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菜の花フェスタ

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 朝、温泉センターのマッサージ室で中国整体を営んでいる中国人の奥さんに会いました。連休は里帰りしないの?ときいたら「かき入れ時なので朝から夜8時まで働きます。」
 地元のご婦人方に「彼女の漢方マッサージは良くきく」と評判ですが、休日は遠くから来るお客さんもいるそうです。「特別な勉強をしたわけではありません、来てくれたお客さんに元気になって欲しいという心を持つだけのことです。なるほど、痛いところを指摘されたな。さすがツボを心得ている!
 
 で、私の村で生まれ育った典型的な日本人ハズバンドは「一週間ハルビンに行っています。」”お子さん達も連れて?”「パパは一人で行きました。パパは中国大好きなんですよ。だから、パパが中国にいけて私も嬉しい。子供は、この連休塾で勉強します。」
 奥さんもお子さんも連れず奥さんの実家に単身行く心臓の強さというのか、神経の図太さ。向こうに友達がたくさんできたと言っていましたが、さすがに向こうで気に入られるこの明るさ、真似ができません。

 連休にもかかわらず母親が働くことこそ子供にとっての教育なのだそうで、「私が一生懸命働く姿を見て、子供達が正しい行き方を選べると思います。私の生き方が子供達にとって一番の教科書です。でも、仕事も楽しいんですよ。」
 かあさんが夜なべをして手袋編む姿を心に焼き付けて育ってきた日本人。中国から逆輸入された思いもしますが、頭が下がります。

 エコロジーなんてことを特に考えて生活している田舎の人たちではありません。「おらんずが汚したら川下の人たちが難儀すべぇ」とそれだけの気持で汚さないようにしているだけで、きれいにしていれば自分たちも心地よく生活できるからです。

 猿ヶ京で菜の花フェスタがありました。休耕田に菜の花を植えて、菜種油を取り、これを温泉地の旅館に使ってもらったり、将来的にはバイオ燃料を作ってバスに利用してもらうなど計画は広大です。
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 こちらでは連休近くなって菜の花が咲くので、菜の花が硬く花そのもは食用にむきませんが、菜種油を作るのならそれは大きな影響を持ちません。


 旅館から出た残飯は堆肥センターで家畜の糞と混ぜられ、堆肥になるわけで、この堆肥を畑に利用して菜種を育てる。
 小さなエコロジーですが大きな一歩です。
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 机上の空論で捕らえるエコロジーは、ともすればエコを通り越して自己満足や自己主張のエゴになりがちですが、生活の足元と密着していると現実と理想の境界線が見えます。

 このプロジェクトも40代から20代の若手が中心になっていますが、できるか?できないか?の結果ばかり追い求める年配者と違って「できることをためしてみよう」と柔軟に捕らえられるのは将来の長さの違いなんでしょうか?
 
 昨年取れた菜種油で山菜のテンプラを振舞っていました。
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 こちらは家庭でできる食用油の再利用。石鹸の作り方コーナーです。本当は旅館の浴場に使いたいのですが、テンプラ油の再生石鹸など使っていたとなれば理解を示さない客も多いことでしょう。これからです。
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 田んぼの堰で昔遊んだ「舟競争」紙で船を作ってやったこともありましたが、ピンポン球など水に浮くもので遊んだものです。
 水に浮かべてヨーイドンで下流のゴールにどちらが先に到着するかを比べる単純な遊びです。
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 テレビゲームなど頭で楽しむ遊びに染まっていない小さい子供にはこの単純さが受け入れられていました。
 黄色の勝ち!
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 一応お祭りなので勝った人に賞品が出ます。
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 会場ではハーモニカ名人のコンサートが行われていました。
 早春の生暖かさにハーモニカの音色ってよく似合うんですよね。
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 畑を借りて農作物を作っているトルコ人のおじさん。
 「冬は厳しいけど、住んでいる人たちが面白いので住みやすい。」そうです。
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柳波祭り

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 ♪うみはひろいなおおきいな♪「うみ」、♪山は白銀朝日を浴びて♪「スキー」、♪おうまのおやこは なかよしこよし♪「おうま」。
 林柳波(はやし りゅうは)という詩人が作った歌詞です。

 林柳波は沼田市出身の詩人で、4月29日には「柳波フェスティバル」という子供のためのイベントが開かれています。

 林柳波は昭和49年に亡くなりましたが、正直なところ地元では良い風評はあまりききませんでした。沼田で生まれたというだけで、小学校(現在で言うなら中学校)卒業後東京に出てしまっていますし、林きむ子との恋愛、結婚、晩年他所に子供作って離婚などの人生の波乱もありました。

 私の中学時代の国語の先生がこういう下半身にだらしない作家が大嫌いで、島崎当村も北原白秋も色恋沙汰を起こしているので「生き方がきれいではない」。太宰治の谷川温泉での心中未遂などリアルタイムで見てきた世代なので、「甘ったれている。」
 そんなわけで林柳波についても「群馬県人であって欲しくない」なんて言っていました。
 
 林柳波と結婚した林きむ子は今で言うならモデル兼実業家なんでしょうが、日向輝武という代議士の妻でした。夫が疑獄事件に巻き込まれて投獄され獄中死。1年もたたぬうちに林柳波との再婚は当時とすれば大スキャンダルだったようです。
 ちなみに日向輝武は群馬県藤岡市出身。林きむ子のお母さんは群馬県松井田出身。

 まあ先生には申し訳ないとしても、なんだっていいじゃないの。お祭りなんだし。
 というわけで沼田に出かけてきました。

 昨夜、同級生から「娘がさぁ、ユネスコなんたら合唱団とかに入って、明日のヤナギバ祭りで歌うっつうんさぁ。見に来てやってくんねいかい。」と電話がありました。
 ”ヤナギバ”じゃなくて”りゅうは”だろう”!。同じ先生に教わっていたのに、気兼ねどころか気にもしていない。

 年取ってからできた子供だからかわいいのでしょうね。「娘が歌いますんで」と、赤飯のおむすび配っていました。で、どれが彼の娘なのかわからないままに出番が終わり「お前の娘が一番いい表情で歌っていた。たいしたもんだ!」と誉めることへの後ろめたさ。
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 コンサート会場では中学のブラスバンドや、地元の愛好家によるクラシックの演奏などが催されていました。
 林柳波に関連したものばかりではなく、キャバレリア・ルスティカーニやサンサースの「白鳥」をチェロで演奏したおじさんもいました。
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 熊よけ鈴や熊よけホイッスルの効果は良くわかりますが、熊撃退スプレーはどうなんだろう?スプレーを取り出す前に一撃を食らってしまう気がしますが。
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 子供の教育は早いほうが良い?巨人の星の星一徹ではありませんが、物心つく前からしっかり農耕教育して後継者を育成?
 アメリカのジョンディアーのトラクターですね。ヤンマーと技術提携しているので、小型のものはヤンマー製です。
 この界隈では野菜農家には評判の良いジョンディアですが、酪農家には「あれは平坦地向けのトラクター」と人気がありません。
 以前、ヒューストンのNASAに行った時に施設の芝の手入れでジョンディアのトラクターが活躍していましたが、中身はヤンマーの20馬力物でした。
 排ガスを出さない新世代トラクター?
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 ゴルフ場のカートを利用した子供列車が出ていました。”面白いアイデア”と、乗りたかったのですが、「オトナはダメです!」
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ロストロポービッチ

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 午後、雷雨になりました。このところ雨が良く降るので、「入梅したんじゃないのか?」と、突然の雷に畑から非難してきました。

 日本同様、ウラジオストクもこのところ冷え込んでいるようで、「朝、氷点下になる日もあります。」
 暖冬だったからこれから冷え込むのだろうか?


