ひさびさに映画館に行って、今話題の映画「剣岳 点の記」を見てきました。
学生時代、山岳部の夏の合宿で剣岳に行って、春夏秋冬18回ほど登った山です。
当時の山屋は新田次郎の小説のほとんどを読破していて当たり前の時代だったので、私も「点の記」を読みましたが、初めての剣岳から帰ってきてからでした。
個人的には新田次郎作品の中で一番すきなのが単独行の登山家、加藤文太郎を描いた「孤高の人」です。
映画ですからロケーションの場所や日にちが異なることもあるので、「この登山ルートにこんな景色はなかったはず。」「雪の質が違うぞ!」なんてことは気がついても突っ込まないで見ました。
明治40年の時代背景で驚いたのはスウェーデンのガソリンコンロ、オプチマス123Rが出てきたことで、私も愛用していましたし、現在も製造されているガソリンストーブです。
この100年も昔の時代にこのストーブがあったのか?
疑問に思って調べたら、既に存在していたようで、基本的な構造もまったく変わらないまま現在まで製造されているロングセラーだったようです。
ホワイトガソリンと呼ばれる精製されたガソリンを使うストーブですが、自動車に使う普通のレギュラーガソリンを使っても大丈夫です。しかし、普通のガソリンを使うとススで食器が真っ黒になったり、ノズルがつまる危険もあるので、多少高くてもガソリンスタンドにホワイトガソリンを特注して使っていました。最近はホームセンターで簡単にホワイトガソリンが手に入る時代になりましたが、私の123スベアはエルブルースに登った後で、ロシア人のクライマーにプレゼントしてしまいました。

剣岳は冬期登山の際に富山県警の認可を得なければならないので、単独行の私にとっていろいろ厄介なので、平成の世になって剣岳から冬の槍ヶ岳北鎌尾根単独行に目標が変わりました。
「孤高の人」の加藤文太郎が亡くなったのも、この北鎌尾根です。
ちなみに写真は夏の槍ヶ岳北鎌尾根。

平成5年2月、3年がかりの挑戦でようやく北鎌尾根を登りきり、そこからさらに過激に槍ヶ岳から穂高岳へ縦走する予定でした。そのため初冬に槍ヶ岳の肩の小屋付近の雪の中に食料とオプチマス用のガソリンをデポジットしておいたのですが、ようやくたどり着いてデポジットしたあたりを掘り起こしてみたら、縛り付けておいたロープはきられ、私の食料とガソリンは持ち去られていました。
デポジット当て込んで登頂前夜に2日分の食料を食べ、ストーブをがんがん燃やして温かい夜を過ごしていました。
無駄遣いが祟って手持ちの食料と燃料は3日が限度。とても穂高まで縦走するだけの余裕はありません。無念と言うよりも「ここまでできたのだからいいや」と岐阜側に下山しました。