category日記

Hey Jude

trackback--  comment--
 2−3日前のニュースで、バチカンのローマ法王庁がジョン・レノンの発言に対して「不問とする」意向を発表したと報道していました。「ビートルズはイエスキリストより人気がある」など、42年前の発言に対して、「英国の労働者階級の若者が成り上がって、自惚れたことを言っただけ。」と解釈したそうで、こんなことに42年も費やしていたのか?と、そちらのほうが驚きでした。
 およそ日本では感覚がわからない「労働者階級」と言う言葉も「階級社会」のヨーロッパを象徴するようで、この時代になってまだ「階級社会か?」と、新鮮というのかあきれるというのか?

 ビートルズが活動を停止したのは私が小学生の頃で、当然その時代はビートルズに全く興味がありませんでした。私より上の世代はリアルタイムでビートルズに興味を持った人たちです。

 当時高校生だった同級生のお姉さんがビートルズにどっぷりはまっていて、彼の家に遊びにいった時ビートルズのレコードがかかっていて、「こんなものを聴いて何が面白いんだろう?」と友人と話したものでした。何喋っているのか全然わからないと笑いつつも、「Hey Jude」を「ヘイ柔道」と柔道の応援歌だと勝手に勘違いしていました。

 「Hey Jude」はジョン・レノンがオノ・ヨーコの元へ走り、置き去りにされた先妻の息子にポールマッカートニーが「悲しい歌も自分の気持ちしだいでよくなるものさ」と、元気付けるために作った歌と言われています。

 1968年の「プラハの春」を弾圧するソビエト軍事侵攻があったころ、マルタ・クビショワがチェコ語でカバーした「ヘイ・ジュード」をカバーし、この歌が1989年のビロード革命の時に市民への応援歌として甦りました。
 ある意味、勝ち馬に乗ったバチカンよりもビートルズのほうがパワーがあったようにも思えますが・・・

category日記

低空飛行

trackback--  comment--
 十数年前のことですが、我が家の上空を米軍の飛行機が低空飛行し、その振動で近所の家の窓ガラスが割れる事件がありました。
 
 旅客機の空路はなくても、村の上空は自衛隊や米軍の戦闘機の訓練飛行路になっているらしく、里でのんびり生活しているぶんにはほとんどそんなことに気がつくことはありませんが、1000mを越える山に登ると頻繁に戦闘機が飛び交っていることに気がつきます。
 音も立てずに頭上を飛行機が通り過ぎて行ったかと思うと、しばらくしてから地面を切り裂くような轟音が追いかけてきて、なるほどこんな激しい振動なら窓ガラスが割れるのもわかります。
 しばらくは独特な金属音が耳を離れません。

 昨日、ウラジオストクでは市街地近くを低空飛行の戦闘機が通り過ぎ、アパートの壁にひびが入るなどの被害があったそうです。
 飛行機が突っ込まないだけはマシだったかもしれませんが、あんなものが頭上すれすれを通り過ぎるとは穏やかではありません。
 アパートに突っ込む可能性?ロシアならありえるかも。
category日記

運?

trackback--  comment--
 時折、インドのバンガロールの知人からメールが来ます。現在のバンガロールといえばインドのシリコンバレーと呼ばれるIT都市になっています。この友人も元々はニューデリーの出身ですが、IT企業に勤務するためにバンガロールに移り住みました。バンガロールは標高の高い高原にある都市です。

 この夏、バンガロールで爆破テロ事件が起きた時、彼は近くにいたために「危うく巻き添えになるところでした。」と冷や冷やしてしばらく過ごしたようです。

 週明け、彼は港町のムンバイに日本からの荷物の引き取りに行く予定で、その荷物の中には私が彼に依頼されてコンテナーに詰め込んだ荷物もあります。
 インドは州を超えるごとに関税がかかるので、ムンバイからバンガロールに近い港に船で運ばせる手配をする予定でした。
 ところが、ムンバイでテロ事件発生。日本の報道では60名の死者が出たとか。

 「行かなければならないけれど、行きたくない。どうやら私はこういう事件に対して運を持っていないようだ。」心中穏やかでなさそうです。

 3年に一度の村の交通指導員の旅行。前回は韓国の済州島でした。
 今回は11月末か、12月初旬にタイを予定していました。燃油サーチャージ問題や、衆議院解散による選挙の懸念もあって、一時計画はストップ。先月、急遽台湾旅行に変更になりました。
 タイよりも近い台湾のほうが費用が高かったのですが、燃油サーチャージを入れると台湾のほうがいくらか安くなることもありましたが、日程を二泊3日で済ませられることも魅力でした。

 万国の空港がデモ隊に占拠されて機能できず、タイに向かった飛行機がそのままとんぼ返りするニュースが報道されました。予定では29日の土曜から出かけるはずでしたから、「運が良かった!」とニュースを眺めていました。
category日記

スパイクタイヤ

trackback--  comment--
 雪になるか?と気になっていましたが、冷たい雨が振るだけでした。
 いつスタッドレスタイヤに履き替えるかタイミングを見計らっている、というより、腰を上げるのが面倒くさいだけですが、なんとか12月半ばまで引っ張りたい思いです。

 ウラジオストクでは一年中スタッドレスタイヤを履いたままの人が多く、もったいないような気がしますが、向こうに言わせると、なんでわざわざ夏用のタイヤなんかに履き替えるのか?とこちらを見ているようです。

