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夏時間

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 今週から夏時間になったロシア。ウラジオストクとの時差はプラス2時間。日本が1時ならウラジオストクは3時です。
 世界的に見れば、ほぼ時差など無いに等しいのですが、この1時間の時差は思う以上に大きく感じます。

 今朝、向こうの友人から電話がありましたが、彼にすれば出勤前の8時少し前に電話をよこしたのでしょうが、日本時間は6時少し前。何事か?と電話を受けてから、サマータイムになったのかと実感しました。

 日照時間を有効に使えることは、生活の上で1時間時間が進むことは大きなもので、緯度が高い地域なので夏なら10時近くまで外が明るいため、帰宅後もこの日照時間を有効に使えます。

 戦後、日本でも欧米にならってサマータイムの導入を検討したことがあったそうですが、緯度が低いのでそれほどの効果はないと導入は見送られたようです。
 実際、生活をしていく上で、年2回の時間の交代は厄介ですし、トラブルの要員にもなりかねないのでサマータイムなどなくても良いと思いますし、朝が1日早くなった分余計に働かされるのが「日本の労働の実態」のような気がしてなりません。

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病院

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 昨日、父から電話があり、「体が妙な痙攣をする」とろれつも良く回らない状態だったので、脳梗塞の前触れか?脳の血管に血栓でもつまったか?、と脳神経外科に連れて行きました。以前、軽度の脳梗塞を患ったことがあるので、日ごろから気をつけていたようですが、この何日か冬のような寒さになったのが体調をおかしくしたようです。

 一晩寝たらだいぶ調子が戻っていたので、「病院など行かなくても大丈夫」とごねていましたが、せっかくだからこういうと気に見てもらえと半ば強引に病院に連れて行きました。

 病院に向かう車中で父が「この歳だから何を言われようが覚悟できているから、もし、大病だといわれても隠さずに話してくれ。下手に隠されて後のことを残すより、はっきり言ってもらったほうがありがたい。」と話しながら行きました。

 以前父が倒れた時、私が病院に呼び出され医師から説明を受けましたが、たいしたことなく通院で治療という説明でした。覚悟して出かけたのに、ほっとするやら拍子抜けするやらでしたが、今回も当人がこれだけ喋れて、体も動いているので、たいしたことはなかろうと楽観視していました。

 MRIで見てもらったら、何箇所か危ない箇所が見つかったものの、入院するような問題でもなく、気をつけながら日常生活をおくることで病と共存?

 30年も遡れば、手足が震えたり、言葉が喋れなくなる老人がどこにでもいて、中気・中風などと呼ばれていました。今で言うなら脳卒中の後遺症なんでしょうが、最近はこうしたお年寄りを見ることも少なくなりました。私の祖父も晩年は左手と足が不自由になり、喋ることもままならない状態になりましたが、自分もやがてこうなると子供の頃に思ったものでした。

 当時は脳卒中が日本人の死因の第一位でしたが、塩分取りすぎが良く取りざたされていました。海から遠い内陸山間地では、漬物などが塩分を摂取する重要な食品でしたが、確かにしょっぱい漬物が多かった気がします。また、肉体労働が主でしたから多少余計に塩分も必要でしたので、塩分節制には疑問視する意見も多かったと思います。
 何より、暖房も貧弱で、隙間風吹く寒い家屋が多かったので、冬にトイレで倒れたという話をよく聞いたものでした。食生活や住環境の変化が脳卒中を大きく減らしたと思えます。

 かつては脳卒中で倒れた時は動かさないほうがいいと、救急車も搬送しないケースがありましたが、今では脳の血栓など3時間以内なら薬で取り去ることができるようです。

 寒さの厳しいロシアやハルビンでも脳卒中や心臓の病気は多く、食べ物も脂っぽいものが多く、食生活改善が課題になっているようです。
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七色仮面

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 50年も前のテレビ番組。「七色仮面」
 七色仮面の正体は千葉進一だったんですね。

 それにしても、コブラ仮面はじめ悪の組織の風体も怪しければ、正義の味方「七色仮面」も不気味な風体です。
 主題歌で歌われているように正義の味方は「おじさん」だったのが、我々おじさんたちには嬉しいです。

 およそ今の時代なら絶対受け入れられそうもない「アラーの使者」なんてドラマもあったんですね。アラーの使者と言っても、自爆テロをやらかすわけでもありません。
 頭にインドのシーク教徒のようなターバン巻いて、どこがアラーなんだ?

 ウラジオストクでも話題になった「ALWAYS 三丁目の夕日」の時代の子供たちは、こんなマンガに夢中になったんですね。
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高速道路

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 今日から期間限定で土日祭日に限り、ETC搭載車は高速道路を1000円で乗り放題。その影響で出かける人が多かったのか?一般道も混雑していました。

 高速道路といえば、結婚前に、初めて来日した彼女を迎えに新潟空港に行き、高速道を使って帰ってきた時「道路を走るのに料金が必要なの?」と驚かれたことがありました。
 ディズニーランドに行った時など、何回も料金所を通らなければならなかったので、「まるで自分の街の外に出るなと言っているようだ。」と言われたことがあります。
 当時、ロシアにはまだ自動車専用の高速道路はなかったと思いますし、有料道路の概念もなかったようです。

 ソビエト時代は政府の管轄区の変わるところや、市や町の境に検問所があり、通過するたびにチェックされたことがありました。
 ロシア人(ソビエト市民)は「国内パスポート」と呼ばれる身分証明書を持っており、これをチェックされていました。

 この時代、軍港ウラジオストクは外国人の立ち入り禁止でしたし、ソビエト市民でさえ簡単に入ることを許されない、私たち外国人はその名を口にすることもできない閉鎖都市でした。
 今でも空港から市内に入ると検問所があります。通常ならその建物や遮断機を眺めながら通り抜けますが、何か事件や要人が来た時など、ここで足止めされて身分証明書などを確認されます。
 自分の居住区の外に出ることが難しかったのは彼女らのほうですが、それは政治的やお役所的な問題で、日本の場合経済的に負担が大きく難しいといえるでしょう。

 今回の1000円乗り放題も、せっかくの高速道路値下げへの布石となる政策なので、大切に有効に活用して期間限定などではなく恒久的になるべく利用してもらいたいものです。
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フラクトゥール

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 寒の戻りというのか?雪が舞う中、新潟県の長岡に行ってきました。生活の拠点をドイツに移す日独カップルのお手伝い。

 日本人の奥さんにとってはドイツ語がしゃべれないことが気になるようで、「ロシア人の奥さんはどのくらいで日本語を習得しますか?」「向こうにドイツ語を学べる学校があるといいのだけど。」と心配の様子。

