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古い上着

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 3月末、友人のお父さんの告別式にニューヨークで買ったヴェルサーチのブラックスーツを略礼服代わりに着ていったら、とある社長に「既製服でもセンスのいいのがあるんだな。良くその巨体にあうサイズがあったな。コナカか?マツヤか?4−5万はしただろう」と聞かれ、ここまで言われてさすがにイタリア物ですとは答えられず”まぁ、そんなところです”と答えたものの、やっぱ、ブランドより着る人なんだなとしみじみ歯がゆい思いをしました。
 出る場所に分けて使い分けているつもりなんですが、世間の目には野良着作業着のイメージが強いのでしょう。

 この冬着こなした15年前に作った古いブレザー。袖の部分にほころびが出たので、何か見栄えの良いあて物をしてもらおうかと馴染みの仕立て屋さんに行ったら、店を閉じていました。この何年かご主人の体調が思わしくないとうかがっていましたが、店を閉めてしまうとは、がっかりするどころか、大変なことになってしまったという印象です。

 ご夫婦でやっている小さなテーラーでしたが、仕立ての技術のみならず生地も良いものが入っているので、マーチャント物やミルの手織りの掘り出し物が出てくる仕立て屋さんでした。イタリアのゼニアの生地でスーツを作ってもらったり、英国のフィンテックスの小規模工場が手織りで作った希少な生地でダブルのスーツを作ってもらったことがありました。

 9年前にウラジオストクで仕立てた背広の丈が長くてどうにも日本では見栄えが良くないことと、そのころよりも痩せたので手直ししてもらおうかと思っていましたが、しばらくそのまま着続けるしかなさそうです。重厚なドイツの生地でしたが、アレクサンドル氏に「ロシア製」と見抜かれた頑丈だけがとりえのいかつい仕立てで、これはこれで気にいっていました。が、ダイエットと寄る年波のおかげで最盛期よりも体重が25kg減ったので、背広が大きくなりすぎたため手直しが必要になりました。
 良いものを長くなので、慌てずに良い仕立て屋さんを探すしかなさそうです。
 
 オクジャワの名曲「古い上着」が挿入歌に使われたロシアの映画。

 ボクは長年この背広を着ている
 とうとう擦り切れて、古ぼけた代物だ
 そこで僕は仕立て屋を呼んだ 
 背広を仕立て直してくれと頼んだ。

 僕はふざけて半分で仕立て屋にこういった
 見間違えるように仕立て直してください
 君の仕立ての腕は僕に
 新しい成功を約束してくれるのだから

 それはほんの冗談半分だったが
 彼は上着を真剣に縫い直す
 そして自分で気をもんでばかり
 変な具合になりはしないかと  なんて変わり者だ

 黙々と励む彼が気にしているのは
 この上着を着た僕が生きている限り
 幸せに見えるようにいうことだけ
 そんな様子がまざまざと見える

 彼はこんな風に思い描く
 ボクが背広を試しに着たとたん、君の愛を再び信じるだろうと
 まさか、どうしてそんなことが  なんて変わり者だ
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昭和の日

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 突然、思い出したように、今日は何の日だっけ?みどりの日だったよね?違う名前に変わったような気もしているんだけど・・・
 と、カレンダーを見ると「昭和の日」。そして、みどりの日は5月4日に引っ越していました。

 昭和だった時代、この日は天皇誕生日で、私のイメージの中では結婚式が多い日でした。20代から30代にかけては4年連続で4月29日に同級生の結婚式によばれた時代がありました。その後の5月の連休を利用して新婚旅行と、目論みもあったのでしょうが、今でも4月29日と言うと「結婚式」の印象が強いです。

 身近に感じる「昭和」も21年も前の時代。「新しい元号は平成です」と小渕さんが「平成」と書かれた半紙を持ってテレビ画面に映ったとき、”書きにくい字だなぁ”と感じました。四角に納まる「昭和」はバランスよく書きやすかったのですが、平成は特に「平」が書きにくい文字です。ななめ。なってしまったり、細長くなってしまったり、かれこれ20年苦戦しています。
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勲章

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 今朝は寒い朝で、自動車にはうっすら霜が降りていました。

 新聞では春の叙勲について書かれていました。今の日本では勲章をもらうことはごく一部の人が、極めて稀にチャンスがあるだけで、大方は表彰状で済ませてしまいます。
 昨年、小学生の通学の安全に長年尽力したとのことで、私が県知事表彰を受けるという「世も末」の出来事がありましたが、外国の友人が「勲章はなかったのか?」。
 とんでもない話で、勲章などもらったら悪いことはできませんし、一生おとなしく「いい人」で過ごさなければなりません。

 元軍人のロシアの友人は「勲章は珍しいものではない。5つ持っているので一つプレゼントしようか?」と簡単に言っていました。そういえば、ソビエト崩壊後のロシアでは、観光客目当てに路上で自分の持ち物や骨董品を売る人がいましたが、勲章も随分並んでいました。
 勲章なら骨董品で売れるけれど、表彰状は骨董品で売れない?
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豚インフルエンザ

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 メキシコで発生した豚インフルエンザですが、USAやヨーロッパにも感染者が出ているようです。若い人たちに発病者が多いということで、昔多数の死者を出したスペイン風邪に似ているとも言われています。

 2002年から2003年にかけて中国で流行したSARSの時のような過激な騒動になっていないのは、今回のインフルエンザの舞台が欧米だからだろうか?
 この連休で欧米に出かけた日本人が持ち帰らないことを願っています。
 メキシコからは豚肉が輸入されていると聞いていますが、国産が見直されることを期待しています。

 1999年の年末だったと記憶していますが、ロシアでもインフルエンザが流行り、私の友人の医師は治療と予防のために地方に派遣されたものの雪で閉ざされて帰れなくなり、交代要員を連れてきたヘリコプターで町まで帰ってきたことがありました。


