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20歳

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 久々に会った同級生は20歳になった息子と飲みに行き、酔いつぶれて背負われて帰ってきたと嬉しそうにその情けない話を語ってくれました。
 残念ながら私には20歳に息子と一杯飲むという希望は持てないので、うらやましいと言うよりも、そのことで喜んでいる友の顔が嬉しかったです。

 河島英五さんの名作に「野風増」と言う歌があります。

 河島さんは8年前に娘さんの結婚式の後、肝臓疾患で急逝しました。48歳でした。

 ウラジオストクの友人など20歳になった息子と女の取り合いして「僕のほうが息子よりもてます」と自慢していた困ったおじさんがいます。

 色恋沙汰も面白いもので、20年も遡ればどうやって「親の目を盗んで」が課題だったのに、歳月がたてば立場が逆転して自分たちが子供の恋愛の壁になっている。この歳になって思うに、親たちは全てお見通しだったのでしょう。
 年々加速度的に歳を重ねるので、ほどなく「息子に嫁が来ない」「娘が嫁に行く気がない」などと語る世代になるのでしょうが、その先は???老後の世界も遠くない?

 高齢者にも定義があるのだそうで、WHO(世界保健機関)では65歳以上74歳までを「前期高齢者」、75歳から84歳までが「後期高齢者」、85歳から「末期高齢者」と定義付けしています。
 平均寿命の長い日本では5歳から10歳かさ上げしてもよさそうですが、20歳になった孫と一杯やるのも当たり前の長寿の時代です。その分晩婚化や非婚率も高くなっているので、わが子と盃を交わすことが贅沢な家庭の特権であることには、今も昔も変わりがないのかもしれません。
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バベルの塔

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 雪になるかと思ったら、1日中雨降りでした。この時期は川の水が少ないのが例年ですが、今年は雪が少ないうえ温かいので、既に雪解け水が流れ出したのか、例年よりも川の水かさが増しているように見えます。暖冬とは言えども寒いことには変わりがありません。

 仕事でドバイに行っている知人から電話がありました。現代のバベルの塔ともいえる800mを越える超高層ビルの建設が、不況でストップしたままだと聞いていますが、こうした仕事やドバイに出稼ぎに来た近隣諸国の労働者が多数職を失い、街の雰囲気も良くないそうです。

 世界一に市場と景気の良かったころに先行きを考えず仕入れた在庫が、相場の急落で不良債権のごとく売れ残っているようで、中には叩き売りのごとくに安売りされているものも多いそうです。

 20世紀末、モスクワなどロシア西部の人たちがドバイに買い物に行くという話をよく耳にしましたが、まだドバイが世界的に注目される前というのか、日本でドバイが注目される前だったので、なんであんなところに行くのだろう?と不思議に思えたものでした。
 日本の銀行のコマーシャルでドバイやモスクワに支店を構えたようなCMが流れ始めてほどなくこの不況になったので、先んずれば・・・の諺のように、時の流れに乗れなかったのかな?と冷ややかに思えてなりません。

 バベルの塔は人間のおごりに対して怒った神が、言葉を分裂させたがために意思疎通が取れなくなり、塔の建設ができなくなった逸話ですが、現代のバベルの塔は多様な通貨の価値観が変わってしまったがために意思疎通ができなくなって建設がストップ。2000年もたてば神話に追加されているのだろうか?
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RH-

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 シリア男性とロシア女性のカップルみたいなんですけど。アルメニア系の顔をしていますね。少数ですがシリアにもアルメニア系の人たちが住んでいますが、バックミュージックで流れているのがソビエトの歌。

 結婚式にアルコール類がないのはイスラムの常識。

 「私はアルコールは飲まない主義なの」と主張したとあるロシア女性は、ワインのボトル一本を軽々と飲み干すけれど、「ロシアではワインをアルコールと考えていないの」と申しておりました。アラブ諸国でそんなロジックは通用しないと思います。

 シリアの社長が言うにはイスラム教徒と結婚するにはイスラム教に改宗しなければならないので、当然、ワインもビールも飲んじゃダメ。日常的にアルコールを飲む習慣を持っていない私には苦にならないことですが、トンカツやチャーシューを食べちゃダメと言うのは厳しい戒律です。結婚を取るか?トンカツを取るか?と問われれば、愛があってもとんかつになりそうです。

 アルメニア系ロシア人の友人がいますが、アルメニアには血液型がRHマイナスの比率が世界一が多いそうです。
 そういわれてみると、ロシア人もRHマイナスが多数見受けられますが、かくいう私の場合も結婚相手がRHマイナスA型だったので、余計な勉強をしなければなりませんでした。コーカソイドにはRHマイナスが多いようです。

 母親RHマイナス、父親RHプラスの場合血液型不適合と言う問題がおきやすく、一人目の子供の場合は大して問題ありませんが、二人目以降の妊娠時に問題が生じやすくなります。出産後、抗D人免疫グロブリンなど予防接種を受けていれば大丈夫と言われています。
 先進国の医療は進んでいるのでRHマイナスとプラスのカップルでも支障はないといわれていますが、こんな問題があったことも当事者になるまで知るよしもありませんでした。

 愛さえあれば血液型など問題ではありませんが、やはりトンカツを食べられるほうが幸せだと思います。 
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シリアの社長

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 「アラブの女性が世界で一番美しいでしょう!」とシリアの社長が自慢しますが、アラブ諸国ではむやみに女性にカメラを向けると犯罪になるのでお目のかかることがない。街並みの写真を撮るときでも極力女性が入らないように気をつけなければなりません。

 アラブの女性はヒジャーブ(スカーフ)で顔を隠している。と言うと、今は顔を隠さなくてもそれほど問題ではないので、顔を出して街に出ている女性も多いそうです。「パスポートの写真も顔を隠した状態で撮影するのか?」と聞くと「そんなことをしたら証明写真の意味がないじゃないか!」と大笑いしていました。

 「日本人にも無能な人間がいるとは思っていたが・・・」と悔しそうに語ったのは、彼が商取引に行った先で、どうにもこうにも話にならない日本人とであったことで、まだ若いのに理解力も乏しければやる気もない。あまりの腹立たしさに名前を覚えてしまったそうです。日本人の名前は難しくておぼえにくいが、このたびは無能なあまりにその名前を忘れようにも忘れられないと怒っていました。
 日本の失業率の高さを聞いて、有能な人材がいたらスカウトしたいと考えていたようですが、「こんな無能な人間が残っていることが不思議だ」とぼやいていました。

 かつてソビエトが日本侵略を考えていた時代、一番の目的は質の高い日本人労働者だったと聞いたことがあります。もしかしたら、シリアの日本制服の陰謀を阻止した無能日本人だったのかもしれません。 
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おくりびと

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 日本の映画「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を受賞!久し振りに嬉しいニュースだと喜んでいます。それにしても、カンヌやベネチアならまだしも、商業主義一辺倒のアメリカ映画界が、よく選んでくれたものだと、オバマ大統領の言う「変化」をも感じさせます。

 「なに?なに?あの自動車なに?お城?忍者の自動車?」日本人には馴染みでも、外人さんには見慣れぬ自動車が・・・。
 しかも、悪趣味とも言えるほどギンギンギラギラの金色の自動車。これでもか!と飾り立てた彫り物。「クラシーバ〜(美しい〜)」とうっとり眺めるロシア人。

