category日記

残留農薬

trackback--  comment--
 中国製の日本向けの冷凍食品に大量の農薬が混入しており、体調を崩す人が多数出たニュースが日本国内を駆け巡りました。

 日本よりもはるかに中国製農産物の依存度が高いウラジオストクからは、「残留農薬を簡単に計測できないか?」と、よく問い合わせが来ます。
 農薬と言っても成分がそれぞれ異なるので、単純に計測などできるわけがありません。

 以前、ウラジオストクの友人に私が農業で使っていた屈折式の糖度計をプレゼントしたことがあります。果実などの甘さを計る道具ですが、チャートを用いればラジエターの不凍液の凍結温度を計ることもできます。
 が、この男、野菜の汁を糖度計に乗せて農薬の濃度を測っているようで、科学的に考えればどう考えてもこんな物で農薬など計れるわけがないのに、なせばなるの硬い信念を持ってすれば「若干農薬が入っている」と、わかるのだそうです。ただ単にそう思いついただけに過ぎないのですが、当人は大真面目で糖度計で安全性を計測しています。
080131.jpg

 体重計、血圧計、電子体温計など一頃もてはやされた日本土産で、計測することが大好きなロシア人。放射能を計るガイガーカウンターまで持っている家庭も珍しくありません。
category日記

シリア料理

trackback--  comment--
 また料理の話題になりますが、シリア人のラクマン君が手料理をご馳走してくれました。

 まずは大量のニンニクをつぶして炒め、そこに水とヨーグルトをひとパックドカリとぶち込み、砂糖を入れてお米を煮込む。これだけでもゾットします。
 羊のひき肉をニンニクと多様なハーブで炒め、別のフライパンではナスをいためる。

 ニンニクライスの上に炒めたナスを敷き、その上に羊の肉を乗せて、シリア風丼物。


 食べると、羊の肉の香りと、ヨーグルトの香りと、べったりとしたオリーブオイルの香りと、複雑に入り混じって、申し上げるのもなんですが、オゲっとするような風味が口の中と吐き出す息に広がります。

 何がつらいと言われても、それを食べているところを熱いまなざしで見られていることで、「お前ら早くどこかに行けよ。」と思いつつも、微笑に涙を浮かべて飲み込まねばなりません。

 香りの強いものに弱いので特にこうした食べ物は苦手なんですが、わざわざ私のために作ってくれたので何としても食べなければなりません。

 モンゴルでも似たようなご飯を食べさせられた経験があります。米を牛乳で煮て、干しブドウや砂糖をどっぷり入れたお粥。
 なんとしても受け付けなかったのですが、それに羊の肉とオリーブオイルの香りが加わったのですから”アラブ女性と結婚しなくて良かった”と、予想以上に大きく異なる食文化の違いを痛感しました。

 このひき肉ヨーグルトご飯にトマトベースのソースもかけて食べます。これはこれでいけるソースですが、何しろあのライスが濃すぎて・・・。
080129a.jpg

 ロシア人の味覚は日本人と近くて幸いだと思います。
category日記

Замыкая круг

trackback--  comment--
 アフリカの飢饉を救おうとUSAのメジャーな歌手達が集って”We Are The World”を録音したのが1985年の1月28日でした。レコードの発売は5月頃だったと記憶していますが、私も買いました。

 ♪ここをクリック♪

 この成功の後、”○○エイド”と銘打ったチャリティーコンサートがブームになった80年代後半でした。

 We Are The Worldではボブ・ディランからマイケル・ジャクソンまで、それぞれ異なるジャンルのアーティストが一つの目的のために集結するUSAのふところの深さを感じたものでしたが、それぞれ「我」の強い人が自分を押し殺して何事かなそうとする姿に「大人」を認識しました。

 ほころびが見え始めたとは言え、まだ赤いカーテンの向こう側にいた当時のソビエト。
 
 1987年にソビエト国内の著名なポップ歌手を集めて「Замыкая круг 」なんて事をやっていました。
 We Are The Worldのパロディーか?と首を傾げつつも、なかなか面白いです。

 ♪ここをクリック♪

 
category日記

餃子

trackback--  comment--
 今朝の我が家の玄関先の気温は−11℃。例年よりも氷点下二桁が少ない冬ですが、寒いものは寒い。

 もうすぐ春節(旧正月)を迎えるハルビンでは、年末に家族総出で大量の餃子を作るのが習慣。近所の吉林省出身の奥さんも、先週末に餃子を作りにハルビン経由で里帰りしたそうです。

 餃子を作るには具をそろえる手間が大変なので、ペリメニ(ロシア風水餃子)を作ろうとひき肉と餃子の皮を買ってきましたが、ニンニクの入っていない餃子になってしまい、インスタントラーメンの粉末スープを使ったので、水餃子と言うよりは具の多いワンタンになってしまいました。

 だんだん境界線が曖昧になってしまうので、ペリメニとワンタンはどう違うのだろう?
 そういえば、私が作るとボルシチもだんだん和風風味になっているような思いもします。

category日記

走行距離

trackback--  comment--
 この春、ロシアの大統領選挙がありますが、雰囲気はほぼメドベージェフ候補で決まりそうな気配。
 そんな中、リベラル派を謳うカシヤノフ候補の立候補を「書類に不備があった」と認めない決定が出たために、カシヤノフ支持派の友人は「これはプーチンの妨害。ロシアに自由が無いことを世界に見せ付けた馬鹿な行為!」と憤慨しています。

 ウラジオストクを走る自動車の9割は日本車といわれていますが、ウラジオストクで陸揚げされた日本の中古車はロシア各地に運ばれます。
 もしかしたら自分が乗っていた自動車とロシアで再会なんてこともありえます。


 現在は製造後7年以上経過した中古車の輸入には高額な税金がかけられるので、比較的新しい日本車が輸入されていますが、日本車が好まれるのは燃費がよく丈夫で壊れない、狭い道路でも運転しやすい。
 日本と逆の右側通行ですが、右ハンドルを苦にしません。のみならず、「左ハンドルの自動車なんて運転したことが無い。」と言う人も少なくありません。

 丈夫な日本車ですから、走行距離10万キロなんてまだ新車。20万キロ、30万キロも珍しくありません。
080126.jpg
category日記

trackback--  comment--
 冬のモンゴルに行った時、「寒くない冬をモンゴルでは”腐った冬”と呼びます」と教わりました。
 寒さのために凍死する動物も多数出ますが、これもまた、自然環境の中で適正な個体数がバランスよく生き残るためには重要なこと。暖かい腐った冬にはタルバカン(マーモットの一種)が増え、これを餌にするオオカミなど肉食獣が増えると家畜に被害がでて、ヒトにはチフスを蔓延させる。
 私が行った時は−50度。腐った冬ではありませんでした。