 仕事では失敗続き、パチンコに行けば惨敗、花見でビールとウィスキーを飲んで救急車で運ばれるなど、このところ、不運続きの知人がいますが、「運命を変えようと思った。」と、クリスチャンでもないのに日曜の教会に行ってきたそうです。
 「それがね、韓国人の女性たちがものすごい形相で聖歌を歌っているのを見たら、それがおかしくて笑いが止まらなくなって、そのまま帰ってきてしまいました。今思い出してもものすごい顔つきで笑っちゃうんですよ。」
 運を変えるどころか、当分貧乏神に付きまとわれることでしょう。

 Я хочу любви 「愛が欲しい」ですね。

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黒点

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 24日に愛車とともにRUS号に乗ってロシアに向かった日独カップルの友人が、無事ウラジオストクの港に到着したと連絡が入り、ほっとしています。
 ウラジオストクの友人は彼らの自動車が早く引き取れるように手を貸してくれるので、近日中には陸揚げされることでしょうが、これからドイツに向けてハードな旅が始まります。

 今日は、麻から雷がなる不安定な天候で、標高の高いところでは雪になったようですが、我が家の界隈には雹が降った模様です。私は昼間、前橋方面に行っていたので、雹に出くわすことはありませんでしたが、前橋はシティーマラソンが開催されていたために市内の道路が渋滞していました。

 今こちらはリンゴやサクランボウの花が咲いているので、雹やこの寒さの影響が出ないよう願っていますが、どうも今年の天候はすっきりしないので、もう一度雪が降るのではなかろうか?と、まだスタッドレスタイヤのままです。そろそろ割り切ってノーマルタイヤに履き替えようかとは思っていますが・・・

 昨年8月は太陽の黒点が一度も観測されなかったそうで、1ヶ月も太陽の黒点が出なかったのは1913年以来とのこと。太陽の活動が弱まる時期に来ているとしたら温暖化どころか寒冷化に向かいます。

 寒冷化になると農作物も不作続きになるわけですが、山に食べ物がなくなると野生動物が里に下りてきて農作物を荒らすダブルパンチになるでしょう。そうでなくてもサルの集団などが各地に出没して農作物を荒らしたり、冬は木の皮を剥いで食べて枯らしてしまいます。

 写真は桑の木の皮をサルたちが食べた後です。桑の木の皮は冬の格好の食物で、近年は養蚕農家も減ったから皮をはがされたところであまり問題になりませんが、放置しておくとエスカレートする連中です。
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旅立ち

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 ロシアからドイツまで自動車で走破する新婚旅行をする日独カップルの友人。昨日の夕方船は富山湾を出て、今頃は日本海を横断中。
 昨日の夕方「いよいよ出発です。どうしようかとドキドキしています。」と電話がありました。

 愛車のランドクルーザーも無事積み込みが終わり。「大きな船なんでびっくりしました。乗客も少ないみたいで、通関手続きの人たちも親切でいろいろ面倒みてもらいました。」と言っていました。
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 ウラジオストクの港では私の友人が出迎えに待っていて、自動車の通関手続きなどがスムーズに行くように手伝ってくれることになっています。

 事故は大丈夫か?何かあったら・・・と心配事が先に来るのが日本人ですが、それよりもどんなことが起こるのだろう?と期待をしてしまうのが民族性の違いなのか、「すばらしい経験です。それを手伝うことができて嬉しいです。」と喜んでいるのがロシアの友人たち。

 日曜の朝、船はウラジオストクに入港します。ここから中央アジアの国々もめぐりながら、年末頃にライプツィッヒまで到着予定。
 どんな人たちに出会えるのか?どんなできことに出くわすのか?密度の濃い日々になるでしょう。新婚旅行だから、ドイツに到着する頃には家族が増えていたりして。
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嵩山

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 明日から5月6日まで開催される、中之条町の嵩山(タケヤマ)館での絵画展の飾り付けの手伝いに出かけました。手伝いと言っても、私が行ったころはほとんど作業が終わる頃でした。
 「嵩山」と聞くと中国河南省の少林寺を思い出します。嵩山(すうざん)少林寺、達磨大事が座禅を組んでいた禅宗の曹洞宗のお寺ですね。

 嵩山とは先祖の霊を祀る山を言うのだそうですが、この山の頂上は死者の霊が集まる霊山と言われています。

 中之条町に行くたびに通り過ぎる場所なので、曹洞宗のお寺があるのか?と思ったら、この山を祭っているのは神社でした。
 群馬県内で2番目に大きなケヤキの巨木がある親都神社。

 かつてはこの山に嵩山城と呼ばれる城があり、武田信玄配下の真田幸隆に攻め落とされ、城主は三条の岩峰から飛び降りて自決したと伝えられています。
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 絵画展はこの町出身の稲葉泰枝さんの絵を中心とした絵画展で、この地で文化発進を続けるスーパーおばさんの唐沢さんが町役場に掛け合ってこの嵩山館を借りたそうです。

 稲葉さんは67歳から絵を始めた人物で、天分の才もあるのでしょうが、構図の切り口の見事さや、緻密なデッサン力のすごさには圧倒されてしまいます。何事もはじめるのに年齢なんて関係ないのだなと感心しつつも、「何かを始める」第一歩の遠いことには毎度苛まれています。
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 稲葉さんと一緒に足利の河田さんの作品も展示される絵画展ですが、こちらはその色使いで圧倒される絵が並びました。
 50号クラスの大きな絵が並ぶコーナーになりましたが、胸をかきむしられるような激しさを持った作品が並びました。
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 5月6日まで開催されているので、群馬県北部にいらしたら是非ごらんになっていってください。
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故郷

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 東京在住の同級生からこの連休のことで電話がありました。何もやることがないというので、こちらに里帰りすればいいじゃないかと言いました。彼の実家では既に両親も亡くなっており、彼のお兄さん一家が生家に住んでいます。その生家も2年前に新築してしまったために「他所の家に泊まるみたいで気を使ってしまう。」故郷が遠くなっているようです。
 町村合併で町の名前も変わってしまったので、「宅急便出す時にもついつい昔の住所を書いてしまう」と言っていました。

