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ガス抜き

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 「難解な異人種・女性」「妻とは?」
 地元の若い衆たちをまじえてそんな話題で夜遅くまで話がはずんでしまいました。いわばガス抜きの会議。

 うまくいっているように見えてどこのカップルでも爆弾問題を抱えていたり、不満はあるようで、新婚早々のカップルでさえ「こんなはずではなかった」とこちらの打算を打ち砕かれることが多々あるようです。
 同じ日本人同士の結婚でも苦難の連続なんですから、国際カップルなら「できれば上出来、できなくても当たり前」と開きなおるしか?

 子供でも生まれれば次第に夫の影が薄くなるばかりか、「天下を取ったような開き直りを見せる。」のはどこも共通みたいで、「日本人が職場に執着するのは女房が亭主を大事にしないから。」と言う30代がいました。職場では気心の知れた同僚と気軽に過ごせるが、家に帰ると女房子供にせっつかれて落ち着かないそうで、「給料納めて空しさを味わいに帰るのが家庭だな。」と、大うけしていました。

 苦労してやっと口説いて結婚したものの、思惑通りに行かないのは皆同じ?
 それでも一緒にいるのですから「家庭」が悪いはずなど無いのでしょう。

 年配の夫婦には年配なりの問題もあるものですが、若い人たちから見れば「大人なんだから、自分を抑えて、うまく行っていてあたりまえ」に見られるようで、「そうじゃないんだよ。耐えに耐え抜いた結婚夫婦の歴史さ。」そうです。妥協が夫婦円満の特効薬?

 「そんなに大変なら結婚なんかしないほうがよさそうだ。」と20代の若手が言うと、「それがいい!結婚なんて野望を抱かず、孤独を共に仕事に専念してたくさん年金をおさめろ。味気ない人生に埋没しなさい。」とからかわれていました。

 「愛情と思いやりに満ち溢れた世界に旅に出たい」「自由とは家庭から解放されることだ!」と言いながら、深夜、各自家路にとぼとぼ歩いてかえりました。
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ややこしい名前

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 友人のドミニカ人の奥さんは日本人です。ファミリーネームはどうなっているの?と聞いたら、「妻も子供も僕のファミリーネームです。」奥さんと子供はカタカナの姓に漢字の名前。彼だけが姓名カタカナ。

 日本で生活しているのだから奥さんの姓にすればよかったのにと言うと「妻の旧姓は茅野ですよ。」なるほどね。彼らは中国人のことを「チーノ」と呼ぶので間違えられるような姓になってしまいます。

 更なるややこしさ。彼の名前はマルコ。「僕の保険証の性別が女になっていた。」


 ロシアではキリスト教徒のことを「フリスチャン」。日本でロシア正教の寺院をハリストス教会と呼ぶのも、日本人には「kh」の音がハヒフヘホに聞こえてしまうからで、ロシアには日本語の「ハヒフヘホ」に相当する発音がありません。ハバロフスクの「ハ」などもkhで吐き出すように強い発音ですが、私達には「ハ」に聞こえます。
 日本的な「ハヒフヘホ」は「ヒャヒィヒュヒェヒョ」のようなふらふらした発音になります。

 ロシアのロケットに乗って日本人で最初に宇宙に行った元TBSの秋山豊寛さんはICU(International Christian University)国際基督教大学の出身。
 ところが、通訳が「インテルナショナル・クリスチャン・ウニベルシティー」とロシア語で紹介してしまったがため、ロシアの新聞には「国際農民大学」と紹介されてしまいました。
 「クリスチャン」と発音するとロシアでは農民を意味します。
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 代表的な日本料理として鮨が世界に広まるに連れ、各国が魚の奪い合いになって価格が高騰してしまう時代になりました。

 来日するロシア人も本場日本で「スシ!」を食べることは楽しみの一つのようですが、欧米人の中では生魚になれているロシア人でも、まるきりの生魚よりも、回転寿司の皿の模様がシンプルな安い皿のほうが好まれるので幸いでした。
 ところが、最近は各地にスシバーができることで高価なネタでも食べられるようになってきているので穏やかではありません。

 ウラジオストクからの留学生が「エンガワがおいしいです。あれは何の魚ですか?」ついに味を覚えたか!ヒラメや大きなカレイが安く店頭に並ぶウラジオストクでしたが、安穏としてはいれません。


 イクラは元々ロシア語ですが、イクラと並ぶ人気ネタのウニは大方のロシア人にとって食用にならない生物でした。
 主に日本への輸出向けに漁師達はウニを捕獲していましたが、近年、ウニの味を覚えた人が増え、私の友人は休日になると海水浴場近くの岩場などで、海に潜ってウニを捕まえて食べるそうです。
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 海から離れた山奥に生活しているので、本日の夕食は山で採って来たフキとワラビにタケノコを入れた煮物。この煮物に身欠きニシンは欠かせません。
 ロシアの国民食とも言われるニシンですが、日本への輸出も大きく、「日本のためにニシンは高くなった。」とも言われています。
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農政

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 疑惑の渦中にあった松岡農林水産大臣が自殺。
 草刈機のチップソーを買いに農協に行った時にその一報が入ってきました。真っ先に感じたのは”自殺じゃなくて暗殺じゃないのか?”。どうもこのところロシア的発想になってしまっています。

 農水省の天下り外郭団体など伏魔殿のようなもので、そういえば、私もかつてその外郭団体の末端に勤めていたんだっけ。文部省の天下りもえげつないけど、農水省もすごいなぁとあきれつつ、あちこちの団体経由で上前はねられながら入ってくる予算からスズメの涙のような給料貰っていました。

 かつて米の自由化反対運動で松岡の大臣と面識のある農協の職員曰く「野党のいじめが原因だ!」。

 ロシア奥様方の発想はやはり「暗殺」。ブレジネフ政権時代には飛び降り自殺に見せかけて、KGBがビルから大臣を突き落とした事件もあったようです。

 かつて農業関係は様々な名目の補助金や助成金があって、その補助金ごとに農業従事者達はナンタラ組合のような組合を作って予算を分けてもらうわけですが、カンタラ推進事業でトラクターやダンプカーなどを買ってもらい、表向きは「農家が共同で使う」ことになっていました。実際は「今回は俺のところで、次回はだれそれのところに」と個人で使っているのが現実。

 監査が入ると農政関係者などその機材の所在を把握するのに四苦八苦。明るい農村なので、役所の言うことなんぞ聞きません。借金返済のために助成金で買ったトラクターを売ってしまったなんて農家もいて、似たようなトラクターを借りてきて「○○事業」なんて手書きで書き込み監査員の目を逃れたり、監査が終わると担当者は年休を取って保養するのがお決まりでした。

 今は補助金もなくなり、補助金に伴う宴会や旅行もなくなりましたが、飲み食いで消えた公的予算も莫大だったと思います。
 職員も農家も「義務」として宴会に参加していたわけで、公金の無駄遣い、不正使用などとこれっぽっちも思わずコンパニオンにお酌してもらって喜んでいたのは責任の所在が誰にあるのかわからなかったから?
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システムエラー?

