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聖火リレー
2006/08/30(水)
 新潟、富山、関西空港(10月半ばまで)、今年の夏だけ北九州の空港からウラジオストクに飛行機が就航しています。
 日本人観光客があふれているのか?と思えばそんな様子でもなく、観光客の場合ウラジオストクを経由して、他の地域に行く人も多いようです。
 ウラジオストクの北の大森林地帯シホテアリニ山脈は世界遺産。黒澤明監督の映画「デルス・ウザーラ」は1910〜1920年代にかけてウラジミール・アルセーニエフがこの一帯の調査をした手記を元に作られています。
 シホテアリニでのアドベンチャーツアーも人気のようで、世界各国から野生動物観察から、ゴムボートでの川下りなど大自然を満喫に来る人たちで9月一杯ごろまで賑わっているようです。

 ウラジオストクを訪れる人々で増えたのは、ビジネスで来る人たちで、かつては鉱物資源や木材の買い付けでしたが、今は石油やガス関連の人たちが増え、通訳の友人はその方面の専門用語を真剣に勉強しています。
 遠からず、パイプラインでシベリアの石油が日本に運び込まれるようになることでしょうが、その先を見越しての投資が始まっているようです。

 オリンピック承知の国内候補地が東京に決定しました。2009年に最終的な決定が出ますが、東京のライバル候補地と目されているのが、ロスアンジェルス、サンフランシスコ、リオデジャネイロなどですが、今までのパターンからすると日本が招致活動をするとすぐ韓国や中国が名乗りを上げてくるので釜山あたりが突然出てきそうな気もしますし、中国だって上海なんて言い出しそうな気もします。
 ごたごたしているうちに南アフリカなんてこともありそうで気がぬけません。

 昭和39年の東京オリンピックの時、聖火リレーが新潟から峠を越して群馬に入り、湯宿温泉で一泊しました。金田屋旅館の前に聖火台が作られ、峠のトンネルから地元の若者が聖火をリレーして持ってきました。
 子供心によく覚えています。父は「救護班」とかで、林業会社のトラックの荷台乗って、聖火ランナーや併走者に病人が出た時に医者のところに運ぶため、朝から三国トンネルへ行きました。
 祖父は神棚にお参りし、お墓参りをして、朝風呂に入ってから紋付はかまに着替え、花を生けて、一句書き連ね、ステッキを持って山高帽子をかぶり、祖母に火打石でお払いしてもらい出かけていきました。この日のために髭も伸ばして気合を入れていました。で、何をしていたのかと言うと、写真の橋の近くで、「観衆誘導員」というたすきをかけて、観衆が道路に入らないようロープ持って立っていただけ。
060719f.jpg

 今なら蛍光色のジャンバーと帽子でも支給されればそれまでですが、国家の一大事のような行事でしたから、紋付はかま姿のおじいさんたちが「休憩所」や「臨時便所」なんて看板持って立っていたり、入れ込み方が違いました。
 オリンピックがどんなものか?なんてことはまったくわかりませんでしたが、アベベ選手という名前は知っていたので、「どの人がアベベ選手だろう?」と見たおぼえがあります。
 あの盛り上がり方は異様でした。昭和というよりも戦前を感じました。一説には天皇陛下が見に来るなんてとんでもない噂も流れ、大方の人たちがそれを期待していたというおめでたさもあいまって、私の3歳上の先輩などめがねをかけた年寄りがみんな天皇陛下に見えたと言ってます。

 聖火台に点火された灯は、ランプとカイロに移され、その灯を消さないよう消防団は寝ずの番。そのときの分団長は近所の75歳の人ですが、万一火を消すようなことでもあれば切腹しなければならないと、その晩は飯も喉を通らなかったそうです。
 不逞のやから(そのものズバリ”アカ”と言っています)が聖火を消しに来るかも知れぬ、と、地元も二重三重で一晩中見回り。この地区には12年前まで”火の番”という夜回りの制度がありましたが、夜、拍子木鳴らして鉄の棒引きずってとおりを歩きます。これが2時間おきくらいに朝方まで出ていました。さながら戒厳令の夜でした。
 翌日何事もなく聖火リレーは下に向かって出発しましたが、なんだかわからないけれど、ものすごいことが起きた一日でした。

 現代人は醒めてますから、こんなばかげた盛り上がり方はしないでしょうが、子供達に体験させるのも悪くはないと思います。

 中之条町の真澄さんが県民会館での天満敦子さんのコンサートに行って来て、"望郷のバラーダ"の入ったCDを買ってきました。
 コンサート会場に時折出現するブラボーおじさんと呼ばれる馬鹿がいたそうです。演奏が終わって余韻を楽しむ時間もまたコンサートの醍醐味ですが、演奏が終わるや否や「ブラボー!」を連発し一人スタンディング・オヴェーション。こういうのを「フライングブラボー」といって、単なる雑音、演奏妨害です。最後には周囲の人たちに怒られていたそうです。”ブラボー”ではなく”ブラーヴォ”と叫ぶべきだと思います。イタリア語も語形変化があり、クラシックのときは使い分けるのがマナー。
 天満敦子さん一人の演奏だったそうで、この状況で”ブラーヴォ”は失礼極まりないこと。女性に対しては”ブラーヴァ”がマナー。いくら容姿が…。
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 男性一人に対して、”ブラーヴォ”、女性一人に対して”ブラーヴァ”、男性複数に対しては”ブラーヴィ"、女性複数に対しては”ブラーヴェ”、複数の男女に対しては"ブラーヴィ”。
 使い分けが難しいなと思ったら、余計なことを言わず笑顔で拍手すればいいだけのことです。
 それにしても似てると思う。
060830.jpg

 夏風邪の体調は徐々によくなっています。本当はゆっくり寝られれば良いのですが、そこは貧乏暇なしで、のんびり寝ているまもありません。
 代わりに寝ているのがいますが、ロシア人以上によく寝る種族なのでやたら健康です。
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