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ネット規制?

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 3月も終わりなのに雪が降りました。この日曜に普通タイヤに履き替えようかと思っていましたが、この寒波が気になってスタッドレスタイヤのままにしておきました。

 国会で問題になっているガソリン価格に乗せられている暫定税率の期限延長。まさかと思いつつも、タイムアウトで延長がなくなり、1リットル当たり25円の税金がなくなりガソリン価格が下がることに。

 ガソリンスタンドで「今ある在庫がなくなったら値段を下げる」と言われていたので、日曜に満タンにしてしまいました。軽油なので、ガソリンほど値下げの恩恵はありませんが、ラーメン一杯くらい無駄になったかなと、ちょっと悔しい思いです。

 夏時間に変わったウラジオストク。時計に針が1時間進み日本との時差はプラス2時間。この1時間の時差が大きく感じることも多々あります。
 困るのは朝早くにかかってくる電話で、向こうは7時半に電話をかけていても、こちらは朝5時半。何事があったのか?とこの早朝電話で起こされることもしばしばあります。

 チベットの暴動問題で注目される中国ですが、知り合いの日中カップルの奥さんが、向こうの家族にこちらで報道されているチベットの暴動問題についてメールに書いて送ってから、メールが送れなくなってしまったようです。違うメールアドれるから送ることはできるようですが、この奥さんがいつも使っているメールアドレス(中国のwebメール)にアクセスできなくなってしまったようで、当局の網にひっかかったのだろうか?
 「書式のことが良くわからないので、簡体字でメールを送ると文字化けするから、中国のwebメールが便利だったのに。」
 と嘆いています。
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サマータイム

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 記事をアップするとどこかに消えてしまう?この2−3日おかしいので、過去記事の中に新しい日記の記事がまぎれていないか探してします。

 週明けからサマータイムになるウラジオストクでは時計の針が1時間進んで、日本との時差が2時間になります。
 毎年サマータイムの初日に遅刻することが恒例になっている友人は「今年は大丈夫!1時間早く起きます!」と威張っていました。
 緯度が高いと夏冬の日照時間の差が大きいので、日本より西に位置しながらも時計が進んでいるウラジオストクでは、夏至近くになると夜の10時近くまで太陽の明かりの恩恵があります。

 2日にシリアに帰国するラクマン君たちはエジプト航空でカイロ経由で帰国します。
 我々から見ると土壇場まで腰を上げないロシア人よりも、さらにのんびりしているアラブ人。航空券のリコンファームや、フライト予定などまったく無頓着で、「神様が準備してくださる」と気にしていないので、帰路のルート図など私があわただしく準備しました。
 リコンファームやハイウェイバスなどの手続きを済ませると、「アラーがあなたにやらせた。感謝」。
 アラーも何も、あまりにだらしないので見かねただけだけど。

 ラクマン君たちの交代要員で土曜に来日したシリア人二人は、以前福岡に来たことがあるそうで、「ハカッタ、ハカッタ」何を計ったのか?と思ったら博多のことでした。
 シリアの内陸の出身なので海に縁遠い人たちなので、博多で海を見てきたのがよほど感動的だったのか、「群馬は海があるのか?」と、およそ日本人なら聞かないような質問が飛んできました。

 作業服などを買出しに連れて行ったら、橋の上に花束がたくさん置かれていて「日本人は家の外や通りに花を飾るのが好きですね。」
 花を飾るどころか、2−3日に人が飛び込んだ自殺現場。

 またおかしな連中がやってきたものです。
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スポーツ

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 「あなたは何かスポーツをしているのか?」とアレクサンドル氏に聞かれ、特に何もしていないと答えると、「それは良くない。仕事で体を動かすことも大切だが、スポーツで体を鍛えることはもっと重要だ。」

 彼はノボシビリスクで40代から50代の仲間とチームを作って水球を楽しんでいるのだそうです。「本当はサッカーが一番好きなスポーツだが、体にダメージも多いので、水球を選んだのさ。」
 スポーツを楽しんだ後は仲間とバーベキューをして会話を楽しむ。

 私の周囲でも女性たちはバレーボールやバトミントンなどチームなどスポーツチームがたくさんあり、休日には試合、平日の夜に体育館で練習していますが、怠惰な男性たちにとってたまの休みは寝て過ごしたい。

 私の住む地区のママさんバレーボールチームは県内でも強豪チームらしいのですが、その話をすると、「ノボシビリスクにも強い女性チームがある。ソビエトのナショナルチーム選手も参加している。あなたの街のチームと対戦させたい。」この元オリンピック選手が、彼の奥さんの友達だとか。
 