 以前、ロシアにスパイクタイヤを売れないか?と頼まれたことがあります。スパイクタイヤが禁止になる頃「これが貴重品になって売れる!」と投機目的でスパイクタイヤを数百本買い込んだ馬鹿な社長がおりまして、出し惜しみして既に十数年。
 何とかノボシビリスクに売れそうな運びになったものの、ここで強欲がまた値上げをしたもので、交渉決裂。その後また値下げして「もう一度交渉してくれ」と頼まれたものの、ロシア人が一度No!と言ったことを覆すはずもありません。
 まだ売れ残ったまま倉庫に眠っているようで、今年も「スパイクタイヤかいそうな外国人いねぇか?」と連絡が来ましたが、恥をかかされるのも辟易しましたし、年数が経って劣化したゴムがいつ破けるかわかったものではありません。そんなもの紹介できません。
 投機のために仕入れたスパイクタイヤが投棄される日も遠くないと思いますが、バブルの縮図を見るようで浅ましい限りです。
category日記

デルス・ウザーラ

trackback--  comment--
 12月6日にNHKBSチャンネルで黒澤明監督の「デルス・ウザーラ」が放送されます。

 「デルス・ウザーラ」はスランプに陥った黒澤監督が、ソビエトからの呼びかけに応じて作った作品で、中国とロシアの境にあるハンカ湖とその周辺をロケに使った作品です。前編ロシア語。

 黒澤作品は個人的にはあまり好みではないのですが、「デルスウザーラ」は名作だと思います。この映画のロケ地にもたずねて言ったことがあります。
 しかしながら、意外なほどに日本での評価が低かった作品です。時として黒澤作品一覧に入っていないこともあります。

 テレビでは10年近く前に日本テレビ系の深夜放送で前編後編に分けて放送されたのを見た事がありますが、テレビでお目にかかったのはそのときだけで、黒澤作品の特別番組でも、ほとんど話題にもならない作品です。
 黒澤作品ということに思い入れが無いせいか?私の価値観が違うのか?わかりませんが、個人的のはお気に入りの映画です。

 当然、ロシアでは評判の良い映画で、私もウラジオストクの映画館で長時間すわり心地の悪い椅子に腰掛けて観た頃があります。字幕なしはつらかったけど。映画館のスクリーンで見ると、自然描写の映像が圧倒的でした。


 デルス・ウザーラは100年ちょっと前の帝政ロシアの沿海州探検の案内役を務めた、現地の少数民族の男。
 わずか100年前。ウラジウストクのちょっと北の山間地はまだ人を寄せ付けない未踏の地でした。

 この探検隊の体調のアルセーニエフが晩年住んでいた家がウラジオストクにあり、博物館になっています。

 このチャンスに是非多くの方々に見ていただきたい映画だと思います。
category日記

勤労感謝の日

trackback--  comment--
 11月23日、勤労感謝の日です。

 今、茨城にいるノボシビリスク人のアレクサンドル氏から電話がありました。群馬でご馳走になった日本のピザの名前はなんと言うのか?水戸にもあるのか?お好み焼きのことか!とピンときました。向こうの日本人担当者に代わってもらい、お好み焼きのことを説明しました。
 お好み焼きのことはすぐにわかったのですが、水戸についてはすぐにわかりませんでした。と、言うのも、ロシア人はアクセントの無い「O」を「ア」と発音するので、「ミタ」と聞こえました。
 ミタ?東京かな?電話を代わった日本人担当者の訛りで水戸だとすぐにわかりました。
 「ロシア人がお好み焼きなんか食べるんですか?」と驚いていたようですが、あの味わいはロシア人の味覚にマッチします。
 休日出勤でご接待ですか?と聞くと、「こんなご時勢ですから、休日なんて言ってられません。勤労できるだけで感謝の日です。」と笑っていました。
 アレクサンドル氏の会社の社長が来日中で、この日は水戸に来ているので、お好み焼きをご馳走したいのだそうです。

 夜、また電話があり、彼の社長がとても喜んでくれたと報告がありました。
 アレクサンドル氏の社長は昨年来日した時に私がお好み焼き屋に連れて行ったことがありますが、そこはさすがの人格者。部下が気遣ってくれたことの感謝なのか、「おいしいものを紹介してくれてありがとう」と、初めて食べたかのごとく振舞ってくれたのでしょう。
 昨年こちらに来たときは「部下が寒くないように、暖房の充実だけはよろしくお願いします。」気遣っていました。
 仕事においては厳しいが、従業員の人格を見下さず気配りできる人物なので、この人格を慕ってついてくるスタッフは多いみたいです。
category日記

出頭

trackback--  comment--
 夜、NHKの韓国ドラマ「ファン・ジニ」を見ていたら、突然番組が報道に切り替わりました。厚生労働省事務次官家族殺傷事件の犯人が出頭して、この事件にひと段落つきました。
 銃刀法違反で逮捕と報道されていました。犯人の目的は?テロ事件と騒いでいたので、テロリストはどんなやつだろう?と、深夜まで報道番組に見入ってしまいました。

 保健所にペットを殺されたことがあり腹が立ったと報道があったときには、「え?」と耳を疑いました。テロじゃなくて逆恨みだろう?あるいは「生類憐みの令」を支持するテロリストなのかもしれない。