 冬のロシア人と夏のロシア人は別の人種?と思えるほどその雰囲気は一変します。
 夏は開放的で陽気な人たちですが、冬は能面のように表情も変えず、口の先っぽで黙々と喋るような雰囲気を受けます。寒さで顔が引きつって表情も変えられないのですが、ロシア人が口の先っちょでもくもく喋るのは一年中同じ。日本語を喋らせてもヒュルヒュルと頼りなく感じます。
 偏見も交えて言えば、大きく口を横に開いて喋るアメリカ人は、大口で口の横に皺ができますが、ロシア人はおちょぼ口で口先をとんがらせた喋るので、口元で見分けがつくかも?
category日記

タラ

trackback--  comment--
 温暖化の影響なんだろうか?捕獲しすぎたためなんだろうか?年々タラの漁獲高は減っています。
 世界的に日本食ブームで、今まで魚を食べなかった国々が魚を食べ始めたこともありますが、あまり魚を食べないと言われているUSAでもタラはよく食べられています。

 日本でマダラを食するのは日本海側の文化圏だと思いますが、日持ちする魚のためなのか?海から遠い我が家の界隈も昔からタラは入手できました。
 トラックで売りに来る魚屋が持ってくる塩漬けのタラは冬の貴重な動物蛋白源でしたが、安い魚だったと記憶しています。

 ロシアではタラコのことを「ミェンターイ」と呼びますが、「明太子」を思い起こしていただければ、共通の言葉と気がつくでしょう。ちなみにタラは「トリスカー」。

 ロシアでもタラは冬の魚として食卓に登場します。


 マダラ=タラちり鍋。と固定観念を持っているので、タラをオーブンで焼くなんて!と、もったいない気がしますが、淡白な白身は風味の強いロシアのバターとよく馴染みます。
080125a.jpg
category日記

意外な荷物?

trackback--  comment--
 関東地方は雪で、東京方面も2年ぶりの積雪です。

 昨日、ウラジオストクに向けて出荷したコンテナーは、新潟からウラジオストクに直行と言うことで、バイヤー達が変な荷物(個人所有物)も詰め込みました。

 食品の卸売市場で日清のカップヌードルとシーフードヌードルを10箱も買い込んできたり、レトルト食品なども大量に買い込んできてコンテナーの自動車部品やタイヤの隙間に詰め込んでいました。
 個人で使うの?と聞いたら、「日本の食品は高く売れるんだ。自動車部品よりも食品のほうが売れる!」と意気込んでいました。
 昨年末にレンタルスキー点から買い込んできたスノーボードやスキーなども大量にコンテナーに入っていました。ウラジオストク郊外にもスキー場がありますが、冬季オリンピックの開催地に決まったソチ方面に送るのだとか。
 中古タイヤの内側に衣料品を目一杯詰め込んで、”これで商品になるの?”とあきれてしまいましたが、アイロン大好きのロシア人のことですから、皺など簡単になおして衣料品店に陳列してしまうのでしょう。
 ”こんな者に需要があるの?”と驚きつつも、そのドサクサに、私の作った米もコンテナーに詰め込ませていただきました。

 週明けにはウラジオストクに到着する予定で、通関に何日かかるかわかりませんが、今月中にはこうした余禄の物品もそれぞれの顧客に送ることができる予定だとか。
category日記

あんかけ焼きそば

trackback--  comment--
 このところ、あんかけ焼きそばに凝っていまして、あれやこれやと工夫して作っています。

 食肉文化圏のヨーロッパにあって、野菜を食べる比率が高いロシアでは、あらかたの食材がそろうと思いますし、お皿の文化でどんぶりが無い食生活ではスープを使うラーメンなどよりも馴染みやすいのではなかろうか?と思っています。


 中華丼にしてもあんかけ焼きそばにしても、上に乗っているのは八宝菜。
 ウラジオストクの野菜を炒めてカタクリであんかけは中華料理店ならどこでもあるメニューですが、これを麺やご飯の上に乗せる発想は無いみたいです。

 ウラジオストクのアパートのキッチンのほとんどは電熱式。強い火力ですばやく野菜を炒めるには向いていませんが、あんかけ焼きそばもロシア人の口に合う料理の一つです。
category日記

大寒

trackback--  comment--
 今日はバスで通勤したウラジオストクの女性スタッフ。バスの代金は片道250円ほど。往復で500円と、決して安くありません。自家用車で通勤した時のガソリン代とどちらが安いか?と聞いたところ、「私の場合、通勤距離が短いので、自分の自動車できたほうが安いかもしれません。バスの運賃は値上がりするばかりです。石油が値上がりしてロシアの国が豊かになるほど、私たちの生活は厳しくなります。」と、ぼやいていました。

 今日は大寒、暦の上ではこの日をさかいに温かくなりますが、あと一週間程度日本は寒さに包まれるようです。

 こちらで暮らしているセルゲイ君は、先週末、近所の家庭からホットカーペットをもらい、「最高に快適」と大喜びしています。

 セルゲイ君の部屋を訪ねたシリア人のラクマン君がホットカーペットをほしいと言うので、電器店に連れて行きました。アラブ人なんだから絨毯は空を飛ぶための道具だろうとからかうと、あれはバクダッドの話で、イラク軍の空飛ぶ絨毯はアメリカ軍のステルスに撃墜されたと返してきました。なかなかの切れ者です。

 シリア料理をご馳走になりました。伊勢崎に住むパキスタン人に調達してもらったと言う羊肉の料理で、鍋に入れた大量のニンニクをビンのそこで押しつぶして作ったスープに、ブルガリアヨーグルトを1パッケージ入れて、見たことの無いハーブを使った羊肉のスープ。羊の肉には独特の臭みがありますが、その匂いをとる方法を良く心得ています。
 見た目はグロテスクでしたが、これが意外にもおいしくて、セルゲイ君説ではアルメニアの料理にも似たようなものがあるとか。
category日記

年配

trackback--  comment--
 1月15日の日記でソビエト歌謡の「Прекрасное далеко」を紹介したら、ウラジオストクの友人から「メリジアンというバルド(ロシアのフォークシンガー)のグループを知っていますか?たぶん、あなたは気に入ると思います。」とURLが送られてきました。

 ♪ここをクリック♪

 60年代フォークを髣髴させる健全で爽やかな歌声。すっかり気に入ってしまい、お礼のメールを送ると、「喜んでもらえてよかったです。年配の人たちにはこういう音楽が好まれるとわかりました。僕のママも同じジャンルの音楽が好きです。」