 四輪駆動が絶対条件の群馬県北部山沿い方面では、霊柩車はキャラバンやハイエースのワンボックスカーが当たり前。スバルサンバーなど、軽自動車の霊柩車もあります。こうしたデコレーションを施した霊柩車など日陰で雪が溶けない火葬場まで上っていくこともままなりません。

 霊柩車が一般化したのは平成になってからで、それまではワンボックスやバンを持っている人が自動車を出してくれたり、軽トラで運んだこともありました。
 
 田舎の葬式は大仕事です。葬儀となると近所の組み内が集まって、農協などから祭壇などを借りてきて、設計図を見ながら組み立てたり、行列に必要な飾りつけも自分たちで作ったものですが、近年はこうした用具は葬儀会社が用意してくれます。

 1999年だったと思いますが、私のすむ組で5ヶ月の間に6件の葬式を出した年がありました。この頃はまだ葬儀会社への依存度が低かったので、花かごや龍頭など自分たちで作りましたが、さすがに手順を覚えました。私なんか法話まで憶えてしまいました。
 一週間で2件の葬式が出たときは、これ以上続かないように棺桶に藁人形を入れました。現世の人の変わりに藁人形を連れて行ってもらうという意味なんですが、こんな風習もあったんだ?と年配の知恵に感心したものです。

 葬式のお告げは男性が二人で行くのが決まりで、ほとんどは電話で済ませますが、近所や村内は葬儀の日取りなどを書いた紙を持って回ります。不在の時はお告げの紙を置いてくるのですが、だいたい葬儀に呼ばれる家は付き合いがあった家なので、長患いしていたのか?どんな死に方をしたのか?など聞かれることも多いものです。
 県議会議員の選挙の最中にお告げに行ったことがありましたが、選挙運動に来た応援要員と勘違いされて、いきなり「ハイハイ、応援してるからね。」とあしらわれそうになったこともありました。

 近年近くに葬祭場ができたり、式を葬儀会社が取り仕切ってくれるようになり近所の人たちの負担も軽減されましたが、葬儀と言うのは送られる人のためではなく、送る人たちの気持の整理のためにあるのだなと、この歳になって考えるようになりました。
 田舎は都会と違って近所の人たちとの接触が多いので、故人に対しての思い入れも深いものだと思います。一見、手間をかけて手を煩わせているように感じますが、これはこれで送る人たちに諦めと言うのか気持ちの整理がついてくるものです。

 葬儀一式が終わり七日法要が済むと、組の人たちによる念仏が始まりますが、この頃になると酔いが回ってくることもあり、送る人たちに笑いが飛び交うようになります。ようやく仏様も彼岸の向こうに行ったか?と言う雰囲気とはこんなもんでしょうか?

 それにしても気になるのは、私より若い人たちが少ないことで、おくりびとのまま、送る人がいなくて、送られることなくたび立つような気もします。
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甘党

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 90年代のロシアの話です。レストランでコーヒーを注文して、ミルクと砂糖はどうするかと聞かれたので、両方ともいらないと答えたら「それはできない」と言われました。
 どういうことなんだろうか?何か理由があるのだろうか?それにしても不思議だ、と、とりあえずミルクと砂糖入りで注文しました。
 出てきたのがお湯だけ入ったコーヒーカップに、パック入りのインスタントコーヒー、砂糖入り、ミルク入り、両方入った物と三種類あったのでしょうが、ブラックはなかったようです。

 当時は特にその傾向が強かったように思えますが、甘いもの大好きなロシア人。お土産にキャンディーやチョコレートなど必須でした。
 句にキャンディーほおばって、さらに追い討ちをかけるかのごとく砂糖がたっぷり入った紅茶を飲む。これが女性なら「それもありかな?」とも思えますが、お酒大好き派の男性がやらかすので、糖尿病大丈夫なのかな?と気にもなります。

 ロシアンティーと言えば紅茶にジャムですが、ロシア式のいただき方は口にジャムを放り込んで、紅茶を流し込む。日本では紅茶にジャムを入れてかき混ぜて飲むものだと勘違いされていますが、もっとワイルドなロシアンティーです。

 寒い地方ほど甘党なのか?と思いきや、暑いアラブ人も甘党です。
 今日はアラビア式コーヒーをご馳走になりました。やかんの中に思い切り細かく挽いたコーヒー豆と砂糖をたっぷり入れて煮たコーヒーで、さらに生姜のような香辛料を入れて飲みます。この香辛料が鼻につくのですが、「風邪ひかないよ。」と、健康にも良いのだとか。
 コーヒー豆をろ過しないので、カップの底にコーヒーパウダーがたっぷり残ります。夏、アラブ式のコーヒーを飲んだとき、カップの底に残ったコーヒー豆を地面に捨てたら、蟻が集まって来て程なくなくなってしまいました。大地の肥料になっていることでしょう。

 Кофе и шоколад  コーヒーとチョコレートと言うロシアの流行歌です。

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Principle

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 2月28日からNHKのスペシャルドラマで白州次郎を取り上げるようです。
 学生時代のことですが、白州次郎・正子夫妻とお目にかかったことがあります。いいとこのお坊ちゃまの先輩宅でのことですが、この先輩のお父さんにたびたびアルバイトを紹介してもらっており、このときも面白いアルバイトがあるから紹介すると言われ伺った時でした。
 白州ご夫妻が先客で来ており、先輩に「白州次郎さんと正子夫人です。」と紹介され、「はじめまして、お会いできて光栄です。」と挨拶したものの、その白州さんと言うのがどんな人なのかまったく知らなかったので、この先輩のお父さんの社長仲間か?と、一応丁寧に挨拶しておきました。

 後に、マンガ「栄光なき天才たち」だったと思いますが、このコミックブックで白州次郎を取り上げており、どこかで聞いたことがある名前だなと思い出したものの、”聞くは一生の恥、聞かぬは一時の優越感”心情としているので、まさか先輩に”あのときのご夫婦は・・・”と、聞くのもはばかられました。
 図書館で調べらたら白州氏の写真があり、「あのときのカッコイイじいさんだ!」と気がつきました。

 この先輩が良く口にしていた「Principle」と言う言葉も白州氏の受け売りだったのでしょうが、何しろもとの知識が乏しかったので、30年近くたって気がついた有様でした。GHQ占領下の時代に通産省を設立し、輸出産業で自立する道筋を作り、サンフランシスコ講和条約締結の際に吉田茂首相に同行した人物ですが、知らないということは恐ろしいもので「背の高いでっかいじいさんだな。」と言う記憶しかございません。

 Principle、プリンシプル。原則とか主義などが直訳ですが、お役所マニュアル的な上っ面のことではなく、もっと根底にある「揺るぎないもの」「大儀」のことではなかろうか?と私なりに解釈しています。妥協してもここだけは譲れない一線で、些細なこだわりに使う言葉ではないことは確かです。
 自由に対する責任に近い重みがあると思いますが、腹にいちもつ持っているかいないかは、価値観の違う異国と対峙する中で重要な部分だと思います。

 幕末の志士達など、あっちにくっついたりこっちに寝返ったり、考えも手法も二転三転し一見ぐらついていたように見えますが、根底にあるプリンシプルといえる部分は揺るぎなかったので、あれだけの変革を成し遂げられたのだと思えます。

 小さなこだわりに執着することは、その人の価値を落とすことになりかねませんが、揺るぎない大儀を持つことはその人の人格を計る上でも重要なことですし、これをもたない人に心をゆだねることはままならぬことでしょう。
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不吉な期待

