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2006年最終日

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 大晦日ですが今日は日曜日なので、本来なら新潟からウラジオストクに飛行機が飛ぶ日です。ところが、今日は運休で昨日臨時便のフライトがありました。
 幸い、年末年始にウラジオストクに行く会員さんたちは28日の便で行ったので心配はありませんでした。
 今夜、女性の家族と新年を告げる花火を観に行く会員さんに、女性の家族のダーチャ(郊外の菜園付き別荘)で過ごす会員さん。それぞれ向こうのファミリーの一員になっています。

 私の近くに住むサンクトペテルブルグの奥さんは、冬休みに入るやいなやお子さん達とサンクトペテルブルグに里帰り。一人残されたご亭主は?と昨日様子を見に行ったら不在でした。今日、ばったり会って「きのうはスキーに行ってました!」今シーズンの初すべりだったようで、日ごろ使い慣れない筋肉を酷使して筋肉痛になったそうで温泉に入りに来ていました。

 奥さんは里帰りの土産に餅を持って行き磯辺焼き(餅を焼いて醤油をつけて海苔で巻いた食べ方)を披露したら、「スシ!」と喜ばれたそうです。「日本ブームって言ってもその程度の認識なんですね。」
 私は粉末の汁粉の元を持って行き、お汁粉を披露したことがあります。


 「モスクワから来た奥さんに双子の赤ちゃんが産まれたようですよ。」私は一度だけ挨拶程度にしかお目にかかっていないカップルですが、出産が近いというので年末の国際交流のパーティーにも出てきませんでした。
 モスクワと言っても広大な面積を持つので、郊外の農村地帯の出身だそうです。サンクトペテルブルグも広大な郊外農村部を含んでいますが、ウラジオストクは小さな半島なので、市街地から程なく別の街になってしまいます。

 ロシアでも蕎麦を食べますが、蕎麦はライ麦もできないような粗悪な土地で作る作物で日本のように麺にして食べる食材ではありません。焼いてクレープの皮の様にして食べることが多いようですが、「貧しい食べ物」「おいしくない」と言う先入観があるようです。
 私は蕎麦屋さんに頼まれて畑で蕎麦を作っていますが、ウラジオストクのスタッフなど「そんなにひどい土地に住んでいるのですか?」と言ってました。
 蕎麦の味がわかるようになれば嬉しいのですが、そばつゆにテンプラは喜んでも、麺は評価してもらえません。
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 ロシアのクリスマス(1月7日)にはヂェッド・マローズ(寒気のおじさん)とスニグラーチカ(雪娘)が出現します。


 冬、寒さが厳しく雪が多いことは良いことなのだそうで、寒さが厳しければ害虫が死滅して農作物に病気がでない、雪が多ければ土地が肥沃になる。厳しい冬にはそれなりの恵があります。
 モンゴルでは暖かい冬を「腐った冬」と言います。腐った冬にはネズミなどのげっ歯類動物が増えて、チフスなどの病気の元になる。
 自然は微妙なバランスの上に成り立っています。

 今年の12月26日の写真。
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 こちらは昨年の12月26日の写真。同じ沢を写したものです。
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 今年はお寺の当番ではないので、大晦日の晩に鐘付きに行かなくて良いのですが、お寺の石段の雪かきに行ってきました。
 今年の写真。
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 去年の12月26日の写真。去年の大晦日は一晩で数十センチ積もった大雪でした。
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 昨年と打って変わって「珍しく雪が少ない冬」です。根雪の無いままに正月を迎えるとこれから降った雪はそれほど積もらないはずです。
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年の瀬

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 フセイン元大統領の死刑が執行されましたね。本当に死刑になったのでしょうか?
 戦争で大もうけした武器製造会社の手厚い保護で、フロリダのプライベートビーチでオサマ・ビン・ラディンや金正日と一緒にダイキリ飲みながら優雅に過ごしているような気がします。

 ウラジオストクは今日から1月7日まで冬休み。ウラジオストク事務所の男性スタッフは例によって例のごとく、冬休み突入1週間前から来たるべく冬休みの備えて冬休みモードに気分を切り替えていましたが、女性スタッフは今日も事務所に出てきて残務整理をしていました。
 「日本の企業の休みは3日までだから4日から7日まで何回か事務所に来て仕事をします。」
 
 アジアに近いウラジオストクにも干支があります。「あなたはイノシシ年ですか?」と聞かれたので、いいえ、丑年ですよと答えると「そうでしたか、でも私の感は当たっていました。」と言うので、丑年と猪年では年令が違いますよ。と言えば、「そうではなくて、雰囲気でそう感じたんですよ。」
 牛か猪に似た容姿で悪うござんした。
ウラジオストクの事務所から届いたグリーティングカード。
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 年の瀬の忙しいときに…
 指を怪我したままトイレの水漏れを修理したら修理する前よりひどくなってしまったので、怪我の痛みも少なくなったところで日を改めて再挑戦。結果、絶望的なまでにひどくなり、水道屋さんに電話をしたら、修理にいけるのは1月5日過ぎになるだろう!
 それまでは使うたびにドライバーで元栓を開いて使う「ロシアのアパートのような」日々が続きます。

 悪い膿は出してしまったほうがいいんです。
 水道修理の部品を買いにホームセンターに行く途中、自動車のマフラーがぬけた。
 冬になると国土交通しょうが路面凍結予防のために国道に大量の塩化カリウムをまくので、こまめに下回りを洗浄しないと錆が出ます。マフラーは3−4年で錆びてしまうので、前々から錆びて穴が開いていることはわかっていました。春になったら取り替えようと思っていたら消音機の手前で切れてしまいました。
 修理工場も冬休みで1月5日以降、それまでは族仕様の音を鳴らしながら走らねばなりません。

 これだけ出揃えば、来年は良くなるでしょう。と言うよりは、これ以上悪くならない!と気分の切り替え。
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日本文化?

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 まだ私は見ていませんが、ウラジオストクの友人(女性)は映画「SAYURI」を見てたいそう感激したそうです。「日本女性の美しさに心を奪われた」と彼女は言ってます。
 この映画を見た近所のオバサン(日本人)曰く「日本風を描いた夢物語で、(日本)ではない。」「日本の女優が脇役だったのが悔しい!」
 女性が女性を見る目は厳しいので「あの映画に出てくるようなオンナがこの辺に嫁にきたら婦人会でいじめ抜いてやる!」
 
 確かにチャン・ツィーやコン・リーなど主だった役どころを外国人女優が演じていますが、近所のとうちゃんは「そりゃおめぇ、中国の女優ったって、とろけるようにいいオンナだぜぇ。かあちゃんと一緒に観に行ったら余計そう思ったな。映画館に行って見る価値はあらぁ。」
 日本のかあちゃんはそんな言葉を許してくれるが、ロシアのかあちゃんには「君のほうが綺麗だよ。」と言わなければ大変なことになります。


 モスクワはじめロシア各地に「シュコーラ・ゲイシャ(芸者学校)」ができ、日本式のマナー教育が流行っているようですから、外国人の感性に「美しい日本」をイメージさせてくれた映画と評価しておきます。

 国際化=日本再発見なので、足元を見直すことは多いものです。訪問先でお茶(普通の煎茶)を出してもらって「いただきます」と煎餅つまみながら緑茶がぶ飲みしている傍らで、外国人が湯のみ茶碗を2時と4時の方向に回して飲んまれると、”茶の湯ではないんだから”と嫌味にも思えてしまいます。


 外国人という気軽さも会って茶の湯などのイベントがあれば興味津々の目線で見たり、文化祭などで一般参加でもあればすぐに参加したがるのでおぼえてしまうのでしょうが、日本人なら「その前に勉強して恥かかないようにしてから」人前でお茶の湯楽しむことなんて臆してしまいます。
 外からの目線ですから余計な曇りがなく様式美を受け止めてもらえているのかもしれませんが、こちらの不躾、不手際をつつかれているようで落ち着きません。

 ロシアでもサモワールという茶釜?があり、それでお湯を沸かしてティータイムを楽しむ風習がありますが、今やどこの家庭だってタイガーや象印の湯沸し機能つきポットです。
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 そういえば、女性会員に「好きな日本の小説は”源氏物語”です」と言われて、”どうすりゃいいのか?”と戸惑ってしまった男性会員さんもいました。
 私達には日本の古典文学は原文で読まねばならないと言う暗黙の圧力がありますが、外国人にはそんなプレッシャーがないので自分たちの言葉に翻訳された本で日本の古典文学に親しめます。
 ”マンガで源氏物語が出ているから、それを読んでおけば十分対応できます!”とアドバイスしましたが、日本のマンガは要点を上手に把握しているので侮れません。



 今年は地域お年寄りの餅つき大会にもち米を寄贈したので、顔を出したほうがいいかな?と思っていましたが、力仕事に始終することは目に見えています。船頭多くして船山に登るではありませんが、監督がたくさんいてそれぞれ言うことが違うので、体より気疲れしてしまいます。
 怪我の功名?と言うわけでもありませんが、指を怪我したおかげで30日に行われる地区のお年寄りの餅つきを中高生が肩代わりしてくれると言うので、安心しながらも喜んでいます。
 時代の先端を行く地区なので、65歳以上が半数近い少子高齢化地域だけに若い力は貴重です。
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不法投棄

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 怪我と病気に苛まれた1年、もう厄は落ちたと日記に書いてほど無いクリスマスイブの24日、近所の勤労奉仕で不法投棄されていた重量鉄骨をクレーン車で片付ける作業に参加して、左手の中指と薬指を鉄骨の間に挟んでしまい、骨折は免れましたが、まだ指を曲げられない状態で、右手だけでパソコンのキーボードを操作しています。

 ”悪法も法なり”とは言いますが、馬鹿な法律です。不法投棄された産業廃棄物のゴミを片付けるのに「拾得物」として申請し、その土地の地主の費用で片付けることができるという役所と犯人のためにある法律。
 地区の勤労奉仕で片付けたものの、おかげで自分が怪我をしたものですから、「犯人を見つけたら指をぶっ潰す!」と腹が立っています。

 エストニアの産業廃棄物?