 ロシアの著名なチェロ奏者がムスチスラフ・ロストロポービッチ死去しました。
 ロストロポービッチは今で言うところのアゼルバイジャン出身の音楽家。
 「イワン・デニーソヴィチの一日」など長命な反体制ノーベル文学賞作家のソルジェーニツィンの窮状を見かねて自分の別荘を提供し、反体制的だと74年にソビエトから追放された人物でした。 
 一般人ならそのまま収容所送りだったのでしょうが、その頃は既に世界的に著名な音楽家になっていたのでソビエト政府もてを出せず、国外追放になったのでしょう。
 ソビエト崩壊後、ロシアに戻ってきました。
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 音楽家のロストロポービッチはロシア市民にも広く知られて、親しまれていますが、作家ソルジェーニツィンは年配の人たちにとって「反体制」の認識があるのか、「恐い」というイメージがあるようです。
 ソルジェーニツィンがチェチェン人ということもありますが、ソビエトの暗部を描いた小説家なので、「隠れて読まなければならない作家」という意識があるようです。現在ロシアではソルジェーニツィン賞と呼ばれる文学賞も設立されているのに。

 多民族国家のロシアですが、文学や芸術の分野では少数民族の活躍が目立ちます。これらが出自に関係なく個人の能力次第で名を高められることもありますが、日本でも国際カップルの親たちがこうした分野の教育に力を入れる気持もわかります。
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トンネル

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 「私は3人の子供を生みました。そして、私は日本に貢献したと誇りを持っています。」
 既に日本に帰化していますが、中国出身の奥さんの言葉です。
 最初の子供が生まれたときは「ただ単に嬉しかっただけ」。
 2人目で男の子が生まれたとき、「これで夫の家族のためになった」と思ったそうです。
 3人目が生まれたとき、「私は日本の国家に貢献できた。」と日本国籍を取る決心をしたそうです。
 この春の統一地方選挙で初めて「投票」に行ってきて、「日本人になれたんだ。」と感慨深かったそうです。

 「国家」という概念と正面きって向かい合えない日本人と感覚が異なる部分ですが、彼女の子育て方針は「日本の国家のためになることを優先しなさい、次に家族や友達のためになることを優先しなさい、自分のためになることは最後でよい。それが尊敬される人間のマナーだ。」
 いきなり「国家」で、私達には照れくさいというべきか、口に出しにくい言葉ですが、外国の人たちと接する中で、向かい合わねばならないことは多々あります。
 外国で生活する者や外国人との間に生まれた人たちには心に刃を乗せて忍ぶことも多いので、それが自分を磨くか傷つけるか気持の向け方一つだと思います。


 昼間、隣町を通りがかったら、私の村のボーリング業者が試掘作業をしていたので、”こんなところで温泉でも出るのだろうか?”と立ち寄ってみました。
 戦時中、中国の労働者に掘らせたトンネルがあちこちにあるそうで、役所でもその場所を全て把握できていないそうです。そのため、トンネルが掘られていたと思われる場所を試掘して探しているのだそうです。
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 軍事工場に使う予定だったものや、利根川の水を取り込んで発電所に送り込むためのトンネルなど、あちこちにあるので、私も一頃探してみた事がありました。
 大きなトンネルは漬物工場になって現在も使われていますが、秘密裏に作られたものなので、入口が崩れてふさがったものや、トンネル内での枝葉の道など、どこにどう広がっているのかわかりません。幸いなことに地面が陥没したなどの事故は今のところ起きていませんが、トンネルが発見されたらそこにコンクリートを流し込んで埋めるのだそうです。
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旅に立つ

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 いざ、天の日は我がために
 金の車をきしらせよ、
 颶風(ぐふう)の羽は東より

 いざ、こころよく我を追へ。
 黄泉の底まで、泣きながら、
 頼む男を尋ねたる、

 その昔にもやや劣る。
 昌子や物に狂うらん、
 燃ゆる我が火を抱きながら、
 天がけにゆく、西へ行く、
 巴里の君へ逢ひに行く。

 与謝野昌子の詩で「旅に立つ」です。
 2004年に極東大学にこの歌碑が作られたそうです。

 源氏物語の口語訳を手がけて捻出したお金で、夫の与謝野寛をパリに送り出し、その後を追って晶子自信がパリに向かった時、最初に立ち寄ったのがウラジオストク。
 与謝野晶子はウラジオストクからシベリア鉄道に乗ってパリへ向かいました。
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 与謝野晶子は私の村にもゆかりがある歌人で、個人的にも興味を持っていますが、ウラジオストクに立ち寄ったことは知りませんでした。
 極東大学の歌碑にはロシア語訳の詩も刻まれています。
 「彼女は大阪の人でしょう。大阪の言葉、よくわからないから、ロシア語の文を読んで感動しました。」
 関西弁ではなく、奥ゆかしい日本語なんですが……

 今日来日した女性会員を空港まで送り届けた女性スタッフは、市内へ戻る途中でこの詩を思い出したそうです。
 
 西に向かった与謝野晶子と東に向かった女性会員。どちらも心に秘めた熱いものは変わらないと思います。
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葬儀の日

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 ロシアで大きなイベントがあると、なぜか電話やインターネットに不具合が出るようで、たぶん内外からのメディアが回線を大量に使うからでしょう。
 ようやく携帯電話がつながったウラジオストクの事務所では「インターネットの調子が悪い。」さらに追い討ちをかけるように「停電です!」。
 「みんなエリツィンが悪いんです!死んでも国民に迷惑かけてる。」
 25日は国民でエリツィンの死を追悼する日になったようですが、「休日ではないし、私は酔っ払いが大嫌いです!」
 プーチンのシンパの男性スタッフは「エリツィンの葬儀の日なので」と休みを取って、「海に魚釣りに行きました!」
 そりゃぁ腹も立つでしょう。頭に来るでしょう。

 明日来日する女性会員がいますが、「空港へは私が送っていきます。男性の仕事は当てになりません。みんなエリツィンが悪いんです!女性が命がけで働いているのに、なんで男達は遊んでいるの?本当にロシアの男達にはあきれました。」
 相当頭にきていたようで、とばっちりがこちらにまで回ってきました。

 夜、件の男性スタッフに電話すると「ボクは海で静かにエリツィンのために祈りを捧げました。とても気高いことだと思います。ボクの友達はエリツィンの好きだったお酒を飲んで瞑想していました。」
 瞑想ではなく酔いつぶれていただけだろう!とも言えますが、なるほどものは言いようで、したたかな男達。

 エリツィンを追悼する若者?



 「やって見せて、言って聞かせて、やらせて見て、ほめてやらねば、人は動かず。」 山本五十六の名言です。

 近隣町村のとある役員の会議に行ってきました。近隣の村の偉そうに演説することが大好きな60代の威張りたがる人がこの言葉を持ちだして能書きをたれていました。が、「ほめてやらねば」を「叱ってやらねば」と言ってしまい、間違えたのか?自分で勝手に解釈していたのか?人間なんて使い捨てを地で行く当人の性格にもマッチしていて、結果的に失笑を買っていました。
 言うことが精神論ばかりで、具体的な話が全然出てこない。単なる自己満足?「こんな者が顔役なら住みにくいだろうな」と思ってしまいました。

 合併すると「威張れなくなる」と合併しなかった村ですが、なるほど、こんなレベルの手合いががんばっていたのかと不憫に思えました。
 
 この2−3年で思い切り世代交代してしまった私の村では議員はじめ地域の役も40代50代が中心。60歳以上は「新しい時代は若い連中が作ればいい!俺達は公の場から引退」とあまり出てきません。
 町村合併もあって「例年の通り」が通用しなくなったこともありますが、一から作り直すことが多くなったので、10年20年先にこの世にいる人が作るべきだ!と、いきなり「後は任せた」と放り出され、相応の困惑もありますが、これはこれで楽しいものです。
 地元では若い部類ではありませんが、他の町村との会合に出ると「若造」の部類なので、このギャップも面白いものです。
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しつけ

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 日本に輸出する雑貨のパンフレットの写真撮影に、日曜からウスリースク方面に出かけているウラジオストク事務所のスタッフ。日帰りの予定が火曜の夜の時点でまだ帰ってきていません。
 黒澤明監督がソビエトに招聘されて「デルス・ウザーラ」という映画を撮影したロケ地などにも行っているようです。
 現地に行ってみたら新しいイメージがわいてきたようで、それはそれでいいことなんですが、日本語の説明文やキャッチコピーを頼まれているので、こちらも気が気ではありません。

