目される事件がありました。市長選挙の候補者だったフトヤノフ氏が選挙前に何者かに銃殺され、選挙は順延になり、沿海州政府が陣頭指揮を執って犯人探しをしているそうです。 他の候補者もいつ自分が標的になるかわかったものではありません。 今月9日にはモスクワ在住のジャーナリストで、「プーチニズム」や「チェチェンやめられない戦争」などを書いてプーチン政権を批判していたアンナ・ポリトコフスカヤさんが暗殺されたり、きな臭い事件が横行しているロシアですが、「昔から変わっていない」そうです。 ”出る杭は打たれる”ではなく、”出る杭は撃たれる”。極端な格差社会ですが、日本で言う”勝ち組”はいつ命を狙われるのかわからないので、ボディーガードをやとったり、セキュリティーの厳しい住居に移り住んだり、名をはせればこれはこれで苦心するようです。 日本では妻子ある民主党のなんたら議員が、ニュースキャスターと路上でキスしている現場を雑誌に公表されて話題になりましたが、「ロシアではそんなこと話題にもならない。偉い人に愛人がいても珍しくもない。」 ところがアメリカ人の友人曰く、「女性がニュース番組を降板したのだから、男性も議員をやめるべきだ!」と厳しい意見。 最近、”危ないなぁ”と自分自身感じていることです。 菊の花の季節になりました。 ![]() 近所の人が畑で自分で作っている菊の花を切って、花束にして畑から帰ってくる姿を見てとっさに感じたことが、「あそこの家のおばあさんが亡くなったのだろうか?」 どうもこのところ菊=葬式のイメージが私の中に定着してしまったようで、菊の大輪など枕花を連想してしまいます。菊のみならずユリの花にも同じようなイメージを持ってしまいます。 葬式の棺おけに深紅のバラを乗せる某ロシアでは、個人がどの花を好きだったが重要で、特にこの場面ではこの花という固定概念がないので、スーパーマーケットで仏壇にお供えするために売られている切花を、平然と食卓に飾る暴挙をやってのけます。 ![]() 30年も遡れば、我が家の界隈など葬式用の生花など20kmも離れた沼田の花屋にでも注文しなければ手に入りませんでした。農協や公民館に祭事用の祭壇や造花があって、それを借りて飾っていたものですが、家の周辺に花を植える家庭も少なかったように思えます。 こうしたことも生活の中の余裕なんでしょうね。 ![]() 00:00 |
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◆ ヘロウィーン 2006/10/25(水)
来週の10月31日はハロウィーン。翌日の11月1日がキリスト教の諸聖人(All Hallows)の日で、その前夜祭にケルトのお祭りが取り入れられたものと言われています。スコットランドやイングランドなどのお祭りですが、最近のロシアにもハロウィーンはあります。ロシアでは”ヘロウィーン”と呼んでいますが、一般的ではないものの、大きなかぼちゃを物の怪の顔に加工して飾り付け、みんなで料理を食べながら過ごすようです。 ハロウィーンと言うと思い出すのは、米国に留学した日本人の留学生が妖怪の扮装をしてキャンディーをもらいに行った家で射殺された事件で、”Frees!(動くな!)"と"Please(どうぞ)"を聞き違えたために起きた事件だと言われました。偉いと違いはえらいちがいですが、とんでもない間違いです。 その日本の少年と一緒にいた米国人の少年達は、当然、その場に立ち竦みましたが、聞き違えた日本の少年はニコニコしながら家の中に入って撃たれてしまったそうです。通常、拳銃突きつけて何か言われれば、意味がわからなくても動かないことが常識ですが、こうした危機とは無縁の日本人には、とっさの判断しにくいことです。 ハロウィーンと言えばこの事件を思い浮かべて気が重くなりますが、奥様方は来週のハロウィーン・パーティーにどんな扮装をして行こうか頭を痛めています。 以前、ハロウィンに使う巨大なお化けかぼちゃを栽培していたことがありました。元々は家畜の飼料用として入ってきたものですが、おいしくないのか牛も食べてくれませんでした。 村の農業祭で巨大かぼちゃのコンテストがあり、そこに出品するために作っていましたが、小さめなかぼちゃは中学生や高校生がハロウィーンパーティーをするともらっていきました。 今は農協が苗木をくれないので作っていませんが、最近は市場でも需要があるのか出荷するために栽培している農家もあります。 小菊のプランター栽培。 ![]() こうやって並ぶと見事なものです。季節的に彩が少なくなるので、やけにこの黄色が際立って見えました。 ![]() 00:00 |
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◆ ソクーロフ 2006/10/24(火)
昨日は秋葉原で家電製品を買い込み、今日は富山へ向かったウラジオストクスタッフ。東京滞在中は雨でした。来日前に「東京と新潟の気温はどのくらいですか?」と聞かれ、”東京は今日の昼間は25度と言ってたよ。週明けは寒くなると天気予報が言っているから、9月半ばごろの服装で来ればいいと思うよ。”と伝えました。その前夜ウラジオストクはの気温は5度でした。 この季節、ウラジオストク市内の中央暖房システムは稼動しないので一年で一番寒い季節とも言われています。暖房が作動し始めると屋内では半袖で過ごせる温かさになりますが、今の季節は電熱式のヒーターなどで寒さをしのぎます。 我が家の周辺も今日は1日雨降りでしたが、この季節の雨は体にこたえます。まだ寒さになれていないこともありますが、湿気が寒さを強調しますし、体が濡れると冷たくていられたものではありません。 山の上は雪になっている可能性もあります。週末天気でも良くなれば山に出かけてこようかと思います。 地元の奥様方が伊勢崎のMOVIXでアレクサンドル ソクーロフ監督の 「太陽」を見てきました。ベルリン映画祭に出品され、無冠だったものの最も話題を集めた作品と言われています。 日本では思ったほど話題にならず、マイナーな配給しかされていませんが、第二次大戦での昭和天皇を描いています。イッセー尾形が昭和天皇、桃井かおりが皇后です。 戦争や歴史を立体的な目線で見るロシア式自然で見ているので、日本人が語れなかった部分を代弁しているかもしれません。感情的に歴史を捉える中国や韓国では受け入れがたいかもしれません。 何でこういう映画がマイナーなのか? ![]() 見てきた奥様曰く、「とにかく、描写が丁寧で、時間の流れがハリウッド映画や今の日本映画とは、全然違い、ビックリしました。ゆっくりなのです。流れるようでした。 時々、天皇がいう事におかしみや、ユーモアありそこに重苦しい時代やテーマにもめげず、救われました。 天皇がよく言う「あ、そう」なんて、まさにイッセー尾形さん、うまかったです。 天皇をテーマにした映画は、今の時代、多分、韓国や中国の猛反発がありそうで、そのリスクを背負う監督や映画会社は、日本にはいないような気がします。」 かつての日本映画と同じくロシアの映画も余計なことは語らないので、見る側との駆け引きがあります。と、言うよりも全世界に向けて発信するハリウッド映画が雄弁に語りすぎるので、何も考えずにわかることに慣れるとロシア映画は難解かもしれません。 テレビを見ることと本を読むときの違いのように、ただ眺めていては何を描いているのかわからない読書のようなロシアの映画です。 特にソクーロフ作品は言葉ではなく映像でこちらに問いかけてくるので、その気になって見なければ「奇怪でわからない」その気になって見れば「なんとなくわかるような木が刷る」作品が多いです。 ロシアの映画は優れた小説のように二度三度見たり時を経てみるとまた受け止め方が違う面白さがあります。 東北方面では雨ばかりか風も強い1日だったようですが、こちらは風はないものの、寒く冷たい霧が舞う雲の中にいるような一日でした。 ![]() これはこれできれいな景色ですが、田んぼの脱穀はまた先に延びそうです。 ![]() 00:00 |
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◆ にじり口 2006/10/23(月)
来日しているウラジオストクのスタッフは、あいにくの雨の中今日秋葉原に出かけました。その秋葉原ではオタク狩りのような事件があったそうで、メイド・コスチュームでビラを配っていた女性に痴漢行為をする不届き者がいたようです。 日本の恥部を見られるようで恥ずかしい話です。 満員電車に詰め込まれて、休むまもなく働いている日本のビジネスマンの姿をよく見て、ウラジオストクの人々に話して聞かせてくださいとお願いしていましたが、痴漢で大騒ぎでは困ったものです。 バブルのあわただしい時代のことですが、私の中学の2年上の先輩が虫垂炎で亡くなったことがありました。東京の銀行に勤務していましたが、仕事を憶えて働き盛りの年代、腹痛を我慢して正露丸を飲みながら毎晩遅くまで働いていたそうです。職場の寮で倒れているところを発見され、救急車で病院に搬送されたものの、そのまま帰らぬ人になってしまいました。 虫垂炎も早めに処置すれば注射でことが済む病気です。20年前でさえもはや虫垂炎は病気ではないと言われていましたが、いくら医療技術や設備が良くなっても、当人が黙っていればそれまでです。 元社会主義国だけあって医療は充実しているはずのロシアですが、都市部と地方では随分環境が違います。何しろ広大な国土ですから地方の農山村に行けば近くの診療所まで数十キロも珍しくありません。こうした地域には診療所が異動しながら回るようですが、それでも急な病気や怪我は起こります。日本では珍しくなった虫垂炎で亡くなる人も少なくないそうです。 ウラジオストクの友人の場合、お父さんが夜に腹痛を訴え、すぐに病院に連れて行ったら虫垂炎。薬剤を点滴して「また明日きなさい」とその場で帰宅。翌日は何事もないかのように元気で、2−3回通院しただけで済んでしまったそうです。 「都市に住むのも田舎に住むのも、どちらが良いとは言えません。良いこともあり悪いこともあります。」 平日は都市で働き、休日は郊外のダーチャで畑を作りながら生活するウラジオストクの生き方も悪くはないと思います。 昼時、地元のお年寄り達のお供で「四季の家」と言うそば屋さんに蕎麦を食べに行きました。 ![]() ここのご主人とは古くからの付き合いですが、金正日が知られる以前から「将軍様」のニックネームがついていたガキ大将でした。我が家の界隈では「将軍のとこの蕎麦屋」と呼ばれています。 ![]() 昔は家の扉など空けたまま田畑に働きでていましたが、将軍が子供の頃、学校から帰ってきたら家の中に熊が入り込んでいて、熊は熊で突然人が入ってきたものですから驚いて二階へ逃げていき、将軍は這うように近所の家に逃げ込み、家族や近隣の人たちが手に釜や鉈を持って家に行って見ると、もう既に熊は家を出た後だったそうですが、出て行く姿を見たわけではないので「今でも家の中に熊が隠れているような感覚がある」と言っていました。 ![]() にじり口のような玄関。昔の農家は大きな荷物の運び出しや、冠婚葬祭などのイベントでもない限り、この小さな出入り口から出入りしていました。熊もこの出入り口から入り込んだようです。 ![]() 00:00 |
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◆ 豊楽祭り 2006/10/22(日)
