関西方面ではロシアを中心としたCIS諸国の人たちのクリスマスパーティーがあり、友人のカップルが参加したそうです。
一頃はパーティー会場を子供達が飛びまわる保育園状態だったようですが、年々子供達も成長してわきまえをおぼえるので、賑やかなロシア語軍団と、おとなしい日本のお父さんたちのふたグループになってのパーティーだったようです。
「新しいカップルが少ない。」と会場の中の様子を語っていましたが、元々少ない日露カップルに加えて、ロシア経済の大成長でいわゆる経済目当ての国際結婚が少なくなっているので、胡散臭いカップルも姿を消したようです。少数派は少数派で中身を濃くすればよいだけのこと。寂しいけれど、厄介なカップルが来ないこともありがたいこと。
こちらでも国際交流のクリスマスパーティーがありましたが、各国入り乱れるパーティなので、主に中国とフィリピン女性が中心。体育館でのパーティーだから親が気取っても子供達が化けの皮をはがすごとく飛び回っています。
クリスマスパーティーよりも大切な集まりがある?外人さんたちがキリシタンのお祭りに昂じている最中、昨日から隠れキリシタンの研究会の関東大会があり、私も顔を出して勉強してきました。
東京や神奈川からも研究者が集まりました。
あまり知られていませんが、我が家の界隈は隠れキリシタン遺跡の宝庫。
一見、山岳遭難者の追悼のように見えますが、山の峠にあるマリア菩薩像の視察。

今は通る人も無い山の廃道ですが、私が小学生の頃通学路でこの地区の小学生はこの観音様の前を通って学校に来ていました。
実は観音様のように見せて作られたマリア像という話は子供の頃に聞いたことがありましたが、それがどういう意味なのかはわかりませんでした。

こちらは上杉、真田の影響下にあった土地ですが、キリシタン禁止後も真田は長らく弾圧をしなかったので、隠れキリシタンどころか、キリシタンが半分隠れる程度で共存していた稀有な土地なのだそうです。
台座に刻まれた花十字と呼ばれる十字架。

峠の下の林家のお墓。戒名にしては奇妙な戒名です。

一見普通の墓石に見えますが、キリシタンの墓に多く見られる工夫がしてあります。

戒名の上に刻まれた「心」と言う字。隠れキリシタンが墓石に刻むことが多い文字だそうです。

建立の年月に刻まれた「天」の文字。これも隠れキリシタンが使うことが多いそうで、こうやって仲間内だけにわかるメッセージを刻んでいたようです。

神父様が儀式の時に襟にぶら下げている長い帯。これをストラといいますが、ストールの語源だと思えばわかりやすいでしょう。
このマリア観音も首に長い襟のようなストールをぶら下げています、一見仏像の振袖のように見せかけながらキリシタンをアピールしているそうです。

写真ですとちょっとわかりにくいのですが、仏像の頭の上に十字が刻んでありました。

墓石の没年月日に刻んである「星」の一文字も「天」同様隠れキリシタンの目印だそうで、本来必要の無い文字をあえて刻み込んで目印になっています。

物好きの好奇心でやっていたときは楽しかったのですが、学者さんたちがいろいろ定義付けをしてくれるので、「はあそんだったんですかぁ」から、「勉強不足でした。」とだんだんこちらも責任が重くのしかかる思いになってきました。
目に付きやすい通りに建てられていた地蔵様。特に変わったところは無いと思いきや、

十字錫杖と呼ばれるそうで、地蔵様が手にする錫杖の頭に十字が刻み込まれています。

石仏があると言うことは、仏像を作った石工もいるわけで、こんな注文が来れば依頼者が「隠れキリシタン」であることなどわかるはずですが、「禁止されている異教徒でも排他せず共存していた土地だから、こうした石仏がたくさん残っているのかもしれません。」
「今でもそうだけど、昔から変な者が好きな土地柄だったんでねえの?」
玉泉寺と言う古刹。ここにも隠れキリシタン遺物があると聞いていましたが、私には見つけることができませんでした。
意外にも、墓地の入口に大々的に並んだ地蔵様の中にまぎれていました。

頭の上に卍を持った地蔵様。この足元が隠れキリシタンのメッセージ。多くの地蔵様が裸足なのに、真ん中の地蔵様は靴を履いています。

何度もこの目立つ地蔵の前を通りながら気がつきませんでしたが、専門家は一発で「おおこんな大胆なところに!大胆な表現!なんておおらかな人たちだったのだ!」と気がつきました。
何が違うのか知らないと見落としてしまいますが、こうして自分たちの存在を残しています。

古い灯篭にもメッセージが・・・。古の人たちとの知恵比べです。

中には夫婦像。これもまた隠れキリシタン独自の像がおさめられているようで、どう違うのか私にはわかりませんでしたが、「はあ、そうですかぁ。」と感心。

このハート型の灯篭もそうなんだって。

歴史は暗記する学問ではなく想像する学問なんだなあとしきりに感心していましたが、専門家は私のような物好きとは気合が違うと言うのか、目が鋭い。
ストラのことは聞いていたので、もしかしたらえと思っていましたが、「天使像ですね。」

天使?どこが?と耳を疑いましたが、「天子の羽を巧みにデフォルメして刻み込んでいます。」
はあ、そうだったんですかぁ。としか言いようがありません。

私のような怪しい風体のものが一人で人様の墓地の古い墓石などを調べていると「何か悪さでもしているのか?」と疑われますが、博士号を持つ人たちとバスを仕立てて墓場を回っていると「法事かな?」と見られそうで、大胆になれます。
学者さんは心臓の強い人たちばかりなので、人様の墓地でも恐れることなく足を踏み込みます。
他所の隠れキリシタンはもっと巧みな細工で自分たちの存在を密かにアピールしているそうですが、こちらでは人々が気がつかないのか?黙認されていたのか?隠れキリシタンが処刑されたって話もあまり耳にしていません。
「この土地はすごい、これだけ人目につくところに危険を顧みずあちこちに堂々と存在を残しているなんて。」と、更にその近くにあった地蔵に刻まれた十字も発見しました。

今年は下関で隠れキリシタン研究会の全国大会が催されたそうで、「来年はこの土地で開催したい。」と申し入れがありました。
私など道楽延長線上、冬の暇つぶしの隠れキリシタン探しでしたが、こんなものに全国組織があったのか?と驚くと同時に、どんな連中が集まるのか?とそちらのほうが興味深いです。
沼田市の旧家にあったマリア像。「来年8月に何でも鑑定団が来るからそちらに出してみては・・・」と下衆なことを考える私と異なり、学者さんたちは「これはすごい!」と大歓声。

「ここは隠れキリシタン遺物の宝庫です!」と来年の全国大会の開催地に簡単に決定し、「良かったですね」と他人事のように喜びたかったのですが、こちらがホストになるわけです。
地元の研究会メンバー5名。私と私の先輩は何の専門知識も持たず物好きで顔を出しているだけ。他3名年配者は腰を入れてがんばっているので「全国から研究者を招待できるなんて名誉極まりない」と感激し、歳の若い2名は「どうすりゃいいんだ?」と目を白黒。