 住んでいる人たちにとっては新しい快適な家が良いに決まっていますが、その家から巣立っていった者達には自分がいた頃のままが良い。その間で揺れているのが故郷です。

 低成長、マイナス成長の日本ですからそんなに大きな変化はありませんが、新興国など街そのものがまるで姿を変えたかのような変貌を見せるものです。

 中国のハルビン出身の奥さんの実家など、新しいビルが建つために立ち退き料をもらって引っ越しましたが、「ここがチャンス」とばかりにハルビンを離れて天津に移り住んでしまいました。
 「元々、毛沢東が勝手にハルビンに移住させただけ。私の一家は北京に住んでいたのだそうです。天津にも親戚がたくさんいます。」と、特にハルビンへの執着心は持っていないみたいですが、里帰りは両親や兄弟がすむ天津に帰るのだそうです。
 とは言うものの、土地感がないので「今では日本のほうが故郷になってしまった思いがします」と言っていました。

 私が進学のために東京に出たときに最初に住んだアパートをバブルの頃に訪ねたことがありました。すでに道路拡張などのためになくなっていましたが、見覚えのある建物が残っていたので、およそ、このあたりと見当はつきました。たぶんこのあたりに部屋があったと思われる場所を自動車が行きかっていました。
 時代が時代だったので、「あのまま住んでいれば立ち退き料をもらって・・」と残念な気もしましたが・・・
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事件

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 今日は一日雨でした。

 最高裁では和歌山のヒ素カレー事件の犯人に死刑の確定が出ました。
 何のための無差別殺人事件だったのか?よくわからない不可解な事件でしたが、近所づきあいのも連れから発生した事件でした。


 耳を疑うようなニュースは、歌手の清水由貴子さんの自殺のニュースで、母親の看病疲れが要員かと報道されていました。

 昔、テレビで清水さんが子供頃の話をしていたのが印象として残っています。要所の頃、彼女の家は生活保護を受けていて、夕食時になると母親が子供達を銭湯に生かせたそうです。 
 生活保護家庭には銭湯の回数券が支給されており、子供は半額なので、その回数券を持って行くとおつりを現金でもらえるため、そのおつりで夕食のおかずを買ったそうです。
 米は近所などから借りることができるが、おかずまで借りることができないので、彼女の母親が編み出した生活作戦略だったそうです。銭湯のお釣りで買えるおかずはモヤシ。もやしを食べるたびにこの生活のことを思い出すと言っていました。

 明るい感じの女性でしたが、こうした苦労が彼女の良い人柄を作り出していたのだなと感じたものです。
 それが、母親の看病疲れで自殺とはあまりにも悲しい事件に思えてなりません。
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季節はずれ?

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 上杉謙信が刺した杖から芽が出たと伝えられる古木「逆桜」 今年も花を咲かせました。

 山間地の特権なのか?山間地ゆえの問題なのか?3月末が寒かったこともあって、今年は桜も梅も桃も同じ時期に咲いています。

 ねがわくば 花の下にて 春死なん そのきさらぎの もち月のころ 西行法師の歌ですが、「花」とは桜のことで、旧暦とは言え如月の望月といえば3月中頃から後半。こんな時期に桜なんぞ咲くものか?と思っていましたが、里のほうでは咲くようですね。


 真田のお城があった名胡桃城跡。今、菜の花が満開です。

 学生時代2月に房総半島に行ったら菜の花が咲いているので驚いたことがありました。

 こちらの菜の花は遅くなって咲くために食用としては硬くて食べ物になりません。菜種油を採るのが精一杯です。

 こちらの旬は世間の季節はずれ?

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組み手

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 5月連休を利用してウラジオストクに行く知人は、ドルが88円台に下がった時に「これ以上は下がるまい」と、兌換しておいたそうです。今は100円弱ですから10円ほどドルが高くなっています。

 相場の先を読んで正解でしたねというと、元々5月連休にウラジオストクに行く計画があったそうで、ゴールデンウィーク、お盆、年末年始の海外旅行シーズンにはドルが高くなるので、早めにドルに変えておこうと考えていただけだそうです。
 それでも1ドル10円違えば1000ドルで10000円、2000ドルなら20000円違うのですから侮れません。

 レフ・トルストイの「戦争と平和」はナポレオンとの戦争の時代を描いた一大叙事詩ですが、映画にもなっています。
 有名なのはオードリー・ヘップバーンが主演した1957年のハリウッド映画でしょうが、本家ソビエトも1965年から2年かけて長大な映画を作っています。このときのナターシャ役はリュドミラ・サベリーエワ、後にソフィアローレン主演のイタリア映画の「ひまわり」ではアントニオのロシアの妻役で西側でも知られるようになります。

 この二つの映画を今回は「夜会」の映像に注目して見比べて見ました。ちなみに我が家の界隈は桜が満開で花見の季節なんですが、花見と宮中晩餐会は全然スケールが違います。やっぱ、気楽な花見のほうが個人的には好きです。

 フォーマルな席では、男性の場合は昼間はモーニング・スーツ夜は燕尾服が正装なんですが、これは夜会なので、当然男性は燕尾服を纏っています。この燕尾服の尻尾の部分がアメリカ版とソビエト版では長さが違うことや、軍服姿の将校がハリウッド版では少ないことが気になりました。
 アメリカ版では準礼服と呼ばれるタキシード姿がちらりと見かけられましたが、ソビエト版ではタキシードらしく姿は出てきません。

 ダンスのシーンもアメリカ版は計算された配列をとっていますが、ソビエト版では人数も多くやや雑然としていてリアルな感じがします。

 なぜダンスの時男性は自分の右側に女性が来るように踊るのか?左の腰にサーベルがあったためなんですね。
 長年左組み手で柔道をやってきたので、このダンスの組み手がどうもしっくり来ない。袖つり込み腰なら何とかかけられそうな気がしますが、ロシア女性は手足が長いから上手く投げられるか?ダンスのステップを見ながら「ここで小外掛けがかけられる。支えつり込み足も使えそうだ。」と、もし獰猛なロシア女性に襲われた時にか弱い日本の美少年はいかに逃げられるか?舞踏会の映像を見ながら考えてしまいました。
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パースハ

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 ロシア正教の復活祭、今年は19日がその日になるので、この週末から日曜にかけてはお墓参りに行く人たちで郊外の道路が混雑するでしょう。