 「このところHPに新しい記事が出ていないけれど、また怪我でもしたんですか?」と会員さんから電話がありました。”見抜かれていたか!”
 「年末恒例になっていますね。」と言われてしまいました。
 
 寒くなると体を動かすのが億劫ですが、動かし始めると楽しくなるたちなので、ついつい無理してしまいます。気持と体の動きがリンクしていないので、”歳のせいだろうか?”と不安になりつつも体を動かすことは楽しいものです。

 たかが指先、されど指先で、ウラジオストク事務所に頼まれたHP作りも待って貰っているような状態です。
 ウラジオストクの事務所には「怪我をするのは、年令のせいではなく、日ごろから体を鍛えていないから」と言われています。

 ネコの手も借りたいのにネコはネコです。



 今までずっと思い違いをしていたことに気がつきました。
 ウラジオストクの中央郵便局の壁にタイルで描いた壁画があります。
 まじまじと見ていなかったこともありますが、聖母マリアのイコン画だと思っていました。
 何で郵便局に聖母マリアの絵が?と不思議に思っていましたが、灯台下暗しでウラジオストク人も「そんな壁画があったのか?」と気にもしていない様子。

 たまたま郵便局に行く機会があったウラジオストク事務所のスタッフが、私が以前はなしていたことに気がついて「聖母マリアに見えたのはこの絵ですか?」
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 CCCP(エスエスエスアール)ソビエエトのことです。
 聖母マリアに見えたのは宇宙飛行士の絵でした。
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 日本の企業にロシア語の通訳の紹介を依頼されたウラジオストクの事務所では、年明けに日本から企業の人事関係者が面接に来るので、それまでに、応募者の中から一次試験をして10人程度に人数を絞ります。

 なんと恐ろしいことに、その一次試験の日本語の問題を作ったのが私で、メールで送られてきた試験の採点と小論文の審査をこの何日かやっております。

 その企業からは「あまり言葉が上手な人材は要らない」「向上心のある人材を」と言われています。言葉が上手にできる人間はそれを鼻にかけて努力しないと言う考えのようです。

 大手企業のイオンが定年を65歳に引き上げる方向を打ち出しました。定年があるのに「終身雇用」と言うのも不思議な話ですが、いよいよ定年65歳時代が始まるのでしょうか?当然、その頃には年金は70歳もしくはなくなっているかもしれません。
 ロシア人曰く「え?65歳まで働かなければならないの?」

 ロシアでは職業によって年金需給年令が異なります。肉体労働者のほうが早い年令で年金をもらえますが、定年退職という話は特に技術系の仕事においてあまり耳にしません。
 年金をもらえるようになってから徐々に仕事を減らしていく人も多いですし、頃合を見て物価の安い田舎に移り住む人も多いです。


 昨日、今日と台風のような雨と風が吹きました。風向きが逆なら間違いなく吹雪だったのでしょうが、太平洋側からの風でした。

 この季節には珍しく虹が出ました。


 昨夜1時ごろ雷が鳴り響き、”今の季節に?”とびっくりしました。春に谷あいで起こる全層雪崩の前兆に雷と同じような音がします。雪渓が切れて岩場を雪の塊がずり落ちるときの音です。冬にこの音を聞くと別の意味に感じてしまいます。

 そういえば、虹をまじまじ見るなんて何年ぶりだろう?
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変化

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 悲しみは半分、幸せは二倍。結婚、もしくは好きな人といるとことに対して成り立つ不思議な数理。”悲しみは2倍、幸せは半分と言う方式も成り立つのではなかろうか?”なんてことを考える性分でしたから晩婚街道を突き進んでのでしょうか?

 実際は「誰かのため」と言う意識が自分を大きく変えてくれますし、そのために努力することが二倍三倍の悦びを与えてくれるもので、自分だけのためなら、がんばらないで無責任でいられたと思います。

 最近、「マイナス思考」についてよく考えます。その背景にあるのは利己的な「保身」に他ならないと思います。
 結婚や恋愛に対して、現在の自分から減算して考えているうちは、まだまだその時期に達していないのだと思うようになりました。そう考えているうちは相手だって、そんなあやふやな相手に目を向けません。重荷になるのは不本意ですし、必要とされていないようなものです。
 プラスになることを思いつかないうちは、まだまだ成熟していないと思います。

 少なくも、結婚を含め人との出会いは現在の「安泰」を揺るがすものですから、今が居心地が良いのならそのままいることが幸いです。将来は自分の手で作り上げるものですし、そのために犠牲にせねばならないことはたくさんあります。子供でも生まれれば、なおさらですから、今のままいることをお薦めします。

 ソビエト時代が居心地のよかった人々の行く末は、極端な場合路上生活で冬に凍え死にでした。与えられたノルマを無難にこなし、何も考えないことが生き抜く技でした。
 首輪をはずされた犬は自由と引き換えに自ら餌を探さなければならなくなったわけですが、自分を変えようとしないものがそこで淘汰されていくのも自然の生業です。

 ウラジオストクの女性社長は30歳になったばかり。両隣の事務所の女社長達も近い年令。お互い刺激しあって張り切っているようですが、40代半ばの男性スタッフ曰く「365日24時間仕事をしているモンスター」と笑っていますが、「彼女らは自分が何をすべきか、自分で発見している」と評価もしています。

 モスクワ方面と取引している隣の事務所と、日本と取引をしているこちらの事務所が共同で、日本ーモスクワの中継点になることを画策しており、「日本向けのホームページを作ってください」と、請け負うことになりました。


 変化と言えば、「サンタクロースよ!お前もか!」ロシアのクリスマスにはジェッド・マロウズ(寒波のおじさん)と妖精のスニグラーチカ(雪娘)が主に青っぽい服を着て人々に幸せを届けていたはずですが、コカ・コーラのシンボルカラーの赤い服を来たサンタクロースが年々増えています。
 ジェッド・マロウズもサンタクロースに変貌しなければ生きていけない時代になったのだろうか?
 たしかに、今時の日本だって大黒様の袋に宝物が入っているなんて誰も思わなくなりました。時代のニーズはサンタですもの。
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 日本人なら大黒様だろう!プレゼントはティファニーのオープンハートの数珠だろう!
 プレゼントはもとより、クリスマスカードの一枚も届きませんでしたが、役場から「雪かきボランティア依頼」の手紙がきました。
 ウラジオストクの友人と事務所が私にクリスマスカードを送ったそうですが、まだ届いておりません。以前、3月ごろ届いたことがありました。

 ロシアの子供達のクリスマスパーティー。本番のクリスマスは1月7日ですが、この火は家族と過ごすのが慣わしなので、12月の西側のクリスマスは別の仲間のパーティーに都合が良いみたいです。色使いがどことなくロシアです。
 背後に書かれている「ス・ノービ・ゴダーム」はロシアのクリスマスの挨拶でもありますが「新年明けましておめでとう!」の意味を持つ言葉です。
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 年々この季節のクリスマスが定着している模様です。
 衣装がどことなく「スニグラーチカ」を思わせる衣装です。
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古タイヤ

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 ロシアへ輸出する中古タイヤの積み込みに立ちあいました。
 日本的な感覚では、どのサイズで、程度がどのくらいで何本。このサイズが一本いくらでと細かく計算しますが、サイズも何も見ないで「ここからここまで全部」と現金取引。
 1+1=2と言う感覚ではなく、「このくらいとこのくらいでこのくらい」と言った、感覚による計算が成り立つものどうしでなければ成り立たないような取引でした。私にはとても恐ろしくて値段など出せません。
 先のことを「何とかなる」なんて考えないで「何とかしてしまう」のがロシアの男性の行動力と言うのか決断力、日ごろモワ〜ッとしているくせに、ここぞと言う時は判断が早い。
 通関書類や向こうでの小売や在庫管理のことも考えて、積み込む際に私が事細かにサイズや状態やメーカーをチェックしてリストを作りましたが、これが「あなたが立ち会えばごまかされることは無い」と信頼にもつながっているようです。
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 コンテナーの中にハイラックス・サーフが一台入っており、古タイヤを詰め込んで中の自動車が外から見えないように覆い隠してしまう、関税逃れをやらかしていました。
 まあ、この詰め込み方が緻密で見事なことときたら、物も良く見ないで「ここからここまで」なんて買い方をしていた人たちと同じとは思えないほどです。
 大胆にして繊細、ロシアのダイナミズムを垣間見ました。
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 ウラジオストクの古タイヤのショップに行くと、日本から持ち込まれた中古タイヤが山積みになっていますが、その中から合うサイズを見つけ出してくるショップの店員もすごいです。どう見ても帳簿で在庫管理なんかしていそうも無いのに、頭の中では整理されているようです。
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 私の住む地方のように降雪地帯なら12月になれば冬タイヤへ履き返しますが、ウラジオストクなど一年中スタッドレスタイヤのままの人が多いし、雪が乾いた雪なので、ノーマルタイヤでもそこそこ走れます。
 それでも、こんなことやって宣伝しているのですから利益率が良いのでしょう。
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White Chrismas

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 クリスマス・イブです。1月7日がクリスマスのロシアでは「カトリックのクリスマス」と言って、最近は若い人たちのパーティーの口実になっているようです。
 
 昼過ぎ、スーパーに行く途中のブロイラー販売店の周辺の路上に自動車がたくさん駐車しているので、「誰か亡くなったのかな?」と気にしながら通り過ぎると、ローストチキンの特売をやっていたようで、店の外まで行列が並んでいました。


 ”White Chrismas”を歌ったビング・クロスビーが亡くなったのが、私が高校生の時でした。私にとっては”White Chrismas”も、ビング・クロスビーもこのときはまったく知らない存在でしたが、同級生にビング・クロスビーの歌を好きな奴がおりまして、彼の家に招かれ、トリオのシステムコンポーネントのステレオでレコードを聴かされました。

 どちらかと言うと、ゴージャスなステレオのほうに驚いたのが本音でした。彼のお姉さんがピザ・トーストなるものを作って持ってきてくれて、ピザと名がつくものを食べたのもこのときが初めてで、カルチャーショックを受けました。なぜかクリスマスと言うとピザを思い浮かべてしまうのはこの影響かもしれません。

 このとき、ビング・グロスビーの歌については全然気にしていませんでしたが、”White Chrismas”はそれまでにも聞いたことがあり、興味を持っていた曲でした。ビング・クロスビーが世に出したことを知ったのはこのときが初めてでした。

 1942年にビング・クロスビー主演の「Holiday Inn」と言う映画の主題歌に使われ、その後1954年に映画「White Chrismas」と言う題名でリメイクされ世界的にヒットした曲でした。

 ここをクリック 映画「White Chrismas」の映像が見られます。

 小学生の時、クリスマス・イブの番の天気予報でこのメロディーが流れとても気に入りました、翌年も同じ季節にこのメロディーが流れ、クリスマスの歌なんだなと言うことはわかりました。中学生の時に歌番組で日本の歌手が”White Chrismas”を歌い、これでようやく題名までたどり着き、高校のときにビング・クロスビーが歌ったもので映画の主題歌だったにたどり着いたわけです。足掛け10年。



 ところでこの”White Chrismas”と言う歌。世界的に知られて歌われているいる歌にもかかわらず、日本語の歌詞がありません。
 オールディーズの歌ですから”悲しみのホワイトクリスマス”なんて題名で、ロカビリーの人たちが歌ってもよさそうなものでしたが…

 この名曲の作詞・作曲をしたIrving Berlin (1888 - 1989)が、この歌詞以外で歌うことを禁止したからだそうで、別の歌詞をつけることも、別の言葉で歌うことも許されない歌なのだそうです。
 そのため、ロシアでも英語で歌われています。



White Chrismas

I'm dreaming of a white Christmas
Just like the ones I used to know
Where the treetops glisten
and children listen
To hear sleigh bells in the snow.

I'm dreaming of a white Christmas
With every Christmas card I write
May your days be merry and bright
And may all your Christmases be white.


ホワイトクリスマスを 夢見ているの
懐かしい日々 そのままに
梢は輝き 子供たちは耳をすますの
雪の中を走る そりの鈴の音に

夢見ているのは 雪のクリスマスなの
どのクリスマス・カードにも書くわ
あなたに きらめく幸せな日々がありますように
そしてクリスマスが銀世界に包まれますようにって
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鋭い指摘!