 普通なら「とんでもない」となりそうですが、中国人の嫁さんがエースストライカー、元フィリピン人の嫁さんがセッターを勤める他民族チームの獰猛なおば様方は怖いもの知らずなので「受けて立とうじゃない」と乗り気になるのは間違いありません。
 今月はじめにブラジル人チームにベタ負けしたのに、懲りないどころか「打倒ブラジル」に燃えています。

 「あなたも健康のために何かをするべきだ」と言われ、健康のために睡眠をとりたいです。
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ロシア語会話

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 かつてのソビエト時代には公的な日本語の教育機関はウラジオストクの極東大学にしかなかったのですが、ソビエト崩壊後ロシア各地に日本語学校ができるようになりました。

 90年代半ばイルクーツクに行った時に、イルクーツクの教育大学で日本語を教えている日本人と出会いました。「もう日本語はウラジオストクだけの専売特許ではないんです。」と言われました。

 ウラジオストクでは商取引が多い中国語も人気がありますが、「スイフンヘイの中国商人たちはロシア語を喋るので、中国語なんかわからなくても買い付けに行けます。」

 ロシア漁船や船舶が多く往来する北海道では、ロシア人が立ち寄る商店などはロシア語の表記をしていたり、店員がロシア語を勉強したり、更には道路標識までキリル文字の案内板があるなど対応をしているようです。

 本州の街中でキリル文字など見かけることは無いだろうと思っていたら、富山の国道に立ち並ぶ中古車販売店に、ロシア語の看板がずらりと立ち並んでいました。

 近年、日ロ間の経済的な交流も増えており、むしろこの分野ではドイツ語やフランス語よりもロシアの語の需要のほうが多いのではなかろうか?と思いますが、日本ではマイナーな外国語であることには変わりありません。

 NHK教育テレビの外国語会話の「ロシア語会話」。2004年に新規登場の「アラビア語会話」に番組枠を半分奪われ、そのうち「ロシア語会話」の番組もなくなるのでは?と心配しましたが、今年も4月の番組枠に残っていたので1年?半年?はロシア語会話も存続していますから、挑戦してみてはいかがでしょうか。
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フランス語

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 セルゲイ君が3ヶ月の滞在を終えてウラジオストクに帰国しました。
 月曜に出勤して報告を済ませたら2週間の特別休暇がもらえるそうです。今年はロシアのクリスマス(1月7日)を家族と共に過ごすことができなかったので、家庭のために休暇を使うそうです。

 新幹線の駅までセルゲイ君を見送った帰り道、アレクサンドル氏と昼食を食べながらいろいろ話しました。私と同世代なので世代間格差のない感覚があります。

 ソビエト崩壊の頃最初のお子さんが生まれ、「これから自由で素晴らしい時代が来るぞ!」と期待したら、申請ロシアはご存知の経済混乱期に陥り、彼が働いていた国営の運送会社は給与が出なくなり、いつのまにか会社も消えていた。
 幸いメカニックの技術を持っていたので、修理屋をしながら食いつないでいたそうですが、「ロシアを離れるなんてことは一度も考えたことはなかった。なぜならロシアは私の故郷で、家族もいるから。」
 かつて一緒に働いていた仲間が他の国へ脱出したり、姿を消す中、「いつか必ずロシアは復活する」とノボシビリスクへ残ったそうです。

 シベリア横断ラリーの手伝いをして、その仕事っぷりが認められて今の会社にスカウトされ、初めて日本に出向になったとき日本語はまったくわからず、「フランス語ができるから大丈夫。」と、やってきたものの、日本でフランス語を喋れる人なんてほとんどいない。

 学生時代(ブレジネフ体制真っ只中)、フランス語は世界で通用する公用語と言われ、授業選択の競争を勝ち抜いて一番人気のフランス語を履修したものの、「あまり役に立たなかった。」
 近い将来英国やUSAは消滅して、英語はこの地上から消えてなくなると言われていたのに、「ソビエトが消えてしまった・・・」
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少子化

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 例年のことですが、3月が終わりに近づくほどあれやこれやと地域の雑用が増えてあわただしくなります。
 今年は村内3つの小学校が著しい少子化のため閉校して一つに統合されるので、その行事などもあわただしさの一角をになっています。