 「年配の人たち」が非常に気になってしまいますが、彼のお母さんは私より3歳年上。ほぼ同世代。



 今度来日する仲間にこのCDを託してくれることになりましたが、「日本で流行っている歌謡曲を送ってください。」と言われ困ってしまいました。

 最近、日本の流行歌についてほとんどわからないと言うのが現状で、外国人奥様方のほうが詳しいのも現状。
 こういってはなんだけど、何を歌っているのか?意味はおろか言葉も汲み取れない日本語歌謡が多くなってきた思いもします。
 
 流行の時間も短いので、覚えるどころか耳に入る頃には既に流行が終わっているような日本の歌謡事情。
 「年配」と言う言葉にナーバスになりながらも、年配になってしまったんだろうか?と納得もしてしまいます。

 年配と呼ばれようがオジンと呼ばれようが、良いものは良い。

 ブラート・オクジャワの名曲"Вот так она любит меня"(ほら、彼女は僕を愛している)をバルドのジャンナ・ビチェフスカヤが歌っているバージョン。

♪ここをクリック♪
category日記

旧正月

trackback--  comment--
 久し振りにハルビンの西郷ドンからメールが来ました。最近はラオスとハルビンの間を仕事で往来しているようですが、そろそろ旧正月も近いのでハルビンに戻ってきたようです。

 旧正月は中国全土が1週間近い休みに突入するために、物流に影響がでたり、原材料などは相場にも大きな影響を与えると言われています。
 どの観光地に行っても混雑するので、旧正月には中国に出かけるなといわれるほどです。

 ロシアのウラジオストクの観光客のほとんどは中国人観光客ですが、中国が旧正月休みに入る今月末からは特に忙しくなるようです。

 旧正月と言えば、中国系マレーシア人のファーファイア君たちも旧正月を祝います。ボイ君とミン君は来週マレーシアに帰国しますが、ファーファイア君は一人日本に残って仕事です。
 昨日、ミン君とボイ君の飛行機の予約をしましたが、ガールフレンドが待っているボイ君は帰国が決まって嬉しそうでしたが、厳しいパパの帝王学教室が待っているミン君は「飛行機予約できたの?もっと日本で苦労したい。」と肩を落としていました。
 ひとり日本に残るファーファイア君は「ミンもボイもクアラルンプール帰る。みんな逮捕ね。」とふてくされていました。

 旧正月といえば、我が家の界隈の中国人奥様方の動向も落ち着かなくなってきました。すでに里帰りしている奥様もいます。
 こちらの小学校では夏休みが短い分、1月末に繰り替え休みがありますが、学校に通う子供を持つお母さんはこれを利用して里帰りするようです。
category日記

感涙

trackback--  comment--
 昼間は-10度、夜中には−30度と冷え込んでいるウラジオストク。
 「ガソリンが高いからバスで通勤しているけど、寒くなったり、夜遅くなることが多いので、この一週間は自分の自動車で通勤しています。」とウラジオストク事務所の女性スタッフの弁。
 もはや、「寒い」と言うより「痛い」気温ですが、ロシアでは暖かい地方に入るウラジオストク。
 

 昨年末、ドミニカ人のミア君は奥さん(日本人)と子供を連れて映画館に行き、「マリと子犬の物語」を見てきたそうです。
 新潟の中越地震の時、大被害を受けた山古志村から犬を残して非難した家族と、村に残って生き延びた犬の物語ですが、「映画を見てこんなに泣いてしまうとは思いもしませんでした。」と感動していました。
 が、ミア君と子供が涙に濡れている時、彼の奥さん(日本人)は天井を向いたまま熟睡していたそうです。
 「僕が苦労かけるから疲れているのかな?と思ったけど、だんだん彼女が女でなくなっていくような気がします。結婚前は優しかったのに。」と、あきれていました。
 図太くなるのも、幸せな結婚生活の一つの典型だと思います。
 
category日記

領事館の宴

trackback--  comment--
 某国領事館で行われたクリスマスパーティー。ロシアのクリスマスは1月7日ですが、それより1週間ほど遅れて在日ロシア人の方々のために領事館がクリスマスパーティーを主催。
 旧ソビエト構成国の人たちも多数来ていたようで、ロシアというよりもCISのクリスマス。


 昔、USAのヒューストンの領事公邸のパーティーに呼ばれていったことがありましたが、プール付のゴージャスな公邸でした。「皆さんの税金で作ったもので、こんなところに住まわせていただいて申し訳なく思っています。」と総領事が語っていましたが、一緒にパーティーに参加していたアメリカ人が「ゴージャス!」と感動していましたから、これはこれで気持ちよかったおぼえがあります。
 近くで生活していた変な東洋人が「同じ日本人だった」と領事館のパーティーで初めて気がついたこともありました。それまで怪しいから近づかなかったのですが、日本人とわかってから、近くに同じ日本人が住んでいることが心強く思えたものでした。

 ロシアの人たちが自分の国の領事館に来て「すごいだろう!」と誇れれば、これもまた意義のあることだと思います。

 ロシア料理の立食パーティー。どこの世界もママと子供達が活躍するようです。
080117a.jpg

 ロシアのクリスマスツリーのヨールカも当然お目見えしています。
080117b.jpg

 ステージで活躍するのも、もちろん女性たち。
080117c.jpg

 サンタクロースはジェッド・マローズ(寒波のおじいさん)と呼ばれますが、サンタクロースと同じコカコーラが権利を持つ赤い衣装を着ています。
080117d.jpg

 領事館が子供達のための場所を設けてくれたようです。それだけ国際カップルも多いという裏返しなんでしょうが、お母さん達には情報交換の場でもあります。

 こういう集まりで子供は素晴らしいと感心するのは、双方の国の言葉を自在に操り、使い分ける術を身につけていること。
 
 なんだかわからないけれど同じような子供達がいて面白かったと言う記憶が、後に「領事館のパーティーだった」と驚くことになるんでしょうか?
080117e.jpg

 こうした機会にはできるだけ参加して世界を広げることも大切なことだと思います。

 ちなみに、今日17日。ウラジオストクの日本領事館では新年祝賀会が催されたそうです。
category日記

モモヒキ

trackback--  comment--
 「今日の最低気温は−30度になると思います。この寒さはもうすぐ日本に行くと思います。」
 ウラジオストク事務所の見解。