 夜、ウラジオストクの友人宅に電話を入れました。エリツィン死去のニュースについて聞いてみたものの、「もう過去の人で何の影響力も無い。モスクワとウラジオストクは別の国!」と興味も無い模様でした。
 「それより、日本では防弾チョッキは売れていますか?」
 1588年に豊臣秀吉が刀狩令を出して依頼、統制されているはずの日本ですが、銃撃時間が相次ぎました。さらにアメリカの大学で32人が亡くなる事件がおきたばかり。防弾チョッキといわれて笑ってもいられません。

 日本では小中学生を対象に全国一斉の学力テストがあったようです。学力低下が問題視されていますが、”その前に家庭でのしつけだろう?”と思うことは多々あります。その基礎ができていないと学力も生かされない気がします。
 最近、外国人ママさんの子供のしつけの厳しさが潔く見えることもあります。「外国人の子供と馬鹿にされないよう、尊敬される子供に育てたい。」少数派の厳しさを肌で感じていることもあるのでしょうが、上手に誉めながら叱るサジ加減が巧みです。
 日本人の場合、特に男性は、頭ごなしに叱り付けてしまうので、理解できぬまま反感を与えてしまいがちですが、照れもあって誉め方が上手ではないようです。

 戦後、進駐軍が乗り込んできた時代、米兵との間に生まれた人たちが「混血」といじめられ、ひねくれた時代があったのも現実ですが、こうした暗さはもう無いと感じています。
 個性への敬意を持てるか持てないかだと思いますが、個性と我侭を取り違えている人が少なくないのも「しつけ」の問題なんだろうか?

 夕方、交通指導員の会議に行ってきました。小学校新入生の通学の報告や、来月は春の交通安全運動があるので、街頭指導の当番を決めるなど毎年のことですが、闊達に論議が交わされたのが新年度の歓送迎会。町村合併してから町全体での交通指導員が顔を合わせる歓送迎会もなかったので、急遽日程と場所が決まりました。
 とは言え、今年は一人顔ぶれが変わっただけで、表向きは新しく赴任してきた交番のおまわりさんとの顔合わせのパーティー。
 「交番の都合はどうなるの?」と問われて、「大切なのは口実なんだから、こっちにあわせてもらえばよかんべぇ。」
 しつけのなっとらんおじさんたちの集まりでした。
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エリツィン死去

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 ソ連を崩壊に導いたボリス・エリツィン元大統領が亡くなったようです。元々、エリツィン元大統領在任中から心臓に持病を持っていて、在任中に死ぬのでは?なんて話題になったこともあります。

 社会主義革命以来の激動の時代を乗り越えたすごい政治家ではないのか?と思うのですが、「ただ単に混乱を導いただけ。」とロシアの友人たちは冷ややかです。

 確かに、あの時代はひどかったけど、この大統領は面白いキャラクターを持った人物でした。
 ソビエトの議員時代には川の中から這い上がってきて「暗殺未遂」?と噂が立ち、後年の手記で実は酔っ払って川に落ちたことが判明したり、ゴルバチョフ時代の節酒時代には故郷エカテリンブルグで密造ウォッカ作りに精を出していて、パンの耳でろ過したウォッカがおいしいということを発見したり、ロシア大統領としての活躍もご存知のとおりです。

 私達の目には秩序崩壊したロシアの姿が印象的ですが、「苦しくても後戻りはできない」と「自由」を模索していた時代だとも思えます。

 今もロシアの税制はメチャクチャなんですが、エリツィン時代はもっとすごいもので、まともに納税すれば売り上げよりも税金の額が多くなるといわれていました。

 ピョートル大帝は「髭きり」で有名ですが、これも実は税金対策で、都市部では髭を伸ばした人から税金を取りました。財政が苦しくなると思いついたことに税金をかけるので、他にもスイカに税金をかけるなどの暴挙をやらかしたものの、「自分の名前を書けない女性は結婚する資格が無い」と女性に教育を受ける機会を作り、今日のロシア女性の高学歴化の基盤をつくています。

 いいこともあれば悪いこともある。ある一面からは良いことでも、反対側から見れば悪しきこと、物事裏表があるもので、エリツィン時代の混乱がなければ、今日の繁栄もなかったのでは? 
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牡丹杏

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 サンクトペテルブルグから来日して15年になる大御所カップルのお嬢さんは今年から中学生になりました。
 お父さんに似なくて良かったねと美貌に恵まれましたが、年頃なので女の子達からは「ガイジン」と呼ばれ、男の子達からは色目で見られナーバスになっているようです。
 小学校ではこうした思いをすることもなかったようですが、”知恵”の悪しき一面とでも言うのでしょうか?娑婆に目覚めてくると「異なること」への差別意識のようなものが湧き上がってくるのでしょうか?案外「嫉妬」の裏返しだと思うのですが。

 我が家の界隈、田舎なれども幸いなことに「他所から来てもらえれば人助け」の過疎の土地。「ガイジン」などと贅沢を言っていられません。


 庭の牡丹杏の花が満開です。この白さは独自の白さで、この鮮やかで潔い白さがとても気に入っています。
 実は虫食いになるために消毒しなければなりませんが、そんな面倒なこともやりたくないので、もはや花を楽しむための樹木として枝も伸び放題になっています。
 牡丹杏の花が咲き始めると、梨の白い花や香りの良い林檎の花が咲き始めます。
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 父が18日にぎっくり腰になり寝込んでいましたが、ようやく起きて歩けるようになりました。
 ぎっくり腰の要因は1歳半の孫で、チョコマカ走り回るのに付き合わされて動けなくなったようです。その小悪魔は昼間になると爺ちゃんの看病に父の寝室に行って遊んでいます。”病人に子守させてるのか?”と弟に言うと、「爺ちゃんは怒らないから親よりもいいんだろう。」
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町田

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 東京の町田市での立てこもり事件を知ったのは地元の出先で、「町田で暴力団が鉄砲持って立てこもり下事件があったな。」と言われ、すぐに思い浮かんだのは町田は町田でも沼田市の町田でした。同級生はじめ知った顔が何人も住んでいます。
 ”町田の誰の家で起きた事件?”と問う私の言う町田は沼田市の町田町。「誰の家ったってそこまでは気にしていなかったなぁ。」とこたえるおじさんの言う町田は東京の町田市。

 心はカメラ持って沼田へすっ飛んでいこう!でしたが、その前にテレビを見たら”東京ね。東京にも町田があったっけ。”
 日に日に地元土着のおじさんになっていく自分を感じました。

 また週明けにウラジオストクの事務所で話題になりそうな事件だなと嫌な思いがしましたが、使われた銃がロシア製だとかで、またロシアに対する風当たりが強くなるぞと、こちらも気がかりです。

 沼田市に移築された旧子爵の土岐家。ヨーロッパの別荘をモデルに作られたものだそうです。
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 土岐子爵は沼田のお城の殿様だった人の末裔です。
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 明治にヨーロッパ文化が入ってきたときの建物ですが、短期間にうまく咀嚼して日本の文化に合わせた設計を確立させたものだと、100年前の建築家の感性にも感心します。
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 ステンドグラスごしの明かりは心地よいものです。ガラス工場のイベントでステンドグラス作りに挑戦したことがあります。一人一箇所ずつ枠の形に下絵がつけられた色つきのガラスを切り抜いて収めるものでした。
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 この窓越しの光景がたまらなく素敵でした。こんな窓辺でコーヒー飲みながらシューベルトでも聴けたら素敵だろうなと思いもしますが、あわただしいばかりの毎日です。
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カップ麺

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 ゴールデンウィークも間近になってきました。最近は中国も5月1日のメーデーから金週間と言う休暇期間に入るため、旅行シーズンになっているようです。
 ウラジオストクにやってくる外国人旅行者は中国人が圧倒的に多く、ホテルやレストランも中国人観光客ばかり目に付きます。当然、これらの業種に従事している人たちはこの期間は書き入れ時なので休暇など取れません。

 日本語通訳の友人は団体観光客のお供でバイカル湖まで行ってくるそうです。
 彼が独自に考えているのが自前の観光ガイドブック。観光客が行くと地の観光名所を日本語で解説したガイドブックを作ってお客に持たせること。万一はぐれてしまった時や、緊急時の自分の携帯電話への電話の仕方なども織り込んでいます。
 A4用紙を4区画に分けてA6サイズの冊子にするため、ページの編集に苦労しましたが、ようやくその作業も終わり、後はコピーして冊子に仕立てるだけになりました。