 私の地域はスクールバス通学になるのだそうで、朝の通学路に立たなくても住むことになりそうなのはありがたいことですが、楽になる反面一抹のさびしさもあります。

 高校生の子供を持つ同級生は、毎日奥さんが学校まで往復50kmの道のり、子供を送り迎えしているそうです。彼の家庭ではその合間にパートタイムの仕事をしているようですが、「バス代も高いし、物騒な世の中だからなぁ。」
 昔は通学路で気をつけるのは自動車と熊でしたが、今は人間様です。

 物騒なことでは日本以上のウラジオストクの友人も子供の送り迎えをしますが、仕事の時間中に子供の送り迎えをすることが認められているのだそうです。
 通勤に1時間もかかることが珍しくない日本と違って、自宅から職場まで近い環境もありますが、仕事と家庭や子育てに対する従量配分が日本とは違います。

 過程や働きながらの子育てに対する意識ら設備は日本よりもロシアのほうが進んでいると思いますが、日本以上に少子化が著しいのもロシアです。
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母の日

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 3月21日はシリアの「母の日」の祝日だそうで、20日の「春分の日」の祝日を「日本の母の日」?と思っていたラクマン君とフセイン君。

 もうすぐ帰国するので回転寿司に連れて行きました。宗教上いろいろ禁忌が多い人たちなので一緒に食事に行くこともありませんでしたが、寿司を食べたことが無いというので、それなら一度体験させようと連れ出しました。

 最初は「これは魚?豚肉?」と気にしながら食べていましたが、寿司メシの甘さが気に入ったのか、「このお米はおいしい!」。
 甘い味付けをしているカンピョウやアナゴが気に入ったようで、一番のお気に入りは回転寿司ならでわの鶏肉のから揚げ。

 せっかくだからビールも飲め!と禁断の領域に。
 シリアはキリスト教も多数いるので戒律も厳しくないとは言うものの、ビールを飲み始めたらラクマン君のお母さんから電話がかかってきて「アラーは見ていないけどママは見ている!」

 ラクマン君はたびたび自販機でビールを買って飲んでいますが、若いフセイン君は初めて飲むビール。最初は「苦い!うまいのかまずいのかわからない」と口をつけていましたが、そのうち目がトロンとしはじめて、「なんだか気持ちよくなった。」

 小さいジョッキで2杯飲んだだけですが、帰るときには真っ直ぐ歩けないような状態になっていました。
 ビールなどアルコールの部類に入らないと豪語するロシア人など、4-5杯飲んで平然としていましたが。

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体型

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 3月16日の日記でユーゴスラビアの「あなたはどこへ(Sto te nema)」を紹介したので、ロシアの「あなたはどこへ(Где же ты )」を紹介します。アレクサと言う女性歌手が歌うポピュラーです。

 ロシア人は決して大柄ではないと思いますが、ロシア女性の骨格など日本の男性並の太さに感じます。牛乳とヨーグルトの影響なんだろうか?などと考えたりもしますが、カルシウム不足の日本人と比べて骨太であることは事実です。

 「シベリアの人たちは体格がよい」
 魚をよく食べる海辺のウラジオストクと違って、肉類が主体の内陸との違いなんだろうか?などと考えたこともありましたが、USAでも同じようなことを感じたことがあります。都市部の人たちのほうが体型のラインがシャープに感じました。
 テキサスの田舎町から大都市のヒューストンに行くと、都市部のほうが体格が小さく絞まって見えました。もちろん洗練された服装などもあるのでしょうが、肉体資本の農村特有の肉付きの違いかもしれません。
 
 実際、自分が東京方面に出て行くと、自分の田舎体型を実感することは多いですし、大都市と比べて自分の住む地域の人たちが骨太で筋肉質で大柄だと感じることも多いです。
 食べる量が違うのだろうか?外食をしても田舎のほうが盛り付けが多く感じます。

 健康であること、体が丈夫であることは大きなチャームポイントなので、日ごろから健康に留意することは重要なこと。
 寄る年波の影響なのか?無理が祟っているのか?このところ膝の古傷が痛んだり、腰が痛くなったりと体調不良が相次いでおり、こんなことでは見限られるぞ!と体調調整に取り組んでいます。
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関西弁

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 「毎回来るごとに違う町になっていくようだね」と、ウラジオストクに頻繁に訪れる名古屋のビジネスマンの言葉。
 変貌著しい時期です。

 どこで勉強したのかわからないけど、日本語を喋るロシア人が多くなっていますし、なぜか関西弁に近い日本語を喋る人が目立つようになった。
 そういえば、以前ウラジオストクであった日本語教師は大阪の女性でしたが、あのアクセントが覚えやすいのだろうか?