 我が家の界隈も今日は昼間も氷点下でしたが、それでも例年よりも温かいと思います。

 初めて雪を見たシリア人のバイヤーは、夜、街灯の明かりの中で雪が舞う景色を「なんて美しい光景だ!」と喜んでいるものの、外に出ようとはしません。

 日本の冬に慣れているマレーシア人のファーファイア君が、自分のはいているラクダのモモヒキを見せて「これが最高に温かい」とひけらかすと、ロシア人のセルゲイ君が「私のは皮です。」となめし皮の股引を見せてくれました。

 皮のモモヒキがほしいとシリア人たちは言うものの、日本では簡単に見つかる代物ではありません。オートバイ乗り用に皮のモモヒキがあると聞いたことがありますが、日本では手に入らないというと、セルゲイ君がウラジオストクに電話して明日来日するセルゲイ君の仲間に持ってきてもらうことになりました。

 私は冬山に行く時にアクリルのタイツをはくものの、日ごろは股引をはきませんし、ただでさえ太いのでそんなものを履いたら身動きがままなりません。

 別に、モモヒキに偏見を持っているわけではありませんが、ロシア女性も遠慮なくモモヒキをはきます。寒いんだから当たり前でしょうと言われると、そうなんですが、なんか色香が異なる気がして・・・
 赤いモモヒキだけはご勘弁をと願っていますが、友人の奥さんは赤がラッキーカラーだとかで、赤いモモヒキが大好きだとか。さらに、冬はハラマキも愛用しているそうで、そりゃ寒さから身を守るために当然で立派なことではないか!と建前としては思いつつも、日本人なら見栄はって我慢するところを、素直に実用本位で割り切れるロシア人って立派だと思う。
 まさ、寒さと生命の危機に対する環境が違いますから。
category日記

Прекрасное далеко

trackback--  comment--
 Прекрасное далеко, не будь ко мне жестоко, Не будь ко мне жестоко, жестоко не будь! От чистого истока в прекрасное далеко В прекрасное далеко я начинаю путь.」

 ”美しい未来よ、私を見捨てないで。私を見捨てないで!穢れなき少年年時代から、今未来に向かい、私は歩き始める。”

 ソビエト時代のПрекрасное далеко という歌です。

 ♪ここをクリック♪

 「きれいな歌だけど、私は好きではない。なぜなら、この歌を歌っていた子供達には美しい将来なんかなかったからです。」
 と私と同世代のウラジオストクの友人は言います。なぜなら、ピオネール(ソビエト共産主義の少年団)の定番ソングだったから。元ピオネールの良い子だった彼はソビエトがひっくり返って「将来なんか無いと思った。」と振り返っています。

 その昔、ウラジオストク極東放送と言うラジオ局が、強烈な電波で日本向けにこうした曲を流しており、なんだかわからないけれどきれいなメロディーだなとテープに録音しておいたことがありました。

 ロシアから「あなたのお気に入りの面白いバージョンがあります。」と紹介されたのがこの映像。
 ♪ここをクリック♪

 「サムライバージョン」と言っていましたが、よく見れば「新選組」。
 新選組って何をやろうとしていたのか?時代の流れに逆らおうとしていたのではなかろうか?などと考えると、Прекрасное далекоを歌いながら時代に取り残された共産主義者にあい通じるものを感じます。

 Слышу голос из прекрасного далека, Он зовет меня в чудесные края, Слышу голос - голос спрашивает строго: А сегодня что для завтра сделал я

 ”美しい未来から声が聞こえる、 私を軌跡の場所へいざなう。 今日私は明日のために何をしたのかと、声は厳しく問いかける。”

 明日のためにとやってきたことが、結果的にピントはずれだったなんてことは良くあることですが、そこから立ち上がるのが人間の魅力。
 未来は誰かが与えてくれるものではなく、自分で見つけて作り出していくもの。

 皮肉なことに、この歌の通りに日々努力していれば彼らだって未来は輝いたと思うのだけど・・・
category日記

とん汁

trackback--  comment--
 「今朝は本当に寒い。−25度です。」朝、冬本番のウラジオストクからのメール。

 我が家の界隈は例年よりも寒くないと思いますが、今年もドンド焼きを行いました。例年なら雪の中にやぐらを組むのに、去年と今年は雪がないので、周囲の枯れ草に火が燃え移らないように気を使いました。

 例年成人式の頃には大雪が降るものですが、昨年から成人式が5月連休になってしまったために雪も降る機会を失ってしまったのだろうか?

 今年は昨年よりも門松の数が多く感じられました。
080114.jpg

 60歳で男女共に最後の厄年がありますが、それ以下の厄年の人たちが自分よりも年下になってしまい、年々「年配者」の枠が近くなっている思いです。
 今年度の地区の行事もこれで終了。

 振る舞いのとん汁も残ることなく、好評でした。
080114a.jpg


 とん汁といえば、12月20日の日記で紹介した、とん汁を売る謎の骨董屋に行ってきました。
071220.jpg

 骨董品店の一角にカウンターがあり、そこでとん汁定食やモツ煮定食を販売している変な店で、やる気があるのかないのかわからないおじいさんと、その友達と思える酔っ払いのおじいさんが店にいました。どっちにしても趣味の延長線上のような店でした。
 古い映画のポスターが並んでいて興味深かったのですが、高そうでした。

 夕方、ウラジオストクの事務所から「あなたが以前言っていたパナソニックと松下が同じ企業だとわかりました!」今まで何回も「同じ会社」と説明してきたのに信用していなかったようですが、松下が企業名もパナソニックに統一することで、ようやくこの二つの名前が同じ会社のものだと理解してもらえたようです。

 KYOCERA(京セラ)は「京都セラミック」という京都の会社で「東京セラミック」ではないと何回も説明したいますが、「私は東京で(KYOCERA)の会社を見ました!」の一点張りで、これも理解してもらっていない日本のブランド。

 某ロシア人奥さんに「天皇は東京に住んでいて、ミカドは京都に住んでいる王様。」とご高説を賜った時には”もう、なんとでも言ってくれ!”と思いましたが、わかってるようでどこかずれているので、そのつもりで余裕を持って付き合っていかねば????
category日記

trackback--  comment--
 女性の厄年って何歳だったっけ?
 毎年今頃になるとご近所の奥様方が厄除けバスツアーに出かけますが、このところ顔ぶれが固定化されており、おおよそ、とうの昔に厄年を終えたようなご夫人までバスに乗り込んで出かけていきました。前厄、本厄、後厄の他に顔厄というのもあるのかも?
 昨年は栃木の佐野厄除け大師でしたが、今年は川崎大師を襲撃した模様で、なんでも、東京からオカマのバスガイドが乗り込んできて、お参りの後はオカマショーを見て帰ってきたようです。