 ”習うより慣れろ”が一番の回答だと思います。人付き合いが上手というのか、人と会うことが好きな人は言葉の習得も早いものです。家の中に閉じこもっていては言葉はもとより習慣などもわからないものです。

 臆することなく積極的に人の輪の中に入る込むことこそ、その国の言葉や人を取り込む一番の近道だと思います。最初の一年くらいは一週間ごとに成長を感じるほど身についていくものです。ロシア語の文法も厄介だけど、ドイツ語の文法も難解です。

 今では世界的な新聞フランクフルター・アルゲマイネの表紙くらいしか見ることができなくなった「Fraktur(ヒゲ文字)」などと呼ばれる飾りがついた文字。面白いエピソードがあったそうです。
 日本の役所に提出する書類に「ヘボン式文字で記載」とあったのを、「ヘボン式」が何のことわからなかったために勘違いし、”あのドイツのガリガリした文字で書くのかな?”と、夫にヒゲ文字で書かせたそうです。ドイツ人だから書けるだろうと思っていたら、ヒトラーの時代に廃止されたそんな古式ゆかしい文字など知る由もなく、インターネットで調べて役所の書類に書き込んだのだそうです。「何で日本ではこんな文字を使うのだろう?そうか!かつて同盟国だった関係か?」と思いながら書き込んだそうです。
 ガリガリトゲトゲした文字で書かれた書類を提出された役所の担当者は、唖然と口をあけてしばらく動かなくなり、申し訳なさそうに「あの〜、ヘボン式というのはぁ〜」と日本語の50音をローマ字表記した一覧を持ってきて、「こういう表記で書き込んでいただければよいのですがぁ〜」

 19世紀にジェームス・ヘボンが日本語の音をローマ字に当てはめて作った表記法で、例えば「タチツテト」なら「ta,chi,tsu.te,to」と表記する、決まりごとのようなもの。「ヘボン式文字」とあったのが誤解を招いたのでしょう。「表記」のほうがわかりやすかったと思います。

 ちなみにヘボン式の「ヘボン」は「Hepburn」。オードリー・ヘップバーンと同じ姓です。当時の日本人の耳には「ヘボン」と聞こえたのでしょうね。確かに、ヘップバーンよりヘボンのほうが音は近いと思います。

 「役所で赤っ恥をかいたけど、もうヘボン式表記は間違わない。」と奥さんは申していましたが、こうやって間違えながら何事もおぼえていくで、赤っ恥をおそれずに積極的に生活の和の中でドイツ語を身につけて欲しいです。
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もう一つの・・・

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 アラ・プガチョバの大ヒット曲「百万本のバラ」の日本語訳は日本でもいくつかありますが、加藤登紀子さんの訳詞が一番原曲に近いと思っていますし、叙事的で私の好みの歌詞です。

 伊東ゆかりさんが歌う「百万本のバラ」はまた別の訳詞になっています。歌声喫茶ともしびで聴いた歌詞とも違い、お初にお目にかかる訳詞です。

 バイオリンの川井郁子さんはテレビでよくお目にかかるのでご存知の方も多いと思います。何で彼女はいつも口をあけたまま演奏するのだろう?とテレビ映像を見ながら思うのですが、ポルタメントを効かせた濃い演奏は私の好みです。
 ピアノはインドネシア人の血を引くジャズピアニストのフェビアン・レザ・パネ さん。長谷川きよしさんのバックで演奏することも多く、大好きなピアニストの一人です。
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浮気?

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 4月も間近なのに雪が降りました。寒い一日でした。
 ウラジオストクのスライドショー。

 タレントの藤原紀香さんが離婚したそうで、テレビでは彼女がアフリカから帰国した光景を映し出していました。離婚の理由は夫の浮気だそうですが、もっと別のところに本音があるのではなかろうか?それにしても、あれだけの美女と結婚していながら浮気なんかするものだろうか?と考えると、「情」の問題なんでしょうね。

 「自分の仕事を優先して我侭だから夫に浮気されるのよ。」と女性が女性を見る目は厳しいです。ロシアでも売れっ子の女優や歌手が結婚してもほどなく離婚するケースは多く、ないがしろにされた夫が浮気や家庭内暴力に走るケースも多いようです。

 日中カップルのとある中国人奥さんはこの報道を見ながら「あの女だってなにをしているやら?一番怪しい顔つきだ。」まるで”妲己のごとく”と言わんばかり。歴史的に美女が国家を混乱に巻き込んできた国だけに厳しい目線。
 
 「夫の浮気」はロシアの家庭でも問題になるケースが多く、どこの奥様も夫の監視は怠っていません。生活が安定する、余裕ができる、飲む・打つ・買うに走るのは男の悪癖?
 
 日露カップルに限らず、日中カップルもその傾向が見られますが、男性が知り合いの女性と話をするときは要注意で、奥様の厳しい視線が背後から刺すように光っています。
 最初の1年くらいは、特に日本人同士で話していると言葉が良くわからないこともあってナーバスになるようです。スーパーのレジのオバちゃんと二言三言話をしていたら「なにを話していたの?」「どういう関係?」「怒らないから正直に話して!」そんなにもてるようでしたらあなたに出会う前に結婚しているといいたいです。

 株や投資の勧誘の電話が女性の声だったがために家庭争議になったカップルもいました。電話勧誘など知らない社会から来たので、こういうビジネスがあることもなかなか理解されない。なぜ見ず知らずの女性が電話をかけてくるのか?あなたが電話番号を教えたからでしょう!最初は「困ったものだ」と笑いながら応対していても、なかなか理解してくれないので追い詰められていらだってしまいます。

 会社を休むために電話をしたら女性事務員が出て、そばで聞き耳を立てていた奥様が「本当に会社なの?」「彼女と会う約束をしていたんじゃないの?」夫の浮気は妻の管理不足の概念があるにしても、猜疑心もここまでくればビョーキです。

 2−3年もすれば野放しになることでしょうが、監視の目は常に光っているので「解放」とまでは行かず、共産主義下の管理社会を体験できます。
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WBC

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 野球のWBC日韓の決勝すごかったですね。ゲームセットの瞬間を野球のことは全然わからないというパキスタン人と一緒に見ていましたが、「素晴らしいですね。僕たちアジアが世界の1番と2番でしょう。僕たち本当は強いんですよ。」と嬉しそうでした。
 「ダルビッシュはイラン人のお父さんを持つけど、僕たちに近い国でしょう。きっと近い未来、僕たちパキスタンの親を持つ子供が世界で活躍してくれると思うよ。本当に今日は嬉しいですよ。」と興奮していました。