 「出頭」と「自首」の違い。以前交番のおまわりさんにこの違いについて教わったことがあります。事件が発覚して、犯人が自分から出てくることが「出頭」で、事件が発覚する前に「私が罪を犯しました」と出てくるのが「自首」なんだとか。テレビの刑事ドラマなどで、追い詰められた犯人が覚悟を決めて「自首します」と出てくるシーンを見ると、「そりゃ、自首じゃなくて出頭だろう」と違和感があるそうです。

 テロリストといえば今年の8月、商取引に来日するシリア人バイヤーが、経由地のカイロで国際的なテロリストに顔が似ていると二日間拘束されたことがありました。
 在エジプトのシリア領事館の職員まで出動しての大騒ぎだったそうで、2日遅れで何とか来日を果たしました。国際テロリストってどんな顔をしているのだろう?と興味津々でしたが、およそ精悍とは程遠いのどかな顔つきの男でした。

 そういえば、私の同級生にもオウム事件で指名手配になっている高橋何某の似顔絵に似た男がいまして、私の知る限りでは3回職務質問を受けています。犯人は180cmを越す大柄な男なのに、当人は165cm前後。身長差で明らかに違いますが、顔つきは当人や彼の家族も認めるほど似顔絵に似ています。
category日記

図太さ

trackback--  comment--
 木曜にウラジオストクからビジネスのために来日した知人から電話がありました。目一杯日程がつまった分刻みのハードスケジュールみたいで、チャンスを作って会える事を楽しみにしています。
 最近はモスクワとウラジオストクを行ったり来たりしているようで、日本に行くのはモスクワより楽だけれど、ビザの手続きが大変とこぼしていました。モスクワの10分の1の距離で日本です。

 彼には右腕のような優秀なアルメニア系美人秘書がいますが、昨年の春来日に同行して震度3程度の地震の遭遇して以来、日本の来るのを拒んでいると聞いていましたが、今回もウラジオストクでお留守番をしているようです。
 帰国の二日前の晩に地震に遭遇したそうで、3−4回小規模の地震がおきたそうです。私たちには別に珍しくもないことですが、彼女にとってはよほど恐ろしい経験だったようで、2日間一睡もできず、帰国の飛行機が中に待った途端死んだように眠りこけていたそうです。
 私もその明晰な頭脳と気配りには一目置いているスーパーレディーですが、何しろ神経が細いのか、環境変化に弱い。インドネシアとタイではダウン、北京でも調子が悪くなる、最近はウラジオストクに釘付けになっているようです。
 
 それ以後、彼は日本に来る時には優秀とは対極にいるような、空手有段者の体育会系女性秘書を連れてきています。仕事は思い切り雑だが、どんな環境でも苦にしない神経の太さと強靭な体力を兼ね備えているので、ロシア語しか喋れないけれど海外に出たときには頼りになるそうです。
 茶菓子でも食事でも出されたものは仕事を忘れて何でも食べてしまう女性なので、これはこれで心地よいものです。この図太さのおかげか?彼女を連れてくると商談がうまく行くようです。

 実は昨夜、野放し秘書の彼女は一人でホテルを抜け出して大好物の牛丼屋に行き、どうやって注文すればよいのかわからないので私のところに電話をかけてきました。機転がきくのか、ただ単に無神経なのかわかりませんが、電話に出た店員に「吉野家さんですか?すき屋さんですか?それとも松屋さんですか?」「うちはすき屋です。」「はい、それではメガ牛丼でも出してやってください。」
 今回も活躍?しそうです。
category日記

Once Upon a December

trackback--  comment--
 ディズニーアニメの「アナスタシア」の挿入歌”Once Upon a December”のロシア語バージョン。

 帝政ロシア王朝はロマノフ家。意外なことに、ロシア王朝のファミリーネームがロマノフという名であったことを知らないロシア人は多いものです。

 ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフと言われて誰のことかわかる日本人は少ないと思いますが、レーニンの本名です。レーニンとは「レナ川の人」という意味で、ペンネームだそうです。帝政ロシア末期に地下活動をしていた共産主義者は、身の安全のためにペンネームや偽名を使って活動していたため、レーニンも百を越える名前を持っていたようです。

 レーニンの本名は知っていても、ロシア王朝のファミリーネームは知らないロシア人はけっこう多いようです。

 ところで日本の王様のファミリーネームは?と尋ねられると?
 天皇家には姓がありません。
category日記

テロ

trackback--  comment--
 埼玉と東京で厚生労働省の元事務次官が殺害されたり、その家族が殺傷される事件が起きました。
  およそ日本ではありえないと思ってた「連続テロ事件」という言葉がメディアから流れています。

 無差別殺人のオウム真理教のときはテロなのか、テロではないのか?と論議になって、マンガチックに国家転覆も狙っていたにもかかわらず、テロではないと不可解な結論に至ったのに、今回は早々に「テロ」と言う言葉が飛び交っています。
 その間、ニューヨークの9.11や世界的にテロに関する意識が高くなったこともありますが、本当にテロと呼んでよいのだろうか?