 厄が出かけている間に男性たちは明日のどんど焼きのやぐらを作ったり、振る舞いのとん汁作りをしました。

 昼過ぎ、シリア人二人とロシア人一人を連れて榛名山に行ってきました。「湖畔の宿」の舞台になった湖。例年なら凍結してスケートができたり、氷に穴を開けてワカサギ釣りをする人たちで賑わっている季節ですが、今年は暖冬で氷が張るそぶりもありません。

 シリア人は雪道に感動して大はしゃぎしていましたが、ロシア人は珍しくも無いと冷ややかでした。


 帰路、スーパーマーケットに立ち寄って、彼らが夕食の素材を買うのを眺めていましたが、、缶詰のトマトや、大量のマッシュルーム、なぜかスパゲティーまで、同じようなものを買っていました。唯一違ったのは、ロシア人はベーコン、シリア人は鶏肉を買っていました。


 夜、明日のどんど焼きの準備をした近所の人たちと会食。「今頃かーちゃんたちはオカマショーを見てはしゃいでいるに違いない」などと話しつつも、「今日は酔っ払って帰っても怒られないだろうから、厄除けのご利益かもね。」と羽を伸ばしていました。
080113b.jpg

 20代の独身男性が毛じらみに祟られた話になり、下の毛全部剃られて薬を塗られ、また週明け病院に行って薬を塗ってもらうのだとか。しっかり毛を剃って、根気よく治療しないと、卵のまま持ちこたえる毛じらみがいるのだとか。
 厄落としよりダニ落としで、明日はダルマ燃やした煙を股間にまぶして清めろ!などとみんなにからかわれていました。

 どこで何をやらかしたのか詳しくは聞かなかったけど、ご婦人方の間でもちらほら噂になっていたので、バスの中でもその話題が盛り上がっていたようです。
 独り者だからまだ良かったものの、妻帯者だったら笑って済まされない事態になりかねません。

 360度厄に包囲されているような毎日です。
category日記

Песенка Крокодила Гены

trackback--  comment--
 ♪ここをクリック♪

 ソビエトの代表的なアニメ”ヂェブラーシカ”の挿入歌、”Песенка Крокодила Гены (ワニのゲーナの歌)”
 なんと、日本語バージョンがありました。
 妙に違和感があります。

 ちなみにワニのゲーナの歌はロシアでは誕生日の定番ソング。”残念だけど誕生日は一年に一回”と歌われています。
 
 なんと驚いたことに、”Песенка Крокодила Гены (ワニのゲーナの歌)”のフィンランド語バージョンもありました。
 考えてみればフィンランドは地理的にロシアに隣接している国ですし、かかわりも日本よりはるかに深いはずですから不思議ではありません。フィンランド語ではガルモニ(アコーディオン)を「ハルモ二」と発音するようですね。

 ♪ここをクリック♪

 さらに、スウェーデン語バージョンもありました。

 ♪ここをクリック♪

 ゲルマン系言語のスウェーデン。言葉の響きがたくましい?

 本家ロシア語バージョンももちろんありますが、身近なところで話題になったのはピオネールの少年達が歌う”Песенка Крокодила Гены (ワニのゲーナの歌)”。
 ♪ここをクリック♪
 ピオネールは共産主義の模範的な良い子達で、ソビエトが崩壊して十数年。ピオネールの模範的な子供達も30代半ば以上になっていることでしょう。
 ソビエト時代なら将来有望な子供たちだったことでしょうが、「どうせろくなものになっていない。」、「どこかでのたれ死んでいる。」、「ゴマすりで使い物にならない馬鹿ども」と若い世代はボロクソなことを言っています。

 オジサンには三田明や吉永小百合が活躍した健康体1960年代歌謡の懐かしさを垣間見る思いで気に入っているのですが・・・
category日記

サウナ

trackback--  comment--
 朝、日露カップルの友人からの電話で、「昨日カミサンがロシアから帰ってきたんだけど、38度の熱が出て、関節の節々が痛いみたいだ。」と言うので、以前ラジオで聞いたインフルエンザの症状に似ていると答えたら、「早めに医者に見てもらうから、わからないときには電話します。」と、仕事を休んで病院に連れて行ったようです。
 年末年始をロシアで過ごしてクリスマスを過ごし、向こうにいる段階で体調もよくなかったようですが、無理して疲れを貯めたままこちらに戻ってきたようです。

 連休前の段取りがあるので午後から仕事に向かったようですが、国際カップルの場合外国人パートナーの病気は大きな気がかりです。

 かく言う私も、コクはあるけどキレが無い、どんよりとした体調で、無理しないで体を休めようと思っています。


 夜、シリア人二人とロシア人一人を連れてサウナに行ってきました。 
 ロシア人曰く、「バーニャ(サウナ)でたっぷり汗を流して寝ることでインフルエンザの予防になる。」
 シリア人曰く「ロシアにもサウナがあるの?あんなに寒いところでサウナが温かくなるの?」

 とんでもない、ロシアはサウナ大国で、ロシア人の生活には不可欠。が、ロシアも負けていない。
 「シリアは外に出れば国全体がサウナだろう。」
 裸の付き合いと言うのもおかしな話ですが、サウナの話題で盛り上がりました。

 昨年の春、仕事で東京にアパートを借りていたシリア人が言うには、風呂の無いアパートだったので400円の銭湯に行っていたそうです。

 こちらのサウナが20mのプール付で2時間500円。決して安いと思っていませんでしたが、「信じられない安さだ!ここは日本か?」と驚いていました。

 ちなみに温泉地の我が家の界隈には4件の共同浴場があり、各戸、毎月1800円温泉の維持費(主に掃除の代金に使うようです)を支払うだけ。
category日記

香辛料

trackback--  comment--
 ウラジオストクに向かう会員さんに向こうの事務所に渡す書類を託したので、もし向こうのスタッフが理解できなかった時の説明のお願いの電話をしたら、高速道路のサービスエリアで仮眠していたようです。
 今朝早く東京方面を自家用車で出発したそうで、黒崎のサービスエリアで仮眠したところ5時間も熟睡してしまったそうです。
 まだ、搭乗手続きまではたっぷりと時間があったので、慌てないで空港に向かうようお願いしました。
 空港から電話があり、ちょうど搭乗手続きが始まった頃に到着できたそうです。

 新潟からウラジオストクまで1時間20分程度。飲み物や機内食の配布などであわただしく、私も何回か機内で仮眠を試みましたが、そんな暇もありません。近すぎるデメリットかもしれませんが、遠くないにこしたことはありません。