 パキスタンはかつては大英帝国に踏みにじられ、第二次大戦後のアジア諸国独立後もインドをはさんで西パキスタン、東パキスタン(現在のバングラデシュ)と分断国家を経験してきた国です。

 野球は世界的にはマイナーなスポーツですが、頂点をアジアの二ヶ国で争った意義は大きいと思います。
 アジアでは日韓、台湾、中国の野球ですが、これから他の国々も力が入って、日本がアジアを勝ち抜くことも難しくなる時代が来るかもしれません。

 考えてみれば、サッカー発祥の国は英国ですが、英国がワールドカップを手にしたことはないと記憶しています。柔道だって日本がメダルに届くことさえ難しくなりました。グロ−バル化することはこういうものですが、そういう意味ではUSAが勝てない野球もグローバル化したということなんでしょうか?
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名古屋

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 名古屋方面に行ってきました。風が強い一日で、ビルが妙な風の動きを作るので、外を歩くのも大変でした。

 中東方面と取引をしている友人の会社を尋ねたら、ドバイの支店に異動になっていました。海外ローミングで電話がつながると言うので、午後連絡を取ってみました。電話の回線状態が悪いのか?音が途切れ途切れだったり、突然切れてかけなおしたり、他の中東諸国波の電話状態でした。

 一頃騒がれたドバイのバブル崩壊も落ち着いてきたようで、この2月頃から市場も動き出しているようです。

 名古屋にはモスクワと取引をしている友人がいるので、こちらを訪ねて行ったら、モスクワはバブル崩壊真っ只中でまったく動きがないとぼやいていました。
 昨年の今頃は日本のホテルを買いたいという絵に描いたような成金ロシア人を連れてきて振り回されて苦労していましたが、その成金も破産したのか、どこかに雲隠れしてしまったそうです。

 シベリア横断新幹線を作ろうと私はかねてから言い続けているのですが、誰も相手にしてくれません。寒気や積雪の影響を受けないようにそのほとんどをトンネルにして、原油やガスのパイプラインもそこに通せば良いと考えているのですが、この成金は面白いアイデアだと気にいってくれたそうです。
 なかなか見所のある成金だと思っていましたが、成金の典型的な転落をしてしまったようです。
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 河合塾。名古屋発祥の受験産業。駿台、Z会、河合塾。この名前を聞くといまだに受験時代のつら〜い気持がよみがえってきます。
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 昼飯を食べる店を探しに駅前をフラフラ徘徊しましたが、オフィスビルばかりでこれといった食べ物屋さんが見当たらない。地価は下がっているとは言え、と駅前で食堂経営は土地代にあわないのだろうか?
 日本的というのか、日本のすごさというのか、中層ビルの谷間に忽然と出現する神社。存在感が内容で実に重厚な存在感を示しています。
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 駅前近くの一等地にキリスト教の教会。その手前にはお寺。この取り合わせが面白いと思うのですが・・・
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 以前から乗ってみたかった名鉄の電車に乗ってきました。
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ロシア移民

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 最近、仕事で関わるようになったニュージーランド人のオレグさん。フルネームからウクライナ人かロシア人だとわかっていましたが、ロシア語でメールを送ったら「なぜロシア人だとわかったのだ?」向こうも驚いたようでした。
 事情を説明すると、それまでの、ロシア人特有の猜疑心の塊のようなやり取りが一変しました。

 ”Kimiaki sama  I am from Russia  I hope you love your wife, because I believe that the best and the most beautiful women in the world are from Russia, Ukraine and Poland. Maybe just
a few from Scandinavia... Arigatou gozaimasu. Yoroshiku o negai shimasu.”

 メールの後、ニュージーランドから電話がかかってきて、ソビエト崩壊まもない90年代にロシアを出てオーストラリアで働いていたことや、その後、ニュージーランドに移り住んだこと、家族を呼び寄せるために苦労したことなど話してくれました。秩序があり自由がある。これが彼がニュージーランドを選んだ理由です。
 原油高でロシアが好景気に沸いたとき、ロシアに帰った仲間たちもいたようでしたが、彼は「こんなまやかしの景気などほどなく崩壊する」と見向きもしなかったそうです。昨年の秋からニュージーランドも為替レートがガタガタになって、貿易を生業とする彼の仕事も大変な時期ですが、「私がロシアを捨てた時代はもっとひどかった。驚くほどのことではない。」
 二度とロシアに戻る気持ちはないそうですが、まさか日本人とロシアを通じて関わりが持てるとは予想もしていなかったようで、心情を理解してもらえる人と出会えて嬉しいと喜んでいました。
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環境問題?

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 暑い寒いも彼岸まで。例年のことですが、今年も春分の日はあまり天気が良くありません。黄砂まじりの赤い雪が降るのも今頃の季節です。

 花粉症に悩む知人はこのシーズンになると外に出るのがつらいようですが、スギ花粉のみならず、スギの後に出てくる桧の花粉、オーチャードなどイネ科の草のアレルゲンも持っているそうです。そのため、花粉症のシーズンが長く、秋分の日が来るころまで花粉アレルギーにいじめられます。

 リンゴや桃などのバラ科の植物や、白樺の花粉、メロンの花粉などの花粉症もあるのだそうで、こうなってくると植林のみならず、農業もガーデニングや庭木まで花粉対策の対象になってしまいます。
 セイタカアワダチソウなど虫が花粉を運ぶタイプで、通常は空気中に漂流しないものですが、群生すると風に乗って大気中に花粉が舞うのだそうです。

 植物の整体バランスの問題なのか?人間のほうがおかしくなったのか?その両方だと思いますが、環境ホルモンやダイオキシンなどの有害物質が植物や動物に何かしら影響しているのでしょうか?