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 来週来日するシリアの社長はエジプト経由で日本に向かうため、今日、シリアを出発しました。
 この夏彼の部下が来日する時、同じエジプト経由で日本に向かったものの、エジプト空港で国際指名手配のテロリストに顔が似ているという理由で拘束され、在エジプト・シリア領事館まで出動する騒ぎになったことがありました。

 出発前にこの社長から電話をもらい、「国際的テロリストに間違われないよう気をつけて。」と言ったら、「私の顔がテロリストなら、アラブ人は皆テロリストの顔になってしまう。」笑っていました。
 その通り、その通りなんだよ。当人は気がついていないかもしれないが、我々から見ると、皆テロリストの顔に見えるんだけれど・・・

 一応イスラム教徒だけれど、日本でウイスキーと焼酎を飲みすぎて肝臓を壊した(一応、本国には働きすぎて体調を崩したことにしたけれど、働きすぎたのは肝臓だけ。飲みすぎて肝臓を壊した見舞いに、みんなからウイスキーをもらっていました。)ラクマン君など、誰がどう見てもテロリストのような風体をしています。ちょっとフォーマルな格好をさせてイタリアの離れ小島にでも連れて行けばマフィアの親分に見える顔つきです。
 特にこの会社のスタッフはそろいもそろってやることは間抜けだけれど人相だけは人一倍悪いので、誰が誤認逮捕されても不思議ではない。
 時差の関係で夜になると出勤してくる日本語対応のスタッフなどほとんどお天道様の下で生活していないので、やせぎすで血の気の失せた顔つきで、メイクアップ無しでアダムズファミリーに出られそうな不健康な風体。今回は3年ぶりに日本に同行してくるようですが、長いフライトの間、彼の体力が持つのだろうか?
 彼らが来日すると聞くと、無事来日させたくない不吉な期待をしています。
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フカヒレ

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 この日曜に行った中国家庭料理の店のマーボー豆腐がおいしかったので、今日、通りがかったついでに食事をしてきました。
 最初は四川省の人なのかな?と思っていましたが、四川の言葉ではなく流暢な北京の言葉に近いイントネーション。でも、北京の言葉とは微妙に違う訛りが感じられました。ニュアンスに妙に聞き覚えのあるイントネーションがあったので、中国東北部の言葉だと感じました。
 ハルビンの西郷ドンは普通話(北京の言葉)を意識して喋りますが、李小姐は黒龍江省の田舎の言葉丸出しなので、いくつかの特徴的な発音があります。李小姐の喋り方と同じだ!と感じたので、「あなたたちは黒龍江省から来たのか?」と聞いたら、ズバリ!「私たちはハルビンから来ました。」
 何でわかったのか聞かれたので、黒龍江省独特の訛りをまねしたら「日本人に気付かれるとは思ってもいなかった」と真っ赤になって恥ずかしがっていました。

 ハルビンの氷雪祭の話題になり、ハルビン人にとってあの氷の芸術は自慢だけれど、寒くて外に出たくないし、入場料を支払って会場の中を見たことがなかと言っていました。日本にきたら温かいかと思ったら、日本も冬は寒いそうです。

 まだ100万がそのデジカメが画期的だった時代に、氷雪祭にデジカメ持って行ったことがありましたが、写真を2枚写したらバッテリーがあがり、ズームが凍り付いて使い物にならなくなってしまったことがありました。

 冬のハルビンからロシアのウラジオストクに行くと、ウラジオストクが暖かく感じます。
 寒い冬空の下で日向ぼっこをする人をよく見かけましたが、氷点下20度までは日向ぼっこをすると温かいけれど、氷点下30度になると日向ぼっこもできないほど寒い。寒いと言うより痛い。
 ダイヤモンドダストもよく見かけましたが、どちらかと言うと大気中の排ガスの塵が凍ったような健康に良くない浮遊物と言う印象がありました。

 今回はフカヒレラーメンなるものを食べました。およそ海とは縁遠いハルビンの料理とは思えませんが、おいしいものについてはあまり気にしません。
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さすらい人

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 この何日か風邪気味でしたが、今日は特にひどく、耳は遠くなるわ、鼻血は出るわでフラフラになりました。インフルエンザでも拾いこんでは大変なので、無理をせずに体を休めようと思いましたが、こういうときに限っていろいろ野暮用が舞い込んでくるものです。野暮用を持ち込む人ほど「無理するなよ。」「体を休めてください。」とありがたい言葉をかけてくれますが、自分が無理をさせていることには気がついていないみたいです。

 無謀みたいに思えますが、こういうときに温泉で風邪を治すのも地域療法?夕方、共同浴場に行って、汗が出るまで腰までお湯に浸かりました。手足の指先までしっかり温まって寝るのが結構効果があります。それも暖房を消した寒い部屋で布団に包まって眠ると意外に効果があるので、世の常識の逆で治しています。


 古い話になりますが、小学校の卒業式も近くなった頃、卒業前にクラスのパーティーをやったことがありました。パーティーと言っても、大きなやかんにインスタントコーヒーを作り、机の上にわずかばかりのお菓子をもらっただけのお祝い事でした。
 このとき、公仕のおじさんが卒業祝いに歌ってくれたのが「ステンカラージン」と「バイカル湖のほとり(さすらい人)」と言う歌でした。それも、ロシア語で歌ってくれました。およそ外国語とは縁のなさそうな人でしたが、戦後シベリアに抑留されていたので、意外にもロシア語が堪能でした。
 バイカル湖という湖の事を聞いたのもこのときが初めてで、海のような大きな湖が、冬には凍ってしまう話には驚かされたものです。後にこの凍結したバイカルに行くことができましたが、そのときにはこの話をしてくれた公仕さんは既に鬼籍に入っていました。

 「バイカル湖のほとり」は映画「シベリア物語」で日本に紹介され、歌声喫茶などで広まったと言われていますが、シベリア抑留者が持ち帰って歌の一つでもあるようです。

 スターリン時代のシベリア開発へのプロパガンダのような映画ですが、個人的にはお気に入りの映画です。
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漢字

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 日本では漢字検定が人気らしく、漢字検定試験を行う団体幹部がお金を横領だか着服した問題が取りざたされていました。
 たまたま知人(日本人)がこの検定に熱をあげていて、書店で問題集などを買ってきて勉強しています。趣味の延長の検定のようにも思えますが、何かしらこういう目的があれば力の入れ方も変わるでしょう。

 漢字の本家中国では一つの漢字に一つの読み方しか持ちませんが、読み方が異なれば別の言語です。
 日本の漢字は読み方が多様です。特に、地名人名の漢字などそのまま読んでよいものか?迷うこともあります。

 ウラジオストクから日本語で書かれた書類の添削を依頼されました。言葉の表現方法を多少直せばよい、おおむね良くできた日本語でしたが、その書類に書かれた取引先の会社の住所がローマ字表記。これを日本語の住所に直すので、ネットで調べながら書き直しました。
 まだローマ字表記の住所を漢字に直すのはたやすいほうで、その逆は地名の呼び方に神経を使うことが多いです。

 そのうち、地名人名検定なんてものができるかもしれません。
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寒波

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 我が家の界隈では昨夜から軽い吹雪でしたが、先週の木曜頃はウラジオストクが猛吹雪に見舞われたようです。
 先週末ウラジオストク事務所に面接に来る予定だった女性会員候補は、今日面接に来ていたようです。
 たまたま電話でこちらが吹雪になっていることを話していたら、その会話が聞こえたのか「日本にも吹雪があるの?」と話している声が聞こえました。たぶん面接に来ていた女性でしょう。「大丈夫、普通の人住んでいる土地には吹雪はない。心配することはない。」と説明する声が、私は普通の人が住まない土地に住んでいるのだろうか?