 テロと名づけることで、犯人に猟奇の言い訳を与えてしまったような思いもします。
 時として、悪政や圧制に対する最後の抵抗の一面がテロにはあります。
 テロであれ、戦争であれ、猟奇殺人であれ、人の命を奪う「人殺し」であることには変わりはない。

 考えてみれば、ソビエト革命も人民中国の成り立ちも、フランス革命だって、テロで成り立ったようなもので、勝てば官軍?
 テロ事件が珍しくない国々の人はけっこう敏感に「テロリズム」という言葉に反応します。テロが起きるようでは、日本は大丈夫だろうか?
category日記

接待?

trackback--  comment--
 たかがディズニーされどディズニー。
 アフリカのウガンダから商取引に来るバイヤーの通訳兼ガイド兼世話係の仕事が舞い込んで来ました。
 ウガンダ?独裁者アミン、人食い、猪木とプロレス・・・ろくなイメージがわいてこないので、現代のウガンダについて勉強しなおしています。

 今回は契約のための短期来日なので、難しいことはなさそうですが、彼らからの要求は「仕事が終わったら、ディズニーランドに連れて行ってくれ。」
 ディズニーランド?びっくりするやら納得するやら。

 ウガンダだけで「どう対応すればよいのか?」文化や習慣について頭が痛いところですが、ディズニーランドでさらに気持が重くなるのは”またジェットコースターに一緒に乗らなければならないのか?”ロシアのお嬢様に振り回されたので、ディズニーと聞くだけで疲労困憊になりそうです。

 アフリカ系の友人が「仕事の話は嫌だけど、ディズニーランドの案内なら僕が引き受けるよ。ジェットコースタ?全然問題ない!あの素晴らしいファンタジーがわからないのなら、あなた心が病気だよ。」
 と、張り切って名乗りを上げてくれるので、「お願いします。」にしたいところです。
 年々こうしたお付き合いがきつく感じられるようになった思いがしますが、歳なのかもしれません。
category日記

鹿

trackback--  comment--
 モスクワではアニメと折り紙による日露文化交流のイベントがありメドベージェフ夫人のスヴェトラーナさんも会場に現れたようです。

 手に職を持つ?とういうのか、技を持っていることは役に立つもので、手品などは大うけすること間違い梨ですし、折り紙なども海外で披露すると注目されます。
 日本の千代紙などその独特の色柄模様からお土産に買って行く人もいますが、千代紙を持っていって折り紙の披露など、海の向こうでは喜ばれそうです。

 朝、軽トラに堆肥積んで農道をかっとんでいると、突然カモシカが飛び出してきて危うくぶつかるところでした。天然記念物とは言え、右も左も見ないでいきなり飛び出してくるのですから危険極まりない無謀行為です。9月に軽トラの車検を取ったばかりなので、こんなところでスクラップにされてはなりません。
 2週間ほど前に沼田市の国道で鹿の子供が跳ねられて道端に死骸が転がっていたのを見ましたが、大きな動物ですと自動車側にもダメージや危険があります。
 十年ほど前に軽トラに熊が飛び込んできた事故がありましたが、軽トラは前面大破で、熊は起き上がって山の中に逃げて行ったそうです。

 ウラジオストクの友人は冬になると仲間達と鹿狩りを趣味にしていますが、チームワークで何かをやることが面白いのだそうです。鹿の干し肉をご馳走になったことがあります。
 
 ”лесной олень”冬の鹿という意味ですね。ソビエト時代の流行歌だそうです。

category日記

規制

trackback--  comment--
 世界的に禁煙が「是」という潮流の中、日本でもタバコがひと箱1000円になるという噂が流れています。
 そうなったら、海外旅行に行った時み免税店で格安のタバコを買ってきて、ヤフオクで小遣い稼ぎができるかも?などとあこぎなことを考えています。

 その昔、フィンランドでアルコール販売が規制された時代がありました。フィンランド人の飲んべい達が目をつけたのはお隣のソビエト。週末になるとフィンランドから国境を越えて酒飲みツアーの一団がソビエトにやってきて、大量にソビエト製の酒を飲んで帰る時代があったそうです。

 時として規制はあらぬ勢力を育てることがあります。禁酒法時代のUSAでも密造酒でマフィアたちが台頭し、有名なところではアル・カポネもそうです。

 ソビエト末期、ゴルバチョフの時代にアルコールを規制する法律ができ、このときに密造酒を作って財を成した代表が後のロシア大統領のエリツィンでした。
 
 フィンランドのタタール民謡。

category日記

興味

trackback--  comment--
 ロシアの友人はパナソニックとナショナルとマツシタが同じメーカーだと、いくら説明してもなかなか理解ができませんでした。「なんで同じ会社なのに名前が違うの?」とブランド名を使い分けることに理解を示してくれません。
 幸い、メーカーのほうがパナソニックに統一してくれることになったので助かりました。
 サンヨーとパナソニックの合併でまた厄介な説明が必要になりました。

 さらに、トヨタとレクサスが同じメーカーだと説明するのに苦慮しています。どうやら彼の頭の中には、レクサスがトヨタから独立したメーカーと固定概念ができている模様で、ブランドの使い分けの概念が無いもよう。
 
 ”その昔、ロシアに革命が起きてソビエトになり、ベラルーシやカザフスタンやウクライナなどが同じ国になった。”
 「サンヨーはウクライナか?それならやがて会社が崩壊して、サンヨーもマツシタもナショナルもパナソニックから独立するぞ。」こういうときだけは鋭い反応を示す。
 そうそう、トヨタから独立を目指すレクサスゲリラが社内テロ事件を起こすんだよね。