アマチュアの国際相撲大会。日本は男女共に2位で、ロシアが男女共に優勝したそうです。「そうだろうな」と納得しつつも「日本の国技なんだけど。」今日来日したウラジオストクのスタッフは無事東京まで到着した模様で、東京は雨だったようです。日本語は問題がありませんし、特に心配もしていませんが、日ごろ接することのないボキャブラリーにも出会うので、「いままで使わなかった単語を思い出す」と刺激になるようです。 NHKのスペシャル番組で赤ちゃんの脳の発育に関して放送していましたが、USAの実験で、英語圏の赤ちゃんに2週間中国語のビデオを見せたケースと、何もしなかった赤ちゃんに、中国語の認識について調べてみたら、意外なことに変化はなかったそうです。 ところが、ビデオに出ている中国語を喋る人と直接接して、ビデオと同じ遊びを見せて試してみたら、その赤ちゃんの脳が中国語を認識するようになったと言う結果が出ました。 なるほどCDやビデオでは外国語を覚えられなかったのはこのためだったのか?良かった良かったと安心している場合ではありませんが、外国語の学習効率は、直接相手と接して表情を見ながら模索してみると確かによく身についたと言う実感はあります(必要に迫られたこともありますが)。 テキストとは異なる予想を超えた回答がきたり、話題の方向性も変わるので、これこそ教科書通りなんて行きません。知っている単語を並べてなりふりかまわずこちらの伝えたいことを伝えようとするだけですが、上手に喋れるようになった時よりもこのレベルの時のほうが相手によく意思が伝わったり、相手の考えがわかったような気もします。向かい合う真剣さの違いなんでしょうね。 朝からたくみの里の豊楽祭りに行ってきました。 ![]() メイン会場ではいろいろな模擬店が出ていました。 たくみの里でつきっている饅頭やヨーグルトの販売コーナー。 ![]() 地元の大豆で作っている豊楽ミソのつかみ取り?袋に入るだけ入れてくださいというやり方です。 ![]() 福引コーナー。長蛇の列でした。近所のおばさんが10kg袋に入った堆肥を引き当てました。あまり嬉しくないと言う顔をして、自動車まで置きに行きいましたが、遠方からバスで来ているような人たちは堆肥など当たったところでどうするのだろう?。 ![]() リンゴの皮むき大会。私も挑戦しましたが、55cmで切れてしまいました。 ![]() 上品な風体をしているのでこの辺の人ではありませんね。 ![]() 地元のアマチュアスウィングジャズバンド。青年団や農協がダンスパーティーを催している時代は活躍の場がたくさんありましたが、今はこうしたお祭りのときに顔を出すくらいです。今年は美空ひばり大全集で、その合間に「ムーンライト・セレナーデ」や「A列車で行こう」などを織り交ぜていました。 好きな人はニューヨークやシカゴまでジャズを求めて出かけているのですが、古賀政男にはかないません。 ![]() 今年で3年目になる烏天狗神輿。今年は昨年よりも担ぎ手が集まりませんでした。 ![]() この法被を買えば誰でもこのイベントに参加できるそうです。 ![]() 休憩所で配るウーロン茶とレモン水。アルコールは入っていません。 ![]() 飲み物はみこしの足と共にリヤカーで休憩所に運ばれます。 ![]() 今年はやや高い場所にカメラを構えられたので、天狗の顔が少しわかる写真が撮れました。 ![]() 00:00 |
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◆ 時差 2006/10/21(土)
私達は日常「時差」について何の実感もないままに過ごしていますが、ロシアは国内で時差があります。首都モスクワと、極東のはずれのウラジオストクの時差は7時間。ウラジオストク市政府に勤める友人はこの秋からモスクワ担当になりました。地方は中央にあわせるけど中央は地方になんか合わせないのは世界の常、彼女の出勤時間はモスクワ時間に合わせているので、みんながそろそろ帰り支度を始める夕方4時頃に出勤し、誰もが寝静まった夜中に帰宅するそうです。 ウラジオストクと日本の時差は2時間。今月末にはサマータイムが終わるので1時間に縮まります。ほとんどリアルタイムでやり取りできる外国と、半日ずれてやり取りしなければならない国内。おかしなものです。 サマータイムが終わって時差が1時間になると、わずか1時間ですが、随分楽になる思いがします。時差2時間ですと、向こうは朝8時に電話したつもりでもこちらでは早朝6時。夜10頃こちらから電話しようにも向こうは夜中の12時。この差が1時間つまるだけでも随分違います。 明日はたくみの里の「豊楽祭り」烏天狗神輿が出ます。 ![]() 地元の若者達が自力で作り上げて2年前にデビューしましたが、苦しくものその前日に新潟の大地震でした。 私も昨年初めて見に行きましたが、烏天狗の写真を撮るには高い場所からのほうが良いので、その場所探しに行ってみたら、もう既に近所の写真仲間に場所を採られていました。 泰寧寺に顔を出しました。方丈様は不在だったので、境内を散策してきました。ススキの影に絵馬堂があり覗いてみると「ギャンブル運の急上昇!」なんて願をかけている者がいました。 ![]() 2年前から境内の西側に作り始めている建物。「なんとか堂」名前は忘れてしまいましたが、外壁はできたものの窓も扉も入っておらずまだ吹きさらしの状態で、こうして乾かしながら時間をかけて作り上げています。 ![]() ハナミズキの赤い実です。 ![]() 00:00 |
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◆ 保育園 2006/10/20(金)
少子化が問題になっている日本ですが、7ヶ月連続で出産が前年を上回っているそうです。先日、地元の保育園の「横断歩道教室」のお手伝いに行ってきました。3−5歳くらいの年長の子供が対象でしたが、教室に入ると何から何まで子供サイズなのでガリバーになったような違和感でした。 私の村では幼稚園が3年教育になったので、4歳児5歳児は2年ほど幼稚園と保育園が重なりますが、文部省と厚生労働省のバックボーンが異なります。保育園は夫婦共働きでなければ入れませんし、子供を預かる時間がぜんぜん違います。 少子化で村に3ヶ所あった保育所は一つに統合されましたが、「もっと手軽にあずけられると有難い」と言う声はよく耳にします。 ![]() 保育園には「お昼寝の時間」なるものが存在していました。私など大学に行ってから「お昼寝の時間」を発見しましたが、そこは保育園児、良い子に寝る子供もいれば、寝ないで飛び回っている子供もいて、保母さんは過酷な仕事だとしみじみ思いました。 ロシアの家庭では子供をうつぶせに寝かせる光景を目にします。一頃日本でも仰向けに寝かせていると頭が絶壁頭になるとかで、うつぶせに寝かせる動きがありましたが、窒息死する子供が出たとかで、あまり耳にしなくなりました。4ヶ月を杉で首が据わってきてからのことなんでしょうが、「親が頻繁に子供を見ていれば窒息死なんかしない」「苦しければ子供は頭を動かす」とロシア側は言います。 ![]() 知り合いの日露カップルで3人の子持ちがいますが、上の娘は奥さんの連れ子で5歳の時に日本に来ました。来日して程なくして、まったく日本語も喋れないまま幼稚園に通わせましたが、同じくらいの子供達がたくさんいるので、嬉しくてわけのわからないまま輪に入って行き、いつの間にか馴染んでいたり言葉も身につけてしまったようです。 お父さんが観察しているには、「利口そうな子供ほど差別をする」とか、多分、見てくれが他の子供達との違いがわかるからでしょう。 国際カップルの場合あれこれ好奇心による噂の対象になりがちですが、親が家庭でどんなことを言っているのか?子供の態度やポロリと漏らす言葉から察することができるそうです。 その娘さんも今や14歳。いじめられなかった気になりますが、お父さんは娘に近寄る男どものほうが気になるようです。 「他人と違う」ことを誇りに思うロシア人のママは例にもれず教育ママですが、何かあるごとに子供達は内に秘めずにママに相談するので、今のところ問題なし? 「今度生まれてくるとしたらディープインパクトの子供に生まれてきたい」そう書き残していじめを苦に自殺した中学生がいました。競馬のことは良くわかりませんが、馬の子供に生まれてきたいと言われた親も切ないことだと思います。 そのディープインパクトがフランスで出場したレースで、禁止薬物を使っていたことが問題になっているそうで、「ディープインパクトの子供に生まれてきたい」と亡くなった中学生が余計不憫に思えてなりません。 問題やトラブルがあってそれを乗り越えながら造るのが人間関係ですが、「いじめはありません」「問題はありません」と帳簿の上で収めたことをそのまま飲み込もうとしたからこのような事件が起きたのでしょう。「いじめ」や「問題」が生じることは恥ずべきことではなく、それを「どう解決したか?」が評価されるようになれば変わってくると思いますが、学校や文部科学省の中だけではなく、周囲もそういう目線をもてると改善されるのではないでしょうか? 夕方、玄関のドアノブに揚げ立てのコロッケと共に召集令状が入っていました。街の文化祭の舞踊部門。地元の日舞とフラダンスのチームが参加しています。見に行かなければならないのだろうか?と考えつつコロッケはいただきました。おいしかったです。 ![]() 00:00 |
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◆ ミステリー 2006/10/19(木)
「金正日はもう死んでいるのかもしれない。あるいは失脚したのかもしれない。」ウラジオストクのスタッフが先週こんなことを言っていました。確かに、ミサイル騒動以来公の場に顔を出していないようです。それならもっと騒ぎになるだろうと、聞き流していましたが、中国の唐家セン国務委員が北朝鮮を訪問し金正日と会談。「やっぱり生きているじゃないか!」と笑ってしまいました。 が、テレビのニュースを見ていると、今日の会談の様子と思える写真の金正日の写真の部分にボカシが入っています。ウラジオストク側の意見が妙に信憑性を帯びてまいりました。 まさか広い額に卑猥な絵や放送禁止用語を書いて会談に出てきているわけではないでしょうし、あまりにも不自然です。影武者だろうか? 唐家セン国務委員と金正日が握手している写真も以前の写真だと思います。 もしかしたらウラジオストクのスタッフが言うとおり、金正日が亡くなっているか、何らかのクーデターがあって軍部が主権を握ったのか? ボカシ入りの写真を出す時点でマスコミは何かしら知っているのだと思いますが、そのうち何かビッグ・サプライズがあるかも? ウラジオストクでは北朝鮮からの出稼ぎ労働者が土木や建設現場などで働いています。金日正は北朝鮮を脱出してウラジオストクで土木作業員に扮して生き延びていた!なんてことになれば面白いのですが。 こちらはリンゴの季節になりました。 ![]() 姫リンゴとか乙女リンゴなどと呼ばれている小降りのリンゴ。ウラジオストク郊外のダーチャでリンゴを作っている家庭も少なくありません。と、言っても1−2本のリンゴの木があるだけですが、りんごの実がなる木を持つダーチャは昔からのダーチャと言われています。 ![]() ダーチャで見かけるリンゴはこの姫リンゴを少し大きくしたようなリンゴです。私も姫リンゴの木を育てていますが、野性味が強いので特に手入れをしなくても勝手に花を咲かせて実をつけてくれます。ただ、実をつけるのが1年おきです。 ウラジオストクのダーチャで作られているリンゴも酸味が強いリンゴで、焼きリンゴにすると合うかもしれません。もちろんそのまま食べますが、ジャムや果実酒などに加工されて、冬の保存食として使うことも多いです。 ![]() リンゴの女王フジは12月に入ってから出てきます。まだ色が出ていません。 ![]() 00:00 |