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 コンピューターシステムの不具合でダイヤが乱れて飛行機が飛ばない?羽田空港を中心に全日空の飛行機が大量に運休になる、システム事故がおきました。
 こんなことも起こるものなんだなぁと驚きながらも、飛行機が墜落するような事故ではなくて良かった。

 週末からウスリースクと言う町に仕事に行った男性スタッフ。土曜の夜に帰ってくる予定でしたが、軍隊時代の友人にばったり会ってしまったがためにダイヤが乱れて帰って来ませんでした。毎度おなじみのシステムエラー。
 今日ウラジオストク空港に帰国する女性会員がおり、彼が迎えに行く予定だったので、急遽女性スタッフが空港に迎えに走りました。
 ヤキトリのたれを日本の土産に持って行ったそうで、ロシアのシシカバブーのシャシリクにヤキトリのたれをかけて食べるのだそうです。無事、持ち帰れたのだろうか?
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 午後、ロシア人研修生を受け入れる工場の寮について、ロシア側の申し入れを伝えに行って来ました。
 工場の屋根裏のようなところでトイレは外、風呂は無い、台所と食道は外のコンテナーの廃材の中。現場の写真をウラジオストクの会社に送ったら、「こんなひどい環境に部下を送ることはできない。」とクレームがつき、その交渉に私が赴く羽目になりました。

 ロシアでは食べ物がなく、何時間も並んで食べ物を買うような国だから、これだけの部屋があれば十分ではないか?と思い違いもはなはだしいので、ロシアの生活がわかるような写真を持って行きました。
 「日本人よりもいい生活しているじゃないか?」と驚いていましたが、さらに郊外にダーチャと呼ばれる別荘を持っているのが普通の生活です。

 ロシアの男性は日本人同様我慢強いけれど、それに胡坐をかいて見下して、切れると手がつけられなくなります。日本人なら粗末に扱われても「仕事」と割り切れるでしょうが、ロシア人は「仕事」よりも相手の「信頼」や「人間性」を重視するので、「こんなもんだろう」と見下ろすとしっぺ返しがあります。
 「ご自分でここに住みたいと思いますか?」と、問うと「う〜ん」。
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卒業シーズン

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 「ラトビアに日本の王様が来ている」天皇陛下のバルト三国訪問のことですが、「日本の王様」と言われるとピンと来ないので、”はてな?”と考えてしまいます。
 言われてみれば「王様」なんですが、馴染みが無い呼ばれ方なので「王様」は外国の人物のように思えてしまいます。
 

 96年にシベリアのイルクーツクに行った時、インツーリストホテルの地下1階の大レストランで食事をしたときに面白いエピソードを聞きました。
 この大レストランには熊の剥製がありました。イルクーツクの教育大学の卒業式のあと、この大レストランでパーティーをするのが慣わしで、そのとき、卒業生達はその熊の剥製にまたがって記念撮影をするのが伝統になっていたそうです。

 卒業生の中にはアンガラ川に飛び込んで騒ぐ学生もいるなど、”ロシアでも卒業パーティをするのか”、と感心しましたが、ロシアの卒業シーズンは5月末。感覚が少々違います。
 日本の卒業シーズンは3月なので、こんな時期に川に飛び込んだら大変なことになります。

 サンクトペテルブルグから来た奥さんの卒業パーティーの思いでは悲惨だったそうで、パーティー会場に向かう途中ハイヒールが道路の割れ目に挟まって転倒。うっかり手をついてしまい、手首の骨折。そのまま病院に運ばれ、手当てをしてから根性でパーティー会場に向かい、「痛くて会場の隅でうずくまっていました。」

 日本で言うなら高校生の卒業式。
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 酒とタバコ?
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 哈尓濱の郊外にある東北虎園は観光名所で、私も2回行ったことがあります。虎のサファリパークです。
 さすが中国!東北虎園が世界的にとんでもない問題になっています。


 2万円ほどで牛を買って、虎園の中で虎の牛狩りを見られるとかで、残酷だ!と世界世論の批判の的になっているようです。
 あの国ならやりかねない!と言える事件ですが、えさになる牛を客に買わせて経費を浮かせているんでしょうね。自分たちだって牛を殺して食べているのに、どこが悪いんだ?と言いそうです。
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 「入梅しちまったんじゃねえのか?」とあきれるほどの雨で、やむことなく1日降り続いていました。
 朝のニュースでは四国のダムの水位が上がらず、いまから水不足に備えて節水が初まっていることを報道していました。

 幸いなことに利根川水源地の我が家では水不足の影響を受けることはめったにありませんが、毎年春先には雪解け水で玄関前の地下水が外にあふれるのに、今年はそんな様子がまったくありませんでした。

 来週チベットにトレッキングに行く山岳会の先輩は、以前北京で水に中り大変なめにあったために「日本からペットボトルで持っていく!」と荷物の大半が水になりそうな様子です。
 飲み水ばかりに気が行ってしまいますが、よくやられるのは歯磨きの時のうがいの水に水道の水を使ってしまうことです。
 夕方荷造りの手伝いに行く予定でしたが、ごたごたと忙しくて顔を出せませんでした。

 ロシアは水に恵まれた国ではありますが、水道水を直接飲まないことにこしたことはありません。
 ミネラルウォーターも気をつけないと炭酸水が主流なので、これで歯磨きをすると歯磨き粉と炭酸が化合して口の中が大変です。むせて噴出したことがありました。
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ストライキ

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 その昔の日本では労使交渉でデモやハンガーストライキなどがあちこちで起こり、「裏でソ連や中国が糸を引いている」などといわれたものです。

 私が役所勤めをしているときには労組のストライキ?があり、役所の廊下にプラカード持って座り込みをするわけですが、これも半ばお約束で、私に順番が回ってきたときに”なんで仕事を休んで職場に行って座り込みせねばならないんだ?”と疑問を感じたかどうかは別にして、朝起きるのも面倒だったし、せっかくの休みだからストライキもストライキしてしまおうと布団の中でストライキしていたら後で「お前なんか地の果てに飛ばしてやる!」と、メチャクチャ怒られました。
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 朝、ドミニカ人とイラン人連れて部品の買い付けに行った工場では労使交渉真っ只中でした。
 業績が上がらないから雇用保険も労災も切って、それが嫌ならやめろと社長がやってしまったので、社長取り囲んでやいのやいのの騒ぎになっていました。
 今時こんな時代錯誤の経営者も珍しいと思いますが、「法律なんか恐かぁねぇ。労働監督省でもなんでもやれるもんならやってみろ!」といきまいていました。

 ”おお懐かしき70年代!立て万国の労働者!”と会社がつぶれる前に早く運び出してしまおう!と荷物を積み込んできましたが、その間に従業員が「やってられるか!」とみんな帰ってしまいました。開店休業?

 しばらく唖然と立ちすくんでいた社長が、我々を見つけると歩み寄って来ましたが、イラン人もドミニカ人も「日本語よくわかりません!」。こいつら世渡り上手だ!で、私も「日本語よくわかりません!」と、そそくさと立ち去りました。
 帰りの車中で「面白かったね。」「日本人でも感情をあらわにするんだ!」など大いに盛り上がってしまいました。
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お疲れさま

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 めったなことでは「疲れた」と言わないロシア人。根性やなんやらで「疲れた」を言わないのではなく、ネガティブなことを口にすると不幸が舞い込んでくるという日本の言霊信仰にも似た感覚があるようです。
 彼らが「疲れた」と言う時には本当に疲れたときですし、男女の間で「疲れた」は愛情が冷めた時などを暗示するようです。

 体と心の「疲れ」は別物ですが、極力「疲れた」を言わないよう、考えないようにと意識しています。それでも、年々年齢を重ね落ちる一方の体力、疲れるときは疲れるもので、アリナミンを飲んだら小便がアリナミン臭くなりました。

 「お疲れさま!」労をねぎらう時に使う美しい日本語だと思いますが、外国語に翻訳する時に該当する言葉が見当たらない日本語独特の表現らしいのです。

 フランソワーズ・モレシャンさんだったと記憶していますが、「お疲れさま」の意味がわからず、言われるたびに「いいえ疲れていません」と返事をしていたと言うエピソードを聞いたことがあります。

 先日の峠の道路清掃のとき、朝、現場に行ったら主催の社会福祉協議会の方々に「お疲れさま!」と挨拶されて、”まだ作業前で、これから疲れるのに”と、ふと気がつきました。

 何か一仕事終わって「お疲れさま」ならわかりますが、これから一仕事の時に言われると、”確かにおかしな表現だ”と些細なことが気になってしまいました。

 実際、翌日になってお疲れ様の霊験あらたか。朝起きると体のあちこちが筋肉痛で、お疲れが症状となって出ていました。日ごろ歩いていないのに長い距離を歩いたのですから当然のことなので、気にしなければ怠惰を反省して「痛い」だけなんでしょうが、「お疲れさま」の副作用だろうか?