 先ほどのビジネスマンの通訳は仕事で神戸に長く滞在していたこともあって、話し言葉に微妙に関西弁が混ざっていたそうです。
 ”名古屋弁を仕込んでやればよかったのに”と言うと、「僕は東京出身なんですよ。名古屋に5年住んでいますが、意識していないから名古屋弁が身につきません。東京の言葉って特徴が無いからさびしいですよね。」
 地方から見れば東京の言葉にも特徴があるけれど、それがメジャーですから、当人達が気がついていないだけのことかも?

 極東大学の日本センターの所長はどうやら外務省出身の年配者らしく、大阪外語大の出身と聞いています。やはり関西系?
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ユーゴスラビア

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 ソビエト同様現代の地図から姿を消した旧ユーゴスラビアのボスニアの歌「Sto te nema(あなたはどこへ)」と言う歌です。
 民族の十字路と言う言葉をよく耳にしますが、旧ユーゴスラビア付近もその民族の十字路で、南はアラビアやトルコなどのイスラム圏、西は強大なローマのラテン圏、そして、ユーゴスラビアは南スラブを意味するスラブ国家が北にそびえていました。

 微妙にロシア語に似た言葉と、アラブやトルコ音楽に通じるコブシ回しに、西洋風のメロディーライン。民族の十字路を感じさせる歌です。

 そういえばコソボ紛争でNATO軍の空爆が相次いだのは今頃の季節だった中、などと思い起こしてみると、9年の月日が経っていました。
 同じ正教会シンパのセルビアよりだったロシアは、NATOとUSAがローマカトリックが主流のクロアチアやイスラムに肩入れしたことに反発して、ウラジオストクの街中でも「犬とアメリカ人はいるべからず」と看板を掲げたレストランがありました。でも、物不足末期だったのでメニューはあっても出てくる料理が限られていたり、知らなければ誰もここがレストランだとはわからないような店の作りでした。

 幸いなことに私たちは国がなくなったり、どこかの国に統合されるような経験をしていませんが、ソビエト崩壊直後のロシアで強く感じたことは「国が死ぬとはこういうことか」でした。
 ソビエトもユーゴスラビアも地図の上からは消え、サッカーの強い国が増えてしまった現在です。

 元々地球上にある土地など変わっていないのに、分裂統合を繰り返す地図の積み重ねが「歴史」の実態で、第二次大戦後分裂に向かうベクトルの中で、私たちがこの20年余りに体験した地図の変化は後世に残るほどの激震だったのかもしれません。

 ユーゴスラビアと言えば何かとお騒がせのt.A.T.u.のレーナがデビュー前に「ユーゴスラビア」と言う歌を歌っていました。彼女が歌う「かわいそうな妹よ」これがロシアから見たユーゴスラビアなんでしょうね。
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 ところで、t.A.T.u.はユーリアとレーナの二人のグループですが、レーナってどっちのほう?と聞くと、「少しはましなほう」。あれ?どっちがとっぽい姉ちゃんだったんだっけ?
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溶ける

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 温かい一日でした。
 冬の間、ウラジオストクの湾の一角が凍結して、海の上を歩けるようになりますが、3月半ばになるとその氷も溶け始めます。
 毎年、氷が溶ける頃になると、薄くなった氷を踏み抜いて海に落ちる人が出る事故が起こるので、海岸近くのスピーカーから、氷の海に出ないように警告のテープが流れています。


 ウラジオストクは不凍港なのに凍結するの?とつっこみたくなりますが、凍結するのは湾内のよどみの部分で水の流れが少ない部分に市内の排水が流れ込むの場所なので、友人たちは「水が汚いところ」と芳しく思っていない場所です。

 アイスランドのエキセントリックな歌手ビュークが中国でのコンサートでチベット独立を叫んで、人民政府を慌てさせるような事件が起きたばかりで、ただでさえ世界の注目がチベットに向かっているさなかの事件。

 チベットで暴動勃発のニュースが大きく流れました。チベットに限らず各地で暴動が相次いでいる中国らしいのですが、政府の報道規制が強く働いているので、あまり表に出てきません。
 暴動鎮圧に軍隊が出動しているようで、こうした問題が「北京オリンピック不参加!」への引き金になるような懸念を持っています。

 1980年のモスクワオリンピックではソビエトのアフガン問題で西側の多くの国が不参加。その報復のごとく4年後のロスアンジェルスオリンピックには東側が不参加。今後どうなることやら?

