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危険???

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 一昨日の日記に書いた、釣りをしていたら頭上からテレビが降ってきた先輩の話を、ウラジオストクのスタッフに電話で話したら、面白いエピソードが帰ってきました。
 子供の頃、カムチャッカの海でワシとカラスが魚のとりあいをしているのを見たそうです。この光景なら私もロシアで目にしたことがありますが、よくある光景だそうです。
オオワシが海で魚を獲ってくるのを待ち構えてカラスが襲撃して、ワシがつかんでいる獲物を奪ってしまう光景です。羽を広げれば2mを超える巨大なワシよりもカラスのほうが気迫で勝っていて、”なるほどカラスはどんな環境下でも行きぬけるが、オオワシは奥まった自然の中でしか生きられないはずだ”と、フィジカルな強さと攻撃的な強さの違いを感じたものです。
 このときは、カラスとワシが取り合いをしていた魚(大きなマス)が、彼の目の前に降ってきたそうで、食卓に上がったそうです。以後、この光景を見ると柳の下の二匹目のドジョウを期待していたそうですが、再びマスが振ってくることはなかったそうです。

 先月来日した女性スタッフは、東京の駅で「女性専用車両」の存在を知って驚いたようです。私はまだ女性専用車両にお目にかかったことがありません。
 痴漢防止のためと存在理由を説明しましたが、「全ての日本の男性が痴漢をするわけではないでしょう!犯人を野放しにしているほうが問題!なぜ他の男性たちはたすけないの?」と言っています。
 ロシアで痴漢行為をしたら???間違いなくむくつけき男達に引き摺り下ろされて、顔の原形をとどめないほどボコボコに殴られることでしょう。


 ロシアなら「シベリア送り!過酷な労働!」という究極の手段がありますが、日本にはそんな便利なところもありません。
 ロシア女性は凶器シューズのようなハイヒールを履いているので、その巨体で足を踏まれたらひとたまりもありませんが、夏のウラジオストクなど目のやり場に困るほど露出している女性が多いので、逆にこちらが目を背けたくもなります。
 「女性が安心して乗れるように」と造られた女性専用車両が、日本の恥部を世に広めていたのだろうか?

 ある意味「女性専用車両」の存在は男性にとってもありがたいかもしれません。
 東京に住んでいた時に朝の満員電車を経験していますが、夏のすし詰め電車で、私が来ていた白いワイシャツの背中に女性の化粧がそのままスタンプされていたことがありました。
 思い出すたびに情けない事件があります。電車に乗ろうとして背中を押され、ホームと車両の段差に足を挟まれて転倒し、とっさに乗降口の取っ手に捕まったと思ったら、その近くに立っていた女性のスカートで、一瞬、転倒せずにすむかな?と思ったその刹那、ビリリと破れてベージュ色の下着があらわになっていました。
 「何すんのよ!」と怒鳴られても「面目ございません」しか出ない状況。翌日の新聞の見出しが目に浮かぶ中、乗降口近くの椅子に座っていたハゲカツラをかぶったとんねるずのノリちゃんのようなおじさんが、スポーツ新聞片手にこちらに向かって親指立てて嬉しそうに喜んでいただけただけで、「人生終わった!」と思った瞬間でした。
 混雑する賑わいの中、唖然とする私をホームに残し、スカートの破れた被害者を乗せたまま列車は颯爽と去って行きました。
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 あれから幾星霜。大学教授が痴漢をする時代になり、女性専用車両の登場はありがたいと思います。


 セルジュ・ラマという往年のシャンソン歌手がいます。決して美男子ではありませんし、歌だって上手ではありませんが、彼が作る曲が好きです。特に女性が熱唱すると似合う歌を作ります。
 セルジュ・ラマの代表曲といえば”Je suis malade”で「私病気なの」という意味ですが、なぜか日本では「灰色の途」という題名になっています。
 セルジュ・ラマがフランスの若手歌手Emma Daumasと”Je suis malade”をデュエットしている映像♪ここをクリック♪。圧巻です。行かせちゃっていますね。
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 Emma Daumasがギリシアの大御所ナナ・ムスクーリとデュエットしている映像を見たことがありますが、このときは貫禄負けした小娘歌手という印象を受けてしまいました。女同士ならそうなるでしょうが、セルジュ・ラマはさすがに男性。彼女を「女」にしてしまったような魅力の引き出し方です。女性の魅力を引き出す。これって男の魅力だろうか?中年男性の魅力でしょうか?自己陶酔でもなく嫌らしくもないギリギリのラインをたくみに演じるダンディズム。これですなぁ。
 こんな危険なおじさんになってみたいものですが無理でしょうね。悔しいけれど、無理ですな。

 このフランスの濃さを見ているとロシアがあっさりしているように感じられますが、方向的には同じ方向ですね。
 チョイ悪オヤジなんてガキの甘えのような安っぽいものが通用しないのも当然かもしれません。
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印鑑

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 誕生日のバースデー・プレゼント。男性にとっては頭の痛い問題です。
 プーチン政権になってから関税の取立てが厳しいので、バースデープレゼントで品物を送ったら、その金額より高い関税を取られた。なんてことがありました。
 会員さんには品物を送るよりも、バースデーカードのようなグリーティングカードにメッセージをこめて送るのがベターとすすめています。

 今月誕生日を迎えた交際相手の女性会員に、印鑑を作って送った会員さんがいました。関税にもひっかからず到着したようです。早速お礼のエアメールに印鑑を押して送ったそうです。
 ”安奈”や”麗奈”や”友理亜”など漢字にしやすい名前もありますが、およそ漢字には似つかわしくない名前もあるので、贈れる相手が限定されてしまいます。

 ヨーロッパでは封筒に封印した後、蝋をたらして刻印を押す文化がありますが、もはや「趣味」の世界です。90年代半ばにロシアに行った時に、道端で軍の階級バッジなどを売っているおじさんからスタンプと、蝋の刻印を買ってきたことがあります。


 ロシア風おかゆのカーシャ。正直言ってあまりおいしい物に出くわしたことがありません。ロシア人が「お米は味がなくておいしくない」と固定概念を持つのもわかります。
 米が悪いのか?調理法が悪いのか?両方だと思いますが、おいしく作ろうとすると日本のオジヤになってしまいます。
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 ウラジオストクでは中国の黒龍江省のうるち米が出回っているので、比較的日本の米に近いのですが、「炊く」ではなく「煮る」調理法なので、違った感じの味わいになります。さらに、精米が良くないので、なおさらへんな味になるのだと思いますが、精米の制度が低い分、玄米に近いので脚気にはならないでしょう。

 新幹線の高架橋の補強工事がまた始まりました。一昨年の新潟の大地震以降、時間をかけて補強工事をしているようですが、夏の間は見かけなかったので、夏は新潟方面、冬になると雪の少ない地域工事になるのかもしれません。
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 地震雲かな?と眺めた一直線の雲。最初は飛行機が通り過ぎた後にできる雲かな?と眺めましたが、1時間後も同じ形を維持していたので、自然の生業でできた雲だと思って写真に収めました。
 その雲の下の山々を包んでいた黒い雪雲のほうが気になっています。
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落下物

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 ウラジオストクのサッカーチーム、ルーチ・エネルギナヤは一部リーグで上位に食い込み、ヨーロッパのUEFA選手権出場の可能性が出ている模様。2部リーグからはいあがっってまもない極東の無名チームがバルセロナやチェルシー(オーナーはロシア人)などの名門チームとヨーロッパ選手権を争えるのも素晴らしい話ですが、「ホームゲームならルーチが勝つ!」と友人たちは強気です。「他所の国はこんなコンディションの悪いグランドで試合をしていない」
 海風が当ると寒くていられたものではありませんが、そんな時期に試合はしないので。



 私の地元で床屋さんを経営している先輩は、昨日の月曜日が定休日だったので三国峠にワカサギ釣りに行ってきました。
 新三国大橋の下がいつも釣りをするポイントだそうで、そこで釣り糸をたれていると。周囲を覆う樹木の枝をなぎ倒すように何かが落ちて来て、かわらの岩にぶち中りはじけ散ったそうです。
 一瞬、”クマか?”と思ったそうですが、何事か!と目を凝らせば、テレビのブラウン管のようなものが足元に転がってきて、「誰かが橋の上から投げ捨てたんだ!」と上を見ても、橋は100mも頭上ですし、昨日は霧が巻いていたのでその橋の影さえ見えません。
 一発怒鳴り飛ばしてやろうと上を向くと、霧の中から何物かがまた降って来て、木の枝にぶつかり枝を折って先輩から10mほどのところに落下。洗濯機だったそうです。何が降ってきたのかわからないままとっさに飛びのいて川の中に落ちてずぶ濡れになってしまったそうですが、こんな大きなものが万が一当ったらひとたまりもありません。


 私もこの橋の下の川に行ったことがありますが、川原の砂の中に半分埋まった冷蔵庫や大きな家具などを見たことがあります。
 この季節になると新潟方面から米をつんで東京方面に行ったトラックが、帰りに廃棄物を積んで来て峠の山の中に不法投棄することがあるので、パトカーが頻繁に見回りしています。それにしても白昼堂々こういうことをやらかすのですから、怒りを覚えます。

 写真は春の写真ですが、我が家の近くの燦燦橋。先週人が飛び降り、しかも落ちたところが国道で、さらに通りがかった車両が踏み潰してしまうというとんでもない事件がありました。一家(3人)心中だそうです。
 気持悪いのでこの道を通らないで遠回りしていますが、迷惑極まりない事件です。あえて心を鬼にして。タヌキやネコの死骸なら畑の肥やしにもなりますが、人間では何の役にも立たない。
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 以前この橋から人が飛び降りた時は川に落ち、増水していた時期だったので、20kmも下流の利根川まで流れ着いていました。私達地元の住人も鎌を手に川原の周辺の草むらの捜索に引っ張り出されました。


 道路の脇に吹きだまった枯葉を集めて堆肥作り。雨が降った後は枯葉が重みを持って吹き飛ばないので集めるのが楽です。毎年軽トラで4−50台枯葉を集めて堆肥作りしていますが、発酵して分解されるといくらもありません。1cmの土を作るのも大仕事です。
 最近は厩肥(家畜の糞)を使わずに枯葉や野菜くずなどの植物だけで堆肥を作っていますが、こちらのほうが作物に病気が出にくい傾向があります。
 農家が道路わきの枯葉をみんな持っていってしまうので、国家予算節約にも大いに貢献していると思います。
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 今日も一日霧の中。寒くないだけありがたいけれど、冬は着実に近づいています。
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ソビエトカメラ

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 月曜なのでメールのやり取りに事務所に来る女性会員も多かったようです。
 女性スタッフは日本領事館でひと悶着あったそうで、夕方事務所に戻ってきてからも憤慨していました。英国の元ロシア諜報部員暗殺事件の騒動で、ただでさえロシアに対する目線が厳しくなっているので、こんなところにも影響が出るものです。プーチン来日なんてことになればすぐさまたがが緩むのに。
 このところのロシアの物価高で、日本製品も決して高額ではなくなったために、ロシアからのショッピングツアーも地方にとっては侮れないお客様で、日本の地域経済振興に大きく寄与していると思うのですが。

 行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく 止 とゞ まる事なし。世の中にある人と 住家 すみか と、またかくの如し。

 鴨長明の方丈記ではありませんが、時代は常にうつろっていて、その時点その時点で評価されることが異なるものです。根本的な価値観は早々変化しないものですが、後で考えればどうでも良いようなうつろいやすいものほど人を惑わすものです。

 マニアックな話ですが、一頃、ロシアに行くと旧ソビエト製のカメラが格安で売られていました。経済混乱期に二束三文で売り飛ばして生活の足しにしていたのでしょうね。
 第二次大戦後ドイツに侵攻したソビエト軍がカール・ツァイスの工場など中の機械まで丸ごとウクライナのキエフに運び込んで、優秀なドイツの工学技術を乗っ取ったので決して悪い代物ではありませんが、その後の時代の変化に合わせることをしなかったので、時代遅れになってしまいました。
 基本的にドイツ物の丸ごとコピーなので、”なんちゃってライカ”や”なんちゃってコンタックス”などと呼ばれています。
 ソビエト崩壊の頃は時代の歯車が「レトロ」に回ってきて、この時代遅れが逆に評価されるようになっていました。
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 カメラは道具だったので、怪しいソビエト物には手を出さず、東ドイツのプラクチカのカメラを買ってきましたが、ロシアにはいつでも行けてソビエト製のカメラなどいつでも手に入ると見下した部分もありました。
 最近、キワモノにはまるようになって、ソビエト製のカメラを勝手置けばよかったなと思っていますが、いつのまにか程度の良いソビエト製カメラはほとんど西側に行ってしまい、「CanonやOlympasならたくさんありますよ」それなら日本にもたくさんあります。

 ソビエト製のカメラでロシア人妻の写真を写す。ささやかな夢ですが、「馬鹿じゃないの?最低!」大方のロシア人にはソビエト製カメラの評判がメチャクチャ評判が良くありません。
 本物のドイツ製ライカまで「こんなの写らない!」と馬鹿にして、評価してくれません。
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 工業製品とは思えぬ「不完全」な部分が「人間的」だと思います。
 できなくて当然、できれば嬉しい至らなさに愛情を感じるものだと思います。料理が下手、時折うまいもの作ればそれだけで感動できます。