 谷川岳の一ノ倉沢に続く道を歩いたとき、道路が真っ青になるほどブナの花粉が敷き詰められていました。ブナの花粉は粒子が大きいから花粉症の対象にならないと言われますが、これだって量が増えればどんな影響が出てくるかわかりません。
 西のほうに環境汚染大国があり、その汚染物質が黄砂に混じってやってくれば、植物や動物にどんな影響が出るのか気になります。

 畜産を生業としている友人が、最近家畜のオスの精子の数が減ってきている、と言ってました。良い遺伝子を残すために人工的に交配し続けた影響なのか?環境ホルモンの影響なのか?人間にも同様の傾向が出ているはずです。

 むしろ電磁波が原因だと言う説もあります。風や人によって運ばれるダイオキシンなどの物質と違い、送電線や携帯電話、世界のあらゆるところに人工的に発せられた電磁波は拡散しています。宗派帯によっては電子レンジにも使えるのですから、どんな影響を持つのかわかったものではありません。

 かつてソビエトの科学者が電磁波を使った楽器を発明しました。テルミンと呼ばれる機械で、微弱な電磁波を発生するアンテナに手をかざすことで、その距離で音程を変化させる楽器です。
 その不安定な音程はウルトラQなど怪奇映画やテレビ番組でよく用いられていました。

 昔から欲しいおもちゃで高くて手が出ませんでしたが、昨年、テルミンが付属についている雑誌が発売されて、早速それを買ってきて組み立てて遊びましたが、演奏どころかまともに音程もつかめない有様のまま今に至っています。最近、飽きてきたのか?「電磁波は体に良くない」とほったらかしにしています。

 テルミンを演奏するネコもいるんですね。私と同レベルの演奏能力を持っています。電磁波の影響で進化したのかな?


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雲洞庵

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 新潟方面に出かけたので、帰りに塩沢の雲洞庵に立ち寄ってきました。夕方だったの既に参拝時間は過ぎていましたが、何回も着ているので中のことはよく知っています。
 上杉景勝や直江兼続が幼少の頃このお寺で修行したことはNHKドラマ「天地人」でよく知られるようになりました。
 「雲洞庵の土踏んだか」「関興庵の味噌なめたか」。曹洞宗の雲洞庵、臨済宗の関興庵この二つのお寺で修行しなければ禅を会得したとはいえないといわれた名刹の一つです。
 雲洞庵には杉の大木が立ち並んでいますが、これらは上杉が越後を離れ会津から米沢に移ってから植えられたもので、直江兼続の時代にはなかったといわれています。

 このお寺から坂戸城が見えたといわれていますが、昔、坂戸城跡に行ったことがあります。歩いていくには大変な山の上にありました。
 
 そういえば、直江兼続らが子供の頃、NHKのドラマでは農民の子供を捕まえて説教する場面が出てきましたが、当時の武士など半分以上農業で食いつないでいる、半農半武士みたいなもので、それほど身分差などなかったのではなかろうか?
 丘陵で働く専属の戦闘員としての武士を作り出したのは織田信長と言われていますから、直江兼続の時代にはまだ武士と百姓の身分さなど、偉そうに説教するほどの格差ではなかったはずです。
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 天地人に出てくる「上田衆」と呼ばれる勇猛な武士の集団はこの辺り一帯の人たちです。
 上田衆の末裔も時ならぬ「天地人」ブームで、あちこちに「毘」「龍」ならぬ「天地人」「直江兼続」ののぼり旗が立ち並んでいます。
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 ノボシビルスクのアレクサンドル氏の奥さんから、日本の梅酒を寝酒に飲むと体が温まり、この冬は気持ちよく過ごせたとメールがきました。アルコールが入っているのだから体も暖かくなると思いますが、それでも嬉しいメールでした。

 昨年の秋に35度の焼酎で漬けた自家製の梅酒を土産に持たせたのですが、ノボシビリスクにたどり着く前にアレクサンドル氏が飲み干してしまうだろうと思っていたら、真面目に自宅に届けたようです。
 梅酒作りに興味を持っているようで、ロシアでも中国製の梅を手に入れることはできると思いますが、「絶対日本の梅」なんだそうで、日本の梅を向こうに持っていく方法など模索してみたいと思っています。

 今年は少し余分に梅酒を造ってみようかと、梅の木の枝の選定をしました。まだこれから寒波が来る可能性があるので、今梅の花が咲くと気がかりですが、このところ暖かい日が続いているので花が咲きそうになってきました。

 日ごろアルコールを飲まないのでロシア土産のウォッカがたまっていたので、昨年の夏、ウォッカ版の梅酒を漬けました。氷砂糖をたっぷり入れて甘口に仕立てましたが、アルコールの度数が強すぎて私には飲みやすくない梅酒になってしまいました。

 ところが、ウォッカの本家ロシア人は「これは美味い!」と平然と飲み干します。梅酒に不可欠な梅の実も強いウォッカにさらされてシワシワになっていますが、喜んで食べています。
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民族の十字路?

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 東京に行くので洗車して、ワックス崖をしてピカピカに磨いた愛車で出かけました。
 東京はこれだけの大都市でありながら、豊富に森がある世界でも珍しいメトロポリタンだと思いますが、森の住人はホームレスと呼ばれる人たちです。

 変な鳥が飛び交っているなとよく見ればインコの集団で、たぶんペットに飼っていた鳥が逃げ出したのか、無責任な飼い主が捨てたのか?それが大繁殖して群れを成していました。
 からすならゴミをあさって生き抜いていけるでしょうが、インコがなにを食って生きているのか?気にすると、「餌をやる人がいるんだよ。これもまた無責任だと思うけど。」

 思い出してみると昭和の末期に目黒の東京工業大学に行った時にもインコの集団を見ました。およそ日本の借景に馴染まない派手な緑色で目立っていました。このキャンパスをねぐらにしているようで、今回私がインコの集団を見かけ場所からもそう遠くない場所です。

 用が終わり、自動車に戻るとせっかく磨いてきた愛車が鳥のウンコにまみれていました。愛車の上に電線が通っており、その電線に鳥が一列にとまっていました。

 どうも愛鳥家とは利害関係がかみ合いそうもない腹立たしさがこみ上げてきて、後部座席に積んであった洗車用のブラシを電線めがけて放り投げると、慌てて鳥たちが飛び去りましたが、そのドサクサにさらに脱糞して飛び去りました。

 「ソグディアナってご存知ですか?」と聞かれ、以前、シルクロード関連の本で読んだことがあり、今のウズベキスタンあたりに花開いたソグド人の土地のことだと思ったら、ウズベキスタンの女性歌手の名前でした。

 日本人から見て彼女は美女ですか?と聞かれて、もちろん美しいですよと答えたら、「アジア人に見えますか?ヨーロッパの人に見えますか?」
 中央アジアの顔つきと言えばそう見えますし、、中国のウイグル人にも見えますし、ロシア人にも同じような顔つきはいますし、ペルシャ人にも見えますし、日露カップルの子供のようにも見えますし、う〜ん民族の十字路だ。
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猟師

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 狩猟を趣味とする先輩とその仲間が以前からロシアに狩りに行きたいと言っていましたが、いよいよ本気になったようで、次の冬を目指して準備を始めています。
 鉄砲は人を撃つ道具だから有事の時意外は絶対手にしないのが私の流儀なので、人を撃つにしても、鹿を撃つにしても必要ない殺生ですから聞き流していましたが、「何とかしろ」とかねがね言われていました。