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 「今日は日本のエンペラーの誕生日です。国民は何かもらえるのですか?」休日出勤中のウラジオストクのスタッフから電話がありました。
 そう言われてみれば鋭い指摘だと思います。”くれるわけねえだろう!”と腹の中で思いながらも、それを口に出してしまえば、日本は言霊の国ですから、”何も貰えなくなる”と危険を察知し、「なんか貰えるといいんだけどぉ〜」
 あの北朝鮮だって金正日の誕生日には米の配給などがあると言うのですから、日本だって国民に何か配給したっておかしいことではない。いつも「日本のエンペラー」と言われることに”スッポンの鍋ではない”と抵抗を感じていましたが、今日はそんなことまったく気にならず、さすがに海外から見る目線は鋭い!外圧をかけてもらうべきだ!と願って病みません。

 「今年はカトリックのクリスマス(ロシアのクリスマスは1月7日なので、12月のクリスマスをこう呼んでいます)に何かあるの?」と聞くと、「仕事です。パーティーはもう家族と済ませました。」
 誕生日を迎えた男性会員さんがいるので、女性会員がお祝いのメッセージを持って事務所に来たそうです。
 

 このところ地下水を汲み上げるポンプがおかしいので、朝から分解して修理したらゴムのパッキンが2箇所劣化していてそこから水が漏れていました。サイズが特殊なサイズのためホームセンターにも既製品がありません。モーターの製造会社から部品を取り寄せて付け替えればすむことですが、とりあえずそれまでつかえなければ炊事もトイレも使えないので、シート状のゴムを買ってきて、切り抜いて付け替えました。自分で自分を誉めてやりたいようなできばえでしたが、「ロシアの男は日曜大工で家を建てるくらいのことができて当たり前。」なのでひとりで悦に行ってました。
 
 夕方から地元のおなじみの顔ぶれとイタリア料理の店で多国籍軍クリスマスパーティー。
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 カルバン派のプロテスタントやローマカトリックの信者たちはクリスマス本番は教会に行くと言うので、顔ぶれがそろう少ないチャンスです。
 
 クリスマスの特別料理とかで、鹿の肉にフォアグラのソテーがメニューに入っていました。
 実は、昼間ポンプの修理を教わりに水道屋さんに行ったら、馬刺しを食べていて、私もご馳走になってきました。おろしニンニクたっぷり乗せた馬刺しがまたいい味わいなんです。
 そんなわけで、これで鹿を食べたら文字通り馬鹿になります。

 え?日本では馬を食べたら鹿を食べられないのか?とフランス男性にからかわれたものの、”鋭い指摘!”としか答えられません。
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 今まで中華に和食にイタリア料理とクリスマスとなんら関係の無いクリスマスパーティが続いてきました。
 来年は韓国料理店でクリスマスパーティーをやろうか!と、画期的な提案が飛び交う中、お互い言いたいことを言っていて人の話など聞いていないミーティングは終盤を迎えました。
 国籍、政治、信条なんてどうでもいいやと思えるようになってくるのは、この土地の生活環境が厳しいからでしょうが、「人間第一」で協力し合わないと冬が辛く長くなるだけです。
 なんだかわからないけどまた理解が深まった???とお茶タイム。
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 一昨日の日記で紹介したイラン人の婿さんも加わりたかったようですが、仕事が重なって来られないということでした。
 思想の無いクリスマスパーティーも無事終わり、家路に着きました。
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生活雑貨

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 今月7日の日記で紹介した、商取引で来日した女性会員のお母さんは、1週間の滞在で日本製の生活雑貨(化粧品や潜在など)を2万ドル近く買い付けてウラジオストクに帰りましたが、良い取引ができたので年が明けたらまた買い付けの来日をするそうです。
 若い女性ですと来日のビザがなかなか出ませんが、中年のオバサンなら比較的たやすくビザ取得できるようです。20代30代の起業が多いロシアで、ソビエト経験が長い40代以降が新しい時代についていくことは大変ですが、この分野ではビザの厳しさが逆に年配の人にチャンスを与えているのかもしれません。

 シセイドウ、カネボウ、ネピア、ライオン、ウラジオストクの女性なら誰でも知っているブランドだそうで、男性にはあまり馴染みがありませんが、女性にとってはトヨタやマツダばかりが日本ではない!と言うことです。
 食品関係でも、明治、AGF、日清、ブルボン、日本製の野菜までウラジオストクの市場に出回るようになりました。
 物価高のロシアと言っても食材は安い中、日本製は決して安くはありませんが、スーパーの日本製食品コーナーは日に日に大きくなっていく状態です。
 需要が一通り行き渡れば品質が良いものへ需要が変化します。良い物を長く使うロシア人は、安い高いよりも良い悪いに敏感です。
 この1年で日本製に対する認識が一歩も二歩も進んだように感じます。中国や韓国に日用雑貨商品の買い付けに行くロシア人が少なくありませんが、日本へこうした商品を買い付けに来るロシア人も増えています。その市場の変化に対して、日本の役所が理解していないだけのことですが、大きな時代のうねりが起きているようです。


 この1−2年私の周囲の農家がインドネシアや中国向けの果物や野菜を作り始めるようになりました。安全で、品質が良くておいしいと、日本野菜が一部の人たちに需要があるそうです。

 世界各地での日本食ブームのおかげでマグロの確保が年々難しくなっているそうです。
 貿易には「最終的に国力を弱める」劇物的な一面があるので、サジ加減が重要ですが、政府がサジ加減をするとトラブルが民衆の不満が爆発するのはどこの国でも同じです。

 昨年の今日は日本全国が雪雲に覆われる大雪で、ウラジオストクに向かう関西方面の会員さんが、雪のために国内線の決行で伊丹の空港で引き返してきたことがありました。


 私は前日に雪で転んで肋骨骨折したばかりで、コタツで寝ながらヒーヒー言っていた時期でした。
 この一年、怪我と病気に苛まれた年だったその始まりでしたが、1年なんとか生き延びられたからもう厄がさったぞ!と心機一転気分です。

 武尊山2158m この麓はスキー場の多い山ですが、昨年とうってかわって今年は雪が少なく、まだ一部分でしか滑走ができない模様です。


 昨年は雪が多すぎてスキー場は不振。雪が多くても少なくても左右される自然相手の産業です。
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固定概念

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 ヨーロッパ共同体EUでは、トルコの加盟を巡って論議が紛糾していると、NKの特集で放送していました。
 もうすぐEUにハンガリーやルーマニアも加盟するご時世で、かつての「東側諸国」も過去の問題になったというのに、宗教的な問題が大きく横たわっているようです。
 トルコは政教分離を憲法で定めている数少ないイスラム国なのに。

 ウラジオストクの友人は、「ロシアは世界で唯一アル中になるイスラム教徒がいる国!」と自慢しますが、日本だって負けていません。

 イラン人の婿さんなんか豚肉の串カツおかずに、カップのとん汁で弁当を食べています。
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 ホルモン焼きでビールを飲むのが大好きで、「子供のクリスマスのプレゼント買わなければならないので、しっかし稼がなきゃ。農閑期は出稼ぎです。」と黙々と働いています。

 こういう人たちと接していると、米国のイランいじめに日本は加わってはならないと思えてなりません。
 「日本人は宗教で人を差別しないから好きです。」と言われると、宗教的な曖昧さも悪くは無いと思いますが、日本人という「村社会」のメンバーになるには地道な日々の積み重ねしかありません。

 イラン人の婿さん。一頃冬のアルバイトで石やきいもの販売をしていました。
 エンドレステープで「いーしや〜きぃ〜いもぉ〜」の声が流れ、軽トラでやってくるあの石やきいもですが、この「いーしや〜きぃ〜いもぉ〜」の声がムスリムの祈りの時間を告げるアザーンのように思えてしまいます。
 「アザーンの呼びかけの言葉は石やきいもとぜんぜん違います。」
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 このところプラトーク(ロシアのスカーフのような物)の製造販売に力を入れているウラジオストクの事務所ですが、「地球上にロシア人ほどプラトークを上手に使いこなせる民族はいない!」と自信を持っています。
 と、言うより外国とのやり取りの中で、だんだんとロシア的なものに目が行くようになったのでしょう。これもまた素晴らしいことです。
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 こんな小さな頃からプラトークが良く似合います。基本的に125cm四方の正方形の布ですが、ドイツやチロルのスカーフとも違うロシア独特の雰囲気があります。
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 スカーフと言えばイスラム女性にも必需品ですが、着付け方が違いますし、素材も色も模様も異なります。
 でも、被り物をした女性はどこと泣く特有の色香がありますね。
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 日本のスカーフと言えば風呂敷。デザイナーが唐草模様の風呂敷などを使って、様々な着こなしを開発していますが、風呂敷をファッションとして着こなすことができたのは今は亡き東京ボン太だけでしょう。
 そういえば、私のところにも冠婚葬祭などでもらった風呂敷がたくさんありましたが、いつのまにかロシアの土産に消えてしまいました。風呂敷を壁に張ってインテリアとして使ったり、ちゃっかりファッションとしても使っているようです。
 「風呂敷はこうあるべき」と言う固定概念が無いから自由に発送ができるのでしょうが、固定概念に縛られないと言うことではとん汁大好きイラン人と変わらないかもしれません。良いものは良い。好きなものは好き。

 日本人はプラトークやスカーフを着こなそうとしても、どうしても借り物のなので扱いが難しいかもしれませんが、独特の着こなしが生まれるかもしれません。
 日本にも独特の被り物の文化があります。以前、甥が着こなしていた日本手ぬぐい。
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流行り病

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 年末年始の休暇を利用して、ウラジオストク行きを計画している会員さん。週明け早々「まさかノロウィルスでは?」と心配する症状が出て、病院に駆け込みましたが、不幸中の幸いというのか週末の忘年会での暴飲暴食でおなかの具合が悪くなっただけだったそうで胸をなでおろしています。

 病院で「今流行のノロウィルスでは?」と告げたとたん、受付の職員の態度がよそよそしくなり、すぐ後ろにいた別の患者さんがスッとさがって離れる気配を感じたそうです。
 待合室の指定された場所で待たされ、「まるでボクが疫病を撒き散らしているような雰囲気でした」と気分が悪かったものの、無実が晴れてみると、他にも患者がいたので、「この人たちの病気が移っていたらどうしよう?」と逆に心配になってきたそうです。

 ただの食べすぎとわかって家に帰ると、「そょりゃ良かった!快気祝いに牡蠣鍋でも食うか?」とご両親が喜んでくれたものの、今の隅にファブリーズがたくさん買い置きされていて、お母さんがそれに気がつき「大掃除だもんね、大掃除の季節だもんね」と言いながら台所に持って行ったそうです。
 ノロウィルスに消臭剤のファブリーズが効果あるのかどうかは別にして、「こういう両親と暮らしているから、嫁さんがメチャクチャやらかしても苦にならないですよ。」と陽気な人です。

 ウラジオストクではノロウィルスよりもインフルエンザのほうが気がかりみたいで、2000年の冬にも内陸でインフルエンザが流行して、ウラジオストクの医師たちもシベリアに応援に行きました。

 ウラジオストクのスタッフもインフルエンザの予防接種を受けたそうです。
 この夏、私がマイコプラズマ肺炎になってひどい状態に陥ったのを身近に感じているので、若いからとか体力があるからなんて過信してはいけないと思ったそうです。


 右ハンドル規制問題で、今後ロシアへの日本の中古車輸出がどう変わるかわかりませんが、その拠点になっているウラジオストクは大きな影響を受けます。
 最近はロシア人が使い古した日本の中古車をカザフスタンなど内陸に売り込む貿易も出ているそうです。
 100年も遡れば、元々貿易の中継点として栄えた町なので、そうなっても納得できます、土地の持つ生命力とは面白いものです。

 日本より日本車が多いウラジオストクでは、中古日本車に関する部品の需要も多く、日本海からも太平洋からも遠い内陸の私が住むあたりまでロシア人バイヤーが買い付けに来るようになりました。
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 ロシアに売られていく中古タイヤ。一山丸ごとコンテナ−に詰め込まれてロシアに行きます。
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命の水

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 英国のテロ対策の一環の影響で飛行機内に液体を持ち込み規制が各国の国際線を中心に広まる模様です。不可欠な医薬品や赤ちゃんのミルクを除き、清涼飲料水や化粧品、練り歯磨きなどもその対象で、搭乗前の手荷物であずけることになりそうです。

