伯母の法事で東京に行ってきました。
上野駅でこんな看板を見つけました。
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午前中で法事は終わるので、時間があれば見に行こうかなと思ったものの、これはこれで日を改めて来た方が良かろうと、もっとごちゃごちゃした東京見物をしました。
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久し振りに高田馬場に出かけてみました。私の印象の中では、若者の夢や希望なんてものを食い物にしている屈折した街ですが、なつかしい街です。
やりたい事は山ほどあっても現実にはどうにもなら無い歯がゆさに悶々としていた若者の姥捨て山のような街でしたが、最近の若者は屈折していないのかな?
先週はハンカチ王子の活躍で野球で優勝し、提灯行列があったそうですが、その騒ぎも見る影も無い静かな日曜日でした。
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この何日かの雨の影響で神田川が増水していました。あの名曲の舞台になった水路です。
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卵を持っていない子持ちシシャモを出す店や。イクラ飲んでも酔わないビールを出す店だとか、飲むと腕に赤い斑点が出る酎ハイを出す店など、恐いもの見たさというよりも「安けりゃ多少の犠牲はかまわん」と友人たちと乗り込んでいった居酒屋など消えていました。
学生時代によく通った定食の大戸屋。値段格安でフリカケかけ放題がありがたかったものです。
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それにしても、しばらく来ないうちに屈折した通りもさま変わりしていました。
私が学生の頃には雀荘や焼き鳥屋などが立ち並び、女の子など連れて来るには気の引けるような胡散臭い通りだったのですが、これでもきれいになったと感じました。
友人たちとよくたまり場にしていたおでん屋があった場所だと思うのですが、タイ料理の店になっていました。
この吹き溜まりからいつか脱出してやると、焼酎飲みながら論議したものですが、果たして今の自分がその時代に見えていたか?およそ想像もしていなかった生き方をしています。
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およそ「国際化」には程遠い街だったように思えましたが、床屋さんを挟んで韓国焼肉、インド料理に中国料理、そしてトルコ料理の店が並んでいます。それでもまだ胡散臭さが残っている。
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わが青春の名曲喫茶”あらえびす”があったあたりはビルが建っていました。