 そういえば唐の時代、天竺に新しいお経をとりに行った玄奘三蔵は、なぜかチベットを迂回して中央アジア経由でインド入りしていました。友好関係のない別の国であったことはここからもわかります。
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レート

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 為替相場が一時的に1ドル100円を切りました。これから海外旅行などを控えている人にはありがたい話ですが、輸出企業など大きな影響が出そうです。

 日本国内の日ごろの生活の中では為替レートなどそれほど気にすることなく暮らしていられますが、基軸通貨である「円」のおかげかもしれません。

 ソビエト崩壊後の90年代。経済混乱期のロシアは強度の物不足とインフラに苛まれていました。自由市場の商品の値段などUSドルで表示されていて、それをその日のレートのルーブルに換算して売買するのが日常で、自国の通貨に信頼がなくなることとはこういうものなのか?と目の当たりにしました。

 当時はUSドル、ドイツマルク、円が基軸通貨で、彼らは日常生活の中で常にルーブルがそれらの基軸通貨の中でどのくらいのレートにあるのかを頭に入れて生活していましたが、こうした見方は現在も同様。

 日本から空路ウラジオストクに到着するのは夕方。市内に到着する頃には夜なので、兌換できる銀行など閉まっています。では、どこで兌換するのかと言うと、ホテルの売店や街中の商店で、ドルや円で問題なく買い物ができますし、その日のレートにあわせてルーブルでお釣りをもらえます。

 原油高の影響でルーブルも強くなっていますし、安定通過になっていますが、まだそれを信頼していないのがロシア人。「どこかで大きくずれる」と冷ややかに距離をとっています。

 貨幣と言うのは共通の「約束」の上に成り立つ「価値観」なので、その約束が崩れれば一夜にして紙切れになることは十分ありえること。「約束」は常にそれを守ろうと歩み寄っているからこそ成り立つもので、何も通貨ばかりではなく人間関変動相場制? 
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兌換

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 今月末にウラジオストクに帰国するセルゲイ君から、交代で来るスタッフについての説明を受けました。「私もあったことが無いので良くわかりませんが、ノボシビリスクから来るスタッフだと思います。」

 セルゲイ君の務める会社には7人のセルゲイがいて、3人がこちらに来たのであと4人いると思ったら、今度はセルゲイではない名前が来るようです。

 「会社では日本語ができないスタッフや、初めて日本に来るスタッフをあなたのところに派遣させる考えです。」
 嬉しいことやら、厄介なことやら?

 円高の向かい風が吹く中、米ドルを円に兌換するために、銀行に行ってきました。

 外貨コーナーのカウンターで待っていると、海外送金をお断りするケースを記した印刷物がありました。
 海外送金先がタリバン関係者等、テロリスト等、などと記載されていました。

 少なくも、これらに該当する人たちが来たにせよ、海外送金の「目的」の欄に”タリバンの軍資金”だとか、”イランの核爆弾開発支援”などと書く人などいないと思いますが、いままで、こんな物が置かれていたことさえ気がつきませんでした。


 花粉症の季節到来?
 幸い私は何も変化がありませんが、今日、近所の中国人の奥様と顔を合わせたら目が真っ赤になっていました。昨年あたりから花粉症の症状が出るようになったそうですが、「中国の黄砂と環境汚染の影響ではないか?」と言うと、先月里帰りした時はなんともなかったから、中国の環境の影響ではない!と力説していました。
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鴨鍋

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 ちょっとアンニュイな雰囲気でゼムフィーラの歌をどうぞ。英訳のテロップが流れます。

 「昨日は国際婦人デーでしたね。何かプレゼントをしましたか?」とセルゲイ君に聞かれ、「息をひそめてすごしたんだから、お願いだから余計なことを言わないで!」
 彼は先月末に日本からオルゴール付のグリーティングカードを奥さんに送ったそうですが、予想に反して早く届いてしまったようです。

 女性の日どころか、昨夜は近所のおじさんたちと鴨鍋で一杯やりました。名目は「組の役員の引継ぎ」、朝から役員選出の裏工作でした。鴨と言ってもシベリアに帰りそこねた野生の鴨ではなく、農場で飼われた合鴨です。
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 ”鴨がネギ背負って”とことわざにありますが、鴨肉とネギは相性がよいのか、お互いの良さを引き出すと言うのか、昔の人は面白いところに気がついたものだと感心しました。

