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 1日雨降りでした。
 近年、雨降りの後、自動車のボディーに水滴の跡が残ることが時々あります。黒いボディーなど特に目に付きます。空気中の塵が雨で落ちてきた跡で、もちろん、昔からこういうことはありましたが、年々その塵の水玉が濃くなっているような気がします。
 エコロジーとは程遠いお隣中国から飛んできた塵が雨で地上に降り注いでいるのだそうで、雨からダイオキシンなんてことになれば黄砂よりも問題は大きいと思います。

 中国に近いウラジオストクなど、春になると黄砂で自動車は真っ白、街の道路にもうっすら塵の膜ができ、霧の街が黄砂で霞むような状態。
 「工業の多い中国南部の塵が飛んでくる日本はもっと気をつけたほうがいう。」とウラジオストクの友人は言いますが、風上にこう言う国があると心配です。

 近隣の国にこれだけ公害が及んでくると言うことは国内はどうなんだろう?と気になりますが、最近、上海に仕事に行って来た知人が言うには中国国内で奇形児の出生率が増えているという話を聞いたと言っていました。大気汚染を含め水や食料まで怪しいのですから、納得できる気もします。
 どうすれば中国に「環境」について理解してもらえるか?頭を痛める日本ですが、「無駄だと思うよ」とロシア人。

 大雑把なロシアがもっと大雑把な中国に対する接し方は手馴れていますが、お互い相手を人とみなしていないような対応が成り立っています。緻密に相手の立場まで尊重してしまう日本はどうもこうした荒っぽい国との接し方が苦手です。
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 天変地異の前触れか?異常気象の警告か?
 あちこちで黄色く枯れた竹やぶが目に付きます。私の周辺ばかりではなく別の町でも竹が枯れる光景を目にします。
 30年説や50年説や120年説などいろいろありますが、竹は花を咲かせるといっせいに枯れる習性があります。面白いもので、元からあった親の竹やぶも株分けした子の竹やぶも同じ時期にいっせいに枯れるのだそうで、そういう意味では珍しい年に遭遇したわけです。
 いつ竹の花が咲いたのか?全然気がつきませんでしたが、この春、竹の花を見たという人もいるので、竹の花が咲く年だったのだろうか?

 それでも例年よりも少ないながらタケノコは出ているので、今日もタケノコの煮物を食べましたが、今頃の季節はタケノコにフキやワラビに身欠きニシンで煮物料理の季節。
 我が家の竹は孟宗竹なのでアク抜きに米の研ぎ汁を使います。毎年、竹が増えないように出たタケノコは全部とって食っちまえと、この季節はタケノコばかり食べるのですが、さすがに竹が枯れ始めると”少しは残したほうがいいのかも?”と控えめです。
 群馬県は海がないのでニシンは獲れませんが、ワラビもフキも山に勝手に生えていますし、タケノコもほぼ勝手にはえてくる。自然食の食卓?

 我が家より少し新潟よりになると雪が多すぎて竹も生育できなくなるので、竹やぶがあるということは豪雪地帯ではない温暖でトロピカルな土地の証拠。密かに嬉しい。これでニシンが獲れたら言うことないのですが。

 ロシア語でニシンをセリョートカといい、国民食といわれるほどよく食べられていますし、塩漬けや燻製したニシンが広く内陸まで流通しています。
 毎年タケノコの季節に箱で買い込む身欠きニシンも、最近はナホトカやサハリン製が多くなりました。日本性の身欠きニシンなどしばらく食べていない気がします。
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草食系男子

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 まだ20世紀だったころ、ウラジオストクで当時話題だったバイアグラを買って来た事がありました。どこで手に入れたのか?向こうの友人が「簡単に買えるよ」と持ってきてくれました。

 独身の身に必要はありませんし、安全かどうかもわからないので飲んだことはありませんでしたが、帰国後友人たちとバイアグラの話題になったら「是非ゆずってくれ」と興味を持つ先輩がいたので、それじゃあロシア土産と言うことでとプレゼントしました。当時、まだ40代の半ば過ぎの先輩でしたが、「ありゃぁなかなか霊験あらたかな薬だぜ。久々に夫婦円満だったぜ!」と感心していたんですから効いたのでしょう。「ツレがうつになりまして」ブームの昨今、このスケベ心ではウツなど寄り付きそうもありません。
 バイアグラの副作用や危険性も取りざたされているので、そこまで身を削って妻に尽くさねばならぬ男の不憫なこと、と思いましたが、後にこの年代になってみると、なるほど興味も意欲も薄れて黄昏ていくことを実感することがしばしばあります。

 「草食系男子」なんて言葉が巷に流行するようになりましたが、女性に「性的」な興味を持たない、恋愛にエネルギーを使わない男性が増えているのだそうで、30代より20代と世代が若くなるほどその傾向が強くなるそうです。草食系男子の定義とやらを突き詰めると、本来なら中高年の家庭的な男性の理想像に近いと思いますが、20代でその境地に達しては人口が増えるはずもありません。ある意味、仏教の言うところの煩悩を一つ克服したかに見えますが、元々それがなければ「克服」とは言いがたいのかも?

 英雄色を好むではありませんが、何ごとにも意欲的な人はそれなりにスケベ心もあるものです。ロシア女性や中国女性が自分の国の男性に対して嫌悪感を感じる要員にこの「スケベ心があり」ちょっと事業で成功するとすぐ他所に女を作りたがる男性が多いとのこと。日本男性はこういうことをしないと彼女らは期待していますが、期待を通り越して危ない領域に達しているのではなかろうか?

 中高年離婚を経験した人がよく言うことですが、「性格の不一致などいろいろ理由はあるけど、本当のところは夜の営みが一番の不仲の原因だよ。」
 骨肉の夫婦喧嘩をしながらも夜は停戦して仲良くなって、翌朝から再び喧嘩の再会と言うのも家庭円満の裏事情ですから、スケベ心も大事なのかも?

後日談ですが、先述の先輩は韓国旅行に行く知り合いに例のバイアグラを一粒もたせたそうです。ところが、もらったほうは使い方を知らないので、夜の街に出る前に薬を飲んで出たものですから、イチモツが先行して暴走して大変だったようです。
 新しい生命を生み出す前に自分の生命が逝ってしまってはもともこもありませんので、使い方を良く学び、医師と相談して合法的に処方してもらってください。

 バイアグラで身を削るのもなんですから、Viagraの歌で活力を。
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ケーブルカー

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 四十数年昔のことですが、ケーブルカーに初めて乗ったのは神戸の六甲山のケーブルカーでした。
 ケーブルカーと言うくらいですから、ケーブルで引っ張って山坂道を登っているわけですが、そんな原理など知らないものですから、ものすごい力がある電車だと驚きつつ、興奮しながら乗ったおぼえがあります。
 神戸同様坂の多い港町のウラジオストクにもケーブルカーがあります。私がウラジオストクに行き始めた当初は経済混乱や予算の問題でほとんど動いていませんでした。20世紀も終わる頃に行った時にケーブルカーが動いているのを見て”なんとしても乗らねばならぬ”とうきうきしてしまいました。
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 当時は路面電車が無料だったので、極東工業大学までは路面電車に乗って行き、工業大学のキャンパスを歩いて通り抜け、山麓駅からケーブルカーに。料金は2−30円だったと思います。
 ケーブルカーに乗って数分、丘の上の山頂駅に到着すると、またチケットを買って下りのケーブルカーに乗って戻ってきましたが、これを3回ほど繰り返したら、駅の職員(ほとんどオバサンばかり)が「何者だこいつ?」といった顔でこちらを見ていました。へんな乗り物マニアの無邪気なおじさんだけなんですが。