 パースハ(ロシアの復活祭)の最中に通訳の日本に仕事でやってきた友人から電話があり、今年はパースハができないねと話したら、日本人だってお盆に仕事や旅行に行く人が多いでしょう、同じようなものですね。と言っていました。

 パースハにはケーキを作る伝統がありますが、本来はピラミッド型の三角錐のケーキを作るのが慣わしらしいのですが、あまりこうしたことにこだわらないで自分の好きなケーキを作る家庭も少なくないみたいです。
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 プーチンがロシア正教を保護した、というより、ロシア正教を上手く利用して政権を維持したこともあって、最近はこうした伝統も復活しているように思えますが、微妙に形を現代風に変えて甦っているようです。

 モスクワに行っている知人から「日本の刀が欲しい」とメールが来ました。博物館かコレクターから見せられたのだろうか?と思ったら、居合いの演舞を見てその美しさに心奪われたみたいです。
 彼は日本刀に何かしら魔力のようなものが宿っていて、心を別の次元へと導いてくれると感じているようです。道具など使わずとも「心頭滅却すれば・・・」だと思いますが。
 
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 我が家の界隈も桜の季節になり、今朝は鶯が鳴いていました。

 なぜ、馬の肉をサクラ肉というのか?ごく近年まで4本足のある生き物を食べることがなかった日本人は、馬肉を桜の木の肉、猪の肉を牡丹の肉と方便を使って食べていました。ウサギを一羽、二羽と数えるのも、ウサギは獣ではなく耳を羽にして飛ぶ鳥ということにして、禁忌から逃れて食べていました。

 現在でも馬肉を食べることなど稀ですが、馬刺しようとして販売されていますし、ニューコンビーフなどには馬肉が含まれています。

 桜の木の下でサクラ肉を食べようと知人が馬鹿な花見を企画していたので、せっかく馬を食べるなら鹿の肉で花をそれるのも良かろうと、この冬もらって冷凍しておいた鹿の肉をプレゼントしました。幸か不幸か仕事があって、文字通り馬鹿な宴に私は行くことができません。

 化石燃料を消費する自動車と違い、馬車は草で動くし、いざとなったら食べられるけど、廃棄物が厄介ですね。
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輸入品

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 最近ジェットスキーにはまりこんだ友人は安い中国製のジェットスキーを新品で買ったものの、これが頻繁に故障する代物。
 機械は壊れるもの、修理しながら使うものと理解し覚悟はしていたものの、あまりに頻繁に壊れるので辟易としています。
 「たぶん、日本製を買うくらいつぎ込んだと思うよ。」とぼやいていました。
 土日は高速料金が1000円になったので、ジェットスキーに出かけるのも好都合と思いきや、トレーラーを牽引するために中型トラック扱いになるため、1000の恩恵はないのだそうで、休日はもっぱら修理とメンテナンスで過ごしているようです。

 この友人は機械物が好きな人なので、中古のベンツのワゴンも所有していますが、こちらは頻繁に壊れることはないものの部品が驚くほど高い。中古部品を探そうにもなかなか見つからないので趣味というよりは道楽の一環になっているようです。

 ウラジオストクを走る自動車の大半は日本車ですが、「乗りやすい、壊れない」が彼らの信頼を得ています。
 日本に来るとドイツ車などの外車が多いことに「なんで日本人なのに、あんなに手間暇かかる自動車に乗っているんだ?」と不思議に思う人もいます。趣味の問題ですが・・・

 外国人配偶者も手間隙かかりますよ。覚悟して下さいね。
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脱走

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 この春は二人の弟の子供達がそれぞれ幼稚園に入園しました。
 一番下の弟の娘はのんびりしているので特に心配はしていませんでしたが、すぐ下の弟の息子はすばしっこいので何かやらかすと懸念していました。

 3歳半と若いながらも期待にこたえる男なので、早速事件を起こしました。幼稚園入園初日、脱走して1km離れた家まで一人歩いて帰ってきて、幼稚園では甥が突然姿を消したので大騒ぎになりました。門が閉まっていたはずなのに、わずかな隙間から抜け出してしまったようです。
 園長先生が言うのはこんな事件が起きたのは19年ぶりだそうで、弟夫婦は入園初日から幼稚園に謝りにいく羽目になりました。

 この3月に引っ越したばかりで、入園の前日に散歩がてら家から幼稚園まで連れて行ったのでそのときに道を憶えてしまったようです。このくらいの事はやりかねないと思っていましたが、悪さをするときには頭がさえる性分みたいで、これからもたびたび親が頭を下げに幼稚園に行くことになるでしょう。危険人物です。

 日本でも子供が誘拐とおぼしき行方不明になる事件が多々ありますが、海を渡ればその数は日本の比ではありません。誘拐されて臓器売買されてしまうという噂も耳にします。
 中国のハルビンに行ったとき、夕方の学校の門の前に人が集まっていたので何事かあったのか?と聞いたら、子供を迎えに来た親たち。
 よくよく考えてみると子供が一人で街中を歩いている光景もほとんど目にしませんでした。日本の街中では夜の9時10時に塾帰りの子供を見かけることがありますが、これが良いのやら?悪いのやら?
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 私の村も南部から桜の花が咲き出しました。
 昨年統合された小学校。新入生が通う季節になりました。元々桜の花をシンボルとする小学校があった場所で、もっと大きな桜の木が植えられていたはずですが、いつのまにか桜の木も代替わりしていました。

 町村合併の特例債で新築した校舎ですが、はじめに統合、校舎新築ありきの合併で、小学校の統合については反対の声の方が多かったのですが、少子化もあってかなり強引に実行されてしまいました。要は裏で動く金なんでしょうね。

 そういえば、この護岸工事も必要だったのか?
 工事前は大きな川石が転がっていて、普段は水がその下を流れているために、雨でも降らなければこの川に水が流れる光景はありませんでした。
 雨の多い日本では排水施設の充実は重要課題ですが、川の流れはその流れの良さのみならず、淀みもまた重要ですし、チカに浸透する水もまた重要です。
 一応そのあたりを考慮したつくりになっているという話ですが、人間の頭で考えることにろくなことはありません。
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 最近、桜の木が多くなったなと春になると感じますが、日本そのものが豊かになった印なのか、人里や街中で見かける桜の木が増えていると思います。
 反面、山で見かける山桜が少なくなっているのも現実で、私が子供の頃は桜といえば山の斜面に咲いているものでした。こうした山桜が伐採され、平坦な土地に植えられたソメイヨシノや枝垂桜が目に付くようになりました。
 これはこれで目を楽しませてくれるのでなんともいえませんが・・・