 地元の消防団にカップ麺をたくさん寄付してくれた商店があります。「たくさん貰ったのでおすそ分けする。」というので消防小屋へ行ってきました。


 「娑婆をなめているとしか思えない。」と言うのが、賞味期限2007年4月28日。在庫処分だったんですね。
 ”まだ一週間あるじゃない!”と言えば「やっぱ太る人は発想が前向きだな。」と言われてしまいました。
 しばらくはカップうどんを食べて生きられそうです。
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 ソビエト崩壊の混乱期に日本からロシアへ支援物資としてカップヌードルが送られたはずですが、私の友人関係でそのカップヌードルを食べたと言う人は一人もいません。
 生活の苦しい人たちのところに行ったのだろうか?と言うと、「裕福な人たちが自分たちで食べていたんでしょう。」
 
 カップヌードルと言えば、近所のフィリピン奥さんの実家で大人気が日清のシーフードヌードルで、里帰りのたびに箱で持って行くそうです。マニラの空港の手荷物にシーフードヌードルの箱がいくつも出てくるそうですから、フィリピン人の味覚に合うのでしょうね。

 はるか昔に廃校になった分教所の桜。校舎はしばらく地域の公民館のようにして使われていたそうですが、現在はそれも解体されてありません。
 太い桜はこの分教所ができたときに植えられた桜だそうです。幹の細い桜は廃校になるときに記念に植えた桜だとかで、それでも20年以上経っているのだろうなと感じさせます。
 記念樹も物言わぬ語り部で面白いものです。
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人間

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 「花束なんて縁がなかったから大失敗でした。」と会員さんから電話をいただきました。富山空港に交際相手を迎えに行った会員さんですが、駅近くのスーパーで花束を買って、タクシーで富山空港へ。
 ところが、花束探しに時間がかかって、あと数分で空港というところで飛行機が到着する時間。「出てくるまで何分かかるだろうか?」と冷や冷やして、空港に到着するなりロビーにすっ飛んで行ったものの、タクシーに花束を置き忘れてしまいました。
 程なく女性会員も無事ホームに出てきて「花束!」とタクシーの中に忘れてきたことに気がつきましたが後の祭り。仕方ないやと外に出ると、「お客さん!忘れ物!」とこちらに向かって花束を持って走ってくるタクシーの運転手さんの姿が。
 「年配の方でしたが、花束を持って走ってくる姿がかっこいいんです。」知らない人にはこの運転手さんが恋人を迎えに来たように見えたでしょうと、すっかり主役を奪われた思いがしたそうです。

 結局、その親切な運転手さんのタクシーで駅までまた戻ったそうですが、「生涯忘れられない出来事かもしれません。」

 「日本でこんな事件が起きるとは思わなかった」と、ウラジオストクの女性スタッフは長崎の元市長銃殺事件に衝撃を受けたそうです。
 実はこの手の事件はロシアでよく起きている事件で、かく言うウラジオストクでも市長候補者が暗殺される事件が起きています。

 強者による弾圧はテロを生み出すことになりますが、強いものに虐げられる者と、自分の思い込みや身勝手が通らないことでへそを曲げるものは大きく異なります。
 この犯人は市役所に言いがかりつけてそれが通らないからと強行に及ぶ後者の方で、「暴力団組員」という分かちやすいカテゴリーに属していたとは言え、こうした強行に及ばないまでも、最近、ごねれば身勝手が通ると振舞う人が少なくないなと感じています。

 些細なことかもしれませんが、昨日、ファミレスで夕食を食べていた時のことです。ドリンクバーの飲み物がセルフサービスなので、これはファミレスでは珍しいことではありませんが、隣の席で威張っている人がいました。
 ウェイトレスを呼びつけて「何で客に持ってこさせるのだ?」と大声で怒鳴りつけていました。「俺はこれだぞ!」と障害者手帳を出し、がみがみ威張っていました。
 普通に歩いて入ってきて、どこが悪いのかわかりませんが、障害者なら障害者で先に「こういう事情で自分でとりにいけない」といえばウェイトレスでも周囲の席の客でも快くドリンクバーに行ってくれると思うのですが、自分の欲求不満のはけ口に言いがかりをつけているように思えて不快になりました。この客と一緒に来た同行者もいましたが、どう見ても普通の人で、申し訳なさそうな顔をして視線をはずしていました。

 「人」と「人」の関わりがあって「人間」なんですから、「人」であることと「人間」であることは大きく違うなと感じました。

 ウラジオストクの交通事故の現場。日本車ばかりです。
 この独特の車体の汚れ方、春のウラジオストクの特徴で、道路の水溜りに大陸からの砂塵がたっぷり混ざっていたり、道路の上にうっすら砂埃の層ができていて、自動車が走ると砂埃を巻き上げるので、およそきれいな自動車などありません。

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入管

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 USAのバージニア工科大学で32人射殺された銃乱射事件の犯人は韓国人留学生でした。
 見てくれが似ている日本人が偏見を持って見られなければ良いのですが。
 鉄砲を野放しにしている法制度の付回しと言いたいところですが、厳しく規制されている日本では長崎市で市長が銃撃される事件が起きました。
 「それでも日本はまだ安全な国です。」といってくれるのは外国人。


 高崎の入国管理局に行ってきました。
 以前は市街地のはずれの一戸建ての建物に入管がありましたが、商店街の通りに面した生保や銀行の入っているビルに移転して、アーケードに隠れて外から目に付く看板も無いのでビル探しが大変です。
 最近はビルの近くにコイン駐車場が増えたので、駐車場探しは難しくなくなったのはありがたいことですが、商店街の中心地が寂れている現われなのかもしれません。
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 いつ来ても混雑して、人があふれかえっている待合室なのですが、今日は予想を裏切って換算としていました。
 「午前中はたくさん来ていましたよ。でも、今日は雨降りですから出かける人が少ないのかもしれませんね。」と受付の職員さんが言ってました。
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 それでも、赤ちゃんが愚図って泣く泣き声が響いていたり、小さい子供が走り回っていたり、”これもご時世かな?”と眺めていましたが、ロビーのど真ん中に授乳室までできていました。
 中国人らしいお母さんが授乳室で赤ちゃんにお乳を飲ませているうちに順番が来て、整理券の番号を呼ばれたら「いまおっぱい飲ませてる。終わったら行く!まってて!」と、”なんかものすごく生活感にあふれている官庁になってしまったな”とおかしいやら、嬉しいやら。
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ヒヤリ!

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 天皇は東京に住んでいて、ミカドは京都に住んでいると斬新な思い違いをしていた日本在住の某ロシア人は、NHKの大河ドラマ「風林火山」の山本勘助が「仙台の王さまになった人。」と斬新な歴史解釈をしています。
 伊達政宗も山本勘助も片方の目を失っていたので、トレードマークにもなっている眼帯で思い違いをしたのでしょうが、よく勉強したねとまずは誉めました。

 重要文化財になっている薬屋の旧商家の見学に行った時「ニンジャどこにいますか?」他の見学客にもはっきり聞き取れるきれいな日本語で聞かれ、背中に冷たい水が流れる思いをしたこともあります。
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 考えてみれば忍者は薬売りに扮して各地の情報収集をしていたのですから昔の薬屋だったこの商家と無縁とはといえないでしょうが、その前に長野県の真田の博物館に連れて行ったこともあって、古い建物イコール忍者のイメージがあったのでしょう。

 茶の湯で和服の女性を見て「お姫様ですか?」と言ってくれたのは紙一重の幸いで、「ゲイシャですか?」ではどうなっていたことやら?
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花見祭り

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 午後、沼田城址公園のさくら祭りに行ってきました。
 提灯でライトアップする夜桜が花見の名所なのですが、休日の昼間は家族連れが多く来ていました。