 ウラジオストク出身のロックバンド、ムーミン・トローリのプロモーションビデオ。

 北からの寒気団もそろそろ終わる季節。これからの季節のウラジオストクは中国からの風が細かな砂を伴って吹くようになります。これはもう日本の黄砂など問題にならない、公害に近い埃で、年々ひどくなっています。
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酔っ払い

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 中川財務大臣が中央銀行総裁会議(G7)の記者会見に酩酊状態だったことが報道番組で話題になっています。
 今の日本にこういう人物がいたのか!と、爽快な思いで見入ってしまいました。元々のん兵衛で有名だった大臣ですから、このくらいのことはやりかねないと思っていましたが、案外、海外受けするかもしれません。

 「海外のメディアもこのことを報道した」とか、「恥ずかしい」とご立派そうにキャスターが申しておりますが、どこの国が批判しているのでしょうか?
 飲酒に厳しいピューリタンの国の国家元首がこんなざまでも何とかなるものです。

 それにしても、風邪薬を飲んだからとか、飲み込んだの飲み込まないだの言い訳がましいことを言っていないで、「飲んでたよ。何が悪い?」「記者会見なんざおまけだよ!」くらいの開き直りがあったほうが面白いと思いますが。
 ナイーブなキャスター達はもしこんな国家元首を持つ国の国民に生れ落ちたら、恥ずかしさのあまり生きていけないのでは?中川大臣のインタビュー画像を見て「この程度ではたいしたことないじゃない。」とかの国の人は申しております。

 なんだかんだと迷走しながらも、今日のロシア連邦の基盤を作ったのはこの酔っ払いで、プーチンが就任する頃には既に経済危機から脱出して金融も安定させていました。

 ユーモアとは人間臭さで、アル中と不倫疑惑、核のボタンを持つ二大国のトップがこんなざまでも、究極の戦争は起きずにすんだのは幸いなのか?こんな人間だから戦争にならなかったのか?
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天使の羽

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 イラン人のアレックス君と高崎市にある中国家庭料理の店に行ったら、メニューに「当店の食材は全て厳選された日本製で、冷凍食材などは一切使用しておりません。」と書かれてありました。それがなんだか妙に面白おかしくて大笑いしてしまいました。

 ワールドカップサッカーのアジア予選の話になりました。日本も厳しいが、イランは1勝3分で上位に韓国と北朝鮮が立ちはだかり、もっと厳しい情勢になっています。この二つとはホームゲームでの試合を残しているので、「何とか勝ち抜いて出場できると思う。」とアレックス君は楽観していますが、どこでどうなるのかわからないのが勝負の世界。

 アレックス君の務める会社の社長はイランのユースの代表選手でしたが、今は日本でフットサルに夢中になっています。年齢も若くないのでフルタイム出場は無理みたいですが、小技が巧みなので、ライバルのブラジル人チームにも注目されているそうです。

 土曜の晩にもブラジルチームとフットサルの試合をしたそうですが、アレックス君は10分程度の出場で、昔の古傷(イラクとの戦争で足を撃ち抜かれている)が痛み出して降板したようです。
 イランの冬も寒いけれど、日本の寒さは古い傷にしみるような寒さです。たぶん湿度の違いなんでしょうが、日本人に神経痛が多いのもわかる気がしますと語っていました。

 かくいう私もこの1ヶ月ほど腰痛と背筋痛に苛まれていますが、この冬は寒くないけれど、無理して体を動かすものだからあちこち痛みます。

 あまり戦争について語りたがらない彼が珍しくそのときの話をしました。アレックス君が戦場で足を撃ちぬかれたとき、仲間の兵士が彼の軍服の襟をつかんで、安全な場所までひっぱて行ってくれたのだそうで、そのとき、必死の形相で彼を引きずる仲間の背中に羽根が生えているように見えたそうです。「私が見たのは、天使の羽だったんでしょうね」と語ってくれました。

 弾丸は骨を避けて貫通したものの、長らく病院で寝たきりの生活をしていたとき、このときたすけてくれた同僚が爆弾に当たり戦死したことを聞かされ、今でもそのことを気に病んでいると言っていました。
 
 フットサルの試合中に足が痛み出してベンチに引き返してから、古傷を憎らしいと思いつつも、このときたすけてくれた仲間のことを思い出し、こうしてフットサルをやっていられるのも彼のおかげだと感謝の気持が生まれてきたそうです。


 最近ロシアで人気のユーリア・サベチェバ。「ナスチャ」と言う題名の歌。ナスチャとはアナスタシアの愛称。そういえば先日埼玉で殺されたロシア女性もアナスタシアでした。

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13日の金曜日

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 13日の金曜日が不吉な日とされるのは。キリストの最後の晩餐の時に13人いたことやキリストが磔になった日が金曜日といわれていることなど諸説ありますが、あまり日本には関係ない?月の最初の1日が日曜日で始まる月には13日が金曜日になります。

 ご近所の組内で年配の奥様が2名入院中なので、13日の金曜日に何をしたかと言うと、地区の評議員の仕事で、組内をまわって見舞金を集め、「9組一同見舞金」と書いた熨斗袋を持って見舞い金を届けました。
 どうやら二人とも風邪が延引になっているようで、インフルエンザが流行っているため要注意です。

 この何年かはインフルエンザにやられずに生きていますが、以前インフルエンザになったときはいづれも3月で、彼岸が過ぎて温かくなってからでした。油断は大敵です。
 私が子供の頃はスペイン風邪とかソ連風邪と言う呼び方のほうが一般的だった気もしますが、晩秋になると学校でインフルエンザの集団予防接種がありました。

 2000年の冬だったと記憶していますが、ロシアでもインフルエンザが流行り、医者の友人は遠方の無医村に近い村に派遣され、雪で閉じ込められ、ヘリコプターで帰ってきたことがありました。確かこの年はインフルエンザで老人が亡くなることが多く、地元新聞のお悔やみ欄が例年になく賑わっていたと記憶しています。

 サトイモをもらったので、インフルエンザ予防のために野菜がたっぷり入ったお切込みを作ろうとうどんを買ってきました。
 お切り込みというのは群馬県名物らしく、有名な山梨のほうとうとほぼおなじ煮込みうどん。ほうとうにはカボチャが入っていますが、お切込みにはあまり用いられません。
 お切り込みに使ううどんはきしめんのように平べったい幅広の麺が使われることが多いのですが、茹でる前の平麺がなかったので、普通のうどんを買ってきて作りました。
 茹でる前の生のうどんには手粉と呼ばれる粉がついていますが、お切り込みはこの状態のうどんを野菜やキノコの入った鍋で煮てしまいます。我が家の界隈ではお切り込みといえばサトイモが入るものですが、平野部に行くとこれがジャガイモになる地域もあります。味噌仕立てや醤油仕立て、塩だけで味付けすることもありますが、野菜のダシだけでも旨いスープになるものです。基本的に冷蔵庫にある野菜の残り物を片っ端から鍋に入れてうどんと一緒に煮て食べるのが私流のお切り込み。
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 子供の頃、囲炉裏にかけられた鉄の鍋でお切込みを煮ていた記憶があります。煮干でダシをとっていたのでしょうが、お切り込みで茹でられて味がついた煮干を食べるのが好きでした。冬の風物詩の一つでしょうか?
 残り物で何か料理を作るのはけっこう楽しいもので、今回のお切り込みに限らず、中華ダシの元と片栗粉で八宝菜を作り中華丼にしたり、どちらかと言うと大雑把な男料理に向いているかもしれません。