 ロシアの私の友人でガイドと通訳ができる者がいるので、連絡を取ってみたら中国のスイフンヘイに買い物に行っており留守でした。
 この冬の猟期は既に終わっていますが、週末になると仲間と鹿を獲りに行っていたようで、その副収入で買い物に出かけたようです。買い物と言っても鹿の皮はもちろん、角やチンチンなどを向こうの怪しい漢方薬問屋に売るのも目的らしく、いわば猟師。

 ウラジオストクは元々毛皮貿易の拠点として発展下街ですが、日露戦争前後、ソビエト成立頃まで、日本からも毛皮目当ての猟師が極東やシベリアに出稼ぎに行く猟師も少なくなかったようです。

 日ソ合作映画「オーロラの下で」もシベリアに出稼ぎ猟師に行った秋田のマタギが主役で、最後はそのままロシアに住み着いてしまう結末です。
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 せっかくだから、日本から狩猟に行ってそのまま向こうに住み着いてしまえば心温まることになるだろうと言うと、「誰かさんみたいにロシアの嫁さんでもいれば向こうに棲みつくのもわかるけど、恐い女房が待っている日本に帰らなければならない身の上さ。まあ、ロシアの嫁さんも強そうだから、どこにも楽園なんてないと思うけど・・・」
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プラタナス

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 プラタナスと言う木をはじめて知ったのは東京の街路樹でした。北山修さんの歌詞でフォークソングの定番の「風」に出てくる♪プラタナスの枯葉まう冬の道で プラタナスの散る音にふりかえる♪は有名なフレーズですが、どんな樹木だったのかなんてまったく気にしていませんでした。

 アルバイトで街路樹の枯葉の掃除をした時、キザキザした実をつける厄介な街路樹があったので、なんと言う木だ?と聞いたら、これが有名なプラタナスと言われてその樹木に対する見え方が変わってきました。

 この実が修験者の衣装につける篠掛けに似ていることから鈴懸の木とも呼ばれています。

 戦時下の昭和17年、佐伯孝夫の歌詞にハワイ出身の日系人灰田晴彦が作曲弟の灰田勝彦が歌ってヒットした「鈴懸の径」と言う歌があります。
 戦時中によくまぁこんな甘い歌が許されたものだと思いますが、当局の思惑とは裏腹に大ヒットしたのだそうです。

 昭和30年代に、元は3拍子のリズムを4ビートのジャズのリズムに乗せて、クラリネット奏者の鈴木章治が演奏してジャズの名曲として「The Platunus Road」と言う名で世界的に有名になりました。私もジャズのほうから知った曲で、ピーナツ・ハッコーと鈴木章治のダブルクラリネットでのレコードを持っています。

 立教大学出身の知人からこの曲の歌詞の舞台は立教大学だと伺いました。歌碑もあるそうです。皮肉にも、この歌が作られた翌年の昭和18年から学徒出陣が始まります。

 シャボンダマ・ホリデーで鈴木章治さんと、クレージーキャッツの安田伸さんのダブルクラリネットでの貴重な演奏映像。お二人とも90年代半ばに亡くなっています。

  友と語らん
  鈴懸の径
  通いなれたる
  学校の街

  やさしの小鈴
  葉かげに鳴れば
  夢はかえるよ
  鈴懸の径
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ホワイトデー

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 ホワイトデーは日本発祥で、バレンタインデーのお返しに男性からキャンディーやマシュマロを送るという、日本の菓子業界が考案した販売作戦。
 スーパーに行くとお菓子のコーナーにホワイトデー商品が並んでいて気分を憂鬱にさせてくれますが、義理チョコに対する義理ホワイトデーのお返しも手痛い出費です。

 十数年前の話になりますが、お見合いをして女性にホワイトデーの贈り物(ガラス工芸の小物入れ)を持って行ったことがありました。とても喜んでもらえたのは嬉しかったのですが、「おいくらでしたか?高かったでしょう。」物事をお金の価値に換算しないと価値観がわからない人(家庭)だったようで、”これが現実なんだよな”と、さびしかった思いがあります。

 韓国にも日本からホワイトデーが伝わっているようですが、以前、韓国人の友人に聞いた話では、韓国では毎月14日にブラックデーやローズデーなど恋愛に関する”都市伝説”のようなイベントがあり、カレーライスを食べたり、黒い服を着るなど、若者が14日を楽しんでいるようです。

 旧社会主義国では3月8日を「女性の日」とする国が多く見受けられますが、1904年のこの日ニューヨークで婦人参政権を要求するデモをきっかけに「国際婦人デー」と呼ばれています。
 ソビエトではこの女性の日のテーゼを「女性解放」を謳っていましたが、どういうことから女性を解放するのかと問えば、「家事労働からの解放」だったそうです。

 イタリアではこの日に女性同士でミモザの花束を贈る習慣があるそうです。
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 なにを勘違いしたか、数年前までミモザをオジギソウのことと思っていたので、イタリアは変な物を交換する習慣があるものだと不思議に思っていました。ミモザがアカシアの一種の花と知った時、なんだ、普通じゃないかと興味が失せてしまいました。
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ETC割引

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 高速道路のETC割引。今月末から土日祭日は距離に関係なく1000円になります。ETC導入にも助成金が出ると言うので申し込みが殺到しているようです。

 知人がETC取り付けにカー用品店に行ったら、売り切れで来週まで待ってくれと、待たされています。一頃よりガソリンも安くなったこともあって、休日を利用してどこかへ出かける計画を立てているようです。

 昭和のオイルショックでガソリンが高騰した時代、日曜はガソリンスタンドが休みになる御触れが出たことがありました。モータリゼーションなどと呼ばれ、ようやく自家用車が普及してきた時代で、自家用車で休日のドライブが広まってきた時代でした。
 我が家の界隈などこの休日のガソリンスタンドの休みは影響が大きく、観光客が激減しました。

 エネルギー節減のためにテレビも深夜放送がなくなるなど、国を挙げて「省エネ」に耐えていた時代でした。

 この原油高に日本の需要を見込んで原油採掘の増産をしたのがソビエトです。ところが、日本国民が省エネで石油使用料を極力抑えて耐え忍んだため、ソビエトの目論みは空振りに終わり、原油増産への設備投資などの資金が改修できなくなり、この投機ミスがソビエト崩壊への道を切り開いたと経済学を専門とするロシアの友人は申しております。

