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おおつごもり

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 「今年は家族でナイトクラブ(ディスコ)に行って新年を迎えます。」とメールをくれたウラジオストクの友人。
 例年のパターンでは明け方まで踊り明かして、元日の昼間は寝て過ごし、夜になって目がさえてウォッカを飲んで酔いつぶれて、翌日の昼間は寝て過ごし・・・・毎年の恒例。
 日ごろ精一杯抑えて、解放する時にドカンと大きくハメをはずすロシア人。

 「あなたは毎年どうやって新年を迎えますか?」と聞かれて、今年は何も考えていないことに気がつきました。この3年ほどお寺の鐘付の番をしたり、お札売りの役が回っていましたが、今年はその役もないので初詣も予定していません。
 抑揚の無い日々を送っています。

 お昼にイラン人のアレックス君を連れて中華丼を食べに行きました。コンビニのパートタイマーで働く彼の奥さんは大晦日も元旦も仕事。妻が働いているのにのんびりできないと、アレックス君も家庭のために大晦日に仕事です。自分ひとりだけ働くのは寂しいからと、私も手伝いに引っ張り出されました。

 よく行く中華料理屋さんでインド人の女性が働いていると聞いていましたが、地元のおばちゃんお姉さんばかりで、それらしい人が見当たりませんでした。

 「今注文をとりにきたお姉さん。日本人じゃないよ。化粧のしかたが日本人と違うし、雰囲気が違う!」とアレックス君に言われたものの、どう見ても日本人の風貌。確かにアイラインの化粧の仕方が南アジア風でしたが、中華料理屋なので中国人といわれればそう思えてしまわないこともない。

 「インド人にも東アジア系の人は多いよ。ロシアにだってあなたに似た顔の人もいるでしょう。イランにだって東アジア風の顔立ちはいるよ。」と言われ、そういわれればそうだけど、それにしても日本人の風貌。

 アレックス君が声をかけてみると、彼の予想通りインド人でした。日系インド国籍だそうで、結婚してこちらに移り住んだそうです。お母さんが日本人なのでくせの無い日本語を喋れたわけですが、私がふやけしているうえにロシア人やイラン人やマレーシア人とよくこの店に来ることもあって、彼女は私のことを日本人ではなく東南アジアの人だろうか?と思っていたそうです。

 彼女はアレックス君に「スープにトンコツ使っているけど大丈夫?中華丼に豚肉が入っているけど大丈夫?」と聞いていましたが、「問題ない。今アラーはパキスタンが忙しいから、日本を見ていない。」そのくせ魚嫌いで、魚料理になるとイスラムの戒律には無いくせに「宗教上食べられない。」

 私たちがよく顔を合わせるトラックの運転手(日本人)は、健康志向の奥さん(日本人)の意向により家庭ではベジタリアン。家庭では肉も魚も乳製品もダメで、玄米食。
 「絶対健康に良くないと思う!」と仕事で外に出た時は好きな物を食べているようですが、「家に帰って食事をすることが苦痛に近い」とぼやいていました。

 「忌憚なく食える」ことも幸せです。

 夜、東京方面で暮らすロシア人奥様から電話がありました。今年は日本で新年を迎えることになり、「ヨールカ(ロシアのクリスマスツリー)もなければ、家族もいない。本当に寂しい新年です。」と嘆いていました。
 夫婦水入らずでいい正月ででしょうと言いたかったけど、彼女の夫はホテル勤務で正月に休めないのは想像つきます。

 人様の心がわき踊る年末年始だから、何もなければ寂しく感じるのでしょうね。
 日々あわただしく過ごしている身の上ゆえ、何事もなくのんびり正月を寝て過ごしたいと切実に願っているのですが・・・・・・何事もなかったためしがない。
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起死回生

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 日本海側は大雪と天気予報はつたえていましたが、それほどでもなく、いつもどおりの雪に思えました。

 今日、ウラジオストクに帰国するゲーニャ君とイーラさんを新幹線の駅まで送っていきました。ウラジオストクの事務所にもって行ってもらう書類と、商品見本を託しました。
 ウラジオストクの事務所は31日から1月10日まで冬休みのため、男性スタッフが空港まで受け取りに来る予定になっていました。
 夜、「無事に受け取りました。」とメールが来て一安心。

 イーラさんは初めての日本でしたが、商品買い付けのためにあちこちの会社に出かけて気がついた日本。
 「日本の企業は労働者のレベルがとても高いと感じました。」と感心していましたが、反面、「ステータスの高い人ほど無能になると感じました。」
 曖昧で決断が遅い、理解力が乏しい、保守的で逃げ腰。こうした姿勢が彼らには「無能」と感じるようです。

 実際、私も彼らの買い付けに同行していくつかの現場を見ましたが、「即断即決」なので現場担当者の判断で決まるときはスムーズにことが進み、これが「上に上げてみないと」となると話が二転三転するだけで前に進まない。そこに経営者が出てきて出てくると。話は経営理念がどうのこうのの身の上話。「売るの?売らないの?」彼らにとって重要なのはそこだけなのに。
 なるほど、この国の弱点が見えた思いでした。いい勉強になりました。

 夜、地元の公民館で新年の顔合わせの準備をしました。
 毎年のことですが、今年も「どう並べるんだったっけ?」と前年の写真を見比べて、神棚を設置し、昨年のお札を撤去して今年のお札を神棚に納めて準備完了と思いきや、気を利かせて「お札を入れ替えておいたよ」と言う人が複数出てきてしまいました。
 かく言う私もちゃっかりお札を交換して「今年は私がお札奉納できた」とご満悦だったのですが、みんな同じことを目論んでいたようです。
 「どれが今年のお札なんだ?」同じようなお札なので見分けがつかない。外の紙が煤けているのが古いほうだろう。と、判断したら、遅れてやってきた役員が「目印つけてある。」。今年のお札の隅に「H20」鉛筆書きされていました。今年のお札のほうが外の和紙が煤けていて。「神社も不景気でお札が売れないのか?」などと大笑いになりました。
 役員曰く「毎年同じことでゴタゴタしているから、これも年中行事さ。」
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 飾りつけの後けんちん汁をすすりながら談話になりましたが、中学校のPTA役員をしている若手が「沼田の中学校では順位付けでもめるからと体育祭の徒競走がなくなった。」と、過剰な平等主義の話題になりました。

 元学校教員の年配者が「生徒の成績に順位をつけることは、教師側にとっても心苦しいことなんだ。教師側もPTAの言い分と平等にかまけてその負い目から逃れているように思えてしまうよ。」

 三国志演義に諸葛孔明がかわいがっていた馬蜀が許しがたい失敗をしたために、泣きながら馬蜀の首をはねる”泣斬馬蜀”の一説を思い出しました。
 人の命を奪うまでとは行かなくとも、心ならずとも他の人に厳しい判断を下さねばならないことは多々ありますし、何でも許されると言う甘えが秩序を崩壊させることは常に胸に刻んでいなければなりません。

 歪んだ平等主義や、判断力の迷いが大きな失態につながることを忘れてはならないと思いました。

 小学生の書初め。4年生の男の子が書いてきた「起死回生」新聞で見つけて選んだそうです。「意味わかる?」と聞いたら、「野球で特大のホームランを打つこと!」。
 「こら、そのホームランを打つ状況が重要なんだ」とお父さんがたじたじしていましたが、来年はいろいろな場面で「起死回生」がたくさん起きそうな期待を感じてしまいました。
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黒髪

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 日本では黒い髪のほうが生活しやすいからと。髪の色を黒く染める欧米女性は少なくないようです。男性からの視線が心地よくないそうで、黒髪ならそれほど気にしなくてもすむようです。
 このところのロシアでは黒い髪が流行になっているようで、黒く染める女性も多いです。

 マレーシアから研修に来ているミン君はとある会社の社長のご子息で、「親元を離れて辛酸をなめねば立派な経営者になれぬ。」とパパのご意向で、違う会社に勤めさせられ日本に研修生として「苦労」をするためにやってきました。
 育ちがいいというのか、気取らない性格なのでみんなにかわいがられ、先日も地元の若手と一緒に老人ホームの餅つきに参加していました。
 この若い衆にスノーボードをもらって、このところ夜になるとスキー場に連れて行ってもらっているようです。
 「何でも言うことをきくから、パパの元に返さないでくれ。」と厳しいお父さんのところから離れて悠々自適の日本での修行生活。