 せっかくミネラルウォーター等の水まで機内に乗せないのなら、オミズのおねえさんも乗せないことにすれば国際カップルが不快な思いをしなくてすみます。

 水といえば

 吉林省の化学工場が火災になって流出したベンゼンが松花江を汚染し、昨年の今頃は黒龍江省やその川の下流のハバロフスクなど水が汚染されて、飲料水確保に市民が血相を変えていました。今年は穏やかな年末になりそうです。

 昨年の今頃、給水車から飲料水を配給されるハルビンの市民。
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 事故で毒物が川に流出していたことをハルビン政府はとことんだんまりを決めていたそうですが、市民の間に松花江に油が浮いている、魚が死んでいると口コミで話題になりしらばっくれてもいられなくなって対策を始めたようです。今は通常に何の問題も無いかのように過ごしています。はたして1年やそこらで毒物が消えたのだろうか?
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 河川の汚染に関係なく一年中水不足のモンゴル。主に地下水が命の水で、水のあるところに町ができます。冬は凍結したハルハ川の氷をチェーンソーでブロックに切り取って売り歩く珍商売もあります。
 井戸の水が枯れると、遠くの水場から汲み上げて給水車が来ることもあります。
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 配管の老朽化や政府の都合で年がら年中各地で断水が起きるウラジオストクですが、100年前の開発期には井戸を掘ってその周辺に人が住み着きました。市街地でも、古い一戸建ての家が立ち並ぶ地域ではいまだに水道がなく井戸を使っている集落もあります。
 市内が水不足になっても、干ばつで井戸の水が枯れるようなことは無いといわれています。
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 ラテン語で、「命の水」を”アクア・ヴィタ”と言うそうです。この言葉が語源になってヴォトカ(ウォッカ)という言葉が生まれたそうで、ウォッカはつまり命の水。
 思えばこの水のおかげで命を縮めた人がどれだけいることやら???
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ノロウィルス

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 ロシアのサンクトペテルブルグで開催されていたフィギュアスケートGPファイナル。優勝が期待された浅田真央選手は体調が優れず2位に終わりましたが、立派なものだと思います。
 それよりも出場していた日本人選手が男女とも熱が出て下痢をしたり、体調不良でよれよれになってしまったそうで、ノロウィルスだろうか?それとも英国であんな事件が起きたばかりだから工作員による毒物混入?そちらのほうに興味を持ってしまいました。

 ロシアでノロウィルスの話題は耳にしませんが、サンクトペテルブルグで流行でもすれば「日本人が撒き散らした」なんて言われるのだろうか?

 選手世代交代の谷間のロシアが工作員を使って日本のメダル独占を阻止?

 ウラジオストクのスタッフはノロウィルスのことを知りませんでしたが、「日本人は生物を食べるから病気になって当たり前!」。
 先週末日本人と思しき東洋人が腹痛で病院に担ぎ込まれたそうで、ノロウィルスか?生牡蠣でも食って中ったのか?どちらにしても気になります。

 学生時代、仲間と公園でバーベキューをして食中毒事件がおきたことがありました。玉子サラダが原因だといわれています。

 食中毒事件とは関係なくロシアのサラダ料理。玉子サラダでこんな感じの料理を作ってきた女学生がおりました。


 症状のひどいものは救急車で運ばれました。このとき、私は極めて健康でピンピンしていましたが、こういうときに一人元気というのは肩身が狭いもので、育ちの悪さが露見してしまいそう。
 「気分が悪く胸がむかむかするような気もする」と、一緒に点滴受けて来ました。絶対私の他にも元気なくせに中った振りしている奴がいるはずだ!と見渡せば、「演技派だなぁ!」と感心するほど皆さん病人らしい症状を見せていました。
 およそ食中りなんかしそうも無い豪傑女学生が、唇を紫色にして白目むいて痙攣しながら嘔吐していました。

 食中毒とは関係なくロシアのバーベキュー。
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 ロシア人はノロウィルスに感染しない?なんてことはありません。友人の家庭では奥さんもお子さんもノロウィルスに感染したそうです。
 今日、東京方面のカップルからメールがあり、ロシア人の奥さんがノロウィルスに感染したみたいなので、これから病院に連れて行くとメールが来ました。
 メールは送るときにノートンでウィルスチェックしているけど、一応そちらもチェックしてくれと書かれていたので、ウィルスバスターでパソコンをチェックしましたが、健康そのものです。

 昨年、ウラジオストクへ交際相手に会いに行った会員さんが、女性の家族を訪問した時に手品を披露したらとても喜ばれたという話を伺いました。そのときその手品の道具を置き土産においてきたようです。
 先月、女性会員が家族や親戚とレストランに行ったらパーティーをやっているグループがいて、その中に女性会員のお父さんがいたそうです。
 お父さんは自ら歌を歌って踊りながら、見たことがある手品を披露して人気者になっていたそうです。手品道具がお気に入りのおもちゃになってしまったそうです。

 そのお父さん達、年末に来日することになって、今日事務所にビザ申請の依頼に来ましたが、事務所に入るなりいきなり手品を披露して驚かせたそうです。一緒に領事館に行く車中、お母さんに「お願いだから領事館で馬鹿なことをしないでね。」言われていたそうで、会員さん曰く「うちのはその父親に性格が似ています。」
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 今は冬時間なので日本とウラジオストクの時差は+1時間。日本が1時ならウラジオストクは2時。日本よりも1時間早く2007年を迎えます。
 日本との時差なんてないに等しいと彼らは言いますが、時差1時間は確かに大きな差ではないでしょう。

 東西に長いロシアは11時の時間帯を持ちますが、モスクワと東のウラジオストクの時差は7時間。この差は大きいです。モスクワと取引をしている会社など、ウラジオストクの時間で仕事をしてさらにモスクワの時間でも仕事の日々です。
 「ウラジオストクはモスクワの時間に合わせて動くが、モスクワはそんなこと気にもしない。」

 20代で起業する人が多い現代ロシアですが、休みだ、勤務時間だなんていっていられないのが経営者。寝られる時に寝て、食べられる時に食べて、夢を追っています。
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 モスクワからの注文をウラジストクで調達するために、昼間はウラジオストク時間でフルタイムに働き、皆が帰路につく頃にモスクワとのやり取りが始まり家に帰るのは夜中。
 人件費を抑えるために一人で孤軍奮闘。ソビエト時代と違って目標と努力あれば夢が夢でなくなる時代。勤勉に働くは昔の価値観、今は寝る間も惜しんでがむしゃらに働く。こうした若い会社が半年、一年後にどう化けているかわかりません。
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 仕事なんかいくらでもある。でも物にできるかどうかはあんたの努力次第だ。失業者は多いけれど、就職先はいくらでもあるウラジオストク。やる気の無い人が放り出されているだけのことです。
 その裏側に夢を求めて1日15時間も働く若者もいます。このバイタリティーについていけますか?
 ところで何の夢を見ているのだろう?
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 サンフランシスコ講和条約署名が昭和26年(1951年)9月8日、国際法上この条約が発効されたのが昭和27年(1952年)の4月28日。
 昭和20年8月15日のポツダム宣言受諾からサンフランシスコ興和条約発効まで、国際法の上ではまだ戦争状態にあったと解釈されるのだそうです。
 昭和20年8月15日から昭和27年にかけて作られた日本の工業製品には”made in occupied japan(占領下日本)"と刻印されているものがあり、おもちゃなどは特にプレミアがつくそうです。

 近所に顔を出したら昭和26年生まれの夫が、28年生まれの奥さんに「俺達は日本の貴重な一時期に生まれたんだ!娑婆は俺達を粗末にしているけど、ブリキのおもちゃだったらケツに”occupied japan"と刻印されて今頃大変な値打ちもんだぜ!」と自慢していました。

 若い安部総理が1954年生まれで、戦後生まれの初の総理大臣どころか、一気にmade in occupied japan世代を飛び越してmaid in Japan世代になってしまいました。

 来年は群馬県議会議員の選挙や何かと話題の県知事選挙がありますが、県議選など40代世代がたくさん名乗りを上げており、60代ともなると「その年でまだやるのか?」という思いさえ漂うようになりました。一気に若返るのかな?

 経済・産業で20代が台頭するロシアを見ると、これも世界的な流れなのかもしれないと思えてしまいます。

 ソビエト華やかな時代に社会人デビューした私と同世代のロシアの友人たちは、ようやく社会的に地位を得るようになったら国が崩壊し、体力気力充実した30代を新しい時代に馴染むまで翻弄された世代で、ソビエトでもロシアでも名をはせることができなかった空白の年代かもしれません。
 夢を捨てることでぶら下がることができたソビエトから突然「夢を持ってまい進せよ」と世の中変わっても、なかなか簡単に切り替えることができないものでしょう。
 「目の前にチャンスはいくらでもあったが、それに気がつくことができなかった。」これが世代の違いかもしれません。


 おまけです。 ロシアの原子力発電所で勤務に専念する男性の貴重な映像です。危険と紙一重の原子力発電所の管理は、緊張を強いられる厳しい仕事ですが、そんな環境の中でも人々のために明るく働くロシアの男達です。画像をクリックすると厳しい姿勢で仕事に向かう男の映像が見られます。原子力と向かい合う男の姿です!





 ノロウィルスが話題になっている昨今の日本ですが、衛生に留意して手洗いを心がけたいですね。掌の皺や爪の隙間など手洗いの際に見落としがちな箇所があります。下の映像はロシアの医師たちの手洗いの光景です。入念に、丁寧に衛生に心がけて手を洗う光景を参考になさって、ノロウィルスからお体を守ってください。





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クリスマスカード

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 ロシアの郵便事情は不安定なので、重要な書類などは必ずEMS(国際書留郵便)で送ってもらうことにしています。EMSでも到着まで余裕を持って10日から15日程度の日数を見てもらっています。
 ロシアのクリスマスは1月7日ですが、12月25日も彼らの言うカトリックのクリスマスとして祝うようになってきたので、この時期を見計らってメール交換の相手にクリスマスカードを送る会員さんもいます。

 エアメールでも2週間程度かかるので12月10日前後に送るのがいいだろうとアドバイスしていました。
 「早いにこしたことはない」と今月はじめにオルゴール入りのクリスマスカードを送った会員さんがいましたが、昨日事務所に届いたそうです。事務所はクリスマスに合わせて女性会員に手渡す予定でしたが、グッドタイミングでそこに当人がメールを出しに来てしまいました。
 ロシアでは誕生日などでその日よりも先にプレゼントなどを手渡すと縁起が悪いとされているので、12月25日に事務所に取りに来てもらうことになりました。が、当人はもう既に気分ルンルン。
 「そうやって浮かれていると転んで怪我するよ」とスタッフはアドバイスしたそうですが、クリスマスカード一枚でもこれだけ喜んでもらえると冥利に尽きると思います。