 上杉謙信が初めて関東に乗り出してきたとき、春日山の桜の枝で作った杖を刺して「この桜が芽を出すようなら、関東進出も上手くいくだろう」と祈願したら、その杖から目が出て今に至る「逆桜」。
 何度か大手術を受けながらも毎年連休近くになると花を咲かせます。
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ラテン

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 ウラジオストクから帰ってきた知人はナイトクラブ(日本で言うならディスコ)に行ってきて「ダンスミュージックにランバダが流れていて妙に懐かしかった。」そうです。

 ランバダとは、たぶん昭和から平成にかけてのバブルの頃にフランスのカオマというグループが世に広めたエロティックなダンスミュージックで、ボリビアのロス・カルルスのフォルクローレ「泣きながら」をアレンジした歌のことだと思いますが、今にして思えば時代背景を含めてバブリーな音楽だった気がします。ドミニカのメレンゲとブラジルのリンボーが合わさったようなリズムで、どこの国の音楽だ?と思ったものですが、カオマはフランスに拠点を持つ多国籍な人々のグループだったそうです。
 原曲は愛する人との別れを歌った悲恋の歌なのですが。

 バブル崩壊のショックの真っ只中のロシアですが、エリツィンの経済混乱期の時代のロシアでもランバダはダンスミュージックとしてよく流れていましたし、メロディーラインがしっかりしているラテン系の音楽はロシアでも好まれています。このあたりの感性は日本人も近いと思います。

 ロシアのダンスミュージックは裏拍子をとるユーロビートが主流ですが、このズンチャズンチャのリズム感とステップをラテンでも何でも当てはめてしまうので、妙に字余り的なダンスになっているのですが、当人達はそんなこと全然気にしていませんし、スポーツの一種のようなものですからこれはこれで面白いです。
 
 無国籍?というのか、中米のような海にスペイン風の石の建造物、中東風のおじさんが吹くトランペットにミニスカートフラメンコ、映像で手にしているギターはヤマハですが、音楽の中のギターの音はヤマハの音ではない、リズムに気を取られずにメロディーラインを読むとロシア的なメロディー、しかもラテン的な雰囲気を残しながらも、しっかり裏拍子を取れるようにダンスミュージックとしてリズムも作られている。なんだかわけわからないけれど、こうしたものがすねてミックスされると「ロシア的」になってしまう。
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似ている?

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 親子というのは不思議に似ているものだと感じたのは、スーパーで高校三年生になった同級生の息子さんに声をかけられた時。一瞬タイムスリップしたのかな?幻覚なのでは?と戸惑ったのは、彼が父親の若い頃によく似ていたためで、「ああ、息子のほうか」と認識するまでの刹那、なんともいえぬ懐かしい感覚が甦る思いがしました。

 90年代にロシアに行った頃、街中を歩く若い女性はだいたい母親と一緒に歩いているものでした。
 今でこそ女性の一人歩きも珍しくなくなりましたが、あの頃は若い女性は親や友達など誰かしら伴って歩いているもので、商店街などは母親と共に歩く女性が多かった気がします。

 人生の縮図があるのかなぁ、としみじみ感じたのは母と娘の容姿スタイルで、スレンダーでまばゆいばかりの美しさを持つ娘が、やがてアナグマの化身のような母親になってしまう。どうやって変貌するのだろう?脱皮を繰り返してこうも似つかわしくない姿になるのだろうか?なんて、意地悪くを考えていました。
 日露カップルの友人は、「嫁さんは里帰りして戻ってくるとお母さんに少しづつ似て帰って来る。」と言っていました。故郷にアナグマ菌があるのだろうか?

 かくいう自分たちも親に似ているのでしょうが、そんなことは気にしないで人様の粗を探しています。
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誇り

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 たぶん、上司と部下の関係でしょうが、街中で頭ごなしに大声で人を怒鳴りつけている光景を見ました。
 一緒にいたイラン人が「日本人は偉くなると勘違いする。人を見下して馬鹿にする。そして、下品になる。」と辟易したような顔つきではき捨てました。

 私も見ていて見苦しい光景でしたが、一種のパワーハラスメントにも思えました。はたして、この偉そうな男性は相手が反撃して来た場合この態度を保てるだろうか?反撃してこない相手にはこれでもか!と強気で、やり返されると逃げる。威張る手合いにはこうした人が多いと思います。

 相手を逃げ場のない状況に追い込んで自分の憂さを晴らすのが実は危ない行為で、ここで追い詰めて相手の我慢の限界を超えると、ポカリとやり返されるのが他国では良くあること。テロの原点のようなもの。

 これからの季節、新人を連れて教育を兼ねた営業周りも多くなりますが、なれない新人が戸惑うのを意地悪く茶化して困惑させる光景もよく目にするものです。
 以前、輸出する自動車の手続きに陸運局に行った時のことですが、カウンターの奥で「そんなところに書類があるわけないだろう。」「どこ見ているんだよ。いいかげんにおぼえろよ。愚図!」などと声を荒げている職員がいました。

 パキスタン人かインド人だと思いますが、「あなた自分で探して持って来ればいいじゃないか!待たされている人、いっぱいいるんだぞ!」と怒り出しました。この外国人の言うことのほうが最もだと思いました。
 民族性かな?と思ったのは叱られている職員に対して「あなたもなぜこの男と戦わない?この男、大きな声出した。あなたを馬鹿にした。あなた、この男殴る権利ある。なぜ殴らない。」

 良くぞ言ってくれたと思いつつもそこは打算的な日本人ですから、余計なことを言って機嫌を損ねて書類申請にトラブルがあっては困るから黙って傍観していましたが、誇りを傷つけられたのですから世が世なら「殿中でござる」と認証沙汰になってもおかしくない。

