「狂句 木枯の身は竹斎に似たるかな」俳人松尾芭蕉の句です。
竹斎とは、「竹斎物語」の主人公の京都の薮医者で、食い詰めて京都を離れて江戸に向かう途中、奇行を繰り返しながら当時の世相を皮肉った物語。「薮医者」につきものの愚かしいイメージはこの物語から世に広まったといわれています。
「この詩の意味は何でか?」いきなり海外から質問が来ると驚きます。日本語教室でこんなことを教えているの?と問うと、「ノルシュテインのアニメに出てくる日本語」だそうです。
たぶん、森の中で飛び回っている変なおじさんが竹斎で、裁縫をしている老師が芭蕉なんでしょうね。体をボリボリかくしぐさに「馬の尿する 枕もと」を感じさせます。
アニメの終わりに再度「狂句 木枯の身は竹斎に似たるかな」が再度出て、その後に「たそやとばしる笠の山茶花」と野水の句。
「奥の細道」のたびに出る5年前、松尾芭蕉が「野ざらし紀行」の旅で立ち寄った名古屋で「蕉風」という侘び寂びに重きを置く俳句のムーブメントが立ち上げ、そのときの6名の俳人の句を記す石碑が地下鉄栄駅の近くにあります。
それにしてもこのアニメ、日本の「侘び寂び」とは微妙にニュアンスが違うかな?とは思うものの、鋭い!
サブ・カルチャーと言う呼び方が的を得ているのかは疑問ですが、日本がアニメをシンプルにすることによって多様なニュアンスを織り込むのに対して、ノルシュテインはじめ、ロシアアニメは複雑に手間隙かけながら濃い仕上げを目指す。
切り込み鋭い短編小説や少ない言葉で表現する和歌・俳句の日本と、どっしりとした長編小説が特異のロシア。アニメにもその特徴が出ているように思えます。