 沼田のサティに行ったら、子供向けの英語教室のデモンストレーションをやっていました。
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 通りがかった子供を引っ張り込んで、教える側が全て英語で遊戯をしたりゲームをさせていました。
 当然、英語などわからない子供達ですが、大掛かりなジェスチャーを通してなんとなくわかるようになっていくのが興味深かったです。
 「歯磨きをしよう!」と歌と踊りを披露していましたが、その動作を見ているうちに単語にも反応するようになっているので、言葉って体で覚えるもんなのかと思いました。
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 実は、言葉の異なる外国人との交流にも似たようなところがあり、口先がけではどうにも意味が伝わりにくいことはしばしばありますし、ことばがわからない人と接していても相手の目を見て表情やしぐさを見ながら「この人はこういうことを欲しているのだ」と感じることは多いです。
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 頭の先っちょだけで考えるのは勘弁してくださいよ本当に!と言う事件。
 近所に住む柔道の先輩の奥方様。この界隈の女ボスの一人です。もうすぐ中学校の柔道部が廃部になるとかで、ご亭主は忙しく駆け回っているようです。その会議があるので、私のところに電話をしたそうですが、外出して留守だったので、名簿にあった携帯電話に連絡したそうです。
 3年前に携帯電話会社を変えたので、電話番号が変わっており、名簿にあったのが古い番号。3年もたてば違う人がその番号を使っています。
 「若い女の子が電話に出たのよ。日本人の。」
 そりゃ、Docomoですもの。日本の女性が使ってもおかしくないでしょう。
 「だから、あたし聞いてやったんさぁ。あんたとどういう関係かって!」チョット、チョットチョット!基本的に間違え電話したわけでしょう!
 「そしたらさぁ、今の若い子って礼儀を知らないのね。”そんな人知らない”ってしらばっくれるじゃない!」 当然だと思います。至極当然だと思います。
 「だからあたし言ってやったんさぁ。やましくないなら答えられるでしょう!ッて。そしたら、電話切っちゃうのよ。本当に常識無いんだから、今の若い子は。」
 なんてことを、なんてことをしてくださる!あの〜恐縮ですが、常識云々人様に言えるよういなことなさっていないと思うんだけど。
 「で、あの子誰なの?」
 だから知らないってばさぁ!と否定すれば否定するほど泥沼にはまる恐ろしき決めつけ。

 詮索好きで好奇心はあるけど無責任。しかも思い込みで物事決めてかかる。「それを聞いてどうするの?」とつっこみたくもなりますが、それも失礼なので受け流していると、だんだん軌道がそれていく。女性にありがちなことですが、当人に悪意はなくても無礼で俗悪な無知だと思います。

 これからご婦人方の忘年会、クリスマスパーティが始まるシーズン。話題が途切れた時にこの手の話題が出てきて、尾ひれがついて人の噂も75日。2月一杯まで静かにしていよう。
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冬のロシア

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 今の30代半ばまでのロシア人はソビエト経験が少ない新生ロシア時代の人たち。私と同世代の40代の友人がこんなことを言います。
 「ソビエトとロシアの仕事の違いは”できない”理由を探すか”できる”可能性を探すかの違いです。」

 私が役所勤めをしていたころよく上から言われたことは、「できない」と断る理由を複数考えて対応せよで、Noと言えない日本どころか、Yesと言えない日本でした。
 もちろん状況によってはできる可能性をピックアップすることもありますが、およそそうした仕事が得意する向きは上からの評判が良くありませんでした。

 日本へ商取引に行くためのビジネスVisa申請を却下されたウラジオストク市民が、日本領事館に上申書を出したところ埒があかないので、モスクワの日本大使館に問い合わせたところ、日本の外務省に上申書を出してください。
 それならついでに、と、外務大臣の事務所にまで上申書を出した模様です。

 ハバロフスクの総領事が30歳以下の女性の日本入国を厳しく制限すると発言をロシアでは新聞で取りざたされましたが、20代女性が会社を起業することが多くなった昨今のロシアでは”偏見””差別”と受け止められかねません。「できない理由」に慣れてしまった40代なら引っ込むところが、「できる可能性」を求める若い世代は理不尽なことには屈しません。
 「私は就労に行くのではない、商取引にいくのだ!」
 正しいことは主張せよ!と、徹底抗戦の構えです。


 東京の区役所では公費でシャブシャブ食べながらホームレス対策の会議をしていたそうで、それなら私達もあやかろうではないかと、どうすれば「酒飲み運転」をなくせるのか?一杯飲みながら検討する交通指導員の会議をしました。実費ですが。
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 山岳会の先輩宅に顔を出したら、奥様がこの冬サンクトペテルブルグに行きたいということで、ツアー会社を紹介しました。この奥さんも山オンナなので寒いなんてことはまったく苦にしませんが、ロシアが一番美しい季節に行きたい。そしてそれは冬!
 オペラやバレエなども堪能してきたいそうです。
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 冬のロシアといえば、先週の国際交流のパーティーで、「冬のロシアに行きたくないなんて言っていたカップルはみんな破綻したね」と話題になりました。
 ロシア人が言うならわかるけど、冬のロシアを知らない日本人に言われると心地よい思いはしないというのがロシア女性の意見。「温かいところがいいのなら東南アジアの人と結婚すればいいのに。」ごもっともです。
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青いプラトーク

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 1.”覚えてるよ今も 最後のあの夜 君の白いうなじ 滑り落ちた蒼いプラトーク 今遠く 遠く離れても 残り香に君しのぶ この蒼いプラトーク”
 2.”愛しい君の便り 胸に押し当て よみがえる優し声 熱き眼差し いくさ果てぬ 兵舎の窓辺に 今宵また君の名を 指でたどらん
 今遠く 遠く離れても 残り香に君しのぶ この蒼いプラトーク 残り香に君しのぶ この蒼いプラトーク”

 ソビエト時代の美しいワルツ"Синий платочек"♪青いプラトーク♪と言う歌です。
 頭に巻いているのは赤いプラトーク。女性が来ている服は赤いサラファンです。
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 プラトークとはスカーフやショールと思えばわかりやすいと思います。大きさによって頭に巻くものや、肩にかけるもの、ひざ掛けなど用途は様々です。
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 ロシアの映画や演劇の中でもプラトークは女性の感情表現などにも使える重要な小道具として用いられています。
 夏物には木綿を使ったもがありますが、プラトークといえばウール100%があたりまえ。日本で言えば着物にあたるサラファンを着ていた時代には、プラトークは防寒の防止の役割もしていました。
 今は女性たちにファッションの必須アイテムで、上手に着こなしています。
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 ウラジオストクにもプラトーク作りの名人がおり、上質なウールを使って手書きの絵付けをしています。
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 ウラジオストクの事務所が作ったプラトークのカタログパンフレットです。こうした商品のパンフレット作りや販売もウラジオストク事務所のビジネスの一つです。
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 モデルさんを使った写真撮影はプロカメラマンと組んで夏から秋にかけて行いました。実はこの冊子のモデルさんの中には女性会員もアルバイトで参加していますし、スタイリストもデザイナーの女性会員が協力しています。
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 上から下まで全てプラトークです。インドのサリーは一枚の長い布ですが、その着付け片を参考にしたようです。
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 会おうプラトークの歌は兵役に赴く男性へ、愛しい女性からいつも身に纏っていた青いプラトークを贈られ、遠く離れた地から青のプラトークを握り締めて恋人を偲ぶ歌です。
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マッチ売りの少女

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 「マッチ売りの少女「といえばデンマークの作家アンデルセンですが、この物語を元にドストエフスキーの「性根とクリスマスツリー」の台本をミックスして、舞台が冬のモスクワになった「ロシア版マッチ売りの少女」のオペラが、年明けに日本にやってきます。
 1月14日には前橋で公演があります。
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 今月9日のの国際交流協会のクリスマスパーティーで、ロシアを代表して流暢な日本語で挨拶してくれた、来日13年、サンクトペテルブルグ出身の奥さんがこのオペラの興行に関わっており、今日の上毛新聞に前橋でロシアのオペラを紹介する交流会で解説している姿が出ていました。

 先週のパーティーでもこのオペラのことを紹介していましたが、アンデルセンのことを「アヌセン」と発音していました。デンマークでも同様の発音をしますね。アンデルセンはデンマークに多い姓で、英語名ならアンダーソンです。
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 彼女が皆から尊敬されるのも当然のことで、ロシアを理解してもらおうと地道に活動している人です。

 10年ほど遡れば、日本人と結婚するロシア女性はサンクトペテルブルグの女性が多かったのですが、「多分1割も残っていないでしょう」と言うくらい、お互いの生活の思い違いのつけまわしが大きかったものです。
 ロシア人はロシア的な感覚で日本は豊かだと思っていましたし、日本人は日本的な感覚で結婚すればそれに従うと思い込んでいましたし、つまりはお互いがお互いを理解しきれていなかったし、周囲にたよりになるロシア人もおらず、ボタンの掛け違いを修正するすべも見つかりませんでした。

 こうした時代に「いのちの電話」ではありませんが、日本で暮らす旧ソビエト圏の人たちのために電話相談を引き受けたり、ロシアを理解して親しんでもらおうとイベントを催したり、頭の下がる努力をしてきた人です。

 どこの地域にもこうした活動をしている各国の人たちが存在するものですが、そうした人に出会えることも大きな明暗かもしれません。自分たちだけでうまく家庭を作っているカップルなどなく、皆誰かしらに支えられて形を成しているものです。

 「できる」「できない」。男性はどうしても「現時点」もしくは「過去の実績」で人を判断してしまいがちですが、重要になることは「できるようになる」将来のことです。

 尊敬できる女性ですが、やっぱり、このように育んだ夫が立派なんだともいます。
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変人達の予感

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 「When Harry met Sally」邦題「恋人達の予感」。図書館でビデオを借りてきて週末に見ました。
 以前映画館で見たときには「セックスがあるから男と女は友達ではいられない」と言うテーマばかりが気になっていましたし、何のために結婚するのだろう?なんて疑問に思いながら見ていました。

 今回、あらためてみると映画のドラマの間に年配の夫婦達が出てきて、自分たちが出会った馴れ初めなどを話すシーンに注目しました。
 人それぞれ、様々な出会いがあって、それぞれに人生を共にしていくものです。が、ここで語っているカップルは、いわゆる結婚適齢期と呼ばれる年代を過ぎてから結ばれた人たちで、何回も結婚して失敗してきた人や、お互い近くにいたことに気がつかないまま長い年月を経て出合った人たちなど、一風変わっているカップル達でした。
 考えてみればこの映画の主役二人も、最初の出会いから十年近くを経て結婚に至ったカップルと言う設定です。

 クライマックスのプロポーズの言葉が粋です。
 ”I love that you are the last person I wanna talk to before I go to sleep at night. And it's not because I'm lonely and it's not because it's New Year's Eve. ”
 「1日の最後におしゃべりをしたいのは君だ!寂しいとか、大晦日は関係ない!残る一生を誰かと過ごしたいと思ったら、早く始めるほうがいいだろう?」

 男女の中がSEXの延長線上であった若い頃から、もっとメンタルな面に向けて必要を感じることができるようになった年代の台詞です。
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 で、ウラジオストクの男性スタッフと、電話で「SEXが男女の友情の邪魔になるか?」と言うことについて話し合いました。
 「そういうことは、下品で乱れたアメリカ人の考え方です。僕は友情も愛も関係なくSEXできます!これは理論ではないんです。やりたい!と望む心です!」
 と、力説されても、そういう問題じゃないんだけど。さすがはプリミティブなロシア人。夫婦喧嘩の仲裁を頼んだら「今から二人でセックスして勝ったほうの意見が正しい!」と真剣にアドバイスするような男ですから、聞いた相手が悪かった。
 電話の後ろでは彼の力説を聞いて女性スタッフがキャーキャー騒いでいました。

 この男性スタッフは20代前半で二人の子供の父親だったので、もう子供達も手がかからず夫婦二人の人生。
 この週末は奥さんと演劇を見に行き、それからディスコへ行ってきたそうです。

 写団四季の冬の写真展の飾り付けに行ってきました。展示会が13日からなのですっかりその頭でいて、夕方、写真館から電話が来てあわてて作品を持ってすっ飛んでいきました。
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 被服デザインのグループが今日までギャラリーを使っていて、私が駆けつけたときはまだその片付けの最中でした。
 モノクロ写真は私だけでした。
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 今年も紅葉の色が良く出なかったので、紅葉を当て込んでいた人は当てが外れたようですが、私が紅葉を白黒で写した写真も出したので、「この手があったか!」と悔しがっていました。
 冬の展示会はテーマがありませんが、来年の夏の展示会のテーマは「花」。サクラの白黒写真を出してやろうかと策を練っています。
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ガルモニ