 変なところをケチると言うのか?女性は素材をケチって微妙に無駄な残し方をします。このくらい使い切ってしまえばいいのにと思えるような人参の残し方とか、タマネギの残し方など、冷蔵庫の中にラップに包まっているもので、こうした残り野菜など男の決断で炒めてしまえば冷蔵庫の整理にもなると思います。


 夜、地区の評議員会議があり、来年度の役員の承認、新役員への就任の以来など一仕事ありました。
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 会議の後の雑談で、10日のヘリコプター墜落による大停電の話題になりました。幸か不幸か私はこの日は深夜までこちらにいなかったので、停電は経験していなかったのですが、4時間にも及ぶ停電で、ファンヒーターなどの暖房が使えず寒い思いをしたそうです。
 東電の送電線点検のヘリコプターが送電線に接触して墜落し、幸い死者は出なかったようですが、送電線切断による停電は各地に影響を及ぼしました。
 苗場スキー場ではリフトが停まってしまい、リフトの上で何時間も救助を待つ人が出たそうで、夕方からの松任谷由美のコンサートも開催が危ぶまれたそうです。

 停電が長引いた理由は国土交通省の現場検証で、これが終わるまで東電の復旧の工事に国土交通省が待ったをかけていました。復旧工事に取り掛かると1時間もかからず電力供給ができたそうですが、墜落現場近くの病院では手術の最中に停電になり、自家発電でしばらくは持ちこたえたようですが、それも限界に達して、東電が電力供給車を持ってきて手術を終わらせたそうです。
 もしこの手術が不完全で終わることがあれば、その責任はヘリコプター事故の東電になるのだろうか?ライフライン復旧を優先しなかった国土交通省になるのだろうか?責任者の名前は?
 なんてことが話題に上がりました。
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野外コンサート

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 USAのオバマ大統領の登場で、有色人種とホワイトの共棲を唱えたキング牧師について再認識するような報道を、よく見かけるようになりました。日本とは法体制が違うと言っても、こうした人々の市民活動は米国の憲法を改正させたのですから、偉大なムーブメントだったのでしょう。

 こうした報道や特番にテーマソングのように必ず登場するのが「We shall over come」"勝利をわが手に"という邦題で、日本でも安保闘争の学生達がよく歌っていた歌です。私など、学生運動の成れの果てが連合赤軍で、ハイジャックやらテロリストなどと銘打って海外に脱出して暴れた上に、今頃になって日本にもどりたがるような無責任な甘ったれた連中のバックミュージックのようで、何か胡散臭く感じてしまう歌です。

 1969年のウッドストックコンサートでのジョーン・バエズが唄う「We shall over come」

 ヒッピー文化華やかな頃のUSA、この頃から「自然破壊」は錦の御旗になっており、「自然回帰」運動が巻き起こりますが、「本能のままに」自然回帰してしまった若者も少なくなかったようです。
 元ヒッピーだった両親を持つ米国人の友人は「自分たちの自由ばかり優先して、子育てなんか手抜きそのもの。ヒッピーの親を持ったために、私は子供の頃本当に悲しい育ち方をしました。」と親を憎んでさえいるような口調です。反面教師だったのか、およそその親とはかけ離れた伝統的な人生を歩んではいるものの、子供の頃の家庭環境がトラウマになっているようです。自由には責任がつき物です。

 およそ、言論の自由とは程遠いように思われたソビエトにもバルドと呼ばれるシンガーソングライターがいて、ウラジミール・ヴィソツキーやブラート・オクジャワなどの反体制フォークシンガーもいました。ヴィソツキーは早死にしましたが、その死には「暗殺」を疑問視する声もあります。
 オクジャワはパリに亡命して日本に来日したこともありましたが、ソビエトが崩壊し戦う相手がいなくなり、ほどなくしてパリで亡くなりました。

 ロシアの南部では自分の言葉で唄うバルドたちが集まる大規模なコンサートが毎年行われているようですが、極東のウラジオストクは蚊帳の外です。

 ロシア版ヒッピーのたまり場か?と思ったら、もっと大人になっているようです。ヒッピーをやっていけるほど甘くない現実があるのかもしれませんが・・・
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建国・独立

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 あと一歩まで行くのにゴールが遠い。プロポーズの回数は多くも結婚に至らない。オーストラリアとのサッカーを見ていて、いいところまで行くのにゴールが遠かった人生を振り返ってしまいました。
 サッカーもそうですが、絵に書いたような鮮やかなゴールより、”あれ?入っちゃった?”と首をかしげるようなゴールも多いもので、いずれにせよシュートしなければネットを揺らすことはできません。

 ウラジオストクのサッカーチームのルーチ・エネルギナヤはついに一部リーグから陥落。ルーチファンの友人はがっかりしているかと思ったら、「これも人生、また上を目指せばよいだけのこと。」日本人的な感覚では一度落ちたら再び戻れないような絶望感がありますが、浮き沈みを当たり前のように経験してきた人たちは少し違う?

 2月11日は建国記念日。紀元前660年のこの日に神武天皇が即位した日とされています。当然、「そんな神話の建国杵日など認めない」と反対運動をする人たちもいますが、反対しつつもしっかり仕事を休んで反対集会に顔を出している。私なんか別に建国記念日に反対しているわけではありませんが、朝から夜までパキスタンの人たちとコンテナーに20トンもの荷物を積みこむためにみっちり仕事をしてしまいました。
 ちなみにパキスタンの建国記念日は8月14日で、1947年に英国から独立した日だそうです。「日本がイングランドやオランダ相手に戦争してくれたから僕たちは独立国になれた。」と言ってくれるのがせめてもの幸いで、感謝しているならお祈りの回数減らして荷物を運んでくれとお願いしたいです。

 ロシアの独立記念日は6月12日で大規模な軍事パレードが各地で行われます。この日は1991年にソビエトから独立を宣言した日で、”ロシアがソビエトから独立?”ロシアがソビエトそのものだったような思いもしますが、一応ソビエトの悪政から立ち上がった日なんだそうです。
 当然、この独立記念日に反対する人たちもおり、ソビエトの赤い国旗を振りかざして「ソビエト復興」をアピールする共産主義者の年配者の集団のデモもあります。

 世界の多くの国の「建国記念日」は何かしらの国から「独立」した日。あの中国の10月1日の国慶節だって、毛沢東が1949年に独立宣言をした日です。

 日本ではコーラスの定番になっている「ともしび」も元々はソビエト時代に国防をプロパガンダするために作られた一種の軍歌。国を守るために旅立つ青年とその無事を祈る娘の姿を描いた歌です。
 その昔、ピオネール(共産主義者の子供達)だった某ロシア人奥さんは、「何でコムソモリスクでも無い子供達がこんな歌を歌うの?」と、日本の小学生が「ともしび」を唄う姿を見て気にしていましたが、美しいメロディーと叙情的な歌詞は今のロシアでも親しまれています。

 元々は4分の2拍子だったと思いますが、12ビートのリズムでアレンジした「ともしび」。

 日本で浜崎あゆみやアンジェラ・アキが「麦と兵隊」や「若鷲の歌」を流行のリズムとアレンジで唄う姿など想像もつきませんが、「名曲は名曲だから」と多様なアレンジで軍隊の歌も日常に流れているロシアです。
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事件

