昭和40年代中頃だったと思いますが、人口甘味料のチクロが人体に有害だと使用禁止になった時代がありました。ジュースなどは甘みのために砂糖を使用していることを強調するために「全糖」と表示されていました。
確か、チクロ問題が取りざたされ始めた時に、最初から人口甘味料を使わずに全糖だったのはバイヤリスのオレンジジュースなどいくつもなかったと記憶しています。
チクロが禁止された後もサッカリンはしばらく使用が認められていました。
駄菓子など子供のお菓子などに人口甘味料が使われていたので、独特の甘みはおぼえがあります。
中国では今でもサッカリンが使われているようです。北京でアンズを漬物にしたような菓子を食べた時に「人口甘味料の味がする」と感じたことがあります。
当時北京に留学していた弟はチクロ問題以降に生まれているので、人口甘味料の甘さを知らず、「独特の甘みがあるでしょう」と称していました。
ソビエト崩壊の時にロシア市民が行列に並んだのはパン、肉、ハムの他に砂糖がありました。90年代のロシア人は甘いものに飢えていた様なイメージさえあります。
食品にサッカリン使用を禁止されてはいないようですが、ピクルスを漬けるのに使っていたことがあるようです。
最近、中国から入ってくる加工食品のサッカリン使用について市民の目が厳しくなり、ついでに自分たちもサッカリンを使わなくなったようです。
サッカリンは樺太のサハリン(Sakhalinskaya)に名前がにているので、ロシア発祥と思われますが、1879年にアメリカのレムセンが発見した合成甘味料です。
ちなみに、ロシア語で砂糖はサハール。
砂糖がなければウォッカも造れません。

この木曜日、埼玉県の寄居町で神社に子熊が出没し、木の上に篭城する事件がありました。クレーンまで出動し、翌日ワイヤーを引っ掛けて捕獲した様子をテレビで報道していました。
見物者でもいなければ猟銃でズドーンで片付くだろうに、と眺めていたら、野次馬の一団に見たことがある顔が双眼鏡を構えていました。叔父でした。20kmくらい離れた場所に住んでいるので、もしかしたら出没するかも?と思っていましたが、予想通りでした。
捕獲した子熊は体力の回復を待ってまた山に解放するそうで、心温まる話です。

その頃、こちらではどうなっていたかと言うと、刈り取って天日干ししている稲を熊に食われてしまって”ぶち殺す!”と私がカリカリしていました。
まだ北風も吹かず、脱穀もできないのでもうしばらく干さなければなりませんが、例年は近くの田んぼの持ち主がこの時期だけ田んぼに犬をつないでいるので熊にやられることがありませんでした。その番犬がこの夏フィラリアで亡くなってしまい、後釜がいないところをやられました。
今日は電牧を借りてきて設置しました。バッテリーが自動車のバッテリーなので、毎日充電しなければなりませんが、なんとか一矢報いようと他にもトラップを仕掛けました。