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 ロシアのバースデーソングの定番に♪Песенка крокодила Гены
(ワニのゲーナの歌)♪
と言う歌があります。
 ジェブラーシカというソビエトの人気アニメの挿入歌です。
 映像は ここをクリック


 サビの部分の歌詞の”残念だけど誕生日は一年に一度だけ”がバースデーソングに用いられた理由ですが、ちょっぴり寂しく哀愁を帯びた歌です。

Я играю на гармошке 私はアコーディオンを弾く
У прохожих на виду 通り過ぎる人たちの前で
К сожаленью, День рожденья 残念だけど 誕生日は 
Только раз в году 一年に一度だけ


 アコディオンをロシアではガルモニといいますが、もう一つガルモニと似た楽器にバヤーンというアコーディオンがあります。
 アコーディオン系の楽器を総称してガルモニといったり、鍵盤タイプのアコーディオンをガルモニと呼んだり、使い分けは明確ではありませんが、バヤーンは小型のボタン式のアコーディオンだけを言います。
 下の写真のアコーディオンはクロマチック式アコーディオンと呼ばれるボタン式のアコーディオンですが、このサイズになると「ガルモニ」です。


 映像の中でワニのゲーナが弾いていたのはガルモニというよりはバヤーンに近い楽器だと思いますが、音楽の演奏で使われている音はクロマチックしアコーディオンの音です。

 下の写真の楽器はバヤーンです。
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 ウラジオストクのグム(デパート)の楽器コーナーでバヤーンを見かけたことがあります。100ドル前後の値段だったと記憶していますが、ガルモニのモダンで染み込むような音と違い、素朴で冬のロシアを思わせるようなもの悲しい音がしました。

 今年も残すところ20日。こんな寒いときにやらなくてのよさそうなものですが、冬の交通安全運動が始まりました。31日まで期間中ですので、各地で取締りをやっています。師走のあわただしい気持を抑えて安全運転をしてください。もちろん、お酒を飲んだら絶対に運転しないこと!

 学校が終業式を迎える22日まで、私は毎朝通学路に立たなければなりません。
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 今朝など雪が舞っていましたが、多分この間にドカーンと一発大雪が降ることでしょう。
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外国製

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 昨日は私の住む町の国際交流境界のクリスマスパーティーがありましたが、今日は大阪方面で旧ソビエト圏の人たちのクリスマスパーティーがあったようです。
 JICと言う旅行会社が年二回交流会を主催してくれてて、その冬の集まりですが、ロシア以外にもウクライナなどの旧ソビエト圏の人たちもやってくる社交場。今年は岡山からウラジオストク出身の女性が来てくれたようで、ハズバンドは疲れて自動車の中で寝ていたそうです。
 こうした集まりで情報交換や、気分転換が持つ意義は多いもので、それぞれ過程は違うものの、他のカップルを参考にすることも重要です。
 こちらと同様、関西も大人たちが話をしている足元で子供達が飛び回っていたそうで、これこそが成功のあかしです。

 日露カップルなんて年間100組弱しか誕生しない少数派ですし、ロシア人は決して主張が強い民族ではないのであまり目立ちません。
 比較的日本に目が向いているウラジオストクとは言うものの、ロシア人と出会ってもあまりウラジオストク出身に出くわさないことも現実です。
 私の周囲などサンクトペテルブルグ出身者が圧倒的なので、ウラジオストクと言えば「遠い偏狭の地」と言うイメージが強いようです。昨日も「ウラジオストクからピーチェルに来る人はたくさんいるけれど、ピーチェルからウラジオストクに行く人はあまりいませんね。」と言われ、なるほどと納得してしまいました。ロシア人のほとんどはウラル山脈の西側に住んでいます。

 山岳会の先輩宅に行ってきました。ブラジル土産の砂糖をもらったと言うので、ヤマメの甘露煮を作ることにしました。
 日本で言うザラメの様な砂糖で、ザラメよりはやや細かい砂糖です。1リアルが55円程度ですから1kgで150円程度。昨日のパーティーでケーキのクリーム作るために買ったグラニュー糖が1kg205円でしたから少し安いかな?程度です。


 ブラジルは砂糖生産の一大拠点ですが、サトウキビからエタノールも作れるために。ガソリンが高騰しエタノールを混ぜたガソホールが注目を集めてエタノールの需要が高まり、砂糖まで値上がりしているのが現状です。

 冬の保存食として魚の甘露煮はありがたいものですが、味付けは?甘みは?などと試食しているうちに全てなくなりました。
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 ベトナムにいってきた人が土産に持ってきてくれたとすごいものを見せてもらいました。
 30000ドンですから、250円程度ですね。
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 子供のコブラがサソリを加えてアルコールに浸かっている、しかも朝鮮人参まで背負って。
 タンパク毒ですから胃で消化できるのはわかっていても、ちょっと二の足を踏んでしまいそうです。
 「滋養強壮にって言われても、さすがにこれを見せ付けられると喉を通らないよなぁ」と新聞紙に包まって冷蔵庫に眠っています。ここまでして元気になりたくない。
 誰かに飲ませてどうなるのか様子を見てみたいものですが、およそ候補者は想像がつきます。そのうち山岳会の連中が集まってワイワイやっているときに生贄の羊が飲まされることでしょう。
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クリスマス交流会

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 早くもクリスマスパーティー。町の国際交流のクリスマスパーティーです。昨年町村合併したためにまだ各団体が重複して統合がうまく行かずギクシャクしていることもあり、一大勢力のフィリピンとタイの人たちが不参加でした。アジア大会開催中ですしね。
 元々外国人に対する偏見が少ない土地ですが、「もっとお互いよよく理解しよう」と言う名の元での国際交流。大いに祖国について主張してもらいたいです。


 中国軍団は餃子を作りました。子供を夫に預け、すごい勢いで喋りながら、手際よく生地を延ばして皮を作っていました。「こういうときは本当に生き生きと楽しそうにしているので嬉しい。」と言うのはお子さんを抱いたお父さん。私の近所の家族で奥様は吉林省出身です。
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 中国人や韓国人の場合、こうした集まりでもなければ日本人と見分けがつきにくいので、あらためて「外国人だったのか!」と気がつく人もいます。
 中国各地の人たちなので、それぞれ出身地によって餃子の中身が微妙に異なるので、中の具を決めるのが大変だったそうです。
 本来は蒸し餃子が中国の本道ですが、蒸し器の問題もあり、それは断念。ロシア軍団がペリメニを持ち出してきたら水餃子ではダブってしまうから、焼き餃子にしたそうです。企画の段階から盛り上がっていて、「交流会大好き!」と楽しんでいる中国奥様。
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 企画制作分業制のロシア軍団は奥様監視のもと、夫に作業させてロシア風ケーキ作り。あやつら、こうやってシベリア抑留日本人をこき使ってきたに違いない。「あいつら、思いつくだけで全部人任せ!俺達は工作機器じゃねえんだ。」と言いつつ、それが日常なので手馴れています。
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 生地にはパイナップルをいれ、ホイップクリームで塗り固め、その辺にうろうろしていた中学生とっつかまえてイチゴの飾り付けをやらせました。
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 どうですか?ロシア妻の夫の見事な仕事。結婚するなら日本の男性ですね。
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 中国の奥様方が作った焼き餃子。「本当の餃子(蒸し餃子)を作りたかった」と言っていました。焼き餃子は歯ごたえを良くするために皮の厚さを薄くしなければならないので難しかったそうです。
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 こちらはチェコ風のおやき。と言うのか、コロッケと言うのか、ジャガイモとニンニクとひき肉などで作った揚げ物。おいしかったです。
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 料理のグループがヨーロッパのデザートやお菓子を作りました。
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 日本のクリスマスと言えばけんちん汁。こちらでは冠婚葬祭など人が集まるときには必ず出ます。これをうどんにかけて食べるのもこちらの習慣。今年は大根が豊作なので例年の2倍の大根が入ったけんちん汁です。
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 ちらし寿司には魚類が入っていません。山の中の風土料理のちらし寿司。おでんは私が作って持っていった関西風のおでん(母の実家の兵庫県では”関東だき”と言います)。
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 アメリカ人の英語教師。ノースカロライナの出身です。隣はコーラスの奥様。
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 国際カップルの二世たち。韓国、ロシア、中国。どちらにしてもやたら元気です。これで二ヶ国語を自在に操るバイリンガル。恐るべし!子供達。
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 各国を代表して、自分の国を語るスピーチ。
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 スピーチは日本語でと言うことで、紙に書いたローマ字日本語を懸命に読み上げていました。
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 まったく日本語もわからずサンクトペテルブルグから嫁いで来て13年。もう日本語は問題ありません、どころか、ずば抜けた日本語能力です。家庭でもしっかりした言葉を使っていることがわかります。
 日本では少し離れると「方言」で異なる言語になるけれど、ロシアは西のサンクトペテルブルグから、東のウラジオストクまで同じ言語を喋ると自慢していました。
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 いつも奥様コーラスでピアノを弾いている先生が流行の最先端でインフルエンザになってしまったために、今週、急に私がピアノ伴奏を引き受けました。
 国際ちびガキ共がピアノの下にもぐって騒がしい中、ゴスペルソングのコーラスです。
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 ホワイト・クリスマスは会心の出来だったと悦にいっているとお決まりの「アンコール!」。アンコールは「きよしこの夜」と決まっていたので、そのつもりでいたら。「いつもアンコールはこの曲。”オー・シャンゼリゼ!”」え?聞いてないよ!
 譜面もなく歌詞カードにコード進行が書かれていただけ。背中が汗でびっしょりになりました。ジャズ勉強しておいて良かった。となんとか無事におさめ、さらにその後のアンコールで「きよしこの夜」でやっと開放されました。
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 大役を終え、これで安心して飲み食いできるぞ!と、既にほとんど食べ物が残っていませんでした。
 最後はご夫婦によるドイツ風フォークダンス。
 このあと?当然みんな輪になってフォークダンスパーティーになってしまいました。
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習慣?

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 シモネタ話になりますが、USAの大リーグでは選手たちが下の毛(陰毛ですね)を剃っていて、それが常識になっているそうです。これにびっくりしたゴジラ松井選手と韓国の大リーガーの選手が「不衛生」と言われようが「下の毛を剃らないぞ」とアジア連合で共闘を組んでいるそうです。がんばれアジア!
 下の毛に限らずすね毛などの体毛まで剃っているそうです。

 「日本人はふんどしになるときに下の毛を剃らないと大変でしょう。」と言われても、一部のマニアの人たち以外ふんどしなど生涯身につけませんし、だいたい、日本人はそれほど体毛が濃くありません。
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 なぜ「衛生的に」と下の毛を剃るのか?これは多分性生活様式の問題だと思いますが、ロシアも同じような習慣があります。伸び始めるとちくちくして痛いんですけど。
 秘めたることなんでいきなり他人に「おたくは下の毛剃っていますか?」なんて聞けませんし、できるだけ興味を持たないことにしていますが、昨夜、ウラジオストクの友人(男性)と電話でそんな話になったとき、ウラジオストクの事務所の近くに下の毛専門のヘアーサロンまであると聞きました。
 一帯、どんな姿でヘアの手入れをしてもらっているのか?想像するのも恥ずかしい思いですが、寒くなるこれからの季節、毛があったほうが暖かいのでは? 
 