 不幸と言うのは突然にやってくるものです。鬼より恐いパパが突然来日することになりました。
 仕事で香港まで来ているそうで、30日に来日すると一方を受けたのはファーファイア君。このとき、ミン君は地元の若手とスキー場に行っていましたが、まさか遊びに行っているともいえないで「ご子息は休日返上して仕事をしています。」と方便。

 ミン君もパパの突然の来日に茫然自失。楽しい正月休みが一瞬にしてなくなりました。日本で苦労していなければパパのところに連れ戻されてしまいかねません。

 何とかしなくてはと彼が慌てたのがミン君の髪の毛。今時の若者風にパーマをかけ金髪に染めていました。日本では別に珍しいこともないので気になりませんが、「彼のパパが見たら大変なことになる。」とホームセンターに行って白髪染めを買ってきて、スキー場からミン君が戻るなり、風呂場に連れて行き金髪に白髪染め。

 不幸第二段。ファーファイア君が慌ててホームセンターで買ってきた白髪染め。よく物を見ないで買ってきたので、ミン君の髪の毛が鮮やかな紫色に仕上がりました。しかもパーマネントがかかった髪の毛はどうやっても真っ直ぐになりません。

 「大変だぁ!大変だぁ!」と夕方ファーファイア君から電話を受けて、知り合いの床屋さんに相談して、単純明快に髪の毛を5厘刈り。
 丸刈りになった息子の頭を見てパパは「苦労しているんだな」と感動してくれるだろうか?でもこちらは本当に苦労しました。
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アジア

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 昨夜から引き続き、朝から気持の張り合いが無い一日でした。「気合を入れねば!」と自分自身に言い聞かせても、程なく空気漏れしてしまうような一日でした。

 中東からの来客を迎えに成田空港まで行ってきました。勝手が違うぞ、手ごわいぞと気持ばかりが疲れてしまい、帰り道は高速道路のサービスエリアで2時間ほど仮眠をしました。

 伊勢崎に住むパキスタン人からの電話で目が覚め、先ほどまでアラブの人たちと接していて疲れたというと、「僕はロシア人よりもアラブ人のほうが接しやすいですよ。彼らのほうがアジアに近い。」

 パキスタン人に「アジア」と言われて”彼らもアジアだったんだっけ”とあらためて気になる思いです。
 そういえば、近所のフィリピン人の奥さんは、タイ人の奥さんを「アジアの人」と呼び、自分は「日本人と変わらない」と主張しています。

 地理的にはアジアの最たるもの。ウラジオストク。
 「ウラジオストクはヨーロッパか?アジアか?」よく聞かれますが、彼らの答えは「私たちはロシア!」意味の無い質問だそうです。「ワールドカップサッカーの予選がアジアのリーグに入ったほうがいいと思っているのですか?と逆に聞かれ、”それだけはヨーロッパリーグでお願いします。 
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心の支え

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 「人生は思い通りにならないから面白い!生きているだけでもいいもんだ!悲観することなんて何も無い!」 いつもこう励ましてくれる登山の大先輩がいました。

 彼自身、事業の失敗や家庭の崩壊など人生の辛酸を味わってきた人ですが、きっとこうして自分自身も励まして生きてきたんでしょう。
 「人生は実験室のようなものだから、失敗を繰り返して積み上げていけばよい」と、暗闇の中で明かり見つけ出してくれる人で、いつも背中を押されてきました。

 山登りの仲間達と忘年会をした22日の晩に高崎で自動車にはねられ、翌日亡くなってしまいました。
 24日の地元の新聞に出ていたそうですが、訃報が私の耳に入ったのが今日の昼過ぎでした。

 60歳を過ぎてから還暦を過ぎた年代の人たちと「日本百名山」を踏破しようと目標を立て、毎月登山に出かけていました。
 20日の晩に電話があり、今年で77個目のピークを踏んだことや、22日に還暦登山の仲間と忘年会をする話をしていました。「俺も年末には65歳だから体力は落ちる一方だけど、山に行ける楽しさは歳を重ねるほどわかるようになった。」と自慢していました。まさか、その忘年会が命取りになるとは思いもしませんでした。

 26日の葬儀に出られないので、お通夜に伺いました。棺のそばに、還暦のお祝いに私がプレゼントしたピッケルと、ザックが置かれていました。
 半信半疑から次第に実感へと変わり、大切なものが抜け落ちていくような空しさを味わいました。

 この先輩が私の心の支えになっていたことはいつも感じていましたし、感謝しても仕切れない大恩を受けてきたと感じています。
 果たして、私は「誰か」の支えになっているのだろうか?

 「試練と憧れ ピッケルの高鳴るところ 胸の高鳴るところ 苦しさをひるまず 高きを求める者に その頂への道は開かれる」
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イブ

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 早朝、「山に不審な自動車が停まっているけど、まさか今流行のなんたら心中じゃあんめえな。」と、炭焼きのオヤジさんから電話っがありました。
 鉄砲撃ちじゃないの?と言うと「今年は禁猟区になっている地域だ、」
 林道の真ん中に見慣れない他県ナンバーのマークXが道路をふさぐように停まっていました。年の瀬で借金苦の社長のクルマか?と、恐る恐るのぞいて見ると中に人はいない。
 「林の中で首でもつっているのかな?」雑木林の雪の中に足跡が続いていたので追って行くと、年配の男性がいました。世に言うバードウォッチャーとやらでした。禁猟区になっている地域に鳥が集まることを見越してきたそうです。
 雪でこれ以上進めそうもないので、「よもや振り替え休日に林業の自動車が来ることもなかろうと、そのまま自動車を置いて、双眼鏡を持って森の中に入ったそうです。

 「鳥なんぞ眺めてなにが面白れえんだ?」と炭焼きのオヤジさんがあきれていましたが、とりあえず何事もなく良かった。

 こちらの時間で夕方6時でしたから、ウラジオストクは夕方7時。
 「また、読み方がわからない住所があります。急ぎで読み方と、書類の日本語を直してもらえますか?」
 ウラジオストク事務所から電話が来ました。
 「私はロシア正教ですからカトリックのお祭りは関係ありません。」とクリスマスイブなどに浮かれず仕事をしていました。

 急ぎで書類の添削をしていると、第二段の書類が送られてきて、全部終わったのは夜8時。向こうの時間で9時。まだ事務所は営業中で「これで明日の提出に間に合った。」と喜んでいました。

 夜10時過ぎ、「今日は工場の休日出勤。今帰ってきました。明日は休みなので1日眠って体力を回復します。」と中国人の研修生からメールが来ました。
 一生懸命働いて、良いエンジニアになってくださいねと返信すると「職場のみんなが家族や恋人のために費やすこの日に働いていることがとても寂しく感じました。家族が懐かしく思いました。寂しいからいつもより熱心に仕事をしました。」と返事が来ました。

 都会のクリスマスの華やかさは孤独を後押しするからなぁ。と、その気持がわからなくもありません。都会の孤独は心身に染み渡ります。

 甥と姪にクリスマスプレゼントを贈りました。本当は明日の朝起きたらプレゼント発見!が望ましかったのですが、3人とも盆暮れ正月関係ない野生の感で目ざとく見つけてしまったようです。
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断水

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 蛇口をひねれば水が出る。当たり前のことですが、水道の有り難味など水道のない生活でもしなければ味わえません。

 もちろん、ウラジオストクのほとんどの家庭は上下水道完備のアパートに住んでいますが、郊外のダーチャ(家庭菜園付き別荘)には水道設備がなく、水を近くの沢で汲んできたり、井戸を掘って調達するダーチャもあります。
 水道がないと言ってもダーチャは週末を過ごすだけで、日常生活の場ではありません。

 市街地に帝政ロシアやソビエト初期の時代から生活している一戸建ての住居地が点在しています。
 こうした住居は政府のインフラの恩恵とは無縁だったので、市街地にもかかわらずいまだに水道が無い住居が存在しています。