 いつもは草野球の野球場に使われているグランドは半分が駐車場、半分はバンド演奏や、和太鼓などのイベント会場になっていました。
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 並ぶことが大嫌いなせっかちな人が多い土地柄なのに長打の列ができていました。何事か?と思ったら苗木の無料配布でした。
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 緑化運動の一環で市役所が苗木を配布して植えてもらおうという企画らしいのですが、ツツジやライラックなどもありました。ライラックは虫が食うのでもっと寒い土地のほうが良い思いもしますが、リラの花が咲く街も北国らしくて情緒があります。
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 家族連れの花見はシートを広げるのではなくバーベキューセットのテーブルといすの組み合わせが増えてきました。
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 私が東京に出ている間に復元された城跡の鐘。ここから眺める崖下の景色が好きでしたが、樹木がだんだん育ってきてしまい枝で見えなくなってしまいました。
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 イベント会場ではチャリティーのフリーマーケットが行われていました。きれいなお嬢さん!でも婦人物の靴販売でしかも年配のご婦人用。近づく口実が無い!しっかり防衛していますな。
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 和太鼓の保存会。地元の子供達のクラブです。伝統的な和太鼓と洋楽器のフュージョンなんかもありました。
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 夜になると酔っ払いが集う桜の下も、昼間は家族連れや昼寝をする人などで穏やかです。
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 イベントには必ず出現する名物焼き饅頭。風が強かったのでグランドの土ぼこりが舞い上がっていましたが、それでも食べたくなります。
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 焼き饅頭の甘いみそをパンのアンコにしたこの地域の名物みそパン。
 なぜ、フランスみそパンなのか?まじまじと考えると、ロシアパンと並ぶ不思議なパンです。「フランス・ミックス・みそバター」って当たり前のように買って食べていたけど、あらためて考えると「フランス」は要らないのでは?
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藁人形

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 「○○神社で丑の刻参りがあったらしいぞ。」物騒な話を耳にしました。呪いの藁人形に五寸釘です。いつのものかはわかりませんが、春祭りの準備で役員が神社に行ったら杉の木に打ち込まれていたそうです。

 ロシアでも藁人形の風習があり、気に入らない人の名を書いた藁人形を木に打ちつけるのだそうです。
 他には悪いことが続くと藁人形を作って悪運を藁人形に託して燃やす風習があったり、春を告げる2月のマレニッツアの日に藁人形を作って冬を閉じ込めて燃やす風習があります。マレニッツアは別名「バター祭り」とも言われ、ブリヌイというロシア風クレープを焼いて食べる日のほうが一般的です。
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 1999年の秋のことですが、私も藁人形を作ったことがあります。私の住む地区の組内で4ヶ月に5件も葬式を出したことがありました。80代90代のお年寄りでしたので、寿命といえばそれまでですが、田舎なので葬儀は組の人たちが集まって役割を決めて行わなければなりません。
 おかげさまで私も葬式の飾り付けの細工から葬儀委員長まで一通りこなせるようになりましたが、ありがたいことでもありません。
 3件目の葬儀の翌日、別の家でお悔やみ発生で4件目。「こりゃぁ、藁人形作って棺桶におさめて持っていってもらおう。」と、地区の年配者が言うので”そういう風習があるんだね”と感心していたら、「お前が一番若くてあの世から遠いんだから、お前が作れ」とご使命を受けてしまい、藁人形つくりや、中に入れる梵語の札作り、心構えなど教わりながら作って、そのおばあさんの棺に入れて持っていってもらいました。年末にとどめの5件目があったけど、貴重な体験をさせてもらいました。

 人を呪わば穴二つ。邪心の災禍は自分に返って来るものです。

 縄文遺跡から発見される土偶には、病などを土の人形に封じ込める呪術に用いたという説がありますが、ロシア極東の先住民族の遺跡からも日本の土偶に似た土人形が出てきます。
 藁人形はたいてい土の中で腐ってしまうので遺跡から発見されることが無いのでしょうが、土が藁に変わっただけでこうしたシャーマニズムが今も引き継がれているのかもしれません。

 中国の三国志演義にも藁人形が出てきます。諸葛孔明が赤壁の戦いに向けて魏軍とやりあったとき、藁人形を大量に作って敵から見える兵士の数を増やしたように見かけ、魏軍が弓矢で矢を撃ちこんでくるものの、藁人形ですから当っても死にません。しかも、一度撃ったら使い捨ての鉄砲の弾と違って、矢は再利用可能です。
 蜀はこの藁人形作戦で魏から大量の矢をかすめとることにも成功します。

 ちなみに三国志の魏の国の魏志倭人伝に歴史上初めて日本のことが出てきます。
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現実?

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 「日本では北朝鮮の鉱物資源をどう考えていますか?」と、ウラジオストクの友人に問われました。
 日本では拉致問題と核爆弾問題以外注目されませんし、北朝鮮の産物といってもマツタケとアサリくらいしか思い浮かびません。あとは本場の冷麺ですね。
 意外にも鉄鉱石やモリブテンやタグステンなどのレアメタルの地下資源をを持っている北朝鮮。本音はこの利権を巡って米中露は北朝鮮問題に力を入れているのだろうか?核施設の監査と口実つけて鉱山の調査をするのが目的?
 「最近、北朝鮮にコネクションを持とうとするドイツ人がウラジオストクにやって来ます。」
 さすが、鉱物資源に敏感に反応する国です。

 自動車を運転していたら、私の前を自動車運搬用のキャリートレーラーが走っていました。
 ふと、アクション物のハリウッド映画に出てくるワンシーンを思い起こしました。自動車が高速で走行しながらトラックの荷台に乗り込むシーン。
 ”え〜と、現在45kmで走行中の私の自動車と、ほぼ同じ速度で走行する前のトレーラの間に速度の差は無いけれど、ここでもし私がトレーラーの荷台に乗り上げたら、トレーラーの荷台は速度ゼロで、一気に私の速度がのしかかるわけだから、ジャンプ台になってしまう。制動距離の範囲内でなければ二代に収まることは不可能なわけで、と、いうことは映画のシーンはトレーラーの荷台の範囲内で収まる制動速度で走行しながら映すわけだから、現実には10km少々が限界では?”
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 沼田方面では桜が満開の季節になりました。花見シーズン到来ですが、こちらは基本的に人口が少ない土地なので花見の場所取りに四苦八苦という話は聞いたことがありません。
 新入社員が前夜から泊り込みで花見の場所取りをするなんて話を聞くと、戦争の陣取り合戦みたいだと思えてしまいます。
 どうせ一杯入れば花なんかどうでも良いのに花見の場所をとる」行為そのものが面白いのかもしれません。
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危ないですね!

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 「思い入れ」と「思い込み」はまったく別物で、「思い入れ」の無いところに道は開けないが、「思い込み」はその道を閉ざしてしまうほどの違いがあります。
 「相手の立場から見られるか?」「自分の思いだけを押し付けるか」この違いが「信頼」と「軽蔑」の分かれ道になります。

 ロシアにもストーカーがいるようで、ウラジオストク事務所にアルバイトに来ていた女性に付きまとう薄気味悪い男がいるようで、どこに出かけるにも彼女のお父さんがガードマンとして一緒に同行しているそうです。

 このお父さんは男性スタッフと森に鹿狩りに行く仲間だそうで、「彼はライフルを持っています。目が良くないけれど、時々鹿を打ちます。」
 鹿に当らない時は何に当たっているのか?そこが気になりますが、恐いお父さんが背後にいるのがロシアの娘。
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 「今、ボクの友達がこの男のことを調べています。たぶん彼は軍隊に行くことになるでしょう。」
 さすが、将校!ストーカー法案などなくても対処法はある?

 現行の日本の法律では、離婚後300日までに生まれた子供は前の夫の子供になってしまうのだそうで、DNA鑑定なんてなかった時代の概念の法律のままです。
 性のモラル低下でデキチャッタ結婚ならぬデキチャッタ離婚もままならぬご時世。見直すべきではないかと傍観しています。

 多くの男性の場合奔放な女性に「任しに!」を告げられれば「本当に俺の子供?」と言う背景に「できれば自分の子どもであって欲しくない」という思いがあるでしょうが、遺産相続など絡んでくると話は別?