 港町ウラジオストクは霧が名物ですが、まったく環境の異なる山奥で生まれ育っていると、海辺の霧は都会的で大人っぽく感じます。

 霧の巻く山の中でひと仕事してきました。視界がさえぎられるだけではなく、霧のカーテンで音も反射したり吸い込まれてしまうので、感覚がおかしくなり、山仕事をするにはあまり気持が良いものではありません。
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 昼時でもこの明るさ、一人で黙々と作業しているのも不気味ですが、半日で仕上げて山から降りてきました。
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 山のくぼ地に霧がたまったような天気で、私が作業していた辺りも霧が巻いている窪地だったのでしょう。ちょっと移動したら霧が晴れて青い空さえ見えました。山の天気の面白さです。
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 湖まで出ると霧は薄いもやになっていましたが、こういう天気だったので気温は温かかったです。
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 夕方、”ウラジオストクの気温は?”「−4度!」
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カズノコ

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 日本語通訳の友人は一週間カズノコの買い付けに来た日本の水産業者の通訳でサハリンまで足を運んできたそうです。
 ニシンの乱獲が祟って漁獲高が激減した日本と比べ、ロシアはまだに真の漁獲高が豊富で、しかもこのところ水域問題で他国に対して厳しいので独壇場です。
 カズノコも日本向けに向こうで加工しているそうですが、最近は中国や韓国も日本式のカズノコに注目し始め、この世界も国際競争が華やかになっている模様です。

 彼が同行した水産会社の社長は70代の男性だったそうですが、「計算が速い、決断が早い、歩くのも早い!スタミナの塊!」とびっくりしたようです。このくらい覇気がなければ中国や韓国と競った時に勝てません。

 ニシンはロシアの国民食とまで称され、シベリアの内陸やウクライナや中央アジアまで樽漬けされたニシンが運ばれています。が、数の子の話は聞いたことがありません。
 ニシンの身よりも卵が喜ばれる日本と身を食べるロシア。

 私は山育ちなので、ニシンといえばミカキニシンで、春になるとゼンマイやフキなどの山菜の煮物に不可欠です。

 サリョーナヤ セリョートカ солёная селёдка と呼ばれるニシンの塩漬け。ウラジオストクではキオスクに行けば必ず並んでいますが、海辺の町では各家庭で漬け込んでいます。私の大好物です。
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 というわけで、日本に輸出するカズノコの書類の翻訳を任されましたが、あまりにも大きな数字に「間違えていないのか?」と問い合わせたほど大量のカズノコが日本に来る模様です。


 英国での元ロシア諜報機関員毒殺問題でメディアが賑わっています。放射性物質のポロニウムが使われた模様ですが、ポロニウムといえばあのキュリー夫人が発見した物質で、彼女の祖国ポーランドがロシアに併合されていた時代に発見されました。

 昨日放送された蜂谷弥三郎さんとクラウディアさんの愛情物語「遥かなる約束」の中では描かれていませんでしたが、本の中ではマガダンで理髪師として働く蜂谷さんが暴漢に襲われたときの話や、クラウディアさんとの結婚後もKGBが監視していて嫌がらせを受けた話などが詳しく出ています。これもまたロシアです。

 原因と結果だけに目を向けてしまうとわからないものですが、その間に隠された道のりにこそ意義があります。
 家庭を作ることのみならず、何かを習得したり、何か興味を持つことに打ち込むとき、世間が見る目は結果だけで、その間でもがき苦しんだことなど目をそらしているものです。

 かんたんに「幸せを与える」と言い、幸せな姿を想像できても、そこに至るまでの「過程」から目をそらそうとする者に開く花はありません。ローマは一日にしてならず。

 インターネットでロシアの民族衣装を販売しているそうで、「ロシアで買うよりも日本のほうが安いかもしれない?」。ロシアではこうした民族衣装は自宅で手作りしたり、仕立て屋に注文するので、日本の着物に似ていますが、中国製の安価な既製服も入ってきています。
 衣料品関係の仕事をしているハルビンの知人などロシアから受けた注文をベトナムに発注してロシアに輸出しているそうで、注文があればルパシカでもサラファンでも作れるそうです。
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 日本の着物同様、特別なイベントでもなければ民族衣装を着ることもありませんし、誰でも持っているものではないことなども着物に近いかもしれません。
 着物を着た日本女性が魅力的に見えるように、民族衣装に身を包んだその国の人は魅力的に見えるものです。
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 着物フェチというわけではありませんが、和服の女性大好きなロシア人の友人がいて、「着物姿の女性の写真を送ってください」といつも頼まれています。初詣や成人式なら着物姿の女性もいるのでしょうが、こちらは雪深いので初詣はゴム長姿の女性しか見かけません。荒れる成人式はあのお粗末な連中を見せたくありません。
 お年寄り達の踊りの発表会なら気さくに写真を撮らせてくれるので、写真を添付して送ってやりますが、はっきりいって評判良くありません。
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 大人の女性の魅力がわからぬか!と言いたいところですが、さすがにお年寄りの踊りの発表会に1日つき合わされると拷問に近いものがあります。
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 この年齢になるまで一緒にいられて、ようやく素敵な夫婦だったか評価されるのでしょうが、歳の差カップルは妻がこんなになる前にあの世に行けるので、これも幸せなんだろうか?
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遥かなる約束

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 10月14日の日記で紹介した「遥かなる約束」。この日を待ちわびて、ようやく今日放送されました。
 良かったですね。感動しましたね。泣けましたね。日露双方が「どうですか!わが国の人々の気高さ!わがパートナーの国の人々の気高さ!」と胸を張れるようなドラマになっていました。
 ドラマの中で使われていたヘンリー・マンシーニの”ひまわり”の音楽も素敵でした。


 ”他人の不幸の上に私だけの幸福を築くことはできない”胸をかきむしられるような美しい言葉です。


 昨日は朝鮮王室に嫁いだ李方子さん、今日はシベリアに抑留されてロシア女性と結婚した蜂谷弥三郎さん。二つの国際カップルの物語をドラマ化してフジテレビ系で放送していました。
 今のいわゆる「国際結婚」とは趣が違いますが、人と人が信頼しあい、尊敬しあい、愛し合うところに国境も人種もなく、「誰よりも相手を思いやる」心が大切なことをしみじみ見る思いがしました。

 大波のように押し寄せる運命に翻弄された人々だけのドラマのように思えますが、実はどんなカップルだって乗り越えてきた思いもよらぬ波があるもので、そこで投げ出さずに耐えてきた誇りを持っているものです。だから、艱難も共に手をとりあえるわけです。


 ウラジオストクの事務所では社長一人休日出勤して、貿易関係の書類作りをしていました。夕方、「英文の添削と、日本語に翻訳してください」とロシア連邦の法律に関する英訳した書類が添付されてきました。

 露文英訳というのか、ロシア独自のシステムを英訳しているので、該当する日本の単語が思い浮かばず、”どう訳せばよいのだ?”困り果て、英文についても地震がないので、アメリカ人のクリス君のところに手伝ってもらいに行きました。

 法律用語など意味は大まかにわかっても、該当する日本の法律用語を探し出すのが一苦労でした。アメリカでは事件や法律の提案者の名前をつけた個人名の法律になっているものも多く、感覚が違う部分です。

 政府の省庁の名称も、ロシア連邦の省庁制度がわからないと該当する日本語も見つからないのですが、会社の約款などの翻訳もあり、それを日本のお役所言葉に変換するのも大仕事です。
 ”明日までにやっておくよ!”と気軽に言ってしまった以上、「責任ある日本人」の看板を汚さぬよう気張らねばなりません。まだ半分も終わっていません。

 クリス君のところには観光案内の日本語をハングル語に訳してくれる人を探してくれと依頼があったそうで、そちらは私の人脈でなんとでも都合がつきそうです。実は、同級生の奥さん(韓国人)が随分日本語が上達したので、「日本語からハングルへの翻訳ならやってみたい」と言っていたので、紹介できそうです。

 ロシア語はまだマニアックな世界ですが、かつては外国語=英語と決まりきっていたような時代でした。多様化することはそれらの言葉を母国語とする人たちにとっても嬉しいことです。どこの活躍の場が転がっているかわかりません。
 
 話はロシアに戻り、よく聞かれることですが、「ロシア人の魅力は難ですか?」。
 私の感性では素朴なところに魅力があるように感じています。都市や先端はどこも似たようなものですが、もっと、素朴で原始的なところに魅力があふれていると感じています。
 あえていうなら「精一杯生きている人たち」で、振り返ると、私達が誰かの視線を意識しすぎて気取りすぎているのかな?と思うこともあります。
 ロシア人は一見他人行儀で冷ややかな人たちですが、一歩相手の懐に入り込むと気の良い熱い人たちです。

 シベリア鉄道の途中の駅、地元の人たちが自分で作った作物で料理を作ったり、大きな袋を担いで仕入れてきた商品などを売っています。
 ウラジオストクからモスクワまで7泊8日の旅。食堂車が機能していなかった流通混乱の頃には貴重な食糧確保の路上販売でした。
 こうした生活感に出会うと、また感慨深い思いがします。
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 昨今の子供達の問題を考えると、親たちが「一生懸命生きている」。その背中を見せることが恥ずかしくなったのかな?♪かあさんが夜なべをして手袋編んでくれた♪。そんな素朴な情愛がまだまだ残っているような気がして、その中で育った人たちに何か期待しているのかもしれませんね。
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 こちらも氷点下に突入しました。ロシアのことを寒いと笑っていられなくなりました。
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毒?薬?

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 ”ウラジオストクの今日の気温はどうですか?”「う〜んあんまり寒くないですね。−2度くらいです。夜も−10度くらいです。」
 と、いきなり感覚の違いを見せつけられる話題で始まった今日のやり取り。

 英国(というよりは北アイルランドのベルファスト)で毒を盛られて重体だった元ロシア諜報機関の元中佐アレクサンドル・リトビネンコ氏が23日に亡くなりました。
 こちらからの電話でウラジオストク事務所も初めて知ったようですが、「あれはプーチンに批判的な人たちに対する見せしめのようなもの。」だそうで、「FSBはもっと鮮やかに人を消し去ります。簡単に殺さなかったのは見せしめ。多分、西側ではこの毒物を発見できないだろう。」
 2000年の3月にウラジオストクに行った時、空港の職員が私が手にしていた雑誌「アガニョーク」の表紙に出ていたプーチンの写真を見て、「彼は我々の新しい指導者になるだろう!」と誇らしそうに語っていましたが、政権末期になるいろいろ粗が出てくるものです。


 スパイによるスパイの殺人。映画のようですが、ロシア人ならば「驚くようなことではない。」と口をそろえる事件。ロシアの奥さんを不幸にしたら日本にまでやってくる?

 私の村など猿に田畑荒らされて困っているのですが、そんな便利な薬品があるならロシアの諜報機関が速やかに駆除していただけないだろうか?
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 アレクサンドル・リトビネンコ氏はロンドンの日本レストランでイタリアの情報機関の人物と会っているときに体調がおかしくなったそうで、「フグを食べたのだろう」「刺身にあたったのだ」とウラジオストクの友人たちは冗談を言っていました。”アメリカ産の牛肉を食べたのだ!”と言うと「そういえば、あれはイギリスから出た病気です!」と大うけでした。

 以前、ウラジオストクの事務所にフグの干物の珍味を土産に持っていった関西の会員さんがいました。スタッフは恐がって食べなかったそうで、会員さんが食べて見せて、翌日元気な姿を見せたので、スタッフも食べてみたら「これはおいしいですね!」でした。
 
 もうすぐ還暦を迎える地元の男性のことですが、最近目が悪くなってきて、夜自動車を運転するのが恐くなったというので、”ヤツメウナギが効果あるって聞いたけど、試してみたら?”なんて話を先月ちょこっとしました。
 その間、ヤツメウナギを試していたようで「あれは効いたぜぇ!大砲復活だぁ!」というので、目はそのままで下半身のほうに効果が現れたようです。
 毒なのだろうか?薬なのだろうか?
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一葉忌

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 近代女流作家のさきがけ、樋口一葉が24歳で亡くなったのが110年前の明治29年の今日。この日は一葉忌とも呼ばれるそうです。特筆すべきは溶接したものの明治生まれの作家で、わずか14ヶ月で後世に残る名作を書き残していることでしょう。

 樋口一葉の時代は、レフ・トルストイやツルゲーネフなどの作家が活躍し、ロシア文学が世界に台頭してきた時代ですが、社会的にはようやく日本が世界デビューした時代でした。日本最初の口語文学といわれる「浮雲」を書いた二葉亭四迷はロシア文学の翻訳者でもありました。

 世界最古の女流作家といわれる紫式部、今で言うならエッセイストの清少納言など1000年も前から女流文学をもつ日本。ヨーロッパでは100年前までは貴族の文化だった小説が、日本では江戸時代に庶民の文化になっていました。

 樋口一葉の「にごりえ・十三夜・たけくらべ」はロシア語にも翻訳されています。
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 女性会員の中には「源氏物語」を読破した人が何人かいます。もちろんロシア語版ですが、長編諸説を読むことを苦にしない人たちです。
 日本人にとって不幸なことは、古典文学は原文で読まねばならぬという暗黙の圧力があることで、それが足を遠のかせます。源氏物語は与謝野晶子はじめ様々な作家が口語に訳していますが、これらを読んだ後でも「原文を読んでみたか?」と問われるので、近寄りがたくなってしまいます。そういう面では日本に古典文学については、ロシア人のほうが取り組みやすいかもしれません。


 薪割りをしました。この冬燃やすまきではなく、次の冬に燃やすまきです。これから1年かけて乾燥させます。
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 薪割り機の登場で随分楽になりましたが、重たい薪を持ち上げるのも一苦労です。今回薪にする木はアカシア、栗、ケヤキで薪としてはあまり良い材でありませんが、この冬の大雪で倒された木をもらってきたものです。
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 一方的に消費するだけの化石燃料と違い、薪は循環している燃料で、光合成で大気中の二酸化炭素を分解し、酸素は吐き出し炭素が木の幹になります。
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地名

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 漢字で表記された日本人の名前は多用な読み方がありますが、住所や地名も同様です。昨年町村合併した私の住む町名はみなかみ町ですが、昨年までは新治村。こちらでは「にいはる」と読みますが、茨城県にも同じ名前の村があり、そっちは「にいはり」。同じ漢字を並べても読み方が違います。

 「これはどう読みますか?」とウラジオストクの事務所からよく問い合わせが来るのは住所の読み方。
 地名も読み方が多様なら、「○○町」も関東では「○○まち」ですが、関西や九州など「○○ちょう」と読むことが多いのが特徴。私達には大きな違いは内容に感じますが、表音文字で理解するロシア人にはまったく異なる町に思えてしまうそうです。

 さらに地番の地名になるとこのまま読んで良いものかこちらでも疑わしく思えてしまうので、ネットで郵便番号検索で地名の上に書かれている振り仮名を検索してからウラジオストクに読み方を報告します。

 今日は「日本には大字という地名がたくさんありますね。」と聞かれ、説明に困ってしまいました。ウラジオストクで言うなら地名の後につくプロスペクト(大通り)やウーリッツェ(通り)の称号のような物?もしくはもっと大きく分割したライオンのようなもの?