 「ウラジオストクの水道なんて年中故障して断水しているから、水道があろうがなかろうが大きな違いは無い。」と週末からアパートの水道が断水に見舞われている友人は冷ややかに突っ張っていますが、この寒い季節に水汲みは大仕事です。


 断水なんてめったに経験することが無い日本の生活。と言いたいのですが、我が家が断水に見舞われています。しかも、昨年末に引き続き二年連続の断水年越しになりそうな気配。

 良質な水に恵まれた水源地に住んでいますので、我が家では公共水道ではなく、湧き水をポンプアップする井戸水生活ですが、このポンプがそろそろ寿命なのか?時折具合が悪くなります。
 昨年末はシーリングが劣化して、真空であるべきポンプ内に空気が入り込むトラブルがあったので、私が修理したら、ねじをきつく締めすぎて割れてしまいました。12月30日だったので、年明けの3元日を過ぎて水道修理の専門家になおしてもらいました。

 今年は?凍結防止の熱線が古くなったので交換していたらパイプを割ってしまいました。また水道屋さんに修理のお願いに行く羽目になりました。
 「古くなったポンプだから一箇所が壊れると次々と不具合がでる。思い切って新しいものに交換したら?」と言われました。
 今注文しても年内にポンプが届くか?厳しい状況です。

 弟のバーベキュー道具に水のタンクがあったので飲み水用に借りてきました。水道が壊れたと嘆いてもしかたないので、これもチャンスとタンクを持ってあちこちの湧き水を汲んできて飲み比べてみようかと思っています。
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理解者

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 当時。これから日照時間は日一日と長くなりますが、寒さはこれからが本番。年が明けるころには「日が長くなってきたなぁと感じるものですが、ここから1ヶ月が寒さの正念場。

 日本よりも西のウラジオストクの時差はプラス1時間。1時間進んでいます。日本が12時ならウラジオストクは1時。しかも緯度が高いので、向こうの朝7時などまだ夜明け前。
 まだ暗い時間帯に出勤して、暗くなってから帰宅するような冬の勤務体系も不憫だなと思いますが、「あなたたちも、もっと日が出ている時間を有効に使ってみたら?」と問い返されました。
 毎日同じように日が昇って、同じように日が暮れていきますが、日照の有り難味は北の人ほど身にしみているものです。

 ウラジオストクの事務所は夕方6時まで営業していますが、仕事帰りにメールを持ってくる女性会員がいるときには7時8時まで待っていることがあります。バスや路面電車で通勤している女性会員を、向こうのスタッフが自宅まで送っていくこともしばしばあります。

 このところ経済状態が好況なロシア。年々国外へ移り住むことをよしとする人は少なくなっていますが、寒さと夜の闇に閉ざされる冬は「暖かい土地に移り住みたい。」と思うことが多くなるそうです。

 金曜の晩に女性スタッフが自宅まで送り届けた女性会員はカムチャッカ付近の出身。家族と離れてウラジオストクで働いていますが、希望を持って出て来たウラジオストクの生活は華やかとは裏腹に「カムチャッカより厳しい」ことばかりだそうで、そのスピードや変化の激しさに戸惑っているようです。
 「国外はもっと激しい変化が待ち受けている」ことは理解しているようですが、こうした不安の背景には「孤独」が糸を引いているものです。

 最近、日本で生活する外国人の身の回りの世話をすることが多くなりましたが、彼らの「不安」の多くを占めているのが「孤独」で、もちろん言葉や生活習慣の違いによるコミュニケーションへの不便も大きいのですが、環境が変わって「自分の居場所がわからない」不安も大きいようです。
 どんなことでもよいから優れた面は誉めて自信をつけてやることでスタンスをえられると思っていますが、ネガティブに物事を考えるようになると、それさえ引き出せないこともあります。

 自由・不自由と重く考えるほどのものではありませんが、便利・不便と考えると自分の生活環境から離れることは「不便」が多いものです。もちろん、これは「慣れ」の問題が大きいのですが、慣れるまでの不便は苦痛です。
 私たちが日本国内で生活しているとあまりこのような「不便」を感じることはありませんが、転職したら?引っ越したら?と想像してみると、時間の大いに浪費せねばならない「不便」はいくつもあるものです。

 もし自分だったら?と想像すると、相手が何を欲しているのか見えてくるものですが、こちらの欲求はたやすく突きつけても、向こうの欲求に対しては気がついてもなかなか対応できないもどかしさはあります。
 理解者がいるいないはその人の先行きを大きく変えてしまうものなので、理解しようと努める努力は常に必要だと思います。
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 イラン人のアレックス君が婚姻届を市役所に提出した記念日。外国人同志が日本で婚姻手続き、これから宗教やシステムが違う双方の国での婚姻届けと言う難問が待ち受けています。

 「簡単じゃないからお互い協力し合えるんです。」とアレックス君は前向きに挑んでいます。彼のお父さんはギリシア人。今では考えられないことかもしれませんが、ギリシアにも独裁政権の嵐が吹いた時代があり、この時代に「自由」を求めてイランにできた人だそうです。
 本当はアレキサンダー大王の東征にくっついてペルシャに出てきたんじゃないか?とからかうと、「僕のお父さんは2300歳!」と笑っていました。

 「結婚が難しそうなので何回も諦めようとしたけれど、みんなが協力してくれたから結婚できました。本当に厳しい1年でした。僕たちだけならもう諦めていたと思います。」
 協力したなんて思いはありませんが、一生懸命にもがいている彼らに多くの人たちが引っ張られた思いがします。


 日本の結婚は簡単と考える外国人配偶者は多いのですが、婚姻届を受け付ける行政の物わかりがよいだけのことです。
 その昔、日本人の結婚には「頑固親父」と言う大きな壁があったものです。
 でも、近年は物分りの良いお父さんばかりになってしまった思いもします。
 娘が生まれたとき、「嫁に欲しいとやってくる男には毅然として戦う!娘のために鬼オヤジになる!」と誓ったと言う私の先輩は、「できるものが先にできちゃってさぁ、籍入れてもらえてほっとした。」と二十数年ですっかり思想転向していました。
 今やすっかり孫に魂抜かれて、ただのだらしないジイチャンです。

 結婚に「壁」がなくなったというべきか?ただの書類のやり取りになってしまったと言うべきか、重みがなくなった割りに「結婚と言う形式」だけが一人歩きしているような昨今。
 結婚が簡単になったけれど結婚できない?不思議な日本?「心」が抜けているのでは???
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とん汁

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 日本以上に物価高のロシア。東京を抜いて世界一物価が高いのがモスクワと言われていますが、「ウラジオストクはモスクワより物価が高い」とも言われています。
 レストランなど高額な税金がかけられているので高額なのは当たり前ですが、食材に関しては日本よりも安いと思います。

 当然と言えば当然ですが、「日本は日本食が安い」。健康を含めて日本食に興味を持っている女性会員が、本を片手に日本食作りに挑戦しているそうですが、実物を食べたことが無いので果たして自分が作っている日本料理が正しいものなのかわからない?さりとて、高価すぎて和食のレストランには行けない。日本人は和食を安く食べられて幸せだ。と指摘されました。

 白米は味が無いからと、ふりかけをかけたり、ご飯を炒めて味付けしたりと苦心したものですが、お米の味わい方など身についてくれればありがたいです。

 年明けに来日するロシア人バイヤーからメールが来て、「日本に行ったら、お好み焼きを食べたい」。先月末に帰国したセルゲイ君からお好み焼きの話を聞いて「是非挑戦したい」と興味を持っているそうです。

 なんだかんだ言ってもロシア人、特にウラジオストク人は日本の食材に馴染みやすいので気が楽です。

 今日顔を見せたパキスタン人。昼飯を一緒に食べに行きましたが、テンプラ定食に「豚肉入ってない?」と気にかけて、味噌汁まで「豚肉のエキス入っていない?」と神経を尖らせていました。
 今日はムスリムのお祭りの日だそうで、本当は仕事を休んでお祈りをしなければならないのだそうです。「そんなの関係ねぇ!」と引っ張り出して仕事の打ち合わせをしましたが、「あなたたち日本人は、いつでも仕事のことばかり。どこで心の平和を見つけているの?」と問われてしまいました。