 相手のプライド、くれぐれも気をつけたいものです。
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燻製

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 登山の先輩宅を訪ねたら燻製を作っている最中でした。 
 ドラム缶で作った大規模な設備で岩魚の燻製を作っていたようです。
 十数年ほど前になりますが、仲間内で燻製作りが流行った事があり、その頃はホームセンターに燻製を作る道具などが既に売られていましたが、全て「手作り」が大儀で、道具を買って使うことは「無粋」とされていました。
 私は一斗缶を切って燻煙の道具を作り、近所の林業の業者に桜の切れ端をもらってきて燻煙チップにしました。

 食材を燻煙する前にソミュール液という液に漬けるのですが、要するに塩水。これに香りをつけるためにハーブを使うので、ハーブ類を植え始めたら雑草化して家の周りがハーブだらけになりました。
 いろいろな食材を燻製にして試してみましたが、お気に入りはゆで卵やかまぼこ。市販されているウィンナーソーセージなども燻製すると味わいが増しました。
 キャベツの心も塩漬けにしてから燻製にすると美味なんですが、「そんなものまで燻製にするなよ」と誰も後に続いてくれませんでした。面白いものですから何でもかんでも燻製にしてみましたが、失敗作も多々ありました。
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 ロシアに行くようになって一歩も二歩も先を行く燻製文化に触れることができましたが、街中で売られている燻製製品も多様でした。塩味がきつい感がしますが、これも「保存食」のため。
 紅鮭の燻製など刺身で食べるより味わいがあると思いましたし、圧巻はハム類。日本で言うサラミソーセージの巨大なものが多種多様に店に並んでいました。燻製ハム作りにも挑戦してみましたが、一斗缶では小さすぎるのか、私が作ったハムが大きすぎたのか、上手く作れませんした。
 個人的にはセリョートカ(ニシン)の燻製がお気に入りで、友人の自家製の燻製を土産にもらってきたのですが、空港の検疫で没収されたこともありました。
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 夜、その燻製の友人宅に電話をして、ロシアの経済状態についての話題になりました。今年の1月12日に輸入関税があがったことで急激に落ち込んだ日本からの中古車ですが、今まで港のヤードに通関待ちの自動車が並びきれないほど置かれていたものが、今はこうした自動車もほとんどなく閑散としているようです。
 昨年輸入された中古車もまだ大量に売れ残っているようで、こうした在庫がなくなり、新しい関税に慣れるまでもう少し時間がかかるだろう。早くても夏ごろ遅ければ来年ごろには動き出すだろうと言っていました。

 お互い快く思っていない、ニューリッチと呼ばれる成金の知人がいましたが、「今大変だと思いますよ。彼は投機に熱を上げていたから、大損したでしょうね。最近は噂も耳にしません。」とのこと。本業そっちのけでバブルに酔いしれていたのですから、当然の報いという評価です。

 ロシアからドイツに自動車で踏破する友人がいるので、手を貸してくれるようお願いしたら、最近、日本からポルトガルまでオートバイで横断する日本女性の手伝いをしたそうです。「日本女性はおとなしいけれど、ものすごい行動力があると思います。ロシア女性は威張るけれど、威張るだけで心が強くない。」と感心していました。
 妙に主張が強い人ほど脆く弱いものですが、考えてみればこういうタイプは燻製にも向いていません。
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清明の時節

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 満月かな?と思ってカレンダーを見ると、その一歩手前で9日が満月でした。

 清明の時節 雨紛紛、            
 路上の行人 魂を断たんと欲す。      
 借問す 酒家は何れの処にか有る。    
 牧童遥かに指さす 杏花の村。  

 唐の時代の詩人杜牧の有名な詩。清明節は4月5日頃ですから今頃の季節ですね。雨が降る中、旅人が”なんか物寂しいな、酒でも飲むか”と、牛を連れた子供に”にいちゃん、ここいらに居酒屋なんぞねえかい?”と聞くと、子供は杏の花を咲く村のほうを指差した。

 中国では清明節にお墓参りをする習慣があると聞いていますが、ハルビンの西郷ドンにお墓参りに行くのか?と聞いたら「ハルビンに一族のお墓がないので、行ったことがない」そうです。

 中国の「白蛇伝」という物語は、この清明節の日にお墓で美しい女性白根子と青年許仙が出会い、結婚する物語ですが、その美女は白蛇の化身で、国際結婚よりもう一歩踏み出した異種間結婚?やがて正体がばれて退治されてしまう悲恋の物語。上田秋月の「雨月物語」に出てくる「蛇性の淫」の元になった物語です。

 今朝、我が家のお墓の桜の木の肥やしに生ゴミを持って行きながら、この物語のことなんぞを思い出していました。白蛇の化身の美女には出会えませんでしたが、タヌキが化けそこなったような近所のおばあさんが散歩していて・・・現実なんてこんなものさ。

 下界のほうでは桜が見ごろで花見の季節ですが、4月末に桜が満開になる山間地に住んでいると花見の季節感も微妙に違います。
 昔は花見などばかばかしい風習だと見下していましたが、年々桜の花が咲く木の下に立つと何か飲み食いしたくなる衝動が湧き上がるようになりました。

 もうすぐドイツに向けて旅立つマークス君が来ました。ロシアから大陸各地をランドクルーザーで踏破して、年末頃にドイツにたどり着く予定で、今その車の改造にいそしんでいます。
 昨夜は川原にテントを張っての熟したそうですが、あちこちで花見を楽しんでいる日本人の光景を見てきたそうです。
 甘楽町の小幡の宿を見に行きました。
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 織田信長の次男織田信雄が大阪夏の陣(1615年)の後、徳川家康に群馬の甘楽郡を与えられてこの地に移り住みました。
 小幡はその城下町で、4月12日に武者行列のお祭りをやります。
 昔からの武家屋敷が並んでいますが「こんな古い家に人が住んでいるのか?」とマークス君が聞くので、家の屋根にBSのパラボラアンテナが立っているのを指差すと「このコントラストは面白い!」と写真を撮っていました。
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 群馬県南西部の歴史については疎いのですが、織田家はその後山形の高畠に配置換えになります。我が家の界隈を納めていた上杉は米沢に移されたのですから移動後ご近所になったわけですね。
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結核