 私達は読み方は別にして書かれたとおりに漢字を並べて住所を書けば住むことですが、ロシアは文字の文化が違うので読み方も重要。
 女性会員が来日する時に招待した会員さんに住所の読み方を確認することもしばしばあります。

 今日、ウラジオストクの事務所に顔を出した女性会員。「ようやくロシア人に戻ったので、新しい写真を送ります。」と事務所からデジカメ写真が送られてきました。
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 入会面接に来たときのは夏だったので、日焼けして別人のような顔つきになっていました。
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 「今彼女に会ってもわからないと思う」とロシア人が言うときには、太って面影のかけらもなくなっていることが多いものです。

 役所勤めをしていたころの同僚から電話があり、近況などを話しました。同僚だった女性職員の話題が出て、「今彼女にあっても誰なのかわからなくなっている。」
 私が太ったわけでも彼女が太ったわけでもなく、ボケて自分の名前さえわからなくなってしまったという話です。
 40代でもボケる人がいるとは聞いてはいたものの、知っている人間がそれに該当してしまったのは初めてです。
 やんごとなきご家庭のお生まれのお嬢様で、名のある国立大学出身の才媛にもかかわらず、驕らず穏やかでおっとりしたというよりホンワカした女性でした。美人で素敵な女性でしたが、浮世離れしすぎていて、嫁に欲しいとは思えないタイプでした。当人も結婚して家庭のことなど眼中になく独身のままでした。
 若い分だけボケが進むのが早かったのか?という話題になり、「元々ボケーっとしていたから、どこからボケだしたのかと言われてもわからない」と鋭い指摘になってしまいました。

 今年の4月8日に元上司の葬儀に行った時に彼女と顔を合わせ雑談しましたが、同じ話を自分に言い聞かせるように独り言のように繰り返すので、”年寄りみたいだな”と感じました。今にして思えば既にそれ自体ボケの兆候だったのですが、元々そういうタイプだったので気がつきませんでした。

 結婚していなかったのが幸いなのか?結婚していればボケることなどなかったのか?定かではありませんが、「女房子供のことで頭を悩ますことも重要なんだよ!」

 頭の体操。下の写真の白いものは何でしょうか?
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 ロールベールといって牧草をバームクーヘンのように巻き上げて、ビニールでラッピングし、中で発酵させた牛の餌です。
 牛の発酵飼料はサイレージといいますが、牧草を発酵させたものはヘイレージといいます。
 以前はサイロに牧草を積めこんで空気を遮断して作りましたが、今はこうして畑に野積みしておいても発酵させることができます。
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サルの軍団

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 朝、湖で泳ぐ白鳥を見かけました。この冬やってきて、春そのままこちらに居座って夏を越した白鳥です。
 湖のほとりで間近に見たことがありますが、”遠くから見るほどきれいな鳥ではないな”と感じました。
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 新潟との県境にある三国峠、群馬県側の一番最後の集落は永井といい、かつて本陣があった集落です。
 昼時、元小学校の先生の法事に呼ばれて出かけてきました。
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 冷たい雨が降り続いた昨日とうってかわって晴天で温かい一日でしたが、サルの群れがこの集落を席巻していました。
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 法事のお経の最中、窓の外の木の上からサルの群れがこちらを覗いており、なんだか、サルに見世物にされてるような感じでした。
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 ボスざるかどうかはわかりませんが、ふてぶてしい生意気そうな顔つきのサルがおり、少しぐらい威嚇しても逃げません。
 向こうが距離をとって離れるので、直接触れることが出来るほど近づくことはありませんが、野生動物とは距離をとることが大切。子供の頃、山でサルの群れに襲われて血だるまになって帰ってきた人を見たことがあります。
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 昨年はブナの実をはじめ山の木の実が豊作でしたから、子供を連れたサルも多く、この一団は100頭を超える大きな群れでした。
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 ディズニーランドのジャングルもののアトラクションではありませんが、法事の最中始終外からサルの群れがキーキー鳴く声が聞こえていました。
 「お経でも聞いてサルが改心してくれると言いのだが」と年配の人が言うと、方丈様が「仏教の歴史上、仏様に帰依したサルは孫悟空だけですから無理でしょう!」さすが達観したお言葉。その孫悟空だって玄奘三蔵の手をどれだけ煩わせたことか。
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 お墓参りの時はすぐ後ろの杉林の中はサルの軍団がこちらをのぞきこんでおり、近所の人が爆竹を持ってきて鳴らすと、一斉に山の上へ逃げていきました。
 団子に毒を混ぜてお供えしておけば、お経よりも霊験あらたかだと思うのだけど。
 中国では葬式に爆竹を鳴しますが、これは「魔」を追い払うためです。なんだか中国の葬式みたいだな。と、私も線香を上げないで爆竹を鳴らしました。

 屋根の上をサルが飛び回るので、ドタバタドタバタうるさいこと。テレビのアンテナにも悪さをするので、「最近はテレビも映らなくなった」とか。
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 私達の時代には村には小学校が4校と分校が三つあったものですが、子供が少なくなるばかりで来年一杯で一校に統合されてしまいます。
 サルの子供は増えています。多分、この冬の寒さや食糧不足で相応な数に淘汰されることでしょうが、これも自然です。
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 これらの写真をウラジオストクの事務所に送ったら大喜びしていました。
 ロシアには野生のサルは生息していないので、”素晴らしい”を連発していましたが、実体験がないということはいいものです。
 野菜も米もサルに食い荒らされ、昨年は未曾有の大雪。出て行く家族は数々あれど、移り住んでくる人などいません。
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安全第一

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 工事現場でよく見かける「安全第一」「ご迷惑おかけしています」「整理整頓」などの標識。SONYやPanasonicのような企業のマークではありません。
 「○○のハズバンドが勤めている会社は大きいのね。どこに行っても工事現場に看板が出ている。」と、感心されてもどう返答してよいのやら?そのハズバンドは自称”電設の男”電気設備の職人さんです(ちなみに、ロシア人の奥様は自称デンセツの妻)”。

 日本文化の奥深さと言うのか?ただ単に勉強不足といえばよいのか?”漢字がわかるようになったか!”と感心すべきか?そういうものの見方があったのか!おぬしできるな!と認めるべきか?


 一家仁一國興仁一家譲一國興譲 一人貪戻一國作亂 其機如此。一人ひとりがいつくしみ思いやる心を持てば みんながこの心になり、一人ひとりが驕らぬ謙虚な心を持てば 皆がその心になる 一人ひとりが身勝手のことをすればみんなが混乱し争うごとになる これは世の中の基本だ。
 薪を背負った二宮金次郎の読む本に書かれている言葉です。
 銅像の下に書かれている「報徳」は読んで字の如し”徳に報いる”あるいは恩に報いるですが、二宮金次郎の伝記も報徳記という名でした。
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 11月15日に一度は終わった小学校の通学の同行。この週末にクマを見かけた人がおり、まだ里に出てくるというので、今月一杯まで延長して大人が同行することになり、今日は下校のお供で山坂道を30分歩いて学校に行きました。
 私はもっと山奥の小学校の卒業生ですが、秋のクマのシーズンや、大久保清事件、連合赤軍事件があった頃には大人が通学に同行してくれていました。なので、面倒ですがこれも”報徳”です。
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 時間がたっぷりあったのでカメラを持っていってたくみの里の写真を写していたら、だんだんと霧から雨に天気が変わってしまいました。
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 晴れていればこの霧の向こうに真っ白に雪をかぶった県境の山が見えます。
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 田んぼの稲もすっかり片付けられて、里も秋から冬模様に変わります。そういえば例年今頃には霜が降りたり薄氷が張るものですが、今年はまだです。クマがうろついていておかしくない気温です。
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 シクラメン栽培のハウス。クリスマスごろが出荷の一番のシーズンです。一般には「シクラメンのかほり」で有名になった花ですが、この界隈ではそれ以前から作っていたと記憶しています。
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日本海

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 土日を休日にしているウラジオストクの事務所ですが、日曜なのにメールが入ってきました。
 会員さんではありませんが奥様がウラジオストクに里帰りして出産して、赤ちゃんが日本に行く書類を週明け早々領事館に出すので、休日返上で書類作成していたそうです。

 日本人の父親とロシア人の母親の間に生まれて二重国籍になりますが、日本の出生届を出すためにロシアの病院から出た出生証明書などを翻訳する仕事を手伝いました。

 ロシアの子供は14歳までは親のパスポートに含まれるので、14歳までの子供が親と一緒に外国旅行などに出かけるときは、親の国際パスポートに子供のことが記述され、子供個人のパスポートはないことがあります。
 日本で子供が生まれた場合も書類をもって領事館に行けば、ロシア側に親のパスポートに子供のことが記載されます。
 その場合面白いのが名前で、例えば父親が鈴木一郎で、その日露カップルの息子が浩だったら、スズキ・ヒロシ・イチロウビッチ。と言う名前になります。子供が女の子で幸恵だったら、スズキ・ユキエ・イチロウブナ。これがロシア人としての名前になります。


 静岡から新潟県の糸魚川にかけてフォッサマグナという劣等を二分する断層が走っており、この南と北とでは別々の大地だったわけです。
 興味深いことに、新潟から北はサケの文化、富山から南がブリの文化圏と言われ、フォッサマグナの走っている糸魚川は新潟県でもブリの文化圏に入るそうです。

 新潟でよく見かける塩引きサケも北部の新発田などでは武士の習慣なのか、サケの腹を切ることを忌み嫌い、内臓を引き出すときの切り口が小さいのに比べて、南部の糸魚川では武士のタブーとは関係なく、ダイナミックに腹を掻っ捌いて内臓を取り除いています。
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 同じくにどころか一つの県内でも地域が違えば文化や習慣は違います。案外この小さな違いが大きな家庭のいざこざになるのですからおかしなものです。

 日本海の向こうに見える陸地はロシアでも佐渡島でもなく能登半島です。この周辺の海域にこれからブリが回遊してくる季節です。
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 剣岳登山で富山に向かう時、糸魚川を通って行きましたが、富山県に入ると文化圏が関西風だと感じることが多かったです。うどんのダシが色の薄い醤油を使った昆布だしであったり、言葉も関西風に聞こえたり、親知らずの断崖絶壁で文化圏が区切られていたのだろうか?などと感じたものです。

 剣岳の私の別荘。
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 20代前半の頃、社会人山岳会の人たちと剣岳に登山に来て、リーダーの判断力について痛感したしたことがあります。
 どこそこの山に行ったと実績ばかりひけらかすくせに、言うことがころころ変わるリーダーで、八つ峰の岩峰登攀中に「降りて来い」という指令がきたときにはあきれました。その場から降りられるような状態ではなかったので、無視して登りきって下山ルートを降りてきましたが、途中で降りろの理由は、「心配になって下りるように指示した」です。
 どちらが危険か状況判断もまともにできないような輩によくもリーダーなんぞやらせるものだとあきれ果てましたが、その後もころころ判断が変わり、明け方4時ごろ出発させられたかと思えば、途中で戻ってきたり、ちょっと予定外のことが起こるとパニックになって支離滅裂なことばかり言うので、詰め寄ると「初めてのリーダーでプレッシャーが…」と泣き言を言い出すので辟易しました。

 無責任な自分の責任逃れ優先なのですから、最初から来なければ良い!が正解で、他の人を危険にさらすだけです。勤め人をしていた頃にも、ここ一発!の時に判断に迷い尻込みする上司がいましたが、こういうのは「慎重」ではなく、「死」を招く行為です。