 山頂の駅。将来は金角湾を横断する橋ができるそうですが、いち観光客としては金角湾横断ゴンドラや、ロープウェーのほうが面白いのですが、「私たちの通勤や生活のことなんか考えていないでしょ!」と言われると、まったく考えていません。
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 駅の建物にフニクレールと看板がありますが、ケーブルカーをフニクラと呼びます。

 イタリア歌曲にフニクリフニクラという歌があります。どこかで聞いたことがある歌だと思います。

 この歌がコマーシャルソングの元祖なんだそうです。イタリアのベスビオ火山に登るケーブルカーの客を増やすために作られたCMソングで、1880年に作られました。
 肝心のケーブルカーは1944年にベスビオ火山が噴火した時に壊れてしまい、復活したのは1990年です。
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ハンバーグ

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 ガンブルゲル。初めて耳にした時には何のことか?と思いましたが、ロシア語でハンバーグのこと。
 ロシアもヨーロッパ諸国に多い「H」の音を発音しない国なので、「H」を「G」で代用して発音するために、「ハンバーグ」が「ガンブルゲル」、「ハワイ」が「ガワイ」「ホーランド(オランダ)」が「ゴーランド」。
 ロシア人が日本語の「ハヒフヘホ」を発音するときには「ヒャヒィヒュヒェヒョ」に近い音になるので、妙に安定しないフラフラした感じの言葉に聞こえる時があります。
 ハバロフスクなどは「H」の音ではなく、吐き捨てるような「KH」で発音します。キリストのことを「ハリストス」と言いますが、「ハ」の部分に力が入った音に聞こえます。ちなみにロシア語で「クリスチャン」と発音すれば「農民」を意味します。
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 ハンバーグはドイツのハンブルグからその名前が来たと言われていますが、元々は中央アジアの遊牧民の料理だそうで、肉を馬と馬具の間に入れて、乗馬の振動と圧力でもむことで柔らかくしたといわれています。
 日本では以下に柔らかい肉を作るかと、手間隙かけた肥育をしますが、肉はそれなりに硬いことを前提としたロシアの肉料理など、肉の繊維を切るために包丁の裏や専用の道具で叩きます。
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 ハンバーガーを食べると馬鹿になるとナショナリストのロシアの友人は主張していますが、周囲の情報によるとハンバーグのステーキは好物みたいで、日本からの土産にもらったレトルトのハンバーグが大好きみたいです。ただ、アメリカ文化のハンバーガーになると敵意むき出しになり、癌になる、肥満になる、馬鹿になると毛嫌いしている模様。
 一頃ウラジオストクにファーストフードのハンバーガー店が話題になりましたが、「中国のミミズの肉を使っている」と足を向けようともしなかったそうです。実際、中国から輸入したハンバーグを使っていたようですが、ミミズはともかく、どんな肉を使っていたのやら?
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軍靴

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 消防団の団長の研修で、県内の自衛隊駐屯地に視察に行って来た先輩に、自衛隊がイラクのサマワから撤退するビデオを見せてもらったと話を聞きに行ってきました。

 戦場には火事場泥棒のような連中がいるので、撤退こそ難しいもので、いかに速やかに撤退するかが大きな課題。自衛隊が撤退することがイラク側に事前に漏れており、撤退の指示が出て駐屯地を出るまでの時間がわずか20分。自衛隊が出て2−30分後には駐屯地に砲弾が降り注いだそうです。その様子を記録ビデオで見てきたそうです。
 撤退した駐屯地に現地のゲリラや物取りが入り込んで、残していったものを略奪するのが戦場の現実。
 この先輩はすごいものを見せてもらったと感心していました。
 わが町の消防団長は近所に住む私の同級生で、至ってノー天気な男なので、「旅団と師団はどう違うんですか?」など素朴な質問をしていたそうです。

 駐屯の売店で「2万7千円で将校クラスの軍靴を買ってきた」と言うので見せてもらったら、USAのアウトドアメーカーのダナーの製品で、Maid in Chinaでした。ゴアテックスを使った製品で「冬、雪の上で使う事にしているんだ。」と、雪が降るのを楽しみにしているようです。
 「お前の持っている軍靴はロシア軍のものか?」と言われ、どの靴のことか?と思い返すと山仕事用の安全靴のことで、ワークマンで4980円で買ったものです。

 下級兵用の軍歌は7千円ぐらいだったそうですが、「消防団のゴム長のほうが値段が高いぞ。」消防団のゴム長は火事場で釘などを踏み抜かないように靴底に鉄のプレートが入っています。
 村に予算がなかったから私が消防団員だった時代はこの一側のゴム長を何年も使ったものですが、最後は穴があいて水が染み込んでくるゴム長になっていました。太って消防の制服が合わなくなってきたことや、交通指導員からの誘いがあって消防団を足抜け出来ましたが、交代要員の若者がいないために、50歳近くになってまだこんなことしなければならないのですから、徴兵制の2−3年のほうが楽なのでは?と思うこともあります。
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琉球民謡

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 ファムレウタ、子守唄と言う意味です。八重山のシンガーソングライターの新井幸人さんの歌です。八重山民謡というよりも現代八重山音楽です。
 どのくらい言葉の意味がわかるでしょうか?下の字幕スーパーと見比べ聴き比べてみてください。

 以前、セルゲイ君と八重山民謡のホームコンサートに行ったことがありましたが、あれ以来すっかり琉球民謡にはまったセルゲイ君は、千葉に仕事に来た時にリサイクルショップで三線を買ったそうです。ギターの心得があるので馴染みやすいでしょうが、チューニングも何もよくわからないまま独学で勉強しているようです。
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 このときの宴がよほど楽しかったのか、ビデオを見ながら民謡のメロディーを耳コピーして三線で練習しているようですが、「どんな意味の歌なのか?」と聞かれると、ロシア語よりわからない琉球方言。
 古く懐かしい日本語みたいで心にずしんと響いてくるのだけれど、何言っているんだ?ときかれると答えに窮してしまう不思議な言葉です。
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 彼は最近、沖縄方面の音楽をかき集めているようですが、日本語が読めませんし、どういうジャンルなのかもよくわからないとメールを送ってきたので、いろいろ調べて情報を送っていますが、ロシア民謡と琉球民謡のクロスオーバーができてくるかも?
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激しい

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 韓国の盧武鉉前大統領が飛び降り自殺。歴代大統領が逮捕、投獄されたり、暗殺(朴大統領)、亡命(李大統領)と、無傷ではいられない国ですから、逮捕はあるだろうなと思っていましたが、その前に自殺と言うショッキングな事件です。
 権力と金銭のつながり、家族主義など日本でも似たような状況はありますが、ここまで激しくはない。
 やり手の経営者だった李明博現大統領は5年後にどうなっているのだろう?

 中国の易姓革命ではありませんが、新しい王朝が古い王朝を否定しその遺物を破壊するような意識が、中華の影響が大きい韓国にも残っているのだろうか?
 中国の現王朝(共産党)が倒れたら、過激な「総括」が起こることは間違いないでしょう。共産党ならぬ金王朝の北朝鮮などどんなことになるやら?