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 北京で花火が原因の高層ビル火災が発生。
 オーストラリアでは大火災、山火事にもかかわらず100人を越える犠牲者が出ています。
 山火事と言えば1996年にモンゴルで草原の大火災があり、何ヶ月も燃え続けた事がありました。
 乾燥した土地なので簡単に鎮火しないこともあるのでしょうが、これほど大きな火災となっては消化する手段も事を欠きます。

 私も地元で山火事の消火活動を経験したことがありますが、幸い短時間で鎮火させることができました。消防車に使う水にもこと欠くのが山火事で、消火活動はスコップを持って火がこれ以上燃え広がらないように、枯葉などに土をかけて火の道を分断することで、人海戦術した。建物火災など大方の火災には消火のプロの広域消防署で十分ですが、山火事の時は消防団の頭数が威力を発揮します。思い返してみると、消防団時代に活躍したのは野火や山火事、行方不明の捜索くらいのもので、消防署の建物火災など邪魔にならないように離れたところで眺めていたほうが多かった気もします。

 埼玉県でロシア女性が殺され、その容疑者だったパキスタン人が館林市内で逮捕されました。朝、伊勢崎に住むパキスタン人の知人から電話があり、犯人が捕まってほっとしたと話してくれました。同じ国出身とは言え、犯罪者が出ると他の人たちにも迷惑がかかります。この知人は日本人と結婚して3人の子供がおり、こうした事件で子供達にまで白眼視が向けられることを気にしていました。

 モンゴルのウランバートルでは日本語学校の日本人教師をしていた日本女性が、物取りに殺害された事件の報道がありました。

 1999年にウラジオストクで日本女性が殺される事件がありました。領事館に勤務する現地採用の女性だったそうで、中国語通訳のロシア男性と生活していたそうです。犯人は彼女らの友人で、やはり物取り目的だったようです。この日本女性と面しきがあった私の友人はいまだにこの事件のことを気に病んでいます。自分の街で、同じロシア人が犯人であることを恥ずかしく感じているようです。

 異国で不自然な死に方をすることは忍びないもので、こうしたニュースが流れるたびに気を病みます。

 中島みゆきの歌に「エレーン」と言う歌があります。夜の街に生きていたエレーンという外国女性がある日亡くなっていた。でも誰も彼女の事なんかほどなく忘れてしまう。

風にとけていったおまえが残していったものといえば
おそらく誰も着そうにもない
安い生地のドレスが鞄にひとつと

みんなたぶん一晩で忘れたいと思うような悪い噂
どこにもおまえを知っていたと
口に出せない奴らが流す悪口

みんなおまえを忘れて忘れようとして幾月流れて
突然なにも知らぬ子供が
ひき出しの裏からなにかをみつける

それはおまえの生まれた国の金に替えたわずかなあぶく銭
その時 口をきかぬおまえの淋しさが
突然私にも聞こえる

エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい
エレーン その答を誰もが知ってるから 誰も問えない

流れてくる噂はどれもみんな本当のことかもしれない
おまえは たちの悪い女で
死んでいって良かった奴かもしれない

けれどどんな噂より
けれどおまえのどんなつくり笑いより、私は
笑わずにいられない淋しさだけは真実だったと思う

今夜雨は冷たい
行く先もなしにおまえがいつまでも
灯りの暖かに点ったにぎやかな窓を
ひとつずつ のぞいてる

今夜雨は冷たい

エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい
エレーン その答を誰もが知ってるから 誰も問えない
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腰痛

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 年明けの引越しの手伝いの後遺症なのか?このところ朝起きると腰が痛くて、ストレッチをしてから動くようにしています。力仕事をすると、筋肉がつく前に筋肉痛になるのも歳のせいなんでしょうか?若かりし頃は一晩たてば疲れが取れていたものが、一晩ごとに疲れが増す今日この頃。

 日本人は「肩がこる」と言う表現をよく用いますが、ロシア人は「背中」です。実際マッサージしてやると肩の筋肉がパンパンに張っているにもかかわらず、「背中の筋肉が疲れている」と当人は表現します。

 人類は脳みそが大きくなり、頭の重量を受け止めるため二足歩行をすることで首の負担を軽減させたと、進化の理由の一つにあげられていますが、日本人は猫背が多いから首の負担も大きく肩がこるのだろうか?

 腰痛と言えば、昨年、セルゲイ君が腰痛に苛まれて中国人の整体師のところへ何回か通いました。ロシア人でも腰痛になるのだなと傍観していましたが、自分の身にも同じ症状が出始めたので、整体にでも行ってみようか?と考えています。
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ミャンマー

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 東京から来たミャンマー人と知り合いました。日本女性と結婚して日本在住10年以上になる人ですが、一見、少し日焼けした日本の農村のおじさんのような風体です。注意してみないと外国人だとわからないかもしれません。

 タイ国境に近い地方の出身らしいのですが、日本で勉強したことを故郷で役立てようと思ったら、いつのまにか日本に永住することになってしまったそうです。「ボクはミャンマーの水島上等兵です。」と冗談を言っていましたが、水島上等兵とは「ビルマの竪琴」の主役で、第二次大戦後日本に帰国せず僧侶となってミャンマーに残った男性です。
 上座部仏教のビルマの僧侶は楽器演奏を禁止されているので、あの物語で僧侶となった水島上等兵が竪琴を奏でるのはおかしい場面。

 実はこの水島上等兵のモデルとなった人物がおり、我が家から20kmほどの昭和村の雲昌寺と言うお寺の元住職で中村一雄と言う人物です。昨年末に亡くなられました。
 武者一雄と言うペンネームでビルマを舞台にした「ビルマの耳飾」、「ビルマの星空」と言う本を出しています。
 小学生の時に直接戦争の話を聞く機会がありました。まだこの頃はミャンマーではなくビルマと呼ばれていた時代でした。

 ビルマの竪琴は別の作者ですが、このモデルとなった人物だったことを知ったのは随分後の事でしたが、このときの戦争の話しで出てきた「インパール作戦」についても、30歳過ぎてから”聞いたことがある名前だけどどんな軍事行動だったのだろう?”と思い起こして調べるきっかけになりました。
 子供でしたからこのときの公演では戦争の勇ましい話を期待していたのですが、仲間が上や病に次々倒れていく話や、敵から逃げ回る話ばかりで、正直期待はずれだったのですが、その意味がわかるまで何十年もかかってしまいました。

 このミャンマー人も中村一雄さんのことを知っており、「ミャンマーに学校を寄贈してくれた立派な人物です。」と尊敬しているようです。
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悪税

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 ニュースを見ていると大手企業や銀行の赤字決算の報道が目に付きます。赤字で法人税が入らなくなると、消費税値上げ論に熱が入るような気がします。
 赤字決算で自社株が下落することを恐れていた企業が、不況ムードに便乗して赤字決算を出しているような気もしなくはないのですが、国の税収に大きな影響が出ることは必至で、そのしわ寄せは市民に来る?

 エリツィン時代にその場しのぎのメチャクチャな税制を確立したロシアでは、まともに税金を換算すると売り上げより高額になると言われており、ちょっとした会社では必ずこの分野に詳しい計理担当を雇っています。
 ロシアのメチャクチャな課税はピョートル大帝までさかのぼることができ、あの有名な「ピョートル大帝の髭切り」も、税収不足から都市住民の髭に課税をしたエピソードです。でも、地方農村住民の髭には課税しなかったようです。
 
 最近、日本の若者もだらしなく髭を伸ばしている者が多いので、髭税やニットの帽子税、ズボンをずり下げた尻出しルック税などだらしな系に課税するのもいいかも?