 結果的に当初の登山計画はまったく完遂できず、キャンプ場の周りを行ったりきたりで無駄な時間を過ごしただけでした。
 こんな者と山に行くくらいなら一人のほうが安全だ、と、単独行が増えるきっかけになった登山でした。
 
 槍ヶ岳の頂上直下。
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 これから寒くなるシーズン。ロシアでは毛皮が大切な防寒具です。いろいろ科学的な新素材ができてもはや毛皮でもあるまいと思いもしますが、毛皮ほど信頼を得ている素材はありません。

 先日散歩の途中でベストを着た子犬を見つけました。こんなのはまだいいほうで、犬用のミンクの毛皮のコートまであるそうで、”そんなの着せて大丈夫なのか?”と心配になってしまいます。


 ロシアでは寒い冬の最中でも服を着た犬など見かけたことがありませんでしたが、最近は犬にこういう服を着せる職種もあるようです。
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 バブルの頃、猟師とは異なる、ハンターと呼ばれる道楽の延長線上の鉄砲撃ちが、我が家の周辺の山々に出現するようになりました。今までこちらには生息していないと言われていたイノシシが出没し始めるのもこの頃からで、ハンターが放ったものではなかろうかと想像しています。
 とんでもない連中もいたもので、今頃の季節になると訓練した猟犬を買ってきて、猟期が終わると要らなくなった猟犬を山の中に置き去りにしたり、射殺してしまうハンターもいました。

 置き去りにされて路頭に迷っていたポインターを弟が拾ってきて飼っていたことがありました。体は決して大きくありませんが猟犬なので餌を食うこと。運動量も多いので、弟が自分のランニングのパートナーにして走らせていました。
 秋になるとキノコ採りの時に山に連れて行きましたが、クマの気配を感じると熊を追いかけていく日本犬と違い、尻尾をまたの間に挟んで動かなくなる猟犬でした。
 雪山歩きの時に連れて行けば、こちらは犬が先頭に立って雪の上に道を作ってくれるラッセルを期待しているのに、私より先に歩こうとせず、私が歩いて雪が硬くなって歩きやすくなったところを踏みしめながら歩いてくる、役に立たない利口な犬でした。果たしてこんな甘い考えで猟犬としての任務が全うできたのか?はなはだ疑問でしたが、ダメだから捨てられたのかもしれません。が、どこか足りないところがあるから”かわいい”と感じたのかもしれません。

 ソビエト時代コムソモリスクという共産主義青年同盟があり、その下部組織にはピオネールと呼ばれる少年少女の共産主義的良いこの期間がありました。ソビエト版ボーイスカウトです。
 犬のピオネール?



 ロシアではどこの家庭でも犬やネコなどのペットを飼っているものですが、日本ではなかなかそれができる住環境がありません。
 会員さんの中にもペットを飼っている方が何人かいますが、ロシアとのやり取りの中でペットの話題は話のネタがないときに好都合。
 来日した女性会員も当然犬の散歩に喜んでついていきますが、「自動車が多いから犬よりも彼女のほうが心配。」と言う話もよく耳にします。
 私達が向こうに行ってついつい右側を見ながら道路を横断し始めて、いきなり反対側から自動車が来てびっくりすることもしばしばあります。同様に、ウラジオストクと同じ日本車が走っていて反対側から自動車が飛び出してくるのですから驚くでしょう。
 先月来日した女性スタッフは、東京に行って横断歩道ではない大通りをウラジオストクのつもりで横断し始めて、通り過ぎる自動車に怒鳴られたそうです。

 レトリバーを飼っている会員さんは、東京に出たときに盲導犬を見つけ、同じレトリバーなので、興味を持って様子を眺めてみたそうです。「盲導犬が列車の乗り継ぎで迷っている光景を目にしたそうです。」

 レトリバーはウラジオストクでは少数派です。ロシアのレトリバー。
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 気まぐれで自己主導型のネコとロシア女性ばかり相手にしてきたもので、会員さんのレトリバーの人懐っこいところが面白かったです。なるほど人気があるわけです。
 遊んで欲しくてじゃれ付いてきますが、体が大きいので大変でした。
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留学生

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 学生時代、韓国からの留学生(男性)が、留学の本当の目的は兵役逃れで、なんとしても大学院まで残って兵役を免除される年令まで国外に出ていたいと切実に語ってくれたことがありました。ソウルでもそこそこの財閥の息子で、コネで兵役逃れもできるそうですが、世間体が良くないので、国外留学なら合法的兵役逃れとステータスです。日本での留学を追え、その後は英国に行ったと聞きました。

 私の弟が中国に留学していた90年代中頃、どこの大学でも韓国人留学生が最大勢力で、試験が近くなると教授陣に付け届けをしたり、夏休みに韓国旅行に招待する学生までいたそうです。大学院進学への道筋をつけるために教授陣の評価は重要ですし、このようなご接待に素直に応じるのも中華文化。と、半ばあきれながら眺めていたようです。

 韓流ドラマにはUSAやヨーロッパに留学してきた主人公が多く出てきますが、遠まわしにこの間兵役に言っていなかった理由を語っているわけです。

 韓国ほど厳しくはありませんがロシアにも兵役はあり、政府は職業軍人鮮度に切り替えていく意向を示しているものの、今のところ意向だけ。
 原油高でリッチな人たちは潤っているので、兵役逃れの留学先としては英国やUSAが人気だそうです。

 ロシアの場合成功した歌手などが英国に移住する例が多く、日本でも話題になったタトゥーも英国に生活拠点を置いています。
 ♪зимний сон♪の大ヒットで今やロシアを代表する歌手になったアルスゥも英国在住。まだ23歳ですが、最近母親になったそうで、子どもは英国で出産しています。
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 ロシア人にとって英国やUSAは日本よりもはるかに入国しにくい国で、一般人とは違うことを示唆する一つのステータスなんでしょう。

 友人の日露カップルのご亭主は、ソビエト崩壊まもない頃にサンクトペテルブルグに留学していました。日本人ですので兵役とはまったく関係ありませんでしたが、当人曰く「就職浪人するところだったんです。大学の第二外語でロシア語とっていたことや、安く留学できそうだから選びました。」
 結果、奥さんを見つけてきたし就職もできてめでたしめでたしですが、「最近のロシアが物価が高くなりすぎて、現在ならロシアから日本に留学したほうが安上がりかもしれない!」
 これは、モスクワに留学を希望している音大生も同じことを言っていました。

 ウラジオストクの女性スタッフは90年代末に北陸方面に短期留学していました。公費留学で奨学金もあり、寮にいたので住むところと食事2食は用意されていましたが、「朝食の残り物でお昼ご飯を作りました。」と節制した生活を強いられたそうですが、食べられる時に食べる意識が働き「太って帰ってきました。」

 異なる環境に移ると、ストレスがたまるので、男性は痩せて女性は太るのが一つのパターン。
 ワルシャワにピアノの勉強に行った私の地元のお嬢さんなどオペラ歌手のような体つきになって帰ってきました。


 ガラス工場ビードロパークの展示場に行ってきました。店内のBGMは既にクリスマスソングになっていました。
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 ワイングラスの説明にはボージョレー・ヌーボへといざなう言葉がありました。以前ボージョレー・ヌーボが騒がれたことがあったけど何だっけ?としばらく考えてしまいました。
 2000年か21世紀最初のボージョレー・ヌーボ解禁が日本で、コンビニまでボージョレー・ヌーボ予約のパンフレットが置かれていたことを思い出しました。
 そうか、11月15日が解禁日だったんだっけ!と思い出しましたが、流行物と言うのはブームが過ぎれば悲しいものです。
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 このガラス工場では毎年年末になると、翌年の干支を拭きガラスで作ります。もう何年もこの干支のガラス細工を集めている人もいます。
 今年はサル、クマ、カラス、イノシシなど野生動物に農産物を随分やられたので、イノシシの細工を見たときはムカっとしてしまいました。
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 日本では36年ぶりに狂犬病患者が出て、その患者さんは亡くなったそうです。発祥すればまず助からないウィルス性の感染症。免疫グロブリンによる治療が可能といわれていますが、日本では狂犬病用の免疫グロブリンは入手不可能だと聞いています。
 その代わり、36年間狂犬病が出なかったのに、毎年保健所の獣医さんたちはヨーロッパなどに「狂犬病の研修」に公費で行っているようです。

 名前こそ狂犬病ですがあらゆる哺乳類に感染します。1885年にルイ・パスツ−ルがワクチンを開発しますが、ヨーロッパや新大陸(アメリカ)では19世紀頃まで随分犠牲者が出た病気です。アライグマやリスに噛まれて発症した例もあるそうで、野生動物は要注意です。

 毎年世界では5万人前後の狂犬病患者が出ているそうですが、世界一狂犬病患者が発生しているのはインドと言われていますが、中国も狂犬病多発地帯で、北京オリンピックに向けて狂犬病撲滅運動をしています。

 ペット大国のロシアでは狂犬病予防のワクチン摂取は常識ですが、中国ではごく最近までペットを飼うことを国が認めていなかったので、ワクチン接種どころか闇でペットを飼っていました。

 ウラジオストクでは狼を飼っている人もいますが、狼にも狂犬病のワクチンを毎年しているそうです。
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 牛などから人間に感染することもある人獣共通感染症の中には”ブルセラ病”なんて名前の病気があります。日本では既に絶滅した細菌性の感染症ですが、中東やアフリカなどではまだ良くある感染症です。ヤギの乳や牛乳を生で飲むと観戦することがあります。
 ブルセラ病と言っても、女子高生の下着や靴下をコレクションしている症状の人は精神化の範疇で、別の病です。
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糟糠の妻

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 ”糟糠の妻は堂より下さず”。貧しい頃から差さえあってきた妻を家から出すようなことをしてはならない。

 以前ハルビンの女性とメール交換をしてた会員さんが、苦楽を共にしたいことを”糟糠の妻”と例えて書いただけで、中国側はその意図を察し感動してくれました。
 元々中国の故事から来た言葉ですが、共通の文化があるのだなと感じました。

 ウラジオストクの会員さんとのやり取りの中で、「山内一豊の妻と言ってもわかるだろうか?」と言う話題になり、日本文化に詳しいウラジオストクのスタッフに聞いてみましたが、「山之内一豊?誰ですか?」。

 いろいろ説明すると、「ロシアではそのような奥さんのことは話題になりません。エカテリーナ2世など、評判の悪い奥さんなら話題になります。良い奥さんなら当たり前、それは個人の偉業として認められます。でも悪い奥さんならみんなに語り継がれます。それに私達はだれそれの妻と言う形で認識しません。個人の性格は個人のものです。」

 考えてみれば山内一豊の妻は夫を戦に行かせて名を成しましたが、ロシア女性なら自ら戦場に行って名を上げるかもしれない。

 ”男所帯にウジが沸く”などと男性の生活のだらしなさを皮肉る言葉がありますが、女性の鼻には男性の一人暮らしの”悪臭”が気になるようです。男性にとっても必ずしも女所帯の匂いが心地よいものではないので、フェロモンなるあやかしい香りはあるのだろうか?
 
 私達が火災や地震に対して避難訓練をしているように、ロシアでは防空壕への非難や防毒マスクについて使いかたを学校で習うようです。
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 以前、ウラジオストクで土産にパーティーの変装用に防毒マスクを買おうかと物色したことがありましたが、予想以上に高かったので買わないで帰ってきました。
 先週の国際恋流フェスティバルのときはデーモン閣下に変装しましたが、汗でメークが流れてきたり、飲み物を飲めなかったりで、やっぱダースベイダーにすべきだったと防毒マスクを買ってこなかったことを後悔しました。
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 ロシア人曰く。「防毒マスクをしていたら、飲み物はおろか食べ物も食べられないでしょう!」鋭く指摘されました。
 牛のダースベイダー。
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 先月、上海旅行に行ってきた近所の50代の男性、向こうでバイアグラを買ってきたそうです。「全然効かない!」と言うのですからまがい物なんでしょうが、”髪の毛が薄くなったから効いているのでは?”とからかうと「そりゃ20年前からだ!今はかろうじて”毛髪力”で持ちこたえている!」。
 バイアグラは心臓に負担をかけるそうですから、心臓発作でぽっくり逝ったら”薬効があったんだな”と解釈できるかもしれません。
 夫の義務なのか?ただ単にスケベ心か?命と髪の毛を犠牲にしてまでやらねばならぬ心境を察する気にもなりません。

 そう言えば、数年前、ウラジオストクでも街中でバイアグラを売っていたと聞きました。本物かどうかはわかりませんが、肝心の傷病用の医薬品は不足していたのに、この類の医薬品がやたらに出回っていたのですから困ったもんです。
 体力精力あってなんぼの男ですから、使いたくなる気持ちもわからないではありませんが、「糟糠の妻」のために影ではご苦労なさっているんですね。
 大通りにこういう店が堂々と構えています。
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菊花大会

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 夜八時過ぎ、千島列島沖で地震が発生し、北海道東側の津波警報を始め、広く太平洋側に津波注意報が発令されました。今のところ大きな津波が起きてはいない模様ですが、非難されている方々が無事我が家に戻れることを願っています。

 千島火山帯に位置するカムチャッカやアリューシャン列島、樺太など、ロシアにも地震多発地帯は存在していますが、大陸では地震には無頓着。
 1999年4月にウラジオストク沖の海底で大きな地震があったことを日本のテレビが報道していましたが、ウラジオストクでは揺れも感じなければ海の中で地震があったことさえ知りませんでした。