 統治者が死なないと新しい時代が来ないのは民主化されていない国々の特徴ですが、韓国の場合、選挙によって5年で統治者が変わります。5年後に奈落に突き落とされることがわかっていながら大統領になろうとする人がいるのも立派ですが、この間に自分を保身する法律を作らせないのは韓国の「民」の力かもしれません。

 日本の場合、政権交代があっても高級官僚は残っているのでダイナミックな変貌はないでしょうが、政権や首相が変わったら役所の局長から上が入れ替わるようでなければ政権のカラーも出ないでしょうし、ほぼ毎年首相が交代している今なら、役所の出世競争も変わり、天下りも必要なくなるかもしれません。
 元厚生労働省事務次官がハローワークのカウンターに並んで「シルバー人材センターに登録したほうがいいんじゃないですか?どんな技術を持っていますか?」などと極めて事務的な対応を受けるようになればお役所のサービス体制も変わるかも?
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子守

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 顔見知りの仲間たちと軽井沢に行ってきました。

 午後からこの日のメイン、プリンスホテルのアウトレットモールに行きました。私はマイクロバスの運転だったので、ここに来たら木陰の芝生に寝転んで本でも読みながら一休みしようと計画していましたが、なかなか思うようには行きません。
 3歳から5歳のチビギャングが5人、私と芝生で遊んでいるうちにおばあちゃん達はこれ幸いとばかりに「私たち買い物してくるから子供達をちょっと見ててね。」とショッピングモールのほうに行ってしまいました。ちょっとと言っても女性の買い物のちょっとは時間の感覚が異なります。
 男の結束も怪しいもので、じいちゃんたちはバスから生ビールに向かって一直線。
 4時間近く子供達に引っ張りまわされることになってしまいました。足がつって、滝のように汗をかいて、子供達を見失わないように飛び回ったので、2−3日後に後遺症が出てくることでしょう。

 子供と遊ぶのは楽しいけれど、手加減をしてくれないから体力勝負です。

 それでも、孫達の様子を見に来てくれたじいちゃんばあちゃんたちに見てもらっている合間に、アウトレットの1500円のチノパンを2着買うことができました。元の値段が6900円。
 胴回りが106センチの大きなズボンで売れ残ったようです。最近痩せたので今のサイズよりも10センチ太いのですが、それでも規格外の体格なので贅沢は言っていられません。着られるものがあれば抑えておくにこしたことはありません。
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 異様に疲れた一日でした。
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Departures

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 映画「おくりびと(Departures)」がアカデミー外国語映画賞に輝き、オスカーを手にしたことは記憶に新しいです。

 昨今は葬儀会社があらかたのことをやってくれるようになりましたが、葬儀社がなかった時代、ご近所の底力だけが唯一の頼みの綱。我が家の界隈なら近所の隣組みの人たちがほとけ様の死に装束を着せたり化粧を施し、お通夜の晩に家族が棺桶に納棺するのが慣わしでした。
 交通事故のほとけ様など出てしまったものなら、見られるような仏様に仕上げるのにご近所は悲惨なものでした。

 20代前半の若者ですが、「おくりびと」前処理をやっている青年います。自動車の修理工場に勤めていましたが、つぶれてしまい、奥さんと子供を養わなければならないので給料優先で選んだのがこの仕事。
 主に病院や警察に遺体処理に呼ばれる仕事が多いようですが、呼ばれれば県内全域に出かけるのだそうです。
 今日の夕方、たまたま顔を合わせたら、前橋方面で2件依頼があって仕事を終えて帰って来たとのことでした。

 「あの映画が出てからこの仕事につきたいと問い合わせの電話が頻繁に来るようになった。」と、競争時代に入った模様です。映画は臭いがしないからねぇ。と笑っていました。

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マラソン大会

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 例年秋に行われていて中学校のマラソン大会が今年から5月に変更になりました。
 驚いたのはその距離で、女子が2.5km、男子が3.5km。これでマラソン大会?と疑いたくなるような距離ですが、文科省のお達しで距離が短くなったのだとか。

 私の時代では今の2倍以上の距離を走らされたもので、長距離が苦手だった私など”なんで三十数年前に距離を短くしてくれなかったのだ?”と悔しい思いがします。

 距離が短くなって幸いだったのはトップグループと最後尾の開きが少ないことで、最後の一人が通過するまで炎天下の道路に立っているのもきつい役目です。

 今までは外国人奥さん達が女子の部に混ざって中学生達と一緒に6km前後のコースを走っていましたが、一昨年オブザーバーで参加した空気を読めない元ロシアの長距離選手の奥さんがぶっちぎりトップでゴールして、昨年からは生徒だけで走るようになりました。
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医療体制

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 東京でも新型インフルエンザが出た模様。夜、友人から電話があり、「マスクを買いに行ったら売り切れて買えなかった。」と言うので、SRAS騒ぎの頃に買ったマスクが残っていたので、早速エクスパックで送りました。

 その後、日米カップル宅にうかがったら、ニュースの画面に映るマスクをした人たちの映像を見て、マスクをする習慣のない外人さんたちは「こちらのほうが異様な光景に見える」と語っていました。

 世界の感染者は1万人を超えたというのに、死者の数は80人程度と通常のインフルエンザよりも毒性が低い気がしますが、その国の医療体制に大きく左右されるインフルエンザのようにも思えます。
 医療体制の整っている日本ですから心配はしていませんが、世界には胡散臭い医療の国が多々あります。

 「рассол」塩水です。


 日米カップルのご亭主は永住権を申請中。永住権を申請にあたって考えてしまったことは、3ヶ月以上日本国外に出ることができないことで、例えば自分の母国に里帰りしても3ヶ月以内に一度日本に戻らなければ永住権が消失してしまうこと。
 現在の配偶者ビザでは3年に一度なり5年に一度配偶者ビザの申請をしなければならず、その手間は省けるものの、「自分の国籍が宙に浮く様な感じがする」と語っていました。
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英語

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 ウラジオストク出身者ではないがロシア人の友人のお母さんは日本語が堪能。ソビエト時代にモスクワで日本語を勉強したそうですが、あの時代にモスクワで日本語を勉強したと言えばKGB関係者。
 戦中、ソビエトに亡命した女優の岡田嘉子さんにも面識があった人なんだとか。
 失礼なことになりかねないので、昔のことは興味はあってもきかない様にしています。

 そのお母さんの影響もあって彼女も日本に興味を持ち、日本語を勉強して、留学生となって日本にやってきたわけですが、日本に来てあらためて勉強したのが英語。
 「日本人は外国人が英語を喋るものと思い込んでいるでしょ。特に英語ができる日本人はそう決め付けていますよね。私が英語を喋れないとわかると、急に視線が冷ややかになって悲しい思いをしました。私にとって日本語は外国語なんですけど。」
 それでも、このチャンスにと開き直って、英国から来た留学生に英語を教わっている最中。

 英国と言えば、近年ロシアの富豪が英国に住むケースが増え、ロンドンなどそのロシア人目当てにビジネスをしようとロシアから渡ってきた労働者なども多いと聞いていますが、世界同時不況以降、こうしたロシア人たちが英国から姿を消したと聞いています。

 昨年の冬はロシア人観光客で賑わっていたスキー場も、この冬はほとんどロシア人を見かけなかったようです。

 「経済?僕たち庶民には関係ないよ。昔も今も貧しいままだから。」とウラジオストクの友人は開き直っていますが、彼の勤めている会社も投資に熱を上げた社長がだいぶ焦げ付きを出したようで、日本に派遣していたスタッフもこの冬に全部引き上げ、現在は週休三日制。給料が下がった分を食費で穴埋めしようと、彼も郊外のダーチャで畑作りに精を出しているようです。
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マスク

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 日本国内の新型インフルエンザ感染者が一気に160人を越えました。日本から大量の感染者が出たことで、WHOは最高グレードのフェーズ6にする動きが出てきたようです。

 SARS騒ぎの時にマスクを買い置きしてありますが、ほとんど使わないまま薬箱の中にあります。昨年、マレーシア人のファーファイア君が風邪をこじらせた時にこのマスクを何枚かもって行きましたが、彼には風邪=マスクの概念がないために、なぜ自分がマスクをしなければならないのか?からかわれているのか?と、疑いながらマスクをしていました。