 心の平和?
 地元でこんなへんな看板を見つけました。
 「古物買います」「古文書」「骨董」はわかりますが、なぜ「とん汁」なんだろうか?定食600円なんだろうか?
 恐いもの見たさに足を踏み入れてしまいそうな奇妙な看板。個人的にはこうしたへんなものを見つけると「心の平和」を感じて喜んでいます。


 ちなみにこの場所。かつては名胡桃城と呼ばれる真田のお城があった場所で、利根川をはさんで北条の沼田城を監視していました。北条が名胡桃上を攻めたことから真田の逆襲にあい沼田城に真田が入り込む歴史的な場所です。

 この歴史的な遺跡付近に「骨董」と「とん汁」を扱う店が出現。歴史的な意味合いを持つとん汁でも出てくるのだろうか?
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サンタクロース

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 昨日のUFOに関する政府見解で、町村官房長官が「個人的には絶対いると思っています。」と発言して、テレビを見ながら笑ってしまいました。

 USAの話だったと思いますが、こんなエピソードがあります。新聞のインタビューで、子供達に「サンタクロースはいると思うか?」と言うアンケートがありました。
 「サンタクロースはいる!」と答えた子供に、「なぜいると思う?」新聞社側が問いかけると、「目に見えるものだけがいると思うのはおかしいと思う。神様は見えないのになぜ神様がいるといえるのですか?他にも、人間の愛は目に見えますか?」と逆に新聞記者に問いかけてたじたじさせた子供がいたそうです。

 見えるから存在する、見えないから存在しない。興味深いテーマだと思います。

 地元のFM放送を聴いていたら、DJの女性たちがクリスマスの贈り物について談話していました。贈り物の主はサンタクロースではなく、「カレシ」ですから話は現実的です。
 「贈り物にこめられた心が大事」と話をまとめつつも、ブランド物のバックがどうのこうの申していましたから、結局はそこか?と冷ややかに聞いていました。

 どんなプレゼントをもらうかより、どんなプレゼントをするかを自慢していただきたいものです。

 ロシアのクリスマスは1月7日。サンタクロースではなくジェッド・マローズと呼ばれる寒さのおじいさんとスニグラーチカと呼ばれる雪娘が人々に幸せを運ぶとされています。

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UFO

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 夕方、ラジオのニュースを聞いていたら、日本政府がUFOに関して公式な見解を発表したことについて報道していました。
 エイプリルフールでもあるまいし、ラジオ局のイタズラか?と聞き流していましたが、夜、テレビを見ると、またニュースでその報道がされていました。

 日本政府はUFOについて存在を確認していないと言うのが公式見解ですが、UFO(Unidentified Flying Object)確認されていない飛行物体。

 UFO=宇宙人と思いがちですが、例えば日本の空を国籍不明の飛行機が飛んでいるだけでもUFOになります。

 かつての東西冷戦の時代はソビエト空軍とおぼしき飛行機が日本に近づくたびに、航空自衛隊がスクランブル発進していたそうです。

 1976年の9月の初めに函館にソビエトの戦闘機、ミグ25が突如出現したことがありました。ウラジオストクの来たのチュグエフカと言う町の空軍基地から、訓練飛行に出たまま亡命してきたベレンコ中尉。結局日本経由でアメリカに亡命しましたが、「この事件が元で、もしかしたらソビエトと戦争になるかも知れない」と気になったものです。

 ウラジオストクの友人が言うには、「彼は元々奥さんと不仲で、夫婦喧嘩で腹が立って家出した。」そうですが、家を出るどころか国を出てしまったのですから困り者です。

 チュグエフカに限らずロシアの軍事施設の待遇は良くありませんが、この空軍基地は特にひどい環境にあったそうです。そこに夫婦喧嘩と来れば衝動的に国をでてしまう・・・スケールが大きすぎます。

 ソビエトが崩壊して、ロシアになり、日本海を旅客機で渡るようになって思うことですが、旅客機で1時間少々。高性能の戦闘機ならその半分の時間で日本海など渡りきってしまいます。突然戦闘機でこられたらひとたまりも無いと、今さらながら戦争が起きなくてよかったと胸をなでおろします。


 水戸に旅行に行ってきた近所のお年寄りに土産の和菓子をもらいました。
 水戸黄門にちなんで「黄門漫遊」。漢字で見ると特に違和感を感じませんが、ひらがなで「こうもんまんゆう」と書かれていると妙な想像をしてしまいます。


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鬱憤

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 −15℃。今夜ウラジオストクの気温です。
 例年より寒いそうですが、新年とクリスマスに向けてみんなうきうきしてる模様。

 今日は2名の女性会員がメールを出しにウラジオストクの事務所に訪れましたが、話題はクリスマスのことや、広場のヨールカ(ロシアのクリスマスツリー)の話。
 年々クリスマスや新年の催しに人々が興味を持たなくなっている日本では、独身男性にとってはクリスマスの話題は蚊帳の外ですし、新年の話題になってもせいぜい初詣くらいのもの。心が躍るようなことも少ないようです。

 かつては私も「ガキっぽい」「ばかばかしい」と冷ややかに見ていた時代がありましたが、雪に閉ざされる陰鬱な生活の中で、なんとなくロシア人がお祭りごとに心を躍らせる気持がわかるようになってきました。

 鬱積したものが多いほどそれを解き放つ時のエネルギーは大きいようで、過酷な自然は元より、時として悪政も心のカタルシスのためには必要かも?

 恐妻家の集まり?日露カップルのクリスマスパーティーに行って来た友人の説では、被害者の会と加害者の会で分科会になったそうで、ちなみに被害者の会の会話は日本語で加害者の会の言語はロシア語。

 被害者の会
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 こういう集まりも息抜きになってよいもので、家族ぐるみで付き合える仲間ができれば幸いです。
 思うようにならない異国の生活でたまったストレスを解き放つことも心の平安のために大切です。

 加害者の会


 大人のお付き合いとは別格の保育園のクリスマスパーティー。サンタのおじさんになって顔を出しました。
 ロシアの女性も我侭だけれど、日本の女性たちだって負けていません。子供達のお遊戯でわが子の役が地味な脇役だとクレームをつける猛者がいました。お母さん同志が雑談を始めると、保母さんの話など知らん顔でべちゃくちゃ喋っている。親なんだから最低限のわきまえ(マナー)くらい持てよ!と言いたかったけれど恐くていえませんでした。

 「教育」の名の元に「育児放棄」した母親達!なんてことも言ってみたかったですねぇ。何かしら「負い目」を感じている外国人お母さんのほうが常識を持っているように感じました。
 必要悪として、少々の「抑圧」もありだと感じました。

 保育園の保母さんって重労働だとしみじみ思いました。言うことなんか聞かない獣のような子供達と、その上を行く野獣のようなお母さん達。ストレスたまるでしょうね。


 仕事の鬱憤、家庭の鬱憤など吐き出す機会もなく、背負ったままひたすら耐えて家庭のためにがんばる日本のお父さんって立派だと思う。
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バテレン

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 関西方面ではロシアを中心としたCIS諸国の人たちのクリスマスパーティーがあり、友人のカップルが参加したそうです。
 一頃はパーティー会場を子供達が飛びまわる保育園状態だったようですが、年々子供達も成長してわきまえをおぼえるので、賑やかなロシア語軍団と、おとなしい日本のお父さんたちのふたグループになってのパーティーだったようです。

 「新しいカップルが少ない。」と会場の中の様子を語っていましたが、元々少ない日露カップルに加えて、ロシア経済の大成長でいわゆる経済目当ての国際結婚が少なくなっているので、胡散臭いカップルも姿を消したようです。少数派は少数派で中身を濃くすればよいだけのこと。寂しいけれど、厄介なカップルが来ないこともありがたいこと。

 こちらでも国際交流のクリスマスパーティーがありましたが、各国入り乱れるパーティなので、主に中国とフィリピン女性が中心。体育館でのパーティーだから親が気取っても子供達が化けの皮をはがすごとく飛び回っています。

 クリスマスパーティーよりも大切な集まりがある?外人さんたちがキリシタンのお祭りに昂じている最中、昨日から隠れキリシタンの研究会の関東大会があり、私も顔を出して勉強してきました。
 東京や神奈川からも研究者が集まりました。
 あまり知られていませんが、我が家の界隈は隠れキリシタン遺跡の宝庫。