 さらに思い起こしてみると、昔付き合っていた女性に振られたときの最後の言葉が「お疲れさま」だったことなどを思い出してしまいました。どうも、このときに”あんたは用済み”という概念がインプットされてしまったのか?「お疲れさま」には切ないイメージが付きまとっているようです。

 ちょっと筋肉痛。でも、まだ若いから疲れていません。と自分自身に言い聞かせています。
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広場

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 来月から工場に来るロシア人研修生の寮を見に行ってきました。まだ、改装途中ということもありましたが、「寮というより収容所」状態でした。
 戦後の日本人抑留者の無念と日露カップルの男達の苦労を思えば、江戸の敵を長崎で?それより、”確実にトラブルになるぞ!”とそちらのほうが気がかりです。

 ロシア人は風呂に入らない。シャワーは水で大丈夫。どこから聞いてきたのか?勝手な思い込みなのか?
 ”自分がその環境におかれたらどう思いますか?”快適不快に国籍の違いなどあろうはず無い。とても簡単なことです。


 我が家の地区に村の予算で整備した広場があります。広場と言っても10坪程度のスペースで、共同浴場の脇の温泉が湧き出ている場所の上を舗装して、ベンチを置いただけですが、観光客がお風呂あがりに一休みしたり、地元の酔っ払いが酒の野点をするなど役には立っています。
 ところが、バブルの頃に村の予算で作ったものですから余計なものがくっついています。
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 下の写真は1日に2回だけ時間が合う時計。つまり止まったままなんです。思い起こしてみると、この時計に気がつかなかったこともありますが、バブルの時代に後先考えずに作ったものですから高価な時計なのだそうで、修理するのに20万円もかかるのだそうです。
 どうすれば言い?と聞かれたので、時計台を撤去するのかな?と思ったので、木製だからたやすい作業。”暇な時に切っておくよ!”
 ではなく、時計を修理すべきか?他の安い時計をつけるべきか?時計をはずして何か別のものをつけるか?だそうで、会議にかける前に案件や予算を出すのを手伝うことになりました。
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 さらに厄介なのは共同浴場の壁につけられた観光案内の大型テレビで、ボタンを押すと観光名所のビデオが流れるシステムになっていたのだそうです。温泉の湿気で作って半年もたたずに壊れてそのままになっています。
 短歌や俳句が盛んな土地なのだから、テレビ画面を取っ払って短歌や俳句や絵画の展示場所にすればいい!
 小さな赤いポストは観光客に読んでもらった短歌を投稿するポストで、公民館などに飾るよりもこうした人目につく場所に飾るほうがよほど喜ばれます。と言いつつ、私の作品も飾ってもらいたいので、密かに短歌の勉強をしようかと思っています。
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笹の実

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 我が家の裏山で笹が実をつけていました。思い起こしてみると笹の実など子供の頃に見たきりで、最近になって見かけたことがないというのか、見ても気がつきませんでした。
 笹の実がつくと凶作になると言い伝えがありますが、今年は凶作になるのでしょうか?

 小学校に上がる前のことですが、笹が実をつけたのを見たことがあり、祖父が野鼠がこれを食べて増えるので、笹が実をつけるとネズミが増えると言っていたのを覚えています。

 岐阜から長野県にぬける野麦峠は小説や映画で有名になりましたが、「野麦」とは笹の実のことなのだそうで、麦の実る季節に山の中で似たような実が実るからだといわれています。
 果たして、凶作の年に実をつけるのか?飢饉になって食い物が無いから笹の実に気がつくのか?
 地元の年配者に「どうやって食うのか?」と聞いたところ、誰も「そんなもの食ったことがねえから、食い方なんぞしらねぇ」と言われました。とは言え、かつての山の住人達はこれを食していたんでしょうね。


 ロシアでは不毛の土地の穀物と言えば蕎麦。日本では麺にして食べますが、ロシアでは平べったく延ばして焼いて食べます。
 「へえ、ロシアンも蕎麦を食うのか?」と思いきや、「貧しい食べ物」の代表なんだそうです。

 笹の実を食べるほど飢餓にあえいではいませんが、どうやって食べるのか?飢饉に備えて食べ方を探してみます。


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道路清掃

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 ロシアからの留学生の友人が使っている携帯電話のメールに、キリル文字のメールを送ってみたら文字化けせずしっかりと表示できたそうです。
 と、言うことは携帯電話メールでもキリル文字が打ち込めるのだろうか?あれだけ多様な絵文字があるのだから、キリル文字が打ち込めてもよさそうなものです。


 小雨が降る中。社会福祉協議会主催の三国峠の道路清掃の日でした。今まで4月の連休前に行っていましたが、昨年から5月後半になりました。
 今日は各地区でイベントがある日だったために大人の参加者が予想以上に少なく、かく言う私も地区の役員で敬老会のパーティーに出席しなければなりませんでしたが、お年寄りの踊りやフラダンスを見せられるよりも峠道を歩いたほうがましです。


 中学生も思ったより参加人数が少なかったのですが、生徒の数が減っていることはもちろん、部活の試合が重なって出てこられない生徒も多く、選手ではない1年生を中心に集めてきたようです。
 一頃、冷蔵庫や洗濯機などを捨てていく連中がいましたが、こうしたポイントに2mほどの柵を作ったら不法投棄が激減しました。
 しかしながら、空き缶や小さなゴミは相変わらず多いのが現状です。
 昨年の8月には死体を捨てていった不届き者がいましたが、この峠は積雪や道路状況を監視するためのカメラが各所に設けられているので、しっかりと記録されています。
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 例年ならまだたにの日陰には残雪が残っていますが、今年は跡形もなく消えています。
 峠に建てられている積雪を計る目盛り。2mまで計れますが、大雪に見舞われた昨年はこの目盛りでは足りず継ぎ足して計測していたそうです。
 この冬は積雪が少なく、「1mまで到達しなかった」と国土交通省の職員が言っていました。
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黄金のワシ

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 通常、ウラジオストクからモスクワまでシベリア鉄道で行くと1週間かかりますが、2週間かけて各地を観光しながらモスクワ-ウラジオストク間を就航する「黄金のワシ」という豪華車両が登場しました。車内は高級ホテル並だそうです。
 値段がどのくらいするのか聞いてみたら「1万ドルから2万ドル」。およそ手が出ない値段です。私ならその一割の値段で同じコースを旅して回れるというと、「豪華という考え方は持っていないでしょう」。おっしゃるとおりです。
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 2年前、私の村の工場で技術検収をしていたベトナム人の青年は、今年からモスクワの工場に技術者として赴いているようです。母国の工場で働くよりも労働賃金が良いロシアで働いたほうが良いと、いわば出稼ぎに出たようなものです。

 かつての冷戦時代のベトナム戦争でソビエトとは近い関係にあるために、ソビエト時代からモスクワはベトナム人が多い土地だったようです。
 本当は「研修生」ではなく「技術者」として日本に来て働きたかったようです。
 彼らがこちらに住んでいた時はベトナムから調味料などを持ってきて自炊していましたが、値段は高くても彼らに馴染みのある野菜など入手できました。日本よりも物価が高いモスクワででも、食材などは日本と比べれば格安ですが、あまりなじみのない食材ばかりだそうです。特にお米がお粗末なのはしかたないかもしれませんが、米食文化圏の人々にとって共感できる問題です。

 来週ヨルダンに帰国するムハマンド君は、先週の日曜日にアキハバラに行ってIH電子炊飯器と精米機を買ってきました。

 地元のおばちゃんに教わってテンプラの作り方もおぼえたそうです。先週はキンピラゴボウの作り方もおぼえました。

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パッチギ

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 愛知県の立てこもり事件は犯人を捕まえたようですが、銃弾を受けた警官が一名亡くなってしまいました。それでなぜ「殺人未遂」なんでしょうか?相手が公務中の警察官であっても、殺人だと思います。

 犯人が「暴力団員」だったことで、私達と別の世界の人のように思いたくなりますが、こうした身勝手な自己抑制のできない人は一般社会にもまぎれているものです。
 人を恫喝して自分の我侭を押し通すことを「是」とするような人間は案外ずる賢く打算的で甘えているものです。それが通用しないことを法によって徹底して裁いていただきたいです。