 理解できないのだから興味を持たなければ良いのに、わからないからこそ興味を持つみたいです。

 ギリシア語で「愛」の意味を持つ”ΕΡΩΤΗΣΗ”には「謎」の意味もあるそうで、謎があるから興味を持つ。
category日記

余談

trackback--  comment--
 ”Die protestantische Ethik und der 'Geist' des Kapitalismus” 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の『精神』」
 今から100年前にドイツのマックス・ヴェーバーが書いた論文です。
 英国やオランダなどのカルバン派の多い国々では資本主義が早い時代に花咲いたのに、スペインやドイツなどカトリックやルター派の多い国々では資本主義が立ち遅れたことから、プロテスタンティズムと資本主義に因果関係があるのではなかろうか?と説く論文で、寝る前に読むといつのまにか眠ってしまう睡眠薬のような本です。

 プロテスタンティズムの禁欲的な精神が浪費を防ぎ、蓄えられた資本が営利追求のために使われ、こうして得た利益は浪費することなく蓄えられ、蓄えられた資本は・・・と雪だるま式に資本が膨らむという図式は100年も前にヴェーバーが発見していました。
 言われてみれば、近代の資本主義先進国にはプロテスタントの国が多く見うけられますが、最も禁欲主義に徹してヴェーバーの理論を実践していたのはキリスト教とは一歩離れた日本のような気がします。
 今年のサブプライム恐慌など、禁欲主義どころか、欲の行き着いた結果のごとき思いもしますが。

 数年前にロシアのカウンターテナーの歌手スラヴァの歌うAveMariaがテレビのCMに用いられたことがあります。16世紀のイタリアの作曲家のジュリオ・カッチーニの作曲によるAveMariaでした。
 あまりに官能的だと当時は良い評価ではなかったようですが、この時代、既にロマン派以上に官能的なメロディーが構築されていたんですね。
 カトリックは禁欲主義的でないためなのか?無駄に素晴らしい絵画や教会音楽をたくさん残しています。

 スラバの歌うAveMaria。

category日記

元カノ

trackback--  comment--
 20年以上も昔の今頃の季節の話ですが、私の先輩が結婚することになり、それはそれでお目だたかったのですが、結婚式も近くなった頃、この先輩のかつての彼女が「お祝い」に手編みのセーターをプレゼント。

 着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編んでいたんでしょう。いじらしいやらうらやましいいやら。この先輩の奥さんも寛大な人で、誰にももてなかったような男が亭主であるよりは、昔の恋人が未練を持ってくれるくらいのほうがいいんじゃない。と、大目に見ていたようですが、お言葉にとことん甘えていつもそのセーターを着ていれば、当然雲行きだって変わります。

 捨てるにも忍びないので、結局そのセーターは体格が近い別の先輩のところに渡ることになりましたが、この男がまた気が効くようで気の効かない男ですから、その先輩宅を訪ねるときにはいつも気を利かせて問題のセーターを着ていく。表向きは捨てたはずだったのに。毛糸と共に編みこまれた女の執念。穏やかではありません。

 セーターを手放したほうも、面積は広くても人間が住む土地は狭い山間地、どこで誰にあうかわかったものではありません。セーターの持ち主が変わったことを前の彼女が発見したらこれまた大変なことになる。「あいつ無神経だから、あのセーター着てどこにでも出かけるから、どこかで製造元に見つかるぜ。」と気を病んでいました。

 その後、呪いの手編みセーターは次々と後輩へと受け継がれたと聞いていますが、今どうなっているやら?

 幸いなことに私は身辺に気を使っていますから、迂闊にわかれた相手と再会するようなことはありませんし、その後のことも考えて禍根を残すようなことはしないので安心していますが、狭い世の中、身近で手ごろなところで気を緩めると何が起こるかわかりません。

 学生時代、銀パリによく通っていた頃、一番のお目当ては金子由香里さんでした。彼女の創唱するシャンソンは心地よく好きですが、時にささやくように唄う歌にしびれていました。

 金子由香里さんの歌う名曲の中でも私のお気に入りは「再会」”Je N'pourrai Jamais T'oublier”。ベストの一曲だと思います。

 ストーリーは主役の女性が偶然昔のカレシと遭遇する。男は既に別の女性と結婚している。”あの方奥さんでしょう、とても素敵な方ね、私に少しにているわ、私のことどう思うかしら?” 男には口に出すことも思うこともはばかれる、女の恐ろしい執念ですね。

 こんなことを言われるくらいの役者になってみたいものですが、優しく思いやりがある男性なので、私には無理でしょうね。

 広島のシャンソン歌手奥田晶子さんの歌唱でどうぞ。

category日記

メンテナンス

trackback--  comment--
 DOOSAN 韓国のメーカーでしょうね。
 日本で散々使い古された中古重機と、韓国製の新品重機。どちらが長持ちするだろう?と問われました。中古物はそれこそ使い方次第ですし、丈夫な日本の重機だっていとも簡単に壊してしまう、使い方の荒っぽい人だっています。

 中古部品などを扱っていると、国民性が良くわかります。ロシアからエンジンの注文が少ないのに比べて、温かい地方ではエンジンの注文が良くはいります。その要員はメンテナンスだと思います。
 なんだかんだ言っても1950年代には自家用車が普及していたロシアですから、メンテナンスの重要性や修理も心得ています。まだ自動車の歴史が浅い温かい国々では不具合があってもとことん使ってしまい、修理不能な状態まで使い切ってしまう。もっとこまめに手入れしていたら何倍も長持ちするものを、意外なまでに気を使わない。