 私の場合、いろいろな国を旅して、ウラジオストクが一番食事の違和感が無い土地でした。
 最近、日本国内で「なんだこりゃ?」と腰が引ける食べ物に出会うことも多くなりました。
 今日はシリア人のシャディーさんにシリアの料理をご馳走になりました。ナムにオリーブオイルをつけ、焼香のお香のような香辛料の粉末をつけて食べる料理で、臭い、辛い。
 「日本人には無理でしょう。」と言われ、おいしいとは思えないが食べられないものではない。とこたえました。後ほど、ゲップが出るたびに香辛料の匂いがよみがえり、”やっぱり無理かもしれない”。
 こちら方面に詳しい友人が言うには、「はじめは香辛料で困惑するけど、なれるとたまらなく恋しい香りに感じるんだよね。」

 そういえば、ハルビンで香菜(コリアンダー)の香りに辟易になりましたが、日中カップルの男性が言うには、「慣れるとなんにでも入れたくなる香辛料だよ。」と、自宅のプランターで栽培までしています。
 私たちが使うネギなどもその類なんでしょうが、思えば、子供の頃はこのネギの香りもダメでしたが、今はなんにでもネギを入れるどころか、昨夜など風邪の予防にネギミソを食べました。

 香辛料にも各国の文化がこめられていますが、ロシアの場合は?フェンネル(ウイキョウ)の葉っぱでしょうか?
category日記

Arash

trackback--  comment--
 ウラジオストクの事務所から新年の営業開始のメールが来ました。木曜にウラジオストクに行く会員さんがいたり、向こうからこちらにビジネスに来る顧客もいるのでその準備もあったようです。

 昨年末「衣服や化粧品に詳しい通訳はいませんか?」と依頼されていて、この分野ならロシア人奥様の出番と紹介しましたが、ロシアの経済発展で今後活躍の場が増えてくるかもしれません。

 一頃の中国がそうであったように、毎年、ロシアと日本の関わり方が変化しています。10年ひと昔どころか、半年、3ヶ月で動きが変わる思いです。昨年は予想もしていなかったことが現在は当たり前になっている、常に流れている時代を感じます。

 イラン人のアレックス君が「イラン出身のArashって歌手知ってる?USAやロシアでもとても有名。」と聞かせてくれたのがこの曲。

 ♪ここをクリック♪

 一瞬。”あ!この歌の意味がわかる!”。とびっくりしました。いつの間にペルシア語がわかるようになったんだろう?と嬉しくなっていると、「これロシア語の歌。あなたロシア語わかるでしょ。でも、私はロシア語わからないからこの歌の意味わからない。ペルシア語バージョンで知ってるけどね。」
080109.jpg

 Arashはイラン出身ですがスウェーデンを拠点にしている歌手だそうで、アレックス君説では「奥さんはロシア人。」
category日記

土産

trackback--  comment--
 ウラジオストク土産はロシアのビールのボーチカ。
 いろいろな種類があるので空き瓶を集めていますが、「空のビール瓶なんか集めてどうするの?」とコレクターの気持など誰一人理解してはくれません。


 日本に帰国した時、税関検査でビールの空き瓶が出てきたとき、税関の職員が「空き瓶だけ?」と聞くので”税金かかるんですか?”と聞き返したら、「何でまたこんな物を・・・趣味ですか?・・・」とあきれ返った目で見られました。

 コレクションと言えば、昭和61年にもらったサントリーオールドを手付けずに持っています。21世紀になったら飲もうとしまっておいて、3年ほど前に思い出しました。
 平成20年になったら封を切ろうと再びしまいましたが、今年は平成20年。開封する口実も無いのでそのままお蔵入りになることでしょう。
 そのサントリーオールドより若干新しいソビエトのウォッカも手をつけずにお蔵入りしていますが、「ロシアでは絶対ありえない。」と笑いものにされています。

 ビールは熟成させるわけには行かないので、機会があったら飲んでビンだけ保存する予定です。
080107b.jpg

 ご婦人方のためにロシアのチョコレートももらいました。私もどちらかと言うとアルコールよりこちらのほうがすきなのですが、ロシアのチョコレートはおいしいと喜ばれます。
 私の近くにもロシアチョコレートファンのご婦人がいます。

 90年代のロシアなど砂糖が不足して甘いものに飢えていた時代で、日本からチョコレートやキャンディーを持って行くと喜ばれたものでした。が、時代も変わり、ロシアのチョコレートの「野性味」が新鮮に感じます。
080107a.jpg

 ロシア人が日本に住むロシア人のためにロシアから持って来るロシアの土産と言えば、硬いライ麦のパン。
 私たちが国外の同朋に米を持っていくのと似たようなものだろうか?

 決しておいしくないし、硬くて食べるのに手を焼くロシアのパン。おいしいものだと思えるようになるまで数年かかりました。
 長く付き合ってようやくわかるような気になるロシアのパンは、ロシア人の気質のように思えます。とっつきにくいし、扱いにくいけど、時間をかけて打ち解けると人情味の塊です。
080107c.jpg
category日記

ちょっと違う

trackback--  comment--
 山の稜線を雲の陰が覆って薄紫に滲み、どこまでが雲でどこまでが山なのかわからない幻想的な光景に出くわしました。デジカメで写したら稜線がはっきり見えて、肉眼で見た景色とちょっと違う。
080106b.jpg

 飛行機が遅れたもののウラジオストクからの客人は無事到着しました。
 「ロシア語しか喋れませんけど・・・大丈夫ですよね。」と言われていましたが、本当にロシア語しか喋れないエンジニアを派遣してくれました。

 明日はロシアのクリスマス。その前日に出向させられたのですから不憫ですが、「これも仕事」とクールに構えている典型的なロシア人。


 越後湯沢の新幹線の駅で「モツ煮ドンブリ」なるファーストフードが売られていました。
 モツの煮込みをご飯の上にのせたどんぶり物ですが、駅の中の屋台で販売されていました。
 列車の時間があったので食べられなかったのですが、これがまたすきっ腹にこたえる香りを振りまき、汁の染み込んだ大根がおいしそうでした。
080106.jpg

 が、柱にもたれてドンブリ物をほおばっている姿が妙に馴染まない。
 同じ現場でハンバーガーを食べているなら違和感なく絵になるけれど、ドンブリ物はどこか違う。ハンバーグよりもモツ煮のほうが栄養のバランスも良いに決まっていますし、パンよりご飯のほうが腹にたまる。絶対モツ煮丼のほうが食べ物としては好ましいと思うのですが、なぜか景色に馴染まない。
 日本の食文化に無かった食材でもご飯にのっけて「丼物」にしてしまう日本の食文化の寛容さは自慢にしていますが、どうも釈然としません。