 テレビで映画「パッチギ」を放送していたので見入ってしまいました。時代背景や舞台背景に見覚えがあったこともあり、身にしみる思いで見入ってしまいました。

 昭和42年の年末に京都に行った時にラジオでフォーククルセターズの「帰ってきたよっぱらい」を延々と流していて、なんて面白い歌なんだと大喜びしていました。関東で流行りだす半年くらい前でした。

 加茂川だったと思いますが、当時京都大学の学生だった叔父にたぶん「こっちじゃ朝鮮人と日本人の仲が悪いみたいで、この川を挟んで学生同士が喧嘩をした。おかしなところだ。」なんて話を聞いたことがありました。

 幸いなことに私の住む村ではこうした差別意識とは無縁ののどかな村だったので、朝鮮国籍だった同級生もいましたし、そのことが諍いの原因になったことありませんでした。
 外国籍の人が住みやすい、住みにくいではなく、人類そのものが住むのに住みにくい自然環境の山奥なので、”○○人だ”なんて贅沢を言っていられません。
 祭りの神輿で喧嘩をする集落はあっても、民族で喧嘩などありえない環境で育っていますから、「おかしなところだ」と言うのもわかります。
 
 個人同志では理解しあえても集団になるといがみ合う。これも「人間」の悪しき一面かもしれません。
 かつて、「ロシア人は素朴で好きだけど、ソビエトは極悪な国だ」などと、「ソビエト嫌いのロシア好き」なんて言葉がありました。
 普通の人がロシア人と接することはまずありえない時代だったので、戦後、向こうに抑留された人たちの言葉だったのでしょうが、考えてみれば、今の時代でも「会社」と「個人」の間などでありえる二面性だと思います。
 群れることや対象が集団となることで自分の責任感が薄れるからなのかもしれませんが、人の愚かしい一面なのかもしれません。
 シェークスピアの「ロミオとジュリエット」だって対立する「一族」の男女が恋仲に後たがために生まれた悲劇です。

 社会がどう移ろっても「この人は」と揺るがない信頼を作ることが「友情」であり「愛情」であると思います。
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バイオエネルギー

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 5月からガソリンの価格が上がってしまいました。連休前に携行タンクに備蓄しておいたのですが、いよいよ使い果たしたので値上げ後の値段で買わなければなりません。
 世界第二の産油国ロシアもガソリン価格の高騰は同じで、「国は潤い、国民は困窮する」昨今。輸送費なども値上がりしているので「上がらないのは給料だけ」。
 90年代ロシアののインフラ時代は物価は値上がり給料も値上がり、でもそれはあくまで数字の上での問題。現実にはあらゆるインフラが機能せず、相変わらずの物不足という時代でした。

 植物から作るエタノールで走る自動車が注目されていますが、これがトウモロコシの価格高騰を招き、とうもろこしが値上がりすればオレンジ畑を切り倒してトウモロコシ作りに切り替える農家が続出して、オレンジジュースの値上がり。など、思わぬところで連鎖反応が出てしまうのも世の中の面白さかもしれません。

 バイオエネルギーの開発が進めば、映画「バック・トゥー・ザ・フューチャ」ではありませんが、生ゴミで走る自動車ができるかもしれません。
 メタンガスを出しますが、草で走る自動車。



 このところ「たてこもり事件」が各地で起きていますが、愛知県では元暴力団員が拳銃を撃ちまくり、自分の家族を人質にたてこもり、警官が撃たれる事件がありました。
 一名の警官が亡くなったようですが、これが民間人なら大騒ぎするメディアも、警官ではトーンが下がってしまうのも歯がゆく思えます。

 考えてみれば理不尽な話だと思うのは、相手が法を無視して暴挙に及んでいるのに、取り締まる側は法の秩序の中での行動しか許されていないので、いくら権力側とは言え、最初からハンディキャップを持って現場に赴いているようなものです。「公」の権力の暴走は困りますしそれを怖れるゆえの規制はわかりますが、勤務時間を過ぎれば一人の「国民」であることには変わりがありません。

 人質が犯人の家族とは言え、人質の命最優先なんでしょうが、これがロシアなら「人質に多少の犠牲は出ても」と突入してしまうでしょう。
 相手が国家を狙うテロリストか、日本のようにただ単に自分の欲求に他を巻き込もうとする身勝手な個人か?その違いはありますが、身勝手な「個人」などどこにでもいますし、いつどこで爆発するか?これもまた恐いと思います。
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はしか

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 東京の大学行っている知人の息子が、はしかが流行って大学が休講になったとこちらに帰ってきました。
 昔は大学生がかかるはしかと言えば、赤い旗をふってインターナショナルを歌ったものですが、いまはそのものズバリのはしかです。

 私達が子供の頃のはしかと言えば、一度はかからなければならなかったものなので、症状の軽い子供のうちに貰ってでもはしかにかかれといわれたものでした。いまの大学生の世代になるとワクチン投与で、免疫を持っているはずなんですが。

 ところで、ロシア人ははしかになるの?と聞かれれば。なります。
 ところが、自分がはしかや水疱瘡などを患ったか?「子供の頃なので覚えていない。」
 病気の話をすると他の人にも悪い運を撒き散らすと、こうした話題については口が重くなります。困ったもんです。

 はしか、水疱瘡、おたふくかぜなど子供が育つ過程での通過儀礼のようなものでしたが、大人になってこれらを患うと厄介です。私の友人も49歳の時に孫から水疱瘡をうつされた人がいます。なかなか治らないどころか2週間も入院する羽目になってしまいました。
 私が中学生の時に30代後半でおたふくかぜになった先生がいましたが、やはり1月近く入院生活をおくり、それから体調を崩しがちになり、早死にしてしまいました。

 「はしかは子供がかかる病気」と笑っていられません。

 沖縄は入梅した模様です。ハルビンの西郷ドンは日本の梅雨を「雨季」と言っていましたが、確かに「雨季」といわれれば雨季なんですが、日本人の心情としては「雨季」と「梅雨」では随分印象が違います。
 雨の量としては秋の長雨のほうが降水量が多いそうですが、この冬は雪が少なかったのでこれからの雨で元を取りそうな空模様です。
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春雷

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 夜、関東地方でインターネット接続障害が起きました。幸い我が家のあたりは大丈夫だったのか?何も不便がありませんでした。
 「今流行している麻疹がインターネットに感染したんだ。」などと笑っていましたが、麻疹の免疫も弱くなることがあるそうなので、一度は鹿にかかっているから大丈夫と油断はできません。

 先日はウラジオストクの事務所でインターネットがまったくつながらないと報告がありましたが、”ロシアなら珍しいことではない。”

 もう一つ、”ロシアなら珍しいことではない。”停電。これが昼時に発生しました。南関東ではヒョウが降ったようですが、我が家の界隈は昼頃、台風並の強風と雷雨に見舞われました。
 たまたまラジオをつけていましたが、パチパチ雑音が入り”これはどこかで雷が発生していると察しました。程なく夕方のように暗くなり、風と雷と雨の競演が始まり、どこかに落雷したようで停電してしまいました。

 まじまじと天気が変わる様子を眺めてみましたが、外が見る見る暗くなって行く様を見ていると、古代の人々が怖れを抱き「カミナリ」と呼んだ気持ちもわからなくありませんでした。


 ”この中に一人だけ本物の女性がいます。誰でしょう?”と春駒祭りの写真を送った友人から、回答とお礼が来ました。
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 「この中に本物の女性が一人だけいます。」
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ジェットコースター

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 国民投票法が成立しましたが、年齢が18歳まで引き下げられました。責任を持って判断できる年齢だろうか?と疑問もありますが、若い人たちが「公」の意識をしっかり持ってくれることを期待しています。

 ロシアなら18歳ともなれば「自分の責任で判断しない」とつき離されるので、自立心に対してのあり方が違います。いつまでも子供でいたいなんて言えば人間性を疑われてしまう厳しさがあります。
 
 その反面、楽しいことには子供っぽいというのか、無邪気に喜ぶ気楽さがあり、いろいろ厳しいからその反動でリフレッシュしているのだろうか?なんて思いもします。

 若さの違いというのか?男女の違いというべきか?はたまた民族の違いというべきか?違いを感じるときがあります。
 遊園地に行ってきた会員さんは苦手なジェットコ−スターに何回も乗ることになって疲れたそうです。