 日本固有の北方領土は地震も多く津波の起こりやすい地形ですから、ロシアは早くこの領土から撤退すべきです。

 日本でも屈指の山奥に住んでいると、津波はまったく実感がありません。タイの津波の映像を見て、こんなものが来たらひとたまりもないとは思うものの、どうやって警戒するのか?その術もわかりません。雪崩なら雪の様子で予想がつくのに。

 夕方6時過ぎ、新潟側の山脈が闇の中から浮き上がるように明るく光っていたので、この時期に雷か?地震の予兆か?などと思いながら眺めていました。地理的に千島列島とは離れているので、山脈の頂上付近では雷交じりの吹雪になっていたのでしょう。

 11月15日と言えば七五三、かつては狩猟(鳥猟)解禁日。
 熊の出没による小学生の通学の引率も今日でおしまい。まだ冬ごもりしているとは思えませんが、狩猟解禁日ごろになると野生動物や野鳥を見かけなくなります。
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 小学校から戻ると、老人会のバスの運転手で”ながめ余興場”の関東菊花大会を見に行きました。いまはみどり市に名前が変わりましたが、大間々町で昔から行われている行事です。
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 大型観光バスが何台も来ていました。ほとんどがお年寄りの観光客でした。もうすぐ菊の花に囲まれて箱の中に…なんて不謹慎なことを考えてはなりませぬ。が、不思議と歳をとるほどに菊の花は似合います。


 ここで菊の大会をやっていることは知っていましたが、今では新潟の弥彦などもっと大きな規模で展覧会をやるところが増えたので、”ながめ余興場”の菊大会には行く機会がありませんでした。
 40年ほど前に見に行ったことがあり、それ以来だと思います。
 大会も終了近くでしたから、既に花も終わる頃合。作者達はこの開催期間に合わせて開花期を調整してきたのでしょうが、開催期終了間近になった今頃になって色よい咲き方をする花もあり、入選した作品より魅力があったりもします。考えてみると、いつ花開くかも深い意味があるようにも思えます。
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 近隣の町の人たちが育てた作品を展示しています。
 私が子供の頃は、私の祖父もこの大会に出展していました。村の大会で勝ち抜いての出品で、当時はここに作品を出せることが名誉なことでした。親戚一同引き連れて菊を見に行ったものです。
 元々は大正14年に個人が運営していた遊園地で、繊維産業で桐生が栄えていた時代が偲ばれます。当時は今で言うならディズニーランド並のテーマパークだったようです。
 菊花大会も昭和30年代がピークだったそうで、昭和末期にながめ余興場が破綻し、その後、町が引き継いだそうです。
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 子供でしたからどの花が綺麗かなんてことはまったく気にしていませんでしたが、菊人形を目にしたときには”なんてすごいんだ!”と驚いたものです。
 つるの恩返し。
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 つるの恩返しのおじいさんとおばあさん。
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 NHK大河ドラマの「功名が辻」の菊人形。「この馬はなんだんべぇ?」と言うおばあさん。毎週テレビを見ているくせに、もう物語の最初を忘れています。
 山之内一豊は妻の内助の功で名馬を買うことができて、戦にはせ参じて功名をなしえたのですから、この「馬」から始まっています。
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 電気仕掛けで動く桃太郎。
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 ながめ余興場は昭和12年にできた劇場で、人力で動かす回り舞台が売り物でした。劇場としては昭和43年に閉館になり、最後の興行が梅沢富美男の父親の梅沢清一座だったそうです。
 現在は定期的に落語や芝居などが上演され、今は菊人形が中に飾られています。
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 一本の菊でこんな咲かせ方もできます。
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 足尾銅山の鉱毒で問題になった渡良瀬川。一頃は川の周りには木も生えていませんでした。
 実は、この川の反対側に一番下の弟一家が住んでいます。
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子供

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 ”白金も黄金も玉もなにせむに勝れる宝子にしかめやも”山上憶良の有名な長歌です。
 瓜を食べればわが子のことを思い出す、栗を食べれば子供のことがいとおしい、子供はどこからやってきたのでろう?まぶたに浮かんでは眠れない。
 ”瓜食めば子ども思ほゆ、栗食めばまして偲はゆ、いづくより来りしものぞ、眼交(まなかひ)にもとなかかりて、安寐(やすい)し寝(な)さぬ”

 男がわが子のことをこのように歌う国と言うのは珍しいかもしれません。しかも山上憶良の時代と言えば1300年も昔のことです。人の根底にある情というのは、時代によって簡単に変わるものではないと思います。
 女性と違い、男の場合は思っていても素直の態度に表せなかったり、言葉に出てこないもので歯がゆい思いもします。
 さらに、先のことを考えれば厳しく突き放さなければならない局面も多く、本来男の愛情はその場限りではなく深いものですが、ほとんどそのときには理解してもらえませんし、生前に理解していただければ幸いかもしれません。

 ロシアの多くの家庭では犬やネコなどのペットを飼っていますが、そのペット達がどこで寝るのかと言えば「パパのベッド」と言う答えをよく耳にします。
 家族よりもペットのほうが素直に父親の愛情を感じているんだと嬉しくなります。
 ジャーマンシェパードを飼っている友人曰く「用があるときには奥さんのベッドに行くけど、用が済めばボクは自分のベッドで犬と一緒に寝ています。」”用”ってどんな用でしょう?

 11日の国際交流パーティーで、仮装して子供達と飛び回っていたときに、左足の膝の内側に痛みが走りました。日に日に痛みがひどくなり、今日はテーピングして過ごしました。
 国際カップルの子供は身体能力が高いのか?ただ単に私の体力が衰えたのか?子供達のスピードについていけません。
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 先日、脱脂粉乳を飲んだ世代の会員さんと話をしたとき、脱脂粉乳が日本人の体格向上に大きく影響したと思うという話をうかがいました。
 私が小学校の頃は学校給食がなく、牛乳だけが支給されましたが、脱脂粉乳ではなく、近くの酪農家が毎日搾る牛乳を持ってきてもらい、学校の大きな鍋で煮込んでバケツに入れて教室に持ってきたものです。ビン入りの牛乳に変わったのは小学校4年の時で、なんとなく都会の子供になったような気がしました。

 我が家では小学生になると弁当は自分で作らなければならなかったので、毎朝学校に行く前に台所に用意されたオカズを使って弁当を作りました。母親が弁当を作ってくれる同級生がうらやましく思えたものです。

 友人の奥さん(日本人)は幼稚園に通う子供のお弁当の日には工夫を凝らした弁当を作ります。子供の弁当と言うよりも自分自身が作品作りにまい進しているようですが、うらやましい限りです。
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 ウラジオストクの事務所に紹介したら、女性会員がロシア風キャラクター弁当作りに挑戦したそうです。文化交流?
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放鳥

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 軍艦マニアの後輩がまたウラジオストクに行っていたようで、仲間を引き連れて今年3回目のウラジオストクです。今回は防毒マスクと防弾チョッキを買って帰った模様です。
 通訳兼ガイドをした友人が、射撃場に行って実弾を撃ってみますか?と誘ったところ、「それは私達の主義とは違うので遠慮します。」と断ったそうで、一安心しました。

 仕事のアイデアは自宅で軍艦のミニチュアを作っているときに浮かぶのだそうで、「仕事から離れて別の世界に自分を投入することはとても大切なことです。」と以前言っていました。 

 今日のウラジオストクは昼頃の気温が5度、週末ハバロフスクに行ってきたそうで、「ハバロフスクは寒気が来ていて−15度でした。そのうちウラジオストクにもこの寒気が来るでしょう。」と言っていました。その後、寒気は日本にやってくるものです。
 ウラジオストクでは冬の一番寒い時期でも−20度。数字の上では温かい部類です。ロシアの中では。

 私の村で雪が降ったことを告げると「何メートル積もりましたか?」と聞かれてしまいました。里の雪はもう消えてしまいましたが、ロシア人に「冬の厳しい環境で生活していますね」と同情されています。


 赤谷湖にはカモの一段がやってきました。最近は白鳥も飛来してきますし、もう少しすればガンもやってきます。


 湖に取りが浮かんでいる光景を見るだけで寒さを覚えるのは条件反射だろうか?
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 合鴨農法と言うのがあり、田んぼに合鴨(アヒルと鴨の掛け合わせ)を放して、田んぼの中の害虫や雑草を食べさせ、肥料も散布してもらう農法です。
 私の先輩はマガモのヒナを田んぼに放しています。稲が大きく育つ頃には鴨も育ち、その後は取り小屋の中でカモを育てます。
 シベリアからカモの集団が飛来してきたら湖に放鳥し、野生のカモの集団と共に一冬過ごして春には集団と一緒にシベリアに帰っていきます。奥さん(中国人)と一緒に湖に十数羽のカモを放鳥に来ました。
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 小屋の中で食って寝るだけの怠惰な生活を送ってきたので、肉がつきすぎて重くなっており、飛ぶと言うより落ちるように湖に向かって羽ばたいていきました。
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 しばらくたつといつのまにか群れの中に混ざって、どれが放鳥したカモなのかわからなくなりましたが、飛翔力が大きく違うので、しばらくは他の群れが飛び立つ時についていけないので見分けがつきます。1週間もすればそれさえわからなくなり、野生に戻っています。
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category日記

日本製

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 「作る」「造る」「創る」後に行くほど独創性が強くなるものです。
 最近の工業製品には”Assembly in China”や”Assembly in Thailand"など、日本のメーカーが日本で作った部品を人件費の安い中国や東南アジアで組み立てた製品も多くなりました。 
 日本土産に"Maid in Japan"は霊験あらたか。先ほどの例の場合どう解釈すれば良いのだろう?
 昨日の国際フェスティバルでそんな話題が出ました。ふと、二つの国を背負った子供達を見てしまいました。

 1985年に国籍法が改定されるまでは、日本の男性と外国女性の間に生まれた子供は日本国籍が与えられたが、日本の女性と外国人男性との間に生まれた子供には日本国籍が与えられませんでした。父系血統主義といいますが、85年にこの法律が改正され父母両系血統主義になりました。
 国際カップルの子供の場合二重国籍を持つ子供も多く、22歳までにどちらかを選択しなければなりません。
 「国籍」もいろいろと考えてみると、統治する側の区別手段でその人のアイディンティティとは別物。自分の国籍を持つ国に対しての「義務」も必ず存在するわけで、ロシアの男なら「兵役」があります。
 ロシアは日本人でも入国しにくい国の一つで、平和条約が締結されていないのですからそれも道理ですが、お母さんの里帰りに子供が同行するとき、ロシア国籍を持っていないとビザをとる手続きも大変です。
 ロシアで14歳まで子供は親のパスポートに含まれていますが、ロシア国籍のパスポートを持っていると手続きが楽なので、二重国籍を持つ子供は多くなります。
 10年後、20年後、この子供達がどちらの国籍を選択するか?興味深く見守っています。 

 寒い一日で、我が家の一帯は初雪になりました。午前中、みぞれ交じりの雪が降りました。


 こんな天気の中農業祭が行われ、交通整理に引っ張り出されました。
 昨年は冷たい北風が吹きぬけてひたすら寒い農業祭でしたが、今年は雨と雪。合羽を着て道路に立っているのが辛かったです。
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 午後2回に分けて餅まきがあります。4年前この最中にスリが出たので、餅まきが始まると警察官や私達制服を着た交通指導員も会場に並んで監視します。
 怪しいやから、悪そうな顔つき、とよく見回していると、壇上で餅をまくナンタラ議員やカンタラ役員の顔が品格に欠落しており、不審人物に一番似合いです。
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 この時期のみぞれ交じりの雨の日が一番寒さが厳しく感じます。古傷が痛くなったり、体にどっしり疲れが押し寄せたり、体感的には厳しい季節です。本格的に北風が吹き、雪が降れば数字の気温は低くなるものの、湿度が少なくなって苦にならなくなります。
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 昨年のような大雪にならなければ良いのですが、歳をとったせいか、冬を乗り越えることが年々大変になっていく思いがします。
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category日記

国際交流パーティー

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 沼田市の交際交流フェスティバルのハロウィン・パーティーに行ってきました。
 こういう辺鄙な田舎なので、住んでいる外国人も多い土地です。パーティーに来る人は3人に1人くらいが外国人だと主催者側は言っていましたが、アジア系の人たちはちょっと見ただけではわかりません。
 東南アジア系ならわかるだろうと言われそうですが、野良仕事焼けした農家のおばさんを見慣れているとほとんど見分けがつきません。逆に「東南アジアからも日本人の原種が来ているのだな」と再発見する思いです。
 パーティー会場で話しかけながらお国はどこですか?と聞いて歩きました。

 ハロウィンパーティーと言うのですから、仮装はつき物。私も仮装していきました。体型ですぐにばれたけど。
 スコットランド系カナダ人。先祖は1860年に新大陸を目指して大西洋を渡って来たそうです。「これが家系のチェック模様なの?」と聞くと、沼田の呉服屋さんでカーテン用の生地を買ってきて、それを切って体に巻きつけただけだそうです。
 奥に見える女性は中国女性です。