 たまには自分の体もメンテナンスしなければと町営の三峰の湯に行ってきました。毎日温泉に入る環境でなんでまた、と言われそうですが、たまには雰囲気を変えて違う温泉に入るのもいいものです。
 温泉の泉質としては我が家の界隈のほうがはるかに優れていると思いますが、面白いもので同じ源泉を使っても風呂が違ったり、温度が違うだけで効き方が違うように感じるのも温泉。我が家の界隈には4箇所の共同浴場がありますが、微妙に温度が違う感じがして、そのときの体調によって共同浴場を変えて入っています。
 ここはどんな効能があるだろう?と気分転換に出かけたのも、露天風呂から眺める雑木林がまた心地よいから。
081110-(1).jpg
 入浴前に林道を少し散策しました。珍しくも無い光景ですが、これだけでも気分が良いものです。
 入口に「熊出没注意」の看板が立っていたので、奥まで入ることはやめましたが、散歩するには心地よい気候でした。
081110-(2).jpg
 同じ街なのに標高の高い我が家の界隈では既に紅葉も終わり木の葉が落ちかけていますが、こちらはまだこれから。
 それでもいい気分のメンテナンスになりました。
081110.jpg
category日記

農業祭

trackback--  comment--
 氷点下に突入したウラジオストク。友人のダーチャではこの日曜日を利用して冬支度。周囲の森から枯葉を集めて畑に鋤き込んで来年の肥料にするそうです。このところ彼のお母さんが作る下段の面積が広がっているとは言え、冬の食料の半分くらいはダーチャの畑でまかなえるそうです。
 90年代の経済危機も自給自足のダーチャで乗り切ってきただけに、ここにもロシアの強さがあると感心していますが、「そんな真剣なことは考えていません。畑を作ることが楽しいから週末にダーチャに来ているだけですよ。」と悠長です。

 毎年恒例の村の農業祭。
 年々出展が少なくなっているように思えますが、今年は特に少ないと感じました。不景気と言うよりも過疎と高齢化の影響が大きい思いがします。

 地産地消。その昔から自分の生活する半径4里(約12km)の食材を食べていれば病気にならないといわれていますが、ようやくそのあたりが見直されて、学校給食などでも地元の野菜などが使われるようになって来ました。が、相場と言う曲者、安い食材が立ちはだかっています。

 生産者も生産者で少しでも高く売りたい。できれば観光相場で。さりとて、自分の子供や孫に怪しい中国加工食品など食べさせたくない。とは言え、給食費など安いに限る。複雑な綱引きです。

 午前と午後の二回、餅まきがあります。以前、この餅まきの最中、観光客がスリにあう事件が起きたので、交番のおまわりさんと目を光らせました。
 寒かったこともありますが、午後は出てくる人が少なかったので競争率が低く、餅やお菓子を大量に抱えた年配者が「人が少ないってことはいいこともあるもんだ。」とにやけていました。

 餅まきの騒ぎの中で2歳ぐらいの男の子が一緒に来たおばあちゃんとはぐれて迷子になり、これだけの人数ですからすぐに見つかりましたが、「おばあチャ〜ン」と泣いている子供の顔をみたとき、”見た事がある顔つきだな”と感じましたが、ようやくおばあちゃんが見つかって”あ〜やっぱり”知り合いのお孫さんでした。

 この冬は雪が多いのだろうか?あの大雪の年、慌てて除雪ロータリーを買おうとしたものの、既に売り切れて春まで待たなければ手に入らないなんて話を耳にしました。
 備えあればなんとやらで冬しか使えないけれど、雪かきで気が重くなる季節が近くなりました。
081109a.jpg
 例年なら、この自動車展示コーナーの後ろでは、半分に切ったドラム缶だ焚き火をして、椎茸を焼いて一杯飲んでいるおじさんたちのコーナーがありましたが、酒気帯び運転に厳しいご時世ゆえ、姿を消しました。
category日記

潜水艦

trackback--  comment--
 ロシアの原子力潜水艦が事故を起こし、20名の死者が出た模様。艦内の消化システムの誤作動らしく、原子力の問題ではない模様ですが、どこで起きた事故などはまだ発表されていない状態。太平洋艦隊ということから日本近海である可能性は大きいのですが、「こういった事故を素直に発表しないのは昔から。まだ、事故が起きたことを発表しただけソビエトよりは良くなっている。」と冷ややかなロシア人。

 新しい原子力潜水艦の試験運転中の事故だったようで、「トヨタに作らせればこうした事故は起きない。潜水艦も飛行機もトヨタやソニーに作らせるといい。」と、とんでもないことを言ってます。

 軍艦のロシア国旗の下にパナソニックやホンダのロゴが張られ、その他F1カーよろしくカストロールやマルボロのステッカーなど貼ってあればおめでたくて面白いかもしれませんが、船と言えばやっぱヤンマーも忘れてはなりません。できれば凱旋用に大漁旗なども不可欠で、一本釣り戦艦やトロール戦艦、蟹工船艦などバリエーションも欲しいです。
 寒くなるとアンコウの鍋がおいしいので、潜水艦だって活躍の機会が多くなります。


 ロシア人って音痴が多いよね。
 一頃、中国でカラオケが流行り始めたころ、歌が下手なくせに大音量でカラオケをやらかすので辟易したことがありましたが、「最近、中国人は歌がうまくなって来た。」と向こうから帰ってきた人がよく言います。カラオケ発祥国の日本や、早くからカラオケが流行った韓国は歌が上手な人が多いらしいけれど、ロシアも少しはよくなったのだろうか?
 私はカラオケ大嫌いなので、こうした現場に遭遇することもありませんが、要は声を出していて歌うチャンスが多いか少ないかで問題で、ロシア人に音痴が多いといいつつも音楽を専攻した人たちの歌唱力や音の捉え方など目を見張るものがあります。