 私もジェットコースターの類が苦手で、三半規管が麻痺したのか?降りてから足がもつれてひっくり返ったこともあります。方や「もっと乗りたい」大喜びの大はしゃぎしているので、二度三度とさらなるお付き合いしなければなりません。


 エキスポランドのジェットコースターで車輪が外れる事故があったばかりですが、かつてウラジオストクの海岸の公園にはこういう意味で恐怖をあおるジェットコ−スターがありました。
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 めったに動いていませんでしたが、海風を受けるので錆びてボロボロ。時折動いている時には金属が油切れで鳴く音や、足場がきしむ音がして、見ていても”大丈夫か?”とスリル満点でした。

 「あれは必ず壊れる」とさすがのジェットコースター好きも乗ろうとしませんでしたが、「日本の施設なら絶対そんなことが無い」。「絶対」はありえなかったので残念ですが、この信頼は嬉しいものでした。
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 もう一つ苦手なものがあります。サーカスです。これも好きな人が多いのでお付き合いさせられますが、スリルを味わって爽やかにリフレッシュできる性格がうらやましいです。

 もっとスリルがあるのは、走るチェルノブイリと呼ばれるジェットコースター並の運転。
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薬師祭

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 春の薬師祭。今年は役員なので1日会場にいました。この界隈では春や秋の祭りの多くは神道系なんですが、私が住む湯宿温泉は仏教系で薬師如来です。


 修験道の法院様による祈祷。年に二回しか使わない社なので、お祭り前にバルサンを炊いて虫を追い出しました。以前、お祭りの準備が終わった後、この中で鍋をやったら、天井裏にカメムシが大量に潜んでいて、上からぽたぽた落ちて来て鍋を持って外に逃げたことがありました。
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 現在のイランで発祥したゾロアスター教は善神と悪神の概念を持った最初の宗教といわれていますが、別名「拝火教」で知られるとおり、儀式に炎を使いました。カオマとかコーマと呼ばれた炎の儀式が護摩になり、多様な宗教儀式に織り込まれ、中国経由で日本にも渡ってきました。
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 社での祈祷が終わると、山の中に点在しているお宮や仏像のお参りに行きます。
 右は青面金剛。左は閻魔様です。
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 一回りすると1時間近く歩くので、足腰のしっかりした役員が法院様に同行します。
 このあたりを八幡平と呼びますが、八幡様のお宮があります。神道のお宮ですが、八幡大菩薩として祈祷されていました。
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 これはお諏訪様の祠。この界隈では山の中の岩穴にあるお諏訪さまはこうした自然を使った形で祭られていることが多く、天皇家神道とは異なった形で存在しているように思えます。
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 会場では餅まきなどのイベントが行われました。年々子供が少なくなるので寂しくなりますが、餅やお菓子は商店の寄進です。
 他所の地区ではお祭りに神楽や獅子舞をやるのだから、この舞台を使ってフラダンスをやれば?と婦人部の皆様に薦めています。
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 婦人部のバザーコーナー。おでん、ウドン、ダンゴなどを売っています。売り上げが婦人部の活動資金になります。
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 各戸に配られた福引券を持って子供達がやってきます。2等がカッパえびせん。1等がリンゴジュース。
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 社の隣の小屋に祭られている毘沙門様。なぜ毘沙門天がここにあるのか言われは定かではありませんが、法院様が言うには古文書にこのあたりに毘沙門天を祭った祠があったことが書かれていたそうです。たぶんどこかの祠からこちらに持ってきたのだろうという話。毘沙門天と言うとこのあたりをおさめていた上杉謙信につながりそうです。調べてみると面白いかもしれません。
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時差2時間

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 土日は休みのウラジオストク事務所ですが、入会面接に来る人や、メールを出しに来る女性会員がいるので事務所をあけていました。
 休日はダーチャで畑を作る予定だった女性スタッフですが、のんびり休んでもいられません。
 「夏時間なので外は夜9時ごろまで明るいから、仕事が終わったらダーチャに行って、今日はダーチャに泊まります。明日は母の日なので、パパと一緒にママへサービスしなければなりません。」
 毎年母の日には何かしら企画している女性スタッフですが、父の日に何かプレゼントなんて話は全然聞いたことがありません。
 時差は日本より2時間進んでいるので、夜9時なら日本では夜7時。しかも、経度は日本よりも西で緯度も北海道と同じ。夜9時ならまだ外は明るいでしょう。昼間を有効に使っています。

 時差2時間は意外と扱いにくい時間で、向こうで朝7時といえば日本は朝5時。この時間に電話をもらうと”何事か?”とびっくりしてしまいますし、逆にこちらから夜10時に電話をすれば向こうは深夜12時。

 毎年恒例の組の花見。桜の花などとっくに終わっていますが、そんなものはどうでもいい?
 今年は他所に住んでいる近所の若手が子供を連れて帰ってきていたので賑やかでした。
 親子4代。最年少の11ヶ月ですが、この夏にはお姉ちゃんになってしまうそうです。
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 子供の声が子供を刺激するのか?幼稚園児の二人の声に反応して赤ちゃんまでそちらに行こうと身を乗り出します。
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 毎度のことですが、温泉に入りに来た通りすがりの観光客に「まあ、せっかく来たんだから一杯飲んでいけや、食っていけや。」と引っ張り込んでワイワイ騒ぐのも年中行事。
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ひどい話だなぁ。

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 アラブ人と輸出するために買った3tトラックの書類手続きが完了し、引き取りに行った会社社長宅で、93歳のおばあさんが倒れたとごたごたしていました。
 一目見て「首つった」とわかる状態で「まだ温かい!」とは言うものの、どうにもならない状態。家族としては首吊りと知られてはならないと思いつきでいろいろごまかそうとしていましたが一目瞭然。

 救急車が来て私達は外に出ていましたが、しばらく中で問答をしていて救急車が出発するまで10分程度かかりました。
 救急車が出ると程なくパトカーが来て半日ほどその家の前に停まったまま調査をしていました。

 絶妙のタイミングで立ち寄ってしまった私達もトラックの引取りができないまま足止めで、近所の人と家の掃除したり、葬儀屋さんの手配をしたり、「菩提寺はどこですか?」と聞かれても”どこなんでしょうねぇ?”としか答えようがありませんし、そのむこうではアラブ人はお祈りの時間で磁石取り出してメッカに向かってお祈りしているし、おまわりさん達のお茶出しはさせられるし、酒屋に清めの酒を買いに走らされるし、まだ昼飯も食べていないのに集まった人のための夕食つくりの準備を手伝わされるし、アラブ人なんかフライパン片手にキンピラゴボウを作らされていました。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたのが、これがまた口は悪いけれど根性も悪いオバサンで、その界隈でもこの社長の家族と並んでベストスリーに入る評判の悪いおばさんらしく、人使いが荒いこと荒いこと。手を休めれば次の指示が飛んでくる。にもかかわらず自分はお茶を飲みながらそれを見ているだけ。
 私なんか揉み漬けにするキュウリの切り方が雑だと怒られた上に「嫌々やるならさっさと帰れ!」。帰りたいけどトラックを渡してもらわないと…。
 「葬式なんてみんなに迷惑かけることなんだから、こういうときに少しでも役に立っておかないとこの土地では生きていけないよ!」と言われても、一人は外国人ですし、私だって30kmも離れた村から来ているのに…。親切受けるなんて自分のためなら当たり前、さらにその他人の親切の上に君臨する傲慢さ。

 一通り近所や親戚の人が集まってきたのは夕方暗くなってからで、まあ、これが自分のことしか考えていないようなろくな連中ではない顔ぶれ。「ところでお前さんたちはどこの人?」。どこの人といわれても、トラックを買いに来たわけで……。
 そのうち社長が戻ってきて「お前らこんなところで何やってるんだ?」すっかり忘れられていました。ようやく鍵をもらってトラックを引き取って帰路につくことができました。

 散々人を頭ごなしにこき使ってくれたごうつく婆さんに「てっきり社長の会社の人かと思っちゃった。お客さんだったんかい。大変なところに立ち寄っちゃったね。人使いが荒い土地柄だから困ったもんだよ。」と、うどんを手土産に持たされても…