 モツ煮丼を食べているカップルもいました。
 やはりどこか違和感が。
 背中を丸めて食べるからだろうか?両手がふさがるからだろうか?
080106a.jpg

 思い入れなのか?思い込みなのか?「ちょっと違うのでは?」と眺めつつ、本音はモツ煮丼を食べたかった。

 ちょっと違う?と感じてしまったのは昨夜テレビ朝日系列で放送した三島由紀夫原作の「鹿鳴館」。元々好きな小説で、年明けにテレビドラマとして放送されることを知って、原作を読み直して楽しみにしていました。
 小説が映画やドラマになると自分のイメージとのギャップも楽しいので、映像で見る前に日本を読んで自分なりのイメージを作るようにしていますが、自由民権運動、登場人物の心の動きや綾などが随分簡単に描かれてしまった思いがして、期待していただけにギャップが大きすぎた思いがします。

 予算の問題や、2時間少々のドラマでは難しいのかもしれませんが、ちょっと違う?
category日記

冬の夢

trackback--  comment--
 パリダカラリーがアフリカの治安悪化で中止。このところ大型トラックのカミオンクラスでロシアのトラックメーカーのカマズが大躍進をしているために私は楽しみにしていますが、「あんなのが勝ってもぜんぜん嬉しくない」とラリー大好きのロシア人の友人の言葉。
 彼はインプレッサかランサーを手に入れたいと夢を持っていますが、「そんなちゃちな自動車など乗らずカマズを手に入れなさい。仕事にも使えるし・・・」とからかっています。

 カマズに元々パリダカで優勝できる力や技術があったのか、この十数年で画期的に進化したのか?こうした技術がフィードバックして、カマズが日本へ輸入される時代もやがて来るような気もします。笑ってばかりもいられません。
080105.jpg

 広大なシベリア大陸を横断するトランス・シベリアラリーが夏に開催されています。このラリーを主催する一企業のスタッフがセルゲイ君で、ラリー大好きの若者が集まっています。
 セルゲイ君の会社には7人セルゲイ君がいるそうで、私が冗談で「7人順番でこちらによこしたら?」と社長に言ったら「それは面白い。」と昨年はセルゲイ君が二人きました。明日、三人目のセルゲイ君が来日します。
 パリダカ中止のドサクサにウラジオストクからポルトガルまでユーラシア横断ラリーを主催したらどうだ?とメールを出してみました。

 3日の番にTBSで放送された古代ローマ1000年史。リアルタイムで見ることができなかったので、録画していた近所の人からビデオを借りてきて見ました。
 2000年以上も前に共和制を成立させていた都市国家ですが、その共和制にも限界が来ると、一人の指導者の決断力にゆだねる帝政を生み出す「時代の実験」に、今日の多様な問題と重なる一面を見る思いがしました。

 個人の人生の中でも「これでいい」と言う完成形など存在せず、常にベターを求めての暗中模索ですが、夜の流れも常にベターを追い求めて「より良く」「多少なりとも良く」なっているものなんでしょうか。
 共産主義が資本主義に破れたのはどこかで「これで言い」と安心したり、そのシステムの中にいるほうが心地よい人たちが流れをせき止めて淀ませてしまったからで、これは昨今とやかく言われる日本の官僚主義にも見え隠れしている側面です。
 常に殻を打ち破って進化していかねばならないとしみじみ思いましたが、今年はどんな進化ができるだろう?
 
 寒い冬。昨年お母さんになってしまったロシアの歌姫アルスゥの”зимний сон(冬の夢)”などいかがでしょうか?

 ♪ここをクリック♪
category日記

トラッド

trackback--  comment--
 1月7日がクリスマスのロシア。新年のお祭りの疲れから立ち直り、クリスマスの準備で落ち着かないようです。

 ソビエト時代に宗教的なものは破壊されていたとは言え、各家庭に固有のクリスマスの儀式や飾りつけなどもあるようです。
 毎年クリスマスの料理が増えるのを見て「ロシアが豊かになってきたと実感している」と語ってくれた友人もいました。

 お祭り騒ぎに始終する12月25日(彼らはカトリックのクリスマスと呼んでいます)と異なり、1月7日のロシア正教のクリスマスは神聖で、家族で温かく過ごすようです。

 ♪ここをクリック♪
 以前コラムで紹介したウクライナの民謡”バンドゥーラを手にすれば”の現代バージョンです。
bandura1.jpg

 バンドゥーラはハープとギターを合わせたようなウクライナの伝統楽器ですが、意外にもロシア人の多くはこの楽器について知りません。ウクライナ系ロシア人の某奥様も日本で初めて知った次第です。

 バラライカやバヤーンなどロシアも固有の楽器を持っていますが、かつての日本の和楽器のように、現代ロシア人にはあまり重要視されていません。日本の和楽器と比べればはるかに抵抗なく根付いていると思うのですが、現代ロシア人にとっては「年寄りの音楽?」

 外に出て突きつけられるのが自分の国の伝統文化に対する知識であることはどこも同じ。文化の逆輸入という形で、伝統音楽や楽器などが復古してくることでしょう。

 バンドゥーラを用いたクリスマスソングの映像があります。

 「民族主義」にまで立ち入ってしまうと、きな臭い煙が立ち込めてしまいますが、自分の「ルーツ」と言うのか立ち返るステップを持つことは「グローバールスタンダード」の次第に必須条件のような気もします。

 日本人なら1月7日に「七草粥」でしょうが、おいしそうに思えないし、そこまで健康でなくとも・・・。現実はこんなもんですが・・・・。
category日記

託児所

trackback--  comment--
 近所の子供達のカルタ大会の練習が始まりました。
 昨年は「全然取れない」と泣きべそをかいていた1年生も、1年過ぎるとたくましさが違ってきます。子供の1年は大きいと感心しながら眺めていました。

 鬼のいぬまになんとやらで、子供達がカルタの練習で集まっている間に親たちは年始の挨拶や買出しに出かける家庭も多かったようです。
 小学生ならまだしも、3歳の子供を預けていった強者の親達もおり、私はこの野生児のチビギャングたちのお世話で汗だくでした。一人の子供は借りてきたネコだが、三人そろうと手がつけられない。三本の矢の毛利元就も見落としていた新事実。
 だいたい、字も読めない3歳児4歳児にカルタをやらせること事態無理な話ですが、自分たちもこんな環境で育ってきたから「まあ、のんびり出かけてこいや。」と託児所を引き受けました。