 今回の原油高には時代の波に乗ったロシアですが、バブル崩壊に陥っています。2年前にはバレル55ドルを越えると原油バブルだと懸念していましたが、55ドルどころか先物で140ドルなんてバカな相場になった時期もありました。原油相場は昨日で45ドル前後です。

 高速道路の割引が内需拡大への起爆剤になってくれることを期待していますが、道路が混雑して土日は出かけられないなんてことにならないよう願ってもいます。
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あやしいリズム

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 月曜日、岩手日帰り強行軍の車中で、シリアの社長がCDで延々とエンドレスでアラブのポップスを流し続けてくれました。
 アラビア語のラップや、アラビアンロックなど、こんな物が存在したのか!と、珍しいこともあってはじめは面白く聴いていましたが、往復12時間以上聴き続けているとさすがに嫌気が差してきます。

 サッカー日本代表がアラブ諸国と試合をするときに延々と流れ続けている太鼓のリズム。あのリズムが基本で、独特のこぶしのまわし方。素直に伝統音楽にすればよいのに、これにシンセサイザーやエレキギターが加わって、現代風になっているわけなんでしょう。
 居眠りはしないまでも、三半規管が麻痺し、記憶が吹っ飛ぶような怪しいメロディーと不可思議なリズム。運転していて”いつのまにかここまできていた”と、たびたび記憶が飛んでいました。

 後遺症と言うべきか?帰ってきてもまだ耳に残っているようで、夜寝ていて、あのリズムとあのノラリとしたメロディーラインが聞こえた気がして目が覚めます。
 目を覚ましてから何があったのか記憶をたどり、つまり夢の中であの音楽を思い出したのだろうと、もう一度眠りにつきますが、朝起きるとなんとなく疲れたけだるさがあります。

 最近のロシアンポップスにアラブ風のメロディーラインやリズムを取り入れた音楽は多く見受けられますが、泥臭さを取り除いているので、聴きやすいと思います。
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近況

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 「ルーブル安のおかげでこの冬はさっぱりですよ。」とぼやくのは、ロシアからのスキーツアーを取り扱っている東京の旅行会社の担当者。
 昨年の冬はロシア人観光客の通訳が足らず、「誰か通訳やってくれる奥さんはいないですかねぇ。」と奔走していましたが、今年はまったく逆で四苦八苦しているようです。

 こういうときに関税を上げるものですから、買い物ツアーで日本に来る人も激減し、富山で中古車販売をするパキスタン人も苦労しているようです。

 飛行機の航空券代も、ルーブルに対してユーロが強くなっているので、年末年始の高い価格のままあまり変化がなく、国外へ出かけるのもままなりません。
 日本では少ないけれど、タイやインドネシアなどロシア人が長期休暇を過ごしに来る国では、観光収入に少なからず影響が出ていることでしょう。

 ウラジオストクの友人が言うには「お金を持っている人は影響を受けているけど、私たちは元々持っていないから為替相場など関係ない。ただ、物価が高くなって困っています。」

 ロシアの家庭が郊外に持っているダーチャと言う家庭菜園。このところ花などを作る家庭が多かったのですが、今年はジャガイモなどの農作物を作る家庭が増えることでしょう。 
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引退

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 ウラジオストクと富山の間を運行していたヤク40が引退し、エアバスの飛行機に代替わりしたようです。これで富山便も少しは快適になると思いますが、サービスなんてものは期待しないほうが良いのがロシアの航空会社。

 ヤクの正式名称はヤコブレフ。40は40人乗りですが、日本へ就航する飛行機は20人乗りに改造されています。

 乗降口は機体の後部が開いて階段が出てくる仕組みで、近距離を飛ぶプロペラ機などによく見られる構造です。

 日本から行くときには新潟空港が多いので154人乗りのツポレフばかり乗っていましたが、ハルビンや牡丹江から乗った時は、このヤク40でした。中国便は日本便と違い40人たっぷり乗せて、これでもかと荷物を積み込んで過酷に使われていました。現在はハルビン便もツポレフ154になっています。
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花巻

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 中古部品を買い付けに来たシリアの社長を連れて、岩手県の花泉に行ってきました。往復950km日帰りの強行軍でした。

 畜産のお役所仕事をやっていたころに研修で花泉には何回か行ったことがあり、黒毛和牛に力を入れている土地でした。和牛は専門外だったんですが、なぜか東北方面は私が行く機会が多かったです。
 そのころ岩手の前沢牛が注目された頃で、要は、県や地域をあげて牛肉のブランド化に力を入れていたかどうかの問題でした。前沢牛も基本的には島根系の母牛に、但馬系と呼ばれる兵庫県の牛を父親持つ系統で、我が家の界隈でも多く見受けられるかけ合わせでした。

 私の住む村は群馬県のみならず日本でも屈指の和牛の子牛の産地だったのですが、統一された系統の規格、育成や肥育方法を持たず、農家がそれぞれの思惑で系統を掛け合わせていたので、肥育農家から見ればよい牛を安く買い叩ける草刈場のようになっていました。

 誰かが音頭を取ってブランド化をしていれば、今頃随分違っていたと思いますが、これもまた神の見えざる手?若かったこともありますが、「君子危うきに近寄らず」と諦めていた保身第一のお偉いさんに歯がゆい思いがしていたものです。

 農家もとりあえず食うに困らず成り立っていたので、新たな冒険をする気もなかったのでしょうが、時代や価値観の変革時にしばしば成功体験が足を引っ張るものです。

 今回は福岡、神戸、長野、富山、新潟と各地を飛び回ってきたシリアの社長ですが、東北方面に来るのは初めて。寒くないのか?雪はあるのか?と気にしていました。

 私の車にはGPS付のレーダー探知機がついていますが、高速道路で取締りをやっているポイントに来ると警告が出ます。同じように他の自動車も速度を落とすので、当初は何のことかわからなかったようです。
 ようやく速度取締りの探知機だとわかると、この製品はドバイで使えないか?と聞いてきました。ドバイは各地に速度取締りのレーダー探知機が張り巡らされていて、これは売れるのではないか?と感じたようです。
 あざといな、商売人だなと感心しましたが、私が以前使っていた古い探知機を土産に持たせて使えるかどうか実験してもらうことにしました。
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アザーン

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 朝7時半ごろ、朝飯にトーストを食べていたら携帯に着信がありました。電話に出ると「あんた誰?」と電話をかけてきた人から問われました。
 勝手に電話をかけてきていきなりあんた誰?と聞かれても、それはこちらの台詞で「あんたこそ誰?」と問い返したいところですが、聞き覚えのある声に、この人ならやりかねないキャラクター。何度か通訳や翻訳の仕事を頼まれたことがある70歳を過ぎた社長さん。