 USAの謎の死を遂げた資産家の元プレイメイトの子供を巡って「俺が父親」とたくさんの男性が名乗りを上げた騒ぎ、DNA鑑定で父親が判明しましたが、宝くじに当ったような喜び方をしている映像が流れました。
 この元プレイメイトの女性も高齢の資産家と結婚して、しっかりその遺産を受け継いでしまうような女性でしたが、下半身のだらしなさを死後さらけ出して惨めなものです。

 恥も外聞も無いというのか?銭の恐ろしさというのか?人間の醜い部分をさらけ出すような浅ましい出来事でしたが、一般公募があれば”自分も応募したかった”とお考えの方も多いことでしょう。私を含めて。

 遺産の行方よりも、肝心の相続者の子供の将来は?そこが気になりますが、今度はこの子供が謎の死を遂げるのでしょうか?それとも後見人の父親?不幸の手紙のような人間関係。

 容姿を売り物にする女性とそれに群がる男性。この事件を見るとゴージャスに見えるけれど、意外と低俗な世界だな!と思えてなりません。
 病んでいますね。危ないですね。
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巨大魚

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 ロシアから自動車の部品買い付けに来た社長の案内をしました。まだ20代後半か30代前半の若い社長で、私はてっきりモスクワの人だとばかり思っていましたが、いろいろ話していくうちにウラジオストクの人だとわかりました。

 向こうはなぜ私がロシア語を喋れるのか?どうしてウラジオストクのことに詳しいのか興味津々でした。”それはトップシークレットです”とお茶を濁していました。

 夕方、高崎から新幹線で名古屋に向かうということで送っていきましたが、途中、道路脇の桜が満開の通りを見て感激していました。午後から雨が降り、濡れた桜がさらに美しさを増していました。
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 高崎駅まで送って行く車中でJapan Car.ruの社長だとわかりました。
 日本の中古車探ししている人たちにとってはバイブルのようなホームページで、ここで目安をつけて日本に買いにくる人も少なくありません。
 実は昨日もウラジオストクの友人から「岡山県はどこですか?」と電話が来て、その場所を説明するのに苦慮していました。さらに追い討ちをかけるように、「岡山県から小樽の港は近いですか?」距離感が違うので数字で言ってもわからないだろうから、”そうね、オムスクで買った自動車をムルマンスクの港にもって行くようなものかな?”「それは無理だ!富山は近いですか?」”そうだね、イルクーツクで買った自動車をナホトカの港に持っていくくらいかな?”「それなら難しくないと思います。」
 やっぱりね、やっぱり距離感が日本人のスケールを超えている。

 近所に住む同級生が50cmもあるイトウを釣り上げたというので見に行ってきましたが、沢に放流しようと育てていた池の中にいた小さいヤマメやイワナを一夜でみんな食ってしまったそうで「でかくなるわけだ。」とあきれていました。
 大きくなると2m近くになる魚だそうで、昔話に出てくる川の主がこのイトウだという話はよく聞きます。
 巨大イトウに育ててみたら?と聞けば、「こいつのえさのために休日のたびにえさの魚を釣りに行かなきゃならねぇぞ!その前に近いうちに食ってやる!」お気に入りのヤマメを食われて腹立っている模様でした。
 ロシアではイトウの数が激減していると聞いたことがあります。
 イトウかヤマメか良くわかりませんがウラジオストク郊外の川の巨大魚?
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お城の自動車?

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 昭和村と言う村にCANONの工場があり、ここにロシア人の研修生が来ていたことがありました。CANONがロシアに工場を作るための技術者の研修をしていたようです。
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 私はウラジオストクから来た女性の研修生にあったことがありますが、最近、ウラジオストク事務所のスタッフが、ここで研修した男性の技術者に会ったそうです。
 向こうでエンジニアとして活躍しているのか?と思ったら、「ロシアに戻ってすぐ軍隊に入隊させられました。今は兵役を終えて、ウラジオストクの港で働いています。」
 日本から来た荷物の荷受に行った時、港湾労働者として働くこの成年にあったのだそうです。
 「ロシアの男性は軍隊がある限り落ち着いた仕事を得ることが難しいです。」
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 このスタッフが港で見かけたのは他にもあり、日本から来た貨物船に「お城を積んだ自動車がありました。」何のことだろう?江戸時代のお殿様が参勤交代に使った自動車か?とわからなかったのですが、「日本では死んだ人を運ぶ自動車です。」”ああ!そうね!霊柩車ね!”
 ロシアで霊柩車として活躍するのだろうか?「それはわかりません。死んだ人に豪華なお城の自動車は必要ないでしょう。ロシア人は発想が豊かですから違う使い方をするかもしれません。」
 日本の救急車がタクシーに使われていた国ですから、霊柩車がどんな使い方をされるのかそちらのほうが楽しみです。
 一見ゴージャスな自動車なので、来賓をお出迎えするには都合よさそうですが、こんなクルマで空港にお出迎えに来られたら…勘弁してくださいよ!
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 「ボクは初めてお城の自動車を見たとき、日本のお金持ちの趣味の自動車だと思いました。中は豪華なリビングルームになっているのだと思いました。」
 中には箱が一つ入るだけのスペースしかありませんよ。
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入学シーズン

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 私の地元の小学校では入学式が行われました。
 「世界的に9月入学が一般的なのに、どうして日本だけ4月なの?」とよく外国人に聞かれますが、確かに不思議です。


 今年ウラジオストクから日本に留学してきた学生を紹介されていますが、彼は昨年の夏卒業してから、日本語学校で日本語の猛特訓をして3月末に来日しました。

 「日本女性の先生について勉強しましたが、彼女は工業について知識がなかったので、その分野の日本語についてとても苦労して調べてくれました。」
 
 日本の場合、小中学生は年齢で何年生か察しがつきますが、ロシアの場合一律ではないのであまりこの概念にとらわれるとわからなくなります。
 6歳で小学校に入学した友人は同じクラスに9歳の同級生がいたそうです。これも当たり前と思っていれば気になることでもないみたいです。

 思い起こしてみれば、私が2回目の大学入学した時は25歳でした。同級生となる学生の多くは5−6歳年下でしたが、「何年浪人していたんですか?」と聞かれて返事に困ったものです。
 日本も近年でこそ、年齢の高い人が大学で勉強する機会が増えたものの、こうした教育機関が一本のルートしかなかったように思われていた時代が長かったので、30代40代の人が大学に入って勉強していると聞くと違和感を感じる人も多いと思います。
 日本地図を作った伊能忠敬は50代になって測量の勉強を始めています。


 「忙しい」とは「心」を「亡くす」と書くので、あわただしくても「心」にゆとりがあれば「忙しい」と言うことにはならない。とばかりに、気合を入れて夕焼けを眺めました。
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大和

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 テレビで「男達の大和」を放送していたので見入ってしまいました。製作にあたって中国が苦情を言ってきたり、製作を非難する声が日本国内からあった映画でしたが、最近は映画館に行くことも無いので、そのうちテレビで放送されるだろうと思っていました。
 この映画の製作に批判的だったテレビ朝日で放送したのですから、「どっちなんでしょうね?」。

 映画の中で「我々は進歩を軽く見ていた。精神論で進歩に立ち向かおうと過ちを犯した。」と言う言葉が出てきましたが、巨大戦艦が効力を発揮したのは日露戦争の時代までで、その成功体験が戦闘機を軽んじたり、時代に合わない巨大戦艦建造へ精力を傾けたりしていたのでしょう。

 今は海の底に眠っている戦艦大和ですが、地球が放射能に汚染された時に引き上げられ、リニューアルされて、イスカンダル星に行くことになります。

 陸軍と比べて合理的で開放的だったといわれる日本海軍ですが、上官による部下に対するいじめなど、現代で言うところのパワーハラスメントはありました。

 兵役のあるロシアでも表面に出ないものの軍隊内でのいじめは問題化しているようで、戦争でなくなった兵士よりも、いじめられて殺されたり自殺した兵士の数のほうが多いというのですからとんでもない話です。
 数年前、ウラジオストクの友人の住むアパートのご近所でも兵役に行った息子が訓練中の爆発事故で亡くなった事件がありました。「手榴弾で自殺したと言うのが現実らしいよ。」と陰で言われていました。