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 お笑い芸能人のハリセンボンというグループの女性が結核で入院し、彼女に接した人たちに結核がうつっていないか検査するなどの騒ぎになっているようです。
 もし彼女がお笑い芸人ではなく、美人女優だったら悲劇のヒロインのごとくもてはやされたのかもしれませんが、まるで汚いものを扱うかのごとく朝のテレビで取りざたされていました。

 疫病を持ち込んだかのような騒ぎ方を気にするのは私自身が2−3歳の頃小児結核を患った事があるからで、小学生の頃はツベルクリン検査の注射をするたびに反応が出るので嫌な思いをしたものです。
 子供心に枕元で祖母たちが「この子は長く生きられないかもしれない」などと泣きながら話している記憶があり、死ぬことがどういうことかわからなかったこともありますが、そんなことより穏やか呼吸したい思いが強かった記憶があります。
 我が家では乳牛を飼っていたにもかかわらず、山羊の乳の方が栄養価が高いと飲まされたのですが、これが独特の匂いがあって飲みにくかった記憶があります。

 先週だったと思いますが、NHKで日露戦争の時代を描いた「坂の上の雲」のドラマを制作しており、今年の11月頃放送されると予告版をやっていました。坂の上の雲は軍人となって日露戦争に赴く秋山兄弟と同じ松山の出身で散文の改革者ともなった俳人正岡子規を通して、欧米型の近代化に向かう日本を描いた小説。
 正岡子規の「子規」はホトトギスのことで、結核を患ったわが身を「鳴いて血を吐く不如帰」になぞらえたペンネームだそうです。

 戦前までの日本文学など結核を飯の種にしていた思いもしますが、樋口一葉、梶井基次郎、新美南吉など結核で亡くなった作家も多くいました。作曲家の滝廉太郎もそうですね。
 
 トーマス・マンの「魔の山」は高原のサナトリウムが舞台ですが、不健康な「美」の対象として結核患者が描かれています。日本の文学における「結核」の描き方に近い感覚をドイツ文学が持っていたことに驚いたものです。

 一種の伝染病ですから忌むべきことですが、今回のハリセンボンの結核に対してはメディアの反応が過剰するぎる感じがします。
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晩婚

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 ウラジオストクの友人はこの日曜に職場の同僚の結婚式に御呼ばれしてきました。新郎34歳、新婦32歳。最近では珍しくない年齢みたいで、昔なら「晩婚」の類だったのに、今では珍しくもない年齢だそうです。ロシアにも「晩婚化?」の波が押し寄せています。

 数年前なら女性も25歳前後になると結婚をあせり始めたものでしたが、その年代がそのままスライドして30代に突入した昨今。ウラジオストクの女性スタッフなど2−3年前までは「両親が結婚しろとうるさくて困っています。」とぼやいていましたが、最近は「仕事こそが私の人生の全てです!」と開き直っています。

 女性にも仕事と家庭の両立は当たり前の厳しさが嫁せられているロシアですが、離婚率の多さも問題です。
 ロシアの婚姻手続きの難しさもそのためなんでしょうか。役所に婚姻申請をすると、約一ヶ月間役所の掲示板に婚姻申請者の名前が張り出され、その婚姻に異議を申し立てる人がいなければ婚姻が認められて、二人で役所に婚姻の証書を受け取りに行きます。

 二塵カップルのほとんどは婚姻手続きが簡単な日本で婚姻し、それからロシア側の婚姻申請をしますが、私の友人にロシア側で先に婚姻手続きをしたカップルがいます。婚姻申請を出しておよそ一ヵ月後、再び男性がロシアに赴いて証書を授与しました。

 「赤いサラファン」年頃になった娘に、母親がサラファン(ロシアの民族衣装)を縫いながら、”いつまでも若くないのだから早くいい相手を見つけて結婚しなさい””なにを行ってるのまま、今が一番楽しい時なんだから、結婚なんて言わないで”と掛け合いの歌です。


 上州名物焼きまんじゅうの店になぜかインド人の料理人が作るインド料理が同居しています。もちろん、ビーフカレーなどありません。今回は焼きまんじゅうを食べに行きました。
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 久し振りに山歩きをしてきました。
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 例年なら2m以上の雪が残っている場所ですが、今年は残雪も残りわずか、雪解け水になって利根川に流れ込んでいます。
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発射?

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 昼前、「北朝鮮がミサイルを発射したみたいだぞ!」とみんなで外に出て「見えるんじゃないか?」と眺めていましたが、それらしい飛行物体は見えませんでした。セキレイのような鳥が飛んでいるだけでした。

 「昔、近所に朝鮮人の一家が住んでいてね。」と、東京出身の60代の女性が語るには、北朝鮮への帰還が流行ったころ、この一家も帰還したそうです。
 工場勤務で、元々は南の出身だった一家だったそうですが、帰還が決まった時は、日本では考えられないくらい恵まれた生活ができると、宝くじにでも当ったような喜びようで、うらやましいなと眺めていたそうです。
 「今頃どうしているのだろうね?私といくつも違わない娘さんがいたんだけどねぇ。」とつぶやくと、その傍らでご主人が「だまし討ちみたいなもんさ、どうせ生き残っちゃいないさ。」

 何かしら国際的な制裁が北朝鮮にもたらされることでしょうが、その影響を受けるのは庶民たち。
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ケニヤ

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 ケニヤ人と仕事のやり取りすることが多くなったので、ケニヤについて調べているうちに面白い映像を見つけました。

 「少年ケニヤ」という昭和35年ごろのドラマで、雑誌「冒険王」に連載されていたマンガです。私も名前を聞いたことはありましたが、こんなテレビ番組が存在したことは知りませんでした。

 早速、メールで「Always」の時代に作られた日本の子供番組だと、アニメ好きのロシアの友人に送ったら、「メチャクチャな設定の気もしますが、真面目に作っていたんでしょうね。」

 今の時代なら作れそうにない番組です。

  いきなりアルプスかヒマラヤを思わせる険峻な山脈。

 これがアフリカ人?と、誰がどう見ても顔を黒く縫った日本人にしか見えない現地人(昔は土人なんて呼んでいました)。ケニヤなのにエジプトのファラオやアラブ人が出てきたり。

 今では年配のオバサンになっているんだろうな?と思われる浜崎あゆみのような少女アリリ姫、それもなぜか茶髪。これがまた妙に色っぽくて安キャバレーのショータイムみたい。

 オランウータンはアフリカにはいないので、たぶんゴリラのわけなんでしょうが、どう見てもゴリラに見えない謎の巨大類人猿。

 極めつけはワタル少年が困ったときにピッコロを吹く設定。

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猿害

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 そろそろロシアはパースハ(復活祭)の季節。土日の休日は郊外の墓地などにお墓参りに行く人たちで道路が混雑します。

 暑い寒いも彼岸までというのに彼岸過ぎたら寒くなったこの春です。最近、我が家の界隈に猿の群れが出没しており、お彼岸のお墓の供え物など荒らしています。
 近所の人が猿と烏がお彼岸のお供え物をめぐって取り合いをしている光景を見たそうです。
 果物をはさんで猿と烏がにらみ合いをしており、烏がぴょこぴょこと果物に走りよって、嘴でひとつき、ふたつき突いては後ろに下がるヒット・アンド・アウェイで先制攻撃。
 猿も黙ってみているわけには行かないので、烏が果物に近寄ると二歩三歩近寄って威嚇。カラスが驚いて下がると、なぜか猿も一緒に引き下がってしまう。去るって言うくらいですから引き下がるのか?

 その駆け引きの最中、人の気配最初に気がついたのは猿のほうで、その人を見つけると慌てて墓地の外に逃げて行きました。カラスは臆することもなく果物をついばみ始めましたが、こちらの様子が気になるようで、人が自分に近づいてくるか立ち止まって様子を伺っていると、その刹那、別の場所に潜んでいた猿がすごい勢いで飛び込んできて、烏のついばんでいた果物を奪い取って林の中に消えて行ったそうです。

 この何年か猿に畑を荒らされる猿害は大きな問題なんですが、北朝鮮の核問題同様、こちらが人道に基づいて対応するのは手を焼く厄介な問題です。

 峠など猿の出没する場所には「餌を与えないでください」のたて看板が立っていますが、お盆や彼岸などもお墓に食べ物をお供えしないでくださいの立て看板が必要かも?

 青いプラトーク

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準備?

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 北朝鮮のミサイル発射準備、それを迎撃する準備をする自衛隊、連日気になる報道がされています。

 イラン人の友人に聞いた話では、イランのシャハム・スリーというミサイルは北朝鮮のノドンミサイルのコピーなんだそうで、「北朝鮮はミサイルを販売するデモンストレーションをしている。ミサイルと核技術が北朝鮮の商売になる。」と懸念しています。

 彼の説では、核戦争が起こるとしたら彼の母国のイランとイスラエルが引き金になるだろうと心配しています。「私の国にとって日本は唯一の親交があるマトモな国でしょ。イスラエルやアメリカとの間に入って、戦争を防いでくれるのは日本だけなんですよ。」と期待されても・・・

 北朝鮮と国境を接する極東のウラジオストク。市内各所に防空壕になる施設があります。北朝鮮がロシアを攻撃することなどまずないと思いますが、そこは軍事大国。きな臭い動きが起こると軍が防空壕の点検をします。

 ロシア各地でいわゆる3Kと呼ばれる肉体労働に出稼ぎの北朝鮮の人たちが従事していますが、こうした人たちへの監視も厳しくなるようです。
 日本人観光客と北朝鮮の労働者では服装なども違いますから簡単に見分けがつきそうなものですが、私の知人などしないで警官に北朝鮮人か?と疑われ、次に中国人か?と疑われ、パスポートを見せて日本人とわかったら「行っていいよ」と簡単に解き放たれたそうです。

 我が家の上は自衛隊や米軍の飛行機が飛び交うルートで、北朝鮮情勢が怪しくなると訓練飛行の戦闘機が飛び交う数が増えます。普通に生活している時がつきませんが、山の上で仕事をしていると飛行機の飛び交う数が増えたことに気がつきます。
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蟹工船

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 どこで仕入れてきたのか?ウラジオストクの女性スタッフが「カニでダイエット」の情報を聞いてきました。たぶん、カニの殻からとれるキトサンという成分がダイエットに効果があるという話だとおもいますが、それをどう勘違いしたのか、カニを食べてダイエットできると思い込んでいたようでした。
 おいしいものをたらふく食べてダイエットなど、そんな甘い話がこの世にあるわけないのに。まあ、カニを食べるために一生懸命働けば太ることもないでしょう。

 私はカニが嫌いで食べることもないので気になりませんが、随分値段が高くなっているようです。
 カニの輸出元のロシアでもこの1年余りで異様な値上がりをしたようです。

 原因は船の燃料などが上がったこともありますが、一番の要員は大量に消費する中国の存在だそうで、カニに限らずこの何年か魚介類の買い付けで日本が中国に買い負けることが多くなりました。
 ウラジオストクはカニが安いといわれていましたが、現在ではそれも遠い昔の話になっているようです。

 昨年、小林多喜二の「蟹工船」がベストセラーになる不思議な現象が起こりました。
 学生の頃、試験勉強でプロレタリア文学→蟹工船→小林多喜二はおぼえていましたが、実際に「蟹工船」を読んだのは40歳近くになってからでした。
 バブルの頃、散々働かされて何も残らなかった経験もあって「世の中こんなものさ」と斜に構えて読んでいました。蟹工船の中で労働運動が起こりストライキをやらかすシーンなど、「こんなことできるだけ私たちよりマシじゃないか?」と読みましたが、「富の分配」が行き届かないがために注目を浴びたのがソビエトを代表する社会主義。しかし、「平等」と引き換えに「自由」が奪われたがためにそのムーブメントも70年で終焉します。

 今やロシアの蟹工船が日本に寄港するご時世で、カニでダイエットなどと考えているなら、蟹工船に乗り込んでたっぷり働けばきっと素晴らしいダイエットになることでしょう。
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