 夜、コンビニに行ったらスノーボード帰りと思われる若い衆が店の中にたむろしていて、通路をふさいでおしゃべりしている者や、延々雑誌の立ち読みをしている者や、店の前の地べたににぺたりと座っておでんを食べているジベタリアン、エンジンも止めずカーステレオの音が外に響いている自動車など、目障り、迷惑この上ないマナーの悪さ。
 「自由」と「勝手」を取り違えた連中からは、罰金よりも税金取ったほうがよさそうだな?なんて事を考えました。
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ドームラ

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 バイオリンの演奏で聴くことが多いモンティのチャルダッシュ。
 左側のおばさんが鬼のような曲弾きを見せるのは、ドームラと呼ばれるバラライカより小ぶりで丸い胴体を持つ楽器です。

 チャルダッシュはジプシーの定番音楽のように思われますが、作曲したモンティはイタリア人です。元々チャルダッシュはマンドリン演奏のために作られた曲と聞いたことがありますが、マンドリンは4コースに2本の弦が張られた8弦の楽器、ドームラは3本弦の楽器。ドームラはマンドリンよりも太く甘い音がします。
 
 ロシアの民族楽器ではバラライカが有名ですが、アンサンブルでは主要なメロディーラインをドームラが受け持つことも多いです。
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Wonderful Tonight

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 暦の上では春になりました。
 夜、ストーブの灯油を買いにスタンドに出かけたら、軽トラに乗った怪しい中年カップルに出くわしました。”なんでこういうタイミングで出くわすのだろう?”と、嘆かわしくなる同級生のカップルで、知っている人なら”ダンススクールの帰りなんだな”とわかりますが、知らない人が見たらびっくりするでしょう。
 タキシードを着たおじさんと、コートの下にドレスを着たおばさんが乗ったスバルの軽トラに乗って、夜10時ごろにガソリンスタンドに出現する。まあ。農村地帯ですからそれもありかな?とも思いますが、”見られたくないだろうな?”と思い、気がつかないフリをしていたら、向こうから声をかけられてしまいました。
 ”やあ、久し振り!”とやっと気がついたフリをしました。

 ダンスクラブのパーティーに行ってきたそうで、愛車のレガシーワゴンは車検中で、軽トラでお出かけしてきたようです。「向こうで着替えたかったけど、軽トラに二人乗ると着替え外の荷台に置くわけにもいかねえしなぁ。そんなこってこのまま出かけたってわけよ。葬式のいでたちには見えないだろう?」

 この友人、数年前に食後にタンゴを踊ったらアキレス腱を切ってしまった悲惨な経験をしているにもかかわらず、以前にもまして熱が入っているようです。若かりし頃はおよそ社交ダンスなんてモダーンなことをするような男ではなかったのですが、人生どこで花開くかわかりません。

 「昔、エリッククラプトンの”Wonderful Tonight”聴いたとき、かっこいいと思ったんだ。あの歌のようになりたいって。この歳になって、ようやくそれっぽいことができているのかな?と思ってはいるんだ。かっこいいだろう!」  
 と、悦に入っていましたが、”ダンディーでいけてると思うよ” それにしても軽トラが・・・。

 昔の青年団ならジルバの一つも踊れたものの、こうした文化からしばらく遠ざかっていた日本にもこういう時代が訪れたか?と感心しております。

 ロシアでも学校でダンスパーティーなどがあるようで、壁の花だった某ロシア人奥さんはいまだにそのことを根に持っています。ただ単にお前さんの性格のなせる業ではなかったのか?と問いたくもなりますが。
 
 そういえば、今年はクラプトンがジェフ・ベックとジョイントで来日するようで、聴きに行きたいけどチャンスがあるかどうか?

日が暮れかかった頃 彼女はまだ
どんな服を着るべきか 迷っていた
お化粧をして 長いブロンドの髪を梳かして

そして彼女は聞いたんだ 私 綺麗に見えるかしらって
僕は 綺麗だよ、と答えた 今日の君は とても素敵だって

僕らがパーティーに行くと みんなが 振り返って見るんだ
この美しい 彼女のことを 僕と一緒に歩き回る 彼女のことを

そして彼女は 僕に尋ねたんだ パーティーは楽しいかしらって
僕は答えたよ とっても素敵な夜になったねって

本当にに素敵な夜だった だって君の瞳には 愛の光が宿っていたし
でも ちょっと不思議なのは 君が気づいていないこと
僕がどんなに 君のことを愛しているか

もう 家に帰らなければならない時間だ
僕はちょっと頭痛がした だから 彼女に車の鍵を渡した
彼女はベッドまで 僕を連れて行ってくれて
その時僕は言ったんだ 部屋の明かりを消しながら

僕はこう言ったんだ
ねえ 君は今夜 とても素敵だったよって
本当に 今夜の君は とても素敵だった
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老け込んではいられない

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 昨日の浅間の小噴火。こちらでは何の影響もありませんでしたが、高崎方面に出向いたら火山灰を被った自動車を見かけました。
 日本ではこんな意埃をかぶったベンツは珍しいけれど、ウラジオストクに行くと珍しくありません。これからの季節中国からの黄砂の影響もあり、自動車が埃と泥で真っ白になります。
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 火山灰がまだ俟っていたのか?心持ち空気も埃っぽく感じました。
 それにしても、ネコの間の抜けた行動は面白いもので、たぶん自動車のボンネットの上に飛び乗ったのでしょうが、滑って腹をついたような後がありました。
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 節分は季節の変わる前の日、翌日は立春で暦の上では春になります。季節は春夏秋冬と四つあるので、実は節分も四回ありますが、特に祝い事をするのは冬から春への変わり目だけです。昔は四季の変わり目の節分も祝ったようですが、そんな悠長な時代でもありません。

 そういえば、先月末に同級生にあったら「娘が厄年なので節分にお寺で厄除けのお札でももらってこようと思っている。」と、およそ若かりし頃の炎のロックンローラーだとは思えないことを言い出したのでびっくりしました。

 「それにしても人様の子供が育つのは早いもんだね。ついこの間まで高校生だと思っていたら、もう32歳か?」と皮肉ると、「まだ高校生だよ!女はかぞえ19で厄年があるんだ。だいたい、あれが32になったら俺たち何歳になると思ってんだ。」 言われて見るとそのとおりで、32-19はおよそ13なので、我々もだいたい13歳年を食っていることになる。好ましいことではない。

老け込んでいられない友の活躍。

 昨年、役場が中心になって新治村史の本を発刊する予定で、私も予約しておいたのですが、昨年末に”年明けになる”と回覧板が届き、年が明けたのにまだ届かないので、教育委員会に電話をしたら”年度末までには出来上がると思います”。

  3月には”年内に”なんて事になるのでは?と、いやな予想を立てていますが、中学、高校の同級生の見城悌治君(千葉大の歴史学の助教授)が編集に携わっているので、楽しみにしています。

 思想と経済についての歴史の目線から研究をしているようで、昨年末渋沢栄一についての本を上梓しています。渋沢栄一に興味ある人は是非読んでください。2625円もしますが。

 渋沢栄一が築いた日本の銀行が、USAの金融破たんのあおりでぐらついた時に、皮肉なタイミングで発刊された本です。

 見城君は二宮尊徳の「報徳思想」についての論文も発表しており、私が別のアングルから二宮尊徳を調べていて、同級生の論文に出くわした時は嬉しかったです。

 それにしても学者ってどうして物事を堅苦しく難しく考える(表現する)のだろうか?それを面白おかしく噛み砕いて下世話にしてしまうのが私の悪い性分ですが、どちらにしても行き着く先は「自己満足」?
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 お次は高校の同級生の須田郡司君が昨年末に発刊した「日本 石巡礼」。