 「弱い人をいじめるものほど、いざとなると真っ先に逃げ出し、信用できない人間が多い」と将校のロシア人の友人は言いますが、確かにそれは正論かもしれません。
 学生時代のスポーツでも先輩風吹かせて威張るやつほど「ここぞ」と言う局面で弱かったり、肝心なところで腰がぬけてしまうレベルの人間が多かった気がします。

 村のご老人で南方で米軍の爆撃を受け、砲弾の爆風で吹き飛ばされた傷痍軍人がいますが、爆撃をくらって意識が薄れる間に脳裏によぎったのは母親でも妻でも子供でもなく「煮込みうどん」だったそうです。ダシの匂いまで脳裏をよぎったそうです。
 野戦病院で同じように入院している戦友が「母親の顔がよぎった」とか「子供の顔が思い浮かんで死ねないと思った。」と涙ながらに語る中、「うどんの鍋が思い浮かんだ」とは言えず「自分は妻の顔が・・」とごまかしつつも、「なんて情けない人間なんだ」と恥ずかしかったそうです。


 熊野神社の縁日に行ってきました。地元の人たちによって神楽が復活しましたが、今年は選挙の投票日と重なってしまったために、役場勤めの舞手が投票所の係員で引っ張られてしまったために、舞手が足らず大忙しだったそうです。
 復興に尽力した若い衆に役場勤めが多いことや、地区の区長も投票所の立会人で1日引っ張られていました。
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 人手不足だったので舞台の片づけを手伝いました。
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 例年のように参拝者にお赤飯に甘酒やけんちん汁を配ってましたが、観光客には大評判でした。
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変革

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 90年代のロシアに行った時、市場で荷物運びをする子供や、役で列車の中に新聞を売りにくる子供達を見て、「国家が死ぬとこうなるのか?」としみじみ思ったものです。
 この年代の子供達が今のロシアの牽引力となる20代の若手になっているわけですが、「変革」とは大きなエネルギーを必要とするものです。



 夕方、地区の評議員の予算編成会議があり喧々諤々の論議に参加して来ました。
 町村合併により各種補助金が減らされたことから、昨年から区の三役はしがらみの少ない戦後生まれにチェンジし、容赦会釈なく無駄な予算を削り、勤労奉仕でできることは住民たちが出てきて自分たちで作業するなど方向性を変え、今年は各家庭への区費の負担を減らす方向になりました。
 つまり、前年の数字を参考にではなく、何が必要なのかと新しく算出しなおす大作業になりました。
 結果、今年は暫定的に各家庭1年当たり1500円の区費が軽減できることになりましたが、我が家を例にすれば年間9000円だった区費が7500円。

 この予算案を区の総会にかけて認証されれば実施されることになりますが、予算の最大消費団体の敬老会からの反発が予想されるので、各家庭、できるだけ若い人たちに総会に出てきてくれと呼びかけることになりました。

 この3年ほど、地区レベルで革命に近い改革をやっていますが、会議が終わるとぐったりするほどですから、一行政や一国のレベルではどれほど大変な作業かと「行政改革」をたやすく口にもできなくなりました。
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スタンド

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 キリスト教のイースターのシーズン。アメリカなどは企業が休日になっている模様です。
 ロシアではロシア正教のイベントは旧暦なのでパースハは月末です。

 
 男性と女性のものの考え方の違いなんだろうか?どうしても男性は過程よりも結果に目が行きがちだと思います。その結果といっても過程の中の経過地点に過ぎないものですが、そこに至る道のりに視線がそれてしまうのが男性の悲しいところかもしれません。

 社会的な視野という意味では、男性のほうが女性より広いかもしれませんが、「人間」的な視野では女性の物の見方は深いと感じる事は良くあります。

 夫婦喧嘩など男女の諍いにはもちろん自分の「我」が大きく絡んではいるものの、「常識」の規準となる視点が異なっている事も大きいでしょう。

 夜、夫婦喧嘩の渦中にある同級生から電話があり、30分ほど愚痴を聞きました。しばらくしてから、彼の奥さんからも電話があり、また30分ほど愚痴を聞きました。
 実はどちらも同級生同士の夫婦で、今年の同級生の集まりの幹事を任せていますが、喧嘩のきっかけはそのことで、ついでに日ごろの家庭の鬱憤が一気に出た模様です。それにしても、夫婦で同じ行動をとるですからおかしなものです。
 彼らの目には私が「気楽」に見えるようです。

 会員さんの夫婦喧嘩の相談が来ることもありますが、どちらも「良い家庭」を作ろうとしている意識は同じで、その方法や視点が異なるだけの、ボタンの掛け違いがけっこう多いものです。
 ぶつかりながらより信頼関係が深くなるものです。

 これなんだかわかる?
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 地元の若手に写真を見せて質問してみました。
 昔のガソリンスタンドに置かれていたタンク。ポンプになっているハンドルを手でぐるぐる回して、ガラスでできた上の秤に燃料を上げ、5ℓ、10ℓと、たまったらホースの栓を開いて自動車のタンクへ流し込む。悠長な時代のガソリンスタンドです。
 タンクもドラム缶に2本分程度しかなく、「これっぽっち売って生活できたんだろうか?」と若い衆が感心していました。
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 私が子供の頃には村に2件ガソリンスタンドがあり、どちらもこのタンクでした。

 もはや、骨董品になっていますが、90年の中頃、シベリアの村で、現役で活躍するこうしたタンクを見たことがあります。もっと大きなタンクがつけられていました。
 ロシアの場合ほとんどのガソリンスタンドはセルフで、先にお金を支払ってから自分で給油します。満タンという買い方はめったにしないようで、あまったらどうするの?と聞くと、トランクに予備のタンク積んでいるから、そこに移せばいいでしょう。
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鉄道員

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 何事ものんびり構えて土壇場まで腰を上げないロシア人ですが、ウラジオストクの事務所では夏休みシーズンに日本からの観光客をいざなう広告作りを請け負っています。
 「翻訳お願いします」とメールに添付されてきたものをそのまま日本語に訳したところでコマーシャルメッセージにはならないので、コピーライターになっています。
 
 カムチャッカの大自然ツアーや、沿海州の田舎のホームステイなど自分でも想像するだけで楽しいので、苦もなく日本語が出てきますが、昨年末のファッション関係の翻訳にはぐったりしました。

 この季節になると会員さんたちから「桜が咲いた」「桜が見ごろ」とメールの話題に桜の花について語られることが多くなります。
 「日本人は桜の花が咲くと、民族の誇りを感じるのですね。」と向こうのスタッフに言われますが、年齢を重ねるほどに「桜の花って奥深いものだな」と感じるようになってきました。
 我が家の界隈に桜の季節がやってくるのは今月後半。


 夜、NHKのBSでイタリア映画の「鉄道員」を放送するので楽しみにしていました。
 元々映画の音楽が好きで見たのが最初です。特別大活躍するヒーローがいるわけでもなく、ありきたりの労働者の日常の姿といえばそれまでかもしれませんが、見終わった後に余韻がドカーンと来るので何回も見た映画です。モノクロ映像も気に入っています。
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 春休みシーズンなので、上越本線に蒸気機関車が走っています。写真を撮りに出かけて見ましたが、場所の良いところには朝早くからカメラマンが陣取っていて入り込む隙もありませんでした。

 橋の欄干の隙間から走り去る蒸気機関車を眺めましたが、産業革命の狼煙は蒸気機関の発明から始まっています。
 ピストンの直線運動を円の運動に変えて動力とする。すごい発想だと今さらながら感心します。
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メロンパン

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 妙に寒い一日で、雪が舞っていました。例年4月7日前後に季節はずれの雪が降ることがあり、早咲きの梅畑が被害を受けることがあります。今年も梅はダメだろうか?