 関西方面の友人はマスクを着用して通勤すると言っていましたが、マスクをした人たちが大勢朝の駅の改札を通る姿は、マスクの概念が異なる国の人たちには異様に見えるかもしれません。

 連休明けから大連に行っている弟から電話がありました。渡航するときにマスクをたくさん持たされて出かけたものの、着替えのワイシャツを忘れて、安い店で現地調達したらメイドインラオスだったようです。「昔の中国製並みで、一度洗濯したらくしゃくしゃになってしまいそうな代物。」
 家庭のために安いラオス製のシャツを着てお父さんはがんばっているようですが、子供達の土産に中国製のおもちゃは危険だから、成田で買ってくるように言われているそうです。

 長い歌ですが、いい歌です。「手紙 親愛なる子供たちへ」。元の歌詞はファドの国ポルトガルらしいです。

手紙〜親愛なる子供たちへ〜  (歌詞)

年老いた私が ある日 今までの私と違ったいたとしても

どうかそのままの私のことを理解して欲しい

私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても

あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい

あなたと話をする時 同じ話を何度も何度も繰り返しても

その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい

あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本の暖かな結末は

いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ 消え去っていくように見える 私の心へと

励ましのまなざしを向けて欲しい

楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり

お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい

あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて

いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に

祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない

足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったら

あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように

よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい

あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらいことだけど

私を理解して支えてくれる心だけ持って欲しい

きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです

あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように

私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと

あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい

私のこどもたちへ

愛するこどもたちへ
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ムサカリ

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 知人宅に行ったら夫婦間冷戦の真っ只中だったようで、奥さんがお茶を出しながら「こんないい加減な男と同じ墓には入りたくない。」と怒っていました。
 ”私は小学校時代から知ってるけど、いい加減なんてもんじゃなく、もっとでたらめな男だったよ。長年連れ添っていて今頃気がついたの?今じゃ更正して随分マシな人間になったよなぁ!”と言うと、「まあ、娑婆でもまれたから、人間成長したんさ。」
 そうは言えども固定資産税が入ってこない墓地政策はどこの行政も悩みの種。ここは死んだ気になって同じ墓に入ってもらうのも世のため。

 同じ墓に入る。日本人独自の感覚だろうか?ちょっとオカルティックになりますが、山形にはムカサリ絵馬と言う死後結婚の儀式があり、結婚前に夭折した若者にあの世での伴侶を絵馬にしておさめる儀式なんだそうです。ムサカリとは結婚を意味する方言のようですが、「結ぶ」と「去る」から来た言葉のようです。
 18年前ですが、山形の「山寺や岩に染み入るせみの声」の立石寺に行った時に、奥の院に婚礼の絵が描かれた絵馬を見たことがありました。その後、♪めでためでたぁ〜の〜♪若松様こと、天童の若松観音に行った時にも絵馬堂に婚礼の絵馬が飾ってありました。あわただしいバス旅行で、参拝もほどほどに早くバスに戻ってビールを飲まなければならないこともあり、仏式結婚だろうか?程度にしか思いつきませんでした。ガイドさんが何か説明していましたがおぼえていません。ビールはアサヒのスーパードライで、前日に仙台で買ったみやげ物の笹かまぼこをつまみに食ってしまったことは良くおぼえています。
 
 同じ墓に入りたくないどころか、あの世でも伴侶がいなければならない日本人の結婚観。

 ムカサリ絵馬にも掟があり、あの世の伴侶は架空の名前でなければならず、この世にいる因果のある相手の名をつけてしまうと、あの世に引っ張られてしまうのだとか。
 絵馬で死者の結婚。つまりは生き残った人たちの気休めになってしまうのでしょうが、日本人の情緒感かもしれません。

 おどろおどしいことになると世界に並ぶものがない中国。山西省の一部農村地域では独身の男性が死ぬと女性の死体を買ってきて一緒に埋葬する風習を持つ地域があるそうで、「陰婚」というのだそうです。
 生身の「死体」を「買ってくる」この生々しさ・俗っぽさが中国的だと思います。

 「婚活」結婚活動がブームなんだそうで、ブームといえばその時期が去れば空虚な残骸しか残っていないものです。要は条件の刷り合わせの就職活動の変形のようになっている感があり、肝心なものが抜けているかも?

 昭和村を通ったらお寺の前に人が集まっていました。お葬式かな?と、通り過ぎたら、白いネクタイをしている人ばかりで、葬式に白いネクタイということはまずありえませんし、仏式結婚式でもあるのだろうか?否、この界隈で葬式に白いネクタイで人が集まるほど嫌われているとしたら・・・心当たりのある爺さんがおり、いよいよ地獄に落ちたか?
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 面白そうだから引きかえして見に行ったら、鐘つき堂の落成式式でした。
 しった顔ぶれがいたので○○の爺さんがくたばったのかと思ったといったら、「あんつらもんの葬式に行くような馬鹿はいやしねぇ。散々人を泣かせてきたんだから簡単に死んでもらってはおさまんねぇ。」とすざましい嫌われ方でした。
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 何回か通り過ぎたことがあるお寺でしたが足を踏み入れるのは初めてで、境内に水子地蔵尊が祀られていました。
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国内産?

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 海外渡航とは関係ない、日本国内感染の新型インフルエンザが神戸から出た模様です。神戸ではお祭りが中止になるなど、警戒感が高まっているようですが、あの震災を乗り越えた強い人たちですから、風説に惑わされることなく冷静に事態に向き合って解決策を示してくれると期待しています。

 30年近く昔の話になるけど、海外から帰国した人がコレラに感染しており、帰国後、この患者が行動した足跡を保健所が消毒してまわったことがありました。たまたま帰国後にこの患者が沼田あたりまで来ていたので、歩いたと思われる場所を噴霧器を持った職員が消毒していました。

 細菌とウィルスは異なりますが、予防するにこしたことはありません。嵐が去るまで人の集まるようなところには行かないにこしたことはありませんが、なかなかそうも行かないのが世の常です。

 パキスタン人と前橋で待ち合わせして手打うどんでお昼を食べました。
 日比カップルがやっているうどん屋さんで、ご亭主がうどんを打ち、フィリピン人の奥さんが料理をしているなじみのうどん屋さん。盛り込みのよさとおいしさで人気店です。
 パキスタンのおっさんのお気に入りはタヌキうどん。

 タヌキってどんな動物か知っている?と聞いたら、「知ってるよ。大きなチンチンの動物よ。子供と一緒に平成ポンポコ見に行ったよ。」
 天然ボケですから微妙に的を外れているようなので、やぶへびにならないようにこれ以上突っ込みませんでしたが、タヌキうどんの具の天カスが大好物なんだそうです。スーパーの惣菜コーナーでテンプラカスを買ってきて、カップうどんに山盛にして油ギトギトで食べるのがお気に入りなんだそうで、「これさえあれば幸せな気分。」とご機嫌でした。
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山の幸

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 沼田の農産物直売所に「鹿の肉・猪の肉あります」と看板が出ていたので、本当にそんなものを売っているのか聞いたところ、猟師が冬に撃った鹿や猪の肉を冷凍して売っているのだとか。もう在庫少ない。

 この冬、鹿狩りをしたウラジオストクの友人は、獲った鹿の肉を干し肉にして保存しています。以前、ご馳走になったことがありましたが、硬くて簡単には食べられません。ロシアの黒いパンもそうですが、アゴの筋肉を鍛えていなければ食べられたものではありません。
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 山の幸とは言え、肉類はほとんど縁がありませんが、今の季節は山菜シーズン。精進料理のごとく山菜尽くしの食卓の日々です。贅沢なんだろうか?貧しいのだろうか?
 山菜と言えば先日紹介したウクライナ人の陶芸家も日本の山菜料理に興味を持っているようで、たくさんとって保存して冬の食料にする方法を模索しているそうです。