 そう考えると柳川鍋のドジョウとゴボウ。どちらも泥臭く垢抜けない味わいですが、この二つが合わさると素晴らしい味わいになります。深いですね。

 昼過ぎ、スーパーに行く途中、谷川岳がきれいだったので写真を撮りました。 
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モアナ

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 ラトビアの首都、リガで行われたマリア・デ・バロスのコンサート。曲は日本でもおなじみの”カーニバルの朝”です。観客のラトビア美人たちに目を奪われてしまいますが・・・

 マリア・デ・バロスは西アフリカの島国カーボ・ベルデ共和国の歌手ですが、現在はUSAを活動拠点にしているようです。日本ではあまり知られていないようですが、彼女の母親のセザリア・エヴォラは「モアナ」と呼ばれるガボ・ベルデの島唄を歌い、グラミー賞も受賞した偉大なる歌手。
 いつも裸足で歌うことから「裸足のディーバ」の愛称を持つ歌手です。

 ポルトガル語で「緑の岬」の意味を持つカーボ・ベルデですが、大航海時代から30年ほど前まではポルトガルの植民地でした。
 「白人達は裸足で歩く私たちを見ると馬鹿にした。靴を買うお金がなかったから裸足なのに。私たちは歌を歌って自らを慰めた。」とセザリアが裸足で歌う背景には、そんな意味が含まれています。

 聴きやすいところで、母親のセザリア・エヴォラが歌う「ベサメ・ムーチョ」
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 ラトビアと言えば長らくソビエトに蹂躙され、「百万本のバラ」の原曲ともなった「マーラが与えた人生」の中では母娘三代の悲しみを歌った国。
 そこに、教養や品性を備えたセザリアの娘マリア・デ・バロスがコンサートを開くことに、深い意味や希望があるような思いがしてしまいます。

 最後にセザリア・エボラがロシアのサンクトペテルブルグで行ったコンサートの模様。
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雇用

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 現在、30代半ばのセルゲイ君ですが、最初に働き始めたのは鉄道の架線補修の業務。時代が混乱期のロシアだったこともありますが、給与の遅配、猛烈なインフレーション、頻発するストライキ。
 副業で自動車の修理をして生活をしているようなものでした。

 電話会社勤務の奥さんと19歳で結婚して、20歳で父親になり、自動車部品販売の会社に勤めましたが、1週間勤務しては1週間休みの勤務。
 その理由は、雇用数を増やすワークシェアリングもありましたが、二つのチームを競わせて、売り上げの悪いと解雇される厳しいシステムでしたが、給与が良かったので勝負に出たところ「売り上げが伸びず、3ヶ月でクビになった。」

 元々口数が少なく人と接するのも苦手の真面目だけがとりえの男なので、時代の荒波を泳ぐには不向き?

 メカニックのテクニシャンとしての腕が認められて、今の会社に勤めるようになって10年になりますが、機械いじりは大好きだけど、人と接するのが苦手なのは相変わらず。
 この性格で、よく日本に来て仕事ができると思いきや、「必要以上の人付き合いがいらないし、一人で仕事に専念できる時間も多いから気楽です。」

 毎日ウラジオストクの会社からメールで彼に指示書が送られてきますが、この担当者の女性スタッフが理論整然と一切の事情を認めず物事を処理するユーモアのかけらも無い機械のような女性で、私は苦手としているのですが、「彼女はドイツ人のようだ」と、もっと苦手としているのがほかならぬセルゲイ君。彼女とすれば自分の担当するスタッフが、価値の高い商品を集めることに生き残りをかけているので、口も厳しくなります。

 好景気のロシアでも良い雇用先に居座るには努力が欠かせません。次々と有能な若い世代が出てくるので気を抜けなないようです。
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鹿煎餅

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 ロシア語・日本語の通訳求むと問い合わせが来て、心当たりがあったのでウラジオストクの事務所に連絡すると、「彼はもう既に別の会社と契約して、来月には日本に行ってしまいます。」
 有能な人材だったので残念でしたが、「最近、日本語ができる人材募集が多くなりました。」と、日ロ間の経済交流が増えてきたことをウラジオストク側も実感しているようです。

 かつてのソビエト時代には公的な日本語教育機関と言えばウラジオストクにしかなく、しかも外国人立ち入り禁止区域でしたから、謎の教育機関でした。

 稀に、40代以上で「モスクワで日本語を勉強しました。」と言う人物に出会います。モスクワの日本語教育機関といわれて、真っ先に思い浮かぶのは政府や軍の諜報機関。

 最近増えてきたなぁと感じるのは、教育機関や語学教室で日本語を学んだのではなく、仕事などの実戦で日本語を見につけたロシア人。
 日本語は地域ごとの方言が大きいので、赴任先で身についた方言が時々飛び出してきます。