 一見、山岳遭難者の追悼のように見えますが、山の峠にあるマリア菩薩像の視察。


 今は通る人も無い山の廃道ですが、私が小学生の頃通学路でこの地区の小学生はこの観音様の前を通って学校に来ていました。
 実は観音様のように見せて作られたマリア像という話は子供の頃に聞いたことがありましたが、それがどういう意味なのかはわかりませんでした。
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 こちらは上杉、真田の影響下にあった土地ですが、キリシタン禁止後も真田は長らく弾圧をしなかったので、隠れキリシタンどころか、キリシタンが半分隠れる程度で共存していた稀有な土地なのだそうです。
 台座に刻まれた花十字と呼ばれる十字架。
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 峠の下の林家のお墓。戒名にしては奇妙な戒名です。
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 一見普通の墓石に見えますが、キリシタンの墓に多く見られる工夫がしてあります。
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 戒名の上に刻まれた「心」と言う字。隠れキリシタンが墓石に刻むことが多い文字だそうです。
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 建立の年月に刻まれた「天」の文字。これも隠れキリシタンが使うことが多いそうで、こうやって仲間内だけにわかるメッセージを刻んでいたようです。
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 神父様が儀式の時に襟にぶら下げている長い帯。これをストラといいますが、ストールの語源だと思えばわかりやすいでしょう。
 このマリア観音も首に長い襟のようなストールをぶら下げています、一見仏像の振袖のように見せかけながらキリシタンをアピールしているそうです。
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 写真ですとちょっとわかりにくいのですが、仏像の頭の上に十字が刻んでありました。
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 墓石の没年月日に刻んである「星」の一文字も「天」同様隠れキリシタンの目印だそうで、本来必要の無い文字をあえて刻み込んで目印になっています。
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 物好きの好奇心でやっていたときは楽しかったのですが、学者さんたちがいろいろ定義付けをしてくれるので、「はあそんだったんですかぁ」から、「勉強不足でした。」とだんだんこちらも責任が重くのしかかる思いになってきました。
 目に付きやすい通りに建てられていた地蔵様。特に変わったところは無いと思いきや、
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 十字錫杖と呼ばれるそうで、地蔵様が手にする錫杖の頭に十字が刻み込まれています。
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 石仏があると言うことは、仏像を作った石工もいるわけで、こんな注文が来れば依頼者が「隠れキリシタン」であることなどわかるはずですが、「禁止されている異教徒でも排他せず共存していた土地だから、こうした石仏がたくさん残っているのかもしれません。」
 「今でもそうだけど、昔から変な者が好きな土地柄だったんでねえの?」

 玉泉寺と言う古刹。ここにも隠れキリシタン遺物があると聞いていましたが、私には見つけることができませんでした。
 意外にも、墓地の入口に大々的に並んだ地蔵様の中にまぎれていました。
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 頭の上に卍を持った地蔵様。この足元が隠れキリシタンのメッセージ。多くの地蔵様が裸足なのに、真ん中の地蔵様は靴を履いています。
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 何度もこの目立つ地蔵の前を通りながら気がつきませんでしたが、専門家は一発で「おおこんな大胆なところに!大胆な表現!なんておおらかな人たちだったのだ!」と気がつきました。
 何が違うのか知らないと見落としてしまいますが、こうして自分たちの存在を残しています。
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 古い灯篭にもメッセージが・・・。古の人たちとの知恵比べです。
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 中には夫婦像。これもまた隠れキリシタン独自の像がおさめられているようで、どう違うのか私にはわかりませんでしたが、「はあ、そうですかぁ。」と感心。
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 このハート型の灯篭もそうなんだって。
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 歴史は暗記する学問ではなく想像する学問なんだなあとしきりに感心していましたが、専門家は私のような物好きとは気合が違うと言うのか、目が鋭い。
 ストラのことは聞いていたので、もしかしたらえと思っていましたが、「天使像ですね。」
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 天使?どこが?と耳を疑いましたが、「天子の羽を巧みにデフォルメして刻み込んでいます。」
 はあ、そうだったんですかぁ。としか言いようがありません。
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 私のような怪しい風体のものが一人で人様の墓地の古い墓石などを調べていると「何か悪さでもしているのか?」と疑われますが、博士号を持つ人たちとバスを仕立てて墓場を回っていると「法事かな?」と見られそうで、大胆になれます。
 学者さんは心臓の強い人たちばかりなので、人様の墓地でも恐れることなく足を踏み込みます。
 他所の隠れキリシタンはもっと巧みな細工で自分たちの存在を密かにアピールしているそうですが、こちらでは人々が気がつかないのか?黙認されていたのか?隠れキリシタンが処刑されたって話もあまり耳にしていません。

 「この土地はすごい、これだけ人目につくところに危険を顧みずあちこちに堂々と存在を残しているなんて。」と、更にその近くにあった地蔵に刻まれた十字も発見しました。
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 今年は下関で隠れキリシタン研究会の全国大会が催されたそうで、「来年はこの土地で開催したい。」と申し入れがありました。
 私など道楽延長線上、冬の暇つぶしの隠れキリシタン探しでしたが、こんなものに全国組織があったのか?と驚くと同時に、どんな連中が集まるのか?とそちらのほうが興味深いです。

 沼田市の旧家にあったマリア像。「来年8月に何でも鑑定団が来るからそちらに出してみては・・・」と下衆なことを考える私と異なり、学者さんたちは「これはすごい!」と大歓声。
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 「ここは隠れキリシタン遺物の宝庫です!」と来年の全国大会の開催地に簡単に決定し、「良かったですね」と他人事のように喜びたかったのですが、こちらがホストになるわけです。
 地元の研究会メンバー5名。私と私の先輩は何の専門知識も持たず物好きで顔を出しているだけ。他3名年配者は腰を入れてがんばっているので「全国から研究者を招待できるなんて名誉極まりない」と感激し、歳の若い2名は「どうすりゃいいんだ?」と目を白黒。
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掘り出し物。

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 お!これは大発見!
 ぜひともロシア向けのコンテナーに詰め込んでやりたい一品です。

 「わかるかな?これホッカイドー。オタル、このあたり、サッポロここ。ナホトカ、こっちね。良かったね。日本語の看板。素晴らしいファッション。良かったねえ。」
 漢字を読めないことを幸いに、書かれた文字の意味は教えず、ナホトカ向けの中古タイヤのコンテナーに「プレゼント。」と詰め込む予定。

 ちなみにナホトカとは「掘り出し物」と言う意味があるそうです。


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めでたい

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 日本の婚姻届には新郎新婦の署名の他に、2名の証人の記名が必要になります。
 自分のときは誰が証人だったっけ?と思いかえしてしまいました。
 イラン人のアレックス君が結婚することになり、私も名誉ある証人の一人として婚姻届けの証人の欄に記名捺印しました。

 外国人同志の日本での結婚なのでこれから領事館での両国での手続きが大変なことだと思います。アレックス君曰く「イランの婚姻承認が厄介だと思います。」その理由は彼女がムスリムではなくカトリックであること。
 「日本人なら一時的にムスリムになってイランの婚姻手続きを済ませてしまうでしょうが、彼女はそれができないと言っています。」

 そういえば私の村でイラン人を婿さんにした女性も「結婚する時は私もイスラム教になったんさぁ。」と気楽に言っていました。「改宗」と言うものすごい自己改革をしたわけですが、当人は思想信条などお構いなしの女性ですから、それがどんなことなのかこれぽっちも気にしていないので、「とりあえず、亭主の国に行った時はおとなしくしているけど、日本に来ればそんなこと知ったこっちゃねえ。あたしが世帯主だからね。」と威張っていました。

 ロシアではロシア正教が多くを占めていますが、ロシア正教の信者と他の宗派や宗教の信者が結婚する場合、ロシア正教の教会で結婚式は挙げられません。
 日露カップルで向こうで結婚式をする人のほとんどはカトリックやプロテスタントの牧師様を呼んで結婚式を挙げています。