 世界各地の巨石を巡ってさまよっている写真家で、今回はエッセイの本を出しました。

 たぶん当人は意識していないだろうけど、石の民俗学者とすれば世界でも稀有な存在になると思います。そこは語り部、わかりやすく紹介しています。  

 須田君はワゴン車に寝泊りしながら日本中を飛び回って公演や写真展を開いて放浪しています。およそ今日の彼の生活を予想できないほど、高校時代は真面目で堅実な人物でしたが、興味深い生活をしています。

 3年ほど前のメルマガでは唐津で愛車(たぶんデリカだと思う)の中で寝ようとしていたら、不審な群馬ナンバーの自動車が停まっていると警察官に職務質問されたエピソードを紹介していました。

 私の場合、冬になると石仏を探ったり、畑の傍らに捨てられている石ころから石器を見つけたり、要は金のかからない道楽を楽しんでいますが、なぜ冬か?と言われると、雑草が枯れて探しやすいからで、休耕中の冬季の田畑ならうろうろしていても農作物泥棒と疑われる事も少ないから。

 石にこめられた古の人たちの思いを探るのも、時空を越えての駆け引きがあるようで面白いです。

 石ー竹ー紙ーフロッピーーディスクーメモリースティック。近年記録媒体がやたら増えたので何が新しいのかよくわかりませんが、記録しやすいほど記録が消えやすいものです。これだけ書き込まれたHPだって、停電一発どこかにすっ飛んでしまうのですから、脆いものです現代文明。
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愛你一萬年

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 浅間山が小規模な噴火をし、その火山灰が千葉県あたりまで飛来したようです。幸いなことに我が家の界隈は風向きが違ったので火山灰は飛んできませんでしたが、これが飛来する世厄介です。冬ですから刃物の農産物は少ないものの、キャベツなどは葉と葉の間に火山灰が入り込んで食べ物にならなくなってしまいます。自動車もうっかり火山灰を落とそうものなら塗装に傷がついてしまいます。

 昨日の明け方、茨城方面で震度4規模の地震があったようで、テレビのニュースをその報道を見ながら、「このところ細かに地震が来ているからプレートが圧縮されて、浅間が爆発でもするんではないか?」などと不吉なことを言ってしまい、ありがたくない予想が当たってしまいました。
 新潟の地震の前にも浅間が大噴火したっけ、と、また不吉なことを思い出しています。

 昭和61年だったと思いますが、86年末に大島の三原山が大噴火した時は東京に住んでおり、昼間は大学、夜中から築地の市場でバイトをしていた頃で、築地から海の向こうに火柱が立ち上がっている光景を目にしました。東京は大丈夫なんだろうか?と考えて不安になったのは、この山奥なら最悪山に行けば水はもとより何かしら食べられるものが見つかりますが、都会には人間の手を加えられた施設や物しかないから、自力で行きぬくことが難しい。なんて事を考えたものです。


 話は変わり、中国の旧正月もひと段落し、そろそろまともな生活に戻るはずです。日中カップの知人から電話がありました。今月中頃に奥さんの弟さんの結婚式があり訪中するようです。奥さんとお子さんは既に向こうで旧正月を迎えて、そのまま滞在しているようですが、このご亭主「弟の結婚式では(時の過ぎ行くままに)を日本語で歌ってやる」と画策しています。
 沢田研二が歌った「時の過ぎ行くままに」は中国では「愛你一萬年(1万年愛して)」と言う題で、結婚式の定番。この歌が日本の歌だと知っている人は少ないけど、誰でも知っている歌で、マレーシアやタイの中国系の人たちにも親しまれている歌です。日本のオリジナルとは歌詞の意味も違います。
 字幕スーパーの歌詞を見ればなんとなく意味がわかるかと思います。
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逐電

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 「逐電」 逃げてトンズラすること、もしくは、早足で疾走する事などの意味を持っている言葉で、時代劇には前者の意味で良く出てきます。
 私の個人的印象では「かけおち」に近い印象を持ってしまっています。

 温泉街に住んでいたころなので、4歳くらいの頃だと思いますが、寿司屋のオヤジさんが「色女を作って逐電した。」と言う話題が巷をにぎわしました。「色女」「逐電」この言葉がインプットされたのがこのまだ幼い頃で、セットで記憶されています。

 この寿司屋のおかみさんというのが、それはもう写楽の浮世絵に出てくるような巨大ないかつい顔したおばさんで、しかも、性格もきつい。子供心に近づきがたいこわもてで、なるほど亭主も逃げ出したくなるわな、と今になって思い返しています。

 逐電したオヤジさんは、温泉芸者か旅館のなかいさんと逃げたと記憶していますが、北海道あたりに逃げたと記憶しています。温泉街の男達情報もにはどこに逃げたかうすうす知られていたようですが、そこは武士の情けで皆口をつぐんでいたのでしょう。
 そのオヤジさんも、これ以上逃げていてもみなに迷惑をかかると、一度戻ってきて近所に挨拶をしてから再び北海道に戻りましたが、その挨拶に来た時のことはうろ覚えに覚えています。父が餞別を渡して「新天地でがんばってくれ」と言うような励ましをして、後で、母が「馬鹿じゃないの?何であんな男の肩をもつんだ!」と怒っていた記憶があります。男の目線、女の目線、同情するポイントも違います。

 逃げた亭主がその後どうなったかは知りませんが、今にして思えば、すごい人間模様を目の当たりにしていたのかもしれません。

 ヘンリー・マンシーニの音楽が気に入って見に行ったイタリア映画「ひまわり」は、マルチェロ・マストロヤンニ演じるアントニオがソビエトとの戦争で負傷して、彼を助けたマーシャ(ソビエトの有名な女優リュドミラ・サベリーエヴァ)と所帯を持ってモスクワ郊外で生活していた。
 イタリアにいた頃のアントニオの妻ジョバンニ(ソフィア・ローレン)は夫の詩を信じられないまま生きてきたが、夫がソビエトで生きていることを知って、モスクワまで夫を探しに行く。やがて、夫がモスクワで別の家庭を持って幸せに生活していることを知り、夫の姿を一目見たとき、そのまま電車に飛び乗ってイタリアにかえってしまう。

 このストーリーを見ながら幼少の頃の「逐電」事件を思い出しましたが、あのオバちゃんとソフィア・ローレンがあまりに似通っていなかったので、へんな記憶に邪魔されることなく感動できた映画でした。もしソフィア・ローレンではなく丹下清子だったら?間違いなく幼少の記憶に振り回されたでしょう。だいたい、痴情のもつれの「逐電」と、戦争に引き裂かれた夫婦ではレベルが違うとも思いますが・・・

 当時としては困難と言われたソビエトロケを成功させた映画ですが、延々と広がるひまわり畑はスペインあたりで撮影されたようです。
 ひまわり畑はいわゆる無名戦士の墓で、この下に無数のロシア兵が眠っていると映画の中で出てきました。

 戦争映画というと敵方味方に分ける映画が多い中で、この映画ではいわゆる「敵」とみなせる「悪」がいません。イタリア側から見ても、ソビエト側から見ても、戦争の悲しさしか見えない作りになっていて、唯一の「敵」は「戦争」そのもの。
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