 沼田でへんな看板を発見しました。
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足腰

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 登山で足の指が切断直前の凍傷になってから22年。つま先に感覚がなくなって特注の靴のみはいていましたが、10年ほど前からだんだん感覚が戻ってきて、普通の靴やサンダルも履けるようになりました。

 「若向き」「流行」。こうした言葉に敏感に反応する中年になってしまったのか?昨年、他所行きの革靴を買うのに、流行のつま先が長い靴を買ってしまいました。
 若い人ではアブドゥーラ・ブッチャーの凶器シューズのごとくつま先の尖った靴を履く人が見受けられますが、それほどでもないにせよ、指先よりも数センチ先まで伸びた革靴を薦められて買いました。

 ところが、つま先がひっかかって歩けたものではない。急な階段など横向きに登らないと危なくて登れもしない困った代物。
 慣れれば大丈夫と言うものの、慣れそうにもない。
 足をしっかり上げて歩けばつま先が引っかかることはないと若い人は簡単に言うけど、世阿弥の舞いのごとく地を這うような華麗なすり足なので、ちょっとした突起物にもつま先がひっかかる。

 葬式の斎場の絨毯につま先がひっかかり、つんのめって転がってしいましたが、そこは柔道の賜物なのかごろんと一回転して、何事もなく涼しい顔で立ち上がったもののすっかり注目を浴びてしまいました。運動神経が良いのか?悪いのか?

 昨年は下駄を履いて風呂に行く途中転がって足や肘などすりむく怪我をして、今年は革靴でつまづいて転がるなど、足腰が衰えたのかな?と気になりだしました。こんなざまでは肘や脛にスケボー用のプロテクターをして歩かねばなりません。
 歳はとりたくないなぁ、と、笑顔を浮かべつつも内心は落ち込んでいます。

 足腰を鍛え、健康のためにベリーダンスなどいかがでしょうか?私は遠慮しておきます。

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サル

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 世界で最も北に住むサルは青森県の下北半島のニホンザルだそうで、そこより北には野生のサルは生息していない。
 当然、ウラジオストクに野生のサルは生息していないので、移動動物園や大道芸のサルしか見たことがない。

 野生のサルが出没する土地に住んでいると無責任にうらやましがられるけど、田畑をあらされ、テレビのアンテナはとんでもない方向にまげられ、サルとの知恵比べにことごとく敗れ去る暮らしを全然理解してくれない。
 見方を変えればこちらだって「ロシアは冬こそ素晴らしい。ロシアを知るなら冬に行くべきだ!」とそこに生活する人の心情など考えもせず語っているんですから、似たようなもの?

 昔は野生のサルなんてめったに見ることはありませんでしたし、見る機会があってもそれは奥深い山の中で、人里にサルが出てくることもまれでした。
 人と野生動物の間には結界のようなものがあって、山で野生動物に出くわすのはどちらかに油断や気のゆるみがあった時で、人里を離れればこちらがビジターなので、できるだけ出会わないほうが身のためだったような気がします。

 小学校の頃、通学路の脅威はクマで、クマが人里に出る時期には空き缶を鳴らしながら集団登校をしたものですが、通学の脅威がクマからクルマに変わり、近年では変な人、つまり人間に代わっています。
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 サルの群れを見かけたのでデジカメを持って追い掛け回したのですが、望遠レンズの射程距離を知っているのか?なかなか程よいところに留まってくれません。どうでもいい時に近くまで寄ってくるくせに。
 
 野生の動物というのか、野性の中にいると「視線」は脅威なんでしょうか?遠くから眺めている時と、望遠鏡などでのぞいたときの野生動物の挙動は随分異なるような感じがします。
 人間も野性に身を置くと「視線」「気配」に敏感になるような気がします。畑仕事をしていたら何か不思議な気配を感じるので周囲を見渡すと、林の中から大きなフクロウがこちらを見ていたなんてこともありました。昼間、夜行性のフクロウの目でなにが見えるものかわかりませんが。
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 それにしてもサルの登攀能力はたいしたものです。岩盤にコンクリートを吹きつけたスラブをザイルもつけずに登ってしまいました。

 農作物の季節、サルとの知恵比べが始まります。
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牡丹

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 月夜野の小川城跡の牡丹が見ごろなので、夕方、眺めに行ってきました。
 今までのイメージが、周囲の林の木々が茂って鬱蒼とした暗い城跡でしたが、牡丹の花が咲き並ぶことでイメージが随分変わった感がありました。
 牡丹は首が落ちるように花がボタンと落ちるから、武士にとってはあまり縁起の良い花ではないはずです。室町時代末期の小川城2代目城主の小川三郎景祐は蛮行が多い人物で、それを理由に隠居させられ、しばらくはおとなしくしていたものの再び蛮行が始まり、沼田城に討ち入って殺されたそうです。やはり牡丹が似合うかも?

 城跡の入口に八重桜の木がありましたが、既に花は終わり、道端に花の残骸が残っていました。桜と言えば花びらが一枚一枚バラバラに散るように思えますが、八重桜は花ごと墜ちる桜です。
 首がたくさん落ちてらぁと足元に散らばる散り際を見て思いましたが、そこは日本の花、牡丹とは異なります。
 色が変色して醜い姿をさらして朽ちる中国原産の牡丹の花と異なり、色合いを残したまま凛として散るのが日本の桜。
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 品種改良で多様な色合いを持つ牡丹の代表的な色合いは、たぶん人の肌色に近い色合いではなかろうか?
 中国の磁器や絵画に牡丹をあしらったものは多く、中国はああいう血なまぐさい国ですから、牡丹の肌色に何かしら意味深なたくらみを感じますし、妙に隠微で色っぽく艶っぽくも思えます。
 そういえば西洋人が好むバラの花も妙なう色気や艶っぽさを感じます。肉感的な艶っぽさが日本の花にはないと思えます。
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 藤の花は日本の花の中では艶っぽい花だと思いますが、牡丹と比べれば成熟してない少女のようで、爽やかさがあります。

 ふと気がついたのは、蜂がいない。ミツバチが激減したと言うニュースが流れて気にしていましたが、これだけの花、特に甘い香りの藤の花があればミツバチに限らずクマンバチなどもやってくるはずです。蜂以外にも花の甘さに引き寄せられた虫が飛び交っている季節ですが、花はおろか茎まで枯れ果てたようなゲートボール帰りのおばあさんの集団が「きれいに咲いただねぇ」とやってきただけでした。
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陶芸

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 ロシアの伝統的な陶磁器として「Гжель(グジェリ)」があります。モスクワ近郊のグジェリ村で作られたことからこの名が広まりましたが、中国の青磁をモチーフにしたような磁器で、日本の伊万里焼などに似た色使いや感触があります。
 ウラジオストクの友人宅に一見グジェリと思わせる食器がありましたが「よく見るとわかるけど、スイフンヘイで買ってきた中国製。本物は高くて買えないよ。」と、言われてよくよく眺めてみたら絵の雰囲気が中国的だったり、さらに食器の裏に漢字で何かかれていました。

 ウラジオストクの商店に並んでいたグジェリを窓越しに眺めたことがありましたが、陶器とは違い歪みのない磁器は左右対称のシンメトリーを好む民族向きなんだなぁと感じたものです。


 それにしても、興味深いアートを発掘することが上手いのが中之条の真澄さんで、アートのほうから彼女に接近してくるような引きの強さを持っているオバサンです。
 六合村にウクライナ人のナタリアさんという陶芸家がいると教えられ、真っ先にイメージが思い浮かんだのが理論整然とした磁器でした。スラブ人と侘び寂び歪みの陶器のイメージがどうにも思い浮かびませんでした。