 ことがことだけに「言わないでね」と言われても、家の前に半日パトカーが停まっていれば誰だって何があったかはすぐわかります。よほどご近所の評判が悪かったらしく、「娘夫婦が人様に威張るから祟ったんだんべぇ。」「人を粗末にするから罰が当ったんだ!」「来ないとうるさいから来てやってるけど、不憫だなんてこれっぽっちも思わない。」などと、集まった人たちがホトケ様やその家族のボロクソな噂をしているのを耳にしました。

 たまたま顔を出しただけで半日振り回された私達が「一番不憫な人。」

 いあやぁ、まぁ、えらい目にあいました。
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突風

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 天気予報では午後には雷雨になると予想されていましたが、午前中は良い天気でした。
 突然突風が吹き荒れて、あたりが急激に暗くなり、”おお!、これは荒れるぞ!”と、絵に描いたように急変し、FMラジオではパチパチと雑音が入りだし”雷が近いぞ!”。
 程なく落雷と激しい雨が降り出し、家に逃げ帰り、近くに落雷がありそうだから電話線からモデムをはずして様子を見ました。以前、落雷でモデムが壊れてしまったことがあったので、一応落雷予防の機器はつけていますが、念を入れるにこしたことはありません。
 渋川では突風で電柱が倒れて2500世帯が停電になったそうです。

 雷雨の最中、携帯電話からウラジオストクの事務所に電話をすると、ゴロゴロなる雷の音や電話に入る雑音で「戦場から電話をしているんですか?」とからかわれました。

 日本に帰るお客さんを空港へ送っていったまま男性スタッフは行方不明。「たぶん、携帯電話のスイッチを切って、ダーチャでくつろいでいるんだと思います。帰ってきたら彼にやってもらいたい仕事がありますが、逃げられました。」
 彼女の自動車にカーステレオを取り付けてもらいたかったようです。元々付いていたカーステレオはMD付のカーステレオでしたが、カセットテープしかもっていないので旧タイプのカーステレオを見つけてきたそうです。「新しいカーステレオは盗まれるのでは?と心配していましたが、今度の古いカーステレオは古いから盗まれないでしょう。」取り外した新しいカーステレオは既に買い手が付いているそうです。


 夜、近所の人たちと近くのすし屋さんで会合でした。隣組の花見の日程を一杯飲みながら決めました。花見の予行演習のようなものです。


 通常のにぎり寿司の2−3倍はある巨大なにぎりがこのすし屋さんのセールスポイント。
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祝日

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 対ドイツ戦の戦勝記念日でロシアは休日。第二次大戦での対ドイツ戦でサッカーではありません。
 あまり注目されていませんがあの対戦で民間人の犠牲者が多かったソビエトは2000万人がなくなっているといわれています。

 どさくさにまぎれてスターリンの粛清もあったので、「ヒトラーに殺された人よりもスターリンの殺された人のほうが多かったかも知れない。」などと陰では言われています。
 ウラジオストク界隈などこの時代に強制的に極東に移住させられた人々が大多数です。

 街では軍のパレードなどのイベントが催されたそうですが、私の知り合い関係はダーチャで農作物を作ったり、釣りに行ったり、家で寝て過ごしたりとイベントとは関係なく自分のやりたい事をやって過ごしたようです。
 「ガソリンが高いから遠くへ行けません。」

 表向きは休みだったウラジオストク事務所ですが、日本からのお客さんが来ているので休日返上で出ていました。

 「日本に行っている女性会員たちは元気でしょうか?」と聞かれ、会員さんから特に連絡も受けていないので便りの無いのは無事の証拠。順調に行っているのでしょう。
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 女心と春の空?気候変化の激しいこの季節。今日は1日好天でしたが、どんよりとした暑さで疲れました。明日は一転して雨降りになるようです。

 今年は冬が寒くなかったためか花の色が良くないねと近所の人との話題。辛いけれど寒くなるときにはしっかり寒くなったほうが、温かくなった時の色合いも良くなるもので、”人生だね。自然の生業も人生だね”と、言いつつも、「こういうぬるめ湯のような冬だった年は作物のできも良くないんだよね」。
 艱難汝を珠にする。逆境は人を育むものですが、できれば何事も順調に行ってもらいたいものです。
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食わず嫌い

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 ロシアの国を代表する花のカモミール。日本では「カミツレクサ」という別名を持っています。「カミツレ」とはどんな古式ゆかしい由来があるのだろうか?と気になっていましたが、古の日本語どころか外来語でした。
 カモミールはオランダから日本で入り込んできた植物で、「カミッレ」と言う名前を持っていました。昔は「ッ」を大きな文字のまま「ツ」と書いていたので「カミッレ」が「カミツレ」と表記されたまま現在に至ったそうです。
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 桜は確かに日本的です。小さな花が一斉に咲いて、一斉に散って、散った花びらは風や水に流されいつのまにか消えてしまう。
 あの巨大なロシアの花のカモミールもお国に似合わず小さな花ですが、かの国から見た国民なんて小さな花に近いかもしれません。桜のように一斉に咲いたりせず、大まかな開花期に気の向くままに咲きます。カモミールの開花予報は難しいです。当然、咲いた花は散るものですが、そのときには別の花が咲いていて忘れ去られているので、ある意味ロシア的?かも知れません。

 昼時、スーパーの惣菜コーナーで中国人の奥さんに会いました。ネギトロ丼を買っていました。
 来日した時は刺身は食べられない、ネギの香りも嫌いだったそうですが、子供を生んでから食べ物の好みが変わったそうで、大方の刺身は食べられるようになったそうです。

 女性は妊娠や出産で食べ物の好みはおろか、体質まで変わるので不思議な生命体です。
 
 食わず嫌いというのも少なくは無いと思います。私の場合、キノコは苦手でもなく好きなほうですが、キクラゲというぶよぶよしたコケのようなキノコは食べられませんでした。
 子供の頃はよく山に行ってはとってきて天日干ししていましたが、山の中で木の幹にべったりとはえているキクラゲを思い出すと食べたくもありませんでした。
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 中国でキクラゲばかりの野菜炒めをご馳走になったとき、嫌いな食材だったので、最初は手をつけてよいものか?それでも、ご馳走してくれた人に感謝の意味を込めて一口食べたら、カリカリコリコリした歯ごたえや、味の染み込んだおいしさなど、すっかりお気に入りの食材になってしまいました。
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連休明け

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 ゴールデンウィークも終わりました。
 来日する女性会員のビザ申請に日本領事館に行ったら、いつもよりも混雑していたようで待たされたようです。
 領事館の待合室には日本の観光パンフレットなどがあり、順番待ちしている間に女性会員がそれらを眺めていたそうです。
 観光パンフレットですから美しい景色の写真などを掲載しているわけですが、それに見入っている女性会員に「私はビジネスで何回も日本に行っているが、こんなの写真だけで、こんなに美しくはない。」と余計なアドバイスをするロシア人のおじさんがいたそうです。そんなこと暗黙の了解のようなものでわかりきっていることですが、「あなたは何回も日本に行ったことを自慢したいだけなんでしょう!」と突っぱねていたそうです。

 ウラジオストクの事務所に日本からの観光客は多かったか?と問うと、「団体で来る中国人が目立っていて日本人はめだたなかった。」
 同じ時期に中国も金週間と呼ばれる連休シーズンがあります。列車や観光バスなどで陸路やってきて、集団で観光地巡りをしているので目立ちます。
 個人旅行や少人数での旅行が多い日本人は目立ちません。

 5月9日は「ドイツ戦勝記念日」の祝日ですが、女性スタッフは「ダーチャで畑の作業をする予定です。去年、日本で買ってきたトウモロコシを作ってみます。」
 たぶんこの時期は我が家のあたりと同じくらいの気温でしょうが、トウモロコシを蒔くにはまだ気温が低いような気がします。ここから急激に温かくなっていくので、夏は私の住むあたりよりも気温が高くなるウラジオストクです。
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 アラブ人に南アフリカ人を紹介されました。輸出できるトラックの中古車を探している人で、この連休にモスクにお祈りに行って出会ったのだそうです。国境を越えたモスリムネットワークというのがあるのか?南アフリカにもモスリムがいたんですね。
 奥さんは日本人でしたが「対外的に私もモスリムということになっていますが、豚肉だって食べますし、焼酎だって飲みますよ。そんなタブーなんか付き合っていられませんもの。アラーにかしずく前に私にかしずけって亭主の教育しているんですよ。」「ねぇ。日本の女性は強いでしょう!神様よりカミさんのほうが恐ろしいでしょう。」
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歴史探索

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 雨の中何をしていたかと言うと石仏探しで、この連休は「日本再発見」に始終してしまいました。
 上毛高原駅の山側に真沢という土地があり、ここに観音様があると以前からきいていました。が、どこなのかわからない。
 雨で畑仕事ができなかった先輩が案内してくれて、意外にも道路わきにありました。
 「おー三つ葉アケビの芽が出ていること。こりゃありがたい!」と先輩は石造の周辺から出ているアケビの芽を摘んでいました。茹でてマヨネーズかけて食べるんです。
 金のかからない連休の過ごし方のみならず、晩のおかずまで調達する浅ましさ?