 日本女性と結婚した友人の日本語には、時々女言葉が混ざっていますが、私のロシア語にも同様の傾向があるようで、女性特有の表現が時々飛び出してくるようです。

 夜、近々京都ならに観光にくると言うウラジオストクの友人と電話で話をしていたら、奈良県の鹿煎餅の話題になりました。奈良の公園に住む鹿の餌にするために、観光客が煎餅を買って鹿に食べさせるための煎餅です。昔、味見してみたことがありましたが、渋くて食えたものではありませんでした。

 何のことやらと思ったら、彼女にとって鹿は野山を駆け回り、それを漁師が鉄砲で撃つものですから、野生の鹿が観光客の手から餌をもらうことなど信じられないのだそうです。
 同様のことはロシアのリスで、ウラジオストク郊外のバーベキュー上の森に住むリスは、人の手からえさをもらって食べますが、我が家の界隈に生息するリスなど、その姿を見せることさえ稀で、人の姿を見ると一目散に隠れてしまいます。リスなど獲って食うはずも無いのに。
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事情

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 ロシアの大統領選挙は下馬評どおりに圧倒的勝利でメドベージェフ新大統領の誕生。プーチン前大統領は首相となって残り、首相と大統領が入れ替わっただけで今までと変わらない?

 産業分野で日本とロシアとの往来は増えてきていますが、ビザ問題と言う煩わしい問題はなかなか改善されません。
 北方領土問題が解決しない限り平和条約の締結も無いので、ビザなし渡航がまだまだ将来のことですが、もっと手軽にビザ取得ができないものだろうか?
 ウラジオストク事務所では、4月から日本に来る留学生達のビザ申請書類で大忙しですが、「私たちは煩わしいビザのおかげで生活しているようなものです。」と皮肉。

 魚介類の買い付けに日本から行ったビジネスマンの通訳で、ナホトカやサハリンまで同行してきた友人が言うには「中国人のバイヤーがたくさん来ていました。競争相手が日本人だとわかると、彼らはとんでもない値段をつけます。ロシア側としては嬉しいけれど、そんなに高い魚を誰が食べるのだろう?私たちには手が出ないような値段です。」
 日本と中国が魚を物価高に引き込んでいるのだろうか?

 ハルビンの西郷ドンからメールが来ました。たぶん黄砂の影響だと思いますが、細かい粉塵でパソコンのキーボードがおかしくなり買い換えたそうです。

 我が家の界隈、今年は雪が少なかったものの、2月末から雪が降る日が続いています。3月中頃になると黄砂の混じった赤い雪が降る事がありますが、私が子供の頃と比べるとその回数が増えてきたようにも思えます。
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黄砂の季節

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 日本各地に黄砂が飛来しました。春を告げる黄砂も近年の中国の環境汚染で、飛来する汚染物質のごとく扱われるようになってしまいました。
 黄砂のアルカリイオンが、中国本土から偏西風に乗ってくる酸性雨の元を中和していると言う説もありますが、どちらにしても迷惑極まりない代物です。

 日本よりも黄砂の影響を大きく受けるウラジオストク。この季節の自動車など砂埃で砂埃で真っ白になっていますし、エアクリーナーが目詰まりするなど故障の原因にもなっています。
 これから4月末までが黄砂のシーズン。中国の砂漠化を対岸の火事で眺めていられません。

 土曜日、テレビを見ていたらシャンソン歌手の三輪明宏さんと、同じく歌手で、性同一性障害であることをカミングアウトした中村中さんが出ていました。

 近年、おじさんになって芸能界に疎いこともありますが、あ!と大変なことに気がつきました。歌手の中島美嘉さんと、この日テレビに出ていた中村中さんを取り違えて記憶していました。

 以前、テレビで歌う中島美嘉さんを「彼女は本当は男性なんだよ。」とロシア人に紹介してしまいました。もちろん中島美嘉さんは正真正銘の女性ですが、「ロシアの女性よりも女性らしい。」「ロシア女性も彼に見習ってもっと女性らしくなるべきだ。」などとテレビを見ながら話題にしていました。