 ウラジオストクの事務所では「日本にショッピングに行くのに、日本の銀行に口座を作りたい。」と調べています。国外へ持ち出せる金額が決まっているので、自動車などを買うためにはこちらの銀行へ振り込んでおいて、こっちで引き出すそうです。振り込め詐欺事件の横行で、キャッシュコーナーで引き出せる金額が制限されていますが、これに頼らざるを得ない外国人バイヤーにとってはとんだ迷惑かもしれません。

 振り込め詐欺の話になり、どんな犯罪なのか?と聞かれたので説明したら、「お金を振り込む前に被害者に謝りに行くことが先決でしょう。なんで、お金で解決しようとするのですか?」と的を得た指摘。ロシアの親なら「自分でやったことは自分で始末をつけなさい!」でしょうね。

 ウクライナの首都キエフでは西側よりのユシェンコ指示者と、ロシアよりの首相を支持する人々が対立してデモになっている模様で、ロシアのニュースでは頻繁に放送されているようです。もちろんロシア支持者側の立場。
 女性スタッフの友人はキエフに商談に行っているそうですが、この騒動で取引先の会社は開店休業状態、万一暴動になったら大変と、資料を持ってあっちこっちと場所を変えながら商談をしているそうです。

 スーパーで謎の行列に出くわしました。
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 時折スーパーの駐車場で店開きしているメロンパンの移動販売ですが、何で今日に限って行列になっているのだろうか?何か特別のことでもあるのだろうか?
 興味本位で並びたかったけど寒いのでやめました。
 「90年代の物不足のとき、私達はこうして行列に並んでパンを手に入れました。」と言うロシア人にとってはあまり心地よい光景ではないかもしれませんね。
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野球

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 ツバメが飛んでいるのを見かけました。もうそんな季節になるのか?と思えば、まだ北へ帰らずに湖で過ごしているカモの集団もいます。

 熱い南の国から夏を過ごしに日本に来る鳥もいれば、寒い来たの国から冬を過ごしに日本にやってくる鳥もいます。「冬にロシアへやってくる鳥はいない。」

 日本で1年間勉強する留学生のアドバイザーになってくれと紹介された青年から、挨拶のメールが来ました。
 今までは語学はもとより、経済や法律などを学ぶ学生が多かったのですが、彼は工業分野を学ぶ留学生。
 このところ、こちら分野の翻訳が良く舞い込んでくるので、私のほうが助けられそうです。

 日本ではプロ野球シーズンが始まりました。会員さんのメールの話題にプロ野球の話題が挙がることも多いのですが、大方のロシア人は野球を知らないために説明に苦慮するのはウラジオストクのスタッフ。私も無効向けのHPに説明用の野球の写真を掲載しています。
 かく言う、彼らも野球についてよく理解しているとはいえないのでどう理解しているのか?

 野手を審判と勘違いしている女性会員がおり、どうやら打ったボールがどこに飛んだかで得点を競うゲームだと思っているようでした。イメージとしては砲丸投げにゴルフを合わせたような物でしょうか?

 ゴルフにしても認知度の低いスポーツなので、よく理解していない人が多く、かく言う私もゴルフはやらないので説明した時に困惑しました。
 
 野球がオリンピックの種目からはずされるわけがわからないでもありませんが、ウラジオストクにも日本から野球の指導員が行って普及していたはずです。

 「男性はサッカーの話題で共通の楽しみを持ちますが、女性はあまりスポーツの話題に興味を持ちません。自分が楽しんでいるスポーツだけに興味を持っています。」



 黄砂の影響で、今朝も自動車のフロントスクリーンに黄砂が付着して白くなっていました。
 一説には黄砂にはアルカリイオンが含まれているので、酸性雨の元凶となる中国の工場噴煙が中和されて、日本に届く頃には中和されるので酸性雨が少ないと言われています。
 中国本土の酸性雨がどのくらいひどいのか?あまり報道しないので実態は良くわかりませんが、あの国の環境問題が近隣諸国に与える影響は莫大です。

 ロシアや中国で通り過ぎる自動車に排ガスから、昔懐かしい有鉛ガソリンの匂いを感じるときがあります。
 触媒の付いた現代の自動車では有鉛ガソリンなど故障の元ですが、有鉛ガソリンでなければ走らない古い自動車もたくさん走っています。

 玄関前のサクラソウの花が咲いていました。昨年も今頃咲いたような気がしますが、このところ花が咲く順番がメチャクチャなので、異常気象の影響なんだろうなと眺めました。
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お茶の話

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 昨日から中国の黄砂が日本各地に飛びまくったようです。ジェット気流に乗ればアメリカ大陸まで飛んで行くといわれる黄砂です。

 今朝、自動車のガラスを黄砂が埃のように覆っていました。「こんなのウラジオストクの黄砂被害に比べればましなほう」と、ホースで洗い流しましたが、黄砂の大元の中国は物を作るのに適した土地と言えるのだろうか?と思いました。
 
 以前、ウラジオストクで日本から持っていった紅茶を飲んだとき、”水が違うと味が違うな”と感じましたが、ロシアで買ってきた紅茶をこちらでためした時も、おなじリプトンのティーパックなのに味が違うような気がしました。

 ウラジオストクの事務所では朝一番最初の仕事が湯沸しポットでお湯を沸かして紅茶を飲むことですが、私はコーヒー党なのでネスカフェを出されます。
 「日本人はコーヒーや紅茶に砂糖を入れないでしょう。砂糖を入れるとおいしくなることを知らないの?」と言われたことがありますが、たまたまブラックを好む人が多かったのでしょう。
 ウラジオストクではザラメの砂糖か黒い砂糖が一般的で、砂糖にも独特の香りがあります。

 お茶が趣味のイラン人のアレックス君からアラブの紅茶を貰いました。「日本の紅茶と違う味がしますよ」と言われましたが、確かに微妙に違う気がしますが、これがおいしい紅茶です。
 「ボクはこのアラブの紅茶が大好き。日本の水は柔らかいでしょう。イランで飲むのと違う味が出る。」
 こちらは水源地なので、山の湧き水を見つけては紅茶の味の違いを楽しんでいます。「そろそろ日本は新茶が出てくる時期ですね。一番茶の玉露は心がとけるような香りとおいしさを持っています。とても幸せな気分になります。」”嫌な外国人だなぁ”と痛いところを疲れましたが、自分で番茶を買ってきて炒ってほうじ茶を作る懲りようですからさらに嫌な外人です。
 せめてもの救いは「ロッテのチョコパイを茶菓子に玉露が最高の贅沢」と言っているあたりで、茶請けの何たるかを理解していません。
 お茶には沢庵です。日本人なら沢庵です。「タクアンは臭くて食べられない」と申しています。
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 砂漠の国イランに思えますが、カスピ海の近くは地中海気候で緑が豊富な湿度がある地域で、米も作っています。アレックス君はこうした日本に近い湿潤な地域の出身。
 「トラやゾウのポットで沸かしたお湯はお茶がおいしいです。外国のポットはダメ!お茶のおいしい温度がわかっていない!日本人はすごいよ、ペルシャやインドなど外国から入ってきたものでも日本で完成させる。」と評価していただきました。
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夏時間

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 年度変わりで週明けから人事異動される方も多いことかと思います。
 学生時代の同級生がジャカルタに転勤になり、今日日本を離れましたが、奥さんと子供を残しての単身赴任。技術者で転勤とは無縁と思っていたら、工場の海外進出のためにエンジニアも管理のために出るご時世。

 BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国)からVISTA(ベトナム・インドネシア・南アフリカ・トルコ・アルゼンチン)にシフトする胎動なのか、これらの国に工場を作る企業も増えています。

 ロシアは先週からサマータイムになり、ウラジオストクは日本の時間プラス2時間。
 2時間のズレは意外と扱いにくい時間で、こちらが夜の10時なら向こうは深夜12時、電話をするのも気にしてしまいます。
 会社などに電話する時も5時終業なら日本時間で3時。時差1時間と2時間では随分違います。
 それでも地球の裏側の国から比べれば、時差など無いに等しいかもしれません。

 日照時間を有効に使ってエネルギーの節約のために日本でもサマータイムの導入を、という声もあるようですが、一時間遅く起きるのならまだしも、一時間早く起きるのは億劫です。


 3月18日に吾妻で行われた盲目の天才ピアニスト梯剛之のコンサートのポスター。
 とんでもない誤植がありました。
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 ベートーベンの「熱情」が「情熱」になっています。
 その昔、ザ・ピーナツがベートーベンの「エリーゼのために」に歌詞をつけて「情熱の花」と言う題名で歌っていたことを思い出してしまいました。
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