 20歳になったばかりの地元の青年がパパになりました。昨年高校を卒業したばかりで、彼の両親は私の中学時代の同級生。
 昨年、この青年が彼女と一緒にいるのを時々目撃していました。
 やればできる!と気合が入ったのか?できちゃったみたいで、この春、突然髪の毛を坊主頭にして”なにか心境の変化があったのかな?”と聞いたら、「彼女が妊娠しちゃったんです。」彼女のお父さんにバリカンでばっさりやられてしまったそうです。

 先日の日曜に彼のお母さん(私の同級生)にあったときに「初孫はもう生まれたの?」と聞いたら、「予定日を過ぎているけどまだ生まれない。」と立ち話。
 おばあちゃんになる心境は?と聞くと「嬉しいやら恥ずかしいやら、世間様に申し訳ないやら。」と真っ赤になっていました。
 夕方、スーパーに買い物に行ったら「おかげさまで今朝無事に男の子が生まれたよ。とうとうおばあちゃんになっちゃったよ。」と満面の笑みを浮かべていました。

 おめでたいことが多い一日でした。
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 激寒のウラジストクの市街地を象が行進?
 駅から劇場まで、サーカスの象を搬送手段がなくてウラジオストクのメインストリートを歩いて移動したのだそうです。今日、メールを出しに来た女性会員は、仕事中に目の前を行進する巨大な象を見たそうです。象を生まれて初めて目にしたものですから、「この感動は一生忘れられない。サーカスを見に行きたい!」と感動していました。

 象と言えば、数年前にウラジオストクに行った時に、シベリアで発掘されたマンモスの牙を見せてもらったことがあります。中国に売るとかで、加工されて細工物や印鑑になるのでしょう。
 象牙はワシントン条約で規制されていますが、マンモスの牙はその規制に触れないと言われています。
 中国人は悪趣味だから、と笑いつつも、そのマンモスの牙の加工品を喜んで買っていくのが日本人。かく言う私もハルビンでマンモスの牙の印鑑を作ってもらいました。作ったと言うより、プレゼントされたのですが、もったいなくてまだ使っていません。


 「浦和レッズ強いですよ。ACミランと互角に戦えると思います。」とイラン人のアレックス君の談。昨日、セパハンは3-1でレッズに負けてしまいましたが、仕事を休んでこの試合をイランサポーターとしてスタジアムまで出かけて応援してきたそうです。

 イスファハンを本拠地にしているセパハン。「イランにいたときにはこのチームの試合を一度も見たことがありませんでしたし、興味ある選手もいなかったけど、日本で2回も見ることができて本当に喜んでいます。これで浦和がミランに勝ってくれれば、私たちも誇りに思う。」

 夕方、ウラジオストクとシリアのアレッポにEMSを出しに郵便局に行ってきました。郵便局でEMSの用紙をもらい書き込みましたが、続きの用紙だったのでEMSの追跡番号は一番違い。局員に「用紙の番号が一番違うだけで、熱い国と寒い国に分かれるのですから面白いものですね。
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後継者

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 2008年3月に大統領選挙を控えているロシア。任期が切れるプーチンの後に誰が大統領になるか世界が注目していますが、今日12月10日プーチン大統領が後継者にドミトリー・メドベージェフ第1副首相を指名しました。
 私の予想ではKGBつながりのセルゲイ・イワノフ氏ではなかろうかと考えていましたが、メドベージェフ氏は予想外でした。

 ツルフサの法則。ロシアの指導者はハゲ→フサフサ→ハゲ→フサフサと交代しており、レーニン(ハゲ)、スターリン(フサフサ)、フルシチョフ(ハゲ)、ブレジネフ(フサフサ)・・・
 フサフサのエリツィンからプーチンに交代したとき、中途半端なハゲと感じましたが、順番では次はフサフサの人。
 イワノフ氏はフサフサと言うよりも薄いほうだと思え、気になっていました。

 今日、後継者の指名を受けたメドベージェフ氏。生え際が怪しい。
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 2000年の3月にウラジオストクに行った時、土産にロシアの雑誌アガニョークを手に持って帰国の出国手続きに向かうと、係員のおばさんがその雑誌の表紙にでているプーチンの写真を見て「私たちの新しい大統領」と自慢層に言ったことを覚えています。まだ選挙前でした。

 夜、ウラジオストクに電話をすると、「誰が大統領になったって大きな違いは無い。それよりこの寒さを何とかして欲しい。」と、今夜の気温は氷点下10度。

 寒さに関しては日本だって「なんとかしてほしい」で。今日灯油を買いに行ったら1ℓ91円。この冬を乗り越えられるのだろうか?と不安になります。
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バイアグラ

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 日露業務提携の下見に来た大手企業の50代日本人ビジネスマンの通訳をしたウラジオストク事務所の男性スタッフ。今日、その男性を空港に送った後、電話で「本当に疲れました。もう二度とこんな仕事はやりたくありません。」

 つまり、この日本人ビジネスマン。業務提携のことなど二の次で、接待目当ての旅行感覚でウラジオストクにやってきたようで、単なるスケベオヤジ。
 あまりに無礼で下品な態度に取引先の担当者(女性)もカンカンになり「こんな馬鹿な男をよこすくらいなら、他の企業と提携する!」と、途中で席を立ってしまう有様だったそうです。

 彼も仕事だからフォローしたりとりなしては見たものの、交渉は決裂。ロシア側企業からの抗議文の翻訳を頼まれ、女性スタッフも休日出勤していました。

 おお!民族の誇りにかけて大いに戦えと、私は関わっていない他人事で眺めていましたが、夕方6時過ぎ「正確な日本語の文章に添削してください。」と、このビジネスマンの悪行所業が書き連ねられた抗議文の原本と訳文が添付されてきました。

 なるほど、金閣湾に沈めてカニの餌にしたくなるような国辱的日本人だわいと文章のおかしなところを直して送り返しました。明日あたりロシア側企業からその日本企業へこの文章や証拠写真などが送りつけられることでしょう。

 このビジネスマン、帰国するに当たって「土産にバイアグラを持って行きたいから買ってくれ。」
 ウラジオストクの男性スタッフだって「ボクが使うわけではないのでこんな物を買いに行くのは恥ずかしい。」
 懐に金(財力)・頭に銀(はげない)・またぐらに鋼鉄(ご想像ください)がロシアの男の重要条件。薬の力など頼るのは恥。
 
 そこで彼が思いついたのがロシアのお色気ボーカルグループのВиаГра(ヴィアグラ=バイアグラ)。このCDを買ってきて袋に入れて空港で「お土産のバイアグラです。」と大きな声で手渡したそうです。
 スケベオヤジさんも一瞬周囲を見回してたじろいだものの、CDが入った袋を慌ててカバンにしまいこんで、そそくさと出国手続きに入ったそうです。
 


 このバイアグラ。ロシアというよりもウクライナのグループだそうで、メンバーは時々入れ替わっているようです。
 「こんなの見て喜んでいるのは子供と日本のおじさんくらいのもの。」とロシアのお嬢様に馬鹿にされますが、「何を申す!音楽がいいんだよ!」と言いつつ、映像つきの土産にDVD買ってきてもらいました。映像がなければ誰がこんなの聴くものか。
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薬師瑠璃光如来

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 湯宿温泉の新しいシンボルの薬師如来像の開眼法要が行われました。


 バブルの頃、村役場の肝いりで共同浴場の横に観光案内のテレビが設置されました。
 バブルの時代に役所が考えることにろくなことはありません。設置されて程なく故障してそのまま十数年も放置されており、少なくも私はこのテレビが写っているのを見たことがありません。
 壊れたテレビは「自分たちで修理してください。」とサジを投げられ、それでは取っ払ってここに何かを作ろうと地域住民で相談していました。
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 私は若山牧水の「みなかみ紀行」ゆかりの地で短歌の盛んな土地だから、温泉に来てくれたお客に短歌を読んでもらって、このスペースに掲示するのはいかがか?と提案していました。