 ママは中国人の三人姉弟。弟は恥ずかしがって仮装しませんでしたが、礼儀正しい良い子達です。
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 こちらのママはフィリピン人です。
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 右の二人はタイ、真ん中韓国、左二人は中国人がお母さん。もちろん国際カップルばかりではなく日本純血種も来ています。
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 女性校のコーラス部が合唱を披露するために参加しました。グレゴリオ聖歌風?ねずみ色のフードなら「ねずみ男!」だそうです。
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 金髪はアキバ系のいでたちで来た女子高生。左はベトナムのママさん、奥は中国のママさん。
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 仮装行列のスタート。幸いなことに外は雨で、行列はなしということで私も大胆な変装をしましたが、この時間になったら雨が止んだ。
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 えびす講で歩行者天国になった本町通を仮装パレードがスタート!知っている顔がいるにはいるけど、変装しているからわかるまい!と思ったら体型でわかるらしい。
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 子供ばかりで大人の仮装が少ないと言うことで、今回は私も仮装して出ましたが、恥ずかしい反面見られる快感もあり、はまりそうでした。
 戸川昌子のようなおばさんはわが恩師。当人は魔女でサマンサのお母さんと言っています。
 先生はご存じないことでしょうが、繁華街の場末のスナックなどに行くと、変装ではなく、人生の変節の末に同じようないでたちをしたママさんと呼ばれる女性がいるものです。確定申告の時期になると、後ろに並ぶ人たちのことなど考えもせず、税務署のカウンターで長々と身の上話をして必要経費を認めさせようと粘るママさんのようです。
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 女子高生。”萌え!”でしょうか?
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 カワウソとジプシーの魔女の打ち合わせ。私達がパレードに出ている間、このいでたちで会場準備をしていたようです。しかも場所は結婚式場。
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 ジプシーの魔女のペインティングブース。
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 基本的に素人ですから上手ではありませんが、気分は彫刻家?。
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 100円ショップで買ってきたスタンプを手に押しています。洗っても簡単にとれないと思います。
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 やってくるのは男の子ばかりです。神経をすり減らす作業なので、カメラを向けると怒ります。
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 ジプシーの魔女の作品?被害者?ペインティングと言うより、修学旅行で目覚めた朝のような状態。
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 基本的にこの路線ですが、女の子には控えめに。
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 パレードから帰ってきたら、仮装大会の審査。
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 中国ママさんの娘さん達が入選し、大喜びはお母さん。「私の国の衣装です!中国にもこんなにかわいいクーニャンはいない!」とみんなに自慢していました。「お前達が一番綺麗だったから!」と子供を誉めていました。仮装大会なんですけど、お母さんは子供達を連れて「皆さんのおかげで子供達が賞をいただきました」と挨拶して回っていました。この素朴さが素敵です。
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 子供達の世話係に行ったはずが、開き直った変装のために私も特別賞をもらってしまいました。クッキーとチョコレートと手袋でした。
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 空手教室の演舞。元々武道が盛んな土地ですが、全国大会のベスト8に入った子供もいます。
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 女子校コーラス部の合唱。「天使にラブソングを」の”I will follow him”やカーペンターズの"Top of the world"日本の唱歌”赤とんぼ”などを披露しました。
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 宴もたけなわの頃にこの夏生まれたばかりの赤ちゃんを連れてやってきたお母さん。社交界デビュー?
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 一瞬にして主役の座がこちらに移ります。赤ちゃんを抱いているのは主催者側の日本人、あとは全部外国人。(赤ちゃんは日本人)
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 お母さんが赤ちゃんに夢中になっていると、子供がやきもちを焼くのも面白い光景ですが、その子供達もデビューの時には各国代表から歓迎を受けています。
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 ハズバンドはカナダ人。
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 84歳、国際カップルの超大先輩。アメリカ人の奥さんは既になくなったと聞いていますが、こういう人たちが作り上げてきたパーティーです。
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 カナダ人の英語教師のジャグリング。陽気でこういう芸をたくさん持っているので、彼の英語教室は子供たちに評判が良いそうです。
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 このくどい着こなしは日本人ですね。
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 ハズバンドは外国人コーナー。
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 中国系ママさんの集い。
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 カナディアン・ケリー君のコンサート。ジョン・デンバーの「故郷に帰りたい」やサイモンとガーファンクルの「コンドルは飛んでいく」や「大きな古時計」などを披露。
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 異変が起きたのが最後にビートルズの「オブラディ・オブラダ」を歌っているとき。
 ステージの下で遊んでいた2−4歳くらいの子供達が一人二人と踊り始めました。
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 その踊りの輪が次第に広まって、大人たちもステージ前に集まりだしました。
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 最後はダンスパ−ティーになってしまいました。自分の歌でみんなが踊ってくれるなんて夢にも思わなかったケリー君のほうが感動していました。
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category日記

愚妻

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 「日本人は自分の奥さんや子供のことを誉めないですね。」外国人からよく言われることで、「愚妻」「愚息」など、自分の家族を卑下するような言い方が良く用いられます。
 日本ほどではありませんが、中国や韓国の人なら人前で妻や子供の自慢をしない美徳は理解してもらえますが、ロシア人はこのような「謙譲の美徳?」の感覚が違います。
 もちろん、ロシアも妻や子供を手放しで自慢するわけではなく、控えめに言うほうだと思いますが、「ダメ女房」「馬鹿息子」など、他人に対して自分の家族を卑下するような言い方をする場合は「離婚間近?」「家庭崩壊?」と疑われかねません。これもまたサジ加減だと思いますが、良い部分ははっきりと外に向けても誉めてやることが大切だと思います。

 日本では人前で自分の妻の自慢をすることははばかられることですが、一歩間違えると「なにやら後ろめたいことでもあるのでは?と腹を探られることもあります。
 「よくできた妻で、感謝している」と人に自慢しつつ、実は他所にも女がいたなんてこともあるものです。

 思えば職場や消防団の団体旅行で、後ろめたい遊びをした人ほど、奥さんに高額な土産を買っていくもので、後ろめたいことをしなかった男性は土産のことなんでこれっぽっちも気にしていないものです。
 土産抱えてバスに乗り込んでくる姿を見て、昨夜何をしていたか想像ができます。

 ご近所の婦人会の奥様方の試算では、とうちゃんが団体旅行に出かけるときに持っていく小遣いは自己申告の2倍が相場で、土産の4倍の金額を「何かしら」に使っているそうで、ご婦人方の会議ではこんなKGB顔負けの捜査報告がなされているようです。さりとて、手ぶらで帰ってくればご機嫌が悪いのですから、困ったもんです。

 照れもありますが、面と向かって「今日は綺麗だね」「君の笑顔を見られて幸せだ」など”ここで言わねば”と思いつつも、口から出てこないものです。和洋折衷の価値観の中で揺らめく時で、「言わねばならぬ」と「後ろめたいことはないので言うべきでない」と迷う場面です。
 二人だけなら「秘め事」なので言えもしますが、他人様が見ている前ではまず臆して言葉が出てきません。


 ロシアの友人は「どんな時でも妻の良いところを見つけたら誉める。特に人前で誉めることがとても重要。」と言うので、日本なら浮気をしていると勘ぐられると言えば、「それは未熟な人がやること、浮気の達人は、急にやさしくなったり冷たくなるような変化を見せないものだ。」彼も場合その達人かも。


 埼玉県警の警察官が太田市の郵便局に強盗に入り、伊勢崎市(と言っても合併前は東村)で、逃走中の自動車を電柱にぶつけ、乗り捨てて逃亡中。
 そんな最中、渦中の伊勢崎市で毎年恒例の群馬県の交通指導員の大会があり、県内各地から1000人近い交通指導員が集まりました。
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 このタイミングで、制服の集団を乗せたバスが何十台も集結すれば、「大捜査が始まる!」と勘違いする人がいてもおかしくありません。
 いつもならリラックスして、他の市町村の交通指導員と雑談しているのに、今回は野次馬が大勢集まって見ているので逆に緊張しました。

 県知事と県警本部長立会いでの大点検と言うのがあります。今まで一度も当人が顔を出さなかった県知事が、今回は当人が出席していました。前日、県議会議長が来年の知事選出馬を表明したばかりです。少なくも私が記憶する限りで白熱した知事選は今までなかったので、今回は現知事も心中穏やかではなさそうです。
 県警本部長も強盗事件の最中、こんなところに顔出していられるような心中ではないでしょうが、律儀に毎回来てくれます。

 制服の点検、手帳の点検、警笛の点検、隊列行進。私の背後には近くの保育園の子供達が団体で見に来ていました。
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 大点検のあとは毎年恒例のおじさんたちのお楽しみ。チアガール(婦警さん)との記念写真。家庭争議の元になりそうです。
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 私の村では消防団を途中で逃げ出して交通指導員になるものが多いので、隊員の年令が30代半ばから40代後半までと若いのですが、他所では定年退職した人たちが交通指導員になる例も多いのが特徴です。
 昨年の大会では大点検で整列している時に心筋梗塞で倒れた隊員がいて、最後に行進している時に救急車のサイレンが鳴り響いていました。幸い亡くなるようなことはありませんでしたが、68歳の隊員だったそうです。
 今年は医師と看護師まで準備していました。

 大点検のあとはホールで永年勤続隊員の表彰など会議があります。年配者が多いので、制帽を取ると光り始めます。
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シベリア

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 ウラジオストクの知り合いが来日すると言うので電話を待っていたら、「まだ着陸したばかりで、飛行機はターミナルビルに進んでいます。」と飛行機の機内から携帯電話でかけてくれました。
 日本のカード式携帯電話だそうで、向こうに帰ったらまた次に来日する人に引き渡すようです。

 富山で中古車や中古スタッドレスタイヤを買って新潟から戻るようですが、ウラジオストクから富山に行く便は定員が20名程度のため、関空ビンがなくなる冬季は関西方面の人がよく利用します。そのため、座席の確保も大変なのですが、彼の場合は新潟に留学していたこともあり、友人宅も訪ねるそうです。

 空港の外に出てから「やっぱり新潟は暖かいですね。」ウラジオストクは10月末に雪が舞ったそうで、「雪が降り始めると新潟はものすごいけれど、気温は暖かいです。」


 ロシアのアネグドート(ロシアのジョーク)。モスクワの学校にて。
 先生 「シベリアはどこにあるかわかりますか?」
 生徒 「ウラルの東にあります。」
 先生 「シベリアに行くにはどうやって行けば良いでしょうか?」
 生徒 「裁判所の判決によって行きます。」

 ソビエト以前の帝政ロシアの時代から「シベリア送り」といえば政治犯や流刑者の行き着く果てでしたが、その不毛の土地の天然資源が現在のロシアの発展を支えています。

 シベリアより遥かに東、ロシアの最果てウラジオストク。ソビエト時代は軍事拠点でしたから、政府にとって危険な考えを持つような人たちは送り込まれていないといわれていますが、スターリン時代の民族シャッフルでウクライナやベラルーシから多くの人材が極東に送り込まれました。
 モスクワやサンクトペテルブルグなどのヨーロッパに近いロシアの待ちに行けば目線は西に向かっているので、ウラジオストクは1万キロも離れた地の果ての遠い場所。どこにあるのかわからないという人さえいます。
 
 ウラルの西側の人たちにとってウラジオストクは外国よりも遠い地の果て、1時間半で日本なんですが。


 早朝、オレゴンに住む先輩から電話があり、こちらの様子などをいろいろ聞かれました。
 ダイリーグ遺跡を希望している西武の松坂投手がどこの球団に行くのか気にしていました。地理的に近いシアトル・マリナーズに来て欲しいようです。
 日本というとSONYやTOYOTAしか思い浮かばなかったような人たちが、イチローやササキと個人名を言うようになって、存在感が大きく変わったと言っています。


 先日、たくみの里を通ったとき「銀と七宝の家」ののぼり旗が風で反対を向いていたために、通り過ぎながら「銀と子宝の家」に読めてしまいました。なんかとんでもない店ができたなと思いながら通り過ぎましたが、今日、近くに行ったのでどんなものが展示されているのかのぞいてみようかと足を運んだら「子宝」ではなく「七宝」でした。
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 もっととんでもないことを想像していただけに「なぁんだ」と思う反面、自分が恥ずかしくなりました。

 このあたりで一番先に白くなるのがふたコブに見える仙の倉山(2026m)。あと2週間もすれば雪が降って白くなるはずです。この山脈の向こうは新潟県です。
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 南の赤城山方面は里に霞が出ていました。もう少し高いところから見れば雲海モドキに見えたことでしょう。
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 茅葺屋根補修のための茅場として休耕田を利用している場所です。県外から茅を刈りに来るそうです。
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もちつもたれつ

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 久し振りにぬけるような青空の晴天でした。近所の農家のおやじさんが、青空を眺めながら「突風でも吹くんじゃねぇかな?」と不吉な一言。
 昨日の北海道の竜巻被害のものすごさを見ているだけに、「脱穀終えてよかった!」と一安心はしているものの、あんなすごい竜巻が来たらどうすればいいのか?見当もつきません。
 日本では竜巻の発生数が年間に14-5個だそうで、1200とも1400とも言われるUSAと比べればはるかに少なく、その対策も未整備です。


 雨が降れば日照りを心配し、天気が良ければ大雨を心配しつつ、ただ心配しているだけで、そうのとき何をすればいいかなんてことは、土壇場になるまでこれっぽっちも考えていない。ただ「クワバラクワバラと、鬼が過ぎるのを待つだけ。」こういうのを縮み思考と呼ぶのでしょうか?