 日本人慣れしていない外国人に「日本人の顔はみな同じように見える」と言われたかと思えば、「ガイジンさんの顔はみな同じように見える。」と日本側に言われることも多々あります。
 特徴のつかみ方やそのポイントが異なることもあるのでしょうが、興味がなければなおさらそう見えることでしょう。
 それにしても、最近テレビに出ている若い歌手や俳優がみな同じような顔に見えるようになってきたので、気をつけなければと思っています。
 興味がないというわけではないはずですが、空港に出迎えに行って、髪型と髪の色を変えてきてきた嫁さんに気がつかなかったことがあります。
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新潟空港

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 ウラジオストク行きの飛行機の搭乗手続きの現場。スノーボードとおぼしき手荷物を持ったロシア人が多く見受けられました。
 若い人たちにスノーボードが流行しているようで、郊外のスキー場や市内の傾斜地にスノーボードの練習場を作って(勝手に作ったのだと思うけど・・・)練習しているそうで、身体能力の高い人が多いから、そのうち世界レベルの選手が出てくるかもしれません。
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 このところ、ウラジオストク便も子供連れが多いなと感じるようになりました。数年前なら、ハルビン便が子供連れの宝庫でしたが、日露カップルの子供も増えているようです。
 どちらにしてもチビギャングで、子供同士が呼応して空港狭しと飛び回っていました。
 ウラジオストクから定時に到着したツポレフ。


 北朝鮮便とリンクする木曜と違い、日曜便はわりと時間に正確です。
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 成田ではよく見かけたけど、新潟空港でお目にかかるとは思わなかった土産用の浴衣。着物として着付ける手間を省いた、ハーフコートサイズの法被のような浴衣もありました。
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 ようやく登場したか!と、あきれるやら嬉しいやらのロシア語メニュー。ロシアへの玄関というわりに、空港内で見かけるロシア語が少ないことが気になっていましたが、他にもウラジオストク航空の案内でロシア語のアナウンスが流れていました。
 多様な国の飛行機が乗り入れる空港でもないのだから、英語なんかで放送するより、ロシア語や中国語などでもっと案内すれば親切なのに、と、以前から思っていました。
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ともしび

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 ロシアに限ったことではありませんが、外国から帰ってくると”日本の夜って明るいなぁ”とよく感じたものでした。
 もちろん、夜の明かりが人工的な電球の明かりですが、その国や町の経済的な発展と共に、夜の明かりも変化していくものです。

 私が幼少の頃、もちろん既に我が家の界隈に街灯はありましたが、近隣の組で街灯の当番と言う役割がありまして、10日に一度くらい各家庭が夕方に街灯のスイッチを入れる当番がありました。
 面倒な回り版ですが、私にはこの当番が回ってくるのが楽しみで、要は、街灯のスイッチを入れるだけなんですが、これをやりたい一心でこの当番を待ちわびていました。
 やがて、水銀とうなるものが出てきて「暗くなると自動的に明かりが灯るんだ。」と、街灯当番がなくなり、「いつ電灯が灯るのだろう?」と、電灯が灯る瞬間を見ようと、夕方暗くなる頃に子供達が集まり、街灯を見上げていたものです。

 夜の明かりも当たり前になり、外国に行ってはその夜の暗さにあらためて思い起こして、一歩か二歩先んじているだけのことを感じました。

 初めてウラジオストクに行った頃は電力不足の最たる時期でしたが、年々夜の明かりは華やかになって行きます。


 夜景が華やかになることが、はたしてよいことなんだろうか?という疑問を投げかけられるのも、恵まれた夜景の中で生活する人間の戯言なんでしょうが、日ごろ当たり前になっている夜の「明かりに」について考えることも面白いものです。

 「照明」と「明かり」について、私のイメージの中では微妙な差異があり、日本のそれは「照明」なんですが、ロシアのそれはまだ「明かり」ではなかろうか?なんてことを時々考えます。その違いはなんだろう?と考えると、明かり元に人の気配があるかないかのような気がしますが、もちろん、無機質な日本の白い明かりの元に人がいないわけはないのですが、その輝きは人以外を照らしているように感じることがあります。

 周囲が暗いこともありますが、ウラジオストクの明かりは妙に人懐こさを感じますし、闇の中は「悪」の蠢く世界です。
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 山奥の我が家では天気の良い冬の夜は月や星の明かりと地上の雪の反射が呼び合っていますが、「最近、星を見ることが少なくなったし、以前よりも星が見えなくなった」とウラジオストク人が語っていました。

 我が家に来れば古きよきロシアを思い起こせるのかな?と問うと、「日本のシベリアでしょう。珍しくも無い。」
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