日本から帰ってきてようやく通常の戻ったウラジオストク事務所、一週間分の仕事が山済みになっ大忙しだったようです。
この日を待っていた女性会員もおり、夕方はメールを出しに女性会員が複数訪れ、特に忙しかったようです。
日本から家に戻って「家の照明が暗い」と感じたそうです。
今週からサマータイムが終わり時計が一時間遅れ、日本との時差は+1時間。ほぼリアルタイムでやり取りできる時間帯です。
1時間ゆっくり出勤できるように思えますが、慣れるまでは1時間遅くまで働いているように感じるようです。
日が短くなっているので、あと半月もすれば朝は夜明け前に出勤するような光景になります。
ウラジオストクではバスの運行路線は全て番号がふられており、何番のバスに乗れば自分の行きたいところにいけるのかわかるシステムです。なれない身には何番のバスがどこに行くのか皆目検討がつかないので、私もとんでもないところに行ってしまったことがあります。
日本の場合はバスの到着先なので、「○○経由」によっては途中のバス停が異なります。これに苦労したそうで、しかも地名が漢字で書かれていると、地元の人でもなければ読み方がわからない表現もあります。
料金も乗るときに払うバスもあれば降りる時に払うバスもあります。
バスの行き先や乗り方で随分戸惑ったそうです。
私達がウラジオストクに行って、周り中日本車だらけなので、ついつい右を見ながら道路を横断して、左からいきなり自動車が来てびっくりすることがあります。
同様のことを彼女らも日本で経験したようです。
”今日はハロウィンだけど、何かパーティーでもあるの?”と聞くと、「あれは西側の習慣で、私達の年代の人は関係ありません。若い人たちのパーティーの口実です。」
猿ヶ京小学校のマラソン大会で、交通整理に出かけました。
全校でこれだけしかいません。

15年ほど前に木造の校舎を新築したばかりですが、来年度一杯で統合されてしまいます。子供の数が激減することはわかっていたのに、何でこういう無駄なことをするのか?
さらにばかばかしいことに、統合されたときの新しい校舎を建設中です。合併特例債の予算で。

この季節に学校の周辺にパトカーを先頭にこれだけ大人が集まると別のことを想像してしまいます。


都会なら「いじめで自殺?」などと思い浮かべるでしょうが、山奥は違います。
こんなのがでたとか?

私もこの小学校の卒業生ですが、昔は今の季節になると集団登校で、空き缶を鳴らしながら学校に通ったものです。今は遠方はスクールバスです。
遠いところですと6-7km離れた地域から通学する子供がいましたが、警戒していたこともあって熊を見かけたという話もあまり聞きませんでした。今の熊は人馴れしてしまったのでしょうか?
スクールバスの登場で、足の速い子供の勢力図が変わりました。昔は遠くから来ている子供達が圧倒的に早かったのですが、今はスクールバスが行かない近い地域の子供のほうが早くなりました。
私の1年下に元小結の琴稲妻がいましたが、毎日2kmほどの距離(しかも山道)を通学していたので、巨体のわりに早かったと記憶しています。
昨年行った新巻小学校では成績上位者の記録を読み上げただけですが、猿ヶ京小学校では3位まで表彰状が出ていました。
私が通っていた頃は地元の農家が米や大根、白菜などの野菜や、炭などを賞品として寄贈してくれたので、私も1年生の時に3位に入賞して麦飯の圧ペン麦をもらったことがあります。家で麦飯を食べながら誇らしかったものです。

県道を使ってのマラソン大会で、昔から比べると走る距離も短くなりましたが、私の時代はまだ道路が舗装されていませんでした。トンネルが開いて水上の町へと繋がったので、自動車の通行量もぜんぜん違います。
校庭以外平らなところがまったくない山坂道のマラソンです。
生徒総数はこれだけでしたが、母親はもとより爺さん婆さんまで応援に来るので、観客はたくさんいました。