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◆ 計算 2006/10/18(水)
夕方、日本語に翻訳してもらえますか?とウラジオストクから送られてきた添付メール。向こうのスタッフの知り合いの業者に「明日までにやってくれ!」と急ぎで頼まれたそうです。日本に輸出する製品の通関に添える書類でした。文言は毎度似たようなものなので、品物の名前を日本語に変えるのが主な仕事です。よく頼まれるので慣れていますが「???」、書類に記載されている品物の小計と合計が合わない! 例えば24個入りの箱が5つなら120個。単純に計算してもわかりますが、なぜか245個。すごく文学的な計算!こんな計算がずらりと並んでいました。 どうなっているんだ?とウラジオストクの事務所に電話したら「数字まで見ませんでしたが、確かにメチャクチャな計算ですね。さすが日本人ですね。重要なところに気がつきました。」それ以前の問題だと思う。 その会社に連絡したところ担当者(その会社の社長)は既に帰宅した後で、お昼に客と一杯飲んでご機嫌で計算していたそうです。 「これだから男の仕事はあてにならない!」電話に出た女性事務員は帰宅直前。いつもなら彼女がやる仕事だったようですが、社長が酔っ払ってご機嫌で「今日は俺が代わりに書類を作りから、たまには早く帰りたまえ!」と思わぬサービスが、結果的に思わぬ残業になってしまったようでツンツンしていたそうです。正しい数量を報告してもらって書類を完成させました。 その会社の社長が酔っ払って書類を作ったものですから、こちらの事務所ではまずそのロシア語をまともなロシア語に直すのに一苦労。そこからまた日本語にするのに力尽きてこちらに送ってきたようです。 こちらは稲刈りシーズンも終了間近。北風が吹いたら脱穀、籾摺り、ようやく新米を食べられます。 ![]() 稲刈りの最中におじいさんがぎっくり腰になってしまった家に頼まれました。バインダーで刈るので稲刈りは半日仕事ですが、八手をかけてそこに干すまでが一苦労です。 ![]() 最近は土日になると都会から稲刈りにやってくる人たちがおり、そのためにまだ稲刈りをしていない田んぼもあります。田植えと稲刈りだけやってきて、間の管理はこのあたりの農家がやっているそうです。もちろん、こうした田んぼは鋸歯がついた稲刈り鎌で手刈りです。 収穫の喜びは格別ですが、作物が育っていく姿を見るのも嬉しいものです。 ![]() 週明けにはあたり一面の田んぼに刈り取られた稲が干され、初冬の到来を待ちます。 ![]() 00:00 |
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◆ 奥様は外国人スペシャル 2006/10/17(火)
来週一週間、ウラジオストクのスタッフが来日して日本探訪の予定で、今日ビザが発給されたそうです。今回は東京を見物するそうですが、仕上げは富山で自動車を買って帰る模様です。来日した女性会員や日本に行ってきた人たちから100円ショップの話しを聞いて「まだ行ったことがないので興味があります」と言っていました。「日本は物価が安い」と言うのはロシア人くらいかもしれません。 最近は大型スーパーマーケットが各地にでき始めたウラジオストクですが、個人経営の路上の店より価格は高くなっています。それでもこうした店に出かける方を好むようになってきましたし、客のほとんどが自家用車で乗り付けるので駐車場問題が取りざたされるようになったそうです。 ![]() 逆に各所にあった簡易式のキオスクは次第に姿を消しています。路上市場などをウラジオストク政府が取り締まっていることもありますが、流通の事情なども徐々に変化しています。 ![]() 夜、12chの「奥様は外国人」2時間スペシャルを見ました。 遠い外国に一人乗り込んできて、異なる習慣の中で家庭を作ることは並大抵の苦労ではないことなど当たり前のことですが、やはりしっかりした自分の考えを持っている人ばかりだなと感心しました。 男からすればこちらの言いなりになる女性ほどありがたく思えますが、流されやすい人は心身ともに必ずどこかに逃げ道を持っているもので、なかなか残れません。 ロシア人に限らず、子供達への教育熱心さも共通しているように思えました。 昨今の日本的教育ママと違うのは、外国人奥様達も何かしら必死になっているものを持っていて、その姿を子供に見せつけているところで、「親の背中」を見せているところでしょう。 なんたら塾やかんたら教室に子供を預けて、自分たちはファミレスでおしゃべりしていて「教育」とのたまう人たちと違って、自分たちが困難なことに挑戦している姿を見せて育てているようにも思えました。 二人の姉妹がウクライナの母親の実家に子供達だけで旅をした映像には、会場にいた外国人奥様方が皆涙していました。 下の娘さんはウクライナの言葉(ロシア語を喋っていましたね)が良くわからないために、だんだん気持が落ち込んできてすねてしまう。こうした経験は母親達も経験していると思います。言葉がわからない、習慣がわからない、歓迎してくれているのはわかっていても自分がだんだん惨めになって「輪」に入って行けないもどかしさ。温かい心遣いまでも疎ましく思えるほどすねてしまう心。 こうした経験をしながらだんだんに打ち解けていくものですが、そこに至るまではつらい時間です。 素晴らしい経験をしてきたなぁと、その子供達を頼もしく見ていました。 ウラジオストクは日本から直行便で1時間半から2時間少々。船も出ています。 先ほどのウクライナの場合パリ経由で行ってきたようですが、直行便がないのでキエフにはウィーンやイスタンブールを経由することが多く、モスクワ経由はお薦めできないそうです。 私の近所に住むサンクトペテルブルグの奥さんはフランクフルト経由で帰ることが多いです。 距離当たりの価格にするとウラジオストクは割高になるかもしれませんが、直行便で簡単にいける場所です。 ブラジル出身の奥様が家族4人で里帰りしたら150万円かかった、こっちは250万円かかったと話していました。 ウラジオストクはそういう意味でも随分恵まれた場所にある外国だとおもいました。 00:00 |
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◆ いろいろです 2006/10/16(月)
週末を交際相手の家族のダーチャでで楽しく過ごしてきた会員さんもいれば、日本で落ち着かない日々を過ごした会員さんもおりました。週末から何回電話しても彼女のところへつながらず気をもんでいました。ロシアの携帯電話は料金を先に支払うデポジット製が多く、料金分を使えばつながらなくなります。確か携帯電話の場合は受ける側にも課金されたと記憶しています。さらにこういうことにはのんびりしているロシア人なので、電話がつながらなくなってから「ああ、料金切れか」と支払いに行くので困ります。 地方から出て来て一人暮らしの女性なので「何かあったのでは?」と心配もあって、今日ウラジオストク事務所のスタッフが彼女の職場に行って見たら、普通に出勤していたそうです。スタッフに言われて携帯電話の料金切れにも気がついたようで、こののんびりしたところもロシア的です。それでも、心配してくれたことに対してとても喜んでいたそうです。 夜、「彼女から電話がありました」と会員さんからメールが届き一安心です。 メール交換中や交際中の失敗や思い違いと言うのは成功のための大切な基礎のようなもので、そのために私やウラジオストクのスタッフがいます。まして相手は異文化の外国人ですから設計図通りに行かなくて当然、思い入れと思い込みの間であっちにぶつかり、こっちにぶつかりながら人間関係を作り上げていく準備期間のようなものです。 渦中にいるときは大変でしょうが、ひと波乱あるごとにかかわりが深くなっていく姿はうらやましくも思えます。 スーパーの店先などで、自動車販売会社が新車発表会をやっているときなど、物見遊山で見に行くタイプですが、ついでに新車のパンフレットなどをもらってきます。 もらった新車のパンフレットが随分たまっていましたが、ウラジオストクの友人とそんな話をしたら、是非送ってくれと言われました。日本の中古車がメインのウラジオストク、中古車販売の時に古い型のパンフレットも使えるのだそうです。ただでさえ綺麗な写真と上品な作りのパンフレットですから、自動車のオーナーにも喜ばれるとか。 富山から荷積みする中古車に乗せるとかで、富山県の会社に送りました。 ダーチャの畑で取れたにんじんだそうです。 ![]() 昨日はご近所の奥様方がバーベキューをするというので、缶入りのカクテルとスパークリングワインを差し入れました。近所に住む従姉妹の家がバ−べキュー会場の近くだったので、冷蔵庫で冷やしておいてもらうためにあずけておきました。 外に遊びに出かけていた小学生の娘が帰ってきて、冷蔵庫の中に入っていたキリンのスパークリングワイン氷結をグレープジュースと間違えて飲んでしまい、居間でぐったりしていたそうです。 今朝、小学校の通学に同行したときに「二日酔いか?」と聞いたら、「もう治った」と言ってました。飲んだとき「苦くてあまりおいしくない」と感じたそうですが、ブドウの皮の香りがしたのでそのまま飲んでしまったそうです。見た目はソフトなカクテルでも、アルコールが5%なのでビール並です。 ロシア土産に喜ばれるのがチョーヤの梅酒。梅の実が入っている青いビンのものが一番喜ばれますが、割れると大変なので、タオルなどでグルグルに外側を包んで持って行きます。いろいろな果実酒を家庭で作っているロシアですが、梅酒はまろやかで特に体に良いと言っています。食前はもちろん、寝る前に飲むとからだが温まってよく眠れるそうです。日本の果実酒は20度程度の焼酎で漬け込みますが、彼らは40度のウォッカですから強すぎるのでは? 紙パック入りの梅酒でも大して違いはないと思いますが、最後に梅の実を食べるのが楽しみなんだそうです。 のん兵衛の男達には柿の種です。 この冬の大雪で倒壊してしまった製材所。 ![]() 今日、通りがかったらすっかり片付けられて空き地になっていました。 林業で成り立っていた山村なので私が子供の頃は製材所だけでも10ヶ所を超えていましたが、今では一ヶ所だけになってしまいました。 一頃はロシア産の材木も入ってきましたが、ロシア国内で製材するようになってからそれさえ見かけなくなりました。 ロシアも木材の輸出を規制するようですから、これからまた林業関係はひと波あるでしょう。 ![]() この一週間ほど国道の舗装の張替えをしています。1-2kmに渡って片側交通止めになるので、待たされるときは数分待たされることがあります。どういうわけかこの工事現場を通りがかると、いつも先頭で待たされます。今日は自動車の列について走っていたので、このまま待たされず似通り抜けられると思っていたら、私の前のダンプカーがこの工事のアスファルトを運ぶダンプカーで、このダンプを先頭に結局待たされることになってしまいました。どうも運の歯車がうまく噛み合っていない気がするので、こういうときは安全運転に気を配るようにしています。 ![]() 16:25 |