 暦の上では冬ですが、文化の秋で日本各地でコンサートなど催されていますが、面白いのがママさんコーラス。練習ではうまくまとまっているのに、本番では力が入り、そのあまり、いつもより余分に声が出てしまいお互いの自己主張のせめぎあいになり、バランスバラバラ。
 ここで抑制できないところかアマチュアのよさなのかもしれませんが。

 セルゲイ・エセーニンの詩は素敵ですね。

私にあの歌を歌っておくれ、
昔 、年老いた母が私たちに歌ってくれたあの歌を
砕け散った夢のことなど思い煩うことなく
君に合わせて歌おう
いとしい君よ、私にあの歌を歌っておくれ
私がこよなく愛したものは数限りない
秋の庭の木戸も
グミの落ち葉も
霧が立ち込め、露がしたたる
白樺の木のすぐそばの小屋をこよなく愛した
あの娘の金色のおさげ髪も、
あの娘の亜麻のサラファンも
なぜか和む心
それは歌を聴き、ぶどう酒に酔ううちに
君が白樺のように見えたから
我が家の窓の下に立つ、あの白樺のように
category日記

同世代?

trackback--  comment--
 USA大統領にケニア系のオバマ氏が決まりました。世代的には私も近いので、大統領が出る世代になったのか?と複雑です。
 USA発の不況が世界に飛び火している嵐の最中の船出ですが、47歳の若さに期待しています。

 たまたま有線放送で懐かしい歌が流れていました。
 三十数年前にスコットランドのNeil Reidが歌った"Mother Of Mine"と言う歌。私と同じ世代のシンガーだったので、世界にはすごい奴がいるものだと感心しました。
 邦題は「ママに捧げる歌」でしたが、とっさに私の脳裏をよぎった邦題が「母に捧げるバラードだっけ?」
 何だったっけなぁ?と、半日気になっていました。

 当時、私の村には農協が運営する有線電話がありまして、電話機にはベルではなくスピーカーがついていました。村内どこかの家に電話する時には受話器をとって、オペレーターのオバサンに回線と番号を「16の15」と伝えると、16回線の家々に「15番、15番」と呼び出しの音声が流れます。 
 自分の家の番号だったら受話器をとって電話にでます。この電話の便利だったことは隣近所に行ってても、自分の家の電話番号を呼び出されたら「ちょっくら電話貸してくんなぃ」と出られたこと。不便なのはスピーカーを通じて会話が筒抜けだったこと。
 電電公社の電話がダイヤルになる前は、一つの村に二つの電話局が合ったので、同じ村うちでも市外局番が生じたために、村内で使うには便利でした。

 晩年の有線電話は電電公社の電話にその座を奪われ、消防団の火災などの通報に使われたり、商店の大安売りの広告を流すために使われたりしていました。

 有線電話が生活の中心にあった頃、音楽を放送する時間多があり、この時間帯には電話としての通信が制限されていました。
 よく、クラシックが流れていたものですが、時折流行歌も放送されていました。
 ニール・リードのママに捧げる歌もこの有線電話放送でよく流されていました。

 この時代、カルピスのコマーシャルでジミー・オズモンドというこましゃくれた子供が人気を得ていましたが、このジミー・オズボンドが歌っているのか?と思ったものです。
 同級生のお姉さんがこのレコードを持っていて、プレーヤー(ステレオではなく、モノラルのポータブルレコードプレーヤーでした)のスピーカー近くにカセットを置いて録音させてもらったことがありました。


 
category日記

虹の日々

trackback--  comment--
残された時間などたいした問題じゃない 幸い、私たちは一緒に歳をとっている。
あなたの眼の奥には私の愛が生き続け 私の心の奥にはあなたの若さが生き続ける
子供の頃の祈りみたいに あなたの口からこの言葉が出ると私は安心する
そんなとき 私たちは手を取り合って 小さな微笑さえ愛の言葉になるでしょう
でも、私たちのどちらかが先に行くことになるでしょう 最後に微笑を残して永遠に瞳を閉じる
残されたものは自分の半分を失い 毎日夜の闇で過ごすでしょう
心臓は脈打っているのに 誰のために?何のために?と
そのとき突然扉は開き 胸は高鳴りあなたを見つける
二人が手を取り合ったとき 私は全てを忘れてしまう
時間が止まったような感覚の中で。


 フランス語の歌で「虹の日々」
 面白いもので、どんな仲の良い夫婦でもどちらかが先に鬼籍に入るのが世の常で、一緒に同時にこの世からいなくなってしまうことほど不幸なことはありません。稀にいますが、その多くは「事故」によるもの。

 幸いなことに、そんなことを考えることもなく過ごせるうちは若さゆえなんでしょうが、考えるより先にこっちが行ってしまった方が気楽でいいや、と目論むのは男の身勝手でしょうか?

