夜、たまたまNHKのスペシャルドラマ「海峡」を見ました。途中から見たので全容はよくわかりませんでしたが、戦前、朝鮮の男性と「結婚?」して戦後引き裂かれた日本女性のドラマだったようで、最初から見ればよかったと再放送に期待しています。
戦後日韓が分断され、国交もなくなり往来ができなくなり、それでも何とか会おうと密航しようとしてつかまる話や、日本からの手紙を韓国人の母親が握りつぶして息子に見せないようにしていた話などが印象的でいた。
晩年、お互いがそれぞれの国で別の家庭を持ち。死を間近にして再会を果たす光景が妙に感動的でした。
釜山では日韓にはさまれた玄界灘をわたると言うことは遠い外国に行くことを意味すると言う言葉も感慨深かったです。
学生時代、九州から来た同級生が関門海峡を渡った時、「これでもう引き返せない遠いところに行くんだな」と覚悟を決めた話を聞いたことなどを思い出しました。
ドラマの中でカササギと言う鳥が印象的に登場していました。日本ではヤタガラスと言って九州の一部でしか生息していない鳥ですが、韓国では国鳥。中国でもよく見かけた鳥です。
カササギは七夕物語とも縁がある鳥で、織女と牽牛が年に一度会う日に、天の川にはカササギが橋をかける話になっています。
郵政省が民営化されるはるか以前。カササギは織女と牽牛の間を取り持つ鳥でしたが、年賀状配達の高校生アルバイトのごとく怠けて手紙を送り届けなかったために、その罰として年に一度天の川に橋をかけて逢瀬を手伝っています。
昭和末期。下関から釜山までフェリーに乗って行ったことがありました。富山ウラジオストクよりもはるかに近いので、一晩玄界灘を航行して明け方には釜山の港近くに到着して、港が開港する時間まで港の外で停泊していました。
日本に化粧品や生活用品を買い付けに来ていた釜山のオバサンたちが荷物整理に余念が無い中、船に見慣れない鳥が飛んできたので「カルメギ(カモメ)?」と聞くと、カササギという鳥で七夕の話を聞きました。
「こんなところまで飛んでくることは珍しいんだよ。あんたいい出会いがあるよ。」と言われました。
はたして、おばさんの予言のごとく、その夜景気のいい酔っ払いのおじさんに出会って、屋台の梯子をしながらおいしいものをご馳走になりました。
年末に奥さんがロシアに里帰りする日露カップルの男性から電話があり、たまたま同じドラマを見ていたそうです。
「晩年、妻と再会してお互いの誤解や、本当に愛し合っていたことがわかるといいね。」なんて話になり、「でも、晩年どころか正月明ければ戻ってきちゃうから、また女房子供でゴタゴタしながら人生を過ごしていくのさ。」
実はこれが幸せの究極かも?
昨日、夜の日本海を眺めながら、国の内外を問わず「海を越える」ことの険しさを思いました。
浪曲「佐渡情話」は惚れた男を追いかけて、娘が佐渡の赤泊から新潟の柏崎にたらい舟で渡ってくる凄絶なドラマ。
その海をデジカメで長時間露光して写して見ました。車道の街頭の明かりが赤くなってしまいました。

沖に船の明かりが見え、漁船の明かりでしょうが、ウラジオストクに向かうRUS号の明かりだろうか?案外、北朝鮮の工作船で拉致されたりしてなどと眺めました。
どんよりと重い鉛色の日本海は荒ぶる冬が絵になりますが、寒くて海岸になどいられたものではありません。