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◆ ニシン 2006/10/15(日)
デートのためにウラジオストクに行って来た会員さんに新潟駅から電話をいただきました。昨日はホテルには泊まらず交際相手の家族と一緒に空港近くのダーチャに泊まったそうです。「菜園の掘っ立て小屋なんてとんでもない、瀟洒な家でした。あれはもう別荘です。」と驚いていました。すっかり秋景色で畑には何もなかったそうですが、向こうの家族に受け入れられて楽しいひと時を過ごしたようです。 参考までにウラジオストクスタッフの友人のダーチャ。 ![]() お父さんが手調理をご馳走してくれたそうです。その料理の中でロシアの国民食と言われるニシンを体験して、「ニシンとはこんなにもおいしいものだったのか!」と感動したそうです。 各言う私もロシアでニシンに目覚めた一人。山奥なので、ミシンと言えば干した見欠きニシンしか食べたことがなかったのですが、ロシアで塩漬けのニシンを食べて日本人に目覚めたと言うのか?肉より魚と目覚めたのか?ソーラン節がなぜニシンなのかわかる思いがしました。 発酵して塩辛になったニシンのはらわたの美味なこと。燻製のニシンもこれまた行けます。 ![]() この会員さん、新潟駅近くのスーパーマーケットでニシンを買ったら「ロシア産」これがまた嬉しかったそうです。 海産物から縁遠いシベリアの内陸でもニシンは手に入ります。 「行きつけの定食屋さんで焼いてもらいます。」と言っていました。ロシアにはまったようです。 ニシンは脂身が多いのですぐ焦げたり、煙に火が燃え移ったり、煙もすごいのでアパート暮らしでは焼き魚にするのは難しいかもしれません。 ロシアでは燻製したニシンや塩漬けのニシンをマリネにして食べます。オリーブオイルに好みに合わせて塩を少々加え、野菜を添えて食べるので、日本の刺身を食べられる下地になっているのかもしれません。 ![]() そろそろ年末に向けてカズノコ相場が取りざたされる頃ですが、ロシアでカズノコにお目にかかったことがありません。日本が買い占めているのだろうか? 「ニシンはおいしいよね!」とこちらも夕食はニシンを買って来て焼き魚にしました。やはりロシア産。卵が腹に入っているメスのニシンでした。脂身は少なかったけれどおいしかったです。 ![]() 夜、地元のおばさんから「チャットやっていたらパソコンの設定がおかしくなったので見てくれないか?」と頼まれ出かけていきました。 還暦間近、孫もいる女性ですが、チャットのゲームにはまっていて、年齢不詳夫あり(孫のことは黙っている)のお姉さんとしてチャットグループの一員として活躍しているそうです。コードネームはクリスティーヌ。フランス式ですね。ずっこける以前に立ったまま気を失いそうな衝撃。しびれました!ネット上にはイメージキャラまでいます。当人曰く「ネカマならぬネットババア」 ![]() 高校生と人生相談で思い切り喧嘩をしてこの何日か落ち込んでいたそうですが、今朝仲直りしたそうで、はつらつとしていました。 「私なんかこの歳だからネットの世界と現実の区別がつくけど、娑婆を知らない若い人なら現実と仮想の区別がつかなくなるのがわかる思いがする。」と言っていました。チャット上の友達は、年令や環境を超えた別の次元で大切な仲間だそうで、彼女を必要とされていることも生きがいになるそうです。日常抑えていた自分を出すことができるそうで、「こんな面白い世界があったのか」と大発見だそうです。 彼女がパソコンに向かってクリスティーヌになっている時。隣の居間では、ご亭主が日本酒チビチビ飲みながらNHK大河ドラマを見ているこの落差。居間とパソコン部屋の敷居を一歩踏み越えればそこは別の世界。奥さんが生き生きしている姿を見てくつろいでいるご亭主。いい夫婦だなあ。 困ったもんだと思いつつも、”いいなぁ、人生楽しんでいるなぁ”若者達の良い相談相手になってくれることを願っています。 ![]() 00:00 |
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◆ 遥かなる約束 2006/10/14(土)
以前、HPで紹介した「クラウディア愛の奇跡」のシベリア抑留者蜂谷弥三郎さんの物語がモデルになったドラマが、フジテレビ系で「遥かなる約束」と言う題名で11月25日に放送されるそうです。一ヶ月も先のことですが、乞うご期待!![]() ![]() 東京に住む同級生から「外国向けのホームページで紹介しろ」とランチの写真がたくさん送られてきました。彼は毎日昼食が外食のため、この2ヶ月ほど食事に行くたびに写真を写して、まとめて送ってくれました。 一つ一つ値段がついていたので、これもまた参考になると喜びましたが、あたらめて考えてみると、昼食のたびに600円から1000円の出費なんですね。食事に行く時は「今日は何を食べようか?」とそればかり考えているものですが。 一人暮らしと二人暮らしのコストを考えると、そんなに変わりがないと思います。一人暮らしは意外と無駄が多いもので、食材を使い切る前に賞味期限を迎えてしまうことも良くあります。食事を三度作るより外で食べたほうが安くなるかもしれません。 外食と言えば、昭和の末期に東京にいた頃は昼食に限らず夕食まで外食ばかりでした。その頃、アジアからの留学生が増えてきた頃で、私がよく行く食堂にも中国人の留学生がアルバイトしていました。これがまた客を客とも思わないようなふてぶてしい態度の女性で、当時この類はまだ珍しかった人民中国からのエリート留学生。香港や台湾の留学生ほど垢抜けてはいないけれど、プライドが異様に高い学生でした。 炒飯を注文したらチャーシュー麺が出てきて、”私の発音が悪かったのかな?”と思い、その次に行った時にできるだけはっきりと”チャーハン”と言ったのですが、チャンポンが出てきました。こうなるとこちらにも意地がありますから、その日の夕方またその食堂に行って、ワンランク上の五目炒飯を注文しました。五目ラーメンが出てきました。 このまま炒飯を食べずに引き下がっては日本男児の名折れですから、翌日また行ったら学校に行く日だったようで休みでした。 店のオヤジさんのその女性の出勤日を聞きだして、再び炒飯にトライ。今度は”焼き飯!”と注文しました。焼きそばがでてきました。 その次の出勤日に行ったら件のバイトの中国女性がいなかったので、店のおじさんにに聞いたら、注文は間違えるどころか勝手に自分の思いついた料理を作らせる、客にたてついて喧嘩はする、真面目に働く気はないなどでクビになったそうです。 「兄ちゃん、あんな女の子に惚れちゃならねぇよ!ありゃ人間の心を持たないくずだ!」 別に惚れて通ったのではなくて炒飯を食べたかっただけなんですが, あんな心がけの良くないやからが、留学帰りとかで政府高官にでもなればその国の先は知れていると思いました。 ![]() 偉い人は偉いなりに、そうでない人はそれなりに振舞うことが慣わしとなっている国もあるので、これには異論を挟む気はありませんが、それは自分達の社会の中だけで通用すること。最後に問われるのは品格でしょう。 先述の同級生、先週の土曜日に取引会社の接待で、小金井ゴルフ倶楽部というゴルフ場に招待されていました。台風でもないのに大雨と強風で中止になりましたが、一般人が簡単に入れない高級なゴルフ場だそうで、その日のためにゴルフウェアまで新調して楽しみにしていたそうです。彼が勤務する会社の重役の代理で、接待を受けに行く予定でした。 「もうこんなチャンスは一生ないかもしれない」 そう言ってがっくりしています。私はゴルフをやらないので良くわからないのですが、1週間たってもまだ立ち直っていないのですからよほどショックだったのでしょう。 00:00 |
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◆ 郊外生活 2006/10/13(金)
日露カップルの友人の奥さんが2年ぶりに里帰りして、昨日日本に戻ってきました。久し振りに里帰りしたら、ウラジオストクの物価が高くなっていることに驚いたそうです。日本のほうが物価が安いといっていました。この1年ほど原油高で産油国のロシアは大いに潤っていますが、庶民の収入が増えたわけではありませんし、ただ単に物価が高くなって「国が豊かになるほど市民は生活が苦しくなる」と言うのもわからなくはありません。 10年一昔が3年一昔、今や1年一昔。変貌著しい時代です。 年金生活になったら物価の高い日本を引き払ってウラジオストクにでも住もうか!なんていっていられたのは大昔の話です。 この奥さんのご両親は職場を定年になり年金生活になったので、物価の安い郊外の町に移り住み、今まで住んでいたアパートには妹夫婦が住むことになったそうです。 元々、週末になると郊外のダーチャで家庭菜園を作っているような人たちですから、生活の拠点が街の外になっただけで違和感も少なく移行できるのでしょう。 日本では団塊の世代が大量定年を迎える時代になりましたが、地方各地でこの世代を引き込もうと動きがでています。 人材は地方から出て、地方に戻るというのも良いかと思っています。 実家近くの神社の縁日で、掃除を手伝いに行ったらお昼の弁当がでました。 時間が早かったので家に持ち帰って食べましたが、ネコが紅サケを欲しがってまとわりついてきました。こういうときはこれ以上ないというほど愛嬌をふりまきます。 結局紅サケ一切れ食べ終えると掌を返したように、「もうあんたに興味はない」とばかりに外に出て行ってしまいましたが、このクールさ、冷徹さ、女心に近い気もする。 ![]() 我が家の界隈は谷あいでドコモのフォーマが通じない地域でしたが、今月、対岸の丘の上のコンニャク畑のそばにアンテナが立ち、突然使えるようになりました。 これまで、フォーマを使っている人は微妙な立ち位置の違いで電話が使えたり使えなかったりしていました。我が家の玄関前など1−2歩ずれると「圏外」が出てしまう微妙な場所でしたが、どこでも同じように使える様になってしまいました。。 ![]() 00:00 |
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◆ ジョン・デンバー 2006/10/12(木)