 観音様の乗っている台座にしっかり十字が刻んでありました。
 昔はこの集落の人は他の集落とほとんど交流が無い隠れ里だったと聞いたことがありましたが、やはり隠れキリシタンの里だったのか?なんて想像しています。
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 沼田藩の城主だった真田信之がキリシタンの取締りを命じたのが寛永15年(1638年)のことで、天正年間に禁止令に続いて徳川秀忠がキリシタン禁止令を出した1613年ですから、その後も二十数年間はゆるい取締りの中で存在できたのでしょう。

 その後どこに行ったかと言うと墓地で、雨の中傘もささずに墓地で墓石を覗き込む怪しい風体の2名になっていました。

 これなんか怪しいんでないかい?と発見したお地蔵様。
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 合掌する手が離れています。隠れキリシタンというより離れキリシタンというべきでしょうが、こうしてカモフラージュして存在を示していたんでしょうね。
 やがて年月と共に本来のキリスト教なのか土着のシャーマンか仏教かわけがわからなくなり、末裔達でさえ気にしないようになっていったのでしょう。
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 先輩から面白い話を伺いました。沼田城主の真田信之の奥さんは小松姫と言って本多忠勝の娘で、一度徳川家康の養女になってから真田に嫁いでいます。こうした縁があって関が原の合戦の時に信之は徳川方、父親の昌幸、弟の信繁(真田幸村)は豊臣方についたわけですが、豊臣が他の敗北後、高野山へ幽閉されることになった父の昌幸が別れの挨拶に沼田に立ち寄ったところ、小松姫は夫の留守を口実にm敵方についた昌幸に子供たちをあわせるわけには行かないと門前払いしたそうです。
 実際には一度門前払いして追い返した後、29日の日記で紹介した正覚寺に子供達を連れて現れ、昌幸は孫と会っていたそうです。
 小松姫は男勝りで数々の武勇伝で有名ですが、なかなか気が強いご夫人だったようです。
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 この姫様、いきなりこんな田舎に赴任してきて面白くなかったのか、私の村に引きこもって村の若い男をくわえ込んでいたという話もあり、どうやら3日の日記で紹介した神社のご近所で小松姫がバカンスとアバンチュールを楽しんでいたようです。
 歴史書に出てこない言い伝え。
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何者?

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 既成概念にとらわれてしまうと偏見が生まれるので、何事もありのままに見て判断しようと思っていますが、想像を超えた出来事に出くわすと戸惑うものです。

 裏見の滝に行ってきました。滝の裏側が見えるから裏見の滝で、恨みの滝ではありません。


 途中、キャンプ場で「芽吹きフェスティバル」なるイベントをやっていましたが、何の芽吹きだろう?

 ルーマニアのロマの一族が集結したのか?黒魔術の集団か?
 およそ森の中で出会うには似つかわしくない人々の集団がいました。山の中でレゲエの象徴ドレットヘアーなどまず出くわすことはありません。安保闘争華やかな頃に流行ったマキシースカートの女性などこの山奥でまず見かけることもありません。
 えらいものが入り込んできたなという思いもありましたが、こんな光景に出くわすこともめったにないので、中に入り込んで見て感じてやろうとキャンプ場に入りました。
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 濃い人々には慣れていますが、それにしても濃さがことなる。どう考えてみてもキャンプ場でさえ似合わない。
 ウッドストックのヒッピーとも趣が異なる。なんなんだ?この人たちは?原色や蛍光色をたくみに取り入れた色柄。すごいセンス!と感動しながらも周囲の借景に馴染まない。いえいえ、登山のマウンテンジャケットなどあえて自然界に無い色を使って、万一の時に見つかりやすい色合いを選ぶわけですから理にかなっているのかもしれません。これだけ派手な色合いをしていれば有害鳥獣駆除で山に入ってきたハンターだって熊や猪と間違えることは無いでしょう。
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 野外コンサートも様なものがあり、テントやキャンピングカーに寝泊りしながら一晩中騒ぐイベントがあったようですが、白樺林にこれほど不似合いな人たちもいないだろう?
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 ブナや白樺の森に囲まれたこの自然環境とビミョーに違う。と思いながらも面白そうなのでキャンプ場内に踏み込んでみると、言葉遣いはともかくけっこう気さくで気取らない若者達でした。
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 ご近所、しかも親戚筋にアフリカ人の婿さんがいますが、この色使いはアフロですね。
 最初は違和感があったものの目が慣れてくるとこの色合いが不思議と馴染んできます。
 縄文人の遺跡から出土する文様の華やかさを思えば、縄文人もこんな色柄を好んだのではなかろうか?
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 しかも、意外とマナーが良かったりして、しっかりとゴミの分別をしているし、一見けだるそうな顔つきをしたお姉さんが、誰ということなく「分けて捨てておくからその辺において置けばぁ〜」と気さくに他人のゴミの分別まで買って出ている。
 自分たちのことしか考えていない身勝手な家族連れのキャンパーよりもよっぽど他人への気配りができている。
 彼らは彼らなりの世界があってそこでは「他」との関わりを大切にしてることが理解できました。
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 出ている屋台が味噌汁やとろろご飯。思い切り純日本。およそ見てくれからは想像できない「ヘルシーでしょう!この大自然の中でヘルシーな食事!」の言葉にびっくり。
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 この不思議な空間をつっきて滝にたどり着きましたが、これもまたネイチャー。あれもまたネイチャー。
 彼らは彼らなりに自然に接しているし、わかったような顔をして踏み込むべきでは無い領域まで入り込んでいるネイチャリストよりもよほど分別をわきまえているかもしれません。
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マリア観音

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 休みを利用して東京見物に行っているマレーシア人の研修生から電話がありました。昨日はディズニーランドに行ってきたようで、今日は東京に乗り込んだ模様です。
 アキハバラで迷子になった模様で「駅がないよ!」。
 千葉県に住んでいる研修生も同行するときいていたので彼らに案内してもらえるものと思ったら「みんな東京初めて。ここはどこ?駅はどこ?」。
 通りすがりの日本人捕まえて電話に出てもらい、駅への行き方を説明してもらうようお願いしたら「ボクも駅まで行くので一緒に連れて行きます。」
 親切な日本人がいてよかったと一安心。

 相俣宿の海円寺のマリア観音を見に行ってきました。


 先代の住職は7−8年前に亡くなり、住職の奥さんも昨年亡くなったばかり。現在の若い住職はその娘の婿さんで人柄の良い好青年です。
 が、マリア観音のことは知らなかったらしく「そんなのがあったのですか?」と驚いていました。
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 表向きは「慈母観音」という名目になっているようで、、一説には街道を旅する旅人が行き倒れになって、その旅人が持っていた観音様などといわれていますが、こんな重たいものを持ち歩いている旅人なんぞそうそういるわけもありません。
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 子供を抱いている姿が聖母マリアの肖像画を燃したものらしく、たくみに観音様に見せかけています。
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 このお寺の裏山に奥の集落につながる道がありまして、今は薮の中に埋もれていますが、私が子供の頃は通学路になっていました。峠のてっぺんに馬頭観音などの観音様の石仏があり、十字が刻んであったと記憶しています。
 