 作品はまだ見たことはないが、人格が優れた人だと真澄さんが絶賛するので、是非見に行きましょうと出かけたのは夕方のことでした。
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 日本の侘び寂とも、冬の長いロシア的憂鬱とも違う、気候に恵まれたウクライナの感覚なんだなぁと感心しつつ、目が釘付けになったのは手前のチューリップのティーカップ。凛とした造形でその色合いにはДнепр(ドニエプル川)の水面に写る花を感じさせました。
 この人、自分の故郷をしっかり持っていると感心しながらも、取っ手の装飾や文様など日本人がやるとくどくなるような装飾を自然に見せてしまうのですから、感性が異なる素晴らしさも発見でした。
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 カップの外側は異国情緒がありながら、中は日本的な色合いです。釉薬は藁にしてはきめ細かいし、楢灰釉だろうか?それよりも色合いが淡い感じがしましたが、高温で焼き上げることで釉薬の中のケイ石がガラス質になりることで作り出すひび割れ模様も味わいがあります。
 おいしい米ができる田んぼはケイ石が含まれた田んぼと言われており、古い田んぼの下の粘土を使って陶芸をする人がいると聞いたことがあります。良い田んぼでとれた稲藁なら良い釉薬ができるのかも?
 赤い色の出し方なども研究を重ねたんでしょうね。
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 この作家の紫の作り方使い方は圧巻で、リラの花の紫のようにも思えましたし、地平線に沈む夕日のようにも思えました。
 この紫が光の加減で微妙に変化して、真珠のような光沢にも思えましたし、虹のような風合いをかもし出していました。
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 ギターの装飾などに「ツリー・オブ・ライフ」など唐草模様を取り入れるのは西洋人の感性なんでしょうが、唐草模様はメソポタミアかエジプトあたりから世界に伝播した文様と聞いています。
 シルクロード経由で中国に入り奈良時代に日本にも伝わり、獅子舞や東京ボン太のトレードマークになったようです。
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 真ん中の湯飲みはストロボの光が直接当ってしまったために釉薬の持つ鈍色が表に出てしまいましたが、この独特の柔らかい紫色で思い出すのは、冬のシベリア鉄道の窓から見た雪原に繰り広げられる夕日や朝焼けの色で、なんとも温かく柔らかい色合いになるんです。日が落ちて時折闇の中に見える人家のランプの暖かい色合いに心和ませたときのことなどを思い出しました。
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 縄文人の末裔?新潟の影響が強い我が家の界隈ですと火焔式土器が出てきますが、山を一つ越えて吾妻では水焔式土器などと呼ばれる、異なる文様を持つ土器が出土します。
 以前、野焼きで土器を焼いてみたことがあります。燃焼温度が低いから水が染み込むスカスカの土器でしたが、古代の人たちはこれに漆を塗って強度を増し水漏れを防ぐ方法を持っていました。漆を塗った土器の破片を見たことがありますが、深い黒い色で、焼き締めのシャープな黒い色を日本人が好むのはきっと漆塗りの縄文土器の感性を引き継いでいるからだろうか?なんて考えたことがあります。

 外の複雑な文様も美しいけれど、炎と釉薬で生み出されるカップの中の色合いや艶が貝の殻の内側のような滑らかさで、真珠のようでした。
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 真澄さんがもらった時計。結婚式の引き物に製作依頼を受けた作品だそうで、裏には新郎新婦の名前が入っているために売り物にならなかったのだそうです。
 もちろん陶器ですが、最初、遠目に見たときは木材に漆を施して、絵柄はアバロンかパールのセルでバインディングしたものかと思いました。絵柄が時が流れていくさまをかもし出していて、長い秒針は天の川にかかるカササギの橋のようでもあります。
 中国では置時計をプレゼントすることはタブーで、置時計を意味する「金中」と、臨終を意味する「終」が同じ発音「zhong」なので、縁起が悪いと言うことになっています。「もらえるものなら全然気にしない」と言う人も多いようですが・・・
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辛子

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 朝から三国峠の道路清掃でした。
 ゴミ拾い出発前に役場の助役から、NHK大河ドラマの天地人で上杉勢と織田方の滝川勢が激突した歴史的な場所であり、今夜の放送で取り上げられると言ってたので、夜、テレビを見ていましたが山伏の伝令が「三国峠でお味方大勝利!」で終わってしまいました。

 真夏並の暑さで、内陸のほうが気温がたかったのか、我が家の界隈で31度。隣の中之条町では33度を記録したようです。

 午後からは薬師祭の会場に行ってきました。片付けの手伝いですが、まだその時間まで早かったので、近所の人たちと談話していました。

 このところ周囲で流行っているとてつもなく辛い辛子作りの話になり、タイや韓国に旅行に行って見つけてきたおよそ食い物にならない辛子や、食べるとしばらく体調がおかしくなるが増えてきたことに「辛子と言うよりも、すでに毒の部類に入っている」と言いつつ、「来月中国の内蒙古に行くので、また珍しい辛子の種を見つけてくる。」
 中国の辛子はおおむね辛さが強いものはありませんが、鮮烈な赤い色合いを持つ種類が多いので、晩秋の農村など山のように積まれた辛子の赤が鮮烈です。

 実は昨夜、メキシコあたりが原産だといわれているピーマンに似た辛子のハバネロを醤油に漬け込んだ辛子醤油で刺身を食べましたが、口の中がしびれてマグロもイカも歯ごたえをのぞけば同じ味に感じました。さらに炭酸の感触を除けば、ビールもウーロン茶も同じ味でした。
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健康

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 遠からず発生するとは思っていましたが、ついに日本でも新型インフルエンザの感染者が出てしまいました。冷静に事態を見守りたいと思います。

 朝から地区の道普請で、作業後に近所の組の人たちと花見をしました。
 この冬、ちょっとした風邪から危うく奥さんをなくしそうになった近所の年配男性は、奥さんが助かるようにと、今まで毎晩三合飲んでいた酒を二合にすると誓いを立てて願をかけたそうです。普通、酒をやめると誓いをたてるんじゃないの?と突っ込まれていましたが、「そこまでやっちゃうと、俺のほうが先にあの世に行っちまう。一合減らすだけだって決心が必要だったんだぜ。」と、この日もいつもより控えめに飲んでいましたが、「もう1日病院に行くのが遅れていたら、今頃喪に服して酒なんか飲んでいられなかっただろう。」と語っていました。

 顔役の一人は先月脳梗塞で入院。幸い「少しおかしい」と早めに病院に行ったので、大事に至らず復帰しましたが、ノンアルコールビールを飲んでいました。
 組内の人たちもそれぞれ歳をとって、この10年を見ても癌で胃を切ったり、肝臓を壊したり、糖尿を患ったり、花見の酒の量も半分以下になりました。かくいう私も週末に胃カメラで胃の中をかき回されたばかりなので飲み食いも少なめでした。
 集まって一杯始まると、最後はみんなでフラダンスが始まるのですが、今回はおとなしく片づけをして解散となりました。
 「健康」が話題の中心でした。

 花見の席で先日亡くなったロック歌手の忌野清志郎さんの話題になりました。何年か前、苗場のフジロックに出演した忌野清志郎さんが、自転車に乗ってこのあたりを飛び歩いている姿を見かけました。祇園祭の飾り付けをしていたときだと思いますが、「へんなオヤジが自転車で飛び回っているぞ」とびっくりしたものです。