ニューヨークでNYヤンキースの投手が操縦する小型飛行機が高層ビルに激突する事故がありました。911テロ事件を思い浮かべた方も多かったと思います。実はこの事故のニュースを見ながらまったく別の飛行機事故のことを想像してしまいました。 1997年10月12日にカントリーシンガーのジョン・デンバーが自ら運転する飛行機で墜落死した事故でした。たまたま今朝、カレンダー見ながらUSAは時差があるから明日になるのかな?などと思い浮かべていました。 日本ではスタジオジブリのアニメ「耳をすませば(故郷に帰りたい)」に使われた挿入歌「カントリーロード」が良く知られていますが、ジョンデンバーの作った歌です。 ![]() ジョン・デンバーは父親が軍人だったために、戦後の一時期日本に住んでいたことがありました。最初の妻兄ーとの間には子供がいなかったために養子をもらって家庭を作っていましたが、日系人の子供がいたと記憶しています。 ビッグ・ジョンというジーンズのコマーシャルにジョン・デンバーが歌う「太陽を背にうけて」と言う歌が使われ、この歌が入っている「詩と祈りと誓い」のLPレコードを買いました。 ![]() ジョン・デンバーの代表曲でもある「故郷へ帰りたい」やビートルズが歌った「ヘイ・ジュード」をカバーしていたり、お気に入りのレコードで、歌詞カードはあったものの訳詞がなかったので、英和辞典と首っ引きで翻訳したものです。 中でもこのLPの一番最初の曲「詩と祈りと誓い」は、自分のその後の人生観にまで大きく踏み込んだ一曲になってしまった思いがします。 USAでジョンデンバーのコンサートに行く機会がありました。普通の日本人ならのけぞって引かなければならないジャンボスタイルと呼ばれるギターを抱え込むように弾いているので、体格も大きいのだろうと予想していましたが、予想以上に大柄人でした。 カントリーシンガーというよりも司会もこなすエンターテイナーのような扱いでした。トレードマークのめがねもはずし、ジョン・デンバーが世に広めたといわれたギルドのギターが新興勢力のテイラーのギターに変わっていました。 日本で見ていたころは、家庭や家族を大切にして、大自然の中で雄雄しく生活しているイメージでしたが、実際は仕事中毒でめったに家にも帰らず、「緑の風のアニー」のモチーフにもなったアニー夫人とも離婚し、再婚して別の家庭を作っていたことなど、コンサート会場で出会ったおっさんから聞きました。 一頃の人気はなかったものの、集まる人たちは昔からのファンという年配の人たちばかりでした。 やがて日本のフォークもこういう時代が来るのだろうか?と期待して印したが、今年、かぐや姫とよしだたくろうが再びつま恋コンサートを開催し、観客の平均年齢が50歳以上だったと聞いて、妙に嬉しく思えました。 ![]() 北朝鮮の核実験もそうですが、殺伐としたことが多いので、カントリーソングが妙に心地よいです。 昨日はキノコの話題がありましたが、今日もキノコのキノドクな話題。 地元の80代のおじいさんがキノコに中りました。幸いたいしたこともなく、当人も回復して普通に生活していますが、長年山仕事をしてきてキノコについてよく知っている人でした。 この秋は雨が多かったことから今まで見たこともないキノコが時々出てきます。当然、そんなものは手をつけない残したことはありません。 毒キノコと呼ばれるキノコの中で生命に関わるキノコはごくわずかですし、腹を壊したり肝臓に異常をきたすキノコも少数です。食用に適さないといわれるキノコの多くは食べられる味でないもので、必ずしも有毒とは限らないそうです。 で、なんだかわからないけれど新種のキノコを発見して、食べてしまった。戦争中南方に行って補給路を断たれ、空腹のあまりだめ元でジャングルの中で見つけたキノコを食べたがなんともなかった。そのときのキノコに似ていたので食べてみたら中ってしまったそうです。 医者に往診に着てもらいトイレに座り込んだまま「この歳ではもう助からないだろう。」と覚悟はしたものの「それにしても毒キノコ食って死ぬのは情けない」と思ったそうです。 幸い2日ほどで下痢も収まり、食事も食べられるようになって、外にも出られるまで回復しました。 ![]() 00:00 |
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◆ 測定器 2006/10/11(水)
ガイガーカウンターが大売れ?北朝鮮の核実験に対して冷静なロシアですが、ウラジオストクでは放射能の測定をする計測器のガイガーカウンターが売れているそうです。こんなもの個人で持っていてのしかたないだろう?と思いますが、ロシア製の放射能測定器が時計店で販売されていたのを見たことがあります。 実は、お土産に買ってきた会員さんもいます。 「日本なら腕時計に組み込んだガイガーカウンターがあるでしょう?」と聞かれ、調べてみましたがそんなもの見つかりませんでした。GPSだって腕時計に組み込んでしまう日本ですから、不可能ではないでしょうが、何より、放射能測定器を腕につけて放射線の強い場所などに行く馬鹿もいないと思います。 ロシア製ではキーホルダータイプの測定器があるそうです。 現在のウクライナのチェルノブ入り原子力発電所の爆発で、大量の放射能漏れを経験したために、放射能に関しては意外にも神経質です。チェルノブイリからは地理的には遠いウラジオストクですが、ウクライナやベラルーシから移住させられた人が多い土地なので、親戚などが向こうにいる家庭も少なくありません。 元々、何かを測る機械が大好きな人たちで、デジタル体温計や血圧計などを土産に持っていったらとても喜ばれたことがあります。重かったけれど、体脂肪も計れるデジタル式のヘルスメーターを土産に持っていったこともありました。遠目に眺めていると自分自身で勝手に基準を作って納得しているようで、あまり公的な規準にはこだわっていないように感じます。このあたりが「標準」に縛られる日本人と違うところですが、放射能も勝手に基準を決めて納得しているのだろうか? ![]() 「計る」にも奇妙な民族性を見ることがあり、ガス会社がガスの使用料を検針に来た時に、ガスもれ検知器でホースの周辺を計っている光景を見て「放射能?」。 日本に留学していた友人に、昔カメラに使っていた古いセレン式の露出計をプレゼントしたことがありますが、なんだかわからないけどあちこちの明るさを測ってニヤニヤ喜んでいました。 メーター物が好きな人たちが多いです。 我が家の玄関付近の植木の根元ににキノコが生えていました。もしかしたらヒトヨタケ?と思い様子を見ていましたが、翌日も残っていたので違う種類です。図鑑で調べたらヒトヨタケはもっとか弱そうなキノコでした。 ヒトヨタケは一晩たつと溶けて消えてしまうキノコで、通常食べるには食べられないキノコではありませんが、アルコールが入るとコプリンという成分がアセトアルデヒドの分解を阻止して、悪酔いが続いてもがき苦しむと言われるキノコで、酔っ払いには厳禁のキノコです。他にはホテイシメジにもこうした成分が入っています。 酒乱の父親に酒をやめさせるために、このキノコを食わせたなんて悲しい話しを聞いたことがあります。 以前、ウラジオストクでこのキノコのことを話したら、「ロシアならそのキノコを欲しがる女性がたくさんいます。」 でも、以前と比べればロシア男性のアルコール依存症は格段に改善されていると思います。 ![]() 連休の間断食していた反動か?食べ物に対するイメージだけはあふれていて、作るのが面倒だった料理なども鮮明に手順が頭に浮かんできます。これでついつい食べ過ぎて前より太ってしまうことを繰り返しました。 昨日炊いたご飯の残りでオムライスを作ったところ、玉子焼きで見事に失敗しました。 ![]() イメージではふんわりとした玉子焼きを切るとそこから半熟の玉子が流れ出すイメージでしたが、バターをほんの少ししか入れなかったことと、断食で勘が鈍ったのか、腹が減って禁断症状がでたためか、焦げ付かせてしまいました。 こうなる計画でした。 ![]() 夕方、餃子を焼いたらまた焦げ付かせてしまいました。油を少なめにしたのと、フライパンの手入れの問題でした。 ![]() 夜、久し振りに英会話教室に顔を出しました。黒板に”adverb(副詞)””adjective(形容詞)”と書かれていて、今日の授業のテーマでした。形容詞を二つ入れた文を作ると言う課題でした。 文法などここしばらくまともに向かい合ったことがなかったので、あらためて「形容詞」といわれても言葉が思い浮かびません。 日常の会話やメールのやり取りでは当たり前のように使っているのですが、いざ文法から入り込むと単語も文章のイメージも浮かばずと惑いました。 きっとダイエットの時に脂肪と一緒に失われてしまったのでしょう。 00:00 |
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◆ 通学路 2006/10/10(火)
午前中、ウラジオストクのスタッフが日本領事館に行ったら、観光客らしき日本人の集団が、北朝鮮の核実験の情報を聞きに来ていたそうです。帰りの飛行機のことなどを心配していたそうです。核実験の現場から地理的にははるかに近いウラジオストクですが、問題になる様子もなく過ごしています。ウラジオストクの天気予報では「今日の放射能」と、市内の放射能の情報が出ますが、変化はないそうです。老朽化した原子力潜水艦や原子爆弾を積んだ軍艦が目と鼻の先の港に停泊しているのですから、こちらのほうも心配です。 夏風邪をこじらせて一ヶ月ほど体調が悪かったおかげで体重が減りました。災い転じて福となす、このチャンスにこの体重を維持しようと意識していましたが、体調が戻るに連れて体重が増え始めたので、ロシア式ダイエットを試してみようと、この連休中は断食してウーロン茶を飲みながら過ごしました。 結果は、思ったほど体重が減りません。 考えてみれば戦後の食糧難を経験した我々の親の世代は「子供達にひもじい思いをさせまい」と努めて来たはずですが、”衣食足りて礼節をなす”が当たり前になった飽食の時代を作ってしまい、痩せるためにひもじい思いをする世の中になってしまいました。 何と言う矛盾、何と言う理不尽。と腹が減るのを我慢して3日過ごしました。 熊が各地に出没しているため今日から小学生の登下校に大人が同行することになり、下校の当番で学校まで行ってきました。 学校へ行く途中の山坂道には杉林があります。昔はこのあたりが熊の出没地点だったのですが、冬、葉が落ちない杉やぶの周辺は雪が溶けない場所で、うっそうとして暗い場所ですが、地主の人たちが木を切ってくれたおかげで随分日当たりが良くなりました。 ![]() たくみの里を日傘を差して歩いている観光客がいました。 ![]() 最近、近所で話題になっている”日傘”。近所の高校生の娘さんが上智大学の推薦入学の候補になり、上京して1日体験入学してきたところ、日傘を差して肘まで隠れるロング・グローブをしたお嬢さんと母親が何組もいたそうで、「これは私が育ってきた世界と人種が違う」と推薦入学を断ることにしたそうです。 麦藁帽子かぶって肘まで隠れる手甲した女性なら、そこらへんの畑に行けばいくらでもいますが。ロング・グローブなどウェディングドレスでつけるくらいのものでしょう。肘まで長いのは日焼け防止のためだったんですね。 その点、手甲は日焼けはおろか虫刺されも防いでくれます。農作業の安全にも役立っています。林業直でも使う建設作業用の虎壱の手甲と、農作業用の手甲の違いがわかるようになれば上智なんかに行かなくても農家のいい嫁さんになれます。 ![]() 学校の校門前のサルビアの花。春はパンジー、夏から秋はサルビア。子供達が管理しています。 ![]() 遠方の地域はスクールバスが出ています。 ![]() 近所のガキ共の皆さん。チョコマカチョコマカしていて言うことなんぞ聞きはしません。「あ!石ちゃんだ!何しに学校に来たの?」って、お前らの通学の安全のためだろうが。 なんでも、昨日のテレビではぬいぐるみを来たホンジャマカの石塚さんがバレーボール選手相手にエアホッケーをして、腹が台につかえて上手に打てずベタ負けしたのだとか。 「今度ぬいぐるみ着て学校においでよ」「ばか!、熊と間違われて撃たれるぞ!」なんとでも言ってくれ。 ![]() 00:00 |