 名を名乗ると、「よう!久し振りだね。日曜のこんな時間に仕事に出ているとは燃えてるね。立派だね。」と誉められたものの、別に仕事に出ているわけではなく、自宅で朝飯食べながら電話に出ているだけです。
 「用件はね。息子に電話して、私に連絡を入れるように伝えてくれ。じゃあね。」

 携帯を持ってはいるものの使い方が良くわからないので、着信暦や携帯の電話帳のリストから適当に選んで電話して、その人経由で用件を伝えてもらうようです。稀に私のような部外者にかかってしまうみたいですが、事情を知らなければなにがなんだかわかりません。

 幸いなことにこの人の息子さん(専務)の名刺に携帯の番号が入っていたので、電話をして言伝を伝えると「ご迷惑おかけして申し訳ありません」と恐縮していました。

 液晶の文字が小さくて名前が見えなかったんでしょうというと、「画面の名前なんか全然見ていないんですよ。電話帳に入力しているのは会社の関係者だけですから、これで事足りるんですね。稀にまぐれで当人にあたることもあるんですが、今日みたいに会社の外に人にかかってしまうこともよくありますね。朝からお騒がせしてしまいました。」

 なるほど、携帯電話にもこういう使いこなし方もあったのか?電話のみならず人まで使ってしまうとはさすが経営者!と勉強になりました。

 午後、シリア人のアパートに行ったら、「い〜し や〜きいも〜」と石焼芋の販売車の声がしました。
 「アザーン。サラート!」と私がからかうと、こちらの生活が長いスタッフ達は笑い転げていましたが、社長は「近くにモスクがあるのか?」と落ち着きません。

 アザーンはイスラムの礼拝のことで、サラートはその呼びかけ、召集の合図で、キリスト教なら教会の鐘、ユダヤ教ならラッパ。イスラムは人の声です。

 こちら本家のサラート。

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花粉

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 高崎に行ったら「今日は随分花粉が多く飛び交っているね。」と、駐車場に停めてあった黒っぽい自動車を指差されました。よく見てみると、花粉と思われる青っぽい粉が車体を覆っていました。
 今まで天気予報の花粉情報を他人事のように見ていましたが、およそ杉林もない街にこれほど降り積もっているとは、問題になるのもうなづけました。
 幸い、まだ花粉症にならずに生活していますが、ある日突然アレルギー症状が出ることもあるようです。油断はできません。

 スギ花粉症に苛まれているイラン人の知人がいますが、花粉が多い日に出かける時にはマスクとゴーグルのようなメガネをし、花粉が付着しにくいようにと表面が滑らかななめし皮のジャンバーなどを身につけて出かけます。
 その姿たるや誰がどう見ても銀行強盗かテロリストにしか見えない怪しい風体です。

 彼の説では、当初は奥さんとお子さんが花粉症になり「日本人は繊細でか弱いからかわいそうだなぁ」と同情していたそうですが、ある年、突然自分も花粉症になってしまったようです。仲間から「文明人になったのか?」とからかわれたそうです。

 彼の説では日本に在住のパキスタン人やインドネシア人にも花粉症で悩んでいる人がいるようで、いろいろ情報交換をしているようです。花粉症と言っても、必ずしもアレルゲンが杉ではないので、日本人なら「病院でみてもらったら?」ですむところが、外国人の場合それもままならないのが現状です。
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無責任?

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 「日本の指導者はまた変わるのですか?なんでこんなにすぐに変わるのですか?」と、日本在住の中国人に聞かれました。
 
 今回問題になっているのは民主党の小沢氏で、すぐに総理大臣が変わるような状況ではありませんが、国の指導者が死ななければ変わらないような国の人から見れば、なんとも地に足が着いていないように見えるのかもしれませんね。

 それでも日本国民はしっかりしているから大丈夫なんですけど、本来指導者と呼ばれる人たちが先行きを指し示すこともできず、世の流れに追従しているかのごとき頼りなさ、無責任さを感じます。

 一応USAから「テロ支援国家」に指定されているシリア。昨年の4月には隣国イスラエルからミサイルが飛んできていますが、ミサイルを撃ち込んだほうはテロ支援国家になっていない。なんとも理不尽な話です。

 そのテロ支援国家からきたシリア人の社長は、週明けから名古屋、長野、富山、神戸と飛び回って商品買い付けをしています。今日は群馬に来ると言うので夕方会う約束をしていたら、急遽福岡に飛んだようです。

 巨大市場都市ドバイのバブル崩壊で商品が供給過剰で値崩れしていましたが、4月には在庫がなくなり相場が上がると読んでいる様で、日本に買い付けに来ているのですが、今まで取引していた工場が規模縮小で生産が少なくなっていたり、既に閉鎖している工場もあったようで、新しい取引先を探しに情報を聞いては飛び回っています。
 テロ支援国家の影響もあって、シリアから直接日本の銀行に国際送金することができないので、ドバイの取引先を通じて日本へ商品代金を送金する方法をとっているようですが、「日本の銀行は安定しているのに、なんで自分の判断で送金を受けることができないのだ?」と不満を持っているようです。

 自分の頭で考えて、判断して行動する。日本人の苦手な分野だと思いますが、こうしたことができる人に無責任で我が強いだけの「傲慢」な人が少なくないので、どうもバランスが良くない。
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三丁目の夕日

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 「ALWAYS・三丁目の夕日」がウラジオストクでも上映されたようで、「あなたが子供の頃の日本の様子がわかりました。」と向こうの友人からメールが来ました。厳密に言えばこの時代背景よりも私のほうが若いのですが、まあ、だいたいこんなものでした。

 映画の時代背景は昭和33−34年の時代だったと思いますが、オート三輪のトラックが印象的な映画でした。この時代、フルシチョフのソビエトは華やかな時代で、市民が自家用車を持つ時代になっていました。スターリンの圧政を経験してきた年配の人が言うには「一番幸せだった時代」だったようで、ほどなくブレジネフがそのフルシチョフを押しのけて、社会主義は世界的に勢力を広げるようになりますが、市民は次第に自由を奪われていきます。

 ソビエト映画「Москва Слезам Не Верит(モスクワは涙を信じない)」の物語の最初の部分は1958年、つまり昭和33年。時代的に「三丁目の夕日」と近い物があります。