 北朝鮮からミサイルが飛んでくることなどゆめゆめ思ってもいないウラジオストクですが、軍が防空壕の点検をしたり、市民は自分なりに有事の際の行き先などの確認をしている。中にはガイガーカウンターを買って放射能レベルを測定している人たちもたくさんいます。
 「憂慮」を表面に出さないだけで、彼らなりに手段は考えているようです。

 地震や火事などには強い日本人ですが、人災は数十年間経験していないので、土壇場で丸く収まると信じているのかもしれません。人災は天災よりも予測できそうな思いもしますが、予測を裏切るのが人災の恐ろしさです。

 予測と言えば、人生は予測できないから意味があるもので、どこで終わるかわからないのも人生。
 今日、たまたま同級生を顔を合わせました。4年前に脳溢血で倒れて三途の川の途中から戻ってきた男です。まだ、言葉が流暢ではなく、足を引きずっているものの、元気で暮らしています。
 彼が言うには仕事をしていたら突然目の前が暗くなり、そのまま記憶がなくなってしまったそうです。痛みや苦しみと言うのはまったく感じなかったそうです。手術が終わって意識を取り戻してからが痛みや苦しみの連続だったそうですが、「女房と子供が簡単に死なせてくれないんだ。大病してみると家庭はありがたいものだよ。」と嬉しそうでした。
 家庭もまた予測を超えた力を持っているものです。

 家庭が重荷に感じる贅沢な悩みを持つ男達は多いものですが、家庭は凧の糸のようなもので、地面から糸を引っ張っているから凧は宙に舞っていられるのであって、糸がなくなれば風に吹かれて墜落してしまうものです。自分だけの力で飛んでいるんではないんですね。

 国際カップルの場合、こちらにかかる負担が大きいから、全てを背負ってと気負いがちですが、実はそんなことはなく、こちらが支えられていることのほうが多いものです。

 話題と全然関係ないけれど、今日写した写真はこの2枚だけ。
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立冬

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 立冬です。暦の上では冬に突入しました。
 北海道では大規模な竜巻が起こり家が倒壊したり自動車が飛ばされたり、被害にあわれた方々も多数いる模様です。

 竜巻と言えば私の近所に住むアメリカ人のクリス君の実家が昨年のハリケーンの竜巻で被害にあいました。

 台風や地震など日本は自然災害が多いと思っていましたが、広大な国土を持つUSAも自然災害は少なくありませんし、湿潤な日本では考えられないような山火事なども起こります。
 そういう意味ではロシアは面積の割に自然災害が少ないように思えますが、これから先の季節は定期的に訪れる自然災害のようなものです。

 ウラジオストクではセントラルヒーティングの暖房が始まったようです。
 日本の冬を経験すると、ほとんどのロシア人が「日本の家は寒い」と言います。セントラルヒーティングが始まると部屋の中の温度が25度前後に上がるので、薄いシャツ一枚や半袖でもすごせるような暖かさになります。
 最近はウラジオストクでもエアコンを取り付ける家庭が増えてきていますが、エアコンはまだ少数派です。夏は涼しいと思ってロシアに行ったら暑くていられたものではなかった。なんて経験をすることもあります。日本の冬が寒くてロシアの夏が暑い。家屋の規準としている部分が違います。

 私の周辺にベトナム人が何人かいますが、結婚できている人たちではなく、工場での技術習得に来ている人たちです。真面目で何事にも真剣に取り組むので、”偉いな”と眺めていますが、国や民族を笠にきて威厳ぶらないので”遠からず伸びてくるぞ”と期待しています。
 アメリカを蹴散らし、中国を蹴散らし、ソ連を手玉に取った人たちですから、腹に持っているものが違うと一目置いています。

 ベトナム人は韓国人や台湾人と結婚するケースが多いのですが、最近は中国本土からも引き合いが多いそうです。それぞれ文化や習慣が異なるので、いろいろなトラブルもあるようですが、「中国人は嫁を買っていく」「ベトナム女性を奴隷のように扱っている。」など悪い評判も多いようです。

 ベトナム人から見た北東アジアで、日本は中国や韓国と国民性などがまったく異って見えると言っています。「中国や韓国の人は日本の文化は自分たちが教えたものだ。」と言うそうですが、日本のほうがはるかに古くて深い文化を持っているように見えるそうです。
 ある意味、日本において韓国人や中国人よりベトナム人のほうが「外国人」として生活しやすいかも知れません。中国人や韓国人に対しては近すぎるが故に自分たちと同じものを求めてしまいがちですが、ベトナム人になると、外国人として接するからではないでしょうか?

 雪の多い私の村で生活するベトナム人研修生。冬はさぞや寒かろうと思いましたら、「暖房があるから大丈夫です」。高温多湿に見えるベトナムにも寒い日はありますが、ストーブなど持っていないので服を多めに着てじっとして過ごすそうです。「でもその服が半袖ばかりなんですよ。」

 桃栗3年柿8年、柚子のバカヤロ18年と実をつけるまでの年月を言います。
 私の住むあたりは年間の気温が低いので、柿が甘くなりにくい土地ですが、近所に甘柿も何本かあります。
 昔は柿泥棒をいかに退治するかが甘柿を持つ家の思案ごとでしたが、最近はクマやサルが柿泥棒をしますし、良い頃合になるとカラスがつつきます。柿の枝は折れやすいので、クマが出てくると枝を折って壊滅にしてしまいます。
 最近実をつけ始めた柿の木が甘柿だった農家は鉄の網で防御しています。
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 ここにきて天候が良くないので、漆や楓など赤いもみじをつける樹木の色合いが良くならないまま、今朝の強風で随分葉が落ちてしまいました。
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 ススキの原に風が吹いたら、ススキの房が一斉に風に舞い上がり綺麗な光景でした。
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変化

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 ”一人の死は悲劇だが、100万人の死は統計でしかない”と言ったのはソビエトの恐怖政治家ヨシフ・スターリンです。

 いじめによる子供たちの自殺問題で、数字の上ではこの何年間も「いじめが原因の自殺はない」とされていた「統計でしかない」一面が注目されています。
 遺族の前では”いじめの存在”を認めながらも、翌日には”いじめの事実はない”と掌を返すのも、統計にしたがってと言う意識なんでしょうが、自分たちがその統計の一角をになっているなんてことは実感がないんでしょうね。

 自殺大国ロシアにもいじめによる自殺は多数存在しています。そのほとんどが徴兵による軍隊でのいじめ。戦場で死んだ兵士の数より、いじめで自殺した兵士のほうがはるかに多いと言われています。
 そのほとんどが事故や、ノイローゼなどで片付けられてしまうようで、「ある程度の自殺はどこにでも存在するので、特別なことではない」と開き直る将校さえいます。

 徴兵問題は男性にとって大きな重圧で、コネがあれば徴兵を逃れたり、短期間で済ませたりできるようですが、こうしたコネもない人たちにとって、赴任先の偶然が明暗を分けます。

 ”いじめ”は軍隊ばかりではなく、ソビエトと言う統制社会では政府役人による市民いじめが頻繁でした。目をつけられれば当局の執拗な監視下に置かれるのですからたまったものではありません。統治する側にすれば「罪状はいくらでも作れる」ですから、無責任な権力の暴走です。

 ダーウィンは”最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である”と言っています。
 ソビエトが崩壊して世の中の価値観が変わったとき、権力を振り回したものほどその時代変化について行けないものです。
 かつて虎の衣を借る権威を傘に市民に圧力をかけていたものが形勢逆転し、ホームレスとなって冷徹に市民に下げすまれる光景を私も目にしたことがあります。


 暦の上の秋も千秋楽。冬の到来を意味するかのように、日本列島の北西に低気圧が複数陣取っています。
 いつ雪が降ってもおかしくないので、ようやく乾いた田んぼの稲藁を酪農家の敷き藁に持って行きました。

 最近は役所がうるさいのですが、田んぼで稲藁を燃やす農家もいます。
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 稲藁が燃えた灰はそのまま土壌の肥料になりますし、ヒエなどの雑草の種子も燃えて死滅します。コンバインで刈り取った田んぼなど裁断された稲藁が一面敷き詰められるので、そのままではなかなか分解されずメタンガスの元凶にもなるので、むしろ燃やしたほうが環境の影響が少ないものです。が、書面の上で「環境」を唱える人たちは実体験がないのでこうした有効性を認めてくれないものです。
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 ホンダが稲や麦の藁からエタノールを作り出す技術を考案したようで、遠からず稲藁が新しい燃料を作り出すことを期待しています。
 役に立たないようでも、どこに「革新的な変化」の種が転がっているかわかりません。
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 ひと株だけ刈り残した稲の株を発見しました。
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三連休

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 日本の三連休は今日で終わりですが、ロシアは明日まで三連休です。11月4日が「民族統合の日」で国全体の祝祭日としては今年最後の祭日です。

 「民族統合の日」は一昨年末にできた祭日で、今年で2回目の祭日です。それ以前に日本に住んででいる奥様方は「私がロシアにいた頃にはこんな休みの日はなかった。」と、言われもわからないようです。

 1912年、ポーランド軍がモスクワに侵略してきて、このときポジャルスキーという貴族と、ニーミンという農民が協力してポーランドを撃退したことを由来に作られた祭日です。
 国境を接する国と国が仲良くないことは当然ですが、ロシアが400年前のポーランドの侵略を持ち出してくるとは…

 かつてソビエト時代、11月には「和解と和合の日」という大きな祭日がありました。1917年の10月革命の記念日です(当時のロシアはユリウス暦を使っていたので、この年の10月25日は現在のグレゴリオ暦で1月7日です)。
 今や彼らにすれば忌まわしき社会主義国家誕生の記念日なので、2004年を最後にこの祭日はなくなり、代わりに「民族統合の日」が誕生したわけです。

 レニングラード時代に日本に来た奥様は、いまだにサンクトペテルブルグという呼び方に違和感を感じるそうですが、11月7日が祭日だった時代にこちらに来た奥様方にすれば、11月4日に祭日が名前を変えて変更になったことに違和感を感じるようです。


 八瀬遺跡の公園の農産物直売コーナーで、地元の農家がヤキトリと焼き饅頭の露天を出すので手伝いに行ってきました。田植え機などの農機具を貸してもらう農家がこの組合の人で、「糖尿病患って食事制限しているのに、目の前で焼き饅頭なんか焼かれると辛くっていられない。」というので、日ごろのご恩に報いるために代理で行きました。


 確かに、甘い味噌ダレが焼ける香りが漂ってくれば、甘党には拷問かもしれません。
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 私はこの直売所の組合に入っていないので農産物を売ることはできませんが、名前を借りてどさくさにまぎれて、白菜10個持って行って名前を借りて出しました。いつも借りている農機具の部品代にでもしていただければ。
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 私も熊に米を食われましたが、リンゴ農家など熊の被害で死活問題です。リンゴをもいで食べるだけならまだしも、何年もかけて育てた枝まで折ってしまうので、木が病気になることさえあります。
 熊とは関係なく規格外のリンゴはできるもので、通常はジュースになりますが、地元の人はこうした傷物を安く買っていて食べています。
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 熊檻の仕掛けは、熊は蜂蜜が大好きなので、石に糖蜜を塗ってこの石に熊がしゃぶりつくと仕掛けが働き柵の蓋が閉まって熊を閉じ込める方式になっています。
 こうした熊檻をリンゴ畑において熊を捕らえているようです。

 面白いエピソード。雨が降って石に塗った糖蜜が流れてしまったので、リンゴ農家のおばあさんが蜜のビンを持って檻に入り、仕掛けの石に蜜を塗っていたら石が動いてしまい檻の蓋が閉じてしまいました。
 若い男性なら檻の蓋のロックをはずして、持ち上げて外に出ることができますが、おばあさんの力ではどうにも檻の蓋が持ち上がりません。
 夕方になってもおばあさんが帰ってこないので、家族が心配して探しに行ったら、熊檻の中でおばあさんがビンの糖蜜なめながら救助を待っていたそうです。
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 店内の農産物直売所。
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 休日なので、公園の芝の上に陣取ってお弁当を食べにきている家族がたくさんいました。
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 多分、オーストラリアから来た家族だと思います。
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category日記

再発見

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 カムチャッカ方面で日本の漁船4隻が不法就労の疑いでロシア当局に拿捕。銃撃戦がなかったのは幸いですが、気が気ではないニュースです。
 ウラジオストクの日本領事館は休日返上で情報収取やなど対応に当たっているようです。

 たまたま私が使っているカード電話会社の回線の問題なのか?ロシア側の問題なのか?何回かウラジオストクに電話しましたがつながらない一日でした。
 夜、友人宅に電話をしたら「特に電話回線に影響はなかったと思いますよ。」と言っていました。

 「日本には”サー”というファミリーネームはありますか?」と聞かれ、さあ?。
 彼が最近会ったアジア系のロシア人だそうですが、韓国や中国でも耳にしない姓です。
 そういえばベトナムにこういう姓があったことを思い出しました。テキサスのベトナム系の祭りの役員にSaという人がいたことを思い出し、”ベトナム系ではないか?”と言ったところ。「そういえばモスクワから来たといっていました。ベトナム系かもしれませんね。」
 ベトナム系なら一目見て日本人や韓国系ではないことがわかるだろうと問うと、「韓国や朝鮮族ではないことはわかりますが、日本人はいろいろな顔つきがいるのでわかりません。」
 そうかもしれない。