 日本でも電器店に行くと女性用のシェーバーが売られていますが、脇だろうか?下なのだろうか?考えてしまいそうです。

 習慣の違いと言えば、ロシアでは「後頭部が絶壁頭になるから」と、寝返りが打てるようになると、うつぶせに子供を寝かせる傾向があります。”窒息しないのか?”心配になりますが、「苦しければ子供が寝返りを打つ」そうです。


 子供も寝返りが打てるようになるとおとなしく一ヶ所で寝ていないもので、部屋の隅から隅まで寝返りしながら転がり歩いているものです。
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 紙のパンツの工作者?ハルビンの会員さんですが、年末の忘年会の予算にとヘソクリをカセットテープの中に仕込んで棚に閉まっておいたそうですが、もうすぐ3歳になる息子さんが発見してしまったそうです。
 「この秋の国慶節でハルビンに行った時に工作員の訓練を受けてきたに違いない。」隠しておいたもらい物やヘソクリを次々と発見するし、おやつのお菓子もあればみんな食べてしまうので、寝ている間にあちこちに隠しても次々と発見してしまうそうです。

 日露カップルの友人宅にも紙のパンツの工作員がいて、こちらはロシアの特務機関で訓練してきたのか、パパの隠し財産を次々と暴いている模様です。
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長身

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 女性会員のお母さんが来日。と言っても、結婚にはまったく関係なく、商品買い付けのビジネスで日本に来ました。
 このお母さん、かつては大学で法律を教えていた教授でしたが、ソビエト崩壊の混乱期に中国や韓国に行って消費を買ってきて販売する個人市場を始めてから人生一転、今は個人実業家です。
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 かつてななんでも物があれば売れたが、今は付加価値がなければダメ!と日本製品に目をつけているようです。

 こうしたロシア人の消費感覚は日本人と違うところで、高い安いよりも良いものか悪いものかが大きな規準。良いものであれば高くても買うし、安くても気に入らないものを買って紛らわすようなこともしない。日本のように消費者の購買意欲をそそるためのモデルチェンジを経験していないだけに、良いものを長くと言う概念は強く残っていると思います。余計なものは無いけれど、必要なものはそろっているロシアです。

 女性会員No1の長身女性が事務所に来ました。身長185cm。彼女の一番の悩みはその長身。
 ウラジオストク事務所のドアは2m10cmほどの高さがありますが、身長が高いところにさらにハイヒールを履いているので、ドアが日本の普通の大きさ野田に見えます。
 ロシア女性の平均的な身長は168−170cm、コーカソイドの中では大柄ではありません。身長に関しては中国北部のハルビンのほうが平均的に高いかもしれません。
 180cm前後の女性も少なくはありませんが、着る物は選べないし、男性にも敬遠されるとかで、身長のことを言われると一番つらいそうです。


 185cmの彼女が事務所に来たとき183cmの女性会員が来ていました。こちらはハイヒールではなく普通の高さのヒールを履いていました。ウラジオストクの女性スタッフ(身長160cm)と3人並んで写した写真など、女性スタッフが「捕獲されたイタズラ猿」のようでした。
 「私は子供の頃に”チビ”と馬鹿にされたので悔しくて勉強して見返しました。」とウラジオストクの女性スタッフはそれをばねにしたそうですが、大柄の人ほどのんびりしているものです。「朝起きると自分の身長が20cm縮んでいて、これで恋人ができる!」と悲しい夢を見るそうで、もう一人の長身も「私も同じ夢を見た」と、うなづいていたそうです。
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 せめてあと5cm身長が高ければ、私の人生は変わっていたかもしれないとナポレオンのようなことを女性スタッフが言いますが、160cmは日本なら平均的な女性の身長です。

 こちらは175cmプラスハイヒール。
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 日本では平均的な160cmの女性が立つとこんな感じです。それにしてもドアノブもずいぶん高い位置にあります。
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 日露カップルの場合半数以上は女性のほうが身長が高いと思いますが、目が慣れていることもありますが、意外と気にならないものです。

 以前シルベスター・スタローン(175cm)とブリジット・ニールセン(183cm)が結婚していた時、ハイヒールを履いたニールセンをエスコートするスタローンの姿をテレビで見ましたが、それほどその身長差が気になるものでもありませんでした。
 スタローンが来日した時、間近で見る機会がありましたが、”私より背が低いな”と感じましたが、肩から胸にかけての分厚さ大きさが随分大きな男思わせました。その代わり、腹回りの太さなら私のほうが勝っていました。
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帽子

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 先週床屋さんで髪の毛を短く切ってきてから、冬の寒さがひときわ強く感じられるようになって、ニットの帽子をかぶっています。
 例年、年末の混雑が始まる12月中頃に髪の毛を短く切っていますが、今年のように寒さで頭が痛くなるようなことはありませんでした。
 この夏、肺炎をこじらせて一ヶ月も声が出ない状態になりましたが、どうやらあの病気以降体質が変化してしまったのか?寒さが異様に厳しく感じられるようになってしまいました。肺の何パーセントかは機能していないのですから、酸素吸収率が悪くてもしかたありませんが、ちょっと心配です。

 真冬の雪かき作業でもなければ帽子などかぶることもありませんでしたし、外出する時でもなければ靴下もはかなかったのに、今は家の中でも靴下を履いています。
 2年前の今頃よりも体重が20kg近く落ちているので、寒さに弱くなるのはしかたないか?と思いつつも、何かおかしい?と気になっています。

 「やっと普通の人間に戻ったんだよ」と寒さに弱いロシア人に言われています。

 10年前にイルクーツクで買ってきたウシャンカという毛皮の帽子。男性物です。頭上のヒモをほどけば耳を隠すことができるので寒さ対策には格好の帽子です。
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 中はこんなになっていますが、今やロシアでも珍しくなったロシア製の帽子。と、言うのも、最近の毛皮製品は漢字が書かれているものが多くなりました。中国から入ってくるんですね。
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 私のウシャンカはあの当時で8000円程度しました。今は中国製でも1万円以上するのではないでしょうか?

 本当はソビエト軍のマークが入った軍の横流し物がほしかったのですが、日本人は頭が大きいのでサイズが合いません。
 「軍隊の紋章入りでなくて正解です。あんなものを買っていたらロシアの街中を歩けませんよ。」と言われ、それもそうだなと思いつつ、チャンスがあればと狙っています。

 女性用の帽子と言えば耳あての無いタイプが一般的で、銀河鉄道999のメーテルがかぶっている帽子が代表的です。最近は服装や髪型に合わせて帽子も使い分けるので、必ずしも毛皮でなくなっています。最近はニットの帽子のほうが増えているそうです。
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 アメリカのラップミュージシャンの影響なのか?日本では夏でもニットの帽子をかぶっている若者をよく目にしますが、頭が蒸れないのだろうか?

 冬のロシアで帽子は必需品。これがなければ頭が割れるように痛んで外に出られません。
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 ロシアを知りたいのなら冬に行くべし!一番美しいロシアの姿がそこにあります。


 地区の会議で議題は「石畳をどうするか?」。十数年前、アスファルト舗装してあった路地を、公共予算で石畳に張り替えたのですが、これが極めて評判が良くない。除雪はひっかかってできない、乳母車は通れない、車椅子はひっかかって走れない、最近では私が下駄を引っ掛けてスッテンコロリン。

 バブルの頃だったので、ヨーロッパの石畳を真似しようと、拘禁使って役場職員その他もろもろ引き連れてドイツあたりへ行ってきたそうですが、何を見てきたのか?こんなひどい石畳などありゃしません。
 石畳をやめようと言う話題が出ると「みんなの総意で作ったものだから」と反対する人たちがいましたが、15年も過ぎると世代交代してきます。強行に現状維持を唱えていた60代の男性が石畳でけつまづいて骨折と言う願っても無い事故が起きたので、今まで議題に上がらなかったことが取り上げられるようになりました。
 しばらくこの問題で地域が二分しそうです。
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 私はこの石畳を作る頃にはまだこちらに住んでいなかったので、余計なことを言いたくないから会議は欠席しました。
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ダンコン

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 冷え込んできましたが、こちらは今日1日氷点下でした。
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 10月末に日本に来たウラジオストクの女性スタッフが東京で目にした不思議な光景。毛皮のハーフコートを着てミニスカートをはいている女性を見たこと。
 ロシアでは家の中が温かいので自宅でミニスカートで過ごすことはあっても、外に出るときにはモモヒキはいてパンタロンです。

 毛皮にミニスカート。寒がりなのか暑がりなのか?

 話には聞いていましたが…。夕方、フィリピンから嫁さんが来ている地元の農家に所要で顔を出しました。
 冬は常夏の部屋になっていると言われる居間の温度は28度2台の石油ストーブがフル回転し、やかんから立ち上がる湯気で窓には結露がべったり、その水滴が下に落ちるので窓枠に下にはタオルが敷き詰められていました。

 ロシア人は寒さに強いと人様は思っていますが、ロシアの家屋の中は半袖で過ごせるほど暖かくなっています。フィリピン人並みに暖かい部屋が大好きです。

 常夏の部屋で額に汗を浮かべながら、主に農地問題についてのアンケートに書き込みしてもらっていました。その間、奥さんは夕方のニュースを見ていました。街中で発砲事件があってどこかのビルの窓に銃弾が打ち込まれた報道をしていました。
 「まったく日本人は何を考えているのかわからない!キチガイ!」と怒鳴っているので、フィリピンなんか発砲事件は年中じゃないか!と主が言うと。「フィリピンの男はビルにダンコンなんか打ち込まない!」
 … … …
 ”男根と弾痕を間違えているようですね。”……

 ”かわいい!”と思いつつも、民族を超えたイメージの共有化!
 ピストル片手に壁に男根突き刺している男のまぬけな姿を想像すると、おかしくていられたものではありません。彼女の言うことももっともです。
 主が説明すると自分のとんでもない間違いに気がついて、よほど恥ずかしかったのか温かくない別の部屋に逃げてしまいました。「毎日が吉本興業さ」

 ロシア人だって「決断力」を「ケツのダンリョク」なんて表現しますから、同じようなものですが、よく日本語を勉強しました!立派です!誉めるべきことです。

 利根川の水源地の一つ。こんな小さな流れが大河となります。
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 川の一番上流の山奥にある川古温泉の旅館の露天風呂。ぬるいお湯が沸いていて、冬はお湯から上がる時が寒くて大変です。
 この旅館の若旦那は私と幼稚園から大学まで同級生の腐れ縁ですが、小学6年生の時、学校帰りに4人と同級生達とここまで自転車で遊びに来たことがあります。帰りに仲間の自転車が壊れて、みんなで助け合って家に戻ってきましたが、日は暮れてくるし、遠くで牛が鳴く声が熊が吠えている様に聞こえたり、私達にとっては今でも語り草になる大冒険でした。家に戻ると子供達が帰ってこないと大騒ぎになっていましたが、あの小さな冒険の延長に「旅」があるようにも思えます。
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 川古温泉から山の上に上がると茂倉という集落があります。
 最近は植木用の高山植物の栽培が行われています。小学校まで8kmの道のりを山から下りてくる土地で、同級生はいませんでしたが一級上に3人いて、二人はこの土地に住んでいます。
 雪はわずかばかりしか積もっていませんが、寒い土地なので、多分これが根雪になると思います。
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 新潟県境の仙の倉山。関越自動車道の関越トンネルはこの山の真下を通っています。
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サンタクロース

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 英国でロシアの諜報部員だった男性がロシアスパイに毒殺されたと思われる事件で、「最近、世界の視線がロシアに対して厳しくなったように感じます。」とウラジオストクのスタッフは言っています。

 石油の原油高で一人勝ちに対するロシアへのやっかみもあると思うけれど、確かに、このところロシアに対する世界の視線が厳しくなっているようにも感じます。

 元旦から10日間ほどロシアは冬の休みに入ります。この間には海外旅行に行く人も多く、中国や、香港、ベトナム、タイ、インドネシアなどがウラジオストクの人たちがよくリゾートに行く外国です。国外へへ行く飛行機は全て満席になっているようです。 

 ロシアでは1月7日がクリスマスで、12月25日を「カトリックのクリスマス」と呼んでいます。
 ロシアの友人曰く「カトリックのクリスマスの日は、利己的なアメリカ人が一年で一日だけ優しい人になる日。」鋭い指摘をしているな!