 外国から戻ってきて「日本の夜は明るいなぁ」と感じます。街灯がたくさんついているからです。
 昭和30年代から40年代初めの日本の夜と言えば、裸電球の街灯がポツリと思っている程度で、これがまた妙に明るく感じたものです。90年代に北京に行った時に道路わきの露店が灯すアセチレンの明かりが妙にまばゆく懐かしく感じました。ネオンの光や、有鉛ガソリンの臭いが、子供の頃東京の街中で見た明りや香りそして活気に似ていて、タイムスリップしたような思いがしたものです。

 自分が生きてリアルタイムで見てきた時代はそんなに変化していないように感じていましたが、その時代の一部分を切り取って見ると、随分変化していたことに気がつきます。
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美人谷

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 1982年だったと思いますが、中国四川省(といっても、ほとんどチベット)のミニヤコンガ(7556m)と言う山で千葉の市川の山岳会が遭難事故を起こし、行方不明の遭難者を残したまま日本に引き上げたら、山菜取りの現地の人が動けなくなって生きている松田宏也さんを発見したニュースが世間をにぎわしたことがありました。「ミニヤコンガ奇跡の生還」という本になっています。

 1985年の秋だったと思いますが、秩父の山荘でこの松田宏也さんに出会ったことがありました。松田さんは凍傷で手足を失ったものの、まだ山登りを続けていて、山荘の食堂であの事故のことを話していました。
 このとき、松田さんは特別仕様のシビックに乗っており、指がなくても運転できるようハンドルに特殊なグリップがついていました。自分で自動車を運転して秩父まで来ていました。

 このとき、ミニヤコンガの近くに「美人谷」と呼ばれる美人ばかり住むチベット族の村があると聞き、そんなありがたい村が本当にあるのなら是非とも行って見たいものだと思いました。
 陶淵明の桃源郷の世界です。美人ばかりの村があってもおかしくない?

 このとき私と一緒に秩父の山に来ていた当時独身だった先輩など「美人がたくさんいる村なら結婚を前提に登山に行ってもいい。」とえらく乗り気でした。
 彼の理想としては、山で遭難して美人村の美しい女性に五体満足のまま救出されて、できればそこは一夫多妻で、あくせくあわただしい日本ではチベットの山で英雄的な遭難死したことにして、自分はひっそり美女達に囲まれ一生を過ごす。とかなり具体的な登山(後の)計画を立てていました。

 桃源郷=ユートピア。ユートピアの語源はウトポス。存在しない場所なんだそうです。

 ところが、「美人谷」は実在したようで、この村から出現したチベット族の歌手Alan(阿蘭)。映画「レッド・クリフ」で主題歌を歌った女性歌手です。

 そういえば、ロシアに嫁をもらいに行く時、カーステレオから「いい日旅立ち」が流れていたっけ。日本のどこにも私を待っている人なんかいなかったじゃないか、と独り言を言いながら海を渡ったんです。
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RUS号

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 日月とNHKスペシャルで揺れるロシアをテーマにドキュメンタリー番組が放送されていました。この経済不況の影響をロシアも受けているわけですが、「90年代にもっとひどい目にあっているから問題ない。」「お金持ちはいろいろ影響があるのだろうけど、元々貧しかった市民は影響が小さい」と番組を見ながらロシア人が皮肉っていました。
 ただ、物価が高くなったことだけは現実で、90年代のインフレの時は物価が高くなっても給料も上がり、結果的にその悪循環で自国の通貨で商品の値段を提示できない悲惨な状態になりましたが、今回は物価が上がっても給料は上がらないので、「何も買えない。」

 ウラジオストクからライプツィッヒまでランドクルーザーに乗って帰国するドイツ人の友人がいよいよ動き始めました。4月後半に日本から出発する予定ですが、書類の準備や関連する法律の情報集めをしています。

 富山から一応客船のRUS号に人と自動車を積み込んで出発する計画ですが、そのRUS号がなくなるという噂が流れています。
 その原因はこの不況プラス輸入関税の大幅値上げで日本に自動車を買いに来るロシア人が少なくなったことで、中古車の運搬がメインでついでに人も乗せるような客船だけに、荷物が少なくなることは死活問題です。

 今までのパターンですと半年もすれば税金問題は落ち着き、人々もまた動き出しますが、RUS号運行中止も噂だけで終わってくれないと困るのは里帰りする人たち。大量の荷物を持って帰るので、飛行機ではとてもまかないきれません。
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酒の話題

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 日曜にウラジオストクに帰国したバイヤーに私が漬けた梅酒をお土産に持たせました。液体なので手荷物預けになるため、プラスチック製の3.6リットルのボトルに入れてもたせました。
 今日、夕食の食前酒に使ったら、奥様が喜んでくれたそうで、今度日本に行ったらまた土産にくださいと頼まれました。

 私が子供の頃に祖父が植えた梅でなんと言う種類なのかわかりませんが、南高梅より肉厚の実がなります。これを氷砂糖と35度の焼酎で漬けて2年寝かした梅酒でした。

 先週末、ウラジオストクの友人との住むアパートの下の階に住む18歳の少年が、ウォッカの一気飲みをして急性アルコール中毒になり、救急車で病院に担ぎ込まれる事件があったそうです。
 ロシア人でも急性アルコール中毒になるのか?とのんきに眺めているのも失礼ですが、若い頃は飲み方を知らないので無茶をやりたがります。

 日本で一頃一気飲みというのが流行りましたが、私が学生時代にはまだ一気飲みはあまり見かけませんでした。だいたい、貧しくて一気飲みなどもったいなくてできない連中ばかりでしたから、もう少し飲みたいなぁと言うところでお開きと言うパターンでした。
 学生時代からアルコールはほとんど飲まなかったので、同じ会費払って一気飲みされては面白くありません。

 20歳の頃、居酒屋でアルバイトをしたときに急性アルコール中毒でぶっ倒れた女性がいました。救急車を呼んで病院に運んでもらいましたが、初めて見た光景だったので、とんでもない女性がいるものだとあきれたものです。一緒にいた男達も下心あってのことなんでしょうが、度が過ぎたようです。このとき始めて「一気!一気!」の掛け声を聞きました。

 役所勤めをするようになってようやく一気が自分の身の回りに流行りだしましたが、元々、人と酒を飲むのが好きではない上、当時の役所の飲み会など出入り業者の袖の下の罪を平等に背負うための飲み会だったので、誰が行くものか!と意地になって参加を拒否していました。
 酔っ払って橋の欄干にもたれてゲロを吐こうとしてそのまま川に落ちた上司がいました。この素晴らしい現場に居合わせることができなかったのが残念ですが、ドブのような汚い川に落ちて、ヘドロだらけになって這い上がってきたそうです。運が良かったのか悪かったのか?命に別状はなく、風邪を引いたという理由で10日ほど仕事を休んでしまいました。
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