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◆ 核実験 2006/10/09(月)
北朝鮮が核実験をやらかしました。北朝鮮画から遠くないウラジオストク。今日帰ってくる会員さんがいたので電話をしてみると、「無事飛行機はフライトしましたよ。」仕事中だったこともありますが、こちらから連絡が行くまでウラジオストクの事務所は核実験について知らなかったようです。 今日のウラジオストクは天気が雨で風も強いのでそちらのほうが飛行機に影響がないか心配していたようです。 今の時期は日本よりも2時間時計が進んでいるので、会員さんが乗った飛行機がフライトして日本領海に入った頃が核実験の時間だろうと推察します。 香港にデートに行っていた会員さんは昨夜無事に日本に帰ってきましたが、女性会員はソウル経由で今日ウラジオストクに帰る予定でした。 「ソウルからの飛行機は北朝鮮の上を通りません。だから、遠回りして日本よりも時間がかかります。でも、今回の核実験は影響はないと思います。」 こちらも無事に到着してほっとしました。 この夏からロシアで発行された5000ルーブルの紙幣。日本円にすると2万円くらいです。 ![]() ロシアで1999年にデノミがあり、額面が100分の1になりました。例えば1000ルーブルだったら、デノミ後は10ルーブル。 90年代半ばごろまで一夜にして紙切れになるほど猛烈なインフレで価値がなくなったルーブルですが、デノミの影響なのか、既にその頃経済が安定していたからなのか?デノミ後はルーブルの価値が極端に下がることもなくなりました。 最近では原油高のおかげでルーブルが強くなったためにドルが値下がりしています。 上が現行の1000ルーブル札、下がデノミ前の経済不安定な頃の1000ルーブル札。 ![]() 久し振りに良い天気になりました。風が吹いたために湿気もありません。 昨日の道路清掃以降に吹いた強い風と雨のおかげで、側溝には枯葉や折れた枝が流れこんでいました。 都合のつく人を集めて集水枡のドブさらいをしてきました。 このあたりは気温が低いので甘くなる柿の木は少ない土地ですが、数少ない甘柿の木。本来ならもっと熟している季節ですが、まだうらなりの状態です。 ![]() 一緒に作業していた年配の人が「うらなり」と言う言葉を使ったときに、壷井栄の「二十四の瞳」でに出てきて憶えた言葉だったことを思い出しました。うらなりの柿の実を食べて死んでしまった子供のことが書かれていました。 柿や梅など実が熟していないと果実の中に青酸が残っているので、食べ過ぎると生命に関わることがあります。植物が自分の実を守るための手段ですね。 「気が熟す」何事にもあるもので、熟す前のうらなり状態で失敗することもあれば、肝心な時期を見過ごしたがために熟しすぎて実が落ちてしまったり。 男女の仲などその際たるもので、お互いの気持の盛り上がり方がなかなか一致しないものです。 人生の一瞬でしかないのですが、このときにお互いのピークがそろうことも稀です。だからこそ「人生」なんでしょうが、「待つ」こともあり、「待たせる」こともあります。 耐えて「待つ」ことはあっても「待たせて」はならない、それは紳士の態度ではないと心に決めていますが、あっちのほうでは????? お先に行かせてもらいます????? 散る間際のキンモクセイの花。 ![]() 甘露な香りが一面に漂います。この香りを楽しみにまた1年待ちます。 ![]() 00:00 |
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◆ 突風 2006/10/08(日)
関東から北海道前大雨と強風をもたらした熱帯性低気圧。突風で船が転覆するなど大きな被害を出しました。中心気圧の関係でこれが台風でないのですから不思議な気もします。昼間はあまり雨が降らなかった我が家の界隈ですが、深夜3時ごろ強風と激しい雨になりました。 今日は地区の道路清掃の日で、小雨決行。深夜の雨の調子を見て「中止かな?」と思っていましたが、朝、日が差していました。降ったり止んだりの天気で、地区の各家庭から人が出て道路の側溝の掃除や草刈をしました。 この時期の道路清掃は冬の雪のために準備で、側溝に雑草が茂っていると雪がそこにつまって雪解け水が道路にあふれて夕方凍結することもあります。 河川敷の草刈もやる予定でしたが、この状態では危なくて近づけません。 ![]() 道路清掃が終わってから薬師堂の清掃と気の薬師際の準備。例年ならのぼり旗を立てますが、風が強いので旗は立てないでお堂だけ飾り付けました。 昼頃突風が吹き荒れて、道路に木の枝や葉っぱが飛び散り、掃除する前よりも汚くなりました。 ![]() 薬師堂の広場のイチョウの木が突風で大きく揺れたので、木の下に行くと銀杏の実がたくさん落ちていました。 ごんぜん虫にこの広場を掃除した人たちがあらかた銀杏の実を拾っていきましたが、風がひと吹きしたらたっぷり落ちていました。 ![]() 銀杏の実はウンコの匂いがする果肉を腐らせて取り払わなければなりませんが、以前家の玄関前に放置して置いたら、周囲まで漂うものすごい匂いになってしまったことがありました。 今年は畑の中に埋めて果肉を腐らせるつもりです。 薬師堂の広場にはこの冬の大雪で倒れた気が刻まれて積み上げられていました。炭焼きに使うようです。建材よりも椎茸のホダ木、それよりも炭焼きの材料。木材の価値が変化逆転しています。 ![]() このところの雨続きで湿気が影響したのか、膝の古傷が痛むので、昼時から3回ほど共同浴場の温泉に行きました。15分程度は行って家に戻り3−4時間おいてまた15分ほど入って、それを繰り返す入り方です。 夏風邪が良くなったあたりから左足に常にしびれが付きまとっているので、腰にでも影響が出ているのだろうか? 秋の薬師祭は昔から第二日曜日に執り行っていますが、第二月曜日が体育の日になって3連休になってから、この連休でバレーボールやバトミントンの大会などが行われるために、スポーツをやっている人をはじめご婦人方まで選手や大会の世話係に引っ張られてしまうので、人材確保が大変です。 00:00 |
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◆ 機内 2006/10/07(土)
ウラジオストクに向かう会員さんが出発前の飛行機の機内から携帯メールで「窓際の座席にテ−ブルがついてない!文句をいった。後部座席に替えてくれました」。3度目のロシアなのでこうしたアクシデントも受け流せるようです。 機体によって違いますが、通常は前の座席の背もたれの後ろにテーブルがついています。座席によっては肘掛に外付けのテーブルを差し込む座席があります。 どちらにしても私の場合腹が邪魔になって不自由しました。背もたれから倒すタイプは平らにならないものの、やや斜めで使えましたが、肘掛に外付けのテーブルを刺すタイプでは使い物にならず、テーブルを膝の上に乗せて食事をしました。 あの頃から15kg以上痩せたので、今度は使えると思いますが、何で国土はあんなにでかいのに飛行機の座席が狭いのだろう? ![]() 3人がけのシートの場合真ん中の席が一番窮屈なので、搭乗手続きのときにできるだけ廊下側の席をとるようにしています。大柄な男性にとって窓側の席も厳しいものがあります。元々機体は円筒ですから、肩から頭にかけて圧迫感があります。 ウラジオストクは新潟から1時間半、富山や関空から日本から2時間程度ですから我慢できないこともありませんが、モスクワまで8時間もあの狭い機内にで過ごすのも疲れそうです。 ![]() 昔、北京から帰る飛行機に怪我人が乗り込んできたことがありました。日本人で、足を骨折していました。後部の座席3積分をフラットにしてそこに寝かされていました。 私が乗り込んだときには既に運ばれていたのでどうやって連れてこられたのかわかりませんが、日本に到着してからも別のルートで運ばれたようで、入国手続きの現場にも現れませんでした。 幸い、私は海の向こうで病院の厄介になったことはありませんが、旅行保険には必ず入るようにしています。 ロシア人の場合、外国に行く航空券には旅行保険も含まれているのだそうで、意外に高い航空券にもそれなりのわけがあります。 それにしても、このところの原油高で航空券のみならずシベリア鉄道まで値上げしたようです。「モスクワに行くよりも日本に行くほうが航空券が安い!」それも道理。距離が10分の1です。 日本から直行便で手軽にいけるウラジオストクではそんな心配は必要ありませんが、ロシアに到着してから国内線に乗り換える地域の人たちは相応の苦労をしています。 モスクワでは国内線と国際線の空港があちこちに点在しているので、市内での移動が大変です。 サンクトペテルブルグのカップルはフランクフルト経由で里帰りしているようですし、キエフのカップルはウィーン経由で帰るそうです。 国際線から国内線への乗り継ぎは成田や関空のことを考えるといえた義理ではありませんが、ロシアの国内線は遅れることが日常らしいです。 ![]() オムスクやエカテリンブルグなど内陸のシベリアのカップルの話では、ウズベキスタンのタシケント経由で里帰りするのだそうです。ロシアの国内線よりも、時間が正確で安いといっていました。 大変な思いをして里帰りするのだなとこちらでは思っていますが、向こうも同様で、ウラジオストクなんて辺鄙なところへ行くのは大変だろうなと思っているものです。 午後、父の名代で地元の葬式に行ってきました。父の2歳下の男性ですが、自分よりも若い人が亡くなると見送るのも切ないそうで、代わりに私が行くことになりました。 飲みっぷりが良い、食いっぷりも良い、ダンスが上手な人で、それが祟ったのか数年前に心臓のバイパス手術を受けていました。稲刈りの最中にばったり倒れて亡くなってしまいました。 4月9日の日記でも紹介した野々宮神社の太々神楽復活に奔走した陰の立役者で、若手にも好かれていました。 ![]() 美女と野獣ではありませんが、奥さんが品のいい美人で、「好きで好きでやっと嫁に来てもらった」と大切にして、買い物に出かけるにもいつも一緒、田んぼで倒れたときも一緒だったそうです。この世代にしては珍しく、奥さんの料理を手伝ったり、食後の片付けなどをする男性で、「太らせてもらってるんだからこのくらいのことをしないとな」と言っていました。 「大いに飲んで、大いに食って、歌って踊って、女性には優しく、いつも笑顔。それがデブの道だよ!」 大いに影響を受けています。 00:00 |
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◆ こんな日もあるさ 2006/10/06(金)