 「雨上がりの夜空に」はセックスを連想させる歌詞だからと放送禁止か放送自粛だったはずですが、時代は変わりNHKで放送していました。
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ライラライラ

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 「לילה לילה」 文字化けしたわけではありません。「ライラライラ」と読むヘブライ語の文字です。
 「ライラ」は日本語に訳せば「夜」という意味らしいです。

 1970年代後半だったと思いますが、森山良子の子守唄のLPを買いまして、この「ライラ」という曲が入っていました。どの国の歌なのか?何語なのかわからない歌でしたがメロディーラインがとてもきれいだったので何回も繰り返し聴いたものです。

 学生時代中東からの留学生に、「ライラ」という女性の名前は多いと聞き、中東方面の歌だろうと当たりをつけていましたが、ユダヤ教にライラという名の天使がおり、懐妊などをつかさどる天使だと知り、たぶんイスラエルの歌だろうと察しました。

 それから随分年月が流れ、たまたま思い出してユダヤ系ロシア人の知り合いに聞いたら、たぶんイスラエルの歌で、ヘブライ語の歌だろうと教わりました。
 作詞はAltermannと言うM78星雲からきたような名前の人で、作曲はZeiraという怪獣のような名前の人。

 日本でもよく知られている「ドナドナ」はウクライナ系ユダヤ人のゼイトリンの詞にベラルーシ系ユダヤ人のセクンダがメロディーをつけたもので、原曲はイディッシュ語で作られました。「ドナドナ」は「アドナイアドナイ(主よ主よ)」をナチスに聞き取られないように言いました言葉らしいのですが、に馬車に揺られて売られていく子牛は、収容所に連れて行かれるユダヤ人をあらわしたものだという説もあります。

 1960年代にUSAのフォークの女王ジョーン・バエズの歌がヒットして、日本でも広く知られるようになりましたが、意味深い歌です。

 さて、話は「ライラ」に戻りますが、どういう意味の歌なのか?イスラエルのお隣のシリア人に聞いてみたところ「そんなの知るわけないだろう!シリアでイスラエルの歌なんか歌ったら大変なことになる!」時折ミサイルが飛んでくるような仲ですからそれも然り。それでも、隣国のことなんだから遠い日本よりよく知っているだろう。政府にもアラーにも内緒にしてやるから聴いてみろ!と聞かせたところ、「アラブのメロディーではないが、ヘブライ語だと思う。」アラビア語でも「ライラ」は夜を意味するそうで、ペルシア語なら黒髪だそうです。

 ヘブライ語の辞書なんぞあるものか?と思ったら図書館にあったので、歌詞を訳してみました。

 毎夜毎夜風はそよぎ
 毎夜毎夜木々は歌う
 夜よ夜よ星は孤独に歌う
 おやすみおやすみ明かりを消して
 おやすみおやすみ明かりを消して

 毎夜毎夜目を閉じて
 毎夜毎夜お前の心に続く道
 夜よ夜よ馬と武器が
 おやすみおやすみ三人の騎士がやってくる
 おやすみおやすみ三人の騎士がやってくる

 毎夜毎夜最初のひとりは犠牲になり
 毎夜毎夜二人目は殺された
 夜よ夜よたった一人残された
 おやすみおやすみ彼はお前の名を忘れてしまった
 おやすみおやすみ彼はお前の名を忘れてしまった

 毎夜毎夜風はそよぎ
 毎夜毎夜木々は歌う
 夜よ夜よお前はまだ待っている
 おやすみおやすみ道には何もない

 これがヘブライ語版
לילה לילה הרוח גוברת
לילה לילה הומה הצמרת
לילה לילה כוכב מזמר
נומי נומי כבי את הנר
נומי נומי כבי את הנר

לילה לילה
נומי נומי כבי את הנר

לילה לילה עצמי את עינייך,
לילה לילה בדרך אלייך
לילה לילה רכבו חמושים
נומי נומי שלושה פרשים
נומי נומי שלושה פרשים

לילה לילה
נומי נומי כבי את הנר

לילה לילה אחד היה טרף
לילה לילה שני מת בחרב
לילה לילה וזה שנותר
נומי נומי את שמך לא זכר
נומי נומי את שמך לא זכר

לילה לילה
נומי נומי כבי את הנר

לילה לילה הרוח גוברת
לילה לילה הומה הצמרת
לילה לילה רק את מחכה
נומי נומי הדרך ריקה
נומי נומי הדרך ריקה
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ベルルスコーニ

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 イタリアのベルルスコーニ首相。ネオ・ファシストのメンバーだったり、ACミランの会長を歴任したり、イタリアの放送局の70パーセントを掌握するメディア王だったり、党大会で「投票日までセックスをしない」と公約したり、「オバマはハンサムで日焼けしている」などジョークを通り越した暴言も多い人物でありますが、今度は「結婚生活はもう終わり。小娘を追い回すような男となんて一緒に暮らせないわ」と、ヴェロニカ婦人に離婚を突きつけられている困ったおじさんでもあります。

 首相は77歳で婦人は20歳も年下の元女優。離婚、再婚に厳しいカトリックのお膝元で2度目の結婚というのですから、それだけでも風変わりなカップルですが、首相が女性閣僚を増やすことに対して夫人はその下心を懸念していたようですし、自分の娘の18歳のパーティーには顔も出さなかったくせに、モデルの18歳のパーティーに出席したことが逆鱗に触れたようです。

 国民性の違いというのか、これぞヨーロッパというのか、日本なら耐え忍んで相応な時を待つべきところを、そんなことおかまいなしにゴーインにマイウェイ。プリミティブな人々です。
 クリントン元大統領の女性問題をヒラリヒラリとかわした我の強そうな国務長官が立派に見えるほど。
 内助の功なんて絵空事?

 イタリア首相夫婦問題はさすがはヨーロッパといえる事件ですが、海の向こうの出来事と笑っていられない国際カップルも少なくないかも。
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端午の節句

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 5月5日端午の節句。本来は旧暦なので、今年の端午節は太陽暦なら5月28日です。

 3世紀の中国の楚の国に屈原という政治家がおり、時まさに秦が覇権を握らんとしていた時代。
 「秦は瀋陽信用なりませぬ」という屈原の説得も聞かず、楚の王は秦と婚姻関係を結ぼうとして捕らえられ監禁。やがて楚は秦に飲み込まれてしまいます。

 屈原は左遷され、秦に蹂躙された楚の将来を嘆いて川に身を投げてしまいます。
 人々の信望扱った屈原の死を悲しんだ人々が、川の魚が屈原の遺体を食べないように、笹のは二個目を包んで川に投げ入れたのが粽(ちまき)の由来といわれています。
 旧暦の5月5日に中国では龍船(ドラゴンボート)と呼ばれる船のレースが催されますが、これは川に身を投げた屈原を救おうと人々がこぞって川に船を出した故事からの行事なんだそうです。

 この冬、孫が生まれた友人宅で粽をご馳走になりました。道路が混雑するからと、朝早くに息子と孫は東京方面に帰ってしまったようで、夫婦二人でのんびりしていたようです。自分たちが親になった頃は鯉のぼりも粽もまったく興味なかったどころか、煩わしい風習程度にしか思えていなかったのが、孫が生まれたら突然「必要を感じた」とそろえたそうです。「俺達がそうだったように、せがれもこの気持を理解できなかったようだ」とぼやいていました。

 端午の節句なので、関係ないけどアルゼンチンタンゴをお楽しみください。
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ボート

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 連休ということもあって、まだ水が冷たいののも関わらず利根川でラフティングをする観光客がたくさんきました。

 ラフティングに限らず、沢の渓流を滑り降りるキャニオニングなど、自然を利用した若者相手のアドベンチャー風レジャーが広がってきて、温泉地にも新しい波が来たのかな?なとと眺めています。
 ラフティングでは死者が出る事故もおきていますが、中止になることもなくすっかり根付いた感があります。