 そんな折、泰寧寺の方丈様が湯宿の守り神は薬師様で、その薬師様が山の上に祭ってあってはお参りも大変だから、人里にもう一つあってもいいだろうと案を出してくれて、村の彫刻家に薬師像を依頼。その費用50万円を住民の寄付で募りました。
 当初、こんな寄付金が集まるのか?と懸念していたものの、寒村でのお寺の一言は大きく、予想以上に順調に寄付が集まりました。「少なくも俺達の実力ではないな。」と私も含めて発起人たちの談。
 「薬師瑠璃光如来」がこの仏様の名前だそうです。
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 泰寧寺の方丈様が鶴見の総持寺の副館長になり神奈川に行ってしまったので、副住職が開眼法要に来てくれました。
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 村の各地に道祖神や庚申塔などの野仏がありますが、何かの祈念や庶民の計らいで作られたもので、そのいわれや施主などは記されていません。この仏像も100年200年先に「誰が?」「何のために?」と語られることが仕掛け人に一人としては楽しみです。
 開眼法要には近所の人たちも顔を出してくれました。
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 まだ漆を塗ったばかりで乾いていないので、ケースの中に入れるのも大変な作業でした。漆が乾いて年月が経つと艶と色合いが出てきて、これもまた楽しみです。
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 写真右側の時計も同じ頃に作られたものですが、動いていません。これを修理すると十数万かかると言うので、取り外して何か設置する予定です。
 予算がなければ無いなりに何か作るのも面白いもので、町の観光協会に掛け合っています。

 昔は村の商業の中心地だったので、私が子供の頃に箱の狭い場所に銀行の出張所がありました。
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 このタイルの張りの床の下の岩盤からも温泉のお湯が吹き出ています。
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陽気

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 その昔は「色白は七難隠す」と言われていました。でも、現実は「性格が明るいことは七難隠す?」
 どの世界でも明るい性格の人は迎え入れられるようで、環境変化が著しい乱世には緻密さよりも大雑把な人間が求められるようです。

 河川敷の清掃活動のグループで忘年会をしました。
 マレーシア人のファーファイア君もこの一年よく手伝ってくれたので、ついでにミン君もおまけで招待されました。陽気で嫌な顔一つせず一生懸命体を動かしてくれるので、こちらの人たちにも人気者です。
 本当はそれまで活動に参加していたセルゲイ君が招待されたのですが、ロシアに帰国しているために代役でミン君が呼ばれたわけですが、なんだかわからないけれどおいしいものを食べられるなら!と喜んでついてきました。

 ミン君は20歳と若いけれど企業の社長を父親に持ついいとこのお坊ちゃんで、親の七光りの通用しないところで苦労しろと父親の子育て方針で、学校を休学させて日本に送り込まれました。
 死なない程度に辛酸を味あわせてくれとお父さんに頼まれていますが、若者不足の土地で、勉強熱心なので辛酸を味わうどころか「厳しいお父さんのそばにいるより暮らしやすい。」とご機嫌。
 「日本では住民が率先して街並みを美しくしている。」と、どうやってこの概念を持ち帰るかと考えていました。みんなに、マレーシアの首相になれとおだてられていました。

 ファーファイア君はこの土地が気に入ってしまっているので、「お嫁さん欲しい。ここで一生暮らしたい。」と地域に同化しようとしています。「私がもう少し若かったらあんたと一緒になってやったんだけどねぇ」と63歳の未亡人にからかわれ、「嬉しいけれど、困ったなぁ」とみんなに大爆笑をふる巻いていました。

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過電流

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 「コンピューターに過剰な電気が流れたみたいです。」ウラジオストクの事務所ではメインのパソコンの画面が一瞬光ったかと思ったら、作動しなくなってしまったそうです。

 予備のパソコンで何とかメールのやり取りはできているものの、ハードディスクにしまったデータはつかえない。パソコンの専門家に頼んでデータの復元を試みるそうです。

 原因は何かまだわからないようですが、OSを新しくするために無理にスペックをUPしたことや、怪しい中国物の安物部品を使ったことがあだになったのでは?

 年末に来日する女性会員のビザを受け取りに日本領事館に行ってきた女性スタッフ。帰りに領事館の駐車場を出て程なく自家用車がガス欠でエンスト。男性スタッフがタンクを持ってガソリンを買いに行って救出。
 今週は毎日遅くまで事務所にいたために、彼女の親戚の経営するガソリンスタンドに行く暇がなく、領事館の帰りにひとっ走りの予定が、その前に力尽きたようです。
 「日本製でもガソリンがなくなったらダメでした。」

 知り合いのケーキ職人を連れて酪農家の牧場に自家製バターの注文に行ってきました。クリスマスシーズンになると需要が急増するので、早めに注文するに限ります。
 できたてのバターを味見した経験がある人は少ないと思いますが、風味が全然違います。

 専属の人工授精師が休みのときに私がピンチーヒッターで呼ばれることがある牧場なので、昨年、私が人工授精して生まれた牛もいます。育成牛の健康状態に目が行ってしまいます。
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 今日行った牧場では中国人の研修生が近代酪農を学んでいますが、女性の研修生もいてバターやチーズなどの乳製品の加工を勉強していました。

 生まれて間もない子牛。
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健康のために

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 ナホトカから商品買い付けに来たロシア人にお供して、価格交渉の通訳をやるはめになりました。
 今までの経験から値段の落としどころは想像がついていましたが、日ロ双方とんでもない値段から交渉が始まり、一瞬、「え?」と聞き返すところから価格交渉が始まりました。間に入っている私が「そんなとんでもない値段なんて、あなた価値がわかっているの?」と言われているような後ろめたさを感じました。心臓に良くありません。

 ナホトカから来た30代半ばの女社長。これが切れ者で手ごわいのなんのって、私のことを通訳兼秘書兼荷物もちのポーターのごとく考えており、

 ナホトカに送るなら船で直行便がありますが、ロシアは経由地。この商品はカザフスタン、こちらはウクライナに送る、と簡単に振り分けていました。
 カザフスタンへは中国の天津か上海から国際列車で、ウクライナへはウラジオストクからシベリア鉄道で、そこにまた先週末の横浜のインド人が絡んでくる。

 目の前が真っ暗になったのは、中古タイヤ1000本買い込んで、それはそれでいいのですが、「あなたがコンテナーに積み込んでください。」肉体労働超ヘビー級を押し付けられ、ウラジオストクに電話して「このむちゃくちゃなロシア人を何とかしてくれ!」とお願いしたところ、「健康のためのスポーツだと思えば大丈夫!」と絶望的な励ましを受けました。

 ウクライナの炭鉱に送る中古タイヤと言うのが、大型トラックに使う
20インチのタイヤ。そんなの絶対無いとたかをくくっていましたが、あるところにはあるもので50本も出てきてしまいました。
 よもやのちのち自分がこの巨大タイヤを積み上げる羽目になるなんて思っていませんでしたから、ラッキー!と大喜びしていました。
 健康のために力仕事になりそうです。

 アレックス君がイランから持ってきてくれたお土産です。


 トウガラシの漬物?

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寒波到来

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 「今夜も氷点下10度を越えています。でも昨日よりも暖かいです。」と、ウラジオストクとの夜の電話。昨夜の−17度を体験すれば、今夜の−10度が温かく感じる。感覚は規準次第です。
 これからが最もロシアらしい季節になりますが、冬のロシアに尻込みしてしまう日本人も多いです。外の寒さと屋内の暖かさを体感してもらいたいです。クールなロシア人の内側の暖かさのようなものが見えるような気がするのですが。

 こちらは昨日よりも寒くなり、いよいよウラジオストクを包んでいたMAid in Russiaの寒さがやってきた模様。
 地下水を使っている我が家の水道の温度は一年中11℃。夏なら冷たい水ですが、今の時期になると温かく感じます。

 先月末に常夏のクアラルンプールから来たミン君は初めての日本の冬。このところの寒さで元気がありませんでしたが、ついに38度の熱を出してダウン。当人はまだ体が動けるから働けると気力を見せていましたが、衰弱した体にはインフルエンザが入り込みます。強制的に暖かい部屋で休ませました。
 異国で病気になることの心細さは元より、惨めさもよくわかりますが、まずは体調の回復が優先課題。

 「私馬鹿だから風邪ひかないよ!。馬鹿は風邪ひかない。日本のことわざ。私、馬鹿でよかたねぇ。あなた風邪ひかないか?よかたねぇ。あなたも馬鹿ね。頭パンクね。」とファーファイアー君は同じマレーシア人なのに極めて元気。
 たくさん食べて、たくさん寝て、何も考えない。これが彼の健康の秘訣だとか。
 夕方、ミン君に雑炊とリポビタンDを持っていったら、病人に代わってファーファイアー君が雑炊をほとんど食べてしまいました。