内陸の恩恵なのか、雨も普通の雨、風もない一日でした。テレビで東京方面の大雨の様子を「天気予報は当ったんだ」と見ました。これからさらに風雨の営力を強めながら東北北海道方面に向かっているので、そちら方面の方々はご用心ください。「雨は降っていませんが、風が強いです。」とウラジオストクの情報。海に突き出た半島なので、台風などに関係なく強い風が吹く日があります。 日本食ブームのロシアですが、ウラジオストクの大きなスーパーでは日本のスーパーマーケットのように惣菜コーナーに寿司が並ぶようになったそうです。「握り寿司が5つ入っていて5ドルくらいです」といいますから、5貫で600円と考えると決して高くはありません。 さらに寿司の出前もあるそうです。 ![]() ハルビンの会員さんから電話があり、奥さんの叔父さんが急に亡くなり、お子さんを連れてハルビンに行く事になったそうです。日本人はビザなしで中国に入れますが、お子さんはしばらく奥さんとハルビンに残るので、滞在期間の延長をどこの役所でやれば良いのか?と言う相談でした。 亡くなった叔父さんというのが私も面識がある人で、姪の入会面接に一緒に付き添ってきて私と親しくなりました。とても礼節がある男性で、しかもユーモアもあり、良い人と出会えたと嬉しかったです。夕食時だったので、面接の後一緒に食事に行きました。 このとき、その会員さんも一緒にいて、その伯父さんと親しくなり楽しいひと時を過ごしました。いつの間にかそのとき面接に来ていた姪が会員さんの奥さんになってしまいました。 不思議なもので、その後、この叔父さんの別の姪も私たちがお世話することになって、日本で幸せに暮らしています。 この2名の従姉妹のことを思うときいつもこの叔父さんのことを思い浮かべていました。 建築の技師だったそうで、ビル工事の現場の式を取りに行って、建設現場で事故があり10名前後の方が亡くなられたそうで、その事故に巻き込まれてしまったそうです。 「冥福を」と言う言葉の前に、もう会えないのかという落胆のほうが大きいです。 その頃のデジカメのデータを見ると、みんなで食事に行ったレストランで写した写真に、その叔父さんが西郷ドンの影になって写っていませんでした。フィルムの写真には写っていました。 ![]() このとき、通訳の女性が東京が以後大学に留学していた女性でしたが、中国人特有の発音をするので「酔っ払ってろれつが回らないのお姉さんが喋っているみたいで色っぽい」と大笑いになりました。当人は相当落ち込んでいたそうです。 シャーベット状に凍った鮭の刺身。食べるとシャリシャリしています。凍らせて水気が抜けるとトロリ感が増します。日本でいるルイベですね。 ルイベの語源はロシア語のルイーバ(魚)だと言われています。 黒龍江省に昔から住む先住民族はスリアクと呼んで、凍ったサケやマスを食べます。氷点下20度以下にすることで川魚に寄生しているアニサキスなどを殺し、凍結させることで水分を飛ばして脂身の味を濃くして食べる知恵なんでしょう。 ![]() 人生営んでいれば釈然としない日もあるもので、今朝、近所の人に昨年の春までこの地域を担当していた30代の駐在の警察官が亡くなっていたことを知らされました。 元々は刑事さんで2年ほどこの地域の駐在として勤務していました。この土地が好きになり、こちらで子供も生まれて、「将来家を建ててこっちに住む」と故郷のように馴染んでくれていました。 昨年春からまた刑事に戻り、この冬にあったときには別人のようにげっそり痩せていたので、よほど神経をすり減らす仕事なんだなと思いました。 十数年前にこちらの駐在にいた若いおまわりさんが癌で亡くなったことがあったので、「まさか癌じゃねえだろうな。」と聞いたら、「健康検査では異常なしですよ!」と笑いながら否定していました。 その後、電話をしたら「そのうち休みに子供を連れて温泉に入りにそちらに顔を出します」と言っていました。 刑事は人を疑って粗を探して何ぼの仕事ですから、自分自身との葛藤もあるでしょうし、努力しても冷ややかな世情の厳しい目もありますし、組織の息苦しさもある。ある意味「個人」や「人間味」を捨てて成り立つ世界なので、並大抵の神経では耐え切れないのでしょう。自ら命を絶ってしまったそうです。 私など逆の生き方をしているので、愚かしいながらも幸せなのかもしれません。 辛い知らせが続いたので、明日はいいことがあるでしょう。 00:00 |
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◆ 趣味の日本語 2006/10/05(木)
ソビエト時代、日本語の教育機関があったのはウラジオストクの極東大学だけですが、時折「モスクワで日本語を学びました」と言う人に出くわします。40歳以上の人たちです。モスクワの日本語教育機関はKGBの教育機関。ソビエト時代どういう職業に従事していたのかわかります。 90年代半ばにはウラジオストク以外の教育機関にも日本語のクラスができました。最近人気は下火とはいえ、ロシアの中でも特に日本語の勉強が盛んなのは地理的に近いウラジオストクで、仕事帰りに日本語を勉強している人も多いです。 こうした教室に行く費用がないからと、独学で日本語を勉強している人もいます。語学は特殊能力ではないので、いつからスタートしても良いものです。上達するしないのスピードはそれも個性で、鼻にかけるものでもなければ卑下するものでもありません。興味があればトライするところに意味があると思います。 外国人には多少間違えていても意思を疎通させようと果敢に喋りかけてくる人たちが多いものですが、ロシア人は「自信がない」と一歩ひく傾向が強いです。このあたりの感覚が日本人とにているのですが、全てしっかりと整ってから言葉に出すタイプです。間違えていても平気で喋る人のほうが上達は早いのですが、癖がなかなか治らないものです。 日常は残業がないロシア社会なので、仕事帰りや休日に語学やスポーツスクールに通う人も多く、アフターファイブの生きがいの一つとして日本語の勉強を楽しんでいる人も多いです。 一頃の日本語教室には日本人講師などいませんでしたが、最近は日本人教室が教えている日本語教室もあります。(なぜか関西の女性が多いらしい) 「何のために日本語を勉強するの?」ついつい詮索してしまいますが、「教養のため」「楽しみのため」という答えがあっても良いのではないでしょうか? 考えてみると、私の地元の行政が主宰する英会話教室にしても中国語会話教室にしてもそこに来る顔ぶれといったらほとんどが年配の女性。男性は自分の旅行や出張でもなければこうしたところに顔を出しませんし、用が終われば顔も出さなくなってしまいます。語学には楽しみと同様に道具と言う側面もありますので、実用と趣味とでは大きく意味合いが異なります。せっかく言葉に触れるのならそれらの国についても触れてみると、また違う解釈ができると思いますが、「必要に迫られて」ではそのゆとりもないのでしょうね。 「楽しむ」と言うことに対して奇妙な抑制が働いてしまうのが日本男性の悲しいところかもしれません。 趣味が人生にもたらすゆとりは計り知れないと思います。 ウラジオストク郊外の森にはリスが住んでいます。北海道のシマリスの用に大きい種類で、人を怖れません。 松ぼっくり(これも日本のものと比較すると大きい)の実やひまわりの種を持って森に行き、リスに与える人々の姿が目立つのも秋の風物詩。人馴れしたリスなら手の上にまで乗っかります。 口いっぱいにほおばると、どこかに持って域保存してまた表れます。 ![]() これからの季節、温かい小春日和の日にはてんとう虫とカメムシがわきますが、ロシアにもカメムシがいます。やはり臭いです。 ウラジオストク方面では10月一杯で姿を消すようです。 ![]() 台風は本土直撃をしない模様ですが、大雨をもたらすと報道しています。お住まいの近くの排水溝などつまっていたらゴミを取り除いておいてください。 00:00 |
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◆ ランデブー 2006/10/04(水)
ランデブーとはフランス語でrendezvous。集合場所や、待ち合わせ場所を意味します。私が子供の頃はデートではなくランデブーが”逢引”の意味合いに用いられていたような気がします。 個人的にランデブーに対する印象が変わったのは宇宙でソビエトとSAの宇宙船がドッキングに成功した頃からで、宇宙ステーションに接続するスペースシャトルや、人工衛星、「空のランデブー」のように、自分のいる場所から、別の世界での「接近」のように思えるようになってしまいました。 香港で再会しようと計画している会員さんがいて、今日女性会員が香港に向かいました。 ウラジオストクからのメールで”rendezvous”と書かれていたのが印象的でした。デートよりも、ファンタスティックな印象がしました。 台風15号が南に向かっていたので、香港は大丈夫だろうか?と心配していましたが、さらに南に進んでフィリピンを直撃しベトナムにまで達し、大きな被害が出ている模様です。 さらに太平洋上には16号、17号が待機中。 今週もウラジオストクに行く会員さんがいるので、お天気模様が気になります。 どこの国のレストランだろう?会員さんが中国レストランで写してきた写真ですが、お茶を注ぐ道具は中国式、着ている服は中国よりもモンゴルのデールに近い服装。そして、ウェイターの顔つきは朝鮮民族系。 ![]() 一目でわかるアジア人ですが、まさか、名前がアレクサンドルとかイーゴリーなんていうのではなかろうか?などと言えば「アジア系でもロシアに住んでいるロシア人なんだから別に不思議ではないでしょう。」 結婚しても夫婦別姓の中国、韓国の中華圏はファミリーネームに執着しますが、欧米に行くとジェニファー・リーやブラット・パクなどと名乗ってしまう神経が良くわかりません。 カナダのバンクーバに住んでいる韓国人の友人が時折メールをよこしますが、日本に留学中はユン・ホミでした。それがカナダではカトリーヌ・ユン。名前と顔がどうにも一致しませんが、数年前に来日した時に東京でランデブー(再会)したとき、整形で原形をとどめていない顔でした。名前も顔も学生時代と違うのですから別心と言えばそれまでですが、性格だけは変わっていませんでした。 名前と言えば、中国人の名前はその漢字の名前を日本式の読み方をするので毛沢東を(モウタクトウ)で通用するのは日本だけ、世界的には「マオ・ツァートン」です。 外国で通訳を介して中国人の名前や地名を語る時、相手側は音で名前を認識しており、こちらは漢字の読み方で認識しているので話がかみ合わないこともあります。上海は「シャンハイ」ですが、北京は「ベイジン」。香港は中国語の普通話「ジャンガン」と読みますが、「ホンコン」のほうが世界的に通用する名前です。 韓国に関しては漢字に当てはめた読み方ではなく、音を優先しようと決めたのが1984年、安部総理のお父さんの安倍晋太郎外務大臣の提案でした。当時韓国は全斗煥大統領の時代でしたが、「ゼントカン」から「チョンドファン」に呼び方が変わり、ニュースの時には両方の名前を紹介していました。 昼過ぎ、沼田市に行ってきました。高校時代歩いていた旧坂の途中。昔はゲタ屋さんがありました。 財務大臣の尾身幸次さんの実家です。 ![]() ![]() 00:00 |
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◆ 主食 2006/10/03(火)