 お寺の裏山の集落。かつての道は山の右側の鞍部を抜けてお寺の裏山につながっていました。今はスギ林になっているこの鞍部の峠に十字の仏像があったと記憶しています。
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 このお寺の近くには他にも慈母観音がありますが、子供の抱き方などが仏教画の慈母観音と違う気がします。
 台座などに剣などを模して十字を刻んでいることが多いのですが、台座がなくなっているので定かではありません。
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 表向きはどこにでもある庚申塔ですが、台座に一工夫。これだけあからさまに十字を刻んだ台座は珍しい。
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 山間地は厳しい生活環境ですが、人と争うことを避けてあえて住み着く人々の歴史を持つので、多様な事情を持っているものです。石に刻まれた歴史から想像するのも興味深いものです。
 尼僧の墓石も聖母マリアの被っているフードのような墓石になっています。
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 山間部に行くと十二神社が多くなり、山仕事の人たちの守り神とされています。山の名前に十二社の峰というのもあります。熊野神社新興の影響なのか?はたまた?

 新潟からこの界隈にかけてよく見かける十二神社ですが、十二神社が多い新潟の松之山にもマリア観音があります。考えてみればキリストの弟子は十二人でした。
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 「十二神社」と刻んだ石碑の「十」の文字にひと癖あります。縦の線の頭の部分が筆を置きにいったアクセントではなく、鏃のように不自然に尖らせてただの「十」でないことをアピールしています。2−300年の時を超えてのメッセージの送り手との対話?
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 山里は謎に満ちています
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獅子舞

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 夕方のテレビ番組で北京の石景山游来園のことを紹介していました。国営の遊園地ですが、著作権侵害の塊のような遊園地。ディズニーランドはもとよりドラえもんやキティーちゃんの着ぐるみが出てきて、しかもメチャクチャだれて怠惰な仕事をしている着ぐるみスタッフ。さらに、記念写真を撮るなら金よこせと着ぐるみタレントが小遣い稼ぎ。夢のアミューズ面とどころか思い切り現実的です。
 アトラクションまでディズニーを真似していますが、はたして安全性のほうはいかばかりか?
 ここまで真似しているとあきれてしまいますが、ウラジオストクの女性スタッフは北京旅行に行った時にこの遊園地を訪れています、その後、来日して舞浜のディズニーに行って「日本のディズニーは中国のものとぜんぜん違う」と感動していました。
 というより、中国のまがい物があまりにもひどすぎて、私の村のお祭りのほうがまだ真剣にやっていると断言できるほどのなまくらぶり。


 村の羽場という地域の日枝神社の縁日に行ってきました。神社の縁日といえば、神楽なのですがこの神社では獅子舞が出ます。
 話には聞いていましたがまだ一度もお目にかかったことがなかったので、今回、はじめてみるお祭りです。


 宮司さんは他の神社のお祭りでも見かける人なので、顔なじみでした。
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 おでんの無料サービスがありました。私の直前で皿がなくなってしまったために、紙コップに入れてもらいました。ここまでコッテリ煮込んだ玉子が魅力です。
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 この注連縄の中で獅子舞を演じます。お面をかぶらなくても素顔のまま獅子舞を踊れそうな天然記念物のような顔立ちのおばさんたちがいましたが、そんなこと恐くて口に出せません。
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 獅子舞というので正月に出てくるような獅子舞を思い描いていましたが、独特の扮装です。
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 最近、こうした伝承を若手が受け継いでくれるのでありがたいことですが、70過ぎの年配の方から40代へと一気にシフトしています。
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 神楽は以前外国向けのHPで紹介しましたが、獅子舞はまだ紹介していません。
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 お囃子の顔ぶれは村内でよく見る顔で、”この人がこんな文化的な活動にかかわっていたのか?”と驚く人もいました。
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 獅子舞をバックにお宮参りの家族もいました。
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言語

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 八十八夜だそうです。春から夏に移行する準備の季節ですね。

 この2年ほど再放送を流していたNHKの「ロシア語会話」が4月から新しい番組に変わりました。以前の初心者を対象にした番組作りから、中級者まで網羅した形になりました。

 最近、NHKの教育テレビでアラビア語にトライしていて、テレビでおぼえたフレーズをヨルダン人のムハマンド君相手に試しています。アラビア語は中東からアフリカ北部まで使われている言葉で、国によって随分異なるそうですが、「だいたい通じる。だって国連の共通語の一つです。」

 ムハマンド君曰く「ハッサン(エジプト人)のアラビア語は田舎の言葉。本当のアラビア語は僕の言葉。」。ハッサン君曰く「ムハマンドのアラビア語はひどい訛り。」NHKのテレビ番組に関して両者曰く「気取ったアラビア語。外国人が喋るアラビア語です!」ところで、どこの言葉が本当のアラビア語?

 そういえば、アラビア語以上に世界的な広がりを持つスペイン語について以前ドミニカ人のセニョールが言っていました。「スペイン語は広がり過ぎた。ぼく達はヨーロッパのスペイン語には親しみを感じない。でも、きっとぼく達のスペイン語も彼らには理解できないだろう。」

 1億人以上が使っているとは言え、日本語やロシア語なんて地域限定かも知れません。
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パン工房

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 メーデー。社会主義国だった国々では代表的な祝日ですが、日本では連休の谷間の出勤日です。

 中国ではメーデーから金週間と呼ばれる一週間ほどの休日に入るため、ウラジオストクにも中国人観光客が大挙して押し寄せます。

 今年の5月連休はウラジオストクに行く会員さんがいないのでホテルの予約などの心配がありませんが、来日している女性会員たちがいますので、国内観光地の混雑状況が気になります。

 ウラジオストク事務所のスタッフは日本人観光客の団体の通訳で、シベリア鉄道に同行してイルクーツクに向かっています。 
 年配のご婦人方ですが、風流を理解できる人たちなので長時間の列車の旅や、車内での寝泊りなど苦にしないと心配していませんが、同行したスタッフが男性スタッフ2名。
 ご婦人ばかりなので危険から守るために男性スタッフのほうが安心と向こうは判断したようですが、駅まで見送った女性スタッフは「お客さんは女性の私に冷たい態度でしたが、彼らにはとても温かい接し方をしていました。彼女達はロシアの女性は嫌いみたいですね。きっと私が同行していたらいじめられていたでしょう。」
 ダンディーな中年男性と端正な顔つきの若い青年通訳なので今頃おば様方にチヤホヤされていることでしょう。

 旅行ルートの名所などを解説した日本語パンフレットを私と女性スタッフで作りましたが、こうしたサービスはロシアではなかったこと。でも、日本では当たり前なので、「へえ、あなたが作ったの。」と冷ややかに一言言われただけの女性スタッフはがっかりしていました。
 日本のおば様方に足蹴にされて悔しかったのか「メーデーでも仕事をします!」と仕事でウサ晴らし?をしている女性スタッフ。

 ドイツ文学教授夫人がたくみの里にパン工房を作りました。
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 天然酵母を使ったパンなので一日にできる数が限られていますが、毎日売切れの嬉しい悲鳴だそうです。麦も契約した農家で作ってもらっています。
 ドイツや北欧などで生活してきている人だけに本場の味になっているようで、パリで生活したことがある私の弟曰く「向こうのベーカリーで買ってきたパンと同じ味。」
 硬い黒パンばかりのロシア派には、「上品なパンだ!」

 主役はたくみの里フランスパンと、リンゴの酵母で作ったパンだそうですが、試験的に作ったチョコレートパンの試食をしてきました。
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 まだ釜から出したばかりで手でもてないほど熱いパンでしたが、焼きたてのパンは格別です。
 パンを食べると胸焼けがする体質なんですが、天然酵母のパンは胸焼けを起こさないので不思議なものです。
 そういえば、ロシアでパンを食べていた時も胸焼けしなかったので天然酵母だろうか?それとも、ライ麦や大麦のパンだったからだろうか?
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