 昨今はどちらのクリスマスも宴を開いてにぎやかに過ごすようですが、1月7日は「聖なる日」なので教会に行く人も多いです。
 イスラム教の人たちもクリスマス休みはしっかり休むそうで、「世界で唯一アル中のイスラム教徒が出る国」と言うおおらかさか、休みは休みとつまらないことにはこだわらないようです。

 12月のクリスマスは華やかにパーティーそして過ごし、1月7日のロシア正教クリスマスの日は家族と共に厳かに過ごす。使い分け。


 12月11日から年内一杯は冬の交通安全週間が始まるので、交通指導員は朝の通学路に立ったり、夜は居酒屋やスナックに「自動車を運転しないでね。」と触れ回ったり、”今年も忙しい年末が来た”と気が滅入ります。

 今年はとあるクリスマスパーティーでオバサンコーラスのピアノ弾きを引き受けたので目下練習中。コーラスと言ったって、どうせ歌が始まれば「調和」なんて無視して白目むき出して声を張り上げ、伴奏なんか聴いてはいないのですから、イントロの部分だけしか出番などありません。
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 10年くらい前に、地区の公民館で子供会のクリスマスパーティーをやったときに、私がサンタクロース役をやりました。
 サンタの衣装がフリーサイズと言う割りに小さくて、ズボンはピチピチ、上着はボタンがとまらずに腹を出したまま、雪の中を公民館にプレゼント持って行きましたが、幼稚園児や小学校低学年の子供は「本当にサンタが来た!」と唖然としていました。その子供達も中学生や高校生になっています。
 せっかく世のため人のために、雪の中を腹を出しながらサンタ役を引き受けたのに、親たちは「サンタクロースと言うより大黒様だ!」と、笑い転げていました。

 下仁田町(井森美幸の故郷)にある日本一大きな大黒様像。確か、大黒様は後に大国主命になったと記憶していますが、サンタクロースよりもこちらのほうがオリジナルでは?と思えもします。
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冬の夢

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 日曜なので、メールと一緒に街の写真などを送ってくれる会員さんが多く、これを個人紹介のページに掲載して、お相手の女性会員に見てもらっています。
 週明けになるとメールはもとより写真を楽しみに来る女性会員も多いです。 
 言葉や文で紹介してもなかなか理解してもらえない日本の生活の一部を画像を通すとわかりやすいものもあります。多い人ですと画像の数が200枚を超えている会員さんもいます。
 ありきたりの日常も海の向こうから見れば非日常、自分の新しい生活を想像するのにも大きな意味を持ちます。

 日本語には受身の言い回しが多いのですが、面白い傾向だなと感じることがあります。翻訳が必要な会員さんでも、交際が進んでいくうちに「受身」の言い方が「能動態」になってきたり、「主語」がはっきりするようになったりと変化してきます。頭の中で何を伝えたいのかが、交際をしているうちに整理できて明確にできるようになってくるのでしょうが、男性の人柄も堂々として自信が感じられるようになってくる思いがします。そうなると女性も安心して身をゆだねられるわけですから、お互いが良い影響をし合っていると言えるでしょう。

 最近、23歳で母親になってしまったロシアの歌姫アルスゥは生活の拠点を英国に置いています。
 芸能やスポーツ、あるいは事業で成功するとロシア国外に生活や活動の拠点を移してしまうと言うのは、ある意味ロシア人にとって歯がゆいことかもしれません。アルスゥは元々子供の頃から英国で育ってきたようです。
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 2000年にウラジオストクに行った時にアルスゥのコンサートビデオを買ってきましたが、その最後に大ヒット曲зимний сон(冬の夢)のプロモーションビデオが入っていました。ここをクリック
 映像の内容が、母親が新しい恋人(夫)を連れてきて、最初はそっけなく接している年頃の娘ですが、やがて娘もその男性を好きになり心を痛める夢を見ていた、孤独な少女。そんな映像で、離婚・再婚が多いロシア社会を象徴しているのかな?と思いながら眺めたものです。
 雪景色がきれいな映像です。

 今日、久ぶりに会った同級生。今年高校を卒業する娘さんがいますが、わずか一週間しかなかった昭和64年生まれ。貴重な存在です。
 アンケートハガキやネットで生年月日を記載する時に、マークシートやラジオ牡丹に昭和63年と平成元年はあっても、昭和64年が無いものが稀にあるそうで、「珍しいけれど不便」だとか。
 それよりも、平成生まれが高校を卒業する時代になったのか!とそちらも感慨深い思いがしました。

 我が家の界隈も昨夜は雪が舞っていました。積もるかな?タイヤを交換しなくてはと気にしていましたが、山脈の新潟側では雪が積もったようですが、積もるほどの雪はこちら側には届きませんでした。
 むらの中にある1700級の小出俣山は雪が積もりました。27年前にこの山にキノコとりに行った時にクマとばったり会って、ひっぱたかれ、右腕の肘から手首にかけて大きな引っかき傷を作られてしまいました。
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 小出俣山の奥には新潟県との県境の山脈が連なりますが、こちらは真っ白です。
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 反対側に赤城山は雪の気配もありません。
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 水辺のよどみに流れてきた枯葉が集まっているところ。
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染める

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 「日本人はロシア女性を髪の毛の色と長さで判別している。」よくロシア人に言われてます。”そんなことはない!”と言いたいのですが、あまり自信がありません。
 ウラジオストクから帰ってくるパートナーを迎えに空港へ行き、髪の色を染め替えてきたものですから、目の前に車で気がつかなかった経験があります。

 同じ街に住むサンクトペテルブルグ出身の奥さんと会いました。先月は濃い紫でしたが、今回は黄色っぽいブロンドにしていたので一瞬わからず、傍らにいる子供を見て気がつきました。
 元々はシルバーブロンドの女性ですが、人様の目線が気になることや、子供に「白髪のようだ」と言われて黒に染めてみたり、紫にしてみたり、試行錯誤しながら楽しんでいるようですが、新しい髪が生えてくると根元の部分がそれこそ白髪のように見えてしまうので、今回は「黄色っぽいブロンド」にしてみたそうです。
 
 私も先日ゴマ塩頭を白髪染めしてきたので髪の色のことについてとやかく言えません。

 先日HPでロシア民謡のコーラスグループ”Воронежские девчата”(ボロネジの乙女たち)を紹介しましたが、ボロネジについての話題になりました。
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 ボロネジはモスクワに近いロシア西部の都市ですが、軍事基地でもあったためにウラジオストク同様いくつも検問を通過しないとは入れない特別な地域だったそうです。
 今も規制がある地域らしいのですが、外国人留学生などがボロネジの大学に留学しているそうです。ところが、この1−2年ネオナチの若者が外国人留学生を襲撃する事件が相次いでいて、殺害された留学生もいるそうです。
 「ウラジオストクならロシアから離れているからこうした危険はないでしょう。」と言われ”ロシアから離れている”がグサリときました。
 そういえば、東京の人たちが「関東」という時、群馬や栃木は含まれていなくて腹立たしい思いをした頃があります。

 この冬休みも子供達とサンクトペテルブルグに行くようですが、ロシアの硬いパンが恋しいそうです。子供達は「ご飯がいい」と嫌がっているようですが。
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 フィリピンでは台風21号が直撃して泥流が流れ出し、ルソン島では多数の犠牲者が出た模様です。

 こんな時期に台風?と思いもしますが、1990年の11月30日に台風28号が紀伊半島に上陸したことがありました。
 その台風の翌日の12月1日、谷川岳の衝立岩の登攀に行ったのですが、例年ならアイゼンをつけて冬山装備で登らなければならないのに、温かくて雪もなく、夏山並の装備で登れたために、記録的に早い登攀ができてしまいました。
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 このときのザイルパートナーはアイガー北壁登攀の経験を持つクライマーでしたが、30日後の大晦日に交通に巻き込まれて亡くなってしまいました。

 まだソビエトが鉄のカーテンで覆われていた1983年、アラ・プガチョバが歌う「百万本のバラ」の映像です。♪ここをクリック♪。
 歌詞は以前HPで紹介しました。こちらをクリック
 
 ブレジネフが死んだのが1982年。ゴルバチョフ登場前の老害指導者在庫整理期間の時代ですね。
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縁の力

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 今朝、二人目のお子さんが生まれたと、会員さんからメールが届きました。昨日は奥さんが永住権を得る資格ができたので、申請することにしたと会員さんが連絡をくれました。
 瀋陽に支店を出した日中カップルの会員さんもいれば、モスクワに企業進出する日露カップルもおり、内助の功が発揮されるところですが、えらい時代になったものだと感動しています。
 2000年の春にハルビンとの国際結婚を始めて5年半少々、いろいろありましたが、私でも少しは世の中の役に立っているのでしょうか?こうした報告を受けるたびに思います。

 まだまだ白眼視する人もいますが、目立たぬ人たちのご尽力で、国際結婚に対する認識も随分変化してきたと思います。
 何より大切なことは娑婆に惑わされぬよう、自分自身をしっかり持つことですが、皆さんしっかり腹をすえて取り組んでいただいています。

 結婚は1+1の足し算ではなく、2×3や5×6のようにお互いの持てる力の掛け算だよといってくれた先輩がいます。しばしば私達は過去の実績と現在もてる力しか目が行きませんが、未来という未知の力がたしかに存在しています。それを引き出すのが伴侶の力なんでしょうか?

 地元にこんなクラフトを作っているカップルがいます。
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 家族に結婚を反対された反動で、いまだにいわゆる法律上の夫婦ではありませんが、彼らにとっては大きな問題ではありません(国際カップルにはビザの関係上大きな問題ですが)。夫がオブジェを作り、妻がそれに花を生ける。夫が作った作品に妻が音楽を添える。
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 お互いが刺激しあって新しい才能が開花するもので、どちらかが一方的でも、欠けても成り立たないのはこうした作品に限ったことではないと思います。
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 人と人との関わりとは不思議なものだと思います。どこで「感じて」どこで「決断」するかでしょうが、何気ないところにも人生を左右するきっかけが転がっているものです。

 先週、たまたまNHKの「ためしてがってん」を見ていて、この日の特集は大腸ガン。
 自覚症状がないので発見される時には進行してしまっていることが多々あるガンだそうですが、内視鏡で簡単に発見して、簡単に除去もできるようです。

 近所の50代の人もその番組を見ていて、最近叔父さんがガンで亡くなっていることから気になったそうです。翌日、診療所にインフルエンザの予防接種に行った時に大腸がん検査のことを話したら、「検査を受けておくにこしたことはない」とすぐに内視鏡検査ができる病院に予約を入れてくれて、週明け、検査に行ったらガンが見つかりその場で切除しておしまい。

 お尻からカメラを入れられて、医者が患者と一緒にモニター見ながら「あ、これガンだね。良かったね見つかったよ。今切除するからね。」とその場で切除して、その一部始終を自分のお尻につっこまれているケーブルを通じて見られたそうです。
 春ごろもう一度検査をするようですが、おできの治療よりも簡単なガンの治療だったそうです。
 「ガンを宣告されたらどうしようと思っていたけど、あまりにもあっけなくでそちらのほうが驚いた!」

 たまたま見ていたテレビ番組がきっかけに思い立ったことで、人生の明暗を分けたかもしれません。
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