東京を抜いてモスクワが世界一物価の高い都市になりましたが、モスクワよりもさらに物価が高いと言われているウラジオストク。幸いなことに食料品は日本ほど高額ではありませんが、原油高による輸送コストの高騰などで食料品にもその影響がでているようです。 毎日の生活に欠かせないパンの価格にも影響が出ておりますが、「どこの家庭でもダーチャでジャガイモをたくさん作っていますから影響はありません。」 パンを製造販売している店先の値段。今年の春先のものです。今は3割程度高くなっているようです。 ![]() ジャガイモと言えばライ麦のパンと並んでロシアの食卓の中心ですが、ジャガイモがロシアの人々の食生活に定着してはまだ100年程度の歴史しかありません。 ジャガイモは元々南アメリカ大陸原産で16世紀にヨーロッパにもたらされ、普及するまでも様々なドラマがあり、ドイツでは国が強制的にジャガイモつくりを農民に押し付け、フランスでは王侯貴族がジャガイモの花を愛でることにして庶民にジャガイモつくりを普及させ、英国ではジャガイモの芽を王室に食べさせたために毒素のソラニンに中って大騒ぎになったためにジャガイモの普及が遅れた歴史があります。 寒冷なヨーロッパで、寒冷地に強いジャガイモの普及は大きな役割を担っていましたし、もしジャガイモが普及しなかったらヨーロッパ諸国の人口は増えず、植民地も必要なかったのではなかろうかと言う意見もあります。 日本にはインドネシア経由では行ってきたのでジャガタライモ。ジャガタラはジャカルタですね。 ![]() 新しいことに否定的な保守的意見は当然あるもので、ジャガイモ普及の足を引っ張ったのが「悪魔のりんご」と呼んだキリスト教の古いい一派だったそうです。 ロシア語でジャガイモは「カルトフェーリ」と呼びますが、ドイツ語では「カルトッフェル」。ドイツから入り込んできたことがわかります。 ロシアにも16世紀から17世紀にジャガイモがもたらされていたようですが、普及はしませんでした。 帝政ロシアの皇帝が国有の耕作地に一定の割合でジャガイモを作付けするように詔を発したのが1840年。 これに対して農民達の暴動が起きています。日ごろから皇帝に対する不満が背景にあったことが一番の要因でしょうが、政府が庶民の日常的な食生活に対して干渉したことへの反発や、ジャガイモは悪魔の食べ物と言う迷信もあり、「皇帝は我々にジャガイモを食わせて殺す気だ!」と不平が爆発しました。 いまやロシアの伝統的な主食のごとく鎮座するジャガイモですが、100年も遡れば、食生活を変えることに激しい抵抗がありました。 ![]() 主食と言う考え方は実に意味が深いもので、日本の「米」ように食事の中で半分以上を占めるほど多きなウェイトを占めている食材もすくないと思います。 ロシアではジャガイモやライ麦パンが主食と言っても、その他の食料も同じくらいのウェイトで食べています。 元々米は暖かい土地で作られる作物ですから、寒冷なロシアで馴染みが薄いこともありますが、ロシアで米といえば田んぼで作る水稲ではなく、畑で作る陸稲が主流でした。しかもウクライナなど南の国で作られています。 ウラジオストクには中国から水稲が入ってきますが、米を「炊く」習慣がないので、食べ方も異なります。 米は味がないという思い込みもあり、日本式の米の食べ方に馴染むまでは時間がかかります。 米生産者の末席を汚すものとして「米は味がない」と言われると歯がゆいことこの上ありませんが、食生活を帰ることは時間と根気が欠かせません。 ![]() ロシアの黒いライ麦パンも、いきなり食べると味がないばかりか、硬くて食べられたものではありませんが、だんだんとそのおいしさがわかるようになってきました。 なるほど、簡単に米の微妙な味がわからないのも道理だと思いましたし、多様な人々が集まった歴史の浅いUSAなど、味付けが大味になるものわかる思いです。 日に日に寒くなっていますが、まだ彼岸花が残っていました。例年なら9月中に花は枯れているはずです。 ![]() 山栗が熟して実が落ち始めました。最近、我が家の界隈にも熊が出没しています。明け方、近所の犬が妙におびえたような吠え方をするので、こういうときはクマが栗や胡桃の実を食べに来ているのでしょう。 ![]() 00:00 |
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◆ 野菊 2006/10/02(月)
![]() 福山通運がウラジオストクで宅配業務の事業展開?ではなく、福山通運で使っていたトラックが廃車になりウラジオストクで再び活躍しているだけです。 トラックやバンなどの商用車は看板も兼ねて店の名前などが車体に書き込まれていることが多いものですが、その中古車をロシアに持ち込んで再利用。買ったロシア人も日本語の看板をそのままファッション感覚で使っています。 ○○工業、△△市役所、××病院、○×商店、日本で使われていた頃の店の住所や電話番号まで入って自動車まで走っています。 女性会員にも○○市役所と書かれたエスクードに乗っている女性がいます。北海道で使われていたエスクードです。 網走自動車教習所のワゴン車。流氷を乗り越えてきたのだろうか? ![]() 女性は男性と比べると自動車に疎いものですが、ウラジオストクの場合に本社イコールトヨタと思っているので、トヨタのセフィーロとか、トヨタ・ランサーなんて表現がでてきますし、セドリックが日産のクラウン、パジェロが三菱のランドクルーザーなどと呼ぶ女性もいます。 昔の日本でもランドクルーザーをトヨタのジープ、スズキジムニーを軽のジープなんて言っていたものです。 とんでもない勘違いしている人など、タイヤの横に書かれている東洋タイヤのTOYOをトヨタと勘違いしている人もいます。 ウラジオストクは小さな半島に過密に人が集まっているので、思うほど道路が広くありません。古い街並みなど自動車がすれ違うのもやっとの道が多く存在していますし、駐車場も狭いスペースに止めることが多いです。 こうした狭い道路で日本車は使いやすいそうです。 大阪堺市の教育委員会で使っていたライトバン。 ![]() 伊藤左千夫が「野菊の墓」を発表したのが明治39年の1月、今年で100年です。と言うよりは100年前の日本はこんな国だったのか?と感慨深いものがあります。 舞台は江戸川にかかる矢切の渡しをはさんで東京の葛飾と千葉の松戸・市川。 休暇の息子政夫と底の奉公している身寄りのない民子の純愛物語ですが、小説を読んでいると民子の父親が戦争で死に母親も後を追うように亡くなったということになっています。時代的に日露戦争だろうか? 自由に恋愛などままならぬ100年前、奉公人と主の息子の恋愛など世間に知られる前にと、矢切の渡しを越えて市川に嫁に行かされてしまう民子。 こんな時代があったんです。 ![]() 今、この世代の子供を抱える親たちなら「ガールフレンドができない」「ボーイフレンドもいない」と、いれば心配いなければそれまた心配しているご時勢です。 10代の若者が男女交際などして良いものだろうか?とその切り替わる時代いたのは私たちの世代でしょうが、女性と上手に交際できない野暮ったさもこれはこれで男の魅力でもあったような気がします。 野暮ったいままいい歳になってしまったので苦労しましたが、どこかで切り替わらなければならない時期があったはずです。 制約が少なくなったことはありがたいのですが、どうすれば良いのか?どこまでやってよいのか?真面目な男はそこでつまづいてしまったと自負しています。 「野菊の墓」に戻りますが、「民さんは野菊のようだ」「僕は野菊が好きだ」と政夫がいう有名な告白シーンは今頃の季節でしょう。間接的に愛の告白ですが、この奥ゆかしさがたまらなくいじらしく思えてしまいます。 「愛しています」なんて言葉がなかった時代です。二葉亭四迷がトゥルゲーネフの小説「アーシャ(邦題”肩恋”)」で、女性からの愛の告白と言う画期的シーンに出てくる「愛しています」の台詞を、「死んでもいいわ!」と素晴らしい台詞に訳したのが明治29年。「野菊の墓」の10年前です。 ![]() 「野菊の墓」の野菊がどの花だったのか?は小説の中に書かれていません。うっかりすれば見落としてしまいそうな路傍の花なんでしょうが、ロシアの国の花のカモミールも似たようなか弱さを持つ花です。 00:00 |
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◆ アピタ 2006/10/01(日)
伊勢崎のアピタに買い物に行ったらマイクロバスで買い物に来た一団に出くわしました。このあたりの電気製品の工場に研修に来ている中国女性の一団でした。日曜なので買い物に連れてきてもらったのでしょう。良く喋る中国人だけあって、バスから降りてくるだけでも養鶏所のようなにぎやかさ。バスの中はさぞすごかったことでしょう。 半数近くが真っ先に店内のマクドナルドに駆け込んでいました。 この一帯には自動車関連の工場なども多く、ブラジルやアルゼンチンの人も多く、こうした人たちが溶け込めるようにとスペイン語教室やポルトガル語教室があり、工場仕事の合間にはこうした教室で自分たちの母国語を土地の人に教えて交友関係を作っています。 どう見ても日本人とは思えない濃い顔つきもいますが、日系三世で姓が日本の姓だったりします。 何を買うというわけではありませんが、休日に郊外の大きなマーケットに行くと外国人が多いことには驚かされます。というより、「ここはどこの国だ?」などと驚いていては買い物一つできません。 駐車場の特設ステージでイベントがありました。怪獣ショーだろうか?と思ったら観客に女の子が多いので”なんだろう”と見物することにしました。 ![]() 日曜の朝にテレビ朝日系で放送しているプリキュアとか言うアニメのぬいぐるみショーでした。 現物の番組を見たことはありませんが、ぬいぐるみには不向きなキャラクターのようで、これではただ単に頭が大きな女性です。見慣れないぬいぐるみよりも濃い顔の外国人のほうが違和感がありません。 ![]() 観客の子供達もアニメと違うことがわかるようで「これはプリキュアではない」と言う子供もいました。 当然、格闘のシーンもありません。 それにしてもこうしたイベントで司会をする女性の声って何でキンキンした硬い声なんだろう?頭のてっぺんから出すような声で「おともだちぃ〜」と意外に声量もあります。”あー、日本人の声だ!”。ロシア女性も鼻で響かせたような声をしていますが、体が大きいせいか低い声に聞こえます。 ![]() ステージのあとは、なんと、サイン会がある!印刷されたマンガ入りの色紙を400円で販売しているだけでしたが、プリキュアと握手ができると言うので、お父さん達のほうが熱心に見えました。 こわもてのアキバ系? ![]() 駐車場の周囲の売店にベトナム雑貨の店がありました。右の治療院は中国人がやっているようです。 この左となりに”ほそや”という手打ちラーメンの店がありますが、麺はもちろんトコブシを使ったスープも絶品です。ここに来ると私はこのラーメンが目当てです。しょうゆ味のラーメンだけですが、自信を持ってお薦めできます。 ![]() まじまじと考えると海産物の風味を生かしたスープが微妙に洋風にも感じられ、ラーメンは中国から来たものですが、しょうゆ味で見事に和風ラーメンになっています。 行列に並んでまでラーメンを食べる気持ちにはなれませんが、行列ができることで有名な”支那そばや”。TVのガチンコで勝ち抜いて佐野実さんからノレン分けしてもらった今泉さんのラーメン屋です。伊勢崎(合併以前は赤堀町)の国道50号線にあります。 ラーメンの達人の佐野実さん自身が洋食出身と言うこともあり、”支那そばや”のラーメンも洋風の感じがするスープです。海産物の風味がブイヨンにているのだろうか?海産物と言えば日本のような機もしますが、考えるほどにラーメンは不思議な食べ物になってきました。 ここのスープもトコブシの風味が強いスープで、お薦めは塩味。ワンタンメンです。 ![]() 00:00 |
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