 ミン君は寒さのためコタツで寝ていたようで、これで体調を崩したようです。
 少し寒い部屋で布団の中で丸くなって寝るのも健康的だと思います。
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ナホトカ

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 夜、ウラジオストクに電話をしたら「今、外は−17℃。真冬のような寒さです。」ちなみに暖房がたっぷり効いている家の中では薄いセーター一つで暖かく過ごしているようです。
 この寒波は2−3日後に日本にやってくるのでのんびり構えてもいられません。

 ナホトカからのお客さんが来ており、昼過ぎに新潟方面に行ってきましたが土砂降りの雨で、これで気温が下がれば大雪でした。

 何回も日本に来ている人たちですが年末に来るのは初めてで、「思ったよりも寒いです。」と体感温度の寒さに驚いていました。

 私の場合、いつもウラジオストクに行く時には新潟空港まで自動車で行って空港の駐車場に自動車を駐車して出かけますが、ナホトカから自動車でウラジオストク空港まで来たと言う彼らに、空港の駐車場に自動車を置いてきたの?ときいたら、「そんなことをしたら帰国した時に自動車の部品が盗まれて何もなくなっていますよ。」と大笑いしていました。家族がナホトカからアルチョムにある空港まで送ってくれて、帰るときにも迎えに来てもらうのだそうです。

 日本からの便が到着して入国手続きが終わって空港から出るのは向こうの時間で夜8時ごろになるので、迎えの自動車が来ていないとタクシーを利用することになります。バスもあるようですが、「バスが来ていることもあれば既に出発していることもある。」
 ウラジオストクの市街地ならタクシーでも行けますが、「ナホトカまで行くタクシーはあまり無いですよ。ほとんどのタクシーはウラジオストクから来ているので、ナホトカに行けば帰ってくるのは翌日になってしまいます。」

 ウラジオストクよりも物価は安いし、人々も協力し合っているのでナホトカは住みやすいと彼らは言っていました。
 ウラジオストクで定年を迎えた人たちが、物価の安い郊外で晩年を過ごすケースも多いのですが、ナホトカにもそういった年金生活の人たちが移り住んでいるそうです。「でも、若い人たちはもっと大きな目地へと出てしまうので寂しいですね。」と日本と似た現象が起きているようです。
 「静かな町と言われてはいけないんです。活気あるナホトカを作りたいです。」

 最近「癒し系」に執着する日本ですが、これも甘えなんだろうか?癒されるより問題提起?
 日露カップルの場合、癒しよりも日々問題との対面かも?でも、問題を解決した時にカタルシスがある!
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弁当

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 朝、山仕事に行き、昼時に帰ってきました。私の近くで薪をきざんでいた年配の山師が保温式のランチボックスの弁当を食べていました。
 ”愛妻弁当ですか?”と挨拶すると、「愛妻も何もあったもんじゃねえぇ。ババアが手抜きこきやがって!」とランチボックスの味噌汁入れを見せてくれました。
 スープになっている味噌汁ではなく、インスタントの”あさげ”が一袋入っているだけでした。しかも水筒にはウーロン茶。
 幸い、カップヌードルを弁当代わりに持ってきていたのでお湯の入ったポットがあったために、なんとかそのおやじさんの味噌汁が完成しましたが、「まあ、弁当作ってくれる人がいるだけよしとするか。」とその味噌汁をすすっていました。恥ずかしいのでカップヌードルは家に戻ってきて食べました。

 日露カップルでもロシア人の奥さんが弁当を作ってくれるカップルがいますが、文化の違いか、思うようにならない分野の一つだと思います。
 サンドウィッチでも感謝するしかありませんが、肉体労働には物足りない。やっぱり米だよ!と迂闊な要求をすれば、日の丸弁当の梅干なしの白旗弁当では”畏れ入りました”と白旗をあげるしかありません。
 がたがた言って家庭争議になるよりは、期待しないで自分で作って持ってきたほうが間違いない。
 しかしながら彼女らは自分が出かけるときには自分のためにゴージャスな弁当を作って持っていくので、料理ができないわけでもない?

 日曜になると電話をくれる中国人女性がいます。日本の工場で研修中ですが、誰かに誉めてもらいたいようです。
 毎日何時間仕事をした。同じ作業をしている日本人よりも多くの数をこなした。など、全力でがんばっているものの、自分ががんばることでチームの和が崩れることや、思わぬ誤解を受けることなど、人間関係で神経質になっているようです。

 遠からず、研修を終えて中国に帰国すると、向こうの工場で管理職につくのでしょうが、「私たちがよい製品を作ることで、日本の人たちに将来を駄目にしてしまうと誤解されている気がします。」と不安になっています。目をつけられるのも能力があるからで、これも乗り越えなければならない壁。

 ”誉めてやらねば人は育たぬ”励まして良いエンジニアに育ってもらうよう願っています。

 いつも思うのですが、日本人は誉めるのが下手で、人を誉める時には何か裏があるのでは?と自分自身を疑ってついつい皮肉になってしまうもので。
 相手を認めることで自分がその人より低く思えてしまう妙な競争意識もあり、なかなか人を誉める言葉が出てこないものです。

 日本人同士では暗黙の了解がありますが、異文化の人たちにはこれが通用しませんし、批判されるうちにだんだんと冷たい心に覆いつくされて道を踏み外すこともあります。
 ですから、少しでも優れたところを見つけたらそれを認めて誉めるようにしています。

 「こちらの要求の半分もできれば上出来、25パーセントでも我慢する覚悟が必要。」国際カップルの先人がよく言う言葉です。人間関係然り。

 夕方、スーパーに行ったらサンクトペテルブルグから来た奥さんに会いました。彼女の夫が言うには「料理は下手」ですが、冷凍食品やインスタントは元より、出来合いの惣菜さえ使いたがらない奥さんです。それも全て子供の健康のためなんだそうで、子供のためには手間隙惜しまないけど、夫に対しては「大人なんだから自分でやりなさい」と厳しいママです。
 買い物籠に永谷園の乗り茶漬けが入っていました。会計後、お茶漬けは別の袋に入れられ、ご主人が大切そうに持って行きました。残り物のご飯にお茶漬けのり。日本人の幸せなひと時です。
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再来日

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 10月にイランに帰ったアレックス君が1年のビザを取得して再来日。
 格安航空券で来たので韓国経由で昨夜博多に到着。今日は博多から羽田まで飛行機で飛んでくるので、羽田まで出迎え。

 前日、横浜のサウナのカプセルホテルに泊まり、朝早く都内に入り込みました。

 慣れない狭いカプセルに寝たせいか、羽田の駐車場についたとたん眠気が襲ってきて、自動車の中で睡眠不足を補いました。
 携帯電話がなって目が覚めると、アレックス君は既に羽田に到着しており、手荷物が出てくるのを待っているとのこと。

 缶コーヒーを飲みながらロビーで待っていると懐かしい顔が出てきました。
 今回は2名の新人を連れてきて、埼玉の工場で働くのだとか。
 ”もしかしてサッカーの技術で選んだのでは?”と言うと、「どうしてわかった?」と大きな声で言いました。
 アレックス君の所属するイラン人フットサルチームは打倒ブラジルに躍起になっていると聞いていましたが、仕事よりこちらが本業か?
 この二人はイスファハンの出身で、浦和レッズとアジアクラブチームのチャンピオンを争ったセパハンの本拠地がある古都。イランでのレッズ−セパハン戦は引き分けでしたが、日本でレッズが勝ってアジアチームチャンピオンになりました。

 アレックス君が帰るとき、帰国中にイランが戦争に巻き込まれると冗談を行って送り出しましたが、「いつ何が起きるかわからないのが中東ですから、こうしてまた日本に来ることができて本当に喜んでいるんですよ。」と語っていました。

 彼はイラクとのイライラ戦争に従軍して砲弾で足を負傷した経験があるだけに、戦争に対しては我々が思う以上に神経質です。

 「日本はいいですよ。余計な心配が要らない。一生懸命がんばっていればみんな温かい。」
 そうあってほしいと願っています。
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