 町の文化祭の舞踊を見に行ってきました。先日家の玄関のドアノブに、踊りのプログラムとコロッケがぶら下がっていて、コロッケを食ってしまったので行かないわけにもいかず、なんか口実をつけて抜け出そうと画策していました。
 沼田市の文化祭を見てきた人が、入選した私の写真を見てきたというので、これを口実に踊りの会場を抜け出て沼田市の文化祭会場に逃げました。
 今回の出品作品で唯一のモノクロ写真を評価して欲しかったんですが、デジカメで写した写真が評価されてしまいました。
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 油絵も出しましたが、こちらは「枯れ木も花の賑わい」で賞は関係ありません。
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 絵画の部の主催者に「新治の文化展に出した絵と同じじゃないか?」と鋭い指摘をされました。”まずい!見に来ていたか!”とヒヤリとしましたが、基本的に水墨画と油絵で違うわけですし、塗りなおしのきかない水墨画は雪渓の書き方を失敗したドサクサに塗りつぶして林にしてしまったので微妙に違う絵になっています。日本画をやるにはデッサン力がないから線が多くなって濃くなってしまうので向かないと思っています。
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 今年の1月18日の日記でも農家の絵と雪山の油絵2枚紹介しましたが、意識はしていませんが描きやすいものですから、この路線に乗り上げてしまったようです。絵の具の数も少なくていいし。

 沼田の会場では茶道の各流派が野点を披露していました。”あ!”とつき物が落ちたように見入ってしまったのは、お茶を立てる手の動きの美しいこと。手首から先の動きがしなやかで、握りずしを握るベテランのすし屋さんのようでした。
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 簡単に言えば、お茶を入れて客に出す作業ですが、その一連の動きの美しいこと。見とれてしまいました。
 お茶をいただく人たちも、毒見をするわけではないのだから、もっとリラックスしてこの一連の動きのしなやかさを味わえば良いのに。
 茶道の世界は良くわかりませんが、大発見をしたような思いでした。
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 こういう刺激があると感覚が活性化するのか?今まで気にする事もなかった生け花も違いがわかるような気がしてきます。
 西洋のフラワーアレンジメントと、日本の生け花の違いは同じ素材を使っても左右対称のシンメトリーかその一角を崩すかで異なることはわかっていましたが、見せるための西洋のフラワーアレンジメントと異なり、日本の生け花は生ける側と見る側の駆け引きがあるように思えました。なるほどお国が違えば感性が違うわけだと感心しました。
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 いろいろな流派が作品を出していましたが、大御所の草月流と池坊の違いもなんとなくわかるようになりました。
 個人的な感覚では池坊の世界は、静まり返った水の上に一滴の雨が落ちて水紋が広がるような世界。草月流は少し大胆で風が通り過ぎていくような世界を感じました。
 流派の違いは「感覚」や「呼吸」の違いでもあるので、どうやってその世界感をお弟子さんたちが受け継いでいるのか興味深い思いがします。
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 どう説明すればいいのか「日本の文化」。などと考えながら会場を見てまわりましたが、こんな山奥でもすごい技を持っている人があまたといるものだと感心しました。

 見事な仏像ですが、アマチュアの彫刻家の作品です。
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 盆栽など20年30年では仕上がらないので、親やその親の世代から受け継いで作り上げていくものです。この時間感覚も広大だと思いますが、日本文化を再発見した1日でした。
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category日記

文化の日

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 夕方ウラジオストクの事務所に電話をしたら新しい女性会員が面接に来ている最中でした。
 安易な心がけで国際結婚を選択したところで不幸になるだけだから、考え方をしっかり持っている女性にだけ入会してもらうようにしていますが、3名来て1名だけが入会することになりました。

 ウラジオストクのスタッフも日本から帰ってきたばかりなので、実際に目にしてきた日本への感覚が違います。

 最近ウラジオストクのスタッフが良く使う日本語「覚悟」。含まれている意味が大きな言葉ですが、「流されて」たどり着くのと、「覚悟して」行き着くところはまったく別物です。
 90年代、「ロシアにいたくない」という理由で、他の外国に移民をしたロシア人は少なくありませんが、はたしてどれだけの人が思うような生活ができているのだろう?
 最近、ウラジオストクなど極東ロシアでは外国に出たもののロシアに戻ってきたい人の国籍を回復して住まわせる政策ができたようですが、相応の能力のある人限定で、なんとなく外国に出てダメで帰って来る人の面倒までは見ません。
 国際結婚だってそれに近い覚悟が必要でしょうが、異国に行く娘に家族が言う言葉は「ダメなら帰って来い!」です。これもまた両刃の剣です。


 夜、近隣の街の英語補助教員の相談を聞きに行ってきました。この9月から赴任してきた外国人教師ですが、いわゆるホームシックになってしまったようです。
 来日早々なめられまいと強く出たのが祟って、引くにも引けず、孤立してしまったようです。自分で思い描いていた日本とは随分異なる現実に失望もあったようです。
 来年の7月まで任期はありますが、「今すぐにも帰りたい」と嘆いていました。
 女性の場合、ホームシックにかかって泣くことはあっても何とか図太く乗り越えていつの間にか残っているものですが、落ち込んだときの男性は脆いもので、内にこもるタイプですと手に負えなくなります。
 来日3ヶ月ごろになると、そろそろ日本語もわかるようになってきますし、カタカナなどをおぼえたりするものですが、人との接点が少ないのでそれもありません。
 
 考え込めば考え込むほど自分で自分を苦しめているだけなのですが、孤独というのは恐ろしいものです。
 幸い、別の町の英会話教室でボランティア教えている外国人教師が、その教室に顔を出すように誘ってくれたので、異なる環境で人間関係が作れればと期待しています。


 デイケアセンターのお年寄り達。みんなで共同で作った作品の前で記念撮影。
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 この年齢になると、昔どんなに立派だったかなんてことよりも、今、いかに人付き合いが上手にできるかが、幸せ不幸せの分かれ目だと思います。
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 町村合併のおかげで町全体の文化展と、以前の村での文化展に勢力が二分したために今回は作品不足で、朝「何でもいいから手元にある絵をもってこい」と呼び出され、一応未発表が建前なので、額縁がなくて飾れない水墨画を持って行きました。
 恩師に額縁を借りて飾ったのですが、微妙にサイズが合わず、上下が切れて、横には隙間ができてしまいました。
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category日記

文化展

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 酔っ払って外で寝込んでしまってそのまま凍死。ロシアの冬にはありがちなことです。日本の警察署の前に「今月の交通事故の死亡者」の数が掲載されているように、ロシアでは町によっては「今月の凍死者」が掲示されていることもあります。

 11月に入って既に「酔っ払って凍死」が出た模様です。私も11月中頃にウラジオストク駅前でその光景を見たことがあります。駅の周辺にたむろすホームレスのようでしたが、朝の散歩の途中、警察官が周囲を取り囲んで調べている最中に出くわしました。やがてトラックが来ると、死後硬直した遺体を数人の警察が持ち上げ荷台に放り投げて、カバーもせずにむき出しのままトラックは走り去ってしまいました。”無残なものだなぁ”と眺めていましたが、「酔っ払いの末路はそんなもの」だそうです。

 この夏、福岡市の職員が飲酒運転で大きな死亡事故を起こしてから、飲酒運転に対する法律に取締りや、社会の目線も厳しくなり、個人的には喜んでいます。

 ウラジオストクで飲酒運転の取り締まりに出くわしたことがあります。日本なら風船を膨らませて吐き出す息のアルコール濃度を測りますが、ウラジオストクでは交通警察官が注射器で血液を採取していました。一緒にいた友人に”注射器の使いまわししているんじゃないの?”と聞いたら「大丈夫、私達はそういうことには敏感です。必ず、目の前で未開封の袋の封を切ってから採取します。」
 
 ロシアでレストランに行くと食事の前にワインなどの食前酒を飲むのは当たり前。これで食事をしたあと自動車を運転するのですから、酒気帯び運転?と言われればそれまでです。日本人と比べればアルコールに対して強い体を持っていますが、それでもねぇ。

 ソビエト末期、ゴルバチョフが酒の製造販売を禁止したことがありましたが、結果的にサマゴンと呼ばれる密造酒作りが横行し、その密造酒を作って財を成したのがゴルバチョフを押し出したエリツィンですから皮肉なものです。

 ロシア男性=ウォッカというイメージが強いものですが、女性だって飲まないわけではありません。主にお母さん世代の所業ですが、同じアパート軍に住むお茶飲み仲間同士で月に一度は料理を持ち寄って集まっては夜中まで宴を繰り広げることはあります。飲む人は飲むが飲まない人は飲まない。ガルモニ(アコーディーン)まで持ち出して飲めや歌えやの騒ぎになりますが、お父さん達はバーニャ(ロシア式サウナ)などに行ってのんびり時間をつぶして帰ります。
 日本のように女性が男性に酒を注ぎ歩くような習慣もありませんし、女性は女性であつまり、男性は男性で一塊になる光景が一般的です。

 村の文化展の作品搬入に行ってきました。今年は入賞すると賞品が出る沼田市の文化祭に絵と写真を出品して、写真は入選したようで通知が来ました。しかも頭をひねって考え抜いて手間隙かけて現像から焼付けまでやったモノクロ写真ではなく、なにげに機械任せのデジカメで写した写真が入選してしまいました。人生なんてこんなもんさ。
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 村の文化展には写真を提出しました。こっちは何にも出ませんが、地元の景色を写したものを出しました。モノクロ写真を出したのは私だけで、「年配の人かねぇ」とお婆さんたちに本人がいる前で言われてしまいました。
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 この冬の大雪でみんな泣かされたので、今年は冬や雪を題材にした写真が出ておらず、嫌味で雪景色を題材にした私だけでした。
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category日記

ハロウィーン

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 11月になりました。日本で初めて紅茶を飲んだのは井上靖の”おろしあ国酔夢譚”で知られる漂流民の大黒屋光太夫だそうです。1791年11月1日にペテルブルグのエカテリーナ2世のお茶会に招待されたと言われています。

 今日ウラジオストクの事務所に来た女性会員に、日本から持ち帰った緑茶を出したところ、日本のお茶は初めてだそうで感激していたそうです。
 「日本では今日が紅茶の日です」とこのエピソードを紹介しました。
 「それでは今日は国民の祝日なんですか?」と質問されました。

 この季節になるとウラジオストクでは皮のパンタロンを履く女性が目に付くようになります。皮のパンタロンに皮のブーツです。
 昔、オートバイに乗るときに本皮のズボンを使ったことがありますが、風を通さず温かいものでした。が、夏になるとカビで真っ白になってしまうので手入れが大変でした。
 濡れタオルで拭けばカビは簡単に落ちますが、縫い目や皺の間に生えたカビのあとは綺麗に落ちないものです。革製品用の防腐剤入りワックスを買って塗ったら、その石油臭い匂いがいつまでも取れず、着るに着られなかった事がありました。

 ウラジオストクは日本と比べて湿度が低いもののそこは霧が巻く海辺の街。今年は特に湿度が高かったのか、皮のズボンやジャンバーにカビが生えたと聞きました。

 女性用の革製品は色が黒とは限らず、赤い物や黄色い物まで様々で、色によってはカビのあとが残ってしまうとかで、専門の染み抜き職人に直してもらうのだそうです。

 日本ではよほどの寒冷地か、年配の人でなければモモヒキなど使わないものですが、寒冷なロシアでは若い女性でもモモヒキを履くことがあります。しかも皮のモモヒキ。
 夏でもスカートをはく人は少数ですが、冬はスカートなど自殺行為です。パンタロンだからモモヒキも目立ちませんが、皮のモモヒキを履いてその上にウールや綿のパンタロンを履いて外に出ます。

 スカートをはくときにはパンティーストッキングが必需品ですが、数年前はこのパンストが日本からの土産に喜ばれたものです。ウラジオストクで売られているパンストは高いうえにすぐ伝線してしまうために、日本のものが重宝がられましたが、買いに行く時は恥ずかしい思いをしました。

 たびたび日記にも書きますが、私の夏の山仕事でヤマヒルに吸い付かれることがしばしばあります。ちょっとした隙間からどこにでも入り込んでしまうヤマヒルに手を焼いています。どういうわけかさすがのヤマヒルもパンストの網の目は通り抜けられないと言うので、パンストをはいて山仕事に行ったことがありますが、暑くて仕事になりませんでした。しかも脱ぐ時に足の毛が絡み付いて痛いこと痛いこと。これは女性でなければ使えない代物だと思いました。


 11月1日はキリスト教の聖人の日で、その前夜がハロウィンですが、みんなの都合のつく日ということで、今日ハロウィンパーティーを開きました。


 クリスマスのケーキ、正月の餅などいろいろに例えられますが、ハロウィーンのあとのお化けカボチャなどそのさいたるもので、毎度パーティーのあと誰が持ち帰るかで気をもみます。
 そのままですと長持ちするカボチャですが、中をくりぬいて空気を入れてしまうと腐るのが急激に早くなります。
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 行く先は畑の肥やしと決まっていて、こういうときに農村部はありがたいのです。以前、中身のつまったままのお化けカボチャを畑に捨てておいたら、翌年そこからカボチャの芽が出てしまいました。
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 一応変装して行くことになっていますが、こういうことに夢中になるのは女性たち。
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 中学生の娘の制服を借りて着てきた猛者もいました。私より3歳年上で、この制服が着られる体型を維持していることもすごいと思いますが、昔は長いスカートをはいた恐い系の美人お姉様でした。三十数年を経てようやく純真な中学生に戻ったようです。
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 既に気持は前向きに来月のクリスマスパーティーに向けて移行している模様です。
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