 このチビギャングを追いかけているときに、足首からわき腹にかけて痛みが走り、膝の古傷を痛めたかな?と感じましたが、股関節の筋をひねったようです。こんなのと24時間一緒にいる母親ってたいしたもんだなぁと尊敬してしまいます。

 日舞の練習に来た老人会がこのガキ共の皆さんを引き受けてくれましたが、お年寄りと一緒だとおとなしく踊りの真似事をしているのですから、空気を読む力はある?
071114l.jpg


 「専業主婦」近年の日本では減りつつあります。
 私の生まれ育った土地は家族労働の農林業の山村だったので夫婦共働きも当たり前でしたが、ある意味家事だけに専念できる「専業主婦」には都市化の憧れのような思いもありました。
 時間に拘束されていない農業などの自営業では幼い子供を連れて働くことも難しいことではありませんが、組織に自分の時間(労働)を提供して給与を得る給与所得者にとって、子供を連れて働くことは難しい壁があります。

 「昼間何もしないで子供と過ごしている奥さんが何でこんなに多いの?」とロシア人に指摘されたとき、社会のシステムが違うからとしか答えようがありませんでした。

 思い起こしてみるとその数年前にアメリカ人からも同じようなことを指摘されたことがありました。

 子供を預けて働く習慣ができているアメリカでは、子供を安価に預けられる託児所や、ベビーシッター制度ができていますし、ロシアでもソビエト時代から共働きが当たり前なので託児所施設が充実していたり、近所のお年寄りが子供の面倒を見る社会ができていました。
 日本の場合は?思うに託児所はともかく、近所の人たちが子供の面倒を見るシステムは昭和30年代頃まであったような気がしますが、核家族の浸透や、人間関係が希薄になるなど、子供を預けて働く=保育園、託児所に特化されてしまったような気もします。

 少子化問題を考える時に「生まれた子供をどう育てるか?」が一番の問題だと思いますが、都市に行くほどこの問題は大きくなると思います。

 幸か不幸か、行政なんぞ期待できない寒村ゆえに時代に乗り遅れた部分が、時代が変わり、案外時代の先端になっているかも知れません。
category日記

箱根駅伝

trackback--  comment--
 朝、昨日のコンテナーの積み残しの件で横浜に出かける準備をしていると、ファーファイア君から電話があり、あさって出航する貨物船に荷物を積み込めることになったので、もう心配ないと電話がありました。

 その後、台湾人の社長から電話があり、「心配ないって言ったでしょう。私のお父さんは大日本帝国海軍の軍人。だから私も心は日本人。」と威張っていました。海軍の軍人って言っても、料理担当の上等兵だったと裏情報をつかんでいます。まあ、何でもいいや年内にはマレーシアに届くでしょう。

 ファーファイア君も水戸から横浜まで出かける心構えだったようですが、道路が複雑すぎて、どうやって東京を越えればよいのかわからないと困っていました。
 「これで安心。きょうオヒコシそばを食べます。」オヒコシそば?引越し蕎麦のこと?年越し蕎麦か!
 ようやく年が明けそうです。

 良かったと一安心したものの、どさくさにまぎれて箱根駅伝を沿道で見てみたいとも思っていました。

 駒澤大学の2年生の深津卓也選手が沼田出身とあって、今大会は地元では注目されていましたが、今日の往路には出ておらず、私の母校が12年ぶりに往路優勝でした。
 
 夕方、弟のところにお年玉を持って行ったら、2歳の甥がお年玉のお礼にオレンジジュースを持ってきてくれました。「ハチパーセント。ハチパーセント。」というので何のことかと思ったら、天然果汁100%のジュースのことで、「ヒャク」とうまく発音できないのか?偽装工作で本当は8%しか果汁が入っていないのか?
 ジュースのパックにストローを刺せとしぐさをするので、ストローを突き刺すと「アリガト。」と自分で飲んでしまいました。

 ようやく正月らしくなってきました。
category日記

新年早々

trackback--  comment--
 新年明けましておめでとうございます。

 朝。年賀状の束の一番上に吉永小百合さんからの年賀状が入っていてびっくりしました。一昨日ビデオで「北の零年」を見たばかりですが、さて、どこでお会いしたのだ?何で私の住所がわかったのだ?と首をかしげながらも、新年早々幸福が舞い込んで来た!とうきうき喜んでしまいました。

 地区の新年の顔合わせにもって行って自慢してやろうと、家に戻って抜き出してみると、日本郵政株式会社の折り込み広告のようなもの。後ろには日本郵政グループの宣伝。つまり、全戸に年賀状と一緒に配られていたわけで、私宛にきた年賀状ではないことが判明。一気に崖から突き落とされる思い。
 この1年を暗示するかのごときぬか喜び?あらぬ期待をするなということでしょうか?


 民営化の厳しさの中、友人の郵便局員はインフルエンザの病み上がりにもかかわらず、寒風吹きすさぶ年末の街中で露店開いて年賀状販売をしていました。
 街頭で年賀状売るよりも熊手や門松などの正月飾りを売った方がよっぽど利益が出ると思いますが、これからは何でもありだけに、可能性があるかも?

 昼時、ウラジオストクの友人に電話すると「夕べのお祭り騒ぎでまだ寝ていました。」彼は今夜も仲間と新年のお祝いなので、明日の昼間も寝て過ごしそうな雰囲気です。

 マレーシア人のファーファイア君から電話がありました。
 茨城県に彼の会社の日本の拠点があり、その事務所で新年を迎えているようですが、新年の挨拶かと思ったら、年末にマレーシア向けに出荷したコンテナーが積み残されてまだ横浜の港に残っていると良くない知らせ。
 慌てて横浜の船会社の台湾人社長に電話すると、「今お正月休みで台北にいるんです。6日に帰ります。船員フィリピン人だからいいかげん。でも大丈夫!何とかなりますよ。」中国人の「大丈夫」が大丈夫だったためしがない。だいたい、「大丈夫」と漢字で書けば中国語では「元気な亭主」の意味。
 今まで積み残しなどのトラブルがなかった会社ですが、最近日本からの輸出の荷物が増えて貨物船の確保も大変なのだそうです。
 しかも、ファーファイア君の会社の荷物など少量で格安の一番下のランク扱いなので、船のスペースが取れないと積み残されることが今後も出そうなおまけ物。積んでもらえるだけでもありがたい安値で運ばれているので、そのうち誰かが持って行ってくれるだろうと言ってしまえばそれまで。

 「困ったねぇ。困ったねぇ」を連発するファーファイア君。
 新年早々横浜に行くことになりそうです。

 今年もあわただしく一年が始まりました。
New «‡Top‡» Old