 この歌のように生きられたら幸せだと思います。
category日記

初冬

trackback--  comment--
 ウラジオストクから富山に帰ってきた会員さんから「寒さが違いますね。」と電話が来ました。ジャンバーを持っていったものの、ズボンの下にはくタイツを持っていかなかったら足が寒かったそうです。
 関西方面の会員さんなので、寒さに対する感覚が異なることもありますが、「今まで経験したことの無い寒さの感覚でした。寒いと言うよりは痛いといわれるのがなんとなくわかりました。でも、まだ冬の始まりなんですよね。」と語っていました。

 交際相手のご自宅訪問で家の中の温かさを体験して「日本の暖房が貧弱と言うことが良くわかりました。でも家の中と外では大違いですね。」外から見ると殺風景なロシアのアパート。でも部屋の中は重厚な家具が並んでいたり、内装にも手をかけていることなど体験したそうです。

 年末、再度訪問して、ウラジオストクで新年を迎える計画だそうで、「寒さ対策を考えます。」と気合が入っています。

 日が短い季節なので「暗い」と印象を持たないか気にかけていましたが、「街も面白いけれど、人も面白いですよ。街ぐるみ気に入ってしまいました。」とお気に入りのようで安心しました。

 冬のロシアは「食わず嫌い」の方も多いようですが、案ずるより産むがやすし。行ってみれば想像とは違うものです。こうした「味わい」も人有らばこそ、かもしれません。
category日記

夕暮れ

trackback--  comment--
 友引、独身主義を主張していた知人の結婚式。しかも23歳も年下のお相手。犯罪に近いものがあるんじゃないか?と思いつつも、とりあえずおめでとう!でした。

 蓋を開けてみないとわからない事はたくさんあるというよりも、蓋を開けてみないとわからない事だらけが一寸先。
 獲らぬ狸の皮算用を悪いほうに解釈して、この知人の場合、「独身主義」と称して結婚や家庭と言うものを恐れて逃げていたようにも思えますが、よく決心できたと感心もします。それとも、50歳近くになって、ようやく人生の荒波を受け止める自信ができてきたのだろうか?
 見切り発進ができないよく言えば慎重派、悪く言えば優柔不断で逃げ腰の男でしたが、久し振りに顔を合わせたら、人柄や顔つきも変わったように思えました。

 独身主義を主張していた頃、仕事が全て、家庭は仕事の足かせと言っていましたが、仕事は既に自分の居場所を確保しているのですし、未知の新しい世界へ踏み込むわけでもない。骨は会社が拾ってくれる。要はやはり安定志向の逃げ口上だったのでしょう。

 少なくも、奥さんが生まれる前から付き合いのある私たちにとって、後出しジャンケンを食らったようで、「とんでもないペテン師やろうだ!少女淫行で逮捕だ!」と憤まんやるかたない怪気炎が巻き起こり、少しでも元を取ろうと酒とビールで無言の抗議。
 「四十過ぎのコブ付でももらうなら納得できるが、なんで親子ほど歳の離れたお嬢さんと?納得できない!娑婆をなめている!」

 今で言うなら「できちゃった婚」で学生結婚。新婦より年上の息子がいる知人など、思い起こせばこのときは大変な騒動だったわけで、相手の親には殴られるし、自分の家族には勘当同然。長く伸ばしていた長髪も一転して坊主頭。
 我々も出産費用のカンパ費用稼ぎで勤労奉仕に行きましたし、うらやましさよりも、この友の恋愛人生も終局と不憫にも思えました。

 それをせせら笑っていた男が、人生後半にして修羅の未知に足を踏み込むのを「不憫」と見るのか?「幸せ」と見るのか?「葬式に呼ばれる覚悟はできていたが、結婚式に呼ばれるとは思いもしなかった。」がみんなの共通意見。

 してやったり!と、こちらをにやけて眺める新郎の顔が「相変わらず嫌味なやつだ!」。

 テーマは夕暮れです。

category日記

競争社会

trackback--  comment--
 温泉でフィリピンに生活の拠点を置く男性と出会いました。いろいろ話しているうちに”なんとなく普通の人と違う”と感じていましたが、「実はかみさんが外国人で・・・」と話し始め”やっぱり”、国際カップルの持つ独特なフィーリングがあるのだろうか?

 向こうに会社を持っているので、日本とフィリピン半分半分の生活をしているそうで、こちらに戻ってくると暇を見つけては温泉に来るのだそうです。

 「日本で暮らすことも考えたんですが、仕事が向こうですし、妻を日本において私一人フィリピンに行っても仕事になりませんからね。」
 主にご主人が日本で営業活動、奥さんが向こうで工場の切り盛りをしているそうで、この円高と不況で注文が半分になってしまったとか。

 「向こうでいいマネージャーが見つかったら、家族で日本に生活拠点を移す事も考えたんですが、子供の学校のことを考えると、日本は異質なものを排除したがりますから、イジメが心配でねぇ。」
 アメリカンスクールのような国際学校に入れることも考えたそうですが、授業料が年鑑120万円。日本で小学生に当たる子供が3名。年間360万円は痛すぎるので、向こうの学校に通わせているそうです。

 「日本の学校と違って朝から夜まで勉強漬けですよ。ここで人生を分けるほどの差がついてしまいますから、底辺が広い分上にのし上がるのも大変です。彼らは平等なんて思っていませんから。」
 言われてみればロシアも似た様なものですが、同じように詰め込み教育世代なので、「私たちの育った頃の日本も厳しい競争社会でしたねぇ。」「ひどい時代だったのかもしれませんが、まだ人間の情が通用した時代だったと思いませんか?だから勝てなくてもそれなりに存在感があった。ゆとりはあったも冷淡な今の時代も恐いですね。」と同感でした。
New «‡Top‡» Old