 夏の真っ盛りではTシャツに救命胴衣でボートに乗っていたように思えましたが、さすがにこの季節はウェットスーツを着ています。

 このウェットスーツも貸し出してくれるようですが、この段階で巨体の私など蚊帳の外になってしまいそうです。
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 川で釣りをしていた人たちにとってラフティングは天敵で、釣竿を構えてようやく集中できて来た頃になると次のボートがやってくる絶妙のタイミング。
 そのたびに釣り師のおじさんは竿を上げてボートの集団が過ぎるのを待っていました。

 最近はほとんど行かなくなりましたが、沢登りをしていた頃、渓流釣りが天敵で、我々が水の中を歩きながら上ってくるものですから、魚が逃げてしまって釣りにならない。
 一応気を使ってはいるのですが、釣り師に嫌味でも言われようものなら、上流で水を濁らせて邪魔をしたり、冷戦はここでもありました。
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 十数年前になりますが、友人がカヤックを新調して、古いカヤックをくれると言われたことがありました。その当時は興味もありませんでしたし、置く場所もなかったので「いらない」と断ったのですが、今になって「もらって置けばよかった」と残念がっています。
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 憲法記念日。憲法改正論議が毎度毎度取りざたされるが、唯一憲法9条のみで他の条文に関してはほとんど取り上げられることがりません。社会主義者達が猛威をふるっていた時代なら、天皇に関する憲法1条が取りざたされていたと思います。

 憲法9条もここにきて様々な解釈(方便)が出ているので、このままでも良いのではなかろうか?と怠惰なことも考えてしまいます。
 法律が何のためにあるのかといえば、本来は庶民のためにあるはずなんですが、時として法が人を苦しめることも多々あるので、解釈は幅広くできるほうが良いもので、あまり端的にわかりやすく原理的にしてしまうと、良い法律も悪法になってしまいます。

 150年前、国定忠治と呼ばれる博徒がいました。本名は長岡忠治ですが、現在の群馬県伊勢崎市国定に生まれたので、国定忠治と呼ばれています。
 関八州にその名を知られた賭博の元締めのようなもので、まあ、ろくなものではなかったのですが、農村出身で年貢にあえぐ農民を目の当たりに育ってきた人物なので、バクチの上がりの金を農民に施したり、勝手に幕府に成り代わって今で言うところの公共事業をやって雇用を生み出したり、当然幕府役人にとっては目の上のたんこぶのような人物でした。

 ヤクザ者でも庶民の人望が熱いから、役人も簡単には手を出せない。最後は碓氷の関所で関所やぶりの罪で捕らえられ、今の吾妻郡東吾妻町の大戸で処刑されました。

 大戸の国定忠治処刑場跡。
 信楽焼きのタヌキのようなマタタビスタイルが国定忠治地蔵。
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 晩年は中風に苦しみ、子分達も次々と捕らえられ、演劇で有名な「赤城の山も今宵限り・・・」と追っ手が迫った赤城山から脱出し、榛名山の麓で処刑されたことになります。

 忠治の中風も今で言うなら脳卒中の一種だったんでしょうが、この地蔵尊をお参りすると脳卒中にご利益があると看板に書かれていました。

   ”日本人は規則を忠実に守るということには実に忠実な人たちだが、人間の基本的な心情に立って、人間的であり続けることは下手なのかもしれない。卓越した人というものは、時には、規則を破り、非難を浴びても。「人間」を守るための行動が取れる人のことをいう”
 曽野綾子さんの大好きな言葉です。

 非合法ではあったが庶民のためになった国定忠治と、法(法度)に忠実に庶民を苦しめた役人。どちらにもそれぞれの立場で「正義」はあるんでしょうし、それぞれ正しい不可解な矛盾は多々あるものです。なにが正しいんでしょうね?正解は一つばかりとは限らない。
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ご飯の宿

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 榛名山に行ってきました。
 私の周囲ではここにデートに来るとそのカップルは結婚すると、定かではない伝説が流布されていますが、確かに、私の友人の何組かは、結婚前にここにデートに来ています。
 連休の初めということもあってか、カップルよりは家族連れのほうが多く見受けられました。
 男性的だ荒々しい赤城山と異なり、女性的でエレガントな榛名といわれています。

 竹久夢二のアトリエ。今で言うならイラストレーターになるのでしょうが、大正ロマンにあふれた絵は大好きです。昭和初期にここでイラストを描いていたそうです。
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 夢二の女性関係の掌の広さはよく知られており、たまき、彦乃、お葉、夢二に関わったこの3人の女性は有名です。結婚したのはたまきだけですが、当時新進気鋭の画家の東郷青児とたまきと仲を疑った夢二は、たまきを刺す事件を起こしました、そのとき既に夢二自身は彦乃とできていたようですが・・・
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 夢二のアトリエに隣接して榛名湖を舞台にした「湖畔の宿」の記念施設があります。
 佐藤惣之助の詞の美しいこと、言葉の響きの心地よさに「日本語って素敵だなぁ。日本人に生まれてよかったなぁ。」と酔わせてくれます。

 「この歌の人、ホテルのご飯食べておなかが痛くなったんでしょ?」「馬鹿じゃない?好きな人に嫌われてこの湖に来て、ご飯食べてカードゲームやったら元気になったって歌なのよ。あなた何年日本語勉強しているの!」「おなかが痛くて吐いたって書いてるじゃない!」「違うでしょう!これはご飯を炊いたって意味でしょう!」「おなかが痛いからご飯を炊いてすてたのよ。」
 と、ローマ字で書かれた歌詞カードを手に、大声で、しかも日本語で言い合いする外国人さえいなければ・・・
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 この連中に日本の叙情なんて「猫に小判」ならぬ「猫にご飯」で、明らかに「湖畔の宿」と「ご飯の宿」を取り違えて、「胸のいたみ」が腹痛で、「焚きすてる」がゲロを吐くで、日本語の美しさも何もあったもんじゃない。胸の痛みどころか頭の痛みにたえかねない。

 他の観光客もこのやり取りに口をあけて言葉を失っている状態。仲間だと思われたくないからこっそりとその場を離れる背後から「ねえ、この歌の人ホテルで何を食べたの?」
 ワカサギのテンプラ!
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 「薄きすみれにほろほろと」と歌詞にあるから今頃の季節が舞台なんでしょう。物思いの種(というより悩み)はいっぱいもらったので、黄昏時の湖畔をただ一人歩いてみたいものです。
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天王桜

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 片品村の花咲地区にある樹齢300年の天王桜を見に行ってきました。
 観光バスが停まって見物客にあふれていて、この一団が帰るを待って写真を撮りました。
 わが村の上杉謙信ゆかりの逆桜よりは若い桜ですが、300年400年たっても花を咲かせる生命力は神秘的ですらあります。
 何のために花が咲くかといえば、子孫繁栄のために花が咲くわけで、子孫繁栄どころか自分の生命力も尽きかけている人生下り坂に差し掛かったオジサンにはまばゆいばかり。

 花咲という地名だけあって、名のある桜の木が何本もある地区ですが、名の無い桜の木も多数、それぞれ花を咲かせていました。
 つっかえ棒が三本。傾いた土蔵。たぶん、基礎の部分が腐ったのでしょう。
 そういえば、近年つっかえ棒で支えた建物を見ることもなくなりましたが、以前、シベリアに行った時、永久凍土が溶けて地盤がゆがみ、通り全体の建物がそれぞれ傾いた街を見たことがありました。
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 最近では毎年恒